カザフスタン、エネルギー副大臣拘束 デモの責任追及か

カザフスタン、エネルギー副大臣拘束 デモの責任追及か
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB1548M0V10C22A1000000/

『【モスクワ=共同】カザフスタン当局は15日、西部マンギスタウ州の石油ガス価格を不当に釣り上げたとして、エネルギー省のカラガエフ副大臣を拘束したと発表した。カザフ政府は同日、同氏の解任を発表した。燃料価格引き上げに端を発した抗議デモの責任を取らせる狙いとみられる。

ロシアメディアは15日、2019年まで長期政権を敷き、抗議デモで批判の対象となったナザルバエフ前大統領の娘婿2人が、務めていた国営石油企業の幹部を辞任したと伝えた。

デモは燃料価格が約2倍に引き上げられたことに反発し、マンギスタウ州の都市などで今月2日に始まった。最大都市アルマトイなどで激しい暴動となり、政府は武力鎮圧に踏み切った。トカエフ大統領は治安機関の要人を解任するなど、混乱の早期収束を図っている。

ロシア国防省は15日、カザフに派遣されていた集団安全保障条約機構(CSTO)のロシア軍部隊が同日、同国西部イワノボの飛行場に到着したと発表した。ロシア主導のCSTOは計約2千人を現地に派遣、19日までに撤退を完了させる見通し。

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カザフ混乱の死者225人に 前大統領の影響力排除も進む

カザフ混乱の死者225人に 前大統領の影響力排除も進む
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB162XC0W2A110C2000000/

『【モスクワ=時事】中央アジア・カザフスタンの検察当局は15日、年明け以降に激化した抗議デモに伴う混乱の死者数が225人に上ったと発表した。国営通信社カズインフォルムが報じた。

カザフやロシアのメディアは9日にカザフ当局の情報として死者数を164人と報じていたが、カザフ情報社会発展省は10日に「技術的ミスがあった」として情報を撤回していた。

カザフでは燃料価格高騰をきっかけに抗議デモが拡大。トカエフ政権はロシア主導の軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」に平和維持部隊の派遣を要請し、デモを武力で鎮圧した。検察当局は死者の中には、治安部隊19人が含まれると明らかにした。

トカエフ大統領は混乱収拾に乗りだす中、長年権力を握り続けたナザルバエフ前大統領の影響力を排除し、権力を強化する動きを見せている。タス通信は15日、ナザルバエフ氏の娘婿2人がエネルギー関連企業の幹部を辞任したと報道。抗議デモが始まった西部マンギスタウ州で石油ガス価格を不当に釣り上げた疑いで、エネルギー省の副大臣が拘束された。』

ロシア・リスクは終わらない

ロシア・リスクは終わらない
続く「帝国」縮小、いきり立つ手負いの熊
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM131360T10C22A1000000/

『ロシアが隣国ウクライナに接する国境地帯に大規模な軍部隊を集め、同国が米欧の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)に接近しないよう強くけん制している。ロシアはまた、長期にわたる強権支配に嫌気した人々が抗議活動を始めたカザフスタンに軍を派遣し、これをねじ伏せた。国際関係や市場を揺さぶる「ロシア・リスク」の実態と今後の行方を探る。

ロシアと周辺諸国の関係を歴史的に振り返ると「変わっていないこと」と「変わりつつあること」の2つがあることがわかる。「変わっていないこと」の第一はロシアという民族・国家には「おびえに根差す一方的な勢力圏志向」が根強くあることだ。

モンゴル帝国に約250年間も支配されたロシアは、独立後に自らの存立を脅かしうる存在を極力遠ざけるため、周辺の少数民族を呑み込みながら勢力圏とし、版図を広げた。20世紀初頭にロシア帝国が滅びると、その後に誕生した社会主義国家・ソ連は旧帝国領をほぼ継承。第2次世界大戦の勝者となった後は、終戦時に占領していた中・東欧諸国に次々と社会主義政権を誕生させ、自国の外縁部に衛星国家として配置する事実上の「ソ連帝国」を形成した。

「変わっていないこと」の二つ目は、周辺民族の中から断続的にロシア支配からの脱却を求める動きが起き、今も起きているということだ。冷戦時代の1956年、ポーランドで起きた暴動を引き金に、同年ハンガリー、68年チェコスロバキアと自由を求める蜂起が続発した。これらの蜂起はソ連軍などにより弾圧された。

この時、ソ連は「一つの社会主義国の危機は、他の社会主義国にとっても脅威となる」との主張(後に「ブレジネフ・ドクトリン」と呼ばれる)を展開したが、それは有り体に言えば、ロシアの勢力下では少数民族の自由は許さないという非情な意志だった。ロシアのこの一方的な「勢力圏志向」は今も変わっていない。

今回、ロシアがカザフスタンに派兵する根拠となった「集団安全保障条約」は、ソ連崩壊後の92年にロシアを中心に旧ソ連諸国が結んだ軍事同盟条約だ。そして同条約に基づく集団安全保障条約機構(CSTO)の実態は、加盟する強権体制諸国の一部で民衆蜂起などが起きた場合、他の加盟国が派兵して鎮圧する「強権互助会」であり、「現代版ブレジネフ・ドクトリン」を体現する組織とも言える。

次に「変わりつつあること」をみてみよう。それは、ロシアが勢力圏として押さえ込んでいた民族が欧米になびき続けた結果、ロシアの勢力圏が大きく縮小しているという現実だ。

ロシア帝国が滅んだ時、その支配下にあったフィンランドが独立した。ソ連が崩壊すると、独立を回復したバルト3国や、冷戦中にソ連の勢力下にあったポーランドなど中・東欧諸国の多くが2004年に欧州連合(EU)とNATOに加盟し、冷戦時代に「鉄のカーテン」の向こうにあった豊かさと、ロシアのくびきからの自由を手にした。

すると今度は、ポーランドなどよりさらに東にあったウクライナ、ジョージア、モルドバといったソ連崩壊後に独立を果たした国々でも、自由と豊かさを手にしたいと願う人々が次第に増え、親欧米政権の誕生が相次ぐようになり、現在に至る。

ただ、こうしたプロセスは、「外敵へのおびえに根差す勢力圏拡大」を志向するロシア、特にソ連当時に近い勢力圏の回復を願望とするプーチン大統領からすれば許容しがたい動きとなる。同時に、ロシアがウクライナなどに軍事的威嚇を続ければ続けるほど、威嚇された国々はなおさらロシアから距離を置きたいとの思いを強める。「勢力圏は広めにとっておきたい」というロシアの一方的な発想そのものが遠心力を生んでいるわけだ。
ロシアによる軍事的威嚇はかえって周辺国のロシア離れを加速させている(軍事演習中のウクライナ戦車部隊=ロイター)

カザフスタンでの抗議活動は、ロシアなどの派兵後にほぼ鎮圧された。これは、冷戦時代にハンガリーやチェコスロバキアで反ソ連暴動が武力で鎮圧された故事をほぼなぞる動きだ。ただ、他の中央アジア諸国の政権も強権主義的体質で、抗議の動きはこれらの国々でも今後散発する可能性がある。

また、ウクライナをめぐる緊張は容易には収まりそうもない。ウクライナ国民はすぐ隣のポーランドやハンガリーなどが自由と豊かさを手にした過程を間近に見てきただけに、米欧への接近の動機が強い。同時に、これまで勢力圏に置いてきたウクライナを失いたくないとのロシア側の欲求も強烈だ。米ロ、NATOとロシアの間で相次ぎ開催された高官協議も不調に終わり、歩み寄りの気配は見えない。

ロシアはしばしば動物の熊に例えられる。今確かなのはロシアという「手負いの熊」が勢力圏の縮小でますますいきり立っており、国際社会はそんなロシアと今後も向き合い続けなければならないという厄介な現実があることだ。

(編集委員 高坂哲郎)』

[FT]「欧州は中国に立ち向かうべきだ」 リトアニア外相

[FT]「欧州は中国に立ち向かうべきだ」 リトアニア外相
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB144AO0U2A110C2000000/

『バルト3国のひとつ、リトアニアのランズベルギス外相は、中国がリトアニアや中国で活動する外国企業に「違法な」圧力をかけていると告発した。欧州は中国に立ち向かうべきで、さもなければ国際貿易体制が打撃を受けるリスクがあると指摘した。

リトアニアのランズベルギス外相(2021年11月、ビリニュスでの共同通信のインタビュー)=共同

フィナンシャル・タイムズ(FT)のインタビューに応じたランズベルギス氏は、中国がリトアニアと台湾の関係に絡む摩擦を広げ、リトアニア製の部品を使用する欧州企業にも嫌がらせをするようになったと話した。14日まで2日間の欧州連合(EU)の外相理事会で、こうした現状をほかの加盟国の各国外相に訴えると語った。

さらに「欧州はいま、極めて明確な回答を示す時を迎えた。(中国に対し、EUという)単一市場に示す態度ではないと言わなければならない。これは、ルールに基づく国際通商体制が直面する試練だ。欧州は立ち向かわなければならない」と述べた。

リトアニアの台湾代表機関の名称に中国が反発

リトアニア政府が、台湾の中心都市の名称「台北」を引用する、よくあるごまかしでなく、「台湾」と明示して台湾の代表機関を開設することを認めた。その後、リトアニアは地政学上の論争に巻き込まれた。

このリトアニアの判断に中国は猛反発した。駐リトアニア大使を召還し、北京のリトアニア大使館を格下げした。リトアニア製品の輸入を差し止め、ドイツの自動車タイヤメーカー大手、コンチネンタルをはじめとする欧州企業にリトアニア製の部品を使わないよう求めた。

中国は世界各国の政府に対し、台湾の主権を認めるような対応を控えるよう要請している。台湾の公式な名称だとされる「中華民国」や地理上の呼び名である台湾の使用に反対している。台湾独立の策動につながると考えているからだ。

ランズベルギス氏をはじめとするリトアニア政府の高官は、中国の方針に従ってきたものの、同国が台湾と商業や文化の面では自由に関係を築けると強調した。

そのうえで「リトアニアは間違ったことを何もしていない。違法なこともしていない。国際社会における義務にも反していない。現実はまさに逆だ。(中国によって)リトアニアの企業になされていること、大使館の名称が一方的に変更されたこと、足元で欧州企業に対して実行されていること。これらはすべて、間違いなく違法行為だ」と訴えた。

