法の支配

法の支配
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E3%81%AE%E6%94%AF%E9%85%8D

 ※ 以下の記述は、もっぱら「国内法体系」における「法の支配」の説明のようだ…。
 ※ 「国内法における法の支配」ですら、こういうもの(多義的、多解釈の対立、収斂せずに拡散する)だ…。

 ※ いわんや、「国際法」においておやだ…。

『法の支配(ほうのしはい、英語: rule of law)は、専断的な国家権力の支配を排し、権力を法で拘束するという英米法系の基本的原理である。法治主義とは異なる概念である。

「法の支配」とは、統治される物だけでなく統治する側もまた、より高次の法によって拘束されなければならないという考え方である[1]。大陸法的な法治主義とは異なり、法の支配では法律をもってしても犯しえない権利があり、これを自然法や憲法などが規定していると考える[1]。

法の支配における「法」[注釈 1] とは、全法秩序のうち、「根本法」と「基本法」のことを指す[2]。

法の支配は、歴史的には、中世イギリスの「法の優位」の思想から生まれた英米法系の基本原理である[3]。

法の支配は、専断的な国家権力の支配、すなわち人の支配を排し、全ての統治権力を法で拘束することによって、被治者の権利ないし自由を保障することを目的とする立憲主義に基づく原理であり、自由主義、民主主義とも密接に結びついている[3]。

法の支配は、極めて歴史的な概念で、時代や国、論者により異なる様相を呈する多義的な概念である点に留意が必要である[3]。

歴史

古代

「法の支配」の原型は、古代ギリシアのプラトン[4] やアリストテレスの思想[注釈 2] を経て発展したローマ法やヘレニズム法学に求める見解や[5]、古き良き法に由来する中世のゲルマン法に求める見解もあり、一定しない。

市民の誰が支配するよりも、同一の原則である法が支配する方が適切だ。仮に特定の人々に最高権力を置く利点がある場合には、彼らは法の守護者および執行者としてのみ任命されるべきである。
— 政治学、アリストテレス、3.16

我々が自由であるために、我々は皆、法の奴隷でなければならない。(ラテン語: Omnes legum servi sumus ut liberi esse possumus)
— キケロ、[6]

中世

「法の支配」が、明確な形としてあらわれたのが中世のイギリスにおいてであることには、ほぼ異論がない[7]。

ヘンリー・ブラクトンの「王は人の下にあってはならない。しかし、国王といえども神と法の下にある」という法諺が引用されるように少なくとも中世のイギリスに「法の優位」(Supremacy of Law) の思想は存在していたとされる[8]。

中世のイギリスでは、国王さえ服従すべき高次の法(higher law)があると考えられ、これは「根本法」ないし「基本法」(Fundamental Law)と呼ばれ、この観念が近代立憲主義へと引きつがれるのである[2]。そのため、法の支配は、立憲主義に基づく原理とされている[3]。

当時はボローニャ大学で、ローマ法の研究が進み、1240年にローマ法大全の『標準注釈』が編纂されると、 西欧諸国から留学生が集まるようになり、英国にもオクスフォード大学、ケンブリッジ大学が相次いで設立されるなどしてローマ法の理論が研究され、一部持ち込まれたという時代であるが、既に英国全土の共通法ともいえるコモン・ローの発展を見ていた英国では、大陸において発展した「一般法」(ユス・コムーネ、jus commune)を取り込む必要は乏しかった。

そのため、後にローマ法に由来する主権の概念とコモン・ローとの緊張関係が問題となったが、英国では、「法の主権」の概念の下、「法の優位」が説かれたことがあった。

しかし、その思想は、封建領主と領民との間の封建的身分が前提とされた関係理論に基づいていたのであって、マグナ・カルタにおいては、バロンの有する中世的特権の保護するために援用されたのである。また、その思想は、被治者の権利・自由の保護を目的としていたわけではなく、道徳・古来の慣習法と密接に結びついた当時のキリスト教的な自然法論と親和性のあるものであったのである[2]。

以上に対し、被治者の権利・自由の保障を目的とする近代的な意味での「法の支配」は、中世以後徐々にコモン・ロー体系が確立していったイギリスにおいてマグナ・カルタ以来の法の歴史を踏まえ、中世的な「法の優位」の思想を確認する形で、16世紀から17世紀にかけて、法曹によって発展させられた[2]。

1606年、エドワード・コーク卿は、王権神授説によって「国王主権」を主張する時の国王ジェームズ1世に対し、ブラクトンの法諺を引用した上で、「王権も法の下にある。法の技法は法律家でないとわからないので、王の判断が法律家の判断に優先することはない。」と諫めたとされる[9][注釈 3]。

ここでは、コモン・ロー裁判所裁判官の専門的法判断の王権に対する優位が説かれており、中世的特権の保護から、市民的自由の保護への足がかりが得られるきっかけを作られたといえる[10]。

1610年、コークによる医師ボナム事件の判決は、コモン・ローに反する制定法は無効と判示し、司法権の優位の思想を導くきっかけを作ったとされる[11]。

1610年、トマス・ヘドリィ(Thomas Hedley)の庶民院における長大な演説によってノルマン征服以前の古き国制(ancient constitution)の伝統を理由にコモン・ローの本質が明らかにされ、以後、議会ではヘドリィによって定式化されたコモンローの優位が繰り返し説かれることになった[注釈 4]。

ここでは、「庶民」(commoner)[注釈 5]が議会に政治的参加をすることによって制定される法律の王権に対する優位が説かれており、民主主義と法の支配が密接に結びつくきっかけが作られたのである。そのため、法の支配は、民主主義とも密接に関連する原理とされている[3]。

1688年、メアリーとその夫でオランダ統領のウィリアム3世(ウィレム3世)をイングランド王位に即位させた名誉革命が起こると、これを受けて1701年王位継承法で裁判官の身分保障が規定されることによって法の支配は現実の制度として確立したのである[12]。

アメリカ合衆国における法の支配

1787年、アレグサンダー・ハミルトンらによって成文憲法として起草されたのがアメリカ合衆国憲法であるが、これは「法の支配」を成文憲法によって実現しようとするものであった。

合衆国は、イギリスが立憲君主制をとるのと異なり、共和制を採用し、執政体としては、君主に代わり大統領を選挙によって選出するものとした上で間接民主制をとって立憲主義を採用したのである。

ここでいう共和制とは、人民主権の下、選出された代表者が権力を行使する政体のことである[13]。

1803年、マーベリー対マディソン事件をきっかけに米国で発祥した違憲立法審査権は、コークの医師ボナム事件の判決にヒントを得て、「法の支配」から発想された憲法原理の一つである。

解説

法の支配における法(Law)とは、不文法であるコモン・ローおよび国会が制定する個々の法律(a law、laws)を含めた全法秩序のうち、基本法(Fundamental laws)のことを指す。基本法は、形式的意義の憲法(憲法典)と区別する意味で、実質的意義の憲法と呼ばれている[注釈 6]。アメリカ合衆国、日本では、成文憲法典を制定されているので、基本法は原則として憲法典のことを指すが、それに限定されるわけではない[注釈 7]。

法の支配は、国会が権限を濫用して被治者の自由ないし権利を侵害することがあり得ることを前提とするものであって、権力に対し懐疑的で、立憲主義、権力分立と密接に結び付いている。

ただし、どのように権力を分離するのかはその国の歴史によって異なり、合衆国のように厳格に三権に分立するというものでは必ずしもなく、イギリスのように議会と裁判所を明確に分離しないというような国もある。詳細は英国法#歴史を参照。

法の支配は、名誉革命によって近代的憲法原理として確立したものであり、上掲のヘドリィの庶民院での演説によって明らかにされているように民主主義とも密接に結びついている。

ただし、イギリスのように立憲君主制とも、合衆国のように共和制とも結びつき得るものであり、その国の歴史によって異なる多義的な概念である。ここでいう共和制とは、人民主権の下、選出された代表者が権力を行使する政体のことである[13]。

その目的は、人の支配を排し、全ての統治権力を法で拘束することによって、被治者の「権利ないし自由」を保障することである。

法の支配は、戦後現代的変容を余儀なくされており、その多義性ゆえ議論は錯綜を極めている。

ダイシーと法の支配

法の支配を理論化したのは、ダイシーの『憲法序説』であり、以後国会主権(Parliamentary Sovereignty)と法の支配がイギリス憲法の二大原理とされるようになった[14]。

ダイシーによれば、法の支配は以下の三つの内容をもつものとされる。

専断的権力の支配を排した、基本法の支配(人の支配の否定)

すべての人が法律と通常の裁判所に服すること(法の前の平等、特別裁判所の禁止)
具体的な紛争についての裁判所の判決の結果の集積が基本法の一般原則となること。

(具体的権利性)

ただし、ダイシー流の法の支配に対しては、ダイシー自身の政治思想や当時のイギリスの政治状況、例えば、コレクティビズム(集産主義)という概念を作り出し批判するのは、自身の政治信条であるホイッグを擁護する点にあるのではないか、フランスでは行政行為に司法審査が及ばないと誤解したことに端を発する行政法に対する不寛容、法の支配の第3番目の内容は国会主権を否定するに等しいなどジェニングズ(W.I.Jennings)による体系だった批判がなされているが、ダイシー流の法の支配は現在でもイギリスの公法学界において多大な影響力を有している[15]。

また、国会主権と法の支配との関係については、ハートVSロン・フラー論争を代表に議論がなされているが[16]、ダイシー流の法の支配は、国会を上訴権のない裁判所ととらえることなどにより国会主権が多数者支配を是認するものとはとらえず、コモン・ローの伝統的理解にむしろ忠実なものであるとの理解がイギリスの公法学界では通説とされている[17]。

法の支配と法治主義

大陸法系においては、ローマ法が普及するに伴い「法の支配(Rule of Law)」は衰退し、19世紀後半にドイツのルドルフ・フォン・グナイストが理論的に発展させた「法治主義」(rule by laws、独:Rechtsstaat)が浸透していった[18]。

法治主義は、法律によって権力を制限しようとする点で一見「法の支配」と同じにみえるが、法治主義は、手続として正当に成立した法律であれば、その内容の適正を問わない。
したがって、「法の支配」が民主主義と結びついて発展した原理であるのと異なり、法治主義はどのような政治体制とも結びつき得る原理である。

このような意味での法治主義を後に述べる実質的法治主義と対比する意味で「形式的法治主義」と呼ぶこともある[3]。

他方、「法の支配」の下においては、たとえ「法律(立法)」の手続を経てなされるとしても、法律の内容は適正でなければならず、権利・自由の保障こそ本質的であるとする点に法治主義との差がある。

このような違いが歴史的に生じたのは、イギリスにおいては、法とは、「古き国制」に由来する人の意思を超えたものであって、人の手によって創造され得るものでなく、発見するものであると伝統的に考えられてきたことが背景にあるとされている[19]。

もっとも、現在では、ドイツでは、法律の内容の適正が要求される「実質的法治主義」の考え方が主流となっているが、反対に、イギリスでは、アンドレ・マルモーが代表する「古き良き法と法の支配は異なる」とする論調のように、多義的な概念である法の支配に政治哲学的な価値を持ち込むこと自体を批判し、法の支配と(形式的)法治主義を同視する見解が多い。

日本での展開

日本の法体系は、長らく慣習法を基調としてきたが、近代化の推進の為、明治憲法は、プロイセン・ドイツ法に準拠することとなり[注釈 8]、以後、法体系は大陸法系を基調として、明治憲法下でも(形式的)法治主義(法律による行政の原則)は認められてきた。

その後、アメリカ法に影響を受けた日本国憲法が制定されると、日本国憲法が法の支配を採用しているものなのかが問題となったが、制定法主義をとり、判例法主義をとるものではないという前提がある以上、ダイシー流の法の支配は採用されていないという点には異論はなく、結局は多義的な法の支配の内容をどのように解するかによってその結論が導かれると解されるようになった。

現在の日本の憲法学においては、「法の支配」の内容は以下の4つとされている[3]。

1、人権の保障 : 憲法は人権の保障を目的とする。

2、憲法の最高法規性 : 法律・政令・省令・条例・規則など各種法規範の中で、憲法は最高の位置を占めるものであり、それに反する全ての法規範は効力を持たない。

3、司法権重視 : 法の支配においては、立法権・行政権などの国家権力に対する抑制手段として、裁判所は極めて重要な役割を果たす。

4、適正手続の保障 : 法内容の適正のみならず、手続きの公正さもまた要求される。この法の適正手続、即ちデュー・プロセス・オブ・ロー(due process of law)の保障は英米法の基本概念の一つでもある。

日本国憲法は、権利の保障は第3章で、憲法の最高法規性は第10章で、司法権重視は76条・81条で、適正手続の保障は31条で、それぞれ定めているので、「法の支配」を満足していると見なされている[3]。

これに対しては、日本国憲法施行の当初から、GHQによる検閲や農地改革等により権利の保障は大きく歪められ、また、最高裁の下す違憲判決の少なさから、日本において「法の支配」は十分に機能していないとする見解もある[要出典]。

このように、現在の日本の公法学において、「法の支配」という概念が広く受容されるようになったが、そのため戦前とられていた法治主義との関係が問題とされるようになった。

現在の日本の憲法学では、ドイツと同様に実質的法治主義と法の支配を統一的に理解する見解が多数であるが[20]、以下に述べるとおり両者を厳格に区別し、法の支配に一定の積極的な意義を見出す論者もいる。

佐藤幸治は、伝統的な「法の支配」における「法」という観念が自律的で自然発生的なルールという意味合いを有していることを指摘して、日本の「法律」という観念との違いに言及し[21]、法の支配を採用して、行政裁判所を廃止した日本国憲法下においても、公定力といった旧憲法下での行政法理論が生き続ける日本の公法解釈のあり方に疑問を呈するだけでなく[22]、(実質的)法治主義は行政による事前抑制に親和的であるのに対し、法の支配は司法による事後抑制に親和的で、国民の司法への積極的な参加とこれを支える多くの法曹の存在が必要であるという積極的な意義がある点に違いがあるとする[23]。

