団体・族議員、往時の力なく

団体・族議員、往時の力なく 一橋大教授 中北浩爾氏
政策決定の変容 有識者に聞く
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA121IK0S1A710C2000000/

『族議員の影響力は1960年代後半から高まった。自民党政権が長期化し、政治家が特定の政策分野の知識を蓄積した。

中北浩爾・一橋大教授

衆院の中選挙区制のもとで同党議員が同じ選挙区で競合した。農林や建設など得意分野をすみ分け、業界団体や省庁と緊密なネットワークを築いた。

96年衆院選から党候補が1選挙区1人の小選挙区制になると、地元の政策要望をオールラウンドに処理する必要性が高まった。93年以降の政権交代や連立の組み替えも相まって徐々に改革が進んだ。世界で新自由主義の流れも強まった。

その最高潮が小泉政権の構造改革だった。業界団体の固定票より無党派層の票を重視し、政官業のトライアングルを破壊した。

小泉純一郎元首相は郵政民営化が争点の2005年衆院選で劇的に勝った。こうした勝ち方は小泉氏しかできないし、常にできたわけではない、長続きしない方法だった。

小泉政権の後には揺り戻しの動きが起きた。06年に首相になった安倍晋三氏は郵政民営化の「造反組」を復党させた。浮動票より安定した組織票を重んじる流れは12年発足の第2次安倍政権以降も続いた。

第2次以降の安倍政権は農協改革などに取り組んだが、一定程度は農協と妥協した。党の支持基盤を傷つけない範囲で巧みに改革した。

業界団体の力は弱まっている。野党を支持する労働組合や公明党の支持母体の創価学会など宗教団体も同様だ。族議員もかつての力はない。党政調は首相官邸が設定したアジェンダの枠内で微修正を加えるくらいしかできない。(聞き手は根本涼)』

引退表明、与野党で相次ぐ 衆院選「10減」も念頭に

引退表明、与野党で相次ぐ 衆院選「10減」も念頭に
議長・閣僚経験者や中選挙区組
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA08EE70Y1A700C2000000/

『秋までにある衆院選を前に、与野党で引退・不出馬表明が相次ぐ。1990年代前半より前に初当選した議員も目立つ。現行の小選挙区制導入から四半世紀となり、中選挙区時代を知る議員が減ることになる。衆院選で10県の選挙区が減る「10増10減」に備えた動きも垣間見える。

自民党竹下派会長の竹下亘元総務会長(島根2区)は8日、体調不良を理由に次期衆院選に出馬しないと明かした。

「兄の登(元首相)からバトンを受け継いで21年間、全身全霊をもって走り続けた」と文書に記した。2018年から登氏が創設した派閥のトップを務めてきた。同派事務総長の山口泰明・党選挙対策委員長が記者会見を開き、代読した。

その山口氏も6日、次の衆院選は埼玉10区から立候補しないと明言した。選挙を仕切る現職の選対委員長が衆院選に出ないのは異例。山口氏の秘書である次男が後継候補として同選挙区から出る見通しだ。

閣僚経験者では衆院議長も歴任した伊吹文明元財務相(京都1区)や、塩崎恭久元厚生労働相(愛媛1区)、宮腰光寛元沖縄・北方相(富山2区)らが政界を退く。

野党でも立憲民主党は赤松広隆衆院副議長(愛知5区)が不出馬を決め、県議が後を継ぐ。立民が強い北海道でも荒井聡元国家戦略相(北海道3区)や佐々木隆博氏(北海道6区)が今期限りで後進に道を譲る。

比例東京ブロックで立候補予定だった国民民主党の山尾志桜里氏、社民党で唯一の衆院議員の照屋寛徳氏も出馬しないと決断した。

衆院議員の任期は10月21日で満了する。9月の衆院解散が濃厚となり、準備の見通しが立てやすくなった点も引退宣言が続く背景にある。予期しないタイミングでの解散だと余裕がなく、代替わりを進めづらい。

自民、公明両党は12年、14年、17年の過去3回の衆院選で、いずれも全体の3分の2超の議席を得た。今回は新型コロナウイルス対策への国民の不満が根強く「厳しい選挙になる」との共通認識がある。

4月の衆参両院の3つの補欠選挙・再選挙でひとつも議席を得られなかった。7月4日投開票の都議選は33議席と過去2番目に少なかった。

自民党は比例代表候補に「73歳定年制」を適用する。長崎1区で前回は比例復活だった冨岡勉元文部科学副大臣は73歳で、引退理由を「比例復活がなくなり、世代交代や政治家の若返りも必要だ」と説明した。

三重2区で前回比例復活の川崎二郎元厚労相(73)も10日に次期衆院選に出ないと明かした。

自民党候補同士が競合した中選挙区時代を経験する議員も少なくなる。1980年初当選の川崎氏や83年に政界入りした伊吹氏、93年組の塩崎氏、横浜市長選に立候補するため議員辞職した小此木八郎前防災相らが該当する。

立民の赤松氏は90年に初めて当選し、55年体制下の旧社会党で書記長を務めた。その後、旧民主党で政権交代を果たしたリベラル派の重鎮だ。

次々回の衆院選にも各都道府県に配分する小選挙区の数が15都県で「10増10減」になるのも影響する。2020年国勢調査をもとに「1票の格差」の是正のため、22年以降に選挙区の区割りが変更される。

現行制度下で小選挙区は14年衆院選の「0増5減」、17年衆院選の「0増6減」などと変わってきた。「10増10減」は最も大きな変化になる。

特に定数が減る宮城、広島、山口、愛媛、長崎などで候補者の絞り込みが難しくなる。

その前に次の衆院選で意中の後継候補を擁立するなど制度変更に備える議員心理が働きやすい。塩崎氏の愛媛1区は同氏の長男が継ぐ方向だ。

自民党岸田派の林芳正参院議員は衆院山口3区へのくら替え出馬を表明した。同選挙区の現職は二階派の河村建夫元官房長官だ。岸田派議員は「山口の定数が4から3に減る前の今回の衆院選がラストチャンスだ」と解説する。』

【点描・永田町】小此木氏横浜市長選出馬の“怪”

【点描・永田町】小此木氏横浜市長選出馬の“怪”
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021071400325&g=pol

 ※ 部外者には、「何が何やら…。」という感じだ…。

 ※ いずれ、「総裁選」を前に、各政治家が、「自分の身の振り方」を考えているんだろう…。

 ※ 「選挙落ちれば、タダの人…。」だからな…。

 ※ 子供がいれば、その「行く末」も考えにゃならんしな…。

 ※ 一族・郎党の「将来」がかかっているから、大変だ…。

 ※ 真田家なんか、親父と次男(幸村、信繫)は豊臣方に、長男(信之)は徳川方に分裂したしな…。
 「お家の一大事」なわけだ…。

 ※ まあ、そもそも幸村(信繁)は「大谷吉継」の娘を正室に、信之は「本田平八郎忠勝」の娘を正室に娶っているから、既にその時から、両にらみで「保険」をかけてたわけだ…。
 昨日今日の話しじゃ、ない…。

『国家公安委員長だった小此木八郎氏(56=衆院神奈川3区=)の横浜市長選(8月8日告示・22日投開票)出馬が、永田町に揣摩臆測(しまおくそく)を広げている。閣僚辞職による市長選出馬はほとんど例がなく、菅義偉首相(神奈川2区)の最側近なのに、首相が目指すカジノを含む統合型リゾート施設(IR)の横浜誘致に反対を表明しているからだ。しかも、小此木氏が辞職した国家公安委員長は、目前に迫る東京五輪・パラリンピック警備の最高指揮官。このため、与党内から「東京五輪直前の辞職はあり得ない」(有力閣僚)との批判が噴出する一方、野党からは「菅政権の内部分裂の始まり」(立憲民主幹部)との声が出る。

