コロナ禍で学ばなくなった

コロナ禍で学ばなくなった テレワークの意外な副作用
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC1373K0T10C21A7000000/

 ※ 別に「コロナ禍」のせいでは、無いだろう…。

 ※ 「学問する」「学ぶ」ということの本質は、「独学」だと思っている…。

 ※ そういうことを「実現できる能力」が無いことが、「露わになった」だけの話しだろう…。

 ※ 未だに、「対面で」「他人に、分からないことを「どうすればいいですか」とすぐ質問すること」が学びの重要な要素だと考えていることの方が、驚きだ…。

 ※ 世の中に、知りたいことが何でも書いてある「虎の巻」「教科書」、なんてものは無い…。

 ※ 分からないことを「質問すれば」、親切に教えてくれる「賢者」、なんてものは存在しない…。

 ※ 「分からないこと」「知りたいこと」は、自分で一つ一つ、コツコツ調べて、「この世の真実」に一歩づつ近づいて行くんだ…。

『新型コロナウイルスの感染拡大によりテレワークは広がったが、日本人の学ぶ時間は減っている――。こんな実態が7月5日、明らかになった。リクルートワークス研究所が2016年1月から毎年実施する「全国就業実態パネル調査(JPSED)」で分かった。

同研究所は同調査で全国15歳以上の男女約5万人を対象に、調査前年1年間の個人の就業状態や所得、仕事の状態などについて、同一の個人を追跡調査している。加えて、同研究所同調査を基に「Works Index」という加工統計を作成している。

Works Indexは「就業の安定」「生計の自立」「ワークライフバランス」「学習・訓練」「ディーセントワーク」の5項目で数値を算出し、合成したものだ。ディーセントワークとは仕事量や負荷が適切で、差別やハラスメントのない職場であるといった健全性が保たれていることを意味する。
働き方、総合的には前進したが…

17年1月のJPSEDに基づく「Works Index 2016」から21年1月のJPSEDに基づく「Works Index 2020」まで、5年間の変遷をたどると「『学習・訓練』を除く4つの指標で水準が上昇し、総合的にみると、日本の労働者の働き方は前進したといえる」(リクルートワークス研究所の孫亜文研究員・アナリスト)。

背景について孫研究員は「新型コロナ感染拡大以外にも、政府や企業が働き方改革に本格的に取り組んできたことや、セクハラ撲滅を掲げる#MeToo運動などの影響が大きい」と分析する。
「学習・訓練」は2年連続で上昇していたが、2020年に低下した(出所:リクルートワークス研究所)

「学習・訓練」は17年に31.3ポイントだったが、18年に32.5ポイント、19年に33.1ポイントと2年連続で上昇した。しかし20年には17年水準を下回る31.0ポイントまで下がった。

20年は、働き方改革により労働時間の短縮や休暇取得の増加が進んでいたことに加え、新型コロナ感染拡大により一部業種で休業や短時間勤務が求められて労働時間はさらに短くなった。

JPSEDではコロナ禍でテレワークが幅広い業種や職種で進んだことも明らかになっており、通勤にかけていた時間が浮いた人も少なくない。にもかかわらず、学習・訓練が20年に低下したのはなぜか。

学習・訓練の指標を細かく分析すると、20年はOJT(職場内訓練)の機会が19年と比べて1.9ポイント低下していた。OJTの種類には「(上司による)計画的な指導」「必要に応じた指導」など複数あるが、その中でも「(上司や先輩などから指導を受けてはいないが、他の人の仕事ぶりを)観察する(ことで新しい知識や技術を身に付ける)」の減り方が最も大きかった。
20年はOJTの中でも「他の人の仕事ぶりを観察する」が減った(出所:リクルートワークス研究所)

また調査ではコロナ禍で対面研修が延期されたり中止になったりしたためでOff-JT(職場外訓練)の機会も大きく減ったことが分かった。

コロナ禍にテレワークが広がり、オフィスへの出勤が制限されたことで、OJTの在り方は変化した。学ぶ側は周りにいる人を観察したり、分からないことを「どうすればいいですか」とすぐ質問して学んだりすることが難しくなり、教える側も相手の表情などを見て内容やレベルを調整しながら指導することがしにくくなった。

新たなOJTをどう進めればいいのか。孫研究員は「今後は上司が仕事の進捗などについてより積極的に部下に尋ね、相談しやすい環境をつくることが求められる。テレワークによって企業が提供する学びの在り方だけではなく、マネジメントの在り方も変わる」とする。

「自ら学んでいる」も減少

学習・訓練の指標のうち「自ら学んでいる(自己啓発)」も19年の27.0ポイントから20年には26.1ポイントまで減った。この背景として、孫研究員は2つの回答の関連性に注目しているという。具体的には、「仕事の難易度が下がった」という回答が増えていることと、「単調ではなく、様々な仕事を担当した」が減っていることとの関連性だ。
20年は「仕事の難易度が下がった」という回答が増え、「単調ではなく様々な仕事を担当した」という回答が減った(出所:リクルートワークス研究所)

この2つの回答からは、テレワークに移行しても従来と同じように業務を進める必要があったため、通常よりも業務の幅を狭めるケースが多かった可能性があるという。

オフィスに出勤しないために雑談や偶発的な出会いが減り、新しいアイデアや新しいプロジェクトなどが生まれにくくなっていることも、仕事が単調になっていると感じる人が増えた一因に考えられる。

18年にリクルートワークス研究所が実施した調査分析によると、自己学習をする労働者は全体の33.1%。7割程度の人が仕事のために自分の意志で学んでおらず、学ばない人の半数は「学ばないことに理由はない」という結果だった。

さらに同調査では、時間ができたからといって学ぶようになるわけではないことや、自発的に学ぶようになるには企業が学ぶ機会を提供するとともに、個人にとって難易度の高い仕事を担当させることが欠かせないことも分かった。

社会全体の人的資本を高めるためには、個人の自発的な学びを定着させる仕掛けが欠かせない。そのためには「企業は難易度の高い仕事を提供し、学ぶ意欲をかきたてることが必要。加えて、学んだことを役立てられる場を設けて評価し、継続的に学ぶ意識や習慣を身に付けてもらうことが大切だ」と孫研究員は語る。

テレワークが新常態となりつつある今、学びに関するこうした課題を克服し、学びを継続するための新たな仕組みづくりが求められる。

(日経クロステック/日経コンピュータ 外薗祐理子)

[日経クロステック2021年7月12日付の記事を再構成]

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多様な観点からニュースを考える

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

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村上臣
リンクトイン日本代表
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分析・考察

テレワークの副作用として、業務の幅を狭めるケースが多かったこと、仕事が単調になっていること、そしてOJTの機会が減っていることなどから学びの機会が減ったというのは興味深いです。難易度の高い仕事にチャレンジすることが学ぶ意欲をかきたてることに繋がるとのことですが、テレワークでどう実現するかはまだまだ課題がありそうです。
一方でe-learningによる自主的な学習は増加しています。LinkedInの提供するLinkedInラーニングの利用は、コロナ前後の比較で3倍弱の視聴時間となっており、テレワークで空いた時間を有効活用している様がデータでも見て取れます。
2021年7月27日 11:43

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武田佳奈
野村総合研究所未来創発センター 上級コンサルタント
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別の視点

記事にあるリクルートワークス研究所の調査で分かったという「時間ができたからといって学ぶようになるわけではない」という結果に注目したい。以前、週休3日制の記事に対し、週休3日制導入目的の一つとして学び直しによる人材力の底上げが挙げられているが、時間を付与するだけのインセンティブでは限界があるのではないかと指摘した。もともと能力向上意欲の高い人は現状でも研さんに取り組んでいる人が少なくなく、そこまでではないが関心はある人や関心がない人にも行動を起こさせられるかが課題になる。コロナを機とした働き方の変化が全てを解決するわけではないことも忘れてはいけないと思う。
2021年7月27日 15:10
細谷雄一のアバター
細谷雄一
慶應義塾大学法学部 教授
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分析・考察

こういった記事は有り難いです。なんとなく、そうなのかな、と思いながらも自分ではそれを調べたり確認する機会がないので、こちらの記事を読みあらためて、学習時間の低下という現実を直視しています。自分にもあてはまるかもしれません。やはり、以前から言われている、雑談などが仕事の効率を上げるという指摘が的確なことの証左かもしれません。「オフィスに出勤しないために雑談や偶発的な出会いが減り、新しいアイデアや新しいプロジェクトなどが生まれにくくなっていることも、仕事が単調になっていると感じる人が増えた一因に考えられる。」ポストコロナに向けての、重要な示唆が含まれているように感じました。
2021年7月27日 12:32

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大湾秀雄
早稲田大学 教授
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ひとこと解説

これまでは、新入社員の教育訓練機会が減っていることが長期的にこの年次の稼得能力にどのような影響を与えるかという点に関心を持っていましたが、より広い年次でOffJTのみならず自己研鑽も減っているというのは、深刻な問題であると捉えるべきです。2つの問題があります。まず、在宅勤務でより権限移譲を進め自律的な働き方を広げる必要があるにも拘わらず、それが進んでいないという点です。2つ目に、自律的なキャリア形成機会を与え、本人が自律的に必要な知識や技能を身につけることが求められてきているのに、そのサポートや意識改革が進んでいないという点です。現状の会社主導の人材育成の行き詰まりを示すデータだと思います。
2021年7月27日 11:59

鈴木一人のアバター
鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
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分析・考察

なかなか興味深い統計資料。人が学ぶという過程に人との接触や対話があり、それはオンラインではなかなか実現しないものというのがここからも明らかになる。大学が対面授業なしに教育をきちんと続けられるかという問いにもつながる問題。
2021年7月27日 10:58

