コロナ禍の5大システムトラブル、みずほ銀行だけではない「あきれた事情」

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00148/030400162/

 ※ 「木村岳史大先生」のご託宣だ…。

 ※ 非常に、本質的なところを抉って(えぐって)いると思われ、参考になる…。

 ※ ざっと一読しただけだが、「システム・トラブル」と言っているが、実は、問題は「システム」にあるのでは無い…。

 ※ 『そろそろ読者にも「木村が選ぶ5大システムトラブル」に共通する問題の本質が見えてきているのではないかと思う。そう、組織をまたぐ制度やルール、体制の欠如、丸めて言うと「仕組み」の欠如である。では、今回のみずほ銀行の「ATMにカードを吸い込まれた客を長時間放置」事件はどうか。もちろん同じことが言える。他と違い、みずほ銀行だけで「完結」するトラブルだったが、今回のような非常事態の際に誰がどう動くかという、部門をまたぐマニュアルに「バグ」があったのだ。やはり仕組みの不備である。

 冒頭でも書いた通り、休日にシステムトラブルが発生すればATMにカードを吸い込まれた大勢の客を長時間放置してしまうリスクがあると、容易に想定できたはずだ。にもかかわらず、ただちに各支店の担当者らが出向いて対応に当たったり、即座に緊急記者会見を開いたりして、カードなどを取り戻せない客を安心させる措置をとらなかった。その結果、客にとっても、みずほ銀行にとっても、今回のトラブルで考え得る最悪の結果を招いてしまったわけだ。』…。

 ※ ということで、問題の「根源」は、「システム」を包摂する、「仕組み」にある…。

 ※ オレの考えでは、世の中というものの「構造」は、「層構造」になっている…。ちょうど、マトリョーシカ(あるいは、玉ねぎ)みたいに、上部の層は、下部の層を”くるんで”(”包摂”して)いる構造になっている…。

 ※ だから、ここでの問題は、「システム」自体に存在するだけ…、という話しじゃ無い…。

 ※ オレの用語では、システムの「上部の層」、木村さんの用語では「仕組み」に存在している…。

 ※ 前に、「指揮官」というものの「資質」を、「その局面での、プライオリティの判断を、的確に下せる人材。」という観点から、語った…。

 ※ さらに、もう一つある…。それは、「事がらの”全体の層構造”を把握していて、そういう”層構造のプライオリティ”の判断を、的確に下せる人材。」というものだ…。

 ※ 『このように5大システムトラブルの問題の根っこは、システムに潜むプログラムのバグや不具合といった技術面にあるのではない。もちろん、バグや不具合が直接のきっかけとなって重大なトラブルが起こったわけだが、「きっかけ」はあくまでもきっかけにすぎない。そうではなく問題の根っこは、そのシステムを活用するビジネスやサービス全体の仕組みがきちんと設計・実装できていない点にある。

 サービス全体のきちんとした仕組みを検討せず、とりあえずつくってみたりするものだから、役に立たないどころか余計な仕事を増やすだけのシステムが出来上がるし、バグや不具合があっても放置されて重大な結果に立ち至る。そして、システムに障害など非常事態が発生した際に、サービスへの影響を極小化してリカバリーする手順やルールが、組織に「仕組みとして実装」されていないから、被害を無駄に大きくする。』…。

 ※ 『経営者など組織のトップも大いに問題がある。東証やみずほ銀行の記者会見で示されたように、経営者はシステムトラブルに対する自らの責任を自覚するようにはなっている。ただし、それは結果責任の自覚にすぎない。システムも含めたサービス全体の仕組み、ビジネス全体の仕組みや、何かあったときに被害を極小化してリカバリーする仕組みをつくるのはトップの責任だ、と心底理解している人はまだまだ少ない。トップにその自覚がないから「勝手にやっている現場の集合体」となり重大トラブルの火種を宿すのだ。』…。

 ※ しかし、現実の「指揮官」の姿は、こういうものが「現状」だ…。

 ※ 『 2020年度の5大システムトラブルは、そのことを如実に示したと言ってよい。極言暴論の熱心な読者ならよくご存じの通り、最近の極言暴論ではこの問題をいろいろな観点から取り上げてきた。まさに日本企業(そして公的機関)は「勝手にやっている現場の集合体」であり、全社的な仕組みをつくるのが苦手だ。特に複数の企業や公的機関にまたがる仕組みづくりとなると、お手上げ状態である。これはもう「日本の組織文化の病」とでも言うしかない。

関連記事:アマゾンの正論「善意は役に立たない」を理解しない日本企業、DXで赤っ恥は確実だ
関連記事:「ビジネスの仕組み」がないダメ企業ばかりの日本、そりゃ基幹系システムも最悪だな
関連記事:日本企業は「勝手にやっている現場の集合体」、だからDXは絶望的にうまくいかない 』

 ※ ということで、話しは「システム」だけ、「指揮官の資質」だけの問題じゃ、無くなってくる…。

 ※ 「日本型の組織」の特徴…、というものにも波及してくる…。

 ※ どこまで行っても、日本型の組織は、「勝手にやっている現場の集合体」で、「それぞれの階層での最適解」だけを追求するものになっている…、という話しになる…。

 ※ 「全体の層構造」の把握・認識ができていない限り、打つ手や策の立案は、「部分解」を探るものにしかならない…。

 ※ そこへ持って来て、「他人の領域については、口を出さない。」という文化・風土が、「部分解」の横行・暴走に、拍車をかけることになる…。

 『そう言えば最近、意味不明の重大トラブルが多すぎる。2020年度の新型コロナウイルス禍のさなかに発生した5つの重大トラブルをここに並べてみよう。いわば「木村が選ぶ2020年度の5大システムトラブル」である。

・新型コロナ禍対策の10万円「特別定額給付金」でオンライン申請が大混乱
・「ドコモ口座」を使った不正出金事件がゆうちょ銀行などで相次ぎ判明
・東京証券取引所のシステム障害で株式売買が終日停止
・接触確認アプリ「COCOA」の不具合を4カ月以上も放置
・みずほ銀行のシステム障害でATMにカードを吸い込まれた客を長時間放置

 こう並べてみると、読者の皆さんも改めてそのひどさにあきれるだろう。トラブルを引き起こしたのは官庁や金融機関、通信事業者といった面々で、いずれも他の企業以上にシステムトラブルやセキュリティー関連の事件事故を避けなければいけない立場にある。しかも、単なるシステム面だけの問題ではないので罪深い。あまりに愚か過ぎて、まさに意味不明である。』

 『そう言えばTwitterで、これら5大トラブルを列挙したうえで「日本のIT劣化を実感する1年だな」と締めてツイートしたら、フォロワーの人から「劣化」というのはおかしいと指摘を受けた。劣化というからには「以前は良かった」との前提が必要だが、日本のITは以前からペケだったのでは、との指摘だ。まさにその通りである。日本の政府や企業のIT利活用の駄目さ加減が、ここに来て一気に事件事故として表面化したと言ってよい。

 新型コロナ禍の対策として急きょシステムをつくらなければいけなくなったり、システムの運用面などに新たな制約が生じたりしたのかもしれないが、それはトラブルの言い訳にはならない。むしろ、開発の丸投げや保守運用体制の不備など、これまでいいかげんなことを続けてきたからこそ、新型コロナ禍という危機的状況で一気に惨事を招いたと言える。これら5大トラブルは、まさに新型コロナ禍のさなかにあぶり出された日本の惨状のショーケースなのである。』

『官のお笑いプロジェクト(失礼!)と言ってよい2つの炎上案件から振り返ってみよう。まずは、トラブル判明からあまり時がたっていない「『COCOA』の不具合を4カ月以上も放置」事件だ。新型コロナ感染の拡大防止策として導入したのに、Android版の不具合を4カ月以上にもわたって放置していたというから、これはもうあきれ果てるしかない。しかもその不具合は、陽性登録したアプリ利用者と接触しても検知・通知されないという重大な不具合である。

 原因として、官からITベンダーへ、そして下請けへの丸投げといった保守運用体制の問題などが指摘されている。もちろん、それもあるだろうが、COCOAが「とりあえずつくってみた」アプリにすぎない点も大きい。COCOAが本来の役割を果たすには、利用を促す制度面・体制面の仕組みが不可欠なはずなのにそれがない。陽性者との接触の通知が来ても保健所などですぐに検査できない状況が長く続いたというから、ひどいものだ。その程度の存在にすぎないCOCOAの不具合が放置されても、むべなるかなである。』

『とりあえずつくってみたという点では、「10万円『特別定額給付金』でオンライン申請が大混乱」事件を引き起こしたシステムも似たようなものだ。マイナンバー制度の個人向けサイト「マイナポータル」に専用フォームを設け、マイナンバーカード保有者が給付金をオンラインで申請できるようにしたまではよかったが、実際の業務を担う各自治体のシステムが間に合わない。専用フォームでは申請者の入力ミスをチェックできないという問題もあり、自治体の現場は大混乱に陥るという、トホホな事件だった。

