リクルート峰岸社長「危機が去った後、投資抑制を後悔したくない」

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00181/080400005/?P=1

『2020年3月期まで4期連続最高益と好調でした。新型コロナウイルスの影響はどの程度受けていますか。

 ひどい状況です。4月単月の売り上げは、グループ全体で前年同月比21%減でした。

 大きく3つある事業領域ごとに見ると、求人検索サイトである米インディードを中心としたHRテクノロジー事業は35%減。「ゼクシィ」など販売促進支援サービスが中心のメディア&ソリューション事業が23%減、そして人材派遣事業が12%減とすべての事業でマイナスでした。』
『ただ、インディードが毎日、各国単位で公表しているジョブポスト(求職)の数を見る限り、5月末の段階で底を打っています。まず欧米でロックダウンが起き、その後日本でも緊急事態宣言が発令されました。それが解除されて、お店や事業が再開して、人材が必要な状況になったということです。

 いわゆる新型コロナの第1波で世界各地がロックダウンとなったことで、コロナによるインパクトの「深さ」は大体つかめました。第2波、第3波で再度、ロックダウンや自粛要請ということになっても、その深さは想定できます。

 問題はこれがいつまで続くか、つまり「長さ」です。回復基調にあるといっても、100に戻るまでの時間軸が読みにくい。ですから、インパクトの深さよりも長さが重要になってきますので、そのあたりの数値はずっと見ています。』
『このような事態が起きることを想定していたのでしょうか。

 私どもはHR(ヒューマンリソース)のビジネスを手掛けています。HRは経済の循環とリンクしていますから、経済が悪化すると各社は採用を抑制し、へたをすると完全にストップしてしまいます。私の経験に照らしても、今回の新型コロナを含め、4回の危機がありました。

 リーマン・ショックの後は好景気が続いてきましたが、我々は過去に危機を経験していることもあり、「次の危機はいつ来るのか」「危機が訪れたとき、どのような対応をするのか」といった議論は非公式のミーティングの中でずっとしてきました。

常日頃から頭の体操はしていたということですね。』
『そのときに議論していたことの一つが、中長期戦略に基づく計画をストップしたり、抑制したりすることは何とかやめたいということです。強化すべきプロダクトやサービスについても止めるのではなく、むしろ危機のときにドライブをかけられるよう体制を整えておこうと。危機が去った後に、投資を抑制したことを後悔したくありませんから。』
『そのためには財務基盤が強固でなければいけません。「どの程度の危機であれば、抑制しなくても大丈夫か」というキャッシュバランスのシミュレーションをしてきました。』
『では新型コロナでもそれほど慌てずに済んだのでしょうか。

 いやいや(笑)。リーマン・ショックは金融発でした。HRビジネスはどんと落ち込みましたが、日常消費を中心に実需はそこまで落ちませんでした。

 しかし今回は飲食店に大きな影響が出ていますし、旅行や結婚式なども延期や取りやめが増えています。リーマン・ショックでは大きなマイナスにならなかった分野も、今回は大きく落ち込んでいます。』
『ただ、リクルートの強みは危機にあっても、既存事業の構造を変えながら次の時代の主軸となっていくようなビジネスを開発してきたことにあります。

 現在は中長期の戦略として、2つのテーマがあります。一つはHR産業のグローバルリーダーになること。採用プロセスなどHR産業にはまだ効率化の余地がありますから、AI(人工知能)を使って最適な求人情報を提供する米インディードの技術やプラットフォームを使って、求職者がより仕事を見つけやすくしていきます。

 もう一つは「Air ビジネスツールズ」などのSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)によって日本の中小企業の生産性向上に貢献していきます。

この2つのテーマの実現はそもそも時間がかかるものですが、新型コロナを受けてより速く進めていきたいですし、アフターコロナに向けた力の入れどころかと思っています。』
『新型コロナ前まで業績をけん引してきたインディードの買収はリーマン・ショック後の12年でした。

 もともとリクルートはインターネットの登場以前から、情報誌の広告がどれだけ最終購買に結び付いたのかを測定するなど、科学的にビジネスをしてきました。でもアナログがデジタルになったときに、リクルートはテクノロジーを持っていませんでした。情報誌からインターネットへの転換はうまくいきましたが、その先のクラウドやスマートデバイス、ビッグデータの時代になって難しくなってきました。』
『そこで12年にHRに特化して、ナンバーワンになるという目標を打ち出し、我々の力だけではテクノロジーにおいて世界で勝てないということで探して出合ったのがインディードです。

 美容室向けの業務管理サービス「サロンボード」を始めたのもこの時期です。また、学習講座アプリの「スタディサプリ」も10年ごろに検討を始めていました。』
『12年にHRの分野で世界に出ていくという決断をされたのは、どのような背景からですか。

 12年にCEOに就任する前は、中長期の方向性を決めるリーダーの役割でしたが、その当時から海外に行くか行かないかは大きな課題の一つでした。

 行くのであれば集中しなければなりませんから、一番になるというスタンスを取るしかありません。となれば、そこに資源を投入しなければなりませんので、上場という資本政策を取るという順序でした。』
『HRに関しては、例えば人材派遣業で見てみると、我々の利益率が高かった。日本特有の事情があるにせよ、我々のオペレーション能力もあるのではないかと考えました。

 そこでまず米国の数十億円規模の企業を買収してみました。すると利益率が上がったので、次は米国で300億~400億円の企業を2社買収しました。これも利益率が向上したので、その後は数百億円規模のオーストラリアの上場企業を買い、さらに1900億円ほどの欧州の上場企業も買収していきました。』
『ー今後の成長に必要なピースはそろっているようにも見えますが、リーマン・ショック後のような企業の買収も考えているのでしょうか。

 特定分野の技術を持つテックカンパニーには魅力を感じます。自前でも開発していきますが、リクルートはやはり純粋なテックカンパニーにはなれない。テクノロジーを持っていたり、ある国や地域で強みを持っていたりする企業は対象になります。掛け算まではいかなくても、足し算よりプラスになる案件なら可能性はあります。』
『採用プロセスの市場は世界で約15兆円ありますが、まだまだ労働集約的な部分も多い。こうした部分をインディードなどのテクノロジーで効率化していくことが一つのチャレンジです。

-15兆円市場のうち、どれぐらいを取るつもりですか。

 そういった目標はないですね。まずは圧倒的に優れたサービスをつくる。そこに集中することに尽きます。そうすればお客様に選ばれて、結果的に数字はついてくるという考えです。既存の小売業界に対し、圧倒的に便利なサービスで参入した「アマゾン」のようなサービスです。私たちは人材ビジネスでそれを実現したいと考えています。

ー「数字」よりも「価値」ですか。

 トータルで言うと「価値」ですね。速さや安さ、ボリュームなども含めて、「価値」ということだと思います。』
『ー米グーグルなどはリクルートにとって脅威ではありませんか。

 ネットの巨人であり、あらゆる分野を手掛けているわけですから、当然競合する部分は出てきます。我々としては自分たちの領域、例えば採用プロセスを圧倒的に効率化し、磨いていくしかありません。』
『ーインディードのようなテクノロジーの会社を率いるようになりましたが、経営する上で気を付けている部分はありますか。

 まず、ビジョンに共鳴してもらうことが不可欠です。トップが計画や方針を決め、それに共鳴してもらう。我々であれば「面倒な採用プロセスを楽にする」「明日にでも働きたい求職者にすぐ仕事を提供する」というビジョンはブレません。

 そして、現場に納得してもらった上で仕事を任せる。経営がずっとハンズオンで関わるわけにもいきませんから。とにかく現場をサポートすることがデジタル時代の経営では不可欠です。いかに現場が気持ちよく動けるかです。

 これは本当にここ数年で学んだことです。トップになったばかりのころは見えておらず、方針を出して実行し、失敗しながら勉強してきました。』
『ー新型コロナを経て日本が再興するために何が必要なのでしょうか。峰岸さんのお考えを聞かせてください。

 これまでの習慣によって、重力が保守的な方に働いていましたが、新型コロナをきっかけにゼロベースで見直されて、デジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいます。その中で生き残っていくには、「このサービスにしかできない」という強みが求められます。米国のインディードでは、不足するエッセンシャルワーカーを非接触ですぐに採用できる点で利用が増えました。

新型コロナは企業やサービスにとって変革をもたらすきっかけになりますが、単に新型コロナだけに対応したものではダメでしょう。アフターコロナで使われないものでは意味がありませんから。付け焼き刃ではなく、未来を見据えた変革が必要です。

 それを考え、実行していくためには私たち自身が変わらなくてはいけません。とりわけ企業であれ自治体であれ、ガバナンスする立場の人こそ変わる必要があるのではないでしょうか。』

※〔ちょっと感心したこと〕を、箇条書きに抽出した…。

1、コロナによる打撃のインパクトを、「ジョブポスト(求職)」の「数」という指標で、「定量的」に測定している点。「酷いもんだ。」とか、「定性的」に捉えていても、「経営方針」は立たない…。

2、「打撃のインパクト」を、「求職数の減少」という「深さ」と、「それがいつまで続くのか」という「長さ」の2つの尺度で測定している点。こっちの「時間軸」の方は、「予測」するほか無いわけで、判定が困難なことも自覚している(しかし、それを予測する「手がかり」は、既に得ているような感じだな…)。

3、「ヒューマン・リソース」ビジネス(平たく言えば、「人材派遣サービス」)という業態の性質上、経済の浮き沈みに、大きな影響を受ける…ということは、「織り込み済み」で、それを前提に、もの事を考えている点。「治にいて、乱を忘れず。」じゃ無いが、「次の危機はいつ来るのか」「危機が訪れたとき、どのような対応をするのか」といった議論は非公式のミーティングの中でずっとしてきていたらしい…。

4、単なる「危機対応」に終始するだけでなく、「むしろ危機のときにドライブをかけられるよう体制を整えておこう」と、積極的にもの事を捉えている点。よく、「チャンスは、ピンチだ!これを機会に、反転攻勢に出るぞ!」とか言う…。しかし、そういうことを実現するためには、「常日頃」からの「心がけ」と「周到な準備」が必要なわけだ…。そういう「準備」の無いところに、「かけ声」ばかりデカくても、「かけ声倒れ」に終わるだけだ…。

