盛り土「産業廃棄物を捨てた」元社員が証言

盛り土「産業廃棄物を捨てた」元社員が証言…業者の開発工事場所で過去にも“土砂崩れ”
https://news.yahoo.co.jp/articles/8d592f6051a67324738eb92a8964202d2de91036

『静岡・熱海市で発生した土石流。崩落した現場の盛り土をしていた不動産管理会社の元社員が取材に応じ、「建物を解体した産業廃棄物をあそこに捨てていた」と証言しました。

■土石流発生から1週間…いまだ20人の安否わからず

時折、捜索活動をはばむ大粒の雨。胸のあたりまで泥だらけになっていた救助隊員も。

熱海市での大規模な土石流発生から1週間。新たにトオヤマユウジさんの死亡が発表されました。懸命な捜索活動が続くも、いまだ20人の安否がわかっていません。

また、これまでに死亡が確認された9人のうち、田中路子さん(70)の身元が判明しました。路子さんを知る人は……

松本早人さん「自分が子供の時から塾やったり文房具屋やったりしてたもんで、自分もそこに何度もお邪魔したり。つい最近も家の前通ったりするときも『元気?』『気をつけて出かけてきてね』そんな会話もしてたんで。本当に生きていてもらいたかったんですけどね」

連日、路子さんを捜すため現場を訪れていた夫の田中公一さん。地元の消防団によると、妻の死を確認したあと公一さんは、「お世話さんでした。これからも救助活動頑張って」と言葉をかけてくれたといいます。

■盛り土に“産業廃棄物を捨てた”元社員が証言

甚大な被害をもたらした土石流。

静岡県・難波副知事「天災・天候要因に人の行為の適切でないことが加わって、大災害を起こしてしまったと」

土石流のほとんどが、人工的に積まれた盛り土だったことがわかっています。

その盛り土をした不動産管理会社で当時社員だった男性が、日本テレビの取材の応じ、盛り土がつくられた経緯について語りました。

元社員「(周辺一帯を)宅地分譲しようというのが当初の計画だった。許可通りにひな壇にして、それを分割して売ると。ひな壇にするには一か所は削らないといけないと。削った土を、当初は谷に捨てていた。(そこが)今回崩落した場所」

崩落した盛り土に土砂が搬入されてから1年半後の2010年に撮影された映像では、分譲地にするためでしょうか、盛り土が6段ほどの階段状になっているように見えます。

元社員は、この盛り土の中に解体工事で出た産業廃棄物が含まれていたと話します。

元社員「プラスチックの破片とか木くず、タイヤ、うわさによるとトラックも埋めてあると。そういうものが露出していました。これはひどいなと、それは思いましたよ。これが下まで崩れたら大変な問題だと感じました」

自身も責任を感じているという元社員。

元社員「今回犠牲になった方に(会社の代表が)素直に出てきて謝罪することが一番大事なことじゃないですか」

■過去にもたびたび“トラブル”

この業者をめぐっては、過去、たびたび“トラブル”がありました。

盛り土をした不動産管理会社は、過去、熱海市内の他の場所でも開発工事を行っていましたが、2012年、その土地で土砂崩れが発生。周辺住民は、崩落の前から身の危険を感じていたといいます。

熱海市『宝泉寺』住職「これよりも2年くらい前(2010年)から大雨が降るたびに土砂は流れてきてたので、(大雨のたびに)気をつけてました。同じ熱海の中で今回それ以上の大きな災害になった。本当に憤りを感じます」

■「定時に食事とれない時も」消防や自衛隊員らに支援も

時には大雨、時には蒸し暑さの中で続けられる捜索。それを支援する動きもあります。消防や自衛隊員らにむけ、食料が届いていました。

自衛隊員「ありがたい限りです。正直、隊員たちも一生懸命頑張っておりますし、時には定時に食事がとれない時もあります。がんばります」

10日(土)も午後から再び雨となる予報の熱海市で、午前6時から捜索が再開されます。

7月9日『news zero』より。

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熱海土石流、盛り土工事に是正命令なく

熱海土石流、盛り土工事に是正命令なく 住民に疑問の声
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE082MO0Y1A700C2000000/

『静岡県熱海市の土石流を巡り、事業者による不適切な「盛り土」造成が問題化する中、行政側の対応にも住民から疑問の声が上がっている。県や市は造成に関わった事業者を少なくとも5回指導していたが、工事完了までに、より強く是正を求める命令は出していなかった。一連の経緯について行政の検証が求められる。

【関連記事】盛り土に排水設備置かず 人的要因重なり土石流か

「なぜこんな危険な場所に造成されたのか明らかにしてほしい」。被災者の避難所となった熱海市のホテルに身を寄せる40代女性は8日、厳しい表情で語った。

県によると、土石流の起点周辺の土地を神奈川県小田原市の不動産会社(清算)が取得したのは2006年9月。同社は07年3月、約0.9ヘクタールに約3万6千立方メートルの建設残土を使って盛り土を造成するという内容を熱海市に届け出た。県の土採取等規制条例では、1ヘクタール未満の土砂の盛り土や掘削の規制権限は市にあった。

しかし市からの連絡を受けた県が07年4月に現地調査したところ、盛り土の面積が条例で規定する1ヘクタールを超えていたことが判明。開発の中止と森林の復旧を文書で指導したところ、盛り土の面積を減らしたことを08年8月に確認した。09年にも防災措置と盛り土の面積の計算について、市による指導があったという。

【関連記事】熱海土石流、崩壊土砂量の大半が「盛り土」

10年8月には土砂への産業廃棄物の混入が発覚し、県が撤去するよう指導。さらに土砂中に木くずの混入も確認され、市は同9月に工事中止を求めた。だが同社が従わなかったため、翌10月に土砂搬入の中止を指導したところ、同社は土地を11年2月に土地を売却。抜本的な対策は取られないままだった。

県条例には、盛られた土砂の崩壊や流出によって災害が発生する恐れがある場合、防止措置を取るよう事業者に命令できる規定がある。指導に従わなくても罰則はないが、命令に違反した場合は20万円以下の罰金が科される。しかし現場で造成が進められた07~10年の間に命令は出されなかった。

行政側は複数回、現地の状況を確認していた。難波喬司副知事はこれまでの記者会見で「現場は人目につきにくく、簡単には行けない」と説明。「行政の責任が問われる可能性があるかと思う」とも述べた。

一方、同条例は、造成後に災害防止対策が必要と判断された場合は工事完了日から2年間、同様に防止措置を取るよう事業者へ命令できると定めている。造成を終えた後の行政指導や命令の有無について、県は「確認中」としている。

県の推定によると、現場には届け出の約1.5倍にあたる約5万4千立方メートルの盛り土があり、大半が崩落したとみられる。下流域の被害を甚大化させた大きな要因とみられているほか、土石流の起点となった可能性も指摘されている。

県や市は、なぜ行政が業者側に防止措置をとるよう命令を出さなかったのかや、造成の経緯について確認を進めている。

近畿大の河井克之教授(地盤工学)は「造成現場を行政側が頻繁に監視するのはマンパワーや専門知識が十分でなく容易ではない。事業許可を出すかどうかという計画段階で厳しくチェックし、不適切な施工を規制するのが有効だ」と話した。』

「盛り土リスク」浮き彫り 監視の目届かず、対策急務

「盛り土リスク」浮き彫り 監視の目届かず、対策急務
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE06B3S0W1A700C2000000/

『静岡県熱海市で発生した土石流は起点周辺の「盛り土」が被害を甚大化したとされ、山中に運ばれた土砂の災害リスクを浮き彫りにした。現場のように使用目的が不明確な盛り土は規制の網がかかりにくく、監視の目は行き届いていない。危険性の高いエリアの対策は急務だ。

「繰り返し不適切な行為があった」。静岡県の難波喬司副知事は7日午後、熱海市伊豆山地区で起きた土石流の起点周辺にあった盛り土の造成経緯に言及した。

土石流の起点となったかどうかははっきりしないものの、被害を大きくした要因とされる盛り土。伊豆山地区に住んでいた60代男性は「土砂を積んだとみられる大きなトラックが崩落現場周辺へ向かうのを何度も見た。大雨が降れば崩れるのではと不安だった」と話す。

一方、別の地元男性(63)は「上流に盛り土があるとは知らず、周辺は安全だと思っていた。土砂崩れのリスクがあると知っていたら、近所にも早めの避難を呼び掛けられたはずだ」と悔やむ。

盛り土を巡る規制は目的や規模によって分かれる。宅地開発のための盛り土には宅地造成等規制法が適用される。事業者は都道府県などへの許可申請が必要なほか、工法なども細かく規定され、土砂崩れを防ぐ措置も必要となる。

産廃の埋設については、許可された処分場以外での埋設を廃棄物処理法が禁止。処分場は崩落対策もなされるが、現場は同法に基づく許可申請などが出ていなかった。

宅地開発や産廃処理を除く目的で造成する場合の規制は、各自治体が条例に基づいて進める。難波副知事は記者会見で「条例では(不適切な施工を是正する)勧告や命令などは出せるが(他の法律と異なり)強制的な措置が取れない」と述べた。

盛り土に使われることが多い建設残土は再利用が可能なことから「私有財産」とみなされ、法律だけでなく条例の規制すらかからないケースも少なくない。

盛り土は国土交通省が把握する大規模造成地だけでも全国に約5万1千カ所。規制の網から漏れている小規模な盛り土は各地に点在しているとみられる。

北関東の自治体は「盛り土の点検は大規模なものに限って実施してきた」と話し、別の自治体も「小規模な工事が適正かどうかを調べるには少ない人員では難しい」と漏らす。

赤羽一嘉国交相は6日の記者会見で「関係省庁と全国の盛り土の総点検をする方向で考えないといけない」と述べたが、実施する上で課題となるのが点検の実効性だ。

大阪市立大の山田優名誉教授(土木工学)は今回の土石流の発生について「盛り土部分の強度や崩落対策に加え、行政のチェックが機能していたかどうかの検証が必要だ」と指摘する。

その上で「各地の盛り土についても国が主導する形で大雨時の災害リスクが高い地域を最優先で調べた上、リスクを住民に速やかに周知しなければならない」と強調している。』

〔麦島善光〕

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%A6%E5%B3%B6%E5%96%84%E5%85%89

『概要

実業家

1958年、22歳で麦島建設を設立。1972年、ユニホーを設立。2004年、ZENホールディングスを設立[1]。株式会社ZENホールディングス代表取締役会長兼社長、株式会社ユニホー代表取締役会長、株式会社ツノダ取締役、前麦島建設代表取締役会長。