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〔ポーランド、ハンガリーの宗教状況…。〕

歴史を踏まえたヨーロッパの統合
https://www.teikokushoin.co.jp/journals/geography/pdf/201002gs/05_hsggbl2010_02gs_p10_12.pdf

 ※ この.pdfが、参考になった…。

 ※ 画像も、大体そこからキャプチャした…。

※ ポーランドは、9割近くがカトリックだ…。

※ ハンガリーは、円グラフを探したが、見つけられんかった…。上記によると、4割くらいがカトリックのようだ…。

※ そもそもの「ヨーロッパの宗教分布」が、こんな感じ…。

※ いわゆる「西欧」は、カトリックvs.プロテスタントだ…。

※ それが、中・東欧になると、正教会(ギリシャ正教)が多くなってくる…。東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の支配下だったからな…。

※ さらに、バルカン半島・オリエント寄りになると、イスラム教徒が多くなってくる…。オスマン帝国の支配下だったからな…。

※ 9世紀頃は、こんな感じ…。

※ こういう状況から、ルターやカルヴァンなんかが出て来て、「宗教改革」により、「プロテスタント」が登場するわけだ…。

※ オレらは遠いし、あまりよく知らないから、「ヨーロッパ」「西洋人」などと一括りにしがちだが、実は、喋っている言語も、相当に異なる…。

※ 系統的には、上記のようなものだ…。

※ だから、宗教分布も、こういう状況になる…。

※ 言語分布も、こういう感じで様々・区々だ…。

※ 経済的にも、けっこうな「格差」がある…。

※ それでは「いかん」ということで、「統合して、”大市場”を作ろう!」という話しになった…。

※ それで、加盟国は徐々に拡大した…。まあ、日本の「市町村合併」みたいな話しだろう…。

※ 確かに、「経済」「市場」は、「統合」したり、「共通ルール」で運営したりすることは可能だろう…。

※ しかし、「宗教」「長年の慣習」「人々の意識・頭の中」は、そうはいかない…。

※ 根強く、「社会」に残り続けることになる…。

※ そして、そういうものが、折に触れて表面に出てくることになる…。

イスラム教大巡礼が開始 メッカで、6万人に制限

イスラム教大巡礼が開始 メッカで、6万人に制限
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR15F0S0V10C21A7000000/

 ※ ソーシャル・ディスタンス取っての、「ハッジ」だな…。それも、2年目だ…。

 ※ 国外からの参加者は、禁止か…。

 ※ なにせ、「イスラム教徒の5大義務」の一つだからな…。

 ※ 巨額の「外貨収入」も、もたらしていたわけだ…。

『【イスタンブール=木寺もも子】新型コロナウイルス下で2年目となるイスラム教徒の大巡礼(ハッジ)が18日までに始まった。聖地メッカを管理するサウジアラビアは2回のワクチン接種完了を条件とした上、スマートフォンのアプリを活用して行動を管理し、感染拡大防止を図る。

聖地メッカで行うハッジはイスラム教徒に健康や経済状況が許せば一生に1度は参加が求められる儀式だ。例年は国内外から200万人超が集まり、ハッジの時期以外に行う小巡礼(ウムラ)と合わせ、サウジに外貨収入をもたらし、イスラム教聖地の守護者としての権威の源になっている。

サウジは昨年に続き、参加者を国内からに限った。昨年は数千人程度だったが、今年は6万人に認める。ワクチン接種の完了や持病がないことなどが条件で、感染拡大防止のため、参加者20人につき1人の健康管理者が付く。

今年は新たに、「ハッジ・スマートカード」と呼ばれるアプリを導入した。登録された参加者はダウンロードが求められ、ホテルや交通機関の利用、食事の提供を受ける際などにQRコードの提示が必要となる。参加者の所在や健康情報を管理する。

人口約3000万人のサウジでは足元の1日あたり新規感染者数は1000人程度で、人口の半数が少なくとも1度のワクチン接種を受けた。サウジは外国からの入国に際して指定施設での隔離を義務付けるほか、観光ビザを認めないなど慎重な入国措置を継続している。』

イスラム教徒に課された五つの義務
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/431842/032300001/

〔ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の関係、違い…。〕

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の関係、違いを分かりやすく
https://kokopelli-hopi.com/geopolitics-religion/

 ※ その成り立ち、経典の位置付け、「予言者」の理解の違い…、なんてことが、ザックリと解説してあって、参考になった…。

 ※ キリスト教の場合は、これにカトリックvs.プロテスタント、ローマカトリックvs.ギリシャ正教の対立が加わる…。イギリス国教会なんてものも、あるしな…。

 ※ イスラム教では、スンニ派vs.シーア派の対立がある…。

 ※ そして、どの宗派でも「厳格順守派vs.世俗派」の対立がある…。

 ※ さらには、さまざまな「分派」が発生する…。

 ※ そして、その時々の「政権」が、時に「弾圧」し、時に「取り込み」をはかる…。

 ※ 「ローマ法王」「スルタン」なんてものも、その一つだ…。

 ※ そういう「錯綜」の理解の出発点の参考に、なるだろう…。

※ まず、「イスラム教徒の5大義務」を見ておこう…。

陰謀論にハマっている人達は、たぶん、ものすごく知的な活動をしていると思ってる

陰謀論にハマっている人達は、たぶん、ものすごく知的な活動をしていると思ってる
https://blog.tinect.jp/?p=71519

『しかし断言してしまうが、アイディアというのは論理的思考では積み上がらない。

論理は理屈の解析や物事の分析には使えるけれど、こと何か新しいモノを生み出すのには全く役にたたないと言っても過言ではない。

発想力はこんな感じのわかりやすい線形思考をしていない。』

『じゃあ発想はどういう風に産まれるのだろうか?

僕が思うに、それは以下のような形をしている。』

『仕事であった最前線にいる研究者の話

なんでこんな考えに至ったのかというと、最近仕事で研究に携わる機会が多くいわゆる最前線にいる研究者達と話をする事があったのだが、ものの見事にみんなこんな感じでもって思考していたからだ。

ある人はランニングの最中に思い浮かんだ突拍子もない思いつきが今までで最高の業績に繋がったといい、またある人は趣味のガーデニングの最中に突然閃いたアイディアが自分の今までの仕事の全てだったと言っていた。

彼らはずば抜けて頭がよく当然というかロジカルやら知識も抜群に使える。

なので普通に接していると

「こんな風に知的に物事を考えられるから、凄いアイディアが思いついたのかな」

と思わされてしまうのだけど、そういう傍からみてわかりやすい知性は少なくとも研究には全く役に立たないというのである。

「知識や論理的思考は問題を解くのには使えるけど、問題を思いつくのには全然使えない」

「ぶっちゃけ論理的思考能力なんて大学を卒業できるぐらいの頭があれば十分。それに解析するのに知識が足りないのなら、他人を使えばいいだけだし」

「それよりアイディアの種みたいなのを思いつけるか、そしてそれを何かと結びつけて形にして取り出せるかの方が研究者としては大切」

「これが出来ない人間はどんなに頭がよくても研究者にはなれない」』

『陰謀論にハマっている人達は、たぶん物凄く知的な活動をしていると思ってる

この発想力の正体みたいなものに気がついてから、なんで陰謀論に人がはまり込むのかの正体のようなものがうっすらとみえてきた。

実は陰謀論にハマっている人達のやっている事は研究者達のやっている事と全く同じである。

図解するとこんな感じである。』

『Twitterのタイムラインを眺めていると、ときどきトンデモ理論が流れてくる事がある。
その多くは論理が破綻しており「なんでそんな不思議な考えに至ったの?」と思わされるものばかりなのだけど、実際の研究における発想も実は99%は使い物にならないものだという。

研究者いわく

「思いついたアイディアは実際に実験して確かめてみると大体は駄目」

「だけど、たまに上手くいく事がある」

「ヒラメキの9割はただのゴミ。研究とはそういうもの」

なのだそうだが、陰謀論に関して言えばこの「確かめてみたら駄目」というチェック機構を働かせる場所がない。

故に駄目な発想が修正される事なく流れてしまうわけである。

しかし思いついた当人は「ひょっとして、世界の真理に目覚めちゃった!?」みたいに思っていたりするわけで、知的興奮のようなものが凄く脳髄に直撃しているはずである。

たぶん、陰謀論にハマっている当人達は物凄く知的な活動をしていると思っているはずだ。

それが生産的な活動かどうかは置いといて、当人の脳の回路は研究者と同じように動いているのだからかなり楽しいに違いない。 』

『SNSで特定の思考を持つモノと馴れ合いすぎるのは思ってる以上にヤバい

実は研究の世界は普通の人が思っている以上に否定・批判の連続である。

論文を投稿すると査読といって審査を受ける事になるのだけど、一流誌になればなるほど審査員のコメントは辛辣で、褒めてもらえる事など無いに等しい。

かつては論文を投稿する度に「なんでそんな細かい所にイチャモンつけるん?もうちょっと好意的に読んでくれてもええやん」と何度も思ったのだが、最近SNSで特定の思想を加速させて狂っていく人達をみて、あの仕組みにも一定の合理性がある事に気がついた。 』

『SNSは良くも悪くも馴れ合いの世界である。

多くの人は自分の意見を否定される事を物凄く嫌がるから、自分と似たような意見を持つ人間と人間でナアナアな関係ができやすくなる。

そんな感じで集合知が形成されるようになると、実は先程の陰謀論の形成と全く同じような展開になる。

結果としてどんどん人は思想が先鋭化して、狂ってしまうのである。』

『クソリプは耳に不快だが、ある程度は必要なのかもしれない

以前からSNSはエコーチェンバー現象の危険性が指摘されていた。

これは閉鎖的空間内でのコミュニケーションを繰り返すことにより、特定の信念が増幅してしまう事の比喩だが、内部批判が働かないのだから狂った意見が定着してしまうのも仕方がないのかもしれない。