これに対して、阪本昌成は、法の観念については、佐藤と同じく自生的秩序であるとして法の支配と法治主義を厳格に区別しつつも、法の支配を主権者も法律さえも拘束するメタ・ルールであるととらえ、佐藤とは正反対に、国民に一定の行為を要求するものではありえず、むしろ法の形式に着目し、それが一般的・抽象的でなければならず、その内容も没価値的・中立的なものであることを要求するものであるとして、法の支配に政治哲学的な価値を持ち込むことに反対する。英国の公法学界の通説と結論を同じくするが、阪本の学説は、スコットランドの古典的自由主義の渓流を継ぐものなので、当然のことといえる。
国連・持続可能な開発目標2030アジェンダ

国連の2030年までに達成すべき目標として掲げる持続可能な開発目標(SDGs)のターゲット16.3において、法の支配を国家及び国際的なレベルで促進し、すべての人々に司法への平等なアクセスを提供することを謳っている。[24]

脚注
[脚注の使い方]
注釈

^ lawは、ラテン系のフランス語起源の単語の多い英語には珍しく、イングランドを支配したヴァイキングのデーン人の用いた古ノルド語の「置かれた物」という言葉が語源。それが掟(オキテ)、法という意味となった。イングランド東部にはデーン(北海帝国)支配時代の慣習法などの残ったデーンロー地方がある。
^ 政治学の項参照。
^ コーク卿の『英国法提要』・『判例集』は、現在でも法の支配に関する不朽のテキストとされ、ウィリアム・ブラックストンの『イギリス法釈義』は、このコークの法思想を19世紀に継ぐべく書かれた、英国法の体系的なコメンタリーである。イギリスの植民地であったアメリカにおいては、不文法(非成文法)である英国法を知る手段は限定されたものであった中で、『英国法提要』・『イギリス法釈義』はアメリカの法曹に広く読まれるテキストとなり、アメリカ法に強い影響を与えることになる。
^ 「古き国制」の思想は、古くはジョン・フォーテスキューが主たる論者であり、後にエドマンド・バークの「時効の憲法」(prescriptive Constitution)の思想に引き継がれていくが、バークの時代は法の支配の衰退期とされている。
^ 庶民といっても、騎士(Knights)と一定の資産を有する「市民」(Burgesses)のことを指す。
^ 憲法典のないイギリス法の訳語としては、端的に「統治構造」と訳すべきとの者もいる。
^ 成文憲法典を持つ国では、最高法規である憲法に違背した制定法は無効とされ、裁判所が合憲性を判断する違憲審査制がとられているが、成文憲法典のないイギリスでは当然のことながら違憲審査制はない。成文憲法典のある国での違憲審査制の下では、合憲性判定の基準となる「憲法」は憲法典に限られ、基本法である実質的意義の憲法全てが含まれるわけではないとするのが通説である。
^ 明治十四年の政変の項を参照。

出典

^ a b 宇野p58
^ a b c d 芦部信喜『憲法(新版補訂版)』岩波書店、5頁
^ a b c d e f g h 芦部信喜『憲法(新版補訂版)』岩波書店、14頁
^ プラトン著・森進一、池田美恵、加来彰俊訳『法律(上)』(岩波文庫)255頁
^ 佐藤幸治『憲法(第3版)』77頁、阪本昌成『憲法理論Ⅰ』59頁
^ Wormuth, Francis. The Origins of Modern Constitutionalism, page 28 (1949).
^ 佐藤幸治『憲法(第3版)』77頁
^ 上掲『現代イギリス法辞典』54頁
^ 上掲『現代イギリス法辞典』71頁
^ 上掲『現代イギリス法辞典』142頁
^ 別冊ジュリスト『英米判例百選(3版)』(有斐閣)90頁
^ 上掲『現代イギリス法辞典』8頁
^ a b アメリカ大使館資料室「アメリカ早わかり」『米国の中央政府、州政府、地方政府の概要』 (PDF)
^ 上掲『現代イギリス法辞典』51~65、127頁
^ 上掲『現代イギリス法辞典』55頁
^ 上掲「現代イギリス法辞典」75頁
^ 上掲『現代イギリス法辞典』66頁
^ 阪本昌成『憲法理論Ⅰ』59頁
^ 上掲樋口・129頁
^ 芦部『憲法(第3版)』岩波書店、15頁など
^ 佐藤幸治『憲法(第3版)』81頁
^ 佐藤幸治、田中成明『現代法の焦点』有斐閣リブレ、1987年
^ 第154回国会「参議院憲法調査会」第2号
^ “「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択する国連サミット”. 外務省. 2016年11月30日閲覧。

参考文献

伊藤正己『法の支配』有斐閣、1954年
伊藤正己『英米法における法の支配』日本評論社、1950年
伊藤正己・木下毅『アメリカ法入門(第4版)』日本評論社、2008年(初版は1961年)
田中和夫『英米法概説〔再訂版〕』有斐閣、1981年
佐藤幸治『憲法(第3版)』青林書院、1995年
樋口陽一『比較憲法(第3版)』青林書院、1992年
阪本昌成『憲法理論Ⅰ』(成文堂)、1993年
戒能通厚編『現代イギリス法辞典』(新世社)、2003年
宇野重規 『西洋政治思想史』有斐閣、2013年。ISBN 978-4-641-22001-0。

関連項目

立憲主義
法治国家
国際法律家委員会
欧州評議会
法の支配ミッション
デュー・プロセス・オブ・ロー』

中国、対米関係再悪化を懸念 首脳会談の成果に冷や水

中国、対米関係再悪化を懸念 首脳会談の成果に冷や水
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM193CE0Z11C22A2000000/

『【北京=羽田野主】米議会が対中強硬姿勢を強めていることについて、中国の習近平(シー・ジンピン)指導部は一時的に緊張が緩んだ米中関係が再び悪化することを懸念している。2022年11月の習氏とバイデン米大統領との首脳会談の成果に冷や水を浴びせられかねないからだ。

習氏とバイデン氏は11月中旬、インドネシア・バリ島で約3時間にわたり対面会談した。中国側は首脳会談により米中関係は悪化に歯止めがかかったと評価してきた。

米中高官の往来も活発になり、12月には米国のクリテンブリンク国務次官補(東アジア・太平洋担当)らが訪中し、謝鋒外務次官と河北省で会談した。23年1月にはブリンケン米国務長官が訪中する予定だ。

習指導部はブリンケン氏の訪中が緊張緩和に向けた当面の山場とみてきただけに、米下院による特別委員会の設置には神経質になっているとみられる。中国共産党系メディアの環球時報は13日付の社説で「中米関係を本当によくしたいと思うのなら、米国は裏表のある行動をとることはできないはずだ」と主張した。

中国は共産党が立法、行政、司法のすべてを指導し、国会にあたる全国人民代表大会が習氏の意向と異なる決定をすることはありえない。米国の三権分立を頭では理解していても、腹の底では信じていないフシがある。

このため、米議会がバイデン大統領の方針と異なる行動を取ると「議会の裏では政権の意向が働いている」と疑いがちだ。実際、8月にペロシ米下院議長が台湾を訪問した際も、中国外務省の報道官は「米議会は連邦政府を構成する一部だ。米国の『一つの中国』政策を厳守せよ」とバイデン政権を批判していた。

【関連記事】米下院、中国特別委を年初設置 新委員長「共産党は敵」』

https://nkis.nikkei.com/pub_click/174/REchOH1XPgK5L9YtK2y_wM801vxiK7_p6WRes0I5dkAZ6l_xDpBRHOSnM35SMNUaffofXvRQopBqJZJ5oQIOh5eBOopUT0GhyEo4UdiMrRouSLeRV18y2KwZmplQBYdIt7MbRzgIQubZc-TFlSlUhEwRP1H1pI_Y6pkmpx0Iy3nSNbFXFAZE_hifwBRIgr4BWht6dFQuJZUqOBsEXBMYA_0pRv3nYfqEU4Zljupsk1tkXomI1pakHC1q8JxZEqBwAbIpyuOmi33hLGZzI09afo_1OHTJyUGce3UY7BlX5b6F5fc7nJC2sY5vh570hVLZHpT00Q5BHdKVoQ8_f-g0iRyvKx9glfhRxv4l_wD73xEqwHLDgSUAQPwXDrCNxEMgHaFK4_4STCwGElyWhfQDFx-t6GdcezJxyX-PLil6jLDhMwH9rpbtlGNQD4927WPk5kOFhNV7u-PVcSCRe5s4i2iDPlHxerci1tuVap8CmMfVlT1xnfaGwoumC6T3//113417/151711/https://www.nikkei.com/promotion/campaign/line_friend/?n_cid=DSPRM1DP01_2022linea

ドイツで国家転覆計画、陰謀論と極右共鳴 民主主義試練

ドイツで国家転覆計画、陰謀論と極右共鳴 民主主義試練
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR113LY0R11C22A2000000/

『【ベルリン=南毅郎】ドイツで国家転覆を計画した疑いでテロ組織が摘発された事件の全貌が明らかになってきた。主犯格は貴族出身の「ハインリッヒ13世」を名乗る71歳の男で、現役の裁判官や軍人も一斉に逮捕された。過激な陰謀論を唱える「Qアノン」と極右が共鳴し「第二帝国」の復活を狙っていたとされる。

インターネットを通じた陰謀論の浸透が、米欧の民主国家にとり大きな試練となっている。

ドイツ東部チューリンゲン州。保養地で知られるバート・ローベンシュタインは騒然となった。ハインリッヒ13世が所有する狩猟小屋が武器倉庫になっている――。覆面をかぶった捜査員が7日に突入した。

独検察当局はテロ組織に参加した疑いなどで25人を逮捕した。遅くとも昨年11月までに活動を始め、独連邦議会を襲撃する準備など、クーデターによって独自の国家樹立を企てた疑いがある。さらに逮捕者は膨らみそうだ。フェーザー内相は11日付のドイツ紙ビルトで、銃規制の強化に乗り出す考えを示した。

主犯格は2人とみられている。1人は現在のチューリンゲン州の一部を支配していた貴族ロイス家の子孫にあたる、ハインリッヒ13世。一族と距離を置き、極右思想に傾倒していたという。同じく逮捕されたロシア人の容疑者を代理人として、ロシア政府と接触を試みた疑いもある。

もう1人はドイツ連邦軍のエリート、空挺(くうてい)部隊を指揮していたフォンペスカトーレ元中佐。ハインリッヒ13世を頂点に独自の武装集団を立ち上げようとした疑いがある。陸軍の特殊部隊である「KSK」のメンバーも捜査対象となり、警察や軍の関係者を引き込もうとしていた。

ドイツではかねてドイツ至上主義や反ユダヤを掲げるネオナチの存在が危険視されてきたが、今回は1国にとどまらない危うさがある。Qアノンの影響が色濃いためだ。

2017年に謎の人物「Q」がネット掲示板に投稿を始め、米国を中心に拡散した陰謀論であるQアノン。「ディープステート(闇の政府)」が世界を操っているなどと主張し、著名人を小児性愛者と決めつけたり、新型コロナウイルスに関する偽情報などを広めたりしてきた。

トランプ前米大統領の支持者らが賛同し、21年1月に起きた米連邦議会占拠事件にも信奉者が加わっていた。

ドイツのクーデター未遂では、極右勢力「ライヒスビュルガー(帝国市民)」が関与した疑いもある。独検察当局は事件の思想的な背景について「Qアノンのイデオロギーと帝国市民の物語からなる陰謀神話の集合体」と分析する。

帝国市民は東西ドイツ統一前、冷戦時代の1980年代からの右翼活動が底流にある。表だった行動に乏しく、実態をつかみにくい。第2次世界大戦後の民主国家としてのドイツの歩みを認めず、ビスマルク時代のドイツ帝国に倣い、第二帝国の復活をもくろむ。

Qアノンに代表される過激な陰謀論は、SNS(交流サイト)や動画サイトなどを通じて世界中で閲覧でき、各国の事情に即した「翻訳」が増殖する。非合法、暴力手段で政治主張をかなえようとする極右との共鳴は容易だ。

独連邦刑事庁などによると、帝国市民のメンバーは21年末時点で約2万1000人とされる。うち1150人は過激派で、およそ500人は合法的に銃を所有する。フェーザー内相によると、直近は2万3000人にまで増えるなど着実に勢力を広げる。16年には南部バイエルン州でメンバーが警官を殺害する事件も起きている。

今回摘発された組織や帝国市民が、現時点で国家転覆を実行できるほどの力を備えているとの見方は限られるが、フェーザー氏は「過小評価してはいけない」と話す。

ドイツでは、ウクライナ危機によるエネルギー価格高騰への不満が広がり、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が支持を伸ばしている。今回の事件ではAfDの元議員で現職の裁判官も逮捕された。

陰謀論は暮らしや雇用の安定に不安を抱く人々の心理につけ込み、土壌とする。インフレに苦しむ世界にあって、民主主義をむしばむ影響力は無視できないものとなっている。

【関連記事】

・ドイツ検察、国家転覆未遂で25人逮捕 議会襲撃を計画か
・ショルツ首相「ドイツは堅固」 国家転覆未遂事件で 』

来年3月に第2回民主サミット ウクライナ情勢、気候変動で結束へ

来年3月に第2回民主サミット ウクライナ情勢、気候変動で結束へ
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022113000251&g=int

『【ワシントン時事】米国、コスタリカ、オランダ、韓国、ザンビアは29日共同声明を出し、第2回「民主主義サミット」を2023年3月29、30両日にオンライン形式で開催すると発表した。ロシアによるウクライナ侵攻や気候変動、技術革新など差し迫った課題に対応するため、民主主義国の結束を誇示する。