学校法人理事長

学校法人理知の杜

長野県松本市の創造学園高等学校を経営する学校法人創造学園理事長に就任。2018年4月、学校法人創造学園を学校法人理知の杜に名称変更し、創造学園高等学校を松本国際高等学校に校名変更し、JR篠ノ井線村井駅前に新校舎を建築し移転[2]。同年10月、愛知県岡崎市に岡崎日本語学校を開校[3]。2021年4月には理知の杜ビジネス専門学校を岡崎市に開校[4]、松本国際高等学校に松本国際中学校を併設開校[5]。

学校法人明浄学院

2019年12月の学校法人明浄学院の理事会で1月11日付で麦島を理事長にすると決議された。だが学校法人としては1月13日の理事会で明浄学院高等学校校長である奥田貴美子を理事長に選任して就任したと異なった発表がされた。これに対して麦島は内規に反し無効であるとの訴えを起こす。大阪地方裁判所は3月6日、新理事長ら7人の職務を停止する仮処分を決定した[6]。8月20日、明浄学院高等学校は学校法人明浄学院から分離する形で、学校法人藍野大学が経営することとなり、大阪観光大学のみが残る学校法人明浄学院の理事長には今後、麦島が就任することが決定した[7]。』

太陽光発電、立地規制も 検討熱海土石流で 小泉環境相

太陽光発電、立地規制も検討
熱海土石流で小泉環境相
https://nordot.app/784993578694410240?c=302675738515047521

『小泉進次郎環境相は6日の記者会見で、山林開発などで災害を招く恐れのある太陽光発電所の立地規制を検討する考えを示した。静岡県熱海市の大規模土石流の起点付近には太陽光パネルが設置されている。県調査で因果関係は確認されていないが「急傾斜地への設置を懸念する地域もあり、ここに建てるべきではないという対応も必要ならやるべきだ」と述べた。

 改正地球温暖化対策推進法は、国が自治体に対し再生可能エネルギー発電所整備の「促進区域」を設けるよう促す。促進区域の設定に関し、小泉氏は「国民の不安払拭が必要だ」と指摘し、何らかの規制が必要かどうか省内で議論を始めたと説明した。』

「やや強い雨」蓄積、熱海土石流の原因か

「やや強い雨」蓄積、熱海土石流の原因か
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE0414M0U1A700C2000000/

『静岡県熱海市では土石流発生までの3日間、「やや強い雨」が断続的に降り続いた。長引く降雨が蓄積され、地盤の緩みにつながった可能性が高いが、自治体や住民の危機意識が高まることはなかった。全国には土砂災害警戒区域が約66万カ所ある。5日にかけて日本海側中心に大雨となる可能性があり、強い警戒が求められる。』

『山口大の山本晴彦教授(環境防災学)は熱海に降った雨について「短時間に激しい雨が降るのではなく、ダラダラと長く降った点が特徴。今回のような降り方は避難の判断が難しい」と語る。市は土石流発生前に避難指示を出しておらず、斉藤栄市長は3日「(発生前の)2日の段階で降水量がピークを越えると見込んでいた」と釈明した。

梅雨前線の影響で熱海市では1~3日にかけて雨脚が強まった。だが2日までの降水量は1時間あたり10ミリ以上20ミリ未満にとどまり、気象庁が警戒を呼びかける際に使う雨の表現で最も低い「やや強い雨」に分類される状況が続いた。

土石流が起きた3日午前10時には1時間あたり27ミリに上昇したが、より強い「激しい雨」(30ミリ以上50ミリ未満)や最も警戒度が高い「猛烈な雨」(80ミリ以上)には達しなかった。

近年大規模災害をもたらす集中豪雨は、同じ地域に大雨が降り続く「線状降水帯」が原因となることが多い。2020年7月豪雨では熊本県球磨村で1時間あたり30~70ミリ超の雨が観測され「滝のような雨」が降った。だが京都大防災研究所の矢守克也教授(防災心理学)は「災害に至る雨の降り方は多様で集中豪雨だけではない」と指摘する。

土石流が起きた地域は斜面の開発が進み、住宅や別荘が立ち並ぶ一方で、周辺の土地は火山灰や溶岩で構成され、水を含みやすく崩れやすいとされてきた。土砂災害警戒区域に指定されており、市はハザードマップなどで危険を周知していた。

気象庁によると、5日以降も日本列島に前線が停滞し、日本海側を中心に大雨となる可能性がある。矢守教授は、災害リスクのある地域では「降り始めからの雨量を確認するなどの備えが大切だ」と話している。』

熱海土石流は森林伐採し設置したソーラーパネルが原因か?

remmikkiのブログ : 熱海土石流は森林伐採し設置したソーラーパネルが原因か?
http://blog.livedoor.jp/remmikki/archives/5806967.html

『静岡県熱海市の伊豆山地区で3日に発生した土石流はすさまじいものだ。
この土石流が上流に設置した太陽光パネル、メガソーラー造成によるものだという指摘がされている。
ところがNHKはそのメガソーラーの画像を隠して放映しているというではないか。』

『このなんとも解せないダブルスタンダードとも言える行為は

・「地域住民の安全を第一に考える」
・「メガソーラー事業とその事業者の利益を優先する」

という二者択一で後者を選んだのです。

そしてこの事業を請け負ったのが韓国系企業である以下の会社です。
・ハンファエナジージャパン
・SUNホールディングス

「ハンファエナジージャパン」は伊豆メガソーラーパーク合同会社(代表社員 ハンファエナジージャパン)として、伊豆高原に大規模太陽光発電施設を建設する計画を打ち出しました。

またハンファエナジージャパンと同じ伊豆高原の山で違法な森林伐採や、稼働しているメガソーラーパネルの飛散事故などが問題となったのがSUN-K合同会社(SUNホールディングス)です。

韓国系企業のメガソーラー計画は許可し、日本企業が計画する函南町のメガソーラーについては反対していました。

川勝平太県知事は静岡県民や日本の国益を考えている政治家なのか?と疑いたくなりますね。

長文です、以下上記サイトへ。

韓国の悪徳企業「伊豆メガソーラーパーク合同会社」の朴聖龍代表
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韓国の悪徳企業「伊豆メガソーラーパーク合同会社」(代表:朴聖龍=パク・ソンヨン)が静岡県伊豆の伊東市で東京ドーム10個分の森林を伐採し、大規模太陽光発電所「メガソーラー」の建設を計画!

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正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現

大雨の影響で山間部で土石流が発生し、市街地(写真左奥)の家屋などが広範囲に被害を受けた=2021年7月3日午後5時23分、静岡県熱海市、朝日新聞社ヘリから、池田良撮影

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熱海市の土砂崩れ現場、オレンジ色の建物(酒屋)を目印に上流を見たらやっぱ森切り開いてメガソーラー造ってたわ pic.twitter.com/tAT6KOFbsV
— ラインボーテ (@lrt_kyuu) July 3, 2021

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即刻、韓国企業による伊豆高原の森林伐採(メガソーラー設置)をやめさせ、今後は太陽光発電のための森林伐採を禁止にすべき!』

盛り土崩れ大規模化か 発生源付近、県検証へ

盛り土崩れ大規模化か 発生源付近、県検証へ
https://www.chunichi.co.jp/article/284887

『静岡県は四日、熱海市伊豆山地区で発生した土石流災害について、土石流の発生源付近に置かれていた盛り土が崩れて大規模化したとの見方を示した。盛り土は開発行為によるものとみられ、土石流の推定総量約十万立方メートルの半分がこの盛り土だったとみている。県は土石流発生の原因は特定していないが、川勝平太知事は同日の臨時会見で「(盛り土の)目的や工法を検証する決意だ」と述べた。

 土石流の概要も判明。海岸から約二キロにある逢初川最上流部の地点(標高約三九〇メートル)から流下した。被災した市街地の範囲は約一キロ、最大幅約百二十メートルにわたり、流された建物は少なくとも約百三十棟に上る。

 県によると、盛り土は東西約六十メートル、南北約二百メートルで、最大十五メートルほどの高さで盛られていた。約十年前の国の測量データを基にした分析で、伊豆山地区の急斜面約一ヘクタールに約五・四万立方メートルあったとみている。県は盛り土を置いた者や、業者の許認可手続きについて現時点で把握していない。

 盛り土がされる前は一帯の地形は谷型で、水の通り道になっていた。断続的に降った雨が染み込み、盛り土が崩れやすくなっていた可能性が高いという。

 盛り土は一部を残し、ほとんどが崩落。土砂が下るにつれて勢いを増し、被害を甚大化したと推定している。

 川勝知事は、盛り土の数百メートル西にある大規模太陽光発電所(メガソーラー)にも言及。四日午後のオンラインでの全国知事会で「(土石流は)長期間の大雨が直接の要因で、(メガソーラーの)開発行為との因果関係は不明確だが検証の必要がある」と発言した。会議後、報道陣に「(これらの開発行為が)土砂災害につながる恐れもある。防災の専門家の意見を踏まえ、国を挙げて対応強化に取り組むべきだ」と述べた。 (牧野新)』

【詳報】処理水 海洋放出の方針

【詳報】処理水 海洋放出の方針 理解はどこまで…?風評対策は?
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210413/k10012971481000.html

『東京電力福島第一原子力発電所の事故の発生から10年以上がたった今も増え続けるトリチウムなど放射性物質を含む処理水。その処分方法について政府は、国の基準を下回る濃度に薄めたうえで海へ放出する方針を決めました。
政府は7年余りにわたる検討を経て方針を決定しましたが、地元を中心に海洋への放出には根強い反対があり、専門家は地元など関係者の理解や納得に課題を残したと指摘しています。これまでのプロセスや海洋放出の具体的な方法、風評被害対策の方針などをまとめました。

去年、政府が開いた意見を聞く会では地元住民や漁業関係者など29団体43人のうち6つの団体と個人が海への放出に明確に反対する意見を表明したほか、福島県内の市町村議会では海洋放出への反対や慎重な対応を求める意見書が相次いで可決されました。

また、今月7日に菅総理大臣と面会した全国漁業協同組合連合会の岸宏会長は「海洋への放出は絶対に反対という考えはいささかも変わらない」と強調していました。
“国・地元 双方向の対話機会が少ない”<専門家>
なぜ、このような状況になったのか。