ヤバい発想とヤバい発想が組み合わさって狂った意見が形成され、それを元にまた狂った意見が形成されて…が何度も何度も積み上がっていったらどうなるかなんて言うまでもないだろう。

かつてある人が

「多く新興宗教がおかしくなるのは、信者が教祖を狂わせるからなんだよね」

「普通の人は教祖が信者をおかしくしてるって思ってるかもだけど、それ逆だから」

「1番最初に狂うのは魅力的だったはずの教祖なんよ。信者って凄いよね」

と言っていて妙に感心した事があるが、実際にインターネットのインフルエンサーの多くがおかしくなってしまうのも似たような現象だろう。

信者は教祖を否定しない。

その否定しないのが…たぶん物凄くマズい。

人間、褒められるのは気持ちがいい。

だから自分を肯定してくれる場所に身を置くたくなってしまうものだけど、そういう場所は査読が働かない論文のような場所でもある。

その世界はSTAP細胞のように細胞にオレンジジュースをかけたらiPS細胞が出来上ってしまうようなファンシーな世界に容易になりうる。

クソリプは耳に不快だが、狂わない為にはある程度の合理性はあるのかもしれない。

心の自浄作用としての小説のススメ

とはいえ普通の人が批判をキチンと受け入れられるかといったら、それは無理だ。

ではどうすればいいのだろうか?

僕が思うその回答を書いて文章を〆よう。

最近読んだ本で非常に面白かった一節に「伊勢神宮が何百年たってもキレイなのは、一定期間で遷宮する度に何度も建て直しているから」というものがあった。

<参考 LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 長生きせざるをえない時代の生命科学講義>

LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 長生きせざるをえない時代の生命科学講義
吉森 保
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築何年もたった家は必ずどこかにボロがくるが、最初から建て直しをして、壊れた所をその度に取り替えていたら何百年たってもピンピンしている。

実はこの仕組こそ私達の身体で行われているものそのものである。

オートファジーといって、私達の身体は見た目が全く同じようにみえつつも、実は内部で何度も建て直しが行われている。

私達の肉体はこのオートファジーによって身体の中にある老廃物が蓄積しないようになっており、老化現象のかなりの部分がそれで防がれているのだという。

感のいい読者は気がついたかもしれないが、私達の心にもこのオートファジー現象を働かせる事ができれば心の老廃物の蓄積を防ぎフレッシュさを保てるはずだ。

じゃあどうすれば心にオートファジーを作用させる事ができるだろうか?

僕はその鍵は小説にあると思う。

かつて村上春樹さんが小説を読む効用としてこのような事を言っていた。

「小説を読むとフィクションを通じて、現実世界からちょっとだけ離れる事ができる」

「そうして物語の中を旅し終えた後であなたは現実に立ち返るわけだけど、そうして現実に戻ってきた貴方は同じ貴方なのに以前の貴方とほんのちょっとだけ変わっている」

「場合によってはモノの見方がいくらか変わったかもしれない。けど、そこにあるのは確かに以前と同じ現実である」

物語を通じて貴方という存在を離れ、別の人物としての時間を過ごす。

そうしてまた貴方の人生へと還っていく。

この心の動きはまさに心のオートファジーだ。

良い小説を読む事で貴方の心から老廃物が排出され、貴方の心は建て替えられる。

すると以前とまったく同じはずの現実が異なる彩りを呈してみえたりもする。

物語には確かにこのような現象を引き起こす力がある。

たまには上質な小説でも読んで他人の人生を追体験し、いい意味での現実逃避をしてみてはいかがだろうか?

きっと心が晴れるに違いない。

<参考 マネーロンダリング 橘玲>

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〔東照公御遺訓〕

https://www.toshogu.or.jp/about/goikun.php

 ※ この「御遺訓」を、拳々服膺したところで、「お金が、足りない…。」事態は、如何ともならない…。

 ※ しかし、なにがしかの「足し」には、なるだろう…。

 ※ 個人の場合、「時間を味方につけること」が可能だ…。

 ※ 「分かりきっている」ことには、あらかじめ「手を打って」、長い年月をかけて、備えよう…。

 ※ それと、若いうちから、万事「安上がり」なように、自分を躾けよう…。

 ※ よく「清貧」を馬鹿にする向きがあるが、自分の生活の「収支」の管理ができないのは、アホウに過ぎない…。

 ※ そういうヤツに限って、「一攫千金」狙いに出て、ビットコインみたいなものや、リスク資産、先物の相場なんかに手を出して、スッテンテンになったりするわけだ…。

 ※ ゆめゆめ、そういうハメに陥っては、ならん…。

人の一生は重荷(おもに)を負(をひて)遠き
道をゆくが如し いそぐべからず

不自由を常とおもへば不足なし

こころに望(のぞみ)おこらば困(こん)窮(きゅう)したる
時を思ひ出(いだ)すべし

堪忍(かんにん)は無事(ぶじ)
長久(ちょうきゅう)の基(もとい) いかりは敵とおもへ

勝事(かつこと)ばかり知しりてまくる事をしら
ざれば害(がい)其(その)身(み)にいたる おのれ
を責せめて人をせむるな 

及ばざるは過すぎたるよりまされり

〔ハンチントン・パラドックス〕

〝社会的挫折感〟と対峙 自信と警戒の間で揺れる中国共産党
加茂具樹 (慶應義塾大学総合政策学部教授)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/23300

『ハンチントンとは、著名な国際政治学者であるサミュエル・ハンチントンのことである。彼は、近代化(経済発展)とそれに伴う社会変動を論じた『変革期社会の政治秩序』のなかで、(ある国家において)「政治的不安定性を作り出すのは近代性の欠如ではなく、近代性を果たすための努力が欠如しているからであり」、(国家が不安定であるのは)「貧しいからではなく、豊かになろうとしているからである」という考え方を提起していた。』

『同書は、「近代性が安定を生み出し、近代化が不安定を生む」というパラドックスを検証し、その因果関係の説明を試みた。これが「ハンチントン・パラドックス」である。発展途上国はこのパラドックスに陥りやすい。ハンチントンは、経済発展と政治的不安定の関係を下表に示すように三つの段階で説明していた。これが「ギャップ仮説」と言われる。』

『第一の段階は、経済発展が都市化や教育水準の上昇、マスメディアの発展を生み、これによって(人々の)新しい要求が生まれる(これが社会的流動化)が、経済発展は社会的流動化よりも遅い速度でしか増加しないため、要求の増大と要求の充足との間にギャップが進展し、これが社会的挫折を生み出す、というものである。

 第二の段階は、社会的挫折感と政治参加の関係である。農村から都市への移動や都市内部での職業的および所得上の移動といった移動の機会に人々は恵まれると、社会的挫折感は解消される。しかし、移動の機会を得られない場合、人々は政治参加によって要求実現を目指そうとする。

 そして第三の段階は、政治参加の要求が高まっても、それに応じて政治的制度化が進んでいれば、政治の安定性は維持される。しかし、そうではない場合、政治参加の高まりに政府は適応できず、政治不安を生み出す。これが、発展途上国において経済発展に伴って政治的不安定化が深刻化することを説明する有力な考え方である。』

『(※中共の)歴代の指導部は、このハンチントンの考え方を熟知している。習指導部のなかで中央政治局常務委員会委員である王滬寧(おうこねい)は、1980年代にハンチントンのこの考え方を踏まえた論文を書いていた。だからこそ指導部は、「二つの奇跡」を実現したであるとか、「ハンチントン・パラドックス」を克服したという言説をつうじて、共産党による一党支配の優位性の物語を国内に向けて訴えるのである。』

『ただし、一党支配体制が「二つの奇跡」を実現したかどうかは疑わしい。少なくとも言えることは「これまでのところ」である。』

『習指導部は、ギャップ仮説で示される「社会的挫折感」が中国社会において高まっていることを理解している。近年、指導部は「人々の満足感、幸福感、安全感を満たさなければならない」と繰り返し確認してきた。これまでの指導部は、中国社会の主要な矛盾を「人々の日々増大する物質的、文化的な需要と遅れた社会生産の間の矛盾」と定義してきたが、習はこれを「人々の日々増大する素晴らしい生活への需要と、発展の不均衡、不十分との矛盾」と言い換えた。人々の欲求は量から質へと変化したと捉えている。

 中国経済が高度成長の段階を終えたこと、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響によって、中国において「社会的挫折感」が増大し、最終的には「政治的不安定性」の増大を生む条件は整っている。指導部は、この問題に向き合っている。』

『近年、習指導部は「全過程民主」という概念を提起し、例えば重要な課題に関わる立法の過程においてパブリックコメントの重要性を訴えている。増大する政治参加の要求に応えようとする「政治的制度化」の取り組みと言っても良い。もちろん政治参加の機会は増大しても決定権は共産党が独占したままという構図に変わりなく、また社会が発する多様な要求を有効に集約できるかどうかは分からない。「政治的不安定性」が克服されるかどうかは未知数である。』

『習指導部は、一方で科学技術イノベーションを重視する。デジタルインフラ建設の推進を通じて人々の「質の高い社会」を実現したいという要求に応えるためであり、また経済発展によって多様化した社会の要求を的確に把握する能力の向上のためでもある。他方で「総体国家安全観」の提唱をつうじて、国内治安の強化という政策を推進している。

