〔資本主義というものに対する理解〕(再掲)

〔資本主義というものに対する理解〕(再掲)
https://http476386114.com/2020/07/07/%e7%bf%92%e8%bf%91%e5%b9%b3%e3%81%af%e3%81%aa%e3%81%9c%e9%a6%99%e6%b8%af%e5%9b%bd%e5%ae%b6%e5%ae%89%e5%85%a8%e7%b6%ad%e6%8c%81%e6%b3%95%e3%82%92%e6%80%a5%e3%81%84%e3%81%a0%e3%81%ae%e3%81%8b%ef%bc%9f/ 

『「資本主義」ということが言われているので、オレの理解を語っておく…。

 「資本主義」とは、「資本自由主義」ということで、「生産手段」「利益を産出するもの」である「資本」の、自由な活動を「国家として」「法秩序」として「認める」ものだと、考える。平たく言えば、「自由に利益を獲得すること」を認める、「獲得した利益を、自分のものにする(私有する)こと」を、国家として、法秩序として認めるという制度だ、と考える。

 その前提として、人間の生存・生活にとって、「私有財産(自分のものである財産)」は、必要欠くべからざるものだ…、という認識がある…。

 そのさらに前提として、そういう「私有財産」は、「人間としての尊厳」には、必要欠くべからざるものだ…、という認識が横たわっている、と考える。

 しかし、現実社会においては、こういう「自由」を制度として肯定すると、「格差」が拡大してしまう…。「自由競争」の名の下に、「利益を獲得していく」能力に差異がある以上、それに長けている者とそうでない者の差異が生じてしまうからだ…。

 その「弊害」「問題点」を鋭く抉り出したのが、カール・マルクスの「資本論」なんだろう(全部を読んではいない)…。

 「人間としての尊厳」に資するものだったはずの制度が、結局は「人間としての尊厳」を破壊してしまうことになるという、大矛盾だ…。

 さりとて、この「私有財産」を否定して、「共産革命」なるものを起こして、資本家・大地主を打倒し、彼らからその「私有財産」を実力で奪取したところで、次の問題が生じる…。

その「財産」を、どう「管理」していくのか、「誰が」管理していくのか、という問題だ…。

「国有財産」「公有財産」「共有財産」と呼称を変えたところで、「どのように・誰が管理していくのか」という問題は、消えて無くなるわけじゃない…。

 「財産」というものが、「人間の生存」にとって必要不可欠であるということは、消えて無くならないし、数が限られている以上、それの争奪戦、あるいは、「その管理権」の争奪戦は、消えて無くなるものじゃない…。

 人は、永遠にそういうことを、争っていく存在なんだろう…。』

〔「英米法」というものの話し…。〕(再掲)

〔「英米法」というものの話し…。〕(再掲)
https://http476386114.com/2021/01/11/%e3%80%94%e3%80%8c%e8%8b%b1%e7%b1%b3%e6%b3%95%e3%80%8d%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e3%82%82%e3%81%ae%e3%81%ae%e8%a9%b1%e3%81%97%e3%80%82%e3%80%95/

『 概要

英米法ないし英米法系とは、イングランド法やニューヨーク州法といった特定の法秩序ないし法体系に着目した概念ではなく、ヨーロッパ大陸諸国の法体系である大陸法系と対比した場合の、複数の国の法体系の共通性ないし類似性に着目して総称した類概念である。
ゲルマン法に由来する中世的慣習法として成立した判例法たるコモン・ローがイングランド法の基礎として発展したことから、イングランド法を基礎とする英米法を指して「コモン・ロー」(common law)とも呼ばれる。

英米法は、イギリスの支配下にあった地域の多くにおいて採用されており、アメリカ合衆国の法体系(アメリカに買収されるまではフランスやスペインが旧宗主国であった関係で大陸法の影響が強いルイジアナ州を除く)もその1つであることから、「英米法」(Anglo-American law)と呼ばれる。もっとも、アメリカ合衆国は比較的早期(18世紀後期)にイギリスから分離したため、他の英米法地域と比べて多くの独自性を有する。』

『 特色

大陸法系は、ローマ法・カノン法の全面的継受を受けたことから、私法の重要な部分が法律(特に法典)の条文によって規定されるのに対し、英米法系は、中世の英国において、ゲルマン法の一支流であるアングロ・サクソン法を背景として成立した慣習法であり、判例が第一次的法源とされ、司法的である点に基本的な相違点があるとされている。

そこから英米法系は、大陸法系と異なる次のような具体的な特色を有するものとされるが、それは、1066年のウィリアム征服王による封建制の確立から始まる英国の歴史に基づく極めて偶有性の高いものであり、英国法の歴史であるとともに、コモン・ローの歴史そのものでもある。詳細は、それぞれ英国法#英国法の歴史、コモン・ロー#歴史を参照。

大陸法系がローマ法・カノン法の継受による法の断絶を経験しているのに対し、英米法系はゲルマン的な中世慣習との歴史的継続性を有していることである。

英米法系は、マグナカルタのような中世の伝統との連続性のある法の支配を基本理念とするのに対し、大陸系の公法では、法の断絶によって法の支配が衰退し、法治主義がとられるようになったことである。

英米法系は、コモン・ローとエクイティからなる法の二元性をとるのに対し、大陸法系はそのような区別を知らないことである。

英米法系の裁判が中世からの伝統のある陪審制をとるのに対し、大陸法系では、法の断絶を経験したことによって陪審制は衰退し、素人が裁判官と一緒に審理に参加する参審制をとられるようになったことである。

英米法系の司法制度が法曹一元制をとるのに対し、大陸法系はキャリア裁判官によるキャリアシステムをとることである。

英米法系の法体系では、訴訟中心主義をとり、実体法は手続法の隙間からにじみ出てきたという性格が強いのに対し、大陸法系が実体法を中心とした理論的な体系となっていることである。

英米法系は、大陸法系における総則規定や抽象的な法律行為概念等の理論を嫌い、日常的な人間の経験を重視することである。

英米法系の私法は、中世の身分社会の影響から現実の社会の中の個人と全体との関係を重視する「関係理論」をとるのに対し、大陸法系が個人の意思から出発する「意思理論」をとることである。

英米法系の刑法は、中世の身分社会の影響から現実の社会の中の個人と全体との関係を重視し、社会に与えた客観的な結果や影響を問題にするのに対し、大陸法系が個人の意思から出発し、その行為の目的や反倫理性を問題とすることである。

英米法系は、犯罪も民事上の不法行為も共に国王の平和(King’s peace)に対する罪にあたるとされて、刑事法と民事法の区分が曖昧でむしろ公法を中心に発達したのに対し、大陸法では、公法と私法が理論上区別され、個人の対等な関係を基本とする私法を中心に発達してきたことである。』

来年3月に第2回民主サミット ウクライナ情勢、気候変動で結束へ

来年3月に第2回民主サミット ウクライナ情勢、気候変動で結束へ
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022113000251&g=int

『【ワシントン時事】米国、コスタリカ、オランダ、韓国、ザンビアは29日共同声明を出し、第2回「民主主義サミット」を2023年3月29、30両日にオンライン形式で開催すると発表した。ロシアによるウクライナ侵攻や気候変動、技術革新など差し迫った課題に対応するため、民主主義国の結束を誇示する。

 各国首脳らの全体会合が開かれた後、それぞれの国で政府や市民社会の代表者らが集って民主主義の活性化などについて意見交換する。参加国は明らかになっていない。 』

市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)

市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2c_001.html

『この規約の締約国は、

 国際連合憲章において宣明された原則によれば、人類社会のすべての構成員の固有の尊厳及び平等のかつ奪い得ない権利を認めることが世界における自由、正義及び平和の基礎をなすものであることを考慮し、

 これらの権利が人間の固有の尊厳に由来することを認め、

 世界人権宣言によれば、自由な人間は市民的及び政治的自由並びに恐怖及び欠乏からの自由を享受するものであるとの理想は、すべての者がその経済的、社会的及び文化的権利とともに市民的及び政治的権利を享有することのできる条件が作り出される場合に初めて達成されることになることを認め、

 人権及び自由の普遍的な尊重及び遵守を助長すべき義務を国際連合憲章に基づき諸国が負っていることを考慮し、

 個人が、他人に対し及びその属する社会に対して義務を負うこと並びにこの規約において認められる権利の増進及び擁護のために努力する責任を有することを認識して、

 次のとおり協定する。 』

経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)

経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2b_001.html

『この規約の締約国は、

 国際連合憲章において宣明された原則によれば、人類社会のすべての構成員の固有の尊厳及び平等のかつ奪い得ない権利を認めることが世界における自由、正義及び平和の基礎をなすものであることを考慮し、

 これらの権利が人間の固有の尊厳に由来することを認め、

 世界人権宣言によれば、自由な人間は恐怖及び欠乏からの自由を享受することであるとの理想は、すべての者がその市民的及び政治的権利とともに経済的、社会的及び文化的権利を享有することのできる条件が作り出される場合に初めて達成されることになることを認め、

 人権及び自由の普遍的な尊重及び遵守を助長すべき義務を国際連合憲章に基づき諸国が負っていることを考慮し、

 個人が、他人に対し及びその属する社会に対して義務を負うこと並びにこの規約において認められる権利の増進及び擁護のために努力する責任を有することを認識して、

 次のとおり協定する。 』

世界人権宣言(仮訳文)(※ 外務省HPより)

世界人権宣言(仮訳文)(※ 外務省HPより)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/udhr/1b_001.html

『 世界人権宣言(仮訳文)

前  文

 人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎であるので、

 人権の無視及び軽侮が、人類の良心を踏みにじった野蛮行為をもたらし、言論及び信仰の自由が受けられ、恐怖及び欠乏のない世界の到来が、一般の人々の最高の願望として宣言されたので、

