インテル入ってない:アームが半導体巨人を倒すまで
アームはモバイル端末のほか、PCやクラウドでも使用が増えている技術の設計を手掛ける
https://jp.wsj.com/articles/SB10671388092954773957304587158144275503230





『By Christopher Mims
2020 年 12 月 15 日 09:47 JST 更新
――筆者のクリストファー・ミムズはWSJハイテク担当コラムニスト
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米半導体大手インテルが設計し製造したマイクロチップはかつて、ほぼ全てのパソコンやクラウドコンピューティングの中核をなすほど支配的だった。だがここ何年も、競合他社の後塵(こうじん)を拝している。そうしたライバルには無数のスタートアップ企業のみならず、時価総額が数兆ドル規模の企業も含まれており、インテルの牙城を崩すまであと一歩のところまできている。
アップルは最近、自社の新型パソコンシリーズ「Mac(マック)」へのインテル製チップ搭載を終了すると発表した。自社の設計品に切り替えるという。インテル長年のパートナーであるマイクロソフトも、自社のタブレット端末「サーフェス・プロX」に独自のチップを搭載。グーグルは自社のスマートフォン「ピクセル」にクアルコム製、パソコン「クロームブック」にはインテル製のチップを使用しているが、内製化に取り組んでいるようだ。一方、韓国サムスン電子は20年にわたり独自チップを設計している。ただしインテル、クアルコム両社との提携は続けている。
こうした動きの背景には、効率性がかつてないほど求められていることがある。アップルは今年、「ワット当たりの性能」について大いに喧伝した。この基準はバッテリーで動く機器にとって明らかに重要だが、世界の消費電力の1%を占めるクラウドコンピューティングにとってもしかり。このようなニーズを満たすため、電子機器メーカーは自社製品によりカスタマイズしやすいマイクロチップを選択している。車両を駆動するのに開発されたエンジンと同様に。
カスタムメードのチップ製造で先頭を走るのは製造企業ではない。ほぼ全てのモバイル端末のほか、パソコンやクラウドサービスでも使用が増えている技術の設計を手掛けるのは英半導体設計大手アーム・ホールディングスだ。同社がマイクロチップの設計図をライセンス供与するハイテク大手やハードウエアのスタートアップは計500社余り。すでにスマホやタブレット端末、ノートパソコン向けプロセッサーの市場シェアは9割に上る。
インテルは米アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)と台湾の威盛電子(VIAテクノロジーズ)との長年の関係を除けば、他社にマイクロチップの設計図をライセンス供与しない。インテルはアマゾン・ドット・コムのような大容量のデータ処理を必要とする顧客のために、自社の高性能プロセッサー「Xeon(ジーオン)」をカスタマイズする。
アームが供与するライセンスは特定のニーズに合わせ、同社のさまざまな「コア」を組み合わせることが可能だ。同社のレネ・ハース知財製品担当プレジデントによれば、気温観測など低電力の環境センサーのチップを作りたい顧客はコアが1つしか必要ないかもしれないが、超高速のクラウドサーバー向けプロセッサーには最大96コア必要になる可能性があるという。
アップルの新「MacBook」に搭載された独自チップ
PHOTO: DANIEL ACKER/BLOOMBERG NEWS
社内に経験豊富で大きなチップ設計チームがあるアップルやサムスン、クアルコム、エヌビディアといった一部企業はあまり一般的でないタイプのライセンスを求め、独自に設計されたチップを製造する。それでもアームのエコシステム内にある。同じ「命令セット」を使用しているからだ。
現時点でインテルの命令セット「x86」とアームの命令セットの特徴の違いは不鮮明だ、と指摘するのはアンディ・ファン氏だ。同氏はベテランエンジニアでチップ設計企業に助言を行う。アームの命令セットはインテルのとほぼ同じくらい大きく複雑化しているが、インテルは効率性を向上させた高性能チップの設計に注力しているという。
両社にとって現在、処理速度と同じくらいカスタマイズが戦いの場となっているが、アップルが新「MacBook(マックブック)」に搭載した独自のチップ「M1」の評価基準は、アームベースのチップが非常に処理速度が速くなり得ることを示している。現在世界最速のスーパーコンピューターには富士通の開発したチップが搭載されているが、アームの技術に基づいている。