 小此木氏は6月25日に首相と官邸で会談、横浜市長選出馬を理由に閣僚の辞表を提出し、受理された。同氏はその後の記者会見で「無責任のそしりは免れないが、私自身の政治判断だ」と強調。同日夕の横浜市内での記者会見では、市長選の争点となる横浜港へのIR誘致について、「取りやめる」と明言した。カジノを軸とするIRは菅政権の観光政策の目玉だが、小此木氏は「IR自体は賛成だが、横浜では信頼が得られず、環境が整っていない」と反対の理由を説明した。同氏は、首相が父親の彦三郎氏(故人)の秘書だったことなどから、最側近とみられている。自らの方針に逆らう形でのIR横浜誘致反対での小此木氏の市長選出馬に、首相はしばらく沈黙した上で、「分かった。お疲れさまでした」と辞職を了承したとされる。小此木氏は告示前に衆院議員を辞職することになるが、自民党神奈川県連前会長として、神奈川3区の同党後継候補に参院神奈川選挙区選出の中西健治財務副大臣の鞍(くら)替え出馬を軸に調整を進める意向とされる。

◇IR誘致反対は「身内の反乱」だが

 小此木氏は当選8回のベテランで、半世紀近く前には彦三郎氏の秘書と家事手伝いだった首相と真理子夫人とは、「家族同然の間柄」(周辺)だ。さらに小此木氏は、首相と同じ神奈川県選出の河野太郎規制改革担当相や小泉進次郎環境相と共に「神奈川三郎」と呼ばれる側近グループの一員で、昨秋の自民党総裁選では菅陣営の選挙対策本部長を務め、「その論功で入閣」(自民幹部)と噂(うわさ)された。このため、小此木氏のIR誘致反対での市長選出馬は、首相にとって「身内の反乱」ともみえる。IR誘致を進めてきた自民党市議団は「裏切り行為」と反発するが、小此木氏は無所属で出馬して、自民、公明の支援を求める構えだ。

 現在3期目の林文子横浜市長はIR推進派で出馬に意欲を見せるが、自民党は多選を理由に支援しない方針。小此木氏の出馬によりIR誘致の可否は市長選の最大の争点とはなりそうもなく、「横浜の顔の一人」の小此木氏を自公両党が実質支援すれば、「当選の可能性は高い」(地元関係者)とみられている。そもそも、「自民党がIR推進派候補を擁立しても敗北必至」(同)とみられていただけに、次期衆院選直前の8月下旬の大型地方選で野党系候補の当選を阻止できれば、政権への打撃も避けられる。だからこそ首相も「小此木氏を止めなかった」(周辺)とされる。

 しかし、首相の肝煎りで進んできた横浜IR誘致は頓挫するだけに、自民党内に「首相の求心力低下につながる」(閣僚経験者)との声も広がる。永田町では「首相が五輪で失敗して退陣に追い込まれる前に、転身を図ろうというのが小此木氏の本音」との見方もあるが、東京での感染再拡大など“コロナ・五輪政局”での苦闘が続く首相にとって「もはや横浜市長選やIRなどどうでもいい心境」(周辺)というのが実態かもしれない【政治ジャーナリスト・泉 宏/「地方行政」7月12日号より】。

◆「点描・永田町」バックナンバー◆ 』

過熱する自民「上州戦争」

過熱する自民「上州戦争」 二階、安倍氏が火花
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021071700370&g=pol

 ※ ここでも、「紛争」勃発だ…。

『次期衆院選群馬1区の自民党公認をめぐり、二階俊博幹事長と安倍晋三前首相がそれぞれ別の現職議員を推し、火花を散らしている。かつて福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三各元首相が議席を争う「上州戦争」と呼ばれた群馬。新たな争いは上州戦争の再来とささやかれる。

菅首相、自民総裁再選へ意欲 衆院選前改造は否定的―支持率低下「謙虚に受け止め」

 公認を争うのは、前回、同区で勝ち上がった細田派の尾身朝子氏と、二階派所属で比例北関東ブロック選出の中曽根康隆氏だ。尾身氏は安倍氏に近い尾身幸次元財務相の長女。中曽根氏は祖父に元首相、父に中曽根弘文元外相を持つ。(※ 大勲位の孫のようだ…)。


 二階氏は17日、側近の林幹雄幹事長代理を伴い前橋市で開かれた中曽根氏の後援会会合に参加。「私もしっかりバックアップする」と檄(げき)を飛ばした。
 中曽根氏は2014年、17年の衆院選で群馬1区からの出馬を目指したが断念した経緯がある。後援会会合では、次期衆院選に向けて「群馬1区の代弁者として仕事がしたい」と訴えた。

 これまでの慣例に従えば、前回小選挙区で勝った尾身氏が現職優先で公認候補に選ばれることになる。しかし、中曽根氏は20年の同党国会議員による党員獲得数で上位8位になるなど活動に力を入れており、林氏は会合で「党員獲得の実績も大きく影響する。強い方が選挙区で戦うのが道理だ」と尾身氏側をけん制した。

 一方、安倍氏も臨戦態勢だ。先月25日に前橋市で開かれた尾身氏の集会に駆け付け、マイクを握った。安倍氏も「尾身氏は前回衆院選で相手候補に完勝した。活動に瑕疵(かし)はない。公認候補でなくなることはあり得ない」と一歩も引かない構えだ。

 ただ、二階氏は山口3区では群馬1区とは逆に、現職優先を主張。山口3区は二階派所属の河村建夫元官房長官が現職だが、参院からくら替え出馬する岸田派の林芳正元文部科学相には処分をちらつかせている。二階氏の自派優遇ともとられる言動に党内からは「ダブルスタンダードだ」(竹下派中堅)との批判も広がっている。』

自民・河村氏「公認漏れは出馬辞退を」

自民・河村氏「公認漏れは出馬辞退を」 衆院山口3区、林氏けん制
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021071800331&g=pol

『自民党の河村建夫元官房長官は18日、自身が現職の衆院山口3区をめぐり、林芳正元文部科学相(参院山口選挙区)が次期衆院選でのくら替え出馬を表明したことに関し、「候補者調整は(党本部に)委ねないといけない」とした上で、「公認から漏れた方が(出馬を)辞退するべきだ。私も公認されなかったら辞退する」と述べた。無所属での出馬も辞さないとする林氏をけん制した発言だ。山口県宇部市で記者団の質問に答えた。』

連合、立・国との3者協定断念

連合、立・国との3者協定断念
次期衆院選、共闘不透明に
https://nordot.app/787977443452551168?c=39546741839462401

『連合は、次期衆院選に向けた政策協定を立憲民主、国民民主両党との3者で結ぶことを断念した。先の東京都議選で進めた立民による共産党との連携強化路線に国民が反発。個別に協定を交わすよう強く求め、連合が受け入れた。連合関係者が14日、明らかにした。国民と結ぶ協定には「立民と連携・協力」と明記するものの、立民と国民の共闘は不透明になった。

 立民の枝野幸男、国民の玉木雄一郎両代表は15日、東京都内で連合と協定を別々に結ぶ予定だ。』

自民、横浜市長選は自主投票

自民、横浜市長選は自主投票
分裂選挙へ
https://nordot.app/786877317966970880?c=39546741839462401

※ 争点は、例の「IR(統合型リゾート)への賛否」か…。

※ 「統合型」とは、ボヤかした言い方だが、要するに「カジノを含んだリゾート地」のことだ…。

※ 一応、推進派の考えでは、西日本に1つ、東日本(首都近郊)に1つは作りたい…、という腹づもりという話しも、聞いた…。

※ 首都近郊では、「横浜」は最有力な候補地だろう…。

※ しかし、パ※※利権も絡む話しなんで、揉めに揉めているのは、ご存知の通りだ…(国会議員絡みの、贈収賄事件も起こった)。

※ ここへ来て、小此木さんが、「反対派」を標ぼうして、国会議員を辞めて立候補したんで、いよいよ混沌としてきた…。

※ 小此木さんは、菅さんと近いだけでなく、小池都知事とも近かったという話しだ…。

※ それで、有力な「国とのパイプを失って」、すわ小池さんが国政に打って出る目もあるのか…、と騒ぎになっているらしい…。

※ 菅さん自身は、「推進派」と見ていたが、どういうことになるのかな…。

『自民党横浜市連は11日の総務会で、8月22日投開票の横浜市長選は自主投票と全会一致で決めた。小此木八郎前国家公安委員長への推薦は見送る一方、現職の林文子市長を支援しても処分はしない方針。自民は分裂選挙となる見通しだ。

