ナッシュ均衡

ナッシュ均衡
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%9D%87%E8%A1%A1

『ナッシュ均衡(ナッシュきんこう、英: Nash equilibrium)は、ゲーム理論における非協力ゲーム一種であり、いくつかの解の概念の中で最も基本的な概念である。数学者のジョン・フォーブス・ナッシュにちなんで名付けられた。

ナッシュ均衡は、他のプレーヤーの戦略を所与とした場合、どのプレーヤーも自分の戦略変更することによってより高い利得を得ることができない戦略の組み合わせである。ナッシュ均衡の下では、どのプレーヤーも戦略を変更する誘因持たない

ナッシュ均衡は必ずしもパレート効率的ではない。その代表例が囚人のジレンマである。 』

『定義

『純粋戦略ゲームにおけるナッシュ均衡

支配戦略均衡

「囚人のジレンマ」も参照

純粋戦略ゲーム (Pure strategy game) とは、参加者 (プレーヤー) が必ずどれかの戦略を選ぶゲームである。

例えば、以下の表は、二人のプレーヤー Pa と Pb がそれぞれ戦略(A1 または A2)と(B1 または B2)を選べるときの、それぞれの利得を示す。並んだ数字の左側は Pa の利得、右側は Pb の利得である。

Pa/Pb B1 B2
A1 5, 2 2, 4
A2 4, 6 1, 6

まず Pa の利得に注目すると、Pb がどちらの戦略を選ぼうが、Pa は A1 戦略を選んだ方がより大きな利得を得ることができる。このような関係が成り立つとき、A1 は強支配戦略であると表現する。支配するとは、ある戦略を選ぶことが他方の戦略を選ぶより有利であるという意味である。

次に Pb の利得に注目すると、Pa がどちらに戦略を選んでも、B2 戦略を選んだ方が B1 戦略のとき以上の利得を得られる。Pa が A2 戦略を選んだ場合には B1 と B2 は同等になるので、このような関係のとき B2 は弱支配戦略であるという。

結果として、Pa にとっての最適戦略は A1、Pb にとっての最適戦略は B2 となり、両者ともここから戦略を変更しても利得は減る。この組み合わせ (A1, B2) が支配戦略均衡となる。

Pa、Pb が (A1, B2) という戦略をとった場合、Paは戦略を変更して A2 をとれば利得が 2 から 1 へ減少してしまうため、戦略を変更する誘因持たない。同様に Pb も、戦略を変更して B1 をとれば利得が 4 から 2 へ減少してしまうため、戦略を変更する誘因持たない。従ってこの例では支配戦略均衡はナッシュ均衡である。

なお、Pa、Pb が (A2, B1) という戦略をとった場合の利得は (4, 6) となり、ナッシュ均衡における利得と比べて Pa、Pb ともにより大きな利得を得ることができる。この場合、Pa がより大きな 5 の利得を得るため A1 に戦略を変更する誘因を持つため、ナッシュ均衡ではない。すなわち、このゲームは囚人のジレンマゲームである。また、(A1, B2) から (A2, B1) への戦略変更は、パレート改善であり、ナッシュ均衡 (A1, B2) はパレート効率的ではない。

逐次消去による均衡

相手の戦略によってどの戦略が最も大きな利得を出すかが変化する場合、他の戦略すべてを支配できる戦略が存在しない場合がある。

そのような場合、他から支配されている戦略(被支配戦略)を消去していくことで残った戦略の組み合わせを支配戦略均衡と定義できる。支配戦略によってナッシュ均衡が定義できる場合、それは消去によって定義されたものと一致する。

Pa/Pb B1 B2 B3
A1 5, 2 2, 4 4, 0
A2 4, 6 3, 6 2, 5
A3 3, 3 1, 2 7, 2

B3 は B2 に支配されているため、B3 を消去。

Pa/Pb B1 B2
A1 5, 2 2, 4
A2 4, 6 3, 6
A3 3, 3 1, 2

A3 は A2 に支配されているため A3 を消去。

Pa/Pb B1 B2
A1 5, 2 2, 4
A2 4, 6 3, 6

B1 は B2 に支配されているため B1 を消去。
Pa/Pb B2
A1 2, 4
A2 3, 6

支配戦略均衡は (A2, B2)。

純粋戦略ナッシュ均衡

他のプレイヤーの戦略によらず最大利得をもたらす戦略の組合せも被支配戦略の逐次消去によって求まる戦略の組合せも支配戦略均衡であるが、ゲームの設定によっては上述した2つの方法では均衡を求めることができない。

ナッシュ均衡の定義によれば他のプレイヤーの戦略を最適反応であると仮定したうえで自身の最適反応を求めればよいので、支配戦略均衡が存在しない純粋戦略ゲームにおいてもナッシュ均衡を見つけることができる。

たとえば上の3×3の標準形ゲームの (A1, B3) の利得を (4, 0) から (4, 5) に変えればどの戦略も逐次消去されず、支配戦略均衡が求まらないが、

Pa/Pb B1 B2 B3
A1 5, 2 2, 4 4, 5
A2 4, 6 3, 6 2, 5
A3 3, 3 1, 2 7, 2

相手の戦略を所与としたときに最大利得をもたらす戦略(最適反応)を組み合わせていくと、唯一 (A2, B2) が最適反応の組合せになっていることがわかる。従ってこのゲームには純粋戦略ナッシュ均衡が一組存在する。

混合戦略ゲームにおけるナッシュ均衡

混合戦略ゲームとは、参加者が行動確率的に選ぶような戦略をとることでナッシュ均衡に到達する非協力ゲームのことである。

このようなゲームでは純粋戦略ナッシュ均衡が必ずしも存在せず、ナッシュ均衡は各参加者の行動確率として表される。

有限の(=プレーヤーの数と各プレーヤーの戦略の数が有限の)混合戦略ゲームでは少なくとも1つのナッシュ均衡が存在することはナッシュの定理で証明されている(ナッシュは、この証明を角谷の不動点定理を応用することによって得た)。

以下では具体例を用いて混合戦略ナッシュ均衡を求めてみる。2人のプレイヤー Pa と Pb はそれぞれ2つの戦略から1つを選択するが、相手がどの戦略を選択するかはわからないため、各プレイヤーが確率的に相手の行動を予測する。

すなわち Pa は相手 (Pb) が確率 q で B1 を選択し、Pb は相手 (Pa) が確率 p で A1 を選択すると予想しているとする。

Pa/Pb B1
確率 q B2
確率 (1 ? q)
A1
確率 p 1, 2 0, 0
A2
確率 (1 ? p) 0, 0 2, 1

この表のゲームにおいて Pa の得る利得の期待値は:

A1を選択:1 × q + 0 × (1 ? q)
A2を選択:0 × q + 2 × (1 ? q)

一方、 Pb の得る利得の期待値は:

B1を選択:2 × p + 0 × (1 ? p)
B2を選択:0 × p + 1 × (1 ? p)

ここで最適反応をとるとは相手の行動確率に関して期待利得がより大きな戦略を選ぶことであるから、以下のように各プレイヤーの行動をまとめることができる。

Pa/Pb p > 1/3 p < 1/3 q > 2/3 p=1, q=1 p=1, q=0
q < 2/3 p=0, q=1 p=0, q=0

なお、p=1/3, q=2/3 のときはそれぞれ期待利得が相手の行動に関して無差別なので、平面上に各軸を行動確率(pとq)として各プレイヤーの最適反応をグラフで表わすことができる(これを均衡経路という)。

