1平方メートルに最大12人集中 捜査本部が雑踏事故分析―韓国

1平方メートルに最大12人集中 捜査本部が雑踏事故分析―韓国
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023011300582&g=int

『【ソウル時事】ソウルの繁華街、梨泰院で日本人2人を含む159人が死亡した雑踏事故を巡り、韓国警察庁の特別捜査本部は13日、事故原因の分析結果を公表した。ハロウィーンを前にした人出で、現場近くの狭い路地には一時、1平方メートル当たり最大12人超が密集していたことが判明。捜査本部は予防措置を取らなかったために起きた「人災」と結論付け、大規模な捜査を終え、解散する。

〔写真特集〕ソウル・梨泰院で雑踏事故

 捜査本部によると、過密状態により、亡くなった人は1人当たり約220~560キロの強い圧力を受けたと推定される。体重が50キロの人を想定すると、1人に最大11人分の重さが掛かった計算になる。国立科学捜査研究院や専門家が、周辺の防犯カメラから当時の人数を把握し、シミュレーションから結果を導き出した。死因は圧迫による窒息死や低酸素症などだった。

 事故は昨年10月29日に起きた。捜査本部は、急坂の路地で、発生地点の幅が3.1メートルと狭くなっていたことが危険性を高めたと分析。群衆密度が次第に高まり、事故発生の1時間ほど前から、過密状態で人が自分の意志で身動きを取れなくなる「群衆の流体化」現象が顕著になっていったという。』

国内線全便が一時運航停止 米

国内線全便が一時運航停止 米、管制システムに不具合
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023011101146&g=int

『【ワシントン時事】米連邦航空局(FAA)は11日、国内線の出発便全便を一時的に運航停止するよう命じた。FAAの管制システムに障害が発生したのが原因。その後にシステムが復旧し、運航は再開されたが、米国の「空の旅」は大混乱に陥った。

 FAAによると、飛行ルート上に潜む危険をパイロットに通知するシステムの不具合が全国規模で発生。米東部時間午前9時(日本時間午後11時)ごろから順次再開した。

 ジャンピエール米大統領報道官は「現時点でサイバー攻撃の証拠はない」と述べた。バイデン大統領は記者団に、ブティジェッジ運輸長官に原因を究明するよう指示したと明らかにした。 』

タイ軍艦沈没、31人不明 高波が原因、捜索難航

タイ軍艦沈没、31人不明 高波が原因、捜索難航
https://www.47news.jp/world/8711914.html

『2022年12月19日 共同通信

 【バンコク共同】タイ海軍は19日、中部プラチュアップキリカン県沖のタイ湾で軍艦が沈没し、乗員31人が行方不明になっていると明らかにした。これまでに75人を救助し、行方不明者の捜索を続けているが、しけで難航しているという。

 海軍によると、コルベット艦「スコタイ」が18日深夜、強風と高波により電気系統が故障し、船内に浸水して沈没した。プラチュアップキリカン県から20カイリ(約37キロ)沖をパトロール中だった。』

インドネシア地震の死者268人に、子ども多数犠牲 捜索難航

インドネシア地震の死者268人に、子ども多数犠牲 捜索難航
https://www.epochtimes.jp/2022/11/125771.html

『[チアンジュール(インドネシア) 22日 ロイター] – インドネシア西ジャワ州のチアンジュール付近で21日発生した地震の死者は少なくとも268人となった。子どもが多数を占めるという。

犠牲者には校舎が崩壊して下敷きになった多くの子どもが含まれているとみられている。
チアンジュールは大きな被害を受け、少なくともひとつの村が地滑りで埋没した。

当局によると、1000人以上が負傷。5万8000人が避難を強いられた。住宅2万2000戸が損壊した。

行方不明者は151人。土砂崩れなどで捜索は難航している。』

インドネシア地震、救助本格化 M5.6、死者数錯綜

インドネシア地震、救助本格化 M5.6、死者数錯綜
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022112100899&g=int

『【ジャカルタ時事】インドネシア西ジャワ州のチアンジュール県付近で21日に発生したマグニチュード(M)5.6の地震で、当局は22日、救助活動を本格化させた。西ジャワ州の知事は地震により162人が死亡したと明らかにしたが、国家災害対策庁は死者は62人としており、情報が錯綜(さくそう)している。

〔写真特集〕インドネシア・スラウェシ島で大地震

 地元メディアによると、死者のうち40人が子供だという。国家災害対策庁は、けが人は約700人に上ると発表した。同庁などによると、2700戸以上の家屋や、教育施設を含む複数の建物が被害を受けた。倒壊した建物の下で救助を待っている人がおり、約5400人が避難している。

 地震は21日午後1時20分(日本時間同3時20分)ごろに起きた。インドネシア気象気候地球物理学庁によると、震源は首都ジャカルタの南東約100キロの地点にあるチアンジュール県内で、震源の深さは約10キロ。津波は確認されなかった。インドネシアでは被害はなかったものの、18日夜にスマトラ島南西沖を震源とするM6.9の地震があったばかり』

ノルドストリーム損傷は破壊工作 スウェーデン検察確認

ノルドストリーム損傷は破壊工作 スウェーデン検察確認
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR18DWL0Y2A111C2000000/

『【ベルリン=南毅郎】ロシアとドイツを結ぶ天然ガスの海底パイプライン「ノルドストリーム」で損傷が生じた問題をめぐり、スウェーデンの検察当局は18日、爆破による破壊工作の痕跡を確認したと明らかにした。ロイター通信が伝えた。ロシアの関与が疑われるなか、実行犯の特定につながるかどうかが焦点になる。

問題となったのは、バルト海を通るノルドストリームとノルドストリーム2。9月下旬にガス管で計4カ所の破損が見つかり、管内に残っていたガスが海面に漏れ出た。現場はいずれもデンマークとスウェーデンの排他的経済水域(EEZ)とされており、両国に加えてドイツ当局も調査に乗り出していた。

スウェーデンの検察当局によると、パイプラインの損傷現場で爆発物の痕跡を発見したという。具体的な爆発物の中身は明らかになっていない。検察当局は「重大な妨害工作」と判断し、他国とも連携しながら実行犯の特定へ捜査を進める方針だ。

北大西洋条約機構(NATO)は9月の声明で「入手可能なすべての情報は故意かつ無謀、無責任な妨害行為の結果だと示している」との見解を示していた。ロシア側は関与を否定しており、英軍関係者が計画と実行に関与したテロ行為だと一方的に主張するなど反発を繰り返してきた。

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ニューズレター https://regist.nikkei.com/ds/setup/briefing.do?n_cid=DSREA_newslettertop 』

https://nkis.nikkei.com/pub_click/174/hlBO_ziHHa92t7F4twELnrGgIe2sos6JBuGW4zUMGqzZ3VEYU6_1YCpBCg4oTrRkH1xFzWyeLLoua4LIq94jY3hthdNGqvhRDslfdBB33x-j9bQtGAvn_27DKxtiwQ0WOZ_XK2L_89394CmF_yDnpALiPV2o4FrZn4ku8pEHIKyvdljBsIImXKsA21iFl7fU2q1MGDh2GcVhTKoGpdinR1rxf_aBJUkB4uemr_kQ0yt1zvUEgsmqXl7P4_tRhCu6TeSHI_PejjeQxYnTcj326CYMlLfy2EP887ThLgBOXD-thWMkAf_3gwAjlpa8Jk3pbLVYvV-59l6BpdYM2aOaopAl1Y_5Md1KekRv2n9PZVDnJV2SPimN7HYKLoUL9AYvg–C61qCLjYI8rqvBTrHSP8m0eB6FoQtw-tVWIeNABVCDhBI7b-n8EAHDnN-pxVPCW-bq8th1SOYPcoFXpUBF6JcMEapqZH_HHZ-ObZ9zw//113417/151712/https://www.nikkei.com/promotion/campaign/line_friend/?n_cid=DSPRM1DP01_2022lineb

マレーシア航空17便撃墜事件

マレーシア航空17便撃墜事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%A2%E8%88%AA%E7%A9%BA17%E4%BE%BF%E6%92%83%E5%A2%9C%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 ※ 下記にある通り、リンクを貼ったが、「再生できません。」になっている…。

『マレーシア航空17便撃墜事件(マレーシアこうくう17びんげきついじけん)は、2014年7月17日にマレーシア航空の定期旅客便がウクライナ東部上空を飛行中に撃墜され、乗客283人と乗組員15人の全員が死亡した事件である[3][4]。

アムステルダムからクアラルンプールへと向かっていたボーイング777-200ERは、ウクライナ?ロシア間の国境から約50km離れたところで消息を絶ち、同航空機の残骸が国境からウクライナ側へ40kmのドネツィク州グラボベ近郊に落下した[5]。2014年3月8日のマレーシア航空370便墜落事故に続いて、マレーシア航空で2度目の航空機損失事案となった[6]。

この撃墜事件は、ドンバス戦争において親ロシアの反政府勢力が支配下としていた地域で発生した[7]。当該航空機との通信が途絶えてから約1時間後、ドンバス地域で分離主義勢力を率いていたイーゴリ・ギルキンは自身のVKontakteアカウントにおいて、人民兵からの報告としてウクライナ軍のAn-26輸送機が撃墜されたと主張した[8][9]。グラボベ近郊に落ちたその残骸が民間旅客機だと明らかになるや、ギルキンはこの主張を撤回し、航空機撃墜への関与を否定した[10][11][12]。

親ロシアの反政府勢力に支配されていた地域(ピンク色で図示)で途絶える推定飛行ルート。ニューヨークタイムズ紙作成[13][注釈 2]

犠牲者の多くがオランダ人であったことから、事故調査はオランダ安全委員会(オランダ語版、英語版)(DSB)とオランダ主導の国際合同捜査チーム(英語版)(JIT)によって行われた。2015年10月の最終事故調査報告書では、東部ウクライナの親ロシア分離主義に支配された地域から発射された地対空ミサイル「ブーク」による撃墜と結論付けられた[2][15]。JITによると、使用されたブークは元々ロシア連邦の第53対空ミサイル旅団にあったもので[16][17][18]、撃墜当日にロシアから輸送され、反政府勢力の支配地域である場所から発射され、その後ロシアへと戻された[17][19][20]。

DSBとJITによる調査結果は、アメリカ合衆国やドイツの諜報機関が主張していた内容[21][22]およびウクライナ政府の主張と合致するものだった[23]。JITの結論に基づき、オランダ政府とオーストラリア政府はブークの設置配備に関してロシアに責任があるとして、2018年5月以降これを追及する法的手段を模索した[24]。2019年6月19日、JITは、イーゴリ・ギルキン(ロシア連邦保安局元大佐)、セルゲイ・ドゥビンスキー(Сергей Дубинский、ロシア参謀本部情報総局職員)、オレグ・プラトフ(Олег Пулатов、ロシア参謀本部情報総局特別部隊元兵士)、レオニド・ハルチェンコ(Леонид Харченко、ウクライナ人、反政府戦闘部隊指揮官)らを殺人罪で起訴すると発表した[25][26]。

ロシア政府は航空機撃墜への関与を否定した[18][27][28][29]。Bellingcatはロシアが航空機が撃墜された方法の説明をその時々で変えていたと主張している[30]。ロシアメディアの報道も他国の報道とは異なるものだった[31][32]。ロシアとしては、戦争空域において民間機の飛行を許可したウクライナ政府の落ち度である、との見解である[33]。

2019年6月20日、マレーシアのマハティール・モハマド首相はギルキンらの起訴の報を受け、JITの結論を「ばかげている」と非難し、「この件は最初から、いかにロシアの犯行として非難するかという政治問題になった」との考えを表明した。さらに「今のところ証拠はなく、伝聞情報しかない」とし、ロシア側の関与を示す証拠を求めた。ただしマレーシアはJITに参加しており、同国外務省は捜査結果を支持する声明を出した[34][35]。

機体

共同運航合意を通じてKLMオランダ航空のKL4103便としても市場に出ていた[36]MH17便は、ボーイング777-2H6ER[注釈 3](シリアル番号28411、機体記号9M-MRD)で運用されていた[2]:30。84番目に製造されたボーイング777で、事故のちょうど17年前となる1997年7月17日に初飛行し、同年7月29日にマレーシア航空へと新規納入された[37]。2つのロールス・ロイス製トレント892エンジンを動力に、280席(ビジネス33席とエコノミー247席)を運ぶこの航空機は、墜落前に76,300時間以上の飛行を記録していた[2]:30。航空機は出発時に安全飛行できる (Airworthy)[注釈 4] 状態だった[2]:31。

1995年6月に商業運行を始めたボーイング777は2014年3月時点で1,200機以上が運用されていた[39]。専門家によれば、同機種は民間航空機の中で最も優秀な安全記録を持っており、本事件発生時点の重大事故としては2008年のブリティッシュ・エアウェイズ38便事故、2013年のアシアナ航空214便着陸失敗事故、そして2014年3月のマレーシア航空370便墜落事故が知られているのみであった[39]。

乗客・乗員

国籍別の搭乗者[2]:27 国籍 人数

オーストラリア 27
ベルギー 4
カナダ[注釈 5] 1
ドイツ[注釈 6] 4
インドネシア 12
マレーシア[注釈 7] 43
オランダ[注釈 8] 193
ニュージーランド 1
フィリピン 3
イギリス[注釈 9] 10
合計 298

本事件では乗客283名と乗務員15名の全員が死亡し[42][2]:27、旅客機撃墜事件として最多の死者を出した事件となった[43]。7月19日までに、航空会社は298人の乗客と乗務員全員の国籍を断定した[6]。

乗客の3分の2以上(68%)はオランダ人だった。他の大部分の乗客はマレーシア人とオーストラリア人で、それ以外に7カ国の市民がいた[2]:27。

乗客の中には、メルボルンでの第20回国際エイズ会議に向かう代表団がおり、そこには国際エイズ学会(英語版)の元会長で会議を組織したユップ・ランゲも含まれていた[44][45]。初期報道の多くが会議代表団約100名が搭乗していたと誤って伝えていたものの、これは後に6人に修正された[46]。このほか、オランダの上院議員ウィレム・ウィッテフェーン(オランダ語版)、オーストラリアの作家リアム・デイヴィソン(英語版)、マレーシアの女優シュバ・ジェイ(英語版)も搭乗していた[47][48]。

家族グループが20組以上、12歳未満の子どもが少なくとも20名、未成年が80名いた[49][50]。

乗務員は全員マレーシア人で、機長ワン・アムラン・ワン・フッシン(Wan Amran Wan Hussin)と朱仁隆(Eugene Choo Jin Leong)、一等航空士アフマド・ハキミ・ハナピ(Ahmad Hakimi Hanapi)とムフド・フィルダス・アブドゥル・ラヒム(Muhamad Firdaus Abdul Rahim)らを含め15名全員が犠牲となった[51]。

背景

「ドンバス戦争」および「2014年ウクライナでの親ロシア派騒乱」も参照

2014年3月初旬に始まったウクライナ東部の武力紛争の影響で、安全上の懸念から、商用航空機はウクライナ東部領域の通過を避けるようになっていた[52][53]。撃墜事件に先立って、ウクライナ東部の反政府勢力が地対空ミサイル「ブーク(Бук)」を保有しているとの報道がメディアに出回っていた[54][55][56]。こうした防空システムは、民間航空機を確実に識別できるわけではなく、回避することもできない[57][58]。事件後のウクライナ保安庁の声明によると、本件航空機が撃墜された時点でブークミサイルシステム3基が反政府勢力の支配するウクライナ領土に置かれており、撃墜した夜のうちに、ブーク3基が指令車両と共にロシアに移された[59][60][61][62]

事件の数カ月前よりウクライナ空軍の航空機も攻撃を受けていた。事件の3日前にはAn-26が撃墜され[2]:183、事件前日にはSu-25が不時着を強いられた[63]。7月17日の事件当日には、AP通信の報道記者がドネツィク州のスニジネ(墜落現場の南東16km)でブークの発射台や戦車を目撃していた[64]。ブークが町に運び込まれるのを見た記者らに対して、見慣れない軍服を着用したロシア語訛りの言葉を話す男が撮影していないことを確認しに来たという[65]。この事件に前後して、今回の墜落現場に程近いサヴールモヒラで行われた戦闘(ウクライナ語版)では、分離主義者が洗練された対空兵器を配備しウクライナ軍のジェット機を複数撃墜していたことから、これらの対空兵器がマレーシア航空17便を撃墜したのではないかとも示唆された[66]。

国際民間航空機関は4月に、民間機がウクライナ南東部上空を通るのは危険だと各国政府に警告していた[2]:217。ただし、この警告にはマレーシア17便が墜落した地域が含まれていなかった[67][68]。ロシアの航空当局は、事件当日00:00に「ウクライナでの武力紛争」を理由として、民間旅客機による53,000フィート(16,000メートル)以下での飛行を禁じた[2]。長距離便の飛行高度は一般に高度10,000?13,000メートル辺りであり[69]、ロシア当局が高度16,000メートルまでの広い範囲での禁止を設けた理由は最終報告においても不明とされている[2]:180。

ドネツィク上空を管理するウクライナ当局は高度9,800m以下の飛行に制限を設けていたが、民間旅客機に対する完全な空域封鎖は検討していなかった[2]:10[70][71]。他の国々と同様、ウクライナは自国領土を通過する民間航空機の上空通過料(overflight fee)を受け取っており、これが要因となって紛争地域を通過する民間空輸経路を封鎖しなかった可能性が指摘された[72][73]。

航路と撃墜

スキポール空港から墜落地点までの当日の航路

規制空域を含むマレーシア航空17便 (MH17) とシンガポール航空351便 (SQ351) の航路

2014年7月17日、マレーシア航空17便 (MH17) はアムステルダム・スキポール空港のG3ゲートをCEST12:13に出発し、現地時間12:31に離陸した[2]:23。予定では約11時間45分のフライトを経てクアラルンプール国際空港に7月18日MYT06:10に到着する予定だった[74]。

