インド企業のアダニ・グループ、不正会計疑惑で13兆円が吹っ飛ぶ。

インド企業のアダニ・グループ、不正会計疑惑で13兆円が吹っ飛ぶ。 : 机上空間
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/30760705.html

『インドの財閥で、アダニ・グループというコングロマリットがあります。創業者で現会長のゴータム・アダニ氏が、1988年に創業した会社で、当初は貿易会社でした。その後、事業の多角化を積極的に進めて、現在の主力事業は、港湾管理・運営、発電・送配電などの電力事業、太陽光発電などの再生可能エネルギー事業、天然ガス、不動産等、インドのインフラ事業を押さえています。アメリカの経済誌フォーブスの世界長者番付では、2022年に一時、世界二位まで昇りつめています。

直近の5年間で、2500%も株価が上昇していて、一気に事業を成長させていました。現在、アダニは、タタ財閥、リライアンス・インダストリーズと並んで、インドの三大財閥の一つに数えられています。この背景には、インドの首相であるモディ政権が進める政策と、二人三脚で事業を請け負ってきた関係があります。悪い言い方をすれば、モディ首相の政商として機能して、インドのインフラ発展に合わせて政府からの受注を受けてきた結果です。

今回、アダニ・グループに巻き起こった不正会計疑惑は、アメリカにあるヒンデンブルク・リサーチという投資会社のリサーチによるリポートが告発した内容によります。この会社は、10名程の小さい会社で、いわゆるヘッジファンドのように顧客の資産を預かって、投資・運用しているわけではありません。あくまでも、空売り投資家グループとして、会社の資産を運用しています。

その告発によりますと、アダニ・グループは、モーリシャスなどのタックスヘイブンに、ペーパーカンパニーを持っていて、汚職やマネーロンダリングを行っているとしています。2年に及ぶ調査の結果は、100ページに及ぶ報告書になっていて、88の問題提起が行われています。この結果、アダニ・グループの株価は急落し、時価総額で13兆円が吹き飛びました。このまま、信頼が回復しないと、資金繰りが悪化する可能性があります。アダニ・グループの負債は、2兆ルピー(245億ドル)で、国内銀行が40%、海外投資家からの調達資金が60%になります。これが不良債権化すると、少なからず世界経済に影響が出るはずです。

この告発を行ったヒンデンブルク・リサーチという会社は、空売り投資を専業とする集団で、その性格から企業スキャンダルや不正をリサーチするのが業務になります。

その結果、何がしかの問題が明るみになると、予め空売りを仕掛けておけば、株価の暴落で、大儲けができます。それゆえ、ハゲタカと呼ばれているのですが、ある意味、企業の不正行為を公に晒す自警団的な役割も担っています。

創業者は、ネーサン・アンダーソン氏という人物で、アメリカの電気自動車メーカーが自動車の性能を偽っているというリポートを出し、証券取引等監視委員会が調査に乗り出した事で、名前が知られるようになりました。つまり、こうしたリサーチに大きな実績を持つ会社なので、リポートが出た時点で、これだけの影響が市場に出たわけです。

ちなみに、社名のヒンデンブルクは、火災事故を起こしたドイツの大型飛行船・ヒンデンブルク号に、ちなんで名付けられていて、空売り投資家には、なかなか皮肉の入った名前になっています。』

G20で世界の仲介役めざすインド 中国との対立が影

G20で世界の仲介役めざすインド 中国との対立が影
ムンバイ支局 花田亮輔
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM182P40Y3A110C2000000/

『インドが中国との関係に苦慮している。インドと中国は長年にわたり国境紛争を抱えており、最近も衝突が発生した。インドは現在、20カ国・地域(G20)の議長国を務めている。先進国と途上国の橋渡し役として存在感を発揮したいインドにとって、挑発を続ける隣国への対応が頭痛の種になっている。

「民主主義の母国がG20をホストする」。いまインドの首都ニューデリーやムンバイといった大都市で、G20関連のポスターや…

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。

残り2141文字

初割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料! https://www.nikkei.com/promotion/?ak=https%3A%2F%2Fwww.nikkei.com%2Farticle%2FDGXZQOGM182P40Y3A110C2000000&n_cid=DSPRM1AR07 』

『米ハドソン研究所の長尾賢研究員は「中国側ではインドとの緊張関係を高めた軍人が出世する傾向にあり、中国政府として意図的に挑発行動をとっている可能性が高い」とみる。長尾研究員は中国側の意図について「一度侵入すれば、中国側は『撤退』をインドに対して『譲歩してやった』という外交上の駆け引きに使えるようになる」と指摘する。米国などとの協調姿勢も見せるインドに対する揺さぶりとして、国境地域での衝突を利用しようとしているとの見方だ。』

『インドのジャイシャンカル外相は20年に出版した著書(邦題『インド外交の流儀』)で、同国の指針を「米国を巻き込み、中国を管理(マネージ)し、欧州を開拓し、ロシアを安心させ、日本により大きな力を発揮してもらい、隣人を引き込み、隣国を広げ、従来の支持層を拡大する」と表現した。もくろみ通り中国との関係を「管理」できるか。例年以上に外交手腕が問われる一年となりそうだ。』

ネパール,今も計画停電が続くことに驚く

ネパール,今も計画停電が続くことに驚く
http://blog.livedoor.jp/adachihayao/

『【日刊 アジアのエネルギー最前線】 ネパール,今も計画停電が続くことに驚く,氷河湖決壊など,インドによる大規模ダムの開発必須
http://www.adachihayao.net

2023年1月21日 土曜日 晴れ

ネパール,先日の生田さんのYTで平将明先生が語っておられた水力開発,私も退役してから月日が経つので調べてみた,相変わらず電力不足に悩み,日12時間の計画停電が続く,我々以降のインドや中国の介入はどうなっているのか,ネパールは約15万平方キロの国土に約3000万人が暮らす

ネパールは豊富な水力資源を持ちながら何故電力不足が続くのか,それはピーク需要が僅か100万KW,日調整ダムはあるが,国内需要では大規模ダムは開発困難,国土の地形上,ヒマラヤからの土砂や氷河湖決壊を呑み込むためにも,大貯水池がなければ,乾季と雨季の季節調整は困難の故である

JICA,Jパワー,日本工営も,ネパールの大規模ダム開発には努力したが,インドとの売電問題があって国際間調整は難しかった,中国はただ大ダムを開発したいだけだが,インドはネパールからの送電を強く希望し,開発コンサルタントを送り込んでいる,親中政権の誕生で調整が困難なのか? 』

ウクライナ戦争で一変した世界 次はどこへ向かうのか

ウクライナ戦争で一変した世界 次はどこへ向かうのか
岡崎研究所
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/29089

『2022年12月28日付ワシントン・ポスト紙は「ロシアのウクライナ侵攻は2022年に世界をどう変えたのか」との同紙コラムニストのジョージ・ウィルによる論説を掲載し、ウクライナ戦争の影響で、日独の防衛力強化など、力のバランスは結局ロシアと中国にとって不利になったと論じている。

 2022年末の世界は年初と大きく変わった。侵攻時点でプーチンは、隣国のフィンランドとスウェーデンが素早く北大西洋条約機構(NATO)加盟を決定するとは予想できなかっただろう。

 プーチンは、ロシアは強力な国家でウクライナは国家ではないことを示そうとしたが、結果は正反対で、ロシアは物質面以上に政治的に劣っていることが明らかになった。その権威主義的文化は停滞、腐敗、事大主義を蔓延させてきたからだ。

 プーチン侵攻の他の予想外の影響では、ショルツ独首相は、プーチン侵攻の 3 日後、防衛費増額を表明した。日本は新国家安全保障戦略を発表し、憲法上の平和主義から再度一歩離れ、純粋に防衛的兵器を越えた防衛支出を拡大する。新たな「反撃」兵器は、1000マイル以上先の中国の標的に到達しうる米国製トマホーク巡航ミサイル数百発を含む。

 もし日本がNATO水準の国内総生産(GDP)2%防衛支出を達成すれば、防衛費は世界第3位となる。中欧での出来事が国際秩序を揺るがした結果、中国はより脆弱で、おそらくより抑止可能になる。

 2022年、「世界勢力の相関関係」は、ロシアにとっては大幅に不利に、10カ月前に「無制限の」対ロシア協力を表明した中国にとっても不利に変わった。

*    *    *

 2022年を総括するウィルの論説は、彼らしい格調高く巨視的な一品だ。ウクライナ戦争により、長年中立を保ってきたフィンランドとスウェーデンはNATO加盟を決断し、日本とドイツも、それ以前は想定できなかった防衛費増額に動いた。その結果、力のバランスは、ロシアにとっては相当不利に、間接的に影響を受けた中国にとっても不利に変わったという指摘は正しいし、前向きなものとして勇気づけられる。

 あえて、いくつかの問いを提起しておこう。まず、ウクライナが払っている多大な犠牲は、そのために必要なものだったのだろうか。フィンランドとスウェーデンのNATO加盟やドイツの防衛費増額については、恐らくそうだろう。

 一方、日本にとってはどうか。ロシアのウクライナ侵攻なしでも、日本が安保3文書に示された方向性を打ち出せたかどうかについては、中国による挑戦の重大さとそれへの理解の高まりから言って、おそらく可能だったと思う。ただ、少なくとも、それに対する国内外の理解度と中国による反論の説得度に対しては、相当の影響があったと思われる。

 次に、この巨視的な力のバランス変化に関して、防衛費増額はスタートであり、これを実際の抑止力強化に繋げるには、調達、訓練、連携強化等の今後の具体化が必須だ。

 いつまでもウクライナ侵攻に「頼っている」わけにはいかない。粘り強い「外交」と戦略的コミュニケーションが不可欠で、弛まぬ努力抜きには力のバランスの変化を生かすことはできない。

