米・ウクライナが牛耳る中国人の胃袋、習近平氏の不安
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFE271ZN0X20C23A5000000/

『造林をやめて畑に戻せ――。中国のインターネット言論空間で今、最もホットな言葉である。中国語のスローガンとしては「退林還耕」という四字熟語になる。各地で始まった公園をつぶしての耕地化、林伐採が映像付きで出回り、「税金の無駄遣いではないのか」といったシビアな声を含む賛否両論が巻き起こっているのだ。
過去、中国に関わった人なら「これは間違いだ。逆ではないのか」と思うだろう。なぜなら、20年以上にわたっ…
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『なぜなら、20年以上にわたって中国政府の基本方針は、樹木の伐採で必要以上に切り開いてしまった畑を再び森林に戻す「退耕還林」だったからだ。
ここには「改革・開放」政策以降の中国の食糧・農業政策の歴史が絡む。「だれが中国を養うのか――」。米国の学者、レスター・ブラウンが1990年代に中国の食糧不足を心配する論文を発表したことで、中国は一時、自給率引き上げに躍起になる
食糧大増産は当時、首相だった李鵬が旗振り役だった。だが、1998年、辣腕といわれた改革志向の朱鎔基が後任首相に就くと地合いが変わる。ブラウンの指摘に踊らされた必要以上の増産で穀物過剰となり、高コストも問題になったのである。
中国西部地域では2000年ごろから非効率な耕地を林に戻す運動が始まった。兵士は山肌に植樹用の穴を掘っている(2000年、甘粛省蘭州市郊外)
まさに鼓腹撃壌。人民のおなかは十分に満たされたと自信をもった中国政府は、ここから「退耕還林」にカジを切る。ひどくなる一方だった黄砂被害の防止という環境重視とともに、内陸部にある農村の過剰人口を、沿岸部の都市近郊で拡大する工業地帯の労働力として活用するため移動させる社会・産業政策でもあった。
「退耕還林」から一転、「退林還耕」も
2012年、習近平(シー・ジンピン)が中国共産党総書記、続いて国家主席に就くと、この方針がグレードアップする。自らの時代を特徴づける政策として「緑色運動」の旗を大々的に振ったのだ。
温暖化防止という世界の潮流にも合致する環境重視は、習時代の「一丁目一番地」の政策だと誰もが思っていた。中国全土で上意下達式の「政治運動方式」によって緑化が進んでいたのだから。ところが、ここ数カ月で様相が変わってきた。主な原因は、習がよく口にする「百年に一度しかない大変局」である。
「(中国内では)既に『退耕還林』は、口にしにくい時代になった。皆、トップの一挙手一投足に敏感になっている」
「我が中国は、食糧増産に転換する兆しがある。理由は、ウクライナでの戦争、そして米国が主導する中国包囲網だ。そこには、インド太平洋経済枠組み(IPEF)だって関係している」
これらは、中国の学者、知識人らが、内外のインターネット空間上を含めて発信している声である。
IPEFは大国、中国が貿易・経済上の力を武器に、立場が弱い国を威圧するのを防ぎつつ、自由貿易体制を守る足場を築くものだ。IPEF参加14カ国は先の閣僚級会合で重要物資のサプライチェーン(供給網)を強化する協定策定で合意した。
中国にとっては大問題である。そればかりではない。もっと切実に中国人民の生活に直結する問題が浮上している。それは、ロシアによるウクライナ侵攻で一気に顕在化した。
中国の食卓に様々な料理として並ぶトウモロコシだが、輸入先は米国とウクライナが主体だった
実は、中国人民のおなかを直接、間接的に満たしていたのは、世界の穀物庫といわれる農業大国、ウクライナのど真ん中の穀倉地帯で育つトウモロコシでもあった。三大穀物のひとつでイネ科のトウモロコシは飼料用でもある。中国では収益性が高い養豚用に輸入品が回される。
かつて全輸入量に占めるウクライナの割合は8割強だったが、その後、米トランプ政権時代の米中貿易戦争の妥協策として米国産が急増。21年には米国産が7割、ウクライナ産が3割になった。既に中国の需要の1割以上を占め、さらに増加傾向だった輸入トウモロコシを牛耳っていたのは、米国・ウクライナ両国なのだ。
ちなみに中国の人々が好んで食べるヒマワリの種子も、相当量が搾油用などとしてウクライナから輸入されてきた。1970年に公開されたソフィア・ローレン主演の名画「ひまわり」で有名になったあのウクライナの美しいヒマワリ畑で育った種である。
22年トウモロコシ輸入量は3割弱の激減
