デジタル決済、勝者なき消耗戦 グーグル参入の衝撃

デジタル決済、勝者なき消耗戦 グーグル参入の衝撃
キャッシュレス新世紀(中)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB14EGK0U1A710C2000000/

『米グーグルがスマートフォンの決済アプリを運営するpring(プリン、東京・港)の買収を決めた。2022年春にも送金・決済事業を本格展開するとみられる。大手銀行は「ユーザー層の厚みを考えると脅威」(メガバンク幹部)と警戒する。キャッシュレス後進国の日本。決済サービス乱立は、勝者なき消耗戦を長引かせることになる。

【前回記事】塗り替わる世界金融地図 フィンテック、低所得層に恩恵
プリンは社員わずか12人。グーグルがそれでも目をつけたのは送金サービスの潜在力だ。利用者同士ならアプリ内の送金は無料で、3メガ銀など50行以上で入出金できる。法人向けサービスでも約400社を顧客に持つ。グーグルには「グーグルペイ」があるが、クレジットカード保有者などに利用が限られる。

グーグルは検索エンジンや地図サービス、動画配信に強みがある。連絡先一覧から友人とお金をやり取りしたり、地図アプリで目当ての飲食店に事前に注文して決済をすませたりできる。プリン買収で想定される金融サービスは多様だ。

20年の国内個人消費に占めるキャッシュレス決済比率は約3割にとどまる。7~9割の韓国や中国に遠く及ばない。日本は1人当たり約10の銀行口座を持つほど金融インフラが整っているにもかかわらず、「現金信仰」が根強い。グーグルはその落差を市場拡大の好機ととらえた。

実はグーグルの買収劇には対抗馬がいた。米ペイパル・ホールディングス。米国の個人間送金で9割超の利用率を誇るガリバーだが、プリンが最後になびいたのはグーグルだった。総額200億円程度の買収額だけでなく、「我々の送金機能と掛け合わせたサービスの広がりが決め手になった」。プリン関係者は語る。

日本はデジタル決済のサービスが乱立する。セブンイレブン店頭では電子マネーからQRコードまで30を超える支払い手段がある。各社は大型還元を先行させ、登録者が4000万人を超える最大手PayPay(ペイペイ)でさえ、21年3月期は700億円超の営業赤字を計上した。
グーグル買収の報は、収益化を狙うペイペイなどが今秋にも中小加盟店への手数料を有料化しようとする矢先に舞い込んだ。思わぬライバル登場で消耗戦がさらに長引く公算が大きい。

東京五輪に伴う訪日観光客の増加がキャッシュレス決済の起爆剤になるとの期待もあった。例えば、国際ブランドのビザはクレジットカード内蔵のICチップをかざす「タッチ決済」の普及を狙っていたものの無観客開催で目算は狂った。

グーグル買収劇は伝統的な金融機関の限界も露呈させた。18年にプリン買収に動いたみずほ銀行は、金額で折り合えずに最終的に断念した。その後独自にスマホ決済「Jコインペイ」を立ち上げたものの、メガバンクや有力地銀は参加を見送ったままだ。

米国は大手銀が外部とのデータ連携に必須の技術「API」を提供する。フィンテックの台頭を受け、大手銀もデジタル決済に参入して協業する道を選んだ。米ゴールドマン・サックスなどはオンライン決済のストライプと組み、ネット通販業者など新たな顧客開拓を進める。

日本は伝統的な金融機関が収益基盤を守るために自前主義にこだわり、フィンテックとの連携が進まない。その鈍重な動きはデジタル金融における日本の周回遅れを定着させるリスクもはらむ。

【関連記事】
・デジタル決済、米欧の新興勢台頭 収益化に課題も
・金融庁、デジタル金融の規制点検へ 研究会初会合
・「脱現金」世界で加速 デジタル決済、5年で7割増 』

Google、日本で金融本格参入へ

Google、日本で金融本格参入へ 国内スマホ決済買収
【イブニングスクープ】
2021年7月8日 18:00 (2021年7月9日 7:07更新) [有料会員限定]

『米グーグルが日本で金融事業に本格参入することが8日までにわかった。国内のスマートフォン決済会社を200億円超で買収し、インドや米国に続き日本でも2022年をめどに自社グループで送金・決済サービスを始めるもようだ。巨大IT(情報技術)企業の参入で金融と異業種の合従連衡が一段と加速する。

グーグルが買収するのはスタートアップ企業のpring(プリン、東京・港)。17年に決済代行のメタップスや、みずほ銀行などが共同出資して設立した資金移動業者だ。複数の関係者によると、グーグルがみずほ銀行などプリンの既存株主から全株式を200億~300億円で取得する方向で最終調整に入った。

日本は先進国のなかでもキャッシュレス決済の普及が遅れており、開拓の余地が大きいと判断したようだ。米国のITプラットフォーマーは膨大な顧客基盤やデータを生かし、金融に事業領域を広げている。グーグルの参入で日本でもデジタル金融を巡り既存の金融機関やネット企業との競争が激しくなる。

グーグルの広報担当者は日本経済新聞の問い合わせに対し「噂や臆測にはコメントしない」と回答した。

プリンは銀行口座をひも付けて入金し、QRコード決済ができるアプリを手がける。登録者は数十万人程度とみられるが、チャット感覚で送金もできる使い勝手の良さが若年層を中心に支持を集める。残高は手数料なしで銀行口座に戻したり、セブン銀行のATMから出金したりできる。提携する銀行はメガバンク3行を含む50行を超える。

国内のスマホ決済事業者としては珍しく法人サービスも展開する。日本瓦斯(ニチガス)など約400社が社員の経費精算や個人事業主への報酬払いなどに採用している。グーグルとは法人向けの展開も視野に入れているようだ。

グーグルは主力のネット広告やクラウド事業に続き、金融を新たな収益の柱に据える。15年に始めたスマホ決済「グーグルペイ(旧アンドロイドペイ)」は40カ国・地域で展開し、月間利用者数は1億5000万人を超える。米国では20年11月にアプリを刷新し、21年に米銀大手シティグループなど11の金融機関と組み、銀行口座サービスを始めると発表した。
グーグルは日本でもグーグルペイを展開しているが、他社のクレジットカードや電子マネーを登録したうえで決済するサービスにとどまる。スマホ上で複数の支払い手段を管理する財布のような仕組みで、単体での決済手段はない。グーグルはプリンの買収によって独自の送金・決済機能を備えることで利用者を増やす考えだ。

グーグルペイの国内利用者数は非公表だが、日本での存在感は小さい。消費者庁の20年12月調査によると、使用頻度の高いキャッシュレス決済のうち、グーグルペイを含むその他スマホ決済は6%と、クレジットカード(82%)や電子マネー(52%)、QRコード決済(42%)を大きく下回る。

日本ではZホールディングス系の「PayPay(ペイペイ)」や、楽天グループの「楽天ペイ」などネット企業がスマホ決済と共通ポイントを組み合わせて、電子商取引(EC)や携帯通信サービスなどの経済圏への囲い込みを強めている。金融サービスは国ごとに規制や慣習が異なるため、グーグルは現地企業と組み展開を図る。

国内のキャッシュレス決済は、19年10月の消費増税にあわせた政府のポイント還元事業も背景に広がっている。中でもQRコード決済が急拡大しているものの、クレジットカードを含む20年のキャッシュレス決済比率は3割に満たない。7~9割に上る韓国や中国を大きく下回る。

先行する米国では巨大IT企業の金融事業への参入が相次いでいる。アップルはゴールドマン・サックスと組み、クレジットカード事業に参入した。世界で30億人規模が使うフェイスブックなどはデジタル通貨「ディエム(旧リブラ)」の発行を目指す。グーグルも日本での決済事業を皮切りに金融サービスを広げる可能性が高い。』

激動の金融業界 銀行も証券もお金そのものも変わる

激動の金融業界 銀行も証券もお金そのものも変わる
教えて山本さん!BizTechの基礎講座
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC096040Z00C21A7000000/

『日本の金融業界が劇的に変化しつつあります。その象徴といえるのが、米グーグルが日本で金融事業に本格参入するというニュースです。国内のスマートフォン決済会社を200億円超で買収し、2022年をめどに送金・決済サービスを始めると報道されています。

日本の大手銀行は、ネットでの振込手数料を10月以降に引き下げる予定です。その背景には、金融業界における新興企業の台頭や異業種からの参入があります。例えば、PayPayの登録ユーザー数は21年6月に4000万人を突破しています。入金規模は違いますが、メガバンクの個人口座数を抜きつつあります。

PayPayでは、ユーザーがスマホを使って無料で素早く送金できます。こうした強力な新規参入者に対抗するには、既存顧客を従来よりも効率的なサービスに誘導する必要があります。そこで預金通帳の発行などコストがかかるサービスには新たに手数料を設定し、代わりにネットの手数料を下げているのです。

証券と銀行の境目はなくなっていく

なぜ新規参入者は、既存大手よりも優れたサービスを実現できるのでしょうか。その理由はビジネスモデルとテクノロジーの進化にあります。

PayPayは、様々な機能を内蔵する「スーパーアプリ」を目指しています。実際にPayPayのアプリは、ウーバーイーツやショッピングなどの様々な機能を既に備えています。PayPayにとっては、決済で利益が出なくても、そうした備え付けの機能で利益が出ればよいのです。また送金コストも、クラウドなどの新しいテクノロジーを活用すれば、既存の勘定系システムよりも大幅に安くできます。

私はデジタルトランスフォーメーション(DX)を「お寺の改修」によく例えます。伝統あるお寺を残したままつぎはぎで改修しようとすると、ベテランの宮大工を確保したり特定の建築資材を用意したりする必要があるため、近代的な建物に建て替えるのに比べて大幅にコストや手間がかかります。文化的な遺産であればそうしたコストにも意味がありますが、ビジネスの競争では大きなハンディになります。

金融機関の勘定系システムは、インターネットが登場する前の1960年ごろに生まれました。そこから互換性を保ちつつ何度か大きな改修を受けています。一方、クラウドなどの新しいテクノロジーを利用してゼロからシステムを開発すれば、より高機能な機能を安価に実現できる可能性があります。

こうした背景から、日本の金融機関の競争力を上げようとする動きが出ています。その一つが、全国の金融機関をオンラインで相互接続する「全国銀行データ通信システム(全銀システム)」を運営する全国銀行資金決済ネットワーク(全銀​ネット)が銀行間の送金にかかる手数料を40年ぶりに引き下げたことです。これにより一般利用者が支払う銀行の振込手数料が下がる可能性が出てきました。

国際送金の仕組みも進化しています。インターネットの登場よりも前に作られたシステムでは、海外への送金に数日かかったり数千円の送金手数料を取られたりすることもありました。

一方、英フィンテック企業のワイズ(旧トランスファーワイズ)は、格安の手数料で送金サービスを提供しています。7月にロンドン証券取引所に上場し、時価総額は約1兆2100億円に達しました。また、米フェイスブックが提供するメッセンジャーは、米国など複数の国では送金にも使えます。ユーザーが国境を意識することなく簡単に送金できるのです。

7月には米大手証券会社ゴールドマン・サックス傘下の米銀行が日本で銀行業免許を取得しました。ゴールドマン・サックスは米アップルと組み、米国で「アップルカード」という独自のクレジットカードを提供するなど、個人向け金融サービスに力を入れています。
同社のデービッド・ソロモン最高経営責任者(CEO)は「既存のシステムを持ってないがゆえに、最新テクノロジーの活用で優位に立てる」と述べています。経済学でいうところの「後発性の利益」にも近い発想を持っているのです。こうした方向性は、システム部門だけでなく経営陣がテクノロジーをよく理解して決めるしかありません。

売買手数料無料の流れを作った米スマホ証券のロビンフッドは、うまくいかなかったもののかつては預金サービスの提供を目指していました。7月1日にはナスダック上場を申請し、時価総額は4兆円規模とされています。

日本では、銀行と証券の情報共有を制限する、いわゆる「ファイアウオール規制」が1993年に設定されました。米国での最近の動きを受け、金融庁がこの規制について改めて検討する動きになっています。

米小売り大手のウォルマートやアップルも金融事業を近年拡大しています。彼らは金融そのもので収益を上げなくても他の事業で収益を上げればいいため、手数料などを安くできます。

いずれは通貨もデジタルに

そもそも私たちはなぜ銀行口座を持っているのでしょうか。

多くの人にとっては、給与の振込先が必要だからでしょう。法律により、賃金は現金もしくは振り込みで渡すよう指定されています。しかし、法律が改正されれば、PayPayなどに直接入金できるようになるかもしれません。既に公共料金は最近は多様な支払い方法に対応しており、銀行振込である必要はなくなっています。

今後、大きな波になると思われるのがデジタル通貨です。中国は人民元をデジタル化する「デジタル人民元」の実験を繰り返しており、22年の北京冬季五輪の開催に合わせて準備しています。日本や欧州の中央銀行も、中央銀行が発行するデジタル通貨「CBDC(Central Bank Digital Currency)」の検討を始めています。フェイスブックは「ディエム(旧リブラ)」というデジタル通貨の開発を主導しています。

これまで物理的な通貨の取り扱いには、ATM網の整備や警備付きの現金輸送など、多くのコストがかかっていました。また、現金がどこで使われているかはすぐには把握できないため、詳細なデータに基づく経済対策はできませんでした。

通貨をデジタル化すれば、リアルタイムに近いデータに基づいて詳細な経済政策を打てるようになります。決済サービスなどの効率や使い勝手も向上するでしょう。これは、電子メールやメッセンジャーアプリが紙のファクスをほぼ不要にしたのと似ています。

24年には新しいデザインの日本円の紙幣が発行されます。その先には、まるで空気のようにデジタル通貨が使われる未来が待っているでしょう。

こうした世界を他国に先駆けて実現するには、これまでの投資を意味する「サンクコスト(埋没費用)」に惑わされてはなりません。現状のテクノロジーの延長で考えるのではなく、最新テクノロジーを理解して最適な仕組みを一から作っていく必要があります。

山本康正(やまもと・やすまさ)
京都大学大学院特任准教授
東京大学修士号取得後、米ニューヨークの金融機関に就職。ハーバード大学大学院で理学修士号を取得。卒業後グーグルに入社し、フィンテックや人工知能(AI)などで日本企業のデジタル活用を推進。著書に『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』(講談社現代新書)、『2025年を制覇する破壊的企業』(SB新書)がある。
【関連記事】Google、日本で金融本格参入へ 国内スマホ決済買収』

PayPayなどの電子決済は普及するか?

