范蠡(はんれい)

范蠡(はんれい)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8C%83%E8%A0%A1

 ※ まず、読めんかったし(人名だ…)、知らんかった…。

 ※ 兵頭大先生のご高説(「哲学者ではないシナ人の理想の人生は「范蠡」である。これは政治家、軍人、商売人を問わない。」)なんで、調べた…。

 ※『狡兎死して走狗烹られ、高鳥尽きて良弓蔵(かく)る』の人だった…。

 ※ この故事自体は、あまりに有名…。

『范 蠡(はん れい、生没年不詳)は、中国春秋時代の越の政治家・軍人である。氏は范、諱は蠡、字は少伯。越王勾践に仕え、勾践を春秋五覇に数えられるまでに押し上げた最大の立役者とされている。』

『略歴

越の謀臣

范蠡がどこで生まれたのか、どのような経緯で越の允常(勾践の父)に仕えるようになったのか、彼の経歴による明確な確証がない。

隣国の呉王闔閭は伍子胥・孫武らの補佐を受けて強勢を誇っていた。越王允常は范蠡の補佐で国力を伸ばしていた。

しかし紀元前496年に允常が逝去し、太子の勾践が父の後を継いだ。允常の訃報を聞いて喪中に服している越に対して、闔閭は出る杭を先んじて叩いてしまおうと判断し、欈李の戦いを起こして攻め込んできた。

しかし、欈李(現在の浙江省嘉興市海寧市)で、范蠡はこれに対して奇計を持って迎えた。その奇計と言うのは決死隊(『左伝』では罪人。こちらが正確か)を集めて敵の目の前まで行かせてそこで自ら首をはねさせるという物で、呉軍が仰天している隙を付いて越軍は呉軍を撃破した。越の武将霊姑孚が射た矢で片足を破傷したのが原因で闔閭は陣没し、太子の夫差が立った。

夫差は伍子胥の補佐を受け、越への復讐(臥薪)を狙い、それを知った勾践は今のうちにと呉を叩こうと出兵しようとしたが、范蠡はこれを諌めた。

しかし勾践は聞き入れずに出兵し、大敗してしまった。勾践は夫差に対し平身低頭で命乞いをし、更に家臣の中の文種は夫差の側近伯嚭(嚭は喜否)に賄賂を贈って夫差に勾践を助けるように吹き込んだ。

この時に伍子胥は勾践を殺す事を強弁したが、夫差はこれを取り上げず、勾践を解放し夫差の馬役人にさせた(嘗胆)。

呉を滅ぼす

国に戻った勾践は国政を范蠡に任せようとするが、范蠡は「軍事なら種(文種)は臣に及びませんが、政治にかけては臣は種に及びません」と応え、文種を推薦した。

勾践は范蠡・文種の補佐を受け、復讐を狙っていたが、表面的には夫差に対し従順な姿勢を見せて、夫差を油断させた。

更に范蠡は伯嚭に賄賂を送り、伍子胥の悪口を夫差に吹き込ませて離間を狙った。

思惑通り、伍子胥は夫差に誅殺され、夫差を諌める者はいなくなった。夫差は調子に乗って北へ出兵して天下の事を争おうとし、越の事など気に止めなくなった。

夫差は呉軍の大半を率いて北の会盟に出かけて、国許を守るのは太子・友とごく僅かの兵になった。

勾践はその隙を衝こうとして、范蠡に訊ねた。范蠡は 「よいでしょう」 とこたえた。そこで越は大軍を発し、一気に呉を襲い、太子を殺して呉を占領した。

夫差は慌てて引き返してきた。勾践は、 「まだ呉の全土を占領するには力が不足している」と判断し、一旦和睦した。

その後も夫差は無理に北へ出兵して国力を消耗した。四年後、越は呉に決戦を挑み、遂に夫差を姑蘇山に追い詰めた。夫差は降伏して命乞いしたが、范蠡は後顧の憂いを断つべく殺すよう進言した。勾践は殺すことはためらい、舟山群島に島流しにしようとしたが、その命令を受けた夫差は自殺した。