関連記事:コロナ対策で政府のIT活用はコントなのか、透けて見える構造問題
 普通、自治体の担当者らと綿密に打ち合わせて要件を詰めてからシステムを構築し、業務がうまく回るように人的な体制面なども整えるでしょ。それを丸っきりやらずに、システムをとりあえずつくってみて、マイナンバーカードを持つ国民に「さあ使ってください」としたものだからたまらない。国民はオンラインで「電子申請」したはずだが、その裏で自治体の職員が手作業で処理するしかない事態に追い込まれた。まさに「システムの中に人がいた」状態である。』

『官のお笑い炎上案件のほうを先に見たが、企業が引き起こしたトラブルも似たようなものだ。違いと言えば、とてもじゃないが「お笑い」では済まない結果を招いたことぐらいか。中でも最も間抜けなのは「『ドコモ口座』を使った不正出金事件がゆうちょ銀行などで相次ぎ判明」事件である。NTTドコモの電子決済サービスである「ドコモ口座」を使った不正出金事件が相次いで分かり、その多くがゆうちょ銀行の口座からの不正出金だった。

 この事件では、決済サービス事業者側が厳密に本人確認をするか、銀行側がサービス連携の際に、口座や暗証番号などによる認証ではなく2要素認証を導入するかしていれば、被害の大半は防げたはずだ。ところが両者とも自らの対策を怠り、多数の不正利用を許してしまった。「相手のサービスのセキュリティーは万全のはず」との思い込みがあったのかもしれないが、連携するサービス全体でのセキュリティーを考慮しないのは、驚くべき思考停止である。

関連記事:ドコモとゆうちょ銀での不正利用は大事件、セキュリティー無視のお粗末な理由

 何が間抜けかって、人様のお金を扱うサービスを連携して提供するにもかかわらず、各企業の担当者が(時にはオンラインで)集まって、サービス全体の課題や問題点を検討した形跡がないことだ。当然「もしも」は想定されておらず、「もしも」に備える仕組みもルールも何もなかったわけだ。実は、同じことが「東証のシステム障害で株式売買が終日停止」事件にも言えるから、頭が痛いのだ。』

『東証のシステムトラブルでは、システムの再起動が可能であったにもかかわらず、取引開始時間前に受け付けていた注文の取り扱いを巡り「大きな混乱が予想される」として、終日の売買停止を選択せざるを得なかった。その結果、多くの投資家が丸1日、株式を売買する機会を奪われる結果となった。まさに重大なトラブルだが、記者会見で東証の経営陣の受け答えがあまりに「まとも」過ぎたため、私としたことが少し感動してしまうという「不覚」をとった。

関連記事:「富士通に損害賠償請求」発言から15年、東証のシステム障害会見に不覚を取った訳

 しかし、そのお粗末さは先ほどのドコモやゆうちょ銀行らと何ら変わりはない。早い段階でシステムを再起動できる状況にあったにもかかわらず、なぜ終日にわたりシステムを止めざるを得なくなったかというと、証券会社との間で明確なルールや手順を定めていなかったからだ。証券会社など市場参加者との間では、システムを相互に接続して密接に連携しているにもかかわらず、障害発生時における再起動の手順やルールを決めていなかったというから、たまげた話である。』

後世へも影響を与えたデカルトの演繹法的思考(帰納法との違い)

『◆ デカルトの大陸合理論

一方でデカルトは、経験よりも【理性】を重んじました。

経験よりも、1つ1つの事実や原理原則を丁寧に積み上げて、合理的に結論を導き出そうとしたんです。

要するに【演繹法的なアプローチ】です。

この考えは後世の哲学にも大きな影響を与え「大陸合理論」何ても呼ばれました。

大陸合理論を要約すると

理性の絶対性を主張し,理想によって得られた明晰判明な観念のみを真理としました。

経験論が重視する感覚的経験は【人間の正しい認識を阻害する要因にすぎない】とみなす点に特徴があり、理性によって論理的に展開される数学を学問の模範にした。
って感じです。

つまり《人間の感覚や経験なんか信じられるかー!!!》っていうスタンスです。

数学的に科学的に論理を構築していくスタンスです。

結局この「大陸合理論」は哲学の大きな流派の1つとなり、スピノザやライプニッツに受け継がれていきます。

そうやって、デカルトは、人間の感覚だけでなく、ありとあらゆるモノを徹底的に疑っていく事で、真理に辿り着こうとします。 』

経験論
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E9%A8%93%E8%AB%96

フランシス・ベーコンとは?【死ぬほどわかりやすく解説】
https://uteimatsu.com/francis-bacon/

『フランシス・ベーコンはイドラを生み出した

フランシスベーコンを紹介する上で必要不可欠なのが、
「イドラ」という哲学用語です。

イドラというのは
「正しい知識をとりいれる上で障害となる思い込み」
をさしています。

フランシスベーコン は
「知識なんか生まれつき全くない、生きていく上で積み上げていくもの」
と考えていました。

これは上でも何度か言いました「経験論」という考え方です。

フランシスベーコン は
「どうすればうまく知識を積み上げれるのか?」を考え、
その上で知識の積み上げの妨げになるものを「4つのイドラ」と呼びました。

その4つがこちらです。

種族のイドラ→人間特有の思い込み
洞窟のイドラ→生きた環境による思い込み
市場のイドラ→噂による思い込み
劇場のイドラ→権威による思い込み

この4つを自分自身で認識することが、
正しい知識を得る上で大切だ、というのがフランシス・ベーコンの哲学です。

この4つのそれぞれをもっと深く知りたい方は
下の記事を読んでみるといいかもしれません。

死ぬほどわかりやすい哲学ブログ2019.12.29

イドラとは?←先入観にとらわれないために
https://uteimatsu.com/idola/
こんにちは、素人哲学者 ミルマノ(@mirumano)ですこの記事では「イドラ」という哲学用語をわかりやすく紹介したいと思います。ちなみに、このイドラを理解することができれば、固定観念や先入観にとらわれてるな〜って時に自分自身でそれに気づけるようになりま…』

『フランシス・ベーコンの名言「知は力なり」とは?

そしてもう一つ外せないのが「知は力なり」という
フランシス・ベーコンの名言です。

これは直訳すると「知識は力だよ!」っていう意味です。そのままです。
ただ実際のところ、この名言にはもっと深い解釈があります。

この名言の本当の意味は
「(観察や実験によって得た)知識こそ力だよ!!」
です。

カッコの部分が本当に重要です。
大抵の人はこの部分を知らずに
「知識が多ければ成功する」的な名言と思ってしまっています。

イドラもそうなのですが、
この名言も経験論という考え方を元にされています。

フランシスベーコン の中では
「知識というのは経験や検証、実験」を通してしか得ることができません。
逆に言えば、経験から得た知識こそが本当の知識なのです。

正しい知識が経験から得られるという経験論と、
正しい知識は理性から得られるという合理論。

この二つの思想は哲学界でも大きく議論されているジャンルになりますので、
興味がある方は調べてみてください。』

※ なんで、ベーコンの経験論が廃れた(あまり、注目されなくなった)のか、ちょっと不思議だった…。

※ この「年表」見ると、だいぶ「古い人」だったんだな…。それで、「後から生じた思想」に追い越された感じだったんだろう…。

※ しかし、「哲学」「思想」というものは、流行り廃りじゃない…。どれだけ、「根源的な問い」に答えているのかという点が、「生命線」だ…。

※ 4つのイドラとか、今現在でも、十分に通用するだろう…。

※ 科学的な「発見」「知見」の背後にも、こういう「根源的な思考・思惟」が横たわっている…。

※ そして、その科学においても、「限界」はある…。

東大教授が結論付けた「頭の良さ」の意外な正体とは

https://biz-journal.jp/2021/02/post_208990.html

 ※ 「東大教授」とか、「頭の良さ」とか、いかにもなタイトルなんで、最初は「またその手か…。ヤレヤレ…。」と思っていた…。

 ※ しかし、「意外な正体」とあるんで、ちょっと興味を引かれて、見てみた…。

商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)

膨大な情報を頭の中で、どう知性に変換すればいいのか?独学で東大教授になった著者による、情報洪水時代の今、本当に必要な頭の使い方。 –このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。