台湾はリトアニア関連の基金を2つ設立

台湾はリトアニアとの共同プロジェクトにあてる10億ドル(約1140億円)の信用基金と2億ドルの投資基金をリトアニアに設けることで、同国が中国政府の反発で被るダメージを緩和しようと考えている。ほかに中国の港で足止めされている120個の貨物コンテナを買い上げる。

リトアニアのナウセーダ大統領は最近、リトアニアにおける台湾の代表機関の名称を「台北」ではなく「台湾」としたのは「間違い」だったと明言した。これでリトアニアの立場は曖昧になった。ランズベルギス氏は、ナウセーダ氏とリトアニア政府がともに「全体の状況を同じように」見渡しており、見解を「一致させるプロセス」を進めていると指摘した。だが、詳細には触れなかった。

ランズベルギス氏は、リトアニアのほかの国の企業に対して中国が「前代未聞の」嫌がらせを仕掛ける現状をみれば、欧州だけでなくほかの様々な地域も「(中国からの)圧力に抵抗する措置を急いで用意する必要がある」と主張した。

「これはEUだけでなく、すべての西側諸国にとっての試練だ。西側社会は第2次世界大戦後、ルールに基づく通商体制を構築する責任を感じた。これがうまくいった。いま、その秩序を維持できるのか、まさに試されているのだ」と続けた。

東部国境でロシアからは軍事的な圧力

リトアニアが圧力を受けている相手は中国だけではない。国境付近ではベラルーシやロシアの脅威も感じている。ランズベルギス氏はロシア政府を「地政学上のかく乱要因だ」と呼び、ウクライナとの国境地帯におけるロシアの行動で生じた波紋がリトアニアや近隣諸国に及んでいるとの認識を示した。

ランズベルギス氏によると、リトアニア政府は(ウクライナ問題を巡り)ロシアが(米欧の)譲歩によって利益を得る事態を懸念している。そして、ロシアが部隊をウクライナから、リトアニアと接するベラルーシに移す可能性も憂慮しているという。

「極めて深刻な回答が(ロシアの)プーチン大統領に提示されなければならない」とランズベルギス氏は言明した。(リトアニアの安全保障を巡る)事態がエスカレートした場合、北大西洋条約機構(NATO)がバルト3国の防衛を固めると確信していると力を込めた。

By Richard Milne

(2022年1月13日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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ウクライナ政府サイトに大規模ハッカー攻撃 「最悪を覚悟しろ」

ウクライナ政府サイトに大規模ハッカー攻撃 「最悪を覚悟しろ」
https://www.epochtimes.jp/p/2022/01/84838.html

『[キエフ 14日 ロイター] – ウクライナ政府機関の複数のウェブサイトが13日遅く、大規模なサイバー攻撃を受けた。「恐れろ、最悪を覚悟しろ」といったメッセージが表示されており、一部のサイトは14日午前の段階でアクセス不能となっている。

政府は調査を開始。外務省報道官はロイターに、まだ攻撃元を特定できていないが、過去の同様のサイバー攻撃にはロシアが関与していたとコメントした。

サイバー攻撃を受けたのは、外務省、内閣府、国家安全保障国防会議などのサイト。ウクライナや同盟国はロシアによる軍事攻撃の可能性を警戒している。

ロシア外務省のコメントは取れていない。ロシア政府は過去にウクライナへのサイバー攻撃への関与を否定している。

ハッカー攻撃を受けた政府サイトには「ウクライナ国民よ。あなた方の全ての個人情報が公開ネットワークにアップロードされた。コンピューター内の全てのデータが消去された。復元は不可能だ。全ての個人情報が公開された。恐れよ、最悪を覚悟しろ」とのメッセージがウクライナ語、ロシア語、ポーランド語で表示されている。』

米、対中シフトで増派難しく 見透かすロシア強硬貫く

米、対中シフトで増派難しく 見透かすロシア強硬貫く
ウクライナめぐり、にらみ合う米欧・ロシア
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN130MH0T10C22A1000000/

『欧州安全保障を巡る米欧とロシアの協議が難航している。ロシアは北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大停止など一方的な要求に固執し、歩み寄りの姿勢を見せない。プーチン政権は米国が「対中国シフト」で欧州への軍部隊の増派には慎重だと見透かし、今後も米欧やウクライナとの軍事的緊張を高めていくとみられる。

米欧とロシアの協議は、ロシアが2021年12月中旬、新たな欧州安全保障体制に関する条約案を米国に、同様の協定案をNATOにそれぞれ提案して開催が決まった。1月10日の米ロの戦略安定対話、12日のNATOロシア理事会に続き、13日にはウクライナも加盟する欧州安保協力機構(OSCE)の会合を終えた。

一連の協議では、双方の間の溝が鮮明になった。ロシアは協議でNATOの東方拡大の停止や、軍配備を拡大以前の1997年までの状態に戻すことなどを求めた。米国の交渉役のシャーマン国務副長官は「絶対に実現できない提案には断固として反対する」などと拒否した。

米欧は譲歩案も示して話し合いによる解決に軸足を置く。米国は双方の国境周辺で軍事演習やミサイル配備を制限する案を提示した。国務省のプライス報道官は「(制限対象には)すでに失効している米ロ間の中距離核戦力(INF)廃棄条約に沿った欧州でのミサイル配置と特定のミサイルシステムを含む」と説明した。

ロシアは強硬な姿勢を崩さない。米ロ交渉を担当するリャプコフ外務次官は13日、「近いうちに交渉の席につき、全く同じことを議論する意味が分からない」と、交渉の棚上げや決裂の可能性を示唆した。

ロシアはウクライナ情勢を巡る緊張状態を維持し、米欧やウクライナへの圧力を強めようとしている。一連の協議のさなかにも、ロシア軍はウクライナ国境近くでの軍事演習を活発にした。これに対し、米欧はロシア軍が2014年に続いてウクライナに再侵攻しかねないとみて警戒を一段と強めている。

ロシアの強気の背景には、バイデン米政権がロシアの軍事的脅威に対抗するための欧州への米軍増派には慎重で、中ロ両国との「二正面作戦」は望んでいないと見透かしていることがある。

バイデン大統領は14年に続きウクライナに侵攻すればロシアの金融・経済に大きな打撃を与える制裁に踏み切るとの警告を繰り返すが、防衛義務のないウクライナへの米軍派遣も早々に封印した。21年12月に記者団からウクライナに米軍を駐留させる可能性を問われ「それはテーブルの上にない」と明言した。

バイデン政権には、「唯一の競争相手」と位置付ける中国の存在がロシアよりも大きく映る。欧州との関係も一枚岩ではなく、強力な措置を打ち出しにくくなっている。欧州連合(EU)は「欧州の安保環境を議論するには欧州の関与が必要だ」(ボレル外交安全保障上級代表)と、米ロ主導での協議に警戒感を示している。

一方で、軍事的圧力をかけて交渉を迫るロシアの主張を受け入れれば、台湾などに威嚇を続ける中国を増長させかねないとの懸念もある。

(ワシントン=坂口幸裕、モスクワ=石川陽平、ブリュッセル=竹内康雄)』

[FT]見えないカザフ争乱の背景 抗議デモか、権力闘争か

[FT]見えないカザフ争乱の背景 抗議デモか、権力闘争か
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB123410S2A110C2000000/

『中央アジア、カザフスタンのトカエフ大統領はデモ参加者を「テロリスト」と呼んだ。ロシアのプーチン大統領は「革命」を企てる「外部勢力」だと決めつけた。カザフ支配層の権力闘争だという見方もある。

トカエフ大統領はナザルバエフ前大統領の側近を要職から解任した(11日、ヌルスルタン)=タス共同

164人が死亡し、8000人近くが拘束されたカザフの騒乱で間違いないのは、1週間前に周辺部の地方都市で始まった数百人のデモが発端だったということだ。

その後、デモ参加者は雪だるまのように膨れ上がり、数日のうちに全土でたいへんな人数が社会と政治の変革を求めるようになった。

暴力が伴う衝突、国際空港の占拠、政府施設への襲撃に至った事態を鎮めようと、カザフ政府はロシアに部隊の派遣を求めた。 

トカエフ氏はロシアへの出動要請について、騒乱が「一つの(指揮)中枢」が調整した「クーデターの試みだ」と主張し、正当化した。

ところが、この騒乱はカザフの社会と経済に対する深い憤りを背景に自然発生した抗議活動が火をつけたようにみえる。

「デモ参加者ははじめのうち、いつものようなスタイルで抗議する人たちだった。だが、カザフ社会のとても大きな格差に不満を持つ都市周辺の若者や貧困層が加わった」と、最大都市アルマトイのよく知られた人権活動家エフゲニー・ジョフティス氏は説明する。

発端は燃料値上げへの地方都市での抗議デモ
最初のデモはジャナオゼンという小さな都市で、その地域の問題への抗議活動として始まった。産油地帯のカザフ西部で自動車の燃料として広く使われる液化石油ガス(LPG)の価格が2倍に跳ね上がった問題だ。

首都ヌルスルタンから南西へ1000マイル(約1600キロメートル)以上離れたジャナオゼンは、2011年に起きた労働者の権利を巡るデモで警察官が石油施設で働く14人を殺害した後、国内の人権侵害を象徴する場所になっている。

拡大したデモはほどなく、事実上の権力者であるナザルバエフ前大統領とその家族を追放し、経済支配をやめさせるといった、様々な要求も掲げるようになった。

デモ参加者は「老いぼれは去れ!」と声を合わせた。19年に大統領職をトカエフ氏に禅譲するまで30年にわたりカザフを統治した81歳の独裁者、ナザルバエフ氏のことだ。

トカエフ氏はデモ参加者の要求を受け入れた。内閣を総辞職させ、燃料価格を引き下げ、ナザルバエフ氏を強大な権力ポストである国家安全保障会議議長から外した。

それでもアルマトイの状況は収拾がつかないほど悪化していった。アルマトイはかつての首都だ。ナザルバエフ氏がアスタナに遷都し、その後に自身のファーストネームであるヌルスルタンに改称した。