 各国首脳らの全体会合が開かれた後、それぞれの国で政府や市民社会の代表者らが集って民主主義の活性化などについて意見交換する。参加国は明らかになっていない。 』

人類の到達した頂点・民主主義も原理は雨乞いと変わらない。

人類の到達した頂点・民主主義も原理は雨乞いと変わらない。
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/30158520.html

 ※ この文脈で行くと、「不正があった!」と主張して、「降りることを、ゴネている」某元大統領とかは、どう位置付けられるんだろう…。

『先日、娘がテロに見舞われて爆死した、ロシア極右愛国主義の思想家のドゥーギン氏が、ロシア軍のヘルソンからの無抵抗撤退について、プーチン氏を激しく非難しています。ヘルソン付近には、ほぼ軍事訓練を受けていない動員兵が、弾除けとして前線に配置され、短期間に死体の山を築いていたのですが、その間に正規軍はドニエプル川を渡って、東岸に到達し、大部分の撤退に成功した模様です。

やむを得ない戦略的な撤退なのですが、国粋主義者というのは、結果で物事を判断して批判しますので、殆ど無抵抗でウクライナにヘルソンを明け渡した事自体が気に食わないらしく、かなり厳しい言葉で非難しています。その非難の中で、面白い表現が使われていたので、抜き出したいと思います。

「専制とは何か? 為政者に全ての権力を与える事である。為政者は危機的な状況において、人々を救ってくれること。その為には、不愉快な事も我慢してきた。しかし、もしも救ってくれないとしたら、『雨を
降らせなかった王のように犠牲になる運命だ』専制には、2つの面がある。成功に際しての、あらゆる権利。失敗に際してのあらゆる責任。そして、撤退の責任は、軍ではなくプーチン大統領にある。プロパガンダで覆い隠す事はできない。ヘルソンの無抵抗撤退は、ソ連邦崩壊以来の敗北である。欧米との全面戦争と認識し、イデオロギー的にも国家への統制を強化して、総動員体制へ移行すべきである」

以上は、ドゥーギン氏が自身のブログに掲載した檄文です。ここで、注目して欲しいのは、二重括弧にしてある一文です。つまり、独裁国家においては、結果に対する全ての栄光と責任が、独裁者個人に属するので、成功すれば英雄として称賛され、失敗すれば全ての責任を取らされるという事です。そして、雨乞いで雨を降らすのに失敗した王という例えは、昔の原始的な集落で、呪術師が干魃に際して、雨乞いの儀式をして、雨が振らなかった場合に、村人から処刑されていた事を暗喩しています。

ここに独裁国家の制度的な欠陥を見る事ができます。頂いた独裁者の采配次第で、国民全体が利益も損出も被り、それは、時には自分の命を国家に差し出す犠牲を要求するという事です。以前の投稿でも述べたように、独裁者の健康・気力が、国家の衰退とリンクするのが独裁国家です。その為、プーチン氏は、上半身裸で馬に跨って乗馬する姿や、黒いレザージャケットを着て大型バイクに跨る姿や、柔道で巨漢を投げ飛ばす姿を国民に見せなくてはならないのです。あれは、ナルシズムで、やっているわけではありません。国民が安心する為に、その姿を見る事を望み、国の治安を安定させる為に、「強い指導者」であり続けなければ、ロシアという国が綻びるので、やっているのです。

これを例えるならば、村にたった一人しか存在しない「カリスマ呪術師」に、命運を託して雨乞いの儀式をする部落と言えます。そして、雨を降らす事ができなければ、呪術師は処刑され、代わりに儀式を続ける者がいないので、天候の気まぐれで、その部落は飢餓で全滅する事になります。

では、人類が到達した最高点の政治制度と言われる民主主義とは、独裁専制と較べて、どれだけマシなのでしょうか。実は、余計なフィルターを外して見ると、独裁国家で失敗すると呪術師が殺されるのに対して、呪術師が地位から降ろされて、別の人間に交代するのが保証されている点が違うだけです。干魃が起きた時に、雨を降らせる能力があると信じられている呪術師が、雨乞いの儀式を行いますが、失敗しても、彼は殺されません。必ず次点の要員が用意されていて、交代し、今度は控えの呪術師が儀式を続行します。それが、制度として保証されているのが民主主義です。

投票で問題に対処するリーダーを決めたとしても、その人物が必ず有効に対処できるとは、限りません。うまくいかないと判断されたら、そのリーダーを降ろして、別のリーダーを頂きます。部落の将来は、特定の人物ではなく、部落で選んだ、「問題が解決できそうな」人物に、次々と交代し、そのうちの誰かが問題を解決すればよしで、できなければ、やはり全滅するのは独裁国家と同じなのです。その解決の方法は、何も祈祷を続けるだけでなく、「この地を捨てて、他所の土地へ移り住もう」でも、「用水路を築いて川から水を引いてこよう」でも、よいのです。部落が干魃で絶滅しそうという状況に対して、問題解決の方法を提示できた人物が、次のリーダーになります。

未来が誰にも確実に予想できず、どんな問題が発生するか判らない以上、特定の誰かの能力に全面依存するではなく、スペアーとも言うべき人材をストックしておいて、問題が解決するまで、トライ・アンド・エラーを繰り返す。民主主義と言っても、客観的に評価すれば、確率で生き残る精度を高めただけのシステムです。干魃が何年も続けば、どんな制度を持つ部落でも、餓死して全滅しますし、何かしらの解決策を絞り出して、犠牲者は出しても部落の一部は生き延びるかも知れません。それは、制度の優劣で決まるというよりは、制度によって、生存確率を可能な限り上げたのが、民主主義です。

その制度の特色上、選挙などに手間と費用がかかりますし、議会で論議をするので、意思決定が遅く、それは、しばしば民主政治の問題として話題になります。しかし、それでも、「オール・オア・ナッシング」の個人の資質に国家の命運を全てベットする独裁政治より、マシであると一般的に考えられています。独裁政治の最大の害悪は、呪術者が屈強なボディーガードで身辺を固めた場合、村人が打ち殺そうとしても、それが不可能になる場合がある事です。つまり、まったく問題の解決にならない祈祷を、その人物個人が諦めるまで、部落民の全てを巻き込んで続ける事が可能です。

そして、ドゥーギン氏がプーチン大統領を批判する例えとして出してきたのが、まさに『雨を
降らせなかった王のように犠牲になる運命だ』という言葉です。つまり、雨乞いに失敗した呪術師は、部落民によって誅殺されるべきだと言っているのです。雨を降らせる云々の言葉が、突然出てくるので、何事かと思いますが、ロシア正教的発想だと、国の指導者の立場は、神に選ばれた人物に下賜された権利であると考えるので、神の恩寵を失った呪術師に用は無いのです。

一見、高度に発達したかのように見える現代の政治制度ですが、原理から言うと、部落の生命を脅かす問題に対して、どう向き合うかという事に対して、確率で生存率を高めたものでしかありません。しかも、比較する対象は、原始時代の集落です。そして、恐らくは、これ以上、政治の原理的なシステムが進化する事はありません。ここで、打ち止めです。それゆえに、予測が不可能な問題に対して、特定の価値観に基づく「思想や宗教」で、政治を行ってはいけないのです。問題の解決は、是々非々の議論を経て、最も良いと思われる対処を選択するしか、やりようがありません。ここに、「神様がこう言っているから、こうするのが正しい」とか「思想的に、これが正しいから、こうするべきだ」という、根拠の無い方向性を持った硬直した考え方が、意思決定に入ってくると、部落が全滅する確率が上がります。』

「普通の国」と戦後民主主義

「普通の国」と戦後民主主義
風見鶏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA17AW00X11C22A0000000/

『「ウクライナはこんなひどい目に遭っているのに、なぜ日本は武器を支援しないんだ。普通の国(normal country)とはいえない。価値(value)の判断もできない国なのか」。欧州のある国の外交官は今春、日本の外務省幹部をこう非難した。

日本は防衛装備移転三原則や国内法の規定があり、殺傷能力がある武器は出せない。ヘルメットや防弾チョッキを送ったものの、海外からは「銃弾の雨を受け止めろ」と突き放したようにも映る。

外務省幹部は「価値判断という表現は『善悪すらわからない国』という意味に感じた」と振り返る。

苦い記憶がよみがえる。1990~91年にイラクがクウェートに侵攻した際、日本は総額130億ドルを拠出した。「カネで済ませる国」との評を受けた。すると93年、小沢一郎氏の著「日本改造計画」は普通の国への変革を訴えた。

「国際社会において当然とされていることを、当然のこととして自らの責任において行う」と訴えた。日本はそれから自衛隊の海外派遣や集団的自衛権の行使容認などを実現し、普通に近づいたはずだった。

冒頭の外交官は「ドイツですらやった」とも言及した。批判の根っこにはドイツとの比較があった。

90年の統一後、ドイツは北大西洋条約機構(NATO)内で軍事負担を期待され、海外派兵も始めた。普通の国も論点になった。一方で第2次大戦の敗戦国で周辺は軍備拡張を警戒する。日本と同様、平和主義で軽武装・経済重視の印象がある国だった。

今回、ドイツは多連装ロケットシステムや地対空ミサイル、りゅう弾砲の供与を決めた。ウクライナ侵攻直後には国防費の大幅増を表明し、世界を驚かせた。日米欧は「自由や民主主義、法の正義が大事」と国際舞台で唱えてきた。言行一致は当然、という感覚だ。
日本の岸田文雄首相らG7の首脳はウクライナのゼレンスキー大統領へ支援を表明してきた。(10月11日、オンラインでの協議。画面右はドイツのショルツ首相)=AP

遅ればせながら、日本はもうすぐ普通の国へかつてない一歩を踏み出す。年末の国家安全保障戦略などの改定だ。国内総生産(GDP)比でほぼ1%以内の防衛費は大幅に増やす。敵基地に反撃する能力を示し、防衛装備品の供与や輸出の基準も緩和を探る。

戦後日本の3つの自縄自縛を解く話だ。国民総生産(GNP)1%枠、専守防衛、武器輸出三原則といった昭和の用語は従来以上に「過去の遺物」になる。

世論も準備はできている。内閣府が3月に公表した世論調査では「国民全体と個人の利益のどちらが大切か」の質問に「国民全体」と回答した人は61%にのぼる。「国や社会か個人生活か」に「国や社会」と答えた人は58%だった。

調査は40~50年ほど前からしている。単純比較はできないものの、どちらも今回は過去最高値だった。かつて「戦後民主主義は個人主義」ともいわれたが地殻変動が起きている。

「国家は与えられるものではなく、われわれが作るもの」「主権者なら自分が国家の立場ならどうするかを絶えず考えなければ」。半世紀前、哲学者の田中美知太郎は説いた。

当時の「国や国家は論じることも悪だ」という戦後民主主義の空気に警鐘を鳴らす言葉だった。半世紀で空気は変わった。

報道各社の最近の世論調査では防衛費増額への賛成も多い。ウクライナ侵攻や中国・北朝鮮の脅威を踏まえ、主権者としての責任をもって考える人が増えているのかもしれない。

国家や防衛のあるべき姿、普通の国とは何か――。戦後史の節目になる議論は単なる賛成・反対では不十分だ。建設的な国家論を主権者は期待している。政治家は分かっているだろうか。(佐藤理)

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東京大学 公共政策大学院 教授
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分析・考察

戦後民主主義は大戦中の反省から生まれたものではあるが、その時に前提とした問題、すなわち「権力やその権力の動力ベルトとなる国家は放っておけば悪となる」ということと、ゆえに「憲法による権力の制限と、その憲法を守ることを規範として定着させる」というプロジェクトが、ついに現実の世界の変化に直面し、変更を迫られるようになっている。国家や権力は悪なのか、それとも何らかの価値を実現するためのツールなのか。その価値とは何を指すのか。これまで考えずに済んできたことが改めて問われるようになっている。
2022年10月23日 23:13』

旧統一教会が牛耳る「日本の選挙の民主」と「中国の民主」

旧統一教会が牛耳る「日本の選挙の民主」と「中国の民主」_中国「わが国は民主的だ」世界ランキングで1位
https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20220828-00312339

 ※ 中○が、「民主国」とか、何のブラックジョークだよ…。

 ※ まあ、共産主義では、「国民主権」の代わりに「人民主権」、「三権分立」の代わりに「民主集中制」とか、言ってるからな…。

 ※ そもそも、「民主」の概念が違っているんだろう…。

 ※ かの国では、「英語教育」も禁止(「間違った」知識を習得してしまう危険性があるので)らしいからな…。

 ※ そういう「人民」対象にアンケート取って、何の意味があるんだ…。

 ※ 『選挙は「民意の表現」ではなく「民意の消滅とリセット」へと導くのが「日本の選挙と民主」だ。』…。

 ※ ちょっと、何を言っているのか、よく分からない…。

 ※ 民意の「消滅」とは、何を指しているのか…。

 ※ 民意は、その時その時で、変化する…。よって、衆議院は、「解散」という制度があって、平均「2.3年くらい」で「総選挙」がある…。参議院は、「良識の府」として、解散が無く、6年の任期(3年毎に、半数が改選)を与えられて、「政治の安定」「アンカーの役割」が与えられている…。

 ※ 選挙結果によって、「前の選挙」での「支持」はチャラになり、新たな「民意」で上書きされる…。

 ※ まさに、「民意のリセット」が制度に組み込まれている…。

 ※ そうやって、常に「民意の支持」があるのか否かを問い、制度として取り込んでいるんだ…。

 ※ そこが、まさに「民主主義の根幹」だ…。

 ※ 文句があるなら、とっとと「導入して」やってみればいいだけの話しだ…。

 ※ それともう一つ言っておきたいのは、「アンケート」と「選挙結果」は、全然別物…、ということだ。

 ※ 「アンケート」は、単なる「ご意見伺い」に過ぎない。

 ※ 「選挙」は、「政権選択」の国民の意思決定だ(主権者国民の、主権行使の一つ)…。

 ※ 「選挙」を「アンケート」で代替することは、「できない」…。

 ※ 「アンケート」結果、「世論」なんてものは、「選挙」で政権取った「政策担当者」が、「政策実行」の「ご参考」にすれば足りる程度のものだ…。

『53ヵ国を対象としたNATO傘下の世論調査「あなたは自国が民主的だと思うか?」で、中国が世界一となった。その背景には米中関係があるが、統一教会に牛耳られている「日本の選挙と民主」とを比較考察したい。