5、そういう「いざという時に、反転攻勢に出る!」ために、必要なこととは何かを考えている点。一段上の階層の議論として、「財務基盤の強化」を考え、しかも、「どの程度の危機であれば、抑制しなくても大丈夫か」というキャッシュバランスのシミュレーションをしてきました。」と、ここでも「定量的に考え」、「シミュレーション」までやっている…。

6、さらに、「危機の乗り切り」を、よくありがちな「コスト切り詰め」とか、「無駄の排除」などで、お茶を濁すようなことで済ませていない…。「既存事業の構造を変えながら次の時代の主軸となっていくようなビジネスを開発」するという、「抜本改革」、会社の「収益構造の変更」にまで踏み込んでいる…。しかも、そういうことは、「常時」考え、議論しているようだ…。
 現在の中長期の戦略は、(1)HR産業のグローバルリーダーになること (2)「Air ビジネスツールズ」などのSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)によって日本の中小企業の生産性向上に貢献することだそうだ…。
 こういうことは、「常日頃」から、「議論に議論を重ねていないと」企画・立案できない…。

7、そういう「ビジネスを定量的に分析する」ということは、インターネットの登場以前からの話しのようだ…。「情報誌の広告がどれだけ最終購買に結び付いたのかを測定するなど、科学的にビジネスをして」きた…、ということだ…。
 それが、世の中が雪崩を打って「デジタル化」した時には、それに対応できるだけの「デジタル・テクノロジー」は、持っていなかった…、と言っている…。
 そこを補おうとしたのが、「インディード」の買収だったらしい…。
 
8、しかし、それもただ「闇雲に」買収にかかった…、という話しではないようだ…。
 新たな「収益源」として、美容室向けの「サロンボード」というものと、学習講座アプリの「スタディサプリ」というものを始めている…。そうやって、新たな「収益源」を確保しつつ、「上場」に踏み切って、資本政策を固めている…。
 そして、買収のやり方も、まず「米国の数十億円規模の企業を買収」し、次に「米国で300億~400億円の企業を2社買収」し、さらには「数百億円規模のオーストラリアの上場企業を買い」、その次には「数百億円規模のオーストラリアの上場企業を買い」という風に、ステップを踏んでいる…(インディードは、1130億円で買収)。

9、しかも、自社の強みもしっかり把握している…。
 それは、「利益率」の高さだ…。その原因は、「日本特有の事情」と、「我々のオペレーション能力の高さ」と分析している…。

10、中長期の戦略の一つが、「HR産業のグローバルリーダーになること」と言っているが、「シェア」の数字に興味は無い…、と断言している…。
「数字」より「価値」だと、ハッキリ言っている…。「価値」さえ圧倒的だったら、「数字」は後からついてくる…、とハッキリ言っている…。

11、トップの仕事は、「ビジョン」を提示することだと言っている…。実際に「現場」を回している「担当者」に、「共鳴してもらえるビジョン」を提示することが不可欠だと言っている…。

(これは、ソフトバンクの孫さんにも、共通する話しのようだ…。側近の人の話では、孫さんは「10年後には、こういう世の中になる。」と語るそうだ…。それを、「ほんとですかー。」とか茶化すと、「なんで、分からんのか、お前はー。」とか、よく怒ったそうだ…。その側近の人の話では、孫さんには「10年後の社会のありよう」が、「細部に至るまで」「ピントが合った影像で」クッキリと見えている…、そうだ…。まあ、最近は、その「神通力」も、ちょっと怪しくなってきたようだが…。)

12、そして、アフターコロナの日本社会は、これまでのいろんな「しがらみ」「習慣」から、なんとなく「前例踏襲してきた」保守的なやり方から、コロナをきっかけに「ゼロベース」で見直されるものとなるだろう…、と予想している…。

13、そういう「変化」に対応できるように、「自分自身を変えた」ものだけが生き残れることになるだろう…、と言っている…。

 まとめると、「定量的に把握する」とはどういうことか、というお手本だ…。
 世の中、なんでも、「言うは易く、行うは難し」だ…。実際に、そういうことを実現するということは、どういうことなのか、ということの「ヒント」になるようなことが、散りばめられている…。

自分の時間を取り戻そう―――ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方

『仕事よりも、自分優先で生きる
方法を教えます!

残業ばかりで限界の管理職、正樹。
家庭と仕事の両立に悩む母親、ケイコ。
働きづめのフリーランス、陽子。
会社が伸び悩んできた起業家、勇二。

多忙で余裕のない4人の物語からわかる「忙しさの本質」と「日本で働く人たちの問題点」とは?
そして今、世界中で進みつつある「大きな変化」とは?
2つの視点から明らかになる、1つの重要な概念と方法論。

超人気“社会派ブロガー”が「現代を生きぬくための根幹の能力」を解説する、大好評シリーズ第3弾!


「自分の時間を取りもどそう」
――この本のタイトルは、仕事や家事、育児に多忙な日々を過ごしているすべてのみなさんへのメッセージです。
新入社員だから、第一希望の会社に入れたのだから、やっとつかんだチャンスだから、
高く評価されているから、今が頑張りどころだから、途中で投げ出すべきじゃないから、
そして、家族のためだから、他の人はもっと頑張っているから……

多くの人がさまざまな理由で、忙しすぎる生活を「避けられないもの」「自分が頑張って乗り切るべきもの」として受け入れてしまっています。
でも、本当にそうなのでしょうか?
この多忙な生活を脱する方法は、どこにも存在しないのでしょうか?
私はあまりに多くの人がそんな生活を当たり前のように受け入れ、本当にやりたいことを後回しにし、
時には体や心を壊すまで頑張ってしまう現状を、とても普通のこととしては受け入れられません。
受け入れるべきだと思えないのです。

2016年、厚生労働省は初めて「過労死等防止対策白書」を作成しました。
現状を把握し対策を考えるのはいいことですが、問題はそれほど深刻化しているのです。
同白書によると、仕事を理由のひとつとする自殺は年間2000人以上、業務による心理的負荷を原因とする精神障害は、
労災請求件数だけでも1500件と15 年前の7倍です。
当然、労災など請求できず、仕事を原因とするうつ病で苦しむ人の数は、これより桁違いに多いはずです。
最近は政府も「働き方改革」と称して長時間労働を是正しようと動き出していますが、
「働く時間を短くしましょう」「はい。そうしましょう」と言って問題が解決できるほどコトは簡単ではありません。

今回の本では、ふたつの異なる視点からこの問題にアプローチしました。
個々人が直面する超多忙な生活からの脱出方法について考える視点と、今の社会で急速に進みつつある変化の本質に焦点を当てた視点です。
このふたつの視点をもって見ると、そこには共通する、ひとつの「答え」が浮かび上がってきます。
詳しくは本書をお読みいただくとして、まずは序章に登場する4人の生活振りをご覧ください。
4人の物語から浮かび上がるものと、今の社会で進みつつある大きな変化。
それらを俯瞰したとき、私たちが理解すべきこと、身につけるべきスキルとはなになのか。
本書を読まれたみなさんが自分の時間を自分の手に取り戻し、やりたいことを少しでも多く実現できる「自分の人生」を謳歌できますよう、
この本によってそのお手伝いができることを、著者として心から願っています。
(「はじめに」より抜粋)』…、と言った内容らしい…。

生産性を上げられるのは「そうせざるをえなくなった人だけ」

 ※ この人のこのブログ、ほぼ毎日チェックしているのだが、ここんところ「当たり」(あくまで、オレにとってのな…)が無いように感じていた…。
 これは、久々にちょっと感心したんで、紹介しておく…。

『「多くの人が電車の中でスマホゲームに興じているのは、ゲームが面白いからというよりは、通勤時間内の生産性を上げる、より有効な方法が他にないから」
これはちきりんさんの”自分の時間を取り戻そう”という本に出てくるフレーズなのだが、そういう視点でみたことがなかっただけに、かなり感心してしまった。

正直、本当にずっと長いあいだ電車でスマホゲーをする人の事が不思議だった。

こういう事をいうと怒られそうなのだが、個人的にはスマホゲーは全くといっていいほど面白いと思えず、世間の人達があんなにも熱心に耽る意味が皆目検討つかなかった。

「なんであんなにも面白くもないものに、みんなが熱中してるんだろう?」

本当にずっとそう思っていたのだが、先のフレーズをみてやっとこさ納得がいった。

みんなが熱中しているのはスマホゲーじゃなくて、生産行為だったのである。

生産は快楽
人間は暇に耐えられない。

暇と自由は似ているようで違う。

有名な実験に、何もない部屋に15分人間を放置するというものがある。

<参考 男は退屈より電気ショックを選ぶ:研究結果 | WIRED.jp>

別に15分ぐらいどうってことなさそうに思えるが、多くの人間にはこれに耐え難い苦痛を感じるようで、条件を変えて部屋の中に電気ショックで痛みを感じるボタンを設置すると、なんと男性の7割、女性も3割近い人がこのボタンを押すのだそうだ。

