韓国中銀総裁、異例の空席 新旧政権暗闘の巻き添えに

韓国中銀総裁、異例の空席 新旧政権暗闘の巻き添えに
ソウル支局長 恩地洋介
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM30CJI0Q2A330C2000000/

 ※ 自陣営を有利に導く「権力闘争」よりも、「国益」を上位の価値において、行動できる「器量」を備えていないと、「民主政治」は機能しない…。

 ※ その「モデル」であると、自他ともに目されていた、「アメリカ大統領選」が、あの体たらくだった…。

 ※ ましてや、他国においてをや…。

 ※ その点、「議院内閣制」の政治体制においては、「まだ、マシ」と言えるのか…

『韓国の中央銀行である韓国銀行の総裁が1日から空席となった。候補者はいるが、就任の前提となる国会の聴聞会が開かれずにいる。新政権の発足を前に、新旧の権力が水面下で繰り広げる駆け引きのあおりを食らった。

「総裁指名は無限の光栄だが、心が重たくもある」。3月30日夜、次期韓銀総裁に指名された国際通貨基金(IMF)の前アジア太平洋局長、李昌鏞(イ・チャンヨン)氏が仁川空港に降り立った。

次期総裁の就任日は未定

李氏は3月23日に文在寅(ムン・ジェイン)大統領から指名を受けた。しかし、李氏が総裁の椅子に座る日は決まっていない。4月14日の金融通貨委員会に間に合うかどうかも分からない。李柱烈(イ・ジュヨル)前総裁の任期は3月末で切れてしまった。
14日の金融通貨委員会に次期総裁が出席できるかは不透明だ(ソウル市中心部にある韓国銀行)

日本でもかつて日銀総裁の人事が政争に巻き込まれ、中央銀行のトップが約3週間にわたって不在の事態に陥ったことがある。

2008年3月、前年に参院で第1党となった民主党は、財務・大蔵省の出身者を挙げた政府・与党の人事案を次々と不同意にした。民主党代表だった小沢一郎氏が、政権を揺さぶるために数の力を行使した政治闘争だった。

韓銀総裁の空席は、トップ交代のタイミングが政権の引き継ぎ期と重なったことで生じた。「重要機関の人事を今、誰が決めるのか?」という新旧大統領の綱引きから、指名のタイミングが遅れ、対立モードを強める与野党は国会日程を調整できなかった。

ビビンバで「融和」演出も、しぼむ期待

与野党やメディアは次の大統領となる尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏と文大統領の初会談に注目した。3月28日夜のことだ。人事を巡る協力のほかにも、尹氏が公約履行の第1弾に掲げた大統領執務室の国防省への移転など詰めるべき話は多かった。

大統領選後に初めて会談した文在寅大統領㊧と尹錫悦次期大統領(3月28日、ソウル市)=聯合・共同

文氏は19年にトランプ米大統領を招いた大統領府の部屋で尹氏をもてなした。食事は「和合の象徴」という意味を含む韓国式混ぜごはんのビビンバ。互いの側近を交えて3時間近く、赤ワインを傾けた。

「お力添えをいただきたい」と腰を上げた尹氏に、文氏は「成功を祈ります。いつでも連絡してください」と応じ、自ら選んだネクタイを贈った。同席した尹氏側の秘書室長は「和気あいあいとした対話だった」と記者団に説明した。

もっとも、新旧大統領の「融和」は、ただの演出を超えなかったとの見方が強い。大統領執務室の移転について、文氏は「協力する」と応じたにもかかわらず、翌日の閣議では必要な予備費執行の決定を見送った。

尹氏は大統領就任日の5月10日からの執務室移転を宣言していたが、期日通りの移転は難しい状況に追い込まれた。滞った政権引き継ぎが「一気に進展するのでは」との期待は急速にしぼんだ。

新旧大統領の根深い因縁

2人の因縁は、1食のビビンバで和解できるほど単純ではない。文氏は19年にソウル中央地検長だった尹氏を検察総長に抜てきした。ところが、文氏の懐刀だった曺国(チョ・グク)法相が検察改革のなたを振るい始めると尹氏との関係は対立に転じる。

尹氏は組織を守るために抵抗し、娘の不正入学に絡んだ罪で曺氏を法廷に送った。文氏は検察に代わる念願の新たな捜査機関をつくることに成功したが、自身の有力な後継者を失い、政権まで奪われてしまった。

現在の大統領府(青瓦台)㊧と執務室の移転先となる韓国国防省㊨

民主化後の韓国政治を振り返っても、国民に選ばれた当選者と、去りゆく大統領が引き継ぎでここまでけん制し合った例はない。

その理由は、得票率でわずか0.73ポイントの接戦だった大統領選の結果だ。2位だった与党の李在明(イ・ジェミョン)候補の得票に、3位の左派野党候補の得票を加えると、保守勢力よりも革新勢力の方が多くの票を獲得したことになる。保革の対立構図は解消されるどころか、次の波乱の芽を育んだとも見れる。

文大統領の支持率は、任期末にもかかわらずなお40%台を維持している。韓国メディアが3月30日に報じた世論調査によると、尹氏の国政運営に「期待する」と答えた人は39%にとどまった。
ねじれ国会で「決められない政治」

新旧大統領の暗闘は、権力争いの主戦場である国会の混乱に連動する。新政権は政府と議会多数派の政治勢力が異なるねじれ構造に陥る。与党となる保守系の「国民の力」の議席数は全体の4割に満たない。

6月に統一地方選があるため、国会では政権の出だしから与野党対立が激しくなるのは間違いない。国会同意が必要になる首相人事は最大の争点だ。有力視されていた安哲秀(アン・チョルス)氏は、混乱を避けるためだとして自ら身を引いた。

韓銀総裁を巡っては「空席が短期間なら金融政策への影響は小さい。市場も織り込み済みだ」(韓国のアナリスト)という観測もあって、政治決着をめざす優先順位は必ずしも高くない。総裁空席という異例の事態は、船出を控えた新政権が直面しうる「決められない韓国政治」の時代を暗示している。

恩地洋介(おんち・ようすけ)
2001年日本経済新聞社入社。主に永田町や霞が関で国会、外交、経済政策などを取材。ソウル駐在は5年目。22年4月からソウル支局長。』