 出席者によると、小此木氏がIR誘致中止を打ち出したことを受け「IRを推進してきた立場として、反対する議員を推薦するのはとても無理だ」との意見が出たものの「しっかりと推薦すべきだ」との声も上がった。

 市長選には、立憲民主党が推薦を決めた横浜市立大元教授の山中竹春氏、元長野県知事の田中康夫氏、東京地検特捜部元検事の郷原信郎氏ら8人が出馬を表明。』

長崎1区に初村氏 擁立

長崎1区に初村氏 擁立 安倍前首相の秘書 自民県連方針
https://nordot.app/787491376596434944?c=39546741839462401

『自民党県連は11日、今秋までに実施される次期衆院選長崎1区に、安倍晋三前首相の政策秘書で諫早市出身の初村滝一郎氏(41)を擁立する方針を決めた。16日の選挙対策委員会と常任総務会で正式決定し、党本部に公認申請する。

 長崎1区の同党候補を巡っては、現職の冨岡勉氏(73)=比例九州、4期目=の不出馬表明を受けて、県連が5~9日に公募した。県議ら11人が応募し、6人が書類選考を通過。県連は11日の初回選考委員会で面接した後、委員27人が無記名で投票した。関係者によると、初村氏が7割の19票を得た。

 初村氏は長崎日大高、大阪芸術大卒。2004年から安倍前首相の秘書を務めている。父謙一郎氏は元衆院議員、祖父滝一郎氏(故人)は元参院議員、鈴木改造内閣で労相を務めた。
 選考委終了後、県連会長の古賀友一郎参院議員は「長崎の将来を引っ張っていく若さと力に期待している。(長年の秘書経験から)永田町にも多くの人脈を持っており、長崎のためにも大いに力を発揮してほしい」と述べた。

 初村氏は12日、県連事務所を訪れ、山本啓介幹事長らにあいさつした。初村氏は取材に「まだ正式決定ではない。(決定すれば)とにかく頑張るだけだ」と話した。
 長崎1区には国民民主党現職の西岡秀子氏(57)と共産党新人の安江綾子氏(44)が立候補を予定している。』

岸田・二階派の対立激化へ 自民・林氏、15日にくら替え表明

岸田・二階派の対立激化へ 自民・林氏、15日にくら替え表明
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021071200966&g=pol

 ※ いよいよ「くら替え」か…。

 ※ 岸田さんの「鼎の軽重」、領袖としての「力量」が問われるな…。

 ※ 二階さんの「神通力」も、落ちてきた…、という判断もあるんだろう…。

 ※ しかし、その行く末は、菅さんの「再選戦略」にも影響する話しだ…。

 ※ 菅さんは、「当面の諸課題」で手一杯で、動きが取れないハズだ…。

 ※ 3A、なかんずく安部氏が、暗躍することになるのか…。

『自民党の林芳正元文部科学相(60)=参院山口選挙区、岸田派=は15日に山口県宇部市で記者会見し、次期衆院選山口3区からの出馬を正式に表明する。衆院へのくら替えは、将来の党総裁選への出馬が視野にある。ただ、現職の河村建夫元官房長官(78)=二階派=も立候補する方針で、両派の対立が激化しそうだ。

自民・岸田氏「理屈通る判断を」 山口3区で二階氏をけん制

 林氏の後援会事務所は12日、林氏の会見の日時などを発表した。会見に先立つ後援会会合で支持者にくら替え出馬を明らかにするとみられる。

 林氏は11日、山口3区内で5カ所目となる事務所を同県萩市に開設。あいさつで「この国のかじ取りをやらなければならない」「防長(周防、長門)からは数々のトップリーダーを生み出してきた」「国のために身命をささげたい」と国政を担う強い意欲を示した上で、「近いうちに正式な場で思うところを述べたい」とした。

 林氏は故義郎元蔵相の長男で、1995年の参院選で初当選し現在5期目。政策通として知られ閣僚経験も豊富だ。自民党が野党だった2012年9月の総裁選に立候補した際は、5人の候補のうち最下位に終わった。早くから首相候補と期待されたが、参院議員が首相になった例がないことがハードルとなっていた。

 林氏は、これまでも衆院転出がたびたび取り沙汰された。08年の衆院山口2区補欠選挙では、当時の古賀誠党選対委員長が出馬を打診。17年の前回衆院選でも同3区へのくら替えの動きを一時見せていた。

 河村氏が所属する二階派は反発している。会長の二階俊博幹事長は6月末の記者会見で「現職優先だ。(処分は)党則に書いている」と除名をちらつかせけん制。河村氏は12日、宇部市内で街頭に立った後、記者団に「みんなのために命を懸けてやる」と一歩も引かない構えを見せた。18日には麻生太郎副総理兼財務相を招いて集会を開く。

 一方、岸田派会長の岸田文雄前政調会長は、林氏について「党にも日本にも大事な人。同志としてしっかり応援したい」と、派会長として支援する考えを示している。ただ、林氏のくら替えは「ポスト菅」を狙う岸田氏の足元を揺るがしかねない。同派中堅は「両雄並び立たずだ」と語った。』

「キングメーカー」二階俊博幹事長の失せた神通力

「キングメーカー」二階俊博幹事長の失せた神通力
政治・外交 2021.01.22
与良 正男 【Profile】
https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00670/?cx_recs_click=true

『緊急事態宣言と菅内閣の危機

あれは、菅義偉政権自体が危機だという宣言ではなかったか。

新型コロナウイルスの感染拡大が一向に収まらず、菅義偉首相は年明け早々、東京都などを対象とした「緊急事態宣言」の再発令に追い込まれた。

しかし、この宣言も「遅すぎる」「対策も中途半端だ」といった厳しい評価がほとんどで、昨年末から急落している菅内閣の支持率が好転する気配はない。菅政権は発足4カ月で、そんな深刻な状況にある。

首相の苦境に拍車をかけているのが、二階俊博自民党幹事長の相次ぐ失態や失言だ。菅内閣誕生の立役者であり、政権ナンバー2として首相を守り、支えるべき二階氏の力も、同時に衰え始めている。それが今回の危機の大きなポイントだ。

「2人の失態」を象徴したのが、2020年12月14日夜、東京・銀座のステーキ店で、菅、二階両氏とプロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長、俳優の杉良太郎氏らが会食した「ステーキ事件」だった。

コロナ対策を担う政府の専門家による分科会が「勝負の3週間」と再三呼びかけ、「5人以上の飲食で感染リスクが高まる」と注意を促していたさなかに、8人ほどが集まった会食である。

その後、菅首相は「国民の誤解を招くという意味においては真摯に反省している」と一応、謝罪はした。ところが二階氏は「会食を目的にやっていない。意見交換を考えてやっている。全く無駄なことをしているわけではない」と反論した。その開き直りのような姿勢が、火に油を注ぐ結果となった。

自民党内に高まる二階氏への不満

会食の同席者は、菅氏以外は、元々二階氏と親しく、毎年「忘年会」を開いているメンバーだという。今回は二階氏が「来ないか」と首相を誘ったというのが真相らしい。

ご存じのように二階氏は、安倍晋三前首相の辞任表明を受けた昨秋の自民党総裁選で、官房長官だった菅氏をいち早く支持して一気に流れを作った。「そんな恩人の誘いを断れるはずがない」と首相周辺は弁護する。

だが、この時期に夜、多人数で会食すれば、連日、我慢を強いられている国民がどう受け止めるのか。両氏は想像できなかったのだろうか。会食を止める人が周りにいなかったとすれば、組織として重大な欠陥がある。

実は、この一件の前から自民党内には二階氏への不満がたまりにたまっていた。

一つは二階氏が率いる自民党二階派に所属する議員に不祥事が続出していることだ。

2019年夏の参院選での大がかりな買収事件(公職選挙法違反)で公判が続く河井案里被告。あるいは統合型リゾート(IR)をめぐる汚職事件の秋元司被告。両被告は自民党を離党したものの、国会議員は辞職せず、今も二階派に「特別会員」として所属している。

