仮想通貨業者「FTX」破綻、リーマン型かエンロン型か
金融PLUS 金融部長 河浪武史
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB121OZ0S2A111C2000000/

『世界的な暗号資産(仮想通貨)交換業者であるFTXトレーディングが経営破綻した。負債総額は数兆円規模とされ、急成長する仮想通貨ビジネス界で過去最大の破綻劇となった。連鎖的な経営悪化への警戒から「仮想通貨界のリーマン・ショック」と指摘されるが、2001年のエンロン事件のような巨額不正会計の色彩もある。
仮想通貨の市場規模は4分の1に
「暗号資産の最近の状況は08年の金融危機を思い起こす」。インドネシアで11日に開かれた金融イベント。司会者がバイナンス最高経営責任者(CEO)のチャンポン・ジャオ氏にそう問いかけると、同氏は「おそらくそれが正しい例え方だろう」と答えた。バイナンスは仮想通貨を取引する交換業者の世界最大手。FTXの救済買収を一時検討するなど、破綻劇の詳細を知る立場にある。
確かにビットコインなど仮想通貨の市況は総崩れだ。全体の時価総額は7日から11日までの5日間で150兆円弱から110兆円強まで25%も下落。21年11月の直近ピーク時と比べると市場規模は約4分の1に縮小した。それが「仮想通貨界のリーマン危機」とまで評されるのは、連鎖的な信用不安が発生しているからだろう。
FTXは独自の電子資産「FTT(FTXトークン)」を発行して投資家にばらまいており、一時は時価総額が1兆円を超えていた。FTXの破綻でFTTの価値は9割以上も下落。ほかの暗号資産の投げ売り懸念が一段の市況悪化につながる負の連鎖にある。シルバーゲート銀行(カリフォルニア州)のようにビットコインを担保に米ドルを融資する商業銀行もあり、金融システムにも影響がしみ出し始めている。
そもそものきっかけは22年5月、価格の安定が売り物だったステーブルコイン「テラUSD」の急落にある。テラの裏付け資産が不十分だとわかると投資家は資金を一気に引き揚げ、1ドル=1テラで固定していたはずの資産価値はゼロ近くまで暴落した。
7月にはテラの関連資産に投資していた仮想通貨ファンド、スリー・アローズ・キャピタル(3AC)が経営破綻する。3ACに融資していた仮想通貨融資会社のボイジャー・デジタルも破綻。そこを資金支援していたのが、FTX創業者のサム・バンクマン・フリード氏が持つ投資会社「アラメダ・リサーチ」だった。
FTXを率いたバンクマン・フリード氏は、政界への巨額献金やスポーツ界での広告宣伝で知られる米国の著名起業家だった。
バンクマン・フリード氏はアラメダの損失を埋めるため、160億ドル(約2兆2000億円)とされるFTXの顧客資産の一部を不正流用した疑惑がある。これがFTXの破綻の決定打となった。サマーズ元財務長官は11日の米テレビ番組で、FTXを金融詐欺だと指摘して「リーマン危機に例える人が多いようだが、どちらかと言えばエンロン事件に近いだろう」と話した。
エンロンは金融工学を武器に急成長した米エネルギー販売会社で、会計不正が発覚して01年に経営破綻した。02年には通信大手ワールドコムも同様の粉飾決算で経営破綻し、不正会計事件の連鎖はITバブル崩壊の一因となった。当時発覚したのはIT革命の旗手ともてはやされた裏での杜撰(ずさん)な統治体制。バンクマン・フリード氏は政界への巨額献金で知られる「仮想通貨界の期待の星」で、今回のFTXショックもエンロン事件と舞台裏が似る。
利回り8%というサービスも
「320億ドルの企業価値がある」と極めて高く評価されたFTXには、セコイア・キャピタルなど大手ベンチャーキャピタル(VC)が相次いで出資してきた。にもかかわらずFTXは投資家側から取締役を受け入れず、密室での企業統治が顧客資産の不正流用を招いた可能性が高い。VCはFTXを売買手数料で安定収益を上げる「取引所」とみていたが、実際はそうではなかった。
例えば「FTX Earn」と呼ぶサービス。仮想通貨を預ければ年5~8%もの利回りが得られると宣伝して個人投資家を集めてきた。FTXは自己資金の100倍の金額まで売買できる高レバレッジ取引も提供していたことがある。こうした投機的な仕組みで集めた資金が実際にどう使われたか不透明で、160億ドルという巨額の顧客資産の多くが利用者に戻らない可能性がある。
混迷する仮想通貨ビジネスはどこに向かうのか。09年に誕生したビットコインは、リーマン危機を引き起こした金融行政への不信が根底にあった。中央銀行による統治は信頼できず、無機的なブロックチェーン(分散型台帳)に金融システムを委ねようという発想だ。国家を超越した基軸通貨の実現は、リバタリアン(自由至上主義者)の理想社会の一つでもあった。
それが仮想通貨の情報サイト、コインマーケットキャップによると、世界で発行される暗号資産は2万1000種類を超えるという。自由社会の基軸通貨という仮想通貨の理念は消えうせ、投機目的のコインの乱立という現実だけが透けてみえる。
当局はリーマン危機やエンロン事件と同じように規制強化に傾くだろう。ただ、必要なのはむしろ金融当局と民間技術の融合にあるのではないか。現在の金融システムは資金決済にコストと時間がかかりすぎ、その不満が民間事業者による仮想通貨の急膨張を呼んでいる面もある。未来の通貨の秩序を形作るには、ブロックチェーンを使った中銀デジタル通貨(CBDC)のような取り組みの加速が必要だろう。