当初の飛行計画によると、MH17便は高度33,000ft (10,060m) でウクライナ上空を飛行し、ウクライナのドニプロペトロウシク州辺りで35,000ft (10,670m) に高度を上げることになっていた。予定通りその空域へと現地時間15:53に到着すると、ドニプロペトロウシクの航空管制はMH17に計画通り高度を上げることが可能であるかを尋ね、同じ高度で飛行しているもう1機シンガポール航空351便 (SQ351) との間隔を維持するよう要請した。MH17操縦士が高度を維持したい旨を伝えると、航空管制はこの要求を承諾して別の1機に高度を上げさせた。現地時間16:00にMH17便の操縦士は気象条件のため航路を北に20海里 (37km) 寄せたいと伝え、この要求もドニプロ航空管制に承認された。MH17便の高度は10,060mのままであった。現地時間16:19にドニプロ管制はMH17が承認済みルートよりも北6.7kmを飛行していることを認識し、進路を戻すよう指示した。同時刻にドニプロ管制はロシアのロストフ・ナ・ドヌー (RND) 航空管制に電話連絡し、ロシア領空へと向かう航空許可を要請した。許可を貰った後、現地時間16:20に航空通信をRND管制に引き渡すべくドニプロ管制がMH17に連絡を試みたが、同航空機は応答しなかった。幾度の呼びかけにもMH17が応答しないため、ドニプロ管制は再びRND管制に連絡し、レーダーで機体を捕捉できているか確認を促した。RND管制は旅客機がレーダーから消えたことを確認した[3]。

オランダ安全委員会 (DSB) は、現地時間16:20の最終飛行記録データがグラボベ近郊にあって時速915kmで東南東に向かっていた、と報告した[3]。

現地時間16:20:03、航空機から東側の地域から発射された地対空ミサイルのブークが航空機の外コックピットすぐ上の左側で爆発した。爆発による減圧が生じ、コックピットと尾翼部の両区画が胴体中央部から千切れ飛んだ。3つに分かれた機体は地面へと墜落し、いずれも粉々になった。

残骸の大半は、ウクライナ東部ドネツィク州のグラボベ近郊50平方キロメートルの地域にわたって散らばった[2]:53。地上への衝突時の火球と考えられる映像が捉えられている[75]。墜落現場の写真には、壊れた胴体やエンジンの部品、遺体、パスポートが散らばっている様子が写っている[76]。残骸は家屋の近くに落下し[77]、数十体の遺体が作物畑や、一部は家屋にも落ちた[78]。

マレーシア旅客機が墜落した時、ほか3機の民間航空機が同じ空域にいた。エア・インディア113便 (AI113)、エバー航空88便 (BR88)、そして最も近い航空機のシンガポール航空351便 (SQ351) は33km離れた所にいた[2]:41。

遺体の回収

最初の遺体が到着したアイントホーフェン空港

ウクライナ外務省によると、墜落現場で発見された遺体は身元確認のためハルキウ(北に約270km)に搬送されることとなった。墜落の翌日までに、298人のうち181遺体が発見された[79]。

報道メディアは(犠牲者の)クレジットカードやデビットカードが略奪されていると報じた[80]。墜落現場の証拠が破壊されたとの告発もあった[81][82]。オランダのマルク・ルッテ首相は当初、遺体からの私物略奪や不用意な扱い方に苦言を呈していたが、遺体は当初の情報よりも注意を払って扱われていたと後に語った[83][84][85]。ウクライナ当局によると、7月21日時点で272遺体が回収された[86]。同日、マレーシアのナジブ・ラザク首相は墜落事故で死亡したマレーシア人の遺体を法医学作業後に回収する政府間の暫定合意に達したと発表した[87]。

他の交通を停めてヒルフェルスムへと向かう霊柩車40台の車列

7月21日、282の遺体と87の遺体片が発見されたが依然として16人(の遺体)が行方不明になっていると報じられた[88]。オランダが判別作業を調整することになり、同月下旬にはロンドン警視庁が遺体回収や身元確認、送致を支援するため専門家をウクライナに派遣した[89]。7月23日、最初の遺体がオランダのアイントホーフェンへと空輸され[90][91]、翌日にはさらに74遺体が到着した[92]。遺体の検分および身元確認はヒルフェルスムのオランダ陸軍医療施設にて、オランダの法医学チームによって実施された[93]。

8月1日、オランダとマレーシアとオーストラリアの約80人による行方不明遺体の捜索回収作戦が、ドローン、災害救助犬、衛星地図画像を用いて実施された[94][95]。まだ百名近い遺体が残っていると思っていた参加者もいたが[96]、数日間の捜索を経て彼らが発見した「遺骨はごく少数」であり、「現地当局が墜落直後に実施した回収作業は当初考えられていたよりも徹底していた」と結論づけた[85]。8月6日、墜落現場周辺での戦闘が激化したため回収作業は一時中止となり、捜索を行う全部隊が(少数の通信部隊を残して)国外へ退去することになった[97]。

8月22日、本件で死亡したマレーシア人43名のうち20名の遺体がマレーシアに到着した[98]。同政府は国葬の日を発表し、その式典はラジオやテレビで生中継された[99]。

2014年12月5日までに、オランダ主導の法医学チームは墜落事故の犠牲者298人のうち292人の遺体を特定した[100]。2015年2月と4月に現場で新たな遺骨が発見されるも[101][102]、2人の犠牲者(いずれもオランダ市民)だけは認識できなかった[102]。

事後の影響

事件の約90分後、ウクライナは国内東部領空のあらゆる航路を全高度で封鎖した[2]:101。この事件の時点でも、東部ウクライナは戦闘地域に当たるとしていくつかの国際機関から警告がなされていたが、西欧と東南アジアを結ぶ最短航路であり、この事故が起こるまで毎日300機の民間航空機がウクライナ東部空域を飛行していた[103]。というのも33,000フィートの高度では対空兵器の心配はないと考えられていたからである。しかしこの事件でその神話は崩れ去り、旅客機撃墜に対する懸念が劇的に高まった[104]。欧州の航空管制調整機関「ユーロコントロール」が現場周辺空域の飛行を当面の間認めないと発表したほか[105] 幾つかの航空会社も紛争地域の飛行を回避すると発表した[106][107]。

墜落直後にマレーシア航空はMH17の便名を欠番とし、2014年7月25日からアムステルダム?クアラルンプール線をMH19便に変更した[108][109]。マレーシア航空からのボーイング777航空機撤退に伴いマレーシア航空はアムステルダムへの運航を終了し、2016年1月25日以降の同運航についてはKLMオランダ航空とのコードシェア便となった[110]。事故の翌日、マレーシア航空の株価は16%近く下落した[111]。

2014年7月23日、MH17墜落事故現場すぐ近くでウクライナ軍のジェット機2機が高度5,200mでミサイルに衝突した。ウクライナ保安庁によると、第一報ではそのミサイルがロシアから飛来したことが示された[112]。

2015年7月、マレーシアは、航空機墜落の責任者を起訴する国際裁判所を国連安全保障理事会が設置することを提案した。マレーシアの提案決議は安保理15カ国のうち賛成11、棄権3だったが、ロシアにより拒否権が行使された[113]。ロシアは、裁判所を設置しない代替案を提案した[114][115][116][117][118]。

調査

墜落の技術的原因と犯罪捜査という2つの調査が同時に実施された[119]。このマレーシア機にはオランダ国籍の市民193人が搭乗していて最も人数が多いことから、オランダ主導で調査を実施することになった[120]。技術報告書は2015年10月13日に[121]、犯罪捜査結果の一部は2016年9月に公表された[20][122]。国際民間航空条約によると航空事故の起きた国が調査責任を負うが、その調査を他の国に委託しても構わない。ウクライナは、各調査の主導権をオランダに委ねた[123][124][125][126]。

現地調査

墜落の数時間後、ウクライナ、ロシア、欧州安全保障協力機構(OSCE)による三者連絡グループ会談が招集された。航空機が墜落した地域を支配しているドネツク人民共和国 (DPR) に所属する反政府勢力の代表者とビデオ会議を開いた後、反政府勢力はウクライナ当局およびOSCE監視団と協力して「国家調査委員会」に「安全な往来と安全保証を提供する」と約束した[127][128]。調査最初の2日間、人民兵はOSCEおよびウクライナ緊急事態省(ウクライナ語版)の作業者が墜落現場で自由に作業するのを妨害していた。DPRの指導者アンドレイ・パーギン(ウクライナ語版)は、後になって「ウクライナ政府が停戦合意を締結すれば直ちに現場の国際的専門家の安全を保証する」と宣言した[129]。

墜落現場のオランダ警察とオーストラリア警察。2014年8月3日

事故翌日の7月18日までに、フライトデータレコーダーとコックピットボイスレコーダーは分離主義者によって回収されており[130]、3日後にドネツィクでマレーシア当局に引き渡された[2]:44[131][132]。ボイスレコーダーは破損していたが、データが改竄された証拠はなかった[2]:45。

事故翌日に現場内外の調査を主導したウクライナの国家航空事故調査局は、アムステルダム発の飛行でオランダ人乗客数が多かったため、2014年8月までに調査をオランダ安全委員会 (DSB) に移譲した[2]:14[133][134]。

2014年7月22日、133人からなるマレーシアの公務員、捜索回収要員、法医学、技術、医療専門家のチームがウクライナに到着した[135]。またオーストラリアは、以前MH370便墜落事故の捜索を監督したアンガス・ヒューストン率いる学識者45人を派遣したほか[136]、合同調査団 (JIT) を支援する約200人の特殊部隊を動員した[137]。イギリスは航空事故調査局 (AAIB) から調査官6人を派遣したほか、同国外務省が追加の領事館員をウクライナに派遣した[89]。オランダ国防省の指揮下で、完全な国際チームが墜落現場で作業を開始するのに7月下旬までかかった[138][139]。

2014年7月30日、ウクライナの代表者は親ロシア反政府勢力が墜落現場周辺に重砲を配置したと語った[140]。

2014年8月6日、専門家たちは(現地ドンバス地区の戦闘激化による)自分達の安全性懸念から墜落現場を離れた[141]。9月中旬、彼らは現場への経路再確保を試みるも上手くいかなかった[142][143]。10月13日、オランダとウクライナのチームが犠牲者の私物回収を再開した[144]。11月中旬、墜落現場から残骸の一部を撤去する作業が行われた。MH17の残骸を引き揚げる以前の回収チーム作業は、地元の反政府勢力との同意が取れず満足にできないままだった[145][146]。1週間かけて回収された残骸はオランダに搬送され、事故調査の一環として墜落機の再建に用いられた[147]。

2015年8月、墜落現場でブーク発射台の可能性がある部品がオランダ主導の国際合同捜査チームによって発見された[148][149]。

墜落原因

事件で使われたのと同じブーク地対空ミサイルの移動式発射台

音楽・音声外部リンク

Pro-Russian rebels discuss the shooting down of an aircraft – YouTube、国家安全保障局により音声認識が保証された電話傍受で[150]、民間航空機だったという第一報が入り、どのグループが航空機を撃墜したのか反政府勢力間で議論している様子。ウクライナ保安庁が英語字幕付きで、ロシア語音声を公表した[151][152]

墜落直後に米国とウクライナの当局者は、9M38シリーズの地対空ミサイル攻撃が原因だった可能性が最も高いと語った[153]。その場合、ミサイルはソ連が設計した移動式ミサイルシステムのブークから発射されたことになる。というのも、10,000メートルの高度を飛行する航空機を攻撃できる移動式地対空ミサイルシステムはブークのみであった[154][155][156][157][158]。専門家の分析によると、航空機破片の塗装に見られる熱変成がミサイル攻撃特有のもので[159]、また恐らくエンジンの熱源追尾型ではなくレーダー誘導でコックピットを狙った、ブークのような近接信管の弾頭を持つミサイルだとされた[160]。

墜落直後、ドンバス分離主義勢力を率いるイーゴリ・ギルキンは、自身のVKontakteアカウントにおいて、人民兵からの報告としてウクライナのAn-26輸送機を撃墜したと投稿した[8][161][162]。ロシアのタス通信やRIAノーボスチも初報ではAn-26の撃墜として報じたが[163][164]、撃墜されたのが旅客機であると判明してからは、ロシアメディアは分離主義勢力の関与を示す報道を控えるようになった[165]。ギルキンもフコンタクテの投稿を取り消し、関与を否定した[166][167]。DPRの首領であったアレクサンドル・ボロダイ(ウクライナ語版)が墜落の40分後に、民間航空機を撃墜してしまったようだとモスクワのメディア上層部に電話していたとの報道もみられた[162]。

事件当日、トレス(ウクライナ語: Торез、現・チスチャコヴェ(ウクライナ語版))やスニジネ(いずれもグラボベ近郊)でブークと思しき目撃情報がAP通信などで報じられていた[65][168]。その目撃報告は、ネット上に投稿された反政府勢力領土内のブーク発射台の写真や動画でも裏付けられた[168]。

7月19日、ウクライナ保安庁 (SBU) の諜報局長が「我々はこのテロ行為がロシア連邦の支援と共に実施されたという説得力ある証拠を掴んでいる」と記者会見で語り[169][170][171]、分離主義者の会話記録(航空機撃墜に至ったことでロシア諜報機関に感謝を表明している)と呼ばれるものを提示した[172][173]。分離主義者の一人はこの会話がなされたことを認めたが、自分達のMH17墜落関与については否定し、ウクライナ政府がそれを撃墜したと非難した[74][174][175][176]。SBUは、MH17が撃墜される2分前に親ロシア分離主義の指導者イゴール・ベズラー(ウクライナ語版)が航空機の接近について語っているという別の録音も公表した。ベズラーは、この録音は本物だが別の事案に言及したものだと語った[177]。SBU長官のバレンティン・ナリバイチェンコ(ウクライナ語版)は後に、反政府勢力はロシアにウクライナ侵攻の口実を与えるため偽旗作戦でロシアの旅客機を撃墜するつもりだったが、誤ってMH17を撃墜したと主張した[178][179][180]。

ウクライナのスニジネにいたAP通信の記者は、ブークが「独特のロシア語訛り」で話す男に操縦されて撃墜が起きた方向に移動した様子を伝えている。またウクライナのテロ対策責任者ヴィタリー・ナイダによると、分離主義者の指示のもと旅客機を墜落させた後でロシア人の発射台操縦者は急いで国境を越えロシアへと戻っていった[65]。

7月22日、反政府軍の戦闘員は仲間の分離主義者が自分の部隊に語ったこととして、航空機が撃墜されたのはそれがウクライナのものという仮定のもと墜落現場で「パイロット」を逮捕するように命じられたためだと主張した[181][182]。ミサイル経路の追跡感知、残骸に残った榴弾痕、自分達が命中させたと語る分離主義者の会話分析、ソーシャルメディアにある写真その他のデータ、その全てがロシアの支援を受けた分離主義者がミサイルを発射したことを示している、と米国の情報当局者は主張した[22]。米国の当局者は、赤外線センサーによる衛星データがMH17便の爆発を検知しており、発射軌道の分析からミサイルがトレスやスニジネ近郊から発射されたことを示唆していると語った[155][183]。

デイリー・テレグラフ紙は発射地点を恐らく墜落現場の南約19kmのトウモロコシ畑だと報じ[156]、他の情報筋では分離独立主義の支配するChernukhinoという町からだと示唆された[184]。ガーディアン、ワシントン・ポスト、シドニー・モーニング・ヘラルドほか複数のメディアが、反政府勢力のミサイルによって墜落したと報じた[96][22][185]。

米国の情報当局者はマレーシア航空MH17便が親ロシア分離主義者により誤って撃墜された可能性があるとの見解を示し[186]、分離主義者がブーク地対空ミサイルを発射したという証拠を挙げた。この当局者は、その反政府勢力が親ロシア分離主義に寝返った元ウクライナ軍の隊員だった可能性があると主張したほか[21]、MH17が回避行動を取ったというロシア側の主張を否定し、ウクライナ政府には反乱軍の支配する地域にこうしたミサイルシステムがないため、ウクライナ政府がMH17を撃墜したとの主張は現実的ではないと主張した[157]。イギリス外務省は、ロシアの支援を受けた分離主義者によって支配された地域からミサイルが発射された可能性が「非常に高い」と主張した[187]。

ロシア軍は、上述のようにロシアに責任を負わせる意見を「ロシア陰謀説」と呼び、MH17は地対空ミサイルか戦闘機のいずれかによってウクライナ側の手によって撃墜されたとしている[188][189]。

7月18日、ロシア国防省は、事故当日のウクライナ側のブークに搭載された9S18レーダーの作動状況がロシア軍によって記録され、その記録からブークが配備された場所を計算したところ、MH17の通過ルートと墜落現場はウクライナ側が運用していた2つの長距離対空ミサイルシステムと3つのブークの射程範囲にあることが明らかになったと述べた。

また、事件当日にドネツクの南30kmに位置するスタイラ(Стыла)の集落に配置されたブークのレーダーの動作が確認されたが、ブークは同じ機種同士で空中標的の情報を共有することが可能なので、実際に発射された可能性のある地点として、ドネツクの北8kmのアウディーイウカ(Авдеевка)、ドネツクの東25kmのクルスコ・ゾリャンスコエ(Грузско-Зорянское)も含まれると主張した[190]。

7月21日には衛星画像を公開し、事件当日にドネツクの東50kmのザロシチェンスコエ(Зарощенское)にウクライナのブークが移動され、翌18日までに撤去されたと主張した[191][192]。

この時にロシア側から公開された衛星画像は、後述する様に調査報道組織ベリングキャットから捏造だと批判され、批判への反論と再反論がなされ真偽を巡った議論になった。

さらにロシア国防省は、ウクライナ空軍のSu-25を検知しており、この地上攻撃機がマレーシア旅客機の残骸から3?5km以内に接近したと主張した[189]。

Su-25の首席設計士ウラジーミル・ババク(ロシア語版)はSu-25が空対空ミサイルでボーイング777を墜落させたかもしれないとのロシア側の主張を否定した[193]。

オランダ安全委員会の発表した報告書で、空対空ミサイル攻撃は事故原因から除外された。

他にもロシアのRIAノーボスチは、ロシア軍により7月17日の午後にウクライナ陣地でブークに搭載された対空レーダー9S18の活動増加が記録されたこと、米国の偵察衛星がMH17墜落時にウクライナ上空を通過していたことから、ロシアは米国に対して衛星データの公開を提案したが無視されていること[194]、西側メディアが主張するような反政府軍支配地でのブークの活動は地元住人からは目撃されなかったという証言[195]、事件当日にウクライナの第156対空ミサイル連隊がブークを使った空中標的の追跡と破壊の戦闘訓練するよう命じられていたとのウクライナ政府関係者とされる人物からの証言、過去にウクライナ軍が引き起こしたとされるシベリア航空機撃墜事件への忌避から黒海近辺での実戦演習が行われず、ウクライナ兵の練度が不足していたとの見方[196]、ロシア連邦航空局による「ウクライナ側の航空管制があったにも関わらずMH17が規定ルートを大きく外れ戦闘地帯に侵入していた」との批判など[197]を根拠にウクライナ軍が事件の犯人だとの主張を行った。