専門家からは地元を含めた関係者との双方向の対話の機会が少なかったことが影響しているとの指摘があがっています。

国は、処分方法について2013年から有識者による委員会などを設けて検討を行い、去年、国の小委員会が基準以下に薄めて「海か大気中に放出する方法が現実的だ」などとする報告書をまとめました。
この間、2018年に地元住民など一般の人が意見を述べる「公聴会」が開かれ書面による意見募集も行われましたが、あくまでも意見を聞く場だとして関係者との対話や議論はほとんど行われませんでした。

また、政府は処分方針の決定に向けて去年、地元の農林水産業者や全国の商工団体などから意見を聞く会を開きましたが、出席者はほとんどが組織の代表で割り当てられた時間内に意見を述べる形式のため双方向の対話にはなりませんでした。

合わせて書面による意見募集も行われましたが、方針が決定されるまでの間にこうした意見に対する政府としての見解は示されませんでした。

これについて経済産業省は、なるべく多くの意見を聞くためこの形式を採用したとしていて、処分の方向性が決まらない検討の途中では意見のやり取りができる材料がなかったとしています。
“住民の議論参加に課題”<NHKアンケート>
NHKはことし2月、福島県の1200人を対象にインターネットによるアンケートを行いトリチウムなどを含む処理水の処分についても聞きました。

この中で「地元住民などの関係者が十分議論に参加しているか」尋ねたところ
▽「そう思う」は3%
▽「どちらかといえばそう思う」は10.4%だった一方
▽「そう思わない」は37.4%
▽「どちらかといえばそう思わない」は23.8%で
住民がどのように議論に参加するかが課題になっていたことが伺える結果でした。
専門家“政府 関係者の理解得る努力 長期で必要”
原子力と社会との関係に詳しい東京電機大の寿楽浩太教授は、漁業関係者など反対の声も上がる中で政府が方針を決定したことについて「政府側はさまざまな方の意見表明の機会を多く設けた認識だと思うが、当事者としては意見が方針に具体的に反映された手応えを持てていないのではないか。関係者どうしが相互にやり取りしながら解決策を模索していく場が十分に設けられなかったことが惜しまれる」と指摘しました。

そのうえで実際の放出に向けては、関係者の理解を得る努力が長期にわたって必要になるとして「10年の時間を要して十分な納得感が得られていないという声が聞かれる中で政府の責任で決定したのであれば、過去の経緯をきちんと検証し改めて信頼関係を作っていく必要がある」と話しています。
そもそも、トリチウムとは…?
トリチウムは日本語では「三重水素」と呼ばれる放射性物質で水素の仲間です。

宇宙から飛んでくる宇宙線などによって自然界でも生成されるため、大気中の水蒸気や雨水、海水それに水道水にも含まれ、私たちの体内にも微量のトリチウムが存在しています。

トリチウムは通常の原子力施設でも発生し、各国の基準に基づいて薄めて海や大気などに放出されています。

水素の仲間で水の一部として存在するため、水から分離して取り除くのが難しいのが特徴で、福島第一原発の汚染水から多くの放射性物質を除去する装置を使っても取り除くことができません。
国内の原発では1リットル当たり6万ベクレルという基準以下であることを確認したうえで海に放出していて、海外でも各国で基準を定めて放出しています。

トリチウムが出す放射線はエネルギーが弱く空気中ではおよそ5ミリしか進みません。このため人体への影響は外部からのものよりも体内に取り込んだときのリスクを考慮すべきとされています。

国の小委員会は
▽体内で一部のトリチウムがタンパク質などの有機物と結合し濃縮するのではないかといった指摘があることについては、体はDNAを修復する機能を備えていて動物実験や疫学研究からはトリチウムが他の放射性物質に比べて健康影響が大きいという事実は認められなかったと結論づけています。

また
▽マウスの発がん実験でも自然界の発生頻度と同程度で原子力発電所周辺でもトリチウムが原因と見られる影響の例は見つかっていないとしています。

放射性物質の性質に詳しく国の小委員会の委員をつとめた茨城大学の田内広教授は人体への影響を考える際、濃度の大小がポイントだと指摘します。そのうえで田内教授は「トリチウムが体内に取り込まれてDNAを傷つけるというメカニズムは確かにあるが、DNAには修復する機能があり紫外線やストレスなどでも壊れては修復しているのが日常。実験で細胞への影響を見ているが基準以下の低濃度では細胞への影響はこれまで確認されていない」と話していて、低い濃度を適切に管理できていればリスクは低いとしています。
海洋放出はどう行われるのか?
福島第一原発構内のタンクにためられているトリチウムなどを含む処理水は、現状ではトリチウムの濃度が環境中に放出する際の国の基準を超えているため今のままでは海に放出することができません。また、トリチウム以外の放射性物質も濃度が基準を超えているものがあります。
このため、海洋放出に向けてはまずトリチウム以外の放射性物質の濃度が基準以下になるまで改めて専用の浄化設備を通して放射性物質を取り除き、濃度を下げます。

そのうえで、こうした設備で取り除くことができないトリチウムを海水で薄め基準を大幅に下回るレベルにして放出することになります。

国は放出に当たって放出の前後でのモニタリングを強化し、環境に与える影響を確認しながら少量での放出から開始するとし、モニタリングで異常な値が出た場合などには放出を停止するとしています。

トリチウムの濃度を薄め放出するための設備は新たに作る必要があり、今後、設計や放出までの具体的な計画を東京電力が検討し原子力規制委員会の審査を受けることになります。

国は東京電力に対し、2年後をめどに海洋放出を開始できるよう設備の設置などの具体的な準備を進めることを求めています。
その基準は?
トリチウムを環境中に放出する際の国の基準は1リットル当たり6万ベクレル以下と定められています。
国はトリチウムなどを含む処理水を海に放出する際の濃度について、基準の40分の1の、1リットル当たり1500ベクレルを下回る水準まで薄めるとしています。

福島第一原発では汚染水の発生量を抑制するため建屋周辺で地下水をくみ上げ海に放出していますが、この中にもトリチウムは含まれています。

こうした水を海に放出する際の東京電力の自主的な基準は1リットル当たり1500ベクレル未満で、国はトリチウムなどを含む処理水の海洋放出にあたっても同様の水準にするとしています。

また、1年間に放出するトリチウムの量については事故の前、福島第一原発が通常の運転をしていた時に目安とされていた22兆ベクレルを下回る水準となるようにするとし、その値は定期的に見直すとしています。
トリチウム放出量<国内の原発>
また、トリチウムは通常の原子力施設の運転に伴っても発生していて、各国の基準に基づいて薄めて海や大気などに放出されています。国内の原発では1リットル当たり6万ベクレルという基準以下であることを確認したうえで海に放出されています。
国内の原発の1年間のトリチウムの放出量です(2019年度)。
▽関西電力
大飯原子力発電所で56兆ベクレル
高浜原子力発電所で13兆ベクレル
美浜原子力発電所で8600億ベクレル
▽九州電力
玄海原子力発電所で50兆ベクレル
川内原子力発電所で55兆ベクレル
▽四国電力
伊方原子力発電所で16兆ベクレル
などとなっています。

経済産業省のまとめによりますと、福島第一原発事故の前の5年間を平均した年間の放出量は、加圧水型と呼ばれるタイプの原発で18兆から87兆ベクレル、福島第一原発と同じ沸騰水型と呼ばれるタイプの原発で0.02兆から2兆ベクレルとなっています。

東京電力福島第一原子力発電所では事故の前の2010年に2兆ベクレル余り放出されていました。
トリチウム放出量<国外の原発>
国外の原子力施設でも運転をする際にトリチウムは発生し、各国がそれぞれつくる基準に基づいて海洋や大気中へ放出されています。
原発のタイプや施設の種類によって放出量に違いがあり日本にあるタイプのものでは、経済産業省のまとめによりますと、2002年には
▽中国の大亜湾原発で42兆ベクレル
▽アメリカのキャラウェイ原発で同じく42兆ベクレルが放出されています。

このほか
▽カナダのダーリントン原発で2015年に
液体として241兆ベクレル、気体として254兆ベクレルが放出されています。

▽またルーマニアのチェルナヴォダ原発では2002年に
液体で85兆ベクレル、気体で286兆ベクレル
▽韓国のウォルソン(月城)原発では2016年に
液体で17兆ベクレル、気体で119兆ベクレル放出されています。

再処理施設では放出量がより多く
▽フランスのラ・アーグ再処理施設では2015年に
液体で1京3700兆ベクレル、気体で78兆ベクレル
▽イギリスのセラフィールド再処理施設では同じく2015年に
液体で1540兆ベクレル、気体で84兆ベクレル放出されています。
東電の設備能力審査へ 原子力規制委
原子力規制委員会では今後、東京電力が申請するトリチウムを薄めるための設備の能力などの審査を行う見通しで、これに合格しないと設備の稼働は認められません。

タンクにたまった処理水を放出するためにはトリチウムを国の基準以下の濃度に薄めるための専用の設備を作る必要があり、東京電力は今後、福島第一原発の廃炉計画に、新たに作る設備についても反映させ、規制委員会に審査を申請することになります。

規制委員会は東京電力からの申請を受けて、トリチウムを基準以下の濃度に薄める能力が確保されているかや、設備の健全性などを審査の中でチェックします。

審査のほか、建設工事のあとに行われる検査などの手続きもあり、それらに必要な期間について規制委員会の更田委員長は2年程度かかるとの認識を示していて、この審査や検査に合格しなければ設備の稼働は認められません。

また、規制委員会は海洋放出の実施後、福島第一原発周辺の海域で海水に含まれる放射性物質の測定を強化することも検討していて、水質に大きな変化はないか確認するとしています。
風評対策 議論深まらず…
一方、政府による方針の決定まで7年余りの歳月がかかったにもかかわらず、議論が深まらなかったと指摘されているのが風評被害対策です。

去年4月から7回にわたって開かれた地元の農林水産業者や全国の商工団体などから意見を聞く会では、29団体43人のうち半数以上から風評被害対策を示すよう求める意見が出されました。

もともと国はトリチウムなどを含む処理水の処分に伴う風評被害などの社会的な影響について2016年からの国の小委員会の中で議論するとしていました。

しかし報告書では、海洋放出の場合、社会的な影響は特に大きくなるとの指摘があった一方、示された対策は
▽周辺環境のモニタリング強化や
▽測定結果や科学的知見の丁寧な情報発信
それに
▽福島県などが取り組んできた既存の対策の拡充と強化などにとどまり
地元などから具体的な対策が見えないという声が相次ぎました。

