「Facing declining birthrates, N. Korea calls on provinces to better account for new mothers, families with young children」
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『Jong So Yong 記者による2021-9-23記事「Facing declining birthrates, N. Korea calls on provinces to better account for new mothers, families with young children」。
北鮮労働党中央委員会は、各道の労働党支部に対し、出生率を向上させなさいと命令した。
5歳以下の子育てを支援しなさいと。
栄養不良児とその母親は入院させなさいと。
両江道では9月7日から、有料配給が始まった。新生児の母親、および5歳未満の子供に対して、食品、日用品を、公定価格で販売する。
※無料支給ではない ということは、要するに口だけ指導で、予算配分を伴っていない命令なのだろう。地方下僚としては、ふざけるなよという話で、まじめに実行する気もないだろう。
これらの物品は週にいちど、届けられる。また、月にいちど、3kgのヨーグルトが有料配給される。
※電気が来なくては冷蔵庫が役立たず、牛乳だと腐ってしまうからだろう。それならば粉ミルクにすればよい……とはならぬのが、北鮮の工業事情なのだろう。
※日本でもどうやって急すぎる人口減のペースを緩和するかが大課題なのだが、問題の核心部分を把握できれば、その方法はすぐ見つかる。
ところが人々には《問題の核心》を把握したくないという気持ちがあるのである。そこで偉大な政治家が必要になる。偉大な政治家が、問題はじつはこうなんだよ、と世間に向かって言葉で説明できたなら、問題は解決したも同然なのである。
では《問題の核心》とは何か。現代においては「子育てと個人の自由は両立しない」ということなのだ。したがって、自由主義を否定する儒教圏国家やイスラミック国家でもない限り、女たちに向かって子供をもっと生めとは誰も要求できないはずなのである。
それを政府として、否、社会として敢えてリクエストするのならば、「子育ては、それじたいが、勤労である」という定義を明確に共有しなくてはならない。「子育て」という勤労と、子育てのための生活費を稼ぐ勤労は、おなじひとりの個人が働く以上は、両立するわけがないのだ。
だから、「子育て」という勤労に従事しているシングル・ペアレントに対しては、それに必要な生活費を、全額、国家と社会がよろこんで負担するというのが、今日では、まさしく、筋なのである。
勤労は国民の義務だと憲法に規定しているのだから、日本国は個人に対して、物理的に不可能である「ダブル勤労」など、要求してはならないのである。
さてそうなると次には財源の限界というもうひとつの現実と格闘しくてはならない。ここを大政治家ならば、次のようにして乗り越える。
すなわち両親世帯ではなく「シングル・ペアレント」に対してのみ、その全生活費を国と自治体が負担する――と。詳しくは次著(さいきんは取り次ぎがしわくて12月になりそう)に譲るが、シングル・ペアレントの全生活費が完全に公費で負担されるという社会が日本に実現すれば、「試し婚」も増えることになり、婚姻率も出生率も、確実に爆増する。プロスペクト理論でそれは説明できる。しかも予算は、そんなに要らない。法の下の平等も、担保される。
この政策直感が働かない「四候補」のとりまきたちには、私は何も期待しないのである。』