PayPayなどの電子決済は普及するか? : 机上空間
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/26436538.html

 ※ この「責任の所在」ということ、「最後に責任を負ってくれるのは、誰なのか」ということが、キー概念だと思う…。

 ※ 「安ければ、それでよし。」というわけじゃ無いんだ…。

 ※ 熱海の土石流も、ここが問題になってくるだろう…。

 ※ 「人災」の要素がある場合には、「激甚災害」指定は、ムリである…、という話しだしな…。

『日本のこの手のサービスでありがちなのですが、何かトラブルが発生した時に、クレジットカード以外の電子決済手段って、責任の所在がはっきりしていないのですね。クレジットカードの場合、規約によって、決済加盟店、クレジットカード会社の責任の分担が、はっきり決まっていて、カード利用者に対して補償も行われるので、世界中で決済サービスとして広まっています。

手数料の安さ、決済の手軽さを売りにしている電子決済サービスは、そこまでの費用を捻出できないので、全てうまく運用されている事を前提に決済されています。例えば、ハッキングされたり、何がしかの不正利用が行われた場合、どこが責任を持つのか、はっきりしていません。

その為、ローカルな国内で、そこそこのシェアを持ったとしても、国際的な広がりを持って利用されない運命にあるんですね。その上、日本では、官庁がデジタル決済に音頭をとったので、それとばかりに猫も杓子も飛びついて、規格が乱立しました。そして、セキュリティー管理が、ド素人かと思うくらい甘かったので、運用開始初日にハッキングされて、セブンペイなどは、早々にサービス停止に追い込まれました。

実際、日本はIT後進国です。ハードウェアではなく、利用技術で。例えば、ワクチン接種会場の予約システムや、混雑状況のリアルタイムの表示など他の国で当たり前にやっているサービスすら、トラブルで正常に動かなかったり、利用されていなかったりします。

一つには、最低の社会リソースを持つ人に合わせるという日本の文化も関係しています。つまり、スマホを持っていない人がいれば、その人に合わせるんですよね。その人が生きるために必死に、インフラの水準に追いつく必要が無いように仕組みを作ります。その為、全体が非効率になるわけです。

何かのサービスを始めるにあたって、IT部門の会社を作っても、トップがITド素人だったりします。経営のプロで、ゼネラリストでもあっても、技術的な問題や、基本的な常識で、とても交渉ができるレベルじゃないんですね。その為、簡単に誰でも利用できるに寄せて、セキュリティー上の常識を踏みにじったりします。末端は幹部の司令に逆らえないですから、まぁ無様なシステムが出来上がるわけです。その結果、当然のようにトラブルを起こし、信用を無くすと。

色々と電子決済については、日本の各社ともに頑張っていますが、結局は外資が本格的に参入してきたら、一瞬で粉砕されるような気がしています。それくらい、利用のしやすさ、システムの堅牢さ、各種サービスのリレーションと、利用者目線のサービスの質に差があります。一言で言うと不便なんです。』

地銀、深刻なIT統治不全 ベンダー頼みのツケ重く

地銀、深刻なIT統治不全 ベンダー頼みのツケ重く
金融PLUS 金融グループ次長 亀井勝司
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB212F90R20C21A6000000/

 ※ どうも、最大の問題点は、「銀行側に、ITに精通した人材が無く」「ベンダー側に、経営・業務に精通した人材が無い」というところのような気がする…。

 ※ その両方の領域を、つなぐ人材が、決定的に欠いているという気がする…。

 ※ これを、「プライオリティの判断」という観点から見れば、従来・旧来の「銀行経営におけるプライオリティの判断」と、「IT導入におけるプライオリティの判断」が、決定的に乖離しているという気がする…。

 ※ 例えば、あるITシステムを導入しようとしているとする…。
 当然、そこにおいては、「導入することによるメリット」と、「導入したことによるデメリット」があり、そこを「抽出」「利益衡量」することが必要となる…。
 
 ※ さらには、「パッケージソフト」を導入して、安上がりに上げようと考えたとする…。

 ※ その場合、その「お仕着せ」による従来の業務執行形態を「変える必要があるのか、否か」「そのメリット・デメリット」の利益衡量をどう図るのか、などという問題も出てくる…。

 ※ 「お仕着せ」からハミ出した、「特殊業務」を残すのか否か、そこを組み入れて、一から「システム発注」するのか否か、その場合の後々の保守・管理業務のコスト計算をも含めた「プライオリティの判断」が必要となる…。

 ※ こういうものは、従来・旧来の「銀行の経営判断」とは、全然違う…。

 ※ そういう「判断」や、その判断に必要な「要素の抽出」が、できる体制になっているのか…。人材、手順の構築は、なされているのか…。

 ※ そういう辺りが、決定的に重要なんだろう…。

 ※ さらには、「新技術」への対応・拡張性…、という問題もある…。

 ※ オンプレミス全盛時に、クラウド環境への「備え」を考えておくということは、不可能事かもしれない…。「神対応」かもしれない…。

 ※ しかし、そこの「備え」が無いと、「後れを取って」、競争における敗者となる…。

 ※ こうして検討してみると、いわゆる「日本企業」が、決定的に「苦手」としている「分野」「事例」のようだな…。

『みずほ銀行で起きたシステム障害は、システムが銀行経営に死活的に重要なことを端的に示した。ただその重要性と裏腹に、銀行、とくに地方銀行自身が主体的に関与できているかといえば疑問符がつく。』

『「監視を厳しくしないといけない。システム対応できないか」(地銀幹部)

「半年後になりますね」(システム会社)

NTTドコモの電子決済サービス「ドコモ口座」に絡む不正送金があった2020年9月。ある有力地方銀行とシステム会社で交わされた会話だ。新しいサービスの開発からマネーロンダリング(資金洗浄)につながる不正送金の対策まで、システムは銀行経営の要だが、開発や運用はシステム会社に頼っている実態が浮かぶ。』

『システム会社はベンダーと呼ばれ、みずほ銀行が4500億円を投じて導入した新システム「MINORI」は日本IBM、富士通、日立製作所、NTTデータの4社が中心となって開発した。もちろん、数千万口座を抱えるメガバンクと地方銀行のシステムには差があるものの、地銀も平均して年間50億円弱のシステム関連経費がかかっている。

金融のデジタル化が進み、システム部門の戦略的な位置づけは高まっているが、上位地銀でさえシステムの実務部隊はベンダーにほぼアウトソースしているところも多い。効率化の一環で自行のシステム人材をベンダー側に移管し、開発・運用を委ねている。ドコモ口座で問題になったインターネットバンキングから「○○ペイ」にチャージする場合も、自行からの出金にもかかわらず、その取引情報を保有しているのは銀行自身ではなくベンダーだという。』

『特定のベンダーの製品やサービスに強く依存することで、他社の同じような製品への切り替えが難しくなることをベンダーロックインと呼ぶ。言い換えれば囲い込みで、公正取引委員会もかねて問題視してきた。機動的に機能を追加したいと思っても時間と多額のコストがかかる。それでもベンダーに依存しているため「言い値」を受け入れざるをえない構図が浮かぶ。』

『銀行業務の基幹である勘定系システムを日本ユニシスからマイクロソフト社のクラウドサービスに移行した北国銀行のように、ベンダー丸投げと決別する地銀はまれだ。北国銀はクラウド上に集積した顧客データを活用し、取引やサービスの利用実態を人工知能(AI)などで分析。営業やコンサルティングにつなげる計画で、システムのフル活用を経営の中核にすえる。

システムに関していえばベンダーが銀行に対して優越的地位に立っているように見えるが、ある金融庁関係者は「だからといって地銀が『被害者』かといえば、それは一つの断面だ」と指摘する。ベンダーロックインが機動性を奪い、高コストになっている面は否めないが、ベンダー側からみれば「非効率で硬直的な事務を温存しているため、それをつなぐのに複雑な仕組みが必要になり、結果的にコストが高くなる」という声も漏れる。』

『実際、システムを共同化している信金と地銀のコストの差は、システムにあわせて事務も共通化しているかどうかの違いが大きい。システムと一言でいっても、債務者の情報を管理するシステムや取引内容を記録するシステム、担保物権を管理するシステムなど多岐にわたる。そのうえ、ほぼ取り扱いがない商品もスクラップすることなく新たな機能を付け加えようとすると、「結果的にアクロバティックなシステムになり、その分コストも上がる」(金融庁関係者)という。』

『自行に必要な機能を絞り込み、コストを減らして機動性を高めるために何が必要かを把握し、それにあわせて不要な事務を削る判断がIT統治(ガバナンス)だとすれば、ベンダーロックインはその欠如が招いた帰結にも見える。もっとも、マネロン対策など迅速に対策を打つ必要があるシステム改修で多額の費用を求め、より安価なサービスを提案する他社を阻むのは優越的地位の乱用だ。金融庁は銀行の委託先であるベンダーに立ち入り検査することもできる。

金融犯罪への対応は新たな手口が出てくるたびにシステム的な対応が必要になり、金融サービスのデジタル化もシステムの裏付けがあってこそだ。ベンダーロックイン問題は、「銀行はシステム産業」といいながらシステムを傍流に追いやってきた姿勢に変化を迫っている。』

『浅川直輝
日経BP 「日経コンピュータ」編集長
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分析・考察企業内のITシステムを構築・運用する情報システム部門は本来、社内の業務とシステムの全体最適を考え、ときには経営陣や事業部門に「このやり方ではダメだ」と業務改革やサービス改革を迫ることもいとわない重要な部門です。

そんな情報システム部門の役割を外部のITベンダーに丸ごとアウトソースすれば、内発的な改革は起こりようがありません。ITベンダーも「良かれ」と考えて全てのIT関連業務を受託すれば、結果として顧客企業のデジタル変革(DX)の機会や意欲を奪う結果につながりかねません。

DXが企業競争力に直結する時代、企業とITベンダーの関係を今一度考え直すべきでしょう。』

日本企業が不祥事を起こす七つの原因

日本企業が不祥事を起こす七つの原因 ~いつまでこんなことが続くんだ!~【怒れるガバナンス】
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020122800300&g=eco

『◆作家・江上 剛◆
【作家・江上剛】会社経営とは 渋沢栄一が残してくれたもの

 第一生命保険のセールスレディーが、約19億円もの顧客資金を詐取したという事件が起きた。彼女は89歳という高齢だ。事件が発覚して以来、認知症だと主張しているらしい。

 高齢の人には申し訳ないが、89歳というのは日本人の平均寿命を超えており、亡くなっている人の方が多いということだ。生きている人でも大方は現役を去り、静かな余生を送っていることだろう。

 ところが彼女は、第一生命でただ一人という「特別調査役」の肩書を与えられ、それを材料に使い、自分に任せれば10~30%の利回りを保証すると客を信用させていたというから、すごいという一言に尽きる。

 事件の全体像は、これから解明されるだろうが、人生100年時代とはいえ、こんな高齢の女性を営業の現場に立たせ続け、不正のうわさもあったらしいが、そのことには耳を傾けなかった第一生命の責任は重いと言わざるを得ない。

 ◆不正の予兆
 報道によると、同社は被害額の30%を弁済すると言っているようだが、根拠が分からない。19億円は巨額だが、事件を長引かせることで失う同社の信用、信頼の損失の大きさを考えれば、さっさと全額を弁済し、被害者との訴訟問題を収め、事件解明に努めた方がプラスではないか。

 第一生命は、不正の予兆を感知することはできなかったと説明しているようだが、本当にそうだろうか。3年も前に外部から問題を指摘する情報が上げられていたという報道もある。怪しい、おかしいなどという声が現場から上がってきていたにもかかわらず、上層部は、それを深く追及しなかったのだろう。

