アラブ連盟

アラブ連盟
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%96%E9%80%A3%E7%9B%9F

『アラブ連盟(アラブれんめい、جامعة الدول العربية、Jāmi’a al-Duwal al-‘Arabīya、League of Arab States)は、アラブ世界の政治的な地域協力機構。第二次世界大戦末期の1945年3月22日創設。本部はカイロにある。加盟は22(21カ国と1機構)。 現在の連盟事務局長は元エジプト外相のアハマド・アブルゲイト。

組織

参加各国の代表からなる理事会が最高決定機関で、その下に実行機関である事務総局や常任委員会、共同防衛理事会、社会経済理事会、ほかパレスチナ問題総本部やイスラエル・ボイコット本部などの部局や専門の諸機関がある。理事会は1年に2回開催されるほか、加盟二か国または通常理事会の要請によって緊急理事会を開くことができる[2]。また、上記の組織とは別に、1963年から開催されているアラブ首脳会議は、2000年に正式にアラブ連盟の会議となった。首脳会議は年に一度加盟国の都市に集まって行われる。理事会が閣僚レベルの各国代表で構成されるのに対し、首脳会議は各国の元首が集合して議論を行うため、首脳会議の重要性は高まってきている[3]。

本部がカイロにあり、また歴代の7人の事務局長が、エジプト追放期のチュニジア人一人を除いて全員エジプト人である[4]ように、エジプトの主導権が強く、サウジアラビアなどを中心に反発もあり、サウジアラビアがイスラム諸国会議機構の設立に積極的であった理由のひとつともされる。1979年3月にはエジプトとイスラエルの単独和平によって盟主であったエジプトが連盟から追放され、本部は一時チュニジアのチュニスに移っていたが、1989年5月にエジプトが連盟に復帰すると、本部もカイロへと戻った[5][6]。

当初は1945年当時のアラブ独立国7か国で発足した連盟であるが、アラブ諸国が次々と独立していくにつれて加盟国数も拡大し、さらに1973年にモーリタニアが加盟したのを皮切りに、それまでアラブ諸国とはみなされていなかったジブチやソマリア、コモロなどの加盟が認められていった[7]。

連盟発足後すぐに勃発したイスラエルとの対立とそれによる数度の中東戦争によって連盟は結束して行動したものの、連盟自体の強制力は小さなものであり、しばしば足並みの乱れや内部対立が起こっているため、連盟はそれほど強力な政治力を持っているとは言い難い。最近ではアラブ連盟の政治的役割はますます低下しており、実質的には中東の政治問題の解決にほとんど有効な手段を取ることができていない。地域統合でも湾岸協力会議やアラブ・マグレブ連合など、より狭い地域での統合を目指す動きの方が進展が見られる。
イスラエルとは同国建国以来緊張関係にあり、イスラエルおよびその主要取引先に対する経済制裁である「イスラエル・ボイコット」も行っており、イスラエルにアラブ和平イニシアティブ(英語版)の受け入れを要求している。

歴史

創設

20世紀にはいると、アラブ民族主義の高まりを受けて、アラブ諸国家間の地域協力機構の設立が叫ばれるようになった。第二次世界大戦が始まると、アラブ諸国が枢軸国側につくことを避けるために1941年5月29日からイギリスのアンソニー・イーデンがこの構想を主張しはじめた。この時はアラブ各国の支持を受けられなかったものの、イーデンは1943年2月に再度同様の呼びかけを行い、これにアラブ各国が積極的な賛同を示したことで、この構想は一気に具体化した。とはいえ、この機構に対する各国の反応はまちまちだった。エジプトのムスタファ・エル・ナハス首相は積極的な賛成を示し、連盟設立の主導権を握ったが、エジプトの立場はこの機構を緩やかな国家間の協力機構にとどめるものだった。トランスヨルダンとシリアはともに大シリア(シリア・ヨルダン・レバノン・パレスチナ)の統合を主張し、そのうえでアラブの連合を求める考えを示していたが、ヨルダンはハーシム家による君主制を、シリアは共和制を構想していた。イラクはこれにイラクを加えた統合構想を持っていたが、イラクとヨルダンは各国家の完全な統合までには踏み込まず、やや統制の強い国家連合を志向していた。これに対しシリアはアラブ統一に最も積極的であり、創設7か国中で唯一主権放棄にも応じる姿勢を示していた。こうした積極派の諸国に対し、サウジアラビアとレバノンは主権の移譲に強い抵抗を示していた。レバノンは前述の大シリアに含まれる地域ではあったが、他地域とは違いキリスト教のマロン派が主導権を握っており、大シリアが統合された場合周囲のスンニ派に飲み込まれる恐れがあったために、どのような主権移譲の動きにも強い抵抗を示していた。サウジアラビアはもともと孤立主義的な傾向が強く、連盟の設立自体に懐疑的であり、イエメンもこれに追随した。こうした中でエジプトが主体となって妥協が行われ、どのような強制力も持たない緩やかな地域協力機構にとどめることで消極派諸国をつなぎとめ、連盟が設立されることとなった[8]。こうして1945年3月22日にアレキサンドリア議定書の発効によって、当時のアラブ7カ国が加盟してアラブ連盟が結成された。

アラブ連盟が作成した「アラブ人権憲章」は、1994年に初期版が作成されたが、批准した国はなかった。2004年に作成された最新版は、より大きな成功を収め、必要な数の加盟国の批准を経て2008年に施行された。 アラブ憲章で正式に記されている規範の多くはイスラム原理に基づいており、前文では「高貴なイスラム教によって神聖なものとされた[…]永遠の原理を[…]推進するもの」とされている。アラブ憲章が施行された4年後、当時の国連人権高等弁務官ルイーズ・アルブール氏は、アラブ憲章が他の国際人権条約と相いれないことを公に強調して反論した。[2]

中東戦争への対処

発足したアラブ連盟がまず最初に取り組んだ問題は、パレスチナ地方におけるアラブ人とユダヤ人の対立、すなわちパレスチナ問題であった。すでに連盟結成前からパレスチナ問題はこの地域における一大政治問題となっており、アラブ連盟は一貫してアラブ人の権利を主張した。1947年11月に国際連合においてパレスチナ分割決議が採択されると、アラブ連盟はこれに反対した。このころになるとすでにパレスチナは内乱状態となっており、1948年5月14日にイギリス軍がパレスチナを撤退すると、同日この地域のユダヤ人がイスラエルの独立を宣言したため、レバノン、シリア、トランスヨルダン、イラク、エジプトのアラブ連盟5か国もこれに反応してイスラエルに即日宣戦を布告し、パレスチナになだれ込んだ。第一次中東戦争である。アラブ連盟諸国は兵力的には優位だったものの共同歩調を取ることができず、やがてイスラエルに反撃され、1949年には事実上の敗北という形で停戦協定を結ばざるを得なくなった。

敗戦後のアラブ諸国では、第一次中東戦争で連帯を強めることができなかった経験を踏まえ、アラブ連盟内でより強い統合を求める動きが始まった。この動きによって1950年、共同防衛理事会とその補助を行う常任軍事委員会が連盟に設立され、加盟国間での軍事連携が深まることになった[9]。また創設以来連盟はイスラエルに対するボイコットを行ってきたが、1951年にはダマスカスにイスラエル・ボイコット事務局が設立され、イスラエルとの貿易をはじめイスラエルと取引のある企業との契約をも禁止するボイコット運動が開始された[10]。1956年に起こったスエズ危機において、連盟はエジプトを全面的に支持し、英仏とイスラエルに対抗した。エジプトが軍事的に敗北したものの政治的に勝利を収めると、エジプト大統領のガマール・アブドゥル=ナーセルの威信が高まり、彼の提唱によりアラブ民族主義(汎アラブ主義)に基づくアラブ世界の統一を目指したアラブ連合構想が各地で実現したものの、基本的にエジプトばかりかサウジアラビア、シリア、イラクがそれぞれアラブ圏での主導権を握ろうとし、互いに従属することを嫌ったためにいずれも頓挫した。

1959年に国際石油資本が産油国の了承を得ることなく石油公示価格の引き下げを発表すると、同年4月、アラブ連盟は第1回アラブ石油会議をカイロで開催し、この措置に抗議した。この会議にはアラブ諸国のみならず大産油国であるイランおよびベネズエラも招かれ、この会議を発端に産油国間の協調体制が整うようになり、1960年の石油輸出国機構の結成へとつながっていくこととなった[11]。1963年からはナセルの提唱によってアラブ首脳会議が行われるようになり[12]、1982年以降一時中断したものの2000年に復活し、2012年現在も継続している。第一回アラブ首脳会議が1963年に開かれたが、アラブ連盟はパレスチナ解放のための機関としてパレスチナ解放機構(PLO)の設立に同意し、翌年に実現した[13]。

中東戦争では引き続き連携し、1967年の第三次中東戦争でアラブ側がイスラエルに大敗し、軍事的劣勢に立たされた際には、同年9月のアラブ首脳会議において、イスラエルに対し「和平せず、交渉せず、承認せず」を決議した[14]。この第三次中東戦争の大敗はアラブ諸国にとって衝撃的であり、それまで英雄とされていたナセルの政治的威信は失墜、アラブ世界の統合の動きは衰退していくことになった。またヨルダン川西岸地区をめぐって、あくまでこの地区の奪還を目指すPLOとイスラエルとの妥協を志向するヨルダンの対立は激化し、1970年には両者の間にヨルダン内戦が勃発した。この内戦においてアラブ連盟はPLOとヨルダンの仲介に立ち、PLOは本部をヨルダンの首都アンマンからレバノンの首都ベイルートへと移転させることとなった。

1973年に第四次中東戦争では、エジプトとシリア両国がイスラエルを攻撃した。連盟はエジプト・シリアを支援したものの、緒戦の敗北から立ち直ったイスラエルは両国への逆襲に成功し、最終的にはイスラエル優勢で戦争は終結した。しかし緒戦でイスラエルが敗北したことが、イスラエルはその軍事的威厳を落とすことになり、またアラブ諸国の結束の機運を一時的に高めることとなった。アラブ連盟の動きに呼応したアラブ石油輸出国機構(OAPEC)は非友好国への石油供給削減を行い、さらにこれに石油輸出国機構が同調したことで石油価格が高騰し、第一次石油危機が勃発した。この結束の機運に乗ってPLOはアラブ連盟との関係を強めていき、1974年のアラブ首脳会議においてPLOはパレスチナ唯一の代表となり、1976年には正式に連盟に加盟してその一員となった[15]。レバノン内戦においては1976年に平和維持活動を決定した。また、1973年にはモーリタニアが加盟し、アラブ連盟が伝統的にアラブとされている領域から拡大するきっかけとなった。

エジプトの追放と復帰

こうした一連の協調を対立関係に変えてしまったのが1978年3月のキャンプ・デービッド合意である。この合意においてアラブ側の中心国家であり、4度の中東戦争において唯一アラブ側ですべての戦争に参加していたエジプトのサダト大統領とイスラエル首相のメナヘム・ベギンの間で、両国の停戦と相互承認が締結されたことは、アラブ諸国に激震をもたらした。アラブ連盟の対イスラエル共通政策である「和平せず、交渉せず、承認せず」に違反したとしてエジプトは強い批判にさらされ、同年11月にイラクのバグダッドで行われた1978年アラブ首脳会議(英語版)で主導国であるにもかかわらずアラブ連盟を追放されてしまう[16]。同時にアラブ連盟の本部もブルギーバ政権下のチュニジアのチュニスへと移転した。この会議を主催してエジプト追放に成功したイラクはエジプトに代わってアラブの盟主になることも目論み[17]、後にイラン・イラク戦争を引き起こす原因の1つになったともされる。

1980年から1988年まで続いたイラン・イラク戦争では、イラクが連盟内の国家でありイランがそうでなかったこと、およびこの前年の1979年に起きたイラン革命によって成立したイスラム共和制に対し殆どの加盟各国が強い警戒心を抱いたことから一貫してイラクを支持し続けた[18]。1987年にパレスチナで起こった第1次インティファーダについては支援を行う決議を採択した[19]。またこの間エジプトが加盟各国との関係改善に努めた結果、1989年5月にエジプトが連盟に復帰して本部も再びカイロへと戻った。