「一国二制度」の「一国」に力点を置いた「愛国者による香港統治」という対香港政策も、「戦狼外交」と揶揄されるように中国外交が「民意に拉致される」のも、中国社会が直面している「社会的挫折感」増大への警戒の反応という側面もある。また、「構造的パワー」の拡大を追求する中国外交もまた、こうした国内要因に突き動かされているといってもよい。』

サミュエル・P・ハンティントン
https://en.wikipedia.org/wiki/Samuel_P._Huntington

『(Google翻訳文)「文明の衝突」
詳細は「文明の衝突」を参照

ハンティントンの「文明の衝突」の9つの「文明」の地図。

1993年、ハンティントンは国際関係理論家の間で、外交雑誌に掲載された影響力のある引用記事「文明の衝突?」というタイトルで大きな議論を引き起こしました。記事の中で、彼は、ソ連の崩壊後、イスラームは世界の西洋支配の最大の障害になるだろうと主張した。したがって、西側の次の大きな戦争は、必然的にイスラームと共にあるだろう、と彼は言った。冷戦後の地政学と「不安定の必然性」の記述は、フランシス・フクヤマが提唱する有力な「歴史の終わり」とは対照的である。

ハンティントンは「文明の衝突」を本の長さに拡大し、1996年に文明の衝突と世界秩序のリメイキングとして出版しました。この記事と本は、冷戦後の紛争は、イデオロギー的な違いではなく文化的な違いのために最も頻繁かつ暴力的に起こると考えています。

冷戦中、資本主義西部と共産主義圏東部の間で紛争が起こった一方で、世界の主要文明の間で起こる可能性が最も高かったのは、7つ星と可能性のある8番目の文明((i)西洋、(ii)ラテンアメリカ、(iii)イスラム、(iv)正教会(中国語)、(v)ヒンズー教、(vi)正教会、(vii)日本語、(viii)アフリカ人)

この文化組織は、現代世界と主権国家の古典的な概念を対比しています。現在と将来の紛争を理解するためには、文化的な亀裂を理解し、国家ではなく文化を戦争の理由として受け入れなければならない。したがって、西側諸国は、文化的緊張の不可解な性質を認識しなければ、優位性を失うことになる。ハンティントンは、この冷戦後の地政学的組織と構造の転換は、民主的普遍主義の理想とその絶え間ない軍事介入主義の押し付けを放棄することによって、西側が文化的に自分自身を強化することを要求すると主張した。この点を強調して、ハンティントンは1996年の拡大で、「民族紛争と文明衝突の新興世界では、西洋文化の普遍性に対する西洋の信念は3つの問題に苦しんでいます:それは間違っています。それは不道徳である。そしてそれは危険です。 [15]

西洋のキリスト教(カトリック・プロテスタント)との西洋文明の識別はハンチントンの当初の考えではなく、冷戦時代以前の伝統的な西洋の意見と細分化でした。批評家(例えばルモンド外交官)は文明の衝突と世界秩序のリメイキングを呼び出し、中国と世界のイスラム・正統派文化に対するアメリカによる西洋の侵略の理論的な正当化を呼び出す。

他の批評家は、ハンティントンの分類は単純で恣意的であり、文明内の内部ダイナミクスと党派的緊張を考慮していないと主張している。

さらに、ハンティントンは、紛争を引き起こす本当の因果要因として、エリートによるイデオロギー的動員と人口の満たされていない社会経済的ニーズを無視し、彼が彼によって特定された文明の国境にうまく適合しない紛争を無視し、彼の新しいパラダイムは「国家」が「文明」に置き換えられた現実主義的思考に過ぎないと主張している。

ハンティントンの米国政策への影響は、20世紀初頭のアジアの指導者に関する歴史家アーノルド・トインビーの論争の的となっている宗教理論にたとえられている。ハンティントンに関するニューヨーク・タイムズの死刑執行人は、彼の「国家や民族とは対照的に、古代の宗教帝国に重点を置いて、(世界的な紛争の源として)得た..9月11日の攻撃の後、より多くのキャッシュ. [18]

ハンティントンは、ウクライナは、よりカトリック西部ウクライナと正統派東ウクライナの間の文化的な線に沿って分割するかもしれないと書きました:

統計学者のアプローチは、ロシアとウクライナの戦争の可能性を強調しているが、文明的アプローチはそれを最小限に抑え、代わりにウクライナが半分に分裂する可能性を強調するが、どの文化的要因が予測につながる分離は、チェコスロバキアよりもはるかに暴力的かもしれないが、ユーゴスラビアよりもはるかに血まみれではないかもしれない。 [19]』

今だけ人に戻ってアジコさんにお手紙を

今だけ人に戻ってアジコさんにお手紙を – シロクマの屑籠
https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20210625/1624615581

 ※ ネットで「意思疎通」しようとしているということの方が、驚きだ…。

 ※ そういう「媒体」じゃ、無いと思う…。

 ※ 情報取得の一手段にすぎんだろう…(他にも、情報源はあまたある)。

 ※ 重要なのは、どういう情報を取得して、どういうことを考えるのか…、ということの方だと思う…。

 ※ まあ、シロクマ先生は精神科医なんで、他人の「精神状態」がどういうものなのか…、ということを探り続ける習性があるんだろうな…。

『現在のインターネットは、はてな界隈に限らず、ここでいう「機械のような生き物」ばかりですね。『はてな村奇譚』で実際に挙げられていたのは、「オススメ漫画100」「教養を獲得するための12冊」といった文章を吐き続ける機械でしたが、現在は、もっと政治的なことを吐き続ける機械も増えました。確かに何事かをアウトプットしていますが、意思疎通の余地があるようにはみえません。こういう「機械のような生き物」はtwitterにもたくさんいます。ひょっとしたらtwitterのほうが多いのかもしれない。みんな、みんな「機械のような生き物」だ。
 
それらのアカウントだって人が運営しているんでしょう。でも意思疎通の余地があるかといったらはてさて。私のtwitterアカウントをフォローし「いいね」をしてくれる人にも、「この人と意思疎通する余地ってあるのかなー?」とわからない人がたくさんいます。いや、もうひとつひとつのアカウントを人として認識できていない自分がいる。
 
(主語が大きいと他人は言うでしょうけど)インターネットは、人と人とが意思疎通しわかりあおうとする場所じゃなくなりました。意思疎通の難しいアカウントがたくさんいると嘆く前に、自分自身がそもそもインターネット上で意思疎通をしようとしている気がしません。少なくとも、異なった思想信条を持った人と積極的コンタクトをとり、すったもんだを経験してでも何かを獲得しようとする姿勢が私のネットライフから失われてしまいました。そういう気持ちになれる相手がたまさか見つかると嬉しい気持ちになりますが、全体のなかではけして多くありません。そして相手のほうが同じ風に思ってくれるかは全くわからないのです。』

コロナ禍の5大システムトラブル、みずほ銀行だけではない「あきれた事情」

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00148/030400162/

 ※ 「木村岳史大先生」のご託宣だ…。

 ※ 非常に、本質的なところを抉って(えぐって)いると思われ、参考になる…。

 ※ ざっと一読しただけだが、「システム・トラブル」と言っているが、実は、問題は「システム」にあるのでは無い…。

 ※ 『そろそろ読者にも「木村が選ぶ5大システムトラブル」に共通する問題の本質が見えてきているのではないかと思う。そう、組織をまたぐ制度やルール、体制の欠如、丸めて言うと「仕組み」の欠如である。では、今回のみずほ銀行の「ATMにカードを吸い込まれた客を長時間放置」事件はどうか。もちろん同じことが言える。他と違い、みずほ銀行だけで「完結」するトラブルだったが、今回のような非常事態の際に誰がどう動くかという、部門をまたぐマニュアルに「バグ」があったのだ。やはり仕組みの不備である。

 冒頭でも書いた通り、休日にシステムトラブルが発生すればATMにカードを吸い込まれた大勢の客を長時間放置してしまうリスクがあると、容易に想定できたはずだ。にもかかわらず、ただちに各支店の担当者らが出向いて対応に当たったり、即座に緊急記者会見を開いたりして、カードなどを取り戻せない客を安心させる措置をとらなかった。その結果、客にとっても、みずほ銀行にとっても、今回のトラブルで考え得る最悪の結果を招いてしまったわけだ。』…。

 ※ ということで、問題の「根源」は、「システム」を包摂する、「仕組み」にある…。

 ※ オレの考えでは、世の中というものの「構造」は、「層構造」になっている…。ちょうど、マトリョーシカ(あるいは、玉ねぎ)みたいに、上部の層は、下部の層を”くるんで”(”包摂”して)いる構造になっている…。

 ※ だから、ここでの問題は、「システム」自体に存在するだけ…、という話しじゃ無い…。

 ※ オレの用語では、システムの「上部の層」、木村さんの用語では「仕組み」に存在している…。

 ※ 前に、「指揮官」というものの「資質」を、「その局面での、プライオリティの判断を、的確に下せる人材。」という観点から、語った…。

 ※ さらに、もう一つある…。それは、「事がらの”全体の層構造”を把握していて、そういう”層構造のプライオリティ”の判断を、的確に下せる人材。」というものだ…。

 ※ 『このように5大システムトラブルの問題の根っこは、システムに潜むプログラムのバグや不具合といった技術面にあるのではない。もちろん、バグや不具合が直接のきっかけとなって重大なトラブルが起こったわけだが、「きっかけ」はあくまでもきっかけにすぎない。そうではなく問題の根っこは、そのシステムを活用するビジネスやサービス全体の仕組みがきちんと設計・実装できていない点にある。