(本稿では、旧統一教会は「統一教会」と略記する。)
◆「わが国は民主的だ」 世界ランキングで中国が1位

 日本では統一教会と自民党議員などとの長きにわたる深い癒着が次々と暴かれ、まるで日本の政治が統一教会によって動かされていたような不気味さが漂っている。

 そのような中、8月23日にEUメディアのウェブサイトmodern diplomacyに調査研究歴史家のエリック・ズエッセ氏が<53カ国のNATO所属(機関)の世論調査で、中国人が最も「自国を民主的だ」と思っていることが判明>という見出しの論考を公開した。

 それによればNATO傘下の「民主主義同盟」が53ヵ国を対象に世論調査を行ったところ、中国人の83%が「自国は民主的だ」と考えていることがわかり、これは調査対象となった53ヵ国の中で最も高い割合だったというのである。第2位はベトナムで77%、3位と4位は同点のフィリピンと台湾で、75%だった。

 53ヵ国すべての平均は 56%だが、アメリカは平均よりも低い49%で、順位はコロンビアと同点で並び、第40位&41位だったという。

 対ロシアのアメリカ軍事同盟であるNATOが、敵対国家として排斥しなければならない標的リストの中に入れることを検討している中国が、NATO傘下の民主主義同盟が調査した53ヵ国の中で、「自国は民主的だ」と考えている「民主化度」において第1位で、中国を非民主的国家として排斥しようとしているアメリカが、民主化度認識において第40(もしくは41)位というのは、いったいどういうことかと、エリック・ズエッセ氏は皮肉っている。

 したがって、「その国に住んでいない人々が保持しているその国についての見解は、与えられた外国の報道機関の表現ミスによるものかもしれない」と考察し、その報道は「特定の敵国」に対する「期待的見解」であるかもしれないと警告を発している。

 それを筆者なりの言葉で表現すると、以下のようになろうか。すなわち、

 ――現在、アメリカや日本には「民主主義国家vs.専制主義国家」という価値観外交の概念があり、特に「中国の国家運営が不透明で、非民主的である」という批難を基本とした対中包囲網がアメリカを中心とした西側諸国によって形成されている。では、その批判対象となっている「中国はどれくらい非民主的か」ということを考察すると、データとして表れたのは、中国人が世界で最も「自国は民主的だ」と思っているという結果で、民主の旗頭として世界をリードしていこうとしているアメリカの国民は「自国は民主的だ」と思っている人が半数以下しかいない。したがって、他の国が特定の国を「非民主的だ」と非難したとしても、その国の国民が自国を非民主的だと考えていない場合には正当性を欠く。自国民が自国をどう考えているかに関しては、客観的なデータで把握しなければならない。

 こんな感じになろうかと思う。

◆日米は、どれくらい「自国は民主的だ」と思っているのか?

 実は、この世論調査の結果自身は今年5月30日に<民主主義認識指数2022>として公開されている。

 この報道によれば、民主主義認識指数(DPI)は、民主主義に関する世界最大の年次研究で、50ヵ国以上を対象とし、世界人口の75%以上の民意を代表しているとのこと。そこで、5月30日に公開されたデータを基本として、<民主主義認識指数 2022>に付記してある過去3年のデータから、米中日3ヵ国のデータを拾って以下のような図を作成してみた。

「民主主義認識指数2022」のデータを基に筆者作成

 アメリカ国民(青色)は総じて自国が民主的だとは思っておらず、日本(黄色)も類似の情況にはあるが、2022年になってやや上向きであるのは、2021年の情況を反映しているので、2020年あるいは2021年に何が起きたかを考えると、自民党総裁選挙なのに国民に向かって必死で主張を展開したからかもしれない。

 驚くべきは、やはり、中国人民(赤)がこんなに高い割合で「わが国は民主的だ」と思っているという事実だ。しかも年々増加している。

◆中国人民は、なぜ「わが国は民主的だ」と思っているのか

 それではなぜ、中国人民は「わが国は民主的だ」と思っているのかを考察してみよう。

 残念ながら2018年以前のデータを得ることができなかったが、少なくとも2019年のデータを見る限り、まだ57%ではあるものの、日米を抜いて抜群に大きい。これは2018年の世相を表したもので、何と言ってもアメリカの対中制裁が始まった年であったことが最も大きな要因であろう。

 対中制裁は2017年末から始まったが、誰の目にもアメリカ経済が中国経済に抜かれないようにするための制裁であることは歴然としている。特に習近平が2015年に発布したハイテク国家戦略「中国製造2025」の「危険性」を感知した当時のトランプ大統領が、宇宙領域やハイテク産業領域で中国がアメリカを追い抜こうとしていることに気づき、それを徹底して抑え込もうとしたものであることは明らかだろう。

 そのとき同時にアメリカで進行したのが黒人に対する人種差別問題だった。

 最も大きかったのは、2021年1月6日、大統領選挙による不正を訴えたトランプ支持者が、アメリカの議事堂に乱入した事件で、それまでまだ中国の若者の間にいくらか残っていたアメリカへの憧れ、「アメリカは民主的な国家だ」と信じていた気持ちを、一気に挫(くじ)かせてしまった。どれだけ多くの中国人民がアメリカの「民主」に幻滅し、「アメリカの民主など、少しも良くない」と痛感したかしれない。

 2022年のデータは、2021年の世相を反映しているので、アメリカ民主への幻滅と、バイデン政権になってから陰湿になってきた対中包囲網に対する反感も手伝い、2022年のデータは、「83%」と、大きく跳ね上がったものと解釈できる。

 中国では中国共産党による一党支配体制という明確な大原則があり、その上での国家運営に対して、中国人民は「他国と比べれば比べるほど、自国は民主的だ」と思うようになっているのである。

 特に8月26日のコラム<和服コスプレ女子拘留 習近平政権は反日を煽っているのか? 日経新聞が中国ネットを炎上させた大連京都街>にも書いたように、ネットの力によって当局を動かすことができるという現象は、10億を超えるネットユーザーの心を一定程度満足させている。中国では赤ちゃんや超高齢者以外のほとんどすべてがスマホなどを通してネットにアクセスしているので、ネットの民意は全人民の民意に近いと解釈できる側面も持っている。

 普通選挙がない分だけ中国政府はネット民意に敏感で、一党支配を維持するために「民意の反乱」が起きないように、非政治的なものであれば民意に即応する傾向を持つ。そうでないと一党支配体制が覆る危険性を孕んでいるからだ。

 事実、2018年の民主主義同盟の調査では、以下のような考察が述べられている。

 ――調査データによると、厄介なのは、「国民の自国政府に対する幻滅」が、非民主主義国家においてよりも、民主主義国家における方が大きいという発見だ。驚くべきことに、民主主義国家の国民の64%が、政府が国民の公共の利益のために行動することは「めったにない」あるいは「まったくない」と回答している。アメリカやイギリスなどは長いこと自由世界のリーダーとみなされてきたが、国民の3分の2以上が、自国の政府は自国の利益のためにさえ行動していないと考えている(概略引用以上)。

 では、誰のために行動しているのか。

 自分自身のためにしか行動していないという典型的な例が、今般の統一教会と自民党議員を中心とした、長い期間続いてきた深い癒着だ。

◆選挙を「民意の消滅とリセット」に持っていったのは誰か?

 信じがたいほどの闇が、いま日本の政治を覆っている。

 それは戦後政治の大半を覆してしまうような、恐ろしい闇の世界だ。

 岸信介元総理が、統一教会の開祖・文鮮明氏と1968年辺りに会って「反共・勝共」で意気投合して以来、自民党と統一教会の関係は脈々と続いてきた。

 特に岸元総理とも懇意にしていた統一教会初代会長・久保木修己氏の遺稿集『美しい国日本の使命』が2004年に出版され、2006年に安倍晋三元総理が『美しい国へ』を出版したことのアナロジーや、自民党が提案している憲法改正案が統一教会の教義に酷似していることなどを考えると、日本の政治の骨格が統一教会によって形成されているのではないかという不気味さを覚える。

 何よりも衝撃的なのは、選挙において統一教会が強力な集票の役割を果たしていたことで、国会議員などの立候補者は、何としても当選したいために統一教会のサポートにすがり、統一教会は国会議員の後ろ盾を得て布教を強化していくという「悪循環(相互補助?)」が出来上がっていることだ。

 日本は「普通選挙」をしている国として、「民主主義国家」の範疇に入っているわけだが、選挙そのものが統一教会という集票マシーンで成り立っているとすれば、国民がどんなに政治に不満を抱いたとしても、「選挙をすればリセットされる」という「民意の消滅」が選挙によって具現化される。

 選挙は「民意の表現」ではなく「民意の消滅とリセット」へと導くのが「日本の選挙と民主」だ。

 これが「民主主義同盟」の世論調査の結果に表れている「自国は民主的だ」と思っている国民の割合の数値の低さの原因を示しているのではないだろうか。

 少なからぬ国会議員が、国家のためでも国民のためでもなく、自分の利益のために立候補し、自分が当選するためなら手段を選ばない日本と化してしまった。

 おまけに「反共勝共」から出発したはずの統一教会は、実は日本は朝鮮半島を侵略した原罪があるので、日本人から金を巻き上げ韓国に還元させるのは当然という、何やら「反日色」に基づいた霊感商法がまかり通っているようだ。その「反日的要素を持つ」統一教会に、嫌韓の自民党議員が支えられているという、この捻じれた関係のおぞましさよ!

 自民党議員がどんなに「今後は関係を持ちません」と誓ったところで、「選挙」を「民意の消滅とリセット」に追い込んでいった「日本政治の責任」を徹底して追求し、それを許してしまったた日本の精神的土壌と社会構造を根本的に見直さない限り、日本人の悲劇は続くだろう。
遠藤誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。』

参院選後、静かな環境で発議を 自民・古屋圭司改憲実現本部長―与野党インタビュー

参院選後、静かな環境で発議を 自民・古屋圭司改憲実現本部長―与野党インタビュー
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022050200493&g=pol

『―憲法改正の現状は。

 昨年の衆院選で、われわれは政権公約に改憲を目指すとはっきりうたい、信任を得た。今は憲法改正実現本部の中にタスクフォースをつくり、数多くの改正への正しい理解増進の集会開催を進めている。

 ―集会開催の反響は。

 やっぱりウクライナの問題がある。緊急事態に何をしなければいけないか。ウクライナは外出制限などをしているが、日本はできない。憲法上の規定がないからだ。自分たちの国を守るために努力しなければいけないことを、みんな皮膚感覚で分かりかけている。憲法は不磨の大典ではないことを理解してもらうことが必要だ。

 ―衆院憲法審査会で、緊急時のオンライン国会審議は現行の憲法上認められるとの報告書を決定した。

 かつて憲法審は全く動かなかったが、今は様子が変わった。報告書を採決で取りまとめた。これは大きな一歩だ。憲法審では国会議員の任期について、大規模な災害が発生した場合にどういう対応ができるかという議論もしている。公明党も、これは明文規定だから改正する以外にないと言っている。

 ―立憲民主党が主張するCM規制の議論に関しては。

 憲法審の議論に委ねたい。どうするかは憲法審の幹事会で決めてもらう。CM規制がなくては国民投票ができないということではない。

 ―自民党などが提出した改憲の国民投票法改正案の扱いは。

 これは既に改正された公職選挙法の項目を反映させたもので、中身的には何の問題もない。ただ、この国会で成立させるかどうかは参院の状況もあるので、よく見極めて対応していく。国会は与野党協議だ。われわれがこうしたいと言って、全部通用すればこんな楽なことはないが、それはできない。

 ―参院選に向けて改憲の必要性をどう訴えるか。

 全国で集会を開催しているので、改憲に関する意識は高まる。おのずから参院選のテーマの一つになってくることは間違いない。

 ―参院選後、衆院解散がなければしばらく国政選挙がない。改憲発議のタイミングは。
 全く個人的な考えだが、参院選で自民党が一定の評価を頂ければ、当面、常識的に考えて国政選挙はない。この間に発議するのが、静かな環境でできると思う。 』

緊急時こそ国会機能維持 公明・北側一雄憲法調査会長―与野党インタビュー

緊急時こそ国会機能維持 公明・北側一雄憲法調査会長―与野党インタビュー
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022050200564&g=pol

『―現行憲法の評価は。

 日本国憲法は非常に優れている。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三原則は時代が変わろうと堅持すべきだ。ただ、脱炭素や地球環境問題、急速なデジタル化など当初想定していないものもある。必要な改正はしなければならない。

 ―今後の党内議論は。

 党内では当面、環境問題とデジタル化、緊急事態で詰めた議論を行う。

 ―緊急事態の議論が国会の憲法審査会で活発だ。

 大いに評価していい。日本は災害が多く、新型コロナウイルス感染は3年目だ。ウクライナ情勢もあり、緊急時にどう国会機能を維持するか議論できている。最初の議論は「オンライン国会が憲法上可能か」だったが、これをまとめたのは非常に大きな成果だ。

 ―国会議員の任期延長は。

 多くの党派共通の問題意識だ。東日本大震災で首長や地方議員の任期を延長したように、長期間、国政選挙ができない場合、厳格な要件が必要だが、任期延長は認め、憲法改正するしかない。