7月23日、親ロシア派ボストーク大隊の司令官アレクサンドル・ホダコフスキー(ウクライナ語版、英語版)は分離主義者が航空機を撃墜するのに使ったと米国が指摘した種類の対空ミサイルを持っていることを認め、その存在の証拠を消すためロシアに送り返された可能性があると述べた[198][199][200]。

後に彼は間違って引用されたと自身のコメントを撤回し、反政府勢力は決してブークを所持していないと主張した[199]。

2014年11月、彼はあらためて分離主義者が当時ブークを所持していたと語るも、ルハーンシク出身の戦闘員の指揮下にあるその車両はMH17が墜落した時にドネツィクに向かう途上だったと主張した。その後、非難されることを避けるため撤回された[201]。

7月28日、航空機が「大規模な爆発での減圧」を引き起こした榴散弾によって墜落したことがブラックボックス録音の分析で明らかになったと[202]、ウクライナ保安職員が記者会見で発表した。オランダ当局は「時期尚早の発表」として、自分達はこの情報を提供していないと述べた[203]。

9月8日、反政府勢力の支配地域でMH17墜落の当日にブーク発射台を見たというドンバスの民間人3名の証言を引用した新資料を英国放送協会 (BBC) が公表した。

2人の目撃者は、発射台の操縦士と護衛車両の搭乗者がモスクワ訛りで話していたと語った[204]。

同日、ロシア人記者がMH17墜落事故の前後数日間にロシアとウクライナとを移動するブークの写真および動画の分析を公表した。彼は、MH17撃墜に使用したと疑われる発射台の記章は、それを運んだ大型物資運搬車のナンバープレートも含めてロシア陸軍の防空部隊第53対空ミサイル旅団(ロシア語版)の所属であることが示唆されたと主張した[205][206]。

10月8日、シュピーゲル紙によれば、ドイツ連邦情報局 (BND) 長官ゲルハルト・シンドラー(Gerhard Schindler)がMH17に関する証拠をドイツ議会委員会メンバーへの講演で提出したとされる。

提出された証拠には親ロシア分離主義者が鹵獲したウクライナのブークシステムを使ってMH17便を撃墜したと結論付けた詳細分析が掲載されていたとされ、シュピーゲル紙によればシンドラー長官は、「詳細を見ればウクライナ側の記録が偽造されたと分かる」「ミサイルがウクライナ兵によって発射され、ウクライナの戦闘機が旅客機近くを飛行していたとのロシア側の主張も誤りである」「ミサイルは親ロシア派によって発射された」と述べたとされている[207][208]。

ロシアのRIAノーボスチによれば、シンドラー長官は講演の中で「いくつかのデータはウクライナ側から提供されたものであり、改ざんされている」と述べたとされている[194]。

12月22日、オランダのRTL Nieuwsは反政府勢力の領土から発射されたミサイルによってMH17が撃墜されたを目撃したと語る匿名現地住民の声明を発表した。

彼は撮影した写真をSBUに手渡した[209][210]。12月24日、RIAノーボスチは、自称DPRの指導者アレクサンドル・ザハルチェンコがウクライナのジェット機2機によってMH17が空から撃墜されたのを見たとの発言を引用した[211][212]。

2015年1月、ドイツの非営利組織CORRECTIV(ドイツ語版)によって制作された報告書は、第53対空ミサイル旅団によって操縦されたブーク地対空ミサイルがMH17を撃墜したと結論付けた[213]。CORRECTIVは他の状況証拠が個別の発射台車両、操縦者名、それを輸送するトラック、ロシアとウクライナを通るとされるルートを特定し、その説を裏付ける様々な当事者によって別々に提示されたと主張した[214]。

2015年3月、ロイターはスニジネ近郊にいる目撃者の声明を発表し、約1.5km離れた畑から発射された時にブークロケットが村の上空を通過するのを見たと述べた。また、ウクライナの空爆を防ぐためにボーイング墜落事故当日に発射台がその地域に置かれたことを確認した分離主義戦闘員と称される目撃者からの証言を公表した[215]。

2015年3月30日、RTはロイター通信が取材内容を改竄したと主張する地元住人のインタビューを掲載した。

記事によれば、チェルヴォニー・ゾフテン (Chervonniy Zhovten) 村に住む58歳のピョートル・フェドートフ (Pyotr Fedotov) は3月12日にロイターの記者アントン・ズベレフ (Anton Zverev) から事件についてインタビューされた。

フェドートフはミサイルがウクライナ政府軍の支配地域から発射されたと答えたが、ロイターに実際に掲載された記事ではフェドートフがオフレコで、「反政府軍からの報復が怖いので本当のことを言わなかったが、実はミサイルは反政府軍の支配地域から発射された」と語ったことにされていたとされる。

フェドートフは後にRTから取材を受けた際、「私達がボーイングについて話したとき、私は全てをそのまま説明した」「私がオフレコで言ったとされることは、ジャーナリストによって捏造されたもので、全て嘘だ。オフレコではボーイングについて何も話さなかった」「ロイターの記事の草稿は一度も見せられなかった」「私は本当に驚いた」などと語った。

RTは、この事件についてロイターに電子メールでコメントを求めたが、「本記事公開時点ではロイターからの返答は得られなかった」としている[216]。

RTは、ロイターの記事はフェドートフ以外に他の3人の目撃証言を引用したが、ミサイルがどこから発射されたか場所を指し示したのはフェドートフだけであり、ロイターの記事は反政府軍からのミサイルがMH17便を撃墜したと証明していないと強く主張した[217]。

2015年7月、ニューズ・コープ・オーストラリアは、墜落直後に現場で録画された17分間の動画コピーを公開し、ロシアの支援を受けた反政府勢力が軍用機の残骸とパラシュートで降下した乗組員を発見することを期待して墜落現場に到着した様子が映っていたと主張した[218]。

2016年5月、ストラトフォーは墜落の5時間前に撮影された衛星画像を公開し、そこにはロシアのブークシステムがトラックの荷台でマキイフカを通っていく様子が映っていた。このシンクタンクは、2014年7月15日にブークシステムがロシア国境からドネツィクに向かって移動し、MH17便が撃墜される数時間前の2014年7月17日午後に戻ったと主張した[219]。

2014年11月、英国の調査集団ベリングキャットはSNSやネット等で公開された情報を分析し、航空機を撃墜するために使われた発射台はクルスクに拠点を置くロシアの第53対空ミサイル旅団のブークで、ドネツクからスニジネに輸送され攻撃当日にウクライナの分離主義者によって操縦されたものであると主張した[220][221]。

ベリングキャットは2015年6月に、ロシア国防相が証拠画像として使用していた画像は日付が改竄されたり、画像編集ソフトで雲が追加されたり、ウクライナ側のブーク発射台が攻撃後に取り除かれたかのように見せるなど、数々の改竄が行われたことが強力な証拠によって明確に証明されたと主張した[222][223]。

しかしこれに対し、ドイツの画像科学捜査の専門家であるイェンス・クリーゼは、メタデータの変更は必ずしも画像改竄を意味しないこと、エラーレベル分析(英語版)(ELA)の際の判断にミスがあること、画像分析は個人の主観によってどうとでも評価が変わることなどを根拠に、ロシアが画像を改竄したかどうかを確実に言うことは不可能だと主張した[224]。

また、ジャーナリストのステファン・ニッゲマイヤー(ドイツ語版)も同様の批判を行いつつ、Google Earthの衛星画像は日付が不正確で最大で数か月離れている可能性があることを指摘し、ベリングキャットのメンバーは複数のレポートで「専門家」として扱われているが、彼らの様な市民ジャーナリストの専門知識がどこから来ているのかは完全に不明で、実際は興味を持った献身的な素人であり、ベリングキャットのメンバーの中で「法医学分析」の責任者とされる人物も専門的な経歴は不明であり、ベリングキャットのアプローチには重大な欠陥があると主張した[225]。

また、ベリングキャットはfotoforensics.comを利用してELA分析を行ったが、fotoforensicsのサイト運営者であるニール・クラウェッツはベリングキャットの分析を批判し、「間違った画像分析手法の典型だ」[226]「私は彼らの誤った分析とは何の関係も無い」[227]とツイートした。

ベリングキャットの分析を根拠にロシアの改竄行為が発覚したとの記事を掲載したシュピーゲル紙は、自分達の報道が報道の原則に忠実ではなく間違いがあったことを認める記事を掲載した[228]。

ベリングキャットは批判された後にGoogle Earthに加えてDigitalGlobeの画像を用いて再び画像分析を行い、車両の位置や草木の伸び具合を根拠にロシアの画像改竄を証明したと主張した[229]。

ベリングキャットはまた、2015年6月にニューズウィークで[230]、2016年1月にドイチェ・ヴェレにおいても、ブークがロシアから来たのものであると主張し[231]、2016年5月には新たな調査によって、攻撃に使用されたブークの車両シリアル番号は332だと主張した[232]。

オランダ安全委員会の報告書

暫定報告

2014年9月9日、オランダ安全委員会 (DSB) が暫定報告書を公表した[3][233]。この暫定報告書は、ブラックボックスの録音終了 (13.20:03 UTC) 以前に、航空機や操縦士から技術的または運用上の障害の証拠が一切ないと結論付けた。また「航空機の前方胴体とコックピット部分に見られる損傷は、航空機外部から大量の高エネルギー物体の影響があったことを示しているようだ」とも書かれていた。調査官によると、この損傷は恐らく構造的完全性の喪失をもたらし、これが最初に航空機の前方部分の飛行中の崩壊を引き起こし、続いて航空機の部品が各地に散らばる残りの部分の崩壊につながったという。

DSB委員長のティッベ・ヨーストラは、調査はこれまでのところ「MH17墜落の外部原因について」指摘したが、正確な原因を特定するには更なる調査を要すると説明し、墜落から1年以内に最終報告書を公表することを目指すと語った[234]。

最終報告

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オランダ安全委員会により制作されたミサイル爆発の再構成映像

オランダ安全委員会 (DSB) は、2015年10月13日にこの墜落事故に関する最終報告書を出した。同報告書は、この墜落が9N314M弾頭を搭載したロシア製のブーク9K38シリーズ地対空ミサイルによって引き起こされたと結論づけた[235]。

弾頭は、コックピットの外側左上で爆発した。衝撃でコックピット内にいた3人が死亡し、旅客機に構造体破損が起こって飛行中に分裂してしまい、結果として50平方kmの地域に残骸が散らばり、乗員298名全員の命が失われた[2]。調査団は証拠に基づき、墜落の原因として隕石の衝突、航空機にある技術的欠陥、爆弾、空対空攻撃を除外した。DSBはミサイルの軌道を計算し、トレスの南東320平方kmの領域内で発射されたことが判明した(発射場特定はDSBの義務ではなかった)[2]:147。

この調査結果は、ブークミサイルを発射したのが誰なのかを明かさなかったが、アルジャジーラによると墜落当時、DSBにより特定された地域は分離主義者によって支配されていた[236]。

技術調査に加えて、飛行ルートの選択もDSBによって調査された[237]。一部の航空会社はMH17事件前からウクライナ東部の空域を避けていたが、32カ国62事業者を含むそれ以外はこのルートを継続使用していた[2]:224[238]。DSBは、ウクライナ当局が現在進行中の紛争および軍用機が以前撃墜されたことから事件前にウクライナ東部上空を封鎖すべきだったと指摘した[2]:10[239]。武力紛争に巻き込まれたこうした国の領空を評価する際には一層注意を払い、紛争地域を越えるルートを選択する際には、事業者がリスクをより徹底的に評価することが推奨された[239][240]。

犯罪捜査

MH17の墜落に関する犯罪捜査はオランダ法務省の検察庁主導で、数十人の検察官と200人の捜査官というオランダ史上最大規模になった[241]。調査官は目撃者に聞き取りを行い、法医学サンプル、衛星データ、傍受された通信、およびネット上の情報を調べた[242]。オランダと共に調査を行った合同調査団 (JIT) の4カ国は、ベルギー、ウクライナ、オーストラリア、マレーシアで、2014年11月に参加した[243][244]。調査の早い段階で、JITは墜落原因として事故や内部テロ攻撃や別の航空機からの空対空攻撃を排除した[19]。

2014年12月、オランダの国連代表は安保理に宛てた書簡で「オランダ政府はMH17の墜落に対する法的責任に関して、いかなる憶測や非難も意図的に控えている」と書いた[245]。また同月、米国国務省の欧州・ユーラシア問題担当補佐官は、アメリカはオランダの調査官やICAOに機密情報を含むすべての情報を提供したと述べた[246]。

2015年3月30日、JITはブークミサイルを見た可能性があるドネツィクやルハーンシク地域の目撃者を呼びかけるロシア語ビデオを公開した。そのビデオには、反政府勢力の戦闘員間で行われたブークに関する会話の傍受された電話の未公開録音が含まれていた[247][248]。

公開の翌週、JITは300 以上の返答を受け取り、数十人におよぶ「重大な証人」の情報を得た[249][250]。2016年、旅客機墜落の数時間前に撮影された地域の衛星写真でブークミサイルと色が一致する運搬車の存在が確認され、デジタルグローブ社のアーカイブでこの写真を見つけたストラトフォーによって「他の証拠と関連がある」と説明された[219][251]。2015年4月9日、オランダ当局は撃墜に関する569件の文書を公開した。個人情報と公式の事情聴収は検閲済みで、また147の文書は非公開だった[252]。

合同調査団 (JIT) の結論

2016年9月28日にJITは記者会見を開き、スニジネの南6kmにある町ペルヴォマイスキー (Первомайський) 近郊の反政府勢力の支配する草原から発射された9K38ブークミサイルで航空機が撃墜されたと結論付けた[122]。また、使用されたブークミサイルシステムは、墜落当日にロシアからウクライナに運び込まれ、墜落後にロシアに戻ったことが判明した[19][20]。

JITはブーク発射台の動向に関与した目撃者および容疑者を100人特定しており、まだ有罪と評定できる明確な指揮系統を掴んでいないが捜査は目下進行中であると述べた。オランダの検事総長は「証拠は法廷の前に立つ必要があり」それで最終判決を下すことになると語った[19]。この捜査でJITは50億ページに及ぶウェブページを記録して評価し、証言者200人に聞き取りを行い、50万枚の写真とビデオを収集し、15万件の電話傍受を分析した[122][253]。JITのフレッド検察長によると、犯罪捜査はブーク発射台を見た人の生証言、一次レーダー情報、オリジナル写真やビデオを含む「巨大な証拠の集合体」に基づいている[254]。

第53対空ミサイル旅団が使用した種類のブーク

2018年5月24日、JITは航空機を撃墜したブークがクルスクにあるロシア第53対空ミサイル旅団から来たと結論付けた[255]。オランダ警察の国家捜査局長は2014年7月17日に、ブーク操縦者の身元、指示、関与したブークの運用責任者に関する情報共有を目撃者や内部関係者に求めた[255]。オランダ検察庁によると「ロシア連邦の当局者は、[中略]第53旅団のブークがウクライナ東部に配備され、このブークがMH17便を撃墜したことをJITに報告していない」という[255]。これに応じてロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ロシアはJITの結論を分析するが、調査する当事者になった場合にのみ(情報共有を)認めるつもりだと述べた[256]。ロシア国防省は、ウクライナとの国境を越えたロシアのブークは存在しないと主張した[256]。

2018年5月25日、オランダとオーストラリアの政府は共同声明を発表し、この墜落事故ではロシアに責任の「一端」があるとした[24]。

両国の外相は旅客機撃墜についてロシアが法的責任をに負うことになるだろうと述べた。
オランダのステフ・ブロック(オランダ語版、英語版)外相は「政府は現在、ロシアの説明責任を正式に負わせることで次の一歩を踏み出している」「オランダとオーストラリアは本日、MH17墜落によって引き起こされた途方もない苦しみと損害に正義を尽くす解決策を見つけることを目的とした協議に入るようロシアに要請した。次にありうる段階は、その判決を求めて国際裁判所や組織に提示することだ」と述べた[257]。

イギリス[258]、ドイツ[259]、米国[260]などの国々ならびに欧州連合(EU)[261]や北大西洋条約機構(NATO)[262]といった国際機関が、JITの結論とオランダ・オーストラリアの共同声明に支持を表明し、ロシアに撃墜の責任を負うよう求めた[263]。

この日、サンクトペテルブルク国際経済フォーラムに出席したロシアのプーチン大統領は、JITの結論に対して「ロシアは調査に参加することを許されておらず、したがってその結論を信用することはできない」とし、撃墜したのはロシアのミサイルかとの質問には「もちろん違う」と述べた[264]。

提案された国際裁判

2015年6月、オランダは他のJIT加盟国の支持を受け、犯罪捜査の終了後に事件を取り上げてマレーシア旅客機を墜落させた疑いのある人々を起訴する国際裁判所を立ち上げようとした。オランダは、国際裁判がロシアの協力を引き出せるのではという希望を持っていた[265]。2015年6月下旬、ロシア政府は調査委員会5カ国による航空機撃墜の責任者を裁く国際裁判所を結成する要請を「その時期ではなく逆効果」だとして却下した[266]。2015年7月8日、マレーシアは国際連合安全保障理事会において、JIT加盟5カ国を代表して国際法廷設置の決議案を提出した[267]。ロシアのヴィタリー・チュルキン国連大使は「私はこの決議に将来が見えない。残念ながら、これは有罪の当事者を見つける努力を損なうだけの大袈裟な政治ショーを組織しようとしているように思える」と返答した[113]。後にロシアは、国際捜査の「透明性」欠如を批判して、この捜査責任者を裁判にかけることを要求するライバル決議を提示したが、裁判所を要求しなかった[268]。7月29日に行われた決議では、マレーシアが代表提案した決議案は国連安保理15か国中11か国の賛成を得たが、ロシアが拒否権を行使した[117]。

