[FT]「米選挙制度の改正を」 オバマ氏、葬儀で熱弁

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62133770R30C20A7000000/

 ※ 非常に重要な記事と考えますので、全文を引用させていただきます…。
 問題がある場合は、Word Press.comの方に連絡して下さい。

 ※ これは、重要な問題に絡んでいる…。

 それは、「民主主義」における「直接民主制」と、「間接民主制」という問題だ…。

 民主主義(「国民主権」と言ってもいい…)とは、「統治される側の国民」に、「統治する側の施政者」を選ぶ権利を与える制度だ…、と言うことができる…。

 しかし、その「国民」というものは、一体誰を指すんだ…。どういう人達が、想定されているんだ…、というのが次の問題だ…。

 「国民」と言い、「民衆」「大衆」というものは、現実には千差万別、ピンからキリまでだ…。

 大体、持って生まれた能力の差というものは、厳然として存在するし、育った環境もピン・キリだ…。親の財力も千差万別だし、受けている教育の程度だって、高卒の人、大卒の人…、中には「義務教育止まり」の人だって、いるだろう…。
 そういう「国民」に、十把一絡げに「参政権」「一人一票」を与えるのが、「国民主権」「民主主義」だ…。

 そういう「国民」に、一人一票を与えて、「選挙」をやった結果は、「妥当なもの」なのか?特に、「国政選挙」の結果は、一国の行く末を左右する…。反対者も「選挙結果」に拘束されて、国家の強制力の支配を受けるから、影響は甚大だ…。

 上記の「構造」「原理」の考察から分かる通り、「民主主義(国民主権)」というものは、「結果の妥当性」を保証する制度では無いんだよ…。

 それで、「民主主義の歴史」においては、様々に「結果の妥当性」を極力確保しようとする試みがなされてきた…。

 その一つが、「選挙人」を様々に制限して、低教育な人、わきまえの無い人を、極力ハジく制度設計だ…。

 そういうものの一つの表れが、下記の「ジェリービーンズ・テスト」だったり、「投票日を平日に設定すること(自由に有給休暇を取れない層は、ハジかれる)」だったりしているわけだ…。

 大体、「普通選挙制」(選挙権を、財産や納税額で制限しない制度)が導入されたのは、日本では1925年のことだ(たかだか、95年の歴史だ。しかも、男子のみの話しだしな…。女子にも、選挙権を与えたのは、敗戦後の1945年からのことだ…)。

 民主主義の国、国民主権の国でも、そういう「国民・民衆・大衆」の直接の「民意」が、国政に流入することを、極力回避する制度設計がなされている…。
 
 日本国憲法における「直接民主制」的な制度は、国政レベルでは、たった3つしか規定されていない…。
 1、最高裁判所裁判官の国民審査(79条)
 2、地方自治特別法における住民投票(対象となる地方自治体の住民のみが、投票できる 95条)
 3、憲法改正における国民投票(96条)

 たった、これだけだ…。国政レベルで採用されている「直接民主制的な制度」は、たったこれだけ、なんだよ…。いかに、「直接民意が流入すること」を、懸念しているか、分かるな…。

 アメリカでは、これに加えて、相当数のアフリカ系(嫌な言い方だが、「元奴隷の子孫」。オバマ自身は、親父がアメリカに連れて来られたものでは無いから、「奴隷の子孫」では無い…。夫人のミシェルは、先祖に「元奴隷」がいるとされているようだ…。ただ、この人も「弁護士」さんだ)が存在するから、利害対立は先鋭化する…。( ミシェル・オバマ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%9E )

 解決は、容易なことでは無い…。

『オバマ前米大統領が、大々的な米選挙法改正を求めたことで注目されている。米公民権運動の活動家でベテラン下院議員だったジョン・ルイス氏の葬儀で同氏を追悼した際の発言で、ホワイトハウスを去って以来ない大きな政治介入となる。

「これがジョンの人生をたたえる場だということは分かっている。このような問題についてぐだぐだ話すべきではないと言う人もいるかもしれない。だからこそ、私はこうしたことについて話す」。30日にジョージア州アトランタで営まれたルイス氏の葬儀で、オバマ氏はこう語った。

さらに、期日前投票を拡大し、すべての米国民を自動的に有権者登録し、投票日を国の祝日にする国内法制定を求めた。

オバマ氏が発言したのは、トランプ大統領が郵送投票の増加で選挙が不正に見舞われるという根拠のない主張を繰り返し、11月の大統領選を延期すべきだと示唆したわずか数時間後のことだ。共和党の議員らは即座に、日程を延期する考えを否定した。