湾岸戦争

エジプトが復帰してアラブ連盟は再び以前の状態に戻ったものの、この時アラブ連盟は深刻な内部対立に悩まされていた。イラン・イラク戦争で疲弊していたイラクは原油価格の引き上げによってこの苦境を乗り越えようとしていたが、アラブ諸国が主導権を握る石油輸出国機構がこれを認めなかったうえ、クウェートをはじめとするアラブの数か国がOPECの産油量割り当てを越えて増産を続け、原油の値崩れを招いていたからである。イラクは抗議を行ったがクウェートは全く聞き入れず、やがて国境上にあるルマイラ油田をめぐって両国は深刻な対立に陥った。

1990年3月に議長国となったイラクはバグダッドでアラブ連盟の首脳会議を主催し、1990年8月2日、イラク軍はクウェート侵攻を行いクウェート全土を支配下におさめた。このクウェート侵攻をめぐって、アラブ連盟は同年8月9日にカイロ国際会議場に緊急サミットを開き[20]、エジプトの主導でイラク非難決議を採択した。この決議にイラクはもとよりPLOとリビアがイラク側に完全に立って反対し、さらにイエメンが態度保留、ヨルダンも棄権してイラク寄りの姿勢を保った[21]。アラブ連盟には深刻な亀裂が走ったものの、主流派はイラク反対派であることは変わらず、湾岸諸国やサウジアラビアをはじめとする多くの国が1991年の湾岸戦争において対イラク攻撃に参戦した。湾岸戦争はイラクの敗北とクウェートの解放によって終結したものの、この戦争によって連盟内部の深刻な亀裂と弱体さが明るみに出、これ以降連盟の求心力はさらに弱まった。

1993年にイスラエルとパレスチナ解放機構の間で合意されたオスロ合意については承認を行っている[22]。2003年に起きたイラク戦争においては、アメリカ・イギリス軍の即時撤退要求をクウェート以外のすべての国家の賛成によって議決している[23][24]。

2009年3月30日、31日の両日、カタールの首都ドーハで第21回アラブ連盟首脳会議が開かれた。会議には21カ国と1機構、国連の事務総長、イスラム諸国会議機構 (OIC) の事務局長が参加。エジプトのムバーラク大統領は欠席を表明。
最終宣言では、中東和平、イラク、スーダンの国内情勢、中東非大量破壊兵器地帯創設などの課題解決のために参加国の努力を確認した。中東非大量破壊兵器地帯創設では、核兵器保有のイスラエルに対し、核不拡散条約 (NPT) に調印し、国際原子力機関 (IAEA) の監視を受けるよう国際社会が圧力をかけることを求めた。中東和平問題では、最近のパレスチナ自治区のガザ地区に対する攻撃を「野蛮な侵略」と非難した。
討議でヨルダンのアブドゥッラー2世国王は、スーダン情勢について、国際刑事裁判所 (ICC) がオマル・アル=バシール大統領に対して逮捕状を発行したことを非難した。
アラブの春

2011年におこったアラブの春においては当初は慎重な姿勢だったが、徐々に改革派寄りの姿勢に立つようになった。これを示すのが、以下のシリア内戦に対する姿勢である。2011年10月30日カタール(ドーハ)で外相会議が開かれ、シリア内戦を論議した。31日には、アラビ事務局長が、シリア政府の反政府デモに対する武力弾圧を終了させるためのロードマップを明らかにした。11月2日には暴力行為停止などの調停案受け入れでシリアと合意したが弾圧は続き、11月16日をもってシリアは加盟資格が停止された[25]。 2011年11月16日、モロッコ・ラバトで外相会議を開き、シリア問題について話し合った。同会議は、シリア政府に対し3日以内に弾圧を停止するよう求め、これに応じなければ経済制裁を科することを決定した。 11月27日、カイロで外相会議を開き、シリアに対する制裁措置を19ヵ国(22ヵ国・機構加盟)の賛成で承認した。制裁措置は、アラブ諸国とシリア政府との関係の断絶、シリアへのアラブ各国政府の投資の禁止、アラブ各国にあるシリア資産の凍結、シリア政府高官[26]の渡航禁止、シリアへの民間航空の乗り入れ禁止[注釈 1]などから成っている。12月3日には、ドーハ(カタール)で閣僚級会合を開きシリアへの制裁について協議した。[27][28][29]

2015年3月29日、地域の不安定化の拡大に対応するため合同軍の創設で原則的に合意した[30]。

アラブ連盟加盟国(加盟順)

原加盟国

Arab League History.svg

 エジプト(1979年3月にイスラエルとの平和条約締結を理由に加盟資格停止。1989年5月に復帰)
シリアの旗 シリア(2011年11月16日より加盟資格停止)
イラクの旗 イラク
ヨルダンの旗 ヨルダン
レバノンの旗 レバノン
サウジアラビアの旗 サウジアラビア
イエメンの旗 イエメン(加盟時は北イエメンの旗 北イエメン)

追加加盟国・機構

1953年 - リビアの旗 リビア
1956年 - スーダンの旗 スーダン
1958年 - モロッコの旗 モロッコ、チュニジアの旗 チュニジア
1961年 - クウェートの旗 クウェート
1962年 - アルジェリアの旗 アルジェリア
1971年 - アラブ首長国連邦の旗 UAE、バーレーンの旗 バーレーン、カタールの旗 カタール、オマーンの旗 オマーン
1973年 - モーリタニアの旗 モーリタニア
1974年 - ソマリアの旗 ソマリア
1976年 - パレスチナの旗 パレスチナ
1977年 - ジブチの旗 ジブチ
1993年 - コモロの旗 コモロ連合

旧加盟国

1967年 - 南イエメンの旗 南イエメン(北イエメンの旗 北イエメンとの合併に伴い消滅)

アラブ連盟事務局長

事務局長    生没年     就任  辞任  国籍  画像

1 アブドゥル・ラフマーン・ハサン・アッザーム 1893-1976 1945年3月22日 1952年9月 エジプトの旗 エジプト
2 アブドル・ハーレク・ハッスーナ 1898-1992 1952年9月 1972年6月1日 エジプトの旗 エジプト
3 マフムード・リヤード 1917-1992 1972年6月1日 1979年3月 エジプトの旗 エジプト Mahmoed Riad (1969).jpg
4 シャドリ・クリービー(英語版) 1925-2020 1979年3月 1990年9月 チュニジアの旗 チュニジア Chadli klibi.JPG
5 アフマド・アスマト・アブデルマギード 1924-2013 1991年5月15日 2001年5月15日 エジプトの旗 エジプト
6 アムル・ムーサ 1936- 2001年5月15日 2011年7月1日 エジプトの旗 エジプト Amr Moussa at the 37th G8 Summit in Deauville 054.jpg
7 ナビール・エル=アラビー 1935- 2011年7月1日 2016年7月3日 エジプトの旗 エジプト Nabil el-Araby 2005.jpg
8 アハマド・アブルゲイト 1942- 2016年7月3日 現職 エジプトの旗 エジプト Msc 2005-Saturday, 16.00 – 18.00-AboulGheit.jpg

アラブ首脳会談(アラブ連盟サミット)

定例サミット
2013年アラブ連盟サミットのロゴ
回 開催日 開催国 開催都市
1 1964年1月13日-17日 エジプトの旗 エジプト カイロ
2 1964年9月5日-11日 エジプトの旗 エジプト アレキサンドリア
3 1965年9月13日-17日 モロッコの旗 モロッコ カサブランカ
4 1967年8月29日 スーダンの旗 スーダン ハルツーム
5 1969年12月21日-23日 モロッコの旗 モロッコ ラバト
6 1973年11月26日-28日 アルジェリアの旗 アルジェリア アルジェ
7 1974年10月29日 モロッコの旗 モロッコ ラバト
8 1976年10月25-26日 エジプトの旗 エジプト カイロ
9 1978年11月2-5日 イラクの旗 イラク バグダード
10 1979年11月20–22日 チュニジアの旗 チュニジア チュニス
11 1980年11月21–22日 ヨルダンの旗 ヨルダン アンマン
12 1982年9月6日-9日 モロッコの旗 モロッコ フェズ
13 1985年 モロッコの旗 モロッコ カサブランカ
14 1987年 ヨルダンの旗 ヨルダン アンマン
15 1988年6月 アルジェリアの旗 アルジェリア アルジェ
16 1989年 モロッコの旗 モロッコ カサブランカ
17 1990年 イラクの旗 イラク バグダード
18 1996年 エジプトの旗 エジプト カイロ
19 2001年3月27日–28日 ヨルダンの旗 ヨルダン アンマン
20 2002年3月27日–28日 レバノンの旗 レバノン ベイルート
21 2003年3月1日 エジプトの旗 エジプト シャルムエルシェイク
22 2004年5月22日-23日 チュニジアの旗 チュニジア チュニス
23 2005年3月22日-23日 アルジェリアの旗 アルジェリア アルジェ
24 2006年3月28日-30日 スーダンの旗 スーダン ハルツーム
25 2007年3月27日–28日 サウジアラビアの旗 サウジアラビア リヤド
26 2008年3月29日–30日 シリアの旗 シリア ダマスカス
27 2009年3月28日-30日 カタールの旗 カタール ドーハ
28 2010年3月27日–28日 リビアの旗 リビア スルト
29 2012年3月27日–29日 イラクの旗 イラク バグダード
30 2013年3月21日-27日 カタールの旗 カタール ドーハ[31]
31 2014年3月25日・26日 クウェートの旗 クウェート クウェート市[32]
32 2015年3月28日・29日 エジプトの旗 エジプト シャルムエルシェイク[33]
33 2016年7月20日 モーリタニアの旗 モーリタニア ヌアクショット
34 2017年3月23–29日 ヨルダンの旗 ヨルダン アンマン[34]
35 2018年4月15日 サウジアラビアの旗 サウジアラビア ダーラン
36 2019年3月 チュニジアの旗 チュニジア チュニス[35]
緊急サミット
回 開催日 開催国 開催都市
1 1970年9月21日-27日 エジプトの旗 エジプト カイロ
2 1976年10月17日-28日 サウジアラビアの旗 サウジアラビア リヤド
3 1985年9月7日-9日 モロッコの旗 モロッコ カサブランカ
4 1987年11月8日-12日 ヨルダンの旗 ヨルダン アンマン
5 1988年6月7日-9日 アルジェリアの旗 アルジェリア アルジェ
6 1989年6月23日-26日 モロッコの旗 モロッコ カサブランカ
7 1990年3月28日-30日 イラクの旗 イラク バグダード
8 1990年8月9日-10日 エジプトの旗 エジプト カイロ
9 1996年6月22日-23日 エジプトの旗 エジプト カイロ
10 2000年10月21日-22日 エジプトの旗 エジプト カイロ
11 2016年1月7日 サウジアラビアの旗 サウジアラビア リヤド
加盟各国の人口統計
順位 国 人口 人口密度 (/km2) 人口密度 (sq mi) 注
1 エジプトの旗 エジプト 92,519,544 107 277 [36]
2 アルジェリアの旗 アルジェリア 37,100,000 16 41 [37]
3 イラクの旗 イラク 37,056,169 83 215 [38]
4 モロッコの旗 モロッコ 32,064,173 71 184 [37]
5 スーダンの旗 スーダン 30,894,000 16 41 [39]
6 サウジアラビアの旗 サウジアラビア 28,146,658 12 31 [37]
7 イエメンの旗 イエメン 23,580,000 45 117 [37]
8 シリアの旗 シリア* 21,906,000 118 306 [37]
9 チュニジアの旗 チュニジア 10,673,800 65 168 [40]
10 ソマリアの旗 ソマリア 11,400,000 18 47 [37]
11 アラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦 8,264,070 99 256 [41]
12 リビアの旗 リビア 6,733,620 3.8 9.8 [37][42]
13 ヨルダンの旗 ヨルダン 6,332,000 71 184 [37]
14 パレスチナの旗 パレスチナ 4,550,368 756 1,958 [43]
15 レバノンの旗 レバノン 4,224,000 404 1,046 [37]
16 クウェートの旗 クウェート 3,566,437 200 518 [37]
17 モーリタニアの旗 モーリタニア 3,291,000 3.2 8.3 [37]
18 オマーンの旗 オマーン 2,845,000 9.2 24 [37]
19 カタールの旗 カタール 1,699,435 154 399 [37]
20 バーレーンの旗 バーレーン 1,234,596 1,646 4,263 [44]
21 ジブチの旗 ジブチ 864,000 37 96 [37]
22 コモロの旗 コモロ 691,000 309 800 [37]
総計 アラブ連盟の旗 アラブ連盟 356,398,918 30.4 78.7