表面的にはいくらか落ち着きを取り戻し始めた先週末の時点で、政府は燃料問題への抗議とその後の騒乱を区別しようとした。

トカエフ大統領「自然発生の抗議を装った」
トカエフ氏は10日「(デモ参加者の要求は)全て聞いたが、何の意味もなかった」と言い切った。「自然に発生した抗議を装った騒乱の波だったのだ」

計画的な騒乱だというトカエフ氏の主張は事態の推移と一致しないと専門家は指摘する。
カザフの元官僚でフランス在住のムフタール・アブリヤゾフ氏はその理由の一つとして、デモには明確なリーダーや共通の要求がなく、ナザルバエフ氏への不満があるだけだと指摘する。

アルマトイの政府庁舎に侵入したデモ参加者ら(5日)=ゲッティ共同

「権威主義の国では(抗議行動で)リーダーが一人だけということはない。なぜなら、(簡単に)つぶされてしまうからだ」とアブリヤゾフ氏は説く。「カザフ市民はとにかくナザルバエフ氏(の権力維持)にうんざりしていた。臨界点に達したのだ」

アルマトイには不満が噴き出す素地もあった。カーネギー・モスクワ・センターのアレクサンドル・ガブエフ氏とティムール・ウマロフ氏によると、アルマトイにはカザフの各地から人が集まり、最近では犯罪が増えていた。抗議活動の拠点として知られるようにもなっていた。

アレクサンドル氏とウマロフ氏は「失うものを持たない怒れる若者が多数、存在していたことが、暴力につながったと説明できる」と最近のリポートで分析した。

トカエフ氏は、デモが始まった後で「宗教過激派、犯罪者、ならず者、混乱に乗じて悪事を働こうとする者、チンピラたち」に乗っ取られたと主張した。

「お金で動員された」との書き込み
実際、現場からのブログやSNS(交流サイト)への投稿によると、デモ参加者の一部は組織化されたグループとしてバスで乗りつけていた。この集団がお金で動員されたと指摘する書き込みもある。SNSに投稿された動画には、警察から武器を盗み出したり、車に隠した武器を取り出したりする様子も収められていた。

人権活動家のジョフティス氏は「(デモの)状況は制御不能になった」と話し、カザフ南西部のイスラム過激派が加担した可能性も考えられると指摘した。

こうした「テロリストたち」が国外から指示を受けているというカザフ政府の当局者の言い分を裏づける大きな証拠はない。トカエフ氏は「テロリストたち」が(デモで)死亡した仲間の遺体を夜間に安置所から運び出したとまで話した。「これが痕跡を隠そうという連中のやり方だ」と主張した。

ビクラム・ルザフノフ氏の件をみれば、デモ参加者の動機を見分けることがいかに難しいのかがわかる。隣国キルギスの著名ピアニストであるルザフノフ氏は先週、200ドル(約2万3000円)を受け取って騒動に参加したとカザフのテレビで告白した。放映された顔面にはあざがあった。だが、カザフで釈放されて帰国した同氏は、(テレビでは)キルギスへの送還をもくろんでうその自白をしたと報道陣に語った。

専門家の一部は、問題の根幹にはトカエフ氏とナザルバエフ氏の権力闘争があるとみている。デモ発生後、ナザルバエフ氏は公の場に姿を見せていない。

「いくつかの交渉が進んでいる」
アルマトイでの衝突は、ナザルバエフ氏の弟のボラット氏が管理していると伝えられるアルティンオルダという市場の近くで起きた。トカエフ氏は、ナザルバエフ氏の側近であるマシモフ氏を国家安全保障委員会議長から解任した。

「トカエフ氏の最初の一手がマシモフ氏の解任だったのは驚くにあたらない」と話すのはフランスのコンサルティング会社アペリオのアナリスト、ジョージ・ボローシン氏だ。「いま私たちが目の当たりにしているのは権力闘争だ」

ナザルバエフ氏のほかの側近たちはまだ無事のようだ。危機の発生でマシモフ氏が詰め腹を切らされたのかもしれない。そう推測するのは、アルマトイのコンサルティング会社ストラテジック・ソリューションズの創業者、サイモン・グランシー氏だ。

「明らかにいくつかの交渉が進んでいる」とグランシー氏は話す。「いずれにせよ、もはやナザルバエフ氏に大きな政治力はない」

トカエフ氏がロシア主導の軍事同盟である集団安全保障条約機構(CSTO)に支援を求めた事実も、グランシー氏の指摘と符合する。

ボローシン氏は、トカエフ氏がマシモフ氏の解任後、カザフの特殊部隊を味方につけられるかどうか確かでなかったため、応援を呼んだと指摘する。特殊部隊はアルマトイでデモ参加者がトカエフ氏の自宅に放火する様子をおおむね座視していた。外国が関与しているというトカエフ氏の主張は、国内の紛争に対するCSTOの介入を正当化するための口実にすぎなかった。

ベラルーシを強権で統治するルカシェンコ大統領が指摘したように、国内に不満がなければ外国が介入しても成功しない。「認識すべきなのは、外部要因だけでは十分でないということだ。その背後には内部要因の存在が不可欠なのだ」。ルカシェンコ氏は10日、CSTOに対し、こう語った。

By Nastassia Astrasheuskaya

(2022年1月11日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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NATOとロシア、主張の溝大きく ウクライナ情勢巡り

NATOとロシア、主張の溝大きく ウクライナ情勢巡り
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR12CPP0S2A110C2000000/

『【ブリュッセル=竹内康雄、モスクワ=桑本太】北大西洋条約機構(NATO)は12日、緊迫するウクライナ情勢を巡ってロシア側と協議した。閉幕後に記者会見したNATOのストルテンベルグ事務総長は、具体的な内容では溝が大きかったと認めた一方、双方が対話を継続する必要性を共有したと明らかにした。

会合の枠組みは、NATO・ロシア理事会と呼ばれる。関係悪化からこのところ開催されておらず、約2年半ぶりに開かれた。NATOからはストルテンベルグ氏や加盟国の代表が、ロシアからはグルシコ外務次官らが出席した。

ストルテンベルグ氏は、NATO加盟国とロシアの間には「大きな違いがある」とした上で「この違いを埋めるのは簡単でない」と語った。会合ではロシア側にウクライナ国境付近での軍備増強に懸念を表明。緊張緩和に向けた行動をとるようロシア側に求めた。

ただ「同じテーブルを囲み、問題に取り組んだのは前向きな兆候だ」と評価した。ストルテンベルグ氏によると、対話を続けるため、今後の会合に向けてスケジュールを詰めることで一致した。

一方、ロシアのグルシコ外務次官は終了後に開いた会見で「(NATOとの協議は)今のところ前向きな議題はない」と不満をにじませた。「NATOの政策と軍備増強はロシア抑止に焦点を合わせている」と懸念を示し、NATO拡大が欧州の安全保障に悪影響を及ぼし、ロシアに受け入れがたいリスクを生み出すと主張した。インタファクス通信などが伝えた。

ロシアはNATOの新規加盟凍結や東欧からの撤退を求めたが、NATO側は拒否した。ストルテンベルグ氏は「各国が独自の安全保障体制を選択する権利がある」と訴えた。その上で偶発的な衝突を避けるため、軍事演習の透明性を高めることを議論すると明らかにした。

ウクライナ問題を巡っては、米国とロシアが10日にスイス・ジュネーブで2国間会合を開いた。13日にはウィーンで欧州安保協力機構(OSCE)の会合が開かれ、緊張緩和に向けた外交対話が続く。

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多様な観点からニュースを考える
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渡部恒雄
笹川平和財団 上席研究員
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分析・考察 ロシアのウクライナへの武力行使を回避するための交渉は、米ロ二国間協議に加えて、NATOロシア理事会、そして13日に開かれる欧州安保協力機構(OSCE)という多層的な枠組みで行われています。

米国にとっても、ロシアの武力行使への経済制裁を行う際のパートナーであり、ロシアからのエネルギー供給停止となれば直接の被害を被る欧州の同盟国とともに協議することに意義がありますし、欧州にとっては米ロだけで協議が進んでしまうリスクを回避できます。

公明党の山口那津男代表が日米中とASEAN諸国が加盟する日本版OSCEの創設を提唱しておりますので、米欧ロの多層的な対話枠組みを日本はよく見ておく必要があるでしょう。

2022年1月13日 8:06いいね
13

岩間陽子のアバター
岩間陽子
政策研究大学院大学 政策研究科 教授
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分析・考察 NATOは冷戦後、それなりにロシアに配慮して対話の枠組みを作ってきました。2002年に設置されたNATO・ロシア理事会はその中心的存在でした。またブリュッセルのNATO代表部内にかつてはロシアの代表も場所を与えられていたのですが、今はなくなっています。

双方の主張の隔たりは大きく、数回の交渉で埋まることはないと思いますが、今はとにかく対話を続けること自体が目的です。

とりあえず2019年以前の状況に戻すというのも、一つの手かもしれません。ロシア側から一方的に対話を打ち切られるようであれば、軍事力行使ありというサインですので、一気に緊張が高まりますし、日本も制裁の準備が必要になります。

2022年1月13日 12:31いいね
3

上野泰也のアバター
上野泰也
みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
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ひとこと解説 ロシアは自国の安全保障に関わる問題で、強硬姿勢を貫く見通しである。
ウクライナを含む旧ソ連圏を、自国の事実上の勢力範囲として固めたいのだろう。

ロシア外務省は昨年 12 月 10 日、ウクライナとジョージア(グルジア)の NATO への将来的な加盟を認めた 08 年の NATO 首脳会議の決定を無効とするよう求める声明を出した。

プーチン大統領はバイデン米大統領に対して、NATO が拡大しない法的保証を直接求めた。

これに対し、民主主義の理想を掲げるバイデン政権は、ウクライナなどの国家主権を無視できない。

EUには米ロによる「第2のヤルタ協定」への警戒感もくすぶる。この問題の協議は平行線をたどるだろう。

2022年1月13日 8:45 』

「年寄りは退け」カザフ血を流しながら立ち上がる

「年寄りは退け」カザフ血を流しながら立ち上がる…残酷な30年独裁
https://news.yahoo.co.jp/articles/7d98da27674e4a92daaba6dac9a46f2e0cf908ed

『「年寄りは退け」。

数千人が逮捕され少なくとも50人の死傷者が出たカザフスタンの反政府デモは燃料価格急騰で触発されたが、デモ隊からはこうしたスローガンが出てきた。2019年に退任したナザルバエフ前大統領(82)をデモ隊が再び召還した。現地ではナザルバエフ氏が3人の娘を連れてすでに海外に逃避したという報道まで出ている。