刑事訴追

2017年7月5日、オランダのバート・コエンダース(オランダ語版、英語版)外務大臣は声明の中で、JIT諸国はオランダの法律に基づきMH17便の墜落で特定された容疑者を起訴すると発表した[269]。オランダとウクライナとの間で条約が締結され、国籍に関係なく犠牲者298名全員についてオランダでの起訴が可能となった(この条約は2017年7月7日に署名、2018年8月28日に発効)[270][271]。2018年3月21日、オランダ議会で法案が可決され、事件に関与した者がオランダの法律に基づきオランダで起訴されることが可能となった[272][273]。

2019年6月19日、オランダ検察庁は航空機の撃墜に関連して、イーゴリ・ギルキン、セルゲイ・デュビンスキー、オレグ・プラトフ(この3人はロシア人)、レオニード・ハルチェンコ(ウクライナ人)の4人を殺人罪で起訴し、国際逮捕状が各被告人に発行された[274]。2020年1月末、被告人のうちの一人が裁判に出廷する意向を示したと報じられた[275]。しかし2020年3月9日に始まった裁判には、被告人は誰も出廷しなかった[276]。ギルキンは英国人記者とのインタビューで、裁判の管轄に問題があったとその欠席理由を述べると共に、自分は撃墜に関与していないと語った。また彼は「敵意剥き出しの空域に旅客機を送りだすのは低能者か犯罪者だけだ」との理由から、人命損失の責任はウクライナ政府にあると考えている、と主張した[277]。

2019年7月、ウクライナ保安庁 (SBU) はMH17便への攻撃中にドネツク人民共和国が支配していたスニジネの防空隊長ウラジーミル・ツェマクを逮捕した。ベリングキャットによれば、ツェマクはMH17便撃墜の重要な目撃者で、「2014年7月17日に使用されたブーク発射台の隠匿に関与していたと認められる」ものがビデオに写っていると主張した[278]。2019年9月7日、以前に合意されたロシアとウクライナとの捕虜交換でツェマクは釈放された[279][280][281]。マルク・ルッテ首相ほかオランダの法務大臣、外務大臣や合同調査団 (JIT) は、ロシアからのウクライナへの圧力で「重要参考人」のツェマクが交換に含まれていることを悔やんでいるとコメントした[280][281][282][283][284]。犠牲者遺族の団体「Stichting Vliegramp MH17」は、ツェマクの釈放を「受け入れ難い」と述べ、オランダ検察庁はロシア国籍でないツェマクをロシアからオランダに引き渡すよう要請した[283]。

2019年11月14日、JITは新たな目撃証言を公表し、同時に反政府側指導者の録音された会話も多数公表した。JITは特に「指揮構造とロシア政府当局者が果たした役割」に関心を持っていた[285][286]。特にDPR軍から得られた多くの目撃証言は、ロシアからの報復を案じて匿名で提示された[287]。

2020年3月9日、初公判がオランダで始まった。先述のとおり同国検察は撃墜に関与したとして元ロシア大佐ら4人を殺人罪で起訴したが、ロシア政府は被告らを引き渡さない構えで、9日は欠席した[288]。

2020年7月10日、オランダ政府はMH17便の「墜落におけるその役割」を理由にロシアを欧州人権裁判所にかけることを決定したと宣言した。そうすることが、既に被害者遺族によって裁判所に持ち込まれた個々の事件に対する「最大限の支援」になると述べた[289][290]。

2022年3月14日、オーストラリア政府とオランダ政府は、ロシアに対し共同でICAOにおける投票権停止や賠償を求める訴訟を開始すると発表した(これは先述したオランダにおける元ロシア大佐ら4人を殺人罪に問う訴訟とは別)[291]。

イギリスのISC報告書

2017年12月20日、英国議会の情報安全保障委員会 (ISC) が年次報告書を発表した。そこには「英国および同盟国の利益に反するロシアの目的と活動 (Russian objectives and activity against UK and allied interests)」と題する短い章があり、引用すると「ロシアは大規模に情報戦を実施している。[中略]初期の例では、ロシアはMH-17の撃墜に責任がないことを世界に説得するための非常に集中的な多方面のプロパガンダ活動があった(内容は明らかにデタラメで、我々はロシア軍がミサイル発射台を供給してその後回収したことを合理的な疑いの余地もなく知っている)」とMI6は主張している[292]。

司令人物の特定

ベリングキャットは、ロシアの調査系サイトジ・インサイダーおよび米国の新聞社マクラッチー(英語版)の協力を得て、JITによる電話傍受に頻出する人物「ウラジーミル・イワノビッチ」の特定に乗り出した。この人物はドンバス地域分離主義勢力の監督および同地域へのの武器搬入に深くかかわっているとみられていた。2020年4月28日、調査結果を公表し、この人物がロシア連邦保安庁の高官アンドレイ・イワノビッチ・ブラカ(ロシア語版)大将であると特定した[293]。BBCロシアも同様の結論に達している。ブラカは国境警備軍の副責任者の地位にあり、撃墜事件のあった2014年には4月と6月に計3回ロストフ・ナ・ドヌを訪れていた[294]。

民事訴訟

2015年7月、分離独立主義の指導者イーゴリ・ギルキンが「撃墜を指揮」し、ロシア政府がこの行為に加担したとして、犠牲者遺族18人によりアメリカの裁判所に総額9億ドルを求める訴えが提出された。これは1991年の拷問被害者保護法?(Torture Victim Protection Act of 1991)?に基づく運用であった[295]。

2016年5月には犠牲者遺族33人が欧州人権裁判所においてロシアおよびウラジーミル・プーチン大統領に対し請求権を申し立て、ロシアの行動は乗客の生存権を侵害したと主張した[296][297]。JITがロシアの関与を結論付けた後、2018年5月にオランダの犠牲者遺族団270人がこの請求に加わった[298]。2020年7月、オランダ政府は、ロシアを欧州人権裁判所にかけることでこの請求を支持した[289][290]。2016年7月、マレーシアでは乗客遺族15人によってマレーシア航空が二つの訴状で提訴され、いずれもモントリオール条約を根拠に同航空会社はそのルートを選択すべきではなかったと訴えるものだった[299]。その1カ月前に、航空会社による過失と契約違反を訴えた乗組員6人の遺族 によって別の訴訟が起こされていた[300]。

反応

詳細は「en:International reactions to the Malaysia Airlines Flight 17 shootdown」を参照

各国

ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領はこの墜落事故をテロ行為の結果と呼び、国際的な調査を要請した[301]。

マレーシアの外務副大臣ハムザ・ザイヌディンは、この事件に関して外務省はロシア政府およびウクライナ政府と協力すると述べた[302]。マレーシア首相のナジブ・ラザクは、マレーシアはまだ墜落の原因を確認できていないが、もし旅客機が撃墜されたのなら加害者は速やかに処罰されるべきだと発言した[303]。マレーシア政府は7月18日から7月21日まで国旗を半旗に掲げた[304]。

国家哀悼日として7月23日、ホールン市役所で半旗に掲げられたオランダ国旗

マレーシア航空17便に150名を超えるオランダ人が搭乗していたことが報道され[305]、オランダのマルク・ルッテ首相とウィレム=アレクサンダー国王がこの墜落事故にショックを表明した[306]。外務大臣のフランス・ティマーマンス(英語版)がウクライナへ派遣されたオランダの調査団に加わった[307]。オランダ政府庁舎では7月18日に旗が半旗に掲げられた[308]。7月21日にオランダは航空機墜落に関する戦争犯罪の捜査を開始し、この捜査の一環として同国検察官がウクライナに向かった。ルッテは、捜査を支援しないならロシアに対して厳しい行動を起こすと制裁の構えを見せ[309]、同日ティマーマンス外相は、国連安保理において、ウクライナで救助隊員が仕事にとりかかれずにいる状況、人の死が政治的なゲームに利用されていることを強く非難した[310]。MH17墜落事故から最初の4日間、オランダ国民に否定的感情と身体的不調の増加が観察された[311]。

オーストラリアのトニー・アボット首相は議会演説で、航空機はロシアの支援を受けた反政府勢力によって発射されたと思われるミサイルによって墜落したと述べた[312]。アボットはこの撃墜とロシアを公に結び付けた最初の世界の指導者の一人だったが、ロシア政府はアボットの発言は受け入れられないとした[313]。アボットは後に回収作業を「乱雑」で「法医学捜査よりも庭のお手入れみたいなもの」と批判した。外務大臣のジュリー・ビショップ(英語版)は、犠牲者の遺体を人質として扱わないよう分離主義勢力に公然と警告した[314]。アボットはまた、2014年10月13日のインタビューで、2014年11月中旬にオーストラリアのブリスベンで開催予定の20か国・地域首脳会合にロシアのプーチン大統領が出席することを見越して「オーストラリア人が殺されました。彼らはロシアの支援を受けた反政府勢力によってロシアが提供した装備で殺されたのです。我々はこのことを非常に不幸に感じています」とも発言した[315]。

ロシアのプーチン大統領は、ウクライナには自国領土で起こった事件の責任があると発言し、ウクライナ南東部で敵対行為が再開されなければ(この事故は)起こらなかっただろうと述べた[5][316][317]。彼はまた、調査終了前に性急な結論や政治的な声明を控えることが重要であるとも述べた。それから、ロシアは国際民間航空機関主導の国際的調査を支持するとも語った[318]。7月末にロシア連邦下院議員のイリヤ・ポノマリョフは、分離主義者が誤って旅客機を撃墜したとの見解を述べ、「間違った人々」に武器を供給したことにプーチンは気づき始めているとディ・ヴェルト紙のインタビューで語った[319]。デンマーク国際問題研究所は、1983年にソビエト連邦が最初に一切の関与を否定した1983年の大韓航空機撃墜事件に対するロシア側の反応との類似点を指摘した[320]。

アメリカ合衆国のバラク・オバマ大統領は、我が国が原因を特定するのに役立つだろうと述べた[5]。ホワイトハウスの報道官ジョシュ・アーネスト(英語版)は声明の中で、完全な調査ができるようウクライナでの即時停戦を求めた[321]。副大統領のジョー・バイデンは航空機が故意に撃墜されたようだと発言し、墜落事故調査のためアメリカの支援を申し出た[317]。米国国連大使のサマンサ・パワーは戦争を終わらせるようロシアに要請した[14]。イギリス政府は事件を受けて国連安全保障理事会の緊急会合を要請し、緊急内閣府ブリーフィングルーム会議を招集した[322]。アメリカ統合参謀本部議長のマーティン・デンプシーは、この墜落事故を受けてプーチンが反政府勢力の支援から後退するどころか「過激にする決定を下した」と述べた[323]。

オランダのフェイフハイゼンにあるMH17便犠牲者の慰霊碑

墜落からちょうど3年後の2017年7月17日、オランダのフェイフハイゼン(オランダ語版)で犠牲者を追悼する慰霊碑が公開された。スキポール空港のすぐ外にある慰霊碑の除幕式には、2000人以上の犠牲者遺族、ウィレム=アレクサンダー国王夫妻、マルク・ルッテ首相、法務大臣、オランダ上下院の議長が出席した。敷地内には、犠牲者になぞらえた298本の樹木がある[324]。

日本

日本政府は日本時間7月18日、国家安全保障会議の関係閣僚会議を開き、情報の分析や今後の対応を協議した。安倍晋三首相は「国際社会においても原因を究明していく必要がある。日本としてできることがあれば、国際社会とともに行っていきたい」と述べた[325]。

菅義偉内閣官房長官は「撃墜されたとしたら、国際社会は強く批判すべきだ。真相を究明することが国際社会の責任だ。墜落の現場にすべての関係者がアクセスすることが大事だ」と述べた[325]。

2014年7月25日、安倍首相はオーストラリアのアボット首相とメキシコに向かう政府専用機内で電話会談を行い、そこで両首脳は今回のことについて、真相究明のため緊密に連携していくことで合意した[326][327][328]。会談の中でアボット首相は、オーストラリアが参加している墜落の調査状況を説明。安倍首相は「(報道などによると)武装勢力によるアクセス妨害や残骸などの持ち去りが調査を阻害している」と懸念を示し、事故調査には、現地を支配する親ロシア派武装勢力の協力が不可欠との認識で一致した[326]。また安倍首相は、オーストラリアから20人以上の犠牲者が出たことに弔意を示し「真相究明を最大限重視している」と強調し、アボット首相も「真の友情の表れだ」と謝意を示した[327]。

2014年7月28日午前、菅官房長官はカナダのベアード外相と首相官邸で会談を行い、今回の事件でカナダ人乗客が亡くなったことに対して「亡くなられたカナダの犠牲者に哀悼の意を表する」と弔意を表し、真相解明に向けて先進7か国で連携することを確認した[329][330]。

岸田文雄外務大臣は、日本時間の2014年7月29日夕方にオランダのティマーマンス外相と電話で会談し、今回の撃墜事件で多くのオランダ人が亡くなったことについて哀悼の意を示したうえで、「日本は一刻も早い真相究明を重視しており、最大限支援していきたい」と述べ日本としても調査などに協力していく考えを伝えた[331]。また、ウクライナ情勢を巡って、クリミア産の製品の輸入制限を含んだロシアに対する追加の制裁措置を28日発表したことを説明した。これに対しオランダのティマーマンス外相は、「墜落現場周辺の治安が悪く、オランダの調査団が現場に入れない状況」を説明し、「日本からの協力の提案に感謝したい。大変苦しい状況だが、事件を実行した者の責任を追及するため決して手を緩めない決意だ」と述べるとともに、事件の迅速な真相究明やウクライナ情勢の安定に向けて、引き続き緊密に連携していくことについて互いに確認した[331]。

7月30日、岸田外相は15時からおよそ15分間にわたって、ウクライナのキエフを訪問中のオーストラリアのビショップ外相と電話で会談を行い、「ウクライナ情勢の安定に向けて連携する方針」を確認した[332][333]。

国際機関

7月17日、欧州連合(EU)のジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾ代表とヘルマン・ファン・ロンパウ代表は、直ちに徹底的な調査を要請する共同声明を発表した[334]。潘基文国際連合事務総長は原因究明に向けた「徹底的かつ透明性が確保された国際調査」を要請し、ウクライナ側の要求に応じて7月18日に国際連合安全保障理事会がマレーシア航空機の墜落事件について討議する緊急協議を行った[335]。国連安保理は緊急会合に先立って、関係当事者に対して国際的な独立調査の受け入れを求め墜落現場への即時立ち入りを許可するように要請する声明を発表した。この声明は撃墜の起きた7月17日中の発表を目指していたが、ロシア側が「内容の適否を最終確認したい」と要求して声明の発表を1日遅らせた[336]。

国連安保理は7月21日に「マレーシア航空17便の撃墜を非難し、墜落現場への全面的な立ち入りを求める決議」を全会一致で採択した[337]。決議案は「298人の命が失われたマレーシア航空17便の撃墜を最も強い表現で非難」した上で[336]、親ロシア派に対し、機体の残骸を破壊したり遺品を持ち去ったりしないよう要求し、欧州安保協力機構などの国際的な調査活動に制限を加えないよう求めたもので、また遺体の収容も「尊厳と敬意」を持って当たるべきだと主張。現場地域における「全ての国と関係者に国際的な調査への協力」を求めた[336]。決議の中では責任の所在には言及せず、ロシアも賛成に回った[337]。なおEU当局者は、航空機のブラックボックスについてウクライナが第一請求権を持っている(もしも分離主義側が持っているならウクライナ政府に渡すべきだ)と述べた[338]。

7月18日、国際民間航空機関 (ICAO) はウクライナ側の要請に応える形で、国際民間航空条約26条に基づきウクライナ国家航空事故調査局を支援する専門家チームを派遣すると発表した[339]。7月21日、国連安全保障理事会は事件の公式犯罪捜査に関連する決議2166を採択した[340]。7月24日、ICAOは加盟に対して、紛争の影響を受けた空域で運行する民間航空機の安全や安全保障への責務を改めて通知した[341]。

MH17便犠牲者のためスキポール空港に仮設された献花台

墜落事故の後、オーストラリア[342] とオランダで追悼式が行われ、オランダでは最初の犠牲者が到着した日を国家哀悼日とした(1962年以来初めてのこと)[343][344]。7月20日、代表団がMH17便に数人搭乗していたエイズ2014会議の開会式は墜落犠牲者への弔辞から始まった[345]。マレーシアでは、首都クアラルンプールに仮設の献花台が作られた[346]。

ロシアメディアの報道

ベリングキャットは、ロシアメディアによる報道が他の大半の国における報道とは異なり[31]、時間の経過とともに大幅に変化していると主張している[32][347]。ベリングキャットによると、これらの変更は通常DSBや調査団によって公開された新しい証拠に対応して行われている[347]。2014年7月18日から24日にかけてレバダセンター(ロシア語版、英語版)(ロシアの独立系調査機関)が実施した世論調査によると、調査対象であるロシア人の80%がMH17の墜落はウクライナ軍によるものと考えていた。ウクライナ東部にいる親ロシア分離主義者の人災だと非難した回答者はわずか3%だった[348][349][350]。研究者は、この見解がテレビ視聴による情報領域 (televisual infosphere) の影響を受けたものだと述べた[351]。事件後の3日間で、ロシアのネット調査会社「トロールファーム」が偽アカウントから11万件超のツイートを投稿していた。主にロシア語で投稿されたツイートは当初、反政府勢力がウクライナの飛行機を撃墜したと言っていたが、急にウクライナが攻撃を実行したと非難することに切り替わった[352]。

対照的に、ロシア革新系野党の新聞ノーヴァヤ・ガゼータは墜落事故直後にオランダ語で「Vergeef ons, Nederland(我々を許してくれ、オランダよ)」という見出しを掲載した[293][353][354]。

当初の反応

7月17日の夕方、ロシアのポータルサイトLifeNews(現・Life.ru(ロシア語版、英語版))は、ドネツィク州トレス付近で現地時間17時半ごろにウクライナ空軍のAn-26輸送機がミサイルにより撃墜されたとする分離主義者からの声明を配信した[355][164]。イタルタス通信とRIAノーボスチもまたAn-26が現地時間16:00頃にトレス近郊の分離主義民兵によって撃墜されたと報道した[163][164]。同時刻にDPRを通じてブーク発射台護送団を担当したレオニード・ハルチェンコは、彼の司令官セルゲイ・デュビンスキーに発射台が「その場にあり」、ウクライナの地上攻撃機「一機を既に撃墜させた」と報告した[287]。