アラブ連盟へのシリア復帰、米英が批判 内戦めぐり

アラブ連盟へのシリア復帰、米英が批判 内戦めぐり
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB080EE0Y3A500C2000000/

『アラブ連盟が参加資格を停止していたシリアの復帰を7日に決めたのを受け、米英が批判を強めている。米国務省の報道官は同日、「シリアがこの時期にアラブ連盟復帰という恩恵を受けるのは適切ではない」と反対の立場を示した。シリアのアサド政権が同国で続く内戦終結へ向けて必要な措置をとるか疑問視した。

欧米諸国は反体制派への弾圧を続けるアサド政権に対して経済制裁を続けている。同報道官はアラブ諸国とシリアの安定に…

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『同報道官はアラブ諸国とシリアの安定に向け目標を共有しているとした一方、「シリアへの制裁は続ける」と話した。

中東エリアなどを担当する英国のアーマッド外務閣外相はツイッターで「英国はアサド政権との関与に引き続き反対の立場だ」と述べ、アサド政権がシリア国民に対して「(不当な)拘束や拷問、殺害を続けている」と批判した。

アサド政権が2011年に始まった内戦で反体制派を弾圧したのを機に、シリアは同年からアラブ連盟への参加資格が停止されていた。アサド政権がイランからの支援を受ける一方、サウジアラビアなどアラブ諸国は内戦当初に反体制派の支援にまわっていた。

サウジはイランと3月に外交正常化を決め、シリアとの関係改善も進めている。英BBCなどによるとシリア外務省は声明でアラブ連盟の決定を「大きな関心を持って」受け取ったとし、「より一層のアラブ諸国との協力とパートナーシップ」を呼びかけたという。』

アラブ連盟、シリアの復帰を決定 12年ぶり関係改善へ

アラブ連盟、シリアの復帰を決定 12年ぶり関係改善へ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB0724S0X00C23A5000000/

『【テヘラン=福冨隼太郎】アラブ連盟は7日、カイロで外相会合を開き、2011年に連盟の参加資格を停止したシリアの復帰を決めた。シリアのアサド政権は内戦で反体制派を弾圧したのを機に国際社会から孤立していたが、12年ぶりにアラブ諸国との関係改善が進む見通しだ。

19日にはサウジの首都リヤドでアラブ連盟の首脳会議が開かれる予定だ。サウジはアサド大統領を首脳会議に招待したい意向だとされる。ロイター通信によ…

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『ロイター通信によると、同連盟のアブルゲイト事務局長は7日の記者会見で、アサド氏が希望すれば首脳会議に出席できるとの見方を示した。

サウジはイランと3月に外交正常化を決め、イランの支援を受けるシリアとの関係改善も進めている。中東での緊張緩和を進める動きになりそうだ。外相会合での決議によると、シリアの内戦の解決に向けてヨルダンやサウジ、エジプトなどによる閣僚級の連絡委員会を設置することを決めた。

ただ、カタールなど一部の加盟国は、シリアとの関係正常化になお否定的な立場を取っているもようだ。

11年に始まったシリア内戦では、サウジなどアラブ諸国が、イランが支持するアサド政権と対立し、欧米とともに反体制派の支援にまわった。シリアとアラブ諸国は外交関係が事実上断絶した状態になっていた。

その後、アサド政権はイランやロシアの支援で首都ダマスカスを含む主要地域をおさえて事実上優位を固めた。サウジなどアラブ諸国はシリアとの対立路線を転換している。アラブ首長国連邦(UAE)は22年3月にアサド氏を首都アブダビに招き、首脳会談で連携を確認した。

長年対立を続けてきたイランとサウジが3月に外交正常化を決め、その後、サウジはイランが後ろ盾のアサド政権のシリアを連盟に復帰させる姿勢に転じた。5月1日にはヨルダンの首都アンマンでシリアとサウジやエジプトなどアラブ5カ国が外相会合を開き、シリアの復帰について協議した。

【関連記事】

・シリアとサウジ外相らが会談 アラブ連盟復帰など協議か
・シリア、サウジと国交正常化 アラブ連盟復帰の観測も 』

上海機構、中国・ロシアは反欧米 インドは「中立」腐心

上海機構、中国・ロシアは反欧米 インドは「中立」腐心
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM051VA0V00C23A5000000/

『2023年5月5日 21:34

【ベノーリム(インド南部)=岩城聡、北京=田島如生】中国とロシアが主導する地域協力組織「上海協力機構(SCO)」の外相会合が5日、インドで閉幕した。中国外務省によると、エネルギーや金融などで協力を確認した。中ロは反欧米の姿勢を鮮明にするが、初の議長国インドは「中立」を貫こうとしている。

中国の秦剛国務委員兼外相は会合で、米国による対中半導体規制を念頭に「国際経済・貿易の秩序や市場のルールを損なう…

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『中国の秦剛国務委員兼外相は会合で、米国による対中半導体規制を念頭に「国際経済・貿易の秩序や市場のルールを損なういかなる行為にも反対する」と主張した。サプライチェーン(供給網)の安定と維持に向けた協調を呼びかけた。

ロシアのラブロフ外相は会議の途中でメディアの前に現れ、ウクライナ侵攻を巡り「今起きていることは地政学上の重要な問題だ。西側諸国が『覇権を維持し、全ての人に自分の意思を通したい』という欲求をやめなければ、国連で危機は解決されないと誰もが理解しているはずだ」と欧米を非難した。

SCOは中ロに加え、インドやパキスタン、旧ソ連の中央アジア諸国が加盟する。

初の議長を務めたインドのジャイシャンカル外相の表情は終始硬かった。「世界の人口の40%以上がSCOのメンバーであり、私たちの集団的な決定は必ずや世界に影響を与えるだろう」と述べ、中ロにも欧米にもくみしない姿勢を貫いた。

インドのモディ首相は2022年9月、ロシアのプーチン大統領に「今は戦争の時ではない」と苦言を呈し、プーチン氏は「現状が一刻も早く終わるよう全力を尽くす」と約束したとされるが、その兆しが見えずインドはいら立っているとされる。

インドは23年、20カ国・地域(G20)とSCOの両方の議長国を務める。国境紛争を巡り中国と緊張関係が続く半面、ウクライナに侵攻したロシアとの貿易拡大は欧米の批判を浴びる。外交的に綱渡りの状態にある。

インドは日米やオーストラリアとの協力枠組み「Quad(クアッド)」にも参加する。「等距離外交」を標榜するインドとしては「クアッドのなかで、インドだけがふらついている」とこれ以上、米国に思われたくないというのが本音だ。

先週、インドの首都ニューデリーで行われたSCOの国防相会議でも、議長を務めたシン印国防相は「国連憲章に基づき平和と安全を維持し、主権を尊重することが重要だ」と強調、事実上のロシア批判をしてみせた。

さらにインドを揺さぶるのは、中東で進む地政学的な再編の兆候だ。

サウジアラビアは近く、SCOの「対話パートナー」に正式になる見込み。サウジは3月、中国の仲介でイランとの外交正常化に合意した。サウジはシリアとの関係修復にも動いており、ロシアが仲介しているとされる。

サウジが中国やロシアとの関係を深めれば、中東の安全保障を危惧する米国がインドも含めSCO全体への反発を強める可能性がある。

インドの有力シンクタンクORFのサミール・パティル氏は「ウクライナ侵攻を機に、より親密になったロシアと中国がSCOに居心地の良さを感じている。しかし、インドにとっては、あくまで経済的に中央アジアと関わり続けるためのステージになるだろう」と語る。

一方、ジャイシャンカル氏とパキスタンのブット外相の間での2国間会談はなかったもようだ。パキスタン外相の12年ぶりのインド訪問は、核兵器を持つアジアのライバル同士の緊張関係に雪解けの可能性があるとの臆測を呼んでいる。

公式の場での両外相の握手はなかったものの、関係者によるによると4日夜に開かれた夕食会では握手が交わされたという。』

WHO、新型コロナ緊急事態宣言終了を発表 3年3カ月

WHO、新型コロナ緊急事態宣言終了を発表 3年3カ月
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR041XM0U3A500C2000000/

『【パリ=北松円香】世界保健機関(WHO)は5日、新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言を終了すると発表した。ワクチンの普及などで死者数が大幅に減ったためで、2020年1月末に始まった緊急事態は3年3カ月で終了を迎えた。今後もワクチン接種などの感染対策を通じた共存が課題となる。

4日に開いた新型コロナに関する専門家の緊急委員会の議論を受けて決めた。緊急委は各地の感染状況を踏まえ、20年1月にWHOが宣言した「国際的に懸念される公衆衛生の緊急事態」の終了を勧告した。

WHOのテドロス事務局長は5日の記者会見で新型コロナについて「緊急事態から、他の感染症への対応と並行して(流行を)制御する局面に移った」と指摘した。

各国は既に新型コロナ対策を大幅に緩和している。米国は11日に国家非常事態宣言を解除する方針で、入国時のワクチン接種証明書の提示も不要になる。日本でも8日に感染症法上の位置づけが「5類」に移行し、日々の感染者数の発表は終了する。

緊急事態が終わっても、新型コロナの感染がなくなるわけではない。WHOは3月に改定したワクチン指針でも高齢者や妊婦、複数の持病を持つ人などは定期接種の対象とすべきだとした。

専門家からはWHOによる緊急事態宣言終了で「各国の対策が緩む」との懸念の声もあがる。今年に入ってオミクロン型の新派生型XBB.1.16の感染者が増えるなどウイルスは常に変化している。

東京医科大学の浜田篤郎特任教授は「現在の新型コロナウイルスは冬に流行する傾向があるため流行を予測しやすいが、別の変異株が広がれば再び流行を予測しづらくなるおそれもある」と指摘する。今後も重症化しやすい型の出現などには注意が必要だ。

WHOは「国際的な公衆衛生上の脅威となり得るあらゆる事象」の報告を各国に義務付けた05年の国際保健規則の改定以降、新型コロナを含めて緊急事態を7回宣言している。長期化するケースもあり、14年に緊急事態を宣言したポリオは今も継続中だ。22年に緊急事態が宣言されたサル痘(エムポックス)も、まだ終了宣言が出ていない。

WHOによると、各国から5月3日までに報告された新型コロナウイルスの死者は累計で692万人に達した。

多様な観点からニュースを考える

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

石原純のアバター
石原純
インペリアルカレッジロンドン 講師
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ひとこと解説

3年にわたって私たちの関心事であり続けた新型コロナはようやく緊急事態が終わりました。
アメリカ政府の推奨のように、ワクチンはこれからも年に1回接種するのか。変異株が流行ったらどうするか。マスクはどうするのか。などこれからも議論することはいくつもあります。
しかしとりあえずはこの日が来たことは喜ばしいことだと思います。
2023年5月6日 2:29

詫摩佳代のアバター
詫摩佳代
フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)訪問研究員 / 東京都立大学教授
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分析・考察

世界を席巻し、変異を繰り返し、多くの方が命を落とし、社会に大きなダメージを与えた新型コロナ、ようやく緊急事態宣言終了に至りました。よかったです。他方、感染自体は終わっておらず、引き続き警戒が必要です。途上国でのワクチン接種率向上に向けた努力に加え、引き続きウイルスの動向を注視し、国際、地域、国という複数のレベルで、いざという時に適切に対応できる体制を整える必要があります。喉元過ぎれば痛みは忘れさられますが、我々が様々なウイルスの脅威に晒されていること自体は変わりません。過去3年の苦い経験を踏まえ、新しいシステムを作っていく覚悟と努力が問われています。G7主催国としての日本の責務は重いです。
2023年5月6日 1:00』

