武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義

博士論文
武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
—人道の考慮を重視する立場と軍事的必要性を重視する立場との
見解の相違を中心にー

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The Contemporary Significances of the Principle of Proportionality in Armed Con-
flict: Focusing on the Disagreement Regarding the Perspective between the Stand-
point Considering the Humanitarian Consideration and the Military Necessity
横浜国立大学大学院
国際社会科学府
荻野目学
Oginome, Manabu
2017年3月
March, 2017
白 紙


序章
問題の所在……………………………1
国内外における先行研究の概要と限界…………………6
本稿の構成……………………………9
【第I部】
第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
1.! 国際法全般における均衡性(比例性)……………..11
1.1.1 海洋の境界画定における均衡性(比例性)…………12
1.1.1.1国連海洋法条約制定前…………………12
1.1.1.2 国連海洋法条約制定後……………….15
1.1.2 (平時)復仇における均衡性(比例性)………….21
1.1.2. !復仇の概要…………………….21
1.1.2.2 伝統的な平時復仇…………………22
1.1.2.3 対抗措置における均衡性(比例性)………….24
1.1.3 その他の国際法分野における均衡性(比例性)……….28
1.2 武力紛争に関する均衡性(比例性)………………29
1.2.1 jus ad 3爾uなにおける均衡性(比例性)……..30
1.2.1.1 自衛権行使における均衡性(比例性)…………31
1.2.1.2 「必要性•均衡性原則」の起源……………31
1.2.1.3 「必要性•均衡性原則」の発展……………35
1.2.2 jus in脳〃。における均衡性(比例性)……….41
1.2.2. ! 戦時復仇における均衡性(比例性)………….41
1.2.2.1.!戦時復仇の概要………………….41
1.2.2.1.2 戦時復仇法典化の経緯………………41
1.2.2.1.3 戦時復仇における均衡性(比例性)…………46
1.2.2.2 封鎖における均衡性(比例性)……………51
1.2.2.3 武力紛争時における(付随的損害に関する)均衡性(比例性)原則ー54
i
第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
2.1 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源…………55
2.1.1 不必要な苦痛の禁止…………………..56
2.1.2 マルテンス条項…………………….60
2.1.3 ジュネーヴ諸条約……………………65
2.2 武力紛争時における基本原則の概要………………66
2.2.1 武力紛争時に適用される基本原則……………..67
2.2.1.1 均衡性(比例性)原則………………..70
2.2.1.1.1 不必要な苦痛の禁止及びマルテンス条項との関係性……73
2.2.1.1.2 均衡性(比例性)原則の慣習法性………….76
2.2.1.1.3 絶対的禁止と相対的禁止……………..79
2.2.1.2 区別原則……………………..80
2.2.1.3 予防措置……………………..83
2.2.1.3.1 攻撃の際の予防措置………………..84
2.2.1.3.2 攻撃の影響に対する予防措置……………86
2.3 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の展開…………87
2.3.1 適用領域の拡大…………………….88
2.3.1.1海戦への適用…………………….88
2.3.1.1.1 『サンレモ•マニュアル』の記述内容……….88
2.3.1.1.2 米海軍マニュアル(NWP1-14M)の規定…….91
2.3. 1.1.3 各国の軍事マニュアルの規定…………..93
2.3.1.2 空戦への適用……………………95
2.3.1.3 サイバー空間への適用………………..98
2.3.2 適用対象(自然環境)の拡大………………102
2.3.2.1 ベトナム戦争以前の自然環境保護…………..103
2.3.2.2 ベトナム戦争後の自然環境保護……………104
2.3.2.2.1 環境改変技術敵対的使用禁止条約(ENMOD)…..104
2.3.2.2.2第1追加議定書における自然環境保護に関する規定…..105
2.3.2.3 湾岸戦争後の自然環境保護……………..107
2.3.2.3.1 『サンレモ•マニュアル』等における自然環境保護に関する規定
…………………………………109
2.3.2.3.2 ICC規程における自然環境の保護に関する規定…..111
ii
【第II部】
第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
3.1 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素…………………113
3.1.1 「具体的かつ直接的な軍事的利益」……………………..115
3.1.2 「予期される(anticipated)」及び「予測される(expected) J .115
3.1.3 「付随的損害」……………………………..116
3.1.4 「軍事目標」………………………..116
3.2 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の解釈の相違………………..117
3.2.1 人道の考慮を重視する立場と軍事的必要性を重視する立場との相違の根幹
……………………………………117
3.2.2 解釈に乖離のある論点…………………………..125
3.2.2.1 「具体的かつ直接的な軍事的利益」の解釈…………………125
3.2.2.2 「予期される(anticipated)」及び「予測される(expected)」の解釈•-129
3.2.2.3 過度な「付随的損害」の解釈………………………131
3.2.2.4 「軍事目標」の解釈………………………….135
3.2.2.4.1 軍事目標の中又は付近にある文民…………………..139
3.2.2.4.2 人間の盾…………………………….142
3.2.2.4. 2.1強制的な人間の盾………………………..143
3.2.2.4. 2.2 自発的な人間の盾……………………….145
3.2.2.5 部隊の安全……………………………..147
3.2.2.6 評価の時期……………………………..151
3.2.2.7 「明らかに(clearly)」の解釈………………….153
3.2.2.8 自然環境………………………………155
第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
評価
4.1 国際裁判所等における均衡性(比例性)原則に関連する判例………………162
4.1.1 ICTYの概要及び判決の効力……………………….164
iii
4.1.2 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関連するICTYの判例…••…167

  1. 1. 2. 1
  2. 1. 2. 2
  3. 1. 2. 3
  4. 1. 2. 4
  5. 1. 2. 5
    クプレスキッチ他事件(Prosecutor v. Zoran Kupreskic et al..167
    マルティッチ事件(Prosecutor v Milan Martie)………….170
    ストウ ルガー事件(Prosecutor v. Pavle Strugar)……….172
    ゴトヴィナ他事件(Prosecutor v. Ante Gotovina et al)…..174
    その他の武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関連するICTYの
    判例…………………………………………………………………..177
    4.1.3 『NATO空爆調査委員会最終報告書』……………….178
    4.1.3.1 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する評価……….179
    4.1.3.2 グルデリツァ峡谷(Grdelica Gorge)における列車への攻撃.183
    4.1.3.3 ジャコヴィツァ護送団(Djakovica Convoy)への攻撃…186
    4.1.3.4 セルビアのラジオ•テレビ局(RTS)への攻撃………….188
    4.2イスラエル最高裁「標的殺害(Targeted killing)J事件における法的評価.191
    4.3 国連機関による均衡性(比例性)原則に関する法的評価…………………….194
    4.3.1 2006年のレバノン紛争(第2次レバノン戦争)に関する報告書……………..195
    4.3.2 2009年の国連環境計画(UNEP)による『武力紛争時における自然環境保護』
    ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• 201
    4.3.3 2008年及び2014年のガ、、ザ紛争に関する報告書…………………202
    4.3.3.12008年のガ、、ザ紛争に関する『ゴールドストーン報告書』………………..202
    4.3.3. 2 2014年のガ、’ザ紛争に関する『2014年ガ、’ザ紛争報告書』…………208
    4.4 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的評価から導
    出される考察…………………………………………..212
    第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    5.1国際法平面から導出される考察………………..215
    5.1.1 国際法全般における均衡性(比例性)原則との類似点及び関連性………215
    5.1.2 jus ad bellumにおける均衡性(比例性)原則との類似点及び関連性.216
    5.1.3 他のjus in beloにおける均衡性(比例性)原則との類似点及び関連性…217
    5.2 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の展開状況から導出される考察•••• 218
    iv
    5.2.1 将来における新たな領域、対象への適用可能性………218
    5.2.2 慣習国際法としての結晶化………………..220
    5.3 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の役割及び意義……221
    5.3.1 文民犠牲者の局限………………….222
    5.3.1.1 柔軟な適用…………………..224
    5.3.1.2 国際世論という評価基準……………..226
    5.3.1.3 既存の国際人道法の欠缺補充……………231
    5.3.1.3.1米国における遵守の趨勢………………231
    5.3.1.3.2 イスラエルにおける遵守の趨勢…………235
    5.3.2 武力紛争時における自然環境保護………..237
    終章
    本稿のまとめ………………………..241
    今後の課題…………………………243
    区別原則の評価基準や予防措置等との関係性の明確化……….243
    人道の考慮重視派と軍事的必要性重視派の互譲………….244
    履行確保の担保(非対称戦における均衡性(比例性)原則の問題点)…245
    おわりに………………………….247
    謝辞…………………………….248
    主要参考文献…………………………249

v
白 紙
Vi

【序章】
序章
問題の所在

武力紛争に関連して死亡する人の割合は、近年の調査におけるデータでは、軍人1に対
し文民が9から10の間とされており1.文民の戦死者の割合は年々増加する傾向にあるこ
とが示されている2。近年、軍人に対する文民犠牲者の割合が増加している理由としては、
紛争が市街戦を含めて住民の密集地で行われることになってきたことや伝統的に軍が担っ
ていた任務を民間請負業者等の文民に委託することが増えたこと等、紛争の形態が変化し
てきたことによる影響がまず挙げられる3。また、それ以外にも考えられる要因として武力
紛争時に適用される国際人道法の文民の保護に関する規定が適切に遵守されていない可能
性があることも挙げられる。
武力紛争時における文民の保護に関する規定については、その多くが1977年に採択され
た「ジュネーヴ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(議定書1)」
(以下、第1追加議定書)において設けられている。第1追加議定書に戦闘の方法及び手
段における基本原則として謳われているものの一つに「均衡性(比例性)原則」がある。な
お、本稿において、「均衡性(比例性)」という言葉は”‘proportionality”の訳語として用い
ているが”‘proportionality”は、国際法学者によって「均衡性」と訳す学者と「比例性」と
訳す学者とに分けられるため4、引用元の論文等におけるそれぞれの表記を単一に表すこと
を目的として、本稿では「均衡性(比例性)」という表現を用いることとする。

1赤十字国際委員会(ICRC)の2001年の調査では、軍人1に対して文民10の割合であ
り、EUの1990年以降の調査では戦死者の90%が文民であるとされ、様々な国連の文書
や報告書では戦争に関連した文民の死者は90%とされている。Valerie Epps, “Civilian Cas-
ualties in Modern Warfare: The Death of the Collateral Damage Rule”, Suffolk University
Law School Research Paper, No. 11-39 (2011),p. 20.
2 Ruth Legerの研究では1980年代の文民の死者は74%であったが1990年には90%近く
まで上昇したとされる。Ibid., pp. 20-21.
3 ICRC, Interpretive Guidance on the Notion of Direct Participation in Hostilities under In-
ternational Humanitarian Law, Nils Melzer (ed.) (2009), p. 5.
4 “proportionality”という単語を用いる状況にもよるが、jus in belloにおいて用いられる場
合、「均衡性」と訳す学者と「比例性」と訳す学者に大別される。「均衡性」と訳す学者と
しては、藤田久一、杉原高嶺、松井芳郎、真山全教授等がおり、「比例性」と訳す学者と
しては、竹本正幸、山本草二、村瀬信也教授等がいる。ただし、jus in belloにおいて「比
例性」と訳す後者のような学者であってもjus ad bellumにおいて用いる場合は、「自衛権
行使の必要性・均衡性原則」というように「均衡性」と訳す学者が大半である。異なる訳
語を用いる理由としては、両者の”proportionality “が均衡させる対象や目的等に差異がある
ことを強調し、混同を避けるためにあえて別の訳語を充てているものと考えられる。な
お、外務省等の政府関係機関においては、jus in belloにおける”proportionality”を明確にい
ずれかに訳している資料等は認められなかったが、赤十字国際員会(ICRC)駐日事務所にお
けるホームページや関連文書においては「均衡性」という訳が用いられているため、「均
衡性」という訳語の方がやや一般的であると考えられる。また、同じ”proportionality”とい
う単語に異なる日本語訳を用いることによって元文自体が異なる英単語であるという誤解
を生じさせる可能性が否定できないことを考慮し、本稿においては「均衡性(比例性)」
1
【序章】

均衡性(比例性)原則は、国際法の文脈において画一的に捉えられているのではなく、
様々な分野において異なった対象や評価基準で用いられている5。例えば、jus ad heliumに
おいて自衛権の行使に関する「必要性•均衡性原則」として用いられる均衡性(比例性)
とは、一般的に、先行武力攻撃とそれに対応するための自衛としての措置を均衡させるこ
とが要求されることを示すものとされている6。その他の国際法上の文脈における均衡性
(比例性)については後述するが”‘proportionality”という言葉が国際法の文脈において
様々な形で用いられていることが、均衡性(比例性)原則という概念を煩雑にし、同原則
に対する理解を阻害する可能性があることは否定できないであろう。

そのため、本稿においては、国際法という平面全般において均衡性(比例性)がどのよ
うに扱われ、どのように解釈されているのか等を確認することによって、本稿が射程とす
る「武力紛争時における均衡性(比例性)原則」の位置付けや他の均衡性(比例性)との
差異を整理する。なお、武力紛争の際に用いられる均衡性(比例性)には、戦時復仇にお
ける均衡性(比例性)及び封鎖における均衡性(比例性)といったものも存在するが、本
稿で用いる「武力紛争時における均衡性(比例性)原則」とは、予期される具体的かつ直
接的な軍事的利益との比較において、文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷又はこれら
の複合した事態を過度に引き起こすことが予測される戦闘員及び軍事目標に対する攻撃を
禁止する原則の意味で用いるものとする。
武力紛争時における均衡性(比例性)原則に通じる概念は慣習国際法として伝統的に認
められてきたが、武力紛争時における均衡性(比例性)原則そのものは、1977年の第1追
加議定書において初めて明文化されたとされている7。しかしながら、武力紛争時における
均衡性(比例性)原則の評価基準を明確に示したものは、第1追加議定書を含めて現在ま
で存在せず、統一された学説上の基準等も存在しない。そのため、均衡性(比例性)原則
を適用する紛争当事国及び紛争当事者の解釈によって基準が異なる曖昧な原則であるとい
える。
と併せて表記することとし、比例性の方を括弧書きとした。
5海洋の境界画定における均衡性(比例性)、平時復仇(対抗措置)における均衡性(比例
性)、世界貿易機関(World Trade Organization: WTO)法における均衡性(比例性)及び
jus ad helumにおける均衡性(比例性)原則等がある。詳細については本稿第1章参照。
6自衛権行使に関する均衡の対象には諸説あるが、ここでは国際司法裁判所(icj)の「オイ
ル•プラットフォーム事件」において示された均衡性(比例性)の解釈を引用した。詳細
については本稿第1章参照。
7第1追加議定書において均衡性(比例性)原則を明文化したとされる条文としては、第
51条5項(b)、57条2項(a) (iii)、同条2項(b)が挙げられる。これらの規定には、”pro-
portionality”(均衡)あるいは”disproportionality”(不均衡)という文言はなく “‘exces-
sive” (過度に)が用いられているため、一見したところ均衡性(比例性)そのものを直接
的に明示しているとは言い難い。しかしながら、第1追加議定書の起草過程において均衡
性(比例性)原則を実際に明文化する際、参加国間で用語に関しての議論があり、
“excessive”という表現に収まったという経緯がある。詳細については本稿第2章において
後述する
2
【序章】
均衡性(比例性)原則の評価基準が曖昧であるとされる理由の一っとして、均衡させる
対象を同じ尺度で比較できないことが挙げられる。一般に武力紛争時における均衡性(比
例性)原則が均衡させる対象は、「文民の傷害及び民用物の損傷」と「軍事的利益」であ
ると解釈されている8。前者の「文民の傷害及び民用物の損傷」については、文民の犠牲者
数や破壊された民用物の数等によってある程度定量的な評価が可能であるかもしれない
が、後者の「軍事的利益」については機密事項を含む軍の主観に委ねられる面が多く、客
観的に評価することが困難であるという問題点が多くの国際法学者によって指摘されてい
る9。この指摘は、慣習法であった均衡性(比例性)の概念を第1追加議定書において明文
化する際に、どのような文言であれば遵守が担保されるか等について各国間で議論の応酬
があったように、当初から想定されていたものであったといえる10。
先述のように均衡性(比例性)原則は、国際法の様々な分野に用いられる原則である
が、「均衡性(比例性)原則は、武力紛争という文脈で論じられる際に最も議論があり、
おそらく最も重要な原則である」という見解があるように11、武力紛争時における文民の
保護において欠かすことのできない原則であると考えられる。しかしながら、そのような
見解があるにもかかわらず、第1追加議定書による明文化から約40年経過した現在にお
いても統一的な解釈が認められていないこと等、未だ当初想定されていた問題点が解消さ
れていない状況にある。
武力紛争時の文民保護に関連する基本原則としては、均衡性(比例性)原則のほかにも
区別原則や予防措置(原則)といったものがあり、均衡性(比例性)原則を評価するに当
たりこれらの原則等も合わせて考慮しなければならないとされている12。区別原則等につ
いては、一部に議論が残されているものの13 14、第1追加議定書における関連規定や軍事目
標の定義が米国を含めた多くの国によって慣習国際法として受け入れられているように
14、均衡性(比例性)原則との比較という観点からは、議論の余地の少ない原則であると
いえる。パークス(Hays Parks)が「均衡性(比例性)原則は、軍隊に対して区別原則によ
って要求されるもの以上のいかなる追加的な制約を実際に課すものではない」と述べてい
8 Judith Gardam, Necessity, Proportionality and the Use of Force by States (Cambridge
University Press, 2004), p. 98.
9本稿第2章参照。
10本稿第2章参照。 •.
11 Michael Newton and Larry May, Proportionality in International Law (Oxford university
press, 2014), p. 2.
12 Y. Sandoz, C. Swinarski, and B. Zimmermann (eds.), Commentary on the Additional Pro-
tocols of 8June 1977 to the Geneva Conventions of 12 August 1949 (1987), pp. 399, 598,
680.
13文民による敵対行為への直接参加(D PH)の概念に関する議論等がある。詳細については
本稿第3章参照。•,, ^ …
14 William J. Fenrick, “Applying IHL Targeting Rules to Practical Situations: Proportional-
ity and Military Objectives”, Windsor Yearbook of Access to Justice, Vol.27, No. 2 (2009),
p. 275.
3
【序章】
るように15、均衡性(比例性)原則の実質的な効果については、区別原則とは異なり懐疑
的な見解もある16。この点につき、なぜ、武力紛争時における均衡性(比例性)原則につ
いては、区別原則等と比べて議論が収束していないのかという疑問が生じる。
もっとも、時代とともに、航空機、潜水艦、ミサイル、大量破壊兵器及び核兵器等にょ
る害敵手段が進化及び多様化することに伴い、武力紛争時に適用される国際法の解釈も変
化を余儀なくされているといえる17。また、害敵手段の変化以外にも、戦争が違法とされ
ていなかった時代と戦争及び武力攻撃が違法とされた国際法上の規制の差異、文民及び民
用物や自然環境を保護する重要性が高まってきた国際世論の潮流の変化等によって、武力
紛争時における均衡性(比例性)原則を含む武力紛争時に適用される国際法の解釈も過去
と現在とでは変化していることが予想される。
武力紛争時における均衡性(比例性)原則の解釈の変化が予想されるに過ぎない一方、
その対象や領域は拡大する方向に明確に変化している。かつての戦時国際法における人的
な目標としての保護の対象は戦闘員のみであったが18、「戦時における文民の保護に関する
1949年8月12日のジュネーヴ条約(ジュネーヴ第4条約/文民保護条約)」によって、
紛争当事国又は占領国の権力内にある文民にまで保護の対象が拡大された。この「文民保
護条約」は、すべての文民を保護対象とするものではなかったものの、1977年の第1追加
議定書によって、すべての文民及び民用物が武力紛争時における均衡性(比例性)原則の
保護対象となることが明文化された。また、1998年に採択された「国際刑事裁判所に関す
るローマ規程(The Rome Statute of the International Criminal Court: ICC 規程)」におい
て、文民・民用物と同様に「自然環境」が均衡性(比例性)原則の対象として明示的に追
加されることとなったように19、均衡性(比例性)原則が適用される対象は明確に拡大し
ているといえる。
また、武力紛争時における均衡性(比例性)原則が適用される領域については、1994年
の『海上武力紛争に適用される国際法サンレモ•マニュアル(&刀Remo Manual on Inter-
national Law Applicable to Armed Conflict at Sea:サンレモ•マニュアル)』、2009 年の
『空戦とミサイル戦に関するマニュアル(Manual on International Law Applicable to Air
and Missile Warfare: AMWマニュアル)』、近年では2013年の『サイバー戦争に適用可能
な国際法に関するタリン・マニュアル(Tallinn Manual on the International Law Applicable
to Cyber Warfare:タリン・マニュアル)』等の各種マニュアルにおいて、武力紛争時にお
15 W. Hays-Parks, “Air War and the Law of War”,Air Force Law Review, Vol.32, No.1
(1990), p.174.
16 Charles P. Trumbull IV, “Re-Thinking the Principle of Proportionality Outside of Hot
Battlefields”, Virginia Journal of International Law, Vol.55, No. 3 (2015), p. 543.
17害敵手段に関する規定は、主に1899年及び1907年の「陸戦バ去規慣例二関スル条約
(ハーグ陸戦条約)」において明文化された。詳細については本稿第2章参照。
18戦闘外におかれた者、傷者、病者、難船者、衛生要員等。
19本稿第2章参照。
4
【序章】
ける均衡性(比例性)原則に関する規定等が明記されることにより、陸上以外の領域につ
いても適用されるべきであることが示唆されている。
これらのことから、武力紛争時における均衡性(比例性)原則は、文民・民用物のみな
らず自然環境にも適用されることが望ましく、さらには、当初陸上のみに適用されること
を予定していた第1追加議定書の規定よりも広い領域(海、空、サイバー空間)にまで適
用させることが望ましいということが多くの国家や国際法学者等に支持されているといえ
る20。したがって、武力紛争時における均衡性(比例性)原則は、適用対象や適用領域が
拡大することによって従前よりも適用される機会が増したことにより、その果たす役割や
重要性が高まっていると考えられる。しかしながら、変化していることが予想される武力
紛争時における均衡性(比例性)原則の解釈については、上記のマニュアル及びコメンタ
リー等においても明確にされていないため、実際に機能しない可能性があることについて
の懸念は依然として残されたままである。
もっとも、武力紛争時における均衡性(比例性)原則を形骸化させないために、当該原
則を明確にするための試みがなされていないわけではない。例えば、赤十字国際委員会
(International Committee of the Red Cross: ICRC)等の文民の保護や人道の考慮を重視する
団体が中心となり、各国の国際法学者や軍の関係者を招聘して国際会議を開催し、均衡性
(比例性)原則を含む武力紛争時に適用される基本原則の解釈等に関する議論や研究が進
められ、成果物として出版及び公表する等の活動が行われている21。また、実際の戦場に
おいて均衡性(比例性)原則を適用する立場にある軍関係者らによっても均衡性(比例
性)原則に関する研究論文や文民の保護に関する軍事マニュアル等が作成されている22。
しかしながら、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の評価基準等が曖昧であるが故
に、ICRCのような人道の考慮を重視する立場の見解と軍関係者のような軍事的必要性を
重視する立場の見解は大きく乖離しており、ICRCが中心となって作成した均衡性(比例
性)原則に関する文書等における解釈が戦闘での勝利を目的とする国家の軍事マニュアル
等に十分反映されていないというのが現状である。この武力紛争時における均衡性(比例
性)原則についての見解の乖離が大きいという状況が、区別原則等と比べて議論が収束し
ていないという違いを生じさせている理由として考えられる。また、ICRCの解釈と乖離
したままの軍事マニュアルに基づいて軍隊が行動していることが近年の武力紛争において
文民犠牲者の割合が減少しない要因の一つとなっているとも考えられる。
20もっとも、均衡性(比例性)原則が適用されるエリアを拡大することを記載した『サン
レモ・マニュアル』等は条約ではないため拘束力を有さない。しかしながら、起草した国
際法学者らは、均衡性(比例性)原則を採用する必要性があったからこそマニュアルに謳
ったのであり、一定の成果をもたらすことを期待していたといえる。
21『第1追加議定書コメンタリー(Commentary on the Additional Protocols of 8 June 1977
to the Geneva Conventions of 12August 1949)』、『慣習国際人道法(Customay Interna-
tional Humanitarian LaW』、『国際人道法の敵対行為への直接参加の概念に関する解釈指針
(Interpretive Guidance on the notion of Direct Participation in Hostilities under Interna-
tional Humanitarian LaW』等、詳細については本稿第3章参照。
22本稿第3章参照。
5
【序章】
人道の考慮を重視する立場の見解と軍事的必要性を重視する立場の見解の乖離を解消す
るためには、国際裁判所のような両者のいずれかに偏っておらず中立的な立場にあるとい
える機関等によって法的判断が示されることが両者に受入れられ易く最も有益であると考
えられる。従前は武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する法的評価が下された
判例はほとんど存在しなかったが、近年においては旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判所
(International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia: ICTY)における 2000 年の「ク
プレスキッチ他事件(Prosecutor v. Zoran Kupreskic et al)」や2011年の「ゴトヴィナ他事
件(Prosecutor v. Ante Gotovina et al)」第1審判決等において、武力紛争時における均衡
性(比例性)原則に関連する法的判断が示されたものがある23。ICTYにおける判例等で
は、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の単なる解釈に留まらず、実際に生起した
事例に対して如何に同原則を適用及び評価するかという運用の際の問題点も見出すことが
期待できる。そのため、ICTYの判例等を概観した上で武力紛争時における均衡性(比例
性)原則を評価及び考察することは、当該原則の解釈にとって不可欠であると考えられ
る。
以上の背景を踏まえ、本稿は、武力紛争時における均衡性(比例性)原則が現在どのよ
うに解釈されており、同原則の構成要素をどのように評価すべきであるのかという点につ
いて、人道の考慮を重視する立場の見解と軍事的必要性を重視する立場の見解を対比させ
ながら論点を整理する。そして、現代において武力紛争時における均衡性(比例性)原則
は実際に機能しているのか、また、機能しているならばその理由及び文民等の保護にどの
ような影響を及ぼしているのかについて考察することを主眼とするものである。これらの
考察によって得られた結果を武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義とし
て、最後に整理することを試みる。
国内外における先行研究の概要と限界
武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する先行研究は、国内外において存在す
る。国内において、主として均衡性(比例性)原則そのものを扱っている論文としては、
阿部恵「武力紛争法規における比例性(proportionality)とその変質」がある24。国内で唯一
均衡性(比例性)原則自体を扱っているといえる阿部論文は、論文が発表された1998年
当時の先行研究や国家実行等を緻密に分析し、均衡性(比例性)原則が武力紛争時におけ
る法の適用を確保する相互主義に代替し得る機能を果たすようになっていること等を指摘
するものであり、示唆に富む論文であるといえる。しかしながら、1998年当時、参考とな
り得る国家実行は少なく、フォークランド紛争や湾岸戦争といった均衡性(比例性)原則
との関連性が希薄な国家実行の分析に頼らざるを得なかった点やそれに基づく法的評価や
23本稿第4章参照。
24阿部恵「武力紛争法規における比例性(proportionality)とその変質」『上智法学論集』第
42 巻1号(1998 年)。
6
【序章】
学説も現在ほど豊富ではなかった点において、均衡性原則の適用又は評価に関する分析が
やや不十分である感は否めない。
その他、武力紛争法に関する文民保護25や軍事目標の識別26等の研究の中で均衡性(比例
性)原則に言及する論文はいくつかみられるが、国内において均衡性(比例性)原則その
ものを主たるテーマとする研究はほとんど存在しないといっても過言ではない27。
他方、海外の先行研究に目を転じた場合、最近のものを含めて国内よりも多くの論文や
書籍等による業績が挙げられる。論文としては、例えば、フェンリック(William J. Fen-
rick) による “The Rule of Proportionality and Protocol I in Conventional Warfare”28、ワトキ
ン(Kenneth Watkin)による “Assessing Proportionality: Moral Complexity and Legal Rules”29
及びニューマン(Noam Neuman)による “Applying The Rule of Proportionality: Force Pro-
tection and Cumulative Assessment in International Law and Morality”30 等が挙げられる。
いずれも武力紛争時における均衡性原則を主として扱った論文ではあるが、彼らは皆かつ
て軍隊に所属していた国際法学者であるため、これらの論文における解釈や結論は、実際
の戦闘様相や軍の指揮系統上の事情等を考慮した上で、軍事的必要性を重視する立場寄り
の見解に陥り易いといえる。
一方で、第1追加議定書における均衡性(比例性)原則等の規則を逐条解説する『第1
追加議定書コメンタリ—(Commentary on the Additional Protocols of 8 June 1977 to the
Geneva Conventions of12 August1949)』や国際人道法の規則が慣習法として米国やイス
ラエル等の非締約国にも適用されるか否かの指針となる『慣習国際人道法(CustomaryIn-
ternational Humanitarian Law)』等の文書においては、ICRCのような人道の考慮を重視
する立場の見解が優先される傾向にある31。そのため、これらの文書による解釈を忠実に
反映させた論文等については、人道の考慮を重視する立場寄りの見解となることが多いと
25稲角光恵「文民の保護」村瀬信也・真山全編『武力紛争の国際法』(東信堂、2004
年)。
26真山全「陸戦法規における目標識別義務一部隊安全確保と民用物保護の対立関係に関す
るー考察」村瀬信也・真山全編『武力紛争の国際法』(東信堂、2004年)。
27均衡性(比例性)原則について言及している論文として、河野桂子「アフガニスタン戦
争と付随的損害一武力紛争法上の評価」『上智法学論集』第56巻4号(2013年)、仲宗根
卓「長期的効果を有する兵器の使用と均衡性の原則ー「予測される(expected)」の解釈を
中心に」『阪大法学』第59巻6号(2010年)、竹中奈津子「武力紛争における均衡性概念
ー『非戦闘員への付随的被害』を中心に」『中央大学大学院研究年報』第37巻(2007
年)等がある。しかしながら、これらの論文は、均衡性(比例性)原則を主とした研究で
はなく、特定の戦争や兵器あるいは非戦闘員に関する均衡性原則について述べられてお
り、均衡性(比例性)原則を包括的に研究することを目的としたものではない。
28 William J. Fenrick, “The Rule of Proportionality and Protocol I in Conventional Warfare”,
Military Law Review, Vol.91(1982), pp. 91-127.
29 Kenneth Watkin, “Assessing Proportionality: Moral Complexity and Legal Rules”,Year-
book of International Humanitarian Law, Vol.8 (2005), pp. 3-53.
30 Noam Neuman, “Applying the Rule of Proportionality: Force Protection and Cumulative
Assessment in International Law and Morality , Yearbook of International Humanitarian
Law, Vol.7 (2004), pp. 79-112.
31本稿第3章参照。
7
【序章】
いえる。例えば、ガーダム(Judith Gardam)は、“Proportionality and Force in International
Law”32、“Proportionality as a Restraint on the Use of Force”33 という 論文及び Necessity,
Proportionality and the Use of Force by Statesという著書を記しているが34、均衡性(比例
性)原則についての解釈が他の(特に軍事的必要性を重視する立場にある)国際法学者と
は異なり、評価時期を第1追加議定書の忠実な解釈に基づき個々の攻撃ごとに評価するこ
とが望ましいという見解に立っていること35、及び「部隊の安全」が均衡性(比例性)原
則の評価要素にはならないことを明言していること等において36、幾分人道の考慮を重視
する立場寄りの見解となっている。
もちろん、人道の考慮を重視する立場の見解と軍事的必要性を重視する立場のどちらに
も偏っておらず中立的な立場から評価していると考えられる論文も存在する。例えば、シ
ュミット(MichaelN. Schmitt)は、均衡性(比例性)原則そのものを主として研究した論文
ではないものの、“Military necessity and humanity in international humanitarian law: pre-
serving the delicate balance”37、“Principle of Discrimination in 21 Century Warfare”38、
“Targeting and Humanitarian Law: Current Issues”39 及び“ Precision attack and international
humanitarian law”40等の多くの論文の中で武力紛争時における均衡性(比例性)原則につ
いて言及しており、人道の考慮と軍事的必要性とのバランスが調和していると考えられる
見解を示している。また、シュミットは、“Green War”という論文において41、自然環境の
保護に関する均衡性(比例性)原則についても研究しており、国際人道法の視点と自然環
境保護の視点という二つの観点から武力紛争時における均衡性(比例性)原則を捉えて研
究しているといえる。しかしながら、これらのシュミットの著作は、均衡性(比例性)原
則自体をテーマとしたものではないため、武力紛争時における均衡性(比例性)原則を体
系的に分析した研究成果が存在しないことが残念である。
32 Judith Gardam, “Proportionality and Force in International Law”,American Journal of
International Law, Vol.87, No. 3 (1993).