トランプ氏はルイス氏の葬儀に参列しなかった。この日の葬儀には、オバマ氏のほか、共和党のブッシュ元大統領(子)と民主党のクリントン元大統領も参列した。あと1人だけいる存命の大統領経験者は95歳のジミー・カーター氏(民主党)で、葬儀のために追悼文を送り、式で読み上げられた。

ルイス氏が最初に全国的に名をはせたのは、半世紀以上も前の1963年8月に、アフリカ系米国人の公民権と経済的権利を提唱するワシントン大行進が実施された時のことだ。同氏は7月17日、80歳で死去した。

ルイス氏は人種隔離政策に対して抗議している間に40回ほど逮捕され、生命を脅かすような暴行にも数回見舞われている。65年3月にアラバマ州セルマで起きた「血の日曜日」事件で、警官に殴られて重傷を負った一件は有名だ。その後、民主党員として30年以上にわたって下院議員を務め、亡くなるまで現職だった。

ルイス氏の遺体は今週初め、首都ワシントンの連邦議会議事堂に安置された後に同氏の故郷であるアトランタへ運ばれ、30日、キング牧師が60年代に牧師を務めた歴史あるエベネザー・バプテスト教会で葬儀が営まれた。

30日朝、ルイス氏が亡くなる直前に書いた随筆が米ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された。同氏はそのなかで、黒人男性のジョージ・フロイドさんが殺害された事件の後の抗議活動に「胸を打たれた」と書き、「あなた方は自分たちの力を使って社会に変化をもたらすことで、偉大な米国の物語の新たな章を刻み、私の心を希望で満たしてくれた」と続けた。

オバマ氏は長い葬儀の最後の登壇者で、その前にはルイス氏の家族や友人、ブッシュ、クリントン両氏のほか、民主党のペロシ下院議長を含む同僚が追悼の辞を述べた。

オバマ氏はこの数カ月、自身の政権で副大統領を務め、今年の大統領選でトランプ氏の対抗馬となるジョー・バイデン氏を支援するために公の場に戻ってきたものの、退任後はおおむね政治的な発言を避けてきた。

そのオバマ氏は30日、これまでで最も痛烈な現職批判を繰り出し、大統領を直接名指しこそしなかったが、トランプ政権を激しく糾弾した。

「ブル・コナー(60年代にアラバマ州バーミングハムの警察署長として公民権運動を弾圧した人物)はもういないかもしれないが、我々は今日、警官が膝をついて黒人の米国人の首を押さえつける様子を目の当たりにしている。ジョージ・ウォレス(同じく60年代に人種隔離政策を支持したアラバマ州知事)はもういないかもしれないが、平和的に抗議するデモ隊に対して催涙ガスやこん棒を使うために連邦政府が人員を送り込むのを目撃できる」。過去の筋金入りの人種隔離主義者と、フロイドさん殺害後の最近の政府の行動の双方に触れ、オバマ氏はこう語った。

さらに、次のように付け加えた。「我々はもう、票を投じるためにガラス瓶のジェリービーンズの数を推測する必要はないかもしれないが(編集注、かつて米南部で黒人の投票を防ぐため、投票所で瓶の中に入っているジェリービーンズの数を黒人に言い当てさせるテストを受けさせた)、我々がここに座っている今この瞬間でさえ、投票所を閉鎖し、制約が厳しいID法でマイノリティー(少数派)と学生を標的にしている。ピンポイントで我々の選挙権を攻撃し、さらには人々が病気にならないようにするために郵送投票に頼ることになる選挙に向けて郵便局を攻撃することまでやってのけている。国民が投票に行く気を失うよう仕向けることに血道を上げる人が権力の座についている」

オバマ氏は新たな「ジョン・ルイス投票権法」の制定を呼びかけ、「(服役して)2度目のチャンスを手に入れた元受刑者を含め、すべての米国民が自動的に有権者登録されるようにする」条項が含まれるべきだと語った。

重罪を犯した元受刑者の選挙権は大きな論争を引き起こしてきた。米最高裁は7月16日、大統領選の結果を左右することが多い激戦州の1つのフロリダで、前科者の投票権復活を求める訴えを退けた。