著者について
1963年生まれ。東京大学経済学部教授。中学卒業後、父親の海外転勤にともないブラジルへ。
ブラジルでは高校に行かずに独学生活を送る。大検を受け慶応義塾大学経済学部通信教育課程へ入学。
大学時代はシンガポールで通信教育を受けながら独学生活を続ける。
大学を卒業後、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。
主な著書に『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞、日本経済新聞社)、『契約と組織の経済学』(東洋経済新報社)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)など。 –このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
柳川/範之
1963年生まれ。東京大学経済学部教授。中学卒業後、父親の海外転勤にともないブラジルへ。ブラジルでは高校に行かずに独学生活を送る。大検を受け慶応義塾大学経済学部通信教育課程へ入学。大学時代はシンガポールで通信教育を受けながら独学生活を続ける。大学を卒業後、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。契約理論や金融関連の研究を行うかたわら、自身の体験をもとに、おもに若い人たちに向けて学問の面白さを伝えている。著書に『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞、日本経済新聞社)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) –このテキストは、tankobon_hardcover版に関連付けられています。

 ※ こういう「経歴」の人のようだ…。

 ※ 凡百の「物知りな人」の経歴じゃないんで、少し踏み込んで、情報収集した…。

 ※ けっこう参考になりそうなことが、載っているんで、紹介しておく…。

※ けっこう参考になりそうなんで、kindleの「サンプル本」DLして、そこからキャプチャした…。

孫子の兵法:虚実篇

孫子の兵法:虚実篇|孫子兵法家 長尾一洋
https://www.kazuhiro-nagao.com/suntzu/kyojitu.html

『夫れ兵の形は水に象る(かたどる)。水の行は高きを避けて下きに走る。兵の勝は実を避けて虚を撃つ。水は地に因りて行を制し、兵は敵に因りて勝を制す。故に、兵に常勢無く、常形無し。能く敵に因りて変化して勝を取る者、之を神と謂う。五行に常勝無く、四時に常位無く、日に短長有り、月に死生有り。』

「そもそも、軍の形は水に喩えることができる。水は高いところを避けて、低いところへと流れる。軍も敵の兵力が充実した「実」の地を避けて、手薄になっている「虚」の地を攻めることで勝利を得る。水が地形に応じて流れを決めるように、軍も敵の動きや態勢に応じて動いて勝利する。したがって、軍には一定の勢いというものもないし、常に固定の形というものもない。敵の動きに応じて柔軟に変化して勝利をもたらすことを神業(神妙)と言うのである。これは、五行(木火土金水)にも常に勝つものはなく、四季(春夏秋冬)にも常に一定のものはなく、日の長さにも長短の変化があり、月にも満ち欠けがあるようなものだ。」』

 ※ 『兵の勝は実を避けて虚を撃つ。』原典は、これだけなんだな…。

 ※ なんか、時代小説・剣豪小説読んでると、「虚々実々の駆け引き。」とか、「虚に以ってするには、虚。実に以ってするには、実。虚に対するに実、実に対するに虚、は敗れる。」とか書いてあったような記憶があるんだが…。

 ※ みんな、後世の人たちが、勝手に解したものなんだろう…。

コクヨのIoT文具「しゅくだいやる気ペン」、1万台以上売れた秘密

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2102/08/news042.html

 ※ これは、絶対見といた方がいい…、記事だと思うので、紹介しておく…。

 ※ 商品開発というものの”ツボ”とか、人(この場合は、小学生)のやる気というものの”勘どころ”なんかが、満載だ…。

 ※ 特に、「むげんの庭」の話しなんか、秀逸だ…。

破綻国家における内戦と国際的な平和活動 ~ 軍閥抗争国家における平和維持戦略 ~

博士号学位論文
破綻国家における内戦と国際的な平和活動
~ 軍閥抗争国家における平和維持戦略 ~

 ※ リビアの暫定政権は、うまくいくのか…なんて疑問で検索してたら、当たったものだ…。

 ※ 非常に参考になるようなんで、貼っておく…。

 ※ DLへのリンクとなっている…。各自、DLして、見てくれ…。

 ※ 「博士号学位論文」ともなると、流石なもんだ…。

香港紙創業者の保釈認めず 香港最高裁

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM014OX0R00C21A2000000/

『【香港=木原雄士】香港終審法院(最高裁)は9日、香港国家安全維持法違反で起訴され収監中の香港紙創業者・黎智英(ジミー・ライ)氏の保釈を認めない決定を下した。保釈を認めた高等法院(高裁)の決定を不服とする検察当局の上訴を認めた。黎氏の収監は長引く可能性がある。

黎氏は2020年12月に詐欺罪や外国勢力に中国への制裁を求めたとして起訴され、刑事施設に収監された。高裁は保釈金支払いや自宅滞在を条件にいったん保釈を認めたものの、同12月末の最高裁の決定で再び収監されていた。

黎氏の保釈をめぐっては中国共産党の機関紙、人民日報(電子版)が「反乱分子は中国本土で法律の懲罰を必ず受けるべきだ」と批判し、中国当局の介入を示唆した。香港国家安全法には起訴後の保釈を制限する規定があり、検察当局は安易な保釈を認めるべきではないと主張していた。

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音声SNSのクラブハウス、中国で利用規制か

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM08BGA0Y1A200C2000000/

 ※ 自由に、「ものが言えん。」ということは、自由に「ものが考えられん。」ということだ…。

 ※ 自由に「ものが考えられん」で、「生きてる価値」「人としての価値」は、あるのか…。

 ※ 「権威主義」とやらは、根本的に、そこのところを「省みないと」な…。

『【香港=木原雄士】米企業が運営する音声SNS(交流サイト)の「Clubhouse(クラブハウス)」が8日夜、中国本土で利用できなくなった。複数の香港メディアが報じた。ウイグルやチベットなど政治的に微妙なテーマも自由に議論できるとして話題になっていたが、中国当局が規制に乗り出した可能性がある。

クラブハウスは招待制のSNSで「room」と呼ばれるテーマごとの部屋で参加者が音声だけの会話を楽しむ仕組み。米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が参加し、中国でも急速に注目度が高まっていた。

中国当局は国内でフェイスブックやツイッターといったSNSの利用を制限し、ネット上の言論も厳しく統制している。クラブハウスは当局の監視が及ばない例外的なSNSとみられていたが、8日午後7時(日本時間午後8時)ごろから使えないという報告が相次いだ。

ロイター通信によると、規制前のクラブハウスでは、中国語の利用者が新疆ウイグル自治区の収容所や台湾の独立、香港国家安全維持法などの政治的なテーマを議論していた。

多様な観点からニュースを考える
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

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村上臣
リンクトイン日本代表
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別の視点 1ヶ月後くらいには、中国版Clubhouse(コピー版)が出てくるでしょう。これまでも検索やTwitter、Youtubeといった米国発の革新的なアプリは拡大すると規制され、当局のポリシーに沿った現地版が開発されるということを繰り返してきました。それが国内の膨大なユーザーの利用を経てブラッシュアップされ、本家を超えた利便性を持って国際版として輸出される。そのような未来もあるのかもしれません。
2021年2月9日 9:34いいね
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青山瑠妙のアバター
青山瑠妙
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 教授
コメントメニュー

ひとこと解説 音声だけで会話するクラブハウスアプリのおかげで、世界のどこからかわからないが、見知らぬ人たちが中国語で政治を熱く語っていた。朝顔の花一時のような自由であったが、中国の若者から惜しまれる声が多く聞かれている。
2021年2月9日 8:22 (2021年2月9日 8:35更新)
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小平龍四郎のアバター
小平龍四郎
日本経済新聞社 編集委員
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ひとこと解説 軍政下のミャンマーでもヤンゴンで働く方々がクラブハウスで毎晩、現地の情勢を発信しています。東南アジア各地や日本の学生がそれに耳を傾け、「明日は何が起きるのか」と警戒を強めています。クラブハウス参加者の中には「軍当局に聞かれるとまずいのであまりはっきり言えないのですが・・・」と前置きをした上で発言する方もいらっしゃいます。
逆に言えば、それだけ生々しい現実や鋭い批判が飛び交っているということ。中国の規制は、音声SNSの力やパワーを認めたことにもなります。アンドロイド版も出たら、所得の低い発展途上国でも利用者が広がるのではないでしょうか。
2021年2月9日 8:35いいね
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古代ミイラに「黄金の舌」 エジプト、死後の弁明に

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG030AV0T00C21A2000000/

 ※ 「最後の審判」的な”信仰”が、あったものと見受けられるな…。

 ※ こういう「死後に、”神”の裁きを受ける」的な「信仰の文化」は、いつ頃から、世界的にはどこら辺に「分布」していたものなんだろうな…。

『【カイロ=共同】エジプト観光・考古省は3日までに、北部アレクサンドリアの神殿から発掘された古代ミイラの口から「黄金の舌」が見つかったと発表した。英BBC放送によると、約2千年前と推定。金箔でつくられ、死後の世界で神を前に、生前の行為を弁明できるように願いが込められたとみられている。