【関連記事】
・FTXショック、破綻連鎖に警戒感 資金繰り難拡大も
・仮想通貨FTXの売却可能資産、負債の約1割か 破綻前
・破綻のFTX、数億ドル規模の不正引き出しか 米報道
・FTX日本法人、現預金196億円 顧客資産は分別管理
ニューズレター
多様な観点からニュースを考える
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。
田中良和のアバター
田中良和
グリー 代表取締役会長兼社長
コメントメニュー
別の視点
FTXのような事件があると、当然、他の取引所なりコインなりの運営についても、適切なのかと信用不安の連鎖になる。誰もが、明日、自分の預けている資産が引き出せないかもしれない。
ただ、それでも今日も、取引は行われている。全ての暗号資産が現金化されているわけでもない。最大のポイントはこれだろう。
仮想通貨、暗号資産、NFTなどのブロックチェーン技術には、既存の金融にはない価値があることを、この事件以降の出来事は逆説的に証明している。
特に、先進国の金融システムに簡単にアクセスできない新興国では、そもそも24時間取引されている時点で、圧倒的価値があるのだと思う。
2022年11月14日 12:34
村上臣のアバター
村上臣
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部客員教員
コメントメニュー
ひとこと解説
不正に顧客資産を流用したという点ではエンロン型、ないしは簿外債務(飛ばし)により破綻した山一證券事件を思い出します。非中央集権・分散型を夢見た暗号資産基盤が、結局のところ少数の取引所による中央集権になっていたという意味で非常に皮肉な事件です。FTXの破綻によりBinance1強という市場になり、より中央集権が進んだという印象です。今後さらに各国の規制が強化されることは間違いなく、ブロックチェーンの社会実装実験は次の段階に向かうのだろうと思います。
2022年11月14日 9:48
中空麻奈のアバター
中空麻奈
BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長
コメントメニュー
別の視点
クレジットの見方では、不正会計に端を発しデフォルトしたエンロンは、個別リスクであり、金融システム不安にはなり難いが、リーマン型は同様のリスクを取って連鎖するため金融システム不安をもたらす、ことになる、という分類に落とし込む。だから、FTXがエンロン型デフォルトなら、仮想通貨リスクから金融システム不安をもたらさない、と読めるわけだ。FTXのトークンを担保に融資していた銀行がどれくらいの損失になるか次第だが、まだコントロール可能ではないか。
とはいえ、流動性は今どこに行っているのだろう。仮想通貨も一つだが、ファンドの資産凍結リスクが近付いているのではないか。
2022年11月14日 9:55
河合祐子のアバター
河合祐子
Japan Digital Design 代表取締役CEO
コメントメニュー
別の視点
日本法では、「仮想通貨」ではなく「暗号資産」と呼ぶ。中央銀行≒国の信用で発行され、広く決済・価値の基準として使われる信頼ある「通貨」との混同を避け、デジタル「資産」としての側面を強調した言葉であり、今回のイベントを契機に、「通貨」と「資産」の違いが認識されるようになるといいと思う。
ブロックチェーン技術を利用する(しなくてもいいが)デジタル・トークンは、何等かの権利を表象するもので、各国法による位置づけは不透明ながら、徐々に社会的な役割が認知されている。通貨(CBDCもその一つ)とは異なるもので、混ぜても意味はない。
「資産」は、権利関係の明確化と消費者保護が鍵となり、ここでは更なる議論が必要。
2022年11月14日 9:05
楠木建のアバター
楠木建
一橋大学 教授
コメントメニュー
分析・考察
限りなくエンロン型に近いという印象。ブロックチェーンは「トラストレス」(そもそも信用が不要)を謳うのですが、実際のところ、信用しかねる人々がトラストレスを逆手にとって蝟集する(本件に限らず、マネーロンダリングなど)という皮肉な成り行き。
技術は変わっても、投機がそのうちにズルに傾くという一部の人間の本性は変わらないというのが僕の結論でありまして、ブロックチェーン技術を使って真に分散的な金融システムを構築するというのは、世界政府の実現と同じぐらい難しいことだと考えます。
2022年11月14日 8:14 (2022年11月14日 8:24更新)
浅川直輝のアバター
浅川直輝
日経BP 「日経コンピュータ」編集長
コメントメニュー
別の視点
暗号資産の基盤であるブロックチェーンによる取引は透明性が高いといわれていますが、現実にはいくつかの理由で透明性が確保できない場合があります。(1)ブロックチェーンの外での取引や賃借契約、(2)暗号資産の価値の裏付けとされる法定通貨やステーブルコインの量、(3)複雑なプログラムや仕組みに基づく取引は、いずれも投資家やアナリストによる捕捉が難しく、ブラックボックスになりがちです。
(1)と(2)はエンロン型、(3)はリーマン型の金融危機を招く恐れがあり、これらの透明性を高める法的枠組みは不可欠でしょう。国家権力から独立した金融システムの構築は、人類にとっていまだに遠い夢という印象です。
2022年11月14日 7:41 』