 なお、この機会に、2023年がどのような年になるかについて述べておきたい。』

『第一に、これまで以上に紛争と共存する緊張感に満ちた年になるだろう。ウクライナ戦争の出口はいまだ見えない。台湾を巡る緊張が下がる地合いにはない。北朝鮮についても、戦略的構図は抑止を基本としたものに根本的に変化している。この中で、紛争発生を抑止し激化を防ぐための緊張感を持った管理が必要となる。

 第二に、来年(2024年)の各種重要選挙に向けた国内政治情勢が国際情勢に影響を与える可能性がある。今年はトルコ大統領選挙を除き重要選挙は限られているが、来年は年初から目白押しだ。1月は台湾総統選挙、2月のインドネシア大統領選挙、3月にロシア大統領選挙、4~5月はインド総選挙、そして11月には米国大統領選挙がある。選挙活動は既に始まっている。これが国際紛争を巡る各国の対応の柔軟性を削ぎ得ることに留意する必要があろう。

この2023年にG7議長国となる日本

 第三に、このような難しい年において、日本は主要7カ国(G7)の議長かつ国連安保理非常任理事国として国際社会の主役の一人を務め、その責任は従来以上に大きい。ウクライナ戦争の結果、加盟国が少なく正統性には欠けるが同質性が高く突破力に優れるG7の意義は再評価された。

 責任は各種会合主催に留まらない。ウクライナ紛争解決・制裁・復興の舵取りに加え、北朝鮮、台湾を含むアジアの紛争への欧米関与の確保、東南アジア諸国連合(ASEAN、議長国はインドネシア)を含むアジアの同志国との提携強化は重要な課題だ。

 今年の多数国間会合は引き続きインド太平洋シフトであり、G20(20カ国・地域)はインド、アジア太平洋経済協力会議(APEC)は米国が議長国だ。中でも、インドの進む方向性が我々にとって親和性の高いものとなるように、舞台裏で十分協力・連携することが重要だろう。』

インドの世紀が到来? 中国とは異質の「厄介な大国」

インドの世紀が到来? 中国とは異質の「厄介な大国」
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD151JB0V10C23A1000000/

『ウクライナ情勢が泥沼化したまま越年し、中国は新型コロナウイルスの遅れた感染爆発のただ中にある。分断と不穏で始まった2023年の世界で「大国」の地位固めに動き出した国がある。

「あなた方の声はインドの声であり、あなた方の優先課題はインドの優先課題だ」。インド政府が12~13日にオンラインで主催した「グローバルサウスの声サミット」。招待した約120の途上国が10の分科会で討議に臨んだなか、開幕セッシ…

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。

残り3379文字

初割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料! https://www.nikkei.com/promotion/?ak=https%3A%2F%2Fwww.nikkei.com%2Farticle%2FDGXZQOCD151JB0V10C23A1000000&n_cid=DSPRM1AR07 

多様な観点からニュースを考える

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

柯 隆のアバター
柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
分析・考察

インドの世紀?どう定義するかによる。だいぶ前、多くの評論家は、21世紀は中国の世紀と指摘したことがある。2010年まで中国の台頭は確かだったが、今およびこれからを考えれば、中国が世界をリードしていけるとは思えない。同様に、今のインドも重要度がいくらか上がるかもしれないが、世界をリードしていけるとは思わない。インド人は信仰心が強いため、逆に上昇志…。』

『「あなた方の声はインドの声であり、あなた方の優先課題はインドの優先課題だ」。インド政府が12~13日にオンラインで主催した「グローバルサウスの声サミット」。招待した約120の途上国が10の分科会で討議に臨んだなか、開幕セッションで演説したモディ首相は「グローバルサウスの声を増幅して届ける」と語りかけた。

インドは今年、20カ国・地域(G20)の議長国を務める。地政学上の緊張や食料・燃料価格の高騰、地球温暖化など、世界を覆う問題の多くは先進国に責任があるのに、被る影響は自分たちの方が大きい、という不満が途上国にはある。現代版「南北問題」の解決へ、モディ氏は多数派の代表として臨む姿勢を鮮明にした。』

『自信には裏付けがある。国連推計で14億人を超えた人口は今年、データが残る1950年代以降で初めて中国を抜き、世界最大となる。国際通貨基金(IMF)によれば、昨年の国内総生産(GDP)は旧宗主国の英国を上回り、世界5位に浮上した。アジア開発銀行(ADB)は今年の成長率を7.2%と、域内46カ国・地域で最も高いと予測する。

内需の潜在力に、米中対立やコロナ禍を経たサプライチェーン(供給網)多様化の追い風が吹く。米アップルは主に中国で生産してきたiPhoneの最新機種「14」をインドで組み立て始めた。台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業は印資源大手と合弁で、半導体のインド生産に動き出した。日本企業も例外ではない。今後の海外展開の有望国を聞く国際協力銀行(JBIC)の調査で、22年度はインドが3年ぶりに首位へ返り咲いた。

GDPは25年にドイツ、27年には日本を追い越し、米中に次ぐ世界3位に躍り出そうだ。モディ首相は独立100周年の47年までに先進国入りすると公言している。』

『コロナ禍では中国のワクチン外交に対抗すべく、「世界の薬局」を標榜して国産ワクチンの輸出に乗り出したものの、自国内の感染爆発への対応を優先して唐突に中断し、供給先から不興を買った。

極めつきは昨年2月のロシアのウクライナ侵攻への対応だ。20年にヒマラヤ山中の国境地帯で衝突して以降、軍事侵攻をちらつかせる中国を、インドは「領土保全と主権の尊重」を盾に激しく非難してきた。なのにロシアの明確な国際法違反には口をつぐんだことで、国際社会に論理矛盾を露呈した。』

『インドは非同盟外交で知られるが、近年はお膝元の南アジアへの中国の進出を食い止めようと、日米やオーストラリアと4カ国枠組み「Quad(クアッド)」で協力を深め、独自のインド太平洋戦略を掲げる欧州にも接近してきた。米国が中国との競争を「民主主義VS専制主義」と位置づける構図下で、同じ民主国家の一員でもある。

歴史的にロシアと盟友関係にあるとはいえ、隣国への侵攻の暴挙を目の当たりにして、戦略的にも価値観的にも利害が重なるはずの我々の側へ、なぜもっと近づこうとしないのか――。米欧や日本は驚きといら立ちを隠さなかった。』

『ただし米欧日の働きかけが奏功したとみるのは早計だ。インドは8~9月にロシアの軍事演習に参加し、ロシアによるウクライナ東・南部4州の併合宣言に対する10月の国連非難決議はまたも棄権した。侵攻後に急増したロシア産原油の輸入は、9月以降は日量100万バレルを超え、イラクやサウジアラビアに代わって最大の調達先となった。主要7カ国(G7)が制裁の一環で始めたロシア産原油の上限価格設定にも協力を拒んでいる。』

『さすがにロシアを支持はしないが、中立を唱えるだけで、口先介入を超えた仲裁に動くわけでもない。それでも一時の米欧日との気まずいムードは去り、存在感は増したようにみえる。いわば焼け太りである。「姿勢を変えたのはインドではなく米欧日の側。説得しても自陣営に引き寄せるのは無理と気づき、むしろ追い込みすぎて相手陣営に押しやっては元も子もない、と考えた」と防衛大学校の伊藤融教授はみる。』

『インド外交の基点が対中抑止にあるのは間違いない。スブラマニヤム・ジャイシャンカル外相は、20年に発刊した著書で「過去から受け継いだ3つの大きな重荷がある」としたうえで、1947年のインド・パキスタンの分離独立で人口面でも政治面でも国家としての力がそがれ、中国により広い戦略的空間を与えてしまったことを真っ先に挙げている。

その原点に立ち返れば、米欧日が当初考えた「こちら側」と「あちら側」の線引きには、2つの思い違いがあったといわざるを得ない。

ひとつは海と陸の線引きだ。「真珠の首飾り」と称される、自国を包囲するような中国のシーレーン(海上交通路)戦略へのけん制が、インドにとってのクアッドや欧州との協力の意味である。他方、カシミール地方の領有権を争うパキスタン、米軍撤退でタリバン政権が復活したアフガニスタン、軍事クーデターが起きたミャンマーなど周辺の陸上で増す中国の影響力抑止には、米欧日との関係はほとんど役に立たない。

「中国という強権国家に対抗するため、もう一方の強権国家であるロシアの力を利用するのがインド外交」とインド経済研究所の菅谷弘主任研究員は分析する。』

『もうひとつは「同じ民主国家」という線引きであろう。19年8月に突如強行した北部のジャム・カシミール州の自治権剝奪、不法移民への市民権付与や「国民登録簿」からのイスラム教徒の除外など、与党・インド人民党(BJP)の「ヒンズー至上主義」を背景に、モディ政権は宗教的少数派への弾圧を強めてきた。

状況は中国の新疆ウイグル自治区のイスラム系住民迫害と大差がない。スウェーデンに本拠を置くV-Dem(多様な民主主義)研究所は20年の年次報告書で、インドを「メディア、市民社会、野党勢力が自由に活動できる領域が極端に狭まり、民主主義のカテゴリーから脱落寸前」と評し、翌21年には「選挙民主主義」から「選挙権威主義」に格下げしている。

ただでさえ「戦略的自律外交」を掲げて独自路線を好むインドと、戦略や価値観が必ずしも一致しない現実を、米欧日は思い知らされたはずだ。』

『ジャイシャンカル氏は先の著書で「インドの台頭は、必然的に中国の台頭と比較される。たとえその理由が、後者が先に生じたためだけだったとしても」と強烈な自負と対抗意識をのぞかせている。

