リモートが揺さぶる長期雇用 消える3つの「無限定」

リモートが揺さぶる長期雇用 消える3つの「無限定」
編集委員 水野裕司
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH099390Z00C21A2000000/

『長期の雇用保障と引き換えに、転勤命令に従い長時間の残業も受け入れる。そうした日本の正社員の雇用慣行に、新型コロナウイルス禍で広がるリモートワークが風穴を開け始めた。たとえば遠く離れた地域の仕事もネットを介してこなせば、転勤は不要になる。気になるのは会社命令に従う代わりに正社員が享受してきた雇用保障の行方だ。

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日本の雇用システムは職務を定めない雇用契約を土台に形づくられている。雇用契約は会社という組織の一員になる資格を得る意味があり、そのため日本型雇用はメンバーシップ(資格)型と呼ばれる。

職務が限定されず、受け持つ仕事の範囲が不明確なことは、さらに2つの正社員の特徴を生んだ。ひとつは仕事量が増えがちで、慢性的な長時間労働に陥りやすいこと。働く時間も限定されないわけだ。

もう一つは配置転換に柔軟に従う必要があり、本意でない転勤命令にも応じなければならないことだ。つまり働く場所も限定されず、どこに赴任することになるか分からない。日本の正社員の雇用はこうした3つの「無限定」の慣行から成ってきた。

リモートワークで急速に崩れるとみられるのがまず、勤務地が会社都合で決まり、本人の自由度が乏しい慣行だ。

富士通は本人が望まない単身赴任を解消する制度を始めた。社員に「遠隔勤務」を認め、親の介護など家族の事情で居住地を変えるのが難しい場合、転居せずに遠方からのリモートワークで業務をこなせるようにした。奈良県や福岡県に住みながら東京の本社の仕事をする社員もいる。地理的な距離を取り払うネットの力のおかげだ。

離れた2つのオフィス空間をつなぎ、双方の社員が協力して仕事を進められるようにして、転勤を不要にするリモート技術も登場した。内装会社のフロンティアコンサルティング(東京・中央)は、東京本社と大阪支店を常時接続し、互いに相手方の等身大の映像を映し出すシステムを導入した。会議や打ち合わせに活用している。

tonariが開発したシステムで大阪支店とやり取りするフロンティアコンサルティングの東京本社(東京都中央区)

ベンチャー企業のtonari(東京・渋谷)が開発したシステムで、画面の中央に高解像度の微少なカメラを埋め込んで自然と目線が合うようにし、相手が隣にいるような感覚で臨場感のあるコミュニケーションがとれる。「分散する事業拠点を、あたかもひとつの空間のように運営できる」とフロンティアコンサルティングの稲田晋司執行役員は話す。技術の進歩が在宅勤務に限らない「リモートワーク」を広げている。

転勤をめぐっては東亜ペイント(現トウペ)訴訟で1986年に最高裁が出した判決が知られる。転勤を拒否して解雇された元社員がその無効と損害賠償を求めた。単身赴任を強いられるこのケースで最高裁は、家庭生活への影響は「通常甘受すべき程度のもの」とみなし、転勤命令が会社の権利乱用には当たらないとした。

雇用保障があるのだから単身赴任は我慢すべきだという考え方だ。この判決は会社の転勤命令は原則拒否できないという暗黙のルールのよりどころとなった。だがリモートワークの普及で転勤自体が不要になっていけば、判決の重要性は薄れる。

正社員の働き方の根っこにある「職務が無限定」の慣行も、リモートワークが見直しを迫る。離れた場所で働く社員を的確に評価するには、受け持ってもらう仕事の内容を明確にし、可視化することが第一歩になるからだ。

経団連が1月に発表した人事・労務分野の調査によると、テレワークが広がるなかでは職務の明確化が求められると考える会員企業が目立った。「従業員個人の職務内容・範囲の明確化」を実施済み、実施予定の企業は合わせて30.3%。検討中とした企業も33.6%あった。

人材の活性化策として、ポジションごとに使命、役割や具体的な仕事内容を明確にする「ジョブ型」人事制度も産業界に広がり始めている。テレワークとの親和性が高いとする経営者が多い。職務を曖昧にし、正社員を便利な労働力と位置づけてきた日本的慣行は確実に崩れる方向にある。

「職務が無限定」の見直しが進めば長時間労働もおのずと是正に向かう。

政府の働き方改革では時間外労働への罰則付き上限規制が設けられた。長時間労働の是正に一定の成果を上げているが、職務が不明確という根っこの原因が除かれる効果は大きい。

「無限定」な働き方が見直されれば、その見返りに正社員が得てきた長期的な雇用保障は緩み始めておかしくない。現に、職務を曖昧にする慣行が崩れていけば様々な変化が起きると指摘されている。

「社員が携わる業務の可視化が進めば、正社員にまかせず外部委託で足りる仕事があることも見えてくる。リモートワークは正社員の人数を絞るきっかけになるのではないか」。経済学者の間にはそんな見方がある。

経団連は2021年春季労使交渉の企業向け指針である「経営労働政策特別委員会報告」で、ジョブ型雇用が企業に浸透すれば転職の橋渡しをする外部(企業外)労働市場の発達が期待できるとした。プロジェクトごとに専門性を備えた人材を期限付きで雇用するなど、人材の流動化が今後の方向性との認識だ。

労働組合の中央組織である連合はジョブ型について、「人工知能(AI)分野など高度専門人材の採用ではあり得る」としながらも、「技能育成を誰が担うのかなど、職場における課題の深掘りも必要」としている。テレワークの急速な広がりを背景に経団連が普及に積極的なジョブ型に対し、警戒感は強い。それだけ長期雇用の慣行への逆風を感じ取っているのではないか。

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ジョブ型を甘くみるな 人事・組織、根本から見直しを

ジョブ型を甘くみるな 人事・組織、根本から見直しを
編集委員 水野裕司
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK184VY0Y1A110C2000000

『経団連は19日に公表した春季労使交渉の企業向け指針で、「ジョブ型」雇用制度の積極的な導入を呼びかけた。職務ごとに最適な人材を充てるこの制度は企業の競争力強化策として関心が高まってきたが、従来の人事や組織を根本から見直す必要があり、安易な導入は禁物だ。どうすればジョブ型雇用をうまく実践できるのだろうか。

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ジョブ型制度は社内各ポストの職務内…

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ジョブ型制度は社内各ポストの職務内容を明確にし、その能力を持った人材を起用する。入社年次にとらわれず、有能な社員ほど難易度が高く待遇も良いポストに就くことができる。年功賃金や順送り人事を否定する人事処遇制度だ。

【関連記事】
高度人材は争奪戦 「ジョブ型」が武器に
「ジョブ型=成果主義」 日本に特有の誤解

肝は、社員間の競争を活発にする点にある。専門的な知識や技能が必要で報酬も高い職務に就くには、自らの能力を向上させなければならない。ポスト獲得競争を通じて個々人のレベルを引き上げ、企業の成長力を高めることがジョブ型制度の眼目だ。

高い賃金に見合った成果が出せていない中高年社員の人件費抑制策――ジョブ型雇用をそうとらえるだけでは、本質を見誤る。組織・人事コンサルティング大手マーサージャパンの白井正人取締役は、企業に求められるのは「社員個人の自律的なキャリア形成を促すこと」だと話す。

社員が就きたいポストに立候補できる仕組みがなければ、自らの能力を伸ばそうという意欲も高まりにくい。自分のキャリアを自分で切り開けるようにする手立てのひとつは、ポストの公募制だ。

2020年10月、全管理職約5千人にジョブ型の人事制度を導入した三菱ケミカルは、まず約200のポストの人事を社内公募で決めることにした。今後、公募対象のポストを広げる。3カ月ごとに公募を実施するという。

デジタル化とグローバル化が進み、経営環境の変化は激しさを増している。コロナ禍の収束が見通せず、世界経済の先行きは混沌としてきた。企業は環境変化に合わせて経営戦略や事業モデルを柔軟に変えていく必要がある。管理職も専門性やマネジメント能力を高め続けなければならず、公募制はそれを後押しする。

公募制は会社主導の人事異動の軌道修正を迫る。社員が雇用保障と引き換えに異動や転勤の命令に従ってきた日本型雇用の転機ともいえる。会社と社員の関係にもジョブ型雇用は変化をもたらしそうだ。

他部署の仕事を経験できる「社内副業」も、社員のキャリア形成を支援する仕掛けになる。

ジョブ型人事制度を21年から本格導入するKDDIは、社内公募制に加え就業時間の約2割を目安に所属部署以外の業務ができる社内副業制度を設けた。持ち場以外の仕事を実際に経験することは、キャリア形成上、いい刺激になる。

経団連は新卒入社者もジョブ型制度の対象とするよう求めている。KDDIはまだ少ない例のひとつだ。21年4月に入社する新卒者約270人の約4割は「ジョブ型採用」1期生。データサイエンス、法務、会計など、配属する業務を約束して採用した。

「若い社員ほど新たな挑戦がしやすく、異なる分野へ仕事の幅を広げやすい。ジョブ型は若手を対象にしてこそ意味がある」(白井氏)。日本企業のジョブ型導入は現在、管理職が中心。幅広い年齢層への展開が課題だ。

権限移譲もジョブ型雇用では求められる。ジョブ型が定着した欧米企業では、各部署のリーダーの重要な役割は組織の力を最大化できる「ベストチーム」をつくることだ。トップの方針に沿って組織の目標を立て、その達成に貢献できる人材を集める。人材の採用権限は各組織にある。

ジョブ型制度を管理職から拡大する計画の富士通は、採用権限を順次、各事業部門に移していく考えだ。事業戦略をもとに、新卒・中途とも通年で各部門が採用する。人事部が一括して調達し、社内に割り振ってきた日本企業の採用は、ジョブ型の浸透とともに変わらざるを得ない。