33 Judith Gardam, “Proportionality as a Restraint on the Use of Force”,Australian Year
Book of International Law, Vol.20 (1999).
34 Judith Gardam, Necessity, Proportionality and the Use of Force by States (Cambridge
University Press, 2004).
35 Supra note 32, p. 407.
36 Supra note 33, p. 171.
37 Michael N. Schmitt, “Military Necessity and Humanity in International Humanitarian
Law: Preserving the Delicate Balance”,Essays on Law and War at the Fault Lines (TMC
Asser Press, 2011).
38 Michael N. Schmitt, “Principle of Discrimination in 21 Century Warfare”, Yale Human
Rights and Development Journal, Vol. 2 (1999).
39 Michael N. Schmitt, “Targeting and Humanitarian Law: Current Issues”, Israel Yearbook
on Human Rights, Vol. 59 (2003).
40 Michael N. Schmitt, “Precision Attack and International Humanitarian Law”,Interna-
tional Review of the Red Cross, No. 859 (2005).
41 Michael N. Schmitt, “Green War”,Essays on Law and War at the Fault Lines (T.M.C.
Asser Press, 2012).
8
【序章】
また、ニュートン(Michael Newton)とメイ(Larry May)による Proportionality in Interna-
tional Lawという著書は42、人道の考慮と軍事的必要性とのバランスがとれていると考え
られるものの、武力紛争時における均衡性(比例性)原則自体の特殊性を論じることを主
としているため、他の国際法分野における均衡性(比例性)原則との比較や近年における
適用対象及び適用領域の拡大との関連性や各々の比較という観点からの分析はほとんどな
されていない。当該著書は、武力紛争時における均衡性(比例性)原則自体を各論的に分
析した研究としては白眉であるといえるが、国際法全体における趨勢や総合的な視点から
の考察がなされていない点において、本稿において筆者が行おうとしている分析手法とは
異なるものであり、導かれる結論についても自ずと差異が生じるものと考える。
さらに現時点においては、2008年及び2014年のカ、、ザ紛争等の近年の国家実行に基づい
て均衡性(比例性)原則を考察した研究も少ないといえる。
したがって、武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する先行研究は、軍事的必
要性又は人道の考慮のいずれかの立場に偏ったものが多く両者のバランスがとれた論文等
が少ないこと、また、両者の調和が図られていると考えられる研究であっても、自然環境
保護や海・空・サイバー空間への拡大傾向等を体系的に分析及び評価して考察された研究
は管見の限り存在しないと考えられる。
そのため、本稿においては軍事的必要性又は人道の考慮のいずれかの立場に偏ることの
ないように両者の見解を可能な限り公平に評価することに留意し、他の国際法分野との比
較及び適用対象と適用領域の拡大傾向や近年の国家実行等も踏まえた上で、均衡性(比例
性)原則を俯瞰的に分析かつ評価して結論を導き出すという点において、本稿の先駆的価
値が見出せるものと考える。
本稿の構成
本稿は論述内容の主旨という観点から第I部及び第II部の2部構成をとり、全5章をも
って構成することとする。先述のように、本稿の目的は武力紛争時における均衡性(比例
性)原則の現代的意義を導き出すことである。
そのため、まず、本稿が射程とする武力紛争時における均衡性(比例性)原則の位置付
けを明確にするために、国際法全般における均衡性原則というものにはどのような種類の
ものがあり、どのように発展し、現在はどのように解釈されているのかについて明らかに
する。換言すれば、国際法平面において武力紛争時における均衡性(比例性)原則の位置
付けについて整理し、均衡性(比例性)原則自体が各々の国際法分野に及ぼしている影響
や現代における趨勢等を確認する(第1章)。
次に、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源等を踏まえて、区別原則及び予
防措置等の武力紛争時に適用される他の基本原則との関係性を含めた武力紛争時における
均衡性(比例性)原則の概要や各種マニュアル等によって適用対象及び適用領域が拡大傾
42 Newton and May, supra note 11.
9
【序章】
向にある現状を確認する。それにより、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の垂直
的な展開状況を分析する(第2章)。
以上、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の国際法分野における水平面上の位置
付けを確認する第1章及び現在に至るまでの歴史的な展開状況という垂直上の位置付けを
確認する第2章をもって第I部を構成するものとする。
引き続き第II部として、以下の3つの章をもって構成する。
第II部においては、まず、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素が現在
どのように解釈されており、どのように評価すべきであるのかという点について論点ごと
に整理する。その際の手法として、武力紛争時における均衡性(比例性)原則を構成する
要素を細分化して検討するとともに、ICRCのような人道の考慮を重視する立場による文
書及びそれに基づく見解と米軍のような軍事的必要性を重視する立場との見解の相違を中
心に、構成要素及び評価に資する要素を掘り下げて検討する(第3章)。
前章の武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する立場による見解の相違や構成
要素及び評価要素等を踏まえた上で、中立的な立場にあると考えられる国際裁判所の判例
や国家実行に対する国連機関等による法的評価を通じ、同原則がどのように扱われ、如何
なる手続きや基準で判断されているのか等を確認する。これらの武力紛争時における均衡
性(比例性)原則の運用状況等を概観することにより、同原則を実際に評価する際の問題
点や実際の武力紛争にどのような影響を及ぼし得るのか等について考察する(第4章)。
前章までの考察から、現代において武力紛争時における均衡性(比例性)原則は機能し
ているのか、また、機能しているならばそれが何故に機能し得るのかという点について法
的側面及び実効的な側面から考察する。最後に、これらの考察結果を武力紛争時における
均衡性(比例性)原則の現代的意義として整理することによって本稿のまとめとしたい
(第5章)。
なお、本稿においては、国際的武力紛争における均衡性(比例性)原則を扱うものとし、
内戦等の非国際的武力紛争における均衡性(比例性)原則については、前者の考察に必要な
限りあるいは両者が混在するような事例において触れることに留めるものとする。
また、本稿におけるすべての記述は、筆者個人のものであって、公式にも非公式にも筆者
が現在所属する組織の見解を示すものではない。
10
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
【第I部】
第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
均衡性(比例性)原則は、国際法分野において共通したーつの解釈で用いられるのではな
く、用いられる分野によって均衡させる対象や解釈が異なる原則である。均衡性(比例性)
原則は、大きく分類すると、伝統的な戦時•平時二元論の区分におけるいわゆる平時国際法
分野(国際法全般)における均衡性(比例性)原則と武力行使に関する均衡性(比例性)原
則に分けられ、後者の武力行使に関する均衡性(比例性)原則はさらにjus ad bellum (武力
行使の合法性に関する法)における均衡性(比例性)原則とjus in bello (武力紛争法/国際
人道法)における均衡性(比例性)原則に分けられる。
本章では、国際法全般において均衡性(比例性)原則がどのように扱われており、どのよ
うに発展してきたのかを把握するため、また、本稿が射程とする均衡性(比例性)原則の位
置付けを明確にするために、国際法全体における均衡性(比例性)原則の概要及び変遷等を
概観する。
1.! 国際法全般における均衡性(比例性)
均衡性(比例性)原則は、国際法の広範な分野に用いられている。例えば、海洋の境界画
定、人権法分野、平時復仇(対抗措置)及び世界貿易機関(World Trade Organization: WTO)
法や投資仲裁等における均衡性(比例性)等が挙げられる。
国際法全般において均衡性(比例性)という語が広く用いられている理由としては、均衡
性(比例性)という言葉自体が「国際連合憲章(国連憲章)」や「国際連合憲章に従った国
家間の友好関係及び協力についての国際法の原則に関する宣言(友好関係原則宣言)」1等に
謳われている平等あるいは人民の同権といった言葉との親和性が高く、国家関係を安定的
に維持させるための正当性を担保し易い用語であることがその理由の一っとして考えられ
る。
もっとも、均衡性(比例性)原則には、国連憲章制定以前から認められていたものもある
が、国連憲章や友好関係原則宣言等によって当該原則に言及することの理論的根拠がさら
に補強されたと考えられる。仮に、国連加盟国が享受する利益に関して国家間に不均衡が生
じ、争いに発展するような場面においては、国連憲章第2条1項から3項に掲げられてい
るように、「主権平等の原則に基礎」を置く、「すべての加盟国は」、「この憲章に従って負っ
ている義務を誠実に履行しなければなら」ず、「国際紛争を平和的手段によって国際の平和
1 See UN General Assembly, Declaration on Principles of International Law concerning
Friendly Relations and Cooperation among States in accordance with the Charter of the
United Nations, U.N. Doc. A/RES/2625(XXV) (24 October 1970).
11
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない」とされているため、諸
事情を甚斗酌した上で国家間の利益が平等となるように、あるいは人権や基本的自由が均衡
するような解決方法を図ることが国連加盟国の義務であると考えられよう。
1.1.1 海洋の境界画定における均衡性(比例性)
いわゆる平時の国際法分野において、頻繁に均衡性(比例性)“proportionality”という語
が用いられる一類型として、海洋の境界画定に関するものが挙げられる。
1.1.1.1国連海洋法条約制定前
1958年に採択された「大陸棚に関する条約(以下、大陸棚条約)」第6条は、大陸棚が隣
接している場合の大陸棚の境界は、関係国の合意によって決定するものとし、合意がない場
合には、特別の事情により他の境界線が正当と認められないときは等距離•中間線原則にょ
り決定することとしている2。境界画定は、多くの事例で関係国との交渉や合意によってな
されてはいるものの3、境界について関係国の合意がなく国家間に争いが生じた場合には、
国際裁判所等で争われることとなる。
海洋の境界画定事件において、均衡性(比例性)という語に初めて言及があったものとし
ては、1969年の国際司法裁判所(International Court of Justice: ICJ)による「北海大陸棚事
件(North Sea Continental Shelf Cases)」が挙げられる4。当該事件は、当時の西ドイツ、デ
ンマーク及びオランダ間で争われた大陸棚の境界画定に関する最初の国際判例であり、そ
の後の海洋の境界画定事件にも大きな影響を及ぼしているいわばリーディング•ケースで
ある5。本件においては、西ドイツが大陸棚条約の当事国ではなかったため、上記の大陸棚
条約第6条は適用されず、また、等距離原則や特別事情の規則は慣習国際法としても確立
していないとの見解が示された6。その代わりにICJは、等距離原則と特別事情の規則を複
合させた「衡平の原則(equitable principles)J 7に従い8、かつ、すべての関連事情を考慮して
2 「大陸棚に関する条約」第6条1項及び2項。
3三好正弘「海洋の境界画定」国際法学会編『日本と国際法の100年第3巻海』(三省
堂、2001年)164 頁。
4 North Sea Continental Shelf Cases (Federal Republic of Germany/ Denmark; Federal Re-
public of Germany/ Netherlands), Judgment of 20 February 1969, ICJ Reports 1969.
5田中則夫「北海大陸棚事件」松井芳郎編集代表『判例国際法〔第2版〕』(東信堂、2006
年)171-172 頁。
6 Supra note 4, para. 21.
7 「衡平の原則」は、1945年9月のトルーマン宣言により「大陸棚が他国の海岸にまで延
びているか、または、隣接する国と共通の場合、境界線はアメリカと他の関係国の間で衡
平原則に従って決定される」として、大陸棚の境界画定に対して衡平の原則を用いること
が示されたものである。江藤淳一『国際法における欠缺補充の法理』(有斐閣、2012年)
226 頁。
8 Supra note 4, paras. 84-86.
12
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
9、各当事国の領土の海中へ向けての自然の延長を構成する大陸棚のすべての部分を他国領
土の自然の延長を侵すことなく可能な限り多く残す方法で各当事国の合意によって決定さ
れるとの結論を下した9 10。本判決は、一般にトルーマン宣言(Truman Proclamation on Ocean
Policies)11で示された「衡平の原則」が慣習国際法であることをICJが認めたものとして解
釈されている12 13。均衡性(比例性)については、「(交渉において)考慮すべき最終的な要素
は、衡平の原則の影響を受ける関係国の大陸棚の範囲とそれぞれの海岸線の長さとの間に
もたらされるべき均衡性(比例性)(proportionality)の要素である」として言及されている
13。すなわち、均衡性(比例性)は、慣習国際法である「衡平の原則」とは異なり、境界画
定に適用できる国際法の原則としては必ずしも確立しておらず、交渉に考慮される要素と
して衡平の原則を確保するための位置付けにすぎないとicjが判断したといえる。なお、本
件において均衡性(比例性)が考慮された理由としては、上記3国の海岸線が互いに隣接す
る関係にあり、西ドイツの海岸線が凹状であり、3国の海岸線がほぼ等しい長さであったと
いう特殊な地理的要素があったためであるとされている14。すなわち、本件は、西ドイツの
海岸が凹んだ形状であるという特殊な地理的状況であったため、等距離方式を採用した場
合、1国(西ドイツ)に不衡平な結果をもたらすことを回避するために例外的にとられた措
置であるといえる15。
均衡性(比例性)(proportionality)の要素は、その後の境界画定事件にも受け継がれ、英
仏間で大陸棚の境界線について仲裁裁判所で争われた1977年の「英仏大陸棚事件
(Delimitation of the Continental Shelf between the United Kingdom of Great Britain and
Northern Ireland, and the French Republic)」においても言及されている16。本件は、「北海
9この関連事情には、①当事者の海岸の一般的形状ならびに特別の異例な特徴の存在、②
大陸棚の物理的、地質学的な構造と天然資源、③合理的な程度の均衡性(比例性)という
要素が含まれる。Supra note 4, para.101;江藤『前掲書』(注7)232-233頁。
10 Supra note 4, para.101.
11 See 1945 US Presidential Proclamation No. 2667, Policy of the United States with Re-
spect to the Natural Resources of the Subsoil of the Sea Bed and the Continental Shelf
Adopted in Washington, USA on 28 September 1945.
12薬師寺公夫「国際慣習法の成立要件ー北海大陸棚事件」小寺彰•森川幸一 •西村弓編
『国際法判例百選〔第2版〕』(有斐閣、2011年)7頁;また、その際に慣習国際法の成立
要件として、国家の一般的慣行(state practice)と法的信念(opinio juris sive necessitates)の
存在という二つの要素が判示されたことも本判決が重要な意義を有する点である。田中
「前掲論文」(注5)171-172頁;衡平の原則が慣習国際法であるという見解以外にも「裁
判官は衡平を利用できる」という法の一般原則に衡平の原則の根拠を求める立場や衡平の
原則が慣習国際法とも法の一般原則とも言えずICJが法源上の位置付けに沈黙したとみる
見解もある。江藤『前掲書』(注7)230-231頁。
13 Supra note 4, paras. 98, 101.
14田中嘉文「海洋境界画定における比例性概念一その機能と問題点」村瀬信也•江藤淳一
編『海洋の境界画定の国際法』(東信堂、2008年)25頁。
15江藤淳一「海洋の境界画定に関する国際判例の動向」村瀬信也・江藤淳一編『海洋の境
界画定の国際法』(東信堂、2008年)10頁。
16 Delimitation of the Continental Shelf between the United Kingdom of Great Britain and
Northern Ireland, and the French Republic (UK, France), Reports of International Arbitral
13
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
大陸棚事件」とは異なり純然たる隣接国間によるものではないという違いはあるが17、等距
離方式が適切か否かを評価するために均衡性(比例性)が適用されるべきであることが示さ
れた18。仲裁裁判所は、「均衡性(比例性)原則(principle of proportionality)は、(中略)そ
れ自体で大陸棚の権原(title)の根拠となるものではなく、特定の地理的状況の衡平性を評価
するための基準である」19と述べ、均衡性(比例性)は等距離線が特殊な地理的特徴や形状
のために衡平であるか否かを判断するーつの要素であると判断した20。本件においては、等
距離原則の評価基準として均衡性(比例性)が用いられたものの、「北海大陸棚事件」と同
様に衡平の原則の直接の基準としては用いられなかった21 22。また、本件は、均衡性(比例性)
を単なる “proportionality” ではなく、「均衡性(比例性)原則 “principle of proportionality”」
22としている点において、「北海大陸棚事件」の時よりも一般原則に類似した概念として均
衝性(比例性)を扱っているといえる。
境界画定における均衡性(比例性)が「原則(principle)」として認められるか否かについ
ては、ICJの1982年の「チュニジア・リビア大陸棚事件(Case Concerning the Continental
Shelf, Tunisia/Libyan Arab Jamahiriya) ] 23 24において議論されている。本件においてICJは、
Awards, Vol. XVIII, 1978.
17英仏両国は本土に挟まれた海域では相対国の位置関係にあるが、それより西側の海域で
は隣接国の関係にあるため、両国は沿岸海域にある岩礁や島の法的地位について、直線基
線や境界線の画定で自国に有利となるような主張を行った。古賀衛「英仏大陸棚事件」松
井芳郎編集代表『判例国際法〔第2版〕』(東信堂、2006年)174頁。
18 Supra note16, paras, 94-99;古賀衛「英仏大陸棚事件」松井芳郎編集代表『判例国際法
〔第2版〕』(東信堂、2006年)174-175頁;田中「前掲論文」(注14) 26頁。
19 Supra note 16, para. 246.
20 Ibid, paras. 99-101;均衡性(比例性)を評価要素とすることに関しては北海大陸棚事
件と同様であるが、本件では、均衡性(比例性)の要件を大陸棚区域の配分の基準として
ではなく、地理的特性によって生じるひずみの効果を評価する基準と考えた点で多少の差
異がある。古賀衛「日本周辺の海洋境界画定をめぐる法的諸問題」栗林忠男・杉原高嶺編
『日本における海洋法の主要課題(現代海洋法の潮流第3巻)』(有信堂高文社、2010
年)206頁。;また、水上千之教授は、仲裁裁判所が均衡性(比例性)を特定の地理的特徴
が特別事情であるか否かの評価基準としている点において、均衡性(比例性)概念に北海
大陸棚事件よりも広い役割を与えていると指摘する。水上千之「大陸棚境界画定の法理の
展開」山本草二・杉原高嶺編集代表『海洋法の歴史と展望』(有斐閣、1986年)326頁。
21北海大陸棚事件においては、地形的・地理的概念としての自然延長が海岸線の長さと大
陸棚の面積との間に合理的均衡性(比例性)を有さなければならないという配分的法理と
矛盾するためであり、英仏大陸棚事件においては、両国の海岸線がほぼ同じ長さとみられ
たこともあり、等距離原則に対して特別事情を同格とする形で均衡性(比例性)を側面か
ら導入したためであるとされる。井口武夫「海洋の境界紛争解決の動向ー最近の国際司法
裁判所の判決と新海洋法条約発効に伴う展開」杉原高嶺編『小田滋先生古稀祝賀紛争解
決の国際法』(三省堂、1997年)145頁。
22この件に関しては、後述するようにチュニジア・リビア大陸棚事件においてグロ判事が
反対意見として指摘している。Case Concerning the Continental Shelf (Tunisia/ Libyan
Arab Jamahiriya), Dissenting Opinion of Judge Gros, Judgment of 24 February 1982, ICJ
Reports 1982, p.152, para.17.
23 Case Concerning the Continental Shelf (Tunisia/Libyan Arab Jamahiriya), Judgment of
24 February 1982, ICJ Reports 1982, para. 97.
14
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
直接的に「均衡性(比例性)原則」という言葉は用いていないものの、均衡性(比例性)を
境界線の衡平性を事後的に検証するための一般的な基準として位置付ける見解を示してい
る24。これに関して、グロ判事(Judge Gros)は、「均衡性(比例性)は、衡平の原則を目的と
したー手段にすぎないにもかかわらず、裁判所として原則(principle)に達したという見解に
立っている。そして北海大陸棚事件の判決で示された衡平の原則に基づいて行われる境界
画定とはかけ離れて一般的な原則として用いている」24 25と述べ、裁判所の多数意見を批判し
ている。すなわち、従来均衡性(比例性)に認められていた特殊な地理的状況による不衡平
を是正することを目的として、等距離方式における衡平性を評価するための一要素に過ぎ
ないという制限的な解釈を超えて、一般的な原則のように均衡性(比例性)を位置付けてい
ることを問題として挙げているといえる。なお、本件においては、「均衡性(比例性)テス
卜(test of proportionality)」という用語が使われているが、その定義や詳細については特に
触れられていない26。
1.1.1.2国連海洋法条約制定後
1982年の「海洋法に関する国際連合条約(以下、国連海洋法条約)」採択によって排他的
経済水域(EEZ)の制度が導入され、それに伴い大陸棚についても従来の自然延長ではなく
200海里までは距離によって沿岸国の権利が認められることとなった27。換言すれば、EEZ
24江藤『前掲書』(注7)237頁。
25 Supra note 22, p.152, para.17.
26本判決において、「均衡性(比例性)テスト(test of proportionality)」に言及されている
のは以下の部分であるが(下線部筆者)、特に詳細な説明は付されていない。“The Court
has been furnished with calculations showing that the inclusion, or exclusion, for this pur-
pose of the areas claimed by Tunisia as internal waters or territorial sea makes a very marked
difference in the ratios resulting from any foreseeable delimitation line. Tunisia, while con-
tending that the baselines are in any event opposable to Libya for lack of timely protest on
its part, argues that their “main justification” is the existence of historic waters over the zone
of fixed fisheries. It will therefore be convenient to deal with the questions of the historic
rights, the baselines, and the test of proportionality, in relation to each other , Supra note
23, para. 97.
27国連海洋法条約は、大陸棚の定義等に関して以下の規定を設けている。
国連海洋法条約第76条(大陸棚の定義)
「1沿岸国の大陸棚とは、当該沿岸国の領海を越える海面下の区域の海底及びその下であってその領土
の自然の延長をたどって大陸縁辺部の外縁に至るまでのもの又は、大陸縁辺部の外縁が領海の幅を測定す
るための基線から200海里の距離まで延びていない場合には、当該沿岸国の領海を越える海面下の区域の
海底及びその下であって当該基線から200海里の距離までのものをいう。
2沿岸国の大陸棚は、4から6までに定める限界を越えないものとする。
3大陸縁辺部は、沿岸国の陸塊の海面下まで延びている部分から成るものとし、棚、斜面及びコンチネ
ンタル・ライズの海底及びその下で構成される。ただし、大洋底及び海洋海嶺又はその下を含まない。
4 a.この条約の適用上、沿岸国は、大陸縁辺部が領海の幅を測定するための基線から200海里を超え
て延びている場合には、次のいずれかの線により大陸縁辺部の外縁を設定する。
I.ある点における堆積岩の厚さが当該点から大陸斜面の脚部までの最短距離の1パーセント以上である
との要件を満たすときにこのような点のうち最も外側のものを用いて7の規定に従って引いた線
ii.大陸斜面の脚部から60海里を超えない点を用いて7の規定に従って引いた線
b.大陸斜面の脚部は、反証のない限り、当該大陸斜面の基部における勾配が最も変化する点とす
る。
15
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
制度の確立により、海域に対する権原が海岸からの距離に変わったため、海岸の地理が衡平
の原則を考慮する際に最も重要な特別事情になったといえる28。国連海洋法条約においては、
具体的な解決手段までは定められていないものの、大陸棚の境界画定に関して大陸棚条約
第6条とは異なる規定が設けられた29。しかしながら、沿岸国の大陸棚に対する権原とEEZ
に対する権原とでは法的形成過程が異なるため、両者の地理的限界を定める場合に食い違
いが生じる可能性があることも指摘されている30。また、境界画定に関しては、大陸棚条約
第6条のように「特別の事情により他の境界線が正当と認められないときは等距離・中間
線原則により決定する」ことが国連海洋法条約には明示されず、第83条1項において「衡
平な解決(equitable solution)を達成するために、(中略)国際法に基づいて合意により行う」
と規定されるに留まっている31。そのため、国連海洋法条約では等距離原則や特別事情が衡
平の原則という大枠に包含されることとなったことにより、境界画定を複雑化させたとの
見方もある32。
境界画定に関して上記のような見解がある中で国連海洋法条約採択後、初のicjによる
境界画定事件となった331985年の「リビア・マルタ大陸棚事件(Case Concerning the Conti-
nental Shelf, Libyan Arab Jamahiriya/ Malta)]において34、ICJは「国連海洋法条約は境界
5 4(a)の(I)又は(ii)の規定に従って引いた海底における大陸棚の外側の限界線は、これを構成する各点に
おいて、領海の幅を測定するための基線から350海里を超え又は2500 メートル等深線(2500 メートルの
水深を結ぶ線をいう。)から100海里を超えてはならない。
6 5の規定にかかわらず、大陸棚の外側の限界は、海底海嶺の上においては領海の幅を測定するための
基線から350海里を超えてはならない。この6の規定は、海台、海膨、キャップ、堆及び海脚のような大
陸縁辺部の自然の構成要素である海底の高まりについては、適用しない。
7〜10 (省略)」。
28江藤「前掲論文」(注15)13頁。
29国連海洋法条約は、大陸棚の境界画定に関して以下の規定を設けている。
国連海洋法条約第83条(向かい合っているか又は隣接している海岸を有する国の間にお
ける大陸棚の境界画定)
「1向かい合っているか又は隣接している海岸を有する国の間における大陸棚の境界画定は、衡平な解決
を達成するために、国際司法裁判所規程第38条に規定する国際法に基づいて合意により行う。
2関係国は、合理的な期間内に合意に達することができない場合には、(本条約)第15部に定める手続に
付する。
3関係国は、1の合意に達するまでの間、理解及び協力の精神により、実際的な性質を有する暫定的な取
極を締結するため及びそのような過渡的期間において最終的な合意への到達を危うくし又は妨げないため
にあらゆる努力を払う。暫定的な取極は、最終的な境界画定に影響を及ぼすものではない。
4関係国間において効力を有する合意がある場合には、大陸棚の境界画定に関する問題は、当該合意に従
って解決する」。
30井口「前掲論文」(注21)132頁。
31EEZについては、第74条1項に同様の規定がある。
32井口「前掲論文」(注21)133頁。
33深町公信「排他的経済水域及び大陸棚の法的地位ーリビア=マルタ大陸棚境界画定事
件」山本草二•古川照美•松井芳郎編『国際法判例百選』(有斐閣、2001年)87頁。
34 Case Concerning the Continental Shelf (Libyan Arab Jamahiriya/ Malta), Judgment of 3
June 1985, ICJ Reports 1985.
16
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
画定に関する基準を特定していないものの、達成されるべき目標については衡平な解決
(equitable solution)でなければならないことを定めており、結果の衡平(equitable result)を
確保するために境界画定は衡平の原則によるべきである」と判示した35。国連海洋法条約に
衡平の原則(equitable principles)という言葉そのものはないが、ICJは、「英仏大陸棚事件」
において確認されたように衡平の原則が慣習国際法であるという見解を維持しているもの
といえる。均衡性(比例性)に関しては、「北海大陸棚事件」の基準を引用し、衡平の原則
に従って行われる境界画定では、沿岸国の大陸棚の範囲と海岸線の長さとの間に相当な程
度の均衡性(比例性)の要素がもたらされるべきであるとして、従前の判例における均衡性
(比例性)と同様の判断をした36。なお、これまでの境界画定に関する判決は、主として隣
接する国家間に関するものであったが、本件においては純粋に相対する国家間の大陸棚境
界画定についても均衡性(比例性)を適用した点に特色がある37。また、「リビア・マルタ大
陸棚事件」における均衡性(比例性)のもう一つの特色としては、「チュニジア・リビア大
陸棚事件」では詳細に述べられなかった均衡性(比例性)テストについて深く言及している
ことが挙げられる。icjは、「チュニジア・リビア大陸棚事件」で用いられた均衡性(比例
性)テストという評価基準を「関連する海岸の認定、大陸棚に関連する範囲の認定、海岸線
及び大陸棚に属する領域の長さの数学的な比率の算出、最後に、そのような比率の比較が隣
接した海岸線に適用されるのと同様に向かい合う海岸においても境界画定の衡平性を確か
めるために使用」38することとして整理し、これが本件に用いられない理由はないとして、
均衡性(比例性)テストの概念を導入している。さらに、ICJは、「すべての関連する状況を
考慮に入れる均衡性(比例性)テストの必要条件を満たすことにより、全体としてより衡平
となるような結果をもたらす」39とし、本件において明らかな不均衡は生じないと結論付け
た40。しかしながら、「リビア・マルタ大陸棚事件」については、均衡性(比例性)の算出方
法やプロセスが不明確であることや相対する大陸棚の境界画定に均衡性(比例性)原則が妥
当するのかといった批判もある41。
35 Ibid., para. 28 ;「リビア・マルタ大陸棚事件」は、衡平の原則として、①自然を改造し
てはならない、②他の当事国の大陸棚を切断してはならない、③関連事情を尊重しなけれ
ばならない、④衡平は平等と同義ではない、⑤配分的正義の問題はない、という5つが例
示された。なお、例示された背景には、口頭審理の際、マルタの保佐人ローターパクト(E.
Lauterpacht)が「北海大陸棚事件」において衡平の原則に言及しながらもその起源につい
て根拠を引用しなかったことを指摘し、その実体を明らかにすべきであると問題提起した
ことを受け、リビアの保佐人ヴァラット(F. Vallat)が衡平の原則とは関連事情の考慮を意
味すると述べたこと等の発言が、裁判所に衡平の原則を明示する必要性を認識させたので
はないかと、三好教授は分析している。三好「前掲論文」(注3)181頁;Supra note 34,
para. 46.
36 Ibid., para. 55.
37江藤「前掲論文」(注15)28頁。
38 Supra note 34, para. 74.
39 Ibid., para. 78.
40 Ibid., para. 75.
41均衡性(比例性)の算出方法が不明確である点については、海岸線の長さの相違が測定
されていることに対し、大陸棚の面積を計算せずに結果の衡平性を判断していることやど
17
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
1984 年の「メイン湾境界画定事件(Case Concerning Delimitation of the Maritime Bound-
ary in the Gulf of Maine舛rea)」は、国際司法裁判所特別裁判部(ICJ special chamber)による
判例である42。ICJ特別裁判部は、均衡性(比例性)を北海大陸棚事件で示されていた特殊
な地理的状況に限定せず、また、「リビア・マルタ大陸棚事件」においても批判があった相
対国家間の境界画定に均衡性(比例性)を適用することにより、地理的条件を拡大すること
となる判断を示した43。さらに、本件では、境界画定線の位置を決定するプロセスの中にお
いても均衡性(比例性)を考慮したように、従来の均衡性(比例性)は境界画定が衡平であ
るか否かの検証基準として主として検証段階で用いられていたことに対し、暫定的な境界
線を引く画定段階で用いられたことにより機能的にも拡大する傾向にあることを示したと
される44。
1993年の「グリーンランド・ヤンマイエン境界画定事件(Case Concerning Maritime De-
limitation in the Area Between Greenland and Jan Mayen)\ においても 45、ICJ は、メイン湾
境界画定事件と同様に、境界画定線を引く段階で均衡性(比例性)の考慮に基づいて中間線
を引き、中間線をヤンマイエン島に近づける形で移動させた46。しかしながら、均衡性(比
例性)を考慮した場合、単純に海岸線の長さの比(グリーンランド9に対しヤンマイエン
1)を考えるとデンマークの主張した200海里全域とヤンマイエンに残される部分との面積
のようなプロセスを経て中間線を北へ移動するという結果に反映されたのかが不明確であ
るとされる。Ibid., Dissenting Opinion of Judge Schwebel,p.183;相対する大陸棚の境界
画定への均衡性(比例性)原則の妥当性については、相対する境界画定では海岸線の長さ
の相違は中間線によって区分される2つの大陸棚区域の関係に既に反映されており、もし
も厳格に海岸線の長さに均衡して大陸棚の範囲が決定されるならばマルタのように短い海
岸線しか持たない国はほとんど大陸棚を持てなくなる、という反対意見もある。Ibid., p.