引退

悲願が達成されて有頂天になる勾践を見て、范蠡は密かに越を脱出した。

范蠡は文種への手紙の中で「私は『狡兎死して走狗烹られ、高鳥尽きて良弓蔵(かく)る』(狡賢い兎が死ねば猟犬は煮て食われてしまい、飛ぶ鳥がいなくなれば良い弓は仕舞われてしまう)と聞いています[1]。

越王の容貌は長頸烏喙(首が長くて口がくちばしのようにとがっている)です。こういう人相の人は苦難を共にできても、歓楽はともにできないのです。どうして貴方は越から逃げ出さないのですか」と述べた。

そこで文種は災いを避けるため病と称して出仕しなくなったが、文種に謀反の疑いありと讒言する者が現われた。勾践は文種に剣を贈り、「先生は私に呉を倒す7つの秘策があると教えて下さいました。私はそのうちの3つを使って呉を滅ぼしました。残り4つは先生のところにあります。私のために先生は亡くなった父王のもとでその秘策をお試し下さい」と伝え、文種は自殺した。

伝説

范蠡は夫差の軍に一旦敗れた時に、夫差を堕落させるために絶世の美女施夷光(西施(せいし))を密かに送り込んでいた。思惑通り夫差は施夷光に溺れて傲慢になった。夫差を滅ぼした後、范蠡は施夷光を伴って斉へ逃げた。

越を脱出した范蠡は、斉で鴟夷子皮(しいしひ)と名前を変えて商売を行い、巨万の富を得た。

范蠡の名を聞いた斉は范蠡を宰相にしたいと迎えに来るが、范蠡は名が上がり過ぎるのは不幸の元だと財産を全て他人に分け与えて去った。

斉を去った范蠡は、かつての曹の国都で、今は宋領となっている定陶(現在の山東省菏沢市定陶区)に移り、陶朱公と名乗った。ここでも商売で大成功して、巨万の富を得た。老いてからは子供に店を譲って悠々自適の暮らしを送ったと言う。陶朱公の名前は後世、大商人の代名詞となった(陶朱の富の故事)。このことについては、史記の「貨殖列伝」に描かれている。

浙江省紹興市諸曁市内に陶朱山がある。

評価

范蠡の見事な活躍と出処進退は後世の憧れとなり、好敵手の伍子胥と共に長く語り継がれている。

范蠡は日本でも名臣として有名である。『太平記』巻第4「呉越闘事」(西源院本の事書)には、後醍醐天皇の臣児島高徳が「天勾践を空しゅうする莫れ 時に范蠡無きにしも非ず」という句を贈ったという話がある。後醍醐天皇を勾践にたとえ、名臣が出現しないわけではないのだから諦めないようにと励ましたのである。この逸話は「児島高徳」という文部省唱歌に詠み込まれ歌われた。

范蠡を題材とした作品
小説
『越女剣』(金庸)
テレビドラマ
燃ゆる呉越(中国語版)(2006年、演:リー・クワンジェ)
争覇-越王に仕えた男-(中国語版)(2006年、主演:チェン・クン)
復讐の春秋 -臥薪嘗胆-(2007年、演:ジア・イーピン)
孫子兵法(2008年、演:張暁瀟)
三国争乱 春秋炎城(2008年、演:劉長純)
女たちの孫子英雄伝(中国語版)(2012年、演:ケン・チュウ)
脚注
^ 前漢設立の功労者である韓信が失脚した際、皇帝である劉邦に対しこの手紙の語句をそのまま引用して伝えたとされている。
関連項目
范蠡公園
典拠管理 ウィキデータを編集
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カテゴリ: 兵家の人物春秋戦国時代の人物中国の亡命者生没年不詳 』

〔葉隠〕

葉隠
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%89%E9%9A%A0

 ※『毎朝毎夕、改めては死に改めては死に 、常住死身に成て居る時は、武道に自由を得、一生落度なく、家職を仕課すべき也。』

『二つ 二つ の場にて、早く死ぬ方に片付ばかり也。別に子細なし。』

という、「凄まじい」ものだ…。

※ 昔のサムライは、こうやって「胆力」を鍛えたものなんだろう…。

『内容

『葉隠』は一般の武士を対象にした武士道論ではなく、藩主に仕える者の心構えと佐賀藩の歴史や習慣に関する知識を集めたものであった[1]。江戸時代には公開が憚られ、一部の人々にしか知られていなかった[1]。