ジョブ型雇用は本来、社外からも多様な経験を持った人材を集め、環境変化への対応力を高めるための制度だ。日立製作所が全社的なジョブ型制度の導入を急ぐのも、デジタル化が急速ななかで企業が成長するには人材の流動性の向上が不可欠と判断したからだ。技術革新やグローバル競争の最前線にいる企業ほど、ジョブ型雇用は適している。

改革が社内で実力主義を徹底するといった狙いからなら、あえて労力のかかるジョブ型を導入しなくても道はある。「目標管理制度をしっかり機能させ、仕事内容と賃金をきっちり連動させれば、課題を解決できる企業が多いのではないか」とリクルートワークス研究所の中村天江主任研究員は指摘する。どんな雇用制度を採るべきかは目的によって異なってくる。何のための雇用制度改革か、明確にすることが先決だ。

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多様な観点からニュースを考える
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

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野崎浩成
東洋大学 国際学部教授
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別の視点 現在多くの日本企業が抱える問題の本質は、雇用形態の問題ではなく、人事制度の根幹の問題ではないでしょうか。

昇格はさておき、昇進と人事評価を結びつけることが年次管理であったり、マネジメント能力の欠如する上席者を作ってしまいます。

管理能力と仕事の評価を分けて、前者とポスト、後者と報酬を結び付ければ、よりシンプルにインセンティブ設計ができると思います。
2021年1月20日 14:01いいね
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鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
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別の視点 ジョブ型の雇用が定着することになれば、大学などのキャリア前の教育の在り方も変わっていく。学生はより即戦力としての能力をつけられるような学部や大学院に集中し、教養的な学問は敬遠される可能性はある。若手のうちにジョブ型のキャリアを積んでいくとなると、将来管理職の地位に上がっていくにつれ、そうした教養や視野の広さが必要になった時に、そうしたバックグラウンドがないまま狭隘な実学的世界でしかものを見られない人材になってしまう。その意味でも大学教育では視野を広げるような学問をしっかりと教え、新卒学生だけでなく、管理職になっていく人たちのための学問も考えていかなければならないかもしれない。
2021年1月20日 13:54いいね
12

石塚由紀夫のアバター
石塚由紀夫
日本経済新聞社 編集委員
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ひとこと解説 ジョブ型雇用は企業の競争力を削ぐ――本場欧米では、こんな見方も広がっています。
生産性向上には新技術導入や業務プロセス合理化などが必須です。ただジョブ型雇用だと、こうした生産性向上策は自分の仕事の削減・消滅につながるため、当事者は技術革新に消極的な行動を取りがちだという指摘です。
日本型のメンバーシップ型雇用であれば、目先の仕事がなくなっても社内でジョブチェンジできます。そのため雇用者も経営効率化を最優先し、最善の生産性向上策を導入できました。
いずれにせよジョブ型雇用の課題は出口戦略。辞めてもらうか、ほかのジョブに就け替えるか。今、安易にジョブ型雇用を導入しても将来に禍根を残します。
2021年1月20日 12:39いいね
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山本康正
DNX Ventures インダストリーパートナー
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別の視点 サッカーなどのスポーツの強豪で、年次でチームメンバーを決めることはあるでしょうか。まずないと思います。攻めのプロは攻めのプロ、守りは守りのプロがいると思います。これまでの考え方はゴールキーパーをさせて、フォワードをさせてと主要なポジションを経験させてから社長というキャリアパスだったと思いますが、今の時代は違うと思います。更に言うと、データの活用によってビジネスモデル自体が変動しているため、サッカーから突然ラグビーにスポーツのルールが突然変わっている様な状態です。チームメンバーを社内補充だけではまず負ける可能性が高いです。同窓会組織の活用など、あの手この手で外の知見も取り込まなければなりません。
2021年1月20日 11:38 (2021年1月20日 11:40更新)
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テレワークで勤務多様に 富士通は遠隔地の居住解禁

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ241XG0U0A221C2000000

『新型コロナウイルス感染拡大で、テレワークを前提とした多様な働き方が広がっている。富士通は配属地以外での遠隔勤務を認め、単身赴任の解消につなげる。ソフトウエアのテストを手掛けるSHIFTは在宅専門のエンジニア採用を始めた。休暇先で業務を行うワーケーション制度を導入する企業も増えている。テレワーク助成なども広がり、暮らし方や場所の制限を受けない全員参加型の働き方が可能になってきた。

内閣府が2020年12月…

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内閣府が2020年12月に全国約1万人を対象に実施した調査では国内のテレワーク実施率は21.5%と19年12月調査(10.3%)の2倍。東京23区内の実施率も同2.4倍の42.8%と、テレワーク普及が進む。

【関連記事】
通信費、半額非課税に 社員のテレワーク補助で政府指針
「だから私はテレワークしない」 普及を阻む3大理由

富士通はこのほど、遠隔勤務を認めた。親の介護や配偶者の事情で遠隔地に移住せざるを得ず退社するケースがあった。人材を引き留めるためにも部署やポストも変わらず、テレワークで仕事を継続できるようにした。東京都内の本社に所属しながら奈良県や福岡県から働く社員もいる。

約4千人いる単身赴任者も本人が希望すれば家族がいる場所に戻り、遠隔勤務に切り替えられるようにもする。富士通はオフィス出社は最大25%に抑えている。国内グループ会社を含めたオフィス面積を約3年で半減する作業も進めている。

日本でも共働きの一般化で配偶者の転勤に伴う帯同は難しくなっている。夫婦がそれぞれのキャリアを継続するため片方が単身赴任を選ぶケースは多い。

水処理大手のメタウォーターも20年夏、テレワークを活用することで単身赴任を解除する仕組みを導入。すでに約10人が単身赴任を外れ、帰任した。カルビーも所属部門が認めた場合の単身赴任の解消を決めた。

テレワークは欧米に比べて遅れていた「ワーケーション」の普及も後押ししそうだ。日本航空(JAL)は20年4~12月に延べ688人が利用した。働く動機を高める効果を期待して、顧客情報管理の米セールスフォース・ドットコムの日本法人は和歌山県白浜町にある施設でワーケーションを認めている。

テレワークは企業の拠点が少ない地方に住む人々の働く機会の拡大にもつながる。SHIFTは居住地を問わないテレワーク専門職の採用を始めている。SHIFTがオフィスを持たない広島県で業務に従事している社員がいるという。

テレワークで副業の機会を得る人も多い。地方企業に対してネット経由で副業人材を仲介するJOINS(東京・千代田)では、20年12月末時点で専用サイトに登録する副業希望者は約5千人となり、同1月比で4倍に増えた。中小企業のホームページ制作を支援するITエンジニアなどの登録が増えており、「在宅勤務の浸透で、本業との両立が可能になったことが大きい」(同社)。

クリックするとビジュアルデータへ https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-workstyle/

少子高齢化の加速で国内の労働力人口は減少が続く。パーソル総合研究所(東京・千代田)と中央大学は、30年時点で労働需要が労働供給を644万人上回ると予測する。場所を選ばないテレワークが普及すれば、女性や高齢者などの労働参加も高め、中長期的な日本の労働力不足を緩和する効果も期待できる。

通信費、半額非課税に 社員のテレワーク補助で政府指針

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF145610U1A110C2000000

『新型コロナウイルスの感染拡大を機に企業が在宅勤務といった新しい働き方に対応したルールの整備を進めている。キリンホールディングスなどは従業員に手当を支給し在宅勤務への移行を促す。政府もこうした働き方の定着をにらみ税制面の対応を急ぐ。通信費の半額はテレワークに使用したとして所得税の課税対象にしないなど課税基準を明確にする。

新型コロナの感染拡大で2020年春に在宅勤務が広がり始めて以降、企業では在宅にともなう社員の負担を軽…

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・新型コロナの感染拡大で2020年春に在宅勤務が広がり始めて以降、企業では在宅にともなう社員の負担を軽減する動きが広がっている。社員向けのルールの変更で目立つのは手当の見直しだ。

・キリンホールディングスは工場勤務以外で週3日以上、在宅で勤務する社員約4000人を対象に月3000円の手当の支給を始めた。事後精算で定期代を支払う仕組みをやめ、出社時などの交通費を実費精算する形に変えた。同様の制度は富士通やソフトバンクなども導入している。

・中小企業でも動きが出ている。プログラミング教育のキラメックス(東京・渋谷)はパソコンを在宅勤務で利用する場合の通信費を会社で負担する。

・従来にない手当の支給では企業にとって税務処理が複雑になりかねない問題がある。特にテレワークの補助に関する税制は、どこまでが課税対象になるかが曖昧だった。財務省と国税庁は在宅勤務の普及の流れを維持するため対応が必要と判断。15日に国税庁が新たな指針を公表する。

・企業が従業員向けにスマートフォンやWi-Fiなどの通信費を補助する場合、実際に使う分の実費相当以外は給与とみなされ、所得税の課税対象になる。明細がある通話料と異なり、通信費は家庭用と仕事用の区別が難しい。企業からは源泉徴収の事務負担が増える懸念があり、目安を示してほしいとの要望が多かった。

・国税庁の指針では、在宅勤務をした日数分の通信費のうち、2分の1は仕事で使ったものと認める。残りは私用などとみなす。月30日のうち半分の15日を在宅で勤務すれば、通信費全体の4分の1が非課税となる。電気料金も目安を示し、業務で使った自宅の部屋の床面積などで水準が決まる仕組みにする。