ナザルバエフ氏はソ連解体直前の1990年から2019年まで29年間にわたりカザフスタンを統治した独裁者だ。彼の銅像は第1の都市アルマトイと首都ヌルスルタンをはじめとする全国各地に立てられている。外信では今回のデモをめぐり長期独裁の疲労感が累積した状況でパンデミックによる経済難が重なりエネルギー価格急騰を契機に爆発したという分析が出ている。

◇30年執権…最大野党解散

鉄鋼労働者だったナザルバエフ氏は1962年にソ連共産党に加入し政界入りした。1984年にカザフスタン閣僚会議議長、1989年に最高統治者であるカザフスタン共産党第1書記を務め、1990年にソ連からの独立後カザフスタンで行われた初の大統領選挙に単独出馬し当選した。通常の独裁者と同じように、それはやはり不正選挙と野党弾圧、不正疑惑が絶えなかった。1999年の再選時の81%を除きすべての選挙で90%台の圧倒的な得票率を記録した彼は、2005年に政府転覆容疑で最大野党「民主選択党」を解散させた。ロンドンに1億800万ドル規模の不動産も保有している。

彼の不正疑惑は家族内部からも飛び出してきた。長女ダリガ氏の夫が義父であるナザルバエフ氏の不正を暴露してだ。野党関係者を拷問したり殺害し、数兆ドルに達する秘密資金を海外に持ち出していたという内容だ。カザフスタンの情報機関と外務省などを経て駐オーストリア大使を務めた彼は2007年に強制離婚させられ、オーストリアに身を寄せていた状態で欠席裁判を通じ政府転覆容疑により懲役40年の刑を宣告された。オーストリアで横領と殺人などの容疑で裁判にかけられ、2015年に拘置所で自ら命を断った。

ナザルバエフ氏の孫であるアイスルタン氏もロシアとカザフスタンの政府間での大規模不正に関する情報を持っていると主張した。英陸軍士官学校卒業後カザフスタン国防省総偵察局で勤めた彼は、祖父が自身に圧力を加えているとして2020年2月に英国政府に政治的亡命を申請したが、6カ月後に30歳の誕生日を控えてロンドンで心臓まひにより死去した。アイスルタンの母でありナザルバエフ氏の長女であるダリガ氏は2020年5月に上院議長(国家序列2位)から突然解任された。

◇後任大統領に最側近補佐官

ナザルバエフ氏は在職当時から事実上終身大統領の道を整えていた。2010年には彼が退任後も国政に参加できるようにし免責特権を与える国家指導者法制定を主導して議会を通過させ、2017年4月には大統領の権限を大幅に縮小する憲法改正を主導した。彼が大統領から退いた後を念頭に置いた事前措置だった。彼は後任の大統領を自身の補佐官出身である最側近のトカエフ氏を担ぎ出した。2019年3月に自ら早期退任してからは国家安全保障会議(NSC)議長を務めて「国家指導者」を自任した。トカエフ大統領は5日、デモが激化すると結局ナザルバエフ氏をNSC議長から解任した。政治的後ろ盾であるナザルバエフ氏を抱えて行くには国政運営の負担があまりに大きかっただけにひとまず線を引くことにした。

ニューヨーク・タイムズは7日、カザフ情勢をめぐり「ストロングマンのジレンマ」と分析した。「独裁者は政治システムの無力化を通じて自身をなくてはならない存在に仕立て上げるが、競争者のいない後継者を立てても新しい政府は強力な政治システムを必要とする」という点からだ。同紙は「ストロングマンの権力継承は実現の可能性が低そうだ」と評価した。独裁が終わればその国はすぐに崩壊するものということだ。』

〔ナザルバエフ氏の三人の娘たち〕

ダリガ・ナザルバエフ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%AA%E3%82%AC%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%B6%E3%83%AB%E3%83%90%E3%82%A8%E3%83%95

『ダリガ・ナザルバエヴァ(Dariga Nursultanqyzy Nazarbayeva カザフ語:Дариға Нұрсұлтанқызы Назарбаева、ロシア語:Дарига Нурсултановна Назарбаева、1963年5月7日 – )は、カザフスタンの政治家。前上院議長。

同国初代大統領ヌルスルタン・ナザルバエフの長女。男子のいないナザルバエフにとって、有力な後継者候補とみなされている。(※ 「いた。」と過去形だろうな…。) 』

『経歴

1963年、ソビエト連邦カザフスタンTemirtau生まれ。

ロモノーソフ名称モスクワ国立大学歴史学部を卒業。1991年準博士、1998年に博士号を取得。

1992年、児童慈善財団「ボベク」副総裁。

1994年、閉鎖型株式会社「「ハバル」エージェント」社長。2001年~2006年5月、「ハバル」会長。

2003年11月、国際現代政治研究所オブザーバー会議議長。

2004年、「アサル」(互助)党党首。

2006年7月4日、「オタン」党副議長(議長は父親)。

2007年7月から「ヌルバンク」役員。

2019年3月20日、大統領に昇格したカシムジョマルト・トカエフの後任として、カザフスタン議会元老院(上院)議長に就任したが[1]、翌2020年5月2日に大統領府よりダリガの解任が発表され[2]、5月4日には中央選挙委員会の決定で上院議員資格を抹消された[3]。


パーソナル・人物

外務第一次官のラハト・アリエフと結婚したが、夫の起訴と関連して2007年6月6日に離婚。2男1女を有する。

アマチュアのオペラ歌手であり、ヴォーカルレッスンを受け、イベントで歌ったりリサイタルを開いている。

政治科学博士。カザフ語、ロシア語、英語、イタリア語を話す。

「パラサト」勲章を受章。2009年4月、フランスのOrdre des Arts et des Lettresを受章。

カザフスタン・ジャーナリスト会議議長。国家テレビ芸術・科学アカデミー国際会議役員、ユーラシア戦略研究センター総裁。ユネスコ問題国家委員会委員。ユーラシア・テレフォーラム共同議長。スポーツ専門学校連盟総裁。 』

ディナラ・クリバエヴァ:伝記、個人生活、スキャンダル
https://jpn.agromassidayu.com/dinara-kulibaeva-biografiya-lichnaya-zhizn-i-skandali-read-060826

『リバエヴァディナラヌルスルタノフナは、国内で最も有名な起業家の1人であるカザフスタンの現大統領の娘です。 彼女の財産は数十億ドルにのぼり、ダース以上の外国銀行と金融機関が投資を管理しています。 しかし、私たちはディナールクリバエバ自身について何を知っていますか? 名声の高みへの彼女の道は何でしたか? 彼女の夫は誰ですか? そして、何人のスキャンダルがこの女性の名前の周りにぶら下がっていますか?

ディナラ・クリバエワ:伝記

将来のカザフ起業家は、1967年8月19日にカラガンダ地方のテミルタウで生まれました。 ディナラクリバエバは、サラとヌルスルタンナザルバエフの中間の娘です。 今日、彼女の父親はカザフスタンの現大統領です。 ディナラはロシアの首都で高等教育を受けました。 それで、1989年に、彼女はモスクワ演劇芸術研究所で学士号を擁護しました。 ルナチャースキー。 9年後、彼女は別の高等教育を受けましたが、今回はカザフスタン経営経済研究所(KIMEP)で行いました。

1998年以来、女性はNursultan Nazarbayev教育基金の理事を務めています。 2001年、カズモイマイアの理事に就任。 そして2004年に、彼はカザフ・ブリティッシュ工科大学JSCの管理委員会の責任者になりました。 2007年、ディナラクリバエバは教育科学の博士号を取得しました。 彼女の論文は、インターナショナルスクールの教育システムを管理することをテーマに書かれました。 2009年の初めに、ディナラクリバエバは、カザフスタン大統領を代表して活動する国家教育基金を率いています。

クリバエフ家

Dinaraの私生活は非常に成功しました。 彼女の夫は、国内で石油とエネルギーの流れを管理するカザフスタンの有名なビジネスマン、ティムールクリバエフです。 彼らは一緒に3人の子供を育てます:アルタイの息子と2人の娘-デニズとアリシア。

チムール・クリバエフとディナラ・クリバエフはカザフスタンで最も裕福な人々の中にいることに注意すべきです。 2015年の最新のフォーブスデータによると、それぞれの状態は20億ドルの制限をわずかに超えています。 つまり、それらの共同資産は42億米ドルと推定されています。 現在、夫婦はスイスに住んでいます。 しかし、公務に関連して、彼らはしばしば故国に飛ぶ。

事業

Nursultan Nazarbayevが娘をマスコミから保護しようとするあらゆる試みにもかかわらず、彼女の資産と投資に関する情報は常に漏えいしています。 たとえば、Dinara KulibayevaはHalyk Bankの大規模な株式の所有者です。 注意すべきは、この構造は、国全体の金融フローの安定を保証し、その所有者にかなりの利益をもたらします。 大統領の娘もミラスと呼ばれる試験的教育プロジェクトを実施しています。 これは、国内で最も優れた知識を生徒に提供する一流の学校です。 たとえば、ここではカザフ語、ロシア語、英語の3つの言語を学習できます。

さらに、クリバエフ家には、世界中に散らばっている多くの投資があります。 彼女の夫であるティムールが家族に多大な利益をもたらす多くの資産を持っているということは言うまでもありません。

慈善活動と社会活動

ちなみに、ディナラクリバエバは、特にジャーナリストがそこにいる場合は、特に公に出ることを好みません。 彼女はまたインタビューをすることはめったになく、対話者が彼女の仕事と私生活を分ける線を越えることを決して許しません。 それにもかかわらず、Dinaraは慈善活動に多くの時間を費やしています。 彼女の行動を通して、彼女は国の文化を改善し、精神的に啓蒙された社会を教育するためにあらゆることをすることを目指しています。 このため、クリバエバは道徳的および倫理的価値を促進し、カザフスタンの青少年育成プログラムにも参加しています。 前述のように、大統領の娘は国の教育基金を運営しています。 したがって、才能のある子供たちがカザフスタンの最高の教育機関で学ぶ機会を得られるようにする責任があるのは、彼女です。』