「朝毎に懈怠なく死して置くべし(聞書第11)」とするなど、常に己の生死にかかわらず、正しい決断をせよと説いた。後述の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言は有名である。同時代に著された大道寺友山『武道初心集』とも共通するところが多い。』

『当時、主流であった山鹿素行(古学、山鹿流とも称す)などが提唱していた儒学的武士道を「上方風のつけあがりたる武士道」と批判しており、忠義は山鹿の説くように「これは忠である」と分析できるようなものではなく、行動の中に忠義が含まれているべきで、行動しているときには「死ぐるい(無我夢中)」であるべきだと説いている。

赤穂事件についても、主君・浅野長矩の切腹後、すぐに仇討ちしなかったことと、浪士達が吉良義央を討ったあと、すぐに切腹しなかったことを落ち度と批判している。何故なら、すぐに行動を起こさなければ、吉良義央が病死してしまい、仇を討つ機会が無くなる恐れがあるからである。その上で、「上方衆は知恵はあるため、人から褒められるやり方は上手だけれど、長崎喧嘩のように無分別に相手に突っかかることはできないのである」と評している。』

『この考え方は主流の武士道とは大きく離れたものであったので、藩内でも禁書の扱いをうけたが(鍋島綱茂は吉良義央の甥、吉茂・宗茂は義甥にあたる。

また、山鹿流は吉良氏と昵懇だった津軽・松浦両家に伝承された[3])、徐々に藩士に対する教育の柱として重要視されるようになり、「鍋島論語」とも呼ばれた。それ故に、佐賀藩の朱子学者・古賀穀堂は、佐賀藩士の学問の不熱心ぶりを「葉隠一巻にて今日のこと随分事たるよう」と批判し、同じく佐賀藩出身の大隈重信も古い世を代表する考え方だと批判している。

また「葉隠」は巻頭に、この全11巻は火中にすべしと述べていることもあり、江戸期にあっては長く密伝の扱いで、覚えれば火に投じて燃やしてしまう気概と覚悟が肝要とされていたといわれる。

そのため原本はすでになく、現在はその写本(孝白本、小山本、中野本、五常本など)により読むことが可能になったものである。

これは、山本常朝が6、7年の年月を経て座談したものを、田代陣基が綴って完成したものといわれ、あくまでも口伝による秘伝であったため、覚えたら火中にくべて燃やすよう記されていたことによる。2人の初対面は宝永7(1710年)、常朝52歳、陣基33歳のことという。

浮世から何里あらうか山桜 常朝  白雲やただ今花に尋ね合ひ 陣基 』

『「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

『葉隠』の記述の中で特に有名な一節であるが、『葉隠』の全体を理解せず、ただとある目的のためには死を厭わないとすることを武士道精神と解釈されてしまっている事が多い。実際、太平洋戦争中の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われた事実もあり、現在もこのような解釈をされるケースが多い。[要出典]

しかしながら、そのような解釈は全くの見当違いである。「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」で始まる一節は、以下のようなものである[4]。

原文

二つ々の場にて、早く死ぬ方に片付ばかり也。別に子細なし。胸すわつて進む也。(中略)

二つ々の場にて、図に当たるやうにする事は及ばざる事也。我人、生る方がすき也。多分すきの方に理が付べし。

若図に迦れて生たらば、腰ぬけ也。

此境危ふき也。図に迦れて死たらば、気違にて恥にはならず、是は武道の丈夫也。

毎朝毎夕、改めては死々、常住死身に成て居る時は、武道に自由を得、一生落度なく、家職を仕課すべき也。

(現代語訳)

どちらにしようかという場面では、早く死ぬ方を選ぶしかない。何も考えず、腹を据えて進み出るのだ。(中略)そのような場で、図に当たるように行動することは難しいことだ。

私も含めて人間は、生きる方が好きだ。おそらく好きな方に理由がつくだろう。(しかし)図にはずれて生き延びたら腰抜けである。この境界が危ないのだ。

図にはずれて死んでも、それは気違だというだけで、恥にはならない。これが武道の根幹である。

毎朝毎夕、いつも死ぬつもりで行動し、いつも死身になっていれば、武道に自由を得、一生落度なく家職をまっとうすることができるのである。

『葉隠』は武士達に死を要求しているのではなく、武士として恥をかかずに生きて抜くために、死ぬ覚悟が不可欠と主張しているのであり、あくまでも武士の教訓(心構え)を説いたものであった[4]。』