 イエス・キリストは「彼らは見ても見ず、聞いても聞かず、また悟らないからである」(新約聖書フランシスコ会聖書研究所訳注)と語ったが、現場からの声に経営者が耳を傾けなかっただけではないのか。

 実は、彼女をモデルにしたと思われる小説がある。小説なので事実とは異なるだろうが、小説の主人公の生保レディーは、ある地方銀行の実力頭取の庇護(ひご)を受けているという設定だ。

 その銀行では、頭取に認めてもらうため、彼女の保険契約に関し行員が競い合っていたという。その結果、彼女は所属する保険会社でナンバーワンの実績を挙げることが可能となったというストーリーだ。

 下世話な表現を許してもらえれば、女の武器を使い頭取を籠絡し、威光を背に抜群の成績を挙げたのだ。

 小説内の保険会社では、頭取の威光もあり、また成績を挙げた彼女の機嫌を悪くしないように、いつの間にか腫れ物扱いになっていたのだ。

 ◆触らぬ神に
 本事件の報道では、この小説に描かれたような背景の問題は出てこないので、これを事実として扱うことはできない。しかし、第一生命においては、当該の89歳のセールスレディーが何らかの事由で「アンタッチャブル」、すなわち「タブー」、すなわち「触らぬ神にたたりなし」扱いになっていたことは事実だろう。

 第一生命と同様に「触らぬ神にたたりなし」的人物のせいで経営が揺らいだのが、関西電力だ。関電の幹部たちが、福井県高浜町の元助役から数億円に上る多額の現金やスーツ仕立券を受け取っていた事件だ。

 当該元助役は、すでに鬼籍に入っているが、原発立地に貢献した人物らしく、もし金品などの受け取りを拒否すれば、「ワシを軽く見るなよ」と脅迫されたため、受け取らざるを得なかったという。

 関電側は「死人に口なし」とばかりに被害者として振る舞い、当時のトップは「不適切だが、違法ではなかった」と発言し、ひんしゅくを買った。

 この資金が、原発立地に関わる資金であれば、結果として電力料金に跳ね返る。ならば「真の被害者は消費者だ」と強く言いたい。結果、関電側は、事件の責任を取って辞任した旧経営陣たちに善管注意義務違反があったとして約19億円の損害賠償請求訴訟を行うようだ。

 余談だが、関電ともなれば、経営陣を監視する社外取締役には、重厚な人物が就任していたと思うが、彼らの責任追及はどうなったのか。
 現在は、社外取締役などの重要性がいわれているが、彼らに活躍してもらうためには、事件が発覚した際に責任を負う覚悟が必要だ。
 そうでなければ、現役引退後の良い稼ぎ場所として、幾つもの企業の社外取締役を掛け持ちする「なんちゃって社外取締役」ばかりになってしまう。

 後で触れるが、第一勧業銀行(現みずほ銀行)総会屋事件の際には、社外監査役が責任を取らされてはたまらないと、さっさと辞任し、後任を見付けるのに苦労した記憶がある。

 ◆総会屋事件
 なぜ企業に「触らぬ神にたたりなし」的存在が大きくなり、それが原因で不祥事に発展するのか、私が経験した総会屋事件で考えてみたい。

 私が勤務していた第一勧銀は、1997年5月に総会屋との癒着を問われ、東京地検の家宅捜索を受けることになった。第一勧銀総会屋事件である。結果として11人の幹部が逮捕され、宮崎邦次相談役が自殺するという大きな経済事件となった。

 企業に寄生し、不当な利益を上げる総会屋は、82年10月の商法改正以降も、たびたび事件化していた。イトーヨーカ堂、高島屋、キリンビール、味の素、野村証券などだ。事件が発生するたびにトップは辞任していた。

 そんな事態を第一勧銀の幹部は見ていながら、自分の銀行にも総会屋が巣くっている事実から目をふさいでいた。まさに「彼らは見ても見ず、聞いても聞かず、また悟らないからである」状態だった。

 私は、当該事件の処理を直接担当したが、出てくる事実に驚愕(きょうがく)、当惑、困惑するばかりだった。
 大物総会屋は事件発覚当時、すでに亡くなっていた。にもかかわらず、彼との関係は、後任の総会屋に引き継がれていたのだ。

 第一勧銀は、第一銀行と日本勧業銀行が71年に合併して発足したが、大物総会屋はその際に暗躍したらしい。それ以来、26年にも及ぶ総会屋との関係が、彼らをいつの間にか「触らぬ神にたたりなし」的存在に祭り上げてしまったのだ。

 ◆「呪縛」という言葉

 私は、東京地検が家宅捜索に入った後の記者会見の原稿を作っていた。その際、トップの責任回避を考えて、総会屋との癒着関係は、総務部や審査部などが、いわば勝手にやっており、頭取などは関係していないという文章を作った。そして、それを頭取たちが居並ぶ会議で発表した。

 するとM副頭取が、「それは違う。責任は自分たち経営陣にある。総務部や審査部の責任ではない。長年にわたる総会屋との関係を断ち切れなかった経営陣である自分たちの責任だ。そういうことをはっきりさせる会見文に直してほしい」と発言した。

 この発言で、その場がシンと静まり返ったのをよく覚えている。経営陣は、この事件は自分たちの責任で、現場はそれに従った、忖度(そんたく)しただけで、責任はないと言い切ったのだ。

 私は少なからず、感動を覚えた。それで、会見文を書き直すため、N法人企画部長と2人で、どういう内容に直すべきか、呻吟(しんぎん)した。

 N部長は漢字に強かったのだろう。「呪縛という言葉はどうだろうか」と言った。私は即座に、その言葉に飛びついた。大物総会屋という存在の呪いに縛られ、身動きが取れなくなった状態を表していたからだ。

 それに経営陣の責任も、何となく曖昧な感じ、やむを得ない感じがするではないか。当時は、今のようにコンプライアンス(法令順守)意識が強くなかったせいもあるが、長い歴史の中で、経営陣が思うに任せないほど巨大化してしまった「悪」の存在に、責任を負わせるのにふさわしい言葉だと思った。

 案の定、その「呪縛」という言葉を記者会見でK頭取が発言すると、会見場に集まった記者たちは目の色を変え、その言葉を原稿に打ち込んだ。「呪縛」という、それ以前はあまり使われなかった言葉が、世間に広まった瞬間だった。

 ◆なぜ失敗するのか

 「名経営者が、なぜ失敗するのか?」(シドニー・フィンケルシュタイン著)という本がある。この本は、著者が多くの企業経営者の失敗を分析した内容で、失敗の原因を次の7項目に集約している。

 1、傲慢(ごうまん)=自分と会社が市場や環境を支配していると思い込む
 2、私物化=自分と会社の境を見失い、公器であることを忘れ、公私混同する
 3、過信=自分を全知全能だと勘違いする
 4、排斥=自分を100%支持する人間以外を排斥する
 5、空虚化=会社の理想像にとらわれ、現実を見なくなる。現場を忘れる
 6、鈍感=ビジネス上の大きな障害を過小評価して見くびる
 7、執着=かつての成功体験にしがみつく (※番号は、オレがつけた)

 この7項目を活用して第一生命や関電、そして第一勧銀の「触らぬ神にたたりなし」的存在による不祥事の説明を試みてみよう。

 カッコ内は私の見た第一勧銀のそれぞれの項目に関連する実態である。
 3社とも社会的に尊敬される大企業であり、自分たちは不祥事と縁はないと「傲慢」になっていた。

 〔銀行に東京地検が家宅捜索に入るはずはない。そんなことになれば金融システムが揺らぐ、と裁判官出身の大物顧問弁護士が発言した〕

 本来の顧客のことを考えず、経営を「私物化」していたからこそ、「触らぬ神にたたりなし」的存在と癒着してしまった。

 〔総会屋の言うなりに不良債権になることが分かっているのに、無担保、無審査で巨額融資を繰り返した〕

 自分たちの不祥事は発覚しない、あるいは問題にならないと「過信」していた。

 〔他社での総会屋事件を他山の石ではなく、対岸の火事と考えていた。総会屋と関係するのも仕事だと思っていた浅はかな経営者がいた。また大蔵省(当時)検査のごまかし、検査官を接待し籠絡することが常態化しており、他行も同じようにしているから、問題ないとうそぶく役員がいた〕

 経営陣に「触らぬ神にたたりなし」的存在について警告、諫言(かんげん)する人を「排斥」していた。

 〔総会屋との関係を続けてはならないと経営陣に諫言した総務部長は左遷されてしまった〕

 自分たちが在籍するのは立派な会社である、その評判を落としてはならない、と不祥事を隠蔽(いんぺい)することが常態化し、経営が外見のみにとらわれ、「空虚化」していた。

 〔大物総会屋が亡くなったにもかかわらず、後任総会屋やその他の総会屋との関係を断とうとしなかったのは、銀行の評判が落ちることを懸念したからだ。銀行=無謬(むびゅう)との空虚な神話にとらわれていた〕

 長い間の「触らぬ神にたたりなし」的存在に「鈍感」になっていた。

 〔総会屋事件発覚後の株主総会においてさえ、ある経営者は現場に「うまくやってくれよ」と言った。言われた総務部長は逮捕されたため、私が株主総会を仕切ることになった。事態の深刻さを自覚せず、うまくやってくれよと発言した経営者の名前を総務部長は明かさなかった。彼は「トップに忠誠を誓うのが男のロマンだ」と悲しくつぶやいた〕

 生保も、電力も、銀行も、かつての成功体験に「執着」し、ビジネスモデルの変換に苦労している業界だ。だから過去の経営者たちの「触らぬ神にたたりなし」的存在との関係をそのまま引き継いでしまう。

 〔株主総会は、行員株主ばかりでシャンシャン総会。総会屋関係の会社から物品などを購入し、彼らに資金提供を続けていた。それらを断ち切ったら「行員の命が危ないから」とある役員は恐怖におののきながら語った。しかし、自己保身でしかないだろう。昔の経営者が彼らとうまく付き合ったのに、自分が関係を悪化させたくないと思っただけだ。過去もうまくやってきたのだから、先々もうまくやらねばならないと思っていた〕

 ◆傲慢こそ最悪

 この本が指摘する7項目の失敗の原因に、第一生命も関電も第一勧銀も見事に符合するではないか。

 私は7項目の中でも「傲慢」が最悪だと考えている。企業は、傲慢になれば、その時が失敗のわなに落ちる時である。「この世をば わが世とぞ思ふ 望月(もちづき)の 欠けたることも なしと思へば」(藤原道長)の古歌にあるように、望月になれば次は欠けるだけなのである。

 今や、世の中の価値観は大きく変わった。また変わらねばならない。特に感染症拡大で、私たちは生き方そのものの変革を迫られている。
 しかし、いまだに会社の中に「触らぬ神にたたりなし」的存在がいる企業は多いのではないだろうか。

 それは「悪」というべき存在ばかりではないだろう。過去の成功体験、偉大な先輩経営者の遺訓、失敗を恐れる気持ちなどなど。「悪」であろうとなかろうと、「触らぬ神にたたりなし」的存在を断ち切ってこそ、日本企業のイノベーションがあるのではないだろうか。
 (時事通信社「金融財政ビジネス」より)』

〔みずほ、連続トラブルの背景にあるもの…。〕

第一銀行
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E9%8A%80%E8%A1%8C

『概説
明治政府は殖産興業政策の遂行、健全な通貨制度の確立のために近代銀行制度の確立を急務と考え国立銀行条例を制定。その最初の模範となる銀行としての第一国立銀行の設立を積極的に勧奨した。銀行創設にあたっては合本主義(株式会社制度)の考え方により、広く民間資金を集める事を志向し、旧幕時代から両替商の重鎮として力があった三井組、小野組の大口出資と協力を得て誕生した[1]。資本金250万円のうち、三井組、小野組が各100万円を拠出した。日本最初の株式会社である。三井組、小野組それぞれから頭取を選任する一方で、その上に経営の最高責任者である総監役を置いた。総監役は政府にあって国立銀行条例の立案にあたり、三井組と小野組を勧奨して設立を準備した渋沢栄一が官を辞して自ら就任した。

本店における創立総会は1873年(明治6年)6月11日、同年7月20日に本店と横浜、大阪、神戸の三支店で営業開始、同年12月には行章として赤い二重星(ダブルスター)を大蔵省に届け出た。開業翌年の1874年(明治7年)11月に、政府の一方的な金融政策の急変により小野組が破綻し、小野組関連貸出等が回収困難となり経営危機を招いたが、小野組保有の株式100万円の資本減少を行い、総監役を廃止し渋沢栄一が単独で頭取となる新体制を敷き危機を回避した[2]。

1884年には李氏朝鮮(後の大韓帝国)と契約して、関税取扱業務を代行し、後に民間銀行でありながら、同国の中央銀行の業務を代行した。1896年に普通銀行の第一銀行に改組。1943年に三井銀行と合併して帝国銀行(通称・帝銀)となる。

1948年に帝銀が分割され、新たに第一銀行が発足したが、金融当局による出店規制に阻まれ中位行のまま推移し、1971年に日本勧業銀行と合併し第一勧業銀行(存続行は日本勧業銀行)となる。2002年(平成14年)、第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行の分割・合併により、みずほ銀行(存続行は第一勧業銀行)とみずほコーポレート銀行(存続行は富士銀行)となり、2013年(平成25年)7月1日、みずほコーポレート銀行がみずほ銀行を合併して逆に行名をみずほ銀行に改称した。』