古代エジプトでは、死者はオシリス神の法廷にかけられ、弁明を求められるとの信仰があったとされる。周辺からは古代エジプト・プトレマイオス朝最後の女王、クレオパトラを描いたコインも見つかっている。

ミイラはエジプトとドミニカ共和国の合同調査隊が発見した。複数見つかったミイラの保存状態は良くなかったが、黄金の舌付近は比較的はっきりと残っていた。

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最後の審判
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E5%AF%A9%E5%88%A4

アブラハムの宗教
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99

※ 上記で、「大韓民国」が、薄いパープルに塗られているのは、「世界的」には、「キリスト教国」に分類されているからだろう…。

※ 実際、「ある統計」では、韓国で、「自分はキリスト教徒だ。」と思っている人の割合は、「四分の一くらいだ」、という文献を、見たことがある…。

インド発祥の宗教
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E7%99%BA%E7%A5%A5%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99

東アジアの宗教
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99

宋明理学(そうみんりがく)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%8B%E6%98%8E%E7%90%86%E5%AD%A6

韓国人はなぜ、平気で約束を破るのか 法治が根付かない3つの理由

 ※ これは、白眉だ…。

 ※ 永いこと疑問だったことが、氷解し、腑に落ちた…。

 ※ 式目(律令と、日本の慣習の違いを埋める細則)が、コモンロー(ローマ法とゲルマンの慣習の違いを、埋める細則)に当たる…、との指摘も卓見だ…。

 ※ 英米法系(ゲルマンの慣習を残し、継承する)と、大陸法系(ゲルマンの慣習の断ち切り)の差異も、想起される話しだ…。

 ※ 非西欧諸国は、「ヨーロッパ近代」というものと相克した…。

 ※ 「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず。」で、どの非西欧国家も、「西欧人の頭の中」「思考方法」「背景となっている思想」を、解読することを迫られた…。

 ※ その必死さ、真剣さ、それを探り出さなければ、国が潰れてしまう…、との危機意識の差異が、「自分を変えていくこと」の強弱を導いた、ということだろう…。

 ※ 結局、ヒトは、「自分の”脳”が、一番楽な思考方法」に還って行く…、ということなんだろう…。

※ しかも、韓国は、バイデン大統領登場のおかげで、ますます窮地に追い込まれるような気配だ…。
( かつて韓国の嘘を暴いたバイデン 「恐中病と不実」を思い出すか https://www.dailyshincho.jp/article/2020/11031701/?all=1&page=3

※ なにしろ、2015年12月25日の日韓慰安婦合意の「保証人」を務めたのが、他ならぬ、当時の「バイデン副大統領」だったということだからな…。
 
『興味深いのが、これらの政権批判が「もう日本を騙せないのに騙そうとしている」との戦術論に終始し、「国と国との約束を破った」という問題の本質に踏み込んでいないことです。ここに韓国の危うさがあります。

 国と国との約束を平気で破る――。こうした行動がどれだけ韓国の信用を傷つけたか、韓国人はまるで理解していない。日本からもう、まともな国として相手にされなくなったことが、まだ分かっていないのです。』

『――それにしてもなぜ、韓国人は平気で約束を破るのでしょうか。

鈴置:「いまだに儒教を社会の規範としているから」との説明が定説かと思います。不完全な人間を教えさとして「徳」ある人を作れば、社会も国もまともになる、というのが儒教の基本的な考え方です。

 法律で人の行動を規制し安定した社会を作るという法治の発想とは根っこで相いれないところがある。儒教国家にも法律はありますが、最終的な規範にはなりません。』

『京都府立大学の岡本隆司教授は以下のように喝破しています。『米韓同盟消滅』第4章第1節「儒教社会に先祖返り」から引用します。

・ちゃんとした人の間では、守るべきマナーがある。これを「礼」と言い、ある種の強制力がある。ただ、建前としては自ら律するものであって「法」のように外からがんじがらめに縛りあげるものではない。
・徳治に長らく馴染んだ人々には、法律によって国を治める――法治主義は、とても窮屈に感じられるだろう。法は柔軟性がなく、人々を細かく縛るからだ。

 儒教社会で生きてきた韓国人には法治――決まり事を守ることが苦手です。韓国も西欧型の法制度を導入はしましたが、身に付いてはいないのです。』

『――皆で決めたことを守らないと困るでしょう。

鈴置:それは日本人の発想です。法律は皆で決めたものとの認識があっての話です。外交評論家、岡崎久彦氏の『陸奥宗光とその時代』(PHP文庫)の217-218ページに鎌倉幕府の定めた法律――式目に関する鋭い指摘があります。

・式目は、唐から輸入された律令が京都以外の地域の実体とかけ離れてしまったために武家の慣習法を基礎として作られたもので、西欧におけるローマ法に対するコモン・ローの関係に似ている。
・裁判は十三人の評定衆で行ったが、成員は神社の神々に誓いをたてて、裁判に際しては厳正な態度をつらぬき、決して私的感情におぼれず、権力者をおそれず、また、一たん決定された判決に対しては、小数意見の者も共同責任を取るという起請文を書いたという。
・日本の裁判が伝統的に公正であり、とくに明治憲法、戦後憲法を通じて、裁判に腐敗がない伝統はここに求めることもできよう。』

『日本の法律の源流には武士――武装農民が仲間内のルールを成文化した式目があった。これを守らなければ困るだけではなしに、仲間外れにされてしまう。

 一方、朝鮮半島には封建時代がありませんでしたから、式目に相当する「自分たちが定めた決まり事」がない。中央集権型政権が中国から導入した律令――上が定めた法律の下、韓国人は生きてきたのです。

 韓国の知識人が時に「法を守ったり、判決に服する必要はない」と平然と語るのも、「法は自分たちが定めた」との意識が薄いからでしょう。

 与党の代表で次期大統領の有力候補が、裁判所の下した判決を公然と非難し、それが一切、問題にならないのもそのためです(「ヒトラーの後を追う文在寅 流行の『選挙を経た独裁』の典型に」参照)。』

『――国内でそうだから、外国に対しても決まり事を守らない……。

鈴置:明治維新前夜に日本の知識人が必死で国際法を勉強したのは、西欧に仲間入りさせてもらうには世界ルールの摂取が必須と考えたからです。

 幕府軍の榎本武揚が箱館戦争で死を覚悟した時、フランス人の著した『万国海律全書』を官軍の黒田清隆に託したのも、日本に1冊しかない海洋法に関する専門書が失われれば国益を損ねるとの思いからでした。』

『「国際的なルールを守らねば世界で生きていけない」との覚悟は普通の日本人にも広がっていました。大津事件(1891年)でそれが顔をのぞかせます。日本人なら誰もが学校で習う、訪日中のロシアの皇太子を滋賀県の巡査が刀で切りつけ負傷させた事件です。

 日露戦争前の日本政府は大国ロシアを恐れていました。犯人を死刑に処したかったのですが、負傷しただけでは死刑にできない。そこで日本の皇族への罪刑を適用しようとしたものの、大審院長――今で言えば最高裁長官、児島惟謙の反対で無期懲役に留まった。

 児島惟謙の主張は「法律を厳密に適用しなければ西欧から軽んじられる」という点にありました。』

『『大津事件日誌』(東洋文庫)には当時、児島惟謙が松方正義総理大臣と山田顕義司法大臣に宛てた「意見書」が収録されています。61ページから引用します。一部の漢字はひらがなに直しています。

児島惟謙のDNA
・顧みれば、我国一たび外交の道を誤りしより、其の害三十年の今日に延及し、不正不当の条約は猶未だ改正し能(あた)わざるに非ずや。且つ各国の我に対する、常に我が法律の完全ならず、我が法官のたのむに足らざるを口実とす。
・然るに、我自ら進んで、正法の依拠足らざるを表示し、たやすく法律を曲ぐるの端を開かば、忽ち国家の威信を失墜し、時運の推移は国勢の衰耗を来たし、締盟列国は、益々軽蔑侮慢の念を増長して、動(やや)もすれば非理不法の要求を為さざるを保せず。

 明治時代の日本人は徳川幕府の結んだ領事裁判権など不平等条約を国の恥と考え、一刻も早く改正したいと願っていた。児島惟謙は法律を曲げれば列強に軽んじられ、不当不正の条約の改正など夢物語だぞ、と訴えたのです。』

『日本政治史が専門の楠精一郎氏は『児島惟謙(こじま これかた)』(中公新書)で、以下のように書きました。4ページから引用します。

・当時の藩閥政府の圧倒的な権力の前には司法の権威も微弱なものでしかなかった。そうした状況のなかでの児島の示した毅然たる態度には賞賛が集まり、その後、「死刑を無理強いしようとした政府」と「法を護り司法権の独立を護った児島」という図式はなかば伝説化して、戦前に児島をもって「護法の神」とまで讃える評価を生み出した。