アリヤ・ナザルバエワ
https://en-m-wikipedia-org.translate.goog/wiki/Aliya_Nazarbayeva?_x_tr_sl=auto&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja&_x_tr_pto=op

『(※ 翻訳は、Google翻訳)

アルマトイのK.バイセイトヴァ国立音楽学校を卒業。ナザルバエワは、英国ロンドンのリッチモンド大学の国際関係学部と、ワシントンDCのジョージワシントン大学の国際関係学部で学びました。

2001年に彼女はカザフスタン州法アカデミーの法学部を法学の学位で卒業しました。2016年、アルファラビカザフ国立大学の国家認証委員会の決定により、専門分野の「経済学」でMBAの学位が授与されました。イノベーション経済学と経営」。

キャリア

ナザルバエワはカザフスタンの多くの企業を率いています。彼女は父親を通して縁故主義の受け入れ側にいるという批判を受けています。彼女の天然ガス会社はカザフスタンで優遇されていると言われています。[1] 2005年、アルマトイの警察は、建設会社Elitstroiを通じて「AliyaNazarbayevaによる攻撃的な商取引に関する記事」を掲載した新聞SvobodaSlovaを没収した。 [2] 2018年、テミルタウの住民は、汚染された黒い雪に関する請願書を集めて、ナザルバエワを送りました。彼らは、カザフスタンの生態系組織協会の長としての彼女の役割のために彼女に宛てられました。[3] [4]

彼女はいくつかのドキュメンタリーシリーズのプロデューサーです。[5] [6]彼女は、2016年に「母への道」を制作しました。この映画は、クロアチアの国際映画祭のメイン賞や国際映画祭「ユーラシア橋」のグランプリなど、6つの国際映画祭で賞を受賞しました。[7]

家族

カザフスタン最大の石油パイプライン会社であるKazTransOilのゼネラルディレクターであるDimashDosanovと結婚し[8]、4人の子供、娘のTiara(2008年生まれ)とAlsara(2011年生まれ)、息子のAldiyar(2016年生まれ)ともう1人の子供がいます。アラナという名前の娘(2018年生まれ)。

彼女は以前、キルギスの元大統領アスカル・アカエフの長男であるアイダル・アカエフと結婚していた。[1] BBCによると、結婚は「家族との政治的関係を固めるという中央ア
ジアの古い伝統への回帰として多くの人々に見られた」。[9] 』

騒乱カザフを巡る中ロの思惑 権力移行にらみ接近

騒乱カザフを巡る中ロの思惑 権力移行にらみ接近
編集委員 坂井光
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK117670R10C22A1000000/

『中央アジアのカザフスタンで発生した大規模な抗議デモは思わぬ副産物を生んだ。独立から30年にわたり続いた「ナザルバエフ体制」に終止符が打たれる可能性が高まっているのだ。そんな変革期に乗じ、隣国の2つの地域大国が影響力を及ぼそうと動き出した。

Nikkei Views
編集委員が日々のニュースを取り上げ、独自の切り口で分析します。

カザフの地方都市で抗議デモが始まったのは1月2日。燃料価格の高騰への不満がきっかけだった。その矛先は長期独裁体制を敷いたナザルバエフ前大統領に及んだ。一部暴徒化したデモの波は全国に広がり、同氏の銅像などは破壊の対象となった。

トカエフ大統領はデモ隊をテロリストと決めつけ、治安部隊には警告なしでの発砲を指示した。あわせてナザルバエフ氏を安全保障会議議長から解任し、同氏の腹心とされる治安機関トップを国家反逆罪の疑いで拘束した。内閣も一新し、権力基盤を固めつつあるようにみえる。

カザフではナザルバエフ氏(左)からトカエフ氏に権力が名実ともに移ろうとしている(2019年6月、握手する2人)=AP

ナザルバエフ氏は1991年のソ連崩壊に伴うカザフ独立から初代大統領として君臨。2019年に辞任してからも影響力を行使していた。

いち早く行動したプーチン氏

同氏の消息は11日現在、明らかになっていない。だが、抗議デモはナザルバエフ体制からトカエフ体制に名実ともに移行することを意味するものになるかもしれない。

ロシアのプーチン大統領は機をみるに敏だ。カザフのデモが広がり、政府が「非常事態」を宣言した5日の翌日には、ロシアが主導する軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」の加盟国であるカザフのトカエフ大統領をはじめ、キルギス、タジキスタン、ベラルーシ、アルメニアの首脳からカザフへのCSTO部隊の派遣で合意を取り付けた。

部隊はロシア軍が主体となり、ベラルーシ、タジク軍などを含む2500人規模。プーチン氏は「デモ隊は外国の訓練を受けたテロリスト」「外国の侵略を目の当たりにした」など盛んに発言し、武力による制圧を正当化し、トカエフ氏擁護の姿勢を鮮明にした。

ロシアにとって旧ソ連のカザフは同盟国であり、いわば裏庭だ。ロシア人比率は高く、国民の2割近くを占める。ロシア語は公用語のひとつだ。関係は多岐にわたり、いまもロケット打ち上げには同国のバイコヌール宇宙基地を利用している。

反ロシアに転じたウクライナを巡り米欧と対立するなか、カザフの政治混乱を放置し、影響力を低下させるわけにはいかない。プーチン氏はナザルバエフ氏については口をつぐんでおり、トカエフ体制への移行を確信しているかのようだ。

カザフを巡り中ロの思惑が交錯している(オンライン協議する中ロ首脳=CCTVのサイトより)

一方の中国はどうか。習近平(シー・ジンピン)国家主席の反応も早かった。

中国国営テレビによると、7日にトカエフ氏にメッセージを送り、外国のテロリストに断固立ち向かった同氏の迅速な対応を称賛。「カラー革命」は容認しないことを伝えた。さらに、カザフは隣国の兄弟国であり、恒久的な包括的パートナーとして支援をいとわないことを表明した。

中国にとってもカザフは地政学的に重要だ。石油、ガス、銅などの資源を輸入。中国が中央アジア諸国から輸入する天然ガスのパイプラインが通過する。

さらに中国と欧州を結ぶ鉄道輸送「中欧班列」の主要ルートもカザフを通る。これはすでにロシアを通過するシベリア鉄道の輸送量をはるかに上回っている。カザフは習氏が進める広域経済圏構想「一帯一路」の要衝なのだ。

習氏は中国通のトカエフ氏に期待

習氏にとってトカエフ氏が実権を握ることは関係を強化するチャンスでもある。

トカエフ氏はモスクワ国際関係大学で中国語を専攻したのちソ連外務省に入省。1983年から北京語言大学に留学するなど、外交官としてのキャリアの多くを中国畑で過ごした。独立後はカザフの外務次官や外相として中国との関係強化に貢献したとされ、深圳大学の名誉教授にも任命された。

11日、オンラインで下院にスマイロフ前第1副首相の新首相就任を提案するカザフスタンのトカエフ大統領(ヌルスルタン)=タス共同

中ロがトカエフ氏を支持するのは、一義的には隣国のデモを放置すると自国にも波及しかねないからだろう。だが、中央アジアの資源大国の権力移行期に自国に有利な関係を築きたいとの思惑があるのは確かだ。

トカエフ氏としては中ロだけでなく西側ともバランスをとるのが最善の外交政策だが、今回のデモ制圧を受けて中ロにより配慮せざるを得なくなった。

裏庭を守りたいプーチン氏と、一帯一路の要衝を攻めたい習氏。いずれにせよトカエフ氏は専制的な手法を強めることが予想される。

3人は2月の北京冬季五輪開会式で顔を合わせる可能性が出ている。』

カザフスタンでの暴動もブレジンスキーのジハード戦術を利用した可能性

カザフスタンでの暴動もブレジンスキーのジハード戦術を利用した可能性
(2022.01.10)「≪櫻井ジャーナル≫ー楽天ブログ」より
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202201100001/

『カザフスタンのカシムジョマルト・トカエフ大統領の広報担当者によると、暴動に参加したとして逮捕された人は約6000名に達し、​拘束された人びとへの取り調べから外国勢力が関係している実態が明確になってきた​ようだ。

 外国人を含むジハード戦闘員2万名ほどが暴動に参加、銃撃戦を始めたとされているが、それだけでなく、「抗議活動」を演出するために近隣諸国から人を集めたようだ。

 そうしたひとりとされる人物がカメラの前で語っている様子が公開されているが、それによると、1月1日に見知らぬ人びとが彼に接触、抗議活動へ参加する代償として9万テンゲ(2万5000円強)を支払うと言われ、失業していた彼は承諾したという。彼はチケットを受け取り、カザフスタンのアルマトイにあるアパートへ連れて行かれたが、そこにはタジキスタン人やウズベキスタン人もいたとしている。

 1970年代にズビグネフ・ブレジンスキーはアフガニスタンへソ連軍を誘い込み、「ベトナム戦争」を味合わせるという計画を立て、ソ連軍と戦わせる戦闘集団を編成した。

資金と戦闘員を提供したのがサウジアラビア、情報を提供したのがパキスタンの情報機関。集めた戦闘員はアメリカの軍や情報機関が訓練した。​その時に戦闘員として訓練を受けた人びとの「データベース」が「アル・カイダ」だとロビン・クック元英外相は2005年7月に説明​している。

 戦闘員の多くはサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団で、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)にもつながる。

 ブレジンスキーが作り上げた「ジハード傭兵」の仕組みをバラク・オバマ大統領は採用したのだが、その理由のひとつはオバマがブレジンスキーの影響を強く受けているからだと考えられている。もうひとつは、ジョージ・W・ブッシュ政権が始めた正規軍によるイラクへの先制攻撃が泥沼化したことだろう。

 ​シーモア・ハーシュが2007年にニューヨーカー誌に書いた記事​によると、ジョージ・W・ブッシュ政権はシリア、イラン、そしてレバノンで活動するヒズボラを最大の敵だと定め、スンニ派の過激派と手を組むことにしたという。「スンニ派の過激派」はサラフィ主義者やムスリム同胞団を指すが、アメリカが潰したサダム・フセイン政権の軍人も含まれていた。

 オバマ大統領は2010年8月にPSD-11を出し、ムスリム同胞団を主力とする体制転覆プロジェクトを開始。同年12月にはチュニジアでいわゆる「アラブの春」が始まり、2011年2月にはリビア、3月にはシリアで戦争が勃発する。西側の政府や有力メディアは「内戦」と表現するが、侵略戦争以外の何ものでもない。2014年のウクライナにおけるクーデターも今回のカザフスタンの暴動もシナリオは似ている。』