 サービス全体のきちんとした仕組みを検討せず、とりあえずつくってみたりするものだから、役に立たないどころか余計な仕事を増やすだけのシステムが出来上がるし、バグや不具合があっても放置されて重大な結果に立ち至る。そして、システムに障害など非常事態が発生した際に、サービスへの影響を極小化してリカバリーする手順やルールが、組織に「仕組みとして実装」されていないから、被害を無駄に大きくする。』…。

 ※ 『経営者など組織のトップも大いに問題がある。東証やみずほ銀行の記者会見で示されたように、経営者はシステムトラブルに対する自らの責任を自覚するようにはなっている。ただし、それは結果責任の自覚にすぎない。システムも含めたサービス全体の仕組み、ビジネス全体の仕組みや、何かあったときに被害を極小化してリカバリーする仕組みをつくるのはトップの責任だ、と心底理解している人はまだまだ少ない。トップにその自覚がないから「勝手にやっている現場の集合体」となり重大トラブルの火種を宿すのだ。』…。

 ※ しかし、現実の「指揮官」の姿は、こういうものが「現状」だ…。

 ※ 『 2020年度の5大システムトラブルは、そのことを如実に示したと言ってよい。極言暴論の熱心な読者ならよくご存じの通り、最近の極言暴論ではこの問題をいろいろな観点から取り上げてきた。まさに日本企業(そして公的機関)は「勝手にやっている現場の集合体」であり、全社的な仕組みをつくるのが苦手だ。特に複数の企業や公的機関にまたがる仕組みづくりとなると、お手上げ状態である。これはもう「日本の組織文化の病」とでも言うしかない。

関連記事:アマゾンの正論「善意は役に立たない」を理解しない日本企業、DXで赤っ恥は確実だ
関連記事:「ビジネスの仕組み」がないダメ企業ばかりの日本、そりゃ基幹系システムも最悪だな
関連記事:日本企業は「勝手にやっている現場の集合体」、だからDXは絶望的にうまくいかない 』

 ※ ということで、話しは「システム」だけ、「指揮官の資質」だけの問題じゃ、無くなってくる…。

 ※ 「日本型の組織」の特徴…、というものにも波及してくる…。

 ※ どこまで行っても、日本型の組織は、「勝手にやっている現場の集合体」で、「それぞれの階層での最適解」だけを追求するものになっている…、という話しになる…。

 ※ 「全体の層構造」の把握・認識ができていない限り、打つ手や策の立案は、「部分解」を探るものにしかならない…。

 ※ そこへ持って来て、「他人の領域については、口を出さない。」という文化・風土が、「部分解」の横行・暴走に、拍車をかけることになる…。

 『そう言えば最近、意味不明の重大トラブルが多すぎる。2020年度の新型コロナウイルス禍のさなかに発生した5つの重大トラブルをここに並べてみよう。いわば「木村が選ぶ2020年度の5大システムトラブル」である。

・新型コロナ禍対策の10万円「特別定額給付金」でオンライン申請が大混乱
・「ドコモ口座」を使った不正出金事件がゆうちょ銀行などで相次ぎ判明
・東京証券取引所のシステム障害で株式売買が終日停止
・接触確認アプリ「COCOA」の不具合を4カ月以上も放置
・みずほ銀行のシステム障害でATMにカードを吸い込まれた客を長時間放置

 こう並べてみると、読者の皆さんも改めてそのひどさにあきれるだろう。トラブルを引き起こしたのは官庁や金融機関、通信事業者といった面々で、いずれも他の企業以上にシステムトラブルやセキュリティー関連の事件事故を避けなければいけない立場にある。しかも、単なるシステム面だけの問題ではないので罪深い。あまりに愚か過ぎて、まさに意味不明である。』

 『そう言えばTwitterで、これら5大トラブルを列挙したうえで「日本のIT劣化を実感する1年だな」と締めてツイートしたら、フォロワーの人から「劣化」というのはおかしいと指摘を受けた。劣化というからには「以前は良かった」との前提が必要だが、日本のITは以前からペケだったのでは、との指摘だ。まさにその通りである。日本の政府や企業のIT利活用の駄目さ加減が、ここに来て一気に事件事故として表面化したと言ってよい。

 新型コロナ禍の対策として急きょシステムをつくらなければいけなくなったり、システムの運用面などに新たな制約が生じたりしたのかもしれないが、それはトラブルの言い訳にはならない。むしろ、開発の丸投げや保守運用体制の不備など、これまでいいかげんなことを続けてきたからこそ、新型コロナ禍という危機的状況で一気に惨事を招いたと言える。これら5大トラブルは、まさに新型コロナ禍のさなかにあぶり出された日本の惨状のショーケースなのである。』

『官のお笑いプロジェクト(失礼!)と言ってよい2つの炎上案件から振り返ってみよう。まずは、トラブル判明からあまり時がたっていない「『COCOA』の不具合を4カ月以上も放置」事件だ。新型コロナ感染の拡大防止策として導入したのに、Android版の不具合を4カ月以上にもわたって放置していたというから、これはもうあきれ果てるしかない。しかもその不具合は、陽性登録したアプリ利用者と接触しても検知・通知されないという重大な不具合である。

 原因として、官からITベンダーへ、そして下請けへの丸投げといった保守運用体制の問題などが指摘されている。もちろん、それもあるだろうが、COCOAが「とりあえずつくってみた」アプリにすぎない点も大きい。COCOAが本来の役割を果たすには、利用を促す制度面・体制面の仕組みが不可欠なはずなのにそれがない。陽性者との接触の通知が来ても保健所などですぐに検査できない状況が長く続いたというから、ひどいものだ。その程度の存在にすぎないCOCOAの不具合が放置されても、むべなるかなである。』

『とりあえずつくってみたという点では、「10万円『特別定額給付金』でオンライン申請が大混乱」事件を引き起こしたシステムも似たようなものだ。マイナンバー制度の個人向けサイト「マイナポータル」に専用フォームを設け、マイナンバーカード保有者が給付金をオンラインで申請できるようにしたまではよかったが、実際の業務を担う各自治体のシステムが間に合わない。専用フォームでは申請者の入力ミスをチェックできないという問題もあり、自治体の現場は大混乱に陥るという、トホホな事件だった。

関連記事:コロナ対策で政府のIT活用はコントなのか、透けて見える構造問題
 普通、自治体の担当者らと綿密に打ち合わせて要件を詰めてからシステムを構築し、業務がうまく回るように人的な体制面なども整えるでしょ。それを丸っきりやらずに、システムをとりあえずつくってみて、マイナンバーカードを持つ国民に「さあ使ってください」としたものだからたまらない。国民はオンラインで「電子申請」したはずだが、その裏で自治体の職員が手作業で処理するしかない事態に追い込まれた。まさに「システムの中に人がいた」状態である。』

『官のお笑い炎上案件のほうを先に見たが、企業が引き起こしたトラブルも似たようなものだ。違いと言えば、とてもじゃないが「お笑い」では済まない結果を招いたことぐらいか。中でも最も間抜けなのは「『ドコモ口座』を使った不正出金事件がゆうちょ銀行などで相次ぎ判明」事件である。NTTドコモの電子決済サービスである「ドコモ口座」を使った不正出金事件が相次いで分かり、その多くがゆうちょ銀行の口座からの不正出金だった。

 この事件では、決済サービス事業者側が厳密に本人確認をするか、銀行側がサービス連携の際に、口座や暗証番号などによる認証ではなく2要素認証を導入するかしていれば、被害の大半は防げたはずだ。ところが両者とも自らの対策を怠り、多数の不正利用を許してしまった。「相手のサービスのセキュリティーは万全のはず」との思い込みがあったのかもしれないが、連携するサービス全体でのセキュリティーを考慮しないのは、驚くべき思考停止である。

関連記事:ドコモとゆうちょ銀での不正利用は大事件、セキュリティー無視のお粗末な理由

 何が間抜けかって、人様のお金を扱うサービスを連携して提供するにもかかわらず、各企業の担当者が(時にはオンラインで)集まって、サービス全体の課題や問題点を検討した形跡がないことだ。当然「もしも」は想定されておらず、「もしも」に備える仕組みもルールも何もなかったわけだ。実は、同じことが「東証のシステム障害で株式売買が終日停止」事件にも言えるから、頭が痛いのだ。』

『東証のシステムトラブルでは、システムの再起動が可能であったにもかかわらず、取引開始時間前に受け付けていた注文の取り扱いを巡り「大きな混乱が予想される」として、終日の売買停止を選択せざるを得なかった。その結果、多くの投資家が丸1日、株式を売買する機会を奪われる結果となった。まさに重大なトラブルだが、記者会見で東証の経営陣の受け答えがあまりに「まとも」過ぎたため、私としたことが少し感動してしまうという「不覚」をとった。

関連記事:「富士通に損害賠償請求」発言から15年、東証のシステム障害会見に不覚を取った訳

 しかし、そのお粗末さは先ほどのドコモやゆうちょ銀行らと何ら変わりはない。早い段階でシステムを再起動できる状況にあったにもかかわらず、なぜ終日にわたりシステムを止めざるを得なくなったかというと、証券会社との間で明確なルールや手順を定めていなかったからだ。証券会社など市場参加者との間では、システムを相互に接続して密接に連携しているにもかかわらず、障害発生時における再起動の手順やルールを決めていなかったというから、たまげた話である。』

後世へも影響を与えたデカルトの演繹法的思考(帰納法との違い)