 ―野党に異論もある。

 論点は二つだ。一つは参院の緊急集会。この大前提は「今、衆院議員はいないが、近い選挙で新しい衆院が構成される」ということだ。二院制が大原則なので、参院だけの議決でいいとはどこにも書いていない。法律も予算も首相指名も両院の議決だ。緊急集会はあくまで暫定的な措置だ。

 また、東日本大震災では、被災3県で選挙ができなかった。3県だけ繰り延べ投票の場合、被災選挙区選出の議員がおらず、比例投票も確定できない。

 ―議論の取りまとめ時期は。

 参院選後になると思うが、論点は出尽くしつつある。党として条項手前のものは作りたい。

 ―内閣の緊急政令の是非は。

 憲法に書いて済む話ではない。ウクライナでは、法律の成立状況など議会のホームページが毎日更新されている。ウクライナの議会が戦乱中も機能を果たしているのに、緊急時だから国会を吹っ飛ばして政令で決めていいという憲法規定には賛成できない。

国会は唯一の立法機関、国権の最高機関だ。緊急時こそ役割を果たさなければいけない。
 例えば、災害対策基本法はあらかじめ、緊急時に国民の権利や自由を政令で一定の制約ができる規定がある。個別法で詳細に規定を書くしかない。 』

改憲ありきでなく論憲 立民・奥野総一郎衆院憲法審幹事―与野党インタビュー

改憲ありきでなく論憲 立民・奥野総一郎衆院憲法審幹事―与野党インタビュー
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022050200500&g=pol

『―立憲民主党は「論憲」を掲げている。

 とにかく憲法改正ありきが「改憲」だ。

論憲はきちんと理詰めで議論して、変える必要があれば変えていこうということだ。

憲法審査会で議論して、憲法を改正しなくてもオンライン審議ができるという結論を導き出した。まさに論憲の例で、変えなくて済むところは解釈あるいは法律で補っていく。

 ―自民党の改憲4項目((1)自衛隊明記(2)緊急事態条項創設(3)参院選の合区解消(4)教育の充実)に対するスタンスは。

 全く必要がない。自衛隊は合憲だし、今の9条の枠内でも十分国を守ることはできる。
9条のいいところは世界レベルでの戦争に巻き込まれないことだ。(自民案は)その良さを失わせる。

 災害対策基本法、新型インフルエンザ対策特別措置法、有事法制など法律レベルで制度ができている。議会を経ないで何でもできるようにするのはやり過ぎだし、世界的に見てもそういう例は少ない。

 合区については、(自民案では)1票の格差の問題が解消できない。(格差を)5倍でも6倍でもいいとするならば、参院の権限を衆院に比べて弱くしなければいけない。

 教育の無償化は、憲法に書く必要は全くない。

 ―新型コロナウイルス禍やウクライナ危機を踏まえ、緊急事態条項創設を急ぐべきだとの主張もある。

 何度も言っているように冷静な議論が必要で、憲法改正ありきではない。現行の制度でたいていのことは対応できる。

 ―立民は国民投票法のCM規制をめぐる議論を優先すべきだと主張している。

 外国政府の介入が現実に起こり得る。制度的になるべく起きないような仕組みをつくっておく必要がある。

 ―国民投票法の問題は避けて通れないか。

 国民投票法ができた当時はテレビCM中心だったが、今はネットが普及しSNS(インターネット交流サイト)の情報戦になっている。そういったところも視野に入れながら、どういう制度をつくっていくのか考えなければいけない。

 ―国会での憲法論議をどう見るか。

 どれだけ改憲に熱心かということをPRする場になってしまっている。改憲ありきで進めるのは反対だ。憲法の議論は腰を据えてじっくりやっていくのがいい。』

緊急事態条項、具体的議論を 維新・馬場伸幸共同代表―与野党インタビュー

緊急事態条項、具体的議論を 維新・馬場伸幸共同代表―与野党インタビュー
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022050200505&g=pol

『―緊急事態条項創設の必要性は。

 不測の事態が起こったとき、国会議員の任期延長は憲法の中に規定を置かなければできない。全く国会が機能しないとなると、国民の安心、安全が確保できない。規定を置くことが必要だ。テロや内乱、戦争、大規模な災害、感染症の流行と、緊急事態とは何かということは、かなり絞り込まれてきている。そういう状況になったとき、人権の制約が大きな課題として出てくる。個人的には、緊急事態宣言下でも「こういうことはできない」というリストを作るべきだと思う。

 ―憲法9条改正については。

 われわれは自衛隊を憲法上位置付けるべきだという基本的な考えがある。どういう憲法改正をすればいいのか、党内で議論を行っていく。

 ―自民党も緊急事態条項の創設を掲げている。

 不測の事態が起これば国会議員の任期延長やむなしという部分は、もう議論が収れんされていると思う。最大で何日間延長できるのか、誰に決定権があるのか、誰が要請するのかという細部の議論をしていく段階に入っている。この部分は自民党も全く議論が進んでいないと思う。

 ―議論のスケジュール感は。

 具体的に各党が考え方を出していくことになっていると思うから、国会の憲法審査会で議論を行うよう提案していきたい。

 ―与党とまとめた国民投票法改正案をどうすべきか。

 公職選挙法の改正がなされているので、(それに合わせて)一刻も早く国民投票法も改正すべきだ。

 ―国会での憲法論議をどう見るか。

 お城で言えば外堀で泳いでいるというのが今の姿だ。早く本丸の中に入って議論していくことが肝心だ。

 ―夏の参院選と合わせた憲法改正国民投票の実施を主張している。

 松井一郎代表は「国民投票をいつやるか、時期的な目標を設定して議論しなければ前に進まない」というのが本音だ。

個人的な意見を言えば、参院選時に国民投票を行うとルール化すれば、改憲の議論も前に進む可能性が高まってくるのではないか。

国民主権をうたっている憲法が、一度も国民投票を経ていないことは非常に問題だ。国民投票を行うことは非常に重要なことだ。 』

憲法記念日、各党が談話

憲法記念日、各党が談話
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA287HY0Y2A420C2000000/

『日本国憲法は3日、1947年の施行から75年を迎えた。各党は3日付で談話などを発表した。

自民党 近年、わが国を取り巻く国際環境さらに社会構造や国民意識は大きく変化している。新型コロナウイルス感染症による危機はじめ国難とも言うべき厳しい状況に直面し、緊急事態に対する切迫感が急速に高まっている。

衆参の憲法審査会において喫緊のテーマについて議論を重ねている。国会での議論と国民の理解を車の両輪とし広く国民の議論を喚起していくことは、国会議員の責務だ。

立憲民主党 世界中の人々の平和と日常生活が危機にさらされている時こそ、安易に強権的な政治体制を求めるのではなく、国民の「自由」「権利」を守るべきだ。

立憲民主党は真に国民が必要とする憲法課題について論じるべく議論に参画している。特に手続き規定の整備なくして憲法改正はありえない。恣意的な衆院解散臨時国会の開会拒否などはさらに議論を進めるべきだ。

日本維新の会 遅滞なく改正議論を進めるべきだ。日本維新の会は教育無償化、統治機構(地方分権)改革、憲法裁判所の設置の3項目について改正条文を示している。緊急事態条項の創設や9条改正についてもとりまとめ作業を進めている。

公明党 憲法の価値をさらに高める政治に取り組んでいく。憲法9条1項、2項を維持し専守防衛を堅持する。国会を国家の危機下でも機能させることは極めて重要だ。時代の課題に向き合い、憲法論議に真摯に取り組む。

国民民主党 「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」を守り、次世代に継承する。一方で憲法の不断の議論と見直しは必要だ。緊急事態での国会議員任期延長の特例創設などに取り組む。

共産党 ウクライナ危機に乗じて改憲勢力が「9条で平和が守れるか」などと大合唱しているのは重大だ。9条生かした外交に力を尽くし、平和な東アジアをつくるのが政治の責任だ。

れいわ新選組 憲法を一言一句変えてはいけないという立場ではない。必要があれば議論すればよい。最も優先すべき政治課題は憲法改正ではない

社民党 今国会では衆院憲法審査会が毎週開かれる事態だ。7月の参院選で勝利し、改憲勢力3分の2以下に抑え、平和憲法を擁護し暮らしに生かす。

NHK党 テレビを持っているだけで見てもいないNHKと契約しなければならないことが合憲と判断されるならば、直ちに契約の自由明文化した条文へ改正すべきだ。

主張 憲法施行75年 今こそ9条の力を生かす時だ
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik22/2022-05-03/2022050302_01_0.html 

『日本国憲法が1947年5月3日に施行されてから、75年を迎えました。アジア諸国民と日本国民に甚大な犠牲をもたらした侵略戦争への深い反省の上に憲法は制定されました。前文で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」と決意し、9条で戦争放棄・戦力不保持を掲げています。ロシアのウクライナ侵略という暴挙によって第2次世界大戦後の国際秩序が大きく揺らぐ中、75年前に日本が世界に向かって発信した平和主義の原点に立ち返り、改憲を許さず憲法を守り生かす取り組みを強めることが一層重要になっています。

憲法学者の記した覚悟

 戦後日本を代表する憲法学者の一人、芦部信喜(あしべ・のぶよし)・東京大学名誉教授(1923~99年)が、憲法公布(46年11月3日)直後に執筆した論文「新憲法とわれらの覚悟」が昨年、見つかりました。同氏の出身地・長野県駒ケ根市内の農家の土蔵に保管されていたことを信濃毎日新聞(昨年7月16日付)が「『幻の原稿』発見」と報じ、雑誌『世界』が今年5月号に論文の全文を初めて掲載しました。

 「(国民の責務は)この憲法を生かすことを真剣に考えることである。そしてそれは我々の『主体的意識の覚醒』の一語につきる」「誠に平和日本の建設の成否したがって新憲法の成否は、一にかかって国民の資質にある」

 芦部氏は東大入学直後に学徒動員され、敗戦後は郷里で過ごし46年秋に復学しました。論文はその頃のもので、新憲法を国民が主体となって生かす努力が欠かせない点を繰り返し強調しています。

 意識にあったのは、戦前のドイツです。民主的で先進的とされたワイマール憲法がナチスによって破壊されたことを挙げ、「この歴史の悲劇を対岸の火災視することはできない」と警告しています。これらの記述は、現在の日本への重い問いかけになっています。

 憲法12条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」と明記しました。憲法施行以来、国民は自由・人権保障だけでなく、憲法の各条文を生かす「不断の努力」を重ねてきました。9条を守り生かす世論と運動は、日本が直接戦闘行為に参加することを許さず、自衛隊は一人の戦死者も出していません。

 ロシアのウクライナ侵略に乗じた9条改憲と大軍拡加速の動きは、国民が戦後築いてきた平和の努力に真っ向から逆らう企てです。「軍事力には軍事力」の発想は、歯止めのない軍拡競争への道です。国家間の争いを絶対に戦争にしない―これが9条を持つ国の責任であり、そのために知恵と力を尽くすのが政治の使命です。東アジアに平和をつくるため、9条を力にした積極的・能動的な外交への切り替えが必要です。

崇高な理想達成にむけて

 「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」。憲法前文の一節は、世界が大きな岐路にある今だからこそ心に刻みたい言葉です。二つの世界大戦の惨禍を経てつくられた国連憲章に基づく平和秩序を回復するために、日本は役割を果たさなくてはなりません。憲法前文のめざす「崇高な理想と目的」達成に向けて力を尽くす時です。』

憲法記念日アピール
https://sdp.or.jp/statement/constitution/

『2022年5月3日

社会民主党

党首 福島みずほ

 ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まって2カ月余りが経過するなかで施行75周年となる憲法記念日を迎えました。ロシア軍の行為は、国際法を無視する暴挙であり、直ちにウクライナから撤退すべきです。

 一方、日本国内ではウクライナでの戦争に乗じて「専守防衛」をはるかに超える軍事大国への動きが平和憲法が存在するもとで起きています。

 自民党の安全保障調査会(会長=小野寺五典元防衛相)は4月21日、敵のミサイル拠点をたたく「敵基地攻撃能力」について名称を「反撃能力」と変えた上で保有するよう政府に求める提言案をまとめました。

いかに言葉を言い換えようと、本質は先制攻撃であり、断じて認められません。

安倍元首相らに至っては「核共有」を主張し、国是である「非核3原則」を否定しています。

また防衛費について提言案は「5年以内に…必要な予算水準の達成をめざす」としてGDPの2%以上を目標にするとしています。国民生活への影響は甚大ですが、眼中にありません。

 連日の報道からも戦争がどれだけ悲劇と損害をもたらすものか、誰の目にも明らかです。これ以上犠牲を拡大させないためにも一刻も早く戦争をやめさせる外交努力こそ求められています。ウクライナでの戦争の現実を見たとき、非武装・非戦の日本国憲法の先見性は明らかです。

 また新型コロナウイルスの感染は3年目に突入しました。「まん延防止等重点措置」は全面的に解除されたものの、新規感染者は高止まりの状況が続いています。

 医療崩壊が各地で発生し、助かる命が奪われるという悲惨な事態が相次ぎました。

しかし、政府は公立病院や保健所の統廃合をいまだにやめようとしません。さらにコロナ禍のもとで非正規労働者の多い女性労働者を中心に解雇が相次ぎ、生活に困窮し、餓死者も発生するという事態が〝先進国日本〟で発生しています。憲法が求める「国の社会的使命」が果たされていません。

 昨年秋の衆院選で改憲勢力が4分3を超えました。今通常国会では衆院憲法審査会が毎週開かれる事態となっています。

いま改めるべきは日米地位協定であり、政治が全力をあげなければならないのはコロナ禍への対処とウクライナ戦争の停戦を求める外交努力です。

 憲法施行から75周年にあたり、社民党は7月の参院選で立憲野党との協力を深めながら勝利し、改憲勢力の議席を3分の2以下に抑え、平和憲法の擁護と暮らしに活かす政治を実現することを決意します。』