撃墜されたのが民間航空機だと明らかになった直後、分離主義のメディアは一切の責任を否定し、商業輸送の巡航高度に到達しうる対空ミサイルの所持を否定した[10][11][12]。
ウクライナ空軍による撃墜との主張

墜落事故から最初の1年間、ロシア国営メディアはウクライナ空軍のSu-25ジェット機が17便を撃墜したと主張していた[347]。ロシアの将官の証言では、ウクライナ軍のジェット機がMH17の近くにいたことがロシア航空管制からのレーダー情報で示されたという[356]。後からウクライナ空軍の脱走兵が、墜落当時MH17の近くを飛行することについてパイロット達が議論しているのを聞いたと主張した[357]。11月15日、恐らくウクライナのSu-25戦闘機によって後方から撃たれた旅客機の写っている漏洩したスパイ衛星写真をチャンネル1が報道し[358]、他のロシアメディアも追随して転載したが、ヘタな合成写真で航空機の大きさが合っていないとして即座に否定された[359]。後に、その写真は自称航空専門家によって電子メールで送信されたことが明らかとなり、彼は情報の扱いが不適切だったとして謝罪した[360]。雑誌『ザ・ニューヨーカー』による後のインタビューで、チャンネル1の最高経営責任者コンスタンティン・エルンスト(ロシア語版、英語版)は、衛星写真の報道が「単純な誤報」であるとし、意図しなかったヒューマンエラーだと述べた[361]。

この供述は後に、MH17便がウクライナ軍の操縦するブークによって撃墜されたというものに置き換わった[347]。その後のロシア軍による2016年のレーダーデータの提示では、もはやこの地域に軍用機の存在は映っていなかった[347]。

ウクライナのブークによる撃墜との主張

2015年5月、ノーヴァヤ・ガゼータ紙はロシア軍事技術者グループの名義入り報告書を発表し、航空機の機体破片と損傷パターンの分析に基づいて、旅客機が9M38M1ミサイルのブーク発射台によって撃墜されたと結論付けた。その中で、ミサイルがスニジネからではなくザロシチェンスケ(ウクライナ語版、英語版)から発射されたもので、その当時ウクライナの対空部隊がそこにいたと主張した[362]。ウクライナ保安庁は、ノーヴァヤ・ガゼータの説明には不正確さがあると述べ、報告書の一部を偽物と称した[363]。ロシアの軍事専門家は、爆発の瞬間時におけるロケットの空間的指向は報告書が主張したようなスニジネからの発射可能性を排除していない、とTV Rain(ロシア語版、英語版)で論じた。また、報告書は墜落の原因としてブークミサイルを認めており、ロシアメディアで流布された墜落に関する以前の理論(Su-25など)を信用できないとしていることを指摘した[364]。ウクライナ・プラウダ(ウクライナ語版、英語版)紙はウクライナの対空部隊に関する主張に疑問を呈し、撃墜当日にザロシチェンスケは親ロシア勢力の支配下にあったと述べた[365]。

2015年6月、モスクワに本社がある軍需企業アルマズ・アンテイ(ロシア語版、英語版)は、MH17がブークミサイルによって撃墜されたとする見解を示した。技術部長ミハイル・マリセフスキーは、機体の損傷の態様から使用されたミサイルが限定できると述べた。その上で、ミサイルはウクライナの支配する領域から発射されたもので、分離主義勢力の支配領域ではないと主張した[366]。ノーヴァヤ・ガゼータ紙は分析を公表し、アルマズ・アンテイの見解を否定したほか、当時村にはウクライナ軍もブーク発射台も無かったというザロシチェンスケ住民へのインタビューも掲載した[367][368]。

2014年7月21日、ロシアは衛星画像を根拠としてウクライナ軍によるブークミサイルの配備を指摘した。2015年5月31日、ベリングキャットは衛星画像の分析結果を公表し、画像が編集された痕跡を指摘した[369][370]。独紙ビルトはロシアの衛星画像を「偽物」と表現した[371]。

2018年9月17日、ロシア国防省は記者会見を開き、オランダの調査官がミサイルの一部とそのシリアル番号を表示した後に自分達はブークミサイルを生産した研究センターの記録を調査して機密解除した、とミサイル砲兵総局長官のニコライ・パルシン将軍が語った。パルシンは、ロシアの記録ではこれら部品から作られたミサイルが1986年にウクライナ西部の軍事部隊に輸送されたことを示しており、ロシアの認識ではウクライナを離れたことがないと発言した。当局はまた、旅客機を撃墜したとされるミサイルがロシアからウクライナに移動したことが映っているという合同調査団 (JIT) の提示したビデオ証拠は捏造されたものだと主張した[372]。

2018年9月、JITは、回収されたミサイル部品に関して、同年5月にロシアに詳細な情報を要求したにも関わらず返答を得ていないと述べた。JITはロシアが提供する情報を常に慎重に分析しており、一般公開された情報はいくつかの点で不正確であった。というのも、ロシアはどうやってMH17が撃墜されたかについて、時間経過と共に異なる説明をつけていたからである。例えば、ウクライナの戦闘機が空対空ミサイルをMH17に発射した証拠(レーダー画像)を持っているとの主張も行っていた[373][374]。

ウクライナ国家安全保障・国防会議の書記オレクサンドル・トゥルチノフは2018年9月、ロシアの主張が「犯罪を隠蔽するためロシア政府が捏造したもう一つの失敗した虚偽報告であることが、公式調査および独立した専門機関によって証明された」と述べた[375]。
陰謀論

7月18日、ドンバス人民兵の司令官イーゴリ・ギルキンが「かなりの数の遺体が新鮮ではなかった」と語ったことが報じられた。彼は続けて「ウクライナ当局はどんなごまかしもやってのける」と述べ、残骸の中に大量に血清と薬が見つかったと主張した[376]。ギルキンはまた、乗客の一部が墜落の数日前に死亡していたとも述べた[377]。

当初、ロシア政府が支援するテレビ局RTは[378]、本事件がウクライナの「西側支持者」が組織した陰謀であり、ウラジーミル・プーチン大統領暗殺の企みに失敗してウクライナによって撃墜された可能性があると報じていたが、プーチンの飛行ルートはウクライナの北側数百kmだったので、これはすぐに否定された[379][380]。

ロシア政府支持メディアによって広められた他の陰謀説には、ウクライナ側が誤って旅客機を撃墜したという主張が含まれており、2001年のシベリア航空機撃墜事件と酷似した手法(2014年12月の報道)であった[381]。具体的には、ウクライナの航空管制が戦争地域の上空を飛ぶためにフライトの行き先を意図的に変更したとか、ウクライナ政府が親ロシアの反政府勢力の信用を落とすために攻撃を組織したとの説があった[382]。ロシアのマスメディアで流布された異説の数は、DSBとJITの調査が分離主義者だと指摘するにつれて増えていった[383]。

過去5年間RTの特派員として働いていたサラ・ファースは、墜落事故の局報道を「嘘」と表現して抗議し、2014年7月18日に辞職した[384][385]。同社はファースが他企業からのオファーを受けて退職したと述べた[386]。

2017年5月、MH17墜落事故に関する公開討論において、墜落事故の「目撃者」として一人のウクライナ人男性が証言した。11月、この件に関して、オランダの新聞NRCハンデルスブラット(オランダ語版、英語版)は、キリスト教民主アピール党の政治家ピーター・オムツィクト(オランダ語版、英語版)が公開討論に先立ってその人物と接触し、話す内容を指示していたと報じた[387]。その男性はウクライナからの亡命希望者で、墜落を目撃していないにも関わらず、事件が発生した時刻に他の航空機を目撃したと述べ、ウクライナによる撃墜を示唆したという[388]。

2018年、ロシア国防省はウクライナの兵士が旅客機を撃墜したと言及する音声記録を保有していると主張した[389]。 』

マレーシア機撃墜、元ロシア軍大佐ら3人に終身刑

マレーシア機撃墜、元ロシア軍大佐ら3人に終身刑 オランダの裁判所
https://news.yahoo.co.jp/articles/bb5e81d5c6cb01d96815548e3b0e2337d05622d0

『ウクライナ東部で2014年7月にマレーシア航空機が撃墜された事件の公判で、オランダの裁判所は17日、殺人罪などに問われた親ロシア派勢力元幹部で露軍元大佐のイーゴリ・ギルキン(別名イーゴリ・ストレルコフ)被告ら、ロシア、ウクライナ国籍の4人のうち3人に求刑通り終身刑を言い渡した。1人は無罪とした。ロシア側は引き渡しに応じず、被告不在のまま公判が続いていた。

【写真】現場に散らばる犠牲者の旅の荷物

 アムステルダムからマレーシアのクアラルンプールへ向かっていた旅客機は、ウクライナ東部の親露派勢力が実効支配する地域の上空で撃ち落とされ、乗員乗客全298人が死亡した。犠牲者が最も多かったオランダの検察が5カ国による合同捜査を主導し、衛星画像や傍受した通信記録などから撃墜に使われたロシア軍の地対空ミサイル「ブク」の輸送や配備などにかかわったとして4人を起訴した。

 ギルキン被告は14年に一方的に独立を宣言したウクライナの親露派「ドネツク人民共和国」の「国防相」を務めていた。その他、有罪判決を受けたのは、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の元幹部、セルゲイ・ドゥビンスキー▽ウクライナ国籍で親露派の現場指揮官、レオニード・ハルチェンコの2被告。元GRUのオレグ・プラトフ被告は主導的な役割が認められないとして無罪を言い渡された。ロシア側は事件当初から関与を否定し続けている。【八田浩輔】』

号泣に俳優チョン・ウソンさんもだまされた…「梨泰院惨事の遺族を詐称」親子の厚かましい演技

号泣に俳優チョン・ウソンさんもだまされた…「梨泰院惨事の遺族を詐称」親子の厚かましい演技=韓国
https://news.yahoo.co.jp/articles/f6aac3bc1f5fb90822731a47c0d85d23fc4d35cc

『韓国梨泰院(イテウォン)惨事の犠牲者遺族を詐称して食事の接待などを受けた親子が俳優チョン・ウソンさんの前でも演技をしながら号泣する様子が公開された。

【写真】座り込んで号泣する「梨泰院惨事遺族詐称」親子の肩を抱く俳優チョン・ウソンさん

15日、ソウル龍山(ヨンサン)警察署はソウル龍山区の地下鉄三角地(サムガクチ)駅で梨泰院惨事犠牲者遺族を詐称していた50代女性Aとその10代の息子B君を詐欺疑惑で立件した。

警察によると、この親子は梨泰院駅惨事追慕空間で「息子が惨事で死亡した」とし、遺族を詐称して衣類や現金、食事接待などを受けた容疑がもたれている。

当時親子を痛ましく思って食事を提供したCさんはAの息子の名前が死亡者名簿にないことを不審に思い警察に通報した。

通報を受けて出動した警察は彼らを任意同行して取り調べた。警察関係者は「容疑をほぼ認めた」とし「空腹で金がなくてそうしたと供述した」と明らかにした。

親子は10日、梨泰院駅追慕空間に難民機構代表とともに訪問した俳優チョン・ウソンさんの前でも遺族の演技をした。

当時の現場を映したYouTubeの映像には追慕後に現場から離れようとするチョン・ウソンさんに誰かが「ここの遺族ですが握手の1回でもしてください」と呼びかける様子が映っている。

その後、チョン・ウソンさんの前に歩み出たAさんが大声を出して泣き、座り込んだB君は嗚咽してチョン・ウソンさんの手を握った。これに対してチョン・ウソンさんは無言でB君を慰めた。

一方、警察関係者はこれら親子に対して「親子が取り調べの過程で容疑をほぼ認めた」とし「親子が利益を得た部分が大きくないため、まず帰宅措置を取った」と説明した。』

ネックレスから財布までどこに…

ネックレスから財布までどこに… 遺族「それでも遺品なのに」
https://news.nate.com/view/20221107n03393

『(※ 原文は、ハングル。翻訳は、Google翻訳。)

【アンコメント】

事故現場で発見されたものは遺族たちに遺品です。
葬儀を終えた遺族や負傷者たちが物を探しに遺失物センターを探していますが、有毒貴金属と財布は見つけるのが難しいそうです。
チュ・ジンヒ記者です。

【記者】

「最善を尽くす息子が誇りに思う」と送った最後のメッセージを最後に読めなかった息子が残した遺品は甘かったです。

父キム・ウンソンさんが訪れたのは靴片とジャケットくらいでした。

息子が胸の中に持っていた財布は見えませんでした。

?インタビュー:キム・ウンソン/ゴ・キム・ヒョンスさん父

  • 「その中に他のものは重要なことはないのに。それでも遺品だから…ちょっと探してほしいです。

警察は惨事現場でバッグ124個、服258着などを回収しました。

遺失物の重量は1.5トンにもなりますが、財布や貴金属はほとんどないと伝えられます。

事故現場の目撃者の中には、財布や貴金属がない理由について一部の市民の外れた行動を指摘する人もいます。

?インタビュー:当時の目撃者

「私はその時心肺蘇生術していたんですよ。市民たちが持っていくのを見ました。

昨日(6日)午後4時基準で184人に油類品315点を返還し、725点を保管していることが確認されました。

警察は現場の近くで偶然物を拾ったら龍山書に返還してくれることを呼びかけました。

MBNニュースチュ・ジンヒです。[jhookiza@naver.com] 』

【萬物相】よその文化を間違った形で受け入れた韓国のハロウィーン

【萬物相】よその文化を間違った形で受け入れた韓国のハロウィーン
https://www.chosunonline.com/m/svc/article.html?contid=2022103180078

 ※ 元気に溢れ、血気盛んな「ワカモノ」を、大人数集めてはならん…、と言うことだ…。

 ※ ましてや、いつの間にか、「子どもがお菓子をねだる儀式」が変質して、「ワカモノ」が「仮装して」集結し、「騒ぎ立てる」という「祭り」になってしまっている…。

 ※ 「元気モノ」が大人数集合すれば、「群集心理」で、「抑制」のタガがはずれ、「日頃のうっ憤を、発散する」事態にすぐになる…。

 ※ 周りでそれを、「煽るヤツ」も必ず出現するしな…。

 ※ 「酒」でも入っていれば、なおさらだ…。

 ※ 渋谷でも、「車両をひっくり返したり」の「乱暴狼藉」に、及んだだろう?

 ※ まず、「集合させない」ことが、肝要だ…。

『ハロウィーン・デーはもともと宗教の祭だ。「諸聖人の日」というキリスト教の祝日がアイルランドの伝統的な祭と混ざり、1000年前からヨーロッパで根を下ろし始めた。しかし、アイルランドと英国、そして英国の植民地だった米国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド程度に限られる。同じキリスト教圏でもヨーロッパ大陸のカトリックや東ヨーロッパの正教会の国々では今もほとんど見られないという。そういう点で韓国と日本は非常に特異だ。宗教的意味合いはなくなり、若者たちの熱気があふれる祭に変わった。
 ハロウィーン・パーティーが韓国で幼稚園生や小学生たちの誕生日パーティーと同じくらい重要になってから10年近くたつ。子どもの英語教室で教育にハロウィーン祭を取り入れたことで流行したという。大人たちにとっては若いネイティブスピーカーの英語教師たちのパーティーが影響している。外国人が多く住むソウル市内の繁華街・梨泰院(イテウォン)がハロウィーンの聖地になったのもこのためだ。日本も同じ理由で外国人のクラブが多い東京・渋谷がハロウィーンの聖地となった。その過程で、テーマパークや食品メーカーの商売術も介入した。

 こうした事情のため、環境的な危険性もほぼ同じだ。4年前、渋谷で「クレイジー・ハロウィーン事件」と呼ばれる事件が発生した。群集が突然、暴徒化して物をたたいたり壊したりしたほか、グループ同士でケンカするだけでは収まらず、女性に対してセクハラ(性的嫌がらせ)をする騒動を起こした。日本人は集会・応援・祭の時に比較的秩序を守る方だ。だが、ハロウィーンでは不祥事ばかりが無限に起こる。10月の最終週になると、日本の警察はテロ対策に準じる警備を渋谷で行う。

 若者たちが集まると、熱気が度を越えることがある。酒が入ればもっとひどくなる。「覆面心理」も大きな影響を及ぼす。ハロウィーン祭の時、多くの人々が奇怪な仮面や服装で扮装(ふんそう)する。韓日のハロウィーンではアニメキャラクターに変身する「コスプレ」もある。英米圏のように最小限の宗教的敬虔(けいけん)さがあるはずもない。緊張感が緩むばかりだ。常に安全が崩壊する恐れがあり、危険が潜んでいる。

 梨泰院で多くの若者たちが無念なことに命を失った。安全対策上、惜しまれる点が一つや二つではないが、原点にも立ち返るべきだ。外来の文化をこのように受け入れたことは果たして正常なことだったのだろうか。他人の文化を間違った形で受け入れたのが事故の原因ではないだろうか。英米圏でもハロウィーンの事故がないわけではない。しかし、子どもたちが近所を歩き回ってキャンディーを受け取るのを見ても分かるように、彼らにとってハロウィーンはコミュニティーの絆(きずな)を確認する文化だという。すべての祭の本来の意味も事実、こういうものだ。これまで韓国が経験してきたハロウィーンの中には、祭という仮面をかぶった「危険」が潜んでいた。実に無念だ。

鮮于鉦(ソンウ・ジョン)論説委員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 』

韓国雑踏事故、米下院議員のめい死亡

韓国雑踏事故、米下院議員のめい死亡 ソウルに留学中
https://news.yahoo.co.jp/articles/54f3e9d435b04113f75483218a6762a6aadeee9c

『(CNN) 米共和党のブラッド・ウェンストラップ下院議員(オハイオ州選出)は31日、めいのアン・マリー・ギースキーさんが先週末に韓国首都ソウルで起きた雑踏事故で亡くなったことを明らかにした。

【映像】ソウル転倒事故、現地の様子は

ウェンストラップ氏は声明で「私たち家族全員がアン・マリー・ギースキーの死を悲しんでいる。彼女は神からの贈り物だった。私たちは彼女のことをとても愛していた」と述べた。