『◆ デカルトの大陸合理論

一方でデカルトは、経験よりも【理性】を重んじました。

経験よりも、1つ1つの事実や原理原則を丁寧に積み上げて、合理的に結論を導き出そうとしたんです。

要するに【演繹法的なアプローチ】です。

この考えは後世の哲学にも大きな影響を与え「大陸合理論」何ても呼ばれました。

大陸合理論を要約すると

理性の絶対性を主張し,理想によって得られた明晰判明な観念のみを真理としました。

経験論が重視する感覚的経験は【人間の正しい認識を阻害する要因にすぎない】とみなす点に特徴があり、理性によって論理的に展開される数学を学問の模範にした。
って感じです。

つまり《人間の感覚や経験なんか信じられるかー!!!》っていうスタンスです。

数学的に科学的に論理を構築していくスタンスです。

結局この「大陸合理論」は哲学の大きな流派の1つとなり、スピノザやライプニッツに受け継がれていきます。

そうやって、デカルトは、人間の感覚だけでなく、ありとあらゆるモノを徹底的に疑っていく事で、真理に辿り着こうとします。 』

経験論
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E9%A8%93%E8%AB%96

フランシス・ベーコンとは?【死ぬほどわかりやすく解説】
https://uteimatsu.com/francis-bacon/

『フランシス・ベーコンはイドラを生み出した

フランシスベーコンを紹介する上で必要不可欠なのが、
「イドラ」という哲学用語です。

イドラというのは
「正しい知識をとりいれる上で障害となる思い込み」
をさしています。

フランシスベーコン は
「知識なんか生まれつき全くない、生きていく上で積み上げていくもの」
と考えていました。

これは上でも何度か言いました「経験論」という考え方です。

フランシスベーコン は
「どうすればうまく知識を積み上げれるのか?」を考え、
その上で知識の積み上げの妨げになるものを「4つのイドラ」と呼びました。

その4つがこちらです。

種族のイドラ→人間特有の思い込み
洞窟のイドラ→生きた環境による思い込み
市場のイドラ→噂による思い込み
劇場のイドラ→権威による思い込み

この4つを自分自身で認識することが、
正しい知識を得る上で大切だ、というのがフランシス・ベーコンの哲学です。

この4つのそれぞれをもっと深く知りたい方は
下の記事を読んでみるといいかもしれません。

死ぬほどわかりやすい哲学ブログ2019.12.29

イドラとは?←先入観にとらわれないために
https://uteimatsu.com/idola/
こんにちは、素人哲学者 ミルマノ(@mirumano)ですこの記事では「イドラ」という哲学用語をわかりやすく紹介したいと思います。ちなみに、このイドラを理解することができれば、固定観念や先入観にとらわれてるな〜って時に自分自身でそれに気づけるようになりま…』

『フランシス・ベーコンの名言「知は力なり」とは?

そしてもう一つ外せないのが「知は力なり」という
フランシス・ベーコンの名言です。

これは直訳すると「知識は力だよ!」っていう意味です。そのままです。
ただ実際のところ、この名言にはもっと深い解釈があります。

この名言の本当の意味は
「(観察や実験によって得た)知識こそ力だよ!!」
です。

カッコの部分が本当に重要です。
大抵の人はこの部分を知らずに
「知識が多ければ成功する」的な名言と思ってしまっています。

イドラもそうなのですが、
この名言も経験論という考え方を元にされています。

フランシスベーコン の中では
「知識というのは経験や検証、実験」を通してしか得ることができません。
逆に言えば、経験から得た知識こそが本当の知識なのです。

正しい知識が経験から得られるという経験論と、
正しい知識は理性から得られるという合理論。

この二つの思想は哲学界でも大きく議論されているジャンルになりますので、
興味がある方は調べてみてください。』

※ なんで、ベーコンの経験論が廃れた(あまり、注目されなくなった)のか、ちょっと不思議だった…。

※ この「年表」見ると、だいぶ「古い人」だったんだな…。それで、「後から生じた思想」に追い越された感じだったんだろう…。

※ しかし、「哲学」「思想」というものは、流行り廃りじゃない…。どれだけ、「根源的な問い」に答えているのかという点が、「生命線」だ…。

※ 4つのイドラとか、今現在でも、十分に通用するだろう…。

※ 科学的な「発見」「知見」の背後にも、こういう「根源的な思考・思惟」が横たわっている…。

※ そして、その科学においても、「限界」はある…。

東大教授が結論付けた「頭の良さ」の意外な正体とは

https://biz-journal.jp/2021/02/post_208990.html

 ※ 「東大教授」とか、「頭の良さ」とか、いかにもなタイトルなんで、最初は「またその手か…。ヤレヤレ…。」と思っていた…。

 ※ しかし、「意外な正体」とあるんで、ちょっと興味を引かれて、見てみた…。

商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)

膨大な情報を頭の中で、どう知性に変換すればいいのか?独学で東大教授になった著者による、情報洪水時代の今、本当に必要な頭の使い方。 –このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。

著者について
1963年生まれ。東京大学経済学部教授。中学卒業後、父親の海外転勤にともないブラジルへ。
ブラジルでは高校に行かずに独学生活を送る。大検を受け慶応義塾大学経済学部通信教育課程へ入学。
大学時代はシンガポールで通信教育を受けながら独学生活を続ける。
大学を卒業後、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。
主な著書に『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞、日本経済新聞社)、『契約と組織の経済学』(東洋経済新報社)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)など。 –このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
柳川/範之
1963年生まれ。東京大学経済学部教授。中学卒業後、父親の海外転勤にともないブラジルへ。ブラジルでは高校に行かずに独学生活を送る。大検を受け慶応義塾大学経済学部通信教育課程へ入学。大学時代はシンガポールで通信教育を受けながら独学生活を続ける。大学を卒業後、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。契約理論や金融関連の研究を行うかたわら、自身の体験をもとに、おもに若い人たちに向けて学問の面白さを伝えている。著書に『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞、日本経済新聞社)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) –このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。

 ※ こういう「経歴」の人のようだ…。

 ※ 凡百の「物知りな人」の経歴じゃないんで、少し踏み込んで、情報収集した…。

 ※ けっこう参考になりそうなことが、載っているんで、紹介しておく…。

※ けっこう参考になりそうなんで、kindleの「サンプル本」DLして、そこからキャプチャした…。

孫子の兵法:虚実篇

孫子の兵法:虚実篇|孫子兵法家 長尾一洋
https://www.kazuhiro-nagao.com/suntzu/kyojitu.html

『夫れ兵の形は水に象る(かたどる)。水の行は高きを避けて下きに走る。兵の勝は実を避けて虚を撃つ。水は地に因りて行を制し、兵は敵に因りて勝を制す。故に、兵に常勢無く、常形無し。能く敵に因りて変化して勝を取る者、之を神と謂う。五行に常勝無く、四時に常位無く、日に短長有り、月に死生有り。』

「そもそも、軍の形は水に喩えることができる。水は高いところを避けて、低いところへと流れる。軍も敵の兵力が充実した「実」の地を避けて、手薄になっている「虚」の地を攻めることで勝利を得る。水が地形に応じて流れを決めるように、軍も敵の動きや態勢に応じて動いて勝利する。したがって、軍には一定の勢いというものもないし、常に固定の形というものもない。敵の動きに応じて柔軟に変化して勝利をもたらすことを神業(神妙)と言うのである。これは、五行(木火土金水)にも常に勝つものはなく、四季(春夏秋冬)にも常に一定のものはなく、日の長さにも長短の変化があり、月にも満ち欠けがあるようなものだ。」』

 ※ 『兵の勝は実を避けて虚を撃つ。』原典は、これだけなんだな…。

 ※ なんか、時代小説・剣豪小説読んでると、「虚々実々の駆け引き。」とか、「虚に以ってするには、虚。実に以ってするには、実。虚に対するに実、実に対するに虚、は敗れる。」とか書いてあったような記憶があるんだが…。

 ※ みんな、後世の人たちが、勝手に解したものなんだろう…。

コクヨのIoT文具「しゅくだいやる気ペン」、1万台以上売れた秘密

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2102/08/news042.html

 ※ これは、絶対見といた方がいい…、記事だと思うので、紹介しておく…。

 ※ 商品開発というものの”ツボ”とか、人(この場合は、小学生)のやる気というものの”勘どころ”なんかが、満載だ…。

 ※ 特に、「むげんの庭」の話しなんか、秀逸だ…。

破綻国家における内戦と国際的な平和活動 ~ 軍閥抗争国家における平和維持戦略 ~

博士号学位論文
破綻国家における内戦と国際的な平和活動
~ 軍閥抗争国家における平和維持戦略 ~

 ※ リビアの暫定政権は、うまくいくのか…なんて疑問で検索してたら、当たったものだ…。

 ※ 非常に参考になるようなんで、貼っておく…。

 ※ DLへのリンクとなっている…。各自、DLして、見てくれ…。

 ※ 「博士号学位論文」ともなると、流石なもんだ…。

香港紙創業者の保釈認めず 香港最高裁

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM014OX0R00C21A2000000/

『【香港=木原雄士】香港終審法院(最高裁)は9日、香港国家安全維持法違反で起訴され収監中の香港紙創業者・黎智英(ジミー・ライ)氏の保釈を認めない決定を下した。保釈を認めた高等法院(高裁)の決定を不服とする検察当局の上訴を認めた。黎氏の収監は長引く可能性がある。

黎氏は2020年12月に詐欺罪や外国勢力に中国への制裁を求めたとして起訴され、刑事施設に収監された。高裁は保釈金支払いや自宅滞在を条件にいったん保釈を認めたものの、同12月末の最高裁の決定で再び収監されていた。