186;田中嘉文「海洋境界画定における比例性概念一その機能と問題点」村瀬信也・江藤淳
ー編『海洋の境界画定の国際法』(東信堂、2008年)28-29頁。
42 Case Concerning Delimitation of the Maritime Boundary in the Gulf of Maine Area
(Canada v. United States of America), ICJ Reports 1984 ;国際司法裁判所特別裁判部は、
国際司法裁判所規程第26条に基づいて、特定の部類の事件について、事件処理のために3
人以上の裁判官から構成される。通常のICJは15人の裁判官から構成される。なお、特
別裁判部の利点としては、両当事者が裁判官として合意できる人物を選ぶことが可能であ
り、仲裁と比べてそれほど費用がかからないことや判決の遵守確保として安保理も利用で
きること等が挙げられる。酒井啓亘「国際司法裁判所特定事件裁判部再考」松田竹男•田
中則夫・薬師寺公夫・坂元茂樹編集代表『現代国際法の思想と構造II環境、海洋、刑
事、紛争、展望』(東信堂、2011年)251-252頁。
43田中「前掲論文」(注14) 30頁。
44同上;メイン湾事件においては、均衡性(比例性)を画定過程と検証過程を截然と分け
て考慮したが、その後の判例では必ずしも同様に踏襲されているわけではない。しかしな
がら、1992年の「サンピエール・ミクロン境界画定事件」、1993年の「グリーンランド・
ヤンマイエン境界画定事件」等において均衡性(比例性)が画定段階で検討されている。
三好「前掲論文」.(注3)179頁。•..
45 Case Concerning Maritime Delimitation in the Area between Greenland andJan Mayen
(Denmark v Norway), ICJ Reports 1993.
46田中「前掲論文」(注14) 32頁。
18
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
比が6対1となり、最終的な境界線による分割比3対1と比べて不均衡になる47。この件に
っき、本判決に対しては、均衡性(比例性)の適用に関して客観的な方法を用いることなく、
裁判官らによって過度に主観的に決定されているとの批判がある48。
近年においては、黒海に面するルーマニアとウクライナ間の大陸棚とEEZの単一の境界
線の画定に関する2009年の「黒海境界画定事件(Case Maritime Delimitation in the Black
Sea)]がある49。当該事件の判決において以下の手順が提示された。
① 幾何学的かつ境界画定地域の地理学的に適する方法を用いて暫定的な境界線(等距離線)を引く50
② 衡平な結果とするために暫定的な等距離線の調整または移動を必要とする要素の有無を検討する51
③ (関連事情を考慮して調整した)暫定的な等距離線が海岸線の長さの比率や各国の関連海域の比率との
間に明らかな不均衡があるために不公平な結果にならないかを検証する52
上記の3段階の手順を用いた手続きの導入により、従来の国際司法裁判所のEEZ •大陸
棚境界画定事件の判例法の一端を明示的に示したと評価されることが多く 53、均衡性(比例
性)を考慮することを衡平性の最終的な検証のための必須要素としたものと解釈されてい
る54。すなわち、今後の境界画定においては、上記の3段階の手順に従って判断されること
が望ましく、状況に関係なく均衡性(比例性)を必須の要素として検証することが望ましい
ことがicjによって示されたといえる55。
これまで確認した国際裁判所の判例を小括すると、境界画定は、「北海大陸棚事件」以来
の伝統的な大陸棚の自然延長論に準拠する衡平原則や関連事情による基準から、国連海洋
法条約採択後の暫定的な等距離線を出発点として衡平な結果に到達するために補正する方
向へとシフトしつつあることが大きな潮流であるといえる56。
47井口「前掲論文」(注21)145頁。
48田中「前掲論文」(注14) 32頁。
49江藤「前掲論文」(注15)72-73頁。
50 Case Maritime Delimitation in the Black Sea (Romania v. Ukraine), Judgment of 3 Feb-
ruary 2009, ICJReports 2009, para. 116.
51 Ibid., para. 120.
52 Ibid., para. 122.
53小寺彰「大陸棚境界画定における非地理的要因の位置ー衡平原則と非地理的要因」財団
法人海上保安協会『平成22年度海洋権益の確保に係る国際紛争事例研究〔第3号〕』
(2011年)66 頁。
54江藤『前掲書』(注7)247頁。
55江藤教授は、当該判決が全会一致で採択され、一つの個別意見も反対意見も付されなか
ったという事実が海洋の境界画定に関する判例の展開の一応の到達点ということができる
根拠であると述べる。同上、248頁。
56山本草二「境界未画定海域における法執行措置の背景と限界」海上保安協会『海洋法の
執行と適用をめぐる国際紛争事例研究』(海上保安体制調査研究委員会報告書、2008年)
108-113 頁。
19
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
均衡性(比例性)については、かつての「北海大陸棚事件」のように特殊な地理的状況が
ある場合に等距離線によって生じる不衡平を是正するため例外的に均衡性(比例性)を採用
して変更•調整するという措置がとられていたが、「チュニジア•リビア大陸棚事件」では
一部反対意見はあったものの均衡性(比例性)が一般原則のように扱われ、近年では「黒海
境界画定事件」のように均衡性(比例性)を必須の要素とする傾向にある。また、「リビア・
マルタ大陸棚事件」や「メイン湾境界画定事件」においては、「北海大陸棚事件」のような
隣接する国家間ではなく、相対する大陸棚の境界画定においても均衡性(比例性)原則が適
用されるようになった。これらのことから、均衡性(比例性)は、海洋境界画定に関するあ
らゆる地理的状況にも適用されるように拡大する傾向にあるとみなすことができる57。
均衡性(比例性)の機能としては、かつての等距離方式が用いられるか否かに関わりなく、
ほぼすべての事例において最終的な検証段階で境界画定線の衡平性を算定する均衡性(比
例性)テストとしての機能を果たすこととなった58。さらには、すべての事例ではないが「メ
イン湾境界画定事件」や「グリーンランド・ヤンマイエン境界画定事件」のように、検証段
階だけではなく暫定的な境界線を引く段階である画定段階における基準として用いられた
判例もある59。したがって、均衡性(比例性)は、従来の最終的な検証段階のみならず、画
定段階(「黒海境界画定事件」における手順①)においても用いられる可能性があるという
新たな機能を有することとなったといえる。
しかしながら、均衡性(比例性)の評価基準に関しては、「グリーンランド・ヤンマイエ
ン境界画定事件」において批判があったように、適用に際して客観的な数値を単純に用いる
ことは困難であり、裁判官の主観的評価に左右されるおそれがあることは否定できないで
あろう60。例えば、「リビア・マルタ大陸棚事件」で示された均衡性(比例性)テストでは「関
連する海岸の認定、大陸棚に関連する範囲の認定、海岸線及び大陸棚に属する領域の長さの
57田中「前掲論文」(注14) 39頁。
58同上;均衡性(比例性)をどれだけ重要視するかについては裁判所の判断によって異な
る場合がある。均衡性(比例性)をあまり重視しなかった判例として、海洋境界画定を求
めてニカラグアがコロンビアを相手に提訴した2012年の「領土・海洋紛争(ニカラグア
対コロンビア)事件(Case Territorial and Maritime Dispute, (Nicaragua v Colombia) ) J が
ある。本判決では、均衡性(比例性)テストを行うに当たり「裁判所は、均衡性(比例
性)の原則を厳格に適用しないことに留意する。海洋の境界画定は当事国双方の関連する
海岸線の長さとそれらの関連する領域のそれぞれの持ち分の相関性を提示することを予定
されていないためである」と述べている。Case Territorial and Maritime Dispute (Nicara-
gua v. Colombia), Judgment of 19 November 2012, ICJReports 2012, para. 240 ;「黒海境界
画定事件」が均衡性(比例性)を衡平性の検証のための必須要素としたことに対し、上記
の領土・海洋紛争(ニカラグア対コロンビア)事件では均衡性(比例性)原則を厳格には
適用しないとして対照的な判断が下されているといえる。ただし、本件においては、均衡
性(比例性)原則を全く考慮しないわけではなく、「厳格には」適用しないとしているの
であって、これまでの判例の沿革から推測すると、ICJは「黒海境界画定事件」で高めら
れすぎた均衡性(比例性)の地位を正常な位置にまで戻すことを意図したとも考えられ
る。
59田中「前掲論文」(注14) 39頁。
60江藤淳一「海洋境界画定の法理一黒海境界画定事件」小寺彰・森川幸一・西村弓編『国
際法判例百選〔第2版〕』(有斐閣、2011年)73頁。
20
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
数学的な比率の算出」という評価基準が挙げられてはいるが、関係国間で主張が異なる場合
に関連する海岸や大陸棚にはどこまでの範囲を含むべきであるのか、あるいは、それらの比
率の算出に基づいてどのように不衡平を是正するのかは、ケース・バイ・ケースで裁判官が
判断せざるを得ないといえる。
また、均衡性(比例性)テストに関しては、考慮すべき対象が明らかにされてはいるもの
の、均衡性(比例性)そのものの明確な定義付けや具体的な評価基準については、いずれの
判例においても詳細に言及されていない。そもそも慣習国際法であるとされた「衡平の原則」
や国連海洋法条約で示された「衡平な解決」における「衡平」という言葉自体が曖昧さを有
するものであり61、「衡平」の適用に際しては裁判所の裁量の働く余地が大きいとされてい
る62。したがって、それを検証するための要素である均衡性(比例性)についても自ずと明
確さを欠くものとならざるを得ないことは自明であると考えられる。
1.1.2 (平時)復仇(対抗措置)における均衡性(比例性)
復仇の分野においても均衡性(比例性)という言葉は伝統的に用いられてきた。しかしな
がら、現在においては、過去との比較において復仇という言葉が用いられる場面は限定的に
なっている。この状況を確認するため、(平時)復仇における均衡性(比例性)に言及する
前に、まず、復仇というものがどのような概念であるかについて整理する。
1.1.2.1復仇の概要
国家の利益を侵害された場合にその救済を公的機関に期待せず自らの手でそれを回復し、
場合によっては強制的な手段に訴えることは、国際法の発展過程において自助あるいは自
力救済として伝統的に認められてきた。その自助あるいは自力救済の概念の形態として多
くの国際法学者によって論じられてきたものとして、「報復(retorsion/ retaliation)J 63A「復
仇(reprisals)」、「自衛(self-defense)」、「戦争(war)」がある64。
一般に「復仇」とは、敵対する相手国による先行国際法違反行為が行われ、それが終息せ
61古賀衛教授は、英仏大陸棚事件に関して「••・当事者の合意を得るための『衡平』が基本
原則となっているようである。しかし、何が衡平であるのかについては明らかにされてい
ないし、裁判所の裁量によって中間的解決がはかられたのではないかという印象が残る」
として、衡平の原則が明らかにされていないとした上で、衡平を判断する際に裁判所によ
る裁量の余地があることを示唆している。古賀「前掲論文」(注17)176頁。
62柳原正治•森川幸一・兼原敦子編『プラクティス国際法講義』(信山社、2010年)25
頁。
63 「報復」とは、相手国の行為が国際法上の義務違反かどうかに関わりなく、国家が自由
な裁量によって行うことができる対抗措置をいい、それ自体が非友誼的行為であっても違
法行為ではない点で復仇と異なる。例としては、外交関係の断絶、貿易その他の便益の停
止、相手国政府の行為の非承認、入国の削減等であり、条約上の制限がなければその国の
裁量の範囲内で行われ、急迫性や均衡性(比例性)の要件にも従う必要はない。山本草二
『国際法〔新版〕』(有斐閣、1994年)47頁。
64岩月直樹「伝統的復仇概念の法的基礎とその変容一国際紛争処理過程における復仇の正
当性」『立教法学』第67号(2005年)24頁。
21
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
ず、相手国に中止要求や警告した後にも継続する場合、相手国の違反行為に対して通常であ
れば国際法に違反する手段を採ることが合法とされるものである65。復仇は大別すると、「平
時復仇(reprisals in time of peace) J と「戦時復仇(reprisals in time of war/ belligerent reprisals) J
の2つに分類される66 67 68。
1.1.2.2 伝統的な平時復仇
「(平時)復仇」とは、オッペンハイム(Lassa Francis Lawrence Oppenheim)によれば、
「他国に対する侵害的かつ他の場合には国際的に違法な行為であって、当該他国自身の国
際的な不法行為によって創出された紛争の満足な解決に同意することを強制するために、
例外的に認められるもの」とされる67。このことから、「(平時)復仇」が正当化される理論
的根拠としては、ある国による他国に対する違法行為(不法行為)から生じた紛争が戦争へ
と転位することを回避するために68、被害国の満足が得られることを目的として、例外的に
被害国による復仇としてなされる違法行為の違法性を阻却することであることが導出され
る。
伝統的な平時復仇では、武力行使を伴うものもかつては許容されていた69。その代表的な
裁判例として1928年の「ナウリラ(Naulilaa)事件」がある。当該事件は、1914年の第1次
大戦勃発後にポルトカ、、ル領アンゴラで生起した南西アフリカ駐在のドイツ人官吏及び将校
がポルトガルの拠点ナウリラで殺害されたことが発端となった事件である。ドイツがドイ
ツ人官吏等の殺害に対する「武力行使を伴う復仇」として、ナウリラを含めポルトガル側の
65 Leslie C. Green, The Contemporary Law of Armed Conflict Second Edition, Manchester
University Press, 2000, p.123.
66 H. Lauterpacht (ed.), International Law, a Treatise, by L. Oppenheim, Vol.2, Disputes,
War and Neutrality, 7th edition, Longmans, 1952, p. 561.
67 Ibid., p.136, §33;岩月直樹「紛争の『平和的』解決の意義一復仇と対抗措置の非連続
性」『本郷法政紀要』第7巻「1998年)387頁。
68岩月直樹「現代国際法上の対抗措置制度における均衡性原則一国際紛争処理過程におけ
る対抗措置の必要性に照らしたその多元的把握の試み」『立教法学』第78巻「2010年)
226 頁。
69田岡良一教授は、1934年の横田喜三郎教授の著書を引用し、「復仇とは、ある国が他の
国家に対して国際法上の不法行為を行う場合に、現に行われつつあるものを中止させ、す
でに行われたものの救済を求めるために、他の国家が強力を使用することである」、この
「強力」の使用の中には兵力の行使も含まれる。復仇としてなされる行為は相手国やその
国民の権利を侵害する行為であり、本来ならば違法な行為となるべきものであるが、「相
手国の不法行為の中止や救済を求めるためであるから、特に適法な行為として認められ
る。違法性が阻却されるのである」と述べ、自衛権とは別に武力(兵力)の行使を含む平
時復仇を容認していたことが認められる。田岡良一『国際法上の自衛権』(勁草書房、
1964年)23頁;なお、武力行使を伴う復仇は伝統的に認められてはいたが、第1次大戦
と第2次大戦の戦間期には、武力行使を伴う平時復仇として爆撃や領域の一部占拠が行わ
れるなど、実質的に戦争行為と同じ措置が採られており戦争行為と武力行使を伴う平時復
仇との区別がつかなかったこと、及び伝統的な平時・戦時の復仇の区別が動揺していたこ
となどから復仇制度全体について批判的な学説も現れていたと指摘する見解もある。岩月
直樹「対抗措置制度における均衡性原則の意義ー均衡性原則の多元的把握へ向けての予備
的考察」『社會科學研究』第54巻1号「2003年)249頁。
22
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
軍事拠点6か所を攻撃及び占拠した行為の合法性について、戦後ヴェルサイユ条約に基づ
き設置された仲裁裁判所で争われた70。仲裁裁判所は判決において、復仇として違法性が阻
却される要件として以下の4つを挙げている。
① 復仇が先に存在する国際法違反に対する反応であること
② 被害国が事前に救済要求を行い、それが首尾よくいかなかったこと
③ 復仇が違反と均衡のとれた措置であること
④ 復仇は人道上の理由や信義則によって制限されること71
仲裁裁判所は、上記の4つの基準を踏まえた上で、第1の理由として、ドイツが事前に
救済の要求を行っていなかったこと、第2の理由として、ポルトガルの先行行為とドイツ
の行った6回の武力行使を伴う復仇行為は全く均衡しないものであると判断して、復仇の
合法性を訴えていたドイツの主張を斥けた72。
上記の基準③に示されているように、(平時)復仇が適法とされるためには、原因となっ
た相手国の国際法違反の行為と自国の復仇行為との間に均衡性(比例性)を保つことが要求
される。判決本文では「国際法において、復仇(repr6sailles/ reprisal)が違法行為に対してお
およそ均衡することしか要求していないと認められるとしても、復仇の元となった違法行
為に対して全く均衡しない復仇(repr6sailles hors de toute proportion/ reprisals out of all pro-
portion) は過剰かつ違法な復仇として考えられなければならないことは確かである」73と述
べられている。すなわち、本判決においては、ドイツの行為が先行行為に全く均衡しない違
法な復仇であると判断されたものの、判決の解釈によれば、相手の違法行為に対して「全く
均衡しない復仇」に該当しない場合には、「おおよそ均衡した復仇」の範囲内に収まるもの
となり違法性が阻却されるものと考えられる。したがって、本判決の示した(平時)復仇に
おける均衡性(比例性)の基準は、許容される幅が大きくやや曖昧な基準であるといえる。
なお、「ナウリラ事件」以降、多くの学説は、復仇において問われる均衡性(比例性)とは、
先行行為と復仇行為の比較の問題であり、前者に対する後者の同等性・相当性をもってその
均衡性が評価されることを示している74。
70 Responsabilite de I’Allemagne a raison des dommages causes dans les coloniesportu-
gaises du Sud de 1’Afrique (Sentence sur le principe de la responsabilite, Portugal contre Al-
lemagn), Reports of International Arbitral Awards, Vol.2, No. XXVII, pp.1011-1033; 1914
年10月当時のポルトガルは中立国であったため(1916年3月、連合軍側で参戦)、中立
国領上に対する違法な侵入・攻撃としてドイツに賠償請求した仲裁裁判である。中谷和弘
「復仇の要件ーナウリラ事件」山本草二•古川照美•松井芳郎編『国際法判例百選』(有
斐閣、2001年)174-175 頁。
71 同上。
72松田竹男「復仇の要件 Aナウリラ事件Bスイズ二事件」松井芳郎編集代表『判例国
際法〔第2版〕』(東信堂、2006年)432-434頁。
73 Supra note 70, p.1028.
74岩月「前掲論文」(注68) 216頁。
23
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
「武力行使を伴う平時復仇」は、1934年に万国国際法学会(Institut de Droit International)
が採択した「平時復仇に関する決議(Regime des represailles en temps de paix)」第4条にお
いて75、「武力行使を伴う復仇(represailles armees)は、戦争に訴えるのと同様に禁じられる」
と規定されるなど、国際連盟規約や不戦条約等による戦争違法化という国際的な潮流とと
もにその正当性について動揺が生じてきた76。そして、第2次大戦後の1945年、国連憲章
第2条4項において、戦争及び武力行使を伴う復仇を含む用語として「武力の行使(use of
force)」が採用されたことによって、武力行使を伴う(平時)復仇は全面的に禁止されたと
一般的に解釈されている77。その後、1970年の「国連憲章に従った諸国間の友好関係および
協力についての国際法の原則に関する宣言(友好関係原則宣言)」78において「国は、武カ行
使を伴う復仇行為(acts of reprisal involving the use of force)を慎む義務を負う」として79、
武力行使を伴う(平時)復仇行為の禁止が明確に明文で謳われることとなった。
1.1.2.3 対抗措置における均衡性(比例性)
近年においては、2001年、国連国際法委員会(International Law Commission: ILC)が、
「国際違法行為に対する国の責任に関する条文草案(以下、国家責任条文草案)」80第51条
において、他国の違法行為に対する措置の均衡性(比例性)に関して以下の規定を設けてい
る。
国家責任条文草案第51条
「対抗措置(countermeasures)は、問題となる国際違法行為及び権利の重大性を考慮しつつ、被った損害
と均衡(commensurate with)するものでなければならない」
当該草案第51条は、他国による国際違法行為に対して採り得る対抗策として、従来用い
られていた「復仇(reprisal)」という語ではなく「対抗措置(countermeasures)」という語を
用いている。同条文のコメンタリーでは、(平時)復仇に関して「•••国際義務違反の犠牲者
75 Regime des represailles en temps depaix, Session de Paris, 1934, Article 4.
761923年のコルフ島事件では、国際連盟規約の下で武力復仇が合法かどうかが問題とさ
れるようになり、1928年の不戦条約においても、武力復仇が禁止されているかどうかが問
題とされた。宮内靖彦「『対抗措置』としての武力行使の合法性一国家責任条文草案第1
部30条を手懸かりとして」『早稲田法学会誌』第43巻(1993年)340頁。
77 D. W. Bowett, Self-Defense in International Law (Manchester University Press, 1958),
pp.13-14.
78 UN General Assembly, Declaration on Principles of International Law concerning
Friendly Relations and Cooperation among States in accordance with the Charter of the
United Nations, U.N. Doc. A/RES/2625(XXV), 24 October 1970.
79友好関係原則宣言I原則。•…
80 Draft articles on Responsibility of States for Internationally Wrongful Acts, UN GAOR
56th Sess., Supp. No.10, at 43, U.N. Doc. A/56/10, 23 April-1 June and 2 July-10 August
2001.
24
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
たる国家は、当該違反を行った国家に対して武力復仇によって正当に反応することはでき
ない。なぜなら、国際法は今や、他国に対する武力の行使を伴う復仇を行うことを個別国家
に禁じているからである」81と述べ、国際法における「武力行使を伴う平時復仇」の禁止を
明確にしている。一方、対抗措置に関しては、「均衡性(比例性)(proportionality)は、対抗
措置を採る際に国家実行において広く認識されている十分確立した要件である」82として、
先述の1928年の「ナウリラ事件」仲裁裁決の「復仇」に関する箇所を引用している83。ILC
は、当該文脈において「対抗措置」の概念を説明する際に過去の「復仇」概念と何らの区別
をせずに同義のものとして扱っている84。このことから、「(平時)復仇」という伝統的な概
念は、現代においては「対抗措置」という概念にほぼ置き換えられたと解釈されている85。
ILCが示したように、国連憲章が制定された現代において「武力行使を伴う平時復仇」は、
もはや許容されない概念であるといえるため「対抗措置」として置き換えられた「(平時)
復仇」とは、「武力行使を伴わない平時復仇」のみを指すものといえる。
上記のILCが示した平時復仇の置換といえる「対抗措置」における均衡性(比例性)原
則は、かつての「ナウリラ事件」で示された先行違法行為と「全く均衡しない復仇」が違法
な復仇であるとされた基準に比べると、国家責任条文草案第51条のコメンタリーにおいて
幾分具体的な解釈が示されている。すなわち、「ナウリラ事件」では均衡させるべき対象を
「先行違法行為」と「復仇行為(対抗措置)」としていたことに対し、同条文コメンタリー
では、「先行違法行為の重大性」と「問題となる権利の重大性」を考慮した上で、均衡させ
るべき対象を「被った被害」と「対抗措置(復仇行為)」と捉えるものとしている86。また、
同コメンタリーでは、均衡性(比例性)を考慮する際には量的な要素と質的な要素が求めら
れ、第3国に与える影響等も考慮する要素に含まれるとされている87 88。しかしながら、国家
責任条文草案は、国連総会で留意する(takenote)とされてはいるものの、条約ではないため
慣習国際法を明文化したものを除いてはあるべき法の提示にすぎず、コメンタリーにおけ
るILCの均衡性(比例性)に関する見解すべてが普遍的に各国に適用されるものではない
88
繰り返し述べているように、現在の国際法において許容される平時復仇、すなわち対抗措
81 ILC1979, Vol.2, Part Two, p.118, para.10.
82 Draft articles on Responsibility of States for Internationally Wrongful Acts, with com-
mentaries, 2011,p.134.
83 Ibid.
84宮内「前掲論文」(注76」343頁。
85 「対抗措置」と「復仇」という用語の関係性や細部の異同等に関しては、岩月「前掲論
文」(注67)参照。
86 Supra note 82, p. 135.
87 Ibid..岩月「前掲論文」(注69) 254頁。
88 「カ、、ブチコボ・ナジマロシュ計画事件」において、icjは第1読会が終わったに過ぎな
いILCの条文草案(現行25条)が慣習国際法を反映したものと認定しているように、違
法性阻却事由に関する国家責任条文草案を援用した判決もある。坂元茂樹「ガ、ブチコボ・
ナジマロシュ計画事件」松井芳郎編集代表『判例国際法〔第2版〕』(東信堂、2006年)
422 頁。
25
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
置においては、武力行使を伴うものは認められない。そのため、相手国の国際法違反に対し
て、対抗措置として許容され得る行為の現代における具体例としては、当該違反行為の中止
や原状回復等を求めることを目的として、当該国との輸出入を停止すること、条約義務を一
方的に停止すること、在留外国人の資産を凍結または追放すること等の非軍事的な実力を
用いて強制する措置等が考えられる89。
対抗措置に関する国際裁判所の判例として、「米仏航空業務協定事件(Case Concerning the
Air Service Agreement of 27 March 1946between the United States of America and France)」
がある90。本件は、1978年にアメリカのパンナム航空(Pan American Airways)とフランス当
局間で生起した米仏航空業務協定に関して米仏両政府で争われた事件である。パンナム航
空機に対するフランス当局の措置に対して91、米民間航空局は、パンナム航空に対する制限
が解除されない限りエールフランス航空(Air France)の一定の米国便を禁止するという対抗
的な命令を発した。アメリカがこのような措置を採る権利を有するか否かについて、両国の
合意に基づいて仲裁裁判所に付託された92。当該仲裁裁判所は、「現代の国際法の原則下で
は、他国による国際的義務の違反が存在すると考える国は、一般国際法上の範囲内で対抗措
置によって自国の権利を確認する資格を有する」93ことを示した。また、対抗措置(平時復
仇)の均衡性(比例性)に関しては、「すべての対抗措置は、先行違法行為と思われるもの
とある程度の均衡性(比例性)を保たなければならないことについては一般的に認められる」
としながらも、「対抗措置における均衡性(比例性)の判断は簡単になしうるものではなく、
せいぜいおおよそ(approximation)の基準でなされるものに過ぎない」と述べられた94 95。その
上で、「国家間の紛争では関係会社が被った損害に関するもののみならず違法行為から生じ
る因果問題も考慮に入れることが重要である」、「本件の米側によってとられた措置は仏側
の措置と比べて明白に不均衡(clearly disproportionate)であったとは思われない」として米
側の措置を許容する判断を下した95。本件においては、平時復仇が対抗措置という文言に置
換されてはいるが、均衡性(比例性)の合法性に関しては、「おおよそ均衡した復仇」の範
囲内であれば違法性が阻却されるという「ナウリラ事件」の評価基準が引き継がれていると
いえる。
89山本『前掲書』(注63) 45頁。
90 Case Concerning the Air Service Agreement of 27March 1946 between the United States
of America and France, (France v. United States), 1978, XVIII RIAA 415.
91当該措置とは、当時米の指定業者としてアメリカ西海岸ーロンドンーパリ路線を運行し
ていたパンナム航空がロンドンで機種をボーイング747から同727に交換して一時中断し
ていた運行を再開するとフランス当局に通告したが、フランスがこれを協定違反であると
して認めず、パリのオルリー空港に着陸したパンナム機にロンドンに引き返すように命じ
た措置のことである。松井芳郎「米仏航空業務協定事件」松井芳郎編集代表『判例国際法
〔第2版〕』(東信堂、2006年)435頁。
92 同上。
93 Supra note 90, p. 443, paras. 72-83.
94 Ibid., para. 83.
95 Ibid., pp. 443-444.
26
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
上記の判例は仲裁裁判所によるものであるが、対抗措置に関するICJの判例としては、チ
エコスロバキア(1993年分離解体、スロバキアが事件を継承96)とハンガリーで争われた
1997年の「ガ、、ブチコボ・ナジマロシュ計画事件(Case Concerning GabCikovo-Nagymaros
Project)\がある。本件は、ダニューブ河のガ、、ブチコボ(チェコスロバキア領)とナジマ□
シュ(ハンガリー領)にそれぞれダム(水門)を建設するという両国間の計画合意後に、環
境に対する影響を根拠にハンガ’リー側が当該計画を放棄及びチェコスロバキア側に作業中
断を要請したことに端を発して争われた事件である97。ハンガリーによる作業中断の要請に
対し、チェコスロバキアは、当初の計画を修正した暫定的解決策(ヴァリアントC)を考案
し、作業及びダムの貯水を開始するとともにヴァリアントCは対抗措置として正当化され
ると主張した。この件に関してicjは、チェコスロバキアによるヴァリアントCが対抗措
置として正当化されるためには以下の4つの要件を満たさなければならないとした98。
① 他国の先行違法行為に対抗して採られるもので、当該国に向けられていること
② 被害国が違法行為を行った国に当該行為の中止や賠償を要求していること
③ 対抗措置の効果(effects)が問題の権利(rights in question)に照らして被った損害と均衡(commensu-
rate with)していること
④ 対抗措置の目的が違法行為国に国際法上の義務の遵守を促すものであり、その手段が撤回可能であ
ること
上記の4要件は、ICJが「米仏航空業務協定事件」や当時法典化作業中であった国家責任
条文草案を踏まえた上で99、対抗措置が正当化される要件を明確に示したものであるとされ
る。この4要件と「ナウリラ事件」で示された復仇の違法性が阻却される場合の4要件100
とを比較した場合、ほぼ同内容ではあるものの多少の差異がみられる101。上記③の均衡性
(比例性)の要件について、「ナウリラ事件」では、単に「復仇が違反と均衡のとれた措置
であること」とされていたのに対し、本件においては、「対抗措置の効果が問題の権利に照
らして被った損害と均衡していること」(下線部筆者)とされている102。
96岩月「前掲論文」(注68) 256頁。
97坂元「前掲論文」(注88) 417-422頁。
98 GabCikovo-Nagymaros Project (Hungary/Slovakia), Judgment of 25 September 1997,
ICJReports 1997, paras. 82-87.
