日本企業は「勝手にやっている現場の集合体」、だからDXは絶望的にうまくいかない

日本企業は「勝手にやっている現場の集合体」、だからDXは絶望的にうまくいかない
木村 岳史 日経クロステック/日経コンピュータ
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00148/111300146/

 ※ 「勝手にやっている現場の集合体」…。「日本的組織の組織論」としても、秀逸だ…。

 ※ 絶対、一読しといた方が、いい…。

 ※ 「現場が、気分良く、回っている」こと、それは重要だ…。

 ※ しかし、そのことが必ずしも、「集合体、全体としての好結果・高成績」に結びつかないことが、大問題だ…。

 ※ 「現場が、気分良く、回り」つつ、「全体としての好結果」へと結びつける…。

 ※ そこいら辺の「舵取り」こそ、司令塔に求められる「手腕」なんだろう…。

 ※ 有料会員限定記事なんで、著作権的にはアレだ…。

 ※ しかし、是非とも「拡散」したい内容なんで、全文を引用する…。

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『もはや日本企業というか、日本人の文化的、性格的な欠陥かもしれないな。これを是正できなければ、日本は世界で進むデジタル革命の波に乗り遅れ、あと10年、20年もたてば本当に後進国に転落してしまうかもしれない。別に何も特別な話ではない。たとえ日本を代表するような大企業の中であろうと、平気で部署単位の「ムラ社会」を作ろうとする、日本人の「小さくまとまろうとする」メンタリティーの話である。

 そう言えば「日本企業とは勝手にやっている現場の集合体である」と喝破した人がいた。まさに言い得て妙である。とにかく日本人は「勝手にやっている現場」を作り出すのが大好きだ。そして日本企業の経営者は、「勝手にやっている」ことをもって「我が社の現場力の発露」などと持ち上げて、お墨付きを与えてしまう。その結果、日本企業はあちらでもこちらでも、勝手にやっている現場だらけになる。まさに「ガバナンスって、どこの国の話?」である。

 私はこの「極言暴論」などで「日本企業の統治形態は事業部門連邦制だ」と述べてきた。何せ経営者であっても、他の役員のシマである事業部門には手を突っ込めないからだ。下手にそんなことをすれば、他の役員にクーデターを起こされて解任の憂き目に遭う。ただこの認識は少し修正が必要だな。修正ポイントは次の通りだ。「勝手にやっている現場の集合体が事業部門であり、勝手にやっている事業部門の集合体が日本企業」である。

関連記事:「CIOなんて貧乏くじだよ」、大企業の役員が真顔で語った不都合な真実
( https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00148/042400056/ )

 小さくまとまろうとするメンタリティーを持つ日本のサラリーマンたちが、勝手にやっている現場を生み出す。この弊害はすさまじい。最も分かりやすい例は、あの愚にもつかないカイゼン活動だ。「これこそ日本企業の現場力の証し」などと一時は称賛されたようだが、何のことはない。各現場が互いに争って「勝手に」カイゼン活動を繰り広げる。結果は部分最適の山。全体最適の観点がないから、全社で見ると生産性は上がらず、基幹系システムもどうでもよい改修ばかりで老朽化が進む。

 そう言えば、米国人の技術者が不思議がっていた。「ITを使っても使わなくてもいいが、自らの業務改善で大きな成果が出たら、それを経営にアピールして全社展開を図るのが普通のはず。なぜならヒーローになれるし、サラリーも上がる。なぜ日本人はそれをやらないんだ」。随分前の話なので当時の私にはうまく説明できなかったが、今は理由を説明するのは簡単だ。勝手にやっている現場に手を突っ込むようなまねをしたら……。

 ちなみに、数年前から次々と明らかになった日本企業の不正の多くも、勝手にやっている現場の仕業だ。経営から高いコスト削減目標などを課された現場は、目標をクリアするために検査データの改ざんに手を染める。そんなニュースを何度目にしたことか。不正を働いた現場からすると「そもそも長年のカイゼン活動の結果、極めて高い品質の製品を作れているのだから、データを多少ごまかしても許容される」といった認識だったのだろう。ある意味、不正もカイゼン活動の一環と言える。勝手にやっている現場の面目躍如である。』

『デジタル推進組織も「勝手にやっている現場」に転落
 小さくまとまり勝手にやっている現場の弊害について、ITやデジタル分野に限って探してみても次から次へと出てくる。例えばIT部門はなぜ事業部門などからまともに相手にされず、低く見られているのか。もちろん、経営から重要視されていないとか、技術系の部門であるにもかかわらず素人集団化しているなど、他の要因もある。ただし実は、IT部門自身がITで部門間の横串を通す役割を放棄して、自分たちだけで勝手にやりたいとのマインドに浸っていることも大きい。