そして大手鶏卵業者から現金を受け取ったとされる贈収賄事件で在宅起訴された吉川貴盛元農相。吉川氏は二階派の事務総長を務めた幹部で疑惑発覚後、既に議員辞職している。
いずれの疑惑でも二階氏は幹事長として、そして派閥の領袖として明確なコメントを避けている。例えば、吉川氏が議員辞職した際には、報道陣が何を聞いても「(吉川氏)本人ら関係者でないと分からない」と、まるで他人事のようだった。

二階派の無軌道な膨張主義

「政治は数(がモノをいう)」が長年の二階氏の信条という。政治の師と仰ぐ、故田中角栄元首相から引き継いだものであろう。

「だから、二階氏は『来る者は拒まず』で安易に議員を引き入れて、二階派を膨張させてきた。そのツケが回っている」と、恨み節も込めて指摘する自民党議員は少なくない。

幹事長は選挙で公認するかどうかの権限を握る。そこでも強引な手法が目立つ。

2020年秋には、次期衆院選で衆院へのくら替えを目指す林芳正参院議員が、二階派のベテラン、河村健夫元文部科学相の地元・衆院山口3区から立候補しそうだとみるや、二階氏はどう喝じみた行動に出た。

河村氏の地元決起大会に、二階派所属議員19人を引き連れて出席した騒動である。岸田文雄前政調会長の岸田派に所属する林氏に対して、二階氏は集会で「売られたけんかは買う」と息巻いた。林氏の出馬を「反党行為」と断じて、自民党から除名する考えを示唆する二階派議員もいたほどだ。

確かに候補者擁立は「現職優先」が自民党の原則である。ところが、その一方では、他派閥の現職のいる衆院小選挙区で二階氏が別の候補を推そうとしている選挙区がある。それもまた、他派閥からは「身内優先のルールなき膨張主義」だと映る。

政権最大の弱点はトップ二人が裏方タイプなこと

菅氏と二階氏は国会議員の秘書を振り出しに、それぞれ横浜市議(菅氏)、和歌山県議(二階氏)を経て衆院議員となった。国会議員の二世や官僚出身ではない「たたき上げ」であり、世間受けを狙ったパフォーマンス嫌いという点でも共通している。

さらに両氏はともに観光業界に幅広い人脈がある。それが観光支援策「GoToトラベル」を推進した原動力となり、一時停止の決断が遅れた要因ともなったのは間違いない。

違いと言えば、二階氏はかつて小沢一郎氏と行動を共にして自民党を離党し、その後、2003年、自民党に復党したことだ。

二階氏の強みは「総理を目指そうと思ったことは一度もない」と公言している点にあるのだろう。同様に、一度離党して復党した石破茂氏が何度も総裁選に出馬しながら挫折を繰り返している姿を見れば明らかだ。

2020年秋の総裁選がそうであったように、素早く党内の大勢を見極めて勝てるトップ候補を担ぐ。トップは自分の後を狙わないナンバー2を安心して大事にするし、ナンバー2であれば最終的な責任も取らなくて済む。そしてまた次のトップ候補に乗り換える……。復党組の二階氏は今、文字通り、「キングメーカー」と言っていい。

一方、菅氏は若い頃から虎視眈々と首相の座を狙っていたという。だが、世間の印象で言えば、菅氏も「裏方の人」だろう。官房長官として自民党や霞ケ関の官僚からの評価が高かったにもかかわらず、なぜ、首相として評価が低いのか。菅氏自身が今、そのギャップに苦しんでいるように思える。

考えてみれば、首相も幹事長も「裏方タイプ」というのは、歴代自民党政権の中でも異例であり、この政権の最大の弱点かもしれない。とりわけ、このコロナ禍では、政府や政党トップの情報発信力や、国民に語る言葉の切実さや説得力が大きく左右するからだ。

党内で派閥抗争勃発の可能性も

もう一つのアキレス腱は対中国政策だ。かねて中国共産党指導部と太いパイプを持つ二階氏は自他ともに認める「親中派」であり、米国も警戒していると言われる。イデオロギー色が極めて薄い現実主義者である菅首相も日中間の経済を重視し、香港問題をはじめ中国への批判は抑制的だ。安倍前首相は中国と厳しく対峙(たいじ)することで固い保守層の支持を得ていた。それが長期政権を支えた大きな要因でもあった。そんな保守層からすれば、中国と融和的な菅、二階両氏には、そもそも根強い不信感がある。

新型コロナ対策として政府は1月13日、中国・韓国を含む11カ国・地域からのビジネス関係者らの日本への受け入れを全面的に止めると発表したが、これもまた「判断が遅すぎる」と自民党内から突き上げられて急きょ、方針転換したものだった。中国、韓国に気を遣っているように見える菅、二階両氏への不満が足元からも公然と出てきたということだ。
衆院議員の任期は2021年10月に満了となり、それまでには確実に総選挙がある。9月には自民党総裁選もある。菅首相は総裁選で再選された後、衆院解散に臨むシナリオを描いているようだが、その前に「これでは衆院選に勝てない」と「菅降ろし」が自民党内で始まる可能性は十分ある。

当面の焦点は、4月25日投開票予定の衆院北海道2区補選と参院長野選挙区補選だ。ところが自民党は吉川元農相の辞職に伴う北海道2区は候補者を擁立せず、早々と不戦敗を決めてしまった。選挙で勝つことで盛り返してきた安倍前政権とは大きく様変わりし、もはや菅政権は「守り」にきゅうきゅうとしていると言うほかない。

ただし、仮に「菅降ろし」が始まったとしても、それを誰がリードするのか。

冷徹に政界を渡り歩いてきたキングメーカーとしての神通力が失せた今、二階氏が「次はこの人」と言い出せば、直ちに流れが決まるといった状況ではない。むしろ党内で派閥抗争が始まり、混乱が続く可能性が高いだろう。そこに今の自民党の閉塞(へいそく)状況がある。それは所属議員が長く「一強体制」に安住してきたツケだと言い換えてもいい。
バナー写真:2020年11月25日、来日した中国の王毅(おうき)国務委員兼外交部長(右)と会見した二階俊博幹事長(左) 新華社/共同通信イメージズ 』

〔伊吹文明〕

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『来歴・人物

生い立ち

京都府京都市下京区に生まれる[3]。生家は文久年間に創業した室町の繊維問屋・伊吹株式会社[3]で、現在も室町で営業している[3]。御室小学校、同志社中学校、京都府立嵯峨野高等学校を経て京都大学経済学部卒業[3]。京大在学中はテニス部に所属した[3]。

大蔵官僚

大蔵省入省。ふりだしは大臣官房秘書課[4]。入省同期に篠沢恭助、千野忠男、朝比奈秀夫らがいる。外務省在イギリス大使館二等書記官、国際金融局国際機構課長補佐、主計局主計官補佐、理財局国庫課長などを歴任[3]。大蔵大臣秘書官を最後に退官[3]。

衆議院議員

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出典検索?: “伊吹文明” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2015年10月)

1983年に第37回衆議院議員総選挙に田中伊三次の後継者として旧京都1区から自民党より立候補し初当選。以後連続10期当選。初当選後、秘書として仕えた渡辺美智雄が所属していた中曽根派には加わらず、1990年に中曽根派が渡辺派に代替わりするまでは無派閥を通した[要出典]。3選し、伊吹が渡辺派に加入した直後に発足した第2次海部内閣では厚生政務次官就任が内定していたが、リクルート事件に関与していたため首相の海部俊樹によって取り消しになり[5]、同年暮れの第2次海部改造内閣の発足まで10か月ほど就任を留保された[要出典]。

1994年6月30日、首班指名選挙で自民党・社会党・新党さきがけの新連立与党3党は日本社会党委員長の村山富市に投票することで合意したが、元首相の中曽根康弘らと共に造反。新生党など旧連立与党が擁立した、直前に自民党を離党した元首相の海部俊樹に投票した。同年10月、衆議院文教委員長に就任。1995年10月、自民党政治改革本部副本部長に就任。1996年の第41回衆議院議員総選挙では京都1区で当選したものの、日本共産党の穀田恵二に2600票差まで猛追され苦戦した。