99村瀬信也「緊急事態と対抗措置ーガブチコヴォ・ナジュマロシュ計画(G/N計画)事
件」山本草二•古川照美•松井芳郎編『国際法判例百選』(有斐閣、2001年)141頁。
100本稿23頁参照。
101差異がみられる要因としては、1934年の万国国際法学会による「平時復仇に関する決
議」において復仇の要件が採用及び精緻化されたことによって修正されたためであるとさ
れている。山下恭弘「復仇の要件ーナウリラ事件」小寺彰•森川幸一 •西村弓編『国際法
判例百選〔第2版〕』(有斐閣、2011年)183頁。
102この件に関して、先述のように国家責任条文草案のコメンタリーでは、ILCが「先行違
法行為の重大性」と「問題となる権利の重大性」を考慮した上で均衡の対象を「被った被
27
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
ICJは、本件において①及び②の要件は充足されているが、均衡性(比例性)の要件であ
る③が満たされていないとしてチェコスロバキアによる対抗措置の正当性を斥けた103。そ
の理由として、暫定的解決策であるヴァリアントCを運用することによってダニューブ河
の水流の大部分をチェコスロバキアが利用することとなり、ハンガリー側の一般国際法上
の国際水路衡平利用原則に基づく権利が事実上はく奪されたことを挙げている104。すなわ
ち、先行違法行為を受けた国(チェコスロバキア)が採った対抗措置(ヴァリアントC)に
よる効果が、国際河川を衡平に利用する権利をはく奪する結果となり、先行違法行為国(ハ
ンガ、、リー)の行為によって被った損害(ダム建設の放棄及び中断要請に起因する損害)と均
衡しないために対抗措置として正当化されず、違法性が阻却されないと判断したものであ
るといえる。
本件は、ハンガリーの要請が環境に対する影響を根拠にしていたことから、ICJが国際環
境法の問題を初めて本格的に扱う事件として注目を浴びたが、ICJは終始慎重な態度をとり
続け、判決においても詳細な議論は認められなかった105 106。しかしながら、チェコスロバキア
の対抗措置とハンガリーの先行行為の均衡性(比例性)を考慮するにあたり、両者のバラン
スのみを比較衡量するのではなく、一般国際法上の国際水路の衡平利用原則に反すること
を理由にした点において、両国や国際社会に受け入れられ易い判決となったものと考えら
れる。
1.1.3その他の国際法分野における均衡性(比例性)
その他の国際法分野において、均衡性が用いられるものとしては、輸出入に関するものや
人権及び投資仲裁に関するもの等がある。
他国の先行違法行為により被害に遭った国が一定の要件の下で、平時復仇たる「対抗措置
(countermeasures)Jの手段として、輸出入の停止や条約義務の一方的な停止が認められる
ことは先述のとおりである。輸出入に関する対抗措置として、世界貿易機関(World Trade
Organization: WTO)における紛争においては、「譲許その他の義務の停止(譲許等の停止)」
という手段が解決のために採られることがある106。この譲許等の停止という対抗措置の程
害」と「対抗措置(復仇行為)」とし、第3国に与える影響等も考慮するとしている。
103 icjは、④の要件については、検討の必要なしと判断した。山田卓平「緊急事態と対抗
措置ーガブチコヴォ・ナジュマロシュ計画事件」小寺彰・森川幸一・西村弓編『国際法判
例百選〔第2版〕』(有斐閣、2011年)133頁。
104同上。
105坂元「前掲論文」(注88) 422頁。
106 WTO法においては、自国の利益を侵害した相手国がパネル(小委員会)勧告を妥当な
期間内に履行しない場合、かつ当該相手国と「代償」について合意に至らない場合には、
紛争解決機関(Dispute Settlement Body : DSB)の承認を得て、申立国の救済手段として譲
許等の停止という「対抗措置」をとることが認められている。ウィリアム・J・ディヴィー
(荒木一郎訳)「WTO紛争解決手続における履行問題一問題の所在と解決方法」川瀬剛
志・荒木一郎編『WTO紛争解決手続における履行制度』(三省堂、2005年)18頁;外務
省HP「世界貿易機関(WTO)J Available at
28
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
度が違反国の被害国からの輸入額への影響(無効化・侵害)の程度と同等であることを要求
するWTO法の規定が均衡性(比例性)を内在するものとされている107。この場合の均衡の
対象は、違反国の被害国からの輸入額への影響(無効化・侵害)と、被害国の違反国からの
輸入の総額(譲許等の停止)である108。WTO法における均衡性(比例性)は、違反とみな
され得る行為が、当該行為が追求する特定の目的に対して均衡したものとして許容される
か否かを判断する基準として捉えられている109。
また、欧州司法裁判所(European Court of Justice: ECJ)や欧州人権裁判所(European Court
of Human Rights: ECtHR)においては、ドイツの判例法理における均衡性(比例性)原則の
発展を取り込む形で、条約上保障された基本権に関する審査の基準として均衡性(比例性)
の概念が用いられることがある110。近年では、投資仲裁における公益規制と投資保護の調整
原理としても均衡性(比例性)原則が活用されつつある111〇
1.2 武力紛争に関する均衡性(比例性)
これまで、伝統的ないわゆる平時国際法における均衡性(比例性)原則について概観した。
それらにおいては均衡性(比例性)という言葉が多様な分野に用いられ、各々の分野におい
て類似する点は一部みられるものの多様な評価基準が用いられることが確認できた。ただ
し、国際法の文脈において、もっとも広く均衡性(比例性)という言葉が用いられるのは、
jus ad bellum (武力行使の合法性に関する法)とjus in hello (武力紛争法/国際人道法)に
関連するものである112。近年では、jus ad bellumとjus in beloとの境目が必ずしも明確で
ない事例もあり、均衡性(比例性)原則をいずれかに当てはめて適用することが困難である
との見解もある113。しかしながら、上記の見解は確立された通説等ではなく、また、ノ•us ad
bellumとjus in beloでは均衡性(比例性)原則の対象や性質が大きく異なるため、本稿で
は両者を区別した上で検討を進めるものとする114。以下、それぞれの均衡性(比例性)原則
について、その対象や相違点に着目しながら確認する。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/wto/funso/seido.html (last visited Dec. 2016).
107関根豪政「WTO法における譲許等の停止と比例性原則一同等性と適当性の検討」『慶
應法学』No.19 (2011年)335頁;なお、WTO法における均衡性(比例性)原則は、対
抗措置に関するもののほか、異なる価値の比較衡量が実施される場面(GATT第20条や
SPS協定、TBT協定等)、セーフガード協定等における均衡性(比例性)についても問題
とされることがある。同上、332頁。
108同上、343頁。
109同上、332頁。
110伊藤一頼「投資仲裁における比例性原則の意義ー政府規制の許容性に関する評価基準
として」『RIETI Discussion Paper』Series 13-J-063 (2013 年)4 頁。
111同上、26頁。 •.
112 Michael Newton and Larry May, Proportionality in International Law (Oxford university
press, 2014), p. 2.
113 Judith Gardam, Necessity, Proportionality and the Use of Force by States (Cambridge
University Press, 2004), p. 21.
114後述するICJの「核兵器使用合法性事件」やICTYの判例の一部において、jus adbel-
lum とjus in belloの均衡性原則を各々あるいは併せて考慮する判例も存在する。
29
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
1.2.1 jus ad heliumにおける均衡性(比例性)
jus ad heliumすなわち武力行使の合法性に関連する手段として、「自衛」と「対抗措置」
が挙げられる。先述のとおり、「対抗措置」は、「武力行使を伴わない平時復仇」が現代的に
置換されたものといえるが、一方の「武力行使を伴う平時復仇」については、1945年の国
連憲章制定以降、国際法上違法であると一般に解されている。
ただし、上記の解釈は現在では通説的な地位を占めているものの、国連憲章制定後におい
ても「武力行使を伴う平時復仇」が認められるとする学説も残存していた。その証左となる
事例として、1968年に生起した「ベイルート空港襲撃事件」が挙げられる。本事件は、パ
レスチナ民族解放戦線のメンバーによるイスラエルの民間航空機への攻撃の後、イスラエ
ルがベイルート国際空港のレバノンの民間航空機と空港施設を急襲した事件である115。こ
の事件に関して、アメリカ、イギリス、カナダ等の西側諸国は必ずしも武力行使を伴う平時
復仇が違法であるとは述べず、復仇の要件を満たさないことを理由にイスラエルの行為を
違法と評価したこと等116、当時の各国や国際法学者の解釈においても武力行使を伴う復仇
の合法性に関しての見解が分かれていたことが明らかになった117。
その後1986 年の「ニカラグア事件(MlZa, and Paramilitary Activities in and against Nic-
aragua)」判決において、ICJが国連憲章第2条4項の武力不行使原則が慣習国際法である
と判断し、武力不行使原則の例外が自衛権のみであることが示された118。このことにより、
武力行使を伴う平時復仇は、自衛権行使の要件を満たさない限り国連憲章違反となるため、
武力行使を伴う平時復仇という文言は現在ではもはや認められる余地はなく、過去のもの
115本件は、1968年12月、パレスチナ民族解放戦線のメンバーがアテネ空港において手
りゅう弾とマシンガンによって、イスラエルの民間航空機に攻撃を仕掛けた結果イスラエ
ル人乗客1名が死亡し、客席乗務員1名が重傷を負った。このアテネでの事件の2日後に
イスラエル空軍のヘリがベイルート国際空港のレバノンの民間航空機と空港施設を急襲
し、航空機13機と格納庫やターミナルビル等を破壊して5000万ドル以上の被害総額を生
じさせた事件である。宮内「前掲論文」(注76) 357-358頁;本事件の結果、安保理決議
262 (U.N. Doc. S/RES/ 262, 31December,1968)が採択され、イスラエルによるレバノン
空港における行為は、国連憲章及び停戦決議の下での義務に違反した計画的で大規模な暴
カ行為であり平和の維持を危うくするとし、レバノンに対しイスラエルの破壊による補償
を受けるべき権利が認められた。
116宮内「前掲論文」(注76) 360-361頁。
117宮内教授によれば、国際法学者が自身の論文おいて、イスラエルの行為を復仇として
説明しようとしたのは、フォーク(R. A. Falk)及びバウェット(D. W. Bowett)であり(復仇
説)、自衛権の行使として説明しようとするのはタッカー(R. W. Tucker)である(自衛権
説)とされる。例えば、復仇説を採るフォークは、武力行使を伴う(返報)復仇が合法と
される根拠として、「国際社会が制裁的役割のためにも、抑止的役割のためにも、武力に
よる自助(forcible self-help)を排除するためには、十分に組織化されていない」ことを挙げ
ている。一方、自衛権説を採るタッカーは、慣習国際法上の自衛と復仇の区別は微妙であ
ると述べ、(先制自衛をみとめる)広い意味の自衛権により武力行使を伴う復仇の機能が
果たされることを主張している。同上、363-365頁。
118 Military and Paramilitary Activities in and against Nicaragua (Nicaragua v. United States
of America). Merits, Judgment. ICJReports 1986, para. 292.
30
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
となったといえる。別の見方をすれば、武力行使を伴う平時復仇は、自衛権行使が認められ
る場合以外に正当化されることはないため、自衛権に包含された概念になったともいえる。
「自衛」と「対抗措置(武力行使を伴わない平時復仇)」の関係性については、「自衛」が
攻撃的武力行使に抵抗するために防衛的手段が使用され国際違法行為を防止することを目
的とするものであるのに対し、「対抗措置」は国際義務違反となりうる行為に適用するもの
であって本質的に処罰を目的とする点、そして、「自衛」は武力行使を伴うが、「対抗措置」
はもはや武力行使を伴わない点が差異であるとされる119。また、「自衛」の場合は国際違法
行為(攻撃的武力行使)が進行中でなければならないのに対し、「対抗措置」の場合は、国
際違法行為の終了した事後でかまわないとされる120。この点について、ILCは第32会期の
国家責任条文草案に関する報告書において、「(対抗措置は、)明らかに自衛のためにとられ
た行動の一種ではない。それら(対抗措置と自衛)の目的は異なっており、それらの措置が
正当化される場合にも、その正当化の理由は異なる」と述べ、自衛と対抗措置の概念的区別
を強調している121。
1.2.1.1 自衛権行使における均衡性(比例性)
先述のように、もっとも広く均衡性(比例性)という言葉が用いられるのは、jus ad bellum
とjus in beloの分野に関連する場合であるが、中でもjus ad bellumにおける自衛権行使に
関する「必要性•均衡性原則」における均衡性(比例性)が最も古くから用いられており、
一般的に広く知られている122。
1.2.1.2 「必要性•均衡性原則」の起源
自衛権行使に関する均衡性(比例性)原則については、19世紀以降、国際裁判所等にお
けるいくつかの判例を経て、慣習国際法として認められてきた。国際裁判所において最初に
自衛権行使に関する均衡性(比例性)の概念について言及したとされているのは、1837年
の「カロライン号事件(Caroline case)」123の処理における当時の米国国務長官ウエブスター
119 ILC 1980, Vol.2, Part Two, pp. 53-54, paras. 4-6;宮内「前掲論文」(注 76) 344 頁。
120同上、345頁。
121 Supra note 119, p. 54, para. 5;宮内「前掲論文」(注 76) 345 頁。
122エンサイクロペディアによれば、均衡性原則は、正戦論(just war)及び自衛(self-de-
fence) に関するものとして古くはキケロ (Cicero)やトマス・アクイナス(Saint Thomas
Aquinas)の時代から発展してきたとされているが、国際法において実際的に用いられたの
が「カロライン号事件」における自衛の必要性及び均衡性であるとされる。Emily Craw-
ford, “Proportionality”, Max Planck Encyclopedia of Public International Law, updated May
2011,p.533-540.
123 「カロライン号事件」は、イギリスの植民地であったカナダにおいて生起した事件で
あり、国際法上の自衛権が明示的に援用された最初の例とされる。1837年、イギリス本国
からの独立を企ててカナダで反乱が起きた際、反徒が米国籍の汽船カロライン号を雇い主
として米国のシュロッサー港からナイアガラ河の中にあるネービー島(イギリス領)への
人員•軍需品の輸送に従事させていた。この事態を察知したイギリス側は、同年12月29
日夜、シュロッサー港に軍を送り、停泊していたカロライン号を急襲して、兵器を捕獲
し、乗組員と乗客のうち10数名を殺害し(又は行方不明となり)、船体を焼き払いナイア
31
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
①aniel Webster)が示した見解、いわゆるウエブスター ・フォーミュラ(Webster’s formula)
である124。ウェブスターは、英国が米国籍のカロライン号を破壊したことを正当化するため
の条件として、1841年4月24日に駐米英国公使にあてた書簡において以下のとおり示し
ている。
「(英国)政府は、急迫し、圧倒的で、他の手段や熟慮のための時間もなかった自衛の必要性を示すべき
である。また、仮に米国の領域に侵入した時にその権限があったとしてもカナダの地方当局は不合理また
は過度なことをしなかった証拠を示すべきである。すなわち、当該行為が自衛の必要性によって正当化さ
れたとしてもその必要性によって制限され、明確にその範囲内に留まらなければならない」125。
上記のウェブスター・フォーミュラの前段が意味しているのは、伝統的な自衛権行使が可
能な要件、すなわち「必要性」を示しているとされ、後段は、その必要性を超えて過度な行
ガラ・暴布に放流した事件である。筒井若水編集代表『国際法辞典』(有斐閣、1998年)55
頁、位田隆一「カロライン号事件」国際法学会編『国際関係法辞典』(三省堂、1995年)
152頁、森肇志『国際関係法辞典〔第2版〕』(三省堂、2005年)158-159頁、等を参
照;米国は、カロライン号事件の半世紀ほど前にイギリスから離反して独立した国であ
り、アメリカ大陸の中にヨーロッパ強国の植民地が存在することを目の上のコブ視する気
風が米国に漲っていたため、カナダと国境を接するニューヨーク、ミシガン等の諸州が援
助し、戦況不利となれば米国領内に退避させて兵員や武器を補充する等、米国民がカナダ
の反乱に同情を寄せていたことが本事件の背景としてあげられる。田岡『前掲書』(注
69) 32頁;その他、カロライン号事件に関する研究、辞典、教科書等における記載につ
いては、島田征夫「カロライン号事件再論一事実の検証を中心に」『早稲田法学』82巻3
号「2007年)参照。
124カロライン号事件において、イギリスは、米国に対して国際法義務違反があったとの
主張はしていないため、今日の概念からすれば本件は自衛ではなく、緊急避難の事例であ
るといえる。ただし、本件の手続きにおいて、「自衛」という用語が用いられたことなど
の理由からウェブスター・フォーミュラの内容が今日の自衛権概念においても必要性と均
衡性(比例性)の要件として受け継がれている。もっとも、第1次大戦以前は、あらゆる
戦争は合法であるとされていたため、今日的な概念の自衛権という存在基盤がなかったた
め、国内法上の「緊急避難」に相当する行為を「自衛」という用語でもって主張されたと
考えられる。浅田正彦編『国際法』(東信堂、2011年)383頁;森肇志教授は、第1次大
戦と2次大戦間の戦争違法化に伴って確立した個別的自衛権と集団的自衛権の双方を含む
「防衛戦争型自衛権」と呼称し、カロライン号事件等に求められる第1次大戦以前の戦争
が違法とされていなかった時代の自衛権を「治安措置型自衛権」として区別している。こ
れら2つ(「防衛戦争型自衛権」を個別的自衛権と集団的自衛権に分ければ3つ)の自衛
権の法的位置付けや保護法益は異なるが、各々が現代国際法上の自衛権の基層をなすもの
として位置付けている。森肇志『自衛権の基層一国連憲章に至る歴史的展開』(東京大学
出版会、2009年)参照。
125 原文は、“It will be for that Government to show a necessity of self-defense, instant,
overwhelming, leaving no choice of means, and no moment of deliberation. It will be for it to
show, also, that the local authorities of Canada, even supposing the necessity of the moment
authorized them to enter the territories of the United States at all, did nothing unreasonable
or excessive; since the act, justified by the necessity of self-defense, must be limited by that
necessity, and kept clearly within it.” Doc. 99, Mr. Webster to Mr. Fox, in Bourne (ed.),
British Documents on Foreign Affairs: Reports and Papers from the Foreign Office Confi-
dential Print, Part I From the Mid-Nineteenth Century to the First World War, Series C
North America, 1837-1914, Vol.1(University Publications of America, 1986), p.159.
32
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
為を禁止する「均衡性(比例性)」を示していると解釈されている126。米国が英国に証明を
求めた伝統的な自衛権行使の必要性の内容は、急迫性や他の手段等がとれなかったこと等
に照らしていくつかに整理される127。「均衡性(比例性)」という用語については、直接言及
されていないが、必要性の存在を証明できないことの帰結として生じる「必要性の逸脱」が、
不合理または過度なことと理解され得る128。このウェブスター・フォーミュラによって示さ
れた「必要性•均衡性原則」は、jus ad脳〃uな上の評価基準として、現代においても自衛権
行使の際に充足すべき要件を規定したものと理解されている129。
「必要性原則」に関しては、自衛権行使の正当化の要件として確立されているため、国家
が武力行使の正当性を主張するためには、いかなる強制的行為であっても必要性原則に基
づいて最終手段として用いたことを挙証しなければならないと考えられる130。
他方で、「均衡性原則」に関しては、いわゆる平時における均衡性(比例性)原則が曖昧
であったことと同様にjus ad bellumにおいても国際法学者によって一貫していない。カ、、一
ダム(Judith Gardam)の分析によれば131、例えば、均衡させる対象について、バウェット
①erek Bowett)は「危険に対する均衡のとれた対応手段」であるとし132、ヒギンズ(Rosalyn
Higgins)は「加えられている違法行為に対抗するもの」とし、ウォルドック(Humphrey
Waldock)は「目的を達成するために要求されるもの」であるとしている。
自衛権行使における均衡’性(比例性)の評価基準に関しては、シャクター (Oscar Schachter)
は、相対的な犠牲者数もしくは武器の規模(relative casualties or scale of weaponry)により均
衡性(比例性)を衡量し、自衛行為が原因行為を超えたときに不均衡で違法なものとなると
述べており133、ディンスタイン(Yoram Dinstein)は、即座の反撃の場合は、相手方の原因行
為の武力の量(the quantum of force)と犠牲者数や被った損害だけでなく反撃の武力の量す
126松井芳郎『テロ、戦争、自衛一米国等のアフガニスタン攻撃を考える』(東信堂、2002
年)44-45 頁。
127ウェブスター ・フォーミュラに示された「必要性」は、第1に、イギリスによる警告
がカロライン号に乗船している人々に対して、実行不能であったこと、第2に、夜明けを
待つことができず、夜中に攻撃を行なわざるを得なかったこと、第3に、叛徒と一般市民
とを識別(discrimination」できずに、無差別に攻撃せざるを得なかったこと、第4に、カ
口ライン号を押収・留置する(sieze[sic] and detain the vessel)だけでは不十分であった
こと、第5に、行為全体の説明として、米国領域に停泊し、非武装の市民が船内で就寝し
ているにもかかわらず、イギリスが夜中にカロライン号を攻撃し、不注意にも船内に叛徒
と一般市民とがいるかどうかを調べずに叛徒の活動を鎮圧する目的でカロライン号に火を
放った後、ナイアガラ・暴布に落下させるという急迫して不可避的な必要性(necessity, pre-
sent and inevitable)が存在したこと、以上の5点である。根本和幸「国際法上の自衛権行
使における必要性・均衡性原則の意義(1)」『上智法学論集』第50巻1号(2006年)97
頁;Supra note 125, p.159.
128根本「前掲論文」(注127)98頁。
129 同上。
130 Gardam, supra note 113, p. 6.
131 Ibid., pp.11-12.
132 D. W. Bowett, Self-Defense in International Law (Manchester University Press, 1958),
p. 269.
133 Oscar Schachter, “The Right of States to Use Armed Force”,Michigan Law Review, Vol.
82 (1984), pp. 1620,1637-1638.
33
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
なわち「規模と結果(scale and effects)Jで衡量するとする134。フランク(Thomas M. Franck)
は、自衛行為が挑発行為(provocation)と均衡しているかどうかを均衡性(比例性)の評価基
準としている135。また、ガーダムは、自衛行為が均衡性(比例性)に適合するか否かを検討
する際に、自衛行為の地理的及び破壊の範囲、自衛行為の持続期間、戦闘手段や方法及び目
標の選択、第3国への影響を考慮する必要があるとしている136。
自衛権行使における均衡’性(比例性)の評価基準については、国内においても見解が分か
れている。田畑茂二郎教授は、「自衛のためにとられる措置は、武力攻撃を除去するのに必
要な限度にかぎられ、かつ攻撃の程度と均衡がとれたものでなければならない」137と述べ、
「攻撃の程度がごく軽微であるにもかかわらず、大規模な軍事行動を起こすことは、均衡を
失したものであり、過剰防衛として違法なものとなるJ138と述べている。その具体例として、
通常兵器による攻撃に対して防衛のために核兵器を使用することは認められないであろう
と述べている139 140。この見解に対し、高野雄一教授は、自衛権と緊急避難を区別した上で、「自
衛権の場合には、攻撃を阻止するために必要なかぎりの実力行使が認められるので、その必
要のかぎりでは受けるべき被害をこえる損害を違法な相手国に与えることがあっても自衛
行為として認められる」と述べている140。すなわち、高野教授の見解は自衛のためにやむを
得ない範囲である限りは、自衛行為が先行違法行為との均衡を失していても自衛行為とし
て合法であるとするものである。換言すれば、自衛のために核兵器を用いたとしても合法と
される場合があると解釈し得る。
自衛における核兵器使用の合法性については後述するが、自衛権行使における「必要性・
均衡性原則」の均衡性原則に関して、均衡させる対象や評価基準等について学説が必ずしも
一致していない状況にあることは、上記の検討から明らかであるといえる。また、自衛権行
使における「必要性•均衡性原則」が慣習国際法であるか否か、さらに、国連憲章制定後に
は国連憲章第51条における自衛権と慣習国際法上の自衛権との関係についても国際法学者
134 Yoram Dinstein, War Aggression and Self-Defence, 4 th Edition (Cambridge University
Press, 2005), pp. 237-242.
135 Thomas M. Franck, “Armed Force, Peaceful Settlement, and the U. N. Charter: Are
there Alternatives to a New International Anarchy?”,The American Society of International
Law Proceedings of the 77h Annual Meeting (1983), pp. 42.
136 Gardam, supra note 113, p.162.
137田畑茂二郎『国際法講義下』(有信堂光文社、1970年)187頁。
138同上。
139同上。藤田久一編『現代国際法入門〔改訂版〕』(法律文化社、1996年)300頁;藤田
久一教授も田畑教授とほぼ同様の文言を用いた解釈をしている。
140高野教授は、要件となる緊急事態に違法の要素が含まれるものを狭義の自衛権とし、
要件となる緊急事態に違法の要素が含まれないものを緊急避難(広義の自衛権)と分類
し、後者の場合、攻撃阻止の実力的行為で被害を受けるのは責任のない第3国であるの
で、それに加える損害は攻撃によって自国が蒙るべき被害と相当するところをもって限度
としなくてはならないと述べる。高野雄一『国際法概論〔全訂新版〕(上)』(弘文堂、
1985年)207-209頁;高野教授の見解によれば、相手国の違法な行為に対処する通常の意
味の自衛権においては、均衡性(比例性)を考慮する必要はなく、違法性の伴わない緊急
避難(広義の自衛権)の場合にのみ均衡性(比例性)が適用されると解釈できる。
34
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
によって見解が一致していない。
1.2.1.3「必要性•均衡性原則」の発展
次に、「カロライン号事件」後に自衛権行使における「必要性•均衡性原則」に言及のあ
った事例を検討する。
自衛権行使に関する国際判例として有名なものに1986年の「ニカラグア事件(必沁ア
and Paramilitary Activities in and against Nicaragua) ] が、ある。本件は、ウェブスター・フォ
ーミュラによって示された「必要性•均衡性原則」が「慣習国際法上よく確立した規則(a rule
well established in customary international law)」141であると認めたことで知られている。ま
た、長年学説上争われてきた慣習国際法上の自衛権と国連憲章上の自衛権との関係につい
て、米国による慣習国際法上の自衛権が国連憲章に包摂され、取って代わられたという主張
を斥け、両者が完全に同一でなくそれぞれ独立に適用されると判示した142。
本件においては、武力行使には「武力攻撃」のような重大な形態のものと重大でない形態
のものがあり、両者を区別する必要があると判断された143。両者のうち、自衛権を行使でき
るのは、最も重大な形態の武力行使である「武力攻撃」時に限られるとし、それに満たない、
より重大でない形態の武力行使を「武力攻撃に至らない武力行使」として、これに対しては
「均衡のとれた対抗措置(proportionate counter-measures)」によって対応すべきとした144。
しかしながら、いかなる対抗措置がとれるかについては1CJが判断を回避したために、武力
を伴う対抗措置も可能とする説と武力を伴う対抗措置は認められないとする説が対立する
等、学説は一致していない145。なお、本件においてicjは、ニカラグアから周辺諸国に武器
の流入があったことを干渉行為として認めたものの、この行為が「武力攻撃」に当たるとは
判断しなかったため、それ以上の「武力攻撃」に対する自衛権行使における均衡性(比例性)
に関する見解は特に示していない。
上記の「ニカラグア事件」が主として集団的自衛権の発動条件を扱ったものであるのに対
し、2003年の「オイル・プラットフォーム事件(Case Concerning Oil Platforms)」は個別的
自衛権に関する必要性•均衡性原則の基準等を扱った事件とされる146。
「オイル・プラットフォーム事件」は、1980年に始まったイラン•イラク戦争において、
1984年以降からペルシャ湾を航行する船舶に対しても攻撃が行なわれるようになった中で、
141 Military and Paramilitary Activities in and against Nicaragua (Nicaragua v. United States
of America). Merits, Judgment. ICJReports 1986, para. 176.
142 Ibid., paras. 173-181.
143 Ibid., paras. 187-191.
144 Ibid.
145浅田正彦「武力不行使原則と集団的自衛権一ニカラグア事件(本案)」小寺彰・森川幸
一・西村弓編『国際法判例百選〔第2版〕』(有斐閣、2011年)217頁。
146香西茂「オイル・プラットフォーム事件」松井芳郎編集代表『判例国際法〔第2版〕』
(東信堂、2006年)608頁。
35
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
① 1987年10月16日、米国国旗を掲げたタンカーがクウェート領海内でイランによるミサイル攻撃を受
けたことに対して、米国が同年10月19日、イランの2か所のオイル・プラットフォームを攻撃したこと
② 1988年4月14日、商船の護衛から帰還中の米軍艦がバーレーン沖公海上でイランによる機雷に触雷
したことに対して、米国が同年4月18日、イランの2か所のオイル・ブラットフォームを攻撃したこと
上記2件につき、イランがICJに提訴したことを受け、それに米国側が反訴したことに
より、上記の米国による攻撃が個別的自衛権の行使として正当化されるか否かが争われた
事件である147。
本判決は、「ニカラグア事件」において示された自衛権行使における「必要性•均衡性原
則」の慣習法性を再確認した上で148、武力攻撃の要件と必要性•均衡性原則の基準を明確に
した。icjは、前者の武力攻撃の要件について、軍艦1隻の触雷が武力攻撃に該当する可能
性があることを認め、商船に対する攻撃についても商船の旗国に対する武力攻撃に該当す
る可能性があることを示唆している149。後者の必要性・均衡性の基準については、発動要件
としての武力攻撃が存在する場合に、自衛としてとられる措置が当該武力攻撃に対する対
応として具体的に必要であり、かつ当該武力攻撃に対して均衡のとれたものであることが
要求されると整理した150 151。
本判決においては、上記の武力攻撃の要件と必要性・均衡性原則に照らして、結果的に米
国によるオイル・ブラットフォームに対する攻撃が正当な自衛行為とはみなされなかった
151。ICJは、均衡性(比例性)原則に着目した場合、上記②の1988年4月の攻撃は米軍の
大規模な「蟠蝦6作戦(Operation Praying Mantis)」152の一環として実行されたものであるこ
と等を理由に自衛としての均衡性(比例性)の要件を満たさないと判断したものの、上記①
の1987年10月の攻撃は、タンカーの被攻撃に対応するためにオイル・ブラットフォーム
を攻撃する必要があったならば均衡性(比例性)の要件を満たす可能性があったことを判示
した153。本件では、オイル・ブラットフォームが軍事利用されたという証拠が不十分であり
正当な軍事目標と認定されなかったために①の1987年10月の攻撃の正当性は否定されて
いるが、オイル・ブラットフォームが軍事利用されていること等が明白であったならば適切
147 Case Concerning Oil Platforms (Islamic Republic of Iran v United States of America),
Judgment, ICJReports 2003, p.161.
148 Ibid., para. 76.
149 Ibid, paras. 64, 72;森肇志「船舶への攻撃と個別的自衛権一オイル・ブラットフォーム
事件」小寺彰・森川幸一・西村弓編『国際法判例百選〔第2版〕』(有斐閣、2011年)219
頁。
150 Supra note 147, paras. 51,76, 77;森「前掲論文」(注149) 219 頁。
151 Ibid., paras. 64, 77, 78.
152 米軍の「蟠蝦作戦(Operation Praying Mantis)J において”‘legitimate military targets”
とされていたのは、イランのフリーゲート艦やイラン海軍の艦艇及び航空機であり、オイ
ル・ブラットフォームは“target of opportunity”という位置付けであったため、事前に適切
な軍事目標として認められていたものではなかった。Ibid., paras. 68, 76.
153 Ibid., para. 77.
36
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
な軍事目標となり、均衡性(比例性)原則の要件を充足する可能性があったといえる。すな
わち、米国商船に対する攻撃と2基のオイル•プラットフォームの破壊という二つの行為
が均衡する可能性があったといえる。
なお、本件で争われた行為は、米軍による攻撃作戦の一部として実施されたものであるが、
米国とイランが交戦状態にあったわけではないため、jus in helloの均衡性(比例性)を考慮
するのではなく、あくまでも自衛権行使の正当性を判断するjus ad heliumの均衡性(比例
性)を評価基準として判示されたと解釈されている。
年代の順序は前後するが、「オイル・プラットフォーム事件」以前の1994年の「核兵器使
用合法性事件(Zegaiy of The Use hy A State of Nuclear Weapons in Armed Conflict)」にお
いては、jus ad helumの均衡性(比例性)がjus in heloにおいても適用される可能性があ
ることが示唆された。「核兵器使用合法性事件」は、1994年12月、国連総会決議
(A/RES/49/75K)において、「すべての場合において、核兵器による威嚇または行使が国際
法上許されるか」154という点についてICJに回答を求める要請が出されたことに対して、
icjが勧告的意見として表明したものである155。
ICJは、「憲章第2条4項に定める武力行使禁止原則は、他の関連規定(第51条、42条)
に照らして検討されなければならないが」156、「これらの規定は特定兵器に言及しておらず、
使用される兵器にかかわらずすべての武力行使に適用される」157、「憲章は、核兵器を含め
特定の兵器の使用を明示的に禁止しているわけでも許可しているわけでもない」と判示し
た158。自衛権行使の「必要性•均衡性原則」についてicjは、「ニカラグア事件」の文言を
引用し159、当該原則を慣習国際法であると認めた上で160 161、「均衡性(比例性)原則自体があ
らゆる自衛の状況における核兵器の使用を排除するわけではない」、「しかし同時に、慣習国
際法上の自衛権において均衡性(比例性)が要件とされる武力行使が合法とされるためには、
特に人道法の原則や規則を含む武力紛争に適用される法の要件も満たさなければならない」
161と判示した。「国際人道法の原則や規則を含む武力紛争に適用される法の要件も満たさな
154 原文では、“Is the threat or use of nuclear weapons in any circumstances permitted un-
der international law?” Reauest for Advisory Opinion transmitted to the Court under the
United Nations General Assemhly resolution, U.N. Doc. A/RES/49/75K,15 December
1994, p. 2.
155総会決議A/RES/49/75Kが出される前年の1993年に世界保健機関(WHO)も同趣旨の
勧告的意見をICJに付託していたが、これに関しては、WHOの活動範囲外の問題である
として11対3で却下されている。藤田久一「核兵器使用の合法性事件」松井芳郎編集代
表『判例国際法〔第2版〕』(東信堂、2006年)619頁。, .
156 Legality of The Use hy A State of Nuclear Weapons in Armed Conflict, Advisory Opin-
ion of 8 July 1996, ICJReports 1996, para. 38.
