〔リーキー・ガット(「腸漏れ」)、グルテンフリーなんかの話し〕

※ ジョコビッチ選手と言えば、「リーキー・ガット(腸漏れ)」とか、「グルテンフリー」とかの話しが、あまりに有名だ…。

※ 最近は下火になったが、一時「グルテンフリー」は、おお流行りだったよな…。

※ ちょっと調べて、画像を収集したんで、貼っておく…。

なぜ疲れやすい?「腸もれ」が引き起こす「3つの疲労」:リーキーガット&リーキーブレイン、脳疲労・肝臓疲労・副腎疲労
更新日:2021年5月12日
https://www.dr-okudaira.com/post/leaky_gut_and_three_fatigue

※ 腸壁を構成している細胞の連結が、「何らかの原因」で「弱まり」、血管内にその「すき間」から「いろんな悪いもの」が混入していく…。

※ それが、全身にいろいろな「悪さ」をしていく…、という話しだ…。

※ その「腸漏れ」を引き起こす原因の一つと考えられているのが、「グルテン」であり、これを極力食さないというのが、「グルテン・フリー」なわけだ…。

※ ジョコビッチ選手の場合、そこから「さらに進んで」、なるべく体内に「人工物」を取り入れないとなり、「反ワクチン」となったものなのか…。

〔平均寿命、平均余命、健康寿命〕

平均寿命45歳の国があるって想像できますか?
https://motohashi-yuta.com/entry/2015/04/17/073154

平均余命
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%9D%87%E4%BD%99%E5%91%BD

『平均余命(へいきんよめい/へいきんよみょう, Life expectancy )とは、ある年齢の人々が、その後何年生きられるかという期待値のことである。生命表で計算されている。CIAファクトブックの2021年のデータでは、最も低いアフガニスタン(南アジア)においては約53.25歳(男性:51.73年、女性:54.85年)[4] 、一方で日本においては約84.65歳(男性:81.73年、女性:87.74年)となっている[5]。
国別の一覧については「国の平均寿命順リスト」を参照

日本の生命表には、10万人が生まれたとき、ある年齢に達するまで何人生存し、その年齢の内に何人が死亡するかが計算され、掲載されている。また、毎年10万人が定常的に生まれる集団において、ある年齢に属する人口が何人になるかも計算されている(これをその年齢の定常人口という。その年齢に到達する人数である生存数とは異なる)。

0歳での平均余命のことは特に平均寿命(Life expectancy at birth, LEB)といい、国や地域の医療・衛生水準を示す指標として用いられている。乳児死亡率は他の年代の死亡率と比較して高率のため、平均寿命が平均余命の中で最長とは限らない。

この数値は、現在の死亡状況が将来にわたって続くと仮定した場合のものである。医療の進歩や生活環境の変化によって、実際の平均生存期間は平均余命と異なってくる可能性は大きい。

また、ある有害要因(喫煙、放射線被曝など)によって平均余命がどの程度短縮されるか計算したものを平均余命損失といい、有害度の尺度として用いられることがある。 』

長生きの基準は平均寿命ではなく平均余命を超えたかどうか
https://kaigo.ten-navi.com/article/2

健康寿命とはどのようなもの?
https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifesecurity/1160.html

進化論と戦術

進化論と戦術
https://st2019.site/?p=17942

 ※ 「恐ろしい」「戦慄の内容」が語られている…、とオレには、思われる…。

 ※ 「無限の応用が、可能である。」戦術論であると、オレには、思われる…。

『わたしたちの現実世界では、すぐ先の未来に何が起きるか――すらも、完全な予測はできないものです。
 あなたが最善だと信じて選択したコースの結果が、よくなかった――ということは、しばしばあるでしょう。

 第二次大戦の後半、旧ソ連軍は、東部戦線のドイツ軍を西へ向かって押し返すときに、北から南まで連続して延びている長大な対峙線の、どの一点を次に突破するのかは、あらかじめ決めないようにしておくことが、有効であると学びました。

 全線をほぼ同時一斉に圧迫し、すべての箇所で、浸透や突破を試みる。
 するとそのうちどこかで、ドイツ軍が防備をもちこたえられない場所が偶然に見つかり、そこで小規模な前進が成功します。
 ソ連軍司令官は、その「現にうまくいっているように見える場所」に、手元に控置していた予備のありったけの兵力を注入して、戦果を拡大しました。

 この流儀は、進化論の智恵そのもので、豊田章男氏(トヨタの会長)がさいきん言っていることにも近いものなのです。

 すなわち「脱炭素」を実現するために何か特定のアプローチ(たとえば乗用車に関しては完全な電動自動車化、発電方式に関しては再生エネ)を、政府の智恵の足りない少数者が「これがベストだ」「これしかない」と信じ込んで闇雲に選別してしまい、全国民にそれのみに限った努力をおしつけ強制せんとする流儀は、進化論的に非合理的で、みすみす国家的な不利益を背負い込み、とりかえしのつきにくい損失を国民の行く末に課してしまうおそれがあるのです。

 進化論的に政策を推進するようにしたら、このような「騙されやすい政府が善意のつもりでハマってしまう禍害の陥穽」は、避けられるでしょう。

 すなわち、脱炭素のためのあらゆる方法を、各法人・各私人がめいめい自主的に多様に考えて追究することを奨励する。そのなかから、おのずから「他の方法よりうまくいく」方法が現れてきます。だんだんとそれを見定めて、政府は、じっさいに他よりもうまくいっている方法を、手厚く応援するようにして行く。
 この流儀こそが、かつてないチャレンジとなる目的を集団的に達成するためには、いちばん合理的なのです。

 なおソ連軍式に関してもうひとつ覚えておくとよいことがあります。

 攻勢作戦において、攻撃が頓挫してまさに全滅の危機に瀕しつつある味方部隊が幾つかあっても、上級司令部ではその地点をサクッと見捨ててしまい、決して増援部隊などは送らない方針を貫いたことです。

 突破と前進に成功している箇所に全予備をまとめて投ずるのが、攻勢作戦での全線勝利の鍵なのです。
 すでに攻撃が頓挫し停滞していると判明した箇所に、貴重な有限資源をあとから分割投入してはいけないのです。

 ソ連崩壊後のロシア経済――とくに2010年よりも前――は、このソ連軍式の適用をしなかったせいでうまくいかなかったのか、それとも、まさにこのソ連軍式を経済行政に採用してしまったがために破滅的な結果を招いたものなのか、そこを知りたいとは思っているのですが、わかりません。