暇の痛みを一言でいうと”生産する自由を奪われる”という事である。

生産を禁じられると人は酷く苦痛を感じるようになり、時にそれは身体的な痛みすら超える。

何もしない事が本当にラクなのならば、それこそ生活保護を受けている人や介護福祉士施設に入所している人達はニコニコしてそうなものだが、現実的はそうではない。

この事は実験でも証明されている。

アトゥール・ガワンデの死すべき定めという本の中で、老人ホームに犬4匹、猫2匹、インコ100羽を入れ、高齢者に管理させるという非常に興味深い実験が紹介されている。

この実験にて、高齢者が餌を与える等の役割を与えられた結果、非常に健康的となってQOLが爆上がりしたのだそうだ。

一見すると摩訶不思議なこの現象だが、何もしないのが苦痛という事の真逆を考えると理解は容易いだろう。

ペットを飼うことを通じて高齢者が取り戻したものは、たぶん生産行為である。

役割と責任を与えられ、なにかの役に立つ事をしているという実感は、文字通り”人生の意味”にも等しい何かがある。

「何もしなくていい」はそれこそ「あなたが生きてる価値、なくない?」に容易につながる。

人間というのは本当によくできたもので、本当に何も生産できなくなると鬱々してくる。

生きることに意味があるのかという深遠な問いに対してズバッと解を出すのは難しいが、生きてるという実感に浸りたいのなら答えは簡単である。

生産し、生産性を向上させ、どんどんどんどんそれを押し上げる。

退屈を苦痛に感じる事の真逆さがそこにはある。

生産とは快楽なのである。

生産性を様々な面から再考する
僕は以前、僕の理想は『ありがとう・ごめんなさい・おはようございます』が必要ない社会という記事を書いたことがある。

ぶっちゃけ未だに本心ではこれらの行為が嫌いなのだが、この事を以前ある人に愚痴ったところ、こう返されて驚いた事がある。

「挨拶は礼儀作法はコスパがいい」

正直「ハ?」と思った。

何をいってるんだこいつは、とすら思った。

その人は続けてこう言った。

「挨拶や礼儀作法を守るだけで、物事が円滑に進んだり、勝手に評価が上がったりする」

「それらを別の物事で上げようとすると、根回しとかが必要になって結構大変な事も多い。挨拶や礼儀作法は全てのフィールドにおいて万能に働くし、守って損をする事はまずない」

「こんなにコスパがいいものは他にはない。やらない奴は馬鹿だ」

この言葉を聞いた時は若かった事もあって「腕一本で全てを屈服させたい」欲に満ちており、あまり心に響かなかったのだが、最近は生産性を上げる事自体が快楽だという事に気がついた事もあって、ある程度折り合いがつけられるようになってきた。

これはたぶん、僕が腕であげられる生産性の伸びしろが若干減ってきて、別の場所を塗り絵したい欲が産まれてきたという事なのだとも思う。

前にとある経営者がやたらと人徳について熱心に語っていたのをみて「なんでこの人はこんな事をするんだ?」と思ったのだが、あれもその人にとって一番”伸びしろ”がありそうに思える生産分野がそこだったのだろう。

「生産性がない」ことに人は耐えられない
生産性があるかという観点で様々なものを再考するのはとても面白い。

若い頃は色々な分野に伸びしろがあるという事もあって、特定の分野のみでぶち抜きたい欲がギンギン尖っているものだが、その鉱脈を掘りまくってひとたび採掘できるものが終わり初めると、人は徐々に退屈さをおぼえはじめる。

そこでダラダラと日々をやり過ごすのも一つの道だし、実際そういうやり方で人生を推し進めている人もいるのだが、あえて逆に「もっとなにか生産しよう」と思い始めてくると、今度は逆に退屈すぎて暇に耐えられなくなる。

よく歳をとって丸くなるという表現があるが、あれは本当に落ち着いたというのもあるだろうが、一つには礼節に生産性を感じるようになったというのもあるんじゃないだろうか。

身の回りを生産性で再考してみよう。

見方を変えれば、より生産性を上げる何らかの余白がかならずあるはずだ。

無駄にみえる事にも、生産性を見出す事さえできれば割とイケるし、逆に言えば生産性を見出す能力を磨いておくと、部下を持つようになった時に必ず役に立つ。

「ここではこういう決まりだから」では人は動かないが「これはこういう生産性がある」を様々なデコレーションして人に与えると”納得”の度合いがかなり違う。

生産性を様々な面から再考してみよう。

結構、カイゼンとか隠しパラメータへの抜け道がそこかしこにあるものである。

どうしたらもっとラクになるかを徹底する
そんな事をいっても、どうやったら生産性があがるのか皆目検討がつかないという人もいるだろう。

そういう人はとにかく生産にかかるインプット量をへらせというのが冒頭のちきりんさんの本のアドバイスだ。

ちきりんさんは、高生産者の具体例として働きながら子育てをしているワーキングマザーの例をあげる。

今の日本のワーキングマザーほど、すべてを1人でやっている母親はちょっと他の国には例がないというが、その高生産の秘訣は”インプットをこれ以上増やせない”という限定条件がかかっているからだそうだ。

彼女らも、最初は自分の睡眠時間を削って育児や仕事に取り組んだり、パートナーである夫に家事育児を負担してもらったりと、インプットを色々と増やして物事を解決しようとするが、もうこれ以上インプットを増やせないとなると、最終的には生産性をあげるしかなくなり、高生産者へと変貌するのだという。

例えばルンバを使ったり、ネット通販を使ったり、職場や保育園の近くに引っ越したりというのがそれで、自分や他人の労力や時間という貴重な資源をどうやったらインプットしないでいいかしか、生産性を本質的に上げる手段はない。

生産性をあげなければと真剣に考えるのは「そうせざるをえなくなった人だけ」なのである。

似たような仕組みを利用している企業にマッキンゼーがある。同社の企業分化(※文化の誤変換だろう)はUp or outと言われており、生産性をあげて昇進するか、生産性を上げられずに退職するかの二択を徹底して突きつけられ続けるのだという。

<参考 生産性 伊賀 泰代>

そういう目でみると、ある意味では日本の高生産ワーキングマザーというのはUpした人といえるのかもしれない。

生産性をあげられずいろいろな意味でOutしてしまった人もいるっちゃいるだろうから、まあ難しいところもあるのだが。

ラクをする事に罪悪感を感じたり、またラクをしている人を”仕事や責任を放棄している”と叩くタイプの人がいるが、この手のタイプの人とは付き合っていい事は本当に一つもない。

例えば手作り弁当を作る自由はもちろん担保されるべきだが、冷凍食品ツメツメ弁当を愛情がないと批判している人達は邪教に入信している。

たぶん、田端さんも初めは色々試行錯誤してお弁当を作ったのだと思うが、本当の本当に”無理”ってなって、冷凍食品ツメツメに行き着いたのだろう。

やっぱり、生産性を上げられるのは「そうせざるをえなくなった人だけ」なのだ。

ラクは悪いことではない。

また、ラクをするというのは働かないという事でもない。

ラクとは、より少ない労力で、同じ生産性を発揮する事であり、本来ならば称賛されるべき事なのである。

ラクをしよう
人生はあまりにも短く、また世の中には様々な歓びが満ち溢れている。苦労して、苦虫を噛み潰したような顔をしている暇など無い。

そういう他人の苦労をみてニンマリしているような邪教に入って幸せになる自由を僕は否定はしないけど、そういう人とはあまりオトモダチになりたいとは思わない。

どんどんラクになるための努力をしよう。

自分の人生をどんどんラクにして、様々な隠しパラメータをあげていく。

仕事の自己実現も、家族との共同生活も、趣味空間における楽しみも、全て成し遂げてゆき、生の実感を感じつつも、過労で鬱にならない程度に上手に人生を回していく。

何を生産するのかは本当にその人の自由だ。

電車の中でスマホゲームに興じるという形で生産活動を行うのもよし、子育てをするのもよし。

生産とは快楽であり、人生の意味そのものである。

「生きてる」という生の実感に乏しい人達は、たぶん本当は何か別のものを生産したいのではないだろうか?

自分が本当に生産したいものに自分の人生を捧げよう。

少なくとも、現代日本にはその自由がある。

人生を楽しむというのは、そういう事なんじゃないかと僕は思う。』

「この問題に正解はありません」

「この問題に正解はありません」 先生からの挑戦状
正解のない問題 1限目
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO61586190W0A710C2000000?channel=DF070520206063&n_cid=TPRN0016

『突然ですが、ここに河野太郎大臣(当時外相)が写っているツイッターの投稿画面があります。実はこの投稿、炎上とまではいかないものの、何度もリツイートされました。なぜだと思いますか?

これは昨年4月、外務省が投稿したものです。内容は日本と欧州連合(EU)の経済連携協定に基づく合同委員会の第1回会合開催報告というもので、どちらかというと地味なニュースです。しかしこれを見て多くの人が「今の日本の特徴がよく表れている」などとコメントしていました。この写真が日本の特徴とは、一体どういうことなのでしょうか?

これが今回皆さんに考えてもらいたい問題です。問題といっても、模範解答はありませんし、教科書にも答えはありません。

U22でなぜこんな問題を出すのでしょうか? これまでの取材で多くの学生から、勉強をなんのためにするかわからない、やりたいことがわからない、という話を聞きました。高校までの学びは正解があるものが多い一方、大学や社会に出てからは違います。取り組むのは正解のないことばかりです。

最近は大学入試も変わってきていて、正解のない問題について自分なりの答えを導き出せる力が一層必要になってきています。そもそも世の中の正解のない問題ってどんなことか、それを考えるとはどういうことか、知ってもらう機会として、この企画を始めました。

「答え」については、せっかくなら全国の他の人の意見も見られたら、それも新しい気付きになると思うので、U22のnoteで募集します。それに対して、採点も添削もありません。面白いと感じたものをU22の記事で紹介し、先生のコメントや次の学びにつながるヒントも併せて掲載していきます。(解答方法など詳細は文末をご覧下さい)

今回の問題を考案してくださったのは、「ふくしま学びのネットワーク」事務局長で、福島大学特任准教授の前川直哉さんです。前川さんは母校の灘校で社会科教諭として10年間勤めた後、東日本大震災をきっかけに、福島県に移住し、「ふるさとを盛り上げるにはどうしたらいいか」と、まさに正解のない現実の問題に挑む学生のサポートをしています。

本企画では、前川先生をはじめ、新しい学びの場を作ろうとしているユニークな先生方の協力を得て、オリジナルの問題をどんどん出していきます。次回は、ある島の高校からの出題です。お楽しみに!』