・今年1月分の税額の計算から適用できる見通しで、企業の担当者は交通費などの補助と同様に税務処理を進めやすくなる。国が明確な目安を示すことで、より多くの企業が補助の導入に動く効果も期待できる。

・政府はこれまで11都府県に緊急事態宣言を発令した。感染防止で人の接触を減らすには夜の飲食の制限とともに会社員の出勤を減らすことがカギを握る。政府は出勤者数の7割削減を目標として在宅勤務を広げるよう企業に求めている。

【関連記事】

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「だから私はテレワークしない」 普及を阻む3大理由

「だから私はテレワークしない」 普及を阻む3大理由
テレワーク成功の勘所(24)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFK141JS0U0A211C2000000

『2020年は「テレワーク元年」ともいえる年だった。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ目的で多くの企業が在宅勤務の活用に乗り出した。一方でいまだテレワークを拒む人もいる。その理由を独自調査で探ってみると、在宅勤務の普及を阻む要素がみえてきた。

【前回記事】

テレワーク効率低い40~50代 若手は冷ややかな目
調査は日経BP総合研究所イノベーションICTラボが日経BPのデジタルメディアの読者・会員を対象にウェブサイトを通じて20年10月に実施した。「直近1カ月において、あなたはテレワークを利用して職場(派遣・常駐先を含む)以外でどの程度働きましたか」と聞き、テレワークをしていないと答えた人にその理由を尋ねた(複数回答可)。

IT整備はそれなりに進んだが、制度の整備が遅れている

「直近1カ月において、あなたはテレワークを利用して職場(派遣・常駐先を含む)以外でどの程度働きましたか」との質問に「利用していないが、今後利用する予定」もしくは「テレワーク可能な仕事であるが、テレワークを利用していないし、今後も利用する予定はない」と答えた人の回答を集計した(出所:日経BP総合研究所イノベーションICTラボ)
利用しない理由の首位は「勤務先(または派遣・常駐先)がテレワーク制度を導入していないから」で37.3%の人が挙げた。ノートパソコンやウェブ会議ツールなどIT(情報技術)インフラの導入に比べて、制度面での対応が後手に回る企業が少なくないようだ。

自由意見には次のような声があった。「会社として形だけのテレワークに終始しているように思う。会社の就業規則や業務のシステム化などに課題がある」(製造、係長・主任クラス)

2位は「出社することでON/OFFを区分し、心身を仕事モードに切り替えたいから」で32.2%だった。3位は「同僚(上司や部下を含む)や取引先、顧客と直接対話したいから」で25.4%の人が選んだ。

4月比で増えた「心身を切り替えたい」
ここで日経BP総研が書籍「テレワーク大全」の発行に向けて4月に実施したテレワークの調査結果と比べてみたい。緊急事態宣言直後に実施した4月調査でも同じ設問を聞いているので、回答別の割合をグラフにまとめた。

テレワークしない理由についての回答で、4月調査と比べて最も増えたのは「出社することでON/OFFを区分し、心身を仕事モードに切り替えたいから」だった。同回答を選んだ人の割合は23.5ポイントも増加した。2位は「同僚(上司や部下を含む)や取引先、顧客と直接対話したいから」(17.5ポイント増)だった。

4月に緊急事態宣言が出されてから半年以上、テレワークを継続してみた本音として、気持ちの切り替えや同僚とのコミュニケーションに課題を感じる人はいるだろう。

自由意見でも「テレワークは移動時間が減るなど効率的な面があるが、仕事とそれ以外の時間の切り替えが難しく、微妙なコミュニケーションが取りづらいために仲間意識が育ちにくい」(IT・通信、専門職)、「テレワーク勤務によるコミュニケーションの希薄化が懸念される」(コンサルティング・調査、課長クラス)などの書き込みがあった。

4月比で選んだ人の割合が増えた回答の3位は「テレワークに適した環境が自宅にないから」で11.7ポイント増だった。4位の「テレワークを利用すると生産性が下がる・下がりそうだから」(10.9ポイント増)までが、4月比で10ポイント以上増えた。

テレワークをしてみたけれど成果が上がらなかったのでオフィスに回帰する、という人も少なからずいるだろう。直近1カ月はテレワークを利用していないと回答した、建設業の役員は「コロナ影響の低下がうかがえるので」と自由意見を述べた。

IT環境は半年で改善
この半年強で改善が進んだ要素もある。4月調査に比べて「利用しない理由」に選んだ人の割合が下がった要素の首位は「勤務先(または派遣・常駐先)がテレワークに必要なITシステム・インフラを整えていないから」だった。23.8ポイントも減った。

2位は「職場(または派遣・常駐先)で扱う帳票や文書の電子化が進んでいないから」(4月比12.4ポイント減)、3位は「情報セキュリティーの確保に不安があるから」(同4.9ポイント減)だった。日本企業におけるIT面でのテレワーク対応はそれなりに進んだようだ。

一方で専用機器などを使う仕事などは、テレワークを活用するのは難しい。「CAD(コンピューターによる設計)システムなどの導入が難しい」(コンサルティング、部長クラス)というコメントは、その通りだろう。

「テレワークに適さない業務を担当している」と答えた人に具体的な業務を回答してもらった。列挙してみると次の通りである。

建設などの現場作業、現場監督/管理、営業、システムなどの運用、現場検査/検査関連、発送業務、病院勤務、経営企画、人事総務、人工衛星の運用業務、自営業、農業――。

20年の時点では「確かにテレワークは難しそうだ」と感じる仕事が並んでいる。だが今後デジタル技術の進化により、これらの業務をこなす人でも遠隔勤務がしやすくなる時代が到来する可能性は十分にある。

「100年後には『昔は電車に乗って、オフィスという共有スペースに人が集まって仕事をしていたんですよ』と言っている気がします」(IT・通信、派遣・契約社員)。調査にはこんな自由意見も寄せられた。

新型コロナの問題も残念ながら収束にはもう少し時間がかかりそうだ。21年もテレワークを活用するシーンは少なくないだろう。この状況を好機ととらえ、新しい働き方を追究し、確立できる企業だけがニューノーマル(新常態)の時代を勝ち抜ける。

(日経BP総合研究所イノベーションICTラボ上席研究員 大和田尚孝)

【テレワーク成功の勘所 記事一覧】
・ハンコは命より大切か テレワークで「長期戦」に備え https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59521250V20C20A5000000/?n_cid=DSREA001
・生産性「下がった」6割超 間違いだらけのウェブ会議 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59586800W0A520C2000000/?n_cid=DSREA001
・テレワーク成功に導く就業規則見直し 3つのポイント https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59811700R00C20A6000000/?n_cid=DSREA001
・経営者がテレワーク阻害 「日立ショック」で変わるか https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59980920U0A600C2000000/?n_cid=DSREA001
・派遣社員にも臨時手当 IT企業が異色のテレワーク https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60243070R10C20A6000000/?n_cid=DSREA001
・「在宅勤務率」の落とし穴 社員に不便を強いるだけ? https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60484140Y0A610C2000000/?n_cid=DSREA001
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・コロナ死ゼロ「ベトナムの奇跡」支えたデジタル活用 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61118730T00C20A7000000/?n_cid=DSREA001
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・テレワーク効率低い40~50代 若手は冷ややかな目』 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFK022H20S0A201C2000000?n_cid=DSREA001

能力主義の負の側面、チームの士気を下げる「優秀だがいやなやつ」

能力主義の負の側面、チームの士気を下げる「優秀だがいやなやつ」
クライブ・トンプソン テクノロジーライター
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01472/111800003/

 ※ こういう話しは、よくよく噛みしめておいた方がいい…。

 ※ 人は、決して、一人で何でもできるわけじゃないんだ…。

『「社会を作り変えたいなら、コードを書くのが一番だ」――。ソフトウエアが世の中を大きく変えている今、それを作り上げるコーダーの存在感は高まる一方だ。優秀なコーダーをひき付けられるかが、企業の競争優位性を大きく左右するまでになっている。本特集では5回にわたって、そんなコーダーたちの実像に迫る。

 プログラミングは意志の力のみが物を言う才能の世界で、桁違いの能力差が存在するとコーダーは考えがちだが、そうなるのは、ある意味、当たり前である。

 なにせ、毎日、実感することばかりなのだ。コンピューターに怒ってもしかたないし、どやしつけたらテストの結果がまっとうになるなんてこともない。プログラマーのメレディス・L・パターソンが2014年に書いたエッセイから一節を紹介しよう。

 「ルートシェル相手に口論しても意味がない。相手によってコードが対応を変えることなどありえない。コードが自分の価値を決めるのであって、逆はありえないのだ」

 ふつうの人はできる振りをしたり言い逃れをしたり、言いくるめようとしたりするが、プログラマーは走るコードに敬意を払う。それ以上でもそれ以下でもない。フェイスブックを上場したとき、マーク・ザッカーバーグが書いたオープンレターの一節を紹介しよう。

 「ハッカーというのは、新しいアイデアがうまくいきそうかとかどう作るのが一番いいかとかを何日も議論するより、とりあえず作ってみて、どのあたりがうまくいくのかを確かめてみる人種です。だから、フェイスブックでは『論よりコード』とよく言うのです……また、とてもオープンで能力主義というのも、ハッカーの文化です。一番大事なのはアイデアやその実現であり、それを推進しているのがだれであるとか、その人が部下をたくさん抱えているとかは関係ないと考えるのです」

 プログラミングには、もうひとついい点があるとコーダーは言う。独学で、高学歴の人間と肩を並べられる工学分野はこれだけだ、と。ミドルスクール時代に独学でプログラミングを学び、大学院で情報科学の博士号を得たあと、会社をいくつも創業したコーダー、ジョアンナ・ブルーワーもそう考えるひとりだ。