 人間が専制と圧迫とに対する最後の手段として反逆に訴えることがないようにするためには、法の支配によって人権保護することが肝要であるので、

 諸国間の友好関係の発展を促進することが、肝要であるので、

 国際連合の諸国民は、国際連合憲章において、基本的人権、人間の尊厳及び価値並びに男女の同権についての信念を再確認し、かつ、一層大きな自由のうちで社会的進歩と生活水準の向上とを促進することを決意したので、

 加盟国は、国際連合と協力して、人権及び基本的自由の普遍的な尊重及び遵守の促進を達成することを誓約したので、

 これらの権利及び自由に対する共通の理解は、この誓約を完全にするためにもっとも重要であるので、

 よって、ここに、国際連合総会は、

 社会の各個人及び各機関が、この世界人権宣言を常に念頭に置きながら、加盟国自身の人民の間にも、また、加盟国の管轄下にある地域の人民の間にも、これらの権利と自由との尊重を指導及び教育によって促進すること並びにそれらの普遍的かつ効果的な承認と遵守とを国内的及び国際的な漸進的措置によって確保することに努力するように、すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準として、この世界人権宣言を公布する。

第一条
 すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。

第二条
1     すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。
2     さらに、個人の属する国又は地域が独立国であると、信託統治地域であると、非自治地域であると、又は他のなんらかの主権制限の下にあるとを問わず、その国又は地域の政治上、管轄上又は国際上の地位に基づくいかなる差別もしてはならない。

第三条
 すべて人は、生命、自由及び身体の安全に対する権利を有する。

第四条
 何人も、奴隷にされ、又は苦役に服することはない。奴隷制度及び奴隷売買は、いかなる形においても禁止する。

第五条
 何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない。

第六条
 すべて人は、いかなる場所においても、法の下において、人として認められる権利を有する。

第七条
 すべての人は、法の下において平等であり、また、いかなる差別もなしに法の平等な保護を受ける権利を有する。すべての人は、この宣言に違反するいかなる差別に対しても、また、そのような差別をそそのかすいかなる行為に対しても、平等な保護を受ける権利を有する。

第八条
 すべて人は、憲法又は法律によって与えられた基本的権利を侵害する行為に対し、権限を有する国内裁判所による効果的な救済を受ける権利を有する。

第九条
 何人も、ほしいままに逮捕、拘禁、又は追放されることはない。

第十条
 すべて人は、自己の権利及び義務並びに自己に対する刑事責任が決定されるに当っては、独立の公平な裁判所による公正な公開の審理を受けることについて完全に平等の権利を有する。

第十一条
1     犯罪の訴追を受けた者は、すべて、自己の弁護に必要なすべての保障を与えられた公開の裁判において法律に従って有罪の立証があるまでは、無罪と推定される権利を有する。
2     何人も、実行の時に国内法又は国際法により犯罪を構成しなかった作為又は不作為のために有罪とされることはない。また、犯罪が行われた時に適用される刑罰より重い刑罰を課せられない。

第十二条
 何人も、自己の私事、家族、家庭若しくは通信に対して、ほしいままに干渉され、又は名誉及び信用に対して攻撃を受けることはない。人はすべて、このような干渉又は攻撃に対して法の保護を受ける権利を有する。

第十三条
1     すべて人は、各国の境界内において自由に移転及び居住する権利を有する。
2     すべて人は、自国その他いずれの国をも立ち去り、及び自国に帰る権利を有する。』

世界人権宣言(法務省のHPより)

世界人権宣言(法務省のHPより)
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00172.html

 ※ と言うことで、「《人権デー》 12月10日 (世界人権宣言が採択された日)《人権週間》 12月4日~10日」の期間内に、「暴力で、デモを鎮圧」など実行しようものなら、世界中から「人権侵害国家」の「烙印」を、押されてしまうわけだ…。

『世界人権宣言とは

出典:UN Photo

世界人権宣言は,基本的人権尊重の原則を定めたものであり,初めて人権保障の目標や基準を国際的にうたった画期的なものです。

 20世紀には,世界を巻き込んだ大戦が二度も起こり,特に第二次世界大戦中においては,特定の人種の迫害,大量虐殺など,人権侵害,人権抑圧が横行しました。このような経験から,人権問題は国際社会全体にかかわる問題であり,人権の保障が世界平和の基礎であるという考え方が主流になってきました。

 そこで,昭和23年(1948年)12月10日,国連第3回総会(パリ)において,「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」として,「世界人権宣言」が採択されました。

 世界人権宣言は,基本的人権尊重の原則を定めたものであり,それ自体が法的拘束力を持つものではありませんが,初めて人権の保障を国際的にうたった画期的なものです。

 この宣言は,すべての人々が持っている市民的,政治的,経済的,社会的,文化的分野にわたる多くの権利を内容とし,前文と30の条文からなっており,世界各国の憲法や法律に取り入れられるとともに,様々な国際会議の決議にも用いられ,世界各国に強い影響を及ぼしています。

 さらに,世界人権宣言で規定された権利に法的な拘束力を持たせるため,「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)」と「市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)」の2つの国際人権規約が採択され,その後も個別の人権を保障するために様々な条約が採択されています。これらの条約が保障する権利の内容を理解し,広めていくことが一人一人の人権を守ることにつながるのです。
                                                                                ※外務省のホームページへリンクします。
◆世界人権宣言
◆主要な人権関係条約
・経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)
・市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)
・あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)
・女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(女子差別撤廃条約)
・拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(拷問等禁止条約)
・児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)
・強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約(強制失踪条約)
・障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)
 
人権デー・人権週間

《人権デー》 12月10日 (世界人権宣言が採択された日)
《人権週間》 12月4日~10日

 国際連合は,昭和23年(1948年)12月10日に第3回総会で世界人権宣言が採択されたのを記念し,昭和25年(1950年)12月4日の第5回総会において,この12月10日を「人権デー(Human Rights Day)」と定め,加盟国などに人権思想の啓発のための行事を実施するように呼びかけています。

 我が国では,世界人権宣言が採択された翌年の昭和24年から毎年12月10日を最終日とする一週間を「人権週間」と定め,全国的に啓発活動を展開し,広く国民に人権尊重思想の普及高揚を呼びかけています。

人権週間の様子 人権週間の様子』

人類の到達した頂点・民主主義も原理は雨乞いと変わらない。

人類の到達した頂点・民主主義も原理は雨乞いと変わらない。
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/30158520.html

 ※ この文脈で行くと、「不正があった!」と主張して、「降りることを、ゴネている」某元大統領とかは、どう位置付けられるんだろう…。

『先日、娘がテロに見舞われて爆死した、ロシア極右愛国主義の思想家のドゥーギン氏が、ロシア軍のヘルソンからの無抵抗撤退について、プーチン氏を激しく非難しています。ヘルソン付近には、ほぼ軍事訓練を受けていない動員兵が、弾除けとして前線に配置され、短期間に死体の山を築いていたのですが、その間に正規軍はドニエプル川を渡って、東岸に到達し、大部分の撤退に成功した模様です。

やむを得ない戦略的な撤退なのですが、国粋主義者というのは、結果で物事を判断して批判しますので、殆ど無抵抗でウクライナにヘルソンを明け渡した事自体が気に食わないらしく、かなり厳しい言葉で非難しています。その非難の中で、面白い表現が使われていたので、抜き出したいと思います。

「専制とは何か? 為政者に全ての権力を与える事である。為政者は危機的な状況において、人々を救ってくれること。その為には、不愉快な事も我慢してきた。しかし、もしも救ってくれないとしたら、『雨を
降らせなかった王のように犠牲になる運命だ』専制には、2つの面がある。成功に際しての、あらゆる権利。失敗に際してのあらゆる責任。そして、撤退の責任は、軍ではなくプーチン大統領にある。プロパガンダで覆い隠す事はできない。ヘルソンの無抵抗撤退は、ソ連邦崩壊以来の敗北である。欧米との全面戦争と認識し、イデオロギー的にも国家への統制を強化して、総動員体制へ移行すべきである」

以上は、ドゥーギン氏が自身のブログに掲載した檄文です。ここで、注目して欲しいのは、二重括弧にしてある一文です。つまり、独裁国家においては、結果に対する全ての栄光と責任が、独裁者個人に属するので、成功すれば英雄として称賛され、失敗すれば全ての責任を取らされるという事です。そして、雨乞いで雨を降らすのに失敗した王という例えは、昔の原始的な集落で、呪術師が干魃に際して、雨乞いの儀式をして、雨が振らなかった場合に、村人から処刑されていた事を暗喩しています。

ここに独裁国家の制度的な欠陥を見る事ができます。頂いた独裁者の采配次第で、国民全体が利益も損出も被り、それは、時には自分の命を国家に差し出す犠牲を要求するという事です。以前の投稿でも述べたように、独裁者の健康・気力が、国家の衰退とリンクするのが独裁国家です。その為、プーチン氏は、上半身裸で馬に跨って乗馬する姿や、黒いレザージャケットを着て大型バイクに跨る姿や、柔道で巨漢を投げ飛ばす姿を国民に見せなくてはならないのです。あれは、ナルシズムで、やっているわけではありません。国民が安心する為に、その姿を見る事を望み、国の治安を安定させる為に、「強い指導者」であり続けなければ、ロシアという国が綻びるので、やっているのです。

これを例えるならば、村にたった一人しか存在しない「カリスマ呪術師」に、命運を託して雨乞いの儀式をする部落と言えます。そして、雨を降らす事ができなければ、呪術師は処刑され、代わりに儀式を続ける者がいないので、天候の気まぐれで、その部落は飢餓で全滅する事になります。

では、人類が到達した最高点の政治制度と言われる民主主義とは、独裁専制と較べて、どれだけマシなのでしょうか。実は、余計なフィルターを外して見ると、独裁国家で失敗すると呪術師が殺されるのに対して、呪術師が地位から降ろされて、別の人間に交代するのが保証されている点が違うだけです。干魃が起きた時に、雨を降らせる能力があると信じられている呪術師が、雨乞いの儀式を行いますが、失敗しても、彼は殺されません。必ず次点の要員が用意されていて、交代し、今度は控えの呪術師が儀式を続行します。それが、制度として保証されているのが民主主義です。