労働大臣・国家公安委員長

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1997年9月11日、第2次橋本改造内閣で労働大臣に任命され、初入閣。2000年の第42回衆議院議員総選挙では公明党の支援も受けて再選した(穀田も比例復活)。12月には第2次森改造内閣で国家公安委員会委員長兼危機管理担当大臣に任命された。また、2000年4月に開校したきょうと青年政治大学校初代校長に就任[要出典]。2001年1月、中央省庁再編に伴い国家公安委員会委員長や危機管理担当大臣に加え防災担当大臣も兼務した。

2005年12月、会長の亀井静香が離党したことで空席となっていた志帥会の会長に就任。2006年3月、衆議院行政改革に関する特別委員長に就任した。

文部科学大臣

同年9月26日、安倍内閣で文部科学大臣に就任。安倍改造内閣でも留任。

11月17日、学校におけるいじめを原因とした自殺の多発が問題となったことを受け、緊急アピール「文部科学大臣からのお願い」[6]を発し、全国の児童生徒、およびその保護者らに配布した。

12月15日、教育基本法改正案の審議に絡み、民主・社民・共産・国民新の野党4党から参議院に問責決議案を提出されたが、反対多数で否決された。

自民党幹事長・財務大臣

2007年同年9月24日、福田康夫の下、自民党幹事長に就任[7]。2008年8月2日発足の福田康夫改造内閣では財務大臣に任命された。

野党

2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙では京都1区から立候補するも、民主党の平智之に敗北。重複立候補していた比例近畿ブロックで復活し、9選。

11月12日の伊吹派の会合で民主党政権による行政刷新会議の事業仕分けについて、「公の場で、悪代官をみんなで懲らしめる絵を作ろうとした知恵者は大したものだ」と述べつつも、「民主党の価値観で無駄か無駄でないかを判断するのは乱暴だ」と仕分けのあり方に苦言を呈し[8]、自身の大蔵官僚時代の経験を振り返って「昔の評判の悪い主計官だって、あんな態度はとらなかった」と仕分けチームの高圧的な姿勢に疑問を呈した[9]。

衆議院議長

2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙では京都1区で10選。

12月26日、第74代衆議院議長に就任。それに伴い、志帥会会長を退任する(後任は二階俊博)。

2014年11月21日、衆議院解散により議長を退任。衆議院議長が解散詔書を読み上げる際、御名御璽以下を読まないのが慣例となっていたが、伊吹は慣例に反して読み上げ始めた[10]。このとき伊吹が「御名…」と言いかけたところで議場から万歳が起こったため、静まったところで改めて詔書を最後まで読み上げた後、万歳を先にやった議員に「万歳はここでやってください!」とフライングでの万歳を渋面で窘めた[11][12]。

同年12月14日の第47回衆議院議員総選挙では京都1区で11選。

2015年6月16日、後任の衆議院議長である町村信孝が死去した際には当選同期である伊吹が町村への追悼演説を行った[13]。

2017年8月の第3次安倍第3次改造内閣で文部科学大臣就任を打診されるも衆議院議長を務めたことを理由に固辞したと産経新聞に報じられた[14]。

2017年10月22日の第48回衆議院議員総選挙では12選を果たし、同時に現職の衆議院議員の中で最高齢議員となった[15]。

2021年6月28日、記者会見で高齢を理由に同年内に予定される第49回衆議院議員総選挙に立候補せず、政界から引退することを表明した[16][17]。

政策

憲法改正に賛成[18]。
集団的自衛権の行使容認に賛成[18]。
アベノミクスを評価する[18]。
原発は日本に必要だ[18]。
村山談話を見直すべきでない[18]。
ヘイトスピーチを法律で規制することに賛成[18]。
特定秘密保護法は日本に必要だ[18]。
日本における外国人参政権に慎重な姿勢を示している[19]。
選択的夫婦別姓法案に慎重な立場を示している[20]。
政府保有の日本たばこ産業(JT)株の売却に反対[21]。

発言

2013年11月29日に東京で開催された日韓議員連盟総会で、「国際社会は国際法の秩序の下に成立している。日韓両国の問題も国際秩序を守る前提で処理すべきだ」と発言した[22]。
衆議院議長就任後の2013年2月9日、自民党岐阜県連主催で開催された政治塾において、スポーツ指導や教育現場における体罰について、「体罰を全否定していては教育などできない」「何のために体罰を加えるのかという原点がしっかりしていない。立派な人になってほしいという愛情をもって体罰を加えているのか、判然としない人が多い」と発言した[23]。

2018年11月15日に所属する二階派の会合で、同党の下村博文憲法改正推進本部長が改憲論議に消極的な野党を「職場放棄」と批判したことについて、「慎まないといけない」と苦言を呈し「理念が安倍さんと一緒というだけでポストについても物事は進まない」とした上で、「各党に話し合いの場へ出てもらうことをやるのは最大会派の責任。これを乱すことはやっちゃいけない」、さらに「失敗をしても野党との間に信頼関係と人脈があれば、国会でもあまり追及されない」と野党との日頃からの関係構築の大切さを説いた[24]。

2019年2月、田畑毅(比例東海ブロック)の知人女性への準強制性交・盗撮疑惑が明らかとなり、自民党は2月21日、田畑の離党届を受理した。同日に開かれた二階派会合で伊吹は「問題にならないようにやらないとだめだ。同じことをやるにしても」と発言した[25][26]。

2020年12月、秋篠宮家眞子内親王とK氏の結婚について、「国民の要件を定めている法律からすると、皇族方は、人間であられて、そして、大和民族・日本民族の1人であられて、さらに、日本国と日本国民の統合の象徴というお立場であるが、法律的には日本国民ではあられない。眞子さまとKさんの結婚等について、結婚は両性の合意であるとか、幸福の追求は基本的な権利であるとかいうことをマスコミがいろいろ書いているが、法的にはちょっと違う」と述べ、物議を醸した[27]。だが憲法学者の横田耕一は「皇族には憲法が適用されないという立場から考えても、法的に眞子さまが制約を受けるということはありません」と反論している[28]。

不祥事

違法寄附金受領問題

伊吹の秘書が代表を務める自由民主党京都府明風支部が、京都ホテルから2003-2006年の4年間に渡り寄附金を受け取っていたことが発覚した。京都ホテルは10年超に渡って累積赤字を抱えており、京都ホテルの寄附は政治資金規正法第22条の4に違反すると指摘された[29]。

京都ホテル総務部部長は「年会費として支出しており、寄付という認識がなかった。今後は管理部門が精査する社内体制を築き、認識の違いが起こらないようにしたい」[30]と謝罪している。伊吹の事務所は「欠損があるとは全く知らなかった」[30]と釈明している。
収支報告書誤記載

2007年2月20日、『読売新聞』の調査で、2005年の衆議院議員総選挙における伊吹の選挙運動費用収支報告書に、実際の収支と異なる記述をしていた事実が発覚した。

選挙運動費用に200万円超の残金が出たため資金管理団体に戻した際、パーティー券収入として記載していた。伊吹は「恥ずかしい話だが、担当者の勘違いがあった」[31]と語っており、故意ではなくミスであると発言している。なお、選挙運動費用収支報告書への故意の虚偽記載は公職選挙法違反に該当する。

違法献金受領問題
2007年3月7日、参議院予算委員会での参議院議員井上哲士(日本共産党)の質問により、伊吹が社団法人から違法献金を受け取っている疑惑が生じた[32][33][34]。

政治資金パーティ
文部科学大臣だった2007年5月、大規模な政治資金パーティを自粛すると定めた大臣規範に反し、パーティを開催して約4350万円の収入を得ていたことが政治資金収支報告書で分かった[35]。

エピソード

趣味は料理で、料理本を出版した経験もある。河野太郎は、伊吹が自宅で振る舞った料理のメニューをブログに記している[36]。

所属している志帥会の会合では必ず冒頭に「役立つ講話」を行っている[37]。「講話」の一部はマスコミに公開されており、持論を展開する様子がテレビニュースでも取り上げられることがある。例えば、同派の今村雅弘復興大臣が失言で大臣辞任に追い込まれた直後の定例会では「失言を防ぐ6つの“た”」を提唱し[38]、若手議員を中心とした自民党議員に失言防止方法を伝授した。