わかる!国際情勢 EU(欧州連合)~多様性における統合

わかる!国際情勢 EU(欧州連合)~多様性における統合
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol53/index.html

『2010年2月3日
EU(欧州連合)~多様性における統合

“Unity brings strength.″(統合は力をもたらす)――ヘルマン・ファン=ロンパイ欧州理事会議長

2009年12月1日、EU(欧州連合)はリスボン条約の発効により、地域統合の新たな局面へと前進しました。EC(欧州共同体)を前身とするEUが、ヨーロッパでどのような発展を遂げてきたのか、そして、リスボン条約によってEUはどう変わるのか、半世紀余りの歩みを振り返りながら考えます。

■EUの”新しい顔″が誕生

リスボン条約のポイント リスボン条約は、2007年に調印され、2009年12月に発効したEUの新しい基本条約です。

この条約の大きな特徴としてまず挙げられるのが、EUの”新しい顔″の誕生です。

EU加盟国の”首脳会議″とも言える欧州理事会の「常任議長」、そして、一国の”外務大臣”にあたる位置付けの「外務・安全保障政策上級代表」の2ポストが新設されました。

欧州理事会にはこれまでも議長がいましたが、常任ではなく、EU加盟国の首脳が半年交替で就任していたため、EUの重点課題が半年ごとに揺れ動いたり、本国の国政とのバランスをとるのが難しかったりするなどの課題が指摘されていました。

外務・安全保障政策上級代表は、複雑な国際情勢の下でEUの外交政策を強力に推進するために新しく設置する「対外活動庁」(EU版の外務省)のトップに立ちます。こうした機構改革により、民族も言語も多様なEUは、より民主的で力強い政策が展開できるとしています。

ほかにも、気候変動、テロ対策、警察・司法分野の段階的な統合、移民・難民政策の共通化、EU拡大など、新たな課題への対応能力も一層強化していくことになりました。

EU加盟国と加盟年

■ヨーロッパで地域統合が進んだ理由

EUは地域統合の先進例として注目されていますが、そもそもなぜヨーロッパでは地域の統合が進んだのでしょうか。

その答えは、ヨーロッパ大陸で互いに国境を接する国々が、絶えず戦争を繰り返してきたという歴史にありました。

特に、第1次世界大戦(1914~1918年)では、ヨーロッパが主戦場となったことから、各国の被害はそう簡単に立ち直れないほど甚大なものでした。

その中で、不戦と平和に向けた取組の模索が始まり、そのひとつの形態として、欧州統合の兆しが見え始めました。

オーストリアの貴族クーデンホーフ・カレルギーは1923年、地域統合によるヨーロッパ再生を構想し、この頃から民族の対立を超えた社会を目指す理想が次々に提唱されはじめます。

後に「欧州統合の父」と呼ばれるフランスの政治家ジャン・モネは、ドイツとフランスの国境地帯で採掘される石炭と鉄鉱石の共同管理を提唱しました。

しかし、世界大恐慌の発生(1929年)に続き、ヒトラーの台頭がヨーロッパにナショナリズムを巻き起こし、世界は第2次世界大戦(1939~1945年)へと突入していきました。

■EUの源流となった3つの共同体

EU地域統合の歩み 欧州統合の理想が具体的に動き出したのは、1950年、ロベール・シューマン仏外相が、ジャン・モネの構想を具体的にシューマン宣言で、独・仏の石炭・鉄鋼の共同管理として提案したことがきかっけでした。

石炭、鉄鋼と言えば、それまで独仏対立の火種となっていた資源ですが、その生産を共同管理機関の下に置くことで、両国の和解と平和を進めようとしました。

つまり、それまで戦争の資源と考えられていた石炭と鉄鋼で、平和の基礎を築くという発想で、言い換えれば、経済の安定を図ることによって、政治的な不安定要素を取り除くというものでした。

1952年、ヨーロッパはECSCの創設をもって統合への歩みを踏み出し、1958年には経済統合を進める「欧州経済共同体」(EEC)、原子力エネルギー分野での共同管理を進める「欧州原子力共同体」(EURATOM)を発足させました。

そして、これら3つの共同体は1967年、運営機関が統合され、「欧州共同体」(ECs)として再スタートします。これが今日のEUにつながる欧州統合の源流となりました。

■国際情勢の変化とEUの拡大

欧州の統合は、経済分野での協力が大きな柱となって進められてきましたが、その背景には激動する国際情勢が大きく関係していました。

20世紀後半、ヨーロッパ諸国の海外植民地が次々に独立を達成し、旧宗主国だった欧州の経済基盤は少なからず影響を受けました。

さらに1987年には、「ブラックマンデー」と呼ばれる世界的な金融恐慌が発生し、ヨーロッパ株式市場にも余波が及びました。

また、1989年には、ベルリンの壁崩壊とともに冷戦が終わり、東西ドイツが統一されると、今度はヨーロッパにおける安全保障環境も大きく変わってきました。

こうした大きな世界の流れを受け、ECはよりヨーロッパ内での結束を固めていく道を進んでいきます。

ECは1991年、欧州連合条約(マーストリヒト条約)の合意(発効1993年)により、新しい統合体である「欧州連合」(EU)を誕生させ、その後は旧共産主義圏の中東欧諸国をもメンバーに取り込みながら、さらに拡大と深化を続けました。

■単一通貨「ユーロ」の導入

現在のEUは27加盟国で構成され、総人口は約5億人、GDPは約16兆8,000億ドル規模(日本の3.8倍、米国の1.2倍)にも上ります(2008年世界銀行)。

EUの経済統合は、関税同盟や単一市場に加えて、単一通貨「ユーロ」の導入が大きな特色ですが、構想段階から実際に流通が始まるまで、実に30年近くもの月日がかかりました。
ECで通貨統合を視野に入れた通貨安定の取組が始まったのは1971年、為替相場が固定相場制から変動相場制に移行したころからでした。

その後、紆余曲折を経て、1989年に経済通貨同盟結成に向けた計画を採択。

1990年から域内での市場統合が促進され、欧州通貨機構の設立などを経て、1999年、単一通貨「ユーロ」(?)が導入されました。

導入当初は現金を伴わない決済通貨でしたが、2002年にユーロの紙幣と硬貨の流通が始まりました。

ユーロは、世界市場において単独で競うには小さすぎる国(通貨)でも、EUとして結束することで競争力を高められるということを世界に証明しています。

ユーロに込められたEUの思い

今や国際的な基軸通貨となった「ユーロ」のデザインには、欧州統合に向けたEUの思いが込められています。

ユーロ硬貨の場合、金額が記された表面は、欧州の地図をあしらった共通のデザインになっていますが、裏面は、オーストリアは「モーツァルト」、イタリアは「レオナルド・ダ・ヴィンチの人体デッサン」など、各国の独自性を表すデザインになっています。

一方で、ユーロ紙幣はデザインが統一されており、表面には「窓」や「門」、裏面には「橋」が描かれています。

これは、窓や門が「開かれたEU」という理念を表し、橋が「人と人のつながり」を象徴しています。

紙幣に描かれた建築物は、どこの国かを限定しないよう、ヨーロッパの特徴をよく表した架空の建築物が描かれています。

ユーロに込められたEUの思い

■EU独自のガバナンス

リスボン条約の署名風景 このように一歩ずつ地域統合を進めてきたEUは今、どのようなガバナンス(統治)の体制を築いているのでしょうか。

EUは今回発効したリスボン条約に基づき、「欧州理事会」「EU理事会」「欧州議会」「欧州委員会」、そして新設の「欧州対外活動庁」による国家の枠を超えた独自の仕組みを築いています。

欧州理事会は、加盟国の首脳で構成され、EUの方向性を決める”サミット”のような会合です。

EU理事会は各国の閣僚レベルで構成され、EU市民を代表する欧州議会とともに、法案の議決などを行っています。

その法案を提案するのが、執行機関にあたる欧州委員会です。

EUが扱うさまざまな政策課題のなかでも、外交については、対外政策を一元化してさらに国際社会でリーダーシップを発揮しようというのが、これから本格的に始動する欧州対外活動庁です。

また、EU理事会の議決はこれまでコンセンサス方式(全会一致)で行われていましたが、2014年からは新たな加盟国の承認などの重要事項を除いて、特定多数決方式(加盟国数と人口に比例して投票する方法)になります。

これによって、将来的にEUの加盟国がさらに拡大したとしても、議論が停滞することなく、政策決定のスピードアップが図られることになります。

EU独自のガバナンス

欧州憲法条約からリスボン条約へ

EUは、民族も歴史も異なる27の加盟国が、「欧州」という1つの共通したアイデンティティを帯ひもに結束した大きな組織ですが、すでに存在している国々の上位に立つ組織というよりは、それらを代表する立場を担う組織という発想に基づいています。

実は、リスボン条約には、「欧州憲法条約」という前身があります。

欧州憲法条約は2004年に署名されましたが、フランスとオランダで行われた国民投票でこの条約の批准が相次いで否決され、状況は一変。

憲法条約はそもそも、度重なる改定でわかりにくくなっていた基本条約を、実質的に整理する目的で作られたものでしたが、「憲法」という名称やEU旗、EU歌の規定などが盛り込まれていたため、あたかも各国憲法の上位に置かれ、国家主権や国民のアイデンティティを脅かすのではないかという懸念を生んだからでした。

このため、EUはそのような懸念を招きかねない条項を削除するなどして、改めて別の条約を作成。それが、リスボン条約です。

このように、EUは試行錯誤を繰り返しながら、各国のアイデンティティを尊重する理想の統合体に向けて徐々に歩みを進めているのです。

■23年間続くトルコのEU加盟交渉

EUには更なる拡大を続ける上での課題もあります。地理的にヨーロッパとアジアの接点にあるトルコは、1987年に加盟申請を行っていますが、実際に加盟交渉が開始されたのは2005年でした。

トルコは北大西洋条約機構(NATO)加盟国であり、長年にわたってEUとの間に連合協定を結んできた国ですが、オスマン帝国時代にさかのぼる欧州との紛争の歴史や、EU市民の多くがキリスト教徒であるといった要因に加え、EU加盟国であるキプロスとの間に領土問題などもあり、今後の交渉の見通しは予断できません。

一方で、かつてユーゴスラビア連邦を構成していたクロアチアは、近い将来に加盟することが有力視され、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、アルバニアなどバルカン半島諸国も、潜在的な加盟候補と見られています。

■幅広い政治・経済統合体を目指して

EU旗と加盟国の国旗 EUは経済的な統合を足がかりに、この半世紀余りで、国家の多様性を尊重しながら、他に例がない政治・経済統合体へと発展を遂げました。

欧州理事会のヘルマン・ファン=ロンパイ議長は、リスボン条約の発効にあたり、「27の加盟国は、文学、芸術、言語のいずれも異なる。そして、それぞれの国に多様性がある。多様性は、私たちの財産、発展、力の源である。EUは寛容と尊厳の模範であり、また、そうでなければならない」(全文はこちら)と述べました。

新興国の台頭や経済危機の発生でめまぐるしく変わる国際経済情勢や、気候変動など緊急性が増す地球規模の課題を前に、EUは国家の枠を超えた地域における国家間協力のあり方について、国際社会に大きな視座を与えてくれています。

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今さら聞けないEUのしくみ ーEUの機関と「民主主義の赤字」ー

今さら聞けないEUのしくみ ーEUの機関と「民主主義の赤字」ー
https://news.yahoo.co.jp/byline/tagamiyoshikazu/20160628-00059381

『2016/6/28(火) 13:04

EUって何?

