量子計算機に道 ノーベル物理学賞3氏、「もつれ」実証

量子計算機に道 ノーベル物理学賞3氏、「もつれ」実証
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『2022年のノーベル物理学賞を仏エコール・ポリテクニークのアラン・アスペ教授ら米欧の3人の研究者が受賞する。半導体や化学、製薬など現代科学に不可欠な量子力学の発展に貢献し、世界で進行中の「量子革命」と呼ばれる技術革新に道を開いた。3氏の研究をもとに、次世代の高速計算機である量子コンピューターなどの技術が開花の時を迎えている。

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アスペ氏とともに、米カリフォルニア大学バークレー校などで研究に励んだジョン・クラウザー博士、オーストリア・ウィーン大学のアントン・ツァイリンガー名誉教授が受賞する。

量子力学はアインシュタインの相対性理論とともに現代物理学の土台を形成する理論だ。量子は物質やエネルギーの極めて小さな単位のことで、原子や電子、光子(光の粒)が代表例だ。20世紀前半にその特殊な性質や振る舞いの理解が進み、化学反応の仕組みの研究や半導体技術の発展に大きく貢献した。

未決着の課題として残っていたのが「量子もつれ」と呼ばれる不思議な特性の解明だ。「量子もつれ」は双子のような関係にある2つの粒子がもつ結びつきのことを指す。例えば電子は「スピン」と呼ぶ磁気的な性質をもつが、ペアになった電子の一方のスピンを測定して結果が「上向き」になると、その瞬間に離れた場所にあるもう一方が自動的に「下向き」に決まるといった特性がある。

アインシュタインは見えない糸のようなこのつながりを「不気味な遠隔作用」と表現し、ありえないと否定的にとらえ、1935年に2人の共同研究者と論文を発表した。その主張は「EPRパラドックス」という通称で専門家には広く知られる。

量子を操り、観測する技術が発達した20世紀後半になって、アインシュタインが提示した謎は解決に向かう。1964年にEPRパラドックスの検証に道を開く数式が提唱され、その後のクラウザー氏、アスペ氏らの研究や実験が「量子もつれ」の存在証明に重要な役割を果たした。

「量子もつれ」の特性は現在、世界が開発にしのぎを削る量子技術に欠かせないものになった。2019年に米グーグルが最先端のスーパーコンピューターで1万年かかる問題を約3分で解くなど、技術が急速に進展する量子コンピューターが典型だ。「量子もつれ」は高速計算の根幹を支え、最大の課題ともいわれる計算時の「エラー」を克服するうえでも鍵を握る。

量子コンピューターは素材や薬の開発、金融のリスク評価、人工知能(AI)の利用に革新をもたらすと期待を集める。将来の産業競争力に影響を与える見通しだ。

日本では21年に米IBM製の商用量子コンピューターが稼働し、トヨタ自動車などが事業での活用をめざして研究に着手した。富士通が23年度に国内企業として初めて汎用型の国産量子コンピューターの整備を計画するほか、NECや日立製作所も開発に本腰を入れ始めるなど競争が加速している。

「量子もつれ」を応用する技術として1990年代以降、ツァイリンガー氏らにより「量子テレポーテーション」の研究が活発化した。量子そのものではなく、量子がもつ「情報」を離れた場所に転送する技術だ。現在は光を用いて計算する量子コンピューターなど、最先端の研究に取り入れられている。

米政府が20年に構想を掲げた「量子インターネット」でも、量子もつれや量子テレポーテーションは重要な役割を果たす。量子コンピューターや量子通信・暗号を融合させた次世代ネットワークの実現に向け、世界で研究が加速するとみられる。実現すれば安全性の極めて高い通信網を構築できる。

量子力学は20世紀に半導体やレーザーの技術の発展をもたらした。21世紀に入り、アスペ氏らの成果をもとに技術開発は新たな段階を迎え、現在はコンピューターや通信・暗号、センサーなどに革新を起こす「第2次量子革命」が進行中といわれる。その行方は企業のビジネスや生活にとどまらず、国家の安全保障にも影響を与える可能性がある。

(AI量子エディター 生川暁)

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