経済産業省は理由について処分の方法が決まらない中、仮の話だとしても風評対策について割り切った議論を進めることが難しかったとしています。
国の小委員会の委員を務めた福島大学の小山良太教授は「方法を決定する前に海洋放出の場合にどんな影響や損害があるか事前にシミュレーションして対策を考えることもできたが、国側はその時点で方法を決めたと思われることを気にしていたのではないか。本来であれば事前に影響の大きさや対策の内容、規模感について議論をしたほうが合意形成につながりやすいプロセスだったと思う」と述べました。

また、今後の風評対策については「これまでの風評対策をただ拡充するのではなく水産業や観光など産業の特徴を踏まえてどんな対策は効果があったのか一度、現状を分析するべき。また福島の漁業は本格操業しておらずまだ経営体としてぜい弱なので、流通や消費への対策だけでなく経営体力を強化するような生産基盤に対する支援も必要だ」と指摘しています。
政府は“風評対策に万全”
トリチウムなど放射性物質を含む処理水を海に放出するにあたって、政府は風評被害の対策に万全を期すことにしています。

具体的には風評の影響を最大限抑えるためトリチウムの濃度を国の基準の40分の1、WHO=世界保健機関が示す飲料水の基準では7分の1程度に薄めたうえで海に放出するとしています。

また、農林水産業者や地元の自治体の関係者なども加わって放出前後の濃度などを監視するモニタリングを強化するとしていて、IAEA=国際原子力機関の協力も得ながら海洋放出が国際慣行に沿って行われることなどの情報を、科学的な根拠に基づいて発信することにしています。

さらに、水揚げを増やすため漁業関係者の設備導入に対する支援事業を継続するほか、地元や周辺自治体の仲買や加工業者の販路の開拓なども支援します。

このほか、観光業などについても風評被害が懸念されるとして、観光客の誘致や地元産品の販売促進など本格的な復興に向けた対策を講じるとしています。

こうした対策を取っても生じる風評被害には東京電力が賠償を行うよう求めています。

そして、関係閣僚による新たな会議を設けて必要に応じて追加の対策を機動的に実施するとしています。
専門家「科学的理解と流通経路の維持を」
風評問題に詳しい筑波大学の五十嵐泰正准教授は、政府が示した風評被害対策について「処理水の安全性について科学的な理解を醸成していくことは非常に重要だが、風評被害の構造的な問題として流通の各段階で取引先が気にするかもしれないという過度なそんたくが発生することで需要そのものが減退し、消費者の理解以前に買えなくなるという状況がある」と指摘しています。

そのうえで「科学的な理解の醸成と車の両輪のように重要なのは福島県や周辺地域の魚介類の流通経路を決して失わないようにしたり、拡大したりする方策をしっかりと示すことだ。売られているのだから大丈夫だという状況を作り続けていくことが大事だ」と述べ、科学的な理解の醸成に加えて生産・加工・流通・消費の各段階での対策の必要性が盛り込まれたことは評価できるとしています。

一方で、風評被害が生じた場合の賠償については「大前提として風評被害が発生した場合に賠償するのは当然だが、賠償を継続している漁業に後継ぎ世代が未来を見い出せるかどうかや子や孫につがせようと思うかは心配で、賠償が長引くほどこの産業に将来展望を見出しにくくなるのではないか。賠償を支払うだけではなく後継者の育成や他業種からの新規参入の促進など、漁業を中核とした地域をどう作っていくかというビジョンも関係者との対話の中から明確にしていくべきだと思う」と話していました。
専門家「このままでは風評避けられず、対策を」
国の小委員会の委員を務めた東京大学の関谷直也准教授は、今回の政府の方針決定について「国民の中でどれだけ処理水についての理解や周知が進んでいるかというと不十分なまま今に至っているのが現状だと思う。このままの状態で放出となれば風評被害の発生は避けられず、放出までの2年間で国民の理解を得るために何をするのか具体的に考えなければならない」と話しています。

さらに最近、東京電力の不祥事が相次いでいることにも触れ「福島第一原子力発電所の事故から10年がたった今、さまざまな問題が出て気の緩みが出ていることを考えると、今は東京電力による処分を信用できる段階ではなく信頼性をどう担保するかも課題だと思う」とも述べて、国民の理解や信用を得ていくことの大切さを指摘しています。

また、国際的に政治問題化している点についても指摘し「この問題に関しては中国、韓国、台湾などでこの数年間、科学的な問題が政治問題化されたまま放っておかれていて課題が逆輸入されている状況もある」と述べ、近隣諸国に向けた情報発信の必要性を訴えました。』

災害時のデマ見極めるキーワード 「だいふく」とは?

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210410/k10012966341000.html?utm_int=all_side_ranking-social_005

『「だいふく」東京都内の中学校の授業で登場したキーワードです。これに気をつけないと多くの人に迷惑をかけてしまうかもしれません。

悪質デマなぜ広がる?

「地震のせいで動物園のライオンが放たれた」。

今月14日に発生から5年となる熊本地震の直後にツイッターに投稿されたデマです。

うその情報はあっという間に拡散し、ライオンが逃げたとされた動物園には問い合わせの電話が殺到したほか、警察にも「ライオンが逃げているから避難できない」という相談が相次ぎました。
善意のはずが…

なぜこんなデマが広がってしまうのか。

災害時にSNS上で拡散されるうその情報は、悪意のある人だけが広めているのではないと専門家は指摘します。

静岡大学教育学部の塩田真吾准教授は「デマの拡散は悪意からだけではなく、『役に立ちたい』という使命感から気づかず加担してしまっているケースも多い。役に立つつもりが逆に迷惑にならないよう正しい情報を見極める力が必要です」と呼びかけます。
若い世代ほど顕著?
そして、若い世代ほどデマを信じて拡散してしまう傾向にあるという調査結果も。

総務省が去年5月に行った調査では、新型コロナウイルスに関して「政府がロックダウンを行う」「こまめに水を飲むと予防に効果がある」など実際に流布された誤った情報を信じていた人の割合は若い世代ほど高くなりました。

その誤った情報を拡散してしまった割合も若い世代で高くなる傾向がみられました。
子どもに向けた授業
若い世代にSNSの情報の見極め方を学んでもらおうと静岡大学の塩田准教授は、情報教育などに取り組むLINEみらい財団と共同で、独自に開発した教材を使って小学生から高校生に向けた出前授業を行っています。

9日、東京 足立区の伊興中学校で行われた授業です。

台風が迫る中、スマートフォンで災害の情報を集めているという想定で、SNSで発見した情報を拡散するべきかどうかを見極める訓練をしました。

スマートフォンの画面の形をした数枚のカードが配られ、「川が氾濫しそう」といったSNS上の投稿について、信頼性が高いものと低いものに分類します。

そのうえでなぜそう思ったかをグループで話し合います。

生徒からは、「人から聞いた伝聞の情報は信頼できない」、「市役所などの公式アカウントは信用してよい」といった意見が出されました。

一方で、「公式アカウントではない個人の投稿でも、正しいものはあるけどどうやって判断したらよいか分からない」という意見も出ました。
情報を見極めるポイント
授業では、災害時の情報を見極める際のキーワードが紹介されました。
「だ・い・ふく」です。

「だ」誰が言っているか。

「い」いつ言っているか。

「ふく」複数の情報を確かめたか。

いずれも大事なポイントです。

「誰が言っているか」。

自治体や報道機関の公式のアカウントか、大学の研究者や個人のアカウントなのか、
アカウントの過去の投稿を見て不審な点がないか、チェックしましょう。

「いつ言っているか」。

災害時は刻一刻と状況が変化するため正しかった情報が数時間後には間違いになる可能性もあり、どの時点の情報か確認する必要があります。

「複数の情報を確かめたか」。

テレビや新聞など別のメディアをチェックしたり、同じ投稿がリツイートされているだけか、複数の人が同じ情報を発信しているのか確認したりしましょう。

たとえば、「川が氾濫した」という情報が個人のアカウントで投稿されていた場合でも、同じ地域で複数の人が同じ内容の投稿をしていれば情報の信頼性は高まります。

授業を受けた女子生徒は「新型コロナでトイレットペーパーがなくなるという話をネットで見て、信じてしまいそうになったことがあり、どう情報を確かめたらよいか不安になった。授業で学んだキーワードに気をつけて自分で判断できるようになりたい」と話していました。

授業を終えた塩田准教授は「東日本大震災から10年が経ちSNSの利用状況も大きく変わっていて災害時のSNSの重要性は高くなっている。SNSに慣れている子どもたちにはデマにだまされないこと、そしてさらに一歩進んで、正しい情報を発信して災害時に貢献できる役割も果たしていってほしい」と話していました。』

松江市島根町の火災 ほぼ消し止められる 19棟全焼 3人軽いけが

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210402/k10012951641000.html

『1日夕方、松江市の住宅で火事があり、少なくとも19棟が全焼し、煙を吸うなどして合わせて3人が軽いけがをしました。火は近くの山林にも燃え移り発生からおよそ8時間後にほぼ消し止められ、警察と消防は被害の詳しい状況や火事の原因を調べることにしています。

1日午後5時ごろ松江市島根町加賀の住宅で火事があり、消防によりますと少なくとも19棟の住宅が全焼しました。

火は近くの山林にも燃え移り、発生からおよそ8時間たった2日午前1時にほぼ消し止められました。

この火事で煙を吸うなどして合わせて3人が軽いけがをしたほか、避難所として開設された現場近くの公民館に50人ほどが避難しているということです。

現場近くに住む女性は「風のせいで火があっという間に広がり、自分の家も全焼しました。これからどうしていいのか分かりません」と話していました。

現場は、松江市の中心部から北に11キロほど離れた日本海に面した漁港近くの集落です。

火が出た当時、松江市には強風注意報が出ていて、警察と消防は被害の詳しい状況や火事の原因を調べることにしています。 』

崩れた国策民営、原発迷走「頼らざるを得ないと思った」日本は変われたか 大震災10年(6)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ242NZ0U1A220C2000000/

 ※ 前にもちょっと語った…。

 ※ 国民主権、民主主義は、最終的には「世論の支持」「国民の支持」に帰着する…。

 ※ 日本国の場合、政権党は、極力「我々が、皆さんの安心・安全なくらしの「基盤」を、提供します。皆さんは、安んじて、毎日を楽しく・愉快に暮らしてください。」というメッセージを発信し続けて、「国民の皆さん」も、それを信じて、それに乗っかって「票を投じて」来た…。

 ※ しかし、そんなことは、あるわけが無い…。

 ※ どんな「政権」だって、「魔法」が使えるハズも無い…。

 ※ 「安全保障」の問題は、厳しい「国際環境の現実」の中で、道を探っていくしかない…。何か、政策を打とうとすれば、厳しい「財政状況」の壁に突きあたる…。国内諸勢力の「利害の調整」も、大変だ…。