日本勧業銀行
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8B%A7%E6%A5%AD%E9%8A%80%E8%A1%8C

『概要
1896年(明治29年)、農工業の改良のための長期融資を目的に「日本勧業銀行法」(勧銀法)が制定され、翌年に政府を中心に設立された。東京に本店を置き、支店は大阪のみに限られ、それ以外の地域には北海道を除く各府県には事実上の子会社である農工銀行(勧業銀行法と同時に制定された「農工銀行法」に基づく)が設置され、勧銀への取り次ぎまたは勧銀と同等の業務を行った。なお、基幹産業(特に重化学工業)向けには別途日本興業銀行(興銀)が設置され、勧銀との棲み分けが行われた。また、北海道には勧銀や興銀の代わりに北海道拓殖銀行(拓銀)が設置された。

長期融資が基本であるため、預金が原資とは成り得ず、代わりに金融債の発行が認められ、かつ割増金付きの債券が唯一認められ、発行した(抽選を行い、当選番号の債券を持つ者に対しては割増金付きで償還された。農工銀行や興銀、拓銀も金融債を発行したが、割増金は認められていなかった)。

だが、農業に関する融資は個々の農家に対してではなく、事業や組合、担保能力のある地主を対象としたために全く融資が進まず、1911年(明治44年)の法律改正で商業に対する融資も解禁された。大正末期より市街地の不動産金融に乗り出す一方、業務の重複と機能低下を理由に1921年(大正10年)の法律改正(「勧・農合併法」ともいう)以後、各府県の農工銀行を悉く合併し店舗網を拡大した(このことが、後述のように現在のみずほ銀行が全国の県庁所在地に必ず支店を設置することになる嚆矢となっている)。また1923年(大正12年)に当時日本領であった台湾には台北州・台北市に台北支店が開設され、その後も五州の州庁所在地高雄・台中・台南・新竹に支店を次々と開設した[注釈 1]。割増金付き金融債の発行実績が認められ、太平洋戦争中の割増金付き戦時債券の幹事銀行となるが、やがてこの債券は射幸性が高くなり終戦直前には「勝札」と言う名の富籤となり、これが現在の「宝くじ」に繋がる。戦後は福徳定期預金(割増金付きの定期預金)の幹事銀行にもなる。

戦後の1950年に勧銀法が廃止され、特殊銀行から民間の普通銀行に転換[注釈 2]。さらに長短分離政策に伴い拓銀と共に普通銀行の道を選択することとなり[注釈 3]、金融債の発行を打ち切って都市銀行の一角となる。

以降はシンボルをバラの花、コーポレートカラーをローズレッドと定め、漫画家・岡部冬彦がデザインしたオリジナルキャラクター「のばらちゃん」やイメージキャラクターに抜擢された女優の山東昭子(現・自民党参議院議員)が店頭や広告媒体などに登場。「ばらの勧銀」のキャッチコピーを採用して大衆化に努めた。法人部門では、融資系列で財閥色の薄いフコク生命や日産火災(現:SOMPOホールディングス)、日立製作所を交えて勧銀十五社会を結成。また、戦時債券の名残で、戦後「宝くじ」の業務を受託していた。

宝くじ業務の関係や、大正時代に全国各地にあった農工銀行からの事業譲渡や農工銀行の吸収合併に伴う受け皿支店の開設などの理由により、全国都道府県庁所在地に必ず一店舗は存在した[注釈 4]。他の都市銀行とは異なり、かつてあった、都市銀行の出店規制[注釈 5]があったが、都道府県庁所在地名の支店は廃止の対象にならなかった。むしろ、他の都市銀行の地方支店の廃止の際には受け皿となっているケースがある[注釈 6]。

勧銀末期における地方部での出店は上記経緯から店舗数が多かった反面、在京行としては首都圏での出店は手薄であり、全体の4割弱と当時の関西系上位行とほぼ同等の店舗数の留まっていたため旧五大銀行でありながら中位行に甘んじていた第一銀行との合併の一因となった。

初代勧銀本店は1926年、京成電気軌道(現京成電鉄)に売却され、「谷津遊園楽天府」として阪東妻三郎プロダクションが使用した。その後千葉市に移管、千葉市役所庁舎を経て、現在は千葉トヨペット本社となり登録有形文化財でもある。また、内幸町の本店も、第一勧銀発足後の10年間を除き、引き継がれ2度の建て直しを経て、現在はみずほ銀行内幸町本部ビルとなっている。』

みずほ銀行暴力団融資事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BF%E3%81%9A%E3%81%BB%E9%8A%80%E8%A1%8C%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E5%9B%A3%E8%9E%8D%E8%B3%87%E4%BA%8B%E4%BB%B6

(第一勧業銀行)総会屋利益供与事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%8B%A7%E6%A5%AD%E9%8A%80%E8%A1%8C

『1997年(平成9年)には、総会屋・小池隆一へ460億円にのぼる利益供与事件で、第一勧業銀行本店を東京地方検察庁特別捜査部に家宅捜索された。

近藤克彦頭取は、1997年(平成9年)5月23日に「(総会屋側に)多額の融資を行った最大の要因は、(歴代最高幹部が親しかった)元出版社社長の依頼を断れなかったことで、社長の死後もその呪縛が解けず、関係を断ち切れなかった…」と記者会見で述べ退任、次期頭取と紹介された副頭取藤田一郎の「以前から不正融資を知っていた」と記者会見で告白し、一銀幹部も驚く爆弾発言となった[5]。

頭取経験者の11人に及ぶ逮捕や、宮崎邦次元会長の自殺という事態を引き起こし、更に調べ上げると、第一勧業銀行が1985年(昭和60年)から1996年(平成8年)まで、総会屋に提供した総額460億円にのぼる資金は、四大証券会社(山一證券・野村證券・日興証券・大和証券)を揺る資金元となり、銀行・証券界と監督当局との腐りきった関係を、白日の下に晒した大蔵省接待汚職事件、遂には大蔵省解体と帰結し、未曾有の経済疑獄となって、日本国民は信じがたい事実に、金融業界の断末魔を見ることになった[5]。

この時も、逮捕された元頭取の中には「あれは旧第一銀行の案件で、自分は旧日本勧業銀行出身だから関係ない」などと公判で無責任な証言をした者がおり、いかに旧第一・勧業の関係が悪いものであったかを露呈してしまう結果になった。この不祥事以降、宝くじの広告から「受託 第一勧業銀行」の文字が消え、みずほ銀行となった2018年現在も、広告には表示されていない[注釈 5]。

第一勧業銀行総会屋利益供与事件をきっかけに、この年出版された高杉良による経済小説『金融腐蝕列島』が耳目を集め、後年には事件を題材に続編である『呪縛ー金融腐蝕列島2』が書かれ、「金融腐蝕列島 呪縛」(1999年)として映画化もされた。タイトルは、近藤克彦頭取の「呪縛が解けなかった。」と、記者会見で述べた事に由来している。』

みずほ、10年改革は振り出しに 外圧頼み「魂」入らず

みずほ、10年改革は振り出しに 外圧頼み「魂」入らず
金融PLUS 金融グループ長 河浪武史
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB318AX0R30C21A5000000/

『「みずほ銀行頭取はネットニュースで自行のATM障害を認識するに至った」――。みずほフィナンシャルグループ(FG)が15日公表したシステム障害の第三者委員会報告書。多くの関係者を驚かせたのは、藤原弘治みずほ銀頭取が、障害発生から数時間も誰からも連絡を受けていなかった事実だろう。坂井辰史FG社長への一報も電子メールだけで、開封時は障害発生から既に6時間がたっていた。

第三者委はみずほを「危機対応力が弱く、問題解決の姿勢も弱い」と指弾し、それを「企業風土」とまで断じてみせた。同行は2011年、東日本大震災の直後という最悪のタイミングで、給与振り込みなど100万件超の入金が遅延する大規模障害を起こしている。その後は組織再編やシステム刷新など一定の自浄作用を発揮したかにみえたが、あっという間に再び「事なかれ主義」に陥った。なぜか。』

『「みずほが主体的に組織改革を進めないと、市場も取引先も納得しない」。10年前のシステム障害時。取材メモを読み返すと、同社首脳は筆者にこう吐露している。当時は第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行の旧3行出身者が、みずほFG 、みずほ銀、旧みずほコーポレート銀行のトップを同列で分け合う「1社2バンク3トップ制」。意思疎通の悪さが目立っていた。』

『ただ、そうした自己改革の機運はわずか2年で弱まっていく。契機は13年に発覚した反社会勢力への融資問題だ。当初は「担当者どまり」とされた反社融資が、実は取締役会の資料に記載されていたことが判明。佐藤FG社長(当時)らも「知りうる立場にあった」ことがわかった。佐藤氏は兼務していたみずほ銀頭取を辞任。経営の透明性を高めるため「委員会設置会社」への移行も決めた。

この委員会設置会社案は、実はみずほ内部ではなく金融庁が持ち出したものだ。反社融資が公になった13年9月以降、佐藤氏は国会に参考人招致され、金融庁も2度も検査に入るなどして圧力をかけ続けた。「そのころから、みずほは一段と当局の意向ばかり気にするようになった」(同行OB)。』

『金融当局や社外取締役が「改革役」に浮かび上がる一方で、みずほ本体の執行部隊は主体性を失っていく。第三者委報告書では、みずほ銀が18年にもATM障害を起こし、今回と同じようにカードなどが吸い込まれる事故が1800件も発生したことを明らかにした。当時は対外公表を見送っただけでなく、システム改修などの根本対策も取らず、その危機意識の欠如が今回の大規模障害を招いた。

みずほFGは今回、藤原頭取らの交代を軸とした人事案をまとめたが、検査を継続する金融庁が正式発表直前に「待った」をかけた。みずほは今や首脳人事すら決められず、手足を縛られて身動きがとれない。

「巨大な象が自らの足を踏んで倒れないようにしないと」。当時としては世界最大規模の経営統合を発表した1999年、第一勧銀頭取の杉田力之氏はこんな戒めの言葉を発している。みずほはその後の成長鈍化で「巨象」ではなくなり、今では倒れたまま起き上がり方すら見失いつつあるようにみえる。』

金融、IT競争力が左右 みずほ障害で浮き彫り エンジニア比率は米30%、日本4%

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF051E60V00C21A4000000/

『みずほフィナンシャルグループの一連のシステム障害は、日本の金融機関に共通する課題を浮き彫りにした。システムの維持更新に追われ、中長期的な競争力を左右するIT運用の高度化や新たな事業モデル構築につながる投資は欧米金融機関に比べて手薄になっている。

坂井社長は5日の会見で基幹システムの運用について、最適な人員配置に課題があったことを認めた。2019年に稼働した基幹システムが軌道に乗るなかで、肝心の運用に緩みが出ていた構図が浮かぶ…

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2019年に稼働した基幹システムが軌道に乗るなかで、肝心の運用に緩みが出ていた構図が浮かぶ。

みずほは02年と11年に大規模なシステム障害を起こした反省を踏まえ、合併前の旧行の継ぎはぎだったシステムを一本化し、全面的に刷新する方針を12年3月に決めた。14年4月の時点で3100億円だった「MINORI」(ミノリ)の開発費は4500億円まで膨らみ、数度の延期を重ねて19年7月までに全面稼働した。

5日の会見で坂井氏は「一連の障害に直接的な因果関係は判明していない」と強調したが、運用が安定するなかでシステムの制御を担う専門の人材を減らしてきたことが明らかになった。

金融庁へ提出した報告書でも「制御系の知識や経験を有する人材」や「(システムの構築を担った)ベンダーの常駐サポート」が減っていた点を認めている。坂井社長は5日の会見で「横断的なチェックがおろそかになっていた面もある」と話した。

銀行の日常業務を支えるシステムは競争力そのものを左右する。戦略的な活用は国内銀行に共通した課題でもある。

金融庁によると、米国の大手行は全従業員に占めるITエンジニアの割合が約30%なのに対し、日本では4%弱にとどまる。たとえば米JPモルガン・チェースはビッグデータの専門家を含めて5万人のエンジニアを抱え、IT投資に年100億ドル(約1兆1000億円)規模の資金を投じている。

米国の銀行ではIT予算の約6割を既存のサービスを改良する目的で投じるのに対し、国内銀行では既存の金融サービスを維持する目的の投資が7割を占めるとの調査もある。

米の金融機関は新しい金融技術を持つベンチャー企業との連携もオープンな形で進めてきた。米国では「スーパー地銀」と呼ばれる大手行に次ぐ位置の銀行も、オンラインの住宅融資やセキュリティー関連など、相次ぎフィンテック企業に投資をしている。

半面、国内銀行は再編後のシステム統合に多額の費用を投じてきた。システム統合後も膨大な維持費がかかり、戦略的な分野に資金を投じる余地は乏しいとの指摘もある。

経済産業省はITシステムに関するリポートで、日本企業がデータ活用などによる事業モデルの変革を遂げられなければ、年間最大12兆円の経済損失が生じる「2025年の崖」を警鐘した。