 大津事件を通じ神格化された児島惟謙の存在が、近代日本の法治の確立に大いに資した、との評価です。』

『1987年から1992年までの韓国在勤中に驚いたことの1つは、韓国人がしばしば「有銭無罪 無銭有罪」、つまり「裁判だってカネ次第でどうにでもなる」と言っていたことです。

「裁判官は儲かる商売」とも語られていました。裁判官におカネを払えば判決を有利に書き変えてもらえる、というのが常識だったのです。

 その頃はまだ、日本の統治下の朝鮮を生きた人が多数、存命中でした。彼らは苦い顔で、「日本から独立したら、すぐに李朝に戻ってしまいました」と説明してくれたものです。』

『――「李朝に戻った」のはなぜでしょうか。

鈴置:そこです、そこがポイントです。法治国家を作らないと国際社会で生き残れない、との覚悟が生じなかった。ここに韓国の特殊性があります。』

『韓国人が自前の近代的な国家を持ったのは1948年。朝鮮戦争の開戦が1950年ですから、東西冷戦のスタート時期と重なりました。

 西側の親分、米国とすれば韓国が自分たちの側にいるだけで十分。韓国で三権分立が機能しているかは気にも止めませんでした。そもそも弱い国が不平等条約を結ばされる時代でもなくなっていた。

 口うるさい韓国版・児島惟謙が登場する必然はなかった。政界も面倒な法治などに関心は持ちませんでした。米国の庇護の下、「まともな国か」と問われることもない甘い生存空間に安住した韓国には法治主義が育たなかったのです。

 国連や多くの国際機関から締め出されている台湾が、強制もされない国際ルールを自主的に守っているのと対照的です。1979年に米国から見捨てられた台湾は、「まともな国と見なされないと生き残れない」との緊張感を持ち続けてきたのです。

 2017年にサムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長に対する逮捕状請求が裁判所から棄却された際も「有銭無罪 無銭有罪」との批判が巻き起こりました。李在鎔氏は韓国一の富豪と見なされています。韓国人はいまだに「裁判もカネ次第」と信じているのです。』

『話をまとめます。韓国に法治が根付かなかったのは、儒教、封建時代の欠如、そして甘えが許された国際環境の3点と私は見ています。そして、法治意識に欠ける人々が外国との約束を軽んじるのはごく自然なことなのです。』

『――日本との約束を今、破り始めたのはなぜでしょうか?

鈴置:「国力が日本に追いついた」との自信からです。20世紀末まではなんやかんやで日本の助けを必要とした。でも21世紀に入って「日本なしでもやっていける」と判断した韓国人は、平気で日本との約束を破るに至ったのです。

 米国という補助線を引けば、それがはっきりします。韓国は米国との根本的な約束――軍事同盟さえ反故にし始めた。同盟解体に関しては『米韓同盟消滅』で詳述しています。

「日韓関係がおかしくなったのは、両国の関係が特殊だから」と韓国人は主張します。要は、植民地支配が原因だ、と日本に責任を転嫁する論理です。日本人の多くもそれに洗脳されています。

 でも、その理屈では米韓関係の急速な悪化を説明できません。韓国が日米ともに関係を悪くしたのは、韓国が自分の立ち位置を変更し始めたからなのです。』

『――しかし、わざわざ日本との関係を悪化させる必要もない……。

鈴置:「日本よりも上の国になった」と実感するためには約束を破ってみせる必要があるのです。韓国では「ルールを破ってこそ上の存在」と認識されています。

 だから韓国は1965年の国交正常化の際に結んだ日韓基本条約も、2015年の慰安婦合意もひっくり返しに来ているのです。

 前者は日本が植民地支配の不当性を認めなかった条約であり、後者は韓国が日本に対して優位に立てる慰安婦問題を消滅させる合意です。自分にとって面白くない条約や合意を堂々と破ってこそ、「上になった」と実感できるわけです。』

『――そこも象徴的ですね。

鈴置:その通りです。日本は不平等条約を改正するために法治国家の建設に全力を挙げた。一方、韓国は気に入らない条約や合意を破棄するために国際法や信義を堂々と破って、なけなしの法治を破壊する。発想も行動様式もまったく反対です。

 そんな韓国の実像にようやく日本人も気が付いてきた。韓国と交渉する気になれないのは当然です。何か合意に達しても、きちんと守るのは日本だけ。韓国はいとも簡単に反故にすることが分かったからです。

 この日本の空気の変化は見落とせません。韓国が執拗に攻撃を仕掛けてくる以上、無視もできない。となると、力による解決に向かうしかなくなってしまうのです。』

「思想の2つの顔」

http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/24924101.html

 ※ 「机上空間」さんのサイトからだ…。

 ※ この論に、反論できる人は、いないだろう…。

 ※ 「思想」や、「哲学」というものは、常に「二面性」を有するから、取り扱いは要注意だ…。

 ※ 『ここまでの説明で判るとおり、人というのは、多数派で判断を丸投げして、自分で考えないで済む他者というのを、常に求めている社会的な動物であるという事です。これは、ギリシャ文明の時代でも、現代でも変わりません。インターネット上で、面白半分に、何かしらの不手際をしでかした有名人を、リンチにかけて面白がっている人間(結構、いい大人も混じっているんですよ。高校生や大学生だけじゃないんです)が、必ず発生する事を見ても、テクノロジーの進歩や、歴史の積み重ねが、人間の本質を大きく変えるわけでは無い事が判ります。』というのも、卓説だ…。

 ※ 他者に判断を丸投げして、自分は「思考停止」する…。

 ※ 実は、「脳」にとっては、一番楽な「モード」なんだろう…。

 ※ しかも、「権威筋」「権力筋」が「お墨付き」を与えてくれる場合は、「喩えようもない、安心感に包まれていること」ができる…。

 ※ これほど、楽ちんなポジションがあろうか…。

 ※ そういう「脳のモード」に入っている群衆が、一旦、行動を始めたら、押しとどめることは、できやしない…。

 ※ 「権威に従え!自分勝手に、モノを考えるな!」の権威主義は、そういう「脳のモードに入れ!」という命令だと、思った方がいい…。

 ※ そして、高度にテクノロジーが発達した現代社会では、「目に見える形での強制力」よりも、むしろ、「知らず知らずのうちに働きかけられて」、じわじわと「洗脳されて行く」ことのほうが恐ろしい…。

‘「クィーンズ・ギャンビット」再び’

http://blog.livedoor.jp/goldentail/

※ 「机上空間」さんが、再度「クィーンズ・ギャンビット」について、書いておられる…。

※ 今度は、内容に踏み込んでの、「感想」のようだ…。

※ 前にも言ったが、そっち方面はからっきし…、ではある者である…。

※ それでも、そういう「感想」を持たれた氏の、「人間としてのヒダヒダ」は、十分に感じ取れる…。

※ 却って「抜き出し」は、そういう「香り」を損ねる嫌いがあると考えるので、引用は二節だけにとどめておく…。

※ 『数々の名シーンで構成される「クィーンズ・ギャンビット」ですが、私が一番印象に残っているのは、初対戦の前に、偶然、ベスがボルコフ一行とエレベーターに乗り合わせるシーンです。ボルコフ達は、ベスに気がついていますが、ロシア語が判らないと思って、ズケズケと言いたい放題を言います。ベスは、ソ連の優れたチェスの研究書を読む為に、ロシア語をマスターしていたので、会話が理解できました。寡黙に周りの話を聞いていたボルコフですが、最後に「彼女も我々と同じだ。これ以外に生きる術が無い」と呟いて、エレベーターを降ります。

ボルコフらのチェスプレイヤーには、監視として常にKGBの人間が付きまとっていて、国の面子の為にチェスをやらされている不自由さから、自立する為にチェスで勝ち続けるしかないベスに、同類の匂いを嗅ぎ取っていたのでしょう。いいシーンです。』

 ※ 『勝負がついた後、ベスは空港へ向かう車から「少し歩きたい」と申し出て降りるのですが、公園で楽しみの為に屋外で辻チェスをする現役を引退した老人達のいる場所に向かいます。この時のファッションは、完全に白のクィーンを彷彿とさせる出で立ちです。栄光や自己実現や面子の為ではなく、楽しみの為にチェスを指す老人の群れの中で、「ぜひお手合わせを」と試合を始めるところで、ドラマは終わります。』

デカルト・哲学早わかり

https://www.philosophyguides.org/fastphilosophy/descartes/

 ※「人工知能と閃き」の問題を、ちょっと深掘りしてたら、「デカルトの懐疑論」「フッサールの現象学」なんてものに当たった…。

 ※「デカルトの懐疑論」、ごく常識的なところは、知っているつもりだったが、その「意義付け」みたいなところは、知らんかった…。

 ※ そこを解説しているサイトを、見つけたんで、紹介しておく…。

 ※ ただ、いつも言ってることだが、この手の「形而上学」は、「深入りしないこと」が吉だ…。ご用心、ご用心…。

〔兵頭二十八氏のサイトからの情報〕

 『Derek Thompson 記者による記事「How Big Tech Impeached Donald Trump」。
    フェイスブック、スナップチャット、ツイッターは大統領のSNSアカウントをブロックした。
 アップル社、グーグル、アマゾン社は、SNSアプリのパーラーをホストしていたが、それを停止。
  ※グーグルはアマゾンの傘下企業だろ?