中国の場合、グローバル経済に組み込まれ、政治意識の高い中間層が厚みを増せば、いずれ民主化に向かうはず、という国際社会の期待は裏切られた。中国とは違い、もとより「世界最大の民主国家」をうたうものの、その名実を乖離(かいり)させながら大国化へひた走るインド。言われて久しいアジアの世紀が、インドの世紀を意味するようになったとき、世界にとってより厄介な存在となりかねない予感が漂う。』

インド 高い経済成長予測の一方で問題も

インド 高い経済成長予測の一方で問題も 社会的には急速なヒンドゥー化が懸念される – 孤帆の遠影碧空に尽き
https://blog.goo.ne.jp/azianokaze/e/c1a5579627c0f4f5ae982cc076e5ca87

 ※ 一部を、紹介する。

『****ヒンドゥー化が急速に進むインドで起きている深刻な問題とは****
(中略)

モディ政権下のインドでヒンドゥー化が進む

インドのめざましい経済発展はニュースでもよく取り上げられる。コロナ禍を経て、GDP成長率はコロナ前の水準を上回るまでに戻っている。こうした高成長を牽引するのが、2014年の下院総選挙でインド人民党(BJP)が大勝し、発足したモディ政権だ。

実は、与党となったBJPは、ヒンドゥー教至上主義を掲げ、ヒンドゥー教による国家統合を目指している。

だが、そもそもインドは世俗国家だ。政教分離を大原則として、多様性を国の根本に据えている。にもかかわらず、モディ政権下でヒンドゥー色の強い政策が次々と推し進められ、多様性が揺らぐ状況が生まれている。
 
ヒンドゥー化を可能にしているのが、圧倒的多数を占めるヒンドゥー教徒の支持。国民の約8割、10億人を超える人数である。
 
インドは仏教発祥の地だが、ヒンドゥー教やイスラム教の勢力拡大で13世紀頃までには壊滅状態となった。仏教徒が改宗させられ、最下層カーストの不可触民とされた歴史もある。解放運動が高まり、インド独立後に不可触民数十万人が仏教に改宗し、現在も仏教徒の多くがこの流れを汲むが、人口の1%に満たず、キリスト教徒、シク教徒よりも少ない。

イスラム教徒への弾圧が進むヒンドゥー・ナショナリズムの台頭

現在、問題となっているのはイスラム教徒への弾圧である。イスラム教徒は国民の14%超で、人数にすると2億人近い。にもかかわらず、モディ政権は憲法を改正し、インドで唯一イスラム教徒が多数派を占めるカシミール地方の自治権をはく奪してしまった。
 
これを皮切りに、州レベルのイスラム教徒への弾圧が続く。イスラム教徒は豚は不浄として食べないが、牛は食べる。一方、ヒンドゥー教では牛は神聖視され、道路を悠然と闊歩する姿もよく見られる。
 
ヒンドゥー教徒は19世紀の頃から牛の保護運動を展開してきた。
 
そして近年、牛のと殺と牛肉の販売を禁ずる法律を各州が続々と施行。最高裁が牛肉禁止法は無効との判断を出した後も、「食用、取引はよしとしても、と殺は禁止」といった法律が存続している。
 
過激派ヒンドゥー教徒が、牛肉を扱うイスラム教徒を暴行する事件も頻発している。2020年以降も、過激派ヒンドゥー教徒がモスクとイスラム教徒を襲撃する事件は相次いでおり、ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭を不安視する声があがっている。

「カースト」に縛られない職業として優秀な若者たちがIT業界を志す

インドの経済成長の牽引役のひとつになっているのがIT産業だ。IT産業勃興の背景には、ヒンドゥー教のカースト制度を乗り越えようとする若者たちの強い上昇志向がある。
 
カースト制度では、4つの身分に加え、どんな職業につくかを定める事細かな分類がある。その数は2000~3000種類もあるといわれ、驚くほど細分化されている。
 
カースト制度は世襲であるため、代々それが受け継がれる。個人に選択の余地はなく、資質や能力にかかわらず、はじめから職業が決められているのだ。
 
優秀な若者たちがIT業界を志すのは、新しい業界ゆえにカーストの縛りがないことが大きい。そのため、中下層カーストの人々にとって固定化した社会の階段を駆け上がるチャンスもあるのだ。
 
インド工科大学には、IT業界を目指す若者がインド各地から集まってくる。抜群のレベルの高さを誇り、世界的に見ても最難関の高等教育機関のひとつとされる。卒業後は渡米して大学院に進み、そのまま米国のIT業界に入る人も多い。
 
彼らがめきめきと頭角を現し、近年ではグーグル、マイクロソフト、IBM、アドビ、ツイッターなど米国のIT大手でインド出身者のCEO(最高経営責任者)が続々と誕生している。そしてインド出身のハイテク人材のネットワークが、世界に張り巡らされている。

経済格差が固定化され経済成長の妨げとなる懸念も

インドでは1950年にカースト制度による差別が憲法で禁止された。しかし、それはカースト制度そのものを禁ずるものではない。ヒンドゥー教の信仰と密接に結びついて切り離せないうえ、ヒンドゥー教徒は国民の約8割という圧倒的多数を占め、モディ首相のもと、ヒンドゥー色は強まる一方だ。
 
これまでは、カースト制度があるからこそ下層階級の人々も職につき、低賃金ながら稼ぐことができるプラス面があるともいわれた。

だが、それでは激しい経済格差は固定化されたままで、貧困にあえぐ人々は救われない。細かく仕事を分ける制度ではマイナス面も多く、経済成長の妨げになっているという意見も多い。カーストの縛りから脱するため、あえて仏教やキリスト教に改宗する人も増えている。
 
一方では、ヒンドゥー教には優秀な子どもを積極的に援助するさまざまな仕組みもある。カースト枠外の最下層ダリットから大統領になった人物は二人おり、モディ首相も駅でチャイを売る下層カースト出身といわれる。インドのさらなる発展に向けての模索も続いている。【12月31日 DIAMONDonline】

********************

急速なヒンドゥー化は社会に対立をもたらし、経済成長の妨げにとどまらず、大きな社会混乱の危険もはらんでいます。

また、インドが世界経済をリードする立場に立とうとすとき、国際的にそれが認められることの妨げにもなります。』

インドに懸念をもたらす中国のスパイ船

インドに懸念をもたらす中国のスパイ船
https://www.epochtimes.jp/2022/12/130748.html

『中国人民解放軍が最近インド洋に2隻のスパイ船を配備したことで、インドでは政府関係者やアナリストの間で、中国政府の意図に対する懸念が高まっている。

「遠望5号(Yuan Wang 5)」は、スリランカにおける中国政府の影響力に対する懸念からインドが抗議を行ったにもかかわらず、2022年8月にスリランカに停泊した。 11月上旬、インド政府は「遠望6号」がインドネシアのロンボク海峡を通過してインド洋に入った際、弾道ミサイルシステムの試験発射を延期した。

インド海軍の高官がFORUMに語ったところによると、中国の追跡船にはそれぞれ4つの回転式レーダー・ディッシュが装備されているという。 この船舶は全長222m、重さ25,000トンで、弾道ミサイルや人工衛星の追尾、信号情報の収集が可能だ。

ニューデリーの国際平和研究センターのプラテック・ジョシ研究員は、「11月上旬に遠望6号がアンダマン・ニコバル諸島付近のインド洋海域に入ったことで、この海域でのインド独自のミサイル実験が遅れた」とFORUMに語っている。

当初は11月初旬に予定されていたインドの長距離超音速巡航ミサイル「ブラモス」の発射実験は、同月下旬に同島で行われたと報道されている。

インド海軍関係者によると、いずれのスパイ船もレーダーの探知距離は750キロメートルだという。 8月中旬の1週間、スリランカのハンバントタ港に停泊していた「遠望5」の監視範囲には、オディシャ州チャンディプールのミサイル実験施設、スリハリコタのインド衛星研究機構、カルパカムとクダンクラムの原子力発電所、コチの南部海軍司令部を含むインド南部の多くの戦略資産が含まれていたという。

ハンバントタ港は中国の国有企業によって運営されており、インド政府はこの商業港が中国人民解放軍の海軍の軍艦を収容する可能性を懸念しているとジョシ氏は言う。 インド政府の抗議により遠望5の入港は5日間遅れたが、船長は寄港理由については、平和的な任務のための資材補給と、中国とスリランカの宇宙研究および技術に関するコミュニケーション強化であると主張した。

「公的には、インドの外務省と海軍は中国のスパイ船による直接的な脅威を重要視しておらず、そのような脅威を予見するインドの準備に重点を置いている」とジョシ氏は言う。 「しかし、内心では、インドは関係各国政府に懸念を伝えている」という。

インドの不安は、国境沿いで中国軍との間で時折発生する小競り合いによってさらに増大していると、ジョシ氏は述べている。

インドの国防アナリストで元海軍准将のチトラプ・ウダイ・バスカール氏は、人民解放軍の海軍のスパイ船の入港は懸念材料ではあるが、必ずしも緊急の問題ではないとFORUMに語っている。

同氏は「第20回(中国共産党)党大会以降、中国が海軍や空軍を強化し、越境能力を重視していることが明るみに出てきた」とした上で、 「台湾と南シナ海に関しては、人民解放軍の海軍は近いうちに大きな役割を獲得することになるだろう。 台湾地域の状況の加熱により、インド洋地域は優先順位の低い地域に追いやられるかもしれないが、焦点から外れることはないだろう」と述べた。

Indo-Pacific Defence Forum 』

安保理、ミャンマーめぐる決議を採択 民政復帰を要求

安保理、ミャンマーめぐる決議を採択 民政復帰を要求
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN21DS20R21C22A2000000/