 さて、進化論については、ほぼすべての人が、一知半解です。
 にもかかわらず、おおぜいが、じぶんは進化論を十分に知っている と思い違いをしているところから、癌患者が伸ばせるはずの寿命を、むざむざ縮めてしまっているよ—と啓蒙する本が訳刊されています。

 キャット・アーニー氏著、矢野真千子氏tr.『ヒトはなぜ「がん」になるのか――進化が生んだ怪物』(Kat Arny“Cancer, Evolution and the Science of Life”, 2020. 邦訳/河出書房新社 2021)が、それです。

 ある経済的な恩人からわたしはこの本を頂戴したのでしたが、一読して、すべての軍司令官はこの本を読む価値がある—と、膝を叩きました。対ゲリラ作戦を組み立てるときのヒントに満ちているからです。

 人体にとって、癌細胞は「敵」です。しかし通常、36歳以下の若い人のカラダは、その「敵」が爆発的に増殖することをゆるしません。
 じつは健康な若い人も、癌細胞を体内に抱えているのです。いるけれども、国家の治安力のようなものが働いていて、その身中の敵の爆増を許していない。癌細胞があっても、それが増殖しなければ、ヒトは、健康でいられるわけです。国家のどこかに犯罪者予備軍が存在するが、その跳梁は、力のバランスによって抑止されているようなもの。見かたを変えますと、社会と敵とのしずかな共存状態になっているのです。

 成人が、もはや子どもをつくれない年齢にさしかかると、体内の癌細胞の増殖を抑える力は、弱まります。というのは、生き物のDNAにとっては、子孫を残すことが優先順位の最上位ですので、子孫を増やせなくなった年寄りの個体は、もう死んでくれてもいいからだそうです。

 それで、老人の体内を仔細に調べれば、ほぼ全員、どこかに癌細胞を持っているのが見つかるそうです。

 しかし、その癌を悪化させることなく長生きして老衰死する老人もいる。本人は、病院で医者から指摘されないかぎり、じぶんの体内に癌細胞があるとは知らないで、一生を送るのです。

 体内に癌細胞はいくつもあるけれども、それが爆発的に増殖しない。それがじつは、「健康」の真相であったのです。

 ということは、人体内の「癌細胞を根絶してやろう」という医療の目標設定は、根本的な誤りです。

 若い人のカラダがしぜんに実現できていたように、敵との共存状態を、老人になっても、できるだけ長く維持させる。癌細胞は存在しているけれども、それを爆増させないように保つ。それこそが、成人医療の目標設定であるべきだったのです。

 そこで大事なことは、敵は一枚岩ではない、というリアリティの把握です。
 敵集団の中に、必ず、マイノリティが混じっている。
 じつは、敵も「多様」であったのです。

 敵集団の中に、複数のマイノリティが混在し、敵集団の中でも「三すくみ」のような「力の均衡」状態が生じていた。それがあるおかげで、癌細胞集団ぜんたいとして正常細胞にうちかつことはできず、どの癌細胞も爆増できないでいるのです。

 もし、正常細胞に炎症(たとえば煙草を猛烈に吸えば肺は炎症状態になります)などの攪乱が加えられると、正常細胞と癌細胞の「力の均衡」が崩れ、癌細胞にとっては爆増のチャンスが到来します。

 そしてそれだけでなく、特定の癌治療薬が投与されたときにも、癌細胞集団の中の「力の均衡」が崩れて、いままで逼塞していたマイノリティの癌細胞が、驥足をのばして、あらたに爆増することになってしまうのです。

 既視感におそわれないでしょうか? 中東情勢は、これと似たところがありませんか?

 米国がイラクのフセイン体制を打倒したら、それまでイラク国内の統治者集団だったスンニ派が失業して、やむなくアルカイダを結成し、かたやイラン(シーア派本尊)を憎んでやまない米国がサウジアラビア(スンニ派本尊)を甘やかした結果、アルカイダが世界じゅうに転移し、タリバンが強化され、さらにISという変異株まで生んだ。

 米軍がISを叩けば、イランから後援されているフーシやヒズボラやハマスが元気になって、サウジアラビアやイスラエルをテロ攻撃します。

 アルカイダのテロ攻撃を受けた米国が、サウジアラビア人のビンラディンをかくまったタリバン(アフガニスタン民族主義運動にしてスンニ派)を弱めようとしたら、表向きタリバンではないという地方ボスが芥子畑経営を米軍からなかば公認され、その巨額の麻薬収益が賄賂やタリバンの軍資金となって、アフガン政府・軍・警察を骨の髄から腐敗させ、けっきょくは元の木阿弥。

 近年までの癌治療は、海外の前近代的部族社会と似たこのような「力の均衡」のリアリズムを敢えて無視してきました。そのために、癌治療の延命成績も、みすみす、悪くされていたのです。

 本書は、くりかえし、強調しています。
 ある人の体内の癌細胞は、その出現の最初から、すでに多様である、と。

 多様であるために、一種類の抗癌剤で、絶滅させることは、ぜったいにできないのです。

 本書の白眉は、この真相に気づいた医師たちが案出している、薬に耐性をつけてしまった癌細胞を爆増させないための、さまざまな新戦法です。

 たとえば、「囮薬」。

 古くからある高血圧の薬、ベラパミルには毒性はほとんどない(したがって患者にもやさしい)。それを、癌治療薬に耐性をもっている癌細胞にふりかけると、その細胞は、分子ポンプを総動員してフルスピードでベラパミル成分を外へ押し出そうとする。それにかかりきりとなるために、もはや増殖のエネルギーが残りません。

 その結果、抗癌剤に耐性のない癌細胞が数的に優越している、つごうのよい状態が維持されてくれる。
 これが、患者の寿命をいちばん延ばす—といいます。

 その耐性のない癌細胞を、敢えて全滅させない。増殖させずに存在だけさせておくのです。
 非耐性の癌細胞が腫瘍内でマジョリティとして存在し続けるから、ライバル関係の耐性癌細胞の方はいつまでも驥足を伸ばせず、爆増できない。耐性細胞は、その耐性を発揮するために余計なエネルギー消費をしていますので、そのままなら、けっして爆増はできないものなのです。

 非耐性の癌細胞を除去してしまったら、そのときは、耐性癌細胞が爆増します。なぜなら、それまで非耐性細胞の存在が、耐性細胞の増殖を抑制していたからです。耐性癌細胞にとっての「制がん剤」は、非耐性癌細胞なのです。