投票で問題に対処するリーダーを決めたとしても、その人物が必ず有効に対処できるとは、限りません。うまくいかないと判断されたら、そのリーダーを降ろして、別のリーダーを頂きます。部落の将来は、特定の人物ではなく、部落で選んだ、「問題が解決できそうな」人物に、次々と交代し、そのうちの誰かが問題を解決すればよしで、できなければ、やはり全滅するのは独裁国家と同じなのです。その解決の方法は、何も祈祷を続けるだけでなく、「この地を捨てて、他所の土地へ移り住もう」でも、「用水路を築いて川から水を引いてこよう」でも、よいのです。部落が干魃で絶滅しそうという状況に対して、問題解決の方法を提示できた人物が、次のリーダーになります。

未来が誰にも確実に予想できず、どんな問題が発生するか判らない以上、特定の誰かの能力に全面依存するではなく、スペアーとも言うべき人材をストックしておいて、問題が解決するまで、トライ・アンド・エラーを繰り返す。民主主義と言っても、客観的に評価すれば、確率で生き残る精度を高めただけのシステムです。干魃が何年も続けば、どんな制度を持つ部落でも、餓死して全滅しますし、何かしらの解決策を絞り出して、犠牲者は出しても部落の一部は生き延びるかも知れません。それは、制度の優劣で決まるというよりは、制度によって、生存確率を可能な限り上げたのが、民主主義です。

その制度の特色上、選挙などに手間と費用がかかりますし、議会で論議をするので、意思決定が遅く、それは、しばしば民主政治の問題として話題になります。しかし、それでも、「オール・オア・ナッシング」の個人の資質に国家の命運を全てベットする独裁政治より、マシであると一般的に考えられています。独裁政治の最大の害悪は、呪術者が屈強なボディーガードで身辺を固めた場合、村人が打ち殺そうとしても、それが不可能になる場合がある事です。つまり、まったく問題の解決にならない祈祷を、その人物個人が諦めるまで、部落民の全てを巻き込んで続ける事が可能です。

そして、ドゥーギン氏がプーチン大統領を批判する例えとして出してきたのが、まさに『雨を
降らせなかった王のように犠牲になる運命だ』という言葉です。つまり、雨乞いに失敗した呪術師は、部落民によって誅殺されるべきだと言っているのです。雨を降らせる云々の言葉が、突然出てくるので、何事かと思いますが、ロシア正教的発想だと、国の指導者の立場は、神に選ばれた人物に下賜された権利であると考えるので、神の恩寵を失った呪術師に用は無いのです。

一見、高度に発達したかのように見える現代の政治制度ですが、原理から言うと、部落の生命を脅かす問題に対して、どう向き合うかという事に対して、確率で生存率を高めたものでしかありません。しかも、比較する対象は、原始時代の集落です。そして、恐らくは、これ以上、政治の原理的なシステムが進化する事はありません。ここで、打ち止めです。それゆえに、予測が不可能な問題に対して、特定の価値観に基づく「思想や宗教」で、政治を行ってはいけないのです。問題の解決は、是々非々の議論を経て、最も良いと思われる対処を選択するしか、やりようがありません。ここに、「神様がこう言っているから、こうするのが正しい」とか「思想的に、これが正しいから、こうするべきだ」という、根拠の無い方向性を持った硬直した考え方が、意思決定に入ってくると、部落が全滅する確率が上がります。』

米最高裁、入学選考の人種考慮を審理 アジア系差別焦点

米最高裁、入学選考の人種考慮を審理 アジア系差別焦点
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN31D4B0R31C22A0000000/

 ※ この問題は、実は、「平等」と言う概念の、根源的な問題に関係しているので、ちょっと語っておく。

 ※ 「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

② 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
③ 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。』(日本国憲法第十四条)

 ※ 『すべて国民は、法の下に平等』であって、『差別されない』と規定されているわけだ。

 ※ この「大原則」に、異を唱える人は、いないだろう…。

 ※ しかし、直ちに「問題」は発生する。

 ※ 現実には、人は「平等(≒みんな、同じ)」じゃ無いからな…。

 ※ 持って生まれた「天賦の才」、「親の社会的な地位」、「親の財力」など、「厳然とした差異」が存在する…。

 ※ そういう「現実に存在する差異」と、「人は、みな平等に取り扱われるべきだ」という政治目標との間のギャップを、どう「調整」すべきなのか…。

 ※ その一つの「説明」が、「結果の平等」と「機会の平等」という考えだ。

 ※ 「結果の平等」(人々が、政策適用した結果、現実に平等となる)は、あくまで「理想」である。現実には、人々に行動する「機会」を平等に保障すれば、それでよしとする…、とか説明するわけだな。

 ※ 「機会」が平等に保障されているのに、「結果」がうまくいかなかったのは、「自己責任」です…、とか「突き放す」わけだな。

 ※ しかし、これをゴリゴリ推し進めると、いろいろ具合悪いことも、生じて来るんだよ。

 ※ その「うまく行かない」要因が、歴史的に長いこと、「差別的な、社会的な地位・立場」に置かれていたせいだとしたら、「自己責任」ですと突き放されてもなあ…、という問題だ。

 ※ そこで、そういう「社会的な地位・立場」の不均衡を是正するには、「機会の平等」の要請を後退させて、積極的にそういう立場の人を、優遇する(≒下駄を履かせる)ことも「許される」、いや、積極的に「そういう政策を、推進すべきだ!」という考えも生じてくる。

 ※ これが、「アファーマティブアクション(積極的差別是正措置)」というものだ。


 ※ しかし、これを推進し過ぎると、逆に、「機会の平等」を重視する立場からは、「逆差別だ!オレらの、平等権を侵害するのか!」という反発が出てくる…。

 ※ 極めて「政治的な話し」となるので、激しく争うわけだ…。

『【ワシントン=芦塚智子】米連邦最高裁は31日、大学が入学選考の際に人種を考慮することの是非を問う2件の訴訟について口頭弁論を開いた。多数派を占める保守派判事が制度の合法性に懐疑的な見方を示した。最高裁が過去の判断を覆して違憲判決を下せば、大学入学だけでなく奨学金や雇用などの選考に影響が広がる可能性も指摘される。最高裁は来年夏までに判断を下す。

訴訟は保守派団体「公平な入学選考を求める学生たち(SFFA)」がハーバード大とノースカロライナ大を相手取って起こした。ハーバード大については、選考がアジア系米国人を差別しているとして、人種差別を禁じた公民権法に反すると主張。ノースカロライナ大に関しては、人種を重視した選考過程が白人やアジア系を不利にし、公民権法や国民の平等な権利を保障する憲法修正第14条に反すると訴えている。

SFFAは、大学が学生の多様化のために入学選考過程で人種を考慮することを認めた最高裁の2003年の判決を覆すよう求めた。大学側は、人種は選考の1要素にすぎず、判決が覆れば黒人やヒスパニック(中南米系)の学生が大幅に減ると主張している。

人種を考慮した選考はアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)と呼ばれ、白人より不利な立場にあるとされる黒人らに機会を保障するのが目的。入学選考については主に白人保守派が「逆差別」と批判してきたが、近年は教育に熱心なアジア系の間でも不満が高まっている。

口頭弁論では、判事9人のうち保守派6人から入学選考でのアファーマティブアクションの継続に懐疑的な発言が相次いだ。少数派のリベラル派3人は擁護の姿勢を示した。

ハーバード大によると、全米の大学の約40%が入学選考で人種を考慮している。米紙ワシントン・ポストの10月上旬の調査では、米成人の63%が大学入学選考での人種考慮を禁止すべきだと答えた。一方で64%が大学の学生の人種的多様化を促すプログラムを支持している。』

「普通の国」と戦後民主主義

「普通の国」と戦後民主主義
風見鶏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA17AW00X11C22A0000000/

『「ウクライナはこんなひどい目に遭っているのに、なぜ日本は武器を支援しないんだ。普通の国(normal country)とはいえない。価値(value)の判断もできない国なのか」。欧州のある国の外交官は今春、日本の外務省幹部をこう非難した。

日本は防衛装備移転三原則や国内法の規定があり、殺傷能力がある武器は出せない。ヘルメットや防弾チョッキを送ったものの、海外からは「銃弾の雨を受け止めろ」と突き放したようにも映る。

外務省幹部は「価値判断という表現は『善悪すらわからない国』という意味に感じた」と振り返る。

苦い記憶がよみがえる。1990~91年にイラクがクウェートに侵攻した際、日本は総額130億ドルを拠出した。「カネで済ませる国」との評を受けた。すると93年、小沢一郎氏の著「日本改造計画」は普通の国への変革を訴えた。

「国際社会において当然とされていることを、当然のこととして自らの責任において行う」と訴えた。日本はそれから自衛隊の海外派遣や集団的自衛権の行使容認などを実現し、普通に近づいたはずだった。

冒頭の外交官は「ドイツですらやった」とも言及した。批判の根っこにはドイツとの比較があった。

90年の統一後、ドイツは北大西洋条約機構(NATO)内で軍事負担を期待され、海外派兵も始めた。普通の国も論点になった。一方で第2次大戦の敗戦国で周辺は軍備拡張を警戒する。日本と同様、平和主義で軽武装・経済重視の印象がある国だった。

今回、ドイツは多連装ロケットシステムや地対空ミサイル、りゅう弾砲の供与を決めた。ウクライナ侵攻直後には国防費の大幅増を表明し、世界を驚かせた。日米欧は「自由や民主主義、法の正義が大事」と国際舞台で唱えてきた。言行一致は当然、という感覚だ。
日本の岸田文雄首相らG7の首脳はウクライナのゼレンスキー大統領へ支援を表明してきた。(10月11日、オンラインでの協議。画面右はドイツのショルツ首相)=AP