リポートでは、日本企業がシステムの維持更新の費用負担が高いことや、保守運用の担い手不在を懸念している。みずほのような課題は日本企業全体に横たわっており、警鐘が現実のものとなる可能性は小さくない。

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山崎俊彦
東京大学 大学院情報理工学系研究科 准教授
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貴重な体験談

「IT競争力が左右」するのは金融業界に限ったことではありません。よくある笑い話に、「うちの会社はIT障害が何も起きない。IT部門には無駄に給料を払っているだけだ。くびに/縮小/解散しよう。」と決断したところ障害が起こりまくってしまって「君等がちゃんとやってくれていたお陰だったのか・・・」ということが分かったいうものがあります。「ごん狐」のような世界。

2021年4月6日 7:56

Oneみずほの落とし穴 システム障害、真の教訓は

Oneみずほの落とし穴 システム障害、真の教訓は
本社コメンテーター 上杉素直
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK010VS0R00C21A4000000/

『既視感に襲われた。みずほ銀行が2月末からの2週間で4度のシステム障害を起こした。そのドタバタを見ていて思い出したのは、2002年と11年の大規模なシステム障害よりもむしろ、13年に明るみに出た反社会的勢力への融資にまつわる不祥事だ。
反社会的勢力への融資の存在は当時の経営トップまで報告されていたにもかかわらず、「報告はなかった」と間違った説明をした。世間の視線が一気に厳しくなったきっかけは、そんな…

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世間の視線が一気に厳しくなったきっかけは、そんな事後対応の失敗であり、組織としての危機管理の甘さだった。

今回、2月28日に起きた最初のシステム障害は、一部の定期預金を紙の通帳のないデジタル口座へ移す作業が引き金になった。ふに落ちないのは翌3月1日におわびの記者会見に臨んだ幹部たちがデジタル口座という言葉にまったく触れなかった点だ。

素早く正確で丁寧な情報開示は不祥事対応のイロハのイ。翌日になっても状況をつかめずにいたなら問題だし、知っていて説明しなかったのだとしたらより深刻だ。こんな姿を目にすると、過去の失敗からいったいなにを学んだのかとがっかりする。

親会社のみずほフィナンシャルグループは第三者委員会を設けて原因を探り、金融庁は立ち入り検査で実態を洗い出すそうだ。一連のシステム障害をもたらしたプログラムの欠点や運用の課題は遠からずはっきりするだろう。それはそれで改めるしかない。

だが、今回のドタバタで浮かび上がった一番重要なポイントは、いざトラブルが生じたとき適切に対処できない組織の弱さやガバナンスの不具合にちがいない。発火点はシステム障害だったが、燃え上がらせてしまった原因は顧客をはじめとする関係者への対応のまずさ、感度の鈍さだ。

では、組織の風通しを悪くする問題の根はどこにあるのか。要因はさまざまに絡み合うが、新しいみずほを形づくる土台として16年にスタートしたカンパニー制という陣立てに目を向けたい。顧客のニーズをつかむ商品やサービスをグループ一体となって提供する「One(ワン)みずほ」戦略の要となる仕掛けだ。

カンパニー制のそもそもの理念に反対する人はいないだろう。5つのカンパニーは個人や企業など顧客の属性ごとに分かれ、銀行、証券会社、信託銀行の各組織に横串を通す形で存在する。それぞれのカンパニー長は収益責任を負い、あたかも会社のトップような指揮命令の権限をもつ。

もっとも、新しい試みが良いことばかりもたらす保証はなく、落とし穴がどこかに潜んでいると考えたほうがいい。カンパニー制を強力に進めるほど、副作用だって大きくなる。負の側面が今回の不祥事で垣間見えたのではないかという問いかけだ。

よくよく注意しないとカンパニー制が生み出してしまう負の側面を2つ挙げたい。いずれも「カンケツ」が失われる現象だ。

まずは簡潔。銀行や証券という既存の組織の縦ラインに、カンパニーという横の軸が重なり合う。どれだけ縦と横の役割分担をうたっても、業務をとりまくややこしさや複雑さは明らかだ。

そして完結。かつてに比べて銀行は独立した組織として尊重されなくなった。頭取は銀行にまつわるすべての事柄を決める最終権限があるかといえば、そうでない。その裏返しとして、責任の所在もあいまいになりやすい。

半期に一度の部店長会議は以前は頭取が自分の思いを伝える舞台だった。しかし最近は持ち株会社のカンパニー長たちへと主役の座が移ったらしい。頭取人事よりカンパニー長人事のほうがグループにとって大事になった、と受け止める幹部は少なくない。

やや乱暴なたとえを示そう。安倍前政権は官邸主導を強めるため、省庁の幹部人事を掌握し、波長の合う役人を首相の周りに登用した。結果として政策の実行部隊であり専門家集団である役所の一部にしらけたムードが広がり、士気は下がったといわれる。

同じ構図で持ち株会社を官邸に、銀行を省庁に見立てたらどうだろう。一歩間違えば銀行の現場に近年の霞が関のような空気が忍びこまないか。最近、みずほの人たちと話していると、そんな心配が頭をよぎることがある。

もちろん、だからといってカンパニー制や持ち株会社主導のグループ運営をやめればよいという話にはならない。グローバルに戦っていくには銀行と証券の連動は必須の条件だ。要は、いかにバランスをとりながら、効果的に組織を回していくかという鉄則におのずと行き着くだろう。

どうすればよいか、答えはとっくにわかっている。「都合の悪い話であっても持ち株と銀行、証券の関係者が互いに腹落ちするまで意見を言い合おう」。カンパニー制を始めたころ、当時の経営陣の1人はそう話して回った。

縦に横にと組織を張り巡らせるだけでなく、コミュニケーションも縦横斜めに繰り返す。上意下達に偏らず、現場の息づかいをきちんと共有できなければ組織を的確に動かせるわけがない。みずほに限らず、業容を広げようと陣立てを見直すすべての銀行、あらゆる企業に当てはまる。

今度は見て見ぬふりをせず、組織のカルチャーにまで踏み込んでもらいたい。不祥事から学べるかどうかの分岐点にいる。

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上杉 素直

金融ビジネスや金融政策、税制・財政をはじめとする経済政策、社会保障の現場を取材してきた。2010年からのロンドン駐在では欧州債務危機に揺れる政治や行政、人々の暮らしをのぞいた。編集委員を経て18年から現職。

Oneみずほの落とし穴 システム障害、真の教訓は(11:30)
コロナ検査、岩盤を壊せ 経済のアクセル踏むために(2月27日)

みずほ障害「組織スキルが低下」 金融庁に報告書危機管理官を設置へ

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF316CT0R30C21A3000000/

『2月末から相次いだシステム障害を受け、みずほ銀行が31日に金融庁へ提出した報告書の概要が分かった。全国にある7割強のATMが一時動かなくなった2月28日のトラブルを念頭に「組織的なスキルが低下するとともに、横断的な統制が機能しなかった」と明記。障害時の迅速な対応に備える危機管理の担当者を設置することも盛り込んだ。

報告書では約2週間で4件起きた障害について「社会に広く不安を与え、極めて重く受け止め…

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報告書では約2週間で4件起きた障害について「社会に広く不安を与え、極めて重く受け止めている」と陳謝。「4つの事案に因果関係は確認されず、一つの障害がほかの事象を連鎖的に引き起こしたものではない」と結論づけた。2019年までに移行した新しい基幹システムについては「障害に対応する機能は想定通りに作動した」とし、システム自体に大きな問題はないとの認識を示した。

発端となった2月末の障害は、全体の73%にあたる4318台のATMが一時動かなくなるなど利用者に不信感を与えた。現金を引き出そうとした利用者のキャッシュカードや預金通帳を取り込んだ件数は5244件にのぼる。

引き金となったのは、1年以上にわたって記帳されていない定期預金の口座をデジタルに移す作業だった。データの処理量が事前に準備した容量を超えてパンクし、作業を復元する「自動取り消し処理」もできなくなる二重エラーが発生。ATMの取引をつかさどる区画に波及し、カードを取り込む事象につながった。

一般的にカードが吸い込まれると、利用者は備え付けの電話でオペレーターに問い合わせる。不正利用がないと確認できれば遠隔からの操作などを通じ、利用者にカードを返却する取り決めだ。

ところが障害の起きた28日は日曜日で、朝9時の時点でオペレーターは15人弱にとどまっていた。問い合わせが急増した午前10時以降に電話で応対できなかった割合は90%台で高止まりし、利用者をATMコーナーで長時間待たせる結果につながった。

緊急時の連携にも課題を残した。ATMが広範囲で止まっていると担当部へ情報が上がったのは午後1時過ぎ。幹部が全拠点に出勤を指示したのは午後2時半ごろだったが、休日でメールを閲覧できる端末を携行していない管理職が多かった。本部が顧客への対応で明確な指示を出したのも午後5時半と後手に回った。

こうした対応について「全体像を組織として早期に把握するに至らなかった」と指摘。「役員への報告が断片的な情報にとどまり、適切なタイミングで指示ができなかった」と振り返っている。

システムの運用面では「全体を俯瞰(ふかん)した確認が不十分だった」と総括した。新しい勘定系システムが安定的に稼働し、制御を手掛ける担当者も減少。システムを構築したベンダーからなる組織は解散していた。「制御などに関する組織的なスキルやノウハウが低下するとともに、横断的なチェックや統制が十分に機能しなくなっていた」という。

今後の対応策として、システムの改修にあたっては多層的に点検する態勢を整える。カードを取り込んだATMの仕様については、4月末から9月末にかけて順次見直すという。日常的に危機管理のノウハウを磨き、危機時の迅速な対応につなげる担当者も設置する。みずほはこうした方針を4月上旬をめどに開く記者会見で説明することにしている。

日銀、緩和副作用に配慮 株や国債「市場支配」意識

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF198E00Z10C21A3000000/

『日銀が19日の金融政策決定会合で決めた政策修正は、8年間に及ぶ大規模緩和で生じた副作用への配慮が色濃くにじんだ。上場投資信託(ETF)の購入を柔軟にしたり、長期金利の変動幅を事実上広げたりして緩和の持続力は高めたが、肝心の2%の物価目標の達成は遠い。資産市場における日銀の存在感が過度に高まり、緩和策をやめられなくなっている実態も浮かぶ。

日銀は2013年4月から大規模な金融緩和策を始めた。黒田東彦総裁…

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黒田東彦総裁は「2年で2%の物価上昇目標を念頭に、必要な措置はすべて取った」と宣言し、国債やETFなどを大量に買う異例の政策を決めた。長短金利操作などの政策変更を経つつ緩和策を続けたが、8年たっても2%目標達成の道筋はみえない。足元の消費者物価は新型コロナウイルス禍の影響もありマイナス圏に沈む。

それでも日銀が大規模緩和を続行するのは、物価の押し上げ効果を見込むというよりも自らの市場での存在感が高まりすぎ、安易に「出口」に向かえなくなっている面がある。日銀の国債保有比率は13年3月末の13%から昨年末に45%まで高まった。コロナ対応の財政出動で公的債務残高は一段と積み上がり、日銀が超低金利政策を続けて財政不安を防ぐ構図も強まっている。

国債市場は「日銀支配」で値動きが乏しくなり、金融機関の収益機会の喪失といった副作用が出ている。日銀が今回の政策修正で長期金利の誘導策で認める変動幅を見直し、プラスマイナス0.25%程度と若干広げたのも、市場機能の一段の低下を食い止める狙いがある。だが、多少の金利変動を認めても効果には限界がある。

日銀のETF購入も難路に入っている。開始から10年以上がたち、ETFの保有残高は時価で約50兆円に膨らんだ。東京証券取引所の時価総額の約7%を占める。「物言わぬ株主」の日銀の存在が企業の経営監視の緩みにつながるといった批判が出ている。

こうした副作用を意識し、日銀は政策修正で原則年6兆円としていたETF購入額の目安を削除した。これまでは株高局面でも「緩和の後退」と受け取られるETF購入の大幅減に動きづらかった。今後は市場が混乱した場面でのみ買うなどよりメリハリをつけた対応が可能になる。

ただ、黒田総裁は19日の記者会見で「ETFの買い入れを減らそうとか、(売却による)出口を考えているわけでは全くない」と語った。株式市場への影響の大きさを考慮し、日銀が自ら出口戦略を語れない状況に陥っている。

緩和策を続ける主目的は物価上昇ではなく、市場の安定に変質しつつある。黒田総裁は「市場の安定に向けた対応と物価目標の達成は矛盾せず、表裏一体だ」と強調した。現実には、強力な金融緩和が生んだ歴史的な株高とデフレ懸念のくすぶる物価との不均衡は広がる。

コロナ禍の影響が残るなかで経済・物価を下支えする緩和策を続けつつ、資産バブルの助長や金融システムの揺らぎなど、新たな危機の発生を抑えられるのか。黒田日銀の政策運営は一段と難しさを増した。