 「科学・技術・工学・数学、いわゆるSTEMの世界で、博士号を持っているような人が完全に自学自習の人と肩を並べる分野は、コンピューターサイエンスしかないでしょう。すばらしい特徴です」

 一方、能力主義の根底には自画自賛の側面も否定できないと言うコーダーも少なくない。

 新入社員のころや高校などでは人付き合いのうまさで序列が決まりがちだが、そんな時代に、引っ込み思案で決まりの悪い思いばかりをしてきたら、プログラミングは客観的な世界であるとの考えに惹かれるのも無理はないだろう。

 たとえば、ハイ・パフォーマンス・コンピューティングの博士号を持ち、スタンフォード大学で教壇に立っているシンシア・リーは、1990年代から2000年代、コーダーとしてスタートアップで働いていたが、周囲には、若いころ、仲間はずれにされているとかわかってもらえないとか思っていた人がたくさんいて、みな、ここは、そういう口先人間がちやほやされるとは限らない世界だと大喜びしていたという。

「我々がいた技術世界では、切れ者っぽい印象の人やスーツ姿の人には疑いの目が向けられがちでした。いわば敵側ですからね。1980年代の青春映画を観ればわかりますが、当時の高校で人気だったタイプです。対して、我々は、オタクの楽園を作っていたのですから」』

『クオーラとピンタレストで怒濤の成果を挙げたことで知られるトレイシー・チョウも、同じように考えているという。ピンタレストの共同創業者、ベン・シルバーマンが究極のロックスターだと語ったプログラマーである。

 「ソフトウエアの成功者は、ほかの分野で成功してきた人とタイプが違うと思います。また、ここでは、自分の力で成功したと思えないと、成功した実感が得られないのではないでしょうか」

 プログラミングというものは、門外漢にとってはまずまちがいなくわかりづらいし、同じ仕事をしている人にとってもわかりやすいとは限らない。だから、適当なことを言っても通りやすいのだとトレイシーは言う。

 「コードはほとんどの人にとってわかりにくかったり隠れたところで動いていたりするのも一因でしょう。表に出ていても、たいがい、なにがどうなっているのかわかりませんし。ですから、『能力次第の世界、わかる人にはわかる世界なんだよ』と言っておけばなんとなくそんなものかと思ってもらえたりするのです」

 だれでも中を見たりいじったりできるようにコードをオンラインで公開するオープンソースソフトウエアの世界は、特に能力主義の色彩が濃いとされている。自分の貢献を成果として受け入れてもらえるよう競うことになるからだ(お金はもらわないことが多い)。

 実例として、オープンソース関連で一番有名な成功物語となったオペレーティングシステム、GNU/Linux(たいていは、単に「Linux」と呼ばれる)について見てみよう。コンピューターを動かす基本のオペレーティングシステムである点はウィンドウズやMacOSと同じだが、無償で使えること、2500万行ほどもあるコードをだれでも自由にダウンロードして中を見られることなどは大きく違う。

 Linuxの起源は1991年。フィンランドの大学生リーナス・トーバルズが、あくまで趣味として、オペレーティングシステムのカーネルを自作してみようと思ったのだ。オンラインで公開したとき本人も書いているように、大がかりなプロの作品にするつもりなどなかった。だから、シンプルなカーネルができたとき、ほかのハッカーが見られるようにソースコードを公開した。

 そして、雪だるま式の拡張が始まった。世界各地のプログラマーから機能追加の提案コードやバグの修正提案などが届くようになったのだ。よさげな提案は採用。こうして、何百人、何千人もの貢献により、Linuxは、機能がどんどん強化されていった。

 スタイルの異なるコーダーがよってたかっていじってもコードがぐちゃぐちゃにならないようにするため、トーバルズは、「ギット」なるものを開発する(いま、幅広いコーダーに活用されているソフトウエアだ)。ギットを使うと、だれかの貢献を組み込むことも簡単にできるし、その結果、動作がおかしくなったりしたら、元に戻すことも簡単にできる。

 一部ファンが主張していることなのだが、いまのオープンソースは、メリットの市場競争といった感じになっている。多くのコーダーがよいと認め、これなら我々のプロジェクトに組み込んでもいいんじゃないかとなるのはだれのアイデアなのか、それを競っているわけだ。オープンソースとはメリットの純度を高める蒸留だと言ってもいいだろう。

 Linuxにおいて、トーバルズは、役に立つしよくできていると思った貢献のみをLinuxのコードベースに取り込む「善意の独裁者」の役割を果たしている。貢献の敷居はきわめて低い。

 Linuxのソースコードをダウンロードし、そこに手を加えて(ギットを使って変更すれば、木構造で改変場所がわかる)、こういう改変をしてみたんだけどどうだろうとコア・コントリビューターに送るだけでいい。優れた改変だと判断されれば採用され、世界中で使われるようになるわけだ。実際にはもう少しややこしかったりするが、基本的にはそんな感じである。』

『2016年、ポートランドにトーバルズを訪ねたとき、次のように言われた。

 「手元に自分の木があって、好きなようにできるわけです。クレイジーなことを試し、それがうまくいって、かつ、それが実はクレイジーでもなんでもないんだとわかれば、見てくれよとその木を公開すればいいのです。それがすごくいいものだったら、いろんな人が採用してくれます」

 私が会いに行ったころのトーバルズは、もう、自分でコードを書くことがほとんどない状態になっていた。ケーブルやいろいろな道具(スキューバダイビングが趣味で、ダイビング用のソフトウエアも作っている)が転がる自宅の小さなオフィスに座り、毎日、送られてくるコードのチェックをする、いわば、大賢者としてソフトウエアを判断するのが仕事になっていたのだ。

 ちなみに、彼のところまで到達するには、まず、メンテナーと呼ばれる人々による審査を通らなければならない。メンテナーとは中核となる貢献者のことで、自発的にLinuxのコードをたくさん書いたり他人のコードを評価したりして、やる気があるとトーバルズや他のメンテナーに認められた人々だ。ここに入れれば、かなりの実力者ということになる。

 Linuxはコンピューティング分野で広く使われており、インテル、レッドハット、サムスンなどのテック企業には、Linuxへの貢献を業務の一環とする社員やそれが専門の社員までいるようになっている。だから、Linux貢献者の中核と認められるのは、履歴書の売りにもなるほどのことだ。

 有名オープンソースプロジェクトに対する貢献はキャリアアップにつながることが多い。だから、たくさんのコーダーが貢献しようとする。週末の趣味として作ったプロジェクトをオープンソースとしてギットハブなどのサイトに公開するコーダーが多いのも同じ理由だ。自分の仕事を見てもらえるのもうれしいし、自分用に作ったツールをほかの人が使ってくれるのもうれしい。

 さらに、ほかの人々のコードを見て、どう作っているのかを知るのは勉強になる。生態系の一員としてそういう義務があると感じるコーダーも少なくない。自分のコードをオープンソースとして公開したり、ほかの人々のプロジェクトに貢献したりという形で、受けた恩を返しているというのだ。

 取材したコーダーは、全員が、仕事でオープンソースのコードを大量に活用していると言っても過言ではないし、高額の仕事にオープンソースのコードが使われているのも当たり前のことと言える。

 つまりオープンソースとは、いかに心を揺さぶるかのアダム・スミス的競争とカール・マルクスが喜びそうな共産主義的気風とが混然一体となってモチベーションを生み出しているわけだ。そして、それを支えているのが、コードはうそをつかない、つまり、コードが優れていれば、仲間にはわかるし、そういうコードは受け入れられるという理想である。

 「口からでまかせには、みな、眉をひそめるものなのです」とトーバルズは言う。』

『たしかによさげである。だが、スーパーヒーロー級の人材を中心とした世界は、実際のところ、ぐちゃぐちゃになりがちだし、生産性も思ったほど上がらなかったりする。ソフトウエアアーキテクト、ジョナサン・ソローザノ=ハミルトンの体験談を紹介しよう。

 話の主人公は、彼と同じ会社で働いていた自称ロックスタープログラマーである。ソローザノ=ハミルトンのブログでは、リックという名で呼ばれている。リックは「困ったら彼に聞け。そうすれば、ホワイトボードに解決策をさっと書いてくれる」と社内でうわさされるほど優秀で、ヘッドアーキテクトとしてプロジェクトの設計に携わりつつ、エースプログラマーとしてコードを書きまくっていた。彼のおかげで苦境を脱したことも数え切れないくらいあった。

 そんなことをくり返した結果、彼は、自分なしにはなにごともうまくいかない、自分のスキルがすべてを左右すると思うようになったらしい。自分はコーディングのスーパースターである、10倍優秀な人材で凡人とは格が違う、と。そして、あれもこれも背負いこんでいく。

 だが、リックが頑張っても、プロジェクトは遅れていく。ある程度以上大きなプロジェクトは、いかに優秀でもひとりでどうにかできるはずがないのだ。丸1年遅れた時点で、もう2年はかかるほどの遅れだ。リックはヒーローになろうと必死に働いた。上司も、彼の好きにさせていたようだ。当時の状況をソローザノ=ハミルトンは次のように書いている。

「リックはコードを書きまくっていました。毎日12時間、休みなく仕事をしていたのです。この状況を打開できるのはリックしかいないと、みんな、思っていました。息をひそめ、ずたぼろのプロジェクトをなんとかまとめる魔法のような解決策をリックが思いついてくれるのをじっと待っていたのです」

 だが、リックは、過労でいらつき、内にこもるようになっていく。

 このあたりで、事態を打開できないかとソローザノ=ハミルトンに声がかかった。まずはリックに会って話を聞いたが、「あんたなんかに、オレの作ったものが理解できるはずがない。オレはアルバート・アインシュタインで、あんたらみんなはサルで、泥をこねるしか能がないんだから」と取り付く島もない。