オバマ氏はさらに、投票所の増設や期日前投票の拡大を求め、「工場で働いている人、あるいは仕事のために、休日がとれないシングルマザーでも投票できるよう」投票日を祝日にする法律の制定を求めた。

オバマ氏は、特別区に指定されている首都ワシントンと自治領のプエルトリコを州に格上げすることを支持したほか、政党が自党に有利なように恣意的に選挙区割りを決める「ゲリマンダリング」の廃止を求めた。また、議員の発言時間の制限がないため、法案可決を遅らせたり、阻止したりするために使われる上院の不可解なルール「フィリバスター(議事妨害)」の廃止への支持を表明した。

「すべての米国民に神から授けられた権利を確保するために、(黒人差別を正当化した)ジム・クロウ法時代のもう1つの名残であるフィリバスターを廃止することが必要なのであれば、やるべきことだ」とオバマ氏は語った。

By Lauren Fedor in Washington

(2020年7月31日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

(c) The Financial Times Limited 2020. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.』

民主主義の基盤の考察(その2)

 間接民主制のほうも、日本における選挙権の歴史は、明治憲法制定当時(明治
23年(1891年。明治維新から23年かかってる)の男子制限選挙(「直接国税
15円以上納める25歳以上の男子」。今の貨幣価値で、120万円くらいの納税額
らしい。税制が違うので、比較しづらいが、年収8000万円以上くらいではと
いう推定だ。人口の1.1%)、明治35年(1904年)の男子制限選挙「直接国税10円
以上納める25歳以上の男子」(人口の2.2%)、大正9年(1921年)の男子制限選挙
「直接国税3円以上納める25歳以上の男子」(人口の5.5%)、昭和3年(1928年)の
男子普通選挙「25歳以上の男子」(人口の20.0%)。選挙制の実施から、37年も
かけてやっと男子のみの普通選挙(納税額=財産によって左右されない、1人1 票制。ただし、男子のみ)が実現したわけだ。ここまでが、明治憲法下の話しだ。

 太平洋戦争の敗戦により、1947年に「20歳以上の男女」(人口の48.7%)となっ
た。実に、選挙制の実施から56年かけて女子にも選挙権が与えられるという話
しになったわけで、今年2017年でたかだか70年の歴史なわけだ。その間、日本
国民は男女ともに上記の前提条件をクリアできる水準に達しているのか、自問し
てみる必要がありそうだな。

 また、選挙権の拡大は戦争と密接に関係している。1894年が日清戦争、1904年が日露戦争、1914年が一次大戦、1945年が太平洋戦争だ。戦争で死んでいく国民からすれば、「実際に戦地で死んでくのは俺たちなのに、戦争を決定するのはぬくぬくと暮らしている金持ち連中かよ。ふざけんな!」って話しだ。1921年と1928年の拡大は、戦争の犠牲と関係なさそうだが、一次大戦に日本は直接参戦せず(中国でのドイツの権益を横取りするなど、セコい行動を取った)、戦地となったヨーロッパ向けの輸出なんかで空前の好景気となり、その利益の配分を求めて労働運動・小作争議も盛んに行われ、民主的な制度を求める風潮が盛んだった(初の政党内閣の原敬内閣もこの頃実現)。選挙制の実施から、37年経っている(約1世代)。

 余談だが、歴史的な事象を考える場合、1世代-30年というのは、重要だ。
その人に与えた社会的な影響を考える場合、生まれてから成人して次世代の子孫
を作る頃までというのが一区切りになる。

次は、50年。次世代の子供が青年になる頃。その青年は、青年になるまで親の世代の社会的影響と自分の世代の社会的影響を受けて生きたことになる。

次は、60年。自分の次の世代が、さらに子孫を作る頃。3代目は、じいさん・ばあさんの社会的影響と親の社会的影響を受けつつ、自分自身の世代の社会的影響を受けて生きることになる。オレの寿命(単に生きてるだけでなく、知的活動が可能な年月。頭が使えている年月)自体あと○○年位のもんだろう。こうしてキーボードを叩いて、お前に考えてることを伝達できるのも、あと○○年位だと思う。だから、「ウザい」と思うだろうが、遺言だと思って我慢して聞け。
「親の小言と冷や酒は後でジワジワ効いてくる」と言うらしいからな。

