[FT]「西側に戦争責任」は誤り ミアシャイマー教授は問題
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『2023年2月24日 0:00
国際政治学者が有名になることはあまりないが、米シカゴ大学教授のジョン・ミアシャイマー氏は、ロシアがウクライナを侵攻したことで一躍、有名になった。同氏の「ウクライナがなぜ西側諸国の失敗なのか」と題した2015年の講演の録画は動画サイト「ユーチューブ」に上がっているが、実に2800万回以上も視聴されている。
イラスト James Ferguson/Financial Times
ミアシャイマー氏はこの講演でも、それ以降の論文や講演でも、ウクライナ戦争を引き起こしたのはロシアが自国の存続にかかわる脅威だとみなすような政策を西側が推進してきたからだと主張してきた。
特に米国がウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を約束したのは愚行だったと何度も指摘している。ウクライナのNATO加盟をロシアは決して許さないし、加盟させたら「ウクライナを国家の体をなさないまでに破壊するだろう」とまで予測した。そのため昨年2月、ロシアがウクライナを侵攻したことで、まるで予言者かのようにみられている。
「ウクライナに核兵器を放棄すべきでない」と助言した学者
ミアシャイマー氏は米国や欧州連合(EU)の高官にはロシアのプーチン大統領の擁護者とみられがちだが、ロシアや中国の政府内でより人気がある。
リベラル派の知識人はミアシャイマー氏が世界の独裁者らと親しくしているのは問題だと非難する。同氏の論文はロシア外務省のツイートで何度か引用されているし、22年11月には「非自由民主主義」の代表、つまり独裁主義で知られるハンガリーのオルバン首相とも会談した。
しかし、同氏はこうした批判を気にするどころか楽しんでいるようだ。事実、自身のウェブサイトには、目的のためには手段を選ばない考え方で知られた政治思想家マキャベリにふんした自画像まで載せている。
ただ、ミアシャイマー氏を単純にロシアの擁護者とみるのは間違いだ。同氏は1993年、ウクライナに「保有する核兵器がロシアによるウクライナ侵攻をとどまらせる唯一の武器となる」として核兵器保有を放棄すべきではないと助言した数少ない学者の一人だからだ。多くのウクライナ人は今、その指摘に同意するだろう。
「すべての大国は同じ行動をとる」は違う
もっともな批判もある。その一つは同氏の国際関係理論が道徳観や歴史を無視しており、各国の運命は様々な条件や環境で既定されており変えられない、としている点だ。米ボストンカレッジの政治学教授ジョナサン・カシュナー氏は近著「書かれていない未来」(邦訳未刊)で、ミアシャイマー氏の「すべての大国は自国の安全保障への脅威をなくそうと周辺地域を支配しようとするものだ」とする「攻撃的現実主義」の理論への反論を展開している。
カシュナー氏は、もしミアシャイマー氏の理論のようにすべての大国が全く同じ行動をとるならば、ワイマール時代のドイツとナチス政権下のドイツを区別することもできなくなると指摘する。だが各国の体制やその指導者の性格は、その国がどう動くかに重要な影響を及ぼす。
ヒトラーのドイツもスターリンのロシアも、メルケル氏やゴルバチョフ氏がそのとき率いていたら全く違ったはずだ。
カシュナー氏に加えて筆者が指摘したいのは、ミアシャイマー氏は自らの理論を世界の現実を冷徹に描写しているとするが、往々にして事実を歪曲(わいきょく)している点だ。
同氏はウクライナ戦争の責任は米国にあると主張するが、その見方では道徳と法の両方の基本原則を無視することになる。殺人や多くの人命を奪う侵攻の罪を問われるのは、それを実行またはその命令を下した者だ。
よりひどい事態に至るのを回避するために起こす「予防戦争」は容認されることがあるが、それは敵対する国が攻撃してくる態勢にある場合に限られる。
ウクライナは明らかにそんな状況にはなかった。ミアシャイマー氏はこの点をあいまいにしているため、本人としてはプーチン氏の侵攻を擁護するつもりはないのかもしれないが事実上、プーチン氏の侵攻の擁護者となっている。
自らの理論に合わない事実は受け入れない
だが、だからといって彼の理論がロシアのみならず中国の行動を分析するうえで強力な分析ツールとなり得ることを否定するわけではない。ミアシャイマー氏は既に2001年に、中国をリベラルな世界秩序に取り込もうとする西側の取り組みは失敗に終わるし、中国政府は絶対に周辺地域も支配しようとするため、米国と戦争になる可能性も高くなると指摘していた。
こうした指摘も、まるで今日を見通していたかのようだ。だが同氏の研究を深く読むと、自分の理論にほれ込むあまり、それにそぐわない事実があると、その部分は受け入れないという学者の特徴が垣間見える。
例えば自身を有名にした15年の講演では、ロシアが「ウクライナを征服」しようとすることはないと全面的に否定し、「プーチン氏はそうするには賢明すぎる」とした。そうではなく、ウクライナの国家としての信用を西側と同盟関係を築けないくらいまで破壊することを目標とし続けるだろうと主張した。
そして、いまだにロシアにウクライナを征服する意図はなかったと主張している。これは22年2月にロシア軍の戦車が列をなしてウクライナの首都キーウへ向かった事実とあまりに矛盾する。
「プーチン氏は噓をついたことはない」との発言も
ミアシャイマー氏はプーチン氏が21年7月に発表した論文でウクライナを独立国として認めるとしたのは本当にそう考えていたからだと今も主張する。加えて22年6月の講演では「プーチン氏は過去に他の指導者に噓をついたことはない」とまで主張した。
14年のウクライナ東部でのマレーシア航空機「MH17」撃墜事件にロシアは関係していないとか、20年の反体制派指導者ナワリヌイ氏毒殺未遂事件もロシア政府は関与していないなどとプーチン氏に言われてきた各国の指導者にとって、この発言は驚きだろう。
これら残虐な行為を噓で隠すやり方は単なる事実にとどまらない。プーチン氏のロシアについて、重要な点を浮き彫りにしている。つまり、国内向けの体制と国外で起こす行動を切り離すのは不可能ということだ。北朝鮮も同じだ。
すべての大国は全く同じ行動をするというミアシャイマー氏の主張は、彼の人生をみても間違っているとわかる。同氏は西側では非主流派の学者だが、それでも米国では尊敬される著名な知識人だ。だがロシアや中国のような独裁主義国家では、主流派に属さない学者は職を失うか国外に逃亡するか、場合によってはさらにひどい事態に陥りかねないからだ。
By Gideon Rachman
(2023年2月14日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)
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