遅ればせながら、日本はもうすぐ普通の国へかつてない一歩を踏み出す。年末の国家安全保障戦略などの改定だ。国内総生産(GDP)比でほぼ1%以内の防衛費は大幅に増やす。敵基地に反撃する能力を示し、防衛装備品の供与や輸出の基準も緩和を探る。

戦後日本の3つの自縄自縛を解く話だ。国民総生産(GNP)1%枠、専守防衛、武器輸出三原則といった昭和の用語は従来以上に「過去の遺物」になる。

世論も準備はできている。内閣府が3月に公表した世論調査では「国民全体と個人の利益のどちらが大切か」の質問に「国民全体」と回答した人は61%にのぼる。「国や社会か個人生活か」に「国や社会」と答えた人は58%だった。

調査は40~50年ほど前からしている。単純比較はできないものの、どちらも今回は過去最高値だった。かつて「戦後民主主義は個人主義」ともいわれたが地殻変動が起きている。

「国家は与えられるものではなく、われわれが作るもの」「主権者なら自分が国家の立場ならどうするかを絶えず考えなければ」。半世紀前、哲学者の田中美知太郎は説いた。

当時の「国や国家は論じることも悪だ」という戦後民主主義の空気に警鐘を鳴らす言葉だった。半世紀で空気は変わった。

報道各社の最近の世論調査では防衛費増額への賛成も多い。ウクライナ侵攻や中国・北朝鮮の脅威を踏まえ、主権者としての責任をもって考える人が増えているのかもしれない。

国家や防衛のあるべき姿、普通の国とは何か――。戦後史の節目になる議論は単なる賛成・反対では不十分だ。建設的な国家論を主権者は期待している。政治家は分かっているだろうか。(佐藤理)

【関連記事】死が約束する安全保障 自由・民主主義の代償

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東京大学 公共政策大学院 教授
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分析・考察

戦後民主主義は大戦中の反省から生まれたものではあるが、その時に前提とした問題、すなわち「権力やその権力の動力ベルトとなる国家は放っておけば悪となる」ということと、ゆえに「憲法による権力の制限と、その憲法を守ることを規範として定着させる」というプロジェクトが、ついに現実の世界の変化に直面し、変更を迫られるようになっている。国家や権力は悪なのか、それとも何らかの価値を実現するためのツールなのか。その価値とは何を指すのか。これまで考えずに済んできたことが改めて問われるようになっている。
2022年10月23日 23:13』

〔(※ 日本の)土地利用権の種類〕

 ※ 今日は、こんなところで…。

 ※ 「関口法律事務所」というサイトの記事だ。あるいは、弁護士さんが執筆したものか…。「法律顧問のご案内」という項目もあるな…。

【借地】 土地利用権の種類 借地権以外にもいろいろあります
https://sekiguchi-law.com/post-1442/

『土地の利用権といえば、まずは借地権を思い浮かべることと思います。

しかし、法律で定める土地の利用権としては、借地権はむしろ例外的です。実は、借地権以外にも様々な種類の利用権があります。

今回は、借地権をはじめとして、法律で規定されているさまざまな土地の利用権について解説します。

(建物の利用権についてはこちら)

借地権(借地借家法・旧借地法)

後述するように、土地の利用権には賃借権を始めとしてさまざまな種類の権利がありますが、そのうち「建物の所有を目的とする」賃借権・地上権についてのみ、借地借家法によって「借地権」と名付けられ特別な扱いがされています。

1992年(平成4年)8月1日以降に設定された借地権については現行の借地借家法が適用されますが、その中で借地権として次の5種類が定められています。

① 普通借地権

② 定期借地権

③ 事業用定期借地権

④ 建物譲渡特約付借地権

⑤ 一時使用目的の借地権

なお、1992年(平成4年)8月1日よりも前に設定された借地権(まだまだこちらの方が多いかもしれません)については旧借地法が適用され、この場合には借地権は一種類しかありません(①の項目であわせて解説します)。

以下、順に見ていきましょう。

① 普通借地権

契約で存続期間が定められますが、更新の拒絶が認められない限り更新されます。

ご存じのとおり、更新拒絶や解約・解除はそう簡単に認められるものではないため(※ 強力な、判例法が形成されている)、結果半永久的に存続することになります。

・現行法(1992年8月1日以降の契約)の内容

建物の構造に関係なく、存続期間は最低30年です(これより短い期間を定めても自動的に30年に延長されます)。

合意の上の更新する場合、初回の更新後の期間は最低20年、2回目以降は最低10年です。

・旧借地法(1992年8月1日より前の契約)の内容

建物の構造に応じ、存続期間は最低30年または20年です(期間を定めなければ60年または30年です!)。

更新後の期間は、構造に応じて最低30年または20年です。

② 定期借地権(一般定期借地権)

現行の借地借家法で新しく認められた借地権です。②から⑤は1992年8月1日以降の契約に適用されます。

定期借地権とは、一定の存続期間を区切って更新を認めない借地権です。期間が満了したら借地権は消滅します。

ただし、存続期間を50年以上と定めること、公正証書などの書面によって契約すること、などが条件です。

③ 事業用定期借地権

事業用の建物(店舗や商業施設等)所有を目的とする定期借地権です。

存続期間を10年以上50年未満と定めること、公正証書などの書面によって契約すること、などが条件です。

④ 建物譲渡特約付借地権

存続期間を30年以上として、期間満了時に、借地人の建物を地主が買い取ることで借地権を消滅させる旨を定めた定期借地権です。

実際の事例はかなり少ないようです。私は実例を見たことがありません。

⑤ 一時使用目的の借地権

建物の所有を目的とする賃借権・地上権であっても、一時使用目的であることが明らかである場合には、借地借家法の上記規制(特に①)が適用されません。

次の項で述べる、民法の規定が適用されます。

ただし、一時使用目的といえるためにはその客観的・合理的理由が必要で、単に契約書に「一時使用のため」と書いてあるだけでは一時使用と認められません。

賃借権(民法)

建物の所有を目的とする場合以外の賃借権については、借地借家法ではなく、民法の規定によることになります。

駐車場や資材置き場などで土地を賃貸する場合が典型的ですね。

この場合、賃借権の存続期間は20年以下です(借地借家法上の借地権と異なり、下限はありません)。

20年を超える期間を定めることはできません。更新後も同様です。

存続期間が満了すると、契約は終了します。

存続期間を特に定めなかった場合は、貸主による解約申入れから1年経過した時点で賃借権は消滅します。

使用借権(民法)

賃貸借は有料の場合ですが、無料の場合は民法上使用貸借といい、また違った規定が適用されます。

親族間の貸し借りによくみられます。

賃借権よりも弱い権利で、使用借権が消滅するのは、①存続期間を定めた場合には期間満了時、②使用目的を定めた場合には目的達成時、③期間・目的を定めなかった場合は貸主が解約申入れをした時点です。

存続期間については制限がありません。

地上権(民法)

賃借権と似たような権利で、地上権という権利もあります。

こちらも、建物の所有を目的とする場合以外は、借地借家法ではなく民法が適用されます。

土地そのもの(土地の表面)を利用する場合のみならず、土地の上空を利用する場合(空間地上権といいます)や、地下空間を利用する場合(地下地上権といいます)もあります。

存続期間については原則として制限がありません。
その他(民法)

以上のほかに、永小作権、地役権、囲繞地通行権などがありますが、永小作権は現代ではほとんどみられませんし(通常は賃貸借か使用貸借)、地役権や囲繞地通行権は特定の目的のために土地の一部を利用する場合の権利ですので、ここでは割愛します。』

中国、国連の新疆報告書を批判「反中勢力の陰謀」

中国、国連の新疆報告書を批判「反中勢力の陰謀」
対抗措置には言及せず、党大会前に安定優先
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM0195P0R00C22A9000000/

『【北京=羽田野主】中国外務省の汪文斌副報道局長は1日、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が発表した新疆ウイグル自治区に関する報告書について「反中勢力の政治的陰謀に基づくずさんな報告だ」と批判した。「内容は完全に虚偽情報のごった混ぜだ」とも主張したが、対抗措置の可能性には言及しなかった。

汪氏は「国連人権高等弁務官事務所が米国と西側の手下に成り下がったことを改めて証明した」と強調した。

報告書では新疆ウイグル自治区の刑務所や拘禁施設などに収容されている全ての人々を解放するため、迅速な措置を取るよう求めている。汪氏は「米国などいくつかの西側勢力がたくらみでっち上げたものだ」と話し「中国は当然ながら完全に拒絶する」と続けた。

中国メディアは報告書の内容を詳しく伝えていない。汪氏も「報告書は国連(の見解)をまったく代表していない」と指摘し、批判の対象を国連人権高等弁務官事務所や米国に集中させた。国内で国連への反発が広がる事態を警戒しているとみられる。

汪氏は対抗措置の可能性にも触れなかった。中国では10月に共産党幹部の人事を決める5年に1度の党大会がある。習近平(シー・ジンピン)総書記の3期目入りが正式に決まるまで、対外関係を安定させておきたい思惑があるとみられる。』

中国新疆で「深刻な人権侵害」 国連が報告書

中国新疆で「深刻な人権侵害」 国連が報告書
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB011FI0R00C22A9000000/

『【パリ=時事】国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は31日、中国新疆ウイグル自治区で「深刻な人権侵害」が行われていると指摘する報告書を公表した。報告書をめぐっては、中国政府が発表しないよう要求していたとされる。

OHCHRは報告書で「身柄拘束の劣悪な環境に加え、度重なる拷問や虐待の疑惑は信ぴょう性が高い」と指摘。ウイグル族らが置かれる状況は「国際犯罪、特に人道に対する罪に当たる可能性がある」と強調した。

一方、OHCHRは中国側の声明も同時に公表した。中国は今回の報告書について「発表に断固として反対する」と表明。人権状況の評価が「反中国勢力が捏造(ねつぞう)した偽情報などに基づいており、中国に非があることを前提にしている」と説明し、「中国の法律や政策を歪曲(わいきょく)し、誹謗(ひぼう)中傷している」と主張した。

