トルコの強権、誰が招いた? エルドアン大統領再選
編集委員 岐部秀光
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK303VY0Q3A530C2000000/
『トルコ指導者の座に20年就いているエルドアン大統領が5月28日に実施された大統領選挙の決選投票で勝利し、さらに5年の統治を続ける見通しとなった。「われわれを止めることはできない」。勝利宣言したエルドアン氏のトルコは一段と権威主義的な体制へ傾くおそれがある。
エルドアン氏が今の与党、公正発展党(AKP)をつくったのは2001年8月だった。直後に記者はトルコのイスタンブールでインタビューをした。「国…
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『「国民の強い不信を受ける政権ではどんな政策もうまくいかない」。翌年の総選挙での政権奪取が確実視された野党党首として、国際通貨基金(IMF)が示した処方箋にしたがって経済改革を進め、汚職を一掃する決意をエルドアン氏は語っていた。
「民主化の旗手」
エルドアン氏はトルコ経済の再建と国家の分断の修復、民主化を進める旗手として登場した。エルドアン政権のはじめの10年で1人当たり国内総生産(GDP)は3倍に膨らむなどトルコはめざましい発展を遂げた。
しかし、自身への権力集中をなし遂げたエルドアン氏は今、反体制派を弾圧し、野党を締め付け、分断的な政策で二極化を招き、金融政策に介入して経済を混乱させ、欧米との対立で外交的にも孤立を深めている。国際人権団体フリーダムハウスは「基本的な自由の行使が欧州地域で最も困難な場所」と批判する。
北大西洋条約機構(NATO)で唯一のイスラムの国で、米国に次ぐ兵員数を持つトルコの国際社会での役割と責任は重い。いったい何がエルドアン氏の強権化を後押ししたのか。
イスタンブールでのデモ行進(2013年)=共同
大きなきっかけとなったのは13年、イスタンブールの公園開発に反対する動きが全国的な反政府デモとなった事件だ。東京とともに20年の夏季五輪開催地に立候補していたイスタンブールが選ばれる望みが消えた。エルドアン氏はこれをみて民主主義のコストの重さを痛感したかもしれない。反体制派や野党、メディアへの不信感は16年のクーデター未遂事件によって深まった。
欧州「二重基準」への批判に説得力
欧米への失望もある。03年のイラク戦争でエルドアン氏はトルコ国内にあるインジルリク空軍基地の使用を米軍に認めるため、同僚の議員たちを説得する役回りを果たしていた。悲願である欧州連合(EU)入りを実現するため、ブリュッセルが突きつけるさまざまな要求にも応えてきた。
しかし、EU加盟交渉は遅々として進まず、一般のトルコ国民のあいだにも欧州のイスラムの国への偏見をめぐる不信感が広がった。欧州の「二重基準」を批判するエルドアン氏の主張の説得力が増した。
シリア内戦で国を追われた300万人以上のシリア難民をトルコは受け入れた。欧州へ押し寄せる難民の防波堤としての機能をトルコに頼りながら、トルコに「人権改善」を押しつける欧州の主張に偽善の側面があったことは否定できない。
かつてエルドアン氏は民主主義を「到着地に着くまでのトラム」にたとえたことがある。民主主義が乗り降り自由の乗り物にすぎないという考えを今も持ち続けているとすれば、自由の後退と国の分断は一段と深まる懸念がある。
エルドアン流が限界をむかえているのは経済だ。インフレには金融の緩和が効くと信じているエルドアン氏は中央銀行に金利の引き下げを強いてきた。異を唱える中銀総裁を次々と解任した。エルドアン氏が再選を決めたことを受け、トルコリラは対ドルで下げ幅を広げた。
たしかに、リラ安によって輸出は伸び、インフレの加速を恐れて早めに必要なものを買っておこうとの思惑から個人消費は増えた。しかし、経常赤字は歴史的な水準に膨張し、外貨準備高は底を突いた。あからさまな選挙対策のバラマキは財政への負担をさらに重くしている。
傷ついた投資家の信頼
サプライチェーン(供給網)の再編を強いられる欧州企業にとって、消費市場に近いトルコは理想的な立地である。しかし、外交の孤立や不確実性の高まりで投資家のトルコへの信頼は大きく傷ついた。トルコは本来得られたはずの利益を逃してしまった可能性がある。
エルドアン氏の統治の最初の10年がもたらした発展は否定できない。だが、その「成功物語」を使いながら権威主義へと走る統治の手法は、みずから時計の針を巻き戻す効果をおよぼしている。
国際社会は、トルコのこれ以上の強権化や中国、ロシアへの接近を食い止める必要がある。トルコの失望を買った欧米は、権威主義に対する自由や開かれたシステムの優位性を示す責任がある。
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