『【ニューヨーク=吉田圭織】国連の安全保障理事会は21日、クーデターで国軍が全権を掌握したミャンマーについて、国軍に暴力の停止と民政への復帰を求める決議を賛成多数で採択した。決議には12カ国が賛成し、中ロとインドが棄権した。

英国が提案した決議では国軍に拘束された民主化指導者アウン・サン・スー・チー氏らの解放を要求した。一方、「クーデター」という言葉は使われなかった。ミャンマーをめぐって安保理は声明を出していたが、決議が採択されるのは今回が初めて。

決議採択後に記者団に対してミャンマーのチョー・モー・トゥン国連大使は安保理決議の採択を歓迎した一方で、「より強い表現を使ってほしかった」と話した。具体的には「決議に違反した場合の措置や武器禁輸などについて盛り込んでほしかった」と指摘した。』

中国・インドの係争地で衝突、負傷者複数か

中国・インドの係争地で衝突、負傷者複数か
https://nordot.app/975050124285853696?ncmp=post_rcmd

『【ニューデリー共同】中国とインドとの係争地のインド北東部アルナチャルプラデシュ州で9日、中印両軍が衝突して双方に複数の負傷者が出た。インドメディアが12日報じた。いずれも軽傷で、既に両軍とも現場から離れたという。

c 一般社団法人共同通信社 』

インドの大気汚染、政治問題に 国と地域政府が批判合戦

インドの大気汚染、政治問題に 国と地域政府が批判合戦
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM09E310Z01C22A1000000/

『【ニューデリー=キラン・シャルマ】インドの首都ニューデリーの大気汚染を巡り、国と地域政府が互いに責任を押しつけ合い、批判合戦を繰り広げている。市民生活や健康への影響が続くなか、政治対立をしても問題解決につながらないと専門家は指摘している。

ニューデリーでは10月下旬から有害なスモッグが厚く垂れ込め、喉の痛みや呼吸困難などの健康被害が報告されている。例年、同国北部のパンジャブ州やハリヤナ州の農家が収穫を終えて来シーズンの作付けに向けて畑を燃やす10~11月は空気が悪くなる。工場や自動車からの排出など他の原因も重なり、汚れた空気が滞留する。

大気汚染は今に始まったことではない。問題は、その責任の所在を巡って国政与党のインド人民党(BJP)と、デリー首都圏とパンジャブ州で行政権を握る国政野党、庶民党(AAP)の間で論争が過熱していることだ。

中央政府は大気汚染について庶民党を非難している。ヤダフ環境相は11月初旬、ツイッターで「今日現在、AAPが行政を担うパンジャブ州では、2021年に比べて農場火災が19%以上増えた」と指摘。「誰がデリーをガス室にしてしまったのか疑う余地もない」と批判した。

これに対し、庶民党を率いるデリー首都圏政府のケジリワル首相は、大気汚染は北インド全体の問題だと主張。「中央政府も北インド全体を大気汚染から救うために具体的な手段を講じるべきだ」と記者団に話した。

専門家はどちらの主張にも冷ややかだ。大気汚染調査機関のアナリスト、スニル・ダヒヤ氏は、中央政府と地元政府の両方が「公衆衛生を守ることに失敗した」と指摘。政治的な批判合戦は解決策にならないと話す。交通や電力など他の原因による汚染を抑制するなど、年間を通じた対策が必要だと主張する。
収穫後に燃やされる稲田(インド北部、2018年10月)=ロイター

農家に対しては、収穫後に残る部分が少なく耕作期間が短い果物や野菜の栽培にインセンティブを与えて奨励するといった対策が考えられるという。「来年の(収穫後に残る根元部分の)焼却を減らすために、今から農家と協力し始める必要がある」と同氏は話す。

ダヒヤ氏は問題解決に向けた「政治的意志が欠如している」との見方を示す。「有権者は大気汚染などの問題ではなく、カースト制度や信条、宗教に基づいて投票する。だから政治家たちはいまだにこの問題から逃げ続けている」と語る。

この記事の英文をNikkei Asiaで読む
Nikkei Asia https://asia.nikkei.com/Spotlight/Environment/Toxic-smog-in-India-s-capital-fuels-political-blame-game/?n_cid=DSBNNAR 』

落日のインド名門野党、二大政党制は守られるか

落日のインド名門野党、二大政党制は守られるか
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH0520Z0V01C22A1000000/

『人口14億人を抱える世界最大の民主主義国家で、現存するアジア最古の政党が、新しいリーダーに党勢回復を託した。

インド最大野党の国民会議派は10月中旬の党首選で、かつて鉄道相などを歴任したベテラン議員のマリカルジュン・カルゲ氏を新総裁に選出した。過去に首相3人を輩出した「ネール・ガンジー家」の長らく指定席だった総裁職を、選挙で選ぶのは実に22年ぶり。一族以外の就任は24年ぶりである。

「我々は民主主義と憲法への脅威と戦わなければならない」。新総裁の第一声は、ヒンズー至上主義を掲げて時に強権ぶりが目立つ与党・インド人民党(BJP)とモディ政権への対決宣言だった。

2014年の総選挙(下院選)の議席数はBJPの282に対して会議派は44、19年は303対52と、立て続けに惨敗した。1947年に英植民地から独立して以降、75年間の歴史の3分の2以上で与党の座にあった会議派が、いまほど長く政権から遠ざかったことはない。

下野した直接の原因は、2004~14年のシン政権期に露呈した腐敗や経済失政の数々だ。

08年の携帯電話事業の周波数割り当てを巡り、当時の担当閣僚が収賄容疑で逮捕された。10年の国際スポーツ大会を舞台にした汚職事件では、国際オリンピック委員会から加盟資格を一時停止され、14年のソチ冬季五輪は選手が個人資格で参加する憂き目に遭った。

経済でも規制緩和の遅れで投資が細り、政権後半は成長率の減速や急激なインフレが国民の不満を誘った。12年に起きた大規模停電では、人口の半分近い6億人の生活に影響が出て、インフラ整備の無策ぶりがあらわになった。

ただし会議派への信任はシン政権下で急に失墜したわけではない。退潮はそれ以前から長い時間をかけて進行してきた。

会議派の足跡はインド現代政治史そのものだ。創設は1885年。当初は知識人の漸進的な政治参加の受け皿として、反英勢力のガス抜きに使われた。第1次世界大戦後にマハトマ・ガンジー、チャンドラ・ボース、ジャワハルラール・ネールらが加わり、地方組織を強化して本格的な政党に脱皮する。独立に主導的な役割を果たし、初代首相に就いたネールのカリスマ的指導力のもとで、いまに続く民主政治の礎を築いた。

ネール亡き後、1966年に娘のインディラ・ガンジーが首相に担ぎ出されたのが、落日の始まりだった。ちなみに「ガンジー」は下院議員だった夫の姓で、聖人マハトマとは無関係である。

インディラは71年にパキスタンからのバングラデシュ独立へ武力介入し、第3次印パ戦争に勝利する。一方、75年には全土に非常事態を宣言して反対勢力を弾圧するなど、良くも悪くも強権を振るった。だが2年近い非常事態の解除後の77年総選挙で敗れ、初めて野党に転落する。3年後に首相へ返り咲いたが、84年にシーク教徒の護衛に射殺された。分離主義者を掃討するため、国軍にシーク教の聖地・黄金寺院を襲撃させた4カ月後のことだった。

インド初代首相のネールは独立とその後の民主主義の定着に多大な功績を残した=AP

首相と総裁の座は40歳の長男ラジブ・ガンジーが引き継いだが、汚職問題で89年に再び政権を失う。ラジブは91年、スリランカ内戦介入への報復として、同国の少数派タミル人の武装勢力の自爆テロで殺害されてしまう。会議派はその後も91~96年に経済自由化を推進したラオ政権、2004年のシン政権を輩出したものの、最近30年間のうち半分は野党に甘んじてきた。特に14年以降は、BJPに独走を許している。

長期衰退の背景は何か。「会議派はインド国内の様々な勢力を糾合する『接着剤』のような存在だった。その接着力が弱まってしまった」と岐阜女子大南アジア研究センターの笠井亮平・特別客員准教授は言う。

原因のひとつは会議派内の人材不足にある。インディラ、ラジブ母子はネール直系のカリスマ性で党を束ねた半面、権力が過度に集中し、私党化が進んだ。

ソニア氏㊧と息子のラフル氏は党勢が衰える会議派を引っ張ってきたが…(19年5月)=ロイター

ラジブの死後、妻でイタリア出身のソニア氏が1998年に党総裁に就いたが、首相就任は固辞した。2017年に総裁を継いだ長男のラフル氏は有力な首相候補と目されたが、外遊三昧で国内にほとんどいないと皮肉られる始末。19年総選挙の大敗の責任をとって2年で辞任した。暫定総裁に復帰したソニア氏からバトンを受け継ぐカルゲ氏も、ソニア氏やラフル氏の強い影響下にあるとされ、一族支配は変わらないとの見方が強い。

首相3人という華麗な血脈と、うち2人が暗殺された悲劇性から、ネール・ガンジー家は「インドのケネディ家」に擬せられる。本当の悲劇は、リーダーとしての適性に疑問符をつけられながら、一族に代わる求心力が会議派に見当たらないことだろう。

もうひとつの原因はインド社会の構造変化だ。1960年代までの会議派は、独立闘争における功績、「政教分離」の看板、地方に広がる組織力を武器に、地域や所得階層、カースト、宗教を問わず広範な支持を集めた。