 レディットは、r/DonaldTrump のサブレディットをbanした。
 トウィッチは、トランプのストリーミング・チャンネルを不可能にした。
 ショピファイはトランプのアフィリエイト・ストアーを終了させた。
 ユーチューブは、大統領選挙の結果に疑問をなげかける動画を投稿したすべてのチャンネルを削除するとアナウンスした。
 ティクトクとピンタレストは、「#stormthecapitol」「#StoptheSteal」等のハッシュタグがついた投稿を削除しつつあり。

 化学企業のダウ社は、大統領選挙の結果に文句をつけている人への寄付・醵金はしないと声明。

 トランプ支持者たちはフォックスニュースの中で、これは1938年のナチのクリスタルナハトと比べられるものだと主張。

 ※複数の有力プラットフォームを1社で兼営し、さらに巨大サーバーまで抱える業態は、どう考えても独占禁止法の趣旨に合致していないように思う。いままで何故誰もこれを指摘しなかったのだろう?』

〔「あつ森」と「ヒトの脳」の働き〕

 ※ 注目した部分を、抜き出した…。

 ※ こういう記事を読んで、考えることは、「ヒトの脳」というものの働きだ…。

 ※ ある種の「情報処理器官」と、とらえることができると思う…。

 ※ 基本は、「刺激と反応」ということなんだろうが、「あらゆる刺激」に反応するのではなく、「一定の法則」に従って、「取捨選択」しているものなんだろう…。

 ※ 刺激→集約→【情報処理システム】→反応…、といった感じのものになっているんだろう…。

 ※ そして、最後にアウトプットされる「反応」には、「快」「不快」とか、「喜び」「悲しみ」「怒り」といった、「感情」も含まれるんだろう…。

 ※ 逆に言うと、「ある種の反応」を引き起こすためには、「どういう刺激」を与えたらよいのか…、ということも探ることが可能となる…。

 ※ この観点から、「個人」と「社会」「国家」というものの構造を考えてみる…。

 ※ 「個人の脳」→「その集合体である社会」→「さらなる集合体である国家」…、といったような構造になる…。

 ※ 逆に言うと、「社会」「国家」を操るためには、「個々人の脳」を操ればよい…、「個々人の脳」を操って、望みの「反応」を引き出せばよい…、という話しになる…。

 ※ この「刺激と反応」は、一昔前までは、「人間」がじっくり「観察」し、「洞察」する…といった「定性的な方法」しか採れなかった…。

 ※ しかし、「デジタル化」「見える化」が発達したんで、「定量的な方法」で、把握することが可能となった…。

 ※ さらには、AIを導入して、「ビッグデータ」を処理させる…、ということも可能となった…。

 ※ そうなって来ると、その「知見」に基づいて、「権力を握っている側」が、思いのままに「国民」個々人の「脳」を操って、望みの「反応」を引き出して行く…、といった「剣呑な未来社会」が待っている…ということにもなる…。

 ※ 別に「権力を握っている側」「政権を握っている側」、に限った話しじゃない…。

 ※ SNSは、ヒトの「承認欲求」を巧みに操って、「依存性」を高めるように「設計」されているという話しは、有名だ…。

 ※ プラットフォーマーは、そうやって「巨大企業」となった…。

 ※それで、「国家権力側」が危機感を抱いて、その間で「争闘」が展開されている光景を、オレらは、今、目の当たりにしている…。

『あつ森はシリーズではじめてHD画質を導入し、大幅に情報量が増えた。飛んでいる生き物、川には魚の影、実っている果実など様々な「遊びのきっかけ」を大量に埋め込み、ユーザーが気付けるようにした。一方で画面に登場する「遊びのきっかけ」は、プレーヤーを邪魔しすぎないように、かつちゃんと気分を盛り上げるように慎重に情報量をコントロールしている。』

『ユーザーが想像する余地を残す考え方はBGMや効果音(SE)の設計も共通する。

あつ森ではシリーズで初めて生楽器によるBGMを導入し、音色はリアルになっている。その分ピアノやベース、バスドラムの音などを意図的に抜いて情報量を下げる調整を慎重に行った。』

『SEとの関係にも気を使っている。例えばBGMは常にプレーヤー周辺で鳴り、手前にあるたき火の音はプレーヤーの前に、画面奥の滝の落ちる音が後ろから聞こえる。「聞こえるべき音が耳に入るように、音の空間を整理して没入感を妨げないように気を使った」とサウンドデザイナーの同社企画制作部、藤川浩光さんは説明する。』

『ゲーム全体のディレクターを務めた同社企画制作部の京極あやさんは「(あつ森は)新しい世代の『どうぶつの森』を目指した」と話す。

もともと「インターネットを使わないオンラインゲーム」だったどうぶつの森シリーズに、「ともだちの島」に遊びに行ける機能などネットを活用した遊び方を本格的に導入した。このため導入部で徐々に世界観や遊び方に慣れていくような構成を意図的に整え、初心者に遊び方を紹介する仕組みをさりげなく組み込んだ。

その1つが「たぬきマイレージ」。マイレージをためるという身近な行為を通じて、どうぶつの森の遊び方や遊びのきっかけをプレーヤーに紹介する狙いがある。』

『増えた要素は見つけられるように、でも目立ち過ぎないように配置する――。「なんでもできる」「なんにもしなくていい」というあつ森のゆるい世界観は、開発者チームの慎重な作業の積み重ねで作られている。世界的な大ヒットは「丁寧な仕事」の土台に、新規ユーザーを取り込む仕掛けを組み込んで得られた必然の成果と言えそうだ。

(日経クロステック副編集長)

[日経MJ2020年10月8日付]』

ドラマ 「クィーンズ・ギャンビット」 : 机上空間

http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/24817154.html

※ 久々で、「机上空間」さんのサイトから紹介する…。

※ 米国大統領選の「混乱」を見て、「民主主義」というものの将来に、深い失望を覚えられたようで、暫くお休みなさっていたようだった…。

※ しかし、最近、また活動を再開されたようだ…。

※ オレ自身は、「将棋」や「チェス」や「囲碁」と言ったものには、全く疎く、そっち方面は、からっきしだ…。

※ しかし、「人生」というものや、「人間性の本質」といったものに触れている、含蓄深い話しが語られていると思うので、一部を紹介する…。

 『女性を主人公にする事で、ドラマとしては、さらに深みを増す演出になっています。というのは、チェス大会は、当時としては珍しく実力だけで勝負がかけられる世界で、ローカルな地方の大会は別にして、メジャーな大会では男子の部・女子の部という区分けがありません。年齢の制限も無くなるので、少年対老人といった対戦も普通に起きます。レーティングという戦果を表す数字が、評価の全てなので、その他の要素は考慮の外なのです。』

『それゆえ、チェスに魅了された選手というのは、敗北感で心理的に打ちのめされる事が多く、心を病む人が絶えないんですね。物凄くIQが高く、思考力においては優れている人々なのですが、容赦の無い勝負の世界での挫折感で、アルコール中毒や、家庭崩壊で廃人になる率が高い世界です。それでも、まるでパチンコ中毒のように、チェスを止められないのです。その上、男女差が無いとは言え、当時、趣味以上に没頭する女性プレイヤーは皆無の状態で、完全な男性社会です。それゆえ、ドラマの設定としては盛り上がるわけですね。』

『題名になっている「クイーンズ・ギャンビット」ですが、ギャンビットというのは、ポーンを敢えて犠牲にする事で、駒の展開や陣形を優位に整えるオープニング全般を指す言葉です。ポーンはチェスにおいて、「兵卒」と訳される自陣から見て2列目に8個並ぶ、前進しかできず、斜め前の駒しか取れない駒の事です。犠牲にするポーンをどれにするかで名前が付いていて、クィーンの駒の前にある白のポーン(チェスでは先手が白と決まっています)を、2マス進めてd4という盤面の位置へ動かす事から始まる展開を、クィーンズ・ギャンビットと言います。

