「ロシアは中国の属国」が波紋 習氏はウクライナに特使

「ロシアは中国の属国」が波紋 習氏はウクライナに特使
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFE150JL0V10C23A5000000/

『「ロシアは、早くも地政学上の戦争で敗退した。ロシアが事実上、中国に付属する国と化す過程が既に始まっている」

ウクライナ大統領のゼレンスキーとパリで会談したフランス大統領のマクロンが、仏メディアに語った中ロ関係の現状を形容する衝撃的な言葉が、なぜか中国内で瞬く間に広がった。そして様々な波紋を広げている。

このマクロン発言は、ロシアとウクライナの仲介を探る中国国家主席、習近平(シー・ジンピン)が送っ…

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『このマクロン発言は、ロシアとウクライナの仲介を探る中国国家主席、習近平(シー・ジンピン)が送った代表団が、ウクライナに入る直前だっただけに、中国内で一段と注目を集めた。

ロシアの「ジュニアパートナー化」にうれしげ

ロシアが、中国の「ジュニアパートナー」になりさがる――。そもそもの経済不振に加えて、ウクライナでの苦戦によって、ロシアが政治・経済上、中国に全面的に頼らざるを得ない構造の指摘は、欧米の学界では決して新しいものではない。むしろ、最近、はやりの分析といえる。

しかし、その地政学を動かす当事者である欧州主要国で、国連安全保障理事会常任理事国でもある国のトップが、自ら公に言及する意味はそれなりに重い。

マクロン発言について中国共産党内では強い警戒感が出ている。目立つのは「中国とロシアのあらゆる側面での緊密さに不満な西側諸国が、蜜月関係を引き裂こうとする『離間の計』だ」という見方である。

だが、その一方で、中国内では、なんとなくうれしげな雰囲気も漂っている。ウキウキ、ソワソワ、ニヤニヤという感覚が、ここ数日、一気に広がっている様々なニュースと評論文の行間からにじみ出ている。

少なくとも、異例の速さでマクロン発言が広がったのは、他国にはない現象だ。中国代表団のウクライナ入りよりも、マクロン発言の方が熱い議論になって、インターネット空間でも取り上げられているのは異様だ。

台湾問題を抱える中国共産党の思いとしては、ロシアがこのウクライナでの戦いで敗退するのは、望ましくない。しかし、一般的な中国の庶民の感覚としては、苦境のロシアが、経済・政治両面で中国に頼らざるを得ない国際力学の変化は心地よいのだ。

米ソ冷戦を戦った世界の二大国の一方だったソ連。その継承者であるロシアが、いまや中国の属国状態にあるというマクロンの評価は、米国と並ぶ大国になったと自任する中国の人々の自尊心をくすぐる。

広島G7にぶつけたウクライナ入り

とはいえ、中国にとって喫緊の課題は、西側自由主義諸国が敷く中国包囲網の打破である。「その包囲網は効果をあげていないばかりか、逆効果。真に世界平和に貢献しているのは中国である」という宣伝こそが重要になる。

中国が最も意識しているのは、19日から広島で開かれる主要7カ国首脳会議(G7サミット)だ。中国への圧力に対する対抗手段として、入念に準備してきたのが、中国代表団のウクライナ入りである。代表団を率いる李輝は、旧ソ連圏への駐在経験の長いベテラン外交官で、ユーラシア事務特別代表という地位にある。

中国政府の李輝ユーラシア事務特別代表=CNSPHOTO・共同

ウクライナへの代表団派遣は、4月の習・ゼレンスキー電話協議で決まった成果である。中国側は、これを鳴り物入りで宣伝してきた。代表団はまずウクライナ入りし、最後の締めとしてウクライナが戦う宿敵、ロシアを訪れる。その間、ポーランド、フランス、ドイツにも寄る。

とはいえ、習の事実上の特使を受け入れる側になるウクライナの様子が興味深い。当のゼレンスキーは、代表団がウクライナに出発する段階で、まだ英国におり、首相のスナクと会談していたのである。

ゼレンスキーはその日、スナクから数百発の防空ミサイル、射程200キロを超える長距離攻撃型ドローン(無人機)数百機などの追加供与を受ける約束を取り付けた。直前には「ロシアは中国の属国」と言い放ったマクロンとパリで会談。フランスは数週間以内に仏製「AMX10RC」を含む装甲車数十台を供与する方針だ。

