[FT]仏防衛産業、豪による潜水艦契約破棄で信用に傷

[FT]仏防衛産業、豪による潜水艦契約破棄で信用に傷
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『9月15日、フランスの政府系造船会社ナバル・グループのスタッフは、待ちわびていたオーストラリア政府当局者からの書簡が届き大喜びしていた。巨額の潜水艦建造契約について、ナバルは重要な段階を完了したと伝えるものだった。だがその時、同社のピエール・エリック・ポムレ最高経営責任者(CEO)は契約の破棄を知らせる電話を受けていた。
潜水艦を建造する予定だったシェルブール港。受注を失ったことはフランスの防衛装備輸出にとっては悪い知らせにほかならない=AP

米英豪が調印したインド太平洋地域での新たな安全保障の枠組みの下で米国が豪州に原子力潜水艦の技術を供与することになり、仏製潜水艦は余剰となってしまうとポムレ氏には伝えられた。

仏、2カ月前はスイスの次期戦闘機選定で敗北

豪州との潜水艦建造契約は「重要な取引であるのみならず、会社に変革をもたらす取引で、ナバル・グループを新たな世界へ飛躍させる機会でもあった」とポムレ氏はフィナンシャル・タイムズ(FT)紙に語った。「フランスを変える取引でもあった。それだけに、いま起きていることのすべてがつらい。契約にかかわったチームにとってもつらいことだ」

豪政府内の一部には情報が伝わっていなかったらしく、それで契約の完了を知らせる書簡がタイミング悪く届いたのだろうとポムレ氏は話した。

この契約破棄はナバルにとって業績面で手痛い打撃となる。同社の株式35%を保有する仏電子機器大手タレスも電子システムを納入する契約を結んでいたため、ナバルよりははるかに小さいにせよ痛手を被る。フランス第3位の防衛企業で研究開発を委託されていたエンジン大手サフランは、契約破棄による事業への「影響を精査中」だ。

受注を失ったことはフランスの防衛装備輸出にとっては悪い知らせにほかならない。豪潜水艦契約を別にしても、フランスの防衛装備輸出は航空機メーカーのダッソー・アビアシオンとナバルが先導する形で近年は増加してきた。しかし、仏国防省の統計によると、2020年の受注は8年ぶりの低水準に落ち込んだ。

今回の契約破棄は、スイス政府が次期戦闘機選定でダッソーの「ラファール」、欧州の「ユーロファイター」ではなく、米ロッキード・マーチンのF35に決めてから2カ月後のことでもあった。

フランスの防衛装備輸出はコロナ禍前は増えてきた

ここ数年、オーストラリアに対するフランスの防衛装備輸出は増えてきた

建造する予定だった港、士気が低下

英調査会社エージェンシー・パートナーズの航空宇宙・防衛アナリスト、サッシュ・トゥーサ氏は契約破棄の原因について見方は2つに割れていると話す。「英米の裏切り」によるものだとする見方と、ナバルの事業面での不具合がもたらしたものだとする見方だ。「恐らくはその間のどこかだろう」とトゥーサ氏は言う。

潜水艦が建造されるはずだった仏北西部ノルマンディーのシェルブール港では士気に響く問題となり、同港で働いてる人たちの誇りは傷ついている。「ナバル・グループの評判にかかわる問題だと承知している」と労働組合員のホセ・バプティスタさんは話した。「だから私たちは、これは私たちの仕事の質とは無関係だということを示すために努力し、豪州から失った受注を新しい契約で補えるようにするためにあらゆる手を尽くしている」

ナバルはすでに完了した分の仕事について8億4000万ユーロ(約1080億円)の支払いを受けていたが、豪州との契約で「向こう何年にもわたり」年間5億ユーロほどの収入が得られるはずだったとポムレ氏は話した。同社の年間売上高の1割に相当する額だ。「非常に大きな危機だ」と同氏は語った。「しかし、世界はとても広く、我々がやっていることに関心を向ける人たちはたくさんいる」

マクロン仏大統領は、まさにそれを示すために動き出した。同氏は9月28日、新型フリゲート艦「ベルアラ」級3隻の建造契約をギリシャと交わしたと発表した。3隻はナバルがフランスで建造する。この契約は「フランスがもたらす高品質を示すと同時に、フランスに対する信用の証」でもあると同氏は述べた。

フランスは29日、チェコに自走砲「カエサル」52両を2億5700万ユーロで売却することも発表した。

タレスにとっても自社の信用にかかわる問題だ。米英豪が安保協力「AUKUS(オーカス)」の創設で合意した翌日、同社は投資家に対し、重大な影響が生じることはなく21年の業績予想に変更はないと伝えた。

世界の防衛関連企業トップテン

タレスはコロナ禍以前、ナバルへの出資で年間6500万ユーロのEBIT(利払い・税引き前利益)を得ていた。タレスは、出資を通じて潜水艦契約から得られる利益は最大で年間3000万ユーロだったと明らかにしている。同社の19年のEBIT20億ユーロと比べると微々たる額だ。

タレスにはロッキードに電子部品を売るという可能性も残っている。ロッキードはフランスとの契約で潜水艦の戦闘システムをつくることになっていたが、AUKUSにより原潜建造でも納入企業となる可能性があると一部のアナリストはみている。

だが、豪州とナバルとの潜水艦契約がなかなか進まなかったことや、仏防衛産業に対する信用が下がる可能性を踏まえると、タレスが近年重要な市場としてきた豪州での成長は限られるかもしれないとする声もある。

「これは当然ながらナバル・グループにとって汚点となる」とトゥーサ氏は言う。そしてタレスには「豪州市場での勢いを失い、足が止まる」ことを意味するという。

タレスはこの見方を「誤解」だと退ける。

同社の広報担当者は「12カ所の主要拠点に3800人の従業員を持つタレス・オーストラリアはオーストラリア企業で、オーストラリア内の防衛産業をリードする存在であり、30年以上にわたりオーストラリア国防軍の信頼あるパートナーとなっていることを忘れてはならない」と述べた。

欧州防衛産業、統合できない事情

仏パリ、豪キャンベラの両首都で弁護士が補償の詳細について協議する一方、フランスの防衛企業は、欧州内の協力強化を求めることになるだろう。より一貫性のある欧州連合(EU)の戦略を打ち出しているマクロン氏の姿勢を反映することになる。防衛問題の専門家は以前から、細切れ状態の欧州防衛産業の統合を進めるよう求めている。各国での予算拡大につなげることが狙いの一つだが、国家主権の問題が乗り越え難い壁となっている。

「欧州はもっと団結する必要がある」と、ある仏企業幹部は話す。

仏国防省のグランジャン報道官は、フランスがEUの防衛イニシアチブに今後6年間で80億ユーロを投じると発表した際、契約破棄について「我々が欧州諸国との連携を強めることにつながる」はずだと述べた。

だが、一部のEU諸国は懐疑的だ。シンクタンクであるドイツ外交問題評議会のクリスティアン・メリング調査部長は、防衛産業の統合構想に関する議論は「30年前から続いているが、合併した企業はない」と指摘する。

フランスは「防衛産業を自国の至宝ととらえているだけに、統合に応じる」ことはないだろうと、メリング氏は付け加えた。

By Anna Gross & Sylvia Pfeifer

(2021年10月3日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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