黎氏の保釈をめぐっては中国共産党の機関紙、人民日報(電子版)が「反乱分子は中国本土で法律の懲罰を必ず受けるべきだ」と批判し、中国当局の介入を示唆した。香港国家安全法には起訴後の保釈を制限する規定があり、検察当局は安易な保釈を認めるべきではないと主張していた。

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音声SNSのクラブハウス、中国で利用規制か

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM08BGA0Y1A200C2000000/

 ※ 自由に、「ものが言えん。」ということは、自由に「ものが考えられん。」ということだ…。

 ※ 自由に「ものが考えられん」で、「生きてる価値」「人としての価値」は、あるのか…。

 ※ 「権威主義」とやらは、根本的に、そこのところを「省みないと」な…。

『【香港=木原雄士】米企業が運営する音声SNS(交流サイト)の「Clubhouse(クラブハウス)」が8日夜、中国本土で利用できなくなった。複数の香港メディアが報じた。ウイグルやチベットなど政治的に微妙なテーマも自由に議論できるとして話題になっていたが、中国当局が規制に乗り出した可能性がある。

クラブハウスは招待制のSNSで「room」と呼ばれるテーマごとの部屋で参加者が音声だけの会話を楽しむ仕組み。米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が参加し、中国でも急速に注目度が高まっていた。

中国当局は国内でフェイスブックやツイッターといったSNSの利用を制限し、ネット上の言論も厳しく統制している。クラブハウスは当局の監視が及ばない例外的なSNSとみられていたが、8日午後7時(日本時間午後8時)ごろから使えないという報告が相次いだ。

ロイター通信によると、規制前のクラブハウスでは、中国語の利用者が新疆ウイグル自治区の収容所や台湾の独立、香港国家安全維持法などの政治的なテーマを議論していた。

多様な観点からニュースを考える
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

村上臣のアバター
村上臣
リンクトイン日本代表
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別の視点 1ヶ月後くらいには、中国版Clubhouse(コピー版)が出てくるでしょう。これまでも検索やTwitter、Youtubeといった米国発の革新的なアプリは拡大すると規制され、当局のポリシーに沿った現地版が開発されるということを繰り返してきました。それが国内の膨大なユーザーの利用を経てブラッシュアップされ、本家を超えた利便性を持って国際版として輸出される。そのような未来もあるのかもしれません。
2021年2月9日 9:34いいね
12

青山瑠妙のアバター
青山瑠妙
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 教授
コメントメニュー

ひとこと解説 音声だけで会話するクラブハウスアプリのおかげで、世界のどこからかわからないが、見知らぬ人たちが中国語で政治を熱く語っていた。朝顔の花一時のような自由であったが、中国の若者から惜しまれる声が多く聞かれている。
2021年2月9日 8:22 (2021年2月9日 8:35更新)
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小平龍四郎
日本経済新聞社 編集委員
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ひとこと解説 軍政下のミャンマーでもヤンゴンで働く方々がクラブハウスで毎晩、現地の情勢を発信しています。東南アジア各地や日本の学生がそれに耳を傾け、「明日は何が起きるのか」と警戒を強めています。クラブハウス参加者の中には「軍当局に聞かれるとまずいのであまりはっきり言えないのですが・・・」と前置きをした上で発言する方もいらっしゃいます。
逆に言えば、それだけ生々しい現実や鋭い批判が飛び交っているということ。中国の規制は、音声SNSの力やパワーを認めたことにもなります。アンドロイド版も出たら、所得の低い発展途上国でも利用者が広がるのではないでしょうか。
2021年2月9日 8:35いいね
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古代ミイラに「黄金の舌」 エジプト、死後の弁明に

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG030AV0T00C21A2000000/

 ※ 「最後の審判」的な”信仰”が、あったものと見受けられるな…。

 ※ こういう「死後に、”神”の裁きを受ける」的な「信仰の文化」は、いつ頃から、世界的にはどこら辺に「分布」していたものなんだろうな…。

『【カイロ=共同】エジプト観光・考古省は3日までに、北部アレクサンドリアの神殿から発掘された古代ミイラの口から「黄金の舌」が見つかったと発表した。英BBC放送によると、約2千年前と推定。金箔でつくられ、死後の世界で神を前に、生前の行為を弁明できるように願いが込められたとみられている。

古代エジプトでは、死者はオシリス神の法廷にかけられ、弁明を求められるとの信仰があったとされる。周辺からは古代エジプト・プトレマイオス朝最後の女王、クレオパトラを描いたコインも見つかっている。

ミイラはエジプトとドミニカ共和国の合同調査隊が発見した。複数見つかったミイラの保存状態は良くなかったが、黄金の舌付近は比較的はっきりと残っていた。

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最後の審判
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E5%AF%A9%E5%88%A4

アブラハムの宗教
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99

※ 上記で、「大韓民国」が、薄いパープルに塗られているのは、「世界的」には、「キリスト教国」に分類されているからだろう…。

※ 実際、「ある統計」では、韓国で、「自分はキリスト教徒だ。」と思っている人の割合は、「四分の一くらいだ」、という文献を、見たことがある…。

インド発祥の宗教
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E7%99%BA%E7%A5%A5%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99

東アジアの宗教
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99

宋明理学(そうみんりがく)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%8B%E6%98%8E%E7%90%86%E5%AD%A6

韓国人はなぜ、平気で約束を破るのか 法治が根付かない3つの理由

 ※ これは、白眉だ…。

 ※ 永いこと疑問だったことが、氷解し、腑に落ちた…。

 ※ 式目(律令と、日本の慣習の違いを埋める細則)が、コモンロー(ローマ法とゲルマンの慣習の違いを、埋める細則)に当たる…、との指摘も卓見だ…。

 ※ 英米法系(ゲルマンの慣習を残し、継承する)と、大陸法系(ゲルマンの慣習の断ち切り)の差異も、想起される話しだ…。

 ※ 非西欧諸国は、「ヨーロッパ近代」というものと相克した…。

 ※ 「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず。」で、どの非西欧国家も、「西欧人の頭の中」「思考方法」「背景となっている思想」を、解読することを迫られた…。

 ※ その必死さ、真剣さ、それを探り出さなければ、国が潰れてしまう…、との危機意識の差異が、「自分を変えていくこと」の強弱を導いた、ということだろう…。

 ※ 結局、ヒトは、「自分の”脳”が、一番楽な思考方法」に還って行く…、ということなんだろう…。

※ しかも、韓国は、バイデン大統領登場のおかげで、ますます窮地に追い込まれるような気配だ…。
( かつて韓国の嘘を暴いたバイデン 「恐中病と不実」を思い出すか https://www.dailyshincho.jp/article/2020/11031701/?all=1&page=3

※ なにしろ、2015年12月25日の日韓慰安婦合意の「保証人」を務めたのが、他ならぬ、当時の「バイデン副大統領」だったということだからな…。
 
『興味深いのが、これらの政権批判が「もう日本を騙せないのに騙そうとしている」との戦術論に終始し、「国と国との約束を破った」という問題の本質に踏み込んでいないことです。ここに韓国の危うさがあります。

 国と国との約束を平気で破る――。こうした行動がどれだけ韓国の信用を傷つけたか、韓国人はまるで理解していない。日本からもう、まともな国として相手にされなくなったことが、まだ分かっていないのです。』

『――それにしてもなぜ、韓国人は平気で約束を破るのでしょうか。

鈴置:「いまだに儒教を社会の規範としているから」との説明が定説かと思います。不完全な人間を教えさとして「徳」ある人を作れば、社会も国もまともになる、というのが儒教の基本的な考え方です。

 法律で人の行動を規制し安定した社会を作るという法治の発想とは根っこで相いれないところがある。儒教国家にも法律はありますが、最終的な規範にはなりません。』

『京都府立大学の岡本隆司教授は以下のように喝破しています。『米韓同盟消滅』第4章第1節「儒教社会に先祖返り」から引用します。

・ちゃんとした人の間では、守るべきマナーがある。これを「礼」と言い、ある種の強制力がある。ただ、建前としては自ら律するものであって「法」のように外からがんじがらめに縛りあげるものではない。
・徳治に長らく馴染んだ人々には、法律によって国を治める――法治主義は、とても窮屈に感じられるだろう。法は柔軟性がなく、人々を細かく縛るからだ。

 儒教社会で生きてきた韓国人には法治――決まり事を守ることが苦手です。韓国も西欧型の法制度を導入はしましたが、身に付いてはいないのです。』

『――皆で決めたことを守らないと困るでしょう。

鈴置:それは日本人の発想です。法律は皆で決めたものとの認識があっての話です。外交評論家、岡崎久彦氏の『陸奥宗光とその時代』(PHP文庫)の217-218ページに鎌倉幕府の定めた法律――式目に関する鋭い指摘があります。

・式目は、唐から輸入された律令が京都以外の地域の実体とかけ離れてしまったために武家の慣習法を基礎として作られたもので、西欧におけるローマ法に対するコモン・ローの関係に似ている。
・裁判は十三人の評定衆で行ったが、成員は神社の神々に誓いをたてて、裁判に際しては厳正な態度をつらぬき、決して私的感情におぼれず、権力者をおそれず、また、一たん決定された判決に対しては、小数意見の者も共同責任を取るという起請文を書いたという。
・日本の裁判が伝統的に公正であり、とくに明治憲法、戦後憲法を通じて、裁判に腐敗がない伝統はここに求めることもできよう。』

『日本の法律の源流には武士――武装農民が仲間内のルールを成文化した式目があった。これを守らなければ困るだけではなしに、仲間外れにされてしまう。

 一方、朝鮮半島には封建時代がありませんでしたから、式目に相当する「自分たちが定めた決まり事」がない。中央集権型政権が中国から導入した律令――上が定めた法律の下、韓国人は生きてきたのです。