 ※ この「災害列島」の現実は、如何とも変えることはできない…。少子高齢化の流れは、如何とも食い止めることはできない…。

 ※ 現実に、打つことができる「策」は、「妥協に次ぐ、妥協の産物」「次善、次次善の策」にならざるを得ないんだ…。

『東京電力福島第1原子力発電所の事故を国会の事故調査委員会が「自然災害ではなく人災」と断定したのは2012年7月。当時、批判された国と東電の責任の曖昧さはいまも残る。世界が脱炭素に進む中、原発不信から日本のエネルギー政策の足踏みが続く。

【前回記事】
国頼み、空洞化する自治 「首長が本気なら注文もっと」

「地球温暖化の観点から原子力に頼らざるを得ないと私も思った。いつも原子力に対する誘惑はある」。震災時の経済産業相、海江田万里氏はそう振り返る。当時の電源構成に占める原発の割合は3割程度。資源小国の日本にとって二酸化炭素(CO2)を出さない原発は魅力的に映った。

新増設も視野に入れる中で起きた大震災は原発の薄い備えをあらわにした。防潮堤は低く、電源車も使えない。(内部の圧力を下げる)ベントもできない。「そんなこともやっていなかったのかと」。海江田氏は嘆いた。そうした失望感が国が負うべき責任の所在を詰めることなく、東電に事故の全責任を負わせる方向へとカジを切らせた。

原子力損害賠償法は「異常に巨大な天災地変または社会的動乱によって生じた」損害であれば、事業者の責任を免除するとしている。だが、政府内には財政負担が増えることへの抵抗感が強く、事故の備えは東電の役割との見方もあって、国は免責を認めなかった。

強く免責を求めた東電も折れた。科学技術庁長官として原賠法制定に関わった中曽根康弘元首相にも支援を求めたが、東電は当時の勝俣恒久会長、清水正孝社長らが出席する幹部会議で「法律論で国とけんかしても勝ち目がない。これ以上、国にあらがうのは得策ではない」と判断。収益から費用を出すという国の方針を受け入れた。

民間が負うには重すぎた。賠償は5.4兆円を想定したが、10兆円を超える見込み。事故処理費用の一部は国や他の電力会社が賄うものの、除染や廃炉などもあわせ21兆円を超すとみられる。原発再稼働のメドはたたず、株価も上がらない。東電の収益力回復をまって回収する国のあては外れた。国が計画を練り、民間が実務を担う国策民営方式は破綻している。

国の姿勢を疑問視する声は広がる。事故で避難した人々は「東電を規制する立場の国が責任を果たさなかった」として約30件の訴訟を起こした。高裁レベルで2件が国に賠償を命じ、1件は国の責任を認めなかった。国の責任を認めた20年9月の仙台高裁判決は、東電が経済的負担を避けるため安全対策を怠ったとする一方、国には「安全寄りの規制が期待されていた」と指摘した。

原発は漂流するエネルギー政策の象徴だ。福島では時間のかかる廃炉を業者に丸投げし、菅義偉首相が早期処分の方針を示した処理水の扱いも宙に浮く。再稼働も核のごみ処分場建設も前面に立つのを避ける。これでは電力供給は安定せず、再生可能エネルギーなど電源の多様化も進まない。

国は有事の責任を明確にせず、電力会社との役割分担も見直していない。18年に原賠法を見直した際は、仮払金を貸す仕組みなどをつくっただけだった。事業者が事故の責任を負う同法の理念には手を付けていない。

近畿大の伊藤哲夫特任教授(原子力安全工学)は「いまも法律上の国の責任は曖昧だ。万一事故が起きた場合に国が補償に責任を持つと法律に明記しなければ、住民に不安が残る」と説く。

ドイツは電力会社の能力を超えた場合、国が補償する。フランスも巨大な災害があれば、国と事業者が負担を分け合う。政府がエネルギー供給に責任を持つ以上、日本も前に出る姿勢が必要だ。見て見ぬふりを続ければ、後の世代にツケを先送りすることになる。事故から10年、国は現実を直視するときだ。

東日本大震災 10年』

備えたことしか、役には立たなかった ~ある官僚たちの震災~

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210305/k10012898801000.html?utm_int=news_contents_tokushu_005

『大きな揺れ、迫り来る大津波。状況の把握もままならない中での初動対応。がれきに遺体が残る中での道路啓開。遺体を埋葬するための「ひつぎ」の確保…。

「備えたことしか、役には立たなかった」

あの日、経験なき大災害に直面しながら数々の判断を迫られた、ある官僚の告白です。
(社会部災害担当記者 清木まりあ)

3月11日午後2時46分/地震発生
「ロッカーや棚がガタンガタン倒れて。揺れの長さと大きさで、ただごとではないと」

当時、東北地方整備局長だった徳山日出男さん。陸・海・空を管轄する国土交通省の出先機関のトップでした。

当時の徳山さん

局長に就任したのは2011年1月。
阪神・淡路大震災など、過去に災害対応にあたったこともありましたが、基本は東京で対応。被災地の現場経験は、ほとんどありませんでした。

そして、就任2か月後の3月11日。あの巨大地震が発生しました。
当時は、局長室で打ち合わせをしていましたが、大きな揺れが収まるまで身動きがとれなかったと言います。

徳山さん
「宮城県沖地震の発生確率が高いことは頭に入っていました。ただ正直、自分が遭遇するとは…」
揺れが収まるとともに、防災服を着用。

A4の「メモ用紙」と「シャープペン」を握りしめて災害対策室に走りました。
3月11日午後3時/混乱の“初動対応”
災害対策室には、徐々に職員が集まり始めていました。
しかし「何が起きているのか」「何をすべきか」は混乱の状況。

発生直後の災害対策室

徳山さんが書いたメモ

<職員たちへの指示を書き出す>
思い思いに動いていては、組織としての初動対応を誤ることになる。

徳山さんがまず行ったのは、部下たちが何をやるべきか、自分の経験や知識を振り絞ってメモ用紙に書き出すことでした。「職員の安否確認」「道路や河川・港湾施設の被害状況の把握」「本省とのやりとり」「メディア対応」…。

メモで頭を整理しながら、職員の意見も参考にしていきました。

すると、駆け寄って来た防災課長から重要な提案が。

<職員無しで“防災ヘリ”離陸>
「局長、防災ヘリを上げていいですか。時間がないので“無人”で」

被害状況を把握するための「防災ヘリコプター」を職員無しで飛ばす提案でした。

通常のルールでは、防災ヘリを飛ばす時には職員が同乗することになっています。しかし、整備局からヘリコプターがある仙台空港までは、通常でも1時間弱。迅速な被害把握のため、職員を待たずにパイロットだけでヘリコプターを飛ばそう、というのです。

徳山さんは防災課長の提案を受け入れ、防災ヘリを飛ばすよう指示します。

しかし、仙台空港の管制からは…。

「飛ぶのであれば、自分の判断で安全を確認して飛んでほしい」

地震の影響で管制機能を失っていたのです。
飛び立つ防災ヘリ みちのく号
ーとにかく初動が人の生死を分ける。

それでも徳山さんはヘリを飛ばすよう指示します。
午後3時23分に仙台空港を離陸。地震発生から37分後のことでした。

徳山さん
「リスクがあるのはもちろん分かっていた。でもやらないで後悔するよりは、やって後悔した方がいいと思ったんです。責任は、何かあってから考えればいいと」

冠水した仙台空港(NHK映像)

その後、午後4時ごろ、仙台空港にも津波が押し寄せ冠水してしまいます。

結果として、この判断が功を奏しました。

3月11日午後4時~/最大の被災地はどこだ

リアルタイムで送られてくる防災ヘリからの映像は、想像をはるかに超えるものでした。

※このVTRでは津波の映像が流れます

押し寄せる巨大津波。次々に押し流される住宅。
仙台市から南方向の、福島県いわき市までの状況を把握することができました。しかし天候不良で北上はできず、三陸方面の状況は把握できませんでした。

こうした中、内陸の出先機関からは、土砂崩れや道路陥没などの被害情報が相次いで入ってきます。

通常なら、情報がある現場に職員や作業員を派遣して応急復旧にあたります。

ー情報空白地こそ、被害が大きいのでは?

この時、徳山さんの頭にあの大災害がよぎります。1995年の阪神・淡路大震災です。
地震発生直後は、比較的、被害が少なかったところからの情報が相次ぎ、本当に被害が大きかった地域の把握や支援が遅れてしまったのです。

このため徳山さんは、最大の被災地は“情報が無い”三陸など沿岸だと確信します。沿岸につながる救援ルートの確保を最優先にすることを決めました。

徳山さん
「被害が分かっている地域に応援を送らないという判断は、もちろん心苦しかったし、あとで問題になるかもしれないという懸念もありました。ただ、人も機械も燃料も不足することが予想される中、最大の被災地はどこなのか、優先順位の見極めが大事だと思ったのです」

3月11日夜~/救援ルートを確保せよ

沿岸に、一刻も早く救助隊や自衛隊が到着できるようにしなければならない。

しかし沿岸に近づけば近づくほど、道路は、押し流された家や車、がれきで埋もれています。海側から船で近づくにも、まだ「大津波警報」がでている状況。とにかく、道路の障害物を取り除いて、道路を啓開するしかありませんでした。

どうやって救援ルートを確保するのか。夜を徹した打ち合わせが続きました。

そこで結論に達したのが「くしの歯作戦」でした。

「くしの歯作戦」の図

沿岸近くを南北に走る国道45号線は、ほとんど通れないことが予想されます。一方、内陸を南北に走る国道4号線や東北縦貫道には、大きな被害はありません。そこで国道4号線から沿岸に向かって東へ、「くしの歯」のようにルートを啓開する計画です。

その一方で、啓開する機材や人員が確保できるのか、徳山さんには不安がありました。

そのとき、ある報告が飛び込んできます。

「地元の建設業者たちが、みずから動き始めています!」

東北地方整備局からの指示が無い中でも、地元の建設業者たちが、各地に集まり始めていたのです。地震の翌日、12日朝の時点で500人を超える作業員が集まりました。

地元の建設業者も“被災者”。家族や知人の安否がわからない人もいました。

それでも地元のために集まってくれた人たち。

ーありがとう…、ありがとう…。

徳山さんは胸が熱くなったと言います。

3月12日/苦難の道路啓開

地震翌日の12日。東北の沿岸では、まだ大津波警報が出ています。当時、東北地方整備局が定めていた業務継続計画(BCP)にも「津波注意報が解除された後に、巡回・復旧作業にあたる」とありました。

