米サイバー防衛効かぬ抑止 攻撃疑いのロシア駆け引きも
編集委員 古川英治
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM22CKI0S0A221C2000000
『米国の政府機関や企業を狙った大規模なサイバー攻撃が今月、明るみに出た。多くの機密情報を扱う国土安全保障省や財務省、エネルギー省のネットワークまで侵された。米当局はロシアが関与したハッキングとみており、サイバー防衛戦略にも大きな影響を与えかねない。
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編集委員が日々のニュースを取り上げ、独自の切り口で分析します。
来年1月の政権交代の過渡期にある米政府はパニックに陥ったようだ。国家安全保障担当のオブライ…
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・国家安全保障担当のオブライエン大統領補佐官は欧州歴訪を短縮して帰国し、危機対応に追われた。ホワイトハウスは省庁をまたいだ緊急会議を複数回開いており、米連邦捜査局(FBI)は16日、「事態は進行中」とする声明を発表した。
・米政府機関や企業が多く使っているネットワーク管理ソフト大手の米ソーラーウインズ社の更新プログラムに埋め込んだウイルスを通じてシステムに侵入する高度な仕掛けだった。同社は3月と6月にこのソフトを更新した顧客は1万8000以下と報告した。米マイクロソフトの調査によれば、攻撃対象は米国が約8割を占め、カナダや欧州にも広がっている。
米ソーラーウインズの本社(テキサス州オースティン)=ロイター
・米サイバー当局が攻撃を見過ごし、政府機関が広く侵入を許した衝撃は大きい。工作は半年以上も続いており、米大統領選への介入阻止を重視していた米当局のすきを突いた活動だった可能性が指摘されている。
・米国防総省は2018年、平時から敵のサイバー空間に侵入し、先制攻撃も辞さない「Defend Forward(前方防衛)」という方針を打ち出した。ロシアの電力システムなどに入っているとの当局者のリークに基づく報道もあった。これは反撃の脅威を示して、相手に攻撃を思いとどまらせる「抑止戦略」の一環だった。
・今回の大規模なサイバー攻撃は、米国の抑止戦略が効かなかったことを如実に示した。米当局はロシアのSVR(対外情報局)が企てたとみており、ポンペオ国務長官は18日、「この活動を行ったのはロシア人だと明確に言えると思う」と発言した。
・ロシア政府は関与を否定しているが、米国の「前方防衛」に対する意趣返しとの見方がある。国土安全保障担当の大統領補佐官だったボサート氏は米紙への寄稿で、ロシアは侵入したネットワークで機密情報を収集するだけでなく、データを改ざんしたり、破壊したりして、社会を混乱に陥れることができると危機感を示した。
・オバマ米前政権は16年の大統領選中に民主党全国委員会(DNC)のシステムをハッキングして機密を暴露したロシアへのサイバー反撃を検討したが、断念したとされる。サイバー空間で報復合戦がエスカレートし、結果的に自国の代償が大きくなることを懸念したからだ。
・「オバマ政権がそうしなかったように、米国は今回も直接的な報復をすることはできない」とロシア政府に近い筋はいう。そもそも米国自体も各国システムに入り込み、情報を収集しており、「互いにスパイ活動は止められない」と主張する。
ロシアによるサイバー攻撃との見方が強まっている(12月17日、オンライン記者会見に臨むプーチン大統領)=ロイター
・サイバー戦は開かれた民主国家よりも強権国家に有利といわれる。サイバー空間での活動についても説明責任を問われる民主国家に対し、ロシアや中国の秘密工作に国内で縛りはない。国境もルールもなく、世界のどこでも経由し、攻撃への関与を否認できる。
・英王立国際問題研究所が14日、英国が新設するサイバー部隊について開いたオンライン会議でも、活動の合法性について議論になった。情報機関と英軍の幹部は、攻撃能力を示して相手を抑止するとして新部隊の意義を訴えながら、「国際法は順守する」という説明を繰り返した。サイバー攻撃の主体を特定する証拠なしでは、自衛権を根拠にした「攻撃」の正当性もはっきりしない。
・日本にとって対岸の火事ではない。英政府が10月、東京五輪の運営組織にロシアがサイバー攻撃をしていたと公表したとき、日本の政策当局者には寝耳に水だった。ある防衛関係者は「日本はおそらく多くのハッキングに気づいていない」と話す。
・ロシア政府に近い筋は「今回の事件でロシアのサイバー大国ぶりが示され、バイデン次期政権との取引材料を手にした」と話す。破壊的なサイバー戦争への危機感が高まれば、対ロ強硬派とされるバイデン氏を交渉のテーブルに誘い込めるとの読みがある。中国を含めて、サイバー空間が外交の駆け引きの舞台になりつつある。
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