 ※ まあ、いかにも「既存のメディア」らしい問題だと、オレは思うがな…。

※ そういう「問題意識」そのものが、「どれだけ、現下の情勢の、役に立つものなのか」こそが問われるべきだと、偏屈なへそ曲がりジジイは、思うぞ…。

正解のない問題を解く上で大切にしたいこと、、
https://comemo.nikkei.com/n/n1de36fa368b8

『※初めにお伝えしておくと、この記事では何か明確に伝えたいことがあるわけでも、答えや正解があるわけでもありません※

個人やチームの成長・成熟に向き合う人事という仕事は、正解のない問題に日々向き合いながら正解らしいものを、向き合う人と一緒につくりあげていくところにこそ、面白さがあると感じています。

一個人をとってみても、プライベートでの友人や家族・恋人との関係、朝起きた時の体調、その日の朝食や仕事前に見たニュース、通勤の道すがらで見かけた風景など、僕らは日々コントロールのできない実に多くの変数によって、仕事を始める前の状態が出来上がっていきます。

そしてその日々の積み重ねが、ポジティブにもネガティブにも日々の仕事への向き合い、結果にも影響を与えていきます。だからこそ、個人が個人の感情に向き合うこと、個人が目の前の人の感情に向き合い、ともに整えていくことは大切です。

と、そんなことを考えていた時に、NIKKEI STYLEの記事で新しい気付きや発見につながるような「正解のない問題」が学生さん向けに提供されていました。

問題の詳細や、それをどう考えるかは、ぜひ中をみて頂きたいのですが、正解のない世の中で(一方で誰もが正解のようなことを発信し続ける世の中で)、今日の正解が明日には変わるかもしれない時代において、自分なりに問いをたて、誰かと議論し、ともにつくりあげていくことの価値はますます高まっているように思います。

一方で、最近僕らは目的とか意味とか意義とかを考えすぎてしまって、少し気持ちが疲れてしんどくなってしまったり、余裕や余白・揺らぎをなくしているのかもしれません。たまには何も考えず、ぼぉーっとすることも良いのかもと。

そんなことを考える、なかなか梅雨明けしない東京の夏の夜、せめて思うのはこのnoteを見てくださった人の明日が少しでも晴れな日になるのを願うばかりです。

Twitterでちょくちょく発信しています。宜しければ是非フォローしてください。
https://profiee.com/i/takafumiura1987

これまでの活動をまとめたプロフィールはこちらから』

リーダーは誰とつき合うべきか。
https://comemo.nikkei.com/n/na0aa3d37cdd4

『本当ならオリンピック開会直後の熱狂に浸っていたはずの4連休最終日、夕方前には雨がやみ、晴れ間がのぞいたのを見計らって少し湿度の高い部屋の網戸を開けました。その瞬間、部屋干ししていた洗濯物でうまれた湿気が網戸の外に少しだけ流れた気がして、それだけでステイホーム続きでどこか窮屈に感じていた気も晴れました。

7月は雨続きの日々を過ごしながら、なかなか晴れない天気をみては自然は思い通りにいかないことを痛感しつつ、他人や組織もまた思い通りにいかないことがノーマルな中で、せめて思うように出来るであろう自身の考え方と行動くらいは出来るだけ律していたいと思っています。

そんな休日の終わり、NIKKEI STYLEで中国・前漢時代の歴史家、司馬遷が書き残した「史記」の130巻・総字数52万を超す原文を、毛筆で何度も何度も書き写してきた書家、吉岡和夫さんの記事を拝読。下記記事では、史記「信陵君列伝」を題材に、リーダーの交遊について書かれています。

その中で、リーダーとしては

・誰に対しても謙虚で礼をつくすこと
・地位や貧富で人を判断しない
・己を顧みず苦言を呈してくれる身近な存在を大切に出来るか
・自分がしたことは忘れても人にしてもらったことを忘れずにいられるか
等の不変の大切さを感じつつ、「人は出世すると、その地位に見合った肩書の人物や、さらに上の権力者との交際を求めがち」という一節に目がいきました。

これはSNSなどを見ていても(人との付き合いに限らず、食べるもの着るもの住む場所などでもすが)、思い当たるところがある人も多いかもしれません。歴史を紐解くと、求めがちになっていくと結局その後どこかで必ずと言ってよいほど、落とし穴にはまっているのですが、リーダーは

己の足るを知り、人を知り、人から聞くことを疎かにしてはいけない。

人付き合い一つとっても、リーダーとは向き合う人で態度を変えるのでなく、向き合う人には真摯であり、自分に苦言や諫言を伝えてくれる友や苦労を共にした仲間をいつまでも大切にすべきと、そう強く思います。

witterでちょくちょく発信しています。宜しければ是非フォローしてください。

これまでの活動をまとめたプロフィールはこちらから
https://profiee.com/i/takafumiura1987 』

今ここ集中!個人的Tips編
https://comemo.nikkei.com/n/nb05f44cb6f58

『冷静に考えれば、今の自分が何をすべきか、多くの人はわかっています。未来のことを考えるのは大変でも、今日という日をどう過ごすのか、何をしなくてはならないか。

今日の僕にとっては、それが日経COMEMOに寄稿するnoteを書くことかもしれない。ただ何をすべきかわかっていても、遂行するのは想像以上に難しいものです。

PCを置く机の隣には書棚があり、積読したままの本や読みかけの本が誘惑してくる。机の上にはPCとスマホがあり、PCではChromeでいくつかのタブを開き、ニュースやSNSを見れる環境が整っている。

一体、どうすれば今ここに集中することが出来るのか笑。今回は自分なりの試行錯誤の歴史の末にある今のTipsを書いてみたいと思います。※マインドというより仕組みでこうしているという話です。加えて、あくまで個人の試行錯誤ですので効果のほどはご容赦ください、、

前夜ないし朝イチにその日のto doを紙に書き出す
今ここ集中!において、そもそも何に集中して時間を投下するのか。その日に何に取り掛かり、どこまで実行すれば良いのか。それをクリアにしておかないことに、一日は始まりません。

個人的にはその日の仕事に入る30分前くらいに、その日のto doを紙に書き出すようにしています。最初は付箋に書いたりもしていましたが、最近のおすすめは「ブロックロディア No.16 ORANGE 横罫 cf16600」。左側に日付や期限を、右側にto doが書けるようになっています。

個人的に書くのは1日5個くらいが限度。書き出したものが完了したら、上から線を引き、完了としています。線を引き、終わった感を出していくことで達成感も得られます。意外とこの小さな達成感の積み重ねが大切だなと感じています。

時間を区切る(時間単位や作業レベル単位で)
人の集中力が長続きしないことは過去様々な研究で語られています。僕もゴールの見えないマラソンはしんどいタイプなので、ある程度長くかかるような仕事では自分の中での区切りをしっかりと入れるようにしています。

個人的にはどれだけ頑張っても45分~60分くらいが限度。基本的にはそれくらいやったら、少しだけ席を立つ、甘いものを食べる。ちょっとしたリフレッシュを必ず入れます。

時間で区切るだけでなく、この資料のこのページまで作ったら、このメールまで送ったら、ここまでやり切ったらとやる前にいつ区切るかを明確にして取り掛かるようにしています。とにかくテンポを大切に。

眠くなった時は座ったまま15分間仮眠をとる
基本的にランチはいつも手短なタイプなので、午後の業務に入るのも早いのですが、14-16時の時間帯に眠気がやってくることがあります。そういう時は出来るだけ無理せず、眠気を感じてすぐに15分ほど仮眠を取るようにしています。

その際、あまり深い眠りにいかないよう出来るだけうつ伏せになったりはせず、座った状態のまま仮眠をとるようにします。起きる時もスマホの音は自然の音やバイブレーションなど、出来るだけ優しく起きれるようにしています。ちなみに午後に目薬をさすのも、比較的仮眠直後のこのタイミングです。

適度に身体を動かす
眠くなった時にどうしても仮眠出来ない時や、仮眠直後の寝起きは少なからず身体を動かすようにしています。出社時であれば、自席でストレッチするくらいしか出来ませんが、リモートで家となれば話は別です。

最近は家で軽くスクワットしたり、肩回りを軽い重りを持って、懸垂をするような動きをして、全体に血が巡るようなイメージをもって身体を動かしています。最近は昇降式のデスクをオフィスで取り入れるような会社もありますが、そういうデスクを使える環境下であれば、屈伸したりするのもありかもしれません。

ここ一番の集中前には、とっておきのコーヒーを
これは個人的にずっとやっていることなのですが、今日イチで集中して何かに取り組みたい時は必ずコーヒーを飲むようにしています。コーヒーをいれるという行為そのものが集中に持って行く前の儀式みたいなものかもしれません。

最近ではリモートで家で過ごすことも増えた為、家での飲むコーヒーの種類も増えました。自分なりにどういう香りだと、集中力が高まるのか、好きな香りを探したりもしています。特に集中したい時間の前に、その時だけのルーティーンを取り入れたのはスポーツをしていた影響かもしれません。

自分の中でのちょっとした特別をつくっておくと、過ごし方も変わります。

スマホに仕事用BGMを入れる(時間帯や曜日ごとに)
家で仕事をすることが増えてから、MTGやディスカッションの時以外、ゆるやかに音楽をかけることが増えました。最近はiTunesでお気に入りの楽曲をプレイリストに入れるようにしています。

例えば朝は朝の音楽を、集中にもっていきたい時はiTunesなどでも集中に向く声の入っていないBGMやネイチャーサウンドのようなものもあり、これが中々に良いです。

個人的な特徴としては、夕方から夜にかけては、その日の仕事を仕上げていくタイミングなので、少しアップテンポ目な曲を聴くようにしています。最近はヨルシカや藤井風さんの曲をヘビロテしています。曲も聴くタイミングが大切ですね。

一日の終わりにto doをレビューする
一日の仕事を終える前に必ずおこなっているのが、その日のto doのレビューです。紙に書いたことはどれくらい終えることが出来たのか、実施終えたto doの中でも特にこれはやりきったというものは、

今年から「ほぼ日5年手帳」にその日の感情と共に残すようにしています。to doも終えた後に流してしまうのではなく、その日に積み重ねたものとして、ログに残します。そうすることで次はもっとこうやって上手くやってみようという次へのアクションへ繋げるようにしています。』