 韓国の知識人が時に「法を守ったり、判決に服する必要はない」と平然と語るのも、「法は自分たちが定めた」との意識が薄いからでしょう。

 与党の代表で次期大統領の有力候補が、裁判所の下した判決を公然と非難し、それが一切、問題にならないのもそのためです(「ヒトラーの後を追う文在寅 流行の『選挙を経た独裁』の典型に」参照)。』

『――国内でそうだから、外国に対しても決まり事を守らない……。

鈴置:明治維新前夜に日本の知識人が必死で国際法を勉強したのは、西欧に仲間入りさせてもらうには世界ルールの摂取が必須と考えたからです。

 幕府軍の榎本武揚が箱館戦争で死を覚悟した時、フランス人の著した『万国海律全書』を官軍の黒田清隆に託したのも、日本に1冊しかない海洋法に関する専門書が失われれば国益を損ねるとの思いからでした。』

『「国際的なルールを守らねば世界で生きていけない」との覚悟は普通の日本人にも広がっていました。大津事件(1891年)でそれが顔をのぞかせます。日本人なら誰もが学校で習う、訪日中のロシアの皇太子を滋賀県の巡査が刀で切りつけ負傷させた事件です。

 日露戦争前の日本政府は大国ロシアを恐れていました。犯人を死刑に処したかったのですが、負傷しただけでは死刑にできない。そこで日本の皇族への罪刑を適用しようとしたものの、大審院長――今で言えば最高裁長官、児島惟謙の反対で無期懲役に留まった。

 児島惟謙の主張は「法律を厳密に適用しなければ西欧から軽んじられる」という点にありました。』

『『大津事件日誌』(東洋文庫)には当時、児島惟謙が松方正義総理大臣と山田顕義司法大臣に宛てた「意見書」が収録されています。61ページから引用します。一部の漢字はひらがなに直しています。

児島惟謙のDNA
・顧みれば、我国一たび外交の道を誤りしより、其の害三十年の今日に延及し、不正不当の条約は猶未だ改正し能(あた)わざるに非ずや。且つ各国の我に対する、常に我が法律の完全ならず、我が法官のたのむに足らざるを口実とす。
・然るに、我自ら進んで、正法の依拠足らざるを表示し、たやすく法律を曲ぐるの端を開かば、忽ち国家の威信を失墜し、時運の推移は国勢の衰耗を来たし、締盟列国は、益々軽蔑侮慢の念を増長して、動(やや)もすれば非理不法の要求を為さざるを保せず。

 明治時代の日本人は徳川幕府の結んだ領事裁判権など不平等条約を国の恥と考え、一刻も早く改正したいと願っていた。児島惟謙は法律を曲げれば列強に軽んじられ、不当不正の条約の改正など夢物語だぞ、と訴えたのです。』

『日本政治史が専門の楠精一郎氏は『児島惟謙(こじま これかた)』(中公新書)で、以下のように書きました。4ページから引用します。

・当時の藩閥政府の圧倒的な権力の前には司法の権威も微弱なものでしかなかった。そうした状況のなかでの児島の示した毅然たる態度には賞賛が集まり、その後、「死刑を無理強いしようとした政府」と「法を護り司法権の独立を護った児島」という図式はなかば伝説化して、戦前に児島をもって「護法の神」とまで讃える評価を生み出した。

 大津事件を通じ神格化された児島惟謙の存在が、近代日本の法治の確立に大いに資した、との評価です。』

『1987年から1992年までの韓国在勤中に驚いたことの1つは、韓国人がしばしば「有銭無罪 無銭有罪」、つまり「裁判だってカネ次第でどうにでもなる」と言っていたことです。

「裁判官は儲かる商売」とも語られていました。裁判官におカネを払えば判決を有利に書き変えてもらえる、というのが常識だったのです。

 その頃はまだ、日本の統治下の朝鮮を生きた人が多数、存命中でした。彼らは苦い顔で、「日本から独立したら、すぐに李朝に戻ってしまいました」と説明してくれたものです。』

『――「李朝に戻った」のはなぜでしょうか。

鈴置:そこです、そこがポイントです。法治国家を作らないと国際社会で生き残れない、との覚悟が生じなかった。ここに韓国の特殊性があります。』

『韓国人が自前の近代的な国家を持ったのは1948年。朝鮮戦争の開戦が1950年ですから、東西冷戦のスタート時期と重なりました。

 西側の親分、米国とすれば韓国が自分たちの側にいるだけで十分。韓国で三権分立が機能しているかは気にも止めませんでした。そもそも弱い国が不平等条約を結ばされる時代でもなくなっていた。

 口うるさい韓国版・児島惟謙が登場する必然はなかった。政界も面倒な法治などに関心は持ちませんでした。米国の庇護の下、「まともな国か」と問われることもない甘い生存空間に安住した韓国には法治主義が育たなかったのです。

 国連や多くの国際機関から締め出されている台湾が、強制もされない国際ルールを自主的に守っているのと対照的です。1979年に米国から見捨てられた台湾は、「まともな国と見なされないと生き残れない」との緊張感を持ち続けてきたのです。

 2017年にサムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長に対する逮捕状請求が裁判所から棄却された際も「有銭無罪 無銭有罪」との批判が巻き起こりました。李在鎔氏は韓国一の富豪と見なされています。韓国人はいまだに「裁判もカネ次第」と信じているのです。』

『話をまとめます。韓国に法治が根付かなかったのは、儒教、封建時代の欠如、そして甘えが許された国際環境の3点と私は見ています。そして、法治意識に欠ける人々が外国との約束を軽んじるのはごく自然なことなのです。』

『――日本との約束を今、破り始めたのはなぜでしょうか?

鈴置:「国力が日本に追いついた」との自信からです。20世紀末まではなんやかんやで日本の助けを必要とした。でも21世紀に入って「日本なしでもやっていける」と判断した韓国人は、平気で日本との約束を破るに至ったのです。

 米国という補助線を引けば、それがはっきりします。韓国は米国との根本的な約束――軍事同盟さえ反故にし始めた。同盟解体に関しては『米韓同盟消滅』で詳述しています。

「日韓関係がおかしくなったのは、両国の関係が特殊だから」と韓国人は主張します。要は、植民地支配が原因だ、と日本に責任を転嫁する論理です。日本人の多くもそれに洗脳されています。

 でも、その理屈では米韓関係の急速な悪化を説明できません。韓国が日米ともに関係を悪くしたのは、韓国が自分の立ち位置を変更し始めたからなのです。』

『――しかし、わざわざ日本との関係を悪化させる必要もない……。

鈴置:「日本よりも上の国になった」と実感するためには約束を破ってみせる必要があるのです。韓国では「ルールを破ってこそ上の存在」と認識されています。

 だから韓国は1965年の国交正常化の際に結んだ日韓基本条約も、2015年の慰安婦合意もひっくり返しに来ているのです。

 前者は日本が植民地支配の不当性を認めなかった条約であり、後者は韓国が日本に対して優位に立てる慰安婦問題を消滅させる合意です。自分にとって面白くない条約や合意を堂々と破ってこそ、「上になった」と実感できるわけです。』

『――そこも象徴的ですね。

鈴置:その通りです。日本は不平等条約を改正するために法治国家の建設に全力を挙げた。一方、韓国は気に入らない条約や合意を破棄するために国際法や信義を堂々と破って、なけなしの法治を破壊する。発想も行動様式もまったく反対です。

 そんな韓国の実像にようやく日本人も気が付いてきた。韓国と交渉する気になれないのは当然です。何か合意に達しても、きちんと守るのは日本だけ。韓国はいとも簡単に反故にすることが分かったからです。

 この日本の空気の変化は見落とせません。韓国が執拗に攻撃を仕掛けてくる以上、無視もできない。となると、力による解決に向かうしかなくなってしまうのです。』

「思想の2つの顔」

http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/24924101.html

 ※ 「机上空間」さんのサイトからだ…。

 ※ この論に、反論できる人は、いないだろう…。

 ※ 「思想」や、「哲学」というものは、常に「二面性」を有するから、取り扱いは要注意だ…。

 ※ 『ここまでの説明で判るとおり、人というのは、多数派で判断を丸投げして、自分で考えないで済む他者というのを、常に求めている社会的な動物であるという事です。これは、ギリシャ文明の時代でも、現代でも変わりません。インターネット上で、面白半分に、何かしらの不手際をしでかした有名人を、リンチにかけて面白がっている人間(結構、いい大人も混じっているんですよ。高校生や大学生だけじゃないんです)が、必ず発生する事を見ても、テクノロジーの進歩や、歴史の積み重ねが、人間の本質を大きく変えるわけでは無い事が判ります。』というのも、卓説だ…。

 ※ 他者に判断を丸投げして、自分は「思考停止」する…。

 ※ 実は、「脳」にとっては、一番楽な「モード」なんだろう…。

 ※ しかも、「権威筋」「権力筋」が「お墨付き」を与えてくれる場合は、「喩えようもない、安心感に包まれていること」ができる…。

 ※ これほど、楽ちんなポジションがあろうか…。

 ※ そういう「脳のモード」に入っている群衆が、一旦、行動を始めたら、押しとどめることは、できやしない…。

 ※ 「権威に従え!自分勝手に、モノを考えるな!」の権威主義は、そういう「脳のモードに入れ!」という命令だと、思った方がいい…。

 ※ そして、高度にテクノロジーが発達した現代社会では、「目に見える形での強制力」よりも、むしろ、「知らず知らずのうちに働きかけられて」、じわじわと「洗脳されて行く」ことのほうが恐ろしい…。