しかし一党優位の「貯金」はいつまでも続かない。70年代以降、会議派自身の分裂や地域政党群の勃興により、民意の受け皿は多様化した。経済成長で政治意識の高い中間層が増え、インターネットの普及は政府に不都合な情報も広く拡散させる。会議派は有権者の置かれた状況や意識の変化についていけず、汚職対策も進まなかった。

そこに台頭してきたのがBJPだ。80年結成の比較的新しい党だが、ヒンズー至上主義によって世俗主義の会議派との差別化に成功した。人口の8割を占める多数派のナショナリズムを受け止め、全国政党として力を蓄えた。96年の総選挙で初めて第1党となり、98~2004年にバジパイ首相が初の本格政権を担った。

モディ氏の強力なリーダーシップと清新なイメージがBJP1強時代をもたらしている=ロイター

いったんは下野したが、14年の総選挙は西部のグジャラート州首相として経済振興や汚職追放で名を挙げたモディ氏を早くから首相候補に据えた。ラフル氏ら首相候補を曖昧にしたまま選挙戦に臨んだ会議派との差は歴然だった。名門家の御曹司のラフル氏とは対照的な「貧しい紅茶売りの息子」というモディ氏の生い立ちも、人気の一端を担った。19年の総選挙結果をみても、両党の差は開くばかりだ。

会議派の課題について、米カーネギー国際平和財団のミラン・バイシュナブ上級フェローは「イデオロギー、組織、リーダーシップの3つの欠陥に同時に悩まされている」と手厳しい。3つとは①ヒンズー至上主義の陰で世俗主義は支持を失いつつある②国民と切り離されたトップダウン型の限界③ガンジー王朝の後継者であるラフル氏がその任に適しているか証明されていない――を指す。そして党勢回復のためには「モディ氏やBJPに対抗する前に、まず自分たちが何を目指すのかを明確にするのが先決」と指摘する。

会議派は24年の次期総選挙での政権奪還を目標に掲げる。すでに80歳と高齢で、ネール・ガンジー家の傀儡(かいらい)と目されるカルゲ氏を「選挙の顔」に立てて戦っては、モディ氏とBJPの1強体制を崩すのは容易ではないだろう。しかしBJPに対抗し得る全国政党は、いまのところ国民会議派以外には存在しない。

世界銀行の「政治の民主化度ランキング」によれば、インドはモディ政権が発足した14年の82位から、直近の21年は101位までじりじりと順位を下げている。最大の民主主義国家は、最良からはむしろ遠ざかっているのが実情だ。

ネールは会議派の一党優位を確立した後も、野党を排除することはなかった。時計の針は回り、攻守は入れ替わった。創設137年の老舗政党は、制度疲労ともいえる古い体質を刷新し、政権交代が可能な二大政党制を死守できるか。与党への返り咲きよりまずは「名誉ある野党」に踏みとどまることが、現実的かつ最大の使命といえよう。

=随時掲載

高橋徹(たかはし・とおる) 1992年日本経済新聞社入社。自動車や通信、ゼネコン・不動産、エネルギー、商社、電機などの産業取材を担当した後、2010年から15年はバンコク支局長、19年から22年3月まではアジア総局長としてタイに計8年間駐在した。論説委員を兼務している。著書「タイ 混迷からの脱出」で16年度の大平正芳記念特別賞受賞。』

中露〝蜜月崩壊〟習主席がプーチン氏見捨てた!?

中露〝蜜月崩壊〟習主席がプーチン氏見捨てた!? 「ロシアの敗北は時間の問題」中国元大使が発言 インドの浮上で変わる世界の勢力図
https://www.iza.ne.jp/article/20220513-KPEVS4OUBNNJHBCKDGPQ4PFEGM/

『(2022/5/13 06:30)

9日の「戦勝記念日」でウクライナ侵攻の成果を誇示できなかったロシアのウラジーミル・プーチン大統領。国際社会からの孤立と存在感の低下が避けられないなか、専門家は「中国の習近平国家主席がプーチン氏を見限る」との見方を示す。中国の元駐ウクライナ大使からは「ロシアの敗北は時間の問題」とする発言も飛び出した。戦況の泥沼化で疲弊する「プーチン帝国」は、没落への道を歩むしかないのか。

中国の高玉生元駐ウクライナ大使(74)が研究機関のシンポジウムで、ロシアのウクライナ侵攻を巡り「ロシアの敗北は時間の問題だ」などと発言した。

中国語ニュースサイトによると、高氏は背景としてソ連解体後のロシアの衰退があると指摘。今後も、プーチン大統領指導下での復興は不可能だとの認識も示した。

関連記事はその後、ネットから削除されたが、中国側のロシアに対する本音をうかがわせる。

ウクライナ侵攻前は、北京冬季五輪開会式にプーチン氏が出席し、習氏と首脳会談を開くなど中露の蜜月ぶりが目立った。侵攻当初も中国国営メディアが責任の所在を北大西洋条約機構(NATO)を拡大した米国に求めるなどロシア寄りの姿勢は明確だった。

ところが中国の秦剛駐米大使は先月18日、米誌ナショナル・インタレスト(電子版)への寄稿で、「中露は同盟ではない」「〝中露枢軸〟と騒ぐのは危険な誤解だ」との認識を示すなど距離を置き始めた。』

『中国の趙立堅報道官も記者会見でロシアの戦勝記念日について問われても、直接の評価を避けている。

ヘインズ米国家情報長官は10日、上院軍事委員会の公聴会で、ロシアがウクライナ侵攻で苦戦するのを見て、中国は台湾への軍事侵攻に「自信が持てずにいる」との分析を示した。

米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は7日、英紙フィナンシャル・タイムズのイベントで「プーチンの行為が米国と欧州の結束を強めた」ことに中国が落胆していると指摘。ロシアの残虐行為により「習氏は中国の威信にも傷が付きかねないと不安に感じている」との見方を示した。

「習氏はプーチン氏を見限るだろう」とみるのは、筑波大学名誉教授の中村逸郎氏だ。

「軍事作戦が失敗で終わる中で、端的に演説では勝利宣言ができず、『敗北宣言』に近い内容だった。盟友であるベラルーシのルカシェンコ大統領も欠席している。習氏はプーチン氏の外交手腕を認めていたが、今回のつまずきは大きい。2人の蜜月は『強制終了』するのではないか」との見方を示す。

中国の張漢暉駐露大使は5日、タス通信に対し、科学技術分野に関しては中露が協力を引き続き推進していくと述べた。だが、G20(20カ国・地域)でも孤立必至のロシアに中国が手を差し伸べるかは疑問だ。

中村氏は「これまでロシアが中国より『やや上』の関係だったが、今後は、天然ガスなど資源供給国に成り下がってしまうこともあるのではないか。ロシアからの人口流出が続く中、労働力でも中国に頼らざるを得ず、ロシア極東部は中国になかば実効支配される可能性もある」とみる。』

『ロシアの地位低下に伴って注視されるのは、「G20の中で中国とインドが発言力を増す可能性がある」(中村氏)ことだという。

インドは日本と米国、オーストラリアの戦略的枠組み「QUAD(クアッド)」の一角を占めるが、旧ソ連時代から武器の提供を受けてきた経緯もあり、対露制裁には及び腰だ。
こうした中、中国の王毅国務委員兼外相は3月末、インドのジャイシャンカル外相と会談し、関係改善を模索したと伝えられる。

中村氏は「中印関係もプーチンの対欧米の『重し』だったが、今はロシアが完全に孤立化した。中国も経済衰退や巨大経済圏構想『一帯一路』の戦略上もインドの重要性が増してくる。インドはクアッドの一員でもあり、中印両国の関係が重要になってくる」と指摘する。

冷戦時代から「非同盟」を貫いてきたインドは、西側諸国だけでなく、中国やロシアにとっても一筋縄ではいかない相手だ。

ロシアの失敗を機に世界の勢力図が塗り替えられようとしている。プーチン氏自身が大国ロシアの幕引きを速めてしまったようだ。』

遅れ続くインド労働改革 法成立2年、投資条件定まらず

遅れ続くインド労働改革 法成立2年、投資条件定まらず
ASIA TECH
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK101YS0Q2A011C2000000/

『インド経済の成長加速効果が期待される改正労働法の施行が遅れている。複雑に入り組んだ29の労働関連法を4つに集約しながら各種改革を盛り込んだ改正法が2020年9月に議会で成立してから、既に2年が過ぎた。連邦法に連動して必要な各州の制度改正が終わらない。スタートアップの成長の足かせになってきた規制の行方はなお不透明だ。

新制度の施行は何度も延期されてきた。今年も「7月1日に施行」との情報が政権周辺からもれたが、6月下旬になると「再び延期で施行時期は不明」(地元紙)と一転した。

背景には、連邦議会が完全な立法権限を持つ国防や外交などの分野と、連邦議会と州立法府の「共管」とする法制分野を分けた、インド憲法の規定がある。労働法制は共管分野で、連邦法と州法の改正がそろわないと発効できない。州の中には新制度に懐疑的な州政権が立法作業を渋っているケースもある。

労働法制改革の目玉は中小・中堅企業の解雇規制の緩和だ。現行制度では、従業員数が100人以上の事業所が1人でも解雇や一時帰休したり、事業所を閉鎖したりする際、政府からの許可取得を義務付けている。改正労働法が施行されれば300人未満の事業所については全国で許可取得不要となるうえ、各州が独自にそれより大きい規模の企業まで許可義務免除の範囲を広げられるようになる。

もう一つの目玉が、従来は特定の業種や職種以外は禁止されていた有期雇用契約を全業種・職種で原則解禁したことだ。

これまでインドの新興企業や中小企業は、厳しい解雇規制を恐れて100人以上の規模に成長することをちゅうちょする傾向があったとされる。有期契約社員の制度的な使いにくさも新興・中小企業の成長の足を引っ張ってきた。制度改革でこれらの企業の成長意欲が高まれば経済全体の成長力アップにつながるはずだ。