オンライン中心のマネジメントで心掛けていること
https://comemo.nikkei.com/n/n099949b65f4e

『新型コロナ感染拡大防止にひもづく、リモートを中心とした就業環境への変化から早くも3カ月近く過ぎ、第一波は完全に収束に向かいつつある。だからと言って、皆が満員電車にのり、オフィスに集まって仕事を…というコロナ以前に戻ることはもうないだろう。

4月下旬の日経ウーマノミクス・プロジェクト会員に向けた調査では、在宅勤務をした1400人のうち74.8%が「新型コロナ収束後も続けたい」と継続を希望しているし、各企業側でも在宅就業環境を整えていく為、個社ごとの支援を始めている。支援には通信費や光熱費の負担から、在宅就業環境での生産性を上げる為の机や椅子などの費用負担、社員同士の交流をオンライン環境下でも生むための交流会の飲食代負担まで多岐にわたる。

そんなオンライン前提の、オンラインを軸としたコミュニケーション中心になってきたからというもの、チーム運営をどうしているのかと、マネジメントに関わる友人に相談されたり、ディスカッションすることが増えた。

僕自身、現職に入社して3年半近く、現在10人弱のチームマネジメントに携わっており、日々の業務において試行錯誤している。そんな自分自身が過去に上司から教わったことも含め、オンラインな今だからこそ改めて大切にしていることを書き残しておきたいと思う。※これを読んで頂いた皆さんの声も聞かせてください

一日の始まりはちょっとした雑談から
チームで仕事をする上でマネジメント側に大切なのは、チーム個々人の変化に敏感であることだと思っている。自チームにおいて、毎朝チームメンバーとその日の動きを共有したり、必要に応じて他メンバーへ相談や依頼をおこなう「朝礼」的な時間を5‐10分設けているが、共有や相談、依頼の前に必ず雑談を入れるようにしている。

当初は自分が意図的に雑談していたが、途中からチームメンバー持ち回りで雑談をやるようにしてみた。話す人は日でわけ、話す内容もお任せ。チームで仕事をする為には前提の関係性(=土台)は大切で、人となりがわかるだけでも仕事への入り方は変わってくる。そして個人の状態は日々変わる、個人の状態が変われば、チームの状態も変わる。マネジメントは日々のチームや個人の変化に敏感でありたい。

意図しない偶然の雑談、出会いをどうつくるか
雑談の流れでもう少し書くと、オンライン中心になってからというもの、日々の業務でコミュニケーションをとる人が固定化されてきているように感じる。オフィスに出社していた時にあったような他チームの人とのオフィス内での偶然の出会い、お昼やお茶を飲んでいる時の休憩時にあった雑談は減っている。

だからこそ、チームを超えた偶然の雑談、出会いをうまく作っていくことは重要に思う。特に新入社員がいるようなチームにおいては、前提の関係性が出来ていないからこそ、マネジメント側が意図して前提の関係性をつくるような時間や場をつくる必要がある。

自身の場合、自チームを超えて「オンラインZoomランチ&飲み会」を企画したり(チーム内外の人のカレンダー上に、勝手に2‐3時間くらい帯で時間を入れ、時間の中で入るも入らぬも自由な空間)、華金の夕方の就業時間の終わる直前に「週末雑談」なる20分くらいの、これまたカレンダー上でチーム内外の人の時間を勝手に押さえ、入るも入らぬも自由な空間をオンライン上に設けてみている。

他チームとの連携も、日々のコミュニケーションがあるかどうかで変わってくる。ちょっとした関係性があるかどうかでチームを超えた連携の初速に大きく関わってくるはずだ。

日報や週報、各種アクションにきちんと反応する
自チームでは3月中旬より自身を含めた10名弱が完全にリモート中心の就業に変わっているが、元々コロナ前から育児や介護に向き合うメンバーが半数いたこともあり、リモートで就業すること自体に対するチームメンバーの抵抗はなかったように思う。

とは言え、全員がリモートになったからこそ、意識していることがいくつかある。中でも、日々メンバーが開示してくれる日報や週報(これは人によって、どちらかというのはある)に対して、必ず反応することは大事にしている。どんな些細な内容でも短文で返したり、気づいたことなどは週末にまとめてメールし、週明けに読めるようにしておくなどだ。

チャットに反応することも大切にしている。個人的にはSlackは必ずリアクションするようにしている。ちょっとしたことかもしれないが、反応すること、興味を示すこと、これはマネジメントにおいて大切だと思っている。興味を持たれているかいないかでは、人の動きが大きく変わる。

オープンな空間でのコミュニケーションを心がける
物理的にオフィスに出社していた時は、チームでのMTGやディスカッションの時間内でも、その都度自身が示した反応をチーム全員が感じられる時間や場があった。オンライン環境においては、ともすれば個人同士のチャットなどで話して完結することも出来てしまうが、

出社時と違い、他メンバーがその場の空気を察知したり、感じたりすることが少なくなってしまう。テキストには情報はあっても、温度感が見えない。だからこそ、個人的にSlackなどのチャットを活用する際も、チーム内で個別に送るのではなく、出来るだけチーム全員、オープンな場で送ることを意識し、必要な対象には@をつけて共有したり議論することを心がけている。

私には送られているが、私には送られていない。私は言われたが、私は言われていないを避け、チーム内の情報の濃度を出来るだけ均一に上げていく。チームのバランスは大切だ。

余白を残しておく。ツッコミどころを大切に
オンライン中心の仕事になってからというもの、ついつい仕事をしすぎてしまったり、オフになる瞬間が少なくなったという声を聞くことがある。オフィスへの出社という移動があった時は、個々人に中と外と自分のタイミングで切り替える時間があったのだと思う。

在宅環境下ではメンバー個々に就業環境の前提は変わり、育児や介護などに向き合いながら、仕事をしているメンバーもいる。だからこそ、チームの中に余白を残しておくことは大切だ。余白と言っても、ただチーム内の戦力を余らせるという意味ではない。

表現として難しいが、特に対上司に対する余白、ツッコミどころをつくっておくということだ。上司が常に溢れている状態ではチームは機能しない。張りつめすぎた糸は切れてしまう。チームも同じだ。程よい緊張感が必要な時と、余白が必要な時がある。

目指すべきGOALやそこに至る道筋、必要なツールを見える化しておく
これはオンライン環境に特化した話ではないが、自分達が今どこに向かって日々の活動をおこなっているのか、そういった情報を丁寧に見える化し、集約しておくことが大切だ。特に個々人が日々ディスカッションしたりする際に用いているような資料(ドキュメントやスプレッドシート、スライド等)はそれぞれが作成し、自身のPC上だけで整理されている状態になりやすい。

マネジメントの役割の一つには、目指すべきGOAL(KPI)やそこに至る日々の道筋(ログのようなもの)、使っているツール(例えばIDやPASS)まで含めて、情報を整理し、きれいに整えておくことが大切だろう。必要な時に必要な武器が取り出せないようでは、チームはうまく戦えない。チームが戦いやすい状態をつくっておくことはマネジメントの役割だ。

定量的な事実と定性的な感情の両方を大切にする
生鮮ECの宅配事業を手掛ける当社にきてから、「FACT(事実)は何か」ということに向き合うことが非常に増えた。それと同時に、お客さまの声を聴く機会(HRであればお客さまと言わないまでも、向き合う先は社員であり、外部の求職者が中心になる)も。

チームをマネジメントする上で、とても大切にしているのが、定量(事実)と定性(感情)のバランスだ。オンラインになって、物理的な姿として働いているメンバーを目にすることは減っている。だからと言って、マネジメント側が細かく細かく仕事にあーだこーだと言っていたら、メンバーもやりにくいし、力を発揮できない。

だからこそ定量的な事実、数字で見ることは大切だ。どれくらいの労働時間で、どれくらいのアウトプットを出しているのか。残業が増えているのか、減っているのか。勤務の開始時間に大きなブレがあったりしないか。勤務時間のログと違う時間にメール返信したり、資料を作っていないか。こういうことはマネジメント側が注視すれば、すぐにわかる。

同時に定量だけでなく、定性的な感情を捉えにいくことを欠かしてはいけない。定量的に出た数字はあくまで表層的なもの。その裏に潜む背景、個々人が持つ、定性的な部分を捉えに行く必要がある。リモートになって、就業時間は変わらなくても、育児や介護に向き合う時間が増え、誰かにそういったバックボーンを抱えて仕事に向き合っているメンバーもいる。感情に丁寧に向き合わずして、マネジメントは務まらないと思う。

先が見えない環境下だからこそ、時にたな卸しし、自らを変えることを厭わない
誰一人、1年前の今頃は新型コロナによる現在の環境は予測できなかったはずだ。そして1年後がどうなっているかも、正確に予測することは難しい。だからこそ、日々の活動を定期的にたな卸しをすることは大切だ。

自分自身、Qに1回は必ずチームの状態、個々人の状態、自分のおこなってきた活動をたな卸しし、アップデートする時間を意図的に設けている。例えばそこでは、定例で入っているような会議の時間を見つめなおしたり、続けてきたことでも辞める決断をするものも大切だ。チームや個人の目標、KPIも定期的に見つめ、必要に応じてアップデートしていくこと。マネジメントの役割だ。

最後に
オンライン中心とは言え、本来のマネジメントの役割とは、組織の掲げるミッションに紐づく事業を成功に導く為、チームや個人と正しい目標を定量的・定性的に設定し、その達成に向けた伴走をすること。そして個々の個性を発揮しやすい状態をつくる為の支援を惜しまぬことだと思っている。

その為には、自社を取り巻く環境(市場・競合・顧客)や自社の状態を細やかに事実情報で把握すること、チーム内の個々人の強みを把握し、最適な状態を目指して、常に変化し続けることだと考える。何より自身が率先して、変わることを厭わず、日々の振り返りを欠かしてはならないと思う。