 コードを確認すると、これが、スタイルが独特な上、コメントなどがなく、本人以外に手を入れられそうにないものだった。だから、関係者全員が一緒に作る形で一から製品を作り直すことにした。リックはそれも拒絶。休まず仕事を続けるし、ほかの人が書き換えたところを元に戻したり、周りをさげすむようなことを言ったりした。事態は悪化の一途である。

 結局、彼は首にするしかなかった。すると事態は好転した。残った社員が協力し、シンプルな製品を開発。最終的には、サイズも複雑さも20%以上削減することができた。つまり、発注元にとって読みやすいし理解しやすく、また、保守もしやすくなったということだ。スーパーヒーローなんていらなかったわけだ。しかも、開発期間はわずかに6カ月強である。

「リックほどのプログラマーはいませんでした。なんでも自分で作ろうとする鬼才はいなかったのです。その結果、生産性はかつてないほど高くなりました」

 ソローザノ=ハミルトンは、こう結んでいる。

 これは、能力主義の悪い面がもろに出た例だと言える。優秀だがいやなやつ、つまり、自分はかけがえのない人材だと思い込んだプログラマーが生まれてしまうことがあるのだ。そういう人が威張りちらすと、ほかの優秀な人が逃げてしまうし、残念なことに、いまいち使い物にならない製品ができてしまったりする。すべてがその人の頭の中にしまわれているからだ。

 そもそも、社内を混乱させる性格では、たとえ優秀であってもどうにもならないというのが正直なところだろう。』

『優秀だがクズとしか言いようのない人と仕事をして大変だった話は、ほかにもたくさんのコーダーが語ってくれた。

 Yコンビネーターに採用されたとある企業が雇ったロシアのコーダーもそういう人物だった。いい仕事をするのだが、どんな具合だとあいさつされるたび、「こんなところは大嫌いだ」と返すのだ。理由は「ほかの連中の仕事がひどすぎるから」だそうだ。とにかくお山の大将でねと上司はため息交じりだった。

 アプリの作成によく活用されるコードライブラリー、リアクトに詳しいツイッターのプログラマー、ボニー・アイゼンマンは、ロックスターコーダーという神話があるから話がおかしくなるのだと言う。

 優秀だがいやなやつが必ず役に立つとも限らない。たしかに、難問を解決してくれて短期的に助かるかもしれないが、全体の士気にやっかいな後遺症が残る。いやなやつの相手はしたくないと、ほかの優秀な人材が逃げてしまうのだ。IBMのベテランコーダー、グラディ・ブーチも、すごく優秀なのに周囲と協力できず、日の目を見る製品が作れないプログラマーを何人も見てきたそうだ。

 リックのような人材が本当に10倍優秀で、10倍のソフトウエアを書けるのだとしても、つまり、ふつうの10倍のスピードで書けるのだとしても、そこから生まれるのは「技術的負債」であることが多い。急ぎすぎてあちらもこちらもめちゃくちゃになったものしか生まれないのだ。

 手の早いコーダーは、たいてい、手っ取り早いやり方ばかりを採用するし、そのコードはつぎはぎだらけで、その後、だれかがじっくりこつこつクリーンアップしてやらなければならない。ディベロッパーの友人、マックス・ホイットニーの言葉を紹介しよう。

 「10倍優秀なエンジニアというのは、実は、生産性が10倍の人ではないのです。本当のところ、そう言われる人は、同僚の仕事を10倍に増やしているんです。これ、実は、ネットで読んだ話なんですけどね。ともかく、氷山の水面から出ている部分みたいなものなんです。光り輝いてきれいなんですが、その裏には技術的負債が山のように積み上がっているわけです」

 アンドリーセンも語っていたが、コーダーがスタートアップを立ち上げたがるのは、そうすればどんどん前に進めるからだ。だがその場合も、ある程度のユーザーを捕まえられるくらいには機能するがコードベースはぐちゃぐちゃで、根気よくクリーンアップして混乱を収めてくれるプログラマーが必要になったりする。

 トレイシー・チョウは、ピンタレストで、バックエンドの大幅な改修を担当した。そのためにコードベースの検証を進めていたとき、検索が必ず2回行われるという変な動作に気づいた。なにかがおかしい。

 調べてみると、検索を実行するコードがなぜか2回、コピーペーストされていた。ピンタレストの立ち上げ期に、だれかが拙速な仕事をしたわけだ。その1行を削除するだけで、検索の効率は倍増した。このように、10倍優秀というのは、コードを書くことより、むしろ、他人の失敗を修正することに発揮される能力だったりする。』

頭の良さで人をぶん殴っていた、ある同僚の話
https://blog.tinect.jp/?p=68019

 ※ こっちも、同根の話しだ…。

日本企業は「勝手にやっている現場の集合体」、だからDXは絶望的にうまくいかない

日本企業は「勝手にやっている現場の集合体」、だからDXは絶望的にうまくいかない
木村 岳史 日経クロステック/日経コンピュータ
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00148/111300146/

 ※ 「勝手にやっている現場の集合体」…。「日本的組織の組織論」としても、秀逸だ…。

 ※ 絶対、一読しといた方が、いい…。

 ※ 「現場が、気分良く、回っている」こと、それは重要だ…。

 ※ しかし、そのことが必ずしも、「集合体、全体としての好結果・高成績」に結びつかないことが、大問題だ…。

 ※ 「現場が、気分良く、回り」つつ、「全体としての好結果」へと結びつける…。

 ※ そこいら辺の「舵取り」こそ、司令塔に求められる「手腕」なんだろう…。

 ※ 有料会員限定記事なんで、著作権的にはアレだ…。

 ※ しかし、是非とも「拡散」したい内容なんで、全文を引用する…。

 ※ 問題がある場合は、Word Press.comの方に連絡してください。

『もはや日本企業というか、日本人の文化的、性格的な欠陥かもしれないな。これを是正できなければ、日本は世界で進むデジタル革命の波に乗り遅れ、あと10年、20年もたてば本当に後進国に転落してしまうかもしれない。別に何も特別な話ではない。たとえ日本を代表するような大企業の中であろうと、平気で部署単位の「ムラ社会」を作ろうとする、日本人の「小さくまとまろうとする」メンタリティーの話である。

 そう言えば「日本企業とは勝手にやっている現場の集合体である」と喝破した人がいた。まさに言い得て妙である。とにかく日本人は「勝手にやっている現場」を作り出すのが大好きだ。そして日本企業の経営者は、「勝手にやっている」ことをもって「我が社の現場力の発露」などと持ち上げて、お墨付きを与えてしまう。その結果、日本企業はあちらでもこちらでも、勝手にやっている現場だらけになる。まさに「ガバナンスって、どこの国の話?」である。

 私はこの「極言暴論」などで「日本企業の統治形態は事業部門連邦制だ」と述べてきた。何せ経営者であっても、他の役員のシマである事業部門には手を突っ込めないからだ。下手にそんなことをすれば、他の役員にクーデターを起こされて解任の憂き目に遭う。ただこの認識は少し修正が必要だな。修正ポイントは次の通りだ。「勝手にやっている現場の集合体が事業部門であり、勝手にやっている事業部門の集合体が日本企業」である。

関連記事:「CIOなんて貧乏くじだよ」、大企業の役員が真顔で語った不都合な真実
( https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00148/042400056/ )

 小さくまとまろうとするメンタリティーを持つ日本のサラリーマンたちが、勝手にやっている現場を生み出す。この弊害はすさまじい。最も分かりやすい例は、あの愚にもつかないカイゼン活動だ。「これこそ日本企業の現場力の証し」などと一時は称賛されたようだが、何のことはない。各現場が互いに争って「勝手に」カイゼン活動を繰り広げる。結果は部分最適の山。全体最適の観点がないから、全社で見ると生産性は上がらず、基幹系システムもどうでもよい改修ばかりで老朽化が進む。

 そう言えば、米国人の技術者が不思議がっていた。「ITを使っても使わなくてもいいが、自らの業務改善で大きな成果が出たら、それを経営にアピールして全社展開を図るのが普通のはず。なぜならヒーローになれるし、サラリーも上がる。なぜ日本人はそれをやらないんだ」。随分前の話なので当時の私にはうまく説明できなかったが、今は理由を説明するのは簡単だ。勝手にやっている現場に手を突っ込むようなまねをしたら……。

 ちなみに、数年前から次々と明らかになった日本企業の不正の多くも、勝手にやっている現場の仕業だ。経営から高いコスト削減目標などを課された現場は、目標をクリアするために検査データの改ざんに手を染める。そんなニュースを何度目にしたことか。不正を働いた現場からすると「そもそも長年のカイゼン活動の結果、極めて高い品質の製品を作れているのだから、データを多少ごまかしても許容される」といった認識だったのだろう。ある意味、不正もカイゼン活動の一環と言える。勝手にやっている現場の面目躍如である。』

『デジタル推進組織も「勝手にやっている現場」に転落
 小さくまとまり勝手にやっている現場の弊害について、ITやデジタル分野に限って探してみても次から次へと出てくる。例えばIT部門はなぜ事業部門などからまともに相手にされず、低く見られているのか。もちろん、経営から重要視されていないとか、技術系の部門であるにもかかわらず素人集団化しているなど、他の要因もある。ただし実は、IT部門自身がITで部門間の横串を通す役割を放棄して、自分たちだけで勝手にやりたいとのマインドに浸っていることも大きい。