14日、パリで会談したマクロン仏大統領(左)とゼレンスキー・ウクライナ大統領=ロイター

ゼレンスキーは、ドイツで首相のショルツとも会い、ウクライナへの27億ユーロ(約4000億円)規模の軍事支援を獲得している。

今、国際政治上、最も注目されているのは、ゼレンスキーがどの段階で本格的な反転攻勢に出るかである。ウクライナ軍の指揮者は、スナクとの会談後、「もう少し時間が必要だ。それほどかからない」と答えている。

さらなる武器供与の約束を得たウクライナが、反転攻勢を探る現在の情勢からして、中国が探る仲介の努力が今すぐ、奏功する機運は熟していない。情勢が厳しいことは、中国側も十分に意識している。

中国内で有名なタカ派の「戦狼(せんろう)」系学者も、中国代表団がウクライナに出発する直前になって、「(中国の和平仲介に向けた使節団に)過大な期待を抱くな」と期待値を下げようとする発言をしている。目をひく動きである。

ここで考えるべきなのは、それでも習政権が、中国代表団を今、このタイミングでウクライナに送るしかなかった、という裏事情である。

中国の習近平国家主席(左)とウクライナのゼレンスキー大統領=AP

「最大の目的は、G7広島サミットに対抗する話題づくりだ」。これは、中国の内政・外交に通じる識者の冷静な分析である。世界のニュースがサミットや、オーストラリアで開く日米豪印のクワッド(Quad)首脳会議にさらわれるのを阻む必要があったのだ。

実のところ、習政権はもう一つ、タマを用意していた。 中国代表団のウクライナ訪問に続く18、19日両日、「中国・中央アジアサミット」を、中国・西安で開くのである。 現時点では大きなニュースになっていないが、ここに習が出席する。

限られる中国「宣伝戦」の効果

旧ソ連圏の中央アジア諸国首脳をこの時期に招くもう一つの動きによって、世界がG7の話題一色になるのを防ぎたい。少なくとも中国国内は、これら、ふたつのニュースが連日、報じられるだろう。ただし、ウクライナが対ロシアで反転攻勢に出ようとしている今、中国が仕掛ける宣伝戦の効果は限られる。

厳しい対立が続く米中両国の間では、先に中国外交トップの王毅(ワン・イー)と、米大統領補佐官(国家安全保障担当)のサリバンが、オーストリアのウィーンで事前公表なしに、いきなり長時間、会談した。

米バイデン政権の発足直後だった2021年3月、米アラスカで米中外交トップが、メディアのカメラの前で激しくやり合った記憶は鮮明だ。だが、現在の米中両国の対立は、そこからさらに先鋭化し、一触即発の危険な状態にある。

いまの米中両国には、カメラの前で激しくやり合う余裕など既にない。とにかく偶発的な衝突の防止のため、裏で最低限の意思疎通をするのが最優先課題だった。アラスカでの米中外交トップの表だった言い争いは「今は昔」という感覚である。

プーチン・ロシア大統領はどうでるのか=AP

緊迫した国際情勢の下、マクロンに「中国の属国」とまでこき下ろされたロシア大統領のプーチンは今後、どう出るのか。ロシアへの影響力を確実に強めている中国の習は、決してプーチンのメンツをつぶさないよう間合いをはかっている。

だが、先行きの見通しも立たない。かつて中国が「覇権主義国家」と決めつけ、警戒していたソ連。その時代の勢力回復への郷愁からウクライナに攻め入ったプーチンが、習の仲介に素直に乗るとは思えない。乗れば、ロシアが本当の意味で中国の属国になってしまう恐れがあるからだ。

かたや、欧州諸国から武器援助を得たゼレンスキーも、本格的な反転攻勢と、その後を見据えた戦略づくりで頭がいっぱいだろう。そこに、ロシアに一定の影響力を持つ中国をどう利用できるのか熟考している。

習が、G7広島サミットにぶつけるという自国の都合から、いまウクライナに送った中国代表団。いうまでもなく、その遣使が、この1回だけの訪問で実質的な成果を上げるのは極めて困難だ。探り合いが当面、続く。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
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