ウェンストラップさんはまた、ギースキーさんの両親に代わって声明を発表。両親は声明で「アン・マリーの死に打ちのめされており、心が張り裂けそうな気持ちだ。彼女は誰からも愛される明るい光だった」と述べ、祈りとプライバシーの尊重を求めた。

ギースキーさんは米ケンタッキー大学で学ぶ看護学生で、同大学長の声明によると、今学期はソウルに留学していたという。

ケンタッキー大の学長は声明で「アンの家族とは連絡を取っている。彼らが筆舌に尽くしがたい喪失に対処する間、我々は現在もこれからも可能な限りの支援をする」と表明。韓国からケンタッキー大に来ている留学生80人近くにも支援が必要だとの認識を示した。

ソウルで起きた事故では少なくとも155人が死亡した。

米国人2人を含め外国人少なくとも26人が亡くなっており、これまでに十数カ国の大使館が自国民の犠牲者が出たことを確認した。

韓国は1週間の服喪期間に入った。当局者は事故が起きた経緯について調査を進めている。』

韓国・梨泰院のハロウィン圧死事故、韓国人の「お国柄」が原因の一つか

韓国・梨泰院のハロウィン圧死事故、韓国人の「お国柄」が原因の一つか
https://news.yahoo.co.jp/articles/7f59adeed7243833c76133b3c9557dc312c032a7?page=1

『羽田 真代のプロフィール

羽田 真代(はだ・まよ)

ビジネスライター。同志社大学卒業後、日本企業にて4年間勤務。2014年に、単身韓国・ソウルに渡り、日本と韓国の情勢について研究。韓国企業で勤務する傍ら、ビジネスライターとしても執筆活動を行っている。』この人かな…。( https://jbpress.ismedia.jp/search/author/%E7%BE%BD%E7%94%B0+%E7%9C%9F%E4%BB%A3 )

 ※ 『1956年 1月:新潟県弥彦村の神社で行われた餅まきで124人死亡

1983年 6月:阪神甲子園球場で開かれたアイドル野球大会で1人死亡

1990年 1月:大阪市北区のライブハウスで1人死亡、約30人が倒れる

1995年11月:北九州市のエスカレーターで、後ろ向きに転倒して将棋倒しになり、1人死亡、5人が軽傷

2001年 7月:兵庫県明石市の花火大会で11人死亡、183人重軽傷』

 ※ 新潟県弥彦村の餅まき、阪神甲子園球場のアイドル野球大会、大阪市北区のライブハウス、北九州市のエスカレーター、兵庫県明石市の花火大会…。なるほど…。

『10月29日深夜、ハロウィーンの人出でにぎわう韓国・ソウルの梨泰院(イテウォン)地区で、人並みに押しつぶされて154人が亡くなるという事故が起きた。転ぶ人、意識を失う人、負傷者が出る中でも人々は前進を続けたという。韓国では、今回の事故は「人災」だと、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権を責める声も出始めている。コロナ前にハロウィーン見物のため現場を訪れたことがある筆者は、事故への対応や事故の起き方そのものにも韓国の国民性を感じたという。もし日本だったら、この事故は違う展開になっていたのではないか。(ビジネスライター 羽田真代)

● 梨泰院で群衆の雪崩事故、 154人が犠牲に

 韓国でまた痛ましい事故が起こった。ソウル・梨泰院で群衆雪崩が起き、20代・30代を中心に多くの若者が命を落としたのだ。事故が発生したのは10月29日。筆者がこのことを知ったのは、30日に日付が変わってすぐのことだった。そのとき見たニュース記事には「将棋倒しで50人心肺停止か」と書かれていた。

 将棋倒しで50人も心肺停止だなんて、にわかに信じ難い。事実を確かめるためにSNSで現場の様子を検索してみた。すると、ぐったりと倒れている人の姿や、狭い通りのあちらこちらで心肺蘇生が施されている様子が次から次へと出てくるではないか。映像を見てようやくニュースが本当なのだと確信した。

 30日の朝、起床して最新のニュースを見てみると、死者数は149人に増えていた。同日の夜には死者が154人(女性が98人、男性が56人)、負傷者が149人(うち33人が重傷)、死亡した中には日本人女性2人も含まれていることが分かった。身分証を携帯していない被害者も多く、身元確認に時間を要したようだ。

 韓国で多くの若者の命を失った事故は、2014年のセウォル号の沈没事故以来だ。このときは韓国の学生らを中心に304人が死亡し、142人が負傷した。その他、韓国で過去に大勢の人が死亡した事故は次の通りである。

1993年10月:西海フェリー号沈没事故 <292人死亡>
1994年10月:聖水(ソンス)大橋崩壊事故 <32人死亡、17人負傷>
1995年 6月:三豊(サンプン)百貨店崩壊事故 <502人死亡、937人負傷>
2003年 2月:大邱(テグ)地下鉄放火事件 <192人死亡、151人負傷> 』

『● コロナ禍始まって以来、初のノーマスクイベント

 今回のハロウィーンイベントは、新型コロナウイルスが拡散してから初のソーシャルディスタンス規制なし、ノーマスクであったことから、開催前からメディアも浮き足立った報道をしていた。規制、規制で行動に制限をかけられていた若者たちにとっては、ようやく政府公認、堂々と騒ぐことができるとあって、楽しみで仕方なかっただろう。

 筆者もコロナ禍前に、梨泰院のハロウィーン見たさに現場を訪れたことがある。事故当時は10万人程度集まっていたようだ。事前に警察は「金曜日から日曜日にかけて10万人近い人が梨泰院に集まると予想しており、そのために警察官を200人(主に麻薬取り締まり担当)以上配置する」と発表していたから、ある程度予想通りの人出であり、警備の準備もしていたことになる。

● 日本でも韓国でも 群衆雪崩事故は起きているが……

 この梨泰院の事故を受けて、日本では韓国の危機管理能力の低さや知識不足を否定する声を聞く。「日本ではこんな事故は起きない」「今回の事故もセウォル号も人災だ」と言い切る意見まであるほどだ。

 だが、過去にさかのぼれば日本でも同じような群衆雪崩が起き、多くの犠牲者を出してきた。

1956年 1月:新潟県弥彦村の神社で行われた餅まきで124人死亡
1983年 6月:阪神甲子園球場で開かれたアイドル野球大会で1人死亡
1990年 1月:大阪市北区のライブハウスで1人死亡、約30人が倒れる
1995年11月:北九州市のエスカレーターで、後ろ向きに転倒して将棋倒しになり、1人死亡、5人が軽傷
2001年 7月:兵庫県明石市の花火大会で11人死亡、183人重軽傷

 現代の日本が韓国ほど群衆雪崩を起こしていないのは、過去の教訓を生かして警備体制をしっかりと敷いているからだ。だが、過去に事故や事件を幾度となく経験した日本であっても、同じような惨事を招くことだってある。結局は人間の行うことだ。完璧などあり得ない。』

『● 日本人と韓国人、 有事の時に国民性の違いが出る?

 ただ筆者も、日本人と韓国人とを比較すると、危機管理能力も知識の豊富さも韓国人より日本人の方が勝っていると思う。それは、日本が韓国よりも先に発展したことにより、韓国よりも多くの経験値とデータを有しているからだろう。

 事故発生直後、韓国の警察は「今すぐに帰宅してください」と人々に向かってアナウンスしたそうだ。だが、このようにアナウンスしては混乱を招くだけである。日本の警察であれば、人が殺到しないよう順々に帰宅を促したのではないかと思えてならない。このような細かい点が、日本と韓国では明らかに異なるのだ。

 それに日本は災害大国だ。ありとあらゆる事態に備えてマニュアル化されている。一方、韓国はそうではない。韓国では事故・事件が起こった際、悲しみを糧に教訓を得るのは被害者遺族のみで、国は都度目立った対策を取ってこなかった。梨泰院で起こった事故よりも小さな規模の事故は日々韓国の至る所で起こっている。梨泰院事故の要因のひとつとして、道の傾斜が挙げられているが、韓国の道路というものは元々傾斜や高低差がひどく、体のバランスが保ちづらい場所が少なくないのだ。これまで政府は道路の改善に取り組んでこなかったし、梨泰院の事故を経験したからといって直ちに対策を取ることもないだろう。

 また、日本は良くも悪くも慎重な国民性だ。「とりあえずやってみよう。やってみて駄目なら方法を変えればよいだけだ」と考える韓国とは違う。このような国民性も、事故・事件の程度の差を生むのだと思う。

● 韓国では 「人を押して前に進む」が日常的

 加えて、日頃から韓国には人を押して先に進もうとする習性がある。梨泰院の事故を見て筆者が思い出したのは、韓国の通勤・退勤ラッシュだった。筆者は何年もこれに巻き込まれている。

 韓国では、車両の出入り口付近にいる人が乗り降りする人に対して配慮するということは基本的に「ない」。日本であれば下車する人のために、出入り口にいる人もいったん車両から降りるが、韓国では人を押して降りるのが普通だ。このとき、出入り口付近にいる人が外に押し出されることはある。

 人が密集したところに行けば、必ず後ろから押される。だから、それに負けじと押し返す。梨泰院で事故が起こったときも、同じような力が現場に居合わせた人それぞれに作用していたはずだ。そこに「下り坂」という要因が加わり、道路の狭さが加わり、逆行する人の力まで加われば、群衆雪崩が起こってもまったく不思議はない。

 実際、5人の男性が後ろからわざと押していたという目撃談もあるから、必要以上の力が加わっていたのは確かだろう。』

『● 心肺蘇生ができる人が多いのは 兵役の副産物

 筆者が梨泰院の事故の映像を見てひとつ感心したのは、意識がない人に対して心肺蘇生法を試みる一般人が多かったことだ。韓国には徴兵があり、そこで蘇生法について学ぶから、いざというときに役に立つ。

 仮に日本で同様の事故が起こったとき、日本人のうちどれだけの人が蘇生に加われるだろう?北朝鮮によるミサイル問題など、日本だってどんな有事が起こるか分からない。我々もいざというときに実践で使えるよう、蘇生方法を学んでおいてもいいのかもしれない。

 一方で、梨泰院では蘇生を施す人の傍らで酒を飲んだり踊ったりする人がいたことが物議を醸している。また、道路は不法駐車の車が多く、救急車の立ち入りに苦労したという話も出ている。韓国人のマナーを大きく見直す時が来たのかもしれない。

● セウォル号事件後の朴元大統領のように 尹大統領に危機が迫る可能性も

 今回のハロウィーンイベントには10万人もの人が集まった。2017年のイベントはこの2倍、20万人がいたという。このとき警察は4600人配置され、警察による一方通行の誘導や、道路車両統制、地下鉄駅の無停車通過など、さまざまな対策が取られていた。だから、今回の事故は「人災」だと、保守・尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権を責める声が高まっている。

 同じ保守政権下で起きたセウォル号の沈没事故では、朴槿恵(パク・クネ)元大統領が退陣へと追いやられた。現政権を否定する声が鳴りやまなければ、尹大統領も先人と同じ道をたどることになるかもしれない。』

ソウル梨泰院の事故、韓国人の「ある特性」が台湾のネット上で話題に―台湾メディア

ソウル梨泰院の事故、韓国人の「ある特性」が台湾のネット上で話題に―台湾メディア
https://www.recordchina.co.jp/b903582-s25-c30-d0052.html

『台湾メディアの中天新聞網は30日、韓国・ソウルの繁華街・梨泰院(イテウォン)で発生した雑踏事故をめぐり、「台湾のネット掲示板で韓国人のある特性が話題になっている」と報じた。

29日に発生したこの事故で、現在までに外国人26人を含む154人が死亡した。韓国メディアの報道によると、当日は13万人が梨泰院を訪れていたといい、詳しい事故原因は依然として調査中であるものの、誰かが故意に押したとの情報が出ているほか、警備体制の不備も指摘されている。

そうした中、中天新聞網の記事は台湾のネット掲示板PTTに「韓国でこのような事故が起きたことは意外ではない」との投稿があったことを紹介した。

同ユーザーは「九份(ジウフェン。台湾の観光地)に行った時にかなりの混雑でゆっくり進まなければならなかったが、後ろにいた韓国人の一行がグイグイと押してきた。人混みには高齢者や子どももいたが、彼らは前方の人など一切おかまいなしだった。私が耐えかねて後ろに向かって怒声を上げたところ、ようやく止まった」と書き込んだという。

記事によると、これに対して他のユーザーからは「大阪のUSJで並んでいた時、後ろの韓国人がぴったりとくっついてきた。パーソナルスペースという概念などないようだった」「韓国に行ったことがあるが、彼らは本当によくぶつかってくる。それにぶつかっても謝らない」「確かにその通り。ぶつかりながら道を歩いている感じ」など、韓国では対人距離が非常に近いとのコメントが多く書き込まれていたという。(翻訳・編集/北田)』

(過去の投稿)

〔パーソナルスペースということ…。〕
https://http476386114.com/2020/03/05/%e3%83%91%e3%83%bc%e3%82%bd%e3%83%8a%e3%83%ab%e3%82%b9%e3%83%9a%e3%83%bc%e3%82%b9%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e3%81%93%e3%81%a8%e3%80%82/

梨泰院圧死事故:救助現場前で「大騒ぎで歌い踊る人々」動画拡散

梨泰院圧死事故:救助現場前で「大騒ぎで歌い踊る人々」動画拡散
https://www.chosunonline.com/m/svc/article.html?contid=2022103080016

『ハロウィーン・パーティーが行われた29日、ソウル市竜山区の繁華街・梨泰院(イテウォン)で発生した圧死事故により多数の死亡者が発生した中、一部の人々が救助現場で騒ぎながら歌ったり踊ったりする動画がインターネット上に拡散されていることが分かった。

 30日にネット上にアップロードされた動画を見ると、梨泰院で圧死事故が発生した時、一部の人々は消防車や救急車の近くで騒ぎ、手を上げ、その場で飛び跳ねながら歌ったり踊ったりしている。中にはシャボン玉が出てくるピストル型のおもちゃを使っている姿も見られる。現場に集まった人々たちは笑いながら事故現場をスマートフォンのカメラで撮影していた。

 こうした動画をネットで見た人々は「事故現場で歌ったり踊ったりするなんて、身の毛もよだつほど恐ろしい」「信じられない光景だ」「これぞ地獄だ」などの反応を見せている。

 だが、中には「これらの人々は多数の死亡者が発生していることを知らずに、あのような行動をしている可能性がある」と推測する声もあった。

 消防当局は30日、同日午前5時現在の同事故による死亡者は149人、負傷者は76人と集計していることを明らかにした。負傷者のうち重傷者は19人で、軽傷者は57人だ。

 だが、消防当局は同日午前4時までに発生した死亡者は合計146人で、負傷者は150人と発表していた。

 竜山消防署のチェ・ソンボム署長は、現場での発表で負傷者数が減った理由について「軽傷の中に帰宅した人がいるため、負傷者数が減った」と説明している。

 また、同署長は「被害者のほとんどが10代から20代の若者だ。外国人の死亡者は2人、外国人の負傷者は15人発生した」と発表した。

キム・ミョンイル記者

チョソン・ドットコム/朝鮮日報日本語版 』

サッカー暴動で死者125人、大統領がリーグ中断指示 インドネシア

サッカー暴動で死者125人、大統領がリーグ中断指示 インドネシア
https://www.epochtimes.jp/2022/10/119620.html

 ※ こういう状況下では、「腹をすかせて」「憤っている」大衆を、一か所に集めない方がいい…。

『[マラン(インドネシア) 2日 ロイター] – インドネシア東ジャワ州で1日夜行われたサッカーの試合終了後に暴動が発生し、地元保健当局によると125人が死亡、323人が負傷した。

警察によると、敗れた地元マランのチームのサポーターがピッチに乱入したことから、事態を収拾しようとした警官が催涙ガスを発射。この騒動が暴動に発展し、逃げようとした人が圧死するなどしたという。

当初は174人が死亡したと発表されたが、その後訂正された。

警察トップは「無政府状態になった。警官が攻撃を受け、車両が破壊された」とし、ファンが脱出しようと出口に殺到したと説明した。

国際サッカー連盟(FIFA)の安全規則では、スチュワード(警備員)や警察は銃器や「群衆を整理するためのガス」を携帯・使用してはならないと定められている。

東ジャワ州警察は、この規則を認識していたかどうかに関するコメント要請に応じなかった。

映像によると、ホームチームのマランFCがペルセバヤ・スラバヤに2─3で敗戦後、午後10時ごろにファンがピッチになだれ込み、催涙ガスとみられるものが使用されて乱闘になった。意識を失ったような人たちが運ばれていく様子も見られた。

病院関係者は地元テレビに対し、脳に損傷を受けた人もいるほか、死者には5歳の子どもも含まれていると語った。

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ジョコ大統領は、当局が警備体制を徹底的に調べる必要があるとし、調査が完了するまでサッカー1部リーグの全試合を停止するよう命じた。

FIFAのジャンニ・インファンティノ会長はロイターへの声明で、サッカー界は「インドネシアで起きた悲劇的な事件に衝撃を受けている」と述べた。

インドネシアサッカー協会当局者は記者団に対し、FIFAから事件の報告を要請されたとし、調査チームをマランに派遣したことを明らかにした。

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インドネシアの人権委員会も、催涙ガスの使用を含むグラウンドの警備について調査する予定という。

2日には多くの人がスタジアム前に集まり、犠牲者に花をささげた。

マフッド治安担当相はインスタグラムへの投稿で、スタジアムの観客数が定員を超えていたと指摘。収容人数3万8000人のスタジアムで、約4万2000枚のチケットが売られていたと述べた。

インドネシアではこれまでも試合でのトラブルがあり、クラブ間の激しい対立がサポーターの暴力につながることもあった。

今回の事故は、1964年にリマで行われたペルー対アルゼンチン戦で発生した暴動と圧死で328人が死亡した惨事以来、最悪の規模とみられる。

Reuters 』

インドネシア、サッカー場で観客が暴動 125人死亡

インドネシア、サッカー場で観客が暴動 125人死亡
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM021NQ0S2A001C2000000/

 ※ 『同競技場では1日、地元のアレマFCとアウェーのペルセバヤ・スラバヤの試合があり、ペルセバヤが勝つと、敗戦に激高したアレマFCのサポーターが競技場のピッチになだれこんだ。