157 Ihid., para. 39.
158 Ihid.
159 Supra note 141, para. 176.
160 Supra note 156, para. 41.
161 原文は、 The proportionality principle may thus not in itself exclude the use of nuclear
37
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
ければならない」という部分は、均衡性(比例性)原則を判断するにあたり、jus ad bellum
に適用されるいわゆる慣習国際法上の自衛権に関する「必要性•均衡性原則」としての均衡
性原則のみならずjus in belloに適用される国際人道法における均衡性(比例性)原則をも
遵守しなければならないことを示していると解釈できる162。ただし、この文言に至るまでの
本勧告的意見における適用法規に関連するパラグラフに鑑みると163、ICJはjus in belloに
おいて適用のあるジエノサイド条約や自然環境の保護に関する条約規定等が核兵器の使用
を個別に禁止していないこと等を理由として、これらをjus ad bellumにおいても核兵器に
よる攻撃からの被害を回避することを担保するために言及したものであると考えられる。
また、本勧告的意見の主文であるpara.105にはいくつかの論点があり、主文(2)A「核兵
器の威嚇または使用を特に認める慣習国際法も条約国際法も存在しない」及び主文(2)B「核
兵器の威嚇または使用を包括的かつ普遍的に禁止する慣習国際法も条約国際法も存在しな
い」という文言の解釈に関するものがまず挙げられる。この主文(2)A及び(2)Bは、「ロチ
ユース号事件(The Case of the S. S. “Lotus”)」164によって示された「国際法によって禁止さ
れていない行為は許される」という命題(残余原理)165を意識したものであると考えられる。
この命題については、ベジャウィ裁判所長(President Bedjaoui)が宣言(D eclaration)の中で
述べているように、「ロチュース号事件」当時よりもはるかに慎重に適用すべきであること
がicjにおいても認識されているが166、本勧告的意見において適用の否定もされていない
weapons in self-defence in al1 circumstances. But at the same time, a use of force that is
proportionate under the law of self-defence, must, in order to be lawful, also meet the re-
quirements of the law applicable in armed conflict comprise in particular the principles and
rules of humanitarian law”である。なお、文中の”the law of self-defence”は、「自衛の法」
と訳すべきであるが、均衡性(比例性)原則は慣習国際法上の自衛権における原則であっ
て明文として国連憲章には謳われていないこと、及び直前のパラグラフでニカラグア事件
を引合いに出し、均衡性(比例性)原則が慣習国際法であることを再確認していることか
ら、「慣習国際法上の自衛権」と意訳した。Supra note 156, para. 42.
162別の解釈としては、「国際人道法の原則や規則を含む武力紛争に適用される法の要件も
満たさなければならない」という条件が明示されたことについて、(核兵器による「威
嚇」は別として)少なくとも核兵器の「使用」がこの条件に合致するとは考えられないた
め、自衛の手段として核兵器を「使用」することを禁止したものと解釈する見解がある。
植木俊哉「低水準(低強度)敵対行為と自衛権」『国際問題』No. 556 (2006年)28-29
頁。
163 Supra note 156, paras. 23-34.
164 「ロチュース号事件」は、公海上における船舶の衝突事故を発端としてフランスと卜
ルコ間で争われたものであり、1927年に常設国際司法裁判所(Permanent Court of Inter-
national Justice: PCIJ)で判示された事件である。本件では、衝突事故によってトルコ人を
死亡させたとして、ロチュース号のフランス人当直士官がトルコにより逮捕•訴追された
件につき、トルコによる領域外での裁判権行使の権限の有無が争われた。PCIJは、本件で
審理される問題は、トルコによるフランス人の訴追が国際法によって許容されているかど
うかではなく、国際法によって禁止されているかどうかでなければならないことを示し
た。田中則夫「ロチュース号事件」松井芳郎編集代表『判例国際法〔第2版〕』(東信堂、
2006 年)7-11頁;The Case of the S. S. “Lotus”, CPJI serie A No.10,1927.
165 「ロチュース号事件」は、「禁止されないことはすべて許される」という自然状態にお
ける個人の自由を前提とする自然法学派の学説に起源を有する「残余原理」を採用したと
一般的に解釈されている。江藤『前掲書』(注7)158頁。
166 Supra note 156, Declaration of President Bedjaoui, para.15.
38
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
ため、「ロチュース号事件」の命題と主文(2)A及び(2)Bとの関連性についての明確な判断
を避けているともいえる167。
次に、ICJの判事間でも7対7で評決が割れ168、その解釈も国際法学者によって分かれる
ことで有名な主文⑵Eは、「核兵器の威嚇または使用は武力紛争に適用される国際法の規則、
特に国際人道法上の原則・規則に一般的には違反するであろう」、「しかし、国際法の現状や
裁判所が確認した事実に照らすと、国家の存亡そのものが危険にさらされるような自衛の
極端な状況(extreme circumstance)における核兵器の威嚇または使用が合法であるか違法
であるかについて裁判所は最終的な結論を下すことができない」169と判示している170。この
主文(2)E前段に対しては、核兵器の威嚇または使用がjus in 3eめに一般的に反するとしっ
つも、後段において自衛の極限状況というjus ad heliumの特定の状況においては合法性を
判断できないとしているため、jus in helloの適用法規等が排除されてしまうという批判が
ある171。
本件において裁判所は、jus in helloに適用される基本原則(cardinal principles)として、
① 目標区別原則:文民及び民用物を保護することを目的として戦闘員と非戦闘員の区別を設けること、
すなわち国家は文民を攻撃目標としてはならず、結果として文民と軍事目標を区別できない武器を
167宣言の中において、この見解では国連総会が満足しないことを裁判所としても十分自
認していることを示唆するような弁明もみられる。Ibid., paras. 16-17.
168「国際司法裁判所規程(ICJ規程)」第55条に基づき、可否同数であった場合の裁判所
長の決定投票権により決定された。
169 原文は、“the threat or use of nuclear weapons would generally -be contrary to the rules of
international law applicable in armed conflict, and in particular the principles and rules of
humanitarian law; However, in view of the current state of international law, and of the ele-
ments of fact at its disposal, the Court cannot conclude definitively whether the threat or use
of nuclear weapons would be lawful or unlawful in an extreme circumstance of self-defence,
in which the very survival of a State would be at stake Supra note 156.
170この主文(2)Eの解釈が難解であるとされる理由としては、前段の「核兵器の威嚇また
は使用は武力紛争に適用される国際法の規則、特に国際人道法上の原則・規則に一般的に
は違反するであろう」(下線部筆者)と、後段の「国家の存亡そのものが危険にさらされ
るような、自衛の極端な状況における、核兵器の威嚇または使用が合法であるか違法であ
るかについて裁判所は最終的な結論を下すことができない」(下線部筆者)との部分のそ
れぞれの意味と両文の関係をどのように解釈すべきかについてicjの判事間やその後の学
説においても議論があったためである。藤田「前掲論文」(注155)624頁;例えば、ヒ
ギンズ判事(Judge Higgins)は、反対意見(Dissenting Opinion)の中で、前段部分に法的意
味があるとは思えないと述べ、その理由として、「一般的に」が何を意味するのか不明な
点や核兵器を使用する人道法上の例外が存在するのであればその点を検討するべきであっ
たこと等を挙けている。Supra note 156, Dissenting Opinion of Judge Higgins, para. 25, p.
589;また、後段の「国家の存亡そのものが危険にさらされるような、自衛の極端な状
況」という概念については、①通常の自衛権行使の場合よりも厳格な要件を課すことにな
るのか、②例外的状況の一つとして取り上げたに過ぎないのか、③裁判不能(non liquet)を
認めたと解するのか、④icjが判断を回避したのか等で学説も分かれていることに加え、
判決主文(2)Eが前段と後段を組み合わせて票決したことの妥当性についても疑問視する見
解もある。柳原正治「核兵器使用•威嚇の合法性の判断ー『核兵器使用•威嚇の合法性』
事件」『別冊ジュリスト156号国際法判例百選』(有斐閣、2001年)221頁。
171 同上。
39
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
使用してはならない
② 不必要な苦痛の禁止:戦闘員に不必要な苦痛を与えることや徒に被害を悪化させるような武器の使
用禁止
上記2つを挙げている172。特に、②に関連する原理としては、後述する「マルテンス条項
(Martens Clause)J等に言及し173、これらの国際人道法の基本原則は、慣習国際法上の原理
をも構成し、条約当時国のみならずすべての国を拘束すること及び原則の確立後に発明さ
れた兵器に対しても適用可能であることを認めている174。主文(2)E後段の解釈によれば、
jus ad bellumの特定の状況においては、核兵器による攻撃が上記2つのjus in beloに適用
される基本原則に抵触するものであっても合法とされる可能性があることを示唆している
といえる。
上記のように「核兵器使用合法性事件」は、jus ad bellumとjus in beloにおける均衡性
(比例性)原則を同時に満たす必要性を説き、本来は別々の評価基準が適用されるべきjus
ad bellumとjus in beloの均衡性(比例性)原則を併存させたこと175、「ロチュース号事件」
の命題である「国際法によって禁止されていない行為は許される」について言及しているも
のの明確な判断を回避していること、jus in belloに適用される基本原則である区別原則や
不必要な苦痛の禁止が核兵器の使用に際しては排除される可能性があること等が示唆され
ており、従来の学説や解釈と必ずしも合致しない判決であるといえる。
このことは、森川幸一教授が「核兵器の威嚇や使用はいかなる場合にも許されないとする
非核保有国と、ある場合には許されるとする核保有国との間の激しい攻防は、裁判所が示し
たこの結論へと収斂した」176と指摘しているように、国際法のみによる判断ではなく、当時
の国際政治の要素や安全保障環境が考慮された上で窮余の一策として編み出されたものと
解釈することが妥当であると思われる。そのように考えると、本件は、ICJが勧告的意見を
172 Supra note 156, para. 78.
173 Ibid.
174 Ibid., paras. 78-87 ;森川幸一「核兵器と国際法一核兵器使用の合法性に関する国際司法
裁判所の判断」金沢工業大学国際学研究所編『核兵器と国際関係』(内外出版、2006年)
188 頁。
175これまでいわゆる平時に適用されていたjus ad be17mが武力開始時のみならず、武力
紛争中の国家による個々の措置も必要性・均衡性要件を通じて法的評価の対象として行為
態様を規制する概念、換言すれば武力紛争が発生したjus in beloの状況においてもjus ad
bellumが継続的に適用されることにより、jus ad bellumとjus in beloの代替的適用か
ら、jus ad bellumの継続適用あるいはjus ad bellumとjus in beloの重畳的適用という概
念が提示されたとする見解もある。根本和幸「非国家主体に対する武力紛争におけるjus
adbelumの継続適用の意義一アフガニスタンにおける対テロリズム紛争の検討」『国際法
外交雑誌』第114巻3号(2015年)44頁;また、武力紛争が開始されればjus in belloの
みが支配するという見解を認めると、自衛権の必要性・均衡性のようなjus ad bellum上の
制約が実現される場がなくなるとともに国連憲章下での国家実行と整合的でないとする見
解もある。真山全「現代における武力紛争法の諸問題」村瀬信也・真山全編『武力紛争の
国際法』(東信堂、2004年)6頁。
176森川「前掲論文」(注174)172頁。
40
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
出さざるを得ない状況にあって、国際社会へ与える影響やインパクトを考慮し、あえて曖昧
な基準である均衡性(比例性)原則、マルテンス条項及び「国際法によって禁止されていな
い行為は許される」という「ロチュース号事件」の命題等を盛り込んだ玉虫色の判断に留め
たとみることも可能であろう。
1.2.2 jus in helloにおける均衡性(比例性)
jus in heloすなわち、武力紛争時に適用される均衡性(比例性)原則は、大別して3つあ
る。1つは、戦時復仇における均衡性(比例性)原則であり、2つ目は、(戦時)封鎖におけ
る均衡性(比例性)原則であり、3つ目は本稿の射程である文民及び民用物に対する過度の
付随的損害に関する均衡性(比例性)原則である。ここでは、それぞれの均衡性(比例性)
原則について概説する。
1.2.2.1 戦時復仇における均衡性(比例性)
先述の「(平時)復仇」がいわゆる平時やjus ad heliumに適用される手段であったことに
対し、「戦時復仇」は、文字通り戦時に適用される復仇行為であり、武力紛争が生起してか
ら適用される法であるjus in heloの範疇に分類される。そのため、現在は「対抗措置」と
なったといえる「(武力行使を伴わない)平時復仇」及び自衛権に包含されたといえるかつ
ての「武力行使を伴う平時復仇」とも異なるものである。
1.2.2.1.1戦時復仇の概要
「戦時復仇」は、武力紛争法の履行確保のために採られる方法であり、相手国の武力紛争
法違反に対する対抗策として、相手国に違法行為を止めさせるための強制及び将来にわた
り適切な武力紛争法の規則に従わせるために自らも違反行為に訴えるものである177。この
ことは、復仇に対する恐怖が第2次世界大戦中に毒ガスの使用を阻止したといわれるよう
に178、実際に戦時復仇という行為に及ばなくとも、当該制度の存在そのものが相手国に対す
る抑止効果として機能することも期待されていることが考えられる。「平時復仇」が権利侵
害に対する救済を追求することを主たる目的としていることと比べると、「戦時復仇」は、
制度の存在そのものに抑止効果が期待できるという点においても両者の差異が見出せる。
1.2.2.1.2戦時復仇法典化の経緯
伝統的に認められてきた戦時復仇という概念の正当性は、20世紀初頭以来、戦争が違法
化され、人道の要請が高まってきた時代背景の変化に伴い、従前に比して極めて限定的とな
ってきた。例えば、1949年のジュネーヴ諸条約では、条約の被保護者、すなわち、傷病者
177 Lauterpacht, supra note 66, p. 561.
178エイクハースト•マランチュク『現代国際法入門』長谷川正国訳(成文堂、1999年)
572-573頁;坂元茂樹「武力紛争法の特質とその実効性」村瀬信也・真山全編『武力紛争
の国際法』(東信堂、2004年)43頁。
41
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
179、海上傷病者及び難船者179 180、捕虜181、文民条約の被保護者182に対する復仇が禁止されるこ
ととなった。さらに、1977年の第1追加議定書によって、医療要員等(医療要員、宗教要
員、医療組織、医療用輸送手段)183、文民及び一般住民184、文化財(国民の文化的又は精神
的遺産を構成する歴史的建造物、芸術品)•礼拝所185、住民の生存に不可欠な物(食糧、食
糧生産のための農業地域、作物、家畜、飲料水の施設及び供給設備、かんがい設備等)186、
自然環境187、危険な力を内在する工作物及び施設(ダム、堤防及び原子力発電所)188等に対
する復仇が禁止されることにより、戦時復仇の対象が大幅に制限されることとなった189。こ
れらの制限により、合法な戦時復仇として認められるためには、明示的に禁止されている対
象以外に向けられた攻撃目標に対するものでなければならないこととなった。
しかしながら、米国のように第1追加議定書の当事国でない国190や関連する戦時復仇規
定に留保又は解釈宣言を付している国に対しては191、第1追加議定書で禁止されている復
仇禁止対象が当然に適用されるものではない192。また、第1追加議定書における戦時復仇
179ジュネーヴ第1条約46条。
180ジュネーヴ第2条約47条。
181ジュネーヴ第3条約13条。
182ジュネーヴ第4条約33条。
183第1追加議定書20条。
184第1追加議定書51条6項。
185第1追加議定書53条(c)。
186第1追加議定書54条4項。
187第1追加議定書55条2項。
188第1追加議定書56条4項。
189第1追加議定書においては、復仇に関して一般的な規定を設けることなく、個々の条
文中に(戦時)復仇が禁止される対象を示す方式が採られている。これに関し、起草過程
においてポーランドは、「諸条約及びこの議定書によって保護される人及び物に対する復
仇措置は禁止する」という復仇禁止の範囲を拡大する条文を加えることを提案する一方、
フランスは、一定の場合に一定の手続きに従って復仇を可能にする条文を加えることを提
案していた。この件につき委員会では、条件付きであっても復仇を認めることは人道法を
否定することにつながり時代に逆行するものであるとする意見や復仇は反対復仇を生み出
すため武力紛争を一層悲惨なものにするという意見等に基づく復仇反対の国と、人道法の
遵守を確保するための国際機構や制度がいまだ存在していないため復仇が必要とする意見
や復仇を認める規定を設けないと慣習国際法が緩やかに適用されることにより再び議論に
なるおそれがあるとする意見等に基づく復仇賛成国とがほぼ同数(賛成13か国、反対12
か国)であった。その後、復仇に関する問題は、作業部会でも審議され、ノルウェーやシ
リアからも新たな修正案が提出される等、激しい議論が繰り広げられたが、いずれかの提
案や修正案への合意には至らなかった。最終的にこれらの議論は、第1追加議定書第89
条(協力)や90条(国際事実調査委員会)の規定や個々の条文での復仇禁止という形を
採ること等によって各国が提案や修正案を撤回することで収束した。竹本正幸『国際人道
法の再確認と発展』(東信堂、1996年)257-259頁。
190 2016年12月現在。
191第1追加議定書の戦時復仇禁止の規定に留保又は解釈宣言を付す国はNATO諸国にみ
られる。真山全「国際赤十字赤新月運動による核兵器使用法的評価ー2011年代表者会議決
議1『核兵器廃絶への取組み:4カ年行動計画』」日本赤十字国際人道研究センター『人
道研究ジャーナル』Vol.3 (2014年)13頁。
192実際に米軍は、「戦時復仇は、敵部隊、占領地にある者を除く、敵国文民及び敵の財産
に対して行うことができる」として、条件付きで文民に対する戦時復仇を許容している。
Department of the NAVY, Office of the Chief of Naval Operations and Headquarters, The
42
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
の禁止対象(文化財、礼拝所、住民の生存に不可欠な物、自然環境、危険な力を内在するエ
作物及び施設)に関する規定については、陸上の目標に限り適用されるものであるため193、
海上及び空中の目標に対する戦時復仇は明文としては禁止されていない。もっとも、空戦に
ついては第1追加議定書に規定される復仇禁止対象が空中にはおそらく存在しないため、
復仇禁止規定の有無にかかわらず特に影響を受けないと思われる。他方、海戦については、
文化財や礼拝所は海上には存在しないものの、自然環境や危険な力を内在する工作物及び
施設等が陸上において復仇が禁止される目標に該当する可能性があるといえる。海上にも
第1追加議定書の復仇禁止規定が適用されるのであれば、原子力船や海中油田やガス田掘
削施設等に対する戦時復仇は禁止されると考えられるが、現在明文としては禁止されてい
ないため、これらに対する復仇が国際法上許容される可能性があるといえる。
現代においては、戦時復仇が合法とされる場面は限定的となっているが、全面的に禁止さ
れているわけではない。ただし、合法的な戦時復仇の対象となり得る「人的目標」について、
文民は上記のように第1追加議定書によって戦時復仇禁止の対象が文民及び一般住民にま
で拡大されたことにより、締約国にとってはもはや許容される余地がなくなったといえる。
他方、戦闘員については、武力紛争時に戦闘員を攻撃すること自体は武力紛争法上合法であ
るため、本来違法とされる行為の違法性が阻却されるという戦時復仇の範疇に入るもので
はない。したがって、現在、戦時復仇の範疇に該当し得る「人的目標」としては、文民にも
戦闘員にも該当しない者に限られるといえる。そのような合法的な復仇対象としての「人的
目標」に当てはまる例としては、捕虜資格を有さないスパイ、傭兵及び「不法戦闘員(unlawful
combatants)J194等が考えられる。これらの者に対しては、一部に争いはあるものの明文に
Commander’s Handbook on the Law of Naval Operations, Edition July 2007, NWP1-14M
[hereinafter “NWP1-14M”], 2007, para. 6.2.3.
193第1追加議定書49条3項。
194 「不法戦闘員(unlawful combatants)」という用語は、ジュネーヴ諸条約等には規定され
ていない表現であり、国際法上明確な定義付けはなされていない。これに関しては様々な
立場からの見解がみられるが、米国を代表する見解として、ヘイズ・パークス(W. Hays
Parks)退役大佐は、「不法戦闘員と捕虜との基本的な違いは、敵の戦闘員を殺害した場合に
おいて、正規の戦闘員による殺害は合法的な行為であると認められることである。そのよ
うな状況において、不法戦闘員は、戦場に行ったり敵戦闘員を殺害したり軍事目標を攻撃
する権利は与えられていない。そのため、ある人物が不法戦闘員と決定されたならば、そ
の人物は、通常の戦闘員を殺害した罪で訴追され得るのであり、司法手続へと進むことと
なる」と述べている。SeeDOD News “Briefing on Geneva Convention, EPW’s and War
Crimes’, 7 April 2003, Available at http://www.au.af.mil/au/awc/aw-
cgate/dod/t04072003_t407genv.html (last visited Dec. 2016);米海軍の作戦法規マニュア
ルであるNWP1-14M (2007年度版)においては、「不法戦闘員(unlawful combatants)
は、戦闘員免除の権利を有していない者で、武力紛争の間、敵対行為に従事する者(para.
5.4.1.2)」とし、「(不法戦闘員は)抑留された場合の捕虜資格も認められない。しかしなが
ら、米国によって抑留された如何なる者も法及び米国の政策として人道的待遇を与えられ
る。不法戦闘員は、戦闘員免除を有していないゆえに、不法行為について訴追され得る
(para. 11.3.2)J と規定している。NWP1-14M (Edition July 2007), paras. 5.4.1.2, 11.3.2;
なお、改訂前のNWP1-14M (1995年度版〔初版〕)においては、不法戦闘員を“unlawful
combatants”ではなく “‘illegal combatants”という別の用語を用いており、その扱いについ
43
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
よって復仇行為が禁止されていないという観点からは、戦時復仇として合法な「人的目標」
であるといえる195。
人的目標として戦闘員を攻撃することは戦時復仇の範疇には入らない一方、「害敵手段」
として、本来使用することが違法とされる生物・化学兵器、大量破壊兵器及び核兵器等の武
器または過度な傷害又は無用の苦痛を与えるような武器等を用いて敵戦闘員を攻撃するこ
とは戦時復仇に該当する余地がある。したがって、現代において戦時復仇として認められる
行為は、文民や戦闘員に属さない者に対する攻撃という「人的目標」に関するもの及び本来
は違法な兵器を用いる攻撃という「害敵手段」に関するものの2種類の行為に限られると
いえる196。ただし、前者の「人的目標」に関しては上述のとおりであるが、後者の「害敵手
段」に関しては、攻撃兵器の種類によっていくつかの論点がある。
攻撃兵器のうち、生物・毒素兵器197及び化学兵器198は、条約によって使用することが禁止
されており、開発、生産、貯蔵等によって取得または保有することも禁止されている199 200。そ
のため、締約国がこれらの兵器を常備しておくことは条約違反となろう。しかしながら、戦
時復仇として生物•毒素兵器や化学兵器を保有・使用すること自体は違法性が阻却されるた
め認められる可能性がある2。〇。例えば、相手国が先行違法行為として使用した化学兵器を自
国が奪取した場合には、戦時復仇として同兵器を使用することは合法であると考えられる。
ても、「敵対行為を行う者を捉えた国がその者を不法戦闘員(illegal combatants)と決定した
場合、その者は捕虜となる資格が認められず、裁判や処罰を受ける対象となる。しかしな
がら、米国の政策は、不法戦闘員を捕らえた時点でその者が公然と武器を携行していた場
合、捕虜としての保護を受けることを認めている」(下線部筆者)と規定していた。
NWP1-14M (Original), para. 12.7.1;米軍が当該規定を変更した理由は定かではないが、
対訳辞書では「“unlawful”は一般に“illegal”と同義に用いられるが”‘illegal”が法の明示の
禁止に違反していることを意味するのに対し、“unlawful”は公序良俗に反するなどの理由
によって意図された効果を発生させないものを意味するというように、区別して用いられ
ることがある」(法令外国語訳・専門家会議「法令用語日英標準対訳辞書〔平成19年3月
改訂版〕」23頁)とされているように、現行の2007年度版NWP1-14Mでは、不法戦闘員
の行為を単なる明示の法違反だけではなく、“unlawful”なものとして背信行為のような道
義的にも許しがたい不法行為と捉えることによって、公然と武器を携行していた場合にお
いても(人道的待遇は与えるが)捕虜としての資格を認めないという現規定との整合性を
図ったものと考えられる。
195ただし、第1追加議定書第75条に定められているように、捕虜資格を有さない者につ
いても人道的に取り扱われる権利は保障されているため、無条件に戦時復仇が認められる
わけではなく、核兵器使用合法性事件において「ロチュース号事件」の「国際法によって
禁止されていない行為は許される」という命題の適用を慎重に検討すべきとされたよう
に、あらゆる関連規定を考慮することが必要であると思われる。
196 Philip Sutter, “The Continuing Role for Belligerent Reprisals”, Journal of conflict and se-
curity, Vol.13, No.1(2008), pp.114-115.
197 「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関す
る条約」(1975年発効)。
198 「化学兵器の開発、生産、貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約」(1997年発
効)。
199生物毒素兵器禁止条約第1条、化学兵器禁止条約第1条。
200 化学兵器、核兵器については、復仇として使用することが認められる場合はあるが、
生物(細菌)兵器については、復仇として使用することが禁止されるとする説も有力であ
る。藤田久一『新版国際人道法〔増補〕』(有信堂高文社、2000年)187頁。
44
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
また、検出不可能な破片を利用する兵器201、地雷・ブービートラップ及び他の類似装置202、
焼夷兵器203、失明をもたらすレーザー兵器204、爆発性戦争残存物(ERW)205の使用は、「特
定通常兵器使用禁止制限条約(Convention on Certain Conventional Weapons: CCW)J 206の
5つの議定書において禁止又は制限されているが、これらの兵器等の生産や貯蔵までが禁止
されているわけではない207。したがって、これらの兵器を常備し、相手が違法行為を行った
際に戦時復仇として使用することまでは禁止されていないため、国際法上合法的な復仇手
段であると考えられる。
核兵器については、先述のjus ad脳〃uなの「核兵器使用合法性事件」の判決文を根拠と
して、核兵器の威嚇または使用を特別に認める慣習国際法や条約国際法は存在せず、包括的
かつ普遍的に禁止する慣習国際法も条約国際法も存在しないことが確認されており、jus in
belloにおける使用は一般的には禁止されるものの、国家の存亡そのものが危険にさらされ
るようなjus ad bellumの極端な状況においては、戦時復仇として核兵器の使用が認められ
る余地があるとする国際法学者の主張もある208。しかしながら、核兵器による戦時復仇を行
う場合、第1追加議定書の文民及び一般住民に対する復仇禁止の規定を厳格に適用するな
らば、文民及び一般住民に対する復仇にあたる可能性があるため、これに違反することとな
る。
ただし、第1追加議定書の文民及び一般住民に対する復仇禁止の規定に反するとしても、
2016年現在、核兵器保有国である安全保障理事会常任理事国たるP5 (米、英、仏、露、中)、
及びインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮のうち209、第1追加議定書の締約国でない米
国、インド、パキスタン、イスラエルはそもそも復仇禁止規定を遵守する義務はない。仮に、
第1追加議定書の文民及び一般住民に対する復仇禁止規定が慣習国際法であるならば、非
締約国にも拘束力が生じるが、現在までのところ文民及び一般住民に対する復仇禁止規定
が慣習国際法であるか否かについて見解は一致していない210。また、イギリスは核兵器を使
201議定書I (1983年発効)。
202議定書II (1983年発効)、1996年改正(改正議定書II)(1998年発効)。
203議定書III (1983年発効)。
204議定書IV (1998年発効)。
205議定書V (2006年発効)。後に「クラスター弾に関する条約」に発展的に継承。
206条約の正式名は、「過度に傷害を与え又は無差別の効果を有することがあると認められ
る通常兵器の使用禁止又は制限に関する条約」(1977年採択)。
207 Sutter, supra note 196, p.115.
208例えば、カールスホーフェン(Frits Kalshoven)は、ラウターパクト(Hersch Lauter-
pacht)らの文献を引用して、核兵器を用いた戦時復仇の余地があることを認めている。
Frits Kalshoven, Belligerent reprisals (A. W. Sijthoff, 1971),pp. 348-350.
209 See Stockholm International Peace Research Institute, SIPRI Yearbook 2015, World nu-
clear forces (2015), Available at http://www.sipri.org/yearbook/2015/11 (last visited Dec.
2016);その他、2016年現在、核兵器保有の疑いのある国としては、イラン、ミャンマ
ー、シリアがあるが、イラン及びミャンマーは第1追加議定書の当事国ではなく、シリア
についても昨今の情勢から敵国の文民を保護するために核兵器の使用を自重することは考
え難い。
210真山全「国際刑事裁判所規程と戦争犯罪」『国際法外交雑誌』第98巻5号(1999年)
126頁;文民及び一般住民に対する復仇禁止の慣習法性については、後述の「クプレスキ
45
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
用する可能性を否定しないように第1追加議定書の関連規定に解釈宣言をしているほか211、
フランスも核兵器の使用を禁止する規定を認めないことを理由に当初第1追加議定書への
参加を拒否していたが2001年に核兵器の使用を排除しない旨の留保及び解釈宣言を付して
第1追加議定書の締約国となっている212。
これらの事情を踏まえると、文民及び一般住民に対する復仇禁止の規定は現実的には実
効性を伴わず、実際に核兵器を用いた復仇が行われる蓋然性は事実上高いものと考えられ
る。
1.2.2.1.3 戦時復仇における均衡性(比例性)
上記のように、従前に比して多くの制約があるものの、戦時復仇は現在でも合法的な戦闘
手段•方法の一つであるといえる。しかしながら、合法的な戦時復仇であっても如何なるも
のでも認められるのではなく、伝統的な「(平時)復仇」と同様に、均衡性(比例性)原則
の制約を受けることに変わりはない。
戦時復仇の要件としての均衡性(比例性)は、伝統的に慣習国際法として発展し、1880年
に万国国際法学会が作成した『オックスフォード•マニュアル(Oxford Manual)』において
明文化されたといわれている213。『オックスフォード・マニュアル』第86条では、「復仇す
ることが絶対に必要であると認められる重大なケースにおいて、復仇の性質や範囲は、敵に
よってなされた戦争法違反の程度を超えてはならない(never exceed the measure)J 214とし
て均衡性(比例性)に関連する規定が設けられている。また、同条は、「復仇は、人道の法
則(laws of humanity)や道義上(morality)のすべての事情に従わなければならない」215とし、
ッチ他事件」参照。
211 Adam Roberts, Richard Guelff (eds.), Documents on the Laws of War, 3rd edition (Ox-
ford University Press, 2000), pp. 510-512.
212 See ICRC, Treaties, States Parties and Commentaries, France, Available at https://ihl-
databases.icrc.org/applic/ihl/ihl.nsf/Notification.xsp?action=openDocument&documen-
tId=D8041036B40EBC44C1256A34004897B2 (last visited Dec. 2016);フランスは、第1
追加議定書への参加拒否理由として、核兵器の使用に際して一般住民の保護に関する第1
追加議定書第51条の規定等がフランスの核戦略と両立しないことを強調していた。フラ
ンスの第1追加議定書への詳細な参加拒否理由、加入の経緯、留保及び解釈宣言の内容等
については、樋口一彦「1977年ジュネーヴ諸条約追加議定書への参加をめぐる諸国の態度
ーフランスおよび米国の参加拒否を中心に」藤田久一ほか編『人権法と人道法の新世紀』
(東信堂、2001年)345-369頁、樋口一彦「1977年ジュネーヴ諸条約追加議定書の『普
遍化』一作成から25年後の評価」『琉大法学』第69巻(2003年)409-438頁参照;他の
第1追加議定書締約国であり核兵器保有国であるロシア、中国、北朝鮮については、軍事
目標や復仇等に関する留保や解釈宣言は特段なされていない。See ICRC, Protocol Addi-
tional to the Geneva Conventions of 12 August 1949, and relating to the Protection of Vic-
tims of International Armed Conflicts (Protocol I), 8 June 1977, Available at
https://www.icrc.org/applic/ihl/ihl.nsf/States.xsp?xp_viewStates=XPages_NORMStates-
Parties&xp_treatySelected=470 (last visited Dec. 2016).