 日本では圧倒的多数派である「能力のないIT部門」は日々粛々とシステムを運用していたいのだ。基幹系システムなどは性質上、さすがに利用する事業部門などの意向を無視して勝手にやるわけにはいかないが、事業部門のご用を聞いてシステムを改修したら、後は勝手にシステムを管理していたい。だから、自ら経営や事業部門に改革や改善などを提案するようなことは一切しない。IT部門が重要な経営機能であるとの意識は希薄で、システムを管理する現場の一部署として勝手にやっていたいのだ。

 意外に思う読者もいるかもしれないが、IT部門は昔から「勝手にやっている現場」の最たるものだった。昔は経営者がITを分からないことをよいことに、大企業のIT部門なら巨額のIT予算を勝手に差配していた。事業部門などの要望をそれなりに聞き入れさえすれば、「あいつらは何をやっているのか」と思われようと、どこからも文句は出なかった。今や多くの企業でIT部門は落ちぶれ、IT予算も少なくなったが、勝手にやっている現場の伝統は今も生きている。

 当然、そんなIT部門はDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に全く役に立たない。仕方がないので日本企業の多くは、IT部門とは別にデジタル推進組織を立ち上げている。このデジタル推進組織が司令塔となって、デジタル技術を用いた全社的なビジネス構造の変革であるDXに取り組もうというわけだ。役員についてもCIO(最高情報責任者)の他にCDO(最高デジタル責任者)を置くことが、特に大企業で一大ブームとなった。

 ところが、である。DXの司令塔として役割はすぐに形骸化する。デジタル推進組織も「小さくまとまりたい」という日本人のメンタリティーに引きずられてか、「勝手にやっている現場」と化す。何を勝手にやっているかというと、AI(人工知能)やIoT(インターネット・オブ・シングズ)などを活用したPoC(概念実証)である。かくしてデジタル推進組織は、ビジネスとして成功する当てのないPoCを延々と繰り返す部署となる。CIOがIT部門のボスにすぎないのと同様、CDOもデジタル推進組織の親玉にすぎなくなる。

 「これじゃいかん」ということで、最近はデジタル推進組織とIT部門を統合するなど、組織的な見直しに着手した企業が出てきているが、組織をどんなにいじくろうと結果は同じだ。新たにDXを勝手にやっている現場が生まれるだけだ。つまり、組織間で横串が通らないのだ。当然、先ほど紹介した米国人の技術者のような、ヒーローになりたい人材も日本企業では現れない。

 ちなみに、勝手にやっている現場の集合体という日本企業の特徴は、大企業など既存の企業だけのものではないからな。新興のネット企業でも事情は全く同じ。様々なデジタルサービスを提供している各事業部門がそれぞれ勝手にやっているケースは多い。ITインフラも違えば、使っている開発ツールも全く違ったりする。とにかく日本人はどんな企業、どんな組織にいても、他と隔絶されたムラ社会を作りたがるのだ。

関連記事:ネット企業の劣悪なIT活用に見る日本企業の根深い病理』

『「勝手にやっている現場」はフラクタル構造
 さらに、この「勝手にやっている現場」というのは、部分と全体が相似して入れ子細工のように繰り返される「フラクタル構造」となる。どのような意味かと言えば、冒頭で書いた通り「勝手にやっている現場の集合体が事業部門であり、勝手にやっている事業部門の集合体が日本企業だ」ということだ。この表現をもう少し拡張すれば次のように言える。「勝手にやっている現場の集合体が事業部門であり、勝手にやっている事業部門の集合体が企業であり、勝手にやっている企業の集合体がグループ経営の日本企業だ」。

 だからガバナンスがとにかく効かない。例えば日本企業がDXを推進するために、米国のIT企業を買収するケースが増えてきているが、買収が完了してもその経営に口を出すことはほとんどない。買収された企業からすると、買収前と後で拍子抜けするほど何も変わらない。米国企業が日本企業を買収すれば、経営を抜本的に変え、マーケティングなどビジネスのやり方を変え、基幹システムもERP(統合基幹業務システム)に強制的に変更させたりするケースが多いのと、まさに好対照だ。

 皮肉を交えて書くが、日本企業の経営者は自社を「勝手にやっている現場のフラクタル構造」として運営しているために、買収した外国企業の経営陣にもきっと忖度(そんたく)して、勝手にやらせているのであろう。日本企業の経営者はこうしたやり方を「連邦経営」などと称する。言葉の響きだけは良いが、噴飯ものである。まさに冒頭で示した「事業部門連邦制」と意味合いは同じで、勝手にやっている現場の集合体としての日本企業の在り方を正当化しているだけである。

 勝手にやっている現場の集合体の日本企業が他社と協業しようとすると、空恐ろしい事態となる。今、何らかのデジタルサービスを立ち上げようとするなら、他社との協業が当たり前だ。既存の大企業が「オープンイノベーション」などと称して、スタートアップなどと協業するパターンが多いが、これは本当に恐ろしいことだと思わないか。何せ自社内だけでの取り組みでも、各現場や各部門が勝手にやってしまう日本企業だ。まして「赤の他人」との協業なら、ますます勝手にやってしまう可能性が強い。