混合戦略ナッシュ均衡とはこの図における均衡経路の交点であり、従って混合戦略ナッシュ均衡において Pa は (1/3, 2/3) を選択し、Pb は (2/3, 1/3) を選択する。

ここで分析したゲームは一般的に両性の争い(英語版)と呼ばれるものである。』

進化論と戦術

進化論と戦術
https://st2019.site/?p=17942

 ※ 「恐ろしい」「戦慄の内容」が語られている…、とオレには、思われる…。

 ※ 「無限の応用が、可能である。」戦術論であると、オレには、思われる…。

『わたしたちの現実世界では、すぐ先の未来に何が起きるか――すらも、完全な予測はできないものです。
 あなたが最善だと信じて選択したコースの結果が、よくなかった――ということは、しばしばあるでしょう。

 第二次大戦の後半、旧ソ連軍は、東部戦線のドイツ軍を西へ向かって押し返すときに、北から南まで連続して延びている長大な対峙線の、どの一点を次に突破するのかは、あらかじめ決めないようにしておくことが、有効であると学びました。

 全線をほぼ同時一斉に圧迫し、すべての箇所で、浸透や突破を試みる。
 するとそのうちどこかで、ドイツ軍が防備をもちこたえられない場所が偶然に見つかり、そこで小規模な前進が成功します。
 ソ連軍司令官は、その「現にうまくいっているように見える場所」に、手元に控置していた予備のありったけの兵力を注入して、戦果を拡大しました。

 この流儀は、進化論の智恵そのもので、豊田章男氏(トヨタの会長)がさいきん言っていることにも近いものなのです。

 すなわち「脱炭素」を実現するために何か特定のアプローチ(たとえば乗用車に関しては完全な電動自動車化、発電方式に関しては再生エネ)を、政府の智恵の足りない少数者が「これがベストだ」「これしかない」と信じ込んで闇雲に選別してしまい、全国民にそれのみに限った努力をおしつけ強制せんとする流儀は、進化論的に非合理的で、みすみす国家的な不利益を背負い込み、とりかえしのつきにくい損失を国民の行く末に課してしまうおそれがあるのです。

 進化論的に政策を推進するようにしたら、このような「騙されやすい政府が善意のつもりでハマってしまう禍害の陥穽」は、避けられるでしょう。

 すなわち、脱炭素のためのあらゆる方法を、各法人・各私人がめいめい自主的に多様に考えて追究することを奨励する。そのなかから、おのずから「他の方法よりうまくいく」方法が現れてきます。だんだんとそれを見定めて、政府は、じっさいに他よりもうまくいっている方法を、手厚く応援するようにして行く。
 この流儀こそが、かつてないチャレンジとなる目的を集団的に達成するためには、いちばん合理的なのです。

 なおソ連軍式に関してもうひとつ覚えておくとよいことがあります。

 攻勢作戦において、攻撃が頓挫してまさに全滅の危機に瀕しつつある味方部隊が幾つかあっても、上級司令部ではその地点をサクッと見捨ててしまい、決して増援部隊などは送らない方針を貫いたことです。

 突破と前進に成功している箇所に全予備をまとめて投ずるのが、攻勢作戦での全線勝利の鍵なのです。
 すでに攻撃が頓挫し停滞していると判明した箇所に、貴重な有限資源をあとから分割投入してはいけないのです。

 ソ連崩壊後のロシア経済――とくに2010年よりも前――は、このソ連軍式の適用をしなかったせいでうまくいかなかったのか、それとも、まさにこのソ連軍式を経済行政に採用してしまったがために破滅的な結果を招いたものなのか、そこを知りたいとは思っているのですが、わかりません。

 さて、進化論については、ほぼすべての人が、一知半解です。
 にもかかわらず、おおぜいが、じぶんは進化論を十分に知っている と思い違いをしているところから、癌患者が伸ばせるはずの寿命を、むざむざ縮めてしまっているよ—と啓蒙する本が訳刊されています。

 キャット・アーニー氏著、矢野真千子氏tr.『ヒトはなぜ「がん」になるのか――進化が生んだ怪物』(Kat Arny“Cancer, Evolution and the Science of Life”, 2020. 邦訳/河出書房新社 2021)が、それです。

 ある経済的な恩人からわたしはこの本を頂戴したのでしたが、一読して、すべての軍司令官はこの本を読む価値がある—と、膝を叩きました。対ゲリラ作戦を組み立てるときのヒントに満ちているからです。

 人体にとって、癌細胞は「敵」です。しかし通常、36歳以下の若い人のカラダは、その「敵」が爆発的に増殖することをゆるしません。
 じつは健康な若い人も、癌細胞を体内に抱えているのです。いるけれども、国家の治安力のようなものが働いていて、その身中の敵の爆増を許していない。癌細胞があっても、それが増殖しなければ、ヒトは、健康でいられるわけです。国家のどこかに犯罪者予備軍が存在するが、その跳梁は、力のバランスによって抑止されているようなもの。見かたを変えますと、社会と敵とのしずかな共存状態になっているのです。

 成人が、もはや子どもをつくれない年齢にさしかかると、体内の癌細胞の増殖を抑える力は、弱まります。というのは、生き物のDNAにとっては、子孫を残すことが優先順位の最上位ですので、子孫を増やせなくなった年寄りの個体は、もう死んでくれてもいいからだそうです。

 それで、老人の体内を仔細に調べれば、ほぼ全員、どこかに癌細胞を持っているのが見つかるそうです。

 しかし、その癌を悪化させることなく長生きして老衰死する老人もいる。本人は、病院で医者から指摘されないかぎり、じぶんの体内に癌細胞があるとは知らないで、一生を送るのです。

 体内に癌細胞はいくつもあるけれども、それが爆発的に増殖しない。それがじつは、「健康」の真相であったのです。

 ということは、人体内の「癌細胞を根絶してやろう」という医療の目標設定は、根本的な誤りです。

 若い人のカラダがしぜんに実現できていたように、敵との共存状態を、老人になっても、できるだけ長く維持させる。癌細胞は存在しているけれども、それを爆増させないように保つ。それこそが、成人医療の目標設定であるべきだったのです。

 そこで大事なことは、敵は一枚岩ではない、というリアリティの把握です。
 敵集団の中に、必ず、マイノリティが混じっている。
 じつは、敵も「多様」であったのです。

 敵集団の中に、複数のマイノリティが混在し、敵集団の中でも「三すくみ」のような「力の均衡」状態が生じていた。それがあるおかげで、癌細胞集団ぜんたいとして正常細胞にうちかつことはできず、どの癌細胞も爆増できないでいるのです。

 もし、正常細胞に炎症(たとえば煙草を猛烈に吸えば肺は炎症状態になります)などの攪乱が加えられると、正常細胞と癌細胞の「力の均衡」が崩れ、癌細胞にとっては爆増のチャンスが到来します。

 そしてそれだけでなく、特定の癌治療薬が投与されたときにも、癌細胞集団の中の「力の均衡」が崩れて、いままで逼塞していたマイノリティの癌細胞が、驥足をのばして、あらたに爆増することになってしまうのです。

 既視感におそわれないでしょうか? 中東情勢は、これと似たところがありませんか?