 ※ この内容じゃ、取材すらされないのも「ごもっとも。」だ…。

 ※ それとも、あまりに国会議員の数が少なくて、「泡沫政党」と認識され、「パス」されたものか…。

 ※ 調べたら、共産党10人、社民党1人のようだな…。

私が考える憲法「危機時の自衛隊」「緊急事態条項」

私が考える憲法「危機時の自衛隊」「緊急事態条項」
私が考える憲法(上)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM189OO0Y2A410C2000000/

 ※ 「立憲主義」「人権尊重」もけっこうだが、「憲法(人権)出でて、国滅ぶ。」じゃ、本末転倒だろう…。

 ※ 「国家」の本体は、そこに生きて生活している個々の「国民」だ…。

 ※ この人たちの食いぶちを確保し、身の安全を図り、次代へとつないで行く…。

 ※ そういう「国民」が生き残っている限り、たとえ、一時的に「攻撃」されて、「犠牲」が出ても、またいつの日にか「復活」「復興」を遂げることができる…。

 ※ そういうことのためには、どういう「策」を打ったらいいのか…。どういう「制度設計」にしたらいいのか…。

 ※ そういうことを考えるのが、「国家戦略」だ…。

 ※ 憲法、自衛隊、緊急条項も、そういうものの「延長線上」にある…。

『「自衛隊、緊急時の行動に限界」 香田洋二氏(元自衛艦隊司令官)

――憲法に自衛隊を明記すべきだという議論があります。

「戦後の社会党は『自衛隊は憲法違反』と唱えていた。1994年に村山富市氏が首相に就き『自衛隊は憲法の認めるものだ』と答弁した。私は自衛隊勤務の半分以上の期間、野党第1党に『憲法違反』と言われる組織に属していたことになる」

「自衛隊は国家を守る任務のために武器の使用が認められている。命をやりとりする唯一の組織と言える。自衛官も人間であり、家族もいる。この存在が『憲法違反』と言われてきたのは健全ではない」

「今の日本は戦前の日本とは違い、シビリアンコントロール(文民統制)が徹底している。憲法に自衛隊を明記しても全く問題は生じない」

――災害支援などで自衛隊の役割は広く認められています。それでも憲法への明記が必要でしょうか。

「目に見えない障害はたくさんある。例えば安全保障関連の研究開発について大学はいまだに及び腰だ。防衛省との共同研究を認めなかったり、自衛官を修士課程に入学させなかったりする」

――ロシアのウクライナ侵攻で憲法改正の必要性は高まりましたか。

「ロシアは核を使ってウクライナを脅している。戦後の国際社会は米ロと英国、フランス、中国の5大国以外の核兵器保有を禁止し、5大国は立場を利用した他国の侵害はしないという前提があった。今回、ロシアは一方的にこれをぶち破った」

「現実を認めて憲法論議を始めないといけない。国際社会の平和という憲法の前提は明らかに崩れた。平和の理念は重要だが、現実もみなければいけない。現在の日本の状況は自国の理想ばかりみて国際協調の現実に目を配らず判断を誤った戦前の日本にも重なる」

――どのような事態に備えて憲法論議をすべきでしょうか。

「沖縄県・尖閣諸島に中国の漁船が接近して上陸した場合、日本は警察権で対応するだろう。ただ、警察や海上保安庁の任務は国を守ることではなく、軍事活動はできない」

「自衛隊は防衛出動が下令されるまで国境を守るための活動は認められない。9条の縛りが強く、政府は簡単には防衛出動を出せない。危機時に部隊の行動規定と首相の命令に基づいて活動措置をとれるようにしておかなければ、対応の遅れで国益を損ないかねない」
こうだ・ようじ 1972年防衛大卒、海上自衛隊へ。海上幕僚監部防衛部長、自衛艦隊司令官(海将)などを歴任。著書に「北朝鮮がアメリカと戦争する日」など。徳島県出身。

「緊急事態、9割の国で規定」 ケネス・盛・マッケルウェイン氏(東大教授)

――ウクライナ侵攻によって日本の憲法上の課題が浮かび上がりましたか。

「本当に戦争が起こるとは思っていなかった。衝撃的な状況だ。日本でも安全がいつまで保たれるのか誰も保証することができない。予期せぬことが起きた時にどう対処するかを考えた時、緊急事態条項を徹底的に議論する必要性が改めて明確になった」

「緊急事態条項とは戦争や内乱、災害などの有事に、政府に平時の枠組みを超える権限を一時的に与えることを規定するものだ。人権制限などの政府の権力を拡大する側面と、議会の任期延長など政治手続きを簡略化する2つの側面からなる」

――海外の憲法では緊急事態条項を盛り込むことが多いのでしょうか。

「世界の憲法の9割が緊急事態条項を規定している。そのうち民主主義国家の憲法では緊急事態を宣言できる状況として『戦争・外部攻撃』を規定しているのが74%と最も多い。次に多いのが『内乱』と『災害』でそれぞれ50%となっている」

「宣言の効果として8割近くの憲法が『人権の制限』を規定している。『議会任期延長・非解散』は52%。政府が法律と同等の緊急政令を制定できるとしているのは17%だ」

――日本が緊急事態条項を議論する場合、どんな点が重要ですか。

「日本は議院内閣制で行政府と立法府の境目が比較的薄く、他国に比べて緊急時の対応で政策手続き面が障害にはなりにくい。どのような権限を政府に与えるかが議論の中心となるべきだ」

「詳細について憲法に『法律に定める』と書く方法もあるが、法律は議会の過半数の賛成で変えることができてしまう。緊急事態条項はあくまで有事の例外的な適用になる。『いつ、誰が発動するか』など憲法に詳しく規定しておくべきだ」

――有事といえども人権を制限することには賛否があります。理解を得るにはどういった仕組みが必要ですか。

「緊急事態を宣言する際、本当に要件を満たしているかどうか精査する仕組みも欠かせない。与党が過半数を占めている場合、立法府が行政府をきちんとチェックできるかという課題が残る」

「司法に審査を委ねるという考え方もある。現時点では最高裁にそのような役割は想定されていない。緊急事態の審査に特化した『憲法裁判所』を設置するのも選択肢の一つだ」
けねす・もり・まっけるうぇいん スタンフォード大博士(政治学)。専門は比較政治制度。1789年以降にできた各国の憲法をデータに基づき分析。東京育ち、アイルランド国籍。

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「侵攻」憲法点検の機会に ウクライナ危機で浮き彫り

「侵攻」憲法点検の機会に ウクライナ危機で浮き彫り
憲法施行75年
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA15D0Z0V10C22A4000000/

『ロシアのウクライナ侵攻は憲法が厳しい安全保障環境にどこまで対応できるかという論点を浮き彫りにした。

ウクライナ政府は侵攻後に戒厳を宣言し出国を制限した。日本の憲法には規定のない緊急事態条項に基づく。

有事の備えは十分なのか。施行75年を迎えた憲法を点検する機会となる。

ロシアによる侵攻がはじまる前日の2月23日。ウクライナは憲法に基づき非常事態を呼びかけ、24日には戒厳を宣言した。18~60歳の男性の出国を原則禁止という措置を講じ、ウクライナにとどまる男性が目立った。

ウクライナ憲法は議員任期の延長も規定する。ロシアの侵攻という危機に憲法や法律を整えていた。

「多くの法律を成立させ厳然と議会機能を維持している。敬意と感動を覚える」。3月17日の衆院憲法審査会。公明党の北側一雄副代表はウクライナ議会の動きを紹介した。「議員の任期延長の論点を早急に詰めるべきだ」と指摘した。

ウクライナを含む米欧の主要国は非常事態時の対応を明文で位置づける。

世界各国の憲法の9割が盛り込む。

日本国憲法は武力行使や大規模災害などの非常時に政府の権限を強める緊急事態条項を持たない。

緊急事態への憲法の規定は54条に参院が「緊急集会」を開き、国会の機能を維持できると定めるにとどまる。

54条は条件を「衆議院が解散されたとき」と解釈される。衆院議員の任期満了時に開催できるかを巡っても専門家の意見が分かれるのが現状だ。

政府権限の強化と同時に、人権の制約を認めるか否かといった点も論点となる。民主主義国家の8割近くの憲法に「人権の制限」がある。緊急事態が行き過ぎた措置とならないようチェックする仕組みを設ける国もある。

ウクライナ侵攻で憲法9条が意識されたのがゼレンスキー大統領の演説だった。3月下旬に日本の国会でオンライン演説に臨んだ際、ロシアへの経済制裁の評価など日本の援助に謝意を示す言葉が並んだ。

米国や韓国の議会では兵器の供与などを相次ぎ要求した。コルスンスキー駐日大使は4月1日の記者会見でゼレンスキー氏の演説に関し「憲法9条や日本の政治的な環境を認識し、理解したうえで言葉が選ばれた」と説明した。

米欧諸国は対戦車ミサイルや地対空ミサイルを供与する。日本はヘルメットや防弾チョッキといった殺傷能力のない資材に限る。憲法9条を背景に海外への防衛装備輸出のルールを定めた「防衛装備移転三原則」に沿って対応した。

ロシアによるサイバー攻撃でも日本の憲法の特性が改めて浮き彫りになった。

ロシアは物理的な攻撃と並行しサイバー攻撃を展開した。ウクライナが米側の協力を受けて電力や通信、交通などの重要インフラを維持したことが善戦の一因となった。

日本は9条に基づく専守防衛の原則や21条の「通信の秘密」が敵国のネットワークへの侵入などといった対応を制限する。

積極的な防衛体制(アクティブ・ディフェンス)と呼ばれる防衛措置にも慎重で、サイバー空間への対処は遅れている。

政府権限、新型コロナでも論点に

 4度目の緊急事態宣言が発令され、閑散とする福岡市の繁華街・中洲=20日夕

現憲法で非常事態に対応できるかという議論は新型コロナウイルスの感染拡大時にも浮上した。

日本は憲法だけでなく新型コロナに適用できる法体系がなく、国内の感染拡大後に特別措置法を整備した。欧州各国は憲法に基づき移動制限などの措置を発した。

新型コロナ対策で飲食店などに休業を要請する緊急事態宣言は2020年3月の新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正ではじめて可能となった。それでも病床の確保などが機能しなかったため、21年2月に国や自治体の権限を強める感染症法を追加で成立させた。

急ごしらえの法整備には異論が相次いだ。飲食店チェーンのグローバルダイニングは時短の命令が違法・違憲だと主張し、損害賠償を求めて都を提訴した。感染拡大の防止策が営業や外出の「自粛要請」が柱となったためだ。

諸外国は欧州を中心にコロナ禍で緊急事態条項を活用した。イタリアやスペインは人の移動を禁じて交通機関も止め、イスラエルはロックダウン(都市封鎖)を実施した。

フランスは一時、生活必需品の買い物など政府が認めた目的以外の外出には罰金を科して違反を繰り返せば禁錮刑とした。

立憲民主党など野党は新型コロナへの対応と改憲は別問題だと主張する。

宣言と21年の特措法改正で新設された宣言に準じるまん延防止等重点措置の適用で対処できるとの声もあがった。政府は収束を見据え6月にも総括的な検証に入る。

国民投票法を巡り意見交換が行われた衆院憲法審査会

憲法審、論議活発に

衆参の憲法審査会は憲法に関する本格的な議論を再開した。衆院は3月中旬以降、毎週木曜に定例で開き今国会で10回以上となった。2018~21年の通常国会は2~4回にとどまっていた。2桁に達するのは13年以来9年ぶりとなる。

ウクライナ侵攻などを巡る緊急事態条項といった議題について審議した。21年秋の衆院選で議席を伸ばした日本維新の会が衆院憲法審の定例開催を求めて、機運が高まった。

改憲手続きを定めた改正国民投票法が成立し、憲法論議の前提となる課題の処理が進んだ。国民投票法改正案は18年6月に提出され、成立に3年を要した。立憲民主党などが法改正を巡り「CM規制」の強化を訴え、与野党で平行線が続いていた。

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・緊急事態条項、参院選の争点に 憲法施行75年
・憲法記念日、各党が談話
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・私が考える憲法「危機時の自衛隊」「緊急事態条項」
・私が考える憲法「サイバー空間定義を」「価値観は多様」』

〔異なる意味の「主権」が使われている例〕

・(ポツダム宣言8項)「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」

 ※ 「統治権(=日本国の国家としての強制権)」という意味での、「主権」。

・(日本国憲法前文3項) 「 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」

 ※「国家としての独立性」という意味での、「主権」。

・((日本国憲法前文1項)「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」

・((日本国憲法第1条) 「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」

 ※ 「国家の最高意思決定権」という意味での、「主権」。

 ※ これらの規定から、明文は無いが、日本国憲法は「国民主権原理」を採用したと解されている。

主権

主権
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%BB%E6%A8%A9

『概要

具体的には以下の3つが基本的意義となる。

・国家の統治権(国民および領土を統治する国家の権力)[6][2][7]

・他国の支配に服さない最高独立性[2][1]。対外主権(たいがいしゅけん)[8]。

・国家の政治のあり方を最終的に決める権利のこと[9][1]。

元々のフランス語、英語での意味は「至上、最高、他より上位の」であり、多義的な用語・概念で、論者によって様々な意味が盛りこまれるため、また、国家や政府、そして国家の独立や民主主義に関するものであるため、主権概念については多くの論争がある[5][10][11]。

また国際関係を規律する国際法では各国の主権が平等で尊重されるとともに制限されるなど多くの問題を残している[8]。 』

『意義

概略

元々はヨーロッパの政治において「至高性」を指す用語・概念で、フランス国王の権力が、一方ではローマ皇帝や教皇に対し、他方で封建領主に対して、独立であったり最高の存在であることを示すための用語として登場した[2]。

宗教戦争の最中、反抗的な封建諸侯に対してフランス王の権力を正当化するためにジャン・ボダンは「主権とは国家の絶対的かつ恒久的権力である」と定義した[12][5][11]。ボダンはsouverainetie(主権)と共にmajeste(至上権、尊厳、権威)やsumma potestas(最高の権能)も同義語として使っている[11]。ボダンの主権論は封建主義からナショナリズムへの移行を促進することとなった[5]。