 「何を訳の分からないことを書いているのか」と不審に思う読者も大勢いるかと思うが、既にその恐ろしさが現実化した事件があるぞ。NTTドコモの電子決済サービスであるドコモ口座や、ゆうちょ銀行の口座などを使った不正出金事件だ。連携するサービス全体でのセキュリティーを各企業が考慮していなかったため発生した事件である。

 決済サービス事業者側が厳密に本人確認をするか、銀行側がサービス連携の際に、口座や暗証番号などによる認証ではなく2要素認証を導入するかをしていれば、被害の大半は防げたはずだ。ところが両者とも自らの対策を怠り、多数の不正利用を許してしまった。「相手のサービスのセキュリティーは万全のはず」との思い込みがあったのかもしれないが、連携するサービス全体でのセキュリティーを考慮しないのは、驚くべき思考停止と言うほかない。

 そうした思考停止を招くのは、協業して1つのサービスを提供しているにもかかわらず、それぞれが「相手は相手、自分は自分」として自らの守備範囲でしか物事を考えていないからである。つまり、それぞれが勝手にやっているわけだ。セキュリティーに最もシビアでなければいけない企業がこのざまなのだから、似たような事件や事故はこれからも頻発すると考えたほうがよい。』

『コンサルタントも中間管理職にへつらう
 ここまで読んできた読者は十分に認識したと思うが、「勝手にやっている現場の集合体」としての日本企業、さらにそれを生み出す「小さくまとまろうとする」とする日本人のメンタリティーを何とかしないと、まともなDXなど到底できない。ひとえに経営者が蛮勇を奮って、組織面や企業文化、従業員のメンタリティーなどをDXの一環として変革していくしかないが、極めて心もとない状況である。

 何せ下手に他人のシマに手を出したら、経営者といえども解任の憂き目に遭いかねない。この件をもう少し深掘りすると、「余計なこと」をする経営者を追い出そうとするのは、自分のシマを荒らされることに危機感を持つ役員だけではない。現場が勝手にやっている以上、実質的に会社を動かしているのは、課長などの現場の管理職である。多数の現場の管理職が強く反発すれば、経営者の地位は風前のともしびとなる。実際、改革派と目された経営者のクビが飛ぶのは、このパターンが多い。

 しかも、日本企業の経営者の多くはサラリーマンとして頂点を極めた人たち、つまり勝手にやっている現場の出身者だ。だから経営者は、自分を育ててくれた現場に対して一種の「信仰」とでも言うべき感覚を持っている。「我が社の強みは現場力」などと口走るのは、まさに信仰心の発露である。もちろん実際に現場には多くのノウハウや知見が蓄積されているケースもあるだろうが、勝手にやっている以上、それは部分最適にすぎず、経営者が妄想しているような「我が社の強み」にはなり得ない。

 さらに厄介なのが、勝手にやっている現場の集合体が日本企業である以上、日本企業の経営は必然的に現場丸投げになることだ。つまり、サラリーマン経営者は過去にどんなに優秀だったとしても、経営者としては2流、3流でしかない。自身の経営方針にのっとり現場を厳格に統制するという発想がないから、いくら欧米企業を猿まねしてCxO制度を導入しても、横串機能を発揮できないCIOやCDOなどを量産して終わりだ。本来最も強力な統制手段となるはずの基幹系システムも、ただのポンコツとなる。

 経営者の中には「このままではまずい」という自覚がある人もいて、DXの推進に合わせてコンサルタントを雇うケースも多い。だが、コンサルタントが役に立つのは雇い主の経営者が強力な権力を持つ場合に限られる。勝手にやっている現場の集合体の日本企業では、経営者の権力は哀れなほど弱く、事業部門長や部長、さらに現場の課長や係長の意向は最大限尊重しなればならない。当然コンサルタントも商売だから、こうした管理職層にへつらうことになる。

 例えば「御社の中間管理職の皆さんはとても優秀ですね」「やはり日本企業の強みは現場力ですから、大切にしないといけません」などと言って、勝手にやっている現場の集合体を前提にDXのシナリオを描いたりする。つまり「抜本的な変革を伴わないビジネスのデジタル化」をクライアント企業のDXのターゲットとするわけだ。もちろん、これがDXと呼べる代物でないことは誰の目にも明らかだが、こんなDXもどきが日本のあちこちで進行中だ。

 うーん、やはり日本企業の構造問題をテーマにすると、「では、どうするのか」という答えがなくて困るな。極言暴論で何度か書いた月並みな結論で言うと、サラリーマン経営者を排除し、いわゆるプロの経営者、特に著名な外国人経営者を後釜に据えることだろうが、勝手にやっている現場の集合体である日本企業の経営者が、後継者についてそんな決断を下すのは並大抵のことではない。後は新型コロナウイルス禍が日本企業をどこまで変えるかに期待するしかないか。でもそれは、「悪魔頼み」ということだが。』