 米国がイラクのフセイン体制を打倒したら、それまでイラク国内の統治者集団だったスンニ派が失業して、やむなくアルカイダを結成し、かたやイラン(シーア派本尊)を憎んでやまない米国がサウジアラビア(スンニ派本尊)を甘やかした結果、アルカイダが世界じゅうに転移し、タリバンが強化され、さらにISという変異株まで生んだ。

 米軍がISを叩けば、イランから後援されているフーシやヒズボラやハマスが元気になって、サウジアラビアやイスラエルをテロ攻撃します。

 アルカイダのテロ攻撃を受けた米国が、サウジアラビア人のビンラディンをかくまったタリバン(アフガニスタン民族主義運動にしてスンニ派)を弱めようとしたら、表向きタリバンではないという地方ボスが芥子畑経営を米軍からなかば公認され、その巨額の麻薬収益が賄賂やタリバンの軍資金となって、アフガン政府・軍・警察を骨の髄から腐敗させ、けっきょくは元の木阿弥。

 近年までの癌治療は、海外の前近代的部族社会と似たこのような「力の均衡」のリアリズムを敢えて無視してきました。そのために、癌治療の延命成績も、みすみす、悪くされていたのです。

 本書は、くりかえし、強調しています。
 ある人の体内の癌細胞は、その出現の最初から、すでに多様である、と。

 多様であるために、一種類の抗癌剤で、絶滅させることは、ぜったいにできないのです。

 本書の白眉は、この真相に気づいた医師たちが案出している、薬に耐性をつけてしまった癌細胞を爆増させないための、さまざまな新戦法です。

 たとえば、「囮薬」。

 古くからある高血圧の薬、ベラパミルには毒性はほとんどない(したがって患者にもやさしい)。それを、癌治療薬に耐性をもっている癌細胞にふりかけると、その細胞は、分子ポンプを総動員してフルスピードでベラパミル成分を外へ押し出そうとする。それにかかりきりとなるために、もはや増殖のエネルギーが残りません。

 その結果、抗癌剤に耐性のない癌細胞が数的に優越している、つごうのよい状態が維持されてくれる。
 これが、患者の寿命をいちばん延ばす—といいます。

 その耐性のない癌細胞を、敢えて全滅させない。増殖させずに存在だけさせておくのです。
 非耐性の癌細胞が腫瘍内でマジョリティとして存在し続けるから、ライバル関係の耐性癌細胞の方はいつまでも驥足を伸ばせず、爆増できない。耐性細胞は、その耐性を発揮するために余計なエネルギー消費をしていますので、そのままなら、けっして爆増はできないものなのです。

 非耐性の癌細胞を除去してしまったら、そのときは、耐性癌細胞が爆増します。なぜなら、それまで非耐性細胞の存在が、耐性細胞の増殖を抑制していたからです。耐性癌細胞にとっての「制がん剤」は、非耐性癌細胞なのです。

 この考え方を、「ゲイトンビーの適応療法」というのだそうです。

 イスラエルがガザ地区で展開している作戦は、この方針に近いようにも思えます。定期的に、ハマスの幹部だけ殺し続ける。イスラエル軍にとって、パレスチナ人を絶滅させることはたやすいでしょうが、敢えてそんなことは考えないのです。ハマスという、過激だが一面でくみしやすい分子をほどほどに除去し続けることによって、ハマスよりも有能な脅威かもしれない新手のテロ集団はガザ地区内ではいつまでも成長しないのかもしれません。

 本書は教えてくれます。植物も同じだよと。

 つまり、農薬に耐性をもつ雑草は、ふだんは、農薬に屈しやすい雑草よりも優勢になることはありません。耐性を発揮するために使わざるをえないエネルギーの消費負担が大きいからです。そのため増殖のために使えるエネルギーの余裕はなくなっていて、ずっと小さな集団のままで推移するのです。

 しかしもしも、農薬に屈しやすい雑草が根絶されてしまったなら、その瞬間から、耐性種にはライバルがいなくなるので、じぶんたちの天下となって、爆増できることになるのです。

 「カクテル療法」も、ヒントに満ちています。
 1950年代からあり、複数の抗癌剤を組み合わせる、多剤併用法だそうです。

 たとえばウイルスが三つの異なる薬に同時に耐性をつけるよう進化する確率は、1000万分の1しかないそうです。
 だから、三剤か四剤まで薬を増やせば、一個の癌細胞がすべてのメカニズムに耐性をつけることはまずありえないという考え方。

 たとえば野鼠にとって、鷹に食われないように適応する方法はあるでしょう。そしてまた、蛇に食われないように適応する方法もあるはず。しかし、鷹にも蛇にも食われないようになる、そのような都合のよい適応や進化は、なかなかできないものでしょう。

 わが国の領土である島嶼を侵略してきた敵兵を全滅させるためには、やはり空からも陸からも同時に逆襲するのが、確実になるのでしょう。

 《効いている攻撃方法を、そのままダラダラと続けてはいけない》という戒めが、最近の癌治療の化学療法の分野にはあるようで、これも知っておく価値がありそうです。

 まず「第一の薬」を与えて、その「第一の打撃」で大量に癌細胞を殺す。ただし、全滅させようと望んではいけません。全滅するまで同じ薬の投与をしつこく続けようとするのが、癌との戦いでは、最悪手になるといいます。癌は、かならず進化するからです。

 まず第一の打撃により、敵集団の個体数と遺伝子多様性を減殺するのです。

 が、少数の癌細胞は生き残っている。でも、いいのです。そいつらは、一番目の薬剤を細胞外へ追い出すのに多大なエネルギーを使ってしまっているので、疲労困憊の状態です。肩で息をついている。

 そこで、早いタイミングで、サッと別の作用機序の薬に切り替える。これが「第二の打撃」。

 第一の打撃に耐えて生き残った癌細胞は、この別種の新打撃に対応する体力の余裕を、残していません。

 念のため、さらに、第三、第四の別種の薬に、テンポよく切り替えて行き、四回連続で、たてつづけに別種の打撃を与えるようにすれば、四種のまるで成分の異なった薬に耐性を発揮して生き残るような癌細胞は、ほとんどない—という次第です。

 このとき、一番目の薬が効いているからと、それをダラダラと使い続けると、癌細胞が耐性をつけてしまうのは、時間の問題。ですから、同じ攻撃法を長く続けることは、有害なのです。

 『孫子』は、《敵が進化する》ことを、ちゃんと警告してくれていました。

 『孫子』は「拙速」を強調しました。この「拙速」は、攻める拙速ではなく、撤退の拙速のことです(詳しくはPHP刊の兵頭著『新訳 孫子』を参照)。

 遠征軍は、決して、敵国内に長くとどまったらいけないと言っているのです。
 どうしてでしょう?

 どんなに弱っちい現地軍であっても、侵攻してきた占領軍が長居をすれば、占領軍の弱点を理解するようになり、ゲリラがそこを衝けるようになるからです。敵が早く進化し、「耐性」をつけてしまうのです。

 イラクやアフガンに長居をした米軍は、どうなったでしょうか?