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日銀、緩和継続へ政策修正 午後3時半から会見ライブ中継

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF194WQ0Z10C21A3000000/

 ※ 「買い支え」から、徐々に足抜きしていく方向性のようだな…。

 ※ これだけ、「株高」になっているからには、しごく「まっとう」な話しだと思う…。

 ※ 「市場崩壊」の責任を、押し付けられるんじゃ、堪ったものじゃないからな…。

 ※ 「乱高下」を均して(ならして)いく感じに、なるんだろう…。

 ※ ますます、「皆さん、自己責任でおやり下さい。」ということだろう…。

『日銀は19日の金融政策決定会合で、金融緩和の長期化を見据えた政策修正を決めた。上場投資信託(ETF)購入は原則年6兆円の目安を削除した。株高局面は購入を見送り、市場の混乱時に積極的に買う姿勢を明確にした。買い入れ対象は東証株価指数(TOPIX)連動型のみとする。将来のマイナス金利深掘りを可能にするため、金融機関に上乗せ金利を付ける制度もつくる。

黒田東彦総裁が19日午後3時半から記者会見を開き、決定内…

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黒田東彦総裁が19日午後3時半から記者会見を開き、決定内容を説明する。日経電子版は記者会見を生中継する。

ETFの購入は昨年3月に新型コロナウイルス対応で設けた年12兆円の上限をコロナ収束後も継続し、市場混乱時など必要に応じて買い入れを実施するとした。一方、原則で年6兆円としていた購入の目安は削除した。株高局面では購入を見送り、危機時の対策という位置づけを明確にした。

ETFの買い入れ対象は指数の構成銘柄が最も多い東証株価指数(TOPIX)連動型のみとし、日経平均株価連動型は外す。

不動産投資信託(REIT)の購入も上限の年1800億円は継続する一方、原則年900億円の目安は削除した。

短期金利をマイナス0.1%、長期金利を0%程度に誘導する長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)は大枠を維持したうえで運営方法を変える。

まず長期金利は従来プラスマイナス0.2%程度としていた変動幅を同0.25%程度と若干広げ、声明文に明記した。金利が変動しやすくして、金融機関が国債売買などで収益を上げる機会を広げる。一方、金利が大幅に上昇する場面では、特定の年限の国債を固定金利で無制限で買い入れる措置を連続して行う「連続指し値オペ制度」を導入することも決めた。
日経電子版では本日午後6時30分から、今回の政策修正のポイントや黒田総裁の発言について、みずほ総合研究所の門間一夫氏(元日銀理事)と編集委員の清水功哉がスピード解説する。

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みずほはもっと危機感を 顧客離れはじわり進む

みずほはもっと危機感を 顧客離れはじわり進む
編集委員 前田昌孝
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH0438S0U1A300C2000000/

『長年生きていれば、システムトラブルの1つや2つには出くわすこともある。筆者は格安航空会社の便に乗るときに、搭乗ゲートの改札機の故障に見舞われた。それでも無事、目的地にはたどり着いた。個々の社員が何をすべきかよく理解していたからだろう。みずほ銀行の行員は顧客に前代未聞の迷惑を掛けていたときに、何をしていたのだろうか。殿様商売の意識が抜け切れていないとは思いたくないが……。

10年ほど前の話だ。九州を…

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10年ほど前の話だ。九州を友人と旅行し、現地解散をした後に福岡発成田行きのジェットスター・ジャパンの便に1人で乗った。なぜかべた遅れだったが、運休はしないという。ところが、搭乗直前にゲートの機械が動かなくなった。通常は改札機にQRコードをかざしてゲートを通る。この日は係員が座席表を書いた紙を持ち、手作業で一人ひとりの搭乗券を確認して飛行機に案内した。

とにかく予約客は全員、乗ることは乗った。しかし、法規制なのか安全上の理由なのか知らないが、搭乗客数のカウントが始まった。搭乗ゲートの通過客数と一致しないと飛べないようだった。「エイブル、ベーカー、チャーリー、ドッグ……」。乗客を数える客室乗務員の声が今でも耳に残っている。座席のアルファベットを唱えるだけでは発音が似ていて混同する恐れがあるため、フォネティック(音声)コードで表現するのが、世界共通のルールらしい。

なかなか数が合わない。客室乗務員はそのたびに最前列まで戻って数え直すから、ぴったり合うまで小一時間かかった。成田空港に着陸したのは門限の深夜0時(当時)直前だった。東京都内に向かう電車もバスも最終が出てしまったから、空港の椅子で一夜を明かすことになった(もちろん補償はない)が、いずれにしても航空会社は「目的地まで乗客を運ぶ」という使命は果たした。

過去に2度の大規模システム障害を起こしたみずほ銀行には、危機下の行動を定めた事業継続計画(BCP)はないのだろうか。今回の一連のトラブルの初日は2月28日(日)だった。トラブルの報道のなかには「大安吉日の日曜日だったから、結婚式のご祝儀用のお金を引き出そうとした人もいたのではないか」というのんびりした論調もあったが、そんな生易しい問題ではない。

そもそも、ご祝儀ならば、古いお札が出てくるかもしれないATMでの一発勝負などに賭けないのではないか。何が問題かというと、クレジットカードの利用代金、マンションの管理費・修繕積立金、賃貸住宅の賃料などの引き落とし日は、取りっぱぐれないように、給料日後の27日ごろに設定してあることが多いのだ。

今年は2月27日が土曜日、28日が日曜日だから、引き落としは3月1日になる。ATMでの現金入金や、ATMやオンラインバンキングを使った振込入金は日曜日でも即時に反映するから、3月1日に引き落とされるお金は2月28日までに口座に入れればいい。この重要な日にカードを吸い込んだまま返さないなど、万死に値するような罪といえる。

なぜすぐに行員が現場に急行して、おわびと状況説明をしないのか。場合によっては、急きょ店舗を開け、小口現金の引き出しや、決済用の資金の入金に応じてもよかったのではないか。経営陣も中間管理職も社外取締役も思考停止に陥っていたのか。こんな銀行に金融システムの一翼を担わせるのは、ブレーキがない自動車を走らせるのと大差ない。

使命を忘れた企業が株式市場で評価されないのは、当然だ。みずほフィナンシャルグループの前身の3行の時価総額は、1989年末には合計で34兆2000億円もあった。現在はリーマン・ショック後のへこんだ局面から多少は戻ったとはいえ、4兆円程度だ。配当と株価の騰落とを合算した投資収益率を計算すると、2月末までの15年間でマイナス71.0%とメガバンク3行のなかで最も低い。

金融システムは1日24時間、週7日動いている。金融庁や日銀が日曜日に直ちに動いたのかどうかも疑問だ。トラブルの報告はいつ受けたのか。金融機関の対応をモニタリングしていたのか。他行の応援なども視野に動いていたのか。まさか週明けになってから報告を聞き、行政処分を考えるといった手ぬるい対応ではあるまい。

一連のいきさつは国会で細かく追及すべきだ。みずほ銀行の首脳陣はもちろん、氷見野良三金融庁長官も黒田東彦日銀総裁も参考人として招き、どう動いたのかをつまびらかにしてほしい。

顧客が離れていけば、銀行の行員も多少は危機感を覚えるだろうが、現状では地域銀行の顧客だった地方の親から都心に住む息子や娘への相続も多く、個人預金の残高が着実に増えている。決算説明資料によると、2005年3月末から20年12月末にかけての増加率は60.6%と、三菱UFJ銀行の51.9%や、国内銀行全体の52.2%(20年9月末まで。日銀調べ)を大きく上回っている。

サービスが差別化されているわけではないのに、手数料は高い。個人客向けのみずほ銀行の手数料は、スイスフラン建ての外貨預金をする場合を除き、メガバンク3行のなかで最も高い。ATMの利用手数料を時間帯によって2段階にするなど、超複雑でもある。20年3月からは会員制サービスのルールも大幅に変え、住宅ローンを借りる、投資信託を買うなど銀行に収益をもたらす取引をしない限り、預金残高をいくら積んでも、他行宛て振込手数料を無料にしなくなった。

従来は500万円以上の預金があれば、月数回は無料だった。その程度の預金者は山ほどいるかもしれないが、多くは長期に取引している顧客だろう。ロイヤルティー(忠誠心)を示すコア顧客をないがしろにして、どうやってビジネスを発展させることができるのか、筆者が最も理解できないところだ。

88年のことだったが、札幌市で地下鉄東豊線の豊水すすきの駅と栄町駅との間が開業したころに、北海道の金融事情を取材に行ったことがある。都市銀行の一角だった北海道拓殖銀行がプールや温泉を備えた大型レジャー施設「札幌テルメ」(現シャトレーゼガトーキングダムサッポロ)に多額の融資をして、羽振りがよかったころだ。

地方銀行である北海道銀行は東豊線の開業区間の各駅ごとに小さな支店を開設し、主に個人客相手の商売をしようとしていた。首都圏にも店舗網がある拓銀の経営陣はそれを鼻で笑い、「いまどき支店を設けて個人預金をコツコツ集めるなんて、たいして意味はないですよ。預金が必要ならば、市場から取ってくればいいんです」

拓銀は97年11月17日に経営破綻した。銀行口座を他行に移すのは面倒だから、ずさんな経営をしていても目に見えて顧客が減るなどということはないだろうが、いろいろなかたちでツケは回ってくるだろう。

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黒田氏発言、米株上昇を誘発

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGD00003_Z00C21A3000000/

『週末に1兆9000億ドル規模の追加コロナウイルス対策に議会通過の見通しが立ち、8日のニューヨーク(NY)市場寄り付き前には10年債利回りが1.6%を再突破していた。米ダウ工業株30種平均の時間外取引でもマイナス圏で推移していた。

そこに著名投資家デビッド・テッパー氏がメディア経由で発言。「大きなリスクは除去された。今、株価に弱気にはなれない」と強気の見解を述べた。

その理由として、日本人機関投資家が米国債買いに走り、10年債利回りも現水準で安定方向に向かう可能性を指摘した。

特に「長期金利変動幅を大きく拡大することが必要とも思っていない」との黒田東彦日銀総裁による衆院財務金融委員会での発言を重視。日本の生保など機関投資家は、今後、米国債購入に動かざるを得ない。為替ヘッジコストも含め、彼らにとって非常に魅力あるイールド(利回り)になるからだ、と述べた。

このカリスマ発言は、ウォール街でも、ただちに話題になった。

テッパー氏の発言で株価が動いた事例は少なくない。

特に週明けで長期金利上昇により市場が方向感を模索中のタイミングでのカリスマ発言なので、格好の買い材料となった。ダウ工業株30種平均もマイナス圏からプラス圏に転換。その後、上昇して306ドル高で引けた。

日本人の視点では、米国のカリスマ投資家が週明けの日本市場をフォローしていることは興味深い。テレビの司会者が「ジャパン、ジャパン」と連呼するなかで、他の出演者が「ジャパン??」とキツネにつままれたごとき表情を示していたことも印象に残った。

なお、市場の中期的関心は次に控えるバイデン政権のインフラ・グリーンエネルギー関連「景気刺激策」に徐々にシフトしている。まだ、実質的に白紙に近い状態だが、1兆ドル規模の追加財政出動となる可能性もあり、ドル金利への影響も懸念される。民主党はコロナ救済案を単独強行採決したので、今回の景気刺激策は極力共和党と話し合いの姿勢を見せている。それゆえ時間はかかりそうだ。

仮に、さらに1兆ドル財政投入が追加された場合、それでもテッパー氏の予言どおり米10年金利が基本的に安定化の方向で収れんするのか。そのレベルは1.5%なのか、1.8%なのか。2%ともなれば、さすがに米連邦準備理事会(FRB)も動かざるを得まい。

そして、日本の機関投資家が荒れるドル金利の平定役となるのか。カリスマのご託宣が試される時期が来そうだ。

豊島逸夫(としま・いつお)
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
・ブルームバーグ情報提供社コードGLD(Toshima&Associates)
・ツイッター@jefftoshima
・業務窓口はitsuotoshima@nifty.com 』

みずほATM障害、デジタル口座移行が一因 見積もり甘く

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF0474W0U1A300C2000000/

『みずほ銀行は4日、2月28日に起きたATMの障害は「デジタル口座」への移行に関する作業量の見積もりの甘さが要因のひとつだったと明らかにした。定期預金などで1年以上にわたって記帳がない複数の口座をまとめ、データを段階的に移し替える計画を立てていた。今回の障害を受けて移行の延期を検討する。

【関連記事】
みずほATM障害、危うい月末処理 必然の「パンク」

みずほは1月18日以降に口座を開設した顧客から、通帳1冊につき1100円(税込み)の発行手数料を取り始めた。既存の預金者でも通帳への記帳が1年以上なければデジタル口座へ自動で移るため、対象となる顧客データに関連する作業が生じた。

障害が原因でATMから出せなくなっていたキャッシュカードや預金通帳(全5244件)のうち、3日までに約9割を利用客のもとに返却したことも明らかにした。2日時点では約8割にとどまっていた。
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分析・考察

大きな影響があったみずほATM障害の詳細が明らかになってきました。未だにわからないのが、バッチ処理の負荷により働いた自衛策がなぜATMでの通帳・キャッシュカードの飲み込みにつながったか、という点です。処理ができない場合は受け付けない、つまり読み込んですぐに排出する動作をするのが適切な処理だと思います。長年に渡るシステム統合を完了したみずほ銀行ですが、システム全体の整合性はとれているのか。利用者の不安を払拭する継続的な情報公開が求められます。