穀田恵二とは京都1区で8回対決している(2009年総選挙以外は伊吹が当選し、2009年だけは穀田とともに比例復活当選)。そんな穀田を伊吹は戦友と表現し、また穀田の国対委員長就任20周年記念パーティーの呼びかけ人を務めている。2021年の第49回衆議院議員総選挙に伊吹が出馬せず政界を引退する意向を表明すると、穀田は寂寥の感が否めず、もう一度雌雄を決したかったと好敵手の引退を惜しんだ[39][40]。

著書

こうすればできる・増税なき財政再建(出版:にっかん書房、発売:日刊工業新聞社、1985年11月)

新保守革命(渡辺美智雄・柿澤弘治との共著、出版:文藝春秋、発売:ネスコ、1994年4月) ISBN 4890368701

渡辺の政策本に、共同執筆者として柿澤とともに参加したもの。
シナリオ日本経済と財政の再生 いま、改革する保守の時(渡辺喜美との共著、日刊工業新聞社B&Tブックス、2001年11月) ISBN 4526048526
いぶき亭四季の食卓 大臣のこだわり手料理(講談社、2008年1月) ISBN 4062143542 』

「3A」対「2F」:総選挙に向けた自民党の暗闘

「3A」対「2F」:総選挙に向けた自民党の暗闘
https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00727/

『与良 正男 【Profile】

2021年6月16日、通常国会が閉幕した。新型コロナウイルス対応は継続して取り組むものの、永田町は「秋の陣」となる総選挙モードに突入している。焦点となっているのは、9月に任期満了となる自民党総裁の行方。現時点では菅義偉氏の続投が有力と見なされているが、カギを握るのは、キングメーカー二階俊博幹事長の去就。続投に意欲を見せる二階氏に対して、続投阻止の動きを旗幟鮮明にするのが安倍晋三前首相、麻生太郎副総理兼財務相、甘利明自民党税制調査会長の3A。両者の暗闘が意味するものは何か。

甘利氏を幹事長に据えたい「3A」

「3A」対「2F」抗争――と呼ぶそうだ。「3A」は安倍晋三前首相、麻生太郎副総理兼財務相、甘利明・自民党税制調査会長の3人を指す。「2F」はSecond Floor。つまり二階俊博幹事長のことだ。

その両陣営が今、派閥の垣根を超えた議員連盟(通称・議連)を続々と発足させて勢力争いを続けている。「コロナ禍にもかかわらず、自民党は何をしているのか」といった批判が出るのを気にはしているのだろう。共に「菅義偉首相を支えて新型コロナウイルス対策に全力を挙げる」と標榜(ひょうぼう)しているが、対立は深まるばかりだ。

報道されているように、この対立は秋の自民党総裁選と、それに伴う党役員人事を見据えた「幹事長ポスト争い」である。幹事長在任期間が歴代最長の4年余となっている二階氏がなお続けるのか、そうはさせないのか。「3A」側は甘利氏の幹事長起用を目指していると聞けば、争いの構図は一層、鮮明になる。

確かに「菅降ろし」に直結する動きとは言えない。ただし、菅政権は発足以来、この「3A」と「2F」との危ういバランスの上に成り立っていることを押さえておく必要がある。

菅政権は2020年秋、二階氏が主導して誕生した。菅氏の他に有力な「ポスト安倍」候補を持てなかった「3A」側も、それに乗らざるを得なかった経緯がある。このバランスが崩れれば菅首相の政権基盤は揺らぐ。単なる幹事長争いと片づけられないのは、そのためだ。
河井元議員の買収問題で表面化した確執

経過をおさらいしておこう。

今回の対立は2019年の参院選広島選挙区を舞台にした巨額買収事件で当選無効になった河井案里元参院議員の陣営に対し、自民党本部が1億5000万円もの異例の資金を提供した問題が発端だ。

5月17日。この1.5億円について記者会見で問われた二階氏は「私は関与していない」と主張し、会見に同席していた二階氏の側近、林幹雄幹事長代理は「当時の選対委員長が広島を担当していたので、よく分からないということだ」と補った。

「当時の選対委員長」は甘利氏だ。二階氏は「そもそも、あの選挙で河井氏の擁立を強引に進めたのは安倍氏本人だったではないか」と言いたかったに違いない。これに対して「3A」側の甘利氏が「1ミクロンも関わっていない」とすぐさま反論し、対立に火がついた。

結局、1.5億円問題は「当時、自民党総裁だった安倍氏と、幹事長の二階氏双方に責任がある」とお茶を濁して終わりそうだ。しかし、1.5億円をどちらが主導したのかはともかく、かねて「3A」側には党の資金を牛耳る二階氏に大きな不満があったという。その意味で、カネの問題が対立の引き金になったのは、本質を突いていたと言っていい。充満していた不満に一気に火がついてしまったということだ。

政争の舞台となる議員連盟

勢力争いの「道具」となったのが、議員連盟である。

5月21日。甘利氏が会長となって初会合を開いた「半導体戦略推進議員連盟」の最高顧問には安倍氏と麻生氏が就いた。テレビカメラの前でマイクを握った麻生氏は「A、A、A、3人揃えば、なんとなく、政局という顔だ」と上機嫌で語った。

「半導体戦略」は表看板に過ぎず、狙いは党内政局。それを隠そうとしないどころか、むしろ「政局的な動き」と報道してほしいと言っているようなものだった。

6月11日には、岸田文雄前自民党政調会長を会長とする「新たな資本主義を創る議員連盟」ができた。こちらの顧問には安倍、麻生、甘利3氏が就いた。

安倍氏は首相時代、後継には岸田氏を考えていたのは周知の通りだ。安倍氏は一時、「首相へのステップになる」と考えて、岸田氏を幹事長に起用しようとしたものの、二階氏が激怒して、思い留まった。

だが、これを機に安倍氏と二階氏の間に亀裂が入り、二階、岸田両氏の関係も悪化する結果となった。そんな経緯を振り返れば、「ポスト菅」を狙う岸田氏が、まず「3A」を味方につけようとするのは当然だ。

狐と狸の化かし合い

二階氏も負けていない。6月15日。今度は二階氏が会長を務める「自由で開かれたインド太平洋」推進議員連盟が発足した。

言うまでもなく、「自由で開かれたインド太平洋」は、安倍政権時代、中国包囲網作りを狙って掲げた外交メッセージだ。対する二階氏は自他ともに認める「親中派」で、党内や保守論壇から批判を浴びてきた。その批判をかわす狙いもあったと思われる。

しかも驚くことに、二階氏はこの議連の最高顧問に安倍氏を迎えた。前述した側近の林幹事長代理を通じて菅首相に議連発足を報告したうえで、安倍氏を迎える周到さだった。

それなら安倍氏に断る理由はない。約130人の自民党議員が参加した初会合では、笑みを浮かべて、こうあいさつした。

「いろんな顧問を引き受けていますが、この会こそ最高顧問を引き受けたいと思いました」二階氏への最大限のリップサービスである。ここでも会場から出たのは笑い声だった。こうして「狐と狸の化かし合い」のような、つば競り合いが続いているのである。

ところで、にわかに注目を集め始めた「議連」とは何だろう。

簡単に言えば、議員有志がテーマごとに集まるグループを指す。派閥と同様、法律や党則に基づく組織ではない。派閥との違いは、自民党の派閥が本来、「この人を首相にしたい」という目的で結成され、派閥の幹部が若手らを資金面でも面倒を見るのに対し、議連はそうした組織ではない。野党も含めた超党派で結成される場合も多い。

「日韓議員連盟」など他国の議員との交流を目指す議連。法律や政策の実現を目的とする議連。特定業界を支援する議連。落語等々、趣味が一致する議員が集まって応援する場合もある。国会には現在、休眠中のものも含めて、1000以上あるという。会費は月100円~1000円程度だそうだ。