 「一撃離脱」の外征戦争を繰り返すようにすれば、敵が「耐性」をつけてしまうリスクはありません。
 これが『孫子』の教えなのですが、わたし以外に、誰もそこを正しく読めていませんね。残念なことです。

 アメリカ人は、中東での敗因を依然として言語化できていません。そのままですと、また同じことをやりそうですね。』

「敵対勢力を無力化する」最もバレない方法

CIAの前身・米国戦略諜報局が導き出した「敵対勢力を無力化する」最もバレない方法とは
https://biz-journal.jp/2021/11/post_263504.html 

 ※ これを「忠実に、実行している”勢力”」って、目の当たりにしてるよな…。

 ※ 今日は、こんなところで…。

『よく目にする「会社の業績を上げる方法」や「組織を効率化する方法」を明かす本や記事。その一方で「組織を崩壊させる方法」や「会社のパフォーマンスを低下させる方法」はあまり耳にすることはない。

 ただ、「ある従業員が誰にも気づかれることなく自分の会社を崩壊させる方法」は存在する。それは上司の指示に従わないことだろうか?それともライバル企業に秘密を漏らすことだろうか?

 上司に歯向かったところで職場でのあなたの居心地が悪くなるだけで、特に組織がダメージを被ることはない。ライバル企業に秘密を漏らせばダメージを与えられるかもしれないが、大抵はバレてしまう。どちらも不正解だ。

 正解は意外かもしれない。「ある従業員が誰にも気づかれることなく自分の会社を崩壊させる方法」とは、一つには「組織に従順であること」なのである。
組織を崩壊に導く「従順」な方法

 かつてCIAの前身組織である米国戦略諜報局(OSS)が、敵対勢力を内部から無力化する戦術として編み出した「サボタージュ・マニュアル」。

 『アンチ・サボタージュ・マニュアル 職場防衛篇:組織を破壊から守る9の戦術』(北大路書房刊)によると、このマニュアルは、組織人としてごく普通に行動しているように見え、誰にも感知されることなく、自分の組織を破壊するためのノウハウである。

 冒頭で触れた、「誰にも気づかれることなく会社を崩壊させる方法」とは、まさにこのマニュアルの中身なのである。

 その最初の「従順であること」とは、どんなことであっても組織で定めたやり方を守ること。たとえ明らかに上司の指示がまちがっていて、従うと会社の利益を損ねることであっても、指摘せずに放置する。これを複数の従業員が行うことで、組織は得られた利益を失うばかりか、上司は自分の間違いに気がつかず、また同じ指示をするだろう。

 それ以外にも、

・「演説」せよ
(=会議の進行を遅らせ、決議事項を十分検討できなくしたり、決議できなくするために、会議中に長々と自説を語れ。)

・できるだけ頻繁無関係な問題を持ち出せ
(=会議中に「今の君の発言で思い出したんだけど」と唐突に無関係な話を持ち出して語れ。時間を浪費させるだけでなく、話を脱線させろ。)

・通信、議事録、決議の細かい言い回しを巡って議論せよ
(=どうでもいい個所の言い回しの正確さにこだわり抜け。)

以前の会議で決議されたことを持ち出し、その妥当性を巡る議論再開せよ
(=終わったことを蒸し返し、プロジェクトの推進力を奪え。)

 などの項目がこのマニュアルには存在する。

 ここまで読んだ人であれば、自分の所属する会社にこのマニュアルを実践する人がいたら、どれほど組織の生産性が落ち、どれほど根深い害になるかを容易に想像できるにちがいない。しかも、これらの行動はよほど度が過ぎない限り見とがめられることはなく、見ようによっては仕事熱心にも映る。これがキモなのだ。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2021/11/post_263504.html
Copyright © Business Journal All Rights Reserved.』

『もちろん、あなたの会社に上のような行動をとる人がいても、それは競合企業から送り込まれたスパイだということではない。重要なことは組織のパフォーマンスを下げ、瓦解させる方策を熟知したOSSが導き出したこれらの行動を無意識にやってしまっている人が、どの会社にも少なからずいるということである。

 『アンチ・サボタージュ・マニュアル 職場防衛篇:組織を破壊から守る9の戦術』は、組織の生産性をさげ、瓦解に追い込むこれらの「無自覚な有害人物」にどう対処すべきかがまとめられている。

 自分の会社や職場、チームを振り返れば、おそらくここで挙げたような行動をとる人物があなたの周りにも見つかるはずだ。彼らに足を引っ張られないために、本書は強力な武器を与えてくれるだろう。(新刊JP編集部)

※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2021/11/post_263504_2.html
Copyright © Business Journal All Rights Reserved.』

〔順次戦略と累積戦略〕

戦争には2種類の戦略がある。物事の推移が眼に見える段階を順を追って、それぞ
れ進んでゆく『順次戦略SEQUENTIAL STRATEGY 』と『効果が現れるある限界点まで
は目立つことのない小さな成果を一つずつ積み上げていく『累積戦略』』である。

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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和三年(2021)9月15日(水曜日)
通巻第7052号  
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(読者の声1)貴誌14日通巻7050号 の書評 「アメリカ軍の作戦はふたつの時間軸がある『将来作戦』と『当面作戦』が連続性と相関関係を保持しつつ全体計画を立案(小山修一『自衛隊はアフリカのジブチで何をしているのか』(育鵬社)」を「慨嘆」を以って拝読いたしました。と言いますのは、自民党総裁選挙のさなか、このような国家に最重要な戦略論がその片鱗さえも「議題」に上がっていないからです。このようなことでは日本は大きく変わりそうにはありません。

ところで・・
 何年か前に、「塩野七生ファンが商社マン人生で学んだこと」と題して、考えをまとめたのですが、そのうちの26項目の内の一つが 同書の「骨格」と同根ではないかと思いました。長文になり恐縮でございますが、投稿させていただきました。

 24.  総合商社間の業績格差は『累積戦略マインドの醸成度格差』なのだ。
  【フリードリッヒは、彼が占めていた立場からも彼自身の気質からも、数多くの事
柄、一見何の繋がりもない感じでも数多くの事柄を、並行しながら進めていくタイプ
の男であった。

故に彼の生涯を、厳密な編年方式によって叙述すること自体が不可能なのである】

以上は「皇帝フィリードリッヒ2世の生涯」塩野七生著に書かれていま
す。

そもそも戦略とは何かといった疑問に昔から多くの戦略思想家がそれぞれの見解
を述べているようですが、彼らの思考回路の”共通項“は「人間がこれから互いにど
う各々の環境の中で棲み分けるべきかとの、眼には見えない思想と方策を言語で表現
したモノが戦略であり、歴史とは人間の行ってきた眼に見える行為・実相を言語にて
表現してきたのが歴史である」ということではないでしょうか。

つまり歴史が過去の物語であるに対して戦略とは、その時その時における『将来・未来への物語り』というのが私の解釈です。

私は戦略に関する何冊かの解説書から、総合商社の経営力を左右するにきわめて意義のある戦略思想というものがあることを知りました。それが累積戦略です。

■累積戦略CUMULATIVE STRATEGY とは?