カザフスタンのKNB大佐が死んでいるのを発見

カザフスタンのKNB大佐が死んでいるのを発見
https://iz-ru.translate.goog/1274861/2022-01-10/polkovnik-knb-kazakhstana-naiden-mertvym?_x_tr_sl=auto&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja&_x_tr_pto=op

『(※ 翻訳は、Google翻訳)

カザフスタンのKNB大佐が死んでいるのを発見

カザフスタン国家保安委員会の大佐アザマットイブラエフは彼の家の中庭で死んでいるのを発見しました

ヌルスルタンでは、カザフスタン国家保安委員会のアザマットイブラエフ大佐が死亡しているのが発見された。これは、1月10日にKNBの報道機関によって報告されました。

「2022年1月10日、ヌルスルタン市の居住地の中庭で、KNB大佐アザマトイブラエフの遺体が発見された<…>裁判前の調査が進行中である。」同省は声明で述べた。

世界の創造:カザフスタンがCSTO軍の保護の下でどのように生きているか
平和維持軍は、作戦のための単一の本部の形成を完了し、バイコヌール宇宙基地の特別な管理を行いました。

以前、月曜日に、カザフスタンの警察の少佐ZhanatSuleimenovが自殺したことも知られるようになりました。何が起こったのかという理由は調査中です。

1月10日、カザフスタン大統領のKasym-Zhomart Tokayevの報道機関は、200人以上がアルマアタの2つの市場で拘留され、武器と盗難車が押収されたと報告した。さらに、カザフスタンの法執行機関は、非常事態(非常事態)に違反したとして、15,000人以上の人々に責任を負わせてきました。

カザフスタンでの抗議行動は1月2日に始まりました。抗議者たちは液化ガスの価格上昇に反対した。

行動はすぐに暴動にエスカレートした。国の最大の都市であるアルマアタでは、状況は特に悪化しています。抗議者たちは管理棟に侵入し、検察庁舎と官邸に火をつけた。法と秩序の違反者は武装し、略奪を始め、市内の店、薬局、銀行を破壊しました。彼らは5つのテレビチャンネルの事務所を略奪し、裁判前の拘留センターを攻撃しようとし、アクトベ地域の軍隊の領土に入ろうとした。

カザフスタンの大統領は、集団安全保障条約機構(CSTO、ロシア、ベラルーシ、アルメニア、キルギスタン、タジキスタン、カザフスタンを含む)にテロの脅威を克服するための支援を求めた。平和維持軍は限られた期間、共和国に派遣されました。

このようにして、ロシアの平和維持軍と装備を備えたIl-76とAn-124の飛行機がカザフスタンに到着しました。さらに、ベラルーシの平和維持軍が国に到着し、キルギスタン、アルメニア、タジキスタンからの平和維持軍も到着しました。』

デモ混乱で164人死亡 6000人近く拘束

デモ混乱で164人死亡 6000人近く拘束―カザフ
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022010900252&g=int

『【モスクワ時事】ロシア通信は9日、中央アジアのカザフスタンで起きた反政府デモの混乱に伴う死者数が164人に上ったと報じた。治安部隊とデモ隊の激しい衝突が起きた最大都市アルマトイでは子供2人を含む103人が死亡した。

前治安機関トップを拘束 国家反逆容疑―カザフ

 燃料価格高騰に反発するデモに端を発した混乱は、政府の統制下で市民の不満が抑え込まれてきたカザフでは異例の多数の死者を出す事態となった。これまでに治安当局がデモ参加者の26人を殺害し、治安部隊側も16人が死亡したことが明らかになっていた。
 カザフでは9日、トカエフ大統領や治安機関幹部らが参加する会議が開かれ、全土での「状況の安定」が強調された。カザフ大統領府の発表によると、拘束者は約5800人に達し「かなりの数の外国人が含まれる」という。

 トカエフ政権は、ロシアの支援を受けてデモの武力鎮圧を進めている。9日の会議を通じ、混乱は収束に向かっているとアピールした。ロシア主導の軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」の平和維持部隊が重要施設を警備。治安部隊が「浄化」作戦を継続し、「テロリスト」摘発を行っている。 』

米、ロシアに軍事演習・ミサイル配備制限を提案へ

米、ロシアに軍事演習・ミサイル配備制限を提案へ
ウクライナ情勢の緊張緩和が焦点
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN0906E0Z00C22A1000000/

『【ワシントン=坂口幸裕、モスクワ=石川陽平】米政府高官は8日、ウクライナ情勢をめぐるロシア政府との10日の協議で、欧州各国とロシアの国境付近で米欧とロシアの双方が軍事演習やミサイル配備を制限する案を話し合うと明らかにした。ウクライナ国境地域へのロシア軍部隊の集結で高まる米欧とロシアの緊張の緩和につながるかが焦点になる。

10日にスイス・ジュネーブで開く2国間の「戦略的安定対話」には米国からシャーマン国務副長官、ロシア側はリャプコフ外務次官などがそれぞれ出席する。この問題については12日に北大西洋条約機構(NATO)とロシア、13日にはロシアも加盟する欧州安全保障協力機構(OSCE)もそれぞれ協議する。

ロシアは2021年12月に欧州安全保障に関する新たな条約案を米国に、NATOには協定案をそれぞれ示した。NATOの東方拡大の停止や核兵器配備を自国内に限定することなどを一方的に求めた。

米高官は8日、記者団に「ロシアの文書にあるいくつかの分野で進展が可能だと考えている」と説明した。具体案として「双方の領土に接近する戦略爆撃機の訓練や地上演習も含む軍事演習の規模、範囲を相互に制限する可能性を検討したい」と述べた。ロシアはウクライナ南部に面した黒海で米軍などが実施した軍事演習に強く反発していた。

ロシアが要求する自国の国境近くへの攻撃兵器の配備停止も議題になる。米高官は「ロシアも約束すれば合意できるかもしれない」と話した。欧州での米軍の兵力縮小や配置の見直しは「選択肢にない」と明言した。

ロシアはこれまで米欧に地上配備型の中距離ミサイルの配備をお互いに凍結するよう訴えてきた。米ロは19年に射程500~5500㌔㍍の地上配備型ミサイル廃棄を定めた中距離核戦力(INF)廃棄条約を失効させた。米国はロシアが条約に違反して配備したと非難。米国は失効を受けて開発に着手した。

一方、ロシアが求めてきたNATOの東方拡大停止などは拒否する。ブリンケン米国務長官は7日、ロシアが望むウクライナのNATO非加盟の確約を念頭に「加盟は常にNATOと加盟を希望する国との間で決定されるものだ」と指摘。米高官も8日「どの国と同盟を組むかをロシアが決めることはできない」と話した。

米ロ両国が核兵器の配備を自国に限定したり、東欧からNATO軍を撤退させたりする要求も米欧にとっては受け入れられない項目になる。米国の提案を踏まえ、ロシアがウクライナ国境付近に展開する軍を撤退させるかはなお予断を許さない。

米欧は21年10月末以降、ロシアが14年に続くウクライナへの再侵攻を計画していると警戒を強めており、一連の協議でも大規模な対ロ制裁発動などを示して改めて部隊撤収を迫る見通しだ。

米高官は8日、ロシアがウクライナに侵攻すれば①金融制裁②主要産業を対象にした輸出規制③中東欧を念頭に置いたNATO軍の態勢強化やウクライナへの軍事支援の拡充――に踏み切ると警告した。

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NATO、ロシアの拡大停止要求を拒否 外相会合

NATO、ロシアの拡大停止要求を拒否 外相会合
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR07DT40X00C22A1000000/

『【ブリュッセル=竹内康雄】北大西洋条約機構(NATO)は7日、外相会合をオンライン形式で開き、ウクライナ近隣で軍事的圧力を強めるロシアへの対応策を討議した。会合終了後に記者会見したストルテンベルグ事務総長は、ロシアが要求するNATOの拡大停止ついて「基本原則で妥協することはない」と拒否する考えを表明した。

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ロシアはNATOの加盟拡大停止やロシアの近接地帯での軍事演習をやめるよう求める。ストルテンベルグ氏は「すべての国が自らの道を選ぶ権利がある」と述べ、ロシア側の要求に応じない姿勢を示した。NATO加盟にはウクライナやフィンランドが関心を示す。

NATOとロシアは12日、約2年半ぶりのNATOロシア理事会をブリュッセルで開く。外相会合ではNATO加盟国で意見をすりあわせた。

ストルテンベルグ氏は、ロシアがウクライナ国境で軍事力を増強していることに「紛争のリスクは本物だ」と危機が差し迫っているとの見方を表明。ロシアの攻撃的姿勢が欧州の安全保障を脅かしていると非難した。

一方で「ロシアの懸念に耳を傾ける用意がある」とも語り、対話を通じて緊張状態の解消につなげたいとの考えも示した。フランスのマクロン大統領は7日、パリでの記者会見でロシアのプーチン大統領と近く協議したいとの意向を示した。

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米欧は2021年10月末以降、ロシアが14年に続くウクライナへの再侵攻を計画していると警戒を強める。ロシアは21年12月にNATOの東方拡大停止など欧州安全保障に関する新たな合意案を提示。プーチン大統領は同月に東欧諸国を加盟させないというNATOの約束が破られ「ひどくだまされた」と語った。

ブリンケン米国務長官は7日の記者会見で「NATOは新規加盟国を認めないと約束したことはなく、できなかった。開放政策はNATOを設立した1949年の北大西洋条約の中核的な条項だった」と反論した。ロシアが求めるウクライナのNATO非加盟の確約を念頭に「加盟は常にNATOと加盟を希望する国との間で決定されるものだ」と話した。』

ヌルスルタン・ナザルバエフ

ヌルスルタン・ナザルバエフ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8C%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%B6%E3%83%AB%E3%83%90%E3%82%A8%E3%83%95

『ヌルスルタン・アビシュリ・ナザルバエフ(ナザルバーエフ、カザフ語:Н?рс?лтан ?б?ш?лы Назарбаев、ロシア語:Нурсултан Абишевич Назарбаев、Nursultan Abishevich Nazarbayev、1940年7月6日[1] – )は、カザフスタンの政治家。初代大統領(1990年4月24日 – 2019年3月20日)、カザフスタン共和国国家安全保障会議議長(1991年8月21日 – 2022年1月5日)を歴任。ヌルスルタン・アビシェヴィチ・ナザルバエフとも[2]。