そんな変化の日々の中で、変わらない軸のようなもの、個人やチームのサイクルをつくっていけたらと思う。オンラインでも、マネジメントにおいて大切な本質は変わらない。

Twitterでちょくちょく発信しています。宜しければ是非フォローしてください。』

オンライン中心のマネジメントでも心掛けていること(対 個人編)
https://comemo.nikkei.com/n/n6725aecd2026

『以前、マネジメントに関わる身としてリモート環境下のオンライン中心のコミュニケーションの中、チームとどう向き合い運営していくかの視点で、下記のような記事を書きました。

オンライン中心のマネジメントで心掛けていること
https://comemo.nikkei.com/n/n099949b65f4e

今回はその続きとして、リモート環境下のオンライン中心のコミュニケーションの中で対個人にどう向き合っているか、マネジメントを受ける個人としての視点も入れつつ、心掛けていることを書いてみました。

前段(対個人マネジメントにおいても、チームマネジメントと変わらないこと)
前回のチームとどう向き合うかの視点で書いた内容は、個人と向き合う上でも変わらず重要なポイントがいくつもあると思っています。基本的にチームは個人の集合体であり、個人に向き合うことからしかチームへの成果には繋がりません。例えば、

「一日の始まりはちょっとした雑談から」の雑談をつうじた土台の関係性づくりからおこなうメンバー個人の今の状態把握や

「日報や週報、各種アクションにきちんと反応する」のメンバーが開示してくれる日報や週報、業務上のアクションに対してチャットやオンラインMTGなどの場で必ず反応、フィードバックすること

「目指すべきGOALやそこに至る道筋、必要なツールを見える化しておく」の自分達が今どこに向かって日々の活動をおこなっているのか、そういった情報を丁寧に見える化しておくこと

「定量的な事実と定性的な感情の両方を大切にする」のメンバー個人に起こっている事実をとらえ、その時の感情面を聴きだすこと。その上で定量と定性を行ったり来たりすること

などは、対個人のマネジメントに向き合う上でも重要で、道半ばながら自分自身も強く意識しています。

今ここ集中を支援する
前段に加え、リモート環境下でオンライン中心だからこそ考えておきたいのが、リモート×オンラインという常にPCやスマホを通じて個人がネットに繋がっているという事実。そこから「今ここ」へのフォーカスをどうつくっていくか。個人としても思い当たる節がある人もいるかもしれません。

家の中では自分一人(もしくは家族と自分)という、良い意味でも心理的安全性は確保された就業環境だからこそ、仕事中つい他のことに気を取られたり、スマホやPCを通じてSNSやアプリなどから業務以外の情報取得でついつい時間が過ぎてしまったり。

こういう環境下の中で仕事をしているからこそ(集中がそがれること自体が悪いわけではなく)、どう個人のミッションに集中し、夢中になれる状態を支援するかは重要です。メンバーが目指すべきGOAL=結果だけでなく、日々の積み上げ、出来る出来たを増やすことも支援していかなければなりません。

例えば、日報や週報で今日はどのような業務を遂行し(それは自身の目標にどう紐づいているか)、振り返って実際どうだったかをアウトプットの確認や1on1などを通じて、フィードバックする。マネジメントとしてそういった基本に忠実に個人に向き合う、そういったことがより重要になったと感じます。

管理するのではなく、目標を明確にして目標に対して夢中になれるよう一緒に並走する。メンバー自身が集中する環境を整えていくことはもちろんですが、マネジメントしても個人の集中を阻害する何かを把握し、共に解決していくことが求められています。

働き方の理想を支援し、その根っこにある暮らし方や生き方を見つめる
コロナ以前よりインターネットを通じて、働き方の選択肢はより多様になりました。その裏側にあるのは、個々人の暮らし方、生き方への希望といっても良いかもしれません。

家族や友人、地域との繋がりを感じながら、働くだけでない日々の暮らしを充実させたい。そういった想いをもって生きてきた人にとって、コロナはそれを加速させるものになるのかもしれません。

在宅で働く日が生まれることで通勤の時間は減り、生まれたばかりの子どもとの時間を感じながら仕事に向き合う、親の介護に向き合う、大好きな料理の時間に向き合う、生まれ育った地元に戻って地方の抱える課題に向き合う…。

これまでは働き方の土台になっていた暮らし方や生き方自体を個人が個々のバックグラウンドからも主体的に選べるようになり、「働く」と「暮らす」や「生きる」が重なっていく。そんな時代がきています。

マネジメントとして意識しなければならないのは、メンバーをただ会社の目標に向かわせるだけでなく、個人の中にある「暮らす」「生きる」の根っこをみつめ、「働く」の犠牲にするのではなく、「暮らす」「生きる」に繋がる働き方を必要に応じて支援していくことなのかもしれません。

自分だけでやりすぎない。縦・横・斜めをつくる
最近、マネジメントの中でもミドルマネジメント、経営と現場をつなぐマネジメントの役割が高まっていることを感じます。一方でマネジメントに対して、全知全能の神かのような何もかもを求めているように感じることもあります。

個人として常に意識しているのは、「マネジメントは役割」ということです。

ミッションビジョンにひもづく目標達成に向けて、経営陣や事業責任者と対話しながら適材適所に人をアサインすることをリクエストし、仕組みを整え、個人の成長を支援すること。それがマネジメントに求められる役割であると同時に、

メンバーに向き合う上でも、何でも自分一人でやろうとするのではなく、チームメンバーを上司を、他チームを頼っていかなければと思います。個々人の関係性にも相性、得意・不得意があり、自分一人でやるには限界があります。

そういった時に、縦・横・斜めで誰がそのメンバーとの相性がよく、成長を支援できるか考え、マネジメントしてその関わり方をデザインしてみる。自ら手離すこと(でも関わること)もまた、マネジメントの一つなのかもしれません。』

 ※ 上記の記事から、どういうことを抽出しましたか?

 私は、「定性」と「定量」ということを、抽出しました…。

 人は、「感性(感情)」と、「理性(合理性)」という特徴を有しています…。

 男脳・女脳のところでも検討したように、人の中には、その両者が共存しています…。「問題解決」を図りながら、「湧き上がってくる、感情(不合理なもの)に苦しめられる」…、そういう存在であります…。

 一定の「合理」の観点から、「定量」的に掬おうとして、そこからはみ出る「もろもろのモノ」…、を抱えている存在であります…。

 そういう「存在」である以上、そういう「自分」をどうやって「物事を成し遂げる」方向に向かわせて行くのかを考えることが、「セルフ・マネジメント」であり、そういう「存在」である「他者」を率いて、同様に「チームとして、何事かを成し遂げる」方向に向かわせて行くのかを考えることが、「チーム・マネジメント」である…、と考えます…。

 そして、たとえ「考えた」としても、それを「実行・実現」させて行くことは、また、「別の問題」で、「言うは易く、行うは難し。」ということも、この世の中である…と認識しております…。

今さら聞けない「ジョブ型雇用」

今さら聞けない「ジョブ型雇用」。注目の背景やメリットとは!? – エンゲージ採用ガイド
https://en-gage.net/content/job-type-employment

ジョブディスクリプション(職務記述書)とは? 具体的な書き方やテンプレート
https://www.kaonavi.jp/dictionary/job-description/

経団連がすすめるジョブ型雇用の表と裏 – 銀行員のための教科書(2020-01-22)
https://www.financepensionrealestate.work/entry/2020/01/22/194252

本当は恐ろしいジョブ型雇用…。

本当は恐ろしいジョブ型雇用、ミスマッチの解消が運用の要に
https://comemo.nikkei.com/n/nc8775b7cab67

『人ありきで仕事を割り振っていくメンバーシップ型雇用に対して、仕事に対して人を割り当てていくジョブ型雇用で課題となるのは、ミスマッチが発生しがちなことです。足りない役割は外から採用すればいいのですが、問題はジョブからあぶれた人をどうするかです。欧米では契約解除とするのが一般的ですが、日本では解雇が厳しく制限されてきたとされています。』
『日本の雇用規制が厳しいために雇用の流動性を妨げてきたとは一般によくいわれることですが、以前ジョブ型雇用を標榜していた職場にいたわたしにしてみると、そう聞くと不思議な気持ちになります。

しばしばアップオアアウトといわれている外資系コンサルティングファームにしても、グローバルでジョブ型雇用を運用している外資系テック企業にしても、日本に事務所を置いて日本法に準拠して従業員を採用している場合には日本の雇用規制による影響を免れません。しかしながら日系企業と外資系企業とで、実際にはかなり運用が異なるように見受けられます。

わたしがジョブ型雇用の外資系テック企業に就職した翌年、同期入社の何名かはロックアウトの対象になりました。不振の家庭用ゲーム機向け開発チームがなくなって、宣告から間もなく職場から叩き出されたのです。日本法人ができて三十数年、わたしが知る限り米国流ロックアウトはその1回だけですが、採用を続けながら従業員を解雇することは広く行われていました。

評価が低迷して改善が見られない場合や、組織変更でチームごとなくなった際には3ヶ月の猶予期間が与えられて、その間に社内外で転職活動をすることになります。必ずしも評価低迷=即解雇という訳ではなく、なかなか成果が上がらないということは部署と本人との相性なり適性に問題があるのだから、本人のためにも動かした方が良いという説明には一理あります。社内で別のポジションに就いて見違えたように活躍するケースもあります。

悩ましいのは景気の低迷期で、経済状況の変化に応じてチームを縮小する場合、他の空きポジションも採用凍結となって、行き場を失って退職せざるを得ないケースが少なからずありました。たまたま居合わせたポジションがクローズされることで退職を余儀なくされる訳です。わたし自身、上司と社長との折り合いが悪く、ポジションを削られてクビになりかかった経験があります。その際は周囲の働きかけに助けられて会社に残ることができましたが、その騒動の数ヶ月後には上司が会社を去ることになりました。

日系企業の管理職であれば「整理解雇の4要件」(東洋酸素高裁判決)について研修で学ぶでしょうから、何故そんなに安直な解雇が可能なのか、不思議に感じるかも知れません。しかしながら現実問題として、入社時から社内ルールについて適切に説明していればトラブルに至るケースは限られ、従業員をそうそう解雇したからといって裁判にまでは至らないのです。いざ裁判となれば長い期間が必要となりますし、会社を訴えること自体が本人の再就職を難しくしてしまいます。