特にインド全体の所得底上げに重要とされる労働集約型の製造業や近代的サービス業の企業の増加と成長のために、改正労働法は有効とみられる。労働集約的な現場を伴う新興企業にとっても、人員増強に伴うリスクを抑えながら高成長を実現するために決定的に重要なルール変更だ。

現地工場やスタートアップ企業に投資する海外の企業・投資家にとっては、投資の基本条件である労働制度が定まらない状態が続いているといえる。

「モディノミクス」と呼ばれる経済政策の中でも最大級の改革がいつ達成できるのか。そもそも本当に達成できるのか。内外投資家は決着を待っている。

(編集委員 小柳建彦)』

上海協力機構(SCO)拡大で、国際関係の2分化が鮮明になる。

北の国から猫と二人で想う事 livedoor版:上海協力機構(SCO)拡大で、国際関係の2分化が鮮明になる。
https://nappi11.livedoor.blog/archives/5378347.html

『イランのアブドラヒアン外相は2022年9月15日、ロシアと中国が主導するアジア安全保障の枠組み、上海協力機構(SCO:Shanghai Cooperation Organisation)への加盟覚書に調印したと明らかにし、インドでの次回2023年の首脳会議で正式メンバーとして参加する。また、ロシアの同盟国ベラルーシの加盟手続きも始まった。

2001年に設立された上海協力機構は、ロシア、中国、インド、パキスタン、および旧ソ連構成国で成る。

イランはこれまでオブザーバーだったが、昨年、加盟申請が承認された。

さらに、 トルコのエルドアン大統領が、中国とロシアが主導する上海協力機構(SCO)への加盟を目指していると述べたと、2022年9月17日報道された。参照記事

FireShot Webpage Screenshot #2101 – ‘プーチン氏、20220720at20S_p

トルコはロシアとの原発建設やミサイル防衛システムの導入など、ロシアへはウクライナ問題で辛口の発言をする一方で関係は強化されている。

イランでは民衆による現政権へのデモが各地で起きる中、軍隊が発砲し、10月9日報道で、少なくても子供19人を含む185人が死亡し、国内が不安定化しているが、プーチン大統領が2022年7月19日、テヘランを訪問している。

侵略者プーチン氏aggressor Putinは、イラン、トルコと経済協力を拡大し、ウクライナ侵略に伴う米欧による制裁の打撃を緩和する狙いがあると評論されている。英文記事

https _imgix-proxy.n8s.j

中国とロシアが主導する地域協力組織「上海協力機構(SCO)」は2022年15~16日、ウズベキスタンのサマルカンドで首脳会議を開いた。

現在、中ロのほか、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタンの中央アジア4カ国とインド、パキスタンが加盟し、イランが正式加盟の手続きに入り、ベラルーシを含め10カ国体制に広がることが固まった。

今回の首脳会議には加盟国とオブザーバー国(アフガニスタン、ベラルーシ、イラン、モンゴル)や対話パートナー国(アゼルバイジャン、アルメニア、カンボジア、ネパール、トルコ、スリランカ)の一部など計14人の首脳も出席した。

将来の加盟を視野に入れた対話パートナー国として、新たにエジプトとサウジアラビア、カタールの参加が決まり、アラブ首長国連邦(UAE)とクウェート、ミャンマー、バーレーン、モルディブも対話パートナー国の資格を与える手続きが始まることになった。

FireShot Webpage Screenshot #2104 – ‘中国「一帯一路20220602-syuchina1-04-716×403
ただSCOは欧米の政治・軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)のような一枚岩ではない。合意事項には原則的に拘束力がなく、地域の重要な問題は主に2国間で決定している。

中印など対立する国々もあり、また、地域交流や経済協力の拡大がどこまで進むかは、一党独裁国家トップの習近平の「一帯一路」政策は資金ショートで先行き不透明で、さらに「債務の罠」という批判を国際社会から浴び、パキスタン、スリランカのように、距離を取る国も出始めた。

また、チャイナ・マフィアがプロジェクトに入り込んでオンライン詐欺(フィリピン)や麻薬密売、1597719530510-22484986人身売買にも利用されているということも暴露され、「マフィアのボス」とまで言われて、そのイメージは落ちるところまで落ちている。

片やロシアは、ウクライナ侵略でテロ国家とまで言われ、国連からも国際法違反と非難され、両国はともに経済制裁の渦中にいる。 参照記事 参照記事 過去ブログ:2022年9月国家経済が破たん状況のスリランカで160億円の無駄遣い? 参考:中国「一帯一路」失敗の象徴…親中だったパキスタンが米国に急接近する理由・・・

中国の自国第一主義の行き過ぎ 映像記事:「習近平はマフィアのボス」中央党校元教授が習近平批判で党籍剥奪… 習近平主席を「マフィアのボス」と痛罵、中国が五年以来に「乱世に」と予言。

中国とロシアも2022年9月15日の首脳会談で対米結束を誇示したが、ウクライナ危機を巡り不協和音も聞こえる。

中ロはBRICS(中ロ、ブラジル、インド、南アフリカ)なども利用し、国際秩序の形成で米欧への対抗力を強めようとしてきた。

BRICSの参加国を広げる枠組み「BRICSプラス」も提唱し、新興国や発展途上国を取り込む狙いだ。

一方、米国や日欧などは自由や民主主義、法の支配といった共通の価値観を持つ国々との連携を強める。米日豪印の「Quad(クアッド)」や、米英豪の軍事枠組み「AUKUS(オーカス)」などを立ち上げ、アジア太平洋地域で中ロに対する抑止力を強化している。参照記事

E4B896E7958CE59CB0E59BB3-thumbnail2Quad(クアッド:2007/5~):戦略的同盟を組んでいる日本、アメリカ合衆国、オーストラリア、インドの四カ国間同盟。安倍元首相によって提唱された。

AUKUS(オーカス:2021/9/15~):オーストラリア (AU)、イギリス (UK)、およびアメリカ合衆国 (US)の三国間の軍事同盟

I2U2(新クアッド:2022/7/14~):西アジアのQuadとも呼ばれるインド、イスラエル、UAE、USA(米国)の枠組み

、、、経済同盟と軍事同盟は本来異質なものだが、中露は、経済同盟の拡大で欧米からの圧力を緩和し、国際的地位の保全に役立てようとしていると筆者は解釈している。

SCOは2000年に、米国の一極支配や北大西洋条約機構(NATO)拡大への抵抗を前面に打ち出し、現在では軍事同盟の色合いが濃いと見られ、軍事協力や反米色が強まっていることへの懸念も広がっている。参照記事 』

ネルー・ガーンディー・ファミリー

ネルー・ガーンディー・ファミリー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%83%BC

 ※ 今日は、こんなところで…。

 ※ 『ジャワハルラル・ネルーの娘、インディラ・ネルーはフィローズ・ガンディー(マハトマ・ガンディーとは血縁関係は無い)と結婚した後に、インディラ・ガンディーと名前を変更した[3]。』…。

 ※ ここは、勘違いしやすいんで、注意しよう。

 ※ 『ネルー・ガーンディー・ファミリー』と称するが、建国の父「マハトマ・ガンディー」と血縁関係は無い…。

『ネルー・ガンディー・ファミリーは、主にインド国民会議(INC)を担ってきたインドの著名な政治王朝である。』

『概要

1947年のイギリス支配からの独立以降の最初の65年のうち、合わせて約37年間にわたって首相を務めてきた[1]。ザ・ガーディアン紙は同じく悲劇に彩られたケネディ家と対比し、「ネルー・ガンディーのブランドは世界で他に類を見ないほどである」と評した[2]。

ジャワハルラル・ネルーの娘、インディラ・ネルーはフィローズ・ガンディー(マハトマ・ガンディーとは血縁関係は無い)と結婚した後に、インディラ・ガンディーと名前を変更した[3]。

家系

第一世代

ガンガダル・ネルー(英語版) (1827–1861) - ムガル帝国配下のデリー駐在コートワール(英語版)(都市長官)を務めたが、この職は1857年に勃発したインド大反乱によって廃止された[4]。家族と一緒に逃亡した先のアグラで1861年2月に死亡した[5][6]。

第二世代

ナンドラル・ネルー(英語版) (1845–1887) - ガンガダルの次男でモティラルの兄[7]。ラージプータナーのケトリ(英語版)に位置する藩王国で1862年からディーワーンを務めたが、1870年に辞任した[8]。ケトリを去った後に法律を勉強して弁護士になった[9]。
モティラル・ネルー(英語版) (1861–1931) - ガンガダルの末子で父の死から3ヵ月後の1861年5月に出生した[5][6]。著名な弁護士かつインド国民会議(INC)議長(インド国民会議議長の一覧(英語版))を二度務めたインド独立運動の代表的な指導者だった[6]。

第三世代

ブリジラル・ネルー(英語版) (1884–1964) - ナンドラルの息子で、ハリ・シン(英語版)が統治していた時期にジャンムー・カシミール藩王国の財務大臣を務めた[10]。
ラメシュワリ・ネルー(英語版) (1886–1966) - ブリジラルの妻で、女性の権利向上を目的とした全インド女性会議(英語版)(AIWC)の共同設立者の一人だった[11]。

ジャワハルラル・ネルー (1889–1964) - モティラルの息子で[6]、1930-40年代のインド独立運動における最も代表的な指導者の一人だった[12]。1947年8月15日に独立したインドの初代首相に就任し、亡くなる1964年5月27日まで務めた[12]。