ポーン(特徴の無い平凡な駒)を犠牲にして、クィーン(オールマイティーに前後斜め全ての方向へ動ける駒)を活かすクィーンズ・ギンビットは、このドラマで最初期の導師的立ち位置の用務員の老人から少女のヒロインに向けられる「才能は犠牲を要求する。お前の中には大きな怒りがある」という言葉と呼応しています。チェス以外に興味を示さなくなったヒロインは、実力で活路を切り開くのと引き換えに、一般的な生活や魂の平穏、幸福からどんどんと遠ざかっていきます。』

『ちなみに、フィッシャーの要求した賞金の100万ドルですが、金銭欲からではなく、敬意を表すのに、フィッシャーが賞金の金額以外の手段を知らなかった為と言われています。それくらい、浮世離れした生活をしていたわけです。後に、この出来事が縁で知り合ったツィタにフィッシャーは求婚しているのですが、これは断られています。ツィタによると「チェスの世界を極めるということは、他の全てを諦める事と同義なのを、フィッシャーを見ていて感じた。自分には無理である事を思い知った」と語っています。』

『クィーンズ・ギャンビットの題名は、このチェスの神様と言われた人物が生きた人生が語る「突出した才能は大いなる犠牲を伴う」を暗示しています。ドラマ中盤での栄光と反比例するヒロインの生活の荒れっぷりは、まさにフィッシャーの伝聞される人生を投影しているかのようです。』

「リンダ問題」を解く 脳といのちに挑む量子生命科学

「リンダ問題」を解く 脳といのちに挑む量子生命科学
科学記者の目 編集委員 滝順一
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH220OV0S0A221C2000000

『渡り鳥は微小な地磁気を検知して何千キロも飛ぶといわれる。人の体内で働く酵素は目的の化学物質やたんぱく質などを素早く、正確に見つけ化学反応を促す。生物が備える精妙な機能には、原子や分子より小さなスケールの「量子の世界」の現象が関わっているとの見方がある。量子科学技術研究開発機構(QST)の研究グループは、量子力学と生命現象の関わりを調べる科学の新領域「量子生命科学」の開拓に取り組んでいる。

原子より…

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 ※ リンダ問題、知らんかった…。

 ※ 量子論、行動学や心理学の領域にまで、影響を与えているんだな…。

リンダ問題|連言錯誤
http://uronchan.com/archives/649

合接の誤謬
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E6%8E%A5%E3%81%AE%E8%AA%A4%E8%AC%AC

【リンダ問題】事実は直感に反する?特殊な条件が正しいと思えてしまう錯覚
https://w-masukake.com/1251/

 ※ ここのサイト、「丸めがねの森」というサイトのようだ…。日常のさまざまな「認知バイアス」について、行動心理学的な立場から考察してみる…、というサイトらしい…。

 ※ 非常に参考になるようなんで、紹介しておく…。

 ※ 画像は、このサイトからキャプチャした…。

https://w-masukake.com/

鎌倉から南北朝へ 「志」めぐる人間模様

鎌倉から南北朝へ 「志」めぐる人間模様
第12回日経小説大賞、天津佳之氏「利生の人」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFG050TB0V01C20A2000000

『第12回日経小説大賞(日本経済新聞社・日経BP共催)の最終選考会が行われ、天津佳之氏の「利生の人 尊氏と正成」が受賞作に決まった。鎌倉時代から南北朝時代へ移る激動期を舞台に、後醍醐天皇、帝に味方する楠木正成、北朝側に転じた足利尊氏の人間模様を描く。彼らが共有した志を、仏や菩薩(ぼさつ)が人々に利益を与えることを意味する「利生」という言葉でとらえた意欲作だ。

400字詰め原稿用紙で300枚から400枚程度の長編を対象とする第12回日経小説大賞には257編の応募があった。歴史・時代小説、経済小説、ミステリーなどジャンルは多岐にわたり、応募者は50~70代で全体の7割を占めた。

第1次選考を通過した20編から最終候補となったのは5編。受賞作「利生の人 尊氏と正成」のほか、江戸時代の茶人・小堀遠州の公金横領事件を明治時代の数寄者が推理する天野行人氏「在中庵(あん) 遠州添状(そえじょう)」、18歳で娘を産んで4年になる女性と付き合う男性を主人公とする江波年紀氏「他人の子供」、安楽死が合法化された2070年の日本を描いた森堂はっか氏「デストピア・ジャパン」、バブル期の証券マンの生活をつづった放生充氏「胸叩(たた)き」が候補に挙がった。

最終選考は4日、東京都内で辻原登、髙樹のぶ子、伊集院静の選考委員3氏がそろって行われた。5作品の内容や完成度について議論を重ねた結果、「利生の人」と「他人の子供」に絞られた。

「他人の子供」に関しては「終着させづらい物語を、ラストに手紙をうまく用いて読者を納得させている」点などが評価された一方、文章面での課題も指摘された。代わって「利生の人」が浮上。「史実の重みが物語に生かされている」「一騎打ちの場面の描き方がうまい」といった声があがった。

〈あらすじ〉
時は鎌倉末期。討幕の陰謀が発覚したことで後醍醐天皇は一時隠岐に流されるが、北条得宗の悪政への不満から、治世の主体を幕府から朝廷に取り返すという近臣たちの討幕運動は各地の勢力と結びつき、やがて幕府内にも広がる。幕府の重職にあった足利高氏(尊氏)が、帝方の楠木正成に呼応するように寝返ったことで、ついに鎌倉幕府は滅亡。後醍醐帝が京に戻り、建武の新政がはじまるなか、帝と正成と高氏は同じ「利生」の志を持った禅宗の同門であることがわかる。「民がおのおのの本分を為し、生きる甲斐のある世にする」。しかし、私利私欲がうごめく政治の腐敗は、治世者が代われど止めようがなく、尊氏と正成の運命は引き裂かれていく。
いつも確かな理想があった──天津佳之氏

あまつ・よしゆき 1979年静岡県伊東市出身、大正大学文学部卒業。書店員、編集プロダクションのライターを経て、現在は業界新聞記者。大阪府茨木市在住。
15歳の高校受験真っただ中、勉強するふりをして物語らしきものをつづり出したのが、そもそもの始まりでした。以来25年余り。気が付けば文章を書くことが生業となり、そして今、小説ということにようやく手が届いた感慨をかみ締めています。

「書かなければならない、と思うことを書きなさい」。ある人が私にくれた言葉です。書かなければならない、今の時代が必要とすることは何か。時代を知るには、その前の時代を、貫く流れを知らなければ。そう考えることが、私を歴史に導きました。そこには、この国に連綿と受け継がれてきた哲学や美学、そして先人たちの生き様がありました。もちろん、上手(うま)くいったことも、いかなかったこともあります。ただ、いつの時代も確かな理想があった。それを伝えなければという思いが、私の原点です。

鎌倉末期から南北朝期は、とかく恣意的な評価を受けてきた時代ですが、近年になり自由に論じることができる空気が醸成されてきたように思います。令和という新しい時代にあって、改めてこの時代を描くことは何がしかの意味があるのではないか。そう思い資料に当たってみると、そこには、敵味方を超えて理想を追い求めた、気持ちの良い男たちの姿がありました。どうか、それが読者の皆様に伝わればと念じて已(や)みません。

最後に、これまで支えてくれた家族と友人たちに、選考委員の先生方、関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。

辻原登氏 テーマを充全に展開

辻原登氏 

「利生の人 尊氏と正成」。〝利生〟とは衆生に神仏の利益をもたらすこと、という意味だそうだが、尊氏と正成はまさにその体現者たらんと戦った歴史上の人物らしい。テーマをタイトルとして掲げるところに作柄のまっすぐさがあり、中身もそれに充全に応えた。

「胸叩き」は、主人公のトリックスター的ずっこけぶりが面白い。作者はさらに過激にこの方向で、もうひと踏んばりを。

「他人の子供」。最初推すつもりで臨んだが、途中で変心した。エピソードにフィードバックが多過ぎて流れを滞らせる点と、筆法の品性のなさが読み手を遠ざけるかもしれない。

「在中庵 遠州添状」。遠州一代記は大変よく出来(でき)ているが、探偵物語は恐らく不要。

「デストピア・ジャパン」。私は最後に、安楽死を巡るこの近未来小説を推した。ノエルという若い主人公の女性が、肉のずだ袋を引きずって、精神が死んでいく世界を、孤独なまま横切って行く姿に強い印象を受けた。力があるから、小説の構造をもっと複雑に作った方がいい。訳が分からなくなるくらいに。

髙樹のぶ子氏 完成度の高さと安定感

高樋のぶ子氏 

「利生の人 尊氏と正成」は、以前の候補作「梅花、未(いま)だ咲かず」で菅原道真の生涯を書いた人らしく、今作も丁寧で詳しく、完成度と安定感により受賞作に推した。鎌倉幕府の重鎮であった尊氏が討幕を目指し、後醍醐天皇の新政を目指す正成へ、男として親愛の情を覚えるという傾斜が面白い。そして最後に正成を自害に追い込む運命は、戦乱のドラマとして重い感動をもたらす。今後は史料からもう少し離れて、人間ドラマを創り上げる方向を試して欲しい。