事態を収拾しようと、警備に当たっていた地元警察が催涙弾を発砲したところ、観客がパニックになって出入り口に殺到し、圧死や窒息死する人が多数出た。当時、競技場では4万人の観客が試合を観戦していた。』…。

 ※ NHKのネットラジオのニュースで聞いた(こっちは、スマホで聞いた)ところによると、この地元チームには「不敗神話」があって、この日まで「不敗」だったらしい…。
 ※ どこの国民も、コロナによる長い行動規制と、長引く不況、さらにはウクライナ事態に起因するエネルギー危機、食料危機、物価の高騰、好転しない不況で、「発火点」はいよいよ「低くなって」いる…。

 ※ 不満抱えた、「怒れる大衆」が「4万人も集結すれば」、到底制御不能になりやすい…。

 ※ 日本の「日比谷焼き打ち事件」に見られるとおりだ…。

 ※ そういや、花火大会に集結した群衆が折り重なって倒れた、どっかの市の事例もあったな…。

 ※ こっちは、『「11名が全身圧迫による急性呼吸窮迫症候群(圧死)等により死亡し,183名が傷害を負う」[1]被害を出した(wikiより)』というものだったらしい…。

 ※ 『歩道橋において、駅から来た客と会場からの客が合流する南端で、1m2あたり13人から15人という異常な混雑となり、「群衆雪崩」が発生した。その際、周囲に知らせるために歩道橋の屋根上にまで登る人も続出した。

「11名が全身圧迫による呼吸窮迫症候群(圧死)等により死亡し,183名が傷害を負う」[1]被害を出す惨事となった。 』というものだったらしい…。

『【ジャカルタ=地曳航也】インドネシアの東ジャワ州マラン県のカンジュルハン競技場で1日夜、プロサッカーリーグの試合の後、一部の観客が暴動を起こし、警察官を含む125人が死亡した。国家警察が明らかにした。300人以上が負傷したという地元メディアの報道がある。

同州政府は一時、死者が174人に達したと表明するなど、犠牲者の確認をめぐり混乱した。同競技場では1日、地元のアレマFCとアウェーのペルセバヤ・スラバヤの試合があり、ペルセバヤが勝つと、敗戦に激高したアレマFCのサポーターが競技場のピッチになだれこんだ。

事態を収拾しようと、警備に当たっていた地元警察が催涙弾を発砲したところ、観客がパニックになって出入り口に殺到し、圧死や窒息死する人が多数出た。当時、競技場では4万人の観客が試合を観戦していた。地元メディアは日本人選手2人も出場していたと報じた。

在インドネシア日本大使館によると、日本人の死傷者は確認されていない。ジョコ大統領は2日、国家警察長官に事故の経緯を徹底して解明するよう指示した。事故を起こしたプロサッカーの1部リーグの試合を当面見合わせることを同国サッカー協会に求めた。

インドネシアではサッカーは国民的に人気があるスポーツのひとつだ。地元メディアによると、競技場の事故としては、1964年にペルーの首都リマのエスタディオ・ナシオナル競技場で開催したサッカーの試合で、観客が乱入するなど混乱し、300人以上が死亡した例がある。

ニューズレター https://regist.nikkei.com/ds/setup/briefing.do?n_cid=DSREA_newslettertop 』

人命よりコロナ対策」救助隊員のPCR検査に市民が反発 四川地震

人命よりコロナ対策」救助隊員のPCR検査に市民が反発 四川地震
張哲
2022/09/09 更新: 2022/09/09
https://www.epochtimes.jp/2022/09/117002.html

『中国国営中央テレビは8日、四川省濾定県で5日に発生したマグニチュード6.8の地震で82人が死亡、250人以上が負傷したと発表した。35人と連絡が取れていないという。

いっぽう、被災地に到着した救助隊員は「PCR検査を受けてから」活動を開始するよう求められ、人命救助につながる貴重なタイミングを逃したと市民らは反発した。

地震発生当日、現地の感染対策指揮部は被災地周辺の感染対策を強化するため、「民間の救援活動を受け付けない」「被災者と救助隊員は毎日1回PCR検査を受ける」と発表した。』

(※ 無料は、ここまで。)

四川大地震

四川大地震
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%B7%9D%E5%A4%A7%E5%9C%B0%E9%9C%87

 ※ 中国、四川、地震…、と聞くと、どうしてもコレが思い出される…。

『2008年四川地震(しせんおおじしん、しせんだいじしん)は、中華人民共和国中西部に位置する四川省アバ・チベット族チャン族自治州汶川県で現地時間(CST)2008年5月12日14時28分(UTC6時28分)に発生した地震のことである。

中国地震局は「汶川地震(ウェンチュアンディジェン、ぶんせんじしん、拼音: Wènchuān dìzhèn)」という名称を基本として、広域名の四川省や地震規模を組み合わせた「四川汶川8.0級地震」とも呼び、中国国内の報道などでは歴史的事件の名称でよく用いられるような発生日に基づいた「512大地震」とも呼んでいる。 』

『地震活動の詳細

地震のメカニズム

この地震は、四川盆地の北西端にあって北東から南西の方向に走る衝上断層(断層面が水平に近い逆断層)が動いた結果として起こったとみられている。この断層は龍門山脈の下を走る龍門山断層(ロンメンシャン断層、龍門山衝上断層帯、Longmenshan Thrust Zone)と呼ばれる長さ約300kmの断層帯の一部だとみられている。

地震が発生したこの付近は、標高5,000m級の山が連なるチベット高原から標高500m前後の四川盆地へと急激に標高が低くなる地帯であった。このような急な地形が形成された要因であり、この地震の要因でもあるのがこの付近で活発な地質活動(隆起、沈降、地震といった大地の動きの総称)である。

インド亜大陸などが乗ったインドプレートは1年間に数cmというスピードで北に動いていて、中国をはじめとしたユーラシア大陸の大部分が乗ったユーラシアプレートを強く圧迫している。数千万年前から続くこの動きによってもともとあった山塊や付加体が隆起して、ヒマラヤ山脈やチベット高原といった高地ができた。このプレートの動きは現在も続いており、ヒマラヤ山脈やチベット高原は強い圧迫の影響を受け続けている。この影響はチベット高原の北部では北方向への圧縮、同高原の東部では東方向への圧縮となり、四川盆地の西側でも東方向へ地殻が圧縮されている。また、GPS測地によって新たに考案されたプレート区分においても四川盆地の西側は南方向に動くユーラシアプレートと南西方向に動く揚子江プレートの境界部分に当たる。四川盆地の西の縁は、何らかの理由によりその圧縮の力が集中していると考えられている。

このような条件の下で四川盆地西縁には活構造ができ、地形も急になった。四川盆地西縁の活構造は康定断層帯(鮮水河―小江断層帯。厳密には、四川盆地西縁の活構造に属するのは断層帯の南東側半分のみ)や龍門山断層帯といった多数の断層を有している。また、龍門山断層帯は構造地質学上、アルプス・ヒマラヤ造山帯と揚子江卓状地(シナ地塊の一部)の境界部分に位置している。この地域は寧夏回族自治区・甘粛省東部・四川省西部・雲南省に連なる「南北地震帯」の中にあり、古くから地震の多い地帯ということが知られていた。

プレートの境界と動きのベクトル
(USGSの図 をもとに作成)

1933年8月25日には今回の地震の震源から北北東に約110km離れた地点(茂県畳渓鎮)を震源とするM7.5の地震(茂県地震)が発生、1958年2月8日には北川県でM6.2の地震(北川地震)、1960年11月9日には松潘県でM6.8の地震(松潘地震)、1970年2月24日には大邑県でM6.2の地震(大邑地震)、1976年8月16日・23日にはM7.2の地震が2回(松潘・平武地震)発生するなど、龍門山断層帯の周辺で発生したものと見られる地震は20世紀だけでも多数ある。また、龍門山断層帯にYの字型に接している康定断層帯でも同じように地震がたびたび起きている。ただし、龍門山断層帯の周辺で発生した地震はいずれも龍門山断層帯で発生したものではなかった。ある研究では平均変位速度は1mm/1年以下と非常に動きが遅く1千万年前以降はほとんど活動していないとされており、かなりの長期間に渡って静穏期に入っていたと見られている。今回の地震は、この静穏期の終わりを告げるものであり、従来の地質学では「古い断層」「活動していない断層」とされている龍門山断層帯で地震が発生したことは衝撃を与えた[3][4][5][6][7]。

また2001年11月14日のチベット北部の地震(M8.1)、2002年のアフガニスタン北部の地震(M7.4)、2004年のスマトラ島沖地震(M9.1)、2005年のスマトラ島沖地震(M8.6)やパキスタン地震(M7.6)、2006年のジャワ島南西沖地震(M7.2)、2007年のスマトラ島沖地震(M8.5)、2008年の新疆ウイグル自治区の地震(M7.2)など、インドプレートとユーラシアプレートの境界地域で地震が頻発していることからこの地域が地震の活動期に入っており、向こう20年程度は大規模な地震が続発する恐れがあるとの指摘もある[8]。

本震
色により震度を示した図(USGSによる)

発生時刻 - 2008年5月12日14時28分(現地時間、UTC+8)、15時28分(日本時間、UTC+9)
震源 - 四川省アバ・チベット族チャン族自治州汶川県・北緯31度01分5秒、東経103度36分5秒、深さ19km
震源断層 - 龍門山断層の南部、逆断層、直下型(プレート内)地震、長さ約285km±5km[9]
地震の規模 - マグニチュード Ms 8.0(中国地震局)[2]、Mw7.9 (USGS)[1]
    中国地震局は当初地震の規模をM7.8と発表していたが、その後の再解析でMs8.0に修正した[2][10]。アメリカ地質調査所(USGS)は当初Mw7.8と発表し、後にMw7.9に修正した。
    M7.9〜M8.0といえば、いずれも直下型地震(プレート内地震)としては世界最大級の規模だった、1927年の古浪地震や2001年のインド西部地震、日本では1586年の天正地震や1891年の濃尾地震に匹敵する規模である。
    なお、日本の気象庁もアメリカ地質調査所と同じMw7.9と発表している。

北京、上海、香港など、北部の黒竜江省、吉林省、新疆ウイグル自治区を除く中国本土のほとんどの地区や台北[11]、バンコク、ハノイなどで体に感じる揺れが報告されている[12]。

このように広範囲で揺れが観測された理由としてこの地域がユーラシア大陸の強固な岩盤の上にあって地震波が減衰しにくいこと、震源が浅く規模が大きかったため、水平方向に伝播しやすく減衰しにくい表面波(レイリー波)が強くなったことなどが挙げられている。日本の長野県にある気象庁精密地震観測室(現在の気象庁松代地震観測所)では15時41分、18時10分、20時40分(いずれもJST)の4回にわたって表面波を観測し、表面波が地球を2周したことがわかった[13]。また、東京大学地震研究所は、防災科学技術研究所の広帯域地震観測網(F-net)がとらえた地震波形の解析結果から、地震波が地球を6周したと発表した[14]。

名古屋大学の山中佳子准教授の解析によると地下の断層は長さ約120km、幅約40kmにわたる範囲で大きく動いたとみられ、1995年の阪神・淡路大震災を招いた断層は長さ40〜50kmとみられることから今回の断層は長さで2倍以上、地震のエネルギーは約20倍に相当するとみられるという[15]。

また筑波大学の八木勇治准教授らは、長さ約250kmにわたる断層が2段階にわけて動いたとする分析結果を出している。地表近くで最も大きくずれ震源近くでは地表に約7mの段差が現れているとみられ、地震の破壊力は阪神大震災の30倍にもなるという[16]。断層の中に「特にずれが大きい場所が2か所ある」としている[16]。

余震

余震は長期間続き、5月22日までに782回観測されている[17]。中国地震局は24日までにM4.0以上の余震が173回、そのうちM5.0以上が27回、M6.0以上が4回あったと報告した。

8月30日午後4時半(日本時間同5時半)ごろ、雲南省に程近い四川省攀枝花市と涼山イ族自治州の境界付近を震源とするマグニチュード6.1の攀枝花地震が発生、死傷者は600人以上で100万人以上が被災した。5月の大地震と同じ断層の南端のズレに起因するものの、余震ではなく別の地震とみられている[18]。

被害

揺れと地滑りで大きな被害が出た北川チャン族自治県。農業発展銀行の北川県支店(前)と宿舎(後)

この地震によって道路や電力・水道・通信などライフラインが寸断された。2008年7月22日、中国民政部の報告によると、現地時間21日正午現在までで、この地震による死者は6万9197人、負傷者は37万4176人に上り、1万8222人がなおも行方不明となっている[19]。14日時点での発表によれば、家屋の倒壊は21万6千棟、損壊家屋は415万棟である[20]。中でも学校校舎の倒壊が四川省だけで6898棟に上り、校舎倒壊による教師と生徒の被害が犠牲者全体の1割以上を数え、学校建築における耐震基準の甘さと手抜き工事の横行が指摘された[21][22]。11月21日の四川省副知事による発表では生徒の死亡者数を1万9065人とし、これは9万人以上とされる死者、行方不明者全体の2割を超えている[23]。国際連合の国際防災戦略(ISDR)は死者は8万7476人としている[24]。

地震により避難した人は約1514万7400人、被災者は累計で4616万0865人となった。

震源地の汶川県映秀鎮の死者、行方不明者は全人口1万人の約8割の少なくとも7,700人に上った[25]。

死者・行方不明者が多い地震(世界) 順位 震央 発生日 (UTC) 死者・行方不明者数 (人) 規模 (M)
1 中国, 華県 1556年1月23日 約 830,000 8.0
2 ハイチ,ポルトープランス 2010年1月12日 約 320,000 7.0
3 アンティオキア 115年12月13日 約 ≧ 260,000 7.5
4 アンティオキア 526年5月29日 約 ≧ 250,000 7.0
5 中国, 唐山 1976年7月28日 約 ≧ 240,000 7.8
6 中国, 海原 1920年12月16日 約 200,000 – 240,000 8.6
7 インド洋大津波 2004年12月26日 約 230,000 9.1
アゼルバイジャン, ギャンジャ 1139年9月30日 約 230,000 –
9 中国, 洪洞 1303年9月25日 約 ≧ 200,000 7.6
10 イラン, ダームガーン 856年12月22日 約 200,000 7.9
11 イラン, アルダビール 893年3月23日 約 150,000 –
12 シリア, アレッポ(英語版) 533年11月29日 約 130,000 –
シリア, アレッポ 1138年10月11日 約 130,000 7.1
14 イタリア, メッシーナ 1908年12月28日 82,000 – 120,000 7.1
15 トルクメニスタン, アシガバード 1948年10月6日 約 110,000 7.3
16 日本,関東 1923年9月1日 105,385 7.9
17 中国, 直隷 1290年9月27日 約 100,000 6.8

また、都江堰市を流れる岷江の上流にある紫坪埔ダムなど複数のダムに亀裂が生じたり土砂崩れによって川が堰きとめられて地震湖が生じるなどの被害が確認されており、ダムの緊急放流や下流域からの避難を含む対策が取られている[26][27][28]。

世界遺産、文化財などの被害

多くの観光客が訪れる地域で起きた地震であったため、文化財などにも大きな被害が出ている。例えば都江堰を建設した父子を祀った二王廟では、山門の一部が倒壊し、本堂にも被害が出ている。また、江油市の李白旧居も山門が全壊し、建物も一部が損壊した。

九寨溝においては、九寨溝地域そのものや九寨黄竜空港への道は大きな被害がなかったものの、成都市からの陸路(西回り国道213号、東回り省道205号)が甚大な被害を受け通行不能となり、空路のみとなった。道路復旧に難航したが、2010年11月に、国道213号の復旧により、従来通りの陸路が全面回復した。

西安市郊外の兵馬俑坑でも7体の兵馬俑が損傷した[28]。

地震に便乗した犯罪

被害者の救済のための寄付金と称する詐欺事件が発生している[29]。また、中国紅十字会(赤十字社)のサイトが不正侵入による改竄を受け、義援金の振込先を別の口座番号に書き換えられる被害が出た[30]。

前兆現象

地震発生の数日前から、複数の宏観異常現象が観測されていた事が明らかになっている[31][32]

5月10日、四川省綿竹市西南鎮の檀木村で、数十万匹のヒキガエルの大規模な移動があった[32]。
地震の数日前、四川省に近い湖北省の恩施の池で、8万トンの水が5時間でなくなった[32]。

中国国内の反応

天安門広場に掲げられる半旗(2008年5月19日)
香港、中環(セントラル)で掲げられる各国の半旗(2008年5月19日、なおサウジアラビアの国旗は半旗にしてはいけないことになっている)

5月18日までに、武装警察部隊や人民解放軍など15万人近くが現地に動員された[27]。

温家宝総理は即日被災地入りし、地震対策本部を設置するとともに被災地で陣頭指揮を執っている。また、震災5日目には胡錦濤党総書記も震災地の視察を行った[33][34]。中国公安部はデマを流したり、扇動を行ったりする者には厳しい対処を行うと通知している[35]。

またネットでは、専門家が今回の大地震を予報したが、中国の地震局がこれを無視したとの発表もされた[36]。

四川省綿竹市にある、地震発生時刻を指して止まった時計塔は、そのままの状態で永久保存されることになった[37]。最も被害のひどかった北川は、町の再建が不可能と判断し住民全員を移住させ、町全体を「地震教育基地」として保存することになると言われている[38]。

5月18日、中国国務院より、19日から21日までの3日間は全国哀悼日と制定[39] され、中国国内のほか海外の中国大使館などで半旗が掲げられ、この地震による死者に弔意を表した。これは中国の歴史上、初めて自然災害による死者のために、天安門広場で半旗が掲げられたことになる。また、全国の映画館や劇場などの公共娯楽施設の営業が禁止された[40]。

全国哀悼日の初日である5月19日には、地震の発生時刻である14時28分に全国一斉に3分間の黙祷をささげた。電車、船、車などは汽笛を鳴らし、防空警報も鳴らされた。この模様は、中国全土に生中継され、夕方のニュースでも大々的に取り上げられた。この全国哀悼日の期間、各地で政府機関や学校、または市民らの自発的な行動により、募金活動やろうそくを使った追悼集会などが行われ、市民らが「中国加油! 四川加油!(中国がんばれ! 四川がんばれ!)」と声援を送る様子が震災特別番組にて繰り返し流された。

