中国「一帯一路」鉄道、タイには延びない理由

中国「一帯一路」鉄道、タイには延びない理由
アジア総局長 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM069WY0W2A100C2000000/

『中国雲南省から南下し、ラオスを縦断する長距離鉄道が開業して1カ月余りが過ぎた。隣国タイに住む筆者は乗車してみたくてうずうずしているが、新型コロナウイルスによる出入国の制限下では思うに任せない。

中国の環球時報によれば、最初の1カ月間に旅客67万人、肥料や野菜などの貨物17万トンを輸送し、中国国家鉄路集団は「東南アジア諸国連合(ASEAN)との新たな物流ルートの形成を加速した」と自賛しているという。

「ASEAN初の高速鉄道」は、実際には準高速だ。時速160㎞は東京・上野と成田空港を結ぶ「京成スカイライナー」と同等で、一般に同200㎞以上とされる高速鉄道の定義にはそぐわない。それでも全長422㎞に貨物用で23、旅客用10の駅を設け、これまでトラックやバスで丸1日がかりだった移動が4時間に短縮された。

事業は中国が丸抱えした。総工費60億ドル(約6900億円)の7割を拠出し、ラオス負担分の3割の大半も融資した。ラオスの「手金」は1億ドル程度とみられ、設計から工事、車両・信号などのシステム、運行管理まですべて中国頼みだ。

中国の、中国によるラオスの鉄道は、では誰のためのものか。

最初に協力を求めたのはラオス側だ。2010年に覚書を結んだ後、13年に中国が広域経済圏構想「一帯一路」を提唱するとにわかに具体化し、15年に計画合意、16年には着工とトントン拍子に進んだ。

ASEANで唯一、海に面さない地理的制約が、ラオスの経済発展を妨げてきた。鉄道整備で物流機能を高め、内陸国から「連結国」へと脱皮したい小国の悲願を、中国が「国際公共財」と称する一帯一路で後押しする美しい構図である。

その陰で、中国が「本心」をのぞかせた逸話がある。

関係者によれば、中国が当初示した設計案は、首都ビエンチャン以外にほとんど途中駅を設けず、しかも両端20㎞ずつの沿線開発権を中国企業に与える内容だったという。さすがにラオスが押し返したが、中国にとってラオスは「南進の通過区間」にすぎないことを如実に示していた。

中国がにらむのは、雲南省昆明を起点にインドシナ半島を下り、シンガポールへ至る「汎アジア鉄道」だ。古くは英仏などの旧宗主国が構想した。06年には国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)が政府間協定を採択し、11年にASEANが策定した連結性基本計画にも盛り込まれた。それを一帯一路に取り込み、国際高速鉄道計画として推進し始めたのが中国である。

誰のためか、の答えは、もちろん中国自身だろう。南シナ海やマラッカ海峡の海上輸送路の「有事」に備え、インド洋に抜ける代替の陸上物資輸送路を、自国主導で確保する狙いが透ける。

だからこそ中国が次に見据えるのは、ラオスの先のタイだ。タイ国内でも「ラオスとの接続を急げ」との声が上がるが、現状は中国の思惑とはかけ離れている。

中国と協力する高速鉄道の着工式にはプラユット首相(左から4人目)も出席した(2017年12月、タイのナコンラチャシマ県)=ロイター

中国にとってラオスとタイの計画は一体だった。ラオスと同じ15年、タイ政府との間で、メコン川を挟んでビエンチャンと隣り合うノンカイ県とバンコク間の608㎞を結ぶ鉄道整備に合意した。時速180㎞の旅客・貨物兼用で、中タイが設立する合弁会社に中国が建設資金を融資し、開通時期もラオスに先んじる20年とした。相似形の両事業を通じ、インドシナ半島の中部までの輸送路を一気に確保する腹づもりだった。

ところが17年末に着工へこぎ着けるまでに、鉄道協力の内容は様変わりした。

整備区間は当初の4割のバンコク~ナコンラチャシマ県(253㎞)に縮小され、時速250㎞に高速化して旅客専用に切り替わった。中タイ合弁会社の設立は中止し、1700億バーツ(約5800億円)の建設費はタイの全額負担となった。