欧米諸国は、中国が同自治区で少数民族ウイグル族らを収容所に送って洗脳したり、強制労働させたりしていると非難。日本でも、大手アパレル企業が自治区で生産された「新疆綿」の使用を中止する動きが広がっている。

バチェレ国連人権高等弁務官は5月に同自治区を視察したが、視察内容は全て非公開で、人権侵害の実態は全く明らかにされなかった。人権団体は、バチェレ氏が人権侵害を否定する中国に融和的な姿勢を取ったと批判していた。

バチェレ氏は任期満了に伴い、31日付で退任した。

【関連記事】

・新疆報告、40カ国公表反対 人権弁務官が圧力認める
・習近平氏、8年ぶり新疆ウイグル訪問 治安安定を誇示
・企業の人権侵害、改善・公表求める 政府が初指針
・ESG投資、描けぬ脱中国の道筋 国家リスクに漂う無力感 』

中国・新疆で「深刻な人権侵害あった」 国連人権高等弁務官が報告書公表

中国・新疆で「深刻な人権侵害あった」 国連人権高等弁務官が報告書公表
https://www.cnn.co.jp/world/35192610.html

『(CNN) バチェレ国連人権高等弁務官は8月31日、中国・新疆ウイグル自治区でのウイグル族や他のイスラム系少数民族の待遇に関する報告書を公開した。報告書の発表は以前から待望されていた。

報告書はこの地域で「深刻な人権侵害が行われてきた」と結論付けた。その原因として、中国政府のウイグル族や他のイスラム系少数民族の地域社会を対象とした「対テロ、対過激主義の戦略の適用」を挙げた。

報告書は「強制的な医療行為や収容の悪条件を含め、拷問や虐待のパターンに関する主張は信頼できる。性的及び性差に基づく暴力の個別事案の主張も同様だ」と記した。

中国は報告書の公開に反対してきた。中国の駐ジュネーブ国連代表団は、報告書が「偽の情報とうそ」に基づいたもので、中国の法と方針を「曲解している」と述べた。

代表団はさらに「ウイグル族を含むすべての民族集団は中国国民の等しい構成員だ。新疆は法令に従ってテロと過激主義と闘う措置を実行し、テロリストによる活動の頻繁な発生を効果的に抑えている」と主張した。』

『国連の専門家委員会は4年前、100万人以上のウイグル族と他のイスラム系少数民族が「再教育」と洗脳を目的に新疆の超法規的な収容所に入れられたとの信頼できる報告があるとして、注意を呼びかけていた。

中国は当初、収容所の存在を否定していたが、その後「過激主義」への対抗手段として「職業教育訓練センター」を立ち上げていたと説明した。中国は同地域での人権侵害やジェノサイド(集団殺害)、強制労働を訴える主張を「世紀のうそ」と呼んだ。

今年5月にはバチェレ氏が訪中し、中国政府から「職業教育訓練センター」のシステムは「解体された」と断言されたことを伝えていた。同氏の訪中は人権関連の国連高官の訪問としては17年ぶりで、訪中に対する厳しい批判も起きた。

この報告書が公表された31日はバチェレ氏の退任日だった。』

旧統一教会が牛耳る「日本の選挙の民主」と「中国の民主」

旧統一教会が牛耳る「日本の選挙の民主」と「中国の民主」_中国「わが国は民主的だ」世界ランキングで1位
https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20220828-00312339

 ※ 中○が、「民主国」とか、何のブラックジョークだよ…。

 ※ まあ、共産主義では、「国民主権」の代わりに「人民主権」、「三権分立」の代わりに「民主集中制」とか、言ってるからな…。

 ※ そもそも、「民主」の概念が違っているんだろう…。

 ※ かの国では、「英語教育」も禁止(「間違った」知識を習得してしまう危険性があるので)らしいからな…。

 ※ そういう「人民」対象にアンケート取って、何の意味があるんだ…。

 ※ 『選挙は「民意の表現」ではなく「民意の消滅とリセット」へと導くのが「日本の選挙と民主」だ。』…。

 ※ ちょっと、何を言っているのか、よく分からない…。

 ※ 民意の「消滅」とは、何を指しているのか…。

 ※ 民意は、その時その時で、変化する…。よって、衆議院は、「解散」という制度があって、平均「2.3年くらい」で「総選挙」がある…。参議院は、「良識の府」として、解散が無く、6年の任期(3年毎に、半数が改選)を与えられて、「政治の安定」「アンカーの役割」が与えられている…。

 ※ 選挙結果によって、「前の選挙」での「支持」はチャラになり、新たな「民意」で上書きされる…。

 ※ まさに、「民意のリセット」が制度に組み込まれている…。

 ※ そうやって、常に「民意の支持」があるのか否かを問い、制度として取り込んでいるんだ…。

 ※ そこが、まさに「民主主義の根幹」だ…。

 ※ 文句があるなら、とっとと「導入して」やってみればいいだけの話しだ…。

 ※ それともう一つ言っておきたいのは、「アンケート」と「選挙結果」は、全然別物…、ということだ。

 ※ 「アンケート」は、単なる「ご意見伺い」に過ぎない。

 ※ 「選挙」は、「政権選択」の国民の意思決定だ(主権者国民の、主権行使の一つ)…。

 ※ 「選挙」を「アンケート」で代替することは、「できない」…。

 ※ 「アンケート」結果、「世論」なんてものは、「選挙」で政権取った「政策担当者」が、「政策実行」の「ご参考」にすれば足りる程度のものだ…。

『53ヵ国を対象としたNATO傘下の世論調査「あなたは自国が民主的だと思うか?」で、中国が世界一となった。その背景には米中関係があるが、統一教会に牛耳られている「日本の選挙と民主」とを比較考察したい。

(本稿では、旧統一教会は「統一教会」と略記する。)
◆「わが国は民主的だ」 世界ランキングで中国が1位

 日本では統一教会と自民党議員などとの長きにわたる深い癒着が次々と暴かれ、まるで日本の政治が統一教会によって動かされていたような不気味さが漂っている。

 そのような中、8月23日にEUメディアのウェブサイトmodern diplomacyに調査研究歴史家のエリック・ズエッセ氏が<53カ国のNATO所属(機関)の世論調査で、中国人が最も「自国を民主的だ」と思っていることが判明>という見出しの論考を公開した。

 それによればNATO傘下の「民主主義同盟」が53ヵ国を対象に世論調査を行ったところ、中国人の83%が「自国は民主的だ」と考えていることがわかり、これは調査対象となった53ヵ国の中で最も高い割合だったというのである。第2位はベトナムで77%、3位と4位は同点のフィリピンと台湾で、75%だった。

 53ヵ国すべての平均は 56%だが、アメリカは平均よりも低い49%で、順位はコロンビアと同点で並び、第40位&41位だったという。

 対ロシアのアメリカ軍事同盟であるNATOが、敵対国家として排斥しなければならない標的リストの中に入れることを検討している中国が、NATO傘下の民主主義同盟が調査した53ヵ国の中で、「自国は民主的だ」と考えている「民主化度」において第1位で、中国を非民主的国家として排斥しようとしているアメリカが、民主化度認識において第40(もしくは41)位というのは、いったいどういうことかと、エリック・ズエッセ氏は皮肉っている。

 したがって、「その国に住んでいない人々が保持しているその国についての見解は、与えられた外国の報道機関の表現ミスによるものかもしれない」と考察し、その報道は「特定の敵国」に対する「期待的見解」であるかもしれないと警告を発している。

 それを筆者なりの言葉で表現すると、以下のようになろうか。すなわち、

 ――現在、アメリカや日本には「民主主義国家vs.専制主義国家」という価値観外交の概念があり、特に「中国の国家運営が不透明で、非民主的である」という批難を基本とした対中包囲網がアメリカを中心とした西側諸国によって形成されている。では、その批判対象となっている「中国はどれくらい非民主的か」ということを考察すると、データとして表れたのは、中国人が世界で最も「自国は民主的だ」と思っているという結果で、民主の旗頭として世界をリードしていこうとしているアメリカの国民は「自国は民主的だ」と思っている人が半数以下しかいない。したがって、他の国が特定の国を「非民主的だ」と非難したとしても、その国の国民が自国を非民主的だと考えていない場合には正当性を欠く。自国民が自国をどう考えているかに関しては、客観的なデータで把握しなければならない。

 こんな感じになろうかと思う。

◆日米は、どれくらい「自国は民主的だ」と思っているのか?