海軍少将で戦略思想家のジョセフ・C・ワイリーは「 Military Strategy :A General Theory ofPower Control」の中で累積戦略を概略次のように説明しています。

「戦争には2種類の戦略がある。物事の推移が眼に見える段階を順を追って、それぞ
れ進んでゆく『順次戦略SEQUENTIAL STRATEGY 』と『効果が現れるある限界点まで
は目立つことのない小さな成果を一つずつ積み上げていく『累積戦略』』である。

実際の戦争の結果から見れば、この二つは相互依存しあっていることのほうが多い。累
積戦略と順次戦略の違いを意識した分析は著名な戦略書にもないし、ましてや累積戦
略だけで成功した有名な例も見当たらない。

しかし累積戦略が、順次戦略と同時に使
われたばあい、累積戦略の強さが順次戦略の結果を大きく左右するものであることが
わかる。

歴史には順次戦略が比較的弱くても、目立つ事の無い累積戦略の強さのおか
げで勝利することができたという例はいくらでもある。

第一次世界大戦も一つの例で
あるし、第二次世界大戦もそうなのだが、累積戦略の強さによって順次戦略が決定的
な効果を生み出すことになったことはよく理解されているとは言えない。

1941年
~45年までの日米戦争では米国は2つの別々の戦を日本に対して行った。

一つは太
平洋から日本、アジア沿岸にいたる作戦行動であるところの順次戦略を行っていた
が、これとは別に日本経済を疲弊させるための潜水艦による日本船舶を攻撃する累積
戦略であった。

この2種類の戦略は同時に並行して行われていたが、日常的には各々
が完全に独立して行われた。順次戦略は結果が予測できたが、累積戦略は予測不可能
であった。

日米開戦直後1000万トンの商船を日本は保有していた。それが194
4年末までには900万トンを沈没させ、この時点で日本の回復不可能な数にまでに
なった。累積戦略を単独に使用しただけでは戦争を決定的に左右するものにはならな
いことはすでに過去の経験から暗示されている通りなので、ここで重要になってくる
のは、いつどのように順次戦略が累積戦略を支え、しかも順次戦略が累積戦略を土台
にして力を発揮できるようになるのかを研究することである。」(「戦略論の原点─
芙蓉出版社」からの要約)

 ■上述の通り、順次戦略とは状況の変化に応じてそれなりの段階ごとに、しかるべき
対応策を講じてゆく。つまり物事の推移が眼に見える段階を順を追って、それぞれ進
めてゆく方法ですが、今までほとんどの日本企業が行ってきた事業経営の内容はこの
方法でした。

しかし、“順次戦略と同時に、しかも別系列として効果が現れるある限
界点まで、目立つことのない小さな成果を一つずつ積み上げていく「累積戦略」”と
いう軍事分野で見つけ出された戦略を経営者が意識して企業に導入した事は聞いたこ
ともありません。

 日本の企業はその経営戦略や事業企画を考察するさい、ほとんどが短期経営計画と長
期経営計画に分けているとおもいます。

しかし長期計画とは短期計画などを、今まで
の企業が実践してきた事を大旨直線的に延長するというやりかたであるのに対し、累
積戦略は短期計画のスタート時期から同時にスタートさせる短期計画とは種類の違っ
た事業活動を短期計画と並行して、かつ繰り返し淡々と実施するものです。

只それは
無目的に漫然と繰り返すのではなく、ある目標を常に意識し、それに平仄を合わせつ
つ実施しなくてはなりません。

この違いは大きな意味を持っているのではないでしょ
うか。なぜなら長期計画は短期計画の次にくるもので、その計画のスタート時期と終
了時期が予め決められていますが、累積戦略と短期計画のスタート時期は同時であっ
ても、累積戦略の方は成果がどの時点で眼に見える形で確認できるようになるかは解
らないモノだからです。

それはある限界的な時点で急にその効果が認識できる姿と
なって現れてくるもので時間の長短とは関係無いのです。

■企業にとっての累積戦略はいかなるものか─

 ピーター・ドラッカーは「企業の目的は利益の創造ではなく、顧客の創造である。企
業が最も重きを置くべき事、基本的機能、はイノベーションとマーケティングのみで
ある。」と喝破したが、これを敷衍すれば、「企業が最も重きを置くべき事はイノ
ベーションとマーケティングのみであるが、このイノベーションを育てるための”ゆ
りかご《揺籃》”に相当するものが累積戦略である」と言うのが私の考えです。

効果
が現れるある限界点まで、目立つことのない小さな成果を一つずつ積み上げていくこ
とでイノベーションが徐々に“自立”できるよう育てられてゆくのです。端的に言っ
てしまえば、どんな企業にとってもそうですが、特に新しいビジネスモデルを創造す
ることが商社の本業であるとすれば、この”ゆりかご”の存在がいかに重要であるか
は論を待ちません。

 総合商社間にも業績格差があり、この格差の源泉はどこにあるかです。おそらく商社
マンであれば薄々感じてきたことですが、商売はモノになるか否か解らないと思われ
る仕組みの準備を上位商社は他社より早く開始していて、時間の推移にともないその
仕組みが拡大して行き、ある限界点に達するとめざましい収益源をもつ商売に変貌す
るのです。

他方、下位の商社ほど目の前で直ちに売り買いが発生する商売を追いかけ
てゆく傾向があり、その割合が大きいのです。

これは私だけが懐いた印象ではなく、
銀行マンで総合商社への融資担当もしていた人も「各社の社員と意見交換しても上位
商社の人間は、社会の変化の徴候に視線を向け、その徴候に沿って今からいかなる手
を打ってゆけば良いのかといったアプローチをする人が多いのに対し、下位商社の人
間ほど、今どんな商売をやっているところが儲かっているか、それを自分達もまねを
して見たいといったような事ばかりに関心を懐いているようだった」と言っていま
す。

つまりこのようなイノベーションの”培養“に対するマインドの強弱の差が商社
間の業績格差を生み出しているとみる事が出来るのです。

きっと戦争と同じく、企業
間競争でも累積的マインドの醸成された組織であるほど、長期的にも強力な組織に
育ってゆくモノだと思わざるを得ません。

この累積戦略の姿を深くイメージすれば、
この戦略を組み立てるためには、どうしても実体経済の中に身を浸し、社会全体はも
とより、個別の分野にも精通して毎日を過ごさねばならぬ事が解ります。

■皇帝フリードリッヒ二世と累積戦略

 日本の武将を順次戦略型か累積戦略型かを見てみると織田信長は前者、徳川家康は後
者のように思うのですが、フリードリッヒ2世はその両方を兼ね備えていたように思
います。

「皇帝フリードリッヒ2世の生涯」を読むと、幼・青年時代の力量不足の頃
のフリードリッヒ2世は、南イタリアやドイツにおいて、一気に事を進めるのでは無
く、賢明にも地道に”効果が現れるある限界点までは目立つことのない小さな成果を
一つずつ積み上げていく諸策“をこうじていたようです。

パレルモ大司教ベラルド・
チュートン騎士団ヘルマンの登用、ボロニア大學法学者ロフレドによる法治国家への
準備、封建領主エンリコ・ディ・モッラの司法長官任命による官僚体制構築をつうじ
ての統治体制の変革・サレルノ医学校の強化策・海港都市や軍事態勢の整備などな
ど・・。

そして「フリードリッヒは、彼が占めていた立場からも彼自身の気質から
も、数多くの事柄、一見何の繋がりもない感じでも数多くの事柄を、並行しながら進
めていくタイプの男であった。故に彼の生涯を、厳密な編年方式によって叙述するこ
と自体が不可能なのである」と書かれていますが、これらはまさに彼の帝国を築くた
めの累積戦略そのモノのことではないでしょうか?