1991年のカザフスタン独立から2019年まで、約30年にわたって大統領を務めた。首都アスタナは彼の名前にちなんでヌルスルタンと名付けられた[3]。 』

『経歴

1977年 - 1979年、カラガンダ州共産党委員会書記、後に第2書記
1979年、カザフ共産党中央委員会書記
1984年、カザフ・ソヴィエト社会主義共和国閣僚会議議長(首相)[1]
1986年、ソビエト共産党中央委員会委員。ゴルバチョフ政権下で中央アジアの代表として台頭してくる。
    ゴルバチョフ書記長は、この年、ブレジネフの盟友だったディンムハメッド・クナーエフ・カザフ党第一書記(政治局員)を解任し、ロシア人のゲンナジー・コルビンをカザフ党第一書記に任命したが、これに対して、同年12月にカザフ人の暴動が起こる(アルマアタ事件)。同事件はカザフ人であるナザルバエフを重用する必要性を高めた。
1989年6月、コルビンの後任としてカザフ共産党中央委員会第一書記に就任[1]
1990年2月カザフ共和国最高会議議長、4月カザフ共和国大統領[1]、7月、ソビエト共産党中央委員会政治局員
1991年8月21日、カザフスタン共和国国家安全保障会議議長に就任。
1991年12月1日、カザフスタン共和国大統領に選出、同月10日、国名をカザフスタン共和国へ変更[1]。
    1991年12月25日、ソビエト連邦の崩壊に伴い、カザフスタンは独立国家として国際的に承認される。国際連合には1992年3月2日に加盟。
1994年4月、来日[1]
1995年4月、国民投票により任期を2000年まで延長
1997年、首都をアルマトイからアスタナへ移転[4]。
1999年1月、期限前に実施された大統領選挙で再選(任期は7年)[1]。
1999年12月、日・カザフスタン経済合同会議に出席するため来日[1]。
2005年12月、前倒しされた大統領選挙で圧倒的得票率で3選された[1]。

2007年5月12日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、トルクメニスタンのグルバングル・ベルディムハメドフ大統領と共同でカスピ海に沿うガスパイプライン新設の合意を発表[5]。

2007年5月18日、カザフスタン議会はナザルバエフを終身大統領とする決議案を圧倒的賛成多数で可決。同日採択された憲法改正案で大統領任期を7年から5年に削減、3選禁止規定も残されたが、ナザルバエフは「独立国家カザフの創始者」であるため、大統領の任期は適用されない。しかしナザルバエフはこれを断り、大統領選挙は2012年実施、2005年に選出された現在の大統領任期は2013年初頭までとされた。

2008年6月18日、来日。福田康夫首相との首脳会談で、原子力の平和的利用などエネルギー分野での二国間協力の合意がなされ、調印[6]。
2011年2月、2012年に予定されていた大統領選挙を前倒して実施するために憲法修正法案に署名。
2011年4月3日に大統領選挙が実施され、得票率95.5%を獲得して当選し4選を果たした。
    2010年末に、2020年まで大統領任期を延長することを決めるための国民投票実施を要求する国民の署名運動が開始され、署名者数は500万に達した。カザフスタン議会も12月14日に、国民投票を可能にする憲法改正案を可決。しかし憲法評議会が議会主導の改憲の動きを違憲と判断した。これを受けて大統領は任期延長提案を拒否し、逆に大統領選挙の前倒し実施を提案した。

    同選挙での立候補者はナザルバエフ以外に3人いたが、3人ともナザルバエフの2020年までの任期延長に賛成していた人物であり、しかもそのうちの1人はナザルバエフに投票した[7]、と発言するなど、国際社会、特に欧米からは「競争原理のみられない選挙」と批判された。得票率95.5%[7]は1991年12月に行われた大統領選挙で獲得した98.7%に次ぐ高率で、1999年の得票率79.78%と2005年の得票率91.15%を上回り、独立以後の大統領選挙では過去最高となった。

2014年2月、カザフスタンの国際的な知名度向上のため、国名を「カザフエリ」(カザフ語でカザフ人の土地の意)」に変更する考えを表明[8]。
2014年5月、アスタナでロシアのプーチン大統領、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領とともにユーラシア経済連合の創設に関する条約に調印し、締約国の各議会に対して条約の批准を同時期に行うことを提唱[9]。
2015年4月、予定任期を1年前倒しして行われた大統領選挙で得票率97.7%を獲得し5選を果たした[10][11]。
2015年9月、中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年記念式典に出席して天安門広場を行進するカザフスタン軍を閲兵[12]。
2016年11月、来日。カザフスタンの大統領として初めて広島平和記念資料館を視察した。
2017年4月、カザフ語の表記を2025年までにラテン文字に転換することを表明した[13]。
2017年5月、中国の一帯一路をテーマとした一帯一路国際協力サミットフォーラム(英語版)に出席[14]。
2019年3月19日 - 国民向けのテレビ演説で、20日付で大統領職から退任すると発表(ただし、「国家指導者」という憲法上の地位を維持し、国家安全保障会議の終身議長に留まる)[15][16]。同日、議会は首都の名称を現在のアスタナからナザルバエフの名前である「ヌルスルタン」に変更する法案を可決した[17]。6月9日、選挙で大統領のカシムジョマルト・トカエフが大統領に選出された[18]。
2019年10月 - 即位の礼出席のためカザフスタンの代表として訪日。10月23日には迎賓館赤坂離宮で内閣総理大臣安倍晋三と会談を行った[19]。
2020年6月18日 - 新型コロナウイルスに感染していたことが判明[20]。

2021年11月23日、非公開のヌル・オタン党政治評議会拡大会議において議長を辞任する意向を表明[21]。

2022年1月5日 - 燃料高騰に端を発した反政府デモの収束を図るため、トカエフ大統領により国家安全保障会議議長職を解任され、事実上失脚した[22][23]。その後家族とともにカザフスタンより脱出し、隣国キルギスの首都ビシュケクにあるマナス国際空港に向かったと報じられた[24]。』

『人物

アルマトイ州[1]カスケレンスキー地区チェモルガン村出身。妻・サラSara Nazarbayeva、3女(ダリガ、ディナラ、アリヤ)、3人の孫を有する。孫のアイスルタンは、イギリスのサンドハースト王立陸軍士官学校を優等で卒業し、カザフスタン共和国軍に入隊。

ドニエプロジェルジンスキー工業学校(1960年)、カラガンダ冶金コンビナート附属工業大学(1967年)、ソ連共産党中央委員会附属高等党学校(1976年、通信教育)を卒業[1]。経済科学博士[1]。

カザフ国立大学名誉教授、国際技術アカデミー会員、ロシア連邦社会科学アカデミー会員、カザフスタン科学アカデミー会員、国際情報化アカデミー会員、国際技術科学アカデミー会員。北京大学より名誉博士号(2002年)。

ナザルバエフはソ連の副大統領候補でもあった有力者であり[25]、ソ連崩壊の際の独立国家共同体の発足でもアルマトイで主導的な役割を果たした。「安定と経済発展」を掲げた開発独裁を行い、カザフスタン=中国石油パイプライン(英語版)や中央アジア・中国天然ガスパイプライン(英語版)の建設でカザフスタンの潤沢な天然資源を経済成長著しい中国などに積極的に輸出してカザフスタン経済の発展を実現し[11]、カザフスタンは中央アジアで最も高い一人当たりの国内総生産となり、ロシアと並ぶほどに成長した[10]。カザフスタン議会は2000年にナザルバエフの議案提出権や不逮捕特権を終身付与する法案を可決し、2001年にはナザルバエフに対して「人民英雄」の称号を付与する議案もほぼ全会一致で可決している[26]。3人の娘がおり、末娘のアリヤは、キルギス共和国のアスカル・アカエフ元大統領の息子と結婚した。ナザルバエフには男児がいないため、長女・ダリガは後継者候補として有力であった。そのダリガは2019年に父親から大統領職を引き継いだトカエフの後継として上院議長に就任した[27][28]が、2020年5月にトカエフによって解任され[29]、上院議員資格も抹消された[30]。

ユーラシア主義の推進者であり、L.N.グミリョフ名称ユーラシア国立大学(英語版)を設立している[31]。また、ユーラシア連合の提唱者であり[32][33][34][35]、ユーラシア経済共同体とその後身のユーラシア経済連合の創設条約はいずれもカザフスタンのアスタナで調印されており、ユーラシア統合を着想して多大な貢献をしたとナザルバエフを称えるロシアのプーチン大統領の提案で最高ユーラシア経済評議会(ユーラシア経済連合の最高意思決定機関)の名誉議長にも任命されている[36]。中国の主導する上海協力機構の創設にも参加して後に国際的な注目を集めた一帯一路の構想を2013年に習近平国家主席(総書記)がアスタナで最初に提唱した際はナザルバエフは真っ先にこれを支援し[37]、中国最高位勲章の友誼勲章(中国語版)も授与されている[38]。隣接する中露両国とは友好関係を築き、大統領退任後も中国とロシアをまず外遊している[39][40]。

また、イスラム教徒でありながらイスラエルとも強い繋がりを有している[41][42]。 』

『著作

『我々の家ユーラシア―21世紀を眼前にして』下斗米伸夫・山口久子(翻訳)、日本放送出版協会、1999
『激動の十年 カザフから始まるユーラシアの改革』下斗米伸夫・原田長樹(翻訳)、L・H陽光出版、2005
『ユーラシア連合:着想、実践、展望1994-1997』Евразийский союз: идеи, практика, перспективы, 1994?1997』

[FT]カザフ抗議デモ、ナザルバエフ氏の長期支配に幕か

[FT]カザフ抗議デモ、ナザルバエフ氏の長期支配に幕か
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB071460X00C22A1000000/

『ソ連崩壊から30年、中央アジアのカザフスタンを揺るがしている政府への抗議デモは、ヌルスルタン・ナザルバエフ前大統領による長期支配の終わりを告げるものかもしれない。だが、豊富な石油資源を持つ同国が独裁体制からスムーズに移行することを示唆するものではない。