2009年3月2日、中国民政部により四川大地震発生日である毎年5月12日を「防灾减灾日(=防災減災日、防災の日)」と制定された。国民の防災意識を高め、防災に関する知識を普及するのが目的。1年目となる2009年には、四川汶川県映秀鎮にて中国共産党総書記である胡錦濤や国務院副総理である李克強らが参加する追悼式典が行われた[41]。また、中国各地でも追悼式典や、防災訓練などが行われた。

北京オリンピックへの影響

北京オリンピック組織委員会は中国各地で行われる聖火リレーではリレー開始前に1分間の黙祷を行い、関連イベントも縮小すると発表した[42]。だが地震発生翌日の13日に行われた福建省竜岩市でのリレーではスタート時に黙祷などの犠牲者を悼む行事は全く行われず、ネット上には「われわれ中国人には良心のかけらもないのか」「聖火リレーをやめ、節約したお金を救援活動に回すべきだ」といった批判的な書き込みも多数寄せられた[43]。

地震直後にはリレーの日程自体やコースは変更しないと発表していたが[44]、地震発生から1週間目にあたる5月19日から21日までは追悼のため一時中止した。また、6月中旬に予定されていた四川省内でのリレーは8月の開会式直前に延期[45]、チベットでは3日間の予定を1日に短縮した[46]。

義捐金を巡る騒動

義捐金について便乗した詐欺(上述)が発生したほか様々な事件が起きている。

中国のテレビ局中国中央電視台(CCTV)は被災地への支援を国民に呼びかけるキャンペーンを行っている[47] が、このテレビ局が14日に全国放送のニュース番組「新聞聯播」の中で聖火リレー中にランナーらに募金を宣伝する際に募金活動の「やらせ」が発覚し、ネット公開されていた同ニュースの該当箇所が削除されるなどの事件も起きている[48][49]。CCTVはこれを「編集ミスにより『記念撮影』が『義援金の募金』の場面として放送されたもので、やらせや偽善ではない」として、視聴者と撮影されたランナーに謝罪した[50]。

広東省の中学校では募金活動でも「やらせ」が行われ、その現場をビデオで隠し撮りした生徒が「これは私がこれまでに見た、史上もっとも恥知らずの募金行為だ」と語っている[51]。

中国内のネチズンの一部により、本来善意で行われるはずの義捐金の額が少ないとして外資企業を非難する、といった行為もなされ[52]、義捐金の額が少ない、としてケンタッキー・フライド・チキンの店舗などが襲撃される事件も発生した[53]。また、中国商務部により、義捐金の支払いが遅れている外資企業名を公表し、支払いが催促される[54] ということもあった。

なお、義援金は約767億元(報道時点のレートで約1兆600億円)集まったが、そのうちの約8割が政府の税収となったとの指摘がある[55]。

メディアの反応

5月19日から21日までの全国哀悼日の間は通常の番組及び、商業広告が禁止され、CCTVや地方局制作の震災特別番組のみが放映され、通常左上に有るテレビ局の表示もモノクロで表示された。以降、「众志成城抗震救灾(=衆志成城抗震救災,気持ちをひとつにして、震災に打ち克とう)」をスローガンに7月24日現在でも、地元四川のテレビ局を中心に、震災関連の番組が放映されている。

5月19日、北京にてこの地震を基にした「震撼世界的七日(世界を震撼させた7日間)」が、CCTV-1(総合チャンネル)のゴールデンタイムに7月16日から全14話で放映される事が発表された[56][57]。その後、各地方テレビ局でも放映された。

ポータルサイトであるYahoo!中国・香港。Google、新浪網なども、モノクロトーンの画面へとデザインが変更された[58]。また、5月19日の黙祷の期間中Googleのユニークアクセス数(訪問者数)が通常の10分の1になったという[59]。

中国、香港、台湾の新聞各紙も、白黒のみの構成になり、テレビ番組や芸能ニュースなどはまったくなく、この地震関連のニュースで誌面が埋まった [60]。

5月12日の地震発生時、四川省成都空港に偶然居合わせたテレビ東京のカメラマンが地震で逃げ惑う人々の撮影に成功し、その映像が全世界に配信された。アメリカ三大ネットワークとCNN、イギリスBBC、中東アルジャジーラ、韓国KBS、またロイター通信を通してその他の国に配信された。テレビ東京としては自社のクレジットが入った映像が全世界に配信される初の出来事であった。5月12日当日のテレビ東京ワールドビジネスサテライトは地震の映像をトップニュースで伝え、当日予定されていたニュースラインナップが大幅に変更されることになった。なお、中国中央電視台(CCTV)が四川大地震として公開している映像は地震が発生した5月12日のものではない。中国中央電視台の撮影クルーが被害の大きかった四川省汶川県を取材中に起きた余震を撮影したものである。

中国国外の反応

各国政府・組織

倒壊した建物(都江堰市)

Olympic flag.svg 国際オリンピック委員会:ジャック・ロゲ会長は、哀悼の意を表明している。胡錦濤国家主席に対しては、「この困難な時期にはオリンピックがあなた達の味方になります。私達はあなた達に配慮を行います」と述べている[61]。また、オリンピック委員会は災害救援として100万ドルの支援を行うことを決定した[62]。

Flag of the United Nations.svg 国際連合:国際連合人道問題調整事務所のElizabeth Byrsはジュネーブで行われた記者会見で、必要ならば国連災害評価調整チームを中国に派遣する準備ができていると述べた[63]。

Flag of Europe.svg ヨーロッパ連合:EUは中国に対し地震への支援を申し出ており、状況の確認を行っている[64]。

オーストラリアの旗 オーストラリア:スティーブン・スミス外相は哀悼の意を表明するとともに、行方不明者の捜索と救助の専門家の派遣を申し出た[65]。

カナダの旗 カナダ:マキシム・ベルニエ外相は、「私達は数千人が犠牲となり、数百人の子供が倒壊した学校の中に閉じ込められていることに深い悲しみを覚える」と述べた[66]。

フランスの旗 フランス:ニコラ・サルコジ大統領は胡錦濤国家主席に宛てた書簡の中で「私は強く心を痛めており、困難な時期にある中国の人々にフランスの支援を行いたい」と述べた[66]。

ドイツの旗 ドイツ:アンゲラ・メルケル首相は哀悼の意を表明するとともに、速やかな支援を行う用意があると述べた[67]。

イランの旗 イラン:イラン外務省のスポークスマンであるムハンマド・アリ・ホセイニは「イラン政府と同様に悼みの意を表明するとともに中国政府と犠牲者の家族への見舞いを述べ、負傷者の一日も早い回復を祈る」と語った[68]。

日本の旗 日本:福田康夫首相は胡錦濤国家主席と温家宝国務院総理に対して見舞いのメッセージを伝えるとともに[69]、5億円分の支援を行うことを決定した。また、東京消防庁の消防救助機動部隊(ハイパーレスキュー)を含めた国際消防救助隊などで編成される国際緊急援助隊救助チーム[62]、医師や看護士で編成される国際緊急援助隊医療チームなども派遣された。

ケニアの旗 ケニア:ムワイ・キバキ大統領は災害を悲しんでいると述べた。「政府とケニア国民を代表して、地震によって悲惨な人命の損失を受けた中国の人々に対し、哀悼と励ましのメッセージを送付した」と述べた[66]。

マレーシアの旗 マレーシア:マレーシア外務省は南西部で発生した破壊的な地震で亡くなった人々に対し深い悲しみを表明した。5月15日現在で、地震の揺れを感じた地域では死傷者は出ていないと発表している[70]。

ニュージーランドの旗 ニュージーランド:マイケル・カレン副首相は中国に対してニュージーランドとして同情と哀悼の意を伝え、要請があれば適切な手段で支援を行う用意ができていると述べた[71]。

朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国:金正日総書記は中国共産党と中国政府に深い同情の意を表明し、中国の犠牲者の家族に哀悼の意を伝えた。また、10万ドル(約1000万円)の支援をした[72]。また、北京時間5月19日午後2時28分、中国と同時に震災犠牲者に捧げる哀悼のクラクションやサイレンを鳴らした[73]。

パキスタンの旗 パキスタン:パルヴェーズ・ムシャラフ大統領は中国に対して哀悼の意を伝え、偉大な中国の人々を支え、パキスタンの全面的な支援と連帯を保証すると述べ[74]、5月25日には同国の軍用テントの全備蓄量にあたる2万2260張りのテントを寄付した[73]。

フィリピンの旗 フィリピン:グロリア・アロヨ大統領は地震の被害を受けた中国に医療チームの展開を指示した[75]。

ロシアの旗 ロシア:ドミートリー・メドヴェージェフ大統領は慰めのメッセージを送付し、ロシアは必要であれば支援を行う用意があると述べた[76]。

シンガポールの旗 シンガポール:リー・シェンロン首相は救援チームと被害の回復を支援する人々を派遣する指示を行った[77]。

大韓民国の旗 大韓民国:李明博大統領は胡錦濤国家主席に対し、哀悼の電報を出した[62]。また、100万ドルの支援を行うと発表した[78]。

イギリスの旗 イギリス:デイヴィッド・ミリバンド外相はイギリスからの支援を申し出るとともに、中国への哀悼の意を表明した[79]。

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国:ジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)は中国に哀悼の意を表し、「アメリカ国民の思いと祈りは中国の人々と直接ともにある。アメリカ合衆国はできる限り支援を行う用意がある」と述べた[80]。ホワイトハウス報道官のダナ・ペリノは中国がいまだ支援を求めていないことについて、「私達が国としてできることは支援と祈りを奉げることです」と述べた[80]。5月13日にはブッシュ大統領が胡錦濤国家主席と電話で地震等の議題について会談を行った[81]。

サウジアラビアの旗サウジアラビア:震災発生直後、すぐに5000万ドル(約53億3000万円)の義捐金、1000万ドル(約10億7000万円)相当の支援物資を申し出た[73]。

モザンビークの旗モザンビーク: 国民1人当たりのGNPが80ドル(約8500円)にも満たない貧困国にも関わらず、4万元(約60万円)の支援を行った[73]。

ペルーの旗ペルー:中国政府が5月19〜21日に実施した「全国哀悼デー」に合わせて、全国追悼を行った[73]。

トンガの旗トンガ:同様に、全国追悼を行った[73]。

バングラデシュの旗バングラデシュ:同様に、全国追悼を行った[73]。

コモロの旗コモロ:同様に、全国追悼を行った[73]。

カーボベルデの旗カーボベルデ :同様に、全国追悼を行った[73]。

自衛隊派遣

日本政府が追加支援物資を送る際に中国側より「航空自衛隊機による輸送でも構わない」との連絡があり、政府も前向きに検討した[82]。しかし中国国内で「援助には感謝するが、日本軍(自衛隊)の飛行機が入るのは困る」などといった否定的世論や、「地震よりひどいニュース」[83] といった批判などが中国国内に表れ始めたため、自衛隊機による輸送は見送られ民間チャーター便で支援物資が輸送された[84]。

台湾企業

中台関係を改善しようとする馬英九では台湾の大陸に対する人道支援で親交が深まった。芸能界では、日本でも人気がある男性歌手、周杰倫と、女性歌手の蔡依林など台湾を代表する歌手らが名を連ねた。独立志向の陳水扁も人道支援に踏み切った。台湾からの義援金はずば抜けて多かった。国務院台湾事務弁公室の陳雲林は「台湾各界は同胞の骨肉の情から義援金や物資を寄せ、国民党は直ちに共産党中央に見舞いを送った。被災地を代表して心から感謝する」と表明。「呉伯雄の大陸訪問は台湾海峡両岸関係の平和的発展を促す」と述べた[要出典]。

芸能人・有名人

歌手のalanがチャリティーソングの「幸せの鐘」を配信し、売上409万円を全額赤十字に寄付した[要出典]。

シャロン・ストーンの発言

「シャロン・ストーン」および「チベット問題」も参照

2008年5月25日、アメリカ人女優のシャロン・ストーンは、第61回カンヌ国際映画祭において香港のテレビ局の取材に対し次のように発言した。
「 中国のチベット人に対する態度、他者に対し思いやりを持てない中国の対応に憂慮しています。地震が起きたとき、これはカルマかもしれない、って思いました。なにかよくないことをしたとき、悪いことが起きたっていうことあるでしょ?私は、チベット政府から、四川大地震の犠牲者に支援を求める手紙をもらったの。彼らは中国の助けになりたいって思っているの。涙が止まらなかった。たとえ誰かが不親切であったとしても、人のために尽くさなければならないこと、常に謙虚に学ばなければならないことを教えられました[85]。[86] 」

この発言により、香港及び中国国内で非難が噴出し、台湾人女優の伊能静は「中国人は彼女に抗議しなければならない」、香港人の俳優のサモ・ハン・キンポーは「Sストーンにビンタくらわせたい!」などと激怒し、チャン・ツィイーやマギー・チャンら中華圏を代表する女優も非難した。インターネット上ではストーンの出演映画や中国向けの広告塔を務めているクリスチャン・ディオールの不買運動呼びかけの書き込みがなされた[87][88][89]。ストーンは29日に謝罪声明を出したが、ディオールは中国向けの広告中止を決定した[90][91]。

ストーンは出演映画や広告のイメージキャラクターを降板し、損失額が5600万ドル(約59億円)となった。さらに香港の人気美少女モデルのジャニス・マンは「“報い”かどうかではなく、天災は誰もが避けられないもの。キリストが与えた懲罰と思う」と発言している。[要出典]

一般市民

地震発生直後から各国で、支援団体による義捐金募集や、民間団体の街頭募金などが行われている[要出典]。

日本の国際緊急援助隊の派遣

福田首相は12日、四川省の大地震を受けてお見舞いのメッセージを送った。その中で日本政府としてできるだけの支援を行う用意があることも表明した。しかし13日夜、中国政府は「要員の派遣は当面必要ない」と正式に連絡してきた。また日本の民間団体も支援に乗り出そうとしたものの、中国の駐大阪総領事館に「外国からの支援は受け付けていない」とはねつけられる一幕もあった。その後、生存率が極端に低下する地震発生から72時間経過後の15日、日本政府が派遣する救援チームを受け入れることを中国は発表した。ここではこの国際緊急援助チームの活動について記載する[92][93]。

国際緊急援助隊の救助チーム第1陣30人が16日、中国四川省青川県の被災地で救助活動を始めた[94]。
    5月18日 - 日本の緊急援助隊は中国人民解放軍に煙たがられているとの報道[95]。
    北川の中学校と市街地で14遺体収容[96]。
    5月19日 - 発生から1週間が経ち生存者救出の可能性も低くなった事から、救助チームの引き上げ検討を開始[97]。
    5月20日 - 国際緊急援助隊の医療チームが四川省入り[98]。
    5月21日 - 救助チームが帰国[99]。
    5月22日 - 医療チーム、成都市の四川大学華西病院で活動開始[100]。
    6月2日 - 医療チームが日本に帰国[101]。

これらの活動に対し、日本大使館に市民からの感謝の意思が多く寄せられたり、新聞やウェブサイトには日本の援助隊を高く評価する記事が掲載されるなどして、中国国内での世論も反日ムードが一転して、比較的に好印象なイメージをあたえたと報道されているが、中国ネット内BBSの「最も忘れてはならない9か国」には挙げられなかった[73]。

7月8日、北海道で行われている洞爺湖サミットのため来日した胡錦濤主席は、救援隊の代表に会い「中国国民を代表して、日本政府と日本国民に心から感謝します。また、中国国民は永久にこの事を心に刻み続けるでしょう」とスピーチした[102]。

約11年後の2019年に公開された中国映画「流転の地球」では、地球を滅亡から救おうとする中国救助隊に各国の救助隊が加勢するシーンで、四川大地震の際に日本を筆頭に各国の救助隊が現地入りしたのと同じ順序で駆けつける様子が描かれた[103]。』

中国・四川省で地震、66人死亡 軍出動で全力支援強調

中国・四川省で地震、66人死亡 軍出動で全力支援強調
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB06CAM0W2A900C2000000/

 ※ どんどん、「死者数」が増えているな…。

『【北京=共同】中国四川省カンゼ・チベット族自治州瀘定県で5日午後0時52分(日本時間同1時52分)、マグニチュード(M)6.8の地震があり、6日時点で死者が66人に達した。負傷者も250人を超え、当局が救援作業を続けた。中国メディアが伝えた。

当局は人民解放軍や武装警察部隊、消防、医療チームなどによる救援隊6500人余りを出動させた。10月の共産党大会を円満に迎えたい習近平指導部は国営メディアを通じ、被災者支援に全力を挙げる姿をアピールした。

中国メディアによると四川省政府は6日午後に記者会見し、66人が死亡、15人が行方不明となっており、約250人が負傷したと発表した。

瀘定県の震源地周辺には多くの村落があり、隣接する同省雅安市でも被害が出た。国営中央テレビによると、強い揺れや山崩れなどにより少なくとも家屋や施設計約250戸が倒壊し、計約1万3千戸が損壊。寸断された道路の復旧を急いだ。

4万戸以上が停電し、通信設備も被害を受けた。当局が広場に設置したテントなどに5万人余りが避難。被災地は山間部で、現場によっては救援隊が徒歩で向かった。中央政府は被災地支援の資金として、四川省に5千万元(約10億1千万円)を割り当てた。

中国では新型コロナウイルスの感染拡大による行動制限や最近の熱波被害など、暮らしに影響する事態が続く。不満の高まりを警戒する習指導部は地震被害を深刻視し、人命救助を最優先するよう指示した。

四川省は地震が多く、2008年の四川大地震では8万7千人超の死者・行方不明者が出た。

【関連記事】中国・四川の地震で習近平氏に「お見舞い」 岸田首相

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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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ひとこと解説

いつも思うことだが、中国に限らず、海外では、この程度の地震は大きな災害になる。それに対して、日本では、M7以下の地震が起きても、日本人はまったく慌てない。あ、地震だ、テレビをつけて、NHKの速報をみて、すぐに日常に戻る。一つは地震に慣れている日本人と慣れていない中国人の違いがあるが、もう一つは負担からの対策の違い。建築基準はまったく違う。人間が地震に怯えるのは住居などについて自信がないからである。東京で大きな地震が起きるたびに、故郷の親族から大丈夫?の連絡が来る。こちらはなにも慌てていない。
2022年9月7日 7:12 』