2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻において、米国および北大西洋条約機構(NATO)をはじめとした西側諸国は、ウクライナ向け包括的支援パッケージ(the Comprehensive Assistance Package for Ukraine)に象徴されるパートナーシップに基づく直接、間接の軍事的な技術支援を通じて、その攻撃の影響を緩和することに成功した。それは、対ハイブリッド(複合混成型)作戦[2]に資するサイバー防御や商用衛星画像の提供など、新領域に係る多国間協力が、ロシアによるハイブリッド攻撃の影響を弱めることに寄与したことに他ならない。今後、東アジアにおいても、中国による台湾併合の試みなどの事態に連動して、第三国へのハイブリッド攻撃が予想される中で、日本は、それら攻撃による軍事、民生双方への影響を局限すべく、日米同盟に基づく二国間の協力態勢に加えて[3]、パートナーシップに基づく多国間の連携、協力を重視した対応が求められることになろう。
日本をグローバル・パートナー(Global Partner)と位置づける北大西洋条約機構(NATO)は、2014年以降、サイバー空間や宇宙空間を軍事的な作戦領域と定義し、そこでの重大な攻撃が北大西洋条約の集団安全保障条項(第5条)を発動する要件になり得ると合意している。また、非軍事的な領域も含めた欧州の安全保障への取組を強化する欧州連合(EU)においても、サイバー攻撃や偽情報などを欧州の安定に対する実存的な脅威として捉える中で、ハイブリッド脅威に関わる独立した中核的研究機関(Center of Excellence : COE)を設立するなど、欧州として一体となった防衛態勢の整備を進めている[4]。日本も、2022年2月に策定された防衛力整備計画において、新領域における対処能力を強化することを明らかにしており、更に、横断的な対処態勢を構築しつつある欧州諸国との実践的なパートナーシップを強化する基盤は整っている。
反撃能力の基盤:経空脅威の抑止と対処に求められる先進技術協力
敵の射程圏外からミサイルを発射する「スタンド・オフ防衛能力」は反撃能力の一つであり、その能力は統合防空ミサイル防衛(Integrated Air and Missile Defense : IAMD)の重要な構成要素に他ならない。現在、IAMDが対処すべき経空脅威においては、①ミサイルの長射程化、②複数個別誘導再突入体(MIRV)・機動再突入体(MaRV)化された弾頭、③迎撃することが難しい変則的な飛翔軌道、これらに加えて運用面での④発射形態(固定式発射台、輸送起立発射機(TEL)、潜水艦)の多様化による奇襲攻撃、⑤同時発射能力による飽和攻撃の多用など、急速な進化を遂げ、多様性を増しつつある。
これらの脅威の変化を受けて、日本でも、発射される前段階としての、いわゆる「発射の左側(Left of Launch)」[5]における脅威の破壊、または無力化の重要性が強く意識されるようになった。その実現に向けて、攻撃目標の設定(ターゲティング)に係る包括的なインテリジェンス能力の向上や、組織的な反撃のための指揮統制(C2)システムの整備が喫緊の課題となっている。更に、その整備は一朝一夕には実現できないものの、地上における弾道ミサイル等の状況を可視化するための画像認識、リモートセンシング技術、更には、その脅威分析を速やかに実施するための人工知能(AI)、量子計算、自律機能などの新興・破壊的技術(Emerging and Disruptive Technologies : EDTs)のIAMDシステムへの実装化を、可及的速やかに推し進める必要がある。
また、地上発射型のイージス・アショア−を中核としたBMD体制を有するNATOも、このような経空脅威の急速な進化に対して、弾道ミサイル等が発射された後の「発射の右側(Right of Launch)」における迎撃対処の難しさに直面しつつあり、新たなIAMDの構築に向かうことになろう。近年の技術革新の急速な進展による軍事技術と民生技術のボーダレス化の中で、軍事技術にも応用し得る先進的なデュアルユース技術を基盤とするEDTsは、進化を続ける経空脅威を抑止、対処するための重要な鍵を握ることになる。それは、日本が、EDTs に係る協力、連携体制の構築を通じて、脅威を共有する欧州諸国とのパートナーシップをより一層前進させる必然的な理由となろう。
1 首相官邸「岸田内閣総理大臣記者会見」2022年12月16日。 2 対象国の情勢を不安定化し、その社会システムを脆弱化させた上で、軍事作戦を、短期間かつ低コストで終わらせることを目的とする、サイバー攻撃、欺瞞、妨害行為、偽情報の流布等の非軍事的攻撃と物理的な軍事攻撃を組み合わせた戦い方を指す。 3 同盟国である米国は、国防戦略の中核をなす統合抑止において、シームレスに(境目なく)統合された戦闘領域での戦いを重視するとしており、2011年以降、新領域における日本との協調的な協力の必要性を確認している。外務省「日米安全保障協議委員会(日米「2+2」)」2011年6月21日。 4 Hybrid CoE , “ Hybrid CoE – The European Centre of Excellence for Countering Hybrid Threats, ” March 21,2022. 5 ミサイル攻撃の流れを発射から弾着までを時系列に並べた場合、発射される前の段階は、時系列上、発射時期の左に位置づけられることから、「発射の左側」と呼ばれる。 6 NATO, “NATO Secretary General in Ramstein: we must urgently step up support for Ukraine,” January 2023. 7 NATO, “Joint Statement: Issued on the occasion of the meeting between H.E. Mr Jens Stoltenberg, NATO Secretary General and H.E. Mr Kishida Fumio, Prime Minister of Japan,” January 31, 2023. 8 NATO, ” STRATEGIC CONCEPT – NATO,” June 29, 2022. 9 外務省「NATOアジア太平洋パートナー(AP4)首脳会合」2022年6月29日。 』