6月23日にイギリスで行われたEU離脱に関する国民投票の結果には大変驚きました。私もあちこちで「いろいろ議論はなされているけど、なんだかんだいっても残留になると思うよ」と言っていただけに、離脱派の勝利という結果となるとは正直まったく思っておらず、結果を知ったときは椅子から転げ落ちそうになりました。

報道によれば、24日の投票後、英国においてグーグルで検索された中で最も多かったのは「EUを離脱するとはどういうことか」というキーワードであり、さらに「EUとは何か」「EUの加盟国はどこか」「EUからの離脱でこれから何が起きるか」と続いたとされています。このニュースは、いかに英国の人たちが、EUやEUからの離脱が何をもたらすのかについて把握していないまま投票に臨んだことを表しており、特に離脱派の多くが理性よりも感情に走って投票をしたのではないかという論調で揶揄されていました。

しかし、笑ってばかりもいられません。日本に住む私たちも同じようなものじゃないかなと思うわけです。私たちだって常に安全保障関連法案やTPPの詳細な中身について把握しているわけではなく、テレビやインターネットで大きく取り上げられている論点のみを知っているにすぎないのではないでしょうか。

「EUって何?」という質問を受けた場合、私たちは即座に答えられるでしょうか。「EU大統領って誰?」「欧州理事会と欧州委員会の役割はどう違うの?」と聞かれたとき、答えられる人がどのくらいいるでしょうか。

そこで今回は、EUってなんだろうという疑問について、主にどんな機関によって構成されているのかという点に注目したいと思います。

「EU五権」? かなり複雑なEUの主要機関

EU(欧州連合)とは、欧州連合条約より設立されたヨーロッパの地域統合体で、その起源は、第二次戦後に発足した欧州石炭鉄鋼共同体に端を発しており、ヒト・モノ・カネ・サービスの自由な移動を目標とした欧州共同市場を創設し、現在は28カ国によって構成されています。

ところで私たちは、学校で政治について学ぶ際に、国家権力が、立法・行政・司法の三権に分けられると教わります。それではEUにもこの三権によって統治が行われているかといえば、少し事情は複雑なのです。

EUには大きく分けて5つの機関が存在します。三権ならぬ「EU五権」というわけです。これらは必ずしも立法・行政・司法という明確な役割分担があるわけではなく、相互に入り組んで役割・権限が割り振られています。EUは統一国家でもなければ連邦国家でもなく、各国政府との調整が必要なためこのように複雑な統治機構となっているのです。なおこうした機関の存在と役割は、欧州連合条約(マーストリヒト条約)とリスボン条約によって改正された欧州連合機能条約によって定められています。

※筆者作成

まず、EUの機関の中に欧州議会があります。この議会の議席数は現在全部で751議席ありますが、議員はすべて5年に一度の総選挙によってEU市民が直接選挙で選出します。加盟国の議席配分数は人口によって割り振られるので、ドイツが一番議席数を多く有しており、フランス、イギリスと続きます。

通常私たちの感覚で言えば、この欧州議会は国会が最も近いように思うのですが、この欧州議会は立法権を単独では有していません。EU法については、あくまで欧州委員会や閣僚理事会と呼ばれる機関が担っており、欧州議会は法案の修正や否決をすることができるものの、法令を制定する際にはまず欧州委員会が法案を起草する必要があります。また、日本やイギリスと違って、欧州議会における多数政党がEU政府を構成するわけでもありません。

これに対して、立法権を有するのは閣僚理事会です。こちらは、欧州石炭鉄鉱共同体(ECSC)時代から続く組織で、こちらも各加盟国から1名ずつ代表が選出され、各国が持ち回りで議長国を務めます。閣僚理事会はその役割として立法権を有しています。EU法を作るには、各国の法制度とすり合わせを行わなければならないので、各分野の担当者が閣僚理事会に出席して、財政、外交、雇用、農業、エネルギー、通信、教育、環境といったようなあらゆる分野での調整を行いながら、立法作業を行うのです。

続いて行政機関である欧州委員会は、各加盟国から1名ずつ選出された委員によって構成されます。欧州委員会は2万人にも上る官僚機構を有する、いわば「EUの政府」です。EUは、「ブリュッセルの官僚たちによる専制」とよく批判されていますが、この場合は欧州委員会を指すことが多いと思われます。ルクセンブルクの元首相であったジャン=クロード・ユンケルが現在の欧州委員会の委員長を務めています。

さらにこれらの各機関の上位に、欧州理事会(EU首脳会議)があります(欧州委員会、閣僚理事会、欧州理事会と、間違い探しかというくらい名前がよく似ていて本当に混乱してしまいます)。欧州理事会は、各国の首脳と欧州委員会委員長、そして「EU大統領」と呼ばれる欧州理事会の常任議長によって構成されており、現在の常任議長はポーランド出身のドナルド=トゥスクです。この欧州理事会は、各国首脳によって構成されているということから、EU政府と各国政府との間で議論になって揉めたときの調整役を務めたり、EU外諸国との対外的な交渉をしたり、重要文書の正式批准をしたりといった役割を負っており、欧州連合各機関の最上位に位置しています。

これらの機関に欧州司法裁判所を加えた5つの機関がEUを主に構成しています。とても複雑ですね。

EUにおける「民主主義の赤字」とは

さて、この中で選挙を経て選出されるのは、どの機関の構成員でしょうか。

そうです。欧州議会の議員だけなのです。にもかかわらず、前述のように欧州議会はEU法の単独立法機関ではありません。それでいて、EU法は直接的・間接的に各加盟国に適用され、EU市民は、各国の国内法に加え、そして時には国内法に優先するかたちで、EU政府による規制を受けるわけです。

このことは、EU加盟国の国民たちにとっては、自分たちの民主的統制の及ばないEU政府の官僚組織による統制を受けていることを意味します。この状態はしばらく「民主主義の赤字」と称され問題となってきました。少しずつ欧州議会の権限は強化され、立法過程への関与の度合いを高めていますが、そうはいっても依然として欧州委員会・閣僚理事会のサポート的立場に過ぎませんし、政策の決定過程が不透明であるという批判が止むことはありません。5億人を超えるEU市民たちは自分たちの声が政策に反映されているという実感をなかなか持てないのが実情なのです。

元を正せば、EUの発端は、2度の大戦によって疲弊したフランスとドイツが、「今後ヨーロッパで戦争が起きないように戦争を遂行するにあたってとても重要な石炭と鉄鋼を共同で管理しよう」とイタリアとベネルクス三国を巻き込んで始めたものでした。それだけであればよかったのですが、経済統合は進み、通貨もユーロに統合され(イギリスなど一部は除く)、ヒト・カネ・モノ・サービスが自由に移動できる単一の市場をつくりあげようという流れになりました。この理想自体は非常に優れたもので、国家を超えた新しい枠組みとして期待されていましたが、発端が政治的・経済的エリートによる計画主義的な要素をはらんでいたため、どうしても理想優先型の壮大な実験といった向きがあったのも事実です。

これまで長年別々にやってきたそれぞれの国のルールを共通にしようというのですから、その作業は果てしないもので、膨大な人数の官僚と膨大な量の規制が作られました。よく笑い話として「EU政府はバナナの曲がり具合まで細かく規制している」といった話が取り上げられます。上記のような複雑に入り組んだ機関構造では、立法過程に気が遠くなるほどの時間がかかり、政策が実現される頃にはすでに時代に合わないものとなっている例もみられます。とある環境関係の規制では、成立までに15年を要したものもあるそうです。
また、特に事前規制の色合いが強い大陸法(フランスやドイツなどの法体系)的な競争法は、産業における自由な競争を阻害しているとして強く批判されていますし、EU総予算の44%を占める共通農業政策(CAP)によって、農業に対する補助金や農産品の価格調整が行われ、「イギリスなどでは農産品を割高で買わされている」といった論調がメディアなどでよく見られます。

さらに、微に入り細を穿つような労務関連の規制は、特に中小企業にとっては負担が重く、イギリスが近年力を入れているベンチャー企業の育成への足かせとなっているとも言われています。

今回のキャンペーンで、離脱派は、「EUの規制を網羅した書類(「アキ・コミュノテール」と呼びます)を重ねると、その高さは50メートルにも及び、ロンドンのトラファルガー広場にそびえるネルソン提督像を超す」と喧伝しました。これはあくまでキャッチコピーではありますが、問題点をわかりやすく突いていることは確かです。

イギリスのEU離脱と欧州懐疑主義

今回、イギリスにおける国民投票で、離脱派が勝利をおさめた主な原因として、移民問題が上がっていましたが、それに加えて、こうしたブリュッセルのEU政府による規制主義、官僚主義、そして反民主的要素も指摘されています。

「自分たちの主権をブリュッセルからウエストミンスター(英国議会のこと)に取り戻そう」といったようなスローガンが俗耳に入りやすかったのは、こうした背景があったからなのです。

こうしたEUの制度的欠陥に対しては、イギリスだけではなく、フランスでもドイツでもイタリアでも北欧でも批判がなされていました。こうした欧州懐疑主義(Euroscepticism)の声は、アイルランドやギリシャ発のユーロ危機が生じ、移民の数が増えてくるに連れて高まりつつあります。これに対してデマゴーグに煽動された排外主義と簡単に片付けることで理性派ぶった批評を下すことは簡単です。

しかし、それでは問題の解決にはつながりません。これまでのEUの歩みを今後も続けていくためには、移民や財政といった当面の課題にも対処しつつ、その上でEUの掲げる理念と統治機構そのものの変革が求められていると思います。その中で機能と役割が複雑化したEUの各機関も再整理が必要なのかもしれません。今回のイギリスにおける国民投票の結果は衝撃的なものでしたが、これが契機となってこうした議論が深まることを願っています。
記事に関する報告

田上嘉一
弁護士/陸上自衛隊三等陸佐(予備)

弁護士。早稲田大学法学部卒、ロンドン大学クィーン・メアリー校修士課程修了。陸上自衛隊三等陸佐(予備自衛官)。日本安全保障戦略研究所研究員。防衛法学会、戦略法研究会所属。TOKYO MX「モーニングCROSS」、JFN 「Day by Day」などメディア出演多数。近著に『国民を守れない日本の法律』(扶桑社新書)。』

日米が「乗り遅れた」AIIB発足6年目のお寒い現状

日米が「乗り遅れた」AIIB発足6年目のお寒い現状
https://shinjukuacc.com/20210904-01/

『配信日時:2021/09/04 05:00

「AIIB不参加」で日本企業はインフラビジネスで不利に…なったのでしょうか?

当ウェブサイトにおいて、「忘れたころにやって来る」話題のひとつが、例の「ドル覇権に挑戦する」、「日本をインフラビジネスから除け者にする」はずだった、「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の財務諸表分析です。AIIBがこのほど公表した2021年6月末時点の財務諸表(※未監査)などを手掛かりに、AIIBによる快進撃の現状と「バスに乗り遅れてインフラビジネスから除け者になっている日本の惨状」を簡単に取りまとめておきましょう。

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目次 [非表示]

1 AIIB、どうなった?
2 一見華々しいAIIBだが…
    2.1 AIIBにはG20の大部分が参加している
    2.2 まったく参加していないのは日本、米国、メキシコのみ
    2.3 AIIBバスは出発直後にエンジンストップ
    2.4 本業の融資はたった104.9億ドル
3 コロナ特需とAIIB
    3.1 融資実行額が「頭打ち」に?
    3.2 2020年の融資急増の正体は「コロナ特需」
    3.3 コロナ関連を除くと相変わらず…
    3.4 一帯一路と無関係
4 これでどうやって「ドル覇権に挑戦」するんでしょうか?

AIIB、どうなった?