累積戦略という考え方は戦争という経済以上に人間にとって死活的な事象を前にして生まれたモノと考えられ、より戦略の本質をついているし、普遍性も汎用性もあるような気がしてなりません。
(SSA生)

〔将来作戦と当面作戦〕

アメリカ軍の作戦は「ふたつの時間軸」がある
 「将来作戦」と「当面作戦」が連続性と相関関係を保持しつつ全体計画を立案

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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和三年(2021)9月14日(火曜日)
通巻第7050号  
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小山修一『自衛隊はアフリカのジブチで何をしているのか』(育鵬社)より

『アメリカ兵との交流で分かったことは、兵站と情報重視という、日本の自衛隊がもっとも不得手な分野で歴然とした差違であったという。

大東亜戦争でも、日本の暗号は解読されて、作戦は筒抜けだった。日米軍人の思考の違いに関しては、「日本人は一般的に戦略や危機管理の分野に弱いと云われるが、このような違いは日本とアメリカの思考の違いからきているのかも知れない。アメリカのものの考えたか、とくに作戦を考える際には「多層的な空間の概念」と「連続性のある時間の概念」に顕れているという。

わけても「時間の概念」について、アメリカ軍の作戦は「ふたつの時間軸が存在している」と著者は指摘する。

 「将来作戦」と「当面作戦」が時間的要素の作戦概念であい、連続性と相関関係を保持しつつ全体計画を立案し、実行する。

それゆえ著者個人は「自衛隊は10年から20年遅れでアメリカ軍の行ってきたことを細々と追随しているように感じる」という(188p)

ジブチ現場の自衛隊の活動内容、その仔細な内容が理解できた。』

〔遠交近攻〕

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A0%E4%BA%A4%E8%BF%91%E6%94%BB

『遠交近攻(えんこうきんこう)は、兵法三十六計の第二十三計にあたる戦術。「遠とほきに交まじはり近ちかきを攻せむ」と訓読し、「遠い国と親しくし近くの国を攻略する」という意味。

概要

中国の戦国時代では諸国は絶えず戦争を続けていたが、多くの国々が分立していたため、一国を攻める場合には複数の国々が同盟を組み、攻める国を二正面戦争状態にさせ、一国を攻めた後に得られた戦果は分担するのが慣わしであった。遠方との緊密な連絡を確保するのが難しい前近代においては、通常その場合に同盟相手として選ばれるのは自国と隣接した国であった。しかし近隣の同盟国と共同して遠方の他国に攻め込み、そこから領地を得られたとしても、それは飛び地となってしまう場合が多い。このため領地の維持が難しく、結局はすぐまた領地を取り返されてしまっていた。中国は広大な大陸国家であるので、飛び地の領土経営・管理防衛は本国からでは非常に難しかったのである。

范雎は諸国を遊説し、はじめ魏の大夫に仕えたが、異心があると疑われて、秦に逃れ、昭襄王に仕えて遠交近攻を説いた。すなわち、遠い国と同盟を組んで隣接した国を攻めれば、その国を滅ぼして領地としても本国から近いので防衛維持が容易である。この方策に感銘を受けた昭襄王は范雎を宰相にして国政を預けた。

遠い斉や楚と同盟し、近い韓、魏、趙を攻めた秦は膨張を続け、やがて六国を平定して中国大陸の統一を成し遂げた。

このように遠くの相手と手を結んで近くの敵を片付ける政策を遠交近攻という。』

※ こういう地図ばかり見ていると、気づかないが、米ロは、実は「隣国」だ…。

※ 御覧の通りだ…。

※ それで、まあ、いきなり「中央」に攻め込むのは、ムリだから、ジワジワその周辺から固めていくという戦略を立てたわけだ…。

※ もう一度、よく見てみよう…。

※ ユーラシア大陸の西の端にある「島国」は、何か…。東の端にある「島国」は何か…。

※ ブレグジットしたのは、何故か…。2プラス2なんか盛んにやっているのは、何故か…。

※ いろんなものが、だんだん見えてくるだろう?

孫子の兵法:虚実篇

孫子の兵法:虚実篇|孫子兵法家 長尾一洋
https://www.kazuhiro-nagao.com/suntzu/kyojitu.html

『夫れ兵の形は水に象る(かたどる)。水の行は高きを避けて下きに走る。兵の勝は実を避けて虚を撃つ。水は地に因りて行を制し、兵は敵に因りて勝を制す。故に、兵に常勢無く、常形無し。能く敵に因りて変化して勝を取る者、之を神と謂う。五行に常勝無く、四時に常位無く、日に短長有り、月に死生有り。』

「そもそも、軍の形は水に喩えることができる。水は高いところを避けて、低いところへと流れる。軍も敵の兵力が充実した「実」の地を避けて、手薄になっている「虚」の地を攻めることで勝利を得る。水が地形に応じて流れを決めるように、軍も敵の動きや態勢に応じて動いて勝利する。したがって、軍には一定の勢いというものもないし、常に固定の形というものもない。敵の動きに応じて柔軟に変化して勝利をもたらすことを神業(神妙)と言うのである。これは、五行(木火土金水)にも常に勝つものはなく、四季(春夏秋冬)にも常に一定のものはなく、日の長さにも長短の変化があり、月にも満ち欠けがあるようなものだ。」』

 ※ 『兵の勝は実を避けて虚を撃つ。』原典は、これだけなんだな…。

 ※ なんか、時代小説・剣豪小説読んでると、「虚々実々の駆け引き。」とか、「虚に以ってするには、虚。実に以ってするには、実。虚に対するに実、実に対するに虚、は敗れる。」とか書いてあったような記憶があるんだが…。

 ※ みんな、後世の人たちが、勝手に解したものなんだろう…。

〔インドの秘策〕

インド 中国との緊張関係 ワクチン外交、国境地帯、「ヒマラヤの水爆弾」そしてマッラカ海峡封鎖 – 孤帆の遠影碧空に尽き
https://blog.goo.ne.jp/azianokaze/e/f4d60545e0f47a8a91f3a966058a6821

 ※ 「戦略」的に、「虚を突かれた」策があったんで、紹介する…。

 ※ インドが、どうやって「マラッカ海峡を、封鎖するんだ…。」という疑問があるところだ…。

 ※ なるほどなー…。そういう策か…。

 ※ 「機雷を撒く」という手も、あるしな…。

 ※ そもそも、必要物資を「海外からの輸入」に依存している国家が、「全世界に喧嘩を売る」とか、愚策中の愚策だろう…。

 ※ 「戦端を開いた途端に、”海上封鎖”されて、オシマイ」だろうよ…。

旧資料備忘摘録 A・T・マハン著『ネルソン傅』M39-6

(※ リンクが、ちょっとおかしいが、飛べることは飛べる…。)