 それで、続けると、選挙制の実施からは37年、明治維新からは37+23=
60年(2世代)経ってるんで、そろそろ(男子だったら)国政に参加させても
良かろう。それ位の水準には達しているだろう(明治5年の「学制」の実施から
は、55年経っている)、という判断もあったのだろう。実際、大正デモクラシー
で都市部では新聞・ラジオが普及し、田舎でも雑誌が読まれ、ちょっとした金持
ち宅では蓄音機があったらしい(オレの親父は昭和○年、お袋は昭和○年の生まれだ。新聞を取ってたかは聞き漏らしたが、雑誌はそれなりに有ったらしい。蓄音機は、残念ながらなかったらしい)。

 間接民主制の実現すらも、この位の年月がかかっている。その間黙っていても
実現される訳ではなく、まず識字率を地道に上げないといけなかった。

 江戸末期、武士階級の識字率は100%。ただし、人口は全人口の1割。武士階級の識字者は、全人口比で10%。商人階級の識字率は、江戸においては70~80%。ちょっとした、丁稚になるのすら読み書きできないとダメだったらしい。人口比は、商人・職人階級が全人口の2割位か。その半分として、商人・職人階級の識字者は、全人口比で10%。農民階級の識字者は、ちょっと不明だが、村方三役はたぶん識字者だったろうと思う。自作農(本百姓)の識字率はどれ位か。半分はいかなったかも、と思う。小作農(水呑み百姓)の識字率は、おそらく零だろう。
農民階級の識字者は、全人口比でざっくり10~15%位か。全くの推量だが、識字率は全体で20~30%位か(それでも、世界的な比較で驚異的な数字という説もある)。

 明治期に入ると、統計的な数字がある。というのは、徴兵制だったんで、軍隊
に入れるとき(20才)に読み書き・算術計算検査を実施したらしい。兵器の操
作方法を記してある取説が読めなかったり、砲弾の着弾計算を誤って味方の頭を
吹っ飛ばしたりされたら堪ったもんじゃないからな。

 それによると、明治32年(1899年)で約50%位、1915年(大正4年)で88%位、1925年(大正14年)で98%位の数字になっている。1928年の男子普通選挙制の実施とほぼ重なるな。

 ここから分かることは、間接民主制(選挙制度)の実現ですら上記のような地
道な年月の積み重ね、その間の国民(=選挙民)の育成が必要だということだ。
そのような基盤・前提が存在しないところに、形式だけ「国民主権だ!民主制だ!
選挙制度の実現だ!」と唱えて、選挙制度を実施したところで、機能しないとい
うことだ。アメリカは、民主制度の伝道者を自認し、民主制を押しつけ、非民主
制の政治システムを「独裁的だ」と言って攻撃するが、果たして民主制が機能す
る基盤・前提が存在するのかよくよく考察しないと。

民主主義の基盤の考察(その1)

※ 以下の投稿は、2年前に作って、お前にメールしたものだ。
 しかし、オレにとっては、これが原点だ…。
 常に、ここに立ち還って、制度のことや、体制のこと、世界における日本国の戦略のことなんかを、考えて行くんだ…。
 そういう意味で、自戒を込めて、ここにも貼っておく…。

 この頃は中国の国家としての台頭、北朝鮮の暴走、イギリスのEU離脱、トランプのアメリカの出現、EUでの右翼の台頭など「民主主義」とは何かって問題について再考を迫るような事象が続いているんで、それについてのオレの考えを語っておきたいと思う。

 近代化とは、大きく言って政治面での近代化と経済面での産業革命と2つの側面から捉えることができると思う。

 政治面での近代化は、王政を倒すこと(イギリスの清教徒革命(クロムウェル革命)、フランスのフランス革命)による共和制の樹立に代表される民主制の樹立だ。

 経済面での近代化は、産業革命による生産手段の大変革だ。もちろん両者は密接に関連し、イギリスにおいては羊毛生産者と毛織物生産者が大成功し、彼らの経済活動の拡大の要求と王政下の下級官吏・下級将校の政治力拡大の要求が手を結んで王政打倒が実現された。

その時の思想的支柱が、「そもそも政府は、国民の幸福実現のために存在するもので、政府の権力は国民が契約によって付与したものだ。」(社会契約説)、「国民の利益や権利を侵害するような政府を、国民は抵抗することによって打倒する権利を有する。」(抵抗権)などの考えだった。