 この考え方を、「ゲイトンビーの適応療法」というのだそうです。

 イスラエルがガザ地区で展開している作戦は、この方針に近いようにも思えます。定期的に、ハマスの幹部だけ殺し続ける。イスラエル軍にとって、パレスチナ人を絶滅させることはたやすいでしょうが、敢えてそんなことは考えないのです。ハマスという、過激だが一面でくみしやすい分子をほどほどに除去し続けることによって、ハマスよりも有能な脅威かもしれない新手のテロ集団はガザ地区内ではいつまでも成長しないのかもしれません。

 本書は教えてくれます。植物も同じだよと。

 つまり、農薬に耐性をもつ雑草は、ふだんは、農薬に屈しやすい雑草よりも優勢になることはありません。耐性を発揮するために使わざるをえないエネルギーの消費負担が大きいからです。そのため増殖のために使えるエネルギーの余裕はなくなっていて、ずっと小さな集団のままで推移するのです。

 しかしもしも、農薬に屈しやすい雑草が根絶されてしまったなら、その瞬間から、耐性種にはライバルがいなくなるので、じぶんたちの天下となって、爆増できることになるのです。

 「カクテル療法」も、ヒントに満ちています。
 1950年代からあり、複数の抗癌剤を組み合わせる、多剤併用法だそうです。

 たとえばウイルスが三つの異なる薬に同時に耐性をつけるよう進化する確率は、1000万分の1しかないそうです。
 だから、三剤か四剤まで薬を増やせば、一個の癌細胞がすべてのメカニズムに耐性をつけることはまずありえないという考え方。

 たとえば野鼠にとって、鷹に食われないように適応する方法はあるでしょう。そしてまた、蛇に食われないように適応する方法もあるはず。しかし、鷹にも蛇にも食われないようになる、そのような都合のよい適応や進化は、なかなかできないものでしょう。

 わが国の領土である島嶼を侵略してきた敵兵を全滅させるためには、やはり空からも陸からも同時に逆襲するのが、確実になるのでしょう。

 《効いている攻撃方法を、そのままダラダラと続けてはいけない》という戒めが、最近の癌治療の化学療法の分野にはあるようで、これも知っておく価値がありそうです。

 まず「第一の薬」を与えて、その「第一の打撃」で大量に癌細胞を殺す。ただし、全滅させようと望んではいけません。全滅するまで同じ薬の投与をしつこく続けようとするのが、癌との戦いでは、最悪手になるといいます。癌は、かならず進化するからです。

 まず第一の打撃により、敵集団の個体数と遺伝子多様性を減殺するのです。

 が、少数の癌細胞は生き残っている。でも、いいのです。そいつらは、一番目の薬剤を細胞外へ追い出すのに多大なエネルギーを使ってしまっているので、疲労困憊の状態です。肩で息をついている。

 そこで、早いタイミングで、サッと別の作用機序の薬に切り替える。これが「第二の打撃」。

 第一の打撃に耐えて生き残った癌細胞は、この別種の新打撃に対応する体力の余裕を、残していません。

 念のため、さらに、第三、第四の別種の薬に、テンポよく切り替えて行き、四回連続で、たてつづけに別種の打撃を与えるようにすれば、四種のまるで成分の異なった薬に耐性を発揮して生き残るような癌細胞は、ほとんどない—という次第です。

 このとき、一番目の薬が効いているからと、それをダラダラと使い続けると、癌細胞が耐性をつけてしまうのは、時間の問題。ですから、同じ攻撃法を長く続けることは、有害なのです。

 『孫子』は、《敵が進化する》ことを、ちゃんと警告してくれていました。

 『孫子』は「拙速」を強調しました。この「拙速」は、攻める拙速ではなく、撤退の拙速のことです(詳しくはPHP刊の兵頭著『新訳 孫子』を参照)。

 遠征軍は、決して、敵国内に長くとどまったらいけないと言っているのです。
 どうしてでしょう?

 どんなに弱っちい現地軍であっても、侵攻してきた占領軍が長居をすれば、占領軍の弱点を理解するようになり、ゲリラがそこを衝けるようになるからです。敵が早く進化し、「耐性」をつけてしまうのです。

 イラクやアフガンに長居をした米軍は、どうなったでしょうか?

 「一撃離脱」の外征戦争を繰り返すようにすれば、敵が「耐性」をつけてしまうリスクはありません。
 これが『孫子』の教えなのですが、わたし以外に、誰もそこを正しく読めていませんね。残念なことです。

 アメリカ人は、中東での敗因を依然として言語化できていません。そのままですと、また同じことをやりそうですね。』

「五輪」の蚊帳の外で思ったこと

「五輪」の蚊帳の外で思ったこと
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00131/

 ※ くれぐれも、脳血管系の疾患(脳出血、脳梗塞)には気をつけよう…。

 ※ 特にコロナ下の今、救急搬送されても、すぐに入院できるのかどうかすら、怪しい話しだからな…。

『久しぶりです。
 またしても、やや長めにお休みしました。
 と、まずは、休んでいた間の事情についてお話しします。

 とは申せ、すべてを明かすわけにはいかない。理由は、私が、インターネット経由でテキストを読んでいる読者を信用していないからだ。
 読者にもいろいろな認識の人間がいる。
 仮に95パーセントの読者がマトモな感覚の持ち主であるのだとしても、残りの5パーセントがあらかじめ悪意を抱いて文章を読みにかかる人間であれば、書き手の側が想定している前提は、そっくりそのまま、台無しになる。
 少なくとも病気の話はできない。

 以前、ある疾患で入院したことがあって、その時は、自分なりに穏当な書き方を心がけたつもりでいたのだが、結果はさんざんだった。
 一部の心ない読者が、各方面に悪意ある情報を拡散したことで、私は、一定期間、いやな気持ちを味わう羽目に陥った。
 あの時の繰り返しは避けたい。

 とにかく、100人の読者のうちにねじ曲がった読解を拡散しにかかる人間が1人か2人混入しているだけで、すべての情報は害意一色に染まったカタチで転写・拡散されることになる。それゆえ、自分がかかっている病気について、正確なところをそのまま無邪気に書き記すことはできない。
 病気以外の個人情報についても同様だ。極端な話、たとえばニンジンがきらいだとかきらいじゃないとかいったお話を書くことさえ、なるべくなら回避したいと思っている。なんとなれば、私は、読者を信用していないからだ。というよりも、21世紀の情報環境に信頼を置いていないと申し上げた方が良いかもしれない。

