選挙も壊すかトランプ流 よぎる20年前の大混乱

選挙も壊すかトランプ流 よぎる20年前の大混乱
本社コメンテーター 菅野幹雄
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63252910R30C20A8TCR000/

『トランプ家の、トランプ家による、トランプ家のための舞台。8月27日、ホワイトハウス南側の広場に閣僚や支持者ら1500人を集めたトランプ大統領の指名受諾演説に、そんな印象を持った。

ビデオとライブを織り交ぜた映像はテレビで活躍したトランプ氏自身が注文をつけた。共和党全国大会はメラニア夫人、長男のトランプ・ジュニア氏、次男のエリック氏、最終日に父親を紹介した長女イバンカ氏と、一族が大統領の実績と指導力を吹聴した。

「(初の女性大統領は)イバンカになってほしい」。28日、トランプ氏は集会で民主党のカマラ・ハリス副大統領候補を批判する一方、冗談交じりに漏らした。

貿易、気候変動、中東政策と、政権3年半でトランプ氏は既成の秩序を次々と壊し、自分流につくり替えてきた。11月の大統領選挙に向け、民主党候補のバイデン前副大統領を追撃する大統領は「壊し屋」の本領に懸けている。保守政党として小さな政府や自由貿易を支持した共和党は「トランプ党」となり、パウエル元国務長官ら共和党実力者がバイデン氏の支持に転じたが、お構いなしだ。

そのトランプ氏が審判を受ける大統領選にも疑義を呈した。新型コロナウイルスの感染拡大で激増する郵便投票で、なりすましなどの不正が横行するという批判だ。

8月24日、大統領候補への指名直後にトランプ氏は語った。「民主党が我々から選挙を奪う唯一の展開は、選挙に不正があるときだ」。自分が負ける選挙は公正でないという強引な論理を支持者や世論に擦り込もうとしている。

新型コロナウイルスの感染拡大や投票所の混雑が起きる懸念から郵便投票を認める州は50州中42州に増えた。8州と首都のあるワシントンDCは郵便投票が主体で、34州では理由なく郵便投票を申請できる。南部ノースカロライナ州では郵送による不在者投票が4日に始まる。

トランプ氏の支持者である郵政公社のデジョイ総裁は有権者が発送した大量の投票用紙を期日内に届けることに「非常に強い自信がある」と証言し、サボタージュを否定した。大統領の揺さぶりはそれでも止まらない。

今回の米大統領選では、多くの人が郵便投票をすることが予想されている(写真は米マイアミの郵便局)=AP

「いま入った情報だ。中国の国家メディアと指導者はバイデンの勝利を望んでいる」。8月26日、トランプ氏はこうツイートした。中国の介入で選挙結果が不公正になりかねないとの印象を残す意図だろう。同じ頃、米情報機関は外国による郵便投票への組織的な関与は認識していないと指摘した。

実務にあたる当局者と食い違う主張をトランプ大統領が展開するのは、珍しいことではない。執拗な攻撃には2つの狙いを感じる。まず民主党支持の傾向が強い低所得者やマイノリティーなどの投票をけん制し、戦いを有利にする。さらにバイデン氏に敗れても、異議を唱えて退陣を認めない。その布石を打っているようにみえる。

バイデン氏に世論調査で一時は10ポイント近くの差をつけられたトランプ氏。だが、差は縮まる余地が大いにある。共和党大会では「トランプ氏への再評価」を促すしかけが随所にちりばめられた。

党で唯一の黒人上院議員、ティム・スコット氏は「大統領はコロナ前に700万人の雇用を創り、3分の2は女性、黒人とヒスパニックが恩恵を受けた」と指摘。インド系移民女性のニッキー・ヘイリー前国連大使は「大統領は中国に厳しく、過激派組織『イスラム国(IS)』と対決して勝った」とトランプ氏を持ち上げた。

多様性への配慮や「思いやりのある人物」という新しいトランプ像を繰り返し示す戦略は、郊外に住む女性やマイノリティーなどトランプ支持を離れた一定の層を呼び戻す効果があるかもしれない。

黒人差別の抗議デモに力で対抗して批判を浴びた大統領。だが西部オレゴン州ポートランドでの騒乱は親トランプと反トランプの勢力の衝突に発展した。「法と秩序」を掲げて鎮圧を迫る大統領に追い風が吹く可能性もある。

接戦になれば、トランプ氏が「選挙の正統性」に疑問を投げかける余地が広がる。2000年に共和党のジョージ・W・ブッシュ氏と民主党のアル・ゴア氏が投票日から1カ月余り繰り広げた大統領選の混乱が頭をよぎる。

大接戦で再集計に持ち込まれた南部フロリダ州。機械集計を狂わす投票用紙の穴の開け損ねも判明し、手集計の実施の是非などを巡り両陣営が法廷闘争に突入した。11月7日の選挙から1カ月以上の12月12日、連邦最高裁が手集計を認めた州最高裁の判断を差し戻し、ゴア氏が敗北宣言した。確定得票差はわずか537票。「司法が大統領を選ぶのか」という批判が噴出し、後味の悪さを残した。

20年前の再来やそれを上回る混乱や衝突は十分に考えられる。「大統領が選挙に信頼性がないと明言するなんて前代未聞だ。大敗してもトランプ氏が選挙結果を受け入れるのか、私は確信がもてない」。米世論調査の専門家、ジョン・ゾグビー氏は懸念する。

選挙を抑圧する強権国家でも、政治腐敗がはびこる途上国でもない。民主主義の模範である米国の話である。

「米国史上、最も重要な選挙になる」というトランプ氏の指摘はその意味で正しい。大統領と蜜月関係を築いた安倍晋三首相の後継首相は、トランプ氏とバイデン氏のどちらが勝とうとも、不確実性の大うねりに巻き込まれる。』