トマス・ホッブズは主権概念は近代化され、全ての正式の国家において特定の個人または人々の体は至高かつ絶対の権威を保有すると法で布告すべきであるし、この権威を分けることは国家の統一性を本質上破壊するものであるとした[5]。ロックやルソーらの社会契約論によって国民主権・人民主権(Popular sovereignty)の教義が生まれ、アメリカ合衆国の独立(1776年)やフランス革命にも影響を与えた[5]。

国際法における概念としては、ヨーロッパ全土を巻き込んだ宗教戦争の到達点であるヴェストファーレン条約によって確立された。その後、近代国家が形成され発展する過程で、さまざまな政治的背景を織り込みつつ、様々な意味で用いられるようになった用語である[2]。

語源はラテン語のsuperanus であり、フランス語souverainetéである[5]。

また、日本語で「主権」と翻訳したことで権利の概念と紛らわしいことも指摘されている[13]。

基本的意義

主権の基本的意義とは、「国家(領土・領海・国民・国家体制など)を支配する権限」である。言い換えれば、一定の境界(領界)を持つ基盤的な集団的自己決定権、すなわち国家機関と国民の行動に関してその正当・不当の如何を確定する国家における権利のことを指す[3]。

具体的な内容については、実定法上も用いられるものとして、次の三つの基本的意義が一般的な理解としてある[2][注釈 1]。

・統治権(対内主権)

第一に、国権(国民を統治し支配する国の権力)[14]ないし統治権[2][6]、国民および国土(領土)を支配する権利(例:ポツダム宣言8項[15])。

「国家が内に対して最高至上である」ということが、「主権」の内容として語られる。近代国家においては、国家は、自らの領土において、いかなる反対の意思を表示する個人・団体に対しても、最終的には、物理的実力(physische Gewalt)を用いて、自己の意思を貫徹することができる。この意味で、国家は対内的に至高の存在であり、これを「主権的」と表現するのである。私法上の権利と区別された公法上の権利であるという意味で高権とよばれることもあり、国民に対する支配権を「対人高権」、領土に対する統治権即ち「領土高権」という[7]。

主権は国家における最高の統治権であるが、統治権一般、国家機構が行使する統治の実権とは別ものであり、主権以外の統治権が明確であるのに対して民主主義国家においては主権は不明確であり、その所在である主権者も曖昧模糊としている[3]。
最高権(対外主権)

第二に、国権の属性としての最高独立性(例:日本国憲法前文3項[注釈 2])。国家が他国からの干渉を受けずに独自の意思決定を行う権利としての国家主権[6]。内政不干渉の原則および国家主権平等の原則(国際連合憲章第2条第7項、友好関係原則宣言)では、各国は明確な領域に基づく国家管轄権を確立し、その管轄領域内への他の国家の介入を排除される[10]。したがって、主権を排他的管轄権としての公権力と定義することもできる[10]。

グスタフ・ラートブルフは「主権は国際法的主体性に外ならない。即ち国家は主権的であるが故に国際法主体であるのではなく,国際法主体であるが故に主権的であるのである」とし、主権は国際法、国際関係を前提としたものであるとする[16][10]。 ハインリヒ・トリーペルは国際法の基礎を国家間の合意におき、またH.コルテ(Korete)は主権を他の支配力からの独立として把握し、H.ヤライス(Jahrreiss)は外部の支配者に従属することのない場合に国家が主権的であるとした[8]。したがって対外的には主権と独立は同義であるとされた[8]。1923年アメリカのモンタナ州最高裁判所は主権を「それによって独立国家が統治せられる最高・絶対・無制約の権力」と定義した[8]。このように国家が他の国家権力に拘束されないことを対外主権という[8]。
国際法における「主権平等の原則」

近代国際法においては、国家間の「主権平等の原則」が認められており、国家は主権的地位において平等であるとされる[17](国際連合憲章2条[18]、友好関係原則宣言)[17]。主権平等原則に基づき、一国一票制をとっている[19]
最高機関の地位(最高決定力)

第三に、国家統治のあり方を終局的に決定しうる権威ないし力。国家の政治を最終的に決定する権利[6](例:国民主権や君主主権といわれる場合の主権観念のこと。日本国憲法前文1段および1条[注釈 3]。

ある国家のうちで、「国政の在り方を最終的に決定する最高の地位にある機関は『誰』なのか?」あるいは「実際に最終的に決定する『力』を持っているのは『誰』なのか?」という帰属主体の問題も「主権」の問題として語られる。その場合の「最終的に決定する『力』」とは何かという問題もあるが、一般には、最高法規である憲法を制定する権力、即ち、憲法制定権力(独:erfassunggebende Gewalt, 仏:pouvoir constituant)であるとされている[注釈 4]。ただし、その性質については、本当の「力」であるという実力説、機関としての権限であるという権限説や監督権力説など諸説がある。

 ※ 以下、省略。

合衆国最高裁判所

合衆国最高裁判所
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E6%9C%80%E9%AB%98%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%89%80

 ※ よく、「司法権の独立」とか、「法の支配」とか言うが、このwikiに書かれていることを読めば、非常に「政治的なもの」だということが、よく分かる…。

 ※ 「三権分立」とは、そういう「政治的な緊張関係」を孕んでいるものだ…。

 ※ よって、それ自体で「安定的なもの」では無く、「常に緊張関係にある」「不安定なもの」だ…。

 ※ だから、「不断の点検、見直し」の努力が必要となる…。

 ※ そこが、正に、「国民主権」による「民主主義」の根幹だ…。

※ スゲーな…。「判例法」の国だから、米国が滅亡しない限り、連邦最高裁判所制度が滅亡しないかぎり、未来永劫えんえんと蓄積されて行くんだぜ…。

※ まあ、日本でも、他の国でも同じことだが…。

※ それでも、英米法の法体系では、「判例」の重みが違う…。重要な「法源(法的判断の、依って立つところのもの)」という位置付けだからな…。

※ 「判事」のこと、「justice」と言っているだろ…。

※ 辞書で調べると、「正義、公正、公平、公明正大、正当、妥当、当否、司法、裁判、司法官」、これみんな「justice」なんだよな…。

※ 願わくは、「アメリカ・ファースト」だけでなく、「他国」に対しても「justice」であることを…。

『アメリカ合衆国最高裁判所(アメリカがっしゅうこくさいこうさいばんしょ、英語: Supreme Court of the United States、略称: SCOTUS)は、アメリカ合衆国連邦政府の司法府(連邦裁判所)を統括する、アメリカ合衆国における最上級の連邦裁判所。

合衆国憲法第3条第1節の規定に基づき設置されている唯一の裁判所である(他の連邦の下級裁判所は連邦法に従って設置されている)。

日本では連邦最高裁判所と呼ぶことも多い。 』

『概説

合衆国最高裁判所は、その長官である首席判事(しゅせきはんじ、Chief Justice)と8人の陪席判事(ばいせきはんじ、Associate Justices)から構成される。この首席判事のことを日本では便宜上、最高裁長官(さいこうさいちょうかん)と意訳している。

詳細は「アメリカ合衆国最高裁判所長官」および「アメリカ合衆国連邦最高裁判所陪席判事」を参照

最高裁長官と陪席判事は、大統領が指名し、任命するが、任命には上院による助言と同意が必要とされる(合衆国憲法2条2節2項)。

最高裁長官と陪席判事はいずれも終身制で、本人が死去または自ら引退するまで、その地位を保証され、弾劾裁判(※ 立法府たる「国会」に設置される)以外の理由では解任されることはない(同3条1節。ただし、現在までに弾劾によって解任された最高裁判事はいない)。

なお、日本では現職の最高裁判事が年を経て最高裁長官に昇格することが多いが、アメリカでは最高裁長官と陪席判事はそれぞれ別個に任命されることになっており、長官が死去または引退した場合には外部から新たな長官が任命されるのが普通で、陪席判事が長官に昇格した例は少ない[注釈 1]。

合衆国最高裁判所は、州間の争いなどの限られた事件について第一審としての管轄権を有するが(合衆国憲法3条2節2項)、そのような事件はまれであり、ほとんどの事件は連邦下級裁判所または州最高裁判所からの裁量上訴事件である。

合衆国最高裁判所は、連邦法や州法、連邦や州の行政府の行為が合衆国憲法に反するか否かを判断する権限(違憲審査権)を有することが判例上確立されており[注釈 2]、合衆国最高裁判所によって違憲と判断された法令等は無効となる。

 ※ ちょっと説明を加えておく。

通説的には、「付随的違憲審査権」と解されている。つまり、「法律等の”直接の合憲・違憲”を審査するのでは無く、その法律等を「適用するかどうか」の過程で、「付随的に」判断する…。違憲と判断すれば、「損害賠償の請求を認めない」「刑事罰の適用を認めない」という風に処理する…。
 また、「違憲」と判断された「法律等の効力」の問題も、通説的には、「抽象的に無効とは、ならない」とされている。これを認めると、「司法府」が、「国民主権」に基づいて行使した「立法府の”立法権”」を、「覆滅」「侵害」してしまうからだ…。

最高裁長官は慣例として、合衆国憲法2条1節8項に定められた大統領の就任宣誓を執り行う。

合衆国最高裁判所は、首都ワシントンD.C.北東地区の最高裁判所ビルにある。最高裁判所ビルは、ギリシアのパルテノン神殿をモチーフとして建てられ、その両脇には川村吾蔵とジェームス・アール・フレーザーの共作による「ジャスティス(正義一対像)」がある[注釈 3]。

現在のジョン・ロバーツ長官は2005年に就任した。 』

『歴史

「アメリカ合衆国の司法制度」も参照

初代合衆国最高裁判所長官
ジョン・ジェイ

連邦最高裁の歴史を語るとき、その時々の最高裁長官の名前(「○○・コート」)でその時代を指し示すことが多い。

初代最高裁長官はジョン・ジェイである。憲法制定後しばらくは、最高裁判所が連邦政府において重要な役割を占めることはなかった。

この状況を大きく変えたのがジョン・マーシャル長官時代である。マーベリー対マディソン事件において、最高裁が違憲立法審査権を有すると宣言したほか、多くの重要な判決により、連邦政府の三権の一つとしての司法の役割を確立するに至った。

一方、州裁判所に対する連邦最高裁の優位を確立する判決を下し、判決の執行に当たり州政府の抵抗を受ける場面もあった。

また全ての判事が意見を発表するイギリスからの伝統を打ち切り、一つの多数意見を発表する慣習が作られた。

この時代に唯一の弾劾裁判が開かれ、最高裁判事サミュエル・チェイスが訴追されたが、結局上院はチェイスを弾劾しなかった。

続くロジャー・トーニー長官時代(1836年 – 1864年)は、ドレッド・スコット対サンフォード事件の裁判で知られている。

最高裁は、この判決で、奴隷制度の存続を許容し、これが南北戦争の原因の一つとなったと言われている。

南北戦争後のチェイス、ウェイト、フラー各長官の時代(1864年 – 1910年)は、南北戦争後の憲法の修正条項の解釈に取り組み、実体的デュー・プロセスの原理を発展させていった。

 ※ 「デュー・プロセスの原理」とは、「適正手続き条項」とか訳されている。

「人権侵害」の結果を、極力回避するためには、「手続き」の「適正」を重視して、それを実現・確保することが重要という考え方。「令状主義」なんかに、つながって行く…。

ホワイト、タフト各長官の時代(1910年 – 1930年)にこの理論は頂点に達し、この頃から、連邦政府にしか適用がないとされてきた権利章典の一部を、憲法修正14条を通じて州政府の行為にも適用し始めた。

ヒューズ、ストーン、ビンソンの3長官の時代(1930年 – 1950年)には、現在の新しい建物に移った。またニューディール政策を支えるために大きく憲法解釈を変更した。

 ※ 合衆国憲法(日本国憲法も、同じ)には、「明文」では、「私有財産の保障」は規定されていない…。

しかし、基本、「資本主義」に立脚しているから、暗黙の了解として、「私有財産制度」は保障されているという前提で、「国家制度」は構築されているハズだ…。

 しかし、「ニューディール政策」みたいな「社会主義寄り」の政策を実現して行くためには、「強力に財産権(私有財産)を、制限する」必要が出てくる…。

アール・ウォレン長官時代(1953年 – 1969年)は、憲法上の市民権を広く解釈した多くの判決を下し論争を呼んだ。

ブラウン対教育委員会裁判では人種隔離政策を違憲としたほか、プライバシーの権利を認め、学校での義務的宗教教育を制限した。

またミランダ対アリゾナ州事件など刑事手続における新たな判例が作られ、州政府にも適用される権利章典の範囲を広げた。

バーガー長官時代(1969年 – 1986年)には、人工妊娠中絶が憲法上の権利であると認めたロー対ウェイド事件、アファーマティブ・アクションに関するカリフォルニア大学理事会対バッキ裁判などで、多くの論争を巻き起こした。

 ※ 「平等権」というものも、重要な「憲法上の人権」と考えられる…。

そして、それは、伝統的に、「機会の平等」と考えられてきた…。

つまり、「憲法(や、社会)」が保障するのは、「機会」を与えることまでで、あとは、各人の「能力・才覚」に委ねる…。(よく言われる、「結果が出ないのは、あんたのせい。社会や制度のせいに、するな(≒自己責任)」という話しだ…。

 ※ しかし、これだと「国家制度や社会制度」のせいで、長らく「不平等な状態」を「強制されてきた者」には、あまりに過酷な話しじゃないのか…、という考えが生じてくる…。

 ※ それで、「アファーマティブ・アクション(※ そういう状態に置かれてきた人達を”優先的に、取り扱う”あるいは、”下駄をはかせる”制度)」は、「平等権」に反しないし、むしろ、推奨されるべきだ…、という考えが、出てくる…。