 ……と、かくのごとき状況を踏まえた上で、現時点で、すでに明らかになってしまっていて取り返しのつかない事情を勘案しつつ、以下、現在の状況を、箇条書きでお知らせしておくことにする。

※ オダジマは2021年の7月27日に、脳梗塞で救急搬送されて、ある病院に入院していた。
※ その病院は、2019年の4月に、やはり脳梗塞を発症した折に、しばらく入院してお世話になっていたところで、今回も同じ病棟の同じ医師にかかった。

※ 2019年の脳梗塞に比べると、今回は梗塞の起こった場所、症状とも違っている。

※ 症状について申し上げるなら、今回の方が重篤だった。内容は発声の困難と、右手、右足の不自由、および嘔吐感と視野の焦点の乱れなどなど。

※ ただ、入院中に血栓を溶かす薬剤の点滴を受け、またリハビリの先生の助けをいただくなどして、症状はかなり改善した。

※ 2019年の脳梗塞では、梗塞そのものよりも、梗塞が起こった原因が、わりと深刻で、そのことが各種の検査を長引かせ、転院して治療を続ける理由にもなっていたのだが、なにが問題だったのかは具体的にはお知らせしない。

※ 今回の脳梗塞は、症状こそ前回より重かったが、血栓が起こった機序は、前回とは別で、なんというのか、はっきりしていない。

※ ともあれ、最初に搬送された病院で、CT、MRI、心電図、各種エコー検査などなど、さまざまな検査と治療を受けて、1週間が経過した8月3日に、この2年ほど、主に別の病気に関連する用事で、通院のカタチでお世話になっている病院に転院した。

※ 転院した理由はお知らせしない。

※ 転院先の病院で、引き続き、いろいろな治療と検査と投薬とリハビリを受けて、8月13日に退院した。

 ……以上が、公式に告知できる今回の入院の事情ということになる。』

『要するに、私は7月27日に脳梗塞を発症して、以来、約3週間入院していたわけだ。
 さいわい、退院後の現時点で残っている症状は、ごくわずかだ。気づかない人は、気づかないかもしれない。ともあれ、現時点では、それほど軽微な後遺症でおさえこむことができている。
 とはいえ、小脳で起こった梗塞で死滅した脳細胞は、二度と復活しないのだそうだ。
 死滅した部分の機能は脳のほかの部分が代替的に機能することで補完できるのだそうだが、すべてを補完できるとは限らない。なので、今後は慎重に行動しなければならない。
 幸運だったのは、前回の経験と知識があったためなのか、自分の中で起こっている異変にいちはやく気づくことができたことだ。だから、その場で即座に救急車を呼ぶ判断ができた。

 もうひとつ幸運だったのは、脳梗塞の発症が、7月27日という日付のうちに起こったことだった。この日は、東京都内で、救急車が比較的自由に動けたギリギリのタイミングだったかもしれない。

 発症および救急連絡が3日遅れていると、20分弱で病院に搬送される展開は難しかったかもしれない。1週間遅れていたら、救急車もさることながら、都内の主立った病院の救急医療体制が逼迫していた可能性がある。この点は、一分一秒を争う脳卒中の患者にとって、ラッキーなことだった。

 今回は、読者のみなさんに向けて、最低限の帰朝報告のほかに
「日常とはなにか」
 というポイントについて、いま自分が考えている内容を、なるべく率直にお話ししておきたいと考えている。

 退院後のあわただしい時期に、あえてこんなぼんやりとした話題を持ってきた理由は、ひとつには、退院間もない身である自分が、いまだに時事問題やら政局やらについて、原稿を書く気持ちになれないでいるからだ。

 もうひとつの理由は、入院する度に思い知らされることなのだが、自分のアタマで考えているつもりでいた思考が、実は、生活の澱(おり)にすぎなかった気がしているからだ。

 じっさい、ある日突然入院患者の身の上となってみると、あらまあびっくり、感じることも考えることも、すっかり以前とは違ってしまっている。それだけではない、自分の目に飛び込んでくる景色そのものが、入院前とは別世界になってしまっている。

 ずっと昔、20代の若者だった頃に脚を折って入院した時のことを思い出す。
 その折は、2カ月+2週間ほどの入院期間だったのだが、若かったせいなのか、私は入院前とは別の人間になって退院した。

 簡単に言えば、人生観が変わってしまったわけだ。

 それまで、とりあえず目先の課題を適当にこなすことに主眼を置いていた自分の考え方というのか、方針に、疑問を抱くに至った次第なのである。

「待てよ」
 と、病院のベッドで、天井を眺めながら、私は考えた。
「オレは、一生こんな調子でやって行くのか?」
 と、ここで余計なことを考える時間を与えられてしまったことが、私を退社させ、さらに、退社に続くぶらぶら者の生活へと導いたのである。

 ついでに申せば、退院と同時に、私は少年漫画誌の購読をやめている。
 およそ3カ月ぶりに読んだいくつかの漫画が、まるで面白くなかったからだ。

「あれ?」
 と私は思った。
「オレは、こんなものを夢中になって読んでたのか?」

 公平を期して言えば、漫画が突然つまらなくなったわけではない。
 漫画作品の水準がいきなり低下したのでもない。
 なんというのか「習慣」で読んでいた部分を取り除いて、純粋に作品として対峙してみると、たいして面白いものでもなかったという、単純な話だ。

 人付き合いでも同じことだし、通勤や業務にかかわるさまざまなルーチンでもそうだ。つまり、一旦習慣から離れてしまってみると、自分が真剣にかかわっていたつもりでいる動作や感覚のひとつひとつが、白々しいお芝居に還元されてしまうのだ。
 おかげで、漫画は、私の弱点になった。』

『子供だった時代から少年漫画誌を仲間内で回し読みするサークルを組織して、なんだかんだ4誌ほどの少年漫画誌と2から3誌の少女漫画誌を欠かさずに読んでいた私の漫画教養は、23歳で脚を折った時に、なぜなのか、水泡に帰してしまったのである。