 実は、この世論調査の結果自身は今年5月30日に<民主主義認識指数2022>として公開されている。

 この報道によれば、民主主義認識指数(DPI)は、民主主義に関する世界最大の年次研究で、50ヵ国以上を対象とし、世界人口の75%以上の民意を代表しているとのこと。そこで、5月30日に公開されたデータを基本として、<民主主義認識指数 2022>に付記してある過去3年のデータから、米中日3ヵ国のデータを拾って以下のような図を作成してみた。

「民主主義認識指数2022」のデータを基に筆者作成

 アメリカ国民(青色)は総じて自国が民主的だとは思っておらず、日本(黄色)も類似の情況にはあるが、2022年になってやや上向きであるのは、2021年の情況を反映しているので、2020年あるいは2021年に何が起きたかを考えると、自民党総裁選挙なのに国民に向かって必死で主張を展開したからかもしれない。

 驚くべきは、やはり、中国人民(赤)がこんなに高い割合で「わが国は民主的だ」と思っているという事実だ。しかも年々増加している。

◆中国人民は、なぜ「わが国は民主的だ」と思っているのか

 それではなぜ、中国人民は「わが国は民主的だ」と思っているのかを考察してみよう。

 残念ながら2018年以前のデータを得ることができなかったが、少なくとも2019年のデータを見る限り、まだ57%ではあるものの、日米を抜いて抜群に大きい。これは2018年の世相を表したもので、何と言ってもアメリカの対中制裁が始まった年であったことが最も大きな要因であろう。

 対中制裁は2017年末から始まったが、誰の目にもアメリカ経済が中国経済に抜かれないようにするための制裁であることは歴然としている。特に習近平が2015年に発布したハイテク国家戦略「中国製造2025」の「危険性」を感知した当時のトランプ大統領が、宇宙領域やハイテク産業領域で中国がアメリカを追い抜こうとしていることに気づき、それを徹底して抑え込もうとしたものであることは明らかだろう。

 そのとき同時にアメリカで進行したのが黒人に対する人種差別問題だった。

 最も大きかったのは、2021年1月6日、大統領選挙による不正を訴えたトランプ支持者が、アメリカの議事堂に乱入した事件で、それまでまだ中国の若者の間にいくらか残っていたアメリカへの憧れ、「アメリカは民主的な国家だ」と信じていた気持ちを、一気に挫(くじ)かせてしまった。どれだけ多くの中国人民がアメリカの「民主」に幻滅し、「アメリカの民主など、少しも良くない」と痛感したかしれない。

 2022年のデータは、2021年の世相を反映しているので、アメリカ民主への幻滅と、バイデン政権になってから陰湿になってきた対中包囲網に対する反感も手伝い、2022年のデータは、「83%」と、大きく跳ね上がったものと解釈できる。

 中国では中国共産党による一党支配体制という明確な大原則があり、その上での国家運営に対して、中国人民は「他国と比べれば比べるほど、自国は民主的だ」と思うようになっているのである。

 特に8月26日のコラム<和服コスプレ女子拘留 習近平政権は反日を煽っているのか? 日経新聞が中国ネットを炎上させた大連京都街>にも書いたように、ネットの力によって当局を動かすことができるという現象は、10億を超えるネットユーザーの心を一定程度満足させている。中国では赤ちゃんや超高齢者以外のほとんどすべてがスマホなどを通してネットにアクセスしているので、ネットの民意は全人民の民意に近いと解釈できる側面も持っている。

 普通選挙がない分だけ中国政府はネット民意に敏感で、一党支配を維持するために「民意の反乱」が起きないように、非政治的なものであれば民意に即応する傾向を持つ。そうでないと一党支配体制が覆る危険性を孕んでいるからだ。

 事実、2018年の民主主義同盟の調査では、以下のような考察が述べられている。

 ――調査データによると、厄介なのは、「国民の自国政府に対する幻滅」が、非民主主義国家においてよりも、民主主義国家における方が大きいという発見だ。驚くべきことに、民主主義国家の国民の64%が、政府が国民の公共の利益のために行動することは「めったにない」あるいは「まったくない」と回答している。アメリカやイギリスなどは長いこと自由世界のリーダーとみなされてきたが、国民の3分の2以上が、自国の政府は自国の利益のためにさえ行動していないと考えている(概略引用以上)。

 では、誰のために行動しているのか。

 自分自身のためにしか行動していないという典型的な例が、今般の統一教会と自民党議員を中心とした、長い期間続いてきた深い癒着だ。

◆選挙を「民意の消滅とリセット」に持っていったのは誰か?

 信じがたいほどの闇が、いま日本の政治を覆っている。

 それは戦後政治の大半を覆してしまうような、恐ろしい闇の世界だ。

 岸信介元総理が、統一教会の開祖・文鮮明氏と1968年辺りに会って「反共・勝共」で意気投合して以来、自民党と統一教会の関係は脈々と続いてきた。

 特に岸元総理とも懇意にしていた統一教会初代会長・久保木修己氏の遺稿集『美しい国日本の使命』が2004年に出版され、2006年に安倍晋三元総理が『美しい国へ』を出版したことのアナロジーや、自民党が提案している憲法改正案が統一教会の教義に酷似していることなどを考えると、日本の政治の骨格が統一教会によって形成されているのではないかという不気味さを覚える。

 何よりも衝撃的なのは、選挙において統一教会が強力な集票の役割を果たしていたことで、国会議員などの立候補者は、何としても当選したいために統一教会のサポートにすがり、統一教会は国会議員の後ろ盾を得て布教を強化していくという「悪循環(相互補助?)」が出来上がっていることだ。

 日本は「普通選挙」をしている国として、「民主主義国家」の範疇に入っているわけだが、選挙そのものが統一教会という集票マシーンで成り立っているとすれば、国民がどんなに政治に不満を抱いたとしても、「選挙をすればリセットされる」という「民意の消滅」が選挙によって具現化される。

 選挙は「民意の表現」ではなく「民意の消滅とリセット」へと導くのが「日本の選挙と民主」だ。

 これが「民主主義同盟」の世論調査の結果に表れている「自国は民主的だ」と思っている国民の割合の数値の低さの原因を示しているのではないだろうか。

 少なからぬ国会議員が、国家のためでも国民のためでもなく、自分の利益のために立候補し、自分が当選するためなら手段を選ばない日本と化してしまった。

 おまけに「反共勝共」から出発したはずの統一教会は、実は日本は朝鮮半島を侵略した原罪があるので、日本人から金を巻き上げ韓国に還元させるのは当然という、何やら「反日色」に基づいた霊感商法がまかり通っているようだ。その「反日的要素を持つ」統一教会に、嫌韓の自民党議員が支えられているという、この捻じれた関係のおぞましさよ!

 自民党議員がどんなに「今後は関係を持ちません」と誓ったところで、「選挙」を「民意の消滅とリセット」に追い込んでいった「日本政治の責任」を徹底して追求し、それを許してしまったた日本の精神的土壌と社会構造を根本的に見直さない限り、日本人の悲劇は続くだろう。
遠藤誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。』

米インディアナで中絶制限州法 最高裁判断後で初めて

米インディアナで中絶制限州法 最高裁判断後で初めて
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB062M00W2A800C2000000/

『米中西部インディアナ州議会は5日、人工妊娠中絶を大幅に制限する州法案を可決した。共和党のホルコム州知事が署名して成立した。米メディアによると、米連邦最高裁判所が6月に中絶の禁止を認める判断を示して以降、新たに規制を強化した州法が成立するのは初めてという。

成立した州法は性的暴行によって妊娠した場合などを除き、中絶を厳しく制限する内容で、9月半ばに施行される。

保守派の判事が多数を占める連邦最高裁は6月、中絶を憲法上の権利と認めた1973年の判決を覆した。中絶の是非は米国内で論争の的になり、11月の中間選挙の争点のひとつに浮上しつつある。

中西部カンザス州で2日に実施した住民投票では、6割が中絶規制に反対した。バイデン大統領は、中絶を禁止または制限する州に住む女性が、他州で中絶手術を受けやすくするための大統領令に署名するなど、中絶の権利保護に向けた取り組みを急ぐ考えを示している。

中絶の是非をめぐる判断は各州に委ねられている。一部の州では最高裁が判断を下せば、自動的に発効する法律が事前に成立していたため、中絶を制限する州法がすでに発効している。全米50州の半数ほどが中絶の禁止・制限措置を講じる見込みとされ、インディアナ州と同様に、最高裁判断を受けて新たに規制強化に動く州が増える可能性がある。』

高まる憲法改正論議 懸念すべき外国の影響力工作

高まる憲法改正論議 懸念すべき外国の影響力工作
川口貴久 (東京海上ディーアールビジネスリスク本部主席研究員)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/27285

『2022年7月10日の参議院選挙は将来、戦後政治史に記録されるかもしれない。それは、憲法改正プロセスの里程標として、である。
参院選で改憲勢力の議席が増え、岸田首相は憲法改正への議論を加速させるとみられている(代表撮影/ロイター/アフロ)

 今回の参議院選挙を経て、改憲に前向きな4政党(自民党、公明党、維新の会、国民民主党。以降、「改憲勢力」とする)の議席数は、非改選分も含めて177議席となった。これは参議院の総議席数248の3分の2(166議席)を上回り、改選前の166議席(総議席数は245)と比較すれば決して小さくない変化だ。

 もちろん改憲勢力4党の憲法改正に対する方針・争点は一枚岩ではないどころか、隔たりは大きく、政党内の合意形成も容易ではない。しかし単純計算とはいえ、憲法改正を志向する政治勢力が衆議院で約4分の3、参議院で3分の2以上を維持した意味は大きい。

 衆議院の解散や大きな政界再編がなければ、国会の勢力図は25年夏まで維持される。こうした状況を踏まえ、岸田文雄首相は参院選開票後の選挙特番で「できるだけ早く発議をし、国民投票に結びつけていく」と語った。

 また21年6月、通常国会で成立した改正国民投票法では、国民投票の公正や公平の確保のための追加検討事項が明記された(附則第四条)。具体的には国民投票に関わるインターネット利活用、広告、資金に関する制度的措置を改正法施行3年(24年9月)目途に検討・整備することを求めている。 こうした観点でも「(約)3年間」という時間軸が意味を持つ。

 今後、憲法改正そのものと改正手続きの両面で、議論が加速化するのは間違いないだろう。

原則、自由の「国民投票活動」

 憲法改正に係る国民投票とはどのようなプロセスか。義務教育課程で学ぶ憲法改正の発議と承認プロセスは次の通りだ。
「憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」(日本国憲法第96条)

 国民投票法等はこのプロセスをさらに具体化する。現行の想定では、国民投票は、国会の発議から60日以後から180日以内に実施され、満18歳以上の日本国民が投票権を有するとされる。

 発議の内容は関連するテーマごとに区分して国会で審査され、国民は国民投票においてもそれぞれ別個に票を投じる。つまり憲法改正案をワンパッケージで審議・投票するのではなく、関連テーマごと(例えば、9条関連、新しい権利の明文化、緊急事態条項など)に判断するということだ。』