213 The Laws of War on Land. Oxford [hereinafter “ Oxford Manual”],9 September 1880.
214 Oxford Manual, Art. 86.
215 Ibid.
46
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
人道や道義上の法則の重要性を認めている点において、軍事的必要性が重要視されていた
当時としては人道の考慮に配慮した先駆的なものであったといえる。もっとも、『オックス
フォード・マニュアル』は拘束力のあるものではなく、マニュアルとしてあるべき法(lex
eremfe)を提示しているにすぎない。しかしながら、この当時の国際法学者らが戦時復仇は
無制限に認められるわけではなく相手の戦争法違反に均衡することが必要であると認識し
ていたことが看取できる。
戦時復仇の正当性を担保するために均衡性(比例性)が求められることは、『オックスフ
オード・マニュアル』以外にもこれまで多くの国際法学者によって述べられており216、確立
された原則であるといえる。しかしながら、jus ad heliumにおける均衡性(比例性)原則が
そうであったことと同様に、戦時復仇における均衡性(比例性)原則がどのようなものであ
るかについて統一された見解は存在しない。例えば、カールスホーフェン(Frits Kalshoven)
によれば、戦時復仇に要求される均衡性(比例性)原則は、相手の攻撃の大きさ及びそれに
よって生じる被害と、自らの反撃との均衡であるとされる217。
また、2005年にICRCが作成した『慣習国際人道法(Customary International Humanitar-
ian Law)』においては、戦時復仇が許容される要件として以下の5つが挙げられている218。
① 復仇の目的:(戦時)復仇は先行する深刻な人道法違反に対してのみ採られるものであり、相手国に
法を遵守させることを唯一の目的とするものである
② 最終の手段:復仇は、最終手段として行われるものでなければならず、相手国を法に従わせるため
に利用できる他の合法的手段がない場合に限られる
③ 均衡性(比例性):復仇行為は、やめさせようとする違反行為に均衡したものでなければならない
④ 政府最高機関(レベル)の決定:復仇に訴える決定は、政府最高機関によってなされたものでなけ
ればならない
⑤ 復仇の終了:復仇行為は、相手国が法を遵守した場合すぐに停止しなければならない
以上5つの要件のうち、②は、紛争時においても相手国の違法行為があった時に直ちに
復仇に訴えるべきではなく、相手側に違法行為の中止を要求するなどの措置を講じた上で
その要求が受け入れられなかった場合に初めて復仇に訴えるべきだとするものである。平
時復仇の場合とは異なり紛争時にこのような平和的な解決手段を求めることに多少の違和
感はあるが、この点については、相手国のごく些細な違反行為に対する復仇を口実に大規模
216復仇の正当性に均衡性(比例性)原則が要求されことを認めていた国際法学者とし
て、Bourquin, Kelsen, Morelli, Wengler, Schachter, Reuter, Brownlie, Tomuschat, Sku-
biszewski, Giuliano (with Scovazzi and Treves), Graefrath (with Steiniger), Bowett らが挙
げられる。Third report on State responsibility, by Mr. Gaetano Arangio-Ruiz, Special Rap-
porteur, U.N. Doc. A/CN.4/440 and Add.1,19 July 1991,pp. 20-21.
217 Kalshoven, supra note 208, pp.7-8.
218 Jean-Marie Henckaerts and Louise Doswald-Beck, Customary International Humanitar-
ian Law Vol.I Rules (Cambridge University Press, 2005), pp. 515-518.
47
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
な違反行為が行われ、それに対してさらに相手側の反対復仇を招くという悪循環に陥る219、
という過去の教訓を踏まえて導かれたものであると考えられる。
また、敵対国同士のエスカレーションを局限するという観点からは、③の均衡性(比例性)
が重要な役割を果たすと考えられる。均衡性(比例性)に関する③については、先述の「ナ
ウリラ事件」において仲裁裁判所が挙げた平時復仇の要件の均衡性(比例性)と比較すると、
同様の評価基準であるといえる。なお、「ナウリラ事件」は、第1次大戦勃発後ではあった
もののポルトカ、、ルが当時中立国であったため、戦時復仇とはいえず平時復仇の事例である
と位置付けられている。しかしながら、事件の発生した状況と裁判所の判示内容を当時の学
説等から評価した場合、同事件は戦時復仇における均衡性(比例性)に依拠していたことが
推測される220。すなわち、「ナウリラ事件」で示された復仇の要件である「違反と均衡のと
れた措置であること」は、戦時復仇にも等しく適用されるものと考えられる。
したがって、平時復仇としての行為が「おおよそ均衡した復仇」の範囲内に収まれば違法
性が阻却されることと同様に戦時復仇における均衡性(比例性)原則も振れ幅の大きな曖昧
な基準であるといえる。この件に関し、カールスホーフェンは、「均衡性(比例性)原則は
厳格なものではなく、明らかに不均衡でないものを意味する」、「換言すれば、戦時復仇の行
為はある程度自由に評価される余地があり、戦時復仇の実行においては恣意的で過度な措
置を容易に採ることができる」と述べている221。対抗措置(平時復仇)における均衡性(比
例性)の評価基準に関しては、拘束力の有無は別として、平時復仇の項で言及したように国
家責任条文草案において幾分具体化が進められた。しかしながら、少なくとも戦時復仇に関
しては上記のように曖昧なままの基準であるといえよう。
戦時復仇における均衡性(比例性)の評価基準が曖昧であるとはいえ、過去に戦時復仇に
関する均衡性(比例性)原則について司法判断が下された事例は、「ナウリラ事件」のほか
にもいくつか存在する。以下では2つの判例について検討する。
「カプラー事件」は、1944年に第2次大戦中のローマで生起した事件であり、イタリア
の軍事裁判所によって裁かれた事案である。当該事件は、ドイツ軍がローマに残存させてい
た警察連隊が共産パルチザンの攻撃を受け、33名の警察官が死亡したことに端を発するも
のである。ドイツ保安警察のローマ支部長であったカプラー(Herbert Kappler)親衛隊突撃
保安司令官は、報復(ドイツは復仇と主張)として犠牲となった警察官1名に対し、イタリ
ア人収監者10名の割合で銃殺した事件である222。この件につき裁判所は、
219竹本『前掲書』(注189)198頁。
220岩月「前掲論文」(注69) 249頁。
221 Kalshoven, supra note 208, pp. 341-342.
222当該措置は、ヒトラーからの命令によるものであったとされる。フランツ•ウーレ・
ヴエットラー(田中敏訳)「カプラー司令官による大量人質処刑」秦郁彦他編『世界戦争
犯罪事典』(文芸春秋、2002年)568-569頁。
48
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
① ドイツによる復仇という名目でなされた行為の犠牲者数が先行違法行為の犠牲者数をはるかに超過し
たこと
② ドイツによる復仇という名目でなされた行為の犠牲者が先行違法行為の実行者と共犯関係になかった
こと
上記2点を理由として223、「(戦時)復仇」または「集団に対する刑罰(collective punishment)J
という正当化事由に該当しないと判示した224。均衡性(比例性)に関して裁判所は、「復仇
の本質には、『先行違法行為によって既に発生した被害』と『復仇によって生起する被害』
との均衡性(比例性)という概念が必ず包含されなければならない」ことを判示した225。ま
た、復仇による被害者数が先行違法行為による被害者数の約10倍であったのみならず、5
人の将官や11人の高級将校等、要職を占める軍人が含まれていたことも均衡性(比例性)
を失している理由の一つに挙げている226。したがって、本件においては、(戦時)復仇とし
てなされた行為の被害者の人数と被害者の地位の両方が均衡性(比例性)を欠いていたため
に復仇としての合法性が否定されたといえる。戦時復仇の対象となる者の地位が合法性を
判断する唯一の要素となるか否かは定かではないが、戦時復仇の際に軍の指揮官は復仇対
象者の地位についても考慮しなければならないことを示唆する判決であるといえる227。
旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)における2000年の「クプレスキッチ他事件(Prosecutor
v. Zoran Kupreskic et al.)J 228は、ボスニア・ヘルツエゴヴィナにおける多数のムスリム文民
の虐殺や居所からの追放に関して、クプレスキッチ(Zoran Kupreskic)ほか5名に対し法的
判断が下されたものである229。本件の概要については後述するが、本件においては文民に対
する復仇の禁止が慣習国際法であると認めた上で230、仮に文民に対する復仇が合法である
としても、
① 敵による遵守を確保するための最後の手段であるという原則
223被害に遭ったイタリア人は、人質や捕虜ではなく、パルチザン(非正規軍による抵抗
運動)やサボタージュ(非正規軍による破壊活動)等の罪により死刑宣告や懲役刑を受け
た者とされている。The United Nations War Crimes Commission, Law Reports of Trials of
War Criminals, Vol. VIII, 1949, p.1.
224田•中誠「戦時復仇の機能•要件再考」『防衛学研究』第36号(2007年)59頁。
225 Military Tribunal of Rome, in re Kappler, Judgement, 20 July 1948, published in Annual
Digest and Reports of Public International Law Cases: Being a Selection from the Decisions
of International and National Courts and Tribunals and Military Courts given during the
Year 1948, H. Lauterpacht (ed.) (1953), p. 476.
226 Ibid.
227 Sutter, supra note 196, p. 102.
228 ICTY, Prosecutor v. Zoran Kupreskic et al., (Case No. IT-95-16-T), Judgement 14 Janu-
ary 2000, para. 2.
229事件の詳細については、本稿第4章167-168頁参照。
230 Supra note 228, para. 533.
49
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
② 復仇を実施する前に特別の事前の対策を取る義務
③ 均衡性(比例性)の原則
④ 人道の基本的考慮
上記4つの原則の制限を受けると判示した231。ただし、ICTYが文民に対する復仇の禁止
を慣習国際法であると判断したとはいえ、絶対的に確立した慣習国際法であるとは言い切
れない。このことは、ICTY自身が「仮に文民に対する復仇が合法であるとしても」という
条件を付しており、文民に対する復仇が慣習国際法であることを必ずしも断言していない
ことからも読み取ることができる。
なお、先述のように、現在許容されると考えられる戦時復仇の「害敵手段」に関しては、
攻撃兵器の種類によって議論が収束していないものがある。しかしながら、「クプレスキッ
チ他事件」におけるICTYの判断によれば、上記の均衡性(比例性)原則を含む4原則をす
ベて充足するならば文民に被害を及ぼし得る核兵器による反撃であっても戦時復仇として
許容される可能性が高いといえる。この点については、核兵器使用合法性事件においてICJ
が示した司法判断と整合が図られていると考えられる。
均衡性(比例性)原則の観点からは、生物・化学兵器、大量破壊兵器及び核兵器等の害敵
手段は、「同種復仇」として行われる場合以外には許容されない可能性が高くなる232。その
理由としては、同種復仇であれば、先行違法行為国の攻撃兵器の威力及びそれによって生じ
る被害と、自らの同種の害敵手段による復仇行為とが均衡していることを抗弁し易いため
である。もっとも、戦時復仇における均衡性(比例性)原則に言及のあった判例をみても、
明確な評価基準は示されておらず、戦時復仇における均衡性(比例性)の評価基準はなお曖
昧であるといえるため、同種復仇でない戦時復仇が許容される余地がないとまでは言い切
れないであろう。
上記の戦時復仇に関する「カプラー事件」及び「クプレスキッチ他事件」の判例から戦時
復仇における均衡性(比例性)について整理すると、①復仇による被害者数が先行違法行為
の被害者数の10倍を超える場合には不均衡となる可能性がある、②単なる被害者数の均衡
だけではなく、被害者の地位も均衡性(比例性)の判断要素になり得る233、③ICTYは文民
に対する復仇の禁止が慣習国際法の規則であると解釈している、④仮に文民に対する戦時
復仇を実施する際には均衡性(比例性)の原則を含む4原則を考慮すること、が挙げられ
る。「クプレスキッチ他事件」においては、均衡性(比例性)原則の制限を受けるとしなが
らも、その具体的な評価基準については示されていない。「カプラー事件」においては、均
231 Ibid., para. 535.
232藤田『前掲書』(注200)187頁
233ここでいう被害者の地位とは、軍隊における階級だけを指すのではなく、被害者が復
仇禁止対象である文民であるのか、もしくは捕虜資格を有さないスパイ、傭兵及び不法戦
闘員であるのかという帰属または身分のような地位も含まれるであろう。
50
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
衝性(比例性)の評価基準が①及び②のようにある程度示されてはいるが、これはイタリア
の軍事裁判所の見解であるため国際裁判所の判断ではない。しかしながら、戦時復仇に関す
る国際裁判所の判例が少ないことに鑑みると、明確であるとは言えないものの一応の参考
になる評価基準であるといえる。
1.2.2.2 封鎖における均衡性(比例性)
(戦時)封鎖は、船舶の捕獲を通して封鎖が設定された地域の交通を遮断する戦争手段の
一つである234。なお、封鎖は、「復仇」が平時及び戦時の2類型があったことと同様に、戦
時封鎖のみならず平時封鎖という形態も存在する。しかしながら、平時封鎖は復仇の事由が
あるときに認められる形態であるとされるため235、本稿では平時封鎖を平時復仇(対抗措置)
に包摂される概念であるものと捉えるものとする。以下、本稿において「封鎖」は戦時封鎖
の意味で用いることとする。
封鎖は、海上経済戦の一環として敵国の通商に損害を与える目的でなされる場合や、軍事
作戦の一環として敵の揚陸作戦及び補給線遮断等を目的としてなされる場合がある236。封
鎖は、16世紀末から17世紀にかけて海戦の手段として認識されるようになり237、1856年
の「パリ宣言」238では実力封鎖の原則が確立し239、1909年の「ロンドン宣言」240によって
封鎖に関する慣習国際法や新しい規定による諸要件の統一化が図られた241。ただし、ロンド
ン宣言は、イギリスが議会の反対により批准を拒否し、それに伴い他国も批准を拒否したた
め、最終的に条約として発行されたものではない242。両次大戦及びその後の国家実行におい
234 Lauterpacht, supra note 66, p. 768.
235高野雄一教授は、「平時封鎖」として戦争の場合以外にも行われること(戦争に至らな
い武力行使)があり、これは相手国の違反行為に対して自衛又は復仇の事由があるときに
その限度で許されるとする。ただし、平時封鎖は、第3国の船舶・貨物に効果を及ぼすこ
とはできず、専ら(自衛又は復仇)相手国の船舶・貨物についてのみ効果を及ぼし得ると
して、戦時封鎖との差異を指摘している。高野『前掲書』(注140) 496頁。
236 See Wolff Heintschel von Heinegg, Blockade, Max Planck Encyclopedia of Public Inter-
national Law (Article last updated: April 2009), Available at http://opil.ou-
plaw.com/view/10.1093/law:epil/9780199231690/law-9780199231690-
e252?rskey=Xr5El6&result=7&prd=EPIL (last visited Dec. 2016).
237 Ibid.
238 Declaration Respecting Maritime Law. Paris,16 April 1856.
239パリ宣言第4原則
「港口ノ封鎖ヲ有効ナラシムルニハ、実力ヲ用井サルへカラズ。即チ敵国ノ海岸二接到スルヲ実際防止ス
ル二足ルヘキ充分ノ兵備ヲ要スル事」。
240 Declaration concerning the Laws of Naval War. London, 26 February 1909.
241ロンドン宣言第1章(戦時における封鎖)第1条〜21条参照。これらの条文では、封
鎖はパリ宣言に従って実効的でなければならないこと(2条)、封鎖は各国の船舶に公平に
適用されなければならないこと(5条)、封鎖の宣言(9条)、通告(11条)の手続や要件
等を規定している。
242 M. D. Fink, “Contemporary Views on the Lawfulness of Naval Blockades”, Aegean Re-
view of the Law of the Sea and Maritime Law, Vol.1,No. 2 (2011),p.195;保井健呉「現代
国際法における海上封鎖ー『カ、、ザの自由』船団事件を契機に」『同志社法学』第66巻6号
51
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
て、封鎖の実行はいくつかみられたが243、条約ではなく拘束力がないロンドン宣言は、直接
的にそれらの大戦等において守られてきたとは言い難い。しかしながら、ロンドン宣言のー
部の規定は、慣習国際法であると認められるものがあり、その限りにおいて遵守されてきた
ものもある。例えば、1971年のインド•パキスタン戦争では、インド軍によってパキスタ
ン港湾が封鎖されたが、ロンドン宣言第9条に規定されている封鎖の宣言がなされ、封鎖
地域、封鎖開始日、中立国船舶の脱出のための24時間の猶予が宣言される等244、実質的に
ロンドン宣言の内容が遵守されたとみなされる実行もある。
その後、最終的に発行されなかったロンドン宣言の封鎖に関する規則は、1994年に作成
された『海上武力紛争に適用される国際法サンレモ•マニュアル(以下、サンレモ•マニュ
アル)』によって、両次大戦やその後の国家実行を踏まえて改めて明文化されることとなっ
た。『サンレモ•マニュアル』は、海上武力紛争に適用される現代の法の普及と理解及び各
国の海軍マニュアル作成の資となることを目途とする文書であるが245、ロンドン宣言同様
に条約ではないため拘束力を有しない。そのことを承知した上で、『サンレモ•マニュアル』
の起草に参加した国際法の専門家や各国の海軍の専門家らは、将来的に国際人道法等の普
及に役立ち、ある程度の統一性をもった各国の海軍マニュアルが作成されることを期待し
て同マニュアルを作成したとされる246。封鎖に関しては、起草に携わった多くの研究者が第
2次大戦後においても国家が伝統的な封鎖規則の一部や全てを採用していたことにより、封
鎖の原則(doctrine)が未だに強制手段として有効であると考えていたとされる247。
『サンレモ•マニュアル』における封鎖に関する規則は248、そのほとんどがパリ宣言及び
ロンドン宣言を踏襲した内容となっている249。一方、封鎖における均衡性(比例性)に関す
(2015 年)159 頁。
243例として、第1次大戦において、イギリスがドイツに対して北海の航行を遮断したこ
とに対し、ドイツはイギリス周辺水域を交戦区域として設定し、その中に入る一切の艦船
を無警告で撃沈した。これに対する復仇としてイギリスが行った措置は、一般に「長距離
封鎖(long-range blockades)」といわれるものである。この長距離封鎖はドイツに対する復
仇として行われたものであるが、封鎖に類似した点があり、封鎖をもって説明されたため
その要件が争われた。この措置については、フランスもイギリス同様に行ったが、米国は
当初これに反対し、イギリス及びフランスと争った。しかしながら、米国が第1次大戦に
参戦するに至り、当該措置に同調し、他の連合国も黙認した。第2次大戦においても、イ
ギリスは率先して同様の封鎖に類似した措置を採り、他の連合国もこれにならって黙認し
たため、長距離封鎖は国際慣行になったとされる。高野雄一『国際法概論〔全訂新版〕
(下)』(弘文堂、1986年)500-501頁;第2次大戦後の封鎖の実行としては、1950年の
朝鮮戦争、本文で例示した1971年のインド•パキスタン戦争、1980-1988年のイラン・
イラク戦争等でも行われている。Supra note 236.
244 R. Kaul, “The Indo-Pakistani War and the Changing Balance of Power in the Indian
Ocean”,U. S. Naval Institute Proceedings, Vol.99 (1973), p.189.
245 San Remo Manual,p. 62.
246 Ibid.
247 Ibid., p.176.
248 Ibid., paras. 93-104.
249『サンレモ•マニュアル』para. 95は、パリ宣言第4原則で明確にされた封鎖が実効的
でなければ認められない点を繰り返し述べたものであり、para. 99は、ロンドン宣言第18
52
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
る規則は、『サンレモ•マニュアル』によって新たに設けられた以下のパラグラフにおいて
言及されている。
『サンレモ•マニュアル』para.102
「封鎖の宣言または設定は、次の場合には禁止する。
(a) 文民たる住民を餓死させること、またはその生存に不可欠な他の物を与えないことを唯一(sole)の
目的とする場合。または、
(b) 封鎖によって期待される具体的かつ直接的な軍事的利益(military advantage)との関連で、文民たる
住民への危険が過度(excessive)となるか、そのように期待される場合」
このパラグラフは、住民の飢餓の禁止を規定する第1追加議定書第54条1項250を受けて
新たに設けられたとされている251。『サンレモ•マニュアル』起草過程においては、第1追
加議定書の規定を根拠に飢餓をもたらす可能性のある封鎖すべてが違法であると解釈し、
para. 102(a)の「唯一の」という用語を削除するべきと主張する参加者もいた252。しかしな
がら、唯一の目的という意図を立証することは困難であるとしても規則を明確化すること
が重要であること、および封鎖の主目的が他の目的であったとしても違法な飢餓をも目的
とするものであった場合にはpara.102 (b)の規則が適用されることによって担保されるた
め、「唯一の」という用語が残されたとされる253。すなわち、para. 102(a)において、住民の
飢餓を唯一の目的とする封鎖を絶対的に禁止する規則を前提とし、para.102 (b)によって、
副次的に過度に住民を飢餓に至らしめる封鎖をも禁止するという規則を置くことにより、
第1追加議定書第54条1項の遵守を重層的に担保する形式を採るパラグラフであると考え
られる。このpara. 102(b)によって示される規則が封鎖における均衡性(比例性)であると
いえる。封鎖における均衡性(比例性)は、パリ宣言やロンドン宣言では言及されていない
ため伝統的な封鎖に関する規則ではなく、第1追加議定書の採択及びそれに基づいて策定
された本マニュアル以降に認められた新しい概念であるといえる。そのため、封鎖における
条の中立国の港や海岸への接到を妨げてはならないことを現代化したものであり、para.
100は、ロンドン宣言第5条のすべての国の船舶に対し封鎖が公平に適用されなければな
らないことを述べている。また、過去に明文化されていない規則(例えば、para. 93「封
鎖は、宣言し、かつ、すべての交戦国および中立国に通告しなければならない」、para. 94
「宣言には、封鎖の開始日、期間、位置および範囲、ならびに中立国の船舶が封鎖海岸を
退去することができる期限を明示しなければならない」、para.101「封鎖の終了、一時的
中断、再設定、拡張またはその他の変更は、パラグラフ93及び94の場合と同様に、宣言
かつ通告しなければならない」等)も大半は自明(self-explanatory)の内容であるとされて
いる。
250第1追加議定書第54条1項
「戦闘の方法として文民を飢餓の状態に置くことは、禁止する」。
251 San Remo Manual,p.179.
252 Ibid.
253 Ibid.
53
【第I部】第1章 国際法における均衡性(比例性)の分類
均衡性(比例性)を考慮する際には、第1追加議定書における文民及び文民たる住民の保護
に関する均衡性(比例性)原則の評価基準に倣う必要がある。
1.2.2.3 武力紛争時における(付随的損害に関する)均衡性(比例性)原則
戦時復仇及び封鎖以外にjus in hello (武力紛争時)に適用される均衡性(比例性)原則と
して、文民や民用物に対する付随的損害に関するものがある。武力紛争時における均衡性
(比例性)原則は、予期される具体的かつ直接的な軍事的利益と比較して文民や民用物の損
害が過度でなければ、軍事目標に対する攻撃が付随的に文民や民用物に損害を与えたとし
てもそれを許容するものである。本稿が研究対象とするのは、この武力紛争時における均衡
性(比例性)原則である。この武力紛争時における均衡性(比例性)原則については次章以
降において詳述する。
54
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
前章においては、国際法全般及び武力行使に関する均衡性(原則)について概観した。前
章は、均衡性(比例性)について国際法の各分野を横断的あるいは国際法平面上における均
衝性(比例性)の現状をいわば水平的に確認したものである。そのことによって、均衡性(比
例性)原則という同じ言葉を用いた場合にも、各々の国際法の分野によって多少の類似性は
みられるものの、性質を異にする概念であることが確認できた。
本章では、前章で分類した均衡性(比例性)原則の中でも、jus in beloにおいて攻撃から
得られる軍事的利益と文民•民用物に対する付随的損害に関する均衡性(比例性)である「武
カ紛争時における均衡性(比例性)原則」について、その起源及び発展過程等に関して時系
列を踏まえて概観することにより、本稿が射程とする均衡性(比例性)原則を垂直的に捉え
ることを主眼とする。
本章においては、まず、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源及び現在の条約
等の規定状況について概観し、均衡性(比例性)原則の概要やその他の武力紛争時の基本原
則との関連性等を確認する。次に、武力紛争時に適用される各種マニュアル等への均衡性
(比例性)原則の導入経緯及びその規定内容等を概観することによって均衡性(比例性)原
則の適用領域の拡大傾向を検証する。最後に、文民及び民用物以外である自然環境にまで均
衡性(比例性)原則が導入されるようになった経緯を追うことによって均衡性(比例性)原
則の適用対象の拡大傾向を検証し、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現在までの
展開状況を明らかにしたい。
2.1 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源
武力紛争時における均衡性(比例性)原則が明文化されたのは1977年の第1追加議定書
が最初であるとされているが1、均衡性(比例性)原則に通じる概念はそれ以前にも存在し
ていた。陸戦に関する諸規定が設けられている1899年及び1907年の「陸戦ノ法規慣例二
関スル条約(ハーグ陸戦条約)(Convention Respecting the Laws and Customs of War on
Land (Hague IV), October18,1907)」及び同附属書である「陸戦ノ法規慣例二関スル規則
(ハーグ陸戦規則)(Regulations Respecting the Laws and Customs of War on Land)J (以
下、併せて「ハーグ陸戦条約及び規則」と略称する)においては、均衡性(比例性)原則に
関する明文規定は設けられていないが、後に同原則に通じる不必要な苦痛の禁止
(unnecessary suffering)を含む各種規定等が設けられている。以下では、不必要な苦痛の禁
止を中心に武力紛争時における均衡性(比例性)原則の萌芽について概観する。
1 Y. Sandoz, C. Swinarski, and B. Zimmermann (eds.), Commentary on the Additional Pro-
tocols of 8June 1977 to the Geneva Conventions of 12 August 1949 [hereinafter “ICRC
Commentary API” ] (ICRC/ Martinus Nijhoff, 1987), p. 301.
55
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
2.1.I不必要な苦痛の禁止
武力紛争法(国際人道法)2の系譜は、主として交戦国間の害敵手段や方法を制約する「ハ
ーグ法」分野と、主として戦争犠牲者を局限するために戦闘外におかれた戦闘員や敵対行為
に参加していない文民等を保護する「ジュネーヴ法」分野の2つに大別される。「ジュネー
ヴ法」分野が主に第2次大戦後に大きな発展を遂げたのに対し、「ハーグ法」分野の発展の
歴史は古く、1868年の「サンクト・ペテルブルク宣言(Saint Petersburg Declaration Renounc-
ing the Use, in Time of War, of Explosive Projectiles Under 400 Grammes Weight)J 3や1899
年及び1907年にオランダ(ハーグ)で開かれた国際会議において、陸上における武力紛争
時に適用される慣習法を包括的に法典化した「ハーグ陸戦条約及び規則」にまで遡る。
1868年の「サンクト・ペテルブルク宣言」は、締約国に400グラム未満の炸裂弾や焼夷
弾の使用を禁止することを主たる目的とする文書である4。同宣言においては、「戦時におい
て諸国が達成しようと努める唯一の正当な目的は、敵国軍隊の弱体化」であり、それを達成
するためには「できる限り多くの者の戦闘能力を奪えば足りる」ので、「すでに戦闘能力を
奪われた者の苦痛を無益に増大させ、またはその死を避け難いものにする兵器の使用は、こ
の目的の範囲を超える」ため、「このような兵器の使用は、人道の諸法則“をs dehumanite)
に反する」とされている。上記を前提として、400グラム未満の炸裂弾や焼夷弾は不必要な
苦痛を与えることになるため(400グラム以上であれば多数の兵士を戦闘外におくことが可
能となるため禁止の対象外)5、そのような兵器の使用を禁止したものである。
この「サンクト・ペテルブルク宣言」は、戦闘の方法・手段に関する最初の国際文書であ
るとされ、その後の法典化の先駆けとなった点において重要な文書であるといえる。しかし
ながら、同宣言には敵対する交戦国が締約国でない場合や非締約国が交戦国として加わっ
た場合には適用されないという「総加入条項(c/a〃siz/a siomnes)J 6が含まれていたため、い
2国際人道法は、武力紛争法とほぼ同義であるが、1949年のジュネーヴ諸条約制定後に主
として呼称されることとなったため、本稿においては、1949年以前のものを指す場合につ
いては「武力紛争法(国際人道法)」という表記とした。 • ..
3 Declaration Renouncing the Use, in Time of War, of Explosive Projectiles under 400
Grammes Weight, Saint Petersburg, 29 November/ ’11 December 1868.
4宣言の文中においては、「締約国は、その相互の戦争の場合に、重量400グラム未満の発
射物であって炸裂性のものまたは爆発性もしくは燃焼性の物質を充填したものを、その陸
軍または海軍が使用することを相互に放棄することを約束する」こととされている。
5同じ爆発性のものでも弾丸(発射物)ではなく手りゅう弾なら禁止されず、また400グ
ラム以上の爆発性の弾丸の場合はその破片で多数の兵士を傷付け戦闘外におくことが可能
となるため禁止の対象とはされなかった。藤田久一『新版 国際人道法』(有信堂高文社、
1993 年)93 頁。
6総加入条項は、条約の非締約国が戦争に参加する場合には、締約国が条約の拘束力から
免れることを許すものであり、条約の締約国であることから生ずる軍事上の不利益を避け
るために導入されたものであるといわれている。坂元茂樹「武力紛争法の特質とその実効
性」村瀬信也・真山全編『武力紛争の国際法』(東信堂、2004年)31頁。なお、藤田久一
教授によれば、総加入条項は、一方がそれを適用しないならば他方もそれに拘束されない
56
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
かなる武力紛争にも適用されるものではなかった7。この総加入条項は、「サンクト•ペテル
ブルク宣言」非締約国が参加する戦争において、同宣言の締約国を不利な立場に追いやるこ
とを懸念して設けられたとされている8。すなわち、400グラム未満の炸裂弾や焼夷弾を使
用するような非締約国が参加する戦争において、人道の諸法則を重視又は遵守する国家が
不利になることがないように設けられた条項であるといえる。また、同宣言の締約国はヨー
ロッパ諸国を中心とした19か国に過ぎず9、当時米国や日本を含むアジア諸国等は主要国
とはみなされていなかったため、招聘されておらず締約国にもなっていなかった。そのため、
「サンクト・ペテルブルク宣言」が実際に適用される武力紛争は極めて限定されていたとい
える。
その後、1899年にオランダのハーグで開催された第1回ハーグ平和会議(Hague Peace
Conferences)10 11には27か国が参加し”、3つの条約と3つの宣言が採択された12。採択され
という相互主義そのものを意味するものではないが、戦争法規則が交戦国間の利益調整の
側面をもち、交戦国間での相互主義により一般に遵守される性質のものであることを示し
ていたとされる。藤田『前掲書』(注5)182頁。
7 Leslie Green, The Contemporary law of Armed Conflict, 2nd edition (Manchester Univer-
sity Press, 1993), p. 31.
8坂元「前掲論文」(注6) 30頁。
9 批准した国は、次の19 か国である。Austria-Hungary、Baden、Bavaria、Belgium、
Brazil、Denmark、France、Greece、Italy、Netherlands、Persia、Portugal、Prussia and
the North German Confederation、Russian Federation、Sweden and Norway、Switzer-
land、Turkey、United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland、Wurtemberg。な
お、Estoniaが1991年に批准したことにより現在は20か国となっている。Supra note 3.
10第1回ハーグ平和会議(1899年)は、ロシア皇帝ニコライ2世(Czar Nicolas II)の提唱で
開催された。二つの大きな議題があり、一つは高額になった欧州の帝国主義国間の軍事予
算を軍縮によって削減すると同時に陸・海軍戦闘員の被害を減らすことであり、もう一つ
は国際紛争を平和的に解決するシステムを強化することであった。第1回ハーグ万国平和
会議の結果、武力紛争法や紛争の平和的解決に資する条約が締結され、常設仲裁裁判所
(Permanent Court of Arbitration)の設立にも成功したが、軍縮による予算削減は失敗に終
わった。See Freya Baetens, Oxford Bibliographies, Available at http://www.oxfordbibliog-
raphies.com/view/document/obo-9780199743292/obo-9780199743292-0115.xml (last vis-
ited Dec. 2016).
11参加国は、以下の 27 か国である。Austria-Hungary、Belgium、Bulgaria、China、
Denmark、France、Germany、Greece、Islamic Republic of Iran、Italy、Japan、Luxem-
bourg、Mexico、Montenegro、Netherlands、Norway、Portugal、Romania、Russian Fed-
eration、Serbia、Spain、Sweden、Switzerland、Thailand、Turkey、United Kingdom of
Great Britain and Northern Ireland、United States of America. See ICRC, Final Act of the
International Peace Conference, The Hague, 29 July 1899., Available at
https://www.icrc.org/applic/ihl/ihl.nsf/States.xsp?xp_viewStates=XPages_NORMStates-
Sign&xp_treatySelected=145 (last visited Dec. 2016).
