株高で含み20兆円、日銀のETF それでも売らないワケ

株高で含み20兆円、日銀のETF それでも売らないワケ
編集委員 清水功哉
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD07AWS0X00C23A6000000/

『日経平均株価がバブル後高値を更新するなど株高が続く中、日銀が持つ上場投資信託(ETF)の含み益も増え、5月末に民間試算でついに20兆円程度に達した。1年前から6兆円以上の増加で月末値としては過去最高だ。この含み益を国民に還元すべきだとする意見もあり、7日の国会でも議論があった。ただ、早期放出は簡単でなさそうだ。

日銀が事実上の「株式」であるETFの買い入れを始めたのは2010年。13年導入の異次…

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『日銀が事実上の「株式」であるETFの買い入れを始めたのは2010年。13年導入の異次元金融緩和のもとで購入額は一気に膨らみ、17〜20年には年4兆〜7兆円程度も買った。 

既に「テーパリング」は開始

主要中央銀行で「株式」を買う金融政策を手掛けているのは日銀だけ。株価形成やガバナンス(企業統治)のゆがみといった副作用は軽視できず、日銀も既に購入額は減らし始めた。いわば「テーパリング」だ。

具体的には、21年春の政策修正で、買うのは大幅な株安局面に限る姿勢に転じた。購入額はかなり減り、23年1〜5月は約1400億円だ。それでも株価が大きく上昇しているのは、株式市場で日銀の存在感が低下したということだろう。望ましい話だ。

こうして購入面の出口政策が進むなら、次の課題として保有面の出口政策、つまり売却が意識されやすくなる。背景には日銀保有のETFにかなりの含み益がある事実もある。

日銀によると23年3月末のETF保有額は簿価約37兆円、時価約53兆円で、含み益は約16兆円だった。ニッセイ基礎研究所の井出真吾氏の試算によると、その後の株高で5月末の含み益は一段と膨らみ19兆9359億円とほぼ20兆円に達したという。6月に入りさらに増えている可能性がある。

早期の放出には慎重

この含み益を国民に還元したらどうかという議論がかねてある。売却制限を付けた上でETFを割引価格で個人投資家に譲渡するなどの案だ。だが、日銀は「処分の具体的な方法に言及するのはまだ早い」(植田和男総裁)とする一方、「処分価格は時価をベースとする」(同)という姿勢だ。つまり早期の放出はなさそうで、仮に将来売るとしても割引価格ではないという方向性だ。

ETFは時価であれ割引価格であれ売却すれば株価へのマイナスの影響が懸念される。だが、日銀が早期放出に慎重になる理由はそれ以外にもあるようだ。異次元緩和のもうひとつの出口政策である短期政策金利の引き上げが関係している。

将来、マイナス金利政策を解除し利上げを進める際に、日銀は金融機関が持つ日銀当座預金の大部分にかかる金利(付利)を上げる手法を当面とると見られている。なぜか。

巨額なマネーが供給されている状況を考慮すれば、日銀がちょっとやそっとの資金吸収をしても短期市場金利を高めに誘導するのは難しい。だからといって、保有する長期国債を思い切って売るようなことをすれば短期金利どころか長期金利までが跳ね上がり、経済が混乱しかねない。そこで大量の国債を持ち続けたまま短期金利を上げるための方策が、付利引き上げなのだろう。

問題は異次元緩和で日銀当座預金が膨張している点だ。

付利対象部分の当座預金は今春時点で500兆円を超えていたもようで、大ざっぱな計算だが0.25%の利上げごとに年間1兆円超の金融機関への追加的支出になる。一方、日銀の当期剰余金(最終利益に相当)は、現行日銀法施行(1998年)以降で「最高益」だった2022年度でも2兆円程度。0.5%の利上げで消える計算だ。金利が上がっていくなら資産側の保有国債の利息収入が増加する点も考慮は必要だが、あくまで新たに買った分から徐々に増えるのが基本だ。

仮にETFを手放し分配金(22年度で1兆1000億円程度)を得られなくなれば、以上のような利上げ時の日銀財務への悪影響が強まりかねない。日銀の「自己資本」は22年度末で12兆円程度だから、利上げが進んでいくなら何年かで債務超過になる恐れすら指摘される。これがETFの売却に慎重な一因ではないか。

もちろん時価での売却ならその時点では利益を手にできる。割引価格で売るよりは財務への打撃が小さい。だから「処分価格は時価がベース」なのだろう。ただし、すべて売ってしまえば利益は得られなくなる。日銀はそれより保有を続けて分配金を継続的に得た方が望ましいと判断しているかもしれない。とすれば時価であっても早期の売却はしない方がいい。そこで「処分の具体的な方法に言及するのはまだ早い」としているように見える。
中銀が短期的に赤字や債務超過に陥っても政策がしっかり運営されていれば問題はないとの議論にはそれなりに説得力があるものの、市場が冷静に受け止めるかはわからない。円売り材料になるリスクもゼロではない。

利上げが視野に入りつつある証拠?

7日の国会で植田総裁も「ETFの配当金が無い場合は、その分、収益は下がるので、全体の姿はやや厳しめになる」と語った。「日銀の財務の悪化が着目されて金融政策の議論をめぐる無用の混乱が生じ、信認の低下につながるリスクを避けるために、財務の健全性にも留意しつつ適切な政策運営に努めたい」とも述べた。9日の国会では、金融政策の出口になったときETFを持ち続けることも「ひとつの選択肢」と答えた。

将来の金利引き上げ局面でETFの分配金が重要性を増すと考えている印象はやはりある。そう判断しているのは、利上げが徐々に視野に入りつつある証拠なのかもしれないのだが。

[日経ヴェリタス2023年6月11日号]

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