電子機器メーカーはカスタマイズしたチップの製造をベストなファウンドリー(受託生産)企業から選べるし、最先端技術の大半はもはやインテルではなく、(ほとんどがアームの技術が基になる)チップを実際に製造している台湾積体電路製造(TSMC)やサムスンといったライバル企業に属している。
ほかにも、インテルの領域に踏み込んでいる企業がある。画像処理半導体(GPU)と人工知能(AI)の市場を支配し、時価総額で現在最大の米半導体メーカーであるエヌビディアは、アーム・ホールディングスをソフトバンクグループから400億ドル(現金と株式)で買収することで合意している。規制当局の審査を通過すれば、業界史上最大の買収案件となる。
自社のタブレットPC「Surface Pro X」を紹介するマイクロソフトのパノス・パネイ最高製品責任者(19年10月)
PHOTO: MARK KAUZLARICH/BLOOMBERG NEWS
アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏は2006年、同社がインテル製チップに切り替えると発表した。当時採用していたチップの製造元であるIBMが追いついてこられなかったためだ。インテルは10年以上にわたり、パソコン・サーバー向けチップの消費電力と効率性で業界トップを走り続けた。
だが同時期にインテルは致命的なミスを犯した。当時のポール・オッテリーニ最高経営責任者(CEO)は、「iPhone(アイフォーン)」に搭載するチップを製造してほしいというアップルの依頼を断ったのだ。アップルはアームの設計に基づいて独自チップの開発に乗り出し、2010年に発表されたiPhone4に初めて搭載された。産声を上げたばかりのモバイル業界の他企業もすでにアームの技術を採用しており、アーム支配の流れに向かっていった。
スマホ革命が起きなければ、インテルは今でも中央処理装置の市場を握っていた、とハイテク分野の調査会社ムーア・インサイツ・アンド・ストラテジーのパトリック・ムーアヘッド社長は語る。
握手するアップルのスティーブ・ジョブズCEO(左)とインテルのポール・オッテリーニCEO(06年1月)
PHOTO: PAUL SAKUMA/ASSOCIATED PRESS
このような戦い――インテルの垂直統合的アプローチとアームのより柔軟な戦略――はクラウド、厳密に言えば、データセンターでも繰り広げられている。クラウドサービス最大手アマゾンの「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」は独自に開発したアームチップを使っている。インテル製と比べ、クラウドアプリの性能が40%上回り、コストも20%低いとしている。
にもかかわらず、インテルのクラウドサーバー向けチップ需要は衰えていない。2020年9月までの1年間の売上高は前年同期比11%増の781億ドルだった。新型コロナウイルスの世界的流行によりパソコンとサーバーの需要が爆発的に増えたおかげで、同期間の増収率は何年かぶりの大きさだ。同社はこの勢いに乗じて新規ビジネスへの参入をもくろんでいる。そうした分野にはGPUやAIトレーニング、5G(次世代通信規格)ネットワーキング、自動運転が含まれる。ロバート・スワンCEOは、同社がもはやパソコン・サーバー市場の支配に重点を置くべきではなく、「あらゆる半導体製品」のシェア3割を目指すべきと繰り返し述べている。
マイクロ・マジックが発表したRISC-Vコア(2日)
PHOTO: MICRO MAGIC|, INC.
一方のアームは、今後も事業拡張を続けたいなら現状にあぐらをかいてはいられない。カスタマイズと費用効率の高い製造オプションを約束してインテルから顧客を奪ったように、今度は新たなスタートアップに脅かされる立場になりかねない。そうしたスタートアップの一つが、カリフォルニア大学バークレー校が開発した「RISC-V(リスクファイブ)」だ。設計が簡略化されていることで、「ワット当たりの性能」という今では不可欠な基準において有望な結果が最近示されている。だが最大のウリはオープンソースであることだろう。アームとは異なり、RISC-Vの命令セットを無料で利用できるのだ。
中国ハイテク大手アリババグループはRISC-Vベースのチップを発表した。米トランプ政権下で欧米の技術や知財を取得するのが困難な他の中国企業も関心を寄せている。
一方、インテルが成長し続けることができるかどうかは、製造で再び追いつけるかにかかっているかもしれない。さまざまな試みがうまくいかなくても、インテルが巨大なエコシステムを持つことができれば、それによってもたらされる勢いはこの先何年も同社が重要な企業であり続ける一助となることは間違いないだろう。また、あらゆる種類のプロセッサーの需要が爆発すれば、最も強力なライバルさえ、インテルを締め出すのに十分な供給を行うことは難しいかもしれない。』