政界の地殻変動をもたらした議連の歴史

こうした緩やかなグループであるにもかかわらず、政治の主導権を握るため、党内の派閥を超えて議連を作り、勢力を競う動きは以前からあった。

筆者がすぐさま思い出すのは、小渕恵三内閣時代の1998年、小渕氏と同じく「自民党竹下派7奉行」と呼ばれた梶山静六氏らが結成した「危機突破・改革議員連盟」だ。亀井静香氏らが名を連ねた。

目指したのは、こちらもかつては「竹下派7奉行」の1人でありながら、自民党を飛び出し、当時は自由党を率いていた小沢一郎氏との連携だ。自民党と自由党との連立は「保・保」連合と言われたものだ。

旧社会党との連立政権をリードした加藤紘一氏や野中広務氏らとの激しい自民党内の主導権争いではあった。だが、そこには梶山氏らが目指す「保守」と、加藤、野中氏らが立脚する「リベラル」という国の行方を左右する基本路線の対立があった。他党も巻き込むダイナミックな政界再編構想でもあった。

さらに時代をさかのぼれば、1988年、武村正義氏や鳩山由紀夫氏ら当時の自民党若手議員が結成した「ユートピア政治研究会」も派閥横断の議連であり、自民党を二分していた政治改革論議をリードし、後に結党された新党さきがけの母体となった例もある。

全ての主要な議連の中心にいる安倍氏


今回はどうか。閣僚・党幹部のポストや、党の資金をめぐる内向きの争いに過ぎないと言わざるを得ない。その一方で、「何があっても菅首相を支える」といった熱意も双方に感じられないのだ。

菅首相は東京五輪の開催と、ワクチン接種の拡大に政治生命を賭けている。世間のムードを変えて、衆院解散・総選挙に臨み、一定の議席を得たうえで、できれば無投票で自民党総裁選を乗り切る戦略は今も崩していない。

しかし7月4日に投開票された東京都議選で、自民党は惨敗した前回都議選から復調したものの、公明党と合わせて過半数議席獲得という目標に届かなかった。小池百合子・東京都知事が特別顧問を務める地域政党「都民ファーストの会」のブームは去ったとみて、自民党には当初、楽勝ムードさえ漂っていたが、一転して「菅首相の下で秋の衆院選は戦えるのか」と不安視する声が強まっている。

今後、内閣支持率がさらに低下した場合はどうなるか。そこに有力な「ポスト菅」が出てくれば、仮に衆院選前でも、党内が一気にそちらになびく可能性がある。ところが、肝心の「ポスト菅」がなかなか見当たらないから、「菅降ろし」の動きにならないのである。菅首相は今、党内のこうした閉塞状況に助けられていると言ってもいい。

「3A」対「2F」の話に戻ろう。見逃せないのは、乱立する全ての議連の中心に安倍氏がいることだ。「二階降ろし」と同時並行するように、党内では安倍氏の再々登板説まで真顔でささやかれている。本人にその気はなさそうだが、それは自民党、いや政界全体の深刻な人材不足を如実に物語っている。

そして少なくとも安倍氏が今回、誰を首相にするかに強い影響力を持つ「キングメーカー」としての位置を確保したのは間違いないだろう。有力な「キング」候補がいない中で、安倍氏と二階氏、どちらがキングメーカーになるかという奇妙な争いでもある。

バナー写真:自治会・町内会を応援する自民党の議連会合に出席した二階俊博幹事長(中央)と安倍晋三前首相(右) 2021年6月17日 自民党本部 時事 』

自民・岸田氏「都議選の反省を」

自民・岸田氏「都議選の反省を」
政治とカネ、衆院選へ懸念
https://nordot.app/785838222163312640?c=39546741839462401

『自民党岸田派は8日、東京都内のホテルで政治資金パーティーを開催した。岸田文雄前政調会長は自民党で相次ぐ政治とカネ問題を挙げ「東京都議選で自民党を見る目は大変厳しかった」と指摘。「真摯に選挙結果を分析、反省しなければならない」と述べ、次期衆院選へ懸念を示した。

 「ポスト菅」に意欲を示す岸田氏にとっては、他派閥との連携強化による支持拡大が課題。一方、衆院選では自派の候補が二階派など他派閥の候補と公認を争う選挙区があり、岸田氏の調整力が問われている。

 最大派閥・細田派の細田博之会長は「岸田派は偉大な首相や閣僚を輩出している素晴らしい政策集団だ」と持ち上げた。』

自民の竹下元総務会長が引退表明

自民の竹下元総務会長が引退表明
体調不安で、後継は県連に一任
https://nordot.app/785690646104539136?c=39546741839462401

 ※ 息子は、二人いるようだ…。

 ※ しかし、いずれも「政治家」になる気は、無いようだな…。

『自民党の竹下亘元総務会長(74)=衆院島根2区=は8日、次期衆院選に立候補せず、政界引退する意向を文書で表明した。後継は島根県連会長に一任した。県連の糸原徳康幹事長が松江市で記者会見し、文書を読み上げた。2019年1月に食道がんを公表して長期療養しており、体調不安が理由という。自身が会長を務める竹下派の後任人事が注目される。

 竹下氏は文書で「病魔に襲われ、体力、気力が衰え、皆さんのために自信を持って働くことができない状態だ」と明らかにした。糸原氏によると、代読の形を取ったのは、竹下氏の声が出ないためだという。』

二階氏、小池氏の国政復帰を歓迎 民放番組で発言

二階氏、小池氏の国政復帰を歓迎
民放番組で発言
https://nordot.app/785844793932054528?c=39546741839462401

『自民党の二階俊博幹事長は8日、TBSのCS番組収録で、東京都の小池百合子知事に関し「国会に戻ってくるならば大いに歓迎だ」と述べた。一方で国政復帰の意向について「うかがったことはない」とした。党総裁選を巡っては、菅義偉首相の続投を支持する考えを重ねて示した。

 小池氏の東京都議選での戦いぶりについて「彼女独特だ。全体を見通している」と指摘。都政運営に関しても「都民、国民の多くが拍手を送っている。十分計算された結果で、見事なものだ」と持ち上げた。

 小池氏は都政運営などの相談のため度々二階氏を党本部に訪ねている。』

〔自民党、各派閥の「数」…。〕

 ※ 竹下さん引退ということで、各派閥の「勢力」をおさらいしてみた…。

 ※ 直近の資料は探せず、前回の「総裁選」の時の資料(画像)だ…。

 ※ まあ、大体は、今もこれをベースに動いているんだろう…。

※ 「細田派」は、安倍さんが総裁を辞任したんで、実質「安部派」になっていると思われる…。

※ 「無派閥」は、相当数が「菅派」だと思われる(全部じゃ、ないんだろうが)…。

 ※ それで、肝心の「無派閥」の「菅支持勢力」だが、「「ガネーシャの会」「向日葵会」「令和の会」
いずれも菅を慕う無派閥議員の集まりと目されている。
党内の無派閥議員は50人以上。17人が所属する「向日葵会」を除き、「派閥の時代は終わった」という菅に配慮して、所属人数は明らかにされていない。何となくミステリアス感も漂う。』と言うことで、「明らかにされていない」らしい…。

 ※ 単純な足し算すると、細田派+麻生派+無派閥(50人とした)=203人
 これに、竹下派+岸田派+二階派+石破派+石原派が対抗したとしても、55+48+44+20+12=179人で、勝ち目は無い…。無派閥の残り23人を、全部取り込んだとしても、179+23=202人だ…。

 ※ 必ず、「勝ち馬に乗る」向きも出てくる…。負けると、干されて、冷や飯食わされるのは、必定だからな…。

※ 前回は、こういう構図だった…。

※ こういう話しもあった…。

※ まあ、安倍辞任に伴う「ドタバタ劇」だったんだろう…。

自民・竹下氏が政界引退

自民・竹下氏が政界引退
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021070800467&g=pol

※ 自民党の派閥の力学とか、どういうことになるんだろうな…。

※ 一応、この人が、「竹下派の領袖」だったわけだが…。

『自民党竹下派会長の竹下亘元総務会長(74)=衆院島根2区=が次期衆院選に出馬せず、政界を引退する意向を周辺に伝えたことが8日分かった。愛煙家として知られ、2019年1月に食道がんを公表して療養。同11月に復帰したが、その後も入院するなどしていた。