 ※ 兵頭二十八氏のサイトからだ…。いつもながら、参考になる情報が、満載だ…。オレが、白眉だと思ったのは、ここだ…。『ネルソンいわく。陸戦司令官と海戦司令官の違いとは。海軍将校は、気象を所与条件として、好機が与えられたときにそれを捉えるしかない。陸軍将校は、気象がどうなろうと関係なく、まえもって作戦計画を立てて実行すればよい。海軍では、そのやり方は不可能なのである。海軍将校にとっての好機は、今日、とつぜん到るかもしれないし、ぎゃくに1ヵ月も、まったく条件が整わないかもしれない。それはどうしようもないのである。』古来より、陸軍と海軍が対立するのは、ここに帰因するんだな…。特に、ネルソン提督の時代は、帆船での戦いだったんで、とりわけそうだったろう…。
 しかし、現代でも、本質は変わらないと思われる…。例えば、「空母」艦載機は、波高が3m以上だと、発・着艦が難しい…。特に、着艦は難しい…。「対象」が、3m以上も高低するということだからな…。尖閣の接続海域に進入してくる某国の艦船も、台風が近づくと、避難するしな…。その点、潜水艦は、自由度が高いと言えるのか…。
 さわりを、紹介し、背景が分からないと理解しづらいと思われることについてや、周辺情報について、ネットで情報収集したものや、画像を拾ったものを貼っておく。

『英軍将校には、自分を昇進させてくれる先輩や贔屓の有力者が必要であった。一般に、外国軍港に駐在している将校には、自分の判断で部下を昇進させる権力があった。その権力がないと、統率もピシッとしない。
 しかし軍艦内の少年見習士官にはすることがなく、専門教育が進まない。そこでサクリングは、ネルソン少年を西インド航路の商船に、軍籍のまま、1年強、転勤させた。当時の商船は大砲を備えており、軍艦とあまり違いはないのである。やることは無数にあるので、いろいろなことも高速で覚えられる。
 ただし問題が……。英商船の乗組員は、英海軍を憎悪していた。水兵の強制徴用があったからだ。軍艦内では残酷な刑罰によって規律が維持されていた。』
『海軍司令長官のセント・ヴィンセント伯爵いわく。人の勇怯を試みたくば、責任を与えることだ。
 ネルソンはカッター(4櫂立て、水兵12名)の艇長にしてもらえた。カッターよりでかいのは、ロングボートという。』
『ネルソンは海軍生活18年で将官になった。そのとき39歳。
 1779-8、仏海軍のダステーン(ダスタン)がサヴァナーに向かう前の一瞬、ネルソンに交戦のチャンスがあった。もし仏軍がジャマイカを攻めていれば。
 ここでマハンの地政学講義。ジャマイカから、ニカラガ湖とサンファン河をおさえれば、カリブ出口、地峡を制し得る。どちらも第一運河の適地に連接している。
 中米では毎年、1月から4月までは乾季。病気は減るが、川も浅くなる。』
『ネルソンは、将校も水兵もひとつの艦に固定されるべきで、あちこちの艦を転々とするべきではないの主義。※コーホート主義。
 水兵の自発的な成り手がないのも、この、艦から艦へたらいまわしされる悪人事が原因だと。』
『ネルソンの手紙にいわく。人として快楽なければ生くるも益なし。』
『1794まで行なわれた航海条例。殖民地と貿易する船舶は、英国かその属地で建造された船でなくてはならず、その乗員の四分の三は英国臣民でなくてはならない。
 マハンの解釈。これは、水兵のプールとして平時に商船の船員を大量に育ておき、有事には海軍がその全員を強制徴募できるようにするためだった。
 カリブの島民たちは英国の航海条例を無視しがちであった。米国船がGB国旗を便宜的に掲げることを推奨したり。ジャマイカ島の総督は本国命令に公然と反して、米国との自由貿易を後押ししていた。
 遭難船にはいろいろ便宜をはかってやってよいという例外規定が抜け道になった。
 道理を付会して制限を超えようとするのは商業の常習なのである。』
『魔女が焼いて邪神に献ずる犠牲のことを「ホロコースト」という(p.103)。』
『縄墨に拘泥する輩は、ネルソンの流儀が形式において疎慢であるため、ネルソンを嫌う。
 ナポレオンも言っている。戦場において、忽然と奇策が得られることがあるが、それは、平生胸裏に蔵するところのものが、浮き出すにのである、と。日頃考えていない者に、咄嗟の名案など出るもんじゃない。』
『トラファルガー海戦の意義は巨大。ナポレオンがモスクワ遠征を企画した原因なのである。そしてモスクワでケチがついたので、ワーテルローで最終敗滅する流れもできた。
 当時の出師準備は、まだ学問的に確立されておらず、一定の理説もなかった。
 英国はやたら軍艦が多いので、開戦と同時に水兵を充員するのにいちばん苦しむ。
 人気もないので、けっきょく商船の水夫を強制徴募するしかない。
 陸上での徴募は、原則として「徴募曹長」が責任者である。
 ネルソンは、できるだけ、水兵が、同じ郷土からあつめられた集団になるようにしたかった。団結が強くなるから。
 ネルソンはノーフォーク人であり、下情に通じていた。水兵たちと、好悪をともにすることができた。』
『対仏戦の初盤の数年は、私掠船のために英国貿易はピンチにたたされた――と英国庶民は考えた。ネルソンは、違うと言った。小型の私掠船が活躍できるのは、バックに艦隊が健在だからなのである。
 ジブラルタルには水が乏しく、給水の便は悪い。
 近くのスペインの軍港、カディスで給水する。
 スペイン艦隊は巨艦が多数あって壮観なのだが、乗員の質が甚だ悪かった。
 すでにこの当時、戦列艦には乗員1000名あることあり。』
『ジェノバ政府は、中立の名義をもって穀類を仏南岸港に搬入し、仏国貨物とトレードしようとした。そこでネルソンはニースに転じてその阻止に努めた。
 この時点で英国がフランスを苦しめることのできる方法は、仏南岸への海外からの糧食搬入を妨害することだけであった。南仏の穀物生産は、住民を3ヵ月自給させることしかできなかった。輸入先は、シシリーとバーバリー海岸。なぜ仏国内の北の穀倉地帯から輸送しないかというと、輸送交通手段がなかった。
 ツーロン市は英軍による封鎖に苦しんで、市民が市長を勝手にとりかえ、ブルボン王家の白旗を掲げ、封鎖者である英海軍とスペイン海軍に、戦列艦30隻を引き渡した。
 古語に、「飢餓は獅子をも馴らすべし」という。ネルソンはそれが本当だと知った(p.161)。』
『封鎖艦隊に補給がとどこおると、ついには、食い物が、塩漬け牛肉だけとなる。これは生肉や野菜と違って、栄養バランスが悪い。
 ネルソンは艦内衛生を保つ方法を知っていた。西インドで3年間、艦長をしていたとき、将校も水兵も、ひとりも病死させなかったという(p.165)。
 艦の乗員を、退屈にさせていてはいけない。それが病気を招く。常に、仕事か遊戯をさせないとダメ。』
『ネルソンはコルシカ島の封鎖を任された。ニースから仏兵が8000人、輸送船でかけつけようとしたが、1小艇も港に入ることができず、1兵も上陸できなかった。
 ネルソンの持論。英兵1名は、仏兵3名と対抗できる。
 ナポレオンによる仏海軍提督評。ナポレオンが見ていないところでは、安全策をとろうとし、ノーリスクで戦争しようとする、と。
 ネルソンの自己評価。穏順遅慢を忍ぶことができない。
 コルシカのような島を海上から封鎖するには、夜間は、艦隊から端艇を出して海面を巡邏させなければならない。
 艦載砲を陸戦のために揚陸したときは、操砲は水兵にさせるが、射撃指揮は、陸軍の砲兵将校にさせる。』