当ウェブサイトで以前から「定点観測」しているデータがいくつかあるのですが、そのひとつが、中国が主導する国際開発銀行である「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の財務諸表です。

AIIBは四半期に1度、財務諸表を公表しており、現時点では2021年6月末までの決算(※未監査ベース)を手に入れることができます。

そのまえに、おさらいです。

そもそも「AIIB」とは、いったい何者でしょうか。

昨年の『「時流を読み誤りAIIBに乗り遅れた日本」の末路』などでも触れたとおり、AIIBは習近平(しゅう・きんぺい)中国国家主席の主導のもと、中国政府が事実上の後ろ盾となり、2015年12月に設立された国際開発銀行です。

このAIIBは当時、「鳴り物入り」で設立されました。そのAIIBが発足するより8ヵ月前、『ダイヤモンドオンライン』に2015年4月2日付で掲載された次の記事あたりを読んでいただければ、当時の「熱狂」が伝わって来るように思えます。

日本は中国に対する冷静さを欠き、AIIB加入問題で流れを読み間違えた

―――2015.4.2 0:00付 ダイヤモンドオンラインより

ただ、日本は米国と並び、結局、このAIIBには参加しませんでした。

これについて、上記記事と同じ人物が2017年2月2日付で、同じく『ダイヤモンドオンライン』に寄稿した次の記事では、「日本における中国嫌いが災いし、結局、日本はAIIBを巡る世界の潮流に乗り遅れた」、などと舌鋒鋭く批判されています。

中国嫌いが災い、AIIBを巡る世界の流れに日本は乗り遅れた

―――2017.2.2 5:00付 ダイヤモンドオンラインより

すなわち、世界中の多くの国が相次いでAIIBに参加を決めるなか、主要先進国(G7)では日本と米国だけがAIIBに参加せず取り残され、世界の潮流に乗り遅れた、というのが、この記事の主眼でしょう。
一見華々しいAIIBだが…
AIIBにはG20の大部分が参加している

そこで、本稿でもまずはファクトチェックから開始しましょう。

AIIBのウェブサイトにある加盟国一覧のページ “Members and Porspective Members of the Bank” を(2021年9月3日)時点で閲覧すると、現在、AIIBの加盟国は87ヵ国(うちリージョナルが46ヵ国、ノンリージョナルが41ヵ国)です。

AIIBの加盟国(2021年9月3日時点)

    リージョナル(アジア諸国)…46ヵ国
    ノンリージョナル(アジア以外)…41ヵ国
    合計…87ヵ国
    出資約束額…967.7億ドル

(【出所】著者調べ)

出資する87ヵ国について、出資約束額上位10位までを抜き出し、それぞれの出資割合と議決権割合を一覧にしたものが、次の図表1です。
図表1 AIIBの上位出資国一覧(上位10か国、2021年9月3日時点)
国 出資約束額 出資割合/議決権割合
1位:中国(R) 297.80億ドル 30.77%/26.56%
2位:インド(R) 83.67億ドル 8.65%/7.60%
3位:ロシア(R) 65.36億ドル 6.75%/5.98%
4位:ドイツ(N) 44.84億ドル 4.63%/4.16%
5位:韓国(R) 37.39億ドル 3.86%/3.50%
6位:豪州(R) 36.91億ドル 3.81%/3.46%
7位:フランス(N) 33.76億ドル 3.49%/3.18%
8位:インドネシア(R) 33.61億ドル 3.47%/3.17%
9位:英国(N) 30.55億ドル 3.16%/2.90%
10位:トルコ(R) 26.10億ドル 2.70%/2.50%
その他77ヵ国 277.71億ドル 28.70%/36.99%
合計 967.70億ドル 100.00%/100.00%

(【出所】AIIB “Members and Porspective Members of the Bank” をもとに著者作成。「R」はリージョナル、すなわちAIIBからアジア地域に属するとされている国、「N」はノンリージョナル、すなわちリージョナル以外の国)
まったく参加していないのは日本、米国、メキシコのみ

これによると、リージョナルでは中国が最大の出資国であり、議決権についても1ヵ国で拒否権(4分の1)を発動することができますが、ほかにインド、ロシア、韓国、豪州、インドネシア、トルコなど、地域のG20加盟国が名を連ねます(表には出てきませんが、サウジアラビアも出資金額で12位です)。

また、ノンリージョナルではドイツ、フランス、英国という、「G7」のメンバー国が3つも名を連ねているほか、ほかの2ヵ国も、イタリアが11位、カナダが19位にそれぞれ入っています。「G20」だとブラジルとアルゼンチンが(金額は少ないものの)いちおうメンバーに名を連ねています。

つまり、G7でAIIBに参加していないのは米国と日本の2ヵ国だけであり、G20だと南アフリカとメキシコくらいなものでしょう(※なお、南アフリカは参加をコミットしているため、事実上、G20のなかで「まったく参加していない国」は米国、日本、メキシコの3ヵ国のみです)。

その意味では、G7のなかでは日米両国を除くすべての国が、G20では日米墨3ヵ国を除くすべての国が、事実上、AIIBに参加していると考えて間違いないでしょう。

日本は、この「AIIB」というバスに、完全に乗り遅れたのです。
AIIBバスは出発直後にエンジンストップ

もっとも、そのAIIBというバスは、乗り遅れたものの、結論から言えば発車直後からつまづいているようです。

AIIBの2021年6月末時点における財務諸表(未監査ベース、英語)によると、AIIBの払込資本(Paid-in capital)は193億5200万ドル、つまり「出資約束額」の20%が、すでに加盟国からAIIBに対して払い込まれています。

これに加え、AIIBは2021年6月末時点で164億ドルほど、外部からおカネを借りていますので(※Borrowings勘定)、バランスシートの規模はだいたい370億8583万ドル、といったところです。

ところが、肝心の「本業の融資」と思しき項目の伸びが、完全に鈍化してしまっているのです。2021年6月末時点で、この金額は合計104.9億ドルに過ぎません。370億8583万ドルも総資産があるにもかかわらず、です。

(※この「本業の融資と思しき項目」、財務諸表ではそれぞれ “Loan investments, at amortized cost” と “Bond investments, at amortized cost” と表記されている項目であり、これらについては本稿でそれぞれ、「償却原価法が適用される貸出金」、「償却原価法が適用される債券」などと表記します。)

では、370億ドルを超える総資産のうち、104.9億ドルの貸出・債券以外の項目は、いったいどこに行ってしまったのでしょうか。

その答えはおそらく、「余資」(つまり、当面使う予定がなくて余っているおカネ)として、おそらくは株式だの、投資信託だの、仕組債だのといった「資産運用」に回されてしまっている、と考えて良いでしょう。

具体的には「現金・現金同等物」(Cash and cash equivalents)、「定期預金」(Term deposits)、「売買目的投資」(Investments at fair value through profit or loss)などの項目に、わりと巨額の資産が計上されているのです。香港の証券会社あたりの「良いカモ」になっているのでしょうか。
本業の融資はたった104.9億ドル

これをまとめたものが、図表2です。

図表2 AIIBの資産の状況
項目 2021年6月 2021年3月との比較
本業の融資と思しき金額(①+②) 104.9億ドル +5.6億ドル(+5.60%)
 うち償却原価法適用貸出(①) 99.7億ドル +5.6億ドル(+5.97%)
 うち償却原価法適用債券(②) 4.9億ドル ▲0.0億ドル(▲0.82%)
余資の運用と思しき金額(③+④+⑤) 258.1億ドル +10.3億ドル(+4.16%)
 うち現金・現金同等物(③) 29.4億ドル +0.5億ドル(+1.72%)
 うち定期預金(④) 143.1億ドル +6.9億ドル(+5.03%)
 うち売買目的投資(⑤) 85.6億ドル +3.0億ドル(+3.57%)
その他の資産 7.9億ドル ▲0.9億ドル(▲10.44%)
資産合計 370.9億ドル +15.0億ドル(+4.20%)

(【出所】AIIBの財務諸表より著者作成。ただし、監査済みとは限らない)

すなわち、AIIBは、本来ならば「アジアのインフラ金融」を担うことを期待されていたはずなのに、その「本業」に回されていると思しき金額は100億ドル少々に過ぎず、260億ドル近くが「余ったおカネの運用」として、定期預金だ、有価証券だ、といった資産に回ってしまっているのです。

香港あたりの証券会社の高笑いが聞こえてきそうですが、気のせいでしょうか?
コロナ特需とAIIB
融資実行額が「頭打ち」に?

さて、じつはこのAIIBの「融資実行額」(※正確には償却原価法適用貸出・債券の合計額)、昨年6月期までは本当に低迷していて、その金額はわずか40億ドル弱に過ぎなかったのですが、この1年で一気に65億ドル程度増えました。わずか1年で2倍になった計算です(図表3)。
図表3 AIIBの融資実行額

(【出所】AIIBの過去の財務諸表より著者作成。ただし、監査済とは限らない)

とくに、2020年9月期までの3ヵ月で融資は一気に2倍に増えました。

いったい、何が起こったのでしょうか。

時期でピンと来た人は鋭いと思います。

何のことはない、コロナ関連融資が急増しただけのことです。

ここで、AIIBの「プロジェクト一覧」のページ “Our Projects“ を検索すると、現在、AIIBが抱えている案件は合計で190件あり、このうち現時点で承認がなされたものは138件、まだ承認されていない者が52件です。そして、承認された案件を年別に集計したものが、図表4です。

図表4 年別プロジェクト承認件数と承認総額
年 承認件数 承認総額
2016 8件 16.9億ドル
2017 15件 25.0億ドル
2018 12件 33.0億ドル
2019 28件 45.5億ドル
2020 45件 99.8億ドル
2021 30件 54.9億ドル
合計 138件 275.2億ドル

(【出所】AIIBの「プロジェクト一覧」のページ “Our Projects“ の情報をもとに著者作成)

つまり、AIIBが事業を開始してからの約6年で、承認された総額は275.2億ドルです。1件あたりで単純平均すると、プロジェクト1件あたり1.8~2.2億ドル前後、といったところでしょうか。
2020年の融資急増の正体は「コロナ特需」

こうしたなか、先ほど図表2~3などで確認した、現時点における「融資実行額」は、100億ドル少々に過ぎませんでした。どうしてこんな差が生じるのかといえば、おそらく図表2~3は「現実に融資を実行した金額」、図表4は「プロジェクトに対して支出される合計額ないし上限額」だからでしょう。

そして、2020年だけで45件、金額にして99.8億ドルもの承認がなされているという点には注目の価値があります。

これについて、ふと思いついてプロジェクト名称に “COVID” という名称が出て来るものを「コロナ関連融資」とみなし、それ以外を「コロナ以外の一般案件」と仮定して、両者を振り分けてみると、これまた強烈な結果が出てきます。

AIIBのコロナ関連融資

    2020年…21件・62.1億ドル
    2021年…10件・19.5億ドル
    合計…31件・81.6億ドル

(【出所】著者調べ)

つまり、2020年に新たに承認された45件99.8億ドルのうち、コロナ関連が件数の半数近い21件、金額にして3分の2近い62.1億ドルを占めてしまっているのです。そして、「コロナ特需」が存在しているという点においては、2021年もそのとおりではありますが、その件数・金額は間違いなく減少しています。
コロナ関連を除くと相変わらず…

そういうわけで、先ほどの図表4から、案件名称に “COVID” の表現が含まれているものを除いたものが、次の図表5です。

図表5 年別プロジェクト承認件数と承認総額(コロナ関連を除く)

年 承認件数 承認金額
2016 8件 16.9億ドル
2017 15件 25.0億ドル
2018 12件 33.0億ドル
2019 28件 45.5億ドル
2020 24件 37.7億ドル
2021 20件 35.4億ドル
合計 107件 193.6億ドル

(【出所】AIIBの「プロジェクト一覧」のページ “Our Projects“ の情報をもとに著者作成)

何のことはない、コロナを除くと、むしろ2020年までのプロジェクト承認件数は40億ドル弱に過ぎない、ということです。

今年、すなわち2021年は、6月までで20件・35.4億ドルが承認されていますが、それにしても、AIIBの出資約束額(967.4億ドル)にはほど遠いのが実情です。少し意地悪ですが、財務諸表の融資実行額と出資約束額を同じグラフに並べておきましょう(図表6)。
図表6 AIIBの出資約束額と融資実行額の比較

(【出所】AIIBの過去の財務諸表等より著者作成。ただし、監査済とは限らない)

このペースでいくと、AIIBの融資実行額が出資総額を超えるのか、それともその前に中国共産党政権が倒れてしまうのか、いったいどっちが先なのか、よくわかりません。
一帯一路と無関係

さて、こうしたなかで、もうひとつ興味深いのが、その現時点で承認されている、または承認されようとしているプロジェクトの「中身」です。

冒頭で紹介した記事では、「日本がAIIBに参加しないことで、日本の経済界でもインフラビジネスにおいて不利になるかもしれないとの不安の声が上がっている」、といった記述もあるのですが、実態はこれとむしろ真逆であり、多くのプロジェクトが世界銀行やADBとの協調融資案件も見られます。

すなわち、実態は「AIIBだと単独で案件が取れないから、世銀やADBが案件の一部をAIIBに分け与えている」というものであり、AIIBが始動して以来の6年間で、冒頭の記事とは真逆の減少が生じてしまっている、というわけです。

これに加え、昨日の『「北京証券取引所」構想と久しぶりに目にした一帯一路』などでも指摘しましたが、AIIBと並んで習近平氏が掲げる世界戦略の代表例が一帯一路ですが、その一帯一路構想とAIIBが有機的に連携している形跡はありません。

それどころか、現実には、「シルクロード」どころか、たとえば「運輸」(transport)のジャンル(全部で37件)の例でみると、金額で4億ドルを超える案件が10件あるのですが、それらはこんな具合です。

    India: Delhi-Meerut Regional Rapid Transit System
    Bangladesh: Sylhet to Tamabil Road Upgrade Project
    India: Haryana Orbital Rail Corridor Project
    India: Chennai Metro Rail Phase 2 Project ? Balance Corridor 5
    India: Mumbai Metro Line 5
    India: Mumbai Urban Transport Project 3A-1
    India: Mumbai Urban Transport Project ? Phase III (MUTP)
    Russian Federation: Infrastructure Development Program (Previously: Russian Federation Transport Sector Investment Loan)
    India: Andhra Pradesh Rural Roads

すなわち、都市内の交通や鉄道の改修といった案件が多く、「一帯一路」の名物であるはずの「西安とロッテルダムを陸路で結ぶ」のに関連すると思しきプロジェクトというものが、とんと見当たりません。

いったいぜんたい、これはどうなっているのでしょうか。
これでどうやって「ドル覇権に挑戦」するんでしょうか?