2021年3月5日 8:56』

〔みずほ銀行の歴史は、苦闘の歴史…。〕(その3)

 ※ 下記の記事は、「SE目線」で見た「みずほ銀行の統合プロジェクト」の実相だ…。

 ※ 非常に参考になるんで、キャプチャさせてもらった…。

みずほ銀行の統合プロジェクト終焉で人月バブル崩壊か?
2021年3月1日
https://ityarou.com/ithitokoto022/

〔みずほ銀行の歴史は、苦闘の歴史…。〕(その2)

CIOはどこにいる みずほ銀行システム統合における苦闘の19年とは【編集部オススメの書籍】
https://enterprisezine.jp/article/detail/13421

『「IT業界のサグラダファミリア」。そう揶揄されることもあった、みずほ銀行における「勘定系システム」の刷新と統合プロジェクト。2011年6月に開始されたプロジェクトは、2度に亘った延期の結果、2019年7月に完了しました。なぜ2度に亘る延期を行ったのか、そしてCIOを筆頭とした現場はどのようにプロジェクトを結実させたのか。みずほ銀行におけるシステム統合の19年を網羅した一冊を、今回は取り上げたいと思います。』

『苦闘の19年 新勘定系システム「MINORI」の開発
 今回紹介するのは、「みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史」という一冊。巨額の予算が投入された史上最大のITプロジェクトとして、記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。1980年代末から利用され続けていた勘定系システムは老朽化し、2002年4月と2011年3月に2度も大規模なシステム障害を起こしました。これを機会に2011年6月から本格的に開始された新勘定系システム「MINORI」の開発プロジェクトは、2度にわたる大幅なスケジュールの延期を決断しなければならないなど、苦難の連続でした。

CIOはどこにいる
 1992年12月22日、第一勧銀と富士銀、興銀の経営統合に伴って「みずほフィナンシャルグループ(みずほFG)」と改められ、同時に既存の情報システムの統合方針が明らかにされました。このとき、発表された構成メンバーにはCSOやCFO、CRO、CCOの名前はあるものの、CIOが記載されていませんでした。記者の「CIOは経営会議のメンバーではないのでしょうか」という質問に、当時の山本頭取は「ぬかりなくやる所存」と回答しています。

 「戦略的なIT活用」を掲げながらもCIOというポジションを設けておらず、本格的な勘定系システムの開発を経験したことのある担当役員は皆無だったのです。さらに、2002年4月までの間に三行の担当役員はすべて人事異動。体制面での大きな不備が統合当時から存在していました。

 そして、CIO不在のなかで2002年4月に最初の大規模システム障害を引き起こし、新システムへの刷新を試みるも2011年3月に2度目の大規模システム障害を引き起こして、金融庁から異例の業務改善命令が下されしまいます。

 では、なぜこのような最悪の事態を迎えたのか。本書では、そのさまざまな要因を解説するなかでCIOの責務についても言及しています。

 実はこのとき、みずほFGとみずほ銀行、みずほコーポレート銀行にはそれぞれ情報システム部門が存在し、CIOも会社ごとに別だったのです。つまり、システム障害が起きてもCIOをはじめとした情報システム部門同士で情報共有をすることができず、方針もバラバラの状態でした。

 これを反省し、2012年6月にみずほFGの安部グループCIOが、常務取締役に就任。さらに、みずほFGの取締役副社長とみずほ銀行の副頭取も兼務。1992年以来、取締役会のメンバーでなかったCIOが、ようやく経営トップに位置した立場でシステム刷新を推し進めることができるようになったのです。

 企業におけるCIOの重要性は、組織が大きくなるほど高まっていきます。本書では、「MINORI」の開発プロジェクトの成否に欠かせない存在として随所で描かれるため、CIOに対する認識を深める契機にもなることでしょう。

 このほかにも、情報システムは経年劣化しブラックボックス化してしまうことを、大規模システム障害とともに解説してあったり、システム部門以外との連携の重要性が説かれたりと、システムに関わるすべての方の知見が深まる内容となっています。

 みずほ銀行のシステム刷新の歴史は負の側面だけで描かれることも多いのですが、本書ではリアルな現場な声と細緻なレポートによって、第三者視点でしっかりと19年におよぶ歴史を紹介しています。

 CIOの活躍がますます期待される現在の日本において、本書は改めてCIOの役割とはなにかということを考えることができる一冊となっています。ぜひ、本書でCIOと情報システム部門の在り方を考えてみてはいかがでしょうか。』

〔みずほ銀行の歴史は、苦闘の歴史…。〕(その1)

みずほ銀行
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『設立の経緯
2002年(平成14年)、当時みずほホールディングス傘下であった第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行の分割・合併により、旧みずほ銀行(存続行は旧第一勧業銀行で、みずほ統合準備銀行を吸収合併)とみずほコーポレート銀行(存続行は旧富士銀で、旧興銀を吸収合併)が誕生した。第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行は、何れも20世紀の日本における超一流かつ最大級の銀行であった。

行名のみずほ(瑞穂)とは、「みずみずしい稲の穂」の意とされ、「瑞穂国」(葦原千五百秋瑞穂国)は、日本書紀に登場した日本の美称でもある。日本を代表する銀行を目指すとのことで、この商号とされた。』

・第一勧業銀行
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%8B%A7%E6%A5%AD%E9%8A%80%E8%A1%8C

『歴史
合併
1971年、第一銀行(国内資金量順位6位)とかつての特殊銀行だった日本勧業銀行(同8位、勧銀)が合併し、総資産では富士銀行を抜いて国内第一位の都市銀行として誕生した。都市銀行同士の合併は第二次世界大戦後初であった。この合併には神戸銀行が加わる計画もあったが、同行は離脱、翌々年に太陽銀行と合併し太陽神戸銀行が発足する運びとなる。

第一・勧銀はこの合併について「第一の店舗は東京圏中心で、融資先には重化学工業が多い。一方、勧銀の店舗は地方部にも分散しており、融資先には中小製造業及び流通・運輸・小売業が多い。このため補完効果が高いうえ、互いに中位行でかつ非財閥系であり、対等合併が可能である」とその意義を説明した。特に第一側には財閥系銀行との合併にアレルギーを示す人間が多く(詳細は後述)、勧銀が非財閥系であることは合併相手の選定において極めて重要な要素だった。

大蔵省は、「規模の利益を生かし、経営基盤の強化を図り、さらに国民経済の要請に応えることは、金融効率の趣旨にかなうもの」とこれを評価し、後進のみずほ銀行はホームページにおいて「国民各層と広範なお取引を頂き、真に国民的、中立的な銀行をつくり上げてきました」とし、非財閥系かつ全ての都道府県庁所在地に支店を置いた合併行の特徴を評している。[2]』

・富士銀行
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E9%8A%80%E8%A1%8C#:~:text=%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E9%8A%80%E8%A1%8C%20%EF%BC%88%E3%81%B5%E3%81%98%E3%81%8E%E3%82%93%E3%81%93%E3%81%86%E3%80%81%20%E8%8B%B1%E7%A7%B0%20%EF%BC%9A%20The%20Fuji%20Bank,%20Limited,%E5%AE%89%E7%94%B0%E8%B2%A1%E9%96%A5%20%E7%B3%BB%E3%81%AE%E5%AE%89%E7%94%B0%E9%8A%80%E8%A1%8C%E3%81%8C%E3%80%81%20%E8%B2%A1%E9%96%A5%E8%A7%A3%E4%BD%93%20%E7%AD%89%E3%82%92%E7%B5%8C%E3%81%A6%201948%E5%B9%B4%20%EF%BC%88%E6%98%AD%E5%92%8C23%E5%B9%B4%EF%BC%89%E3%81%AB%E5%95%86%E5%8F%B7%E5%A4%89%E6%9B%B4%E3%81%97%E3%81%9F%20%E9%83%BD%E5%B8%82%E9%8A%80%E8%A1%8C%20%E3%80%822

『歴史
戦前 – 安田銀行

旧富士銀行(安田銀行)横浜支店、1929年建築(横浜市認定歴史的建造物)

1864年、安田財閥の創始者・安田善次郎は江戸日本橋乗物町(現在の東京都中央区日本橋堀留町)に露天の乾物商兼両替商・安田屋を開業した。2年後の1866年には日本橋小舟町へ移り安田商店と改称。発足したばかりでまだ信用力のない明治新政府の不換紙幣や公債を率先して引き受け、その流通に積極的に協力。1870年に正金金札等価通用布告がなされると、これらを額面引き換えし更なる巨万の利益を得ることになる。

1876年、この強固な資本を基盤に川崎八右衛門と共に日本橋小舟町に第三国立銀行を開業。また1880年には、本体の安田商店を合本安田銀行に改組した。こうして資本金20万円、従業員31人、店鋪数3をもって銀行としての歴史が始まった。明治の日本にあって、安田銀行は鉄道・築港などの大規模公共事業に資金を提供し、政府や自治体からの信頼を厚くする。そして、当時の東京府東京市や大阪府大阪市の二府もその中に含まれ、その後の富士銀行の本金庫業務(指定金融機関)としての地位、「公金の安田」の名声を築いていくこととなる。

時代が大正に移ると、第一次世界大戦や関東大震災、それに続く不況によって社会情勢は不安定化。資金力・信用力が脆弱な中小の銀行は経営難に陥ったが、安田銀行はこれを援助し、時には吸収・合併を行い預金者の救済にあたった。こうして親密となった11行が1923年に大合同して新:安田銀行となる。資本金1億5000万円、預金5億4200万円、貸出金5億2100万円、店鋪数211、従業員数3,700人などいずれの分野においても国内首位となり、この座は1971年の第一勧業銀行誕生まで不動であった。

初代安田銀行末期の店舗網は栃木県から東北方向に伸びていた。

統合参加10行の概要
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第三銀行
詳細は「第三国立銀行」を参照
同行は、大阪で国立銀行免許を安田が譲り受けて設立。安田系の大合同に参加したなかで、2番目の規模ではあったが、初代安田銀行との店舗の重複は東京(小舟町本店)と横浜の2店舗であり、その他は大阪、山陰地方などに店舗を有していた。

明治商業銀行
同行はもともと安田と加賀前田家によって設立。安田系銀行として安田、第三に次ぐ規模の銀行であった。本店は東京八重洲に置き東京府内を中心に群馬県数ヶ所と石川県金沢市、長野県松本市に計22店舗を有していた。

根室銀行
1898年に北海道根室町に柳田藤吉が設立(設立時より安田善次郎が顧問就任)した。翌年の増資に際し安田が引き受けることになった。道内(道央・道南を除く)各地に全19店舗を置いていた。営業店として現存するのは、みずほ銀行釧路支店、帯広支店(当時の支店建物は十勝信用組合本店として利用されている)。 なお、昭和中期に日本勧業銀行帯広支店の営業権を富士銀行が引き受けた。みずほ帯広支店は旧日本勧業銀行帯広支店の場所にある。

神奈川銀行
現在の横浜市神奈川区に本店を置き明治恐慌や大戦後不況などで不調となったのち全支店廃止し、本店内に第三銀行神奈川支店が設けられ有価証券も第三銀行に譲渡された。安田系となった銀行としては参加11行の中でもっとも遅い。営業店としては現在のみずほ銀行横浜駅前支店。現存する第二地銀の同名の銀行とは無関係である。

信濃銀行
小坂善之助ら8名により私立銀行として設立したが1905年末に生糸価格の暴落もあり苦境に陥り1908年に安田の手により救済された。店舗は長野県中心に18店舗有していた。営業店としては現在のみずほ銀行長野支店。1928年(昭和3年)に設立された信濃銀行とは歴史的に全くの別銀行である。

京都銀行
1894年に開業するも7年後の1901年の恐慌により経営は悪化。安田の手により救済された。現存する同名の銀行とは無関係である。店舗は京都府、福井県に6店舗を有していた。営業店としては現在のみずほ銀行京都支店。

百三十銀行
1878年に松本重太郎が大阪市東区(現在の中央区)高麗橋に資本金25万円で第百三十国立銀行として設立した。旧徳島藩士の小室信夫と組んで、宮津や福知山の旧藩士を説き、金禄公債を資本金として出資させるのに成功した。初代頭取には、小室の父佐喜蔵が、取締役には渋谷、稲田、松本誠直が就任し、重太郎は取締役兼支配人となった。1880年には重太郎が頭取に就任した。こうして1896年には、貸出額は住友銀行をしのぎ、在阪銀行のトップの座を占めた。1898年、国立銀行の満期解散にともない、同行は普通銀行に転換し、百三十銀行と改称。同行は百三十六銀行、大阪興業銀行、小西銀行、西陣銀行、福知山銀行、八十七銀行を合併し、1902年末には資本金325万円、大阪・京都・滋賀(末期には撤退)・福井・福岡に15店舗をもつ大銀行となったがその後の1904年(明治37年)に休業・破綻により安田が救済しそれ以降安田系の銀行となる。安田銀行への大合同直前には前記の地域に加え、朝鮮半島にも4店舗所を含む27店舗を有していた。営業店としては現在のみずほ銀行大阪支店ほか。