カマラ・ネルー(英語版) (1899–1936) - ジャワハルラルの妻(インディラの母)で、自由を求める闘争に参加して二度逮捕された[13]。長い間結核に苦しみ、1936年2月28日に若くして亡くなった[13]。

ヴィジャヤ・ラクシュミ・パンディット(英語版) (1900–1990) - ジャワハルラルの妹(モティラルの長女)で、インド独立運動に参加して三度投獄され、独立後は外交官として国際連合総会議長などを務めた[14]。

クリシュナ・フーシーシン(英語版) (1907–1967) - ジャワハルラルとヴィジャヤの妹で[15]、作家の道に進んだ[16]。

第四世代

ブラジ・クマール・ネルー(英語版) (1909–2001) - ブリジラルとラメシュワリの息子で、駐米インド大使(英語版)やジャンムー・カシミール州知事、トリプラ州知事などを歴任した[17]。

フィローズ・ガンディー (1912–1960) - 1942年3月26日にインディラと結婚した[18]。ローク・サバー(下院議会)議員として義父の政権の汚職も批判し、最も人気ある議員の一人だった[18]。

インディラ・ガンディー (1917–1984) - ジャワハルラルとカマラの一人娘で、1966年1月19日に首相に選出された[19]。1984年10月31日に2人のシク教徒の警護隊員によって暗殺された⇒(インディラ・ガンディーの暗殺(英語版))[20]。

ナヤンタラ・サーガル(英語版) (1927–) - ヴィジャヤの娘で、1985年に執筆した小説『リッチ・ライク・アス(英語版)』が評価されて翌1986年にサーヒトヤ・アカデミー賞(英語版)を受賞した[21]。

第五世代

アルン・ネルー(英語版) (1944–2013) - ナンドラルのひ孫で、1980年代に連邦政府(英語版)の大臣を務めた[22]。

ラジヴ・ガンディー (1944–1991) - インディラとフィローズの長男で、インディラの暗殺後に首相に就任した[23]。1991年5月21日に「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)の女性自爆テロで暗殺された⇒(ラジヴ・ガンディーの暗殺(英語版))[24]。

ソニア・ガンディー (1946–) - ラジヴの妻で、イタリア出身である[25]。現在は国民会議総裁と統一進歩同盟(UPA)議長を務めている[25]。

サンジャイ・ガンディー (1946–1980) - インディラとフローズの次男で、インディラが最も信頼していた補佐役の一人であり、彼女の後継者と目されていた[26]。1980年6月23日に曲技飛行を試みて失敗し、発生した航空事故によって死亡した[27]。

メーナカー・ガンディー (1956–) - サンジャイの未亡人[28]。インド人民党(BJP)に所属して環境保護活動や動物の権利運動に尽力しており、現在は連邦政府の女性子供開発省(英語版)の大臣を務めている[28]。

第六世代

ロバート・ヴァドラ(英語版) (1969–) - プリヤンカの夫で著名な実業家であるが、違法な土地取引の嫌疑に直面している[29]。

ラフル・ガンディー (1970–) - ラジヴとソニアの長男で[1][30]、現在は国民会議副総裁を務めている[31]。

プリヤンカ・ヴァドラ (1972–) - ラジヴとソニアの長女で、「インディラの再来」とも言われて兄のラフルを上回る人気を誇り、政界入りが熱望されている[32]。

ヴァルン・ガンディー (1980–) - サンジャイとメーナカーの息子で、父親の事故死の後に出生した[33]。33歳の若さで人民党の書記に就任した[34]。』

プリヤンカ・ヴァドラ

プリヤンカ・ヴァドラ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%89%E3%83%A9

『プリヤンカ・ヴァドラ(英語:Priyanka Vadra、旧姓:ガンディー、1972年1月12日 – )は、インドの政治活動家。』

『生い立ち

ネルー・ガーンディー・ファミリーの一員で、曾祖父であるジャワハルラール・ネルーはインド初代首相、祖母であるインディラ・ガンディーは第5代・第8代首相であった。

第9代首相を務めた父ラジーヴ・ガンディーと、母ソニア・ガンディーの第2子として、インド・デリーに生まれる。ソニアは現在、インド国民会議総裁・統一進歩同盟(UPA)議長を務めている。兄であるラーフル・ガンディーは2004年より下院議員の職にある。

デリー大学で心理学の学位を取得している。アマチュア無線の免許も持つ(父ラジーヴも免許を持ち、電気通信システムの近代化を推進していた)。

有名な実業家であるロバート・ヴァドラと結婚、ライハン・ヴァドラ、ミラーヤ・ヴァドラの2人の子供がいる。

政治活動

その生い立ちから、インド国民会議への応援演説を積極的に行っているが、政界入りへの明言は避けている。

1999年の選挙戦では、BBCのインタビューに「はっきりしていることは、私は政界にではなく人々に関心があるということです。政治家にならなくても、人々のために出来ることが色々あると思っています[1]」と答えている。「何度も言っていますが、政界入りにはまったく興味がありません[2]」

しかし選挙戦では、全国行脚に忙しい母ソニアと兄ラーフルに代わって、彼らの選挙区(バッラーリやアメーティ)での演説を引き受けている。チャーミングなルックスと祖母インディラの再来とも言われる語り口で、集会に多くの聴衆を集める[3]。人々をまとめるのが上手で、思慮分別があると評価され、母ソニアの「政治参謀」を務めているとされる[4]。

2004年の総選挙では、母ソニアと兄ラーフルの選挙を取り仕切った。この間、取材に対し「政治とは国民への奉仕に他なりません、私がやっているのはまさにその奉仕なのです。あと5年は、ただそれだけを続けていきたいと考えています[5]」と話した。』

ソニア・ガンディー

ソニア・ガンディー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC

『ソニア・ガンディー (英語:Sonia Gandhi、ヒンディー語:?????? ?????、1946年12月9日 – )は、インドの政治家。統一進歩同盟(UPA)議長、インド国民会議暫定総裁。』

『経歴

イタリア人としてイタリア北東部のヴェネト州ヴィチェンツァ県ルジアーナに生まれ、カトリック教徒の家庭で育つ。1964年にイギリスへ留学し、ケンブリッジの語学学校で英語を学ぶ。そこでケンブリッジ大学に留学していたラジーヴ・ガンディーと知り合い1968年に結婚した。2人の間には1970年に長男ラーフル、1972年に長女プリヤンカが生まれている。

ラジーヴの母のインディラ・ガンディーは当時インドの首相であったが、結婚してしばらくの間はラジーヴもソニアも政治に関わることはなかった。しかしラジーヴは弟のサンジャイ・ガンディーが1980年に飛行機事故で死亡すると政界に入り、さらに1984年に母のインディラが暗殺(英語版)されると、その後を引き継いで首相に就任することになる。そしてソニアはインドのファーストレディとなった。

1991年にラジーヴが暗殺(英語版)されると、国民会議はナラシンハ・ラーオの下で同年の総選挙に勝利したが、次の1996年総選挙では敗北する。党勢を取り戻そうとする動きの中でソニアに期待がかかると、ソニアは1997年に国民会議に入党し、翌1998年3月14日には総裁に選出される。

1999年4月、当時のバジパイ首相の信任決議がローク・サバー(下院)で否決されたことにより第一党のインド人民党を中心とする政権が崩壊すると、国民会議が第二党だったため、その総裁であるソニアが首相候補として挙がったが、多数派工作に失敗し組閣は実現しなかった[4]。下院は結局解散され、同年の選挙でソニアは議員に選出されるが、インド人民党が勝利したため国民会議の政権獲得はできなかった。選挙後ソニアは下院の野党院内総務を務めた。

2004年総選挙では国民会議を勝利に導き政権奪還を果たす。選挙後の5月15日にソニアは国民会議の両院議員総会で首相候補として選出され[5]、そのまま首相に就任するかと思われたが、イタリア生まれであることが批判されていたこともあり、5月18日の両院議員総会で首相就任を固辞し[6]、代わりにマンモハン・シンを首相に指名した。

2006年3月、下院議員と国家諮問委員会議長を辞職した。同委員会議長を務めていることが国会議員による有給職の兼務禁止の法律に触れているという批判をかわすためと見られる。その後、同年5月実施の下院補欠選挙に改めて出馬し、2位の候補に大差をつけて圧勝した。

2019年、ラーフル・ガンディーが国民会議派総裁を退任したため、国民会議派暫定総裁に復帰[7]。

家族

長男のラーフル・ガンディーも政治家であり、2004年に下院議員に選出されて以来その職にある。また、国民会議の幹事長も務める。長女のプリヤンカ・ヴァドラは政界入りこそしていないが、国民会議の応援演説を積極的にこなしている。人気も高く、祖母であるインディラ・ガンディーの再来だと言われることもある[8]。』

ラーフル・ガンディー

ラーフル・ガンディー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC

『ラーフル・ガンディー (ヒンディー語:राहुल गांधी alias पप्पू、英語:Rahul Gandhi alias Pappu、1970年6月19日 – )は、インドの政治家。インド国民会議所属。2009年現在、ウッタル・プラデーシュ州アメーティー選挙区選出の下院(ローク・サバー)議員[2]。 』

『家族

ラーフル・ガンディーは、初代インド首相ジャワハルラール・ネルーから連なるインド政治界きっての名門一族、ネルー・ガンディー家の出身である。母は国民会議派の元総裁ソニア・ガンディー、父は元インド首相で1991年に暗殺されたラジーヴ・ガンディーである。また、祖母は同じく元インド首相で1984年に暗殺されたインディラ・ガンディーである。曾祖父が初代首相ネルー、さらにその一代前の高祖父モーティーラール・ネルーも有名な独立運動家であった。兄弟は2歳下の妹にプリヤンカ・ヴァドラがいる。現在未婚だが、大学時代に知り合ったコロンビア人のガールフレンドがいる[要出典]。
学歴・経歴
ラーフル・ガンディー