 なにが言いたいのかをお知らせしておく。

 菅義偉、ならびに森喜朗や安倍晋三、さらに石原慎太郎や小池百合子の各氏が、オリンピックの開催を通じて画策していたのは、おそらく「これ」だった。

 「これ」というのは、平たく言えば「国民のアタマの中身を一旦リセットすること」に相当する。

 個々人の考えや感覚やアタマの中身をリセットさせるためには、入院させれば良い。ひと月も入院していれば、たいていの人間は別人になる。
 「国民」という言葉でひとくくりにされるような雑多な集団の意識を変えるためには、「共同体験」をさせるに限る。たとえば、戦争やショッキングな景気変動に直面すれば、国民の心持ちはかなり劇的に変化するだろう。

 ただ、戦争や恐慌は、いかにもリスキーだ。
 そこで、五輪だ。
 カネは多少かかるし、手間もそれなりにかかる。もちろん、下準備やら工作やらにはびっくりするような労力を傾けなければならない。
 でも、洗脳効果は大きい。

 なにしろ、「日常」が、ぷつんとその時点で途切れてしまう。
 毎度おなじみのテレビ番組も、編成テーブルごと、ゼロからすっかり組み換えになるし、ニュースもなにもかも中断になる。
 で、メディア経由で伝わってくる情報は、メダルが積算で何個だからどうしたとか、命がけの特訓によりハチのアタマで死んでもラッパを離さなかったからどうだったといった調子の、戦時報道一色になる。

 3週間、こんな調子の国家的狂奔が続くことになれば、結果は明らかだ。
 国民は時事ネタを忘れるだろうし、政局にも興味を失う。
 万々歳じゃないか。

 さてしかし、私は、7月27日からの3週間入院していた。
 つまり「東京五輪2020」のオリンピック期間の大半を、私は病院のベッドの上で過ごしていたわけだ。

 だから、私は、ひとっかけらもオリンピックを見ていない。
 五輪に熱狂していた人々もいたはずだし、その彼らの熱狂を苦々しい気持ちで眺めていた人も少なくないはずだ。しかし、私は蚊帳の外にいた。

 このことは、今後、私の強みになるだろう。
 いや、もしかしたら、逆かもしれない。

 実は、私は、退院してからこっち、自分たちの暮らしているこの社会で起こっているあれこれにまっとうな関心を抱くことができずにいる。
 おそらく、この先3カ月は、新聞の紙面をマトモに読むことができないだろう。というのも、以前のような熱意をもって、社会や政治の話題に追随することそのものに疲労感を覚えるからだ。

 これは弱みなのかもしれない。
 あるいは彼らの狙い通り、なのだろうか。
 いずれにせよ、冷ややかな気持ちで暮らす市民がいることは、彼らにとって、脅威であるはずだ。
 そうあってほしいものだ。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

【編集部より】小田嶋隆さんと、その親友、故・岡康道さん、進行役の清野由美さんの軽妙洒脱な鼎談企画「人生の諸問題」、続編「人生の諸問題 令和リターンズ」。その大部分は掲載期間を終えて長らく非公開になっていましたが、このほどようやく全記事が読めるようになりました。第1回から第93回目が、連載最終回の「『旅立つには早すぎる』~追悼 岡 康道さん」から、公開を開始しております。第94回以降は「人生の諸問題」でお読みいただけます。

延々と続く無責任体制の空気はいつから始まった?

現状肯定の圧力に抗して5年間
「これはおかしい」と、声を上げ続けたコラムの集大成
「ア・ピース・オブ・警句」が書籍化です!

ア・ピース・オブ・警句
5年間の「空気の研究」 2015-2019
[画像のクリックで別ページへ]
 同じタイプの出来事が酔っぱらいのデジャブみたいに反復してきたこの5年の間に、自分が、五輪と政権に関しての細かいあれこれを、それこそ空気のようにほとんどすべて忘れている。

 私たちはあまりにもよく似た事件の繰り返しに慣らされて、感覚を鈍磨させられてきた。

 それが日本の私たちの、この5年間だった。
 まとめて読んでみて、そのことがはじめてわかる。

 別の言い方をすれば、私たちは、自分たちがいかに狂っていたのかを、その狂気の勤勉な記録者であったこの5年間のオダジマに教えてもらうという、得難い経験を本書から得ることになるわけだ。

 ぜひ、読んで、ご自身の記憶の消えっぷりを確認してみてほしい。(まえがきより)

 人気連載「ア・ピース・オブ・警句」、満を持して刊行。

 『小田嶋隆のコラムの切り口』『日本語を、取り戻す。』に続き、『災間の唄』も発売中です

この記事はシリーズ「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。』

腎臓はある日突然力尽きる 異常値が出たら放置は禁物

腎臓はある日突然力尽きる 異常値が出たら放置は禁物
第2回 腎機能を示す「クレアチニン」と「eGFR」の見方
2020/11/24 田中美香=医療ジャーナリスト
https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/20/110600038/111000002/?waad=KOqJ8ACd

『健康長寿を支えている私たちの「腎臓」。だが、健康診断の結果を見て、腎臓が弱っているかどうかを瞬時に知るのはなかなか難しい。尿検査の結果の多くは(-)(+)という記号で示されるだけだし、血液検査の項目も今一つなじみが薄い。腎機能はあるときから急激に落ちるため、気付いた時には深刻な状態になっている可能性もある。そうした事態を防ぐため、今回は、血液検査から腎臓の状態をどう知ればよいのかを見ていこう。

健康長寿の生命線 「腎臓」を守る 特集の内容

第1回
これって腎臓の病気? 尿検査から分かる危険なサインを見逃すな
第2回
腎臓はある日突然力尽きる 異常値が出たら放置は禁物←今回
第3回
腎臓を長持ちさせる「たんぱく質」「水分」「塩分」のとり方
腎臓の状態を知るために欠かせない、血液検査のクレアチニンとは?
 血液中の老廃物をろ過して尿と一緒に排出するなど、生命の維持に欠かせない機能を担う、腎臓。「腎臓が悪くなると透析治療が必要になる」ということはよく知られているが、その異変を早めにキャッチする方法や、腎臓の健康を守る方法は、よく知らない人が多いのではないだろうか。

 腎臓は、全身の血管の老化の影響を受けやすい臓器でもあるため、腎臓の機能が低下すると、心筋梗塞や脳卒中といった血管の障害を起こしやすくなり、死亡リスクも上昇する。腎臓の健康の維持は、健康長寿の生命線の1つと言っていいだろう。

 だが、腎臓は、肝臓や膵臓と並んで「沈黙の臓器」と呼ばれており、腎臓の異変を症状からキャッチすることは難しい。第1回では、そんな腎臓の異常を察知するのに非常に優れた情報源が「尿」であることを解説した。

 今回は、腎臓の状態を示すもう1つの指標、健康診断の血液検査の項目にも入っている「クレアチニン」から何が読み取れるかを、横浜市立市民病院腎臓内科長の岩崎滋樹医師に聞いていこう。

 健康診断の血液検査のうち、腎臓に深く関係するのは「血清クレアチニン」という項目だ。腎臓の異常を指摘されない限り気にする機会がない用語であり、「クレアチニンって何だっけ?」と思う人もいるかもしれない。だがこの数値、もし基準値を上回り、B判定やC判定がついているようなら、要注意だ。

図1 健康診断で腎機能を示す検査項目とは?

