「勇敢」な豪が中国に払った代償

「勇敢」な豪が中国に払った代償 ライオネル・バーバー氏
英フィナンシャル・タイムズ前編集長
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH234ES0T21C20A2000000

『オーストラリア政府が4月、新型コロナウイルスの発生源などを巡り独立した調査を求めた際、中国との関係が大きくこじれるとはほとんど予想されていなかった。新型コロナの情報隠蔽に対する批判に極めて敏感な中国政府は、豪州産の食肉や大麦、石炭、ワインなどに輸入制限を課している。

中国は、日本や韓国などアジアの国々と摩擦が起きるたび、貿易上の制裁を武器に使う。こうした経済的な代償が大きくなるなか、豪州の産業界の…』

・東部ニューサウスウェールズ州のワイン醸造会社の経営者は、地元テレビ局に対し「政府が、我々の最大顧客との対立を選んだ理由が分からない」と話した。

・中国は、他国に挑発的な言動をする「戦狼外交」で豪州をあおる。中国外務省の報道官は11月、豪軍兵士が子どもの喉にナイフを突きつける構図の合成画像をツイッターに投稿した。豪州ではアフガニスタン駐留兵が民間人を不当に殺害した疑いが発覚、法的責任の追及を進めている。中国外務省は、新疆ウイグル自治区の人権問題に関する批判をかわすねらいもあり、攻撃に打って出たかたちだ。

・豪州のモリソン首相はただちに(「画像は偽造されたものだ」などと)反発したが、ぎこちないようにもみえた。中国によってじわじわと首を絞められている事実は、豪州の板挟みを浮き彫りにする。他国から干渉されない意思決定能力や米国頼みの安全保障の維持と、最大の貿易相手国である中国との関係のバランスを探らなければならない。

・豪州が選択可能な戦略の幅は、米国の存在抜きに語れない太平洋地域の勢力バランスにかかっている。豪州は、2度の世界大戦やベトナム戦争など「西洋」が戦った戦争に参加してきたことを忘れてはならない。だが21世紀になったころには、豪州は人口構成や経済の面から、「アジア」の一員という位置づけに変わっていった。

・中国の報道によると豪州は、哺乳類が優勢だと哺乳類の仲間だと主張し、鳥類が勝てば鳥類の一員だと言い出すコウモリに例えられたという。モリソン政権が2018年8月に発足してから、日和見外交のつまずきが一段と増えているようにもみえる。もっとも豪州以外のインド太平洋諸国も、米ソ冷戦時代より、米中が覇権争いを繰り広げるなかでの外交のほうが難しいと認識しているだろう。

・4年間のトランプ米政権の対中強硬姿勢は、欧州からアジアまでを巻き込み、豪州の保守政権も応じてきた。豪州政府は18年、米国に同調するかたちで、高速通信規格「5G」から中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)を排除することを決めた。豪州は米英など5カ国が機密情報を共有する枠組み「ファイブ・アイズ」の参加国として、米国と足並みをそろえる決意も揺らいでいないだろう。

・豪州は、日本の自衛隊と豪州軍が連携しやすくなる「円滑化協定」への動き、欧州との関係強化も進めている。こうした取り組みは、ジョンソン英首相らが呼び掛ける、主要7カ国(G7)に韓豪印を加えた「民主主義10カ国」(D10)への参加につながっていく可能性がある。

・しかし、壮大な戦略があれば、日々の外交のかじ取りを怠ってよいというわけではない。ツイッターに問題の画像を投稿した中国外務省の報道官は、比較的若い世代のナショナリストでフォロワーも多い。とはいえ一官僚にすぎないため、経験豊富な豪州の外交官らは、モリソン氏がわざわざ反応したことに驚いた。

・より効果的な対応だったと考えられるのは、日本式の控えめな批判や同盟国との共同声明だ。新型コロナの発生源の調査を求めた時のように、豪州の政権は思いつきをすぐに口に出してしまう。英国のテレビの政治コメディー「イエス・ミニスター」に登場する官僚、ハンフリー・アップルビーなら、(「浅はかだ」という皮肉を込めて)「とても勇敢だ」と評するだろう。

・豪州の率直な対中アプローチの行方に注目している国は多い。与党・保守党で嫌中感情が高まる英国では、中国との経済関係が密接になると、(中国からの)政治的な圧力に抵抗しにくくなるという見方がある。こうした見方からすれば、豪州は勇敢な態度で臨んでいるうえ、先見の明があるといえそうだ。