12 採択された条約及び宣言については以下のとおりである。
条約:
① 国際紛争平和的処理条約
② 陸戦ノ法規慣例二関スル条約(ハーグ陸戦条約)
③ 1864年8月22日「ジュネヴァ」条約ノ原則ヲ海戦二応用スル条約
57
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
た条約の一つが「ハーグ陸戦条約及び規則」であり、採択された宣言の中には、「ダムダム
弾禁止宣言」や「毒ガス禁止宣言」が含まれている。1907年の第2回ハーグ平和会議13には
44か国が参加し14、国際紛争の平和的解決及び戦時法規の制定に重点が置かれ、1899年の
3つの条約の改正に加え、10の条約と1つの宣言が採択された15。これら2つのハーグ平和
会議における成果は、不必要な苦痛の禁止の規定を含む戦時に適用される各種条約及び宣
言が採択されたことはもちろんであるが、欧州の帝国主義国家や戦争に直接影響を及ぼす
国に限定されずに、国際法史上最も多数の国家が参加した初の大きな国際会議が成功裏に
終わった点においても評価されている。殊更、参加国が一部に限定されていた「サンクト•
宣言:
① 軽気球からの爆発物投下禁止宣言
② 毒ガス使用禁止宣言
③ ダムダム弾禁止宣言
筒井若水編集代表『国際法辞典』(有斐閣、1998年)281頁。
13第2回ハーグ平和会議(1907年)は、ボーア戦争(1899-1902年)及び日露戦争(1904-1905
年)を経て、第1回会議の成果の再検討と紛争の平和的解決に関する法の見直し等が主要な
議題であった。Baetens, supra note 10.
14 参加国は、次の 44 か国である。Argentina、Austria-Hungary、Belgium、Bolivia、
Brazil、Bulgaria、Chile、China、Colombia、Cuba、Denmark、Dominican Republic、
Ecuador、El Salvador、France、Germany、Greece、Guatemala、Haiti、Islamic Republic
of Iran、Italy、Japan、Luxembourg、Mexico、Montenegro、Netherlands、Nicaragua、
Norway、Panama、Paraguay、Peru、Portugal、Romania、Russian Federation、Serbia、
Spain、Sweden、Switzerland、Thailand、Turkey、United Kingdom of Great Britain and
Northern Ireland、United States of America、Uruguay、Venezuela、See ICRC, Final Act
of the Second Peace Conference. The Hague,18 October 1907, Available at
https://www.icrc.org/applic/ihl/ihl.nsf/States.xsp?xp_viewStates=XPages_NORMStates-
Sign&xp_treatySelected=185 (last visited Dec. 2016).
15採択された条約及び宣言については以下のとおりである。
条約(改正を含む):
国際紛争平和的処理条約の改正(ハーグ第1条約)
契約上ノ債務回収ノ為ニスル兵力使用ノ制限二関スル条約(ハーグ第2条約)
開戦二関スル条約(ハーグ第3条約)
陸戦ノ法規慣例二関スル条約の改正(ハーグ第4条約)
陸戦ノ場合二於ケル中立国及中立人ノ権利義務二関スル条約(ハーグ第5条約)
海戦ノ際二於ケル敵ノ商船取扱二関スル条約(ハーグ第6条約)
商船ヲ軍艦二変更スルコト二関スル条約(ハーグ第7条約)
自動触発海底水雷ノ敷設二関スル条約(ハーグ第8条約)
戦時海軍カヲ以テスル砲撃二関スル条約(ハーグ第9条約)
1864年8月22日ジュネヴァ条約ノ原則ヲ海戦二応用スル条約の改正(ハーグ第10条約)
海戦ニオケル捕獲権行使ノ制限二関スル条約(ハーグ第11条約)
国際捕獲審検所の設立に関する条約(ハーグ第12条約)
海戦ノ場合ニオケル中立国ノ権利義務二関スル条約(ハーグ第13条約)
①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩⑪⑫⑬ ーーー
① 軽気球からの爆発物投下禁止宣言
筒井若水編集代表『国際法辞典』(有斐閣、1998年)281頁;鈴木和之『実務者のための
国際人道法ハンドブック』(内外出版、2013年)24-25頁。
58
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
ペテルブルク宣言」と比較すると、米国や日本を含めた多数の主要国が「ハーグ陸戦条約及
び規則」に参加したことは大きな成果であったといえる。
しかしながら、「ハーグ陸戦条約及び規則」をはじめ、両会議において採択された多くの
条約及び宣言には依然として総加入条項が挿入されており16、これらの条約及び宣言の規定
を遵守することが義務付けられない武力紛争は依然として残存することとなった。そのた
め、ハーグ平和会議における条約等の非締約国も参戦した1914年の第1次大戦において
は、慣習国際法とみなされる条約規定を除き、総加入条項が含まれる条約等が形式的には適
用されないという状況を看過せざるを得なかったといわれている。さらには、第1次大戦
の犠牲者数や実行に鑑みると17、「ハーグ陸戦条約及び規則」における「不必要な苦痛」の内
容が不明確であること、及び防守都市18では文民を軍事目標とすることが禁止されていない
こと等、「ハーグ陸戦条約及び規則」の規定に不十分な点があったことが露呈されたといえ
るであろう。
上記のような問題点はあったものの、2度の平和会議を経て、「ハーグ陸戦条約及び規則」
に明文化された不必要な苦痛の禁止等の武力紛争法(国際人道法)に関する規定は、戦闘の
手段や方法が無制限ではないという慣習的な規則を法典化したという点において大きな意
義を有するものであったといえる19。具体的には、「ハーグ陸戦規則」第23条(ホ)におい
16ハーグ陸戦条約第2条
「…交戦国力悉ク本条約ノ当事者ナルトキニ限、締約国間ニノミ之ヲ適用ス」
開戦二関スル条約第3条
「締約国中ノニ国又八数国間ノ戦争ノ場合二効力ヲ有スルモノトス」等。
;Christopher Greenwood, “International Humanitarian Law (Laws of War) 一Revised Re-
port for the Centennial Commemoration of the First Hague Peace Conference 1899”,F.
Kalshoven (ed.), The Centennial of the First International Peace Conference, Reports &
Conclusion (Martinus Nijhoff, 2000), pp.161-259.
17第1次大戦の犠牲者数は、算出方法等によって差異はあるが、米国の政府機関にも用い
られる統計書(World Military and Social Expenditures)によると、文民犠牲者が13,000
人、軍人の犠牲者が12,992人、合計25,992人とされており、第1次大戦前の1792-1815
年のフランス革命戦争とナポレオン戦争における犠牲者総数4,410人や1870-1871年の普
仏戦争における犠牲者総数250人といった大規模な戦争と比べてもはるかに桁が違うとい
える。藤原辰史「戦争を生きる」『総力戦(現代の起点第一次世界大戦第2巻)』山室信
ーほか編(岩波書店、2014年)7-8頁;もっとも第1次大戦において犠牲者数が増大した
理由は、兵器の進歩や投入量の増加等が主因であり、武力紛争法が不十分であったことだ
けがその理由ではない。
18防守地域ともいい、相手国の占領の企図に対し抵抗する都市(防守都市)は、その都市
全体が軍事的性格をもっことから無差別攻撃が許されるとされていた。杉原高嶺ほか『現
代国際法講義〔第4版〕』(有斐閣、2007年)473頁。
19害敵手段が無制限ではないという概念は、1874年のブラッセル宣言や1880年のオック
スフォード・マニュアルにおいても言及されていたものの、ハーグ平和会議において多く
の参加国が議論を重ねた上で条約として法典化されたことの意義は、条文規定の正当性を
高める面においても、締約国とりわけ強大な帝国主義国家に拘束力を有するという面でも
大きかったといえる。Adam Roberts, Richard Guelff (ed.), Documents on the Laws of War,
3rd edition (Oxford University Press, 2000), p. 9.
59
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
て20、「不必要ノ苦痛ヲ与フへキ兵器、投射物其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト」を禁止し21、今
日にも存続する不必要な苦痛の禁止という「ハーグ法」分野の基本原則を法典化したことが
挙げられる22。
また、「ハーグ陸戦規則」第25条23及び第27条24においては、無防守都市25への無差別攻
撃の禁止等の規定、いわゆる軍事目標主義や区別原則という「ジュネーヴ法」分野の基本原
則へと収斂する礎となる規定が置かれたことも重要な意義を有する点である。すなわち、
「ハーグ陸戦条約及び規則」の意義は、戦争自体が違法でなかった時代に「ハーグ法」分野
として区分される不必要な苦痛の禁止等を明文として確立させたことだけではなく、「ジュ
ネーヴ法」分野である武力紛争法(国際人道法)の基本原則へと繋がる基礎を萌芽させたこ
とでもあるといえる。また、武力紛争法(国際人道法)の発展に寄与したという観点からは、
次に述べるマルテンス条項が「ハーグ陸戦条約及び規則」に設けられたことも現在の国際人
道法にとって大きな転換点であったといえる。
2.1.2 マルテンス条項
マルテンス条項(Martens’ clause)とは、ハーグ陸戦条約策定委員会委員長を務めたロシア
20ハーグ陸戦規則第23条
「特別ノ條約ヲ以テ定メタル禁止ノ外、特二禁止スルモノ左ノ如シ。
(イ)毒又八毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト
(ロ)敵國又八敵軍二屠スル者ヲ背信ノ行爲ヲ以テ殺傷スルコト
(ハ)兵器ヲ捨テ又八自衛ノ手段盡キテ降ヲ乞ヘル敵ヲ殺傷スルコト
(二)助命セサルコトヲ宣言スルコト
(ホ)不必要ノ苦痛ヲ与フへキ兵器、投射物其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト
(ヘ)軍使旗、國旗其ノ他ノ軍用ノ標章、敵ノ制服又八、「ジェネヴァ」條約ノ特殊徽章ヲ彊二使用スル
コト
(卜)戰争ノ必要上万已ヲ得サル場合ヲ除クノ外敵ノ財産ヲ破壊シ又八押収スルコト
(チ)拳寸手當事國國民ノ権利及訴権ノ消滅、停止又八裁判上不受理ヲ宣言スルコト
交戰者ハ、又拳寸手當事國ノ國民ヲ強制シテ其ノ本國二拳寸スル作戰動作二加ラシムコトヲ得ス。戰争開始
前其ノ役務二服シタルト建亦同シ(下線部筆者)」。
21不必要な苦痛の禁止は、先述の「サンクト・ペテルブルク宣言」の精神を受け継いだも
のとされている。杉原高嶺ほか『前掲書』(注18」471頁。
22不必要な苦痛の禁止は、第1追加議定書第35条2項に引き継がれている。詳細につい
ては後述する。
23ハーグ陸戦条約第25条
「防守セサル都市、村落、住宅又八建物ハ、如何ナル手段ニ依ルモ、之ヲ攻撃又八砲撃スルコトヲ得
ス」。
24ハーグ陸戦条約第27条
「攻囲及砲撃ヲ爲スニ當リテハ、宗教、技芸、学術及慈善ノ用二供セラルル建物、歴史上ノ記念建造物、
病院並病者及傷者ノ収容所ハ、同時二軍事上ノ目的二使用セラレサル限、之ヲシテ成ルヘク損害ヲ免レシ
ムル爲、必要ナルー切ノ手段ヲ執ルへキモノトス。
被囲者ハ、看易キ特別ノ徽章ヲ以テ、右建物又八収容所ヲ表示スルノ義務ヲ負フ。右徽章八予メ之ヲ攻
囲者二通告スヘシ」。
25無防守地域ともいい、「ハーグ陸戦規則」によって無防守都市においては、軍事目標に
対する攻撃のみが認められた。杉原高嶺ほか『前掲書』(注18) 473頁。
60
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
のマルテンス(Fyodor Fyodorovich Martens)が、1899年6月20日に第1回ハーグ平和会
議の委員会の席上で読み上げた声明に基づいて26、「ハーグ陸戦条約」前文後段27に設けられ
た条項である28。
マルテンス条項は、「ハーグ陸戦条約及び規則」に規定がない場合においても、戦争の手
段及び方法等は、「文明諸国間で確立された慣行(usages etablis entre nations civilisees/
usages established between civilized nations)」、「人道の諸法則(lois de 1’humanite/ laws of
humanity)」及び「公共良心の要求(exigences de la conscience publique/ dictates of public
conscience)Jに基づく国際法の原則の支配の下に置かれることを規定している29。換言すれ
ば、マルテンス条項は、武力紛争法(国際人道法)に規定がない場合であっても、「ロチュ
ース号事件」が示したような「国際法によって禁止されていない行為は許される」という命
題を否定し30、確立した慣行、人道の諸法則、公共の良心に基づく国際法の原則に従うこと
を各国に求めることを理念とする条項であるといえる31。本条項の理念は、その後の武力紛
争法(国際人道法)の発展の基礎として、後述するジュネーヴ諸条約や第1追加議定書に踏
襲され、現在に受け継がれている。
しかしながら、上記のマルテンス条項に対する法的位置付けや解釈は必ずしも一致して
いない。カッセーゼ(Antonio Cassese)は、マルテンス条項が曖昧であるが故に様々に解釈さ
れ得ることを指摘し、国際法学者等によるマルテンス条項の位置付けが主として以下の3つ
に大別されることを指摘している32。
26天野尚樹「近代ロシア思想における『外来』と『内発』ーF- F ・マルテンスの国際法
思想」『スラヴ研究』50巻(2003年)208頁。マルテンスは、法学者、国際弁護士及び外
交官としても活躍し、1874年のブリュッセル会議の草案をマルテンスが作成・提出したほ
か、常設仲裁裁判官等として、多くの国際紛争の仲裁をしたことでも知られている。
Vladimir Pustogarov, “Fyodor Fyodorovich Martens (1845-1909)一a humanist of modern
times” Article, International Review of the Red Cross, No. 312, 1996.
27 ハーグ陸戦条約前文後段
「-層完備シタル戦争法規二関スル法典ノ制定セラルルニ至ル迄ハ、締約国ハ、ソノ採用シタル上記二
含マレザル場合ニオイテモ、人民及ビ交戦者ガ依然文明国ノ間二存立スル慣習、人道ノ法則及ビ公共良心
ノ要求ニヨリ生ズル国際法ノ原則ノ保護及ビ支配ノ下二立ツコトヲ確認スルヲ以テ適当卜認ム」。
28 Theodor Meron, “The Hague Peace Conferences: The Martens Clause, Principles of Hu-
manity, and Dictates of Public Conscience”, American Journal of International Law, Vol.94
(2000), p. 78.
29江藤淳一「マルテンス条項一百年の軌跡」村瀬信也・真山全編『武力紛争の国際法』
(東信堂、2004年)60頁。
30 ロチュース号事件によって示された「国際法によって禁止されていない行為は許され
る」という命題に関しては、本稿第1章38頁(注165)参照。
31江藤淳一『国際法における欠缺補充の法理』(有斐閣、2012年)278頁。,,
32 Antonio Cassese, “The Martens Clause: Half a Loaf or Simply Pie in the Sky?”,European
Journal of International Law, Vol.11,Issue 1(2000), p.189.
61
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
① マルテンス条項は、国際法の原則や規則の解釈のレベル(level of interpretation)のみに作用する33
② マルテンス条項は、国際法の法源(sources)となる重要な効果を有する34
③ マルテンス条項は、国際人道法の促進及び発展(motivated and inspired) 〇意思を表明するもの35
カッセーゼは、上記①の考え方に同意しているものの、現実的にはマルテンス条項を考慮
して武力紛争法(国際人道法)の原則や規則を解釈するまでには至っておらず、むしろ、マ
ルテンス条項は国際政治の難題を克服するために編み出された外交的策略であるとみなし
ている36。ディンスタイン(Yoram Dinstein)も同様にグリーンウツト、'(Christopher Green-
wood) の見解を引用し37、マルテンス条項における人道の原則や「公共良心の要求」は、武
カ紛争法(国際人道法)の促進に繋がるかもしれないが、法的判断を下す際の基準を構成し
ないと述べている38。
また、マルテンス条項における用語の解釈についても一様ではなく、フレック①ieter
Fleck)は、「公共良心の要求」という概念は、曖昧すぎて独自の法規則の基礎として用いる
ことができず、戦争の手段及び方法を制限した条約等を批准した国に対しても慣習国際法
が適用されることを思い出させる程度の補助的な役割しか果たさないと述べている39。国内
では藤田久一教授が、「国内外の世論」が公共良心の要求に当たると述べ、情報伝達技術や
マスコミが発達した現代においては紛争地域の出来事が瞬時に世界に知れ渡ることになる
ため国内外の世論が人道法の基本原則の遵守を支える重要な要素であるとの見解を有して
いる40。しかしながら、藤田教授自らも指摘しているように、世論の役割そのものは条約上
の明示になじまないものであり、世論の存在や内容を客観的に確認することは容易ではな
く、特定の政治権力によって操作・利用される危険性も孕んでいるといえる41。
上記のように、マルテンス条項は、国際法上の位置付けや内容が明確でなく、客観的に判
断することも困難な曖昧な条項であるといえるが、その存在意義がないわけではない。メロ
33この解釈は、マルテンス条項が人道の要求及び公共良心の要求を強めることを目的とし
ているため、国際人道法の原則や規則を解釈する際に考慮すべきとの考えに基づいてい
る。Ibid.
34この解釈に基づいた学者の何人かは、マルテンス条項が人道の法及び公共良心の要求と
いう2つの新たな法源を設けたと主張する。Ibid., pp.190-191.
35 Ibid,, p.191.
36 Ibid., pp. 189, 212-216.
37 Christopher Greenwood, “Historical Development and Legal Basis , Dieter Fleck (ed.),
The Handbook of Humanitarian Law in Armed Conflicts (Oxford University Press,
1995), p. 34.
38 Yoram Dinstein, The Conduct of Hostilities under the Law of International Armed Con-
flict, 2nd edition (Cambridge University Press, 2010), p. 9.
39 Dieter Fleck, Michael Bothe, The Handbook of Humanitarian Law in Armed Conflicts
(Oxford University Press, 1995), p. 29.
40藤田『前掲書』(注5)192-193頁。
41 同上。
62
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
ン(Theodor Meron)は「マルテンス条項の美辞麗句(rhetorical)かつ道徳的な言い回し(ethi-
callanguage)は、いくぶん曖昧で法律的に不明確な内容であるが、規範的な方向への強い牽
引力(strong pull toward normativity)を有する」ものとして42 43、その曖昧性や不明確性を認め
ながらも規範的な方向へと導く作用があることを示唆している。実際に、国際裁判所が判断
を下す際にマルテンス条項に言及している判例があるという事実は、同条項に存在意義が
あることの証左であるといえる。以下では、国際裁判所がマルテンス条項をどのように扱っ
ているかについて確認する。
国際裁判所がマルテンス条項に言及した判例として、第1章で触れたICJによる1996年
の「核兵器使用合法性事件 0so而勇〇)許容しないことを規定するものと評価され
ている49 50。このことは、核兵器のみならず、将来の新たな兵器の出現に際してもマルテンス
条項の適用が許容されることを示唆しているものといえる。
また、ICJにおいては「核兵器使用合法性事件」の他、マルテンス条項という文言そのも
のには言及していないが、同条項の理念である「人道の基本的考慮(elementary considera-
tions of humanity) Jという文言が「コルフ海峡事件(Co強Channel case)] 50、「ニカラグア
事件(MlZay and Paramilitary Activities in and against Nicaragua) J 51 52等のイギリスや米国
等の大国が関与している事件において用いられている。これらの判例からは、大国が関係す
る複雑に絡み合う政治的要素が含まれている国際紛争において、ICJが純然たる法的判断を
回避しつつ裁判を結審させるためにマルテンス条項の理念を用いていることも考えられる
52。この点に関して、カッセーゼは、「マルテンス条項は内容が曖昧であり、実際の機能につ
いても十分に明らかにされておらず、裁判所が適用する場合にも不十分な証拠に基づいて
法の認定を行う際の呪文と化した感すらある」という指摘をしている53。換言すれば、マル
テンス条項が曖昧であるがゆえに、裁判所が純粋に法的判断のみに依拠して判決を下すこ
とが困難である場合、人道や公共良心の要求を重視する趣旨の判決を下す際に使い勝手の
良い条項であるともいえる。
上記のように、マルテンス条項は、すでに慣習国際法として確立し、国際人道法規則が不
49 ICRC Commentary API, pp. 46-47.
50 「コルフ海峡事件」においては、「人道の基本的考慮(considerations elementaires d’hu-
manite/ elementary considerations of humanity)]という文言がアルバニアの義務の淵源の
一っとして具体的内容に触れることなく用いられている。松井芳郎「コルフ海峡事件
(Affaire du detroit de Corfou)]松井芳郎編集代表『判例国際法〔第2版〕』(東信堂、2006
年)154 頁;Corfu Channel case, Judgment of April 9th 1949, ICJ Reports 1949, p. 22 ;政
治的要素に関しては、「コルフ海峡事件」が冷戦という大きな枠組みの中でアルバニアと
イギリスの外交関係の悪化によって生起したものであり、冷戦が終結し1991年に両国が
外交関係を樹立して最終的に「コルフ海峡事件」が解決したという分析がなされている。
喜多康夫「紛争発生から安保理決議第22号に至るまでのコルフ海峡紛争におけるイギリ
ス外交」『帝京法学』第27巻1号(2011年)115頁。
51 「ニカラグア事件」においては、「コルフ海峡事件」において用いられた「人道の基本
的考慮(considerations elementaires d’humanite/ elementary considerations of humanity) J
という文言を引用し、条約に留保を付している米国にもジュネーヴ諸条約共通第3条等が
適用される こと を示した。Military and Paramilitary Activities in and against Nicaragua
(Nicaragua v. United States of America), Merits, Judgment, ICJReports 1986, paras. 215,
218.
52 「核兵器使用合法性事件」等においては、大国が異論を唱えている規則についてマルテ
ンス条項の適用が議論され、シャハブディーン判事(Judge Shahabuddeen)の見解において
は、例え見解の対立がある場合にもマルテンス条項に基づく人道の諸原則や公共良心の要
求により一定の規則を引き出すことができることが示された。この件について、江藤教授
は、「こうした立場は、対立する一方の見解をしりぞける際、必ずしも十分な根拠を提示
できておらず、マルテンス条項の恣意的な適用につながるおそれがある」として警鐘を鳴
らしている。江藤「前掲論文」(注29) 77頁。
53 Cassese, supra note 32, pp. 198-202;江藤『前掲書』(注 31)280 頁。
64
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
十分な分野においても考慮されるべき概念である点がその意義の一つであるといえる。ま
た、「核兵器使用合法性事件」において示されたように、現行の条約等で明示的に制限され
ているもののみならず、将来において発明•使用され得る兵器や害敵手段にも適用され得る
点においても重要な意義を有しているといえる54。このマルテンス条項の理念は、後述する
第1追加議定書第1条及び36条等に引き継がれている。
2.1.3 ジュネーヴ諸条約
上記で確認した「ハーグ条約及び規則」等のハーグ法分野が主として交戦国間の害敵手段
や方法を制限することを目的としていたことに対し、1949年に採択されたジュネーヴ条約
は、主として戦争犠牲者を局限するために戦闘外におかれた戦闘員や一部の文民等を保護
することを目的とするものである。
1949年のジュネーヴ条約は、1947年の政府専門家会議55、翌年の第17回赤十字国際会
議56 (於ストックホルム)を経て、1949年ジュネーヴ外交会議において採択された57。1949
年のジュネーヴ条約は、「戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する1949年8
月12 日 の ジュネーヴ条約 (Geneva Convention for the Amelioration of the Condition of the
Wounded and Sick in Armed Forces in the Field of August 12,1949)」(ジュネーヴ第1条約
/傷病兵保護条約)、「海上にある軍隊の傷者、病者及び難船者の状態の改善に関する1949
年 8 月12 日 の ジュネーヴ条約(Geneva Convention for the Amelioration of the Condition of
the Wounded, Sick and Shipwrecked Members of Armed Forces at Sea of August 12, 1949)」
(ジュネーヴ第2条約/海上傷病者保護条約)、「捕虜の待遇に関する1949年8月12日の
シュネーヴ条約(Geneva Convention relative to the Treatment of Prisoners of War of August
12,1949)」(ジュネーヴ第3条約/捕虜待遇条約)及び「戦時における文民の保護に関する
1949 年 8 月12 日のジュネーヴ条約(Geneva Convention relative to the Protection of Civilian
Persons in Time of War of August12,1949)J (ジュネーヴ第4条約/文民保護条約)の4つ
の条約からなり、総称して「ジュネーヴ諸条約」と一般的に呼ばれている58。
文民の保護に関しては、「文民保護条約(ジュネーヴ第4条約)」に一定の規定はあるもの
の、この条約によって保護される文民は紛争当事国又は占領国の権力内にある外(敵)国人
54廣瀬和子「核兵器の使用規則一原爆判決からICJの勧告的意見までの言説分析を通して
みられる現代国際法の複合性」村瀬信也・真山全編『武力紛争の国際法』(東信堂、2004
年)432頁。
55 Rapport sur les travaux de la Conference d’experts gouvernementaux pour 1’etude des
Conventions protegeant les victimes de la guerre, Geneve, avril 1947.
56 XVIIe Conference internationale de la Croix-Rouge, Stockholm, aout 1948.
57正式名は、「戦争犠牲者保護のための国際条約作成のための外交会議」la Conference
diplomatique pour l’elaboration de conventions internationales destinees a proteger les vic-
times de la guerre, Geneve, avril 1949 ;藤田『前掲書』(注 5)25 頁。
58 4つの条約を合わせて「ジュネーヴ4条約」と呼称されることもあるが、ジュネーヴ第
4条約(文民保護条約)との混同を避けるために、本稿では「ジュネーヴ諸条約」と呼称
する。
65
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
である59。すなわち、交戦国領域にいる自国民を含むすべての文民が保護の対象となってい
るわけではなく、相手国を攻撃する際に当該国の文民の死傷者を生じさせることや相手国
の攻撃から自国の一般住民等を保護すること等が要求されているわけではない。したがっ
て、ジュネーヴ諸条約は負傷した戦闘員や自国民でない一部の文民を保護の対象とするも
のであり、本稿が対象としているすべての文民•民用物に対する付随的損害に関する武力紛
争時における均衡性(比例性)原則を対象としているものではない。
しかしながら、ジュネーヴ諸条約が「ジュネーヴ法」分野を大きく発展させ60、かつての
戦争法規が主に戦闘員のみを対象とする「ハーグ法」分野を指していたことに対し、一部で
はあるが文民についても武力紛争法(国際人道法)の適用対象に加えた意義は大きい。さら
には戦争法という言葉を時代遅れにさせ「国際人道法」という新しい言葉を生み出す契機と
なったように61、現代における国際人道法の発展の嗜矢となった点においても重要な役割を
果たしているといえる。
2.2 武力紛争時における基本原則の概要
1977年、4会期にわたる外交会議を経て、ジュネーヴ諸条約を始めとする従来の武力紛
争に適用される国際人道法を発展・拡充すること等を目的として62、ジュネーヴ諸条約第1
及び第2追加議定書が採択された63。第1追加議定書は国際的武力紛争に適用され、第2追
加議定書は非国際的武力紛争に適用される条約規定である。
59 「文民保護条約」(第4条約)第4条(保護を受ける者の範囲)
「この条約によって保護される者は、紛争又は占領の場合において、いかなる時であると、また、いかな
る形であるとを問わず、紛争当事国又は占領国の権力内にある者でその紛争当事国又は占領国の国民でな
いものとする…」
;藤田『前掲書』(注5)154頁。
60 「ジュネーヴ法」は、1864年のジュネーヴ条約以来、数度の補充改定を経て対象範囲
を拡大させてきたものであって、ジュネーヴ諸条約において新たに確立した分野というわ
けではない。柳原正治•森川幸一•兼原敦子編『プラクティス国際法講義』(信山社、
2010 年)393 頁。
61「国際人道法」という呼称は、1971年、赤十字国際委員会と国際連合の協力によりジ
ュネーヴで開催された「武力紛争に適用される国際人道法の再確認と発展」のための政府
専門家会議において初めて正式に用いられた。城戸正彦『戦争と国際法』(嵯峨野書院、
1996年)154頁;また、上記会議で提起されたジュネーヴ諸条約追加議定書草案の作成
チームを指揮したピクテ(Jean Pictet)は、それ以前の1956年に『赤十字諸原則(Principles
of Red Cross )』という文書において「国際人道法(International Humanitarian Law; Droit
International humanitaire)Jという語を用いており、「国際人道法は、一方において主とし
てハーグ及びジュネーヴ条約からなる戦争法を、他方において国際連盟及び後に国際連合
の主催下で制定された人権一般の保護に関する諸規則を含むものである」として、今日の
国際人道法と国際人権法の双方を含意する概念としていた。井上忠男「国際法に見る人道
概念の普遍化の過程及び人道主義の今日的課題と展望に関する考察」『日本赤十字秋田短
期大学紀要』第13巻(2008年)24頁。
62外務省HP「ジュネーヴ諸条約及び追加議定書」Available at
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/k_jindo/giteisho.html (last visited Dec. 2016).
63 2005年には、「1949年8月12日のジュネーヴ諸条約および追加の特殊標章の採択に関
する第3追加議定書(第3追加議定書)」が採択され、赤十字、赤新月と並ぶ第3の標章
として、レッドクリスタルを採用することとなった。
66
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
ジュネーヴ諸条約第1及び第2追加議定書は、「ジュネーヴ法」であり、先述の「ハーグ
法」の系譜とはアプローチの異なる法体系である64。しかしながら、両者はまったくの別物
ではなく、害敵手段の法的規制が戦争犠牲者等の保護に繋がることもあるため、「ハーグ法」
が「ジュネーヴ法」を内包している場合がある。「ジュネーヴ法」は、人については戦闘員
とそれ以外の者を区別し、物については軍事目標(敵対行為の遂行に直接寄与する物)とそ
れ以外の財産等を区別するという点において、「ハーグ法」によって法典化された軍事目標
主義や区別原則の基礎となる規定と本質的に同じであり、この点において表裏一体の関係
にあるといえる65。さらには、「ジュネーヴ法」に位置付けられる第1追加議定書に「ハー
グ法」の概念であるマルテンス条項が引き継がれたことやその他の戦闘の方法や手段に関
する規定の導入等により66、「ハーグ法」と「ジュネーヴ法」とを厳格に区別する考え方は、
もはや時代遅れとなったとする見方もある67。
2.2.1 武力紛争時に適用される基本原則
マルテンス条項における「文明諸国間で確立された慣行(usages established between
civilized nations)」、「人道の諸法則(laws of humanity)J及び「公共良心の要求(dictates of
public conscience)jという理念は、かつてのハーグ陸戦条約前文68という位置付けから第1
追加議定書の一般原則を規定する第1条2項に格上げされ69、今まで規定のなかったマルテ
ンス条項から導出される将来の兵器に関する規定は第36条に新設された70。第1追加議定
64真山全教授は、攻撃における文民と民用物の保護に関する「ジュネーヴ法」のアプロー
チと、戦闘員の殺傷と軍事目標の破壊方法及び手段を規律する「ハーグ法」のアプローチ
の相違を過度に強調することは危険であると前置きした上で、「両者のアプローチでは、
原則と例外が逆転している」と述べている。真山全「現代における武力紛争法の諸問題」
村瀬信也•真山全編『武力紛争の国際法』(東信堂、2004年)17頁。
65藤田『前掲書』(注5)126頁。
66第1追加議定書第35条〜第42条。
67 See Swiss Federal Department of Foreign Affairs FDFA, The ABCs of International Hu-
manitarian Law, (2nd revised edition), 2014, Available at https://www.eda.ad-
min.ch/eda/de/home/dienstleistungenundpublikationen/publikationen/alle-publika-
tionen.html/content/publikationen/de/eda/reihe-glossare-der-aussenpolitik/abc-des-hu-
manitaeren-voelkerrechts (last visited Dec. 2016).
