ユニクロ旗艦店ついに閉鎖へ 韓国、日本不買運動の今

ユニクロ旗艦店ついに閉鎖へ 韓国、日本不買運動の今
ソウル支局長 鈴木壮太郎
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM08BTG0Y0A201C2000000

『カジュアル衣料店「ユニクロ」のソウルにある旗艦店が2021年1月末に閉店する。2019年夏に始まった韓国での日本製品の不買運動の象徴として集中砲火を浴びただけに、その撤退劇は韓国で話題になった。不買運動の火は完全に消えてはいない。だが、火勢はだいぶ弱まっている。

「これまでご利用いただき、ありがとうございました」

ソウルきっての繁華街、明洞。その入り口の一等地にある「ユニクロ明洞中央店」の壁には大きな張り紙があった。4つのフロアを使った韓国最大店舗で、2011年の開店時には1日の売上高が20億ウォン(約1億9200万円)を記録するなど、ユニクロの象徴だった。

閉店の理由は不買運動だけではない。「新型コロナウイルスで外国人観光客がいなくなり、商圏全体が壊滅的な影響を受けている」。店員は打ち明ける。明洞は韓国を訪れる観光客なら誰もが一度は訪れる繁華街だ。目抜き通りはくしの歯が欠けるように店舗が消えている。

■営業赤字に転落

不買運動にコロナ禍が追い打ちをかけ、ユニクロを運営するファーストリテイリングの韓国現地法人の2020年8月期通期の業績は売上高が前の期比で半分以下に落ち込み、営業損益は883億ウォンの赤字(前の期は1994億ウォンの黒字)に転落した。

不買運動は日本が2019年7月に韓国向け輸出管理を強化したことへの反発から始まった。最近はあまり話題にならなくなったが、完全に消えたわけではない。

日本車の販売も不買運動前の水準にはまだ届かない。日産自動車は韓国市場から撤退し、10月以降、登録台数はゼロだ。ユニクロに代表されるアパレルやビール、自動車など不買運動のシンボルにされた業種については不買の影響は残る。

■「たまごっち」即完売

一方で、大人気の日本製品もある。

バンダイが18日に韓国で発売する「ジョルディたまごっち」。3日に予約販売を始めたところ注文が殺到し、準備分が瞬く間に完売した。韓国の対話アプリ「カカオトーク」のスタンプで人気のキャラクター、ジョルディが就職するまでの奮戦記をゲームにした。

たまごっちは1990年代後半、韓国でも一世を風靡した。ブームが終わった後は韓国での販売を中止していたが、2019年にハングル対応の新機種投入で再進出した。韓国はいまレトロブームだ。たまごっちの懐かしさと、人気キャラの就活というコラボが若い世代に刺さり「韓国での玩具の予約注文では過去最多」(バンダイナムココリア)の人気につながっている。

ソニーの新型ゲーム機「プレイステーション5」(PS5)は韓国でも発売早々に完売した。ソニーコリアの通販サイトでも品切れが続く。今春には任天堂の「あつまれ どうぶつの森」のソフトを買い求めようと、量販店の前に長い行列ができた。釣り具も日本のダイワ、シマノの人気が高い。

日本製品の不買に拍車をかけたのは、消費者の反応を気にする韓国の小売業が販売を自粛したことだ。日本製ビールは一時、コンビニやスーパーの店頭に全く並ばなくなった。その衝撃を緩和する一助となったのがネットだ。ある日本メーカー関係者は「店頭で買えなくなった分、ネットでの販売が増えた」と語る。

■「選択的不買」

不買運動に共感しながらも、欲しいものは買う――。日本人からみればご都合主義としかいえない消費行動について、韓国では「選択的不買運動」という言葉も登場した。たまごっちやPS5が典型だが、他に選択肢がないものは、それを買うのはしょうがないというわけだ。

ストイックに不買を貫く人々は選択的不買運動を批判する。だが、日本でも嫌韓なのに韓流ドラマにはまってしまう人々がいるように、信条に反しても手を伸ばさずにはいられない。不買運動下でも売れている日本製品は、それだけの価値を提供しているともいえる。

コンビニの棚には日本のビールが戻り始めた(ソウル市内のコンビニ)

過去最悪といわれる日韓関係だが、つい2年前までは1000万もの人々が両国を往来していた。理念ではなく体験で日本を知る韓国人が増え、ソウルでは日本人もうならせるラーメンやとんかつ、天丼などの店が続々生まれている。韓国人客が列をなしている店も多い。

日韓関係はなお改善の糸口が見えない。歴史問題や東京電力福島第1原子力発電所事故の処理水放出問題などで世論が悪化すれば不買運動が再燃する恐れはある。ただ、優れた製品・サービスは主義主張を超える。韓国の消費者が人目を気にせず「メード・イン・ジャパン」を選択する日は必ずやってくるはずだ。

鈴木壮太郎(すずき・そうたろう)
1993年日本経済新聞社入社。産業記者として機械、自動車、鉄鋼、情報技術(IT)などの分野を担当。2005年から4年間、ソウルに駐在し韓国経済と産業界を取材した。国際アジア部次長を経て、2018年からソウル支局長。』