正妻だった、ネルソン夫人の肖像画だ…。
愛人だったとされる、「エマ・ハミルトン」の肖像画だ…。

英仏戦争( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E4%BB%8F%E6%88%A6%E4%BA%89 )

『英仏戦争(えいふつせんそう)とは、イングランドまたはイギリスとフランスとの間で闘われた戦争である。百年戦争が最も有名だが、その後も度々闘われた。
1337-1453年 – 百年戦争
1475年
1488年
1489-1492年
1512-1514年 – カンブレー同盟戦争の一環
1522-1526年 – 第1次イタリア戦争の一環
1542-1546年 – 第4次イタリア戦争の一環
1549-1550年
1557-1559年 – イタリア戦争の一環
1627-1629年 – 三十年戦争の一環
1666-1667年 – 第二次英蘭戦争に関連して起こった戦闘
1689-1697年 – 九年戦争の一環
1702-1713年 – スペイン継承戦争の一環
1744-1748年 – オーストリア継承戦争の一環
1756-1763年 – 七年戦争の一環
1778-1783年 – アメリカ独立戦争の一環
1793-1802年 – フランス革命戦争の一環
1803-1814年 – ナポレオン戦争の一環、半島戦争など参照
1815年 – ナポレオン戦争の一環、第七次対仏大同盟など参照』

※ 「百年戦争」の他に、これだけ戦っているのか…。逆に、戦争していない時は、殆んど無いんじゃないか…。

※ 1812年頃のヨーロッパの様子だ…。各地で戦いが繰り広げられ、ジブラルタルの近辺で行われた、「トラファルガーの海戦」(1805年)が、ネルソン提督の名を一躍有名にした、一大海戦だったわけだ…。

私掠船の歴史( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E6%8E%A0%E8%88%B9 )

『イギリスの私掠船の始まりは、1243年にヘンリー3世がゲオフレイ船長に与えた報復を目的とした許可が初めてとされているが、国家が積極的に奨励したのはエリザベス1世治下の英西戦争の時のことである。フランシス・ドレークの私掠船による世界周航やカディス襲撃は偉業と讃えられた。アルマダの海戦に参加した200隻以上のイギリス艦船のうち、150-160隻は商船だったと言われる。西インド諸島海域に遊弋するイギリス私掠船の活動は激しく、当時のイギリス船は「海賊船」と評価されることになった[6]。

1655年、オリバー・クロムウェルの「西方政策」によってイギリスはジャマイカを占領し、マドリード条約によってその支配を確立した。ジャマイカ総督はバッカニアや私掠船船長をポート・ロイヤルに誘い、私掠免許を与えてスペイン勢力への私掠行為を促した。船長の一人ヘンリー・モーガンはスパニッシュ・メインの18の都市、4つの町、多数の村を襲撃し、パナマ地峡を超えパナマ市を略奪、破壊した。この功績によりモーガンはナイトに叙され、ジャマイカの副総督となった[7]。

18世紀の英仏戦争中には非常に多数の私掠船が活動した。スペイン継承戦争、アン女王戦争ではフランス側が多くの私掠船を繰り出し商船を襲撃したが、制海権は常にイギリス側に握られ戦争の大勢に影響を与えることはできなかった。 アメリカ独立戦争では1775年に正規の軍艦と商船改造の私掠船からなる大陸海軍が編成されたが、参加した私掠船は合計すると約1500隻に及んだ[8]。ジョン・ポール・ジョーンズはイギリス本国沿岸での牽制攻撃を企図し戦果を上げたが、多くの私掠船は金目当てであり、専ら輸送船や商船を襲撃した[8]。

フランス革命からナポレオン戦争にかけてフランス側の私掠船が活躍し、交戦国・中立国に対し略奪し、大陸封鎖令を側面から支援した。 革命後、仏領西インド諸島では条件が自由に書き込める私掠免許証が公然と売りさばかれた。また、チャールストン在住のフランス人たちは、偽造された委任状を元に私掠船を作り破壊活動を行った。1797年のアメリカ国務省の報告では年間に300隻以上のアメリカ商船がフランス私掠船に拿捕されたという。翌年の1798年にアメリカとフランスは非公式な戦争状態に入り、アメリカ側も200隻に及ぶ商船に対フランス私掠免許と報復的拿捕認可状を発行した[9]。

アメリカの南北戦争において南部連合政府は私掠船免状を発行したが、それにより活動した少数の私掠船はたちまち圧倒的に優勢な北部海軍により鎮圧された。

1856年のパリ宣言でヨーロッパ列強は私掠船の利用を放棄した。さらに1907年のハーグ平和会議で武装した商船[注釈 1]は軍艦として登録されるべきことが国際法として規定され、アメリカ合衆国を含む諸国もそれに従い、私掠船の慣習は消滅した。パリ宣言以後、戦時に民間船は特設艦船として用いられることとなった。』

トラファルガーの海戦( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%B5%B7%E6%88%A6 )

※ 海戦の全体のイメージは、こんな感じ…。「鶴翼」の陣を広げる仏・西(スペイン)連合艦隊に対して、ネルソン率いる英艦隊は、二列の「縦深」陣形(ネルソン・タッチと言うようだ)で突撃して、撃破した…、ということだ…。

その時掲げられたとされる「信号旗」。「DUTY(義務)」と読むらしい…。日本軍なら、「各自奮励努力せよ!」だな…。

陣形の変化の様子だ…。(「名将に学ぶ世界の戦術」 https://www.facebook.com/162161487315498/posts/312368992294746/ )

大体、「鶴翼の陣」は、相手を両翼が包み込んで、挟み撃ちにして、敵を殲滅する…、という「陣形」なんだが、ネルソン・タッチで「二重の縦深」陣形なんで、うまく包み込めず、また、仏・西連合艦隊は、操船にも難があって、うまく行かなかったようだ…。

古来より、陣形には、様々ある…。戦いの場所の地形や、気象に応じて、適宜採用して、合戦するわけだ…。上記は、代表的な「武田八陣形」だ…。(たぶん、大元は「孫氏の兵法」にあるんだろう…。「風林火山」も、そうだしな…。「鬼門遁甲の陣」とか、名前だけは聞くからな…。  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%A3%E5%BD%A2  )ネルソン・タッチにおける「二重の縦深陣形」に、似たものもある…。「衡軛の陣」というものだ…。「長蛇の陣」を二列にしたようなもので、「山岳戦」なんかで用いる…、とある…。まさか、ネルソン提督が、「武田八陣形」を研究したものでも無い…、と思うが…。明治政府と英国は、薩摩の時代から関係が深かったから、アーネスト・サトウ辺りを通じて、文献が英国に渡っていた可能性が、全く無いわけじゃ無いとも、思う…。