だが、中国側報道によれば、中国の22年トウモロコシ総輸入量は、前年比27%減った。契約切れなどによる米国産の減少に加え、ウクライナ侵攻というロシアの蛮行のせいで、ウクライナ産も大きく減り、国際相場も20年初の2倍以上に高騰したのが原因だった。
中国東北部では欠かせないトウモロコシのマントウ
中国が慌てるのは無理もない。中国は世界貿易機関(WTO)加盟後、安定した貿易秩序を享受して急成長した。原動力は工業へのシフトだ。高コストで競争力のない中国国産大豆には見切りをつけ、海外産に頼る方向に。既に大豆では総需要の85%を輸入に頼る。こちらも米国依存が突出していた。
中国政府は「自給率は十分、高い」と主張してきた。だが、1人に供給される食料全品目の熱量に占める国産の割合を示すカロリーベースの食料自給率を国際統計から計算すると、70%台半ばにすぎないとの推計もある。ここには中国の食の米欧化による肉類の輸入急増も関係している。
日本で華人向けに輸入販売される中国ブランドのトウモロコシ加工食品の原料産地は、多くが米国だ。中国東北地方で好まれるトウモロコシ粉の蒸しパン(冷凍)などが目立つ。
ウクライナ侵攻1年を経て、中国のトウモロコシ輸入はどうなったのか。中国側報道によれば、23年1〜3月のトウモロコシ輸入先ビッグスリーは①米国②ブラジル③ウクライナの順になった。輸入先シフトでブラジル産が急増したが、3位のウクライナ産との差は大きくない。
先の主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)に出席するため、はるばる広島にやってきたウクライナ大統領のゼレンスキーと、ブラジル大統領のルラは結局、2国間会談をしなかった。両国首脳の政治的立場の違いとは別に、中国向け穀物輸出で激しく競争する両国のライバル関係は興味深い。
習近平の大きな心配は、まず①の米国だ。米国が主導するIPEFは、米デトロイトでの閣僚会議で中国が大きな世界シェア握る製品、材料の輸出制限を政治的な道具に使う問題に対処する「供給安定」で合意した。
広島平和記念公園で献花したウクライナのゼレンスキー大統領(21日)
農業大国、米国の政治構造を考えれば、大統領選を控える米国が、食糧輸出を対中圧力の武器に使うとは思えない。それでも習は不安だろう。豊かになって食欲旺盛な中国人民の胃袋を牛耳っているのは米国なのだから。
そこに③のウクライナも大いに関係している。だが、戦闘終結のメドは立たない。中国は、ロシアとウクライナの間の和平仲介に意欲を見せているが、穀物需給の点からみても、ひとまず早期停戦が望ましいのは確かだ。
中国が食糧増産に転換した明確な証拠がある。3月の全国人民代表大会(全人代)で退任前の首相、李克強(リー・クォーチャン)が読んだ政府活動報告である。作付面積の確保で5000万トンの食糧(穀物、イモ、豆類など)の増産を宣言している。
目標達成には、かつては畑だった林を耕地に戻し、農業の担い手も確保しなければならない。これは、都市部で仕事がない失業中の若者を農村に送り込む政策につながっている。21世紀初頭のまるで逆である。こうして中国全土で耕地拡大がにわかに始まった。
習氏は「安全担当者」連れで小麦畑視察
習は、文化大革命(1966〜76年)中だった青年期を西部の陝西省で過ごし、清華大学卒業後は、河北省の農村、正定県のトップとなった。農業、とりわけ小麦、トウモロコシの重要性は熟知している。1985年、正定県トップの習が初めての外国視察の地として選んだのも、トウモロコシなど穀物生産の先進地域である米アイオワだった。
11日、河北省で小麦畑を視察する習近平国家主席(右)と、同行した共産党政治局常務委員の蔡奇氏(左)=国営中国中央テレビの映像から
その習は5月11日、北京の近い河北省の小麦畑をあえて視察した。7人しかいない党政治局常務委員のひとりで、異例の形で中央弁公庁主任にも就いた蔡奇(ツァイ・チー)が同行していた。
蔡奇は、広い意味の国家安全も担当している。この動きからは、中国的な意味で「安全」に大きく関わる食糧の確保が、どれほど重要な課題になっているのかが透けてみえる。
なんだかんだ言っても、中国は食べ物を米国に頼っている。これから急速に「退林還耕」に動き、小麦、大豆、トウモロコシを増産したとしても、胃袋を米国に握られている構造は当面、変えられない。
万一、台湾海峡を巡る緊張などがさらに激化したとき、習が頻繁に口にしてきた「戦いへの備え」は十分なのか。「長期戦」にも耐えうる食糧を確保できるのか。国家指導者にとって最大の不安が、すぐに解消されることはない。(敬称略)
中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
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