https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/00657/?P=1









『「GAFAの中でもアマゾン・ドット・コムの強さは突出している」
こう話すのは、米ハーバード経営大学院でテック大手の経営戦略を教えるスニル・グプタ教授だ。名門大学院の教授をもうならせるアマゾンの強さとは、その類いまれな成長率にある。
同社の2019年の売上高は2805億ドル(約29兆円)。通常、企業規模が大きくなると成長率は鈍化するが、アマゾンは売り上げが30兆円に迫る今もなお、年率20%を超えるスピードで成長している。
グプタ教授は「アマゾンは、私が大学院で教えてきた『ビジネス成功の方程式』をことごとく覆してきた」と語る。規模が大きくなってからも成長を続ける点が一つ。もう一つが、テック大手の多くが単一の事業を手掛けるのに対し、アマゾンは多様な収入源を持っている点だ。
レジなしコンビニ「アマゾン・ゴー」はコロナで脚光
いわゆる多角経営は、1つの業界に収入を頼らずに済むためリスクヘッジにはなるが、経営資源も分散するため競争力が弱まるというデメリットがある。ところがアマゾンは、それぞれの事業領域で既存の競合をも圧倒する勢いで成長を遂げている。教科書の逆を行く経営で勝ち続けているのだ。
スマートスピーカー「エコー」に話しかけて発注も
しかもその矛先は、グーグルやフェイスブックなど、アマゾンと同じ時代に急成長を遂げてきたテック大手にも向く。「近い将来、アマゾンがグーグルやフェイスブックの事業領域を奪うことも十分に考えられる」と、グプタ教授は予想する。
PART1で見てきたように、GAFAの強さは、消費者が気付かぬうちに大量のデータを自動的に収集し、それを活用することで収益を上げる点にある。
荷物を早く届けるためのジェット機も運用
消費者はGAFAが提供するサービスの使い勝手が良いため、何の疑いもなく利用する。サービスが使われれば使われるほどGAFAの蓄積データ量は増え、利用者の嗜好をより精度高く予測できるようになる。すると、利用者がまさに欲しい商品の広告がタイミング良くコンピューター画面に表示されるようになり、利用者も広告主も喜ぶ「ウィンウィン」の構図が生まれる。
財布のひもを握る強さ
アマゾンの強さの秘密もまさにこの点にある。ただ1点だけ異なるのは、グーグルやフェイスブックと違って、アマゾンが利用者の購買にまつわるすべての情報を保有していることだ。クレジットカード番号や発送先の住所はもちろん、何をいつ購入してどんな理由で返品したかまで把握する。この違いが、グーグルとフェイスブックの業績を支えるデジタル広告の分野で効果を発揮し、両社を脅かし始めている。
仮に、今週末にハイキングの予定があるAさんがブーツを探していたとする。グーグルで検索したところ、アマゾンのサイトがヒットした。Aさんはそこで好みの物を見つけ、購入した。
グーグル検索ではその後もしばらくブーツの広告が表示されたが、アマゾンからは今度は「ハイキング用衣類はいかがですか?」と広告メールが届いた。グーグルもアルゴリズムを駆使してクリック率を高めるが、購買情報を持つアマゾンはリアルタイムで利用者の状況を把握できる点で分がある。
アマゾンのデジタル広告事業はここ数年で急拡大している。数年前はほぼなかった同事業の売り上げが、20年は200億ドルに達しそうな勢いだ。大半をデジタル広告が占める「その他事業」の売上高は20年7~9月期、前年同期比51%増の53億9800万ドルだった。
無論、グーグルの同期のデジタル広告事業の売り上げは370億ドル、フェイスブックは212億ドルとアマゾンをしのぐ。だが、売上高全体に占める同事業の割合がグーグルは83.4%、フェイスブックは98.8%であることを踏まえると、アマゾンの破竹の追い上げは両社にとって不気味なはずだ。
だが、アマゾンの本当の怖さはもっと別のところにある。
会社全体でコストを共有
創業当時、創業者のジェフ・ベゾスCEO(最高経営責任者)がサイト名の候補として「Relentless(情け容赦ない)」を考えていたことは広く知られている。目的達成のためなら情け容赦なく突き進み、描いた世界を必ず実現する。そこまでして達成したい目的が「顧客満足」であることも有名だ。
利用者の利便性追求を軸にした多角化で増殖を続ける
●アマゾンのビジネスモデル
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上の図は、同社が多角展開する事業領域の関係を大まかに示したものだ。20年7~9月期の売上高構成を見ると、ネット通販が50%、サイトの出店者向けサービスが21%、「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」のクラウド事業が12%、有料会員「プライム」向けのサブスクリプション(継続課金)が7%、食料品店「ホールフーズ」などの実店舗が4%、その他事業としてデジタル広告が6%だ。
それぞれは全くの異業種だが、共通項がある。主力のネット販売の利用者の満足度向上を目的としている点だ。
例えば、AWSはクラウドサービスを企業や政府機関に提供して急成長を遂げており、今ではアマゾンの利益率を支える事業の柱に育った。AWSの利益はアマゾン全体の約半分を占める。ベースは、ネット通販の利用者がいかにスムーズに商品を検索・比較できるかを突き詰める中で開発した技術だ。通販サイトのコストでしかなかった技術を「再利用」しているから利益率が高い。