 日本では圧倒的多数派である「能力のないIT部門」は日々粛々とシステムを運用していたいのだ。基幹系システムなどは性質上、さすがに利用する事業部門などの意向を無視して勝手にやるわけにはいかないが、事業部門のご用を聞いてシステムを改修したら、後は勝手にシステムを管理していたい。だから、自ら経営や事業部門に改革や改善などを提案するようなことは一切しない。IT部門が重要な経営機能であるとの意識は希薄で、システムを管理する現場の一部署として勝手にやっていたいのだ。

 意外に思う読者もいるかもしれないが、IT部門は昔から「勝手にやっている現場」の最たるものだった。昔は経営者がITを分からないことをよいことに、大企業のIT部門なら巨額のIT予算を勝手に差配していた。事業部門などの要望をそれなりに聞き入れさえすれば、「あいつらは何をやっているのか」と思われようと、どこからも文句は出なかった。今や多くの企業でIT部門は落ちぶれ、IT予算も少なくなったが、勝手にやっている現場の伝統は今も生きている。

 当然、そんなIT部門はDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に全く役に立たない。仕方がないので日本企業の多くは、IT部門とは別にデジタル推進組織を立ち上げている。このデジタル推進組織が司令塔となって、デジタル技術を用いた全社的なビジネス構造の変革であるDXに取り組もうというわけだ。役員についてもCIO(最高情報責任者)の他にCDO(最高デジタル責任者)を置くことが、特に大企業で一大ブームとなった。

 ところが、である。DXの司令塔として役割はすぐに形骸化する。デジタル推進組織も「小さくまとまりたい」という日本人のメンタリティーに引きずられてか、「勝手にやっている現場」と化す。何を勝手にやっているかというと、AI(人工知能)やIoT(インターネット・オブ・シングズ)などを活用したPoC(概念実証)である。かくしてデジタル推進組織は、ビジネスとして成功する当てのないPoCを延々と繰り返す部署となる。CIOがIT部門のボスにすぎないのと同様、CDOもデジタル推進組織の親玉にすぎなくなる。

 「これじゃいかん」ということで、最近はデジタル推進組織とIT部門を統合するなど、組織的な見直しに着手した企業が出てきているが、組織をどんなにいじくろうと結果は同じだ。新たにDXを勝手にやっている現場が生まれるだけだ。つまり、組織間で横串が通らないのだ。当然、先ほど紹介した米国人の技術者のような、ヒーローになりたい人材も日本企業では現れない。

 ちなみに、勝手にやっている現場の集合体という日本企業の特徴は、大企業など既存の企業だけのものではないからな。新興のネット企業でも事情は全く同じ。様々なデジタルサービスを提供している各事業部門がそれぞれ勝手にやっているケースは多い。ITインフラも違えば、使っている開発ツールも全く違ったりする。とにかく日本人はどんな企業、どんな組織にいても、他と隔絶されたムラ社会を作りたがるのだ。

関連記事:ネット企業の劣悪なIT活用に見る日本企業の根深い病理』

『「勝手にやっている現場」はフラクタル構造
 さらに、この「勝手にやっている現場」というのは、部分と全体が相似して入れ子細工のように繰り返される「フラクタル構造」となる。どのような意味かと言えば、冒頭で書いた通り「勝手にやっている現場の集合体が事業部門であり、勝手にやっている事業部門の集合体が日本企業だ」ということだ。この表現をもう少し拡張すれば次のように言える。「勝手にやっている現場の集合体が事業部門であり、勝手にやっている事業部門の集合体が企業であり、勝手にやっている企業の集合体がグループ経営の日本企業だ」。

 だからガバナンスがとにかく効かない。例えば日本企業がDXを推進するために、米国のIT企業を買収するケースが増えてきているが、買収が完了してもその経営に口を出すことはほとんどない。買収された企業からすると、買収前と後で拍子抜けするほど何も変わらない。米国企業が日本企業を買収すれば、経営を抜本的に変え、マーケティングなどビジネスのやり方を変え、基幹システムもERP(統合基幹業務システム)に強制的に変更させたりするケースが多いのと、まさに好対照だ。

 皮肉を交えて書くが、日本企業の経営者は自社を「勝手にやっている現場のフラクタル構造」として運営しているために、買収した外国企業の経営陣にもきっと忖度(そんたく)して、勝手にやらせているのであろう。日本企業の経営者はこうしたやり方を「連邦経営」などと称する。言葉の響きだけは良いが、噴飯ものである。まさに冒頭で示した「事業部門連邦制」と意味合いは同じで、勝手にやっている現場の集合体としての日本企業の在り方を正当化しているだけである。

 勝手にやっている現場の集合体の日本企業が他社と協業しようとすると、空恐ろしい事態となる。今、何らかのデジタルサービスを立ち上げようとするなら、他社との協業が当たり前だ。既存の大企業が「オープンイノベーション」などと称して、スタートアップなどと協業するパターンが多いが、これは本当に恐ろしいことだと思わないか。何せ自社内だけでの取り組みでも、各現場や各部門が勝手にやってしまう日本企業だ。まして「赤の他人」との協業なら、ますます勝手にやってしまう可能性が強い。

 「何を訳の分からないことを書いているのか」と不審に思う読者も大勢いるかと思うが、既にその恐ろしさが現実化した事件があるぞ。NTTドコモの電子決済サービスであるドコモ口座や、ゆうちょ銀行の口座などを使った不正出金事件だ。連携するサービス全体でのセキュリティーを各企業が考慮していなかったため発生した事件である。

 決済サービス事業者側が厳密に本人確認をするか、銀行側がサービス連携の際に、口座や暗証番号などによる認証ではなく2要素認証を導入するかをしていれば、被害の大半は防げたはずだ。ところが両者とも自らの対策を怠り、多数の不正利用を許してしまった。「相手のサービスのセキュリティーは万全のはず」との思い込みがあったのかもしれないが、連携するサービス全体でのセキュリティーを考慮しないのは、驚くべき思考停止と言うほかない。

 そうした思考停止を招くのは、協業して1つのサービスを提供しているにもかかわらず、それぞれが「相手は相手、自分は自分」として自らの守備範囲でしか物事を考えていないからである。つまり、それぞれが勝手にやっているわけだ。セキュリティーに最もシビアでなければいけない企業がこのざまなのだから、似たような事件や事故はこれからも頻発すると考えたほうがよい。』

『コンサルタントも中間管理職にへつらう
 ここまで読んできた読者は十分に認識したと思うが、「勝手にやっている現場の集合体」としての日本企業、さらにそれを生み出す「小さくまとまろうとする」とする日本人のメンタリティーを何とかしないと、まともなDXなど到底できない。ひとえに経営者が蛮勇を奮って、組織面や企業文化、従業員のメンタリティーなどをDXの一環として変革していくしかないが、極めて心もとない状況である。

 何せ下手に他人のシマに手を出したら、経営者といえども解任の憂き目に遭いかねない。この件をもう少し深掘りすると、「余計なこと」をする経営者を追い出そうとするのは、自分のシマを荒らされることに危機感を持つ役員だけではない。現場が勝手にやっている以上、実質的に会社を動かしているのは、課長などの現場の管理職である。多数の現場の管理職が強く反発すれば、経営者の地位は風前のともしびとなる。実際、改革派と目された経営者のクビが飛ぶのは、このパターンが多い。

 しかも、日本企業の経営者の多くはサラリーマンとして頂点を極めた人たち、つまり勝手にやっている現場の出身者だ。だから経営者は、自分を育ててくれた現場に対して一種の「信仰」とでも言うべき感覚を持っている。「我が社の強みは現場力」などと口走るのは、まさに信仰心の発露である。もちろん実際に現場には多くのノウハウや知見が蓄積されているケースもあるだろうが、勝手にやっている以上、それは部分最適にすぎず、経営者が妄想しているような「我が社の強み」にはなり得ない。

 さらに厄介なのが、勝手にやっている現場の集合体が日本企業である以上、日本企業の経営は必然的に現場丸投げになることだ。つまり、サラリーマン経営者は過去にどんなに優秀だったとしても、経営者としては2流、3流でしかない。自身の経営方針にのっとり現場を厳格に統制するという発想がないから、いくら欧米企業を猿まねしてCxO制度を導入しても、横串機能を発揮できないCIOやCDOなどを量産して終わりだ。本来最も強力な統制手段となるはずの基幹系システムも、ただのポンコツとなる。

 経営者の中には「このままではまずい」という自覚がある人もいて、DXの推進に合わせてコンサルタントを雇うケースも多い。だが、コンサルタントが役に立つのは雇い主の経営者が強力な権力を持つ場合に限られる。勝手にやっている現場の集合体の日本企業では、経営者の権力は哀れなほど弱く、事業部門長や部長、さらに現場の課長や係長の意向は最大限尊重しなればならない。当然コンサルタントも商売だから、こうした管理職層にへつらうことになる。

 例えば「御社の中間管理職の皆さんはとても優秀ですね」「やはり日本企業の強みは現場力ですから、大切にしないといけません」などと言って、勝手にやっている現場の集合体を前提にDXのシナリオを描いたりする。つまり「抜本的な変革を伴わないビジネスのデジタル化」をクライアント企業のDXのターゲットとするわけだ。もちろん、これがDXと呼べる代物でないことは誰の目にも明らかだが、こんなDXもどきが日本のあちこちで進行中だ。

 うーん、やはり日本企業の構造問題をテーマにすると、「では、どうするのか」という答えがなくて困るな。極言暴論で何度か書いた月並みな結論で言うと、サラリーマン経営者を排除し、いわゆるプロの経営者、特に著名な外国人経営者を後釜に据えることだろうが、勝手にやっている現場の集合体である日本企業の経営者が、後継者についてそんな決断を下すのは並大抵のことではない。後は新型コロナウイルス禍が日本企業をどこまで変えるかに期待するしかないか。でもそれは、「悪魔頼み」ということだが。』