少年時代デリーの学校へ通った後、デヘラードゥーンにある名門パブリックスクールであるドゥーン・スクール(父ラージーヴの母校でもある[3])へ入学する。

その後デリー大学の聖ステファン・カレッジに入学する。1年後、アメリカのハーバード大学へ移り、そこで3年間在学した後に今度はフロリダ州のローリンズ・カレッジに移り、そこで1994年に文学士(B.A.)号を取得する。

その後にラーフルはケンブリッジ大学のトリニティー・カレッジにて開発経済学の分野で哲学修士(M.Phil.)号を取得した(このように2004年の総選挙中に自らが語っている。当時は偽名の「ラーフル・ヴィンチ」(Rahul Vinci)という名前で通っていたとメディアが報じている[4])。

その後ロンドンで経営戦略コンサルタント事務所でしばらく働き、2002年にインドに帰国してソフトウェア会社を始め、2003年に政界入りを決意するまでその仕事についていた。
政治家としての経歴

2003年より政界デビューが噂されるようになり、この頃から母ソニア・ガンディーとともに国民会議派の政治集会やその他の公式の場へ積極的に姿を現すようになった。同じ時期にパキスタンへも平和友好の目的(クリケットのインド対パキスタンの試合を観戦)ということで訪れている。2004年の連邦下院選挙に立候補し、かつて父ラジーヴも選挙で勝った地元アメーティー選挙区で当選する(なお、同選挙で国民会議派が大勝し与党の座に返り咲いた)。

政治キャリアはまだ浅くその政治手腕は未知数ながらも、その血筋から次代の国民会議派リーダーと目されており、インド国内および海外のメディアから注目を集めつつある[5][6]。2007年には国民会議派の幹事長に選出されている[7]。 2013年には国民会議派の副総裁に選出されている。2017年には国民会議派の総裁に選出されている[8]。

2014年の総選挙を控え、国民会議派内部から首相候補として提案する声もあったが、国民会議派の総裁であり母親でもあるソニア・ガンディーが拒否。首相候補から外れ、選挙の責任者として各地で活動するものの選挙自体は惨敗に終わった[9]。

2019年の総選挙でも、国民会議派は惨敗に終わり、総裁を辞任した[10][11]。
日本との関係

2008年2月に訪日し、内閣総理大臣(当時)の安倍晋三との会談で経済連携協定(EPA)推進などが話し合われた。』

インド最大野党、再建へ総裁選 解けぬガンジー家の呪縛

インド最大野党、再建へ総裁選 解けぬガンジー家の呪縛
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD12APA0S2A910C2000000/

『インド最大野党の国民会議派(INC)は17日、総裁選を実施する。党勢の衰退に歯止めをかけ、2024年に控えるインド次期総選挙でモディ首相率いる与党インド人民党(BJP)の〝3連覇〟を阻止するため、批判の多い長年の「ネール・ガンジー家支配」から脱却し、党の再建を目指す新たなリーダーを選ぶのが目的だ。総裁選は改革派と目される下院議員のシャシ・タルール氏(66)と、ガンジー家に近いベテラン政治家のマリカルジュン・カルゲ氏(80)の一騎打ちとなったが、脱ガンジー家の狙いとは裏腹に党幹部らの支持をまとめたカルゲ氏が優位の情勢。選挙の結果は党分裂に発展する危険もはらんでいる。

相次ぐ与党への移籍、失われる党勢

国民会議派は、独立の父マハトマ・ガンジーや初代首相ジャワハルラル・ネールらが指導し、137年の歴史と全国約4000万人の党員を持つ。インド独立後、75年の歴史で50年以上にわたって政権を担ってきたが、14年総選挙で大敗し下野。各地の州議会選でも苦戦が続き、与党BJPの議員引き抜き工作もあって中部マドヤプラデシュ、南部カルナタカなどの重要州で相次ぎ政権の座から陥落。いまや州政権を担うのは連立も含めて29州のうち4州のみ。19年の下院選ではわずかに議席を増やし定数543議席の国会下院で52議席と踏みとどまったが、300議席を超えているBJPには大きく差をつけられたままだ。

有力議員の離党も相次ぐ。20年にはマハラジャ(藩王)の末裔(まつえい)ジョティラディティヤ・シンディア氏(51、現民間航空相)が、自派の州議会議員22人とともに離党し、BJPに電撃移籍している。選挙の監視を続けるインドの市民団体「民主改革協会(ADR)」によると、14年から21年にかけて177人もの国会・州議会議員が国民会議派を離党している。

総裁選、ガンジー家独裁批判がきっかけ

こうした求心力低下の背景には、党の「オーナー」であるネール・ガンジー家によるファミリー支配への強い反発がある。特にネール元首相のひ孫で「4代目」のラフル・ガンジー前総裁(52)は14年、19年の総選挙で陣頭指揮をとったがいずれも敗北。17年に党総裁に就任するが総選挙の大敗によって2年弱で引責辞任し、母親で故ラジブ・ガンジー元首相の妻ソニア・ガンジー氏(75)が「暫定総裁」として再登板している。ラフル氏はその後も党のリーダーと位置づけられているが、重要会合を欠席して突然海外で休養するなど、政治家としての資質を問われる場面も目立っていた。
ネール元首相のひ孫、国民会議派のラフル・ガンジー前総裁への批判は高まっているが…(9月、印西部グジャラート州アーメダバード市内で)=AP

今年8月末にはカシミール地方出身のベテラン政治家で保健・家族福祉相やジャム・カシミール州首相などを務めたグラム・ナビ・アザド前上院議員(73)が突然離党。「古参リーダーが排除され、ラフル氏とその取り巻きのせいで党内民主主義が崩壊している」などと党首脳部を厳しく批判する書簡をソニア氏に送った。

前回選挙で落選した国民会議派所属の前下院議員は「党の再建のためには、ガンジー家以外の指導者が必要」と強調する。特にガンジー家との親密度合いによって党人事が決まり、選挙での公認を巡るプロセスや女性・若手の登用に関しても党員からの不満が高まっている、という。

今回の総裁選は20年8月、元閣僚や州首相(県知事に相当)ら党の改革派幹部23人がソニア総裁に対し、党再建のための抜本的改革を要求する書簡を送ったことがきっかけ。党指導部は早期の総裁選実施を表明したが、コロナ禍で延期されていた。過去50年間で選挙によって総裁が決まったのはわずか2回。ガンジー家メンバー以外が総裁になるのは22年ぶりだ。
ソニア・ガンジー総裁㊧やラフル・ガンジー前総裁㊥など、ガンジー家の写真パネルが掲げられた国民会議派の集会(9月4日、ニューデリーで)=ロイター

総裁選の選挙人は党の各州支部幹部ら約9000人。開票結果は19日に発表される。選挙ではソニア氏らガンジー家の信任が厚い西部ラジャスタン州の首相のアショク・ゲーロト氏(71)が本命視されていたが、同氏の中央政界転出で自分たちの処遇悪化を心配する州議会議員の猛反対に遭って立候補を辞退。代わって国民会議派政権で鉄道相などを務めた前野党上院議員団長のカルゲ氏に白羽の矢が立った。これに元国連事務次長で外務担当国務相などを歴任したタルール下院議員が挑む構図だ。
優位に立つベテラン政治家

ガンジー家に近く、被差別カースト層に支持基盤を持つカルゲ氏にはソニア氏らの後押しがあるといわれる。党重鎮のほか、タルール氏と行動を共にしてきた改革派議員の一部もカルゲ氏の「推薦人」に名を連ねており、優位は揺るがない情勢だ。

これに対し国際派のインテリであるタルール氏はテレビ討論での強さやSNS(交流サイト)のフォロワー数の多さに定評があり、若者や都市住民に支持者が多いが、大組織の運営能力は未知数。キャンペーンでは「変化を望むなら私に投票してほしい」と呼びかけているものの、選挙人は地方幹部などのベテランが多いため苦戦は必至だ。

モディ首相が率いる与党BJPは、カルゲ氏について「ガンジー家の代理人にすぎない。リモートコントロールされた政治家だ」と盛んにSNSで発信しており、カルゲ氏が党総裁に就任した場合にはこうした批判をさらに強めそうだ。ガンジー家に忠実な政治家が再び党内での影響力を強めれば、改革派との対立が先鋭化し党の分裂を招く可能性もある。老舗巨大政党は、このまま衰退へと向かうのか――。今回の国民会議派総裁選はインドの政治にとっても大きな節目となりそうだ。

(山田剛)』

薬害疑い、インド政府調査 アフリカで子ども多数死亡

薬害疑い、インド政府調査 アフリカで子ども多数死亡
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB06CT30W2A001C2000000/

『【ニューデリー=共同】世界保健機関(WHO)は5日、西アフリカ・ガンビアで腎臓疾患による子どもの相次ぐ死亡を受けた調査の結果、同国に出回るインド製のせき止めや解熱用のシロップ4種類に腎臓疾患などの作用を引き起こす物質が含まれていたと発表した。インドメディアによると、インド政府も調査を開始した。

WHOによると、製造元はインド北部ハリヤナ州にある製薬会社。薬害の恐れがあるとみられ、WHOは使用中止を呼びかけた。これまでガンビア以外での流通は確認されていないが、闇市場などを通じて広がっている可能性もあるという。

ガンビアでは7月下旬以降、シロップを服用した後に子どもが死亡する事例が66件報告されている。

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料 https://www.nikkei.com/r123/?ak=https%3A%2F%2Fwww.nikkei.com%2Farticle%2FDGXZQOCB06CT30W2A001C2000000&n_cid=DSPRM1AR08 』