クレアチニンは「腎・尿路」の検査値として表示される。この図の基準値は男性のもの。
 クレアチニンは筋肉の老廃物のような物質で、本来は腎臓でろ過され、尿とともに排出される。腎臓のろ過機能が落ちれば、ろ過しきれなかったクレアチニンが血液中に残ってしまう。血液中のクレアチニン(血清クレアチニン)の数値が高くなれば、腎機能が落ちたことが疑われるわけだ。

 しかし、腎臓は我慢強い臓器で、少し悪くなったくらいで症状が出ることはない(第1回参照)。「血清クレアチニンの数値も、少々のことでは上がってきません。腎機能がかなり落ちてから急に数値が上がるのが、血清クレアチニンの特徴です。その理由は、血清クレアチニンが示すのは『見かけ上の腎機能』だからです」と岩崎医師は話す。

 見かけ上の腎機能とは、一体どういうことだろうか。岩崎医師によると、腎機能とクレアチニンの関係は、「働く人」と「仕事の量」に置き換えると分かりやすいという。

クレアチニンが上がらなくても、腎機能は着々と落ちていく
 「1日8時間労働で残業ゼロの人が、仕事量が2倍に増えて16時間労働になっても、何とかこなせば仕事は残りません。でも、仕事量がさらに増えて限界に達して倒れてしまうと、急に大量の仕事がたくさん残ってしまいます。それと同じことが、血清クレアチニンが『突然に増えた』ように見えるときに起こっているのです」(岩崎医師)

 それをイラスト化したのが図2だ。

図2 腎機能が最後に急激に悪化するイメージ

血清クレアチニン(Cr)の基準値は男性1mg/dL以下、女性0.7mg/dL以下程度(検査機関により異なる)。2mg/dLを超えて老廃物を処理する作業員が減る(腎機能が落ちる)と、1人当たりの仕事量が増え、腎臓の負担が増す。(参考資料:岩崎滋樹『腎臓病をよく知りともに闘っていく本』p.127 桜の花出版)
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 老廃物を処理するという腎臓の仕事を、10人の作業員が支えているとしよう(A)。作業員が5人に減る(腎機能が半分まで落ちる)と、作業員の1人あたりの仕事量は倍増する(B)。それでも持ちこたえるが、作業員が3人に減ると不眠不休で働いても老廃物を処理しきれなくなる(C)。いよいよ作業員が倒れて末期腎不全に至ると、透析に頼るしかない(D)。作業員は倒れるまで仕事をこなすから、処理しきれなかった老廃物である血清クレアチニンはなかなか上昇せず、症状も出てこないのだ。

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この記事の概要

  1. 腎臓の状態を知るために欠かせない、血液検査のクレアチニンとは?
  2. クレアチニンが上がらなくても、腎機能は着々と落ちていく
  3. クレアチニンは5mg/dLを超えると急速に透析に近づく
  4. クレアチニンの誤差を補正し、腎機能の目安となるのがeGFR
  5. eGFRの低下はどう解釈すればいい?
  6. 慢性腎臓病を引き起こす病気は、糖尿病ばかりではない 』

ストレスホルモンを測る

https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/mail_mag/2016/87-column-2.html

『1.はじめに
 職場の心理社会的ストレスに関連した要因が健康を阻害することは広く認識されています。約6割の人が仕事や職業生活において強い不安、悩み、ストレスを感じており、また、職業性ストレスによってうつや自殺の数が増加することも報告されています(たとえば、堤らの報告1))。心理社会的ストレスを評価し、管理することは、うつなどのストレス関連疾患の予防を考える上では一つの重要な課題となっています。12月からはストレスチェック制度が始まり、ストレス対策は一つの重要な節目を迎えていますが、さらにその先を見据えて、ストレスやストレス関連疾患のリスクをより正確に評価する手法を開発することは重要な課題の一つだといえます。

2.ストレスホルモン
 このような流れの中、私たちの研究では、ストレスの生理学的な評価法の一つとして、いわゆる“ストレスホルモン”として知られているコルチゾールに注目して研究を行っています。コルチゾールは副腎皮質から放出されるステロイドホルモンであり、ストレスとの関連では最もよく研究されているバイオマーカーです(図1)。ストレスを負荷すると(たとえば、人前でスピーチをさせるなど)、その値は10分–20分ぐらいの間に2–3倍に増加することが知られています。また、コルチゾールは免疫系、中枢神経系、代謝系などに対して様々な生理学的な作用を有します。たとえば、長期にわたって過剰に分泌されると脳の海馬を委縮させることや、炎症のコントロールを悪くすること、また、うつ病の患者ではコルチゾールが高いことも報告されています。つまり、コルチゾールはストレスと身体的・精神的健康を結びつける重要なホルモンといえるでしょう。

 従来まで、コルチゾールは血液や唾液から測定されてきました2)。特に唾液中のコルチゾールは、血中のコルチゾールと相関が非常に高く、血液と比較して身体に傷をつけることなく採取できる、医師の資格がない者や対象者自身でも採取できる、採取器具が安価である、などの利点もあり、職業性ストレスを含む多くのストレス研究で用いられています。しかしながら、一方で、コルチゾールは朝高く、夜低いという日内変動があり、唾液を採取するタイミングに大きな制約があります。また、唾液のコルチゾールは、ホルモンの比較的短時間(数分–数十分)の動態を反映し、例えば、唾液採取前の急性ストレスによる影響も大きく、職業性ストレスなどの慢性的なストレスを評価するにあたっては適さない点もあります。一過性のストレスよりは慢性的・蓄積的なストレスが健康を害することを考えると、これは一つの重要な点だといえます。