燃料費値上げへの反発に端を発した政府への抗議デモを警戒する治安部隊(6日、アルマトイ)=ロイター

ソ連崩壊後の歳月の大半を通じてカザフを支配したナザルバエフ氏は2019年に辞任し、自ら指名したトカエフ氏に大統領の座を譲った。だが、ナザルバエフ氏はその後も国家安全保障会議議長の地位にしがみつき、カザフを強い統制下に置いたまま自身の支配力を維持してきた。

しかし今週、抗議デモのうねりが高まるなかで、かつては行政上の実務を託されたにすぎないとみなされていたトカエフ氏が、自分を大統領の座に据えた人物を差し置いて治安部隊の実権を公然と掌握した。「国父」と呼ばれ、首都を自身の名のヌルスルタンに改称した81歳のナザルバエフ氏は要職を解任され、国外に脱出したのではないかとのうわさも呼んでいる。

コンサルティング会社アペリオでパリ在勤の地政学アナリスト、ジョージ・ボローシン氏は「ナザルバエフ体制と19年の辞任とともに始まった不完全な権力移行は、どちらももう終わった」と指摘する。

カザフの豊富な石油・ガス資源にかなりの資金を注ぎ込んでいる西側の投資家は、混乱期の成り行きを注視している。一方、ロシア主導の軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」が、加盟国であるカザフに部隊を派遣することを決めた。ウクライナと欧州の安全保障に関する米国との協議を控えるロシアにとっては、国境地帯で望ましくない不確実性が膨らんでいる。

燃料値上げから広がった抗議デモ

政治リスクコンサルティング会社プリズムのアソシエートディレクター、ベン・ゴドウィン氏は「支配層の内紛」を見通している。「トカエフ氏がナザルバエフ氏から権力を引き継いだが、石油やガス、金融、鉱業などの戦略産業を含めて、なおもナザルバエフ氏側が全てを支配している」と話す。

「トカエフ氏が権力を確たるものにできた場合、残されたオリガルヒ(新興財閥)との長期の交渉が必要になる」という。

抗議デモは自動車の主要な燃料である液化石油ガス(LPG)が、1月1日の価格統制解除後2倍に値上がりしたことから広がった。だが、燃料価格への不満はすぐにナザルバエフ氏に対する反発へと変わった。

英調査会社IHSマークイットのアナリスト、アレックス・メリキシュビリ氏は「経済的な問題によるカザフ西部での地域的な不満がたちまち他の地域へ広がったという事実は、一般市民の間で政府に対する不満が強くくすぶっていたことを示している」との見方を示す。

19年の大統領交代で政治の自由化が期待されたが、国民のニーズに寄り添う政府をつくるとするトカエフ氏の「耳を傾ける国家」という方針は、「全般的な民主化という面で目に見える成果を生み出していない」とメリキシュビリ氏は言う。「この春でトカエフ氏の就任から3年になるが、今もカザフに野党は存在しない」

低迷続くカザフ経済

経済状況の悪化が不満に輪をかけた。コモディティー(商品)に依存するカザフ経済は、石油価格が急落した14年以降低迷している。そこに新型コロナウイルスのパンデミックが加わり、アナリストによると物価上昇と経済格差の拡大、最も弱い人々に対する適切な公的支援の欠如が状況を悪化させている。

反政府デモには「経済状況の悪さ、競争なき政治を是正する政治改革の欠如、ナザルバエフ一族とそれに連なる一派の経済支配が関係している」とボローシン氏は指摘する。

トカエフ氏は当初、LPG価格を21年の水準以下に引き下げ、内閣を総辞職させるなどの譲歩でデモに対処した。だが、安全保障会議の実権を握ると即座に方針を変え、国内全土に非常事態宣言を発令した。

ロシアが主導し、アルメニアやベラルーシ、キルギス、タジキスタンが加盟するCSTOにも部隊の派遣を求めた。ロシアの迅速な部隊派遣はCSTOの歴史を通じて前例がない。1992年発足のCSTOは2010年にキルギスの民族衝突への部隊派遣を拒み、21年にもアゼルバイジャンと戦うアルメニアの支援に応じなかった。

地域の支配的存在であるロシアは、ほぼ8000キロメートルと最も長く国境を接するカザフの安定を維持したい考えだ。両国は経済的に密接な関係を保ち、ロシアはカザフ領内にいくつかの軍事基地とバイコヌール宇宙基地を持ち続けている。

支配構造の刷新は困難か

ロシア科学アカデミー・ポストソビエト研究センターのスタニスラフ・プリッチン上級研究員は「特にアルマトイなどで強硬な対応を示さなければならないトカエフ氏にとって、次の2日間が決定的になる」と指摘する。カザフ最大都市のアルマトイでデモ参加者は商店や銀行、スーパーなどを襲っている。

プリズムのゴドウィン氏は、産油地帯のカザフ西部は長く問題になり続けるとみている。2日に国内で最初にデモが発生した同地域には過去にもデモが行われた歴史がある。「アルマトイやヌルスルタンの人々とはかなり違っていて、極めて意志が固く、極度の怒りを抱いている。11年に見たように、彼らは何カ月も陣取る覚悟がある」

西部マンギスタウ州の都市ジャナオゼンは近年、低賃金や物価上昇をめぐりデモが頻発している。11年の石油労働者のストライキは、警察が排除に乗り出した後に暴力に発展した。

デモの要求には現実離れしたものも含まれているため、トカエフ氏が要求を満たすのは難しいのではないかとアナリストはみている。内閣が入れ替わろうとも、カザフの支配構造を変えることについても同様だという。

「新たな政府が質的にこれまでの政府と異なることは考えにくい。カザフの支配層に資格を満たす人材は限られているからだ」とメリキシュビリ氏は言う。

By Nastassia Astrasheuskaya

(2022年1月7日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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【人類世の地球環境】カザフスタン 灌漑がつくった国

【人類世の地球環境】カザフスタン 灌漑がつくった国
https://cigs.canon/article/20171004_4514.html

 ※ 今日は、こんなところで…。

『技術総合誌・OHM9月号に掲載(2017.10.04)

今夏は、中央アジア・カザフスタンの首都アスタナで万博が開かれていて、講演に招かれ訪問する機会があった。カザフスタンは日本の7倍の広大な面積を持つ。東は中国の新疆ウイグル自治区に、北はロシアに接する。西はカスピ海に達する。国土は大半が草原で中央部に砂漠があり、山は南と東の国境付近に限られている。ステップと呼ばれる草原と砂漠はひたすら平坦で、北のシベリア低地に連なる。

 中央アジアの気象はスケールが大きい。カザフスタンの南には7,000m級の天山山脈とパミール高原が連なる。インドの南から吹いてくるモンスーンの雨は8,000m級のヒマラヤ山脈とその西に連なるヒンドゥークシュ山脈に完全にシャットアウトされて、これより北には雨は降らない。カザフスタンの降水は、遙か北極や大西洋からもたらされ、北風が天山山脈に当たって雪となる。天山山脈より南はこの水分もシャットアウトされ、広大なタクラマカン砂漠となる。日本列島は3,000m級の山しかないが、それでも冬は、関東地方はカラカラになる。この倍以上の高さの山が連なるので、中央アジアではさらに徹底的に水分が搾り取られる。

 ロシアのシベリア低地では、寒い湿地に森林が連なっている。それがカザフスタン北部で終わりになり、そこからカザフスタン内には広大なステップが連なり、南に行くにしたがって乾燥し砂漠になる。雨はきわめて少なくなり、ステップでも年間300mmがせいぜい、砂漠はそれ以下である。砂漠は、夏は40度、冬はマイナス20度と、暑さ寒さが極端になる。

 これだけ気象が厳しいとなると、ちょっとした気候変動に人々が翻弄されてきたことは想像に難くない。

 人口ポンプという仮説がある。それは、温暖で湿潤な時期には草原の人口が増加し、逆に冷涼で乾燥した時期には、草原で養いきれなくなった人々が、草原から出て他の地域に移住ないし侵入する、という説だ。

 中国での三国時代から五胡十六国の乱にかけての時期には、華北地域が乾燥して農耕に適さなくなり、食料の奪い合いから戦争が起きて、そこに北方から異民族である五胡が侵入した、という説がある。この説は確証されていないようだが、湖底中の土壌の花粉分析などにより、古気候の復元研究が進められている。

 だが、このような厳しい気象の中にあっても、というよりも、厳しい気象であるがゆえに、やはり人類は環境を大幅につくり変えてきた。

 天山山脈の北側に沿って飛行機で飛ぶと、雪解け水が一筋流れ出した扇状地に緑色の畑があり、その中に集落がある。そのような集落が数㎞から数十㎞置きに点在している。

 ところどころにダムがあり、その下には大きな町がある。その周辺はひたすら乾燥している。水のある所だけ緑があり、作物が育ち、人が住んでいる。

 このあたりは昔のシルクロードの天山北路にあたる場所で、漢代には50国とも80国とも言われたオアシス国家が存在した。

 オアシスでは、カナートと呼ばれる灌漑が、紀元前1000年にはすでに存在したというから驚きだ。これは扇状地の地下水を地下用水路で導いたものである。遊牧民であってもオアシスの定住民と交易して穀物や野菜を得ることは必須だったということから、この地域の人々は皆、灌漑とともにあったことになる。

 カザフスタンで灌漑というと、アラル海での環境破壊が有名になってしまった。アラル海にそそぐアム川とシル川で、綿花等の栽培のために大規模に灌漑をした結果、水量が激減して、アム川はアラル海に到達する前に消滅し、アラル海の8割が干上がってしまった。灌漑の仕方がまずく、土に染み込んだり蒸発する水も多く、大量の化学肥料を投入したせいもあって、塩害が生じた。アラル海には豊かな漁場があり、食品加工工場もあったが、今では町は廃墟になった。

 だが、万博会場でカザフスタンの大学生と話をすると、なおも灌漑を含めて農業開発は良いことだと信じているようだ。アラル海についても、やり方の改善は必要だが、灌漑自体を止めるとは言わない。グーグルアースで見ても分かるが、確かにアラル海は干上がっているが、その上流のアム川とシル川の流域では広大な緑地が広がっている。ここでの農業は重要な産業となっている。人々は昔から、そして今も、灌漑とともに厳しい自然の中を生き抜いている。』