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『新型コロナウイルスに対し、「メッセンジャーRNA(mRNA)」技術と呼ぶ新手法を使ったワクチンが開発終盤で相次ぎ高い有効性を示している。米製薬新興モデルナと同大手のファイザーがこのほど共に90%を超える高い数値を達成した。mRNAは他の感染症予防やがん治療にも応用が利く。対コロナでの研究努力が医療のイノベーションを促している。
「私たちはパンデミック(世界的な大流行)を終わらせる手助けをする」。16日、モデルナのステファン・バンセル最高経営責任者(CEO)は強気の声明を発表した。開発中のmRNAワクチンが94.5%の有効性を示し、同じ技術を扱うファイザー製の90%以上を超えたからだ。
両社のワクチンは遺伝子に働きかけるmRNAの性質を使って体内で新型コロナのたんぱく質を作りだす。それを免疫細胞が捕捉し記憶し、本物のウイルスが侵入した際に素早く排除し感染を防ぐ。
この仕組みはインフルエンザなどに使われる一般的なワクチンとは全く別物だ。通常のワクチンは鶏卵などの動物細胞を使ってウイルスを培養した後、病原性をなくして使用する。ウイルスを扱うため厳重な設備が必要で製造に時間がかかる。mRNAは遺伝子配列さえ分かれば、素早く安全にワクチンを製造できるメリットがある。
モデルナや、ファイザーと協力する独ビオンテックは2000年代後半創業の新興だがいずれもRNAを使った創薬の分野で実績を重ねてきた。コロナ対策で、これまでワクチン界にはなかった技術に急きょ光が当たったといえる。独キュアバック社もmRNAワクチンを開発中だ。
新型コロナ向けmRNAワクチンの実用化が進めば、他の医療分野にも技術を転用しやすくなる。国内でワクチンを含むRNA医薬品を開発するナノキャリアの秋永士朗取締役は「あらゆる感染症に応用が可能だ。mRNAはワクチンのゲームチェンジャーとなる可能性がある」と話す。
例えばインフルエンザのような既存の感染症にも対応できるほか、新たなパンデミックが起きた際に短期間でワクチンをつくることが可能になる。人の細胞に働きかける作用を使い、がん細胞への免疫力を高める治療もmRNA技術でできるようになる。
予防効果の持続、課題
課題は実用化の後でも同じ有効性を示せるかだ。モデルナによると臨床試験(治験)参加者のうち有効性データ取得の対象とした人は高齢者のほかヒスパニック系、ラテン系、黒人、アジア系と人種の幅も広い。多くの国で米国同様の効果が期待できるとみている。
ただ両社が発表した90%以上という有効性の数字は限られたデータによる「暫定値」にすぎない。いずれも治験参加者のうち新型コロナに感染した90人程度を対象に、何人が実際にワクチンを投与されていたかとの分析にとどまっている。母集団が増えるとワクチン接種者でも感染率が増える場合がある。そうなると有効性は今より下がってしまう。
有効性の評価も必要量を投与後7日から2週間とあまり間を置かずに実施している。仮に6カ月後に予防効果を調べると、有効性が50%以下になる可能性が指摘されている。ある国内のワクチン研究者は「本当の検証はこれから。少なくとも半年から1年以上は見極める必要がある」と話す。
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供給体制の整備も簡単ではない。ファイザーのワクチンは輸送や長期保管にセ氏マイナス80度、モデルナはセ氏マイナス20度の温度管理が必要だ。セ氏マイナス80度となると特殊な低温輸送が不可欠となり、設備がない病院やクリニック、新興国などでの使用は難しい。
英社や中ロは別型
日本政府は21年6月までにファイザーから1億2000万回分(2回接種で6000万人分)、モデルナから同9月までに5000万回分(同2500万人分)の供給を受けることで合意している。国内ではmRNAワクチンを製造できる設備がなく、全量を輸入に頼る。管理が難しいなかで、政府や都道府県はワクチン運搬や接種計画の議論を急ぐ必要がある。
同じく政府は英アストラゼネカから1億2000万回分(同6000万人分)のワクチン供給を受ける予定だ。同社は「ウイルスベクター」と呼ばれるmRNAとは異なる新技術を使う。新型コロナとは異なるウイルスを「運び屋」にして体内に新型コロナの遺伝子を入れて免疫反応を促す方式だ。
エボラ出血熱向けのワクチンとして実用化されたばかりで、有効性や安全性について評価に時間がかかる。一方で、セ氏10度以下程度の既存のワクチン輸送のシステムを活用できるとされる。ロシアや中国では同タイプのワクチン開発が進んでいる。アストラゼネカも治験が最終段階に入っており、年内にも有効性を公表するとみられる。
(先端医療エディター 高田倫志)
▼メッセンジャーRNA(mRNA)
細胞の核の中にあるDNAから情報を読み取り、細胞内で様々なたんぱく質を作らせる指令を出す物質。遺伝子の配列さえ分かれば人工的に合成できる。
モデルナは中国で発表された新型コロナの遺伝子配列情報をもとに2月からワクチン開発を開始。体内に入ったmRNAが生成した新型コロナのたんぱく質を免疫細胞に認識させ、抗体を作り出すことに成功した。
mRNAに特定のたんぱく質を作らせる仕組みを活用し、感染症のほかにがん、心臓や筋肉のたんぱく質に異常が起きる難病まで様々な疾患に対する医薬品開発が進んでいる。』