【図解】自民党派閥勢力の増減(2019年8月)

 異母兄の故登元首相の後継として2000年の衆院選で政界入りし、7回当選。復興相や衆院予算委員長、党国対委員長を歴任した。』

公明代表「対中制裁は良い方向にいかない」

公明代表「対中制裁は良い方向にいかない」
https://www.sankei.com/article/20210705-DABBW4GV4JOYLKJTBGDUXHBZAY/

『公明党の山口那津男代表は5日夜のBSテレ東番組で、中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区などでの人権状況に関し「中国に言うべきことを言っていくことと、協調すべきは協調しながら平和や安定を保っていくことの両方が必要だ」と述べた。

その上で、中国への制裁について「日本と中国の経済的な相互依存関係を考えると、制裁一辺倒というやり方は必ずしも良い方向にいくとは思えない」と指摘した。』

菅官邸の中枢に陣取る財務官僚たち

菅官邸の中枢に陣取る財務官僚たち|森功
https://bungeishunju.com/n/n12e84d47f231

『2020年9月の政権発足時、首相の菅義偉は事務所の若い新田章文を政務担当筆頭秘書官にし、事務の担当も官房長官時代からの持ちあがりばかり。事務秘書官たちは参事官(課長級)で年次が若く、古巣の出身官庁の意に反してまで政策を引っ張っていく力がない。本来が初めから財務省の寺岡光博を政務秘書官に任命すればよかった。だが、そうできない事情があった。寺岡自身、この年の7月に財務省主計局総務課から内閣官房審議官に就任したばかりで、2カ月早々で異動させるのを憚った。それは遠慮というより、自ら指示を出して政策を引っ張れば秘書官たちでも務まるという驕りがあったのだろう。

 すでに7月におこなわれる霞が関の定期人事の時点で、菅はポスト安倍晋三を睨んでいた。そこでまずは、自らに近い官僚たちで官邸を固めようとする。このときの人事では財務省出身の古谷一之に替え、藤井健志を官房副長官補に起用。古谷、藤井はともに財務省の税務畑を歩み、事務次官の目もあったが、国税庁長官となり、第二次安倍政権で官邸入りしたかっこうだ。

 安倍政権時代の財務官僚といえば、政務秘書官の今井尚哉に従って経産省寄りの政策を進めてきた現事務次官の太田充や菅に近いとされた現主計局長の矢野康治が目立った。太田と矢野との確執も垣間見られたが、財務省内では古谷、藤井の存在はやや埋もれた感があった。

 だが、菅が政権をうかがうようになると、菅に近い財務官僚と見られている古谷と藤井が官邸内でも存在感を増していく。(※ 無料は、ここまで)』

「絶対に逆らわないイエスマン」菅首相の秘書官を分析する

「絶対に逆らわないイエスマン」菅首相の秘書官を分析する|森功
https://bungeishunju.com/n/n79add3d855ff

『「私どもは選挙で選ばれているから、何をやるという方向を決定したのに、反対するのであれば、異動してもらう」

 自民党総裁選渦中の9月13日フジテレビの番組で、「官僚が政権の決めた方向性に反対した場合どのように対処するか」と問われた菅はそう答え、大きくクローズアップされた。実際、首相の菅義偉は数々の官僚人事で気に入らない官僚を左遷させてきたといわれる。

 第二次安倍政権で7年8カ月にわたって官房長官を務めてきた菅は、霞が関をグリップしてきたと評される。官房長官は政権ナンバー2としてすべての省庁の幹部官僚に睨みを利かす。とりわけ安倍政権で発足した内閣人事局は、各省庁の大臣が決定した幹部人事をひっくり返すこともできた。現実に菅が人事案を差し戻したケースもある。

 それゆえ菅はいかにも官僚組織に通じているように見られている。だが、実際は必ずしもそうではない。周知のように菅の閣僚経験は第一次安倍政権時代の2006年9月から07年8月まで務めた総務大臣と第二次安倍政権の12年12月から20年8月までの官房長官の2つだけだ。したがって官庁に太い人脈のパイプがあるわけではない。また官房長官は、各省庁の幹部から相談を受けて事務次官や審議官、局長を選ぶ大臣とも役割が異なる。つまるところ、人事の生殺与奪を握り絶大な権限を持って恐れられる対象ではあるが、それぞれの役所の内部事情や人事に深く入り込んできたわけではない。換言すれば、菅の本当に信頼できる懇意の官僚は限られている。

 そのことを如実に物語る出来事が菅新政権における首相秘書官人事ではなかろうか。

 通常、首相には首席の政務秘書官1人と外務省、財務省、経済産業省、防衛省、警察庁の5省庁から1名ずつ内閣官房に出向する形で事務秘書官がつく。08年9月に発足した麻生太郎内閣では、政務担当の首席事務秘書官として総務省の出向者を加えた。また安倍は第二次政権になると首席の政務秘書官に第一次政権時代の事務秘書官だった経産省出身の今井尚哉を起用し、のちに首相補佐官を兼務させる。その今井の秘書官補だった同じ経産省出身の佐伯耕三を史上最年少の事務秘書官に抜擢し、側近グループを形成してきた。首相秘書官には局長級かその一歩手前の幹部官僚が就任するのが通例であり、他の財務、防衛、警察の人事はそうだったが、参事官、課長級の佐伯の秘書官就任は異例でもあった。

 菅内閣における秘書官人事については以前にも本連載(16回目)で触れたが、菅は安倍政権時代の6人体制から1人増やして7人に増員。外務、財務、経産、防衛、警察のほかにコロナ対策を考慮して厚労省からも秘書官を出向させた。

 その上で首席の政務秘書官には菅事務所の新田章文を起用。政務秘書官は首相の家族の面倒までみなければならないため、議員の個人事務所の金庫番を据えるケースが多い。したがってこれ自体はさほど珍しくはないが、それよりむしろ霞が関で話題になったのは、7人のうち政務の新田を含め、官房長官時代から持ちあがった秘書官が5人もいることだ。

 菅は新田に加え、外務の高羽陽、財務の大沢元一、経産の門松貴、警察の遠藤剛という4人の官房長官秘書官を首相秘書官に昇格させている。ある高級官僚は、「菅さんは自分の言うことに絶対に逆らわないイエスマンを傍に置きたかっただけだ」と切って捨てる。新たに置いた厚労出身秘書官だけは官房長官秘書官だった岡本利久から鹿沼均に替えている。それは岡本がコロナ対策で菅に苦言を呈したことがあったからだともいわれる。また防衛省からは安倍首相時代の秘書官だった増田和夫が続投しているが、これは安倍政権時に中止したイージスアショアの代替案を作成しなければならないからに過ぎないという。

 参事官級である官房長官秘書官と局長一歩手前の首相秘書官では入省年次がずい分異なる。各省庁の政策協議の中核を担う幹部官僚が首相秘書官として官邸にいるからこそ、それぞれの出身官庁とのすり合わせもスムーズに運ぶ。しかし、それでも敢えて菅は若手の官房長官秘書官たちを持ちあがりで首相秘書官に据えた。なぜか。

「もはや好みの問題というほかありません。たとえば経産出身の門松は東大の法学部や経済学部卒の事務官ではなく技官です。経産省では理工系の技官を多く採用するので、出世する技官もすくなくないけど、彼は菅さんに引っ付いてうまくいった。菅さんは03年に経産政務官になりますけど、門松はそのときに出会ったと聞いています。それ以来、菅事務所に出入りするようになり、ずっと縁をつないできた。菅さんにとっては可愛い若手官僚という感じでしょうね。今も朝の散歩には門松を必ず同伴。菅さんの精神安定剤なんて呼ばれています」(前出・ある高級官僚)

 門松は1994年3月に慶応大学環境情報学部を卒業し、4月に旧通産省入りした。中央官庁のなかでも変わり種が多い経産官僚にあっても、珍しいタイプだ。菅は東大法学部卒業のエリート官僚に猜疑心を抱き続け、むしろ私大卒業組などを重用してきた傾向もある。

 次回以降、秘書官を中心に菅自身の霞が関人脈を分析していく。

(第18回 文中敬称略)』