3.毛髪のコルチゾール
 このような流れの中、唾液試料に代わるコルチゾールの指標として、最近では毛髪試料が注目されています3)。薬物乱用の検査やスポーツのドーピング検査などに毛髪は利用されますが、その技術を応用して、過去数か月の生体内でのコルチゾールの分泌量を評価することが研究されています。生理学的には、毛髪は生成される際にケラチンにコルチゾールも取り込まれることがわかっています(図2)。毛髪は1か月で約1センチ伸びるので、例えば、根元から3センチ部分の毛髪のコルチゾールを測定すれば、最近3か月のコルチゾールを評価できると考えられています。このような特徴は、職業性ストレスなどの慢性的なストレスを評価するのに適しており、また、ホルモンの日内変動を気にする必要もないので、コルチゾールを評価する一つのツールとして非常に期待されています。職場のストレスに関連した研究はまだ少ないですが、例えば、失業している人、シフトワークに従事している人では値が高いことが報告されています4,5 )。
 毛髪の採取にあたっては、後頭部の毛髪を根元からはさみで切り取ります(図3)。採取した毛髪は、はじめに毛髪の外側に付着した物質(汗や皮脂など)をアルコールで洗い落とし、その後、粉状に粉砕し、メタノールの中でコルチゾールの抽出を行います。抽出した液を濃縮し、最終的には質量分析やELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)法によって測定することが一般的です。
 一方で、毛髪のコルチゾールに関してはいくつかの問題点が報告されています。例えば、髪の脱色やカラーリングによって値が低下することが報告されています。また、洗髪によっても値が低下する可能性が報告されています。毛髪の損傷によって、コルチゾールの評価がうまくできない可能性があります。それに加えて、自身では採取が難しいこと、数十本の毛髪が分析に必要なこと、頭髪のない人では評価が難しいことなども考慮しなければいけない問題です。

4.爪のコルチゾール
 最近の私たちの研究では、手の爪からも同様にコルチゾールの評価をできることがわかっています。たとえば、2週間のばした爪であれば、過去の2週間分のコルチゾールを評価できると考えられます。爪は生成されてから先端にのびるまでに数か月かかることから、その値は数か月前の状態を反映しているということがわかっています(図4)6)。
 採取にあたっては、手の10本の指から1–2週間のびた爪を切り取って、ジップロックなどの袋にいれるように教示します。測定手順は基本的には毛髪の手順と同じになります。爪は毛髪と比較して構造的な劣化も少ないと考えられ、毛髪よりも採取が簡単であるため、汎用性がより高いかもしれません。
 私たちの予備的な研究では、職業性ストレスが高い人では爪のコルチゾールが高いことがわかっています。しかしながら、新しい指標であるがゆえに、わかっていないこともまだ多く、今後の研究の進展が待たれます。

5.まとめ
 本稿ではストレスホルモンとして知られているコルチゾールについて、その評価方法について紹介してきました。従来までの血液や唾液の指標に加えて、最近では、毛髪や爪からもコルチゾールの評価が可能であること、またそれと同時に、それぞれの指標の限界点についても触れました。これらの指標の関係性は、糖尿病の検査項目となっている血糖値とヘモグロビンA1c(HbA1c)の関連に似ているかもしれません。血糖値はその時の血糖の状態を示す指標として、HbA1cは過去1–2か月の血糖値を反映する指標として、健康診断などでは用いられています。唾液、毛髪、爪などの指標を目的に応じて使い分けることによって、将来的にはコルチゾールがストレスやストレス関連疾患のリスクを評価する一つのものさしとなることが期待できます。今後は、これらの指標、特にまだ研究数が少ない毛髪や爪のコルチゾールに注目し、職業性ストレスやストレス関連疾患との関連についてデータを収集し、労働者のストレスの生理学的な評価など、今後のストレス対策へ貢献できるように研究を進めていきたいと考えております。

文献
Tsutsumi A et al: Low control at work and the risk of suicide in Japanese men: a prospective cohort study. Psychotherapy and Psychosomatics 76: 177-185, 2007.
井澤修平 他: 唾液中コルチゾールによるストレス評価と唾液採取手順. 労働安全衛生研究 3: 119-124, 2010.
Russell, E et al: Hair cortisol as a biological marker of chronic stress: current status, future directions and unanswered questions. Psychoneuroendocrinology 37: 589-601, 2012.
Dettenborn L et al: Higher cortisol content in hair among long-term unemployed individuals compared to controls. Psychoneuroendocrinology 35: 1404-1409, 2010.
Manenschijn L et al: Shift work a young age is associated with elevated long-term cortisol levels and body mass index. Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism 96: E1826-E1865, 2011.
Izawa S et al: Cortisol level measurements in fingernails as a retrospective index of hormone production. Psychoneuroendocrinology 54: 24-30, 2015.

(作業条件適応研究グループ 主任研究員 井澤修平)』

これが家飲み新ルール コロナ後の酒との付き合い方

 ※ ちょっと長いので、オレが要点を抽出して、箇条書きにした。

 1、眼に入るところに、酒瓶を(缶ビールも)置くな!
 箱買いしても、1回の飲む分だけ、冷やせ!
 人は、視覚から8割の情報を取得している!
 酒好きにとって、常に目がつく場所に酒を備蓄するのは危険と心得よ!
 (冷蔵庫に、缶ビーがズラリと冷えているなど、もってのほか…)。

 2、1本でアルコール36gも! ストロング系チューハイに要注意!
 アルコール度数9%で、500mLの場合は、アルコール量は36gにもなるのだ!
これ1本だけで、1日の適量といわれる20gをはるかに超えてしまう!
フルーツ系の甘さで口当たりのよさに、誤魔化されるな!
お酒の弱い人でも飲めてしまう危険性を備えていると心得よ!

 3、アルコールの過剰摂取は、免疫力を低下させ、「肺炎」に罹るリスクも増大させる!
おそらく、「肺炎」だけでなく、免疫低下による様々な病気に罹るリスクを増大させると思われる!

 4、ヒマな時間があると、ついたくさん飲んでしまう。極力ヒマを作るな!散歩やヨガ、ウオーキング、ストレッチ、筋トレ、ドラマ、映画を観るなどして、時間をつぶし、晩酌時間を短くしよう!

 5、空きっ腹に飲むな!空腹、脱水気味だと、ついガブガブ飲んでしまう。飲む前に、食せ!水飲んで、腹を膨らませろ!飲む量を減らせるし、血中アルコール濃度も下げられるし、アルコールによる脱水予防にもなる!