それでも徳山さんは12日からの道路啓開を決断。現場の作業員たちには「10分以内に高台や安全な場所に逃げられる場所でだけ作業をするように」と指示しました。

徳山さん
「また津波や地震が来たら命にかかわる…作業員の安全を考えると、悩みました。ルールを逸脱することになってしまうけど、道路を啓開できるのは私たちだけ。そう考えたら、やらないという選択肢はなかったんです」

がれきで埋もれた道路

がれきの撤去作業も、苦難の連続。

現場からは悲痛な訴えもありました。

「がれきに遺体があって重機が使えません…」

中から「遺体」が見つかり、大型の重機で作業することができなくなることもありました。このため手作業でがれきを取り除き、警察に来てもらったうえで、遺体を運び出してもらいました。

行方不明になっている家族を、がれきの中で捜している人も多く、重機での作業を嫌がられることもありました。そのたびに救援ルートを確保するために必要な作業であることを丁寧に説明してもらったということです。

啓開した道路

作業を始めた3月12日には、計画していた16の国道のうち、11のルートを啓開。3日後の15日には、15のルートを確保しました。(福島の1ルートは原発事故の影響で確保できず)

ルートが確保されたことで、救急車や警察、自衛隊などの緊急車両が通行可能に。医療チームも被災地に入ることができるようになり、少しずつ支援物資も届き始めました。

3月16日/被災地に足りないもの…

救援ルートができた。

次に徳山さんが取り組んだのは、被災地の市長や町長などに必要としている物資を聞き取り、届けることでした。

しかし、電話の聞き取りの中で、思わぬものを求められます。

当時の徳山さんのメモです。
「カンオケ(ひつぎ)」「遺体確認しても持ち帰れない」

道路の啓開によって、自衛隊や警察などによる捜索活動が進み、多くの遺体が見つかりました。一方で、「ひつぎ」が足りなくなっているというのです。

被災地の市長
「火葬場も被災してしまったので、今は仮埋葬(土葬)するしかない。でも、泥の中におられたご遺体を、そのまま土の中に埋めるなんてことはできません。『ひつぎ』をお願いします」

本来、「ひつぎ」は、国土交通省の所管外の物資です。職員たちからは、「所管外のことまで手を出して大丈夫なのか」という不安の声も上がりました。

国土交通省の予算で支払いが認められるのか、目途はたっていませんでした。しかし迷うこと無く「ひつぎ」を買い取り、被災地に送ることを決断します。背景にあったのは当時の国土交通大臣のことばでした。

徳山さん
「当時の大畠大臣がテレビ会議で言ってくれたんですよ。『徳山くん、現場のことは君が一番よく分かっているから、すべてを任せる。君が国の代表だと思って、あらゆることをやってくれ』と…だから、迷いなくできました」

その後、徳山さんが自治体に向けて出した通知文書です。

ー私を「整備局長」と思わず、「ヤミ屋のオヤジ」と思ってください。

「ほしいものは何でも用意するので気軽に言ってください」というメッセージでした。

要望を受けて調達した物資は、水や食料はもちろん、燃料や仮設トイレ、生理用品、洗濯機など、200種類以上にのぼったということです。

徳山さんは、その後も局長室に寝泊まりしながら対応を続けます。2013年7月まで局長として道路や堤防の復旧、住宅の高台移転など復興事業を進めました。

備えたことしか、役には立たなかった

あれから10年。当時の臨機応変な決断を徳山さんはどう感じているのか。聞いてみると、返ってきたのは意外なことばでした。

徳山さん
「あのときの機転だけでできたことなんて、一つもなかったんですよ。備えていたことしか役には立たなかった。災害が起きる前にどれだけ準備できていたか、というのが非常に大きかったんです」

地震直後の格納庫

震災が起きる前までの「備えが」判断を支えていたというのです。

<防災ヘリ>
たとえば初動を支えた防災ヘリ。
過去の災害で、すぐに飛び立てなかった教訓から、格納庫の中の一番手前に駐機するようにしていました。また、震災の2か月前には、ヘリの運航を委託する会社とすぐに連絡が取れるよう、緊急時の専用回線を新たに設けたばかりでした。

<道路啓開>
震災の翌日、なぜ500人もの作業員が集まれたのか。
東北地方整備局は、震災の前に多くの建設業者と災害協定を結んでいました。通信が途絶えている中でも、自主的に道路の被害状況を確認し集まっていたのです。

国道の多くが本体に損傷を受けていなかったことも復旧を早めました。阪神・淡路大震災の後、橋の耐震補強対策を強化してきた結果でした。
「備えていたことしか、役には立たなかった」

この言葉で始まる本があります。

「災害初動期指揮心得」です。

徳山さんを始め、東北地方整備局の職員たちが当時の経験をまとめた本で、全国に教訓を共有したいという思いから、電子書籍で無料公開されています。

この本にはもう一つのことばが記されています。

「備えていただけでは、十分ではなかった」

つまり、備えていても、実際に行動に移す意識を持ち、訓練などをしていなかったら十分に役立たないということです。

あれから10年。徳山さんは国土交通省を退職し、現在は、震災の教訓を伝える活動を行っています。

徳山さん
「今の災害でも『想定外だった』『被害情報がないから初動が遅れた』とよく聞きます。でもそれは10年前に日本が経験したこと。震災の教訓は何だったのか、教訓を生かすためには何をしておく必要があるのか。これを考えることからしか、災害への備えは始まらないと思います。だから私は自分が経験したことを伝え続けていきたい」

震災10年 何を“備え”につなげるか

多くの人が犠牲となった東日本大震災。

この10年、私たちは、今も苦しんでいる被災者の方々や、国や自治体の政策に足りないことなど、被災地や復興の課題を伝えてきました。

今回、徳山さんを取材して感じたのは、教訓は“対応できなかったこと”の中にだけあるのではないということです。当時、被災地では“対応できたこと”もあります。意外に気付きにくいのですが、実はその中にも多くの教訓がありました。

「備えたことしか、役には立たない…」

被災地の課題だけでなく、こうした教訓も含めて伝えていくことが、将来の災害への“備え”につながるのだと強く感じました。

社会部記者
清木まりあ
2010年入局
初任地は長野局
社会部災害担当として
防災や復興、
インフラの課題などを
取材
注目のコンテンツ』

キュメント3・11 イギリス大使館はなぜ「真実」を見抜けたか(上)

https://www.dailyshincho.jp/article/2021/03080530/?all=1

『 Foresight 2021年3月8日掲載

2011年3月11日に発生した東日本大震災・福島第1原発事故による大混乱の最中、イギリス大使館は放射性物質の飛散リスクなどについて的確な情報を発信し続け、外国人のみならず日本人にとっても信頼できる貴重な情報ソースとなった。その指揮を執ったデビッド・ウォレン元駐日大使への直接取材で再現する、危機対応とパブリック・ディプロマシー(広報文化外交)のケーススタディー。』

『2年前の3月21日、ロンドンの日本大使公邸。多くの日英関係者が居並ぶなか、鶴岡公二駐英大使(当時)はデビッド・ウォレン氏に旭日大綬章を授与した。駐日大使(2008年~12年)を含め計3回通算13年の日本勤務と、英外務省を退職後、文化交流団体ジャパン・ソサエティ(本部・ロンドン)の会長(12年~18年)として日英関係に多大な貢献をしたとの理由だが、特筆されたのが東日本大震災での対応だった。震災に合わせた3月にわざわざ授与式をもったのもそのためだった。

鶴岡駐英大使はこう祝辞を述べた。

「ウォレン大使は震災2日後に被災地に入り、英国人の安否確認をするだけでなく、日本人被災者を励ましました。さらに英政府が立ち上げた緊急時科学助言グループ(SAGE)の客観データーをもとに、英国大使館を東京から移したり、英国人を東京から脱出させたりする必要はないと決定しました。英国のこの日本に対する揺るぎない友好的な姿勢は2015年のウィリアム王子の被災地訪問に結びつきました」』

『3・11では欧州を中心に少なくない在京大使館が放射性汚染を恐れ、大使館の機能を関西に移した。自国民を特別機で日本から大量脱出させ、また外国人の幹部や従業員が我先に帰国して、企業活動がマヒしたところも多々あった。後日、「申し訳なかった」と自国民の行動を謝罪した大使もいる。

そうした中、最も冷静かつ的確に対応したのが英国だった。ブレることのなかったその姿勢は、応援部隊を含め200人を超える大使館スタッフを率いたウォレン氏の指導力と、同氏と本国の連携に負うところが大きい。

 同氏はジャパン・ソサエティの会長職にある時、3・11の経験を文章にまとめている。昨年、東京で詳しく話を聞く約束だったが、新型コロナウイルス問題で来日がかなわず、電話で取材した。同氏の行動を中心に英国の対応を振り返る。』

『被災地の英国人は600人、誰とも連絡がつかなかった

3・11のこの日、ウォレン氏は昼、帝国ホテルでもたれたホテル創設120周年の記念昼食会に出席した。終わると、大使館に戻り、経済部の日本人スタッフ1人を連れて大使車で横浜に向かった。午後3時に日産自動車本社で英国人役員と対英投資について意見交換する約束があったからだ。英国への投資誘致は英大使の重要な仕事だった。

 大使車が同社の玄関に着き、降りようとしたその時、「ジシン!」と運転手が叫んだ。
「日本に通算13年暮らした私も経験したことのない激しい揺れだった」

日産の役員との携帯電話はつながらない。大使館に戻ろうと運転手に告げた。大使車のテレビは尋常ならざる事態を伝えていた。しかし道は大渋滞し、東京に入ったのは夜だった。最後は動かない車を乗り捨て、皇居のお堀伝いに歩いた。歩道も帰宅する人で溢れていた。同氏が千代田区一番町の英大使館にたどり着いたのは午後9時だった。』

『大使館内に入るやウィリアム・ヘイグ英外相(当時)から電話が入った。大使館スタッフの全員無事を確認した外相は、東京の状況を尋ね、津波に襲われた福島第1原発がどうなるか仔細にフォローするよう指示した。容易ならざる事態と認識した英政府も、関係省庁が参加する危機管理委員会(COBRA)を立ち上げていた。大使がベッドにもぐりこんだのは午前1時半を回っていた。公邸の寝室は、落下した本などで足の踏み場もなかった。』