合理的で優秀、なのに「伸びしろ無し」と判断される就活生

合理的で優秀、なのに「伸びしろ無し」と判断される就活生
損得勘定がうまいことのメリット、デメリット
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00077/092800021/?P=1

『新型コロナで大波乱となった2020年の就活も、多くの企業で内定式が行われる日を迎えました。
 就活支援の特別編として、「保全性」「拡散性」「受容性」の高い学生の方々に対して就活のアドバイスをしてきました。今回は「弁別性」を取り上げます。来年以降も活用できる内容と自負しておりますので、就活継続中の方も、来年就活の方も、ぜひ引き続きご覧ください。

 「弁別性」の高い人は、何らかの根拠(データ、経験)を基に「必要」か「必要ではない」かを常に考え、「必要」と判断したものを直ちに選択します。
 合理性や投資・費用対効果を重んじ、効率的に物事を進めようとします。

 こう言うと、よくいる「コスパ」指向の人のようですが、「弁別性」が高い人は、それとはひと味違う凄みを感じさせます。

 「それって意味あるの?」が彼らの口癖です。
 そう問われた相手が、「まだ分からないけど、やってみたい」と答えようものなら、「意味のないことはやらない」とバッサリと切り捨てることも。

 「白か黒か」の線引きが明確で、幅というか、“アソビ”がないのです。

 また、自分の部屋には、機能性重視で必要なものしか置きません。最近流行のミニマリスト的な面もあります。

 自分自身に、こうした思考・行動特性を感じる方は、FFS理論(※)でいえば「弁別性」が高い人、と言えます。

※5つの因子とストレス状態から、その人が持つ潜在的な強みを客観的に把握することができる理論(開発者:小林 惠智博士)。詳しく知りたい方は書籍『宇宙兄弟とFFS理論が教えてくれる あなたの知らないあなたの強み【自己診断ID付き】』か、こちら。

 合理性を重視する「弁別性」の特性は、ビジネスの世界ではたいていの場合有利に働きます。

 「弁別性」の高い人は、好き嫌いといった感情に左右されにくく、根拠に基づき最適解を求めようとします。物事を客観的に判断し、ゴールに最短距離で到達する方法を選べる人は、組織でも高く評価されることが多いでしょう。

 ところで、「合理的」とよく似た言葉に、「論理的」があります。

 合理的思考と論理的思考。どちらもビジネスパーソンには必要な思考です。よく似た意味なので混同しやすいのですが、FFS理論ではこの2つを明確に区別しています。

 まず、2つの言葉の意味を辞書で確認してみます。

論理的=1:論理の法則にかなっているさま
合理的=1:道理や論理にかなっているさま
    2:物事の進め方に無駄がなく能率的であるさま

 どちらの言葉も、「1:論理の法則にかなう」という意味は共通していますが、「合理的」にはさらに「2:無駄なく、能率的である」という意味があります。

 1と2の大きな違いは、1の論理的な思考は、基本的に訓練によって身につけることができるのに対し、2の合理的な思考は、訓練では身につけることができない、ということです。

 FFS理論が定義する「合理的」とは、意図せずとも「ムダなく、能率的にしてしまう」状態のことを指します。無意識のうちに、ムダを省いてしまうのです。つまり、合理的思考は、訓練で身につく能力というよりも、「弁別性」という個性に起因する能力と考えるのです。

 さらに言えば、合理的思考を備えた「弁別性」の高い人は、論理的思考とも相性がいい。つまり、他の因子が高い人よりも、訓練によって論理的思考を身につけやすいのです。論理的思考は、仮説・検証を繰り返して方針を導いたり、物事を構造的に捉えて全体像を客観的に捉えたりするうえで必要な能力です。

 さて、今回のテーマである就活に話を戻すと、「弁別性」の高い学生は、就活でも論理的・合理的思考を披露できるため、一次面接くらいまでは難なくクリアしていきます。

 ところが、それより先になると、内定まで進む学生と、苦戦する学生とに分かれます。

 面接官に好印象を与えるはずの論理的・合理的思考を備えながら、就活に苦戦する学生がいるのはなぜでしょうか。

 それは、弁別性の「合理的である」という特性が、うまく活かせば強みとなる一方で、それが裏目に出ると、機械的で冷たい印象を与えたり、「損得勘定で動く、自己都合な人」と思われたりするからです。特に、未熟な人の場合、「弁別性」の特性がネガティブに出ることがあります。

志望動機に熱い思いが感じられない
 内定が決まらず、就活に苦労したTさん。面接ではこんなやり取りがありました。

面接官:「なぜうちの会社に興味があるの?」

Tさん:「御社は業界トップで、知名度があるので、もし自分が営業に配属されたとしても、楽に働けそうだと感じました。また、育成環境が整っていることも安心です。有給消化率、離職者の少なさ、報酬額とその伸び率も魅力的に感じました」

 あなたが面接官だったとしたら、この志望動機を聞いて、どんな印象を受けるでしょうか。

Tさんは、その会社の魅力を伝えたつもりかもしれませんが、面接官にしてみれば、「Tさんにとってこの会社が、いかに都合がいいかを並べただけ」に聞こえたでしょう。

 合理性を重んじる「弁別性」の高い人は、「何をやりたいか」よりも、「いかに楽に稼げるか」で会社を選ぶ傾向があります。投入する時間と労力が、効率よく換金される組織、というわけですね。

 ですので、会社を選ぶ基準は、勤務体系や教育、福利厚生など、仕事というよりも労働条件になりがちです。

 労働条件が変われば、「白(行きたい会社)」が「黒(行きたくない会社)」に変わることもあるので、会社を絞り切れないことも多いのです。

 Tさんの志望動機には、もしかしたら会社や将来の仕事に対する熱い思いがあったのかもしれません。しかし、そこを打ち出さなかったため、内定獲得に至らなかったと考えられます。

自分に必要ない人間とは付き合わない
 合理性を重視する(してしまう)「弁別性」が高い人は、面倒な人間関係を避けようとする傾向があります。

 「役に立たない」と判断した相手とは、たとえ同じサークルの仲間でも、わざわざ関係を構築しようとはしません。人間関係も白か黒かに分けるので、自分に必要ない相手と思えば、バッサリと切り捨ててしまうこともあります。

 誤解してほしくないのですが、このタイプの特性が「悪い」というわけでは決してありません。それは個人の生き方の選択肢の1つとして、十分納得できるものです。

 ただし、すべてを自己都合で切り捨てていると、本人の気づかぬうちにチャンスを逃して、よりよい結果につながらなかったりします。

 経験豊富な面接官には、そうしたこともお見通しです。「この学生は、社内の人間関係や仕事先との付き合いを「合理的」にやりすぎてしまいそうだな……」と見抜いて、「これまで人間関係を避けてきたみたいですね」と、切り込んでみたりします。

 学生側は図星を突かれて、「え?」と一瞬口ごもりますが、嘘をぱっとつける個性ではないため、「そんなに人間関係って大事ですか?」「どんな人でも、必要であれば、仲良くなることができますよ」と、言わなくてもいいことを口走ってしまうのです。

 情報を基に物事を判断する「弁別性」の高い人にとって、条件の提示は自然かつ当然の行為です。ところが、「人間関係も条件次第で判断する」ところを面接官に暴露してしまえば、「この学生は機械的で冷たい」という印象を与えかねません。

 そもそも「弁別性」の高い人が人間関係を避けたがるのはなぜでしょうか。  人間関係につきものの「感情」を煩わしく思うからです。好き嫌いといった感情が絡めば、客観的な判断がしにくくなります。

 例えば、仲間と旅行に出かけるとします。
 「弁別性」の高い人は、「最短・最速でムダのない方法で行きたい」と考えます。乗り継ぎや徒歩での移動手段、宿泊施設も含めてあらゆる情報を集めて、その中から一番合理的な行き方を選択しようとします。

 一緒に旅行する仲間が皆、同じようなタイプなら問題はありませんが、中には“鉄オタ”がいて、「ローカル線でゆっくり旅したい」と言い出すかもしれません。あるいは「僕はホテルとか決めてからの旅行って全然したくないんですよ」という人もいるでしょう(例えばこの方。「『自分を嫌いな上司』の真実が分かる本」)。

 ところが、「弁別性」の高い人は、「ローカル線の旅なんて時間のムダ」と考えて、仲間の気持ちに思いを寄せることなく、仲間の意見を却下しがちです。

ビンセントは、良くも悪くも他人に容赦がない(10巻#94「いつも心に万歩計を」)
 人と交流しなくて済むように、学生時代は部活には参加せず、帰宅部を選択する人も多いでしょう。家で誰にも邪魔されず、読書三昧で過ごすこともしばしばです。

 アルバイトも、面倒な人間関係を避けて、効率重視で選びます。例えば、システム開発のアルバイトのように、自宅で一人でできて、時給の高いアルバイトを好みます。

 私の学生時代の知り合いは、「ハッカー的な仕事」を請け負っていましたが、彼も「弁別性」の高いタイプでした。時間や場所を自由に選択できて、時給も相当高いので、彼にとっては最適なアルバイトだったはずです。
 また、そのために必要と判断すれば、高度なスキルの獲得も厭いません。

「できる。でも、伸びしろがない」と思われる
 無難に何でもこなす「弁別性」の高い人は、就活でも「優秀」と評価されます。

 とはいえ、「いま優秀」なだけでは即採用、とはなかなかなりません。
 面接官が採用したいと思うのは、「地頭の良さ」は当然ですが、潜在的な可能性、すなわち「伸びしろ」のある人です。

 伸びしろとは具体的に何なのかといえば、入社後の新しい環境における対応力、つまり「素直さ」や「感受性の豊かさ」です。採用においては、これらの要素が重要視されるのです。

