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『「革命を」。レバノンの首都ベイルートでは8月の大規模爆発後、反エリート層デモが復活した。内閣は総辞職したが、映像制作業のムイン・ジャベルさん(28)は「指導層を一掃するまで戦い続ける」と拳を握る。
金融偏重の経済が破綻し、3月に初のデフォルト(債務不履行)に追い込まれたことで、通貨の実質価値は急落した。チョコレートの値段は1年前の5倍に跳ね上がった。生活苦や新型コロナウイルス禍に爆発が追い打ちをかけ、市民の怒りは頂点に達している。
中東では2019年以降、民主化運動「アラブの春」第2幕といわれるデモが広がっている。アルジェリアでは同年4月、ブーテフリカ長期政権が倒れ、レバノンやイラクでも首相が辞任に追い込まれた。
各国に共通するのは人口の多数を占める若者の閉塞感だ。安定した就職先が政府機関などに限られるうえに、採用は有力者のコネ頼みだ。国際労働機関(ILO)によると、北アフリカの若年失業率は30%、中東アラブ諸国は23%と世界で1、2番目に高い。
イスラム教のスンニ派とシーア派の宗派対立も国家間から地域社会のレベルまで相互不信を深め、治安の悪化など社会が安定しない原因となっている。
アラブの春が広がった11年には4%台だった中東・中央アジア地域の実質国内総生産(GDP)成長率は18~19年、1%台に沈んだ。国連によると、上位10%の富裕層が6割超の富を独占し、下位50%が1割未満を分け合う中東の格差は世界で最も大きい。
パレスチナ自治区の状況はより悲惨だ。若年失業率は40%に上り、ガザ地区の貧困率は5割を超える。「裏切りだ」。アラブ首長国連邦(UAE)とイスラエルの国交正常化反対デモには数千人が集まり、国旗を燃やすなどして気勢を上げたが、無力感も漂う。
中東きっての民主主義国を自任するイスラエルの雲行きも怪しい。「イスラエルと(首長国の)UAEはともに発展した民主主義国だ」。収賄や詐欺罪で起訴されたネタニヤフ氏は8月、ツイッターに投稿したインタビュー映像でこう語り、国交正常化を自賛した。SNS(交流サイト)では「確かに同レベルだ」と皮肉る声があふれた。
アラブの春で若者らが求めた民主化要求は実現せず、各地で弾圧を受けた。経済の改革も進まず、中東は約10年の失われた時を過ごした。
カーネギー中東センターのマハ・ヤヒア所長は「中東はパーフェクトストーム(複数の厄災の同時襲来)に見舞われている」と警鐘を鳴らす。蓄積した不満のマグマは各国の指導者に不可避の変革を迫っている。(イスタンブール=木寺もも子)』