『国民投票の周知を担うのは、衆参両院10人ずつで構成される「国民投票広報協議会」である。協議会は憲法改正案の要旨、新旧対照表、改正に対する賛否意見等を記載した「国民投票広報」を全世帯に配布し、同様の内容をテレビ・ラジオ放送・新聞広告で発信する。

 そして国民一人ひとりは「国民投票運動」、つまり「憲法改正案に対し賛成又は反対の投票をし又はしないよう勧誘する行為」を行うことができる。この運動は、国民が自由に運動を行い、自由闊達に議論するために、「原則的に自由であり、規制はあくまでも投票が公正に行われるための必要最小限」との理念に基づく。

 つまり、この運動は公職選挙法の規制下になく、われわれがイメージする通常の国政・地方選挙とは異なるということだ。公職選挙法に規制されない活動・運動という点だけでいえば、19年2月に実施された「辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票」と同様だ。

 個別訪問や公職選挙法にいう「気勢を張る行為」(団体行進、楽器の使用等)が認められる。もちろん、多数に対する組織的な利益・利害関係を悪用した誘導は罰則対象であるものの、基本的には自由なのだ。
自由故に高まるリスク、問題は外国勢力の介入

 憲法改正に関わる議論や国民投票運動は、根拠と論理に基づくことが望ましいだろう。と同時に、根拠や論理に基づかない、感情や信念に基づく主張も当然に許容されるべきだ。極論すれば、有権者の発言や表現は、不正確な情報や偽情報の類であっても、直ちに規制されるべきものではない。

 こうしたものも含めて、発言や議論を保証することが求められている。これこそが、自由で開かれた民主主義社会の前提だ。少なくとも国民が発信する内容を以って規制するという考え方は、国民投票活動以前にあってはならない。

 しかし同時に、自由で開かれた社会は、それ故に悪意をもった攻撃や情報に脆弱だ。特にソーシャルメディアやデジタルプラットフォームでは、偽情報やディスインフォメーションが流通・拡散しやすい環境にある。そして米国、欧州各国、台湾、豪州の国政選挙・国民投票では、外国勢力による介入や影響力行使が顕在化し、民主主義の根幹を揺るがす問題となった。

 国民が無自覚(もしくは意図的)に生み出すかもしれない情報混乱と外国勢力による干渉は本質的に異なるものであり、両者は区別する必要がある。その上で、少なくとも後者は徹底した対策を講じる必要がある。

 こうした考え方は、筆者が関わった笹川平和財団の提言書『外国からのディスインフォメーションに備えを!』(22年)や『ハックされる民主主義』(土屋大洋との共編著、千倉書房、22年)でも議論され、結果的に多くの専門家やメディア関係者の合意を得られたと考える。

 では、日本の選挙や投票に対して、外国勢力が介入するリスクはどの程度あるのか。

 そもそも、「日本の選挙は既に外国政府に干渉されているのではないか」との疑問も浮かぶだろう。 慎重に答えるならば、アクセス可能な公開情報に基づけば、外国政府が日本の選挙に対して、デジタル空間を通じて組織的に干渉した事実は確認できていない。もちろん単に公開されていないだけという可能性もあるし、そもそも日本政府や当局にそのような介入を検知する能力がない可能性もある。

 しかし、これまで介入を確認していないということは、将来にわたって介入がないということにはらない。』

『仮に憲法改正に係る国民投票が行われるとすれば、中国をはじめ、ロシアや北朝鮮といった近隣国の関心は高いだろう。もし国民投票の結果が日本の防衛力整備に影響を与えるとしたら、近隣国に関心がないということはあり得ない。

 そして重要なことは、中国やロシアはデジタル空間を通じて民主主義国家の選挙に干渉し、選挙に限定しなければ中国は日本に対してもオンラインで影響力を行使してきた、という点だ。
中国によるデジタル空間での影響力行使

 中国による影響力行使はオンラインに限定されず、伝統的なメディア、人的関係、各種団体といった多様なチャネルが指摘される。デジタル空間に焦点を当てれば、中国による日本語での影響力行使は少なくとも3つの経路が確認できる。

 第一に、もっとも分かりやすい経路は、政府関係者や政府系メディアによる公然たる影響力行使である。 これは中国の伝統的な対外宣伝活動がオンラインに延長されたものであり、無数のケースが確認できる。

 例えば、中国共産党の機関紙「人民日報」の日本語ウェブ版「人民網日本」は、21年末から年明けにかけての在沖縄米軍基地での新型コロナウイルス感染症のクラスター感染について、「#在日米軍 が日本側の感染防止・抑制措置を完全に無視して出入りしたため、その努力は台無しになった」とツイッターに投稿した。
中国共産党の機関紙「人民日報」の日本語ウェブ版「人民網日本」によるツイート 写真を拡大

 ここでは、この「主張」の妥当性は論じないが、明らかに問題なのはテキストに添えられた写真だ。投稿された写真はクラスター感染が発生したキャンプ・ハンセン、キャンプ・フォスター(瑞慶覧)、嘉手納基地ではなく、辺野古基地だった。 在日米軍のクラスター感染という負のイメージと辺野古基地問題を意図的に結び付けた可能性が高い。

 ただし、こうした公然たる影響力行使は「発信元」に注目することで一定程度、対処できる。

 第二の経路は、一般ユーザーを装ったボット(不正なプログラムによる自動発言)や大量に動員されたユーザーによる非公然の影響力行使だ。最近の典型例は、ツイッター上での「ウイグル族弾圧はデマだ」というキャンペーンだ。

 ツイッター社は21年12月、中国政府に紐づく情報作戦に関与したとして、中国共産党のウイグル関連「ナラティブ」を増幅したアカウントや新疆ウイグル地区地方政府を支援する「昶宇文化(Changyu Culture)」社に紐づくアカウント、合計2160アカウントを削除したと発表した。読売新聞の調査によれば、日本語による発信もあった。

 ツイッター社の元データを確認したところ、削除されたアカウントの大部分は19年以降に開設されたもので、全体の半分以上は20年3月(さらにいえば中国標準時間の3月10日、11日に集中的)に開設されていた。 何らかの組織的関与があったことは疑いようがない。

 これ以外にも、ボットや人海戦術を活用したとみられるさまざまな影響力キャンペーンが明らかになっているが、その全てが白日の下に晒されているわけではないだろう。

『第三の経路は、前者二つよりも秘匿性が高く、より多くのリソースが投入されたであろう高度な影響力行使である。

 朝日新聞のサイバーセキュリティ専門記者・須藤龍也によれば、21年の秋、台湾の大手セキュリティ会社「TeamT5」の信用を貶めるような偽情報、日台関係を悪化させるような偽情報が日本語で発信されたことが確認された。

 この影響力工作は活動や発信源を偽装する痕跡があり、(最先端というわけではないにせよ)従来のオンライン上の日本語での影響力行使とは次元が異なるものだ。影響力行使のプロセスや投入されたであろうリソース、推察される目標をふまえると、中国政府機関もしくはその「委託先」の関与が疑われる。

 こうした点からも、日本は中国のオンライン影響力工作とは決して無縁ではない。
今後3年間で議論すべきこと

 仮に国民投票が行われるとしても、外国勢力による影響力行使や介入が、国民投票の結果を覆すかどうかは分からないし、恐らく結果を変えることは難しいだろう。米欧や台湾への選挙介入がそうであるように、外国の影響力工作が有権者の投票行動にどれほど影響を与えたかの立証は難しい。

 しかし、国民投票運動や投票のプロセスに介入や不正の「疑惑」があるだけで、その投票自体の正統性が疑われることは、16年および20年米大統領選挙をみれば明らかだ。

 憲法改正に関する議論は国論を二分するだろう。これ自体は不自然なことではないし、自由闊達に議論を交わすべきだ。けれども、後に外国からの干渉が明らかになった場合、国民投票や民主主義に対する信頼は回復不可能なレベルにまで失墜するだろう。それは単に個別の国民投票の信頼が失われるだけではなく、戦後、日本が歩んできた民主主義への信頼を揺るがしかねない。

 インターネット利活用や広告に関するルール整備は必要だが、自由闊達な意見を前提とする国民投票活動が本当に懸念すべきは、開かれた言論空間を切り裂く権威主義国家の影響力行使だ。

 幸か不幸か日本には、選挙介入対策のベストプラクティスを学ぶ先が多くある。なぜなら、米国、台湾、豪州、欧州各国では既に外国による影響力行使や介入が顕在化し、法整備も含めて対応を講じてきたからだ。

 最も必要なことは、外国からの介入や影響力行使を可能な限りリアルタイムに近い形で検知・分析できる能力、すなわち国民による発信・議論と外国による介入を峻別する能力である。そのためには、外国資本も含めたデジタルプラットフォームに対して従来以上の協力を「要請」することも含まれる。さらにいえば、オフラインでの影響力行使の検知・対応も必要である。

 憲法改正が発議されるにせよ、されないにせよ、今後、議論は加速するだろう。その際、外国勢力の介入対策もワンセットで議論されなければならない。
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 いまやすべての人間と国家が、サイバー攻撃の対象となっている。国境のないネット空間で、日々ハッカーたちが蠢き、さまざまな手で忍び寄る。その背後には誰がいるのか。彼らの狙いは何か。その影響はどこまで拡がるのか─。われわれが日々使うデバイスから、企業の情報・技術管理、そして国家の安全保障へ。すべてが繋がる便利な時代に、国を揺るがす脅威もまた、すべてに繋がっている。

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株主代表訴訟とは?株主代表訴訟の基本を弁護士が解説

株主代表訴訟とは?株主代表訴訟の基本を弁護士が解説
https://best-legal.jp/shareholder-derivative-suit-39330/

『(1)株主代表訴訟―「役員への責任追及訴訟」を株主が会社を代表して行う

株主代表訴訟とは、簡単に言えば、役員が会社に対する義務をきちんと果たさなかったときに、その責任を追及するために、株主が起こす訴訟のことです。

そもそも役員(=取締役、監査役)は、会社に対して次のように様々な義務を負っており、これらの義務に違反して会社に損害を与えた場合は、会社への損害賠償を行う責任があります。

