米、ゲリマンダーの爪痕深く 恣意的区割りで綱引き
アメリカン・デモクラシー 新たな発火点④
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN02AYI0S2A500C2000000/
※ シンガポールも、これをやっている…、という話しが絶えないな…。

『4月28日午前、中西部オハイオ州コロンバス。市中心部の州最高裁に隣接する広場は200人近い有権者の熱気に包まれていた。
「政治家が選挙区を不正に操作し、不当に権力を維持しようとしている」。集会を主催したミア・ルイスさんがスピーカーを片手に訴えると、参加者が呼応した。「政治家は仕事をしろ」「公平な選挙区割りを」――。
劣勢の地域を分割「陣取り怪獣」
11月8日の中間選挙まで半年を切ったいまなお、民主、共和両党の間で「ゲリマンダー」を巡る対立が続く。米国では10年に1度の国勢調査を受け、連邦議会下院の選挙区割りを見直す。この際に自党が有利になるよう線引きすることを指してそう呼ぶ。
19世紀のマサチューセッツ州知事ゲリーが都合よく区割りを改め、いびつな形状が怪獣サラマンダーに似ていたのにちなむ。その猛威は21世紀になっても、超大国を揺らし続ける。
問題の本質はいわば恣意的な陣取り合戦だ。上院は州全体を選挙区とし、各州から一律2人を選ぶ。一方、下院は州の人口に基づいて議席を配分する。全米に435ある選挙区からはそれぞれ1人しか当選できない単純小選挙区制を取り、区割り次第で各地の勢力図が大きく塗り替わる。
今年はまさにその10年に1度の線引き見直しの年。オハイオ州でも民主、共和の双方が自陣拡大に向けて火花を散らす。
同州は2015年に州憲法を修正し、過去10年の投票傾向に基づき選挙区割りを改めると定めた。しかし見直しを担う7人の州委員会は5人が共和党陣営だ。米世論調査サイト「ファイブサーティーエイト」によると、13日時点でオハイオ州に15ある選挙区のうち、10の区で共和党候補が10ポイント以上の差で民主党側を引き離す。
この区割りに対しては、州最高裁もやり直すよう命じる判決を4度にわたって出した。しかし決着はついていない。有権者集会に参加した20歳代の女性、レイチェル・コイルさんは言う。「ここに集った人たちは公平な選挙を求めているだけ。どちらの政党を支持しているわけでもない私たちの声が届かなくなる」
露骨な線引き見直し、消える接戦区
怪獣のやり方は露骨だ。たとえば相手の支持層が多い地域を複数区に分割して影響力を薄める「クラッキング」がそうだ。特定の支持層を1つの区に囲い込み、ほかの地域で優位に立てないようにさせる「パッキング」と呼ぶ手法もある。
その爪痕は南部ノースカロライナ州「6区」にもくっきり残る。州議会で多数派を占める共和党は21年11月、民主党支持者が多い都市部の選挙区を分割するクラッキングに打って出た。
効果はてきめんだった。以前の6区は民主党候補が支持率で20ポイント以上も共和党側を離していたが、足元では9ポイント差に縮まった。副作用も小さくない。「新しい地域で選挙活動する時間が足りなかった」。同区の共和党候補で出馬をめざすクリスチャン・カステリ氏は嘆く。
党公認を決める予備選は5月17日に迫る。候補者の政策より党の論理が前に出る現実がある。
ファイブサーティーエイトによると、13日時点で新たな区割り案が承認(訴訟中含む)されたのは全米50州のうち40州だ。選挙区が1つの州を入れると下院の全435選挙区の9割、395の区で構図が固まった。
このうち民主党が5ポイント以上リードする選挙区は169、共和党は193で、互角の区は33にとどまる。今回の区割り前に比べ民主党が7つ、共和党が1つ優勢な選挙区を増やしたが、競り合う区は7つも減った。
「民主、共和両党の候補が互角で競合するのは30~35議席にとどまる可能性がある」。政治専門サイト「クック・ポリティカル・リポート」のデイブ・ワッサーマン氏は指摘する。このままでは激戦区は全体の1割にも満たない計算だ。
対立相手と議論を戦わせ、通じ合う部分を見つけながら自陣を広げていく。本来の民主主義とはそうした姿だったはずだが、ゲリマンダーがのさばる米国ではそうはいかない。支持層の取り込みに主眼を置けば、訴える政策も一方向に偏るリスクを伴う。2世紀も生き残る怪獣は米国の発火点であり続ける。
(オハイオ州コロンバスで、坂口幸裕)
【「アメリカン・デモクラシー 新たな発火点」連載一覧】
・「壁」か「扉」か メキシコ国境、米世論も党も二分
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渡部恒雄
笹川平和財団 上席研究員
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ひとこと解説
「ゲリマンダー」による恣意的な選挙区割りは、民主主義国では常に起こり得るものです。
日本でも1956年に鳩山一郎内閣が憲法改正を実現させるために、衆議院議席確保のための小選挙区法案を国会に提出しました。
米国同様、恣意的な小選挙区案は奇妙な形になったため、ゲリマンダーをもじって「ハトマンダー」と批判されました。このときは、憲法改正に反対する声が強かったこともあり廃案になりました。
米国の場合は、ゲリマンダーによる区割りが常態化しており、現在の政治の分極化が極端に進んでいる理由の一つといわれています。
2022年5月17日 8:09 』