平たくいえば、中国におんぶに抱っこを改め、タイが資金調達や工事、運行管理を自ら担うことにしたのだ。高速鉄道の技術を持たず、設計やシステムは中国に依存するが、企業でいえば包括的な資本提携から部分的な業務提携へ格下げしたに等しい。

なぜか。中国が金利などの融資条件に加え、自国の建設資材や労働者を使う「ひも付き」の工事受注、大規模な沿線開発権の要求など高圧的な姿勢を続け、タイ側の不興を買ったからだ。中国マネーに頼るしかないラオスとタイでは国力が違っていた。

中国の協力を得て建設するタイの高速鉄道東北線は着工から丸4年がすぎても3.5キロメートルしか整地が完了していない(2021年10月、ナコンラチャシマ県)

タイが第1期区間と位置づけたバンコク~ナコンラチャシマは、着工から4年が経過したいまも工事の進捗率が4%にとどまり、整地が終わった工区はナコンラチャシマ近郊の3.5㎞にすぎない。残るナコンラチャシマ~ノンカイは第2期区間と位置づけて検討を継続し、タイが自ら設計するが、資金調達を含めた事業計画は決まっていない。

第1期区間との整合性から、システムは中国製を導入するはずだが、問題はタイにとって高速鉄道を本当にラオスまで延伸する必要があるのか、だ。理由は3つある。

第1に、すでにタイはラオスへの鉄道を持つ。在来線の東北線の終点はノンカイ。タイの支援で09年にビエンチャンへの越境区間も開通し、19年には貨物列車の運行も始まった。
世界銀行によれば、17年時点のタイの鉄道総延長は4092㎞と世界で40位だが、8割以上が単線。公共交通機関のうち、鉄道が担うのは旅客で20%、貨物は2%にすぎない。輸送力増強に向けて、タイは在来線の複線化計画を別途進めている。中国との鉄道を高速化したのは、旅客をそちらに誘導し、在来線の貨物輸送を拡大するためだ。貨物だけを考えれば、ナコンラチャシマ~ノンカイ間は一帯一路のミッシングリンクであっても、タイにとってはそうではない。

第2に、旅客専用の高速鉄道は現行計画のままでも成り立ち得る。ナコンラチャシマは「タイの軽井沢」と呼ばれる人気の避暑地カオヤイなど2つの国立公園に近く、一定の旅客需要を見込めるからだ。一方、バンコクからにせよ、中国南部からにせよ、格安航空で気軽に飛べるノンカイへは、鉄道旅客の需要が多いとは考えにくい。

第3は、中国に対する不信感の一段の深まりだ。「以前から中国を好きなわけではなかったが、鉄道協力に関わって、はっきりと嫌いになった」。ある民間企業の幹部は最近、タイ政府高官からこんな言葉を聞いた。

第1期区間の工事が始まって以降も、施工管理のため中国から送り込まれたエンジニアは「あなた方には高速鉄道の経験がないから」ととりつく島がなく、タイ側の意見をくみ取ろうとはしない、という。少なくとも第2期区間は用地買収を含めてこれから。この企業幹部は「タイの鉄道関係者は中国の独善的なやり方に不満を募らせている。協力を中断・中止する糸口を探しているようにすらみえる」と話す。

もともと両国の鉄道協力は、14年の軍事クーデター後、批判を強める米欧や日本をけん制しつつ、当時在庫を抱えていたコメや天然ゴムの大量売却と引き換えに、タイが進んで中国を招き入れた経緯がある。だが最近は「ラオスとタイの高速鉄道を接続したがっているのは、間違いなく我々より中国の方」(タイ国鉄の特別プロジェクト建設部のガムポン・ブンチョム副主任)といった冷ややかな声も上がる。

居並ぶ大国を天秤(てんびん)にかけ、自らの国益を実現するタイ伝統の外交巧者ぶりは、新興国における「債務のワナ」が指摘される一帯一路の、さらに上手をいっているようにもみえる。

=随時掲載

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高橋徹(たかはし・とおる) 

1992年日本経済新聞社入社。自動車や通信、ゼネコン・不動産、エネルギー、商社、電機などの産業取材を担当した後、2010年から5年間、バンコク支局長を務めた。アジア・エディターを経て、19年4月からアジア総局長として再びバンコクに駐在。論説委員を兼務している。著書「タイ 混迷からの脱出」で16年度の大平正芳記念特別賞受賞。』