日本商業銀行
1895年に開業。翌年には福岡県門司町と北海道小樽町に進出。さらには営業満期となった第百三国立銀行を吸収合併。現在の神戸市兵庫区に本店を置き店舗は兵庫県内はもとより、山口県、福岡県、長崎県長崎市、北海道小樽市に全13店舗を有していた。本店は営業店としては現在のみずほ銀行神戸支店。

二十二銀行
詳細は「二十二銀行」を参照
1876年の国立銀行条例改正と共の有志により第二十二国立銀行を設立。その後1897年に二十二銀行と改称。当時の地方銀行としては屈指の規模を誇るが1901年に苦境に陥り安田の手に委ねられた。岡山市に本店を置き、店舗網は岡山県を中心に香川、広島県内に全23店舗を有していた。営業店としては現在のみずほ銀行岡山支店ほか4店舗。

肥後銀行
前身は第六国立銀行。現在の同名の銀行とは異なる。1877年に福島市で開業した後、1892年に本店を東京に移すものの最終的には熊本市に移転していた。そのなかで大阪支店の廃止や第九銀行の吸収合併などを行った。統合直前には熊本県を中心に全19店舗を有していた。営業店としては現在のみずほ銀行熊本支店。

戦後 – 富士銀行

旧:富士銀行鳥取支店(1951年~1968年撤退・完全廃止まで使用 建物としては島根銀行鳥取支店)
終戦後の財閥解体によって安田銀行は安田家と決別する意思のもとに、1948年(昭和23年)、富士銀行と改称。「富士」という新商号は、日本最高峰である富士山にちなんでおり、「国民[注 2]」「共立」「日本商業[注 3]」「富士[注 4]」などの中から京浜地区の行員によるアンケートの結果選ばれたものである。戦前からの強みであった公金取り扱いに加えて、芙蓉グループの結成により一大企業系列の中核となった。

個人向け業務の分野でも「みなさまの富士銀行」をキャッチコピーに掲げ、創業80周年を迎える1960年には「カラコロ富士へ」(=下駄履きで気軽に入れる銀行)を新たに採用。法人・個人の双方に強い名門都銀として、また東京都及び特別区との強いつながりから「東京の地銀」として長らく歩んだ。

こうして紛れもない上位行として君臨するが、1970年代以降は第一勧業銀行が発足して長年君臨していた預金量業界トップの座を奪われるなど、その地位は徐々に低下していた。このため、1970年代後半には同じく都銀上位行であった三和銀行との合併を画策し、業界トップの座の奪回を狙っていた。東京本店の富士銀行と大阪本店の三和銀行は店舗網のバランスでも補完性が非常に高く、経営状態、総資産も両行ほぼ同じで事実上の非財閥銀行同士であり、吸収されるリスクも皆無であったため互いに合併のメリットが大きかった。更に三和銀行系の多くの企業が富士銀行を準主力行、もしくは三和銀行と並ぶ主力行にしていた[注 5] ため、合併交渉も順調に進み三和とは合意寸前にまで達したが、金融業界全体が護送船団方式にどっぷりつかっていた当時では「巨大銀行の誕生は預金の寡占につながり、銀行業界にとって好ましくない」という理由で大蔵省からの認可が下りなかったため、この合併はご破算となってしまった。

1980年代に入ると、住友銀行が積極的な営業を展開する中、平和相互銀行を吸収合併。首都圏攻勢の足場を築き、バブル期に突入するとより一層営業に力を入れた。焦る富士は対抗して営業部隊を投入、白兵戦を繰り広げ「FS戦争」(両社の頭文字から。「富士住友戦争」とも言う)と呼ばれる熾烈な貸出競争を繰り広げ、1988年10月、住宅を担保にどんな使途でも自由に使えるカードローンである「住活ローン」の取り扱いを拡大し、翌年9月には「絵画担保ローン」も導入[4]。バブル景気に踊った。また富士は、元々は三和銀行と繋がりの深かった大阪に本店を置く有力な信用組合であった大阪府民信用組合の経営に深く関与するようになり、富士から府民信組に対する紹介預金の過半がイトマン事件で逮捕された許永中や伊藤寿永光の関連企業に流れていたことが発覚した[5]。さらに当時の府民信組理事長が画策していた大阪南部を基盤としていた河内信用組合と府民信組の合併が実現した際には、府民信組理事長は余剰となった店舗を富士に譲り渡すとの内諾を富士の関西駐在役員と交わしていた[6]。』

バブル崩壊 – 統合

1990年代、不良債権問題・金融システム不安の拡大と並行して、富士銀行の経営は悪化の一途を辿る。金融ビッグバンの流れに乗って1994年に富士証券(現:みずほ証券)・1996年に富士信託銀行(現:みずほ信託銀行)を設立するなど業績改善を図ったが、いずれも収益の柱となるには至らなかった。また、前年に日本興業銀行に合併の打診をしたが、破談になった。しかし、これが第一勧銀・興銀との統合へとつながったことは否めない。

1997年11月には山一證券が自主廃業、親密だった富士は「山一を支援するだけの余力がなかった」と市場からみなされ、株価が暴落する事態になった。同年6月に1,860円だった富士銀行株は、翌1998年(平成10年)10月には252円まで値下がりしている。国内50拠点を統廃合、海外拠点をほぼ半減し、1998年(平成10年)から2000年(平成12年)にかけて行員1,700名のリストラを余儀なくされた。金融早期健全化法に基づく公的資金注入は、都銀の中でも最大規模の1兆円に達した[7]。

1999年には系列の安田信託銀行(現:みずほ信託銀行)が経営危機に陥り、第三者割当増資を引き受け救済子会社化するが、もはや富士独力での再建は不可能だった。ここで浮上したのが第一勧業銀行との連携であった。2行の傘下にあった富士信託銀行と第一勧業信託銀行を合併し、第一勧業富士信託銀行とした上で、安田信託の中でも比較的高収益だった法人・年金部門を分割譲渡。こうした経緯から第一勧銀との関係が生まれ、みずほFG発足へとつながっていった。この連携の素地には1969年にクレジットカード業務を行うために設立した合弁会社であるユニオンクレジットの成功による両行の信頼関係が存在していた。また、1960年代後半に地方店舗整理の際日本勧業銀行と一部店舗を交換(相手行店舗と統合)した。

ニューヨーク事業所の罹災

合併統合を目前にした2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件で、ハイジャックされたユナイテッド航空175便が世界貿易センタービル南棟78-84階に衝突した。ニューヨーク支店および現地法人等は南棟79-82階に入居し、現地採用を含め約700人ほどが勤務に従事していた。このうち支店長のほか、米州営業部長、米州営業管理部長、みずほキャピタルマーケッツ社長など12名が犠牲となった[8][9]。事件の翌年12月に犠牲となった1行員の妻がこれについて綴ったエッセイを上梓し[10]、2004年9月11日には2時間ドラマ「9・11 NYテロ真実の物語」としてフジテレビ系のプレミアムステージ枠にて実写化・放映された。

2005年9月11日、みずほFG本部前(事件発生当時の富士銀行本店)に追悼の慰霊碑が設置された。ニューヨーク市消防局から寄贈されたもので、犠牲者の名が刻まれている。みずほFGが本社を置く大手町タワーが完成後には慰霊碑もタワーと同区画内に設けられた緑地である「大手町の森」の中に移設され、毎年9月11日には献花台が設置される。

テロについての詳細はユナイテッド航空175便テロ事件参照

みずほ銀行発足へ
2002年4月1日に、第一勧業銀行に「カスタマー・コンシューマー銀行業務に関する諸営業」を承継させ、また同行から「コーポレート銀行業務に関する諸営業」を承継し、並びに日本興業銀行を合併。みずほコーポレート銀行と改称した。2002年から2013年までの富士銀行の法定手続上の承継会社はみずほコーポレート銀行であった[注 6]。2013年7月1日にみずほコーポレート銀行がみずほ銀行を吸収合併。行名をみずほ銀行に改めた。

甘い運用、顧客にしわ寄せ みずほATM障害

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF011H70R00C21A3000000/

『みずほ銀行で2月28日に起きた障害は、ATMに入れたキャッシュカードや通帳が戻らないという異例の不具合で利用者の不安を広げた。想定の甘さからシステムの自衛機能が裏目に出た形で、顧客を長時間、店舗に足止めするなど事後対応のまずさが浮き彫りになった。早急に再発防止策を講じなければ信頼回復は難しい。

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今回の障害とその後のトラブルは複数の原因が重なって起きた。1つ目はそもそもの想定の甘さだ。定期預金は満期…

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定期預金は満期を月末に設定している預金者が多く、月末の処理件数が増えることが多いのにこの認識が薄かった。

みずほ銀行は1日の記者会見で、障害の直接の理由について、定期預金のデータ移行時に使うメモリーの容量不足だったと説明した。臨時と通常の処理件数の合計が、準備していたメモリーの容量を超えたためにパンクしたという。27日は合計60万件で問題は起きなかったが、28日に同70万件に増えた途端に容量を超えたとしている。

記者会見した片野健・常務執行役員もデータ移行自体は「それほど難易度の高い作業ではない」と説明しており、そもそもの認識の甘さが障害を招いた形だ。

2つめはシステム設定での誤算だ。トラブルの発生を受けて防衛機能が設計通りに働いたものの、システムを守ることを過剰に優先する設定にしていたため顧客に迷惑をかけてしまった。

みずほは会見で定期預金データの移行作業で障害がおきたと説明したが、なぜこれがATMにキャッシュカードや通帳が吸い込まれることになるのかはわかりにくい。

2019年に稼働させた新システム「MINORI」は基幹システム(ハブ)に、預金や融資などの個別業務(スポーク)をつかさどるシステムが連なる構成だ。どこかに問題が発生すると「すべての取引が止まらないよう、その他の取引の間口を閉じていく」(藤原弘治頭取)機能がある。過去に大規模な障害を起こしたみずほがトラブルを最小化するために埋め込んだ設計という。

今回は定期預金のシステムが障害を検知し、本体システムへのダメージを避けるためにATMの利用を制限した。もともとATMには不正利用を防ぐためにカードをATM内にとどめておく機能もある。一つ一つの機能は誤作動ではないが、全体としては大前提である「顧客に迷惑をかけない運用」(藤原頭取)に反する形になった。

最大の問題はトラブルがおきた後の対応のまずさだ。28日にはキャッシュカードをATMから取り出せず、多くの預金者が店舗内に長時間とどまらざるを得なくなった。週末で店舗などに行員がおらず、4時間以上待たされた利用者もいた。

みずほはこういう場合に備える対応マニュアルを用意してはいた。しかしカードや通帳を取り出せなかった人が累計5244件まで膨らみ、対応が追いつかなかった。

富士、第一勧業、日本興業の3行が統合したみずほ銀は長く、バラバラのシステムをつなぎ合わせて使ってきた。この3行とそれぞれのシステムを手掛けてきたベンダーの利害を優先した複雑なシステムになっていたとされ、結果的に新会社の発足当初から大規模な障害を引き起こした。

こうした反省を踏まえ、みずほは4000億円以上を投じて統合システムを刷新した。今回はシステムがバラバラという問題を解消した上で障害が起こった点が、過去の障害とは異なる。

今のシステムもメインフレームと呼ぶ基幹部分を日本IBM、預金などを富士通、融資や外国為替業務を日立製作所、全銀システムとの接続はNTTデータと、大手システムベンダーが分担している。しかし藤原頭取は「すべてはみずほ銀行、みずほグループの責任だ」と強調した。システム自体ではなく、それを運用する側に問題があったとの認識を示した。

ネットが社会に広く浸透する中、システム停止などのトラブルは今やどの業界でも起こりうる。問題が大きくならないよう日々の運用を磨くとともに、発生したときに備える姿勢がカギになる。

リスク管理に詳しい白井真弁護士は「銀行は社会的インフラであり、高いレベルのリスク管理が求められる」と指摘する。「2重3重のセーフティーネットを設けておく必要がある」と話す。

国立情報学研究所の佐藤一郎教授は「自動車では故障が起きた時に自動でブレーキをかけるなど事故が起きないようにする仕組みがある」とし、金融でも「利用者に迷惑がかからないようにすることが大事だ」と話す。

金融庁幹部は「なぜ、みずほだけこれほど『定例的』に障害が起きるのか。よくよく原因を分析する必要がある」と話す。銀行法に基づく報告徴求命令を出し、詳細な原因究明と再発防止の徹底を求める方針だ。

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分析・考察 巨費を投じて新システムをつくったのに障害が起きる状況を見るにつけ、それを動かす人の知恵がやはり大切なのだと思い知らされます。今回のみずほのケースでは、良かれと思って用意したシステム上の仕組みが結果的に混乱を増幅してしまいました。機械が矛盾に気づくわけはなく、本来なら人の手による素早いコントロールが必要でした。AIなどの最新技術を使った商品やサービスがあらゆる産業に広がりつつあります。みずほの障害から導かれる教訓は広く通じるのではないでしょうか。
2021年3月2日 8:16 (2021年3月2日 8:48更新)
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