わたしも理不尽な解雇に直面した同僚の相談に乗る機会が少なからずありましたが、徹底的に争ったところで割に合うケースは限られるのが実情です。無理をして居残ったところで居心地は悪く、今後の昇給も期待できないし、本人のモチベーションも高めづらい、さらに雇用主を訴えるような人だと思われることが今後の再就職にプラスに働くこともありません。かといってそのままナメられて泣き寝入りするのも癪なので、粛々と転職活動を行いつつ、改めて弁護士を通じて人事に連絡を入れて、退職金を何倍かに積み増してもらうことをお薦めしました。仕事や上司との関係で行き詰まって解雇されてしまう従業員でさえ簡単に再就職できるくらい優秀で、退職金をいくらでも積み増せる財務体質だったからこそ、偶々それが可能だった訳です。

しばしば日本は解雇規制が厳しいので雇用の流動性が低く、成長セクターに人材をシフトさせることが難しいといわれています。しかしながら同じ日本の雇用規制の下で欧米流のジョブ型雇用を運用している組織もあるのは、つまるところコンプライアンスに対する考え方に大きな違いがあるからです。長期雇用を前提に経歴にミソをつけることを嫌がる日本企業の人事は「裁判沙汰」を起こして自分の社内経歴に傷がつくこと自体を恐れて、会社の利益のためには取るべきリスクを取ろうとしない場合があります。一方でジョブ型雇用で採用されたHRや法務は、確率的に裁判で訴えられるリスクや、その場合の裁判費用・賠償責任と、解雇を行わないことによって会社全体で要する費用とを比較衡量し、企業として経済合理的な行動を取ることを躊躇う理由がありません。仮に裁判になったとしても会社の立場を主張して損害を最小限に抑えることが転職の際に経験として売りになることさえ考えられます。どちらが社会の公器として相応しい行動か、経済合理的職業人として腹を括れているかは読者の価値観に委ねましょう。

いずれにしても日本でも導入が進んでいるとされる「ジョブ型雇用」の運用が上手くいくかどうかは、職務と適性とのミスマッチをどこまで解消できるかにかかっています。それは外資系企業がやってるのと同じように解雇したらいい、政府が硬直的な雇用規制さえ緩和してくれれば大胆な打ち手を考えられるのにといった安直な話ではありません。入社時に従業員に対してどのような約束をして意識付けを行ってきたか、従業員のエンプロイアビリティー・市場価値を高めるためにどれだけの機会を与え投資を行ってきたか、社内でのキャリアについてどれだけ本人に選ばせて自分事として意識付けさせてきたかといった過去の蓄積が効いてくる話で、後から付け焼き刃的に職務定義書をつくったところで、これまでのやり方の延長線上で人事が人を組織に填め込もうとしているうちは、そうそう組織文化は変わらないし、安直に解雇しようとしたところでトラブルに発展することは容易に想像できます。

一方で空前の新型コロナ不況は、日本企業が墨守してきた「整理解雇の4要件」を満たした上で、多くの従業員を解雇し得る機会となるでしょう。業績不振時の人員縮小は同時に、企業にとって優秀で必要な人から抜けていく危機に他なりません。やや穿った見方をすれば、整理解雇の4要件で求められている被解雇者選定の合理性・手続の妥当性を担保しつつ、必要な人材を引き留める下準備としてジョブ型雇用への移行を緩やかに進めることは、特に海外でジョブ型雇用を実践している日本のグローバル企業にとっては、先を見た合理的な企業行動といえることも確かです。

今はまだおままごとのように見えてしまう日本の「ジョブ型雇用」ですが、10年後20年後に振り返った時、戦後の雇用慣行から軌道修正して、失われた四半世紀を脱して新たなモデルを模索していく上で、転換点となるかも知れません。そういった文脈もうっすらと意識した上で、これから自分の仕事を取り巻く環境がどのように変化していくか、これから自分がどうやって社会から必要とされ続けることができるのかについて、この4連休は外出も難しいことだし、胸に手を当てて考える機会としては如何でしょうか。』

人間関係が壊れる前に知るべき、ストレス下の性格の変貌9タイプ

〔https://biz-journal.jp/より〕

 ※ あるあるだと思うので、紹介しておく…。
 性格9タイプに分類し、そのタイプの人が「ストレス」受けると、どういう感じに「変貌」を遂げるのか…、を論じていて、秀逸だ…。

人間関係が壊れる前に知るべき、ストレス下の性格の変貌9タイプ
https://biz-journal.jp/2020/07/post_169383.html

『「あの人は普段は優しいのに、忙しくなると急に雰囲気が怖くなる」

 そんな風に、人は何かストレスが加わると、性格が変わってしまうことがある。どんな性格にも表と裏があるもので、良い面が見えているときはいいのだが、悪い面が出てきてしまうと、手に負えないこともしばしばあったりする。

 そうした変化に対応するには、性格がどう変わるのか先に知っておくことが大事だ。

 あの人は普段こういう性格だから、こう変わると認識しておけば、対策を立てることができるだろう。

 性格研究家のくらはしまやこさんが執筆した『人間観察 極めたら悩み消えた』(すばる舎刊)から、9つのその人を形成する特徴がストレスを受けたときにどう変化するのかを紹介しよう。

●公平さにあふれた正義感→「批判」と「ルールの強要」へ

 このタイプのストレスの原因は「まわりがちゃんとしていない」こと。そうなると、自分の基準を「正義」とする感覚が強くなり、その基準を他者にも適用し、「こうしなさい」と正すようになる。そして、常に怒りを抱えてしまうことに。

●愛情深さやサービス精神→「自分がいないとあなたはダメ」に

 このタイプは、ストレスを受けて「愛情を実感したい」と感じると、所有欲や独占欲が出てくる。そして、せわしなく人の世話を焼くことにつながり、「自分がいないと何もできない」という言動が目立つようになってしまう。

●努力の天才→「人をいつでも値踏み」するように

 「達成こそに価値を見出す」このタイプは、「自分の価値を感じられない」がストレスになる。このストレスを受けると、他者に対しても価値を求めはじめ、値踏みするようになり、最後には虚無感、喪失感に駆られ投げやりになる。

●独特のセンスを持った個性派→「人の関心」を求めすぎる

 個性派の人は「自分自身でありたい」という気持ちが強く、人から軽視されるとストレスを強く感じてしまう。なので、より相手からの関心を強く求め、他者の気持ちを勝手に知ったかぶることも。

●冷静にものごとを追求する知性派→「無関心」と「現実逃避」への没入

 事実をしっかり追うことができる研究者タイプは、「自分はうまくやれないのでは?」という不安を原動力として動いているため、余計な期待をかけられることがストレスになる。結果、現実逃避をして別の何かに没頭してしまう。

 ※ オレは、このタイプだ…。今まで、数々(かずかず)の「現実逃避」に逃げて来た…。
 しかし、「死にかけて」悟った…。覚醒した…。
 人は、決して「現実」からは、逃れられない…。
 「自分自身」からもな…。

●サポートと先回りの達人→「防衛的」で「人を見下す」ように

 「石橋をたたいて渡る」というこのタイプのストレスは、「安全が保障されないこと」が起因となる。ストレスが増すと強い競争心が出てきて、相手に優位に立とうする傾向が出てくる。

●楽天的な自由人→「神経質な説教魔」に

 「ワクワク大冒険な人」は、ネガティブなことを考えさせられたり、「やらなきゃ」というプレッシャーを感じるとストレスを強める。そして、一人で抱えこんでしまい、自分にも人にもルールを課してしまう。

●陽気なカリスマ→吠えまくり、暗躍する「暴君」に

 「ザ・リーダー」ともいえるこのタイプは、周囲にも影響を与えやすいがゆえに注意が必要だ。「自分が無能かもしれない」と感じるとそれが強いストレスとなり、臆病さゆえの陰湿な顔が出てくる。

●人を傷つけない平和主義者→短気で移り気な「なまけもの」に

 「みんなの和を保つ」タイプのストレスは「調和がくずれること」。ストレスが強くなると、あらゆることに対して面倒くささが前に出てくる。もし、周囲にこういう人がいる場合は、答えを急かさず、自己主張を相手に押しつけずに接することが大切だ。

 ◇

 時によって気持ちを大きく変化させるのが人間だ。いつでも自分にとってポジティブなわけではなく、ネガティブな反応を見せるときもある。そのときに、相手がなぜそういう態度を取っているのか、その原因となっているストレスはなんなのかを見極めることが、自分のストレスをためないことにもつながる。

 本書では人間観察歴「うん十年」の著者が、人の心理や行動をさまざまなアプローチで見続けてきた結果の、人間の性格の見極め方とその対応術が解説されている。「人間関係ってすごく難しい」という人ほど、本書は参考になるはずだ。
(新刊JP編集部)

※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2020/07/post_169383.html
Copyright © Business Journal All Rights Reserved.』

人間観察 極めたら悩み消えた (日本語) 単行本 – 2020/6/17
https://www.amazon.co.jp/dp/4799108972/ref=nosim?tag=otonews-22

 ※ 「「人間観察が趣味! 」なんて言うと、「まぁ、時々そういう人いるよね〜…」とぼんやりとしたリアクションをとられがち。ですが、人間観察を「特技レベル」まで極めたらどうでしょうか? たとえば、人の話し方、口癖、姿勢、座る場所などから性格や行動原理がわかるようになります。そして、相手の性格や行動原理がわかってくると、「なんでそんなことするの」「?なんでそんなこと言うの」?というイライラもなくなっていきます。また、相手との接し方がわかるので、仕事での人間関係や親子関係、夫婦関係を円滑にするのはもちろん、転職や趣味などで新しい人間関係をつくるときも、よりスムーズになるのです! 性格類型学「エニアグラム」をベースとした分析・講座で大人気の著者がすべてを伝授します。」という内容のものらしい…。

五感をぜんぶ使うのはコスパが悪い、という感覚。

https://comemo.nikkei.com/n/n5e3679aeca4a

『「耳だけ参加します」

リモートワークがはじまってから、そんなセリフを聞くようになった。

料理をしながら、
育児をしながら、
若しくは他のタスクをこなしながら、
会議に耳だけ参加する。

聴いてさえいれば、大まかな流れは掴めるから効率的だ。

五感を全て研ぎ澄ませて〜

そんな感覚はもう昔の話かもしれない。

今日はそんな話。

〔目次〕
■五感を捧げる、というマナー
■モノゴトの本質を炙り出したコロナ
◾️五感をすべて使うのはもったいない

■五感を捧げる、というマナー
かつては学校の授業にしても、会社の打ち合わせにしても、五感を捧げることがマナーだった。

1.触覚(手)
2.嗅覚(鼻)
3.味覚(舌)
4.視覚(眼)
5.聴覚(耳)

の中で、例えば学校の授業で実際に使うのは

1.触覚(手)→ ノートを取る
4.視覚(眼)→ 黒板を見る
5.聴覚(耳)→ 話を聞く

くらいだが、授業中にガムを噛んだら「失礼だ」と怒られるのは当たり前だった。

しかし、リモートが当たり前になった今、
授業中にガムを噛んでも、打ち合わせ中にスマホを見ても怒る人は(あまり)いない。

むしろ作業効率的には、そっちの方がいいこともある。

冷静に考えれば、先生や上司が今まで怒っていたことを、「リモートだから」という理由で怒らないのもおかしい。

そこで考える。

本当はこれまでも、怒る理由なんてなかったのではないか?

