キャセイ航空 中国乗客「差別事件」で“謝罪4度”と“CA解雇”でも炎上し続けた裏事情
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『「客室乗務員が英語と広東語で文句を言っているのが聞こえ続けた」
ほぼ満席の機内で乗客が耳にしたのは、客室乗務員による差別発言の数々だった――。5月21日夜、中国版Instagramの小紅書に投稿された告発が発端となり、中国国内で巻き起こった批判の嵐。4月には上海モーターショーのBMWブースで発生した「アイス事件」も議論を呼んだが、今回はその上を行く炎上ぶりである。
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企業側の謝罪は4度に及び、客室乗務員3人の解雇も発表された。それでも事態が収まらない背景には、いったい何があるのだろうか。
まずは告発の内容を振り返ろう。舞台は中国四川省の成都から香港に向かうキャセイ パシフィック航空987便の機内。投稿は「英語を話さない乗客に対する差別」と題されているが、離陸地からして中国内地の乗客が対象だったことは間違いない。後部のギャレー(配膳設備)近くに座っていた告発者には、「客室乗務員が英語と広東語で文句を言っているのが聞こえ続けた」という。
告発者は香港に長く在住していたため、客室乗務員たちの発言内容がわかった。投稿で例として挙げたのは、「英語でブランケットと言えないならもらえない」「カーペットは床にある」といった英語での発言。ある乗客が英語のブランケットをカーペットと言い間違えたことを、仲間内で笑いのネタにしていたようだ。ほかにも、離陸後に席を立った老人に広東語で注意のアナウンスをした際、「彼らは人間の言葉 を理解できない」と発言したという。
多数の方言が存在する中国では、日本でのいわゆる中国語、標準中国語が標準語である。広東省と香港で使われる広東語は、大半の発音と表記の一部などが中国語と異なり、中国語話者でも学習が必要だ。
ただし、キャセイが香港のフラッグキャリアである以上、広東語と英語での対応は日系航空会社が日本語と英語を使うことと変わらない。告発者は投稿で、問題視しているのは客室乗務員が中国語を使わなかったことではなく、その発言内容と態度であるとした。』
『中国メディアの“過熱報道”と香港政府の動き
投稿が点けた火は一気に燃え広がった。中国のネット上で「今に始まったことではない」「同じような経験をした」といった声が上がるなか、告発者に企業側から連絡が入る。23日午前までに、本件に関する幹部会議の開催と調査チームの設置を報告されたという。ここまでは素早い対応だったが、火の勢いはまったく収まらなかった。
その理由の1つは、企業側の謝罪も批判を呼んだことだ。中国版Twitterの微博に投稿された最初の謝罪は、中国内地で使用される簡体字を使った短い声明文だったが、「中国内地のスタッフが尻ぬぐいしている」といった声が上がった。2度目の謝罪も不発に終わり、同日夜に3度目の謝罪とともに発表されたのが「客室乗務員3名の解雇」だ。さらに4度目の謝罪を、広東省の広州市でフォーラムに参加したCEOの林紹波(ロナルド・ラム)氏が、会見中に中国語で行う事態となった。
もう1つの理由は、中国メディアの“過熱報道”と香港政府の動きである。政府系メディアもSNSや社説などで企業批判を展開する様は、まさに集中砲火。香港政府では、行政長官の李家超(ジョン・リー)氏や運輸及物流局(日本の運輸省に相当)のトップなどが本件にコメントし、企業側に改善を求めるなどと述べた。
場外乱闘も発生していた。企業側の関係者と思われる人物たちが、告発者への批判文や「英語と広東語しか話せません」と“宣言”する動画をSNSに投稿したのだ。さらにはキャセイの「内部書簡」とされる文章も流出。「中国からの乗客と接する際は、中国のメディア文化が香港を含む世界の他の地域とは大きく異なる可能性があることに注意してください」という内容が含まれていたため、炎上の燃料となった。ただし企業側は、偽造文書であるとしている。』
『「香港における中国差別」を声高に叫ぶ香港政府
たった一週間の間に繰り広げられた、“官民一体”の集中砲火。近年増加している「中国を蔑めた」存在への糾弾行為の中でも、トップクラスの炎上速度と規模を記録した。さらには同社で過去に起こった類似のトラブルも掘り返され、批判の対象は企業体質にも及んだ。この根底には、「香港に見下されている」という積年の不満が見て取れる。
では、なぜ客室乗務員たちは「差別」をしたのか。香港が中国に抱く「複雑な感情」があるという見立ては多い。「香港における中国差別」は以前から物議を醸している。1997年の返還から26年を迎え、着々と“中国化”が進む現状を、すべての香港市民が前向きに歓迎しているとは言えない。
ただし香港市民の間には、「客室乗務員たちの行為は明らかに良くないが……」とした上で、少し違う角度の言い分もあるようだ。たとえば「香港政府が『香港における中国差別』と結び付けすぎている」という指摘。「悪いことではない」と内心で開き直っているわけではない。中国国内にそもそも存在する「地域間の軋轢」の一パターンではないかという見方によるものである。
いち早く経済発展を遂げた上海には、「中国イチの国際都市」という自負があり、優越感を隠さない上海人もいるとされる。「鼻持ちならない」として他の地域から文句を言われがちなポジションだ。返還後の香港がこの上海と同じ枠に入ったと考える層には、香港政府が以前から「香港における中国差別」を声高に叫ぶことを不思議に思う向きがある。ちなみに、解雇された客室乗務員たちの国籍は公式に発表されていない。
また行き過ぎた集中砲火に違和感を抱く層からは、「解雇はやりすぎ」という声もある。この違和感は、「中国側があえて炎上させた」説にもつながる。炎上速度と広すぎる規模、中国メディアによる絶え間ない燃料供給や、繁体字版Wikipediaの素早く細かい編集などを「不自然」とする見方である。炎上させた理由として挙げられているのは、国内問題に対する不満の転嫁。中国では現在、地方都市の経済悪化が問題視されている。
現在の中国内地発キャセイ便では中国語の機内放送が流れ、「ブランケットは必要ですか」と中国語で尋ねていると報じられた。炎上はさすがに収束傾向だが、他の航空会社にも飛び火している。中国南方航空のシンガポール人スタッフによる「差別行為」だ。この新たな流れがふたたび大炎上につながるのか、それともフィナーレなのか、微妙なところである。
デイリー新潮編集部 』