『このような大災害・大事故の時に出先の大使館の仕事は大きく3つ。日本にいる自国民の安否確認と保護。対日支援。そして信頼ある情報発信、だ。

英国大使館は大阪の総領事館と合わせて計130人のスタッフがおり、このうち英外交官は約30人。英外務省はロンドンと各国の英大使館からスタッフを東京に送り込み、80人の増援部隊が到着した。ウォレン氏は200人超のスタッフを3班に分け、3交代8時間勤務の24時間体制を敷いた。英外務省とは4時間ごとに電話協議を持った。

英国からは日本にいる家族や親せきの安否の問い合わせが殺到していた。これを捌くため、安否確認の電話は大阪の英総領事館に自動転送するよう回線設定された。

「約1万5000人の英国人から在留届が出ていて、被災地には約600人が暮らしているとみられた。連絡網を作っていたが、誰とも連絡がつかなかった」』

『「東京の大使館はナンバー2が指揮できる」

 日本政府に支援の打診も行った。水や食料や物資、それに救助犬を連れた緊急援助隊を日本に送り込みたいが、どこの空港が受け入れてくれるのか。首相官邸が情報を一元化していたが、福島原発問題に忙殺されていて、問い合わせに「後で返事する」と繰り返すだけだった。業を煮やしたウォレン氏は12日朝、こう伝えた。

「救援機がマンチェスターで待機している。日本政府の許可がいらず、被災地にも近くて足場がいい米軍の三沢空軍基地(青森県)に飛ばしたい」

 大使の電話に、首相官邸の担当者は

「我々もそうしてほしいと思っていた」

 と後付けの返答をした。』

『13日夜、英救援機が三沢空軍基地に到着。救助犬と緊急援助隊の英チームは岩手県大船渡市に展開し、米、中国チームとともに1週間、捜索に当たった。これ以後、三沢空軍基地は英国から水や食料、放射能検査機器などを運び込む拠点となった。

 被災地に住む英国人と依然として連絡はとれなかった。「避難所に外国人がいる」との情報もあったが、東京からではいかんともしがたかった。安否確認には被災地に入らなければならない。大使は現地に入ることを決めた。』

『震災3日目の3月13日朝、5人のスタッフと、スポーツタイプの大型車に同乗して仙台に向けて出発した。事前に日本政府から、緊急車両以外は通行止めとなっていた東北自動車道の通行許可をとった。ドライブインでは車に詰められるだけ食料や燃料、水、防災グッズを買い込んだ。

「大使は東京にとどまって指揮をとり、現地は部下に任す考えはなかったのですか」
と聞くと、こう返ってきた。

「こういう時はトップが被災地に姿を見せることが大事なのだ。英国は自国民を見捨てないというシグナルであり、困難な状況にある日本人被災者に『英国は日本人と共にここにいる』と、勇気づけるメッセージにもなる。東京の大使館はナンバー2が指揮できる」』

『被災地入りの決断を支えた「SAGE」の助言

当時、福島第1原発はすでに危機的状況にあった。前日の12日午後に、1号機が水素爆発。後に明らかになったが、13日早朝には3号機の炉心溶融が始まり、14日朝には核燃料の大部分が圧力容器の底を突き破って、格納容器へ溶け落ちていた。2号機も放射性物質を放出し始めていた。大使は放射線リスクをどう見ていたのか。』

『「本国政府を通じてSAGEの見解が随時入っていて、日本政府同様、福島第1原発から20キロ圏外であればリスクはほとんどないというのがSAGEの判断だった」

1号機の水素爆発が起きた12日夜、日本政府は第1原発から20 キロ圏内に暮らす住民に避難指示を出していた。ウォレン氏が他の大使に先駆けて被災地に入れたのも、SAGEの助言があったればこそだった。

SAGE=緊急時科学助言グループは、緊急時に科学的知見に基づいた助言を得るための英政府の組織で、各省庁の科学顧問や外部の専門家で構成されている。3・11の前は2010年のアイスランドの火山爆発の時に招集されている(新型コロナウイルス問題で日本政府の専門家会議はこのSAGEを下敷きにした。これについては後述する)。』

『仙台には7時間かけて午後3時半に着いた。一行は英大使館が押さえた仙台市内のビジネスホテルに入り、二手に分かれて、1チームは病院と避難所を回って英国人の消息をあたり、大使のチームは宮城県庁で県幹部に面会した。

「お悔やみを伝えると、大変な状況下でも皆、驚くほど親切で、こちらが恐縮するほどだった」「本来、取り乱していてもいい状況なのに、誰もが強靭かつ冷静な態度を保っていた」』

『翌日、米CNNテレビが大部隊でホテルに入り、追い出された大使一行は別のホテルに移り、そこを前線基地とした。ホテル入口の大広間に「英国人支援デスク」と大書し、英国旗ユニオンジャックを立てた。在留届を手掛かりに、被災地の英国人の家や避難所を回っているチームからも英国人の情報が入りはじめた。

大使チームは2日目、3日目と宮城県内の南三陸町、多賀城市、気仙沼市などの避難所に足を伸ばした。連絡が取れなかった英国人にも出会え、食料も手渡した。その間も余震が続き、その度、「避難の必要のあるなし」の連絡が大使館から入った。

「津波の惨状と、避難所の人々の静かで秩序だった態度の対照に私は心揺さぶられた」』

『避難所を回っている最中も、情報発信の観点から英メディアの電話取材に応じた。大使が力を入れて伝えたのは3点。「英国人支援デスク」の電話番号を広く報じてくれるよう頼み、日本政府が最大限の努力をして原発事故を抑え込もうとしていること、また避難所で会った日本人の驚くべき秩序正しさと冷静さに感動していると繰り返し話した。

 大使は3泊し、16日夕、東京に戻った。この後、交代で5チームが仙台に入って、大使館に届け出がありながら、連絡がとれない英国人の家を回った。最終的に英国人170人が支援デスクを訪れ、大使館チャーターのバスで東京に運ばれた。

 日本人の伴侶と家庭を持っていて、

「このまま被災地に居続けたい」
という英国人も少なくなかった。同氏が被災直後の現地を3泊4日にわたって見て回ったことは、英国人の安否情報の早期確認に大いに役立った。また英本国にとっても被災地の様子を詳しく知る手助けになったはずである。最終的にウォレン氏の危惧は杞憂で終わり、英国人には犠牲者はいなかった。』

『ウォレン氏につづいて被災地に入った駐日大使は、3月23日に米国のジョン・ルース大使(当時)夫妻が石巻市に、同26日にフランスのフィリップ・フォール大使(同)が仙台市に入った。しかし被災地に3泊もした大使はいない。 (続く)』

『西川恵
毎日新聞客員編集委員。日本交通文化協会常任理事。1947年長崎県生れ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、専門編集委員を経て、2014年から客員編集委員。2009年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。著書に『皇室はなぜ世界で尊敬されるのか』(新潮新書)、『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、『ワインと外交』(新潮新書)、『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)、『知られざる皇室外交』(角川書店)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。』

東日本大震災時も自衛隊は「有事」を意識していた

東日本大震災時も自衛隊は「有事」を意識していた
「想定外」の災害にも“揺るがぬ”国をつくるには
吉田哲 (Wedge編集部員)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/22362

『編集部(以下、── )東日本大震災ではどのような形で出動させたか。

【折木良一(Ryouichi Oriki)】
元統合幕僚長
1950年、熊本県生まれ。72年防衛大学校卒業後、陸上自衛隊に入隊。陸上幕僚長を経て、09年第3代統合幕僚長。12年に退官後、防衛省顧問、防衛大臣補佐官などを歴任した。著書に『自衛隊元最高幹部が教える経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)など。
(写真=井上智幸 Noriyuki Inoue)

折木 発災直後、北澤俊美防衛大臣(当時)から「自衛隊は最大何人出せるのか」と問われ、防衛警備上の観点から「12万~13万人」と答えた(当時の自衛隊総数は約24万人)。

 まず航空自衛隊はスクランブル(対領空侵犯措置)、海上自衛隊は警戒監視活動のため、少なくとも一定数の要員は確保しておかなければならない。次に陸上自衛隊は、緊張状態が続いていた南西諸島を担任する西部方面隊第8師団と第15旅団は動かせない。そして関西と関東の政経中枢や、北海道でも防衛警備の観点から1~2の師団、旅団は残しておかなければならないと計算した。』

『── 災害発生時にも、国防上重要な地域の部隊は外せないということか。

折木 大災害があっても、自衛隊の任務は国防。常に頭に防衛警備があり、いざとなれば 優先しないといけない。

 東日本大震災の時も、3月20日過ぎになると、東シナ海において海自護衛艦に対する中国公船からのヘリや小型機による異常接近や、ロシアの電子偵察機や戦闘機の東北沖での活発な活動などもあり、空自のスクランブル件数も大幅に増加するなど警戒監視活動の強化を余儀なくされた。中国もロシアも震災の支援はしてくれたが、国際関係は厳しいものがある。』

『── 自衛隊にとって災害派遣は有事や紛争への対応に役立つのか。

折木 大規模災害対応は、政府、関係省庁はもとより関係機関、自治体、企業、そして国民との連携や協働があって初めてうまくいく。それは専守防衛を国是とする日本国内において、自衛隊を運用するために求められることでもある。すべては自衛隊だけではできない。関係部署との連携が必須だ。

── 自治体との連携はどのような形で進んでいると考えているか。

折木 現在(2020年3月末)、退職した自衛官575人が自治体の防災関係部局に勤務している。自衛隊での知見を生かした避難計画作成や、災害発生時に自衛隊との調整窓口になっている。彼らは自衛隊に何ができて、何を頼めばいいのか、わかっている。

── 民間との連携は何ができるのか。

折木 民間企業は最近、事業継続計画(BCP)を真剣に取り組んでいる。災害などが起きた時に事業計画をどうするかが主体。危機管理への取り組みとして良い動きと言える。自衛隊も教訓を踏まえ、全国の高速道路会社や電力会社などと連携を深めている。災害時の高速道路の優先使用や自衛隊ヘリによる電力会社の発電機の輸送など相互に協力態勢を整えつつある。特に重要インフラについては、今後もリスクを見極めた官民の備えが必要である。』

『── 首都直下地震や南海トラフ地震に対し、いかなる対策をすべきか。

折木 東日本大震災での経験や調整は今後の大災害でも役立つはずだ。ただ、地震は全て態様が違い、被害も異なる。阪神・淡路は直下型で死者6434人、けが人4万3792人。対して、東日本は津波被害が大きく死者1万9729人、けが人6233人だった。