善良なる管理者の注意義務(善管注意義務)
忠実義務
競業避止義務 等

このような、役員に対する損害賠償請求のことを法律では、「責任追及訴訟」と呼び、通常 、取締役への責任追及訴訟については、監査役が、会社を代表して訴訟を起こすことが基本となっています(監査役設置会社の場合)。

しかし、現在の日本では、取締役と監査役のいずれも従業員から選任されることが、まだまだ多く、監査役として、自分の先輩や同僚を訴えるという状況には、多かれ少なかれ躊躇してしまうケースも多いのが実情です。

そこで、監査役が訴えを提起しない場合に、株主が会社を代表して、役員の責任追及の訴えを提起できるよう作られた制度が、今回ご紹介する「株主代表訴訟」で、

会社法第847条では、この株主代表訴訟を適用できるケースについて、次のように定められています。

①役員らの会社に対する責任を追求する訴え(役員らの任務懈怠責任、会社との取引で負担する債務についての責任等)

②株主の権利行使に関して利益供与がなされた場合の利益返還を求める訴え(会社法第120条第3項)

③不公正な払込金額で株式・新株予約権引受がされた場合の株主等に不足額の支払いを求める訴え(会社法第212条第1項、第285条第1項)

実際に問題になるのは、上記①の役員が会社に対する任務を怠った場合(任務懈怠に基づく損害賠償請求(第423条第1項))の責任追求が主なもので、今回の記事でも、こちらの内容をメインに解説を行っていきます。 』…。

 ※ とまあ、そういうことなんだが、まだ「分かりにくい」と思うので、もう少し説明する。

 ※ 株式会社は、「利益獲得目的団体」で、株主が「利益獲得活動するための資本」を提供し、取締役等の経営陣が付託を受けて、実際の「利益獲得目的活動を決定・実行」していくという仕組みになっている。

 ※ それで、順調に「利益獲得」が実現されていけば、問題ない。

 ※ しかし、世の中そう「うまく行く」ことばかりじゃない…。

 ※ うまく行かず、「会社に損害が発生」してしまうこともある…。

 ※ その原因が、取締役等の役員の「義務違反」に起因する場合、本来は「会社」がその「責任」を追求するべきハズのものだ。

 ※ なぜなら、役員等と「契約」を締結していて、「会社に利益をもたらすため、頑張ってくださいね。」と約束を結んでいるのは、当の「会社自身」だからだ。会社も、「法人」であるため、「契約」結ぶことができる。

 ※ しかし、さらに「会社組織」の場合、役員等と「一部の大株主」が結託していて(東電の大株主の一つは、東京都)、本来なすべき「役員等に対する損害賠償請求」を、「しない」という事態も考えられる。

 ※ そういう事態も想定して、会社法が「用意」しているのが、「株主代表訴訟」の制度だ。

 ※ 本来、「責任追求」すべき会社に「代わって」、一定の要件を充たす「出資者である株主」が、「責任追求」するわけだな…。

 ※ まあ、大体、そういう話し…。

東電旧経営陣に13兆円賠償 なぜ責任認定、判決の影響は

東電旧経営陣に13兆円賠償 なぜ責任認定、判決の影響は
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE134G50T10C22A7000000/

『東京電力福島第1原子力発電所事故を巡る株主代表訴訟で、東京地裁は13日、旧経営陣4人に対し、東電に計13兆3210億円を支払うよう命じる判決を言い渡した。裁判の賠償額としては過去最高とみられる。請求額は22兆円だった。旧経営陣の責任はなぜ認定され、巨額の賠償が確定したらどうやって支払うのか。3つのポイントから読み解く。

・なぜ旧経営陣の責任を認定した?
・賠償額の13兆円はどう算定?
・判決の影響は?

(1)なぜ旧経営陣の責任を認定した?

裁判は原発事故の翌年、2012年に株主48人が起こした。東電の勝俣恒久元会長(82)ら当時の役員が任務を怠り、津波対策を講じなかったために事故が起きたとして、勝俣氏ら5人に対し、事故で東電が被った損害を補塡するよう求めた。

争点は政府機関が02年に公表した地震予測「長期評価」に基づき巨大津波の予見が可能だったかや、浸水対策などで事故を防げたかどうかだった。予見可能性などを巡るこれまでの司法判断は分かれている。

勝俣氏ら3人が強制起訴された刑事裁判では、一審・東京地裁判決は長期評価の信頼性を認めず全員を無罪とした。最高裁は6月の避難者らによる集団訴訟の判決で、長期評価の合理性は認めつつ、対策をしても事故は防げなかったと結論付けた。

一方、今回の判決は長期評価について「科学的信頼性を有する知見」と認め、津波対策が必要だったと判断した。東電側は08年、長期評価に基づき福島第1原発に最大15.7メートルの津波が到達すると試算していた。当時の旧経営陣の対応を検討し、「最低限の津波対策を速やかに指示すべき取締役としての注意義務を怠った」と指摘した。

その上で、主要な建屋などで浸水対策を実施していれば「重大事態に至ることを避けられた可能性は十分にあった」として、旧経営陣5人のうち4人に賠償責任があったと結論づけた。原発事故を巡る旧経営陣の責任を認めた判決は初めてだ。

一審は13兆円の賠償を命じたが、訴訟は控訴審で続くとみられる。巨額の賠償責任を巡る訴訟の行方は、まだ見通せない。

(2)賠償額の13兆円はどう算定?

判決は巨額な賠償をどのように算定したのか。3つの東電の損害の合計額とした。1つは、廃炉・汚染水対策費用に支出した約1兆6150億円だ。2つ目が被災者への損害賠償費用の計7兆834億円。3つ目が除染・中間貯蔵対策費用の4兆6226億円だった。旧経営陣4人が取締役としての注意義務を怠ったことによる損害と認定した。

今回の訴訟で注目されたのは、国内で過去最高額とされる22兆円という巨大な請求額だった。国が見積もった廃炉や被災者への賠償などを加え、事故処理費用と同水準に膨らんだ。

損害賠償を求める一般的な民事裁判では、請求額に応じて訴訟費用も高くなる。例えば訴訟額が1億円の場合、提訴には約30万円の印紙が必要だ。今回の訴訟に当てはめれば、約220億円かかる計算になる。一般的に裁判で勝てば、訴訟費用は相手方の負担となるが、負ければ訴訟費用は戻ってこない。

ところが、会社の損害回復を目的に、株主が会社に代わって役員らの責任を追及する株主代表訴訟は、「財産権上の請求ではない」ことを理由に1993年の旧商法(現会社法)改正で手数料が下げられた。請求額にかかわらず、一律1万3千円で訴訟を起こせるようになった。

訴訟費用の負担が少ないことで、請求額も高額になることが多い。過去には旧蛇の目ミシン工業(現ジャノメ)やオリンパスの旧経営陣に対し、500億円超の支払いを命じる判決が確定した例がある。

株主代表訴訟の判決が言い渡された東京地裁の法廷(13日午後)=代表撮影・共同

(3)判決の影響は?

東電の旧経営陣に巨額の賠償を命じた今回の判決は、原発事故の賠償のあり方に一石を投じる可能性がある。

原発事故が起きた場合の賠償は、1961年に成立した原子力損害賠償法に基づく。事業者の過失の有無にかかわらず賠償責任を負うと規定され、賠償額の上限もない。同法では、事業者の支払い能力を超えた場合には国が「必要な援助」を行うとし、責任の範囲はあいまいだ。

海外では事業者の責任を有限とするケースもある。原子力委員会などによると、米国は事業者の賠償責任に上限を設け、上回った場合は大統領が議会に補償計画を提出する。英国も事業者の賠償責任は有限という。

今回の判決は、責任を事業者に集中させた結果として、経営陣が現実的には支払えない賠償責任を負う可能性が生じる原賠法の「いびつさ」を浮き彫りにした。専門家からは「原賠法の責任規定をめぐる議論をすべきだ」との指摘も上がっている。

(嶋崎雄太)

この記事の英文をNikkei Asiaで読む
Nikkei Asia https://asia.nikkei.com/Spotlight/Society/Fukushima-nuclear-plant-lawsuit-Why-95bn-in-damages?n_cid=DSBNNAR 

【関連記事】

・東電旧経営陣4人、原発事故で13兆円賠償命令 最高額か
・「国策」の原発、事故責任は事業者に集中 東電株代訴訟
・「津波対策放置は不作為」 東電株主代表訴訟、地裁判決 』

主要国の憲法改正手続

主要国の憲法改正手続
―12 か国の憲法の特徴を探る―
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8977717_po_0853.pdf?contentNo=1

『II 各国の憲法改正手続の特徴

1 憲法改正手続が 1 種類の単一国家

2 憲法改正手続が 1 種類の連邦国家

(1)ドイツ

ドイツ連邦共和国の憲法に相当する基本法(1949 年制定)第 79 条に規定する改正手続
は、国会における議決要件が加重されていることを特徴とする。

すなわち、基本法の改正には下院(連邦議会)議員の 3 分の 2 及び上院(連邦参議院)の表決数10の 3 分の 2 の同意が必要とされる。

なお、下院議員の多数の意味については、
第 121 条で「法律で定められた議員数の多数」と定義されているが、連邦選挙法に規定する議員定数を基礎として、「超過議席」11が生じた場合には増加し、欠員の補充が行われない場合などには減少するとされていることから、現在議員数を指すものと解される。

連邦国家であるにもかかわらずあらゆる改正が州等の承認を要することなく国会の議
決のみで成立するのは、今回取り上げた 6 つの連邦国家の中ではドイツだけである。

すなわち、州は、上院(連邦参議院)という連邦機関を通じてのみ基本法の改正手続に関与する仕組みとなっており12、国会で可決した改正案について改めて州の承認が求められることはない。

また、手続そのものも、12 か国中最も単純な部類に属すると言える。』