AIIBのプロジェクト一覧を眺めていて不思議に感じるのは、これだけではありません。

リストアップされている190件のプロジェクトのうち、185件がドル建てであり、残り5件がユーロ建てですが、当初の構想にあったはずの「人民元建ての融資」案件はゼロ件です。現実に承認された138件に関していえば、どれも米ドル建てです。

つまり、「アメリカの金融覇権を揺るがす」はずのAIIBですが、融資案件は多くが世銀やADBからの「おこぼれ」であり、「一帯一路」に関連する融資もほとんどなく、融資はほとんどがドル建て…。

いったいこれでどうやって、「AIIBで米国の覇権を揺るがす」つもりでしょうか。

ちなみに1ドル=110円と換算して、現時点におけるAIIBの融資実行額は、だいたい1兆円を超えるかどうか、というレベルです。ただ、多くの方がピンと来ていないと思いますが、この金額は日本でいえば地銀下位行よりも少ないです。

たとえば、全銀協『全国銀行財務諸表分析』によれば、2021年3月末時点における銀行の総資産と貸出金は図表7のとおりです。

図表7 日本の銀行の総資産・貸出金(2021年3月決算、単体ベース)

銀行名称 総資産 貸出金

三菱UFJ銀行 260.0兆円 88.4兆円
三井住友銀行 215.8兆円 81.9兆円
みずほ銀行 198.9兆円 82.1兆円
農林中央金庫 105.2兆円 21.8兆円
三井住友信託銀行 60.1兆円 30.7兆円
りそな銀行 40.2兆円 21.2兆円
三菱UFJ信託銀行 31.9兆円 3.3兆円
福岡銀行 19.4兆円 11.3兆円
横浜銀行 19.3兆円 12.1兆円
埼玉りそな銀行 19.1兆円 8.2兆円
千葉銀行 17.8兆円 11.2兆円
静岡銀行 14.0兆円 9.3兆円
常陽銀行 14.0兆円 6.9兆円
京都銀行 12.3兆円 6.1兆円
八十二銀行 12.1兆円 5.6兆円

(【出所】全銀協『全国銀行財務諸表分析』)

これに対し、1ドル=110円と仮定してAIIBの総資産と融資(償却原価法適用貸出・債券)を円換算すると、総資産が4.1兆円、融資が1.2兆円であり、日本の地銀上位行に遠く及びません。

冒頭で紹介した、「日本がAIIBに参加しなかったことでインフラビジネスの分野で不利になる」という記事に対して抱く違和感の正体とは、結局、肝心のAIIBの「融資規模」に関する考察がスッポリと抜け落ちてしまっている点にあるのかもしれません。

たとえていえば、「1兆円の国債を一気に売れば日本国債市場が混乱し、日本国債が暴落する」という、どこかの小説家の方が執筆した小説(『「1兆円もの日本国債が市場にあふれるぞ!」(爆笑)』等参照)の紹介文を読んだ瞬間、コーヒーを吹き出してしまったようなものでしょうか。

大変に面黒いと思う次第です。

本文は以上です。』

AIIB、対日協力に意欲 気候変動対策を重視―筆頭副総裁インタビュー

AIIB、対日協力に意欲 気候変動対策を重視―筆頭副総裁インタビュー
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023042400770

『来日中のアジアインフラ投資銀行(AIIB)のルトガー・シュークネヒト筆頭副総裁(※ 副総裁は、4人いる)は24日、東京都内で時事通信のインタビューに応じ、「日本との協力は極めて重要だ」と述べ、関係強化に意欲を示した。中国主導のAIIBに米国と日本は加盟していないが、気候変動対策をはじめ、日本が関わるインフラ開発事業への協調融資などに期待を表明した。

アジアインフラ投資銀行(AIIB)

 シュークネヒト氏は「日本とは共通の利益が多い」と明言。「地政学を巡る困難な環境の中で『懸け橋』が必要だ」と、AIIBが果たす役割の大きさを強調した上で、「日本は国際開発金融機関の一員としてのAIIBの努力をサポートしてほしい」と訴えた。
 具体的な協力分野として、ラオスでの大規模風力発電所建設事業を挙げた。この事業には日米が主導するアジア開発銀行(ADB)や日本の国際協力機構(JICA)などとともに、AIIBも融資団に加わっている。

 AIIBは、2025年までに1年間に承認する投融資案件の半分を気候変動対策関連にする目標を掲げ、3年前倒しで達成したばかり。シュークネヒト氏は、環境分野の協力を「さらに強化していきたい」と話した。

 一方、16年のAIIBの業務開始時には、融資承認の透明性といったガバナンス(統治)の問題が懸念された。シュークネヒト氏は、世界銀行やADBと同等のESG(環境・社会・ガバナンス)基準を設け、200以上の投融資案件に取り組んだ実績を説明。協調融資が増えており、「他の機関もAIIBを信用している」と述べ、懸念は解消されているとの認識を示した。 』

インドのスマホ関税は不当 日本やEUの訴え認める―WTO

インドのスマホ関税は不当 日本やEUの訴え認める―WTO
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023041800174&g=int

『【ロンドン時事】世界貿易機関(WTO)の紛争処理小委員会(パネル)は17日、インドがスマートフォンなどへの関税をゼロにするとの約束を守らず、高い関税を課したのはWTO協定違反との判断を下し、是正を求めた。日本や欧州連合(EU)などの訴えを認めた。

英、EU離脱の成果誇示 TPP加入、経済効果に疑問も

 インドはWTO加盟国に対し、電子製品の関税をゼロにすると約束した。しかし、2014年以降、スマホや関連部品などに最大20%の関税を導入。日本政府が19年にWTOに提訴したほか、EUや台湾も同様の訴えを起こしていた。 』

中ロ、米に責任転嫁 北朝鮮「火星18」発射―国連安保理

中ロ、米に責任転嫁 北朝鮮「火星18」発射―国連安保理
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023041800238&g=int

『【ニューヨーク時事】国連安全保障理事会(15カ国)は17日、北朝鮮による13日の弾道ミサイル発射を受け、緊急の公開会合を開いた。核・ミサイル開発を加速させる北朝鮮に対し、各理事国から非難が相次いだが、中国とロシアは米国に責任があるとして北朝鮮を擁護。安保理として一致した見解を示せなかった。

北朝鮮、新型ICBM「火星18」試射 固体燃料式、ミサイル開発着々―韓国「完成までに時間」と分析

 北朝鮮のミサイル問題を協議する安保理緊急会合は、先月20日以来。北朝鮮は今回、短時間で奇襲的に発射できる固体燃料式の新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星18」を試験発射しており、会合では「北朝鮮の弾道ミサイル能力の大幅な向上を意味する」(英国)などと強い懸念が示された。 』

ユーラシア開発銀行

ユーラシア開発銀行
https://hmn.wiki/ja/Eurasian_Development_Bank

『ユーラシア開発銀行(EDB )は、 2006年にロシア連邦とカザフスタン共和国によって設立された地域開発銀行です。アジアとヨーロッパの両方に6つの加盟国があり、主にアルメニアを含むソビエト連邦の旧領土にあります。ベラルーシ、キルギスタン、タジキスタン。他の州や国際機関は、銀行の設立契約にサインアップすることでメンバーになることができます。

EDBは、ロシアとカザフスタンの大統領の主導で設立され、2006年1月12日に国際協定に署名することで正式になりました。[引用が必要] 銀行は、協定を批准する法律が施行された2006年6月に営業を開始しました。アルメニアとタジキスタンは2009年に、ベラルーシは2010年に、キルギスタンは2011年に参加しました。[要出典]

銀行の使命は、投資活動を通じて、市場経済の発展、経済成長、加盟国における貿易およびその他の経済関係の拡大を促進することです。

銀行のチャーター資本は合計70億ドルで、これには15億ドルの払込資本と55億ドルの請求可能資本が含まれます。加盟国は銀行の資本に次の株式を保有しています:ロシア連邦65.97%、カザフスタン共和国32.99%、ベラルーシ共和国0.99%、タジキスタン共和国0.03%、アルメニア0.01%、キルギス共和国0.01%。[要出典]

EDBは、サンクトペテルブルクに支社を置き、アスタナ、ビシュケク、ドゥシャンベ、エレバン、ミンスク、モスクワに駐在員事務所を置いています。[要出典]

銀行は国際機関の地位を持っています。2013年1月、経済協力開発機構は、リスク分類3およびバイヤーリスク分類SOV / CC0の多国間金融機関として認定しました。[要出典] 』

ユーラシア開発銀行、SWIFT非経由となるクリアリング業務を開始
https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/04/ada7c5c2981b1e6f.html

『(※ 2019/04/23配信の記事、のようだ…。)

ユーラシア経済連合(EEU)加盟国などが参加する国際金融機関「ユーラシア開発銀行(EABR)」は4月19日、同行によるクリアリング(注1)業務を開始したと発表した。

同行のプレスリリースによると、決済は各中央銀行に直接開設された同行の(対応する通貨の)コルレス口座を経由して行われる。送金は加盟国の決済システムによって直接行われ、現在世界で最も広く利用されているSWIFT(スイフト:国際銀行間通信協会)を経由しない。EABRは、SWIFTを経由しないことで利用者は費用と時間を節約でき、有利なレートを適用できると説明している。同行は加盟国経済の統合効果を創出、もしくは効果が高い案件(事業)について積極的に法人との協力を進め、法人取引、両替取引、預金などの分野に広げていくとしている。

ロシア政府にとって、SWIFTを経由しない国際決済システムの導入は、欧米による金融制裁の影響を低減する政策の1つ。他国と同様、ロシアの金融機関はSWIFTを通じて世界の金融機関と決済業務を行っているため、仮にSWIFTの利用に制限が課せられた場合に、ロシア経済への影響が不可避なためだ(注2)。

ロシア政府は、EEU(2018年11月28日記事参照)、CIS(2018年10月2日記事参照)の枠組みで、金融分野での協力を進めている。今後、その他の、欧米諸国が参加しない枠組みである上海協力機構(2018年10月15日記事参照)や、BRICS銀行との協力(2018年7月27日記事参照)などを通じて中国、インドやイラン(2018年4月26日記事参照)といった経済規模の大きな国との非SWIFT経由決済の促進を進めるとみられる。

EABRは、2006年にロシアとカザフスタンの出資で設立。現在の加盟国はEEU加盟国(両国とベラルーシ、キルギス、アルメニア)にタジキスタンを加えた6カ国。主たる業務は、加盟国経済の統合に向けた事業ファイナンス、新しい金融商品の導入、工業分野での事業支援、官民連携事業の推進、ファンディング支援など。本部はカザフスタンのアルマトイに所在している。