コクヨのIoT文具「しゅくだいやる気ペン」、1万台以上売れた秘密

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2102/08/news042.html

 ※ これは、絶対見といた方がいい…、記事だと思うので、紹介しておく…。

 ※ 商品開発というものの”ツボ”とか、人(この場合は、小学生)のやる気というものの”勘どころ”なんかが、満載だ…。

 ※ 特に、「むげんの庭」の話しなんか、秀逸だ…。

「思想の2つの顔」

http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/24924101.html

 ※ 「机上空間」さんのサイトからだ…。

 ※ この論に、反論できる人は、いないだろう…。

 ※ 「思想」や、「哲学」というものは、常に「二面性」を有するから、取り扱いは要注意だ…。

 ※ 『ここまでの説明で判るとおり、人というのは、多数派で判断を丸投げして、自分で考えないで済む他者というのを、常に求めている社会的な動物であるという事です。これは、ギリシャ文明の時代でも、現代でも変わりません。インターネット上で、面白半分に、何かしらの不手際をしでかした有名人を、リンチにかけて面白がっている人間(結構、いい大人も混じっているんですよ。高校生や大学生だけじゃないんです)が、必ず発生する事を見ても、テクノロジーの進歩や、歴史の積み重ねが、人間の本質を大きく変えるわけでは無い事が判ります。』というのも、卓説だ…。

 ※ 他者に判断を丸投げして、自分は「思考停止」する…。

 ※ 実は、「脳」にとっては、一番楽な「モード」なんだろう…。

 ※ しかも、「権威筋」「権力筋」が「お墨付き」を与えてくれる場合は、「喩えようもない、安心感に包まれていること」ができる…。

 ※ これほど、楽ちんなポジションがあろうか…。

 ※ そういう「脳のモード」に入っている群衆が、一旦、行動を始めたら、押しとどめることは、できやしない…。

 ※ 「権威に従え!自分勝手に、モノを考えるな!」の権威主義は、そういう「脳のモードに入れ!」という命令だと、思った方がいい…。

 ※ そして、高度にテクノロジーが発達した現代社会では、「目に見える形での強制力」よりも、むしろ、「知らず知らずのうちに働きかけられて」、じわじわと「洗脳されて行く」ことのほうが恐ろしい…。

〔兵頭二十八氏のサイトからの情報〕

 『Derek Thompson 記者による記事「How Big Tech Impeached Donald Trump」。
    フェイスブック、スナップチャット、ツイッターは大統領のSNSアカウントをブロックした。
 アップル社、グーグル、アマゾン社は、SNSアプリのパーラーをホストしていたが、それを停止。
  ※グーグルはアマゾンの傘下企業だろ?

 レディットは、r/DonaldTrump のサブレディットをbanした。
 トウィッチは、トランプのストリーミング・チャンネルを不可能にした。
 ショピファイはトランプのアフィリエイト・ストアーを終了させた。
 ユーチューブは、大統領選挙の結果に疑問をなげかける動画を投稿したすべてのチャンネルを削除するとアナウンスした。
 ティクトクとピンタレストは、「#stormthecapitol」「#StoptheSteal」等のハッシュタグがついた投稿を削除しつつあり。

 化学企業のダウ社は、大統領選挙の結果に文句をつけている人への寄付・醵金はしないと声明。

 トランプ支持者たちはフォックスニュースの中で、これは1938年のナチのクリスタルナハトと比べられるものだと主張。

 ※複数の有力プラットフォームを1社で兼営し、さらに巨大サーバーまで抱える業態は、どう考えても独占禁止法の趣旨に合致していないように思う。いままで何故誰もこれを指摘しなかったのだろう?』