一見、関係ないようで、実はオンライン通販の利用者拡大に貢献する事業を見極めて参入し、相乗効果を出しながら全体としてコストを下げる。これがアマゾンの「勝利の方程式」だ。
コロナ禍で特に注目されているのが、有料会員サービス「プライム」向けに06年に事業化したビデオ配信サービスだ。娯楽を自宅で楽しもうとする消費者が増え、業界トップの米ネットフリックスとのシェア争いが激化している。
通販サイトが映画やドラマを製作しても既存の強豪に勝てそうもないと考えるのが普通だ。ところがアマゾンは、ここでも強豪を追い上げている。
英調査会社カンターの調べによると、ビデオ配信サービスの新規契約者のシェアは20年4~6月期、アマゾンが23.2%でネットフリックスの15.1%を大きく上回った。アマゾンが20年1~3月期の14.1%から飛躍したのに対し、ネットフリックスは15.6%から横ばいを続けている。追い上げの結果、20年4~6月期時点のアマゾンのビデオ配信サービスの会員は1億5000万人とみられ、ネットフリックスの1億9000万人に迫ろうとしている。
やはりここでもアマゾンは、単一事業ではなく会社全体を見ている。16年にロサンゼルスで開催された技術コンファレンスで創業者のジェフ・ベゾス氏は、こんな話を披露している。
「(プライム向けに製作したドラマが)ゴールデングローブ賞を受賞すれば、アマゾンのサイトで靴が売れる」
米国のドラマシリーズは数年間にわたって話が進行するため、ビデオを鑑賞する会員は他の会員に比べて契約期間を延長する確率が高いという。
つまりベゾス氏はビデオ配信を、より多くの消費者に「アマゾン経済圏」に長く滞在してもらうためのコストと捉えているのだ。だから利益度外視で強豪を攻め立てられる。
情け容赦がないベゾス氏の経済、「ベゾコノミー」の真骨頂だ。新型コロナを追い風に、どこまでアマゾンがネットフリックスを追い上げられるかはこれからが見ものだ。
もはや政府も敵ではない
アマゾンは共和党にも献金
●IT大手の連邦議会議員向け献金の政党別比率
出所:米調査サイト「OpenSecrets」
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ここで1つの疑問が湧く。多角化を図りながらコストを共有し、会社全体として経済圏を広げるのがアマゾンの勝利の方程式なら、政府が進める「分割論」が実現したときに強みが消えてしまうのではないかという点だ。
アマゾンのネット通販とその他の事業を分割すべきだと唱えるのは、左派のバーニー・サンダース上院議員やエリザベス・ウォーレン上院議員などだ。10月中旬にも、アマゾンが従業員の行動を不当に監視しているとしてベゾス氏に手紙を送り、圧力を強めている。
だが、実際に米政府や米議会議員がアマゾンを徹底的に弱体化させる手段に出るとは考えづらい。そうすることが、今や米国全体の弱体化につながりかねないからだ。
アマゾン自身も米政府が自社の強みを奪いかねないことは理解している。同社が連邦議会議員に投じた政治献金の額は、ここ数年で急増している。4年前は民主党に57万ドル、共和党に34万ドルだった献金額は、20年、民主党270万ドル、共和党75万ドルに跳ね上がっている。
また両党への割り振りを見ても、アマゾンのしたたかな戦略が見えてくる。上の円グラフは、GAFAの政治献金先を政党別に示したものだ。アマゾンだけが、共和党にも相当額の献金をしていることが分かる。企業分割の必要性を議論するのは米議会だ。上院と下院で多数派の政党が分かれるため、両方の政党に一定の発言権を持っておいたほうがいい。「個人の信条よりビジネスの損得」がアマゾンの方針なのだ。
アマゾンは米国の雇用を支える
●アマゾンが生んだ雇用数
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配達件数の増加に伴い、配送センターでの雇用は増えている
新型コロナで浮かび上がったのは、「米国の雇用がアマゾンで支えられている」という事実だ。米国で雇用する従業員は20年7~9月期時点で80万人、さらに物流など派生ビジネスで78万人、同社サイトの出店者が生み出す雇用は110万人にも上る。国内のほとんどの企業が新型コロナで人員削減に踏み切る中、アマゾンだけが毎月のように新拠点の設置と新規雇用を発表している。今年に入ってその数は北米24カ所、雇用総数は発表しているだけで2万2000人以上になる。もはや米国とアマゾンは運命共同体とも言えるのだ。
猛スピードで肥大化するアマゾンにブレーキをかけられる人はいないかというと、そうではない。社内の事情をよく知る同社の幹部や従業員だ。
ところが「アマゾンは従業員の声に耳を傾けるどころか口を塞いでいる」と、5月に同社に抗議してAWSを退社した元バイスプレジデントのティム・ブレイ氏は話す。解雇された従業員によると、アマゾンは会社に背く行動を取る従業員は容赦なく切るという。
前出のサンダース議員らが問題視する「不当な監視」も、労働組合を立ち上げる動きを技術を駆使して事前に察知し、食い止めるためだと見られている。従業員にも疎まれる状況で、果たしてアマゾンの快進撃は続くのだろうか。』