 首都直下地震は阪神・淡路に近いが、東京に国家機能があり、企業や通信インフラも集中している。国家機能をどう早期に復活させるかの観点が必要になる。南海トラフは津波で多くの自治体が機能しなくなる恐れがある。超広域になるので、自衛隊の部隊もすぐに全域で活動するのは不可能に近い。発災直後は部隊近傍での集中的な人命救助になるかもしれない。

 このように、態様が違う中で計画を立て、訓練しておく必要がある。対応にあたっては、全般を指揮統制する司令塔が最も重要だ。』

『── 具体的な司令塔の役割とは。

折木 危機管理は備えと対応の二面ある。備えは平時から人、モノ、組織を整え訓練しておくこと。対応は発災後、速やかに方針を示すこと。その中心が司令塔である組織のリーダーである。どう備えても実際は計画通りにならない可能性が高い。まず人命救助が最優先だが、リーダーにとって重要なのは、全体を見渡して、今、手を打たないといけない所を判断する、優先順位をつけて対応することだ。これは大変厳しい。そうした司令塔の判断についても日頃から訓練しないといけない。』

ゆがむ大地、宇宙の目で監視 将来の地震予測に期待

ゆがむ大地、宇宙の目で監視 将来の地震予測に期待
防災フロンティア
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGG087YC0Y1A200C2000000/

『私たちがその上で暮らしている大地は常に動いている。移動によって各所に蓄積したひずみはあるとき限界に達し、地震を引き起こす。国土地理院は人工衛星の画像を活用して地表のずれや隆起などの変化を精密に監視し、地殻の変動や内部のひずみの状況をつかもうとしている。(矢野摂士)

断層を境に東西にずれ

2016年4月に発生し、熊本県益城町などで最大震度7を記録した熊本地震は、阿蘇山付近から八代海に至る布田川・日奈…

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2016年4月に発生し、熊本県益城町などで最大震度7を記録した熊本地震は、阿蘇山付近から八代海に至る布田川・日奈久断層帯の一部がずれ動いて起きた。だいち2号の観測では、断層を境に震源域の北側の地面が最大1メートル以上沈み込んで東に1.5メートル移動し、南側は30センチ以上隆起して西向きに50センチ以上動いたことが判明した。

国土地理院の地殻変動研究室の宗包浩志室長は「こうした地表面に起きた変化を解析することで、地震のメカニズムや今後の余震域などを推定することができる」と説明する。

こうした研究に使われているのが、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が14年に打ち上げた地球観測衛星「だいち2号」だ。

センチ単位で地表観測

だいち2号は地上628キロメートルの高さで地球を南北に周回している。2週間に1回、ほぼ同じ地点の上空を通り、「定点観測」で地表面に生じた変化をとらえる。

搭載されている「合成開口レーダー」はマイクロ波を地表に向かって照射し、反射して戻ってくる電波の強弱によって地表面の形状などを3次元、センチメートル単位で観測できる。

ひとたび大きな地震が起きると、地殻には複雑な力が働き、地表面は隆起・沈下したり、ずれ動いたりする。他にも地面が隆起する火山活動や、地盤沈下などでも活用ができる。

15年に火山活動が活発化した箱根山(神奈川県)の大涌谷では、直径約200メートルの範囲の複数地点で数~十数センチの隆起を確認した。この分析結果は、気象庁が地表に設置した傾斜計のデータと傾向が一致していたという。

活断層、国内に2000

だいち2号のレーダーで地球表面の様子を探る=JAXA提供

地球の表面を覆う硬い岩板(プレート)には、過去の地震などで大小さまざまなひびが入っている。このひびが「活断層」と呼ばれるものだ。

プレートの移動で引っ張られたり押されたりして活断層付近にたまるひずみは大きくなる。ひずみに耐えきれずに活断層が割れ、動くことで起きるのが「活断層型地震」だ。

政府の地震調査研究推進本部によると、日本の陸域には約2000の活断層があると考えられている。それぞれの活断層は、幅や長さ、過去の地震の記録などから、ひずみのエネルギーが解放されると、どれくらいの地殻変動を引き起こすかをおおよそ予想できる。

宗包室長によると、地震によって実際に動いた幅と、活断層が持つポテンシャル(潜在能力)を比べることで断層の割れ残りなどを見極められる。「どれくらい割れ残りがあるかによって、今後の余震や次の地震を予測できる可能性がある」と宗包室長は話している。

人工震動で地下構造探る

名古屋大学や静岡大学などの研究チームは、地上から人工的な震動を地中に送り、岩板(プレート)内で蓄積しているひずみを推測するシステムを開発している。

微小震動を地中に送り、地殻の変動を探る=山岡耕春名古屋大教授提供

精密制御震源ACROSS(アクロス)と呼ばれる装置は、携帯電話のバイブレーション機能のように、重りを高速で回転させることで震動を起こす。地震と同様にたて波(P波)と横波(S波)を同時に発生させることができ、P波とS波の伝わり方の違いによって、地下の構造を探る。

「特にS波は、岩板内の割れ目や地下水の変動があると伝わり方が変化する」。開発に携わっている名大の山岡耕春教授は説明する。

2003年に岐阜県土岐市に装置を設置し、東海地震を引き起こすと考えられている震源域のプレートを観測している。山岡教授によると、観測開始からひずみはたまり続けている。11年の東日本大震災によって一部でひずみが解消したが、全体的にはその後も蓄積が続いており「地震が起きる確率は日々高まっている」(山岡教授)。

地中の観測は地震以外にも有効だ。桜島(鹿児島市)では火山内部のマグマの様子を震動で探る実験にも取り組んだ。山岡教授は「地震も火山の観測も、人工衛星での観測などと組み合わせることで精度を高めることができる」と期待を寄せる。

地震発生の謎、解明の端緒は「パンゲア」

2億年前のパンゲア大陸は、今の大陸がひとかたまりになっていたと考えられている=海洋研究開発機構提供

地震はなぜ起きるのか。その疑問への答えは、約100年前にドイツの気象学者アルフレッド・ウェゲナーが提唱した大陸移動説から導き出された。かつて地球上にあった巨大大陸「パンゲア」が分かれて移動し、現在の複数の大陸が形成されたという学説だ。

地球の表面は十数枚の岩板(プレート)に覆われており、その下では高温で軟らかい岩石(マントル)が対流を起こしている。マントルは海嶺(かいれい)と呼ばれる海底山脈海嶺の下で上昇し、冷えて固まったのがプレートだ。

マントルは海底のプレートの下を通りながら、海溝付近で下降している。このマントルの対流に引きずられてプレートも年数センチの速度で移動している。プレートの移動によってプレート同士の境界などに生じたひずみが地震を引き起こしている。

日本付近では①北米プレート②ユーラシアプレート③太平洋プレート④フィリピン海プレート――の4つのプレートが接し合っており、それぞれの境界を中心にいくつもの地震が起きてきた。

ウェゲナーは大陸の海岸線の形や動物化石の分布、氷河の痕跡などの手掛かりをもとにパンゲアの存在を唱えた。プレートやマントルの存在を予測することまではできなかったが、大陸移動説はプレートが移動しているという「プレートテクトニクス」と呼ばれる学説の基礎となっている。

「防災フロンティア」は今回で終わりです。地震や防災技術の研究はどこまで進んでいるのか。最前線の動きをシリーズで伝えてきました。

【「防災フロンティア」過去記事一覧はこちら】
巨大地震の兆候探る 揺れない「スロー地震」に注目
動き出す群衆、塞がる道 人流シミュレーションの警告
深海に眠る地震の歴史 宮城県沖に平安期の堆積物
観光地で津波警報、どう逃げる 鎌倉の街で実験
東日本大震災 10年

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鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
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ひとこと解説 合成開口レーダー(SAR)の画像は地層の歪みだけでなく、高さの変化も数センチメートルの単位で見ることができる。関西空港のような人工島が沈み込む状態や火山の活動を示す隆起を発見することもできる。衛星画像は既に防災に用いられているが、より多くの解析者が育ち、多くの場所での地震や火山活動などを把握出来るようになることが望ましい。
2021年3月1日 8:25いいね
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「古傷が再活動」、沈み込むプレート内にひずみ蓄積

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGG141T20U1A210C2000000/

『13日夜に福島県沖で発生した最大震度6強の地震は、東日本大震災の余震域で発生した。日本海溝で沈み込む岩板(プレート)に蓄積したひずみが揺れを引き起こした。揺れの周期が短く、建物の倒壊も相次いだ。10年前の大地震の余震が続いている原因について、専門家は「過去の地震の古傷が再活動した」と指摘する。

「太平洋プレートの内部で発生した地震だった」。気象庁の鎌谷紀子地震情報企画官は、14日未明に開いた記者会…

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気象庁の鎌谷紀子地震情報企画官は、14日未明に開いた記者会見で地震の震源についてこう説明した。東日本大震災の余震とみられ、鎌谷氏は、今後1週間は同規模の地震に注意するように呼びかけた。

地震は、地球を覆うプレートの動きによって起きる。主な発生場所には、①プレート同士の境界部分②プレート内――の2つがある。東日本大震災を引き起こした巨大地震はプレート境界で起きた地震で、沈み込む海洋プレートによって引きずり込まれる大陸プレートが跳ね上がることで揺れにつながった。

今回の地震のメカニズムは東日本大震災とは異なる。プレート内で破壊が起きたことが原因だったとみられる。熊本地震や阪神大震災のように内陸のプレート内で起きる場合と、海洋プレート内で起きる場合があり、今回は海洋プレートの内部で起きた。

「過去の地震の古傷が再活動した」と話すのは、地震のメカニズムに詳しい東京工業大学の中島淳一教授だ。プレート境界地震などの影響で傷ついた海洋プレートが沈み込むことでひずみが変化して破壊につながったという。

東北沖では日本海溝でプレートが沈み込んでいるため、地震活動が活発だ。そのため、海洋プレートにひずみがたまりやすい。中島教授は「東北地方の地下は、今でもゆっくり変形している」と指摘している。東日本大震災から10年たっても続くプレート活動が、過去の地震の傷に影響を与え、今回の地震が引き起こされた可能性がある。今後の余震につながる恐れもある。

一般的にプレート内で起こる地震は、揺れの周期が比較的短く1秒程度だ。そのため、木造家屋や低層の建物、小屋などに与える影響が大きい。倒壊の危険性が高まっている建物も多くなっているとみられ、気象庁は注意を呼びかけている。

地震発生のしくみ
https://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/jishin/about_eq.html