「胸叩き」も二度目の候補だったが、バブル期の証券会社の内部告発は面白かったものの、後半はサスペンスアクションのドラマのようで文章も少々荒い。会社に翻弄された男の怒りは伝わってくるが、哀(かな)しみまでは届いていなかった。問題作「デストピア・ジャパン」は、コンビニで自殺用キットが売られている近未来小説で、発想の妙と、所々にはっと胸を打たれる真実が垣間見えた。だが主人公がなぜ自殺したいのかは見えてこない。こうした小説は、この「なぜ」を読者に抱かせないだけの、異層における豪腕が求められるのではないか。

伊集院静氏 確かな歴史考察と安定した文章

伊集院静氏

今年も、このコロナ禍の中で二百五十作を超える応募があったという。こころ強い限りである。最終候補に五編の作品が残り、それぞれに才気のある作品があった。中でも一昨年それ以前に候補になられた作者が再挑戦して下さったことは喜ばしいことだった。天野行人氏の「在中庵 遠州添状」は現代に至るまでの茶人、数寄者の来歴、心情をよく書き分けていた。ただ残念なのは、小堀遠州の魅力が、他者からの評価ばかりに感じられた。遠州が、どんな人であったかを知りたかったし、添状の関与人たちがあまりに諄(くど)く思った。放生充氏の「胸叩き」は正直、面白かったし、全体のバランスが巧みで、これで受賞はいいかとさえ思った。森堂はっかさんの「デストピア・ジャパン」は作者自身のことが心配になった。テーマと当人の、時間と経験のギャップを考えさせられ、さらに不安になった。江波年紀氏の「他人の子供」は文章は自由でいいが、品性、品格に欠落があまりに目立った。これを小説としてどう考えるかは、わかれるだろう。天津佳之氏の「利生の人 尊氏と正成」は歴史考察も確かで文章も安定感があった。受賞にふさわしい。しかし私には作者が何を描きたかったか、見えなかったのが残念だった。

新選考委員に角田光代氏 第13回応募要項』

信じるのは成功ではなく自分 ポジティブ思考の神髄

信じるのは成功ではなく自分 ポジティブ思考の神髄
第21回 ポジティブ思考
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO67234960R11C20A2000000?channel=DF120320205956&n_cid=TPRN0016

『災い転じて福となす
早いもので今年もあと2週間あまりとなりました。皆さんにとって、2020年は一体どんな年だったでしょうか。よかったら少し振り返ってみてください。

私自身で言えば、新型コロナウイルス禍で講演や研修の仕事が軒並みキャンセルとなり、収入が半分以下になってしまいました(涙)。情熱を傾けて必死にやってきた仕事が、「不要不急」のなりわいにすぎないことを痛感させられた1年でした。

といった話をすると、多くの人は気の毒そうな顔をしてくれます。読者の皆さんも、多少はそう思われたと思います。いえいえ、2020年は私にとって素晴らしい年でもあるのです。

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たしかに収入の柱であった研修の仕事は激減しましたが、その分だけ本や原稿の執筆にたっぷりと時間を割くことができました。おかげさまで2冊の新刊を上梓(じょうし)することができ、現在も大作を執筆中です。まさに「災い転じて福となす」です。

加えて、講演や研修をオンライン化せざるをえなくなり、ややマンネリ気味だった中身やスタイルを一新することができました。蓄積された知見は、格好の執筆のネタとなります。

何より、久しぶりに家族とゆっくりと過ごせたのがありがたく、今後の人生についても思いをはせることができました。そうそう、大事なことを忘れていました。家族を含め、新型コロナウイルスに感染せずに、健康で1年を終えられそうなことです。

こんな風に、前向きに考えると、「また来年、頑張ってみよう」「来年も大変だろうが、どうにかなるよ」と気持ちが明るくなります。これこそが「ポジティブ思考」のなせる技です。

肯定的な面を意識的に見る

身の回りで起こる出来事そのものに良いも悪いもありません。それをどうとらえるかで、意味づけがなされます。たとえば、コップに半分入った水を見て、「半分もある」「半分しかない」と考えるのは私たち自身です。

物事の肯定的な側面(メリットや機会など)を見るのがポジティブ思考(プラス思考)であり、否定的な側面(デメリットや脅威など)を見るのがネガティブ思考(マイナス思考)です。どちらか片方が正しいわけではありませんが、現代社会では前者がもてはやされています。

不確実でストレスの多い社会においては、多少「楽観的」に考えないと前に進めなくなってしまうからです。ポジティブ思考を効かせれば、気持ちが明るくなり、物事に「前向き」「積極的」に取り組んでいけるようになります。交友関係も広がり、充実した時間が過ごせるようになります。

ビジネスにおいても同じです。有名な逸話(作者不詳)を紹介しましょう。

ある靴メーカーの担当者2人がアフリカに市場調査に行ったところ、誰も靴を履いていませんでした。それを見た1人は「靴が必要とされておらず、商売にならない」と考え、もう1人は「靴が普及できれば大もうけができる」と考えました。どちらにチャンスがあるかは言うまでもありません。

ポジティブ思考を身につけるのに、手順も方法もありません。無理やりにでも肯定的な面を見る癖をつけるしかありません。ネガティブ思考が働いてD言葉(だって、どうせ、でも……)が頭の中で点灯したら、強制的に前向きに考えみる。そうやって思考の習慣にしていくのです。

ポジティブ思考が失敗する3つの理由

ここまで読んで「よし、あしたからポジティブ思考でいこう!」と考えた人がいたら、もう少し待ってください。ポジティブに考えたために、かえって失敗するということもよく起こるからです。

よくあるのは、「うまくいくだろう」「悪いことにはならない」という信念が、「100%うまくいくに決まっている」「悪いことは絶対に起きない」と確信(思い込み)になってしまうことです。自分に都合のよい話しか頭に入らず、いつか痛い目に遭う羽目になります。

しかも、失敗したとしても、「終わったことは仕方がない」「○○がドジを踏んだから」とまったく反省しないので、始末に負えません。まさにポジティブ思考の暴走列車です。

なかには、ポジティブ風を周囲に吹かせまくり、ネガティブな考えをする人を糾弾したり無視したりする人がいます。やたらハイテンションで、とてもついて行けません。自分はそれで心地よくても、チームの和を乱すことになります。

あるいは、こういう人もいます。ポジティブな未来を描くだけで満足してしまい、行動に移せない夢想家です。成功した自分を想像するだけで、やった気になってしまうのです。ダイエットでよく起こる現象であり、身に覚えのある人もいるのではないでしょうか。

もうお分かりのように、「過ぎたるは及ばざるがごとし」です。ポジティブ思考とネガティブ思考をバランスよく使ってこそ、正しい判断や行動ができます。本当のポジティブ思考とは、単に楽観的に考えることではないのです。

ホンモノのポジティブ思考とは?

頭から「うまくいくに決まっている」と考えるのも、「誰かが何とかしてくれる」と考えるのもポジティブ思考ではありません。それでは、楽観的を通り越して、楽天的になってしまいます。

物事のポジティブな面もネガティブな面も両方見た上で、「自分でどうにかできるだろう」と考えるのが、本来のポジティブ思考です。成功を信じるのではなく、自分を信じる思考法なのです。

ただし、ここで言う自分とは、あくまでも「等身大」の自分です。

無理に大きく見せたり、卑下して小さくなったりしない、「ありのまま」の自分です。それを信じて、物事に積極的に取り組んでいくのが、真のポジティブ思考なのです。

ですから、物事を悲観的に考えることが多いからといって、無理に治す必要はありません。おそらく、無理に治そうとすると、かえって混乱してしまい、余計にうまく考えられなくなります。

まずは、「悲観的に考える自分」を肯定的にとらえてはいかがでしょうか。「自分には悲観的に考える癖があるが、ここまでどうにかやってこられた。きっとこれからも、この癖とつき合いながらやっていけるだろう」といったように。

そうすることで、きっと「悲観的に考える自分」のとらわれからも自由になれるはずです。結果的に、世間がイメージするポジティブ思考に一歩近づくことができます。

堀公俊
日本ファシリテーション協会フェロー。大阪大学大学院工学研究科修了。大手精密機器メーカーで商品開発や経営企画に従事。1995年からファシリテーション活動を展開。2003年に日本ファシリテーション協会を設立、研究会や講演活動を通じて普及・啓発に努める。著書に「ファシリテーション入門第2版」「会議を変えるワンフレーズ」など。』