選挙活動における支出制限を違憲とする判決を下し、また死刑制度については、違憲から合憲へと短い間で判例を変更した。

ウィリアム・レンキスト長官時代(1986年 – 2005年)には、出訴権・労働組合の争議権・中絶権などを狭く解し、一方で連邦議会の通商条項上の権限を狭く解釈する二つの判決を出した。

2016年2月にアントニン・スカリア判事が死去し、当時のバラク・オバマ大統領(民主党派)はスカリア判事の後任候補を指名したが、共和党派の上院議員らの反対により挫折。
2017年1月に就任した共和党派のドナルド・トランプ大統領が保守派のニール・ゴーサッチを後任候補に指名し、同年4月7日に上院の同意を得るまで、合衆国最高裁判所の判事の席は約1年2か月にわたって1人空席の状態が続いていた[1]。

2021年4月9日、バイデン大統領は現行9人の定員を拡大することを含む改革について検討する超党派委員会を設置した。

大統領令に基づいて設置された委員会は、リベラル派と保守派の法学者、元連邦判事など36人のメンバーで構成され、公聴会を開くなどして180日以内に検討結果を報告する。

増員のほか、現行の終身制に代わる任期導入などについて「利点や合法性」を検討するという[2]。 』

フランス議会、ウイグル人権弾圧「大量虐殺」認定

フランス議会、ウイグル人権弾圧「大量虐殺」認定
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR20DWS0Q2A120C2000000/

『【パリ=白石透冴】フランス国民議会(下院)は20日、中国の新疆(しんきょう)ウイグル自治区での人権弾圧が「ジェノサイド(民族大量虐殺)」だとする決議案を可決した。拘束力は持たないが、仏政府にも行動を求めた。

仏AFP通信によると、マクロン大統領が率いる与党共和国前進の賛成などでほぼ全会一致で可決した。「中国政府によるウイグル族への暴力が、人道に対する罪であり、ジェノサイドであると公式に認定する」といった内容になっている。

仏政府にもジェノサイドとして認定することを求めたほか、国際社会と協力して、必要な措置を中国政府に対して取るように促した。在仏中国大使館はツイッターで「ジェノサイドなどといった扇動的な批判は、中国を敵視する完全なウソである」などと反論した。

議会に出席していたリステール貿易・誘致担当相は「事実をどう認定するかは政府の役割ではない」と語ったが、中国側と話し合う意向を明らかにした。欧州では人権軽視の疑惑がある中国への警戒感が高まっており、中国と距離を取り台湾と接近する動きが相次いでいる。』

投票権法案の可決絶望的に 米上院、バイデン氏に打撃

投票権法案の可決絶望的に 米上院、バイデン氏に打撃
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN20DZ90Q2A120C2000000/

 ※ 「フィリバスター」制限法案、ポシャったようだ…。

 ※ しかし、『議事妨害はフィリバスターと呼ばれ、長時間演説を続けて議事進行を妨げ、法案を廃案に持ち込む手法。かつては実際に演説する必要があったが、現在は形式的に議事妨害の意思を示すだけで効力を持つ。』…、ということは知らんかった…。

 ※ プロ野球の、「宣言四球」みたいなものか…。

 ※ 『民主党指導部は、フィリバスターに議場での演説を義務付け、共和党議員による演説継続が不可能になった時点で採決に持ち込めるよう規則変更を図った。民主党議員が全員同意すれば変更できたが、同党の2人が「党派対立をさらに深刻化させる」などとして反対していた。』…、ということだ…。

『【ワシントン=共同】米上院本会議で19日、民主党のバイデン大統領が公約として成立を目指す投票権擁護法案に関し、共和党の議事妨害を阻止するための規則変更が失敗に終わった。共和党議員のほか、民主党の中道派議員2人が規則変更に同意しなかった。法案を採決に持ち込む見通しが立たず、可決は絶望的になった。バイデン氏にとって大きな打撃となる。

投票権擁護法案は、共和党が優勢な各州で郵便投票の要件などを厳格化する州法が相次いで成立しているのに対抗し、民主党が提出した。全米で郵便投票や有権者登録を容易にする内容で、下院では可決済みだった。

議事妨害はフィリバスターと呼ばれ、長時間演説を続けて議事進行を妨げ、法案を廃案に持ち込む手法。かつては実際に演説する必要があったが、現在は形式的に議事妨害の意思を示すだけで効力を持つ。

民主党指導部は、フィリバスターに議場での演説を義務付け、共和党議員による演説継続が不可能になった時点で採決に持ち込めるよう規則変更を図った。民主党議員が全員同意すれば変更できたが、同党の2人が「党派対立をさらに深刻化させる」などとして反対していた。』

キリンのミャンマー合弁暗雲 従来型のリスク管理に限界

キリンのミャンマー合弁暗雲 従来型のリスク管理に限界
編集委員 渋谷高弘
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH083EO0Y1A201C2000000/

 ※ 仲裁とは、お互いが納得する「仲裁人」をあらかじめ定めておき、その「仲裁人」の「仲裁判断」には、「従う」ということを「約束(契約)」しておくという形の「紛争解決方法」だ…。

 ※ こういう風に、「国と国とをまたぐ、”渉外案件”」は、紛争解決が相当に困難となる…。

 ※ 「裁判」「判決」至上主義的な発想をする人も多いと思うが、こういう”渉外案件”の場合、どの国の法律が適用されるのか、どの国のどの裁判所が管轄権を持つのか…、という「出発点」自体が、「紛争」となる…。

 ※ いずれ、あらかじめの「契約」が拠り所となるが、「想定外」「取り決め(契約)外」のことが生じることが多々ある…。

 ※ ましてや、このキリンの問題のように、「経済的な利益」以外のことが、「問題となること」は、「想定して」いないだろう…。

 ※ 「経済活動」とは、「互いに経済的な利益を得ること」が話しの中心で、「国際社会における、正義を追求すること」は、本来の活動目的ではなかったハズだ…。

『キリンホールディングス(HD)がミャンマーにおける国軍系企業との合弁解消で苦闘している。国軍系企業に持ち分を手放してもらうようシンガポールで国際仲裁に打って出たが、前途は険しい。国軍系企業は現地の裁判で先行している。国際仲裁は従来の事業リスクの回避策としては有効だったが、「人権」「環境」といった新たなリスクに対応するため、企業は意識改革や事前調査を強める必要がある。

Nikkei Views
編集委員が日々のニュースを取り上げ、独自の切り口で分析します。

「キリンとしては合弁を解消した上で事業を継続したい」(磯崎功典社長)。キリンは6日、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)に仲裁を申し立てた。仲裁をテコに、キリンHDが51%、国軍系企業のミャンマー・エコノミック・ホールディングス(MEHL)が49%出資する現地の合弁ビール会社「ミャンマー・ブルワリー」について、MEHLの持ち分の売却を迫る戦略のようだ。

ミャンマーでは2月に国軍によるクーデターが発生した。キリンはMEHLとの交渉で、別の現地企業などにMEHLの持ち分の売却を促す考えだった。しかしMEHLは非協力的で、11月にはキリンに無断で合弁会社の清算をミャンマーの裁判所に申し立てた。キリンは「合弁契約などに違反している」と反発し、国際仲裁に踏み切った。

会社清算の司法手続きが先行

とはいえ、キリンにとって情勢は厳しい。17日には、ミャンマーの裁判所で第2回目の手続きが進むなど、合弁会社を清算する案件が先んじる。対する国際仲裁の手続きは一般には1~2年以上かかるため、現地の司法手続きが先行する。仮にキリンに不利な結論が出た場合、キリンは「(日本とミャンマー両政府が結んだ)投資協定に基づく政府間交渉という場も使わせてもらう」(磯崎社長)とする。

数年後に国際仲裁でキリンに有利な判断が出ても、MEHLが従う公算が大きいとはいえない。ミャンマーは仲裁判断を尊重することを定めた国際条約に加盟している。ただ、同国の仲裁法は「ミャンマーの国益に反する場合は、承認・執行を拒否できる」と規定する。MEHLはこの規定を盾に、仲裁判断に従わない可能性がある。いずれにせよ、キリンにとって先行きは極めて不透明だ。

従来の国際ビジネスの感覚でいえば、キリンのリスク管理に不備があったわけではない。SIACに仲裁を申し立てられたことがそれを証明する。合弁事業では紛争となった場合に備え、解決手段を契約で合意しておくのが一般的だ。現地の裁判では不利になりかねないからで、仲裁地はロンドンやシンガポール、香港などが選ばれることが多い。

日本貿易振興機構(ジェトロ)などによると、2020年にSIACに申し立てられた仲裁は1000件を超え、世界シェアはトップ級。国際仲裁に詳しいシンガポール在住の弁護士は「SIACの利用が盛んなのは、中立的な判断が期待できるからだ」と話す。シンガポールで仲裁に持ち込めたことで、キリンは合弁契約で紛争への備えを怠っていたわけではないといえる。

スズキやドコモも国際仲裁を利用

これまで合弁事業や国際的な資本提携で生じた紛争は、想定した利益やシナジー(相乗効果)が出ないなど案件の成否に関わる案件が多かった。紛争の解決に、国際仲裁の提起が奏功したケースもある。よく知られるのが、11年から16年にかけてのスズキと独フォルクスワーゲン(VW)との資本提携解消問題だ。

スズキと独フォルクスワーゲン(VW)との資本提携解消問題では国際仲裁の提起が奏功した(浜松市、スズキ本社)

スズキは経営の独立を求め、筆頭株主だったVWの保有するスズキ株19.9%の買い取りを巡りロンドンで仲裁を申し立てた。株の売却を渋るVWとの争いは激烈だったが、15年8月に「VWに保有するスズキ株の売却を命じる」などとの仲裁判断を得て、スズキは約4600億円(当時の為替レート換算)で自社株を買い戻すことができた。

NTTドコモも、14年からインドの財閥タタ・グループと合弁解消を巡って対立。不振の現地合弁会社に対する26%の出資分の買い取りをタタ側に求め、15年にロンドンで仲裁を申し立てた。17年に約1450億円(同)の損害賠償金を受け取り、和解した。

従来事例と異なる2つの点

いずれのケースも決着まで3年以上の歳月と労力がかかったが、不調に陥った合弁や外資との資本提携の解決に、国際仲裁が一定の効果があることを示す事例だった。ところが今回のキリンのケースは、従来と大きく異なる点が少なくとも2つある。

まず合弁解消に踏み切る理由だ。キリンのミャンマーでのビール事業は利益が出ている。理由は、国軍の行動が「キリンの人権尊重の考えに反する」(磯崎社長)ため、国軍系企業との合弁を続けられないと判断したことにある。国際的な非政府組織(NGO)や機関投資家からも「人権侵害に加担する国軍系企業との合弁は許されない」との強い圧力がある。

2つ目は、紛争相手が仲裁を尊重する可能性が低く、有利な仲裁判断が得られても効果を見込みにくいことだ。ミャンマー国軍系企業のような相手には、万全な合弁契約を結ぶとか中立が期待できる仲裁機関に持ち込むといった、従来の契約リスク管理手法が通用しにくい。つまり合弁を結んでしまえば、事後にリスクを低減することが難しい。

2015年の総選挙で民主派が圧勝し、ミャンマーの高度成長を期待して日本企業の投資熱は一気に高まったが…(15年の総選挙の結果に喜ぶミャンマーの市民ら)=AP

「キリンはミャンマーでの合弁を検討し始めた段階で、提携先の人権デューデリジェンス(調査)をすべきだった」。人権とビジネスの問題に詳しい蔵元左近弁護士は指摘する。キリンの合弁は15年スタート。18年に合弁会社から国軍への資金流出が疑われると国際人権団体の批判を受けた。キリンは20年に国際的な調査会社を起用して調査を続けたものの、疑義は払拭できなかった。すでに時機を失していたといえる。

「世界の空気」への感度磨け

国連は11年に「ビジネスと人権に関する指導原則」を公表した。企業に対して、自社やサプライチェーン(供給網)で人権問題が発生していないかデューデリジェンスを実施し、問題を是正することを求めた。しかし日本では、中国の香港や新疆ウイグル自治区における人権問題が注目された20年ごろまで、同原則の知名度は低かった。

キリンなど日本企業のミャンマーへの投資熱は、11年の民政移管、15年の総選挙の民主派圧勝で一気に火が付いた。当時、ミャンマーの高度成長を期待する声が強かったとしても、人権問題をはらむ国軍系企業との合弁には慎重に臨むべきだった。蔵元弁護士は「日本企業も当時からNGOと対話していれば、世界の空気が分かったはず」と指摘する。

国際ビジネスを始める前に現地の許認可制度や税制、独禁法制などを調べるのは法務部門として当然のリスク管理だ。しかし現在は、そこに「ESG(環境・社会・企業統治)関連リスク」が加わった。キリンの苦境は他山の石だ。グローバル企業は、ESGリスクを常に意識するサステナビリティー(持続可能性)経営が必須となっていることを、トップや法務部門は肝に銘じる必要がある。

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白井さゆり
慶應義塾大学総合政策学部 教授
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ひとこと解説

欧米を中心にESG投資が拡大し世界で影響力を高めている中で国連のガイドラインなどをもとに企業は環境・人権などで明確な方針を掲げ自社や自社の取引先で問題がないか定期的に調査し是正する必要がある。

問題が発覚すればキリンのように訴訟に持ち込み解決を求めることは適切だが相手が政府となると対応が複雑になる。

世界では権威主義的な体制が増えており、新興国でビジネスを展開する日本企業はESG観点からの経営改善と情報開示を急ぐ必要があるが、同時に環境・社会的な観点で訴訟に持ち込まれる事例も増えていくと予想される。

経営者や取締役会は重要な企業リスクとして世界の動向を把握しリスク管理体制を強化しなければならない。

2021年12月20日 7:26 』