(注1)銀行間決済のための事前準備(受払差額の計算など)のこと。「清算」とも呼ばれる。

(注2)クレジットカード決済分野での、欧米への依存度低減に向けた取り組みについては2019年4月23日記事参照。

(高橋淳)

(ロシア、米国、EU)

ビジネス短信 ada7c5c2981b1e6f 』

シルアノフ露財務大臣がEDBロシア代表の職を解かれた

シルアノフ露財務大臣がEDBロシア代表の職を解かれた | 《櫻井ジャーナル》 – 楽天ブログ
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202304160000/

『ロシアの経済活動はSCO(上海協力機構/上海合作組織)やBRICSを中心に展開されているが、そのほかEurAsES(ユーラシア経済共同体)もある。EurAsESの域内で行われるエネルギー開発などの投資プロジェクトへ融資するため、EDB(ユーラシア開発銀行)が2006年に創設された。

 この銀行のメンバー国はロシアのほか、カザフスタン、ベラルーシ、タジキスタン、キルギスタン、アルメニア。EDBの経営主体である理事会の理事長を務めていたのはロシアのアントン・シルアノフ財務大臣だが、4月15日に彼はEDBロシア代表の職を解かれたのだが、これはロシアのアメリカ離れが次のステージへ移動しはじめたことを示しているのかもしれない。

 シルアノフの解任は国際情勢、つまりアメリカを中心とする一極集中勢力とロシアや中国を中心とする多極化勢力の対立激化が影響しているからだという。

 シルアノフはドミトリー・メドベージェフやエリヴィラ・ナビウリナ中央銀行総裁と同じように、米英金融資本と結びついていると見られてきた。メドベージェフは西側の勢力から離れ始めているとも言われているが、ロシアの金融経済を担当しているシルアノフとナビウリナは今でも西側の「第五列」と見なされている。

 1991年12月のソ連消滅で中心的な役割を果たし、ソ連消滅後に議会を戦車に砲撃させて実権を握ったボリス・エリツィンの周辺には米英金融資本に操られていた腐敗勢力が存在していた。

 クレムリンに巣食う腐敗勢力の中心にいたのはエリツィンの娘であるタチアナ。アルコールに溺れた生活を送り、心臓病を抱えていた父親に代わり、政府を動かしていた。ボリスは1996年にタチアナを個人的な顧問に据えている。

 2000年にプーチンから解雇された彼女はその翌年、エリツィンの側近で広報担当だったバレンチン・ユマシェフと結婚している。ユマシェフの娘であるポリナ・ユマシェバと結婚したオレグ・デリパスカはロシアのアルミニウム産業に君臨するイスラエル系オリガルヒで、ナット・ロスチャイルドから「アドバス」を受ける一方、ロスチャイルド系の情報会社ディリジェンスの助けで世界銀行から融資を受け、政治面でも西側との関係を強めていたものの、プーチンとの対決は避けた。

 エリツィン時代のロシアで経済政策を動かしていたアナトリー・チュバイスはタチアナの利権仲間で、HIID(国際開発ハーバード研究所)と連携、この研究所はCIAの工作資金を流していたUSAIDからカネを得ていた。エリツィンは1992年11月、チュバイスを経済政策の中心に据えている。(Natylie Baldwin & Kermit Heartsong, “Ukraine,” Next Revelation Press, 2015)

 昨年2月、ロシアがウクライナに対してミサイル攻撃を始めると、​ウラジミル・プーチン露大統領の無給顧問を務めていたユマシェフは辞任​し、気候問題特使を務めていたチュバイスが辞任して国外へ脱出した。

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最終更新日 2023.04.16 13:20:33 』

中国、コロナ起源巡りWHO批判 「武漢に注目するな」

中国、コロナ起源巡りWHO批判 「武漢に注目するな」
https://www.47news.jp/world/9170945.html

『【北京共同】中国疾病予防コントロールセンターの沈洪兵主任は8日に記者会見を開き、新型コロナウイルスの起源解明に関して世界保健機関(WHO)が中国による情報提供不足を指摘したことについて「起源調査の政治化だ。中国の科学界は容認しない」と反発した。同センターの周蕾研究員も「(起源解明で)武漢に注目し続けるべきではない」と強調した。

 沈氏は「中国は把握している関連資料を全て提供してきた。いかなる症例、サンプル、検査、分析結果も隠していない」と主張した。WHOの国際調査団が湖北省武漢を訪問した際の中国側担当者だった周氏は、起源の可能性がある他国にも調査を広げるべきだと主張した。』

中国、コロナ発生源調査の情報隠蔽を否定 WHOに反論

中国、コロナ発生源調査の情報隠蔽を否定 WHOに反論
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM082UM0Y3A400C2000000/

『【大連=渡辺伸】中国衛生当局の幹部らは8日の記者会見で、新型コロナウイルスの発生源を巡る調査について「中国は把握している関連資料を全て世界保健機関(WHO)側に提供してきた。症例やサンプル、分析結果を隠していない」と従来の主張を繰り返した。

WHOのテドロス事務局長は6日の記者会見で「中国が持つ情報に完全にアクセスできない限り(発生源を巡る)全ての仮説は棚上げされる」と述べ、中国に情報開示を要求した。中国側はこれに反論した形だ。

中国政府とWHOは2021年1〜2月、最初に新型コロナが広がった湖北省武漢市で発生源を共同で調査し、同年3月に調査結果を公表した。衛生当局の専門家は8日の会見でこの調査結果を引用し「動物から中間宿主を経由した感染などの可能性が高い」と主張。中国科学院武漢ウイルス研究所からの流出説を否定した。

中国衛生当局の専門家らは5日、武漢の華南海鮮卸売市場で20年の感染初旬に採取していた検体の分析結果を英科学誌ネイチャーに発表した。タヌキなど宿主となり得る動物がいたことを確認したが「これらの動物が感染していたと証明できない」と説明。発生源は特定できなかった。』

パキスタン、IMFと11億ドル融資実行条件で合意

パキスタン、IMFと11億ドル融資実行条件で合意
https://jp.reuters.com/article/pakistan-crisis-imf-idJPKBN2UK0BW

『2023年2月10日3:14 午後2ヶ月前更新

写真は支援物資の小麦粉を買うため、トラックに手を伸ばす人々。1月、カラチで撮影(2023年 ロイター/Akhtar Soomro)

[カラチ 10日 ロイター] – パキスタンのダール財務相は10日、国際通貨基金(IMF)の支援融資11億ドルの実行条件についてIMF側と合意したと述べた。

11億ドルの支援融資は2019年に合意した65億ドルの救済パッケージの一部。当初は昨年12月に実行される予定だったが実施されていない。ダール財務相は手続き上の問題で遅れていると記者団に説明した。

融資実行を巡りパキスタンで10日にわたり交渉していたIMF代表団の代表は、協議は継続中だと確認した上で、すでにかなりの進展があったと説明した。

パキスタンは、IMF支援の条件のうち、通貨の変動相場制への回帰や燃料価格引き上げは実施済み。

他の措置に関する質問に、ダール財務相は、燃料価格の引き上げは段階的に実施し、石油製品に売上税は課さない方針だと述べた。政府はIMFが勧告したエネルギーセクター改革について協議するという。』

IMF、ウクライナに2兆円支援決定 ロイター報道

IMF、ウクライナに2兆円支援決定 ロイター報道
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR31DOW0R30C23A3000000/

『【パリ=北松円香】国際通貨基金(IMF)はウクライナに対して4年間にわたり計156億ドル(約2兆円)の資金支援を実施する。ロイター通信が3月31日に報じた。同日にIMFの理事会が支援案を了承したという。ロシアによる侵攻開始以来、ウクライナへの資金支援として最大規模となる。

今回の…

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『今回の決定は3月下旬のIMFとウクライナ間の事務レベルでの合意に基づく内容だ。ロシアによる侵攻が終結した後に、欧州連合(EU)加盟を視野にいれた経済成長を下支えすることを目的としている。IMFからの資金支援を踏まえ、世界銀行など他の国際機関からの調達や寄付が活発化する可能性がある。』

世銀トップ、バンガ氏選出へ 米国指名のインド系―立候補締め切り

世銀トップ、バンガ氏選出へ 米国指名のインド系―立候補締め切り
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023033100313&g=int

『【ワシントン時事】世界銀行の次期総裁に米クレジットカード大手マスターカードのアジェイ・バンガ前会長が選出される見通しとなった。世銀理事会が30日、任期前倒しで辞任する現総裁のマルパス氏の後任の立候補者が、29日の応募締め切り時点でバンガ氏だけだったことを確認した。5月上旬までに正式決定する。

G20、世銀改革に本腰 途上国支援の役割強化―米、主導権狙う

 バイデン米大統領の指名を受けたバンガ氏はインド出身で、マスターカードの社長兼最高経営責任者(CEO)を10年以上にわたって務めるなど、ビジネス経験が豊富だ。世銀トップは1945年の設立から最大出資国である米国が推薦する候補が選ばれてきた。任期は5年。』

米、国際機関での中国の影響力に懸命に対応=イエレン財務長官

米、国際機関での中国の影響力に懸命に対応=イエレン財務長官
https://www.epochtimes.jp/2023/03/143618.html

『[ワシントン 29日 ロイター] – イエレン米財務長官は29日、米国は国際機関や発展途上国への融資における中国の影響力に対抗するために懸命に取り組んでいると述べた。

イエレン氏は下院歳出委員会の小委員会で、中国が世界で行っている一部の活動、特に発展途上国に対する融資に懸念を持っているとし、「負債を増大させ、経済発展を促進しない形で(中国が)関与していることを極めて強く懸念している」と述べた。』

(※ 無料は、ここまで。)

アルメニア、ICC加盟の動き プーチン氏逮捕も、ロシアはけん制

アルメニア、ICC加盟の動き プーチン氏逮捕も、ロシアはけん制
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023032800660&g=int

『「親ロシア」で知られた旧ソ連構成国アルメニアが、国際刑事裁判所(ICC)加盟に動いている。ICCはウクライナ侵攻を続けるロシアのプーチン大統領に対し、戦争犯罪の疑いで逮捕状を発付したばかり。加盟すれば理論上、プーチン氏が入国した場合にアルメニアが逮捕できるため、ロシア外務省は加盟を「断固容認できない」とけん制している。

プーチン氏訪問なら「逮捕」 対ロ融和の中立国オーストリア

 アルメニアは、駐留ロシア軍の基地があるほか、ロシア主導の集団安全保障条約機構(CSTO)にも加入。一方、ICC加盟に向け設立条約に署名したものの、批准を棚上げしていた。
 ところが、昨年12月に批准法案をまとめ、ICC入りへかじを切った。係争地ナゴルノカラバフを巡って対立するアゼルバイジャンの「戦争犯罪」を国際社会で主張するのが狙いだ。
 プーチン氏の逮捕状が出た後も、加盟方針に変化はない。憲法裁判所は今月24日、「憲法に矛盾しない」との判断を下し、批准の準備は整った。ロシアに配慮するかは不透明なままだ。
 背景にはロシアに対する複雑な感情がある。アゼルバイジャンはトルコが後ろ盾で、アルメニアはロシアが頼みの綱だ。だが、2020年に紛争が再燃した際、ロシアもCSTOも介入できずアルメニアは事実上敗北。プーチン政権の助けが必要な状況に変わりはないが、不満が募っている。
 アルメニアのパシニャン首相は昨年11月、首都エレバンで開いたCSTO首脳会議で、プーチン氏を前に軍事同盟の「機能不全」を批判した。自国で今年予定したCSTOの軍事演習も、年明け早々に中止を表明。ナゴルノカラバフに駐留する平和維持部隊への不満から、ロシア軍基地周辺では抗議デモも起きた。
 アルメニアがICCに加盟すれば、独立国家共同体(CIS)ではタジキスタンに次いで2カ国目。プーチン氏は西側諸国はおろか、ロシアの勢力圏内も自由に外遊できなくなる。
 ただ、プーチン氏が逮捕を恐れてアルメニアを訪問できなくなれば、パシニャン氏が訪ロする機会も減ることになり、デメリットは大きい。タス通信によると、ロシア外務省は27日、ICC加盟は2国間関係に「極めて深刻な結果」をもたらすとアルメニアに警告した。』