 ところが、最短・最速で生きて来た証としての「ムダのなさ」には、その辺りの要素があまり感じられません。
 そこが、面接官への印象を悪くしてしまうことがあります。「そこそこ優秀だけど、入っても伸びしろがないな」と思われるわけです。

 また、感情を持つ人間の営みであるビジネスには、理不尽さがつきまといます。
 誰もがスパッと物事を割り切って、投資対効果を最大化できる最適解を選んでいるわけではありません。

 例えば、一緒に働く仲間の気持ちをくみ取ったり、悩んでいる相手に寄り添い、飲みながら愚痴を聞いたりすることも時には大切です。「弁別性」の高い人には、ムダに思えるかもしれませんが、「人としての余裕」を感じられるかどうかも、採用面接では問われるのです。

ムダを嫌い、合理性を重んじるのは正しい。けれど
 就活中の「弁別性」の高い学生の方へのアドバイスとしては、まず、そんな自分を「理解」していただきたいと思います。

 就活ではよく「自己理解」という言葉が使われますが、自分の「ムダが嫌い」「コスパを意識する」ところで止めていないでしょうか。さらに奥に入って、「(他人がちょっと引くくらい)合理性を重視する」ところまで、見つめてほしいのです。
 それが、おそらくあなたが常にうっすら感じている、周囲との違和感の原因です。

(これは「拡散性」「凝縮性」が高い方にも当てはまります。「受容性」「保全性」が高い人が多数派の日本社会では、その他の3因子が高い人は、どうもうまくかみ合わないことがある、と感じがちなはずです)

 「自分は周りの人とは違う」という感覚はあっても、その違和感の原因が何なのか、はっきりと把握している人は少ないのではないでしょうか。そこを言語化できることこそが本当の「自己理解」です。

 「弁別性」の高い人は、とにかくムダを嫌い、合理性を重んじます。
 しかし、世の中は皆、そんなに合理的に動いているわけではありません。まずは、そのことを認識する必要があります。

 自己理解を深めるためにおすすめしたいのは、「他者理解」です。他者との違いを相対的に理解することで、一層の自己理解につながっていきます。

 例えば、「拡散性」の高い人は興味関心が最大のモチベーションになり、自分が「面白い」と思うことにはテンションが上がります。
 「保全性」の高い人は、効率や合理性よりも、仲間と一緒であることを好みます。
 「受容性」の高い人は、相手の幸せが自分の幸せと感じます。周りの人たちの気持ちをおもんぱかるため、周りの人たちの気持ちに影響されて、一喜一憂しやすいのです。

 以上、合理性を好む「弁別性」とは対照的な因子を紹介しましたが、このように見てみるだけでも、人の個性はそれぞれ違うことが分かります。違うということは、個性の異なる相手とは誤解も生じやすいということです。

 「合理的である」という弁別性の特性は、それがネガティブに出た場合、「機械的で冷たい」という印象を相手に与える恐れがあります。面接ではそのことに留意しながら、自分の特性をポジティブに表現できるように心がけてみましょう。

 つまり、データに基づいて先を読める先見性と、何事にも合理的に対応できる能力。これが「弁別性」の高いあなたの武器なのです。

割り切れない人間関係にも学ぶべきことはある
 就活までにまだ余裕がある1、2年生の方々には、ぜひ、矛盾をはらんだ「人」という存在との密な関係を体験していただきたいと思います。

 未熟なうちは、自分の損得だけで計算して、最適解を見つけようとします。しかし、経験の浅い自分だけの判断基準で割り切っても、いい結果が得られるとは限りません。しょせん、そこそこのレベルで終わってしまいます。

 「弁別性」の高い人が成長するには、社会で揉まれる中で、合理性だけで割り切れないことがあることを学びつつ、一見すると「役に立たない」と思うことを大切にすることで、長期的には成功に近づくことを理解する必要があります。

 そんな曖昧で割り切れないものを受け入れるのは、非合理的だと思うかもしれません。しかし、「弁別性」が高く「優秀だ」と他人から評価されている人は、自分の下手な計算よりも、計算を超えた人との縁や人間関係によって結果が最大化することを、実証により知っています。

 ですから、何事にも都合を考えず、誘われるままに体験してみることも大切なのです。しかも、できるだけ密に関わって、泥臭い体験にあえて飛び込んでみることです。

 割り切れない状況を理不尽だと感じたり、やっている意味が分からないと悩むこともあるでしょう。

 そのようなときは、自分で納得のいく新たな判断基準で線引きすれば、理不尽さを解消できます。つまり、曖昧模糊とした状況や関係にも、「何らかの意味はある」と割り切ればいいのです。

 理不尽と感じるのは、自分が決めた判断基準に合わないからです。だったら、理不尽のラインを少しずらして、「理不尽に見えるが、意味はあるはず」という認識に変えればいい。

 なんだかムチャクチャを言っているようですが、実は、合理性がないと行動するのが辛い「弁別性」の高い人は、何か「理由がある」と思えさえすれば納得でき、力を発揮する、という強みも持っているのです。

無人のはずの月基地に人影が……
 「理不尽なことにも意味がある」と認識する。これは具体的にどういうことでしょうか。

 これを教えてくれるのは、人気漫画『宇宙兄弟』に登場するNASA宇宙飛行士のビンセント・ボールドです。彼の登場シーンから、「弁別性」の高い学生が参考にすべき振る舞いを紹介しましょう。

 ビンセントはムダなことが大嫌い。「弁別性」が高いタイプです。(ビンセントの「弁別性」の高さを解説した過去記事はこちら→「褒めてくれない“冷たい上司”とストレスなく付き合うには」)。

 前回、「リモートワークのストレス」について解説した際にも書きましたが、『宇宙兄弟』の最新刊(38巻)では、主人公の宇宙飛行士・南波六太(ムッタ)と同僚のフィリップ・ルイスが、他の仲間が地球へ帰還した後も、2人だけで月面残留を余儀なくされています。いわゆる「リモートワーク」の状態です。

 しかも、彼らが取り組む月面プロジェクトは非常に難易度が高く、2人はかなりのストレス状態に追い込まれています。

 ムッタとフィリップが、滞在中のムーンベースから、少し離れた小型基地へと移動したときのこと。2人が建物に足を踏み入れると、無人のはずの基地内に、人影がありました。

「誰かがいる」と思った相手の正体は、管理用ロボットでした。2年前、この基地の建設に関わった日本人宇宙飛行士の紫三世が、後からやってくる宇宙飛行士を驚かそうと仕込んだイタズラだったのです。

“アソビ”を受け入れたビンセント
 ビンセントは、かつてムッタがアスキャン(宇宙飛行士訓練生)時代の指導教官だった人物です。ムッタが知るビンセントは、ムダをトコトン嫌い、自分にも相手にも厳しい合理主義者でした(ただし、見込んだ相手には手を差し伸べる優しさがあります)。

 普段のビンセントなら、「イタズラなど時間のムダ」と一蹴しそうです。それなのに、紫のイタズラを容認したことに、ムッタは驚いたのです。

 合理主義者のビンセントが、紫の“アソビ”を受け入れたのはなぜでしょうか。

ムッタとフィリップがストレス状態にあることは、ビンセントも気づいていました。今後の作業を成功させるためには、「何かガス抜きになるようなことが必要かもしれない」と思っていたところに、紫が2年前に仕掛けたイタズラの話を聞いたのでしょう。「これは2人にとって気分転換になる」と明確に判断したのだと推察します。

 イタズラを「馬鹿らしい」と切り捨てるのではなく、ムッタとフィリップには「意味のあるイタズラ」として、受け入れる合理に到達したのです。

「弁別性」が「素直さ」を持てば鬼に金棒
 現実の世界でも、実際に超アナログなサービス業に身を置き、「泥臭いことを受け入れることの合理」に行き着いた「弁別性」の高い人物を2人ほど知っています。

 彼らは、普段はドライな面は一切見せません。どちらかと言えば、ニコニコしています。

 相手が話しやすいよう、笑顔でうなづいたり、自ら盛り上げ役を買って出たりして、和気あいあいとした雰囲気を作っていきます。その結果、短期間に親密な人間関係を構築することができているのです。

 彼らも若い頃は、ドライな個性ゆえに損をした経験がありました。自己都合で人間関係を割り切っていては誰もついてこないことを学び、「仲間を作る合理」にたどり着いたのです。

 仲間と親密な人間関係を築くことで、仕事をスムーズに進めることができ、その結果として「最短を実現している」、ということです。

 この原稿の中ほどで、面接官が学生の皆さんに期待しているのは将来的な伸びしろであり、それは新しい環境に対応できる「素直さ」や「感受性の豊かさ」である、と書きました。

 「素直さ」や「感受性の豊かさ」と聞いて、「自分は何事にも白黒つけたい性質だから、自分には無理だ」と思う人もいるかもしれませんが、それは違います。

 私がお伝えしたいのは、自分の個性を活かすための素直さを持っていただきたい、ということです。

 何事にも合理的に対応できる能力は、ビジネスの世界では強みです。

 その合理性を、自分の損得勘定だけに使うのではなく、一緒に働く仲間や顧客の幸せのために使うことを学びましょう。割り切れない他者との関係にも意義を見出し、ある程度の理不尽も飲み込む合理にたどり着いたとき、大きく成長できるはずです。

 自己都合の割り切りをしている限り、「弁別性」の強みは発揮されません。状況に合わせて条件を変え、必要であれば曖昧さや理不尽さも受け入れられるよう視座を高めていく。これが「弁別性」の素直さだと私は考えます。

© Chuya Koyama/Kodansha
(構成:前田 はるみ)

38巻#358「National Aeronautics and Surprise Administration, NASA」
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