 6、つい飲んでしまうのは、実は「精神的なもの」が原因となっている…。
“HALT”(Hungry(空腹)、Angry(怒り)、Lonely(孤独)、Tired(疲労)の頭文字をとったもの)が酒を飲みたくなる「因子」であると、自覚せよ!飲みたくなったら、「これらが原因じゃないのか?」と、自分に問え!
人は、しょせんは孤独な生き物である!「孤独」「ひとりぽっち」「寂しい気持ち」を抱えながら生きて行く生き物なんだ…。そういうことからは、「酒を飲んでも」「酔っ払っても」逃れられないもの…なんだ…。

 7、「オンライン飲み会」も、ほどほどに。終電の心配がないので、ついつい飲み過ぎてしまう(気分も、盛り上がるしな…)。ノンアル飲料、食事で「オンライン語らい」でいいんじゃないのか?

 オレが「死にかけた」原因の一つは、3年間くらい、1日も休肝日無く、毎日缶ビーで晩酌やったこともある…。週末は、ちょっと多目に飲んでしまった…。もともと、アルコールに弱い体質だった…。「発症」する前に、近所のかかりつけ医で、「尿検査」したんだ…。そしたら、「糖」も「タンパク」も出ていて、体調はガタガタだったらしい…。肝機能も低下し、脂肪(コレステロール)も酷い状態だったんだろう…。アルコールは、「確実に」人間の「臓器」にダメージを与える…。

「座りっぱなし」3時間で余命が1時間縮む!?

「座りっぱなし」3時間で余命が1時間縮む!?
第2回 死亡、肥満、糖尿病、心臓病、がん…「座りすぎ」は万病のもと
https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/20/051100014/051400002/

『この研究では、年齢、性別、喫煙状況、教育歴、食行動、摂取エネルギー量、余暇の運動量、胴囲、血圧、コレステロール値、服薬状況、血液検査のデータなど、さまざまな他の条件に影響を受けないように統計学的な調整を行っている。他の影響を極力排除した上で、「座りっぱなし」(テレビ視聴時間)による総死亡率に、これほどの違いが出た。

 「このデータを基にした別の分析からは、『座りっぱなし』でテレビを1時間視聴するごとに平均余命が22分短くなるという結果(*2)も出ています。単純に計算すると、1日3時間テレビを見ていれば、1日1時間ずつ余命が短くなるということです」。岡さんはそう警告する。』

※ 残念ながら、有料会員限定記事だ…。

※ ということなんで、ちょっと情報を集めた…。

座りすぎの死亡リスクは最大40%増——日本人は世界一座りすぎている
https://www.businessinsider.jp/post-106010

※ 日本人は、「座っている時間が、世界一長い。」…。ショッキングな情報だ…。

※ しかし、待てよ…。確か、「平均寿命」は世界有数のはずじゃなかったか…。

平均寿命の国際比較をさぐる
https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20180722-00090253/

※ こういう状況だ…。必ずしも、座りっぱなしだから、日本人は早死にする…、というものでもなさそうだ…。

※ この不破雷蔵さんというブロガーの、「ガベージニュース」はためになるんで、時々お世話になっている…。いろいろなところでバラバラに発表されている「データ」を、まとめて、グラフ化・視覚化してくれている…。

※ ショッキングな情報、ネガティブ情報に接した時、落ち着いて「カウンター情報」を探すことも、重要だ…。
 しかし、それも「時と場合による」。
 311の時に、「田老地区」には世界有数の「防潮堤」があって、高さ12~13mの津波にも耐えられると喧伝されていた…。「津波警報」の第一報が、「5~6mくらいの津波」というものだったので、「それなら、大丈夫。」と判断して避難行動をとらない人が数多くいたそうだ…。その局面においては、とっとと「高台に避難する」が正解だった…。
 この「災害列島」に生きて、生き残っていくには、各地で報じられる「災害情報」を「他人事」と考えるのでは無く、「他山の石」として、「自分の身に起きたら、どう行動すべきか」と、考えておくことも重要だ…。
 大都市圏においては、「地下鉄」は、「シェルター」にもなる…。最寄りの地下鉄の駅をマークしておいて、何かあった時の「シェルター」として考えておくことも、一つの策だろう…。
 しかし、それも「地下鉄サリン」みたいな「化学兵器攻撃」に対しては、脆弱施設となる…。
 世の中に「絶対安心な」「鉄壁の要塞」なんてものは、存在しないんだ…。
 結局は、「いざという時」に「ベスト」の行動をとることができるように、自分の「胆力」を鍛錬しておく…。そういう、「腹のくくり方」を作っておくくらいが、関の山だ…。
 オレらは、そういう「危うい」中を、生きていっている…。

がんのリスク 日本人がお酒を1日1合飲み続けたら

がんのリスク 日本人がお酒を1日1合飲み続けたら 飲酒とがんリスク(上)
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO58313280R20C20A4000000?channel=DF140920160927&n_cid=TPRN0016

※ こういう人がまとめた研究だ…。

『今回、財津さんたちは、全国33カ所の労災病院の入院患者病職歴データベースを用いて、「新規がん患者」の6万3232症例と「がんに罹患していない患者」の6万3232症例を同定し、両群を比較することで低~中等度の飲酒とがん罹患リスクを推計するという症例対照研究を実施した。ここでは、年齢、性別、診断年、診断病院などをそろえて比較している。

対象者の平均年齢は69歳で、男性は65%、女性は35%。病院に入院する際に、1日の平均酒量やこれまでの飲酒期間(年数)も調査している。「この飲酒期間を分析の対象に加えているところが、この論文のポイントの1つです」と財津さん。』
『これを見ると、飲酒量、飲酒期間が大きくなる(=累積飲酒量が多くなる)ほど、がんの罹患リスクが上がることが分かる。例えば、50歳前後の人なら、20歳くらいから飲み始めているだろうから、飲酒期間は30年。これで1日当たり日本酒2合を飲んでいたら(=2単位)、60drink-yearということになり、がんの罹患リスクは1.2(=20%増)程度になることが分かる。財津さんが話す通り、これは決して無視していい数字ではない。

筆者自身、日々節酒を心掛けているとはいえ、「1杯で終わる」ということは、なかなかできない。飲む量に比例して、短い年数でがんのリスクが上がっていくとなると、「大したことない」なんて言っていられないのだ。』