■モノゴトの本質を炙り出したコロナ
言わずもがな、授業や打ち合わせの本質は「内容を理解すること」だ。

ガムを噛もうが、スマホを見ようが、内容を理解さえできていれば問題はない。人それぞれ、集中できるやり方で理解すればいい。

例えば以前、北欧の小学校を見学した際のこと。
教室には色んな種類の椅子があった。日本ではあまりみない光景なので、その理由を聞くと「だって、普通の椅子の方が集中できる子もいれば、ソファーの方が集中できる子もいるじゃないですか?」と返された。

あまりに本質的な回答で唖然とした。

日本ではみんなが同じ椅子で、同じ姿勢で先生の話を拝聴することが当たり前。それが授業の本質である内容理解を阻害する、など考えたこともなかった。

「授業中にガムを噛むな」という発言もまた、子供の内容理解という本質よりも、敬意やマナーを重視した風習だった。

それが今、コロナによって「まずは(どんな形でも)授業をすることが大事」という本質に立ち戻った結果、付随していた余計な風習も削ぎ落とされはじめている。

なんだ、やればできるじゃないか。
なんで今まで対面にこだわっていたのだろう。
むしろ、こっちの方が便利かも。

そんな声が、あちこちから聞こえてくる。』

 ※ まあ、何事も「時と場合」「程度の問題」だと思うぞ…。

 「形式」や「しきたり」にも、それなりの「意義」はある…。子供の「適性」に合わせた「イス」や「ソファー」を用意するということも、一見「理想的」にも見える…。
 しかし、「導入コスト」「耐久性」の問題は、クリアできるのか…。居間なんかでくつろぐのを前提に作られたものに、現在使用中の学校用の「イス」「机」と同程度の「耐久性」は、あるのか…。
 そういう側面も、考えておかないとな…。

相手をハッとさせる一流の質問

https://comemo.nikkei.com/n/nc2181c21b30c

『博報堂でブランド戦略のコンサルタントをしている岡田と申します。

ところで、みなさんは「質問」は得意ですか?

と、こんなふうに、「質問」から始まる文章やスピーチによく出会うと思います。
質問は、効果的に使えば、相手の注意を引いたり、話を盛り上げることができます。話し上手より聞き上手になろう、そんな本や記事もたくさんあります。それくらい、「質問」が持つ力は大きいのだと思います。』

『私自身も、仕事で経営者にインタビューする機会も多く、「質問」については昔から色々と考えてきました。と、ちょっとかっこつけてしまいましたが、正直に言えば、昔は「質問」が苦手でした。しかし、ある人に「一流の質問とは何か」を教えてもらって以来、質問を考えるのが好きになりました。(上手くなっているかは別です。)

ということで、今日は、ビジネスでも家庭でもよく使う「質問」について書いてみたいと思います。

目次
俺とキムタクの何が違うか言ってみろ!
編集長が教えてくれた一流の質問
脳内シミュレーションで質問を育てる
気軽な質問も、大事な質問も
俺とキムタクの何が違うか言ってみろ!

まず、私が質問で大失敗した例をお話します。
それは、誰もが知っている有名なアパレル企業の会長(70歳くらい)にお話を聞いた時のこと。小さなお店を一代で全国区のブランドに成長させた、その秘訣を聞こうと、私は事前にたくさんの質問を用意しました。

・最初の店舗はどこに作ったのですか
・お店の内装はどうしたのですか
・商品はどのように陳列したのですか
・他のお店との違いは何だったのですか
などなど、今思えば実況見分のような、細かすぎる質問リストを持って伺いました。そして、矢継ぎ早に次々と質問していったのです。

最初は、一つずつ丁寧に回答頂いていたのですが、あまりに昔のことをこと細かく聞かれるので、ついに会長に怒られてしまいました。

「ちょっとあなた、俺の顔とキムタクの顔、何が違うか言ってみろ!」

私は、一瞬何を言われているのかわけが分からなくなりました。もちろんそれまでキムタクの話なんかはしていません。しかし、どうやら会長を怒らせてしまった、そのことだけはわかりました。私が黙っていると、会長はこう言いました。

「細かく見れば、俺の顔も、キムタクの顔も、鼻が数ミリ、目が数ミリ違うだけで、そんなに変わらん。でも、そんな細かいところを見てもしょうがないでしょ。人間全体を見ないと。そういうところを聞いてくれよ。」

私が聞きたかったのは、ブランドが成長した秘訣。細かい店舗の展示方法ではありません。なのに、私の質問は重箱の隅を突くようなことばかりで、本質的な内容に踏み込めていない。そのことを、インタビュー相手からずばり指摘されたのです。

その後、会長からはブランドではなく「人間にとって大事なこととは」というお話を聞き、最後はお許しを頂いて、親子丼をごちそうになって、「記事楽しみにしているよ」と言われて帰りました。この時のことは今でも鮮明に覚えています。普通、他の会社の人を怒ったりしないですよね。会長には、本当に感謝しています。

この経験を経て私は、経営者に細かすぎる質問をするのはやめようと思いました。でも、どんな質問をすれば良いのだろうか? 特に、ブランドが成長した秘訣を引き出すにはどうしたらよいのか? その疑問は解決できず、もやもやした思いでしばらく過ごしていました。

〔編集長が教えてくれた一流の質問〕
そんなある日、とある雑誌の編集長とご飯を食べる機会がありました。その雑誌は日本の名だたる経営者が毎号のように登場している雑誌。その編集長ですから、有名な経営者には大体あったことがあるような、そんな方でした。

会長に怒られた話を打ち明けた上で、「いつも経営者にはどうやって質問しているんですか?」と聞いたところ、こんなことを教えてくれました。

「岡田さん、雑誌記者にとって、一流の質問ってなんだと思いますか?
社長がすでにメディアで話したことがあることを聞く質問、これは三流です。例えば、経営方針はなんですか?聞いても、過去どこかで話した内容が繰り返されるだけです。これでは記事にはなりません。

二流の質問というのは、社長が過去話したことはないけれども、気になっていることを聞くこと。例えば、社長の後継者問題などですね。これが引き出せれば、記事にはなります。でも、なかなか話してはもらえません。

では、一流の質問とは何か。それは、社長が過去話したことも考えたこともなかったけれど、『確かにそれは、避けては通れない重要な質問だ!』とハッとして、その場で一生懸命考えながら答える、そんな質問です。

取材はいつも準備通りになんかいきません。だから私は、あまり細かく準備しすぎずに、どんな質問がこの経営者にとって避けて通れない重要な質問なのか、それだけを考えながらインタビューしているんですよ」

この話を聞いて、私はハッとしました。私が会長に聞いた質問はどれも、過去話したこともあるか、大して重要でもないことについての質問ばかり。会長が『考えてもいなかったけど、確かになぜだろう?』と思えるような質問を繰り出すことは、全くもってできていませんでした。

〔脳内シミュレーションで質問を育てる〕
それ以来私は、「避けては通れない重要な質問」とは何かについて、ずっと考えています。これはなかなか簡単な答えは出てきません。

ただし、分かったことがあります。それは、事前のシミュレーションの大事さです。質問を考えるだけでなく、相手がどのように返事をしてくるのかを予測する。そして、その返事に対してどうやって更なる質問をするのかを考える。膨大な脳内シミュレーションを行い、将棋や囲碁のように、数手先を予測しながら質問を考えていくと、やがてもっとも大事な質問が見つかることが多くなりました。

もちろん、実際の会話はその通りにはいきません。しかし、事前にシミュレーションしておくと、慌てることがなくなります。「お、このパターンできたか、ならばこの質問だ」と、余裕を持って話せるようになりました。

また「この質問をすればみんな唸る!」といった、万能な質問はありません。しかし、良い質問だったかどうかは、後から確認できる気がしています。

例えば、良い質問ができれば、聞く人にとってはもちろん、答える人にとっても気づきがあるので、「話しながら頭が整理しましたよ!」なんて感謝されることが、たまにあります。また、インタビューが終わった後も頭の片隅でずっと考え続けてしまい、次に会った時に「あのときの質問、まだ考えてますよ」なんて言われることもあります。

この人の質問はいつも鋭いな、この人にまた質問されたいな。そう思われるような質問を考えるのが、良いインタビューアーではないでしょうか。そんな人に、私はなりたいと思います。

〔気軽な質問も、大事な質問も〕
とはいえ、いつでもそんな鋭い質問ばかり繰り出されても、相手も身構えてしまいます。
時には、気軽な質問や、興味を引く質問も必要ですよね。

というわけで、みなさんは「質問」は得意ですか?
私は、得意ではないけれど、好きです。』