これらの政治的な思想は、「民主主義」と呼ばれるが、実は矛盾を内包している。

近代的な政治思想によれば、国民一人一人は「個人」として尊重され、生まれながらにして有するいかなる政治権力も剥奪することのできない「人権(human righits)」を有し、国権の最高の意思決定は最終的には「国民」にある、とされるが、その「国民」って具体的には一体誰なのよ、という問題だ。上記の社会契約説や抵抗権の考えからすれば、政府によって権力を行使される(統治される)すべての人間ということになりそうだ。すなわち、国家による統治権が及ぶすべての人間ということになる。

実際、上記政治闘争(市民革命運動、と呼ばれる)の初期においては、有力経済人や下級の官吏・将校が主力だったが、運動が拡大していくにつれて一般の民衆も参加していくようになり(もちろん初期の主力勢力側も、自分達に事を有利に運ぶため、積極的に扇動していった-大衆動員だな)、いざ王政打倒が実現し、新たな政治体制を作る段階に至ると、革命勢力内部での利害対立(自分たちの権利を最大限実現したい民衆側と、これを抑制したい有力経済人などの側の対立)が生じ、血で血を洗う闘争が行われた(イギリスにおける反クロムウェル闘争、フランスにおけるジャコバン派独裁に対するテルミドール9日のクーデターなど)。

結局、民衆代表による直接民主制的な統治は、政治経験の未熟さなどからうまくいかないということが学習され、イギリスでは王政が復活(処刑されたチャールズ1世の息子が亡命先のオランダから呼びかけた)し、フランスではナポレオンによる大統領制(ナポレオン自身は、下級将校の出身で一応選挙によって選出されたが、その権限は王政下の国王と殆ど変わらなかった)となって落ち着いた。

 これらの歴史をざっくりまとめると、国民主権を叫んでの王政打倒-民衆代表
による直接民主制的政治-その失敗-直接民主制的な政治制度の修正、というこ
とになる。

 疑問なのは、国民主権の考えからすれば、民衆代表による直接民主制こそ国民
主権を実現する政治制度ではないのか、なぜそれが失敗に終わっているのかとい
う点だ。

 実は、国民主権による政治がちゃんと機能するには、その前提条件がある、と
いうのがオレの考察だ(制度には、必ずそれが妥当する基盤と妥当する範囲があ
る、ってのがオレの持論だ)。
 その1:政治に参加する(立候補して議員になる、議員候補者を吟味して投票
する)国民にそれを実現するに足りる能力が備わっていること(一定水準の知的
能力)。
 その2:一国の政治は、結局は諸勢力の妥協の産物で、自分だけの利益が10
0%実現されるものではない、ということを充分わきまえていること(自己抑制
の能力)。
 その3:各人の利益を声高に叫んでその実現を迫れば、結局は制度を支えてい
る基盤を崩し、ひいては多くの人の利益を害する結果となることを、充分わきま
えていること(自分だけでなく全体に目配りできる能力)。
 その4:議論においては、自分の利益も十分に主張するが、一旦決定が下され
れば鉾を納め、それに従う度量を持っているいること(自分に不利な決定にも耐
えることができる能力)。
 その5:もちろん制度に絶対はなく、社会・国際情勢と共に変化させていくべ
きものなので、不断の検討と制度自体の改良を怠らないこと(政治制度に関心を
失わず、継続して考察し続ける能力)。

 再言すれば、一定の知的水準を持ち、自己抑制でき、全体のことを考え、不利
な決定にも耐え、不断に考察し続ける国民でなければ、民主制なんてのは機能し
ないだろ、って話しだ。世界のどの国も、「民主国家」を自称するが、その前提
条件を備えている国家はあるのかよ(日本国も含めてな)、って話しだ。

 それで、実際の諸国が採用している処方箋は、間接民主制を主とし、直接民主
的な制度を極力抑えるというものだ。

 日本国憲法においても、国家の意思決定は選挙で選ばれた国会議員が決定し、
直接民主制的な制度(国民の意思が「直接」国政に反映される制度)は、2つし
かない。1つは、最高裁の裁判官の国民投票(任官して初めて行われる衆議院選
挙の際に、一緒に行われることになっている。罷免したほうがよいと考える裁判
官の名前の下の欄に×印をつけるというもの)。2つ目は、一地方公共団体にの
み適用される法律に対する、その適用される地方公共団体の住民による承認の投
票(例えば、東日本大震災の復興費に充てるため、岩手・宮城・福島の住民だけ
に特別税を課すなんて法律の承認のような例が考えられる-実際例を、オレは知
らない)。この2つだけだぜ。