〔「あつ森」と「ヒトの脳」の働き〕

 ※ 注目した部分を、抜き出した…。

 ※ こういう記事を読んで、考えることは、「ヒトの脳」というものの働きだ…。

 ※ ある種の「情報処理器官」と、とらえることができると思う…。

 ※ 基本は、「刺激と反応」ということなんだろうが、「あらゆる刺激」に反応するのではなく、「一定の法則」に従って、「取捨選択」しているものなんだろう…。

 ※ 刺激→集約→【情報処理システム】→反応…、といった感じのものになっているんだろう…。

 ※ そして、最後にアウトプットされる「反応」には、「快」「不快」とか、「喜び」「悲しみ」「怒り」といった、「感情」も含まれるんだろう…。

 ※ 逆に言うと、「ある種の反応」を引き起こすためには、「どういう刺激」を与えたらよいのか…、ということも探ることが可能となる…。

 ※ この観点から、「個人」と「社会」「国家」というものの構造を考えてみる…。

 ※ 「個人の脳」→「その集合体である社会」→「さらなる集合体である国家」…、といったような構造になる…。

 ※ 逆に言うと、「社会」「国家」を操るためには、「個々人の脳」を操ればよい…、「個々人の脳」を操って、望みの「反応」を引き出せばよい…、という話しになる…。

 ※ この「刺激と反応」は、一昔前までは、「人間」がじっくり「観察」し、「洞察」する…といった「定性的な方法」しか採れなかった…。

 ※ しかし、「デジタル化」「見える化」が発達したんで、「定量的な方法」で、把握することが可能となった…。

 ※ さらには、AIを導入して、「ビッグデータ」を処理させる…、ということも可能となった…。

 ※ そうなって来ると、その「知見」に基づいて、「権力を握っている側」が、思いのままに「国民」個々人の「脳」を操って、望みの「反応」を引き出して行く…、といった「剣呑な未来社会」が待っている…ということにもなる…。

 ※ 別に「権力を握っている側」「政権を握っている側」、に限った話しじゃない…。

 ※ SNSは、ヒトの「承認欲求」を巧みに操って、「依存性」を高めるように「設計」されているという話しは、有名だ…。

 ※ プラットフォーマーは、そうやって「巨大企業」となった…。

 ※それで、「国家権力側」が危機感を抱いて、その間で「争闘」が展開されている光景を、オレらは、今、目の当たりにしている…。

『あつ森はシリーズではじめてHD画質を導入し、大幅に情報量が増えた。飛んでいる生き物、川には魚の影、実っている果実など様々な「遊びのきっかけ」を大量に埋め込み、ユーザーが気付けるようにした。一方で画面に登場する「遊びのきっかけ」は、プレーヤーを邪魔しすぎないように、かつちゃんと気分を盛り上げるように慎重に情報量をコントロールしている。』

『ユーザーが想像する余地を残す考え方はBGMや効果音(SE)の設計も共通する。

あつ森ではシリーズで初めて生楽器によるBGMを導入し、音色はリアルになっている。その分ピアノやベース、バスドラムの音などを意図的に抜いて情報量を下げる調整を慎重に行った。』

『SEとの関係にも気を使っている。例えばBGMは常にプレーヤー周辺で鳴り、手前にあるたき火の音はプレーヤーの前に、画面奥の滝の落ちる音が後ろから聞こえる。「聞こえるべき音が耳に入るように、音の空間を整理して没入感を妨げないように気を使った」とサウンドデザイナーの同社企画制作部、藤川浩光さんは説明する。』

『ゲーム全体のディレクターを務めた同社企画制作部の京極あやさんは「(あつ森は)新しい世代の『どうぶつの森』を目指した」と話す。

もともと「インターネットを使わないオンラインゲーム」だったどうぶつの森シリーズに、「ともだちの島」に遊びに行ける機能などネットを活用した遊び方を本格的に導入した。このため導入部で徐々に世界観や遊び方に慣れていくような構成を意図的に整え、初心者に遊び方を紹介する仕組みをさりげなく組み込んだ。

その1つが「たぬきマイレージ」。マイレージをためるという身近な行為を通じて、どうぶつの森の遊び方や遊びのきっかけをプレーヤーに紹介する狙いがある。』

『増えた要素は見つけられるように、でも目立ち過ぎないように配置する――。「なんでもできる」「なんにもしなくていい」というあつ森のゆるい世界観は、開発者チームの慎重な作業の積み重ねで作られている。世界的な大ヒットは「丁寧な仕事」の土台に、新規ユーザーを取り込む仕掛けを組み込んで得られた必然の成果と言えそうだ。

(日経クロステック副編集長)

[日経MJ2020年10月8日付]』