68条約前文は、条約を解釈する際の文脈とされており(条約法に関するウィーン条約第
31条2項)、条約は文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の
意味に従い、誠実に解釈されるものとされる(同条1項)。
69マルテンス条項の理念は、第1追加議定書に受け継がれているが、文言がいくつか修正
されている。例えば、第1追加議定書第1条2項においては、「文民及び戦闘員は、この
議定書その他の国際取極がその対象としていない場合においても、確立された慣
習(established custom)、人道の諸原則(principles of humanity)及び公共の良心(dictates of
public conscience)に由来する国際法の諸原則に基づく保護並びにこのような国際法の諸原
則の支配の下に置かれる」(下線部筆者)とされており、マルテンス条項の「文明諸国間
で確立された慣行(usages established between civilized nations)Jは「確立された慣
習(established custom)」に、「人道の諸法則(laws of humanity)」は「人道の諸原則
(principles of humanity)」にそれぞれ修正されている。江藤『前掲書』(注31)280頁。
70第1追加議定書第36条(新兵器)
「締約国は、新しい兵器、戦争の手段若しくは、方法の研究、開発、取得又は採用に当たっては、その使
67
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
書では、マルテンス条項の理念以外にも武力紛争時に適用される基本原則がいくつか明文
化されている。特に、第1追加議定書第48条「基本原則(Basic Rule)」に掲げられている区
別原則は、武力紛争時における基本原則の中でも根幹をなす原則であり、均衡性(比例性)
原則及び予防措置のような他の原則等と関連して解釈及び運用されるものである71。
ただし、これらの基本原則についての確定的な定義は存在せず、これらの原則の分類方法
及び有する射程も一様ではない。例えば、ロバート(Adam Roberts)らは、武力紛争法に関す
る多くの文献等において、均衡性(比例性)原則や区別原則を組み入れる形で「軍事的必要
性の原則」、「人道の原則」及び「騎士道の原則と未だに呼ばれているもの」という3つの原
則が強調されていることを指摘する72。
近年では、ICRCが2013年に作成した『軍事行動に適用される国際規則ハンドブック
{Handbook on International Rules Governing Military Operations :以下、ICRC 軍事行動
ハンドブック)』の「基本原則(Fundamental Principles)Jの項において、武力紛争法は、以
下の6つの基本原則に基づくとして、それぞれの定義が設けられている73。これらの定義は、
現在の学説における通説や多数説とされるものに基づいていると考えられるため、本稿に
おいては今後これらの原則を用いる際、下記の意味で用いることとする。
用が、若干の場合又はすべての場合に、この議定書又は当該締約国に適用される国際法の他の規則にょっ
て、禁止されているかいないかを決定する義務を負う」。
71 Michael N. Schmitt, “Introduction”, The Conduct of Hostilities in International Humani-
tarian Law, Vol.1(Ashgate Publishing Limited, 2012), p. xii;真山教授は、これらの補足的
な規定を区別原則と一線を画する位置付けのものとして、軍事目標定義規定の「周辺規
定」と呼称している。真山全「海戦法規における目標区別原則の新展開(二)」国際法学
会編『国際法外交雑誌』第96巻1号(1997年)51頁。
72 ロバート(Adam Roberts)らが挙げた3つの原則の内容は、以下のとおりである。
•軍事的必要性の原則(the principle of military necessity):
最小限の時間、生命、物理的資源の消費でもって、部分的あるいは完全に相手を屈服させるために必要
な程度・種類の(武力紛争法で禁止されていない)武力行使は認められる。
•人道の原則(the principle of humanity):
最小限の時間、生命、物理的資源の消費でもって、部分的あるいは完全に相手を屈服させる目的に必要
のない程度・種類の武力行使は禁止される。
•騎士道の原則と未だに呼ばれているもの(what is still called the principle of chivalry):
武力紛争中の卑劣(dishonorable)(不実(treacherous)」な手段、卑劣な策(expedients)及び卑劣な行いは
禁止される。
Roberts, supra note19, p.10;軍事的必要性の原則は、攻撃する根拠あるいは正当性を担
保するための理由付けになるものであり、換言すればjus ad bellumにおける必要性原則に
類似した各種基本原則の根幹をなす原則であるといえる。また、軍事的必要性の原則と人
道の原則の文面は似ているが、軍事的必要性の原則は軍事的必要性を有する武力行使が許
容されることに対し、人道の原則は人道の原則に反する武力行使を禁止する点で相対する
原則であるといえる。すなわち、軍事的必要性の原則と人道の原則の双方の狭間に収まる
武力行使が許容されるのであって、軍事的必要性と人道の原則との均衡が保たれるものが
合法的な武力行使とみなされると言い換えることができる。
73 ICRC, Handbook on International Rules Governing Military Operations [hereinafter
“ICRC Handbook on Military Operation§’ヽ(2013), pp. 53-55, Available at
https://www.icrc.org/eng/assets/files/publications/icrc-002-0431.pdf (last visited Dec.
2016).
68
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
・軍事的必要性(military necessity):
「軍事的必要性の原則とは、正当な軍事目的を達成するために実際に必要であり、武力紛争法によって
禁止されていない手段を用いることを許可するものである。武力紛争において、唯一正当な軍事目的は、
他の紛争当事者の軍事能力の弱体化である」74
・人道(humanity):
「人道の原則とは、正当な軍事目標の達成に実際に必要としない死、傷害及び破壊をもたらすことを禁
止するものである」75
・区別(distinction):
「区別原則とは、文民と戦闘員とを、また民用物と軍事目標とを区別し、戦闘員及び軍事目標のみを軍
事行動の対象とすることを紛争当事者に要求するものである」76
•均衡性(比例性)(proportionality):
「均衡性(比例性)原則とは、予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、文民の死
亡、文民の傷害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を過度に引き起こすことが予測される戦闘員
及び軍事目標に対する攻撃を禁止するものである」77
・予防(precaution):
「予防原則とは、文民、文民たる住民及び民用物に対する攻撃を差し控えるよう不断の注意を払うこと
を紛争当事者に要求するものである」78
•制限(limitation):
「制限の原則とは、武力紛争の当事者が戦闘の手段や方法を選ぶ権利は無制限ではないこと、及び不必
74 原文は、“The principle of military necessity permits measures which are actually neces-
sary to accomplish a legitimate military purpose and are not otherwise prohibited by the law
of armed conflict. In the case of an armed conflict the only legitimate military purpose is to
weaken the military capacity of the other parties to the conflict”.
75 原文は、“The principle of humanity prohibits the infliction of death, injury and destruc-
tion not actually necessary to achieve a legitimate military purpose’.
76 原文は、“The principle of distinction requires parties to a conflict to distinguish between
civilians and combatants and between civilian objects and military objectives, and to direct
their operations only against combatants and military objectives’.
77 原文は、“The principle of proportionality prohibits attacks against combatants and mili-
tary objectives which are expected to cause loss of civilian life, injury to civilians, or damage
to civilian objects, or a combination thereof, which would be excessive in relation to the an-
ticipated concrete and direct military advantage’.
78 原文は、“The principle of precaution requires parties to a conflict to take constant care
to spare civilians, the civilian population, and civilian objects'(下線部筆者);『ICRC 軍事
行動ハンドブック』は、「予防(precaution)Jを「原則(principle)」として扱っている。
69
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
要な苦痛を与えることが禁止されていることを意味する」79 80 81
『ICRC軍事行動ハンドブック』は、上記6つを基本原則として挙げた上で、「目標選定
(targeting)Jの項において、区別原則、均衡性(比例性)原則及び予防(原則)の3つの原
則を目標選定の際に適用される法原則(legal fundamentals)として詳細な解説を加えている
80。同様に「戦闘の手段方法(means and methods of warfare)Jの項においては、制限の原則
を踏まえた上で、区別原則、均衡性(比例性)原則及び予防(原則)の3つの原則が武器の
選択又は使用の際に適用される原則であるとしている81。
上記の『1CRC軍事行動ハンドブック』の「目標選定」の項及び「戦闘の手段方法」の項
における整理からも明らかなように、武力紛争時に適用されるICRCが示した6つの基本
原則は、各原則が単独で評価されるものではなく、それぞれの原則を相互補完的にあるいは
総合的に考慮に入れた上で妥当性が評価されることが一般的である。特に、本稿の研究対象
である均衡性(比例性)原則に関連する項である「目標選定」及び「戦闘の手段方法」にお
いては、区別原則と予防(原則)も適用されるため82、以下では均衡性(比例性)原則の第
1追加議定書における条文規定や解釈及び学説等を整理するとともに、区別原則及び予防
(原則)についても均衡性(比例性)原則との相関性を中心に概観する。
2.2.1.I均衡性(比例性)原則
第1追加議定書において、均衡性(比例性)原則に関連する条文としては、以下の第1追
加議定書第51条5項(b)、第57条2項(a) (iii)、同条2項(b)が置かれている。
79 原文は、“The principle of limitation means that the right of the parties to an armed con-
flict to choose means or methods of warfare is not unlimited, and that the infliction of un-
necessary suffering is prohibited”.
80 ICRC Handbook on Military Operations, pp.143-150.
81 Ibid., p.177.
82 2006年にまとめられたICRCの『慣習国際人道法(Customary International Humanitar-
ian Za^』において、第1追加議定書と慣習国際法研究によって認められた近年の武力紛
争に求められる5つの基本要素として、
① 区別原則(Rules1 and 7)
② 無差別攻撃の禁止原則(Rules 11-13)
③ 均衡性(比例性)原則(Rule14)
④ 攻撃の際の予防措置(Rule16)
⑤ 攻撃の影響に対する予防措置(Rules 22-24)
が挙げられており、2013年の『ICRC軍事行動ハンドブック』の6つの基本原則から軍
事的必要性の原則、人道の原則及び制限の原則を除いた3つの原則(区別原則、均衡性
(比例性)原則、予防原則)の細分化したルールを設けている。See Jean-Marie Hencka-
erts and Louise Doswald-Beck, Customary International Humanitarian Law, Vol.2, Rules
hereinafter “ICRC Customary IHL”;基本原則の分類は観点によっていくつかに
分けられるが、区別原則(無差別攻撃の禁止原則)、均衡性(比例性)原則及び予防(原
則)はとりわけ関連性が深いと考えられる。
70
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
第1追加議定書第51条(文民たる住民の保護)5項(b)
「予期される(anticipated)具体的かつ直接的な軍事利益(concrete and direct military advantage)との比較
において、巻添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を過度に
(excessive)引き起こすことが予測される(expected)攻撃」(は禁止する)83
第1追加議定書第57条(攻撃の際の予防措置)2項(a)(iii)
「予期される(anticipated)具体的かつ直接的な軍事的利益(concrete and direct military advantage)との比
較において、巻添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を過度に
(excessive)引き起こすことが予測される(expected)攻撃を行う決定を差し控えること」84
第1追加議定書第57条(攻撃の際の予防措置)2項(b)
「攻撃については、その目標が軍事目標でないこと若しくは特別の保護の対象であること、又は当該攻
撃が、予期される(anticipated)具体的かつ直接的な軍事的利益(concrete and direct military advantage)との
比較において、巻添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を過度に
(excessive)引き起こすことが予測される(expected)ことが明白となった場合には、中止し又は停止する」
上記の3つの条文が均衡性(比例性)原則を明文化したものであると第1追加議定書コ
メンタリーにおいて示されてはいるものの85、先述の『ICRC軍事行動ハンドブック』の武
カ紛争法における基本原則の分類によれば、均衡性(比例性)原則そのものを表している規
定は第51条5項(b)のみであり、第57条2項(a)(iii)及び同条2項(b)の規定は均衡性(比
例性)原則に反する攻撃を差し控えさせるために不断の注意を払うことを要求する予防措
置を示しているといえる。換言すれば、第1追加議定書第57条2項(a)(iii)及び同条2項
(b)の予防措置の規定は、第51条5項(b)の均衡性(比例性)原則の遵守を攻撃決定前に徹
底することを要求するものであるといえる。この点において、攻撃の際の予防措置に関する
第1追加議定書第57条2項(a)(iii)及び同条2項(b)の規定は、第51条5項(b)における均
衡性(比例性)原則の不可分の一部であるといえる。
なお、上記の均衡性(比例性)原則を明文化しているとされる3つの条文中に「均衡性
(proportionality)Jという言葉はどこにも謳われていない。このことは、追加議定書起草時
の外交会議において、各国の見解の相違により合意に至ることが困難であったことがその
理由であるとされている86。この見解の相違は、均衡性(比例性)原則に対する各国の立場
83本規定は、第51条(文民たる住民の保護)4項「無差別な攻撃は禁止する。無差別な
攻撃とは、次の攻撃であって、それぞれの場合において、軍事目標と文民又は民用物とを
区別しないでこれらに打撃を与える性質を有するものをいう」に引き続く 5項「特に、次
の攻撃は、無差別なものと認められる」という規定の一例として挙げられている。
84本規定は、第57条(攻撃の際の予防措置)2項「攻撃については、次の予防措置をと
る」という規定の一例として挙げられている。
85 ICRC Commentary API, paras. 2204-2205.
86 Ibid., para. 1976.
71
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
や解釈を知る上で重要であると考えられるため、以下、均衡性(比例性)原則の明文化時の
推奨国及び反対国の主要な発言について整理する。
均衡性(比例性)原則の明文化を推奨していた国としては、主としてNATO加盟国が挙
げられる。例えば、西ドイツ(当時)は均衡性(比例性)原則という用語を条文から削除す
ることは他の条文の有効性を損なうことを理由として、米国は均衡性(比例性)原則が現行
の国際法を基礎にしていることを理由として、カナダは均衡性(比例性)原則の明文化が既
存の国際法の法典化であることを理由として均衡性(比例性)原則という文言を含んだ条文
案を推奨した87。その他、イギリス、フランスも均衡性(比例性)原則の明文化に積極的な
立場を表明していた88。
一方、均衡性(比例性)原則の明文化に反対していた国としては、ルーマニアやハンガ、リ
一のような東欧の国がある。ルーマニアは均衡性(比例性)原則が主観的な原則であるため
一般国際法の原則に反することを理由として、ハンガ、リーは均衡性(比例性)原則が国際法
として確立していないため拘束性がないこと及び「具体的かつ直接的な軍事的利益
(concrete and direct military advantage)Jの定義が不明確であるため、結果として曖昧な規
定になることを理由に均衡性(比例性)原則の明文化に反対を唱えていた89。他にもシリア
やガーナ等が均衡性という文言を採用することに反対を表明していた90。
均衡性(比例性)原則の明文化に関して、外交会議において数度にわたる話し合いがなさ
れたものの、各国による「均衡性(proportionality)」に関する見解が一致しなかった結果、
第1追加議定書では「均衡性」という用語の使用を避け、「過度に(excessive)」という用語
を採用することによって妥結が図られることとなった91。この「均衡性」という用語の使用
に関する経緯は、均衡性(比例性)原則という概念が曖昧であるが故にその解釈も各国、各
機関によって多様であることの表れであるとされる92。しかしながら、「過度に」という用語
に置き換えられたとはいえ、実質的に均衡性(比例性)原則の概念が第1追加議定書によつ
て明文化されたことに差異はないといえる93。例えば、第1追加議定書第57条2項(a)(iii)
8?阿部恵「武力紛争法規における比例性(proportionality)とその変質」『上智法学論集』第
42 巻1号(1998 年)222 頁;H. S. Levie, Protection of War Victims: Protocol1 to the 1949
Geneva Conventions, Vol.3 (Oceana Publishers, 1980), pp.123-144.
88阿部「前掲論文」(注87)222頁。•. ,,
89 William J. Fenrick, “The Rule of Proportionality and Protocol I in Conventional Warfare”,
Military Law Review, Vol.98 (1982), p.104 ;カナダは、文民に対する付随的損害を絶対的
に禁止するならば、一人の文民が主要な軍事目標の付近にいた場合に攻撃できなくなるこ
とを危惧して均衡性(比例性)という言葉を残すことの重要性を主張した。OfficialRec-
odXIV, CDDH/III/SR.31,p. 55, para. 36. 一
90条文草案では、“extent disproportionate”という文言で表現されていた。Ibid., p. 52,
para. 13.
91会議においては、“ excessive “という言葉も削除しようという提案も数人の代表からなさ
れたが、委員会での採決の結果、56対6で維持された。Ibid., p. 303, para. 31.
92仲宗根卓「長期的効果を有する兵器の使用と均衡性の原則ー『予測される(expected)』
の解釈を中心に」『阪大法学』第59巻6号(2010年)1166頁。
93竹本教授は、均衡性(比例性)原則に反対する諸国が「過度に(excessive)Jという用語
72
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
のコメンタリーにおいて、「均衡性(比例性)原則(rule of proportionality) Jがこの条項に規
定されていると前置きし94、本条項の解説において「過度に(excessive)Jではなく「均衡性
(比例性)規則(rule of proportionality)」という文言を用いられていることから両者の実質
的な違いはないといえる。また、均衡性(比例性)原則が第1追加議定書において初めて明
文化されたことが国際法学者らの論文等によって是認されていることもその証左である。
しかしながら、「過度に」か「均衡性(比例性)原則」であるかの違いにかかわらず、均
衡性(比例性)原則を構成する用語の基準が明確でないことは国際法学者らの共通認識であ
るといえる。この件に関しては、ICRCのような人道の考慮を重視する立場と軍関係者のよ
うな軍事的必要性を重視する立場との間でいくつかの議論があるため、章を改めて第3章
において詳述する。
なお、第1追加議定書における「過度に」で示された均衡性原則については、後の1980
年に採択された「特定通常兵器使用禁止制限条約(Convention on Certain Conventional
Weapons: CCW)J議定書IIにおいても採用されている95。
2.2.1.1.I 不必要な苦痛の禁止及びマルテンス条項との関係性
先述のように、ハーグ陸戦条約及び規則において明文化された「不必要な苦痛の禁止」や
「マルテンス条項」は、第1追加議定書によって「ジュネーヴ法」分野の国際人道法に発展
したといえる。ここでは、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の位置付けを明確にす
るため、均衡性(比例性)原則と不必要な苦痛の禁止及びマルテンス条項との関係性につい
て整理する。
不必要な苦痛の禁止は、第1追加議定書第35条2項において「基本原則(Basic rules)J
の項に以下のとおり明文化されたことにより、ハーグ陸戦規則第23条における禁止事項の
一っという扱いから基本「原則」としての地位に格上げされたといえる96。
の方が一層明確であるという理由でこれを受け入れたとするが、このことが均衡性(比例
性)原則を否定するものではなく、成立経緯とその表現から判断すると均衡性(比例性)
原則が維持されたとみるのが正しいように思われると述べる。竹本正幸『国際人道法の再
確認と発展』(東信堂、1996年)245頁。
94 ICRC Commentary API, para. 2204.
95地雷、ブービートラップ及び他の類似の装置の使用の禁止又は制限に関する議定書(議
定書II)第3条8項
「この条の規定の適用を受ける兵器は、無差別に使用することを禁止する。『無差別に使用する』とは、
これらの兵器に係る次の設置をいう。
(a)〜(b)略
(c)予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、巻添えによる文民の死亡、文民の傷
害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を過度に引き起こすことが予測される場合における設置」。
96 「不必要な苦痛(無用の苦痛)“unnecessary suffering”」は、ハーグ陸戦規則第23条に
おいて原則化したともいえるが、曖昧すぎる規定であったため実質的な価値がないという
のが専門家の見解であった。そのため、第1追加議定書においては「基本原則(Basic
rules)Jという項目の下に置き、より重要な役割を果たすことを期待して設けられた。
73
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
第1追加議定書第35条(基本原則)2項
「過度の傷害(superfluous injury)又は無用の苦痛(unnecessary suffering)を与える兵器、投射物及び物質
並びに戦闘の方法を用いることは、禁止する」
上記の規定は、ハーグ陸戦規則第23条(ホ)「不必要ノ苦痛ヲ与フへキ兵器、投射物其ノ
他ノ物質ヲ使用スルコト」を禁止する規定と文言に多少の差異はあるが、ほぼ同じ内容で引
き継がれているといえる97。ハーグ陸戦規則における「不必要な苦痛」の内容が曖昧であっ
たという指摘があったことに対し98、第1追加議定書のコメンタリーでは、「不必要な苦痛
は、多くの医学的要素を内包している用語である」、「厳密な医学的見地からは、各個人に当
てはまる絶対的な基準を設けることは現時点では不可能である」、「例えば、痛み(pain)には、
様々な種類があり、同じ人でも時と場合によって異なるものである」と述べられている99。
すなわち、第1追加議定書の策定に際して、不必要な苦痛を明確にするための検討はなさ
れたものの、結局、苦痛(suffering)や痛み(pain)というものは主観的に変化する要素である
ため定義や絶対的な基準を設けることが不可能であったことを示唆しているといえる。
また、ボーテ(Michael Bothe)による第1追加議定書の解釈においては、不必要な苦痛で
あるか否かを判断する基準は、「その兵器によって生じた被害がどの程度か、また、その兵
器によって得られた軍事的利益が他の兵器によってより少ない被害で達成されるか否かで
ある」とされている100。この基準によれば、軍事的利益を得るために他に代替する兵器が存
在しない場合には、それがいかに苦痛を伴う兵器であったとしても当該状況においては不
必要な苦痛を与える兵器とはいえず、合法的な兵器として使用することが認められること
となる。したがって、不必要な苦痛の禁止(原則)は、第35条2項においては「戦闘の方
法(methods of warfare)Jという文言が用いられてはいるものの、軍事的利益を達成するた
めに最低限必要な兵器を使用すべきであるとする害敵「手段」に関する相対的な制限である
ということができる。
なお、ボーテは、害敵手段の制限に内在する要素として「被害・損失は、それによって期
待される軍事的利益と比較して不均衡(disproportionate)、もしくは過度なものであっては
ならない」として均衡性(比例性)に言及しており101、不必要な苦痛の禁止(原則)は害敵
手段の制限から導出されるため同原則も均衡性(比例性)を反映したものであると述べてい
ICRC Commentary API, paras. 1414-1416.
97第1追加議定書第35条2項の公定訳文では”‘unnecessary suffering”をハーグ陸戦規則
における訳語であった「不必要ノ苦痛」ではなく 「無用の苦痛」としている。
98 ICRC Commentary API, para. 1415.
99 Ibid., para. 1429.
100 阿部「前掲論文」(注 87)219-220 頁;Michael Bothe, New Rules for Victims of
Armed Conflicts; Commentary on the two 1977Protocols Additional to the Geneva Con-
ventions of1949 (Martinus Nijhoff Publishers, 1982), pp.196-197.
101 Ibid., p.195.
74
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
る102。
そのため、不必要な苦痛の禁止(原則)は定義や基準が曖昧であり、「特定通常兵器使用
禁止制限条約(Convention on Certain Conventional Weapons: CCW)」における検出不可能
な破片を利用する兵器や失明をもたらすレーザー兵器のように使用することが絶対的に禁
止されているような基準ではなく103、相対的に害敵手段が禁止されることがあるという点
において、均衡性(比例性)原則と類似した概念であるといえる。この件に関して、ガーダ
ム(Judith Gardam)は、「不必要な苦痛の禁止(原則)と文民等に関する均衡性(比例性)原
則は共通の起源と目的を有している」、「その理由としては、合法的な目的に均衡しない戦闘
員及び文民双方の死傷を防ぐことにより、戦争から生じる苦痛を最小化するためである」と
述べ104、「禁止される兵器に該当するか否かについては、バランスや均衡性(比例性)の問
題であることは明らかである」、「不必要な(unnecessary)という言葉は、傷害や苦痛の程度
(人道的側面)と使用する兵器の選定における必要性の程度(軍事的側面)の均衡性(比例
性)を内包しているためである」と述べている105。
確かに、ガーダムが主張するように不必要な苦痛の禁止(原則)と均衡性(比例性)原則
を比較した場合に類似点があることについては首肯できる。しかしながら、不必要な苦痛の
禁止(原則)が保護の対象としているのは戦闘員であって、文民が保護の対象となっている
のではない。この点において、武力紛争時における文民に対する損害を過度に引き起こすこ
とを禁止する武力紛争時における均衡性(比例性)原則とは保護法益が異なっているといえ
る。また、不必要な苦痛の禁止(原則)は害敵手段や方法を制約する「ハーグ法」分野から
導出された原理であり、均衡性(比例性)原則は文民等の保護を目的とする「ジュネーヴ法」
における原理であるため、「共通の起源と目的を有している」とまでは言い切れないであろ
う。
なお、1997年以降、ICRCにおいて「過度の傷害•不必要な苦痛プロジェクト(Superfluous
Injury or Unnecessary Suffering Project)」が立ち上げられ、医療関連データを用いて過度な
危害や不必要な苦痛を客観化することにより兵器の合法性審査を促進しようとする試みが
なされた106。しかしながら、当該プロジェクトに対しては、不必要な苦痛を与える兵器であ
るか否かの決定責任は政府が有するのでありICRC等の民間団体が有するのではないとす
る反論や、当該プロジェクトにおいて示されたデータは常に各状況における軍事的利益と
比較衡量されなければならないという見解等もあり、最終的にICRCによる「過度の危害・
102 阿部「前掲論文」(注 87)217 頁;Bothe, supra note 100, p.195.
103本稿第1章45頁参照。
104 Judith Gardam, Necessity, Proportionality and the Use of Force by States (Cambridge
University Press, 2004), p.15.
105 Ibid., p. 68 ;竹中奈津子「武力紛争における均衡性概念一「非戦闘員への付随的被害」
を中心に」『中央大学大学院研究年報』第37巻(2007年)251頁。
106 See ICRC, The SIrUS Project Towards a determination of which weapons cause “super-
fluous injury or unnecessary suffering”, Robin M. Coupland FRCS (ed.) (ICRC, 1997),
Available at https://www.loc.gov/rr/frd/Military_Law/pdf/SIrUS-project.pdf (last visited
Dec. 2016).
75
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
不必要な苦痛プロジェクト」における提案は広範に受け入れられなかった107。
マルテンス条項については、先述のように「文明諸国間で確立された慣行」、「人道の諸法
則」及び「公共良心の要求」という理念が第1追加議定書第1条2項に反映されている108。
マルテンス条項は、本稿第1章のとおり「核兵器使用合法性事件」においてICJが不必要な
苦痛の禁止(原則)がjus inん?〃。に適用される基本原則である根拠としてマルテンス条項
に言及したことから109 110、不必要な苦痛の禁止(原則)に関連する理念であるといえる。
そのため、マルテンス条項は、不必要な苦痛の禁止(原則)を補完する理念であるととも
に、マルテンス条項の理念に基づいて条約や慣習国際法を解釈する際には均衡性(比例性)
を考慮しなければならないという点においてそれぞれ関連があるといえる。この点におい
て、武力紛争時における均衡性(比例性)原則は、不必要な苦痛の禁止(原則)及びマルテ
ンス条項と密接に関連しているといえる。
2.2.1.1.2均衡性(比例性)原則の慣習法性
均衡性(比例性)原則と不必要な苦痛の禁止(原則)は必ずしも同義ではないものの、そ
の起源と目的には共通する部分があることは、上記のガーダムのような一部の国際法学者
によって述べられている。慣習法を法典化したとされる不必要な苦痛の禁止(原則)は、第
2次大戦後のニュルンベルグ裁判や東京裁判において慣習国際法であることが確認された
110。また、マルテンス条項に関してもICJがjus in belloに適用される根拠としてマルテン
ス条項に言及したことに加え、「クプレスキッチ他事件(Prosecutor v. Zoran Kupreskic et al.」
において、慣習国際法であることがICTYによって認められている。
ここで、不必要な苦痛の禁止(原則)やマルテンス条項と同様に、均衡性(比例性)原則
107 ICRCの「過度の危害•不必要な苦痛プロジェクト」における具体的な提案の例として
は、負傷データによる区分を①爆発物や投射物からの外傷に起因する疾患以外のもの、②
異常な生理学的状態又は異常な心理学的状態、③ある種類の兵器に特有の永久的機能不
全、④ある種類の兵器に特有の傷跡、⑤戦場での不可避的死亡又は病院での高い死亡率、
⑥野戦病院で一般的な医学的治療方法のない効果等に区分し、不必要な苦痛概念に該当す
るか否かを決定するためのツールとして提示したものが挙げられる。See Robin Coupland,
and Peter Herby, “Review of the legality of weapons: a new approach the SIrUS Project”,
International Review of the Red Cross, No. 835 (1999), Available at
https://www.icrc.org/eng/resources/documents/article/other/57jq36.htm (last visited Dec.
2016);岩本誠吾「『新』兵器の使用規制ーレーザー兵器を素材として」村瀬信也・真山全
編『武力紛争の国際法』(東信堂、2004年)392-394頁。
108第1追加議定書第1条2項(一般原則及び適用範囲)
「文民及び戦闘員は、この議定書その他の国際取極がその対象としていない場合においても、確立された
慣習、人道の諸原則及び公共の良心に由来する国際法の諸原則に基づく保護並びにこのような国際法の諸
原則の支配の下に置かれる」。
109 Supra note 43, para. 78.
110藤田『前掲書』(注5)111頁。
76
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
も慣習国際法として認められているのか否かが問題となる。第1追加議定書に規定された
均衡性(比例性)原則の規則が慣習国際法であるならば非締約国にも効果が及ぶため、米国
やイスラエルのような高度な軍事力を有する第1追加議定書の非締約国にも拘束力が認め
られるためである。この件につき、国際人道法のどの規則が慣習国際法であり条約の批准の
如何にかかわらず紛争当事者全てに適用することができるのか、及びどの程度非国際的武
カ紛争にも適用されるのかを判断すること等を目的として2005年にまとめられたICRCの
『慣習国際人道法(Customary International Humanitarian Law)』Rule14は、攻撃の際の均
衡性(Proportionality in Attack)として以下の規則を設けている。
『慣習国際人道法』Rule14 (攻撃の際の均衡性)
「予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷
害、民用物の損傷、又はこれらの複合した事態を過度に引き起こすことが予測される攻撃を実施するこ
とは禁止される」111
上記の内容は、均衡性原則そのものを表している第1追加議定書51条5項(b)とほぼ同
文である。ICRCによれば上記Rule14は、慣習国際法として国際的及び非国際的武力紛争
に適用されるという国家実行が確立しているとされる112。ICRCは、国際的武力紛争におい
て均衡性(比例性)原則が慣習国際法であることの根拠として以下の点を挙げている113。
•第1追加議定書の起草段階の外交会議において、イギリスが第51条5項(b)の均衡性
(比例性)原則を「武力紛争に関する重要な国際法の原則としてすべての国によって速や
かに受け入れられた概念の有益な法典化」であると述べたこと
•多くの国の軍マニュアルが攻撃の際の均衡性(比例性)原則を具備していること114
•第1追加議定書の当事国でない国を含む多くの国が均衡性(比例性)原則に反する攻撃
を行うことが罪となる国内法を設けていること
• ICRCが1973年(追加議定書採択前)の中東紛争の当事国に攻撃の際の均衡性(比例
性)原則に留意することを強調したことに対し関係国(エジプト、イラク、イスラエル及
びシリア・アラブ共和国)が肯定的に回答したこと
• icjの「核兵器使用合法性事件」において(追加議定書の当事国か否かにかかわらず)
111 Rule 14. Launching an attack which may be expected to cause incidental loss of civilian
life, injury to civilians, damage to civilian objects, or a combination thereof, which would be
excessive in relation to the concrete and direct military advantage anticipated, is prohib-
ited.” ICRC Customary IHL, Rule 14.
112 Ibid.
113 Ibid.
114 ICRCは、特に、スウェーデンの国際人道法マニュアルが第1追加議定書第51条(5)に
示された均衡性(比例性)原則を慣習国際法の規則として認めていることを強調してい
る。Ibid.
77
【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
多くの国が核兵器が国際人道法に反するか否かの評価において均衡性(比例性)原則を拠
り所としたこと
また、ICRCは非国際的武力紛争においても均衡性(比例性)原則が慣習国際法であると
しており、その理由として以下の点を挙げている115。
•第2追加議定書は攻撃の際の均衡性(比例性)原則について明示的に言及していないが
序文に置かれている「人道の諸原則」に内在するものであるため非国際的武力紛争におい
ても均衡性の原則は無視できない原則であること
•均衡性(比例性)原則が近年の非国際的武力紛争に関する条約(「特定通常兵器使用禁
止制限条約(CCW)」改正議定書II等)に含まれていること
•非国際的武力紛争に適用できる軍事マニュアルを設けている国の多くは均衡性の原則
を明記していること
•いかなる武力紛争においても均衡性(比例性)原則に反することは罪となることを多く
の国が法制化していること
•アルゼンチンのNational Appeals Courtが攻撃の際の均衡性(比例性)原則が慣習国際
法であることを示したこと
•「核兵器使用合法性事件」において均衡性(比例性)原則がすべての武力紛争に適用さ
れる一般的な用語であると主張した国があったこと

  • ICTYの判決や米州人権委員会の報告書は非国際的武力紛争において均衡性(比例性)
    原則が慣習的性質を有することを示していること
    •攻撃の際の均衡性(比例性)原則に違反する行為(チェチェン、コソヴォ、中東や旧ユ
    ーゴなどで生起した事象等)が他の国家、国連及び国際機構から非難されたこと
    非国際的武力紛争における慣習法性の根拠は、国際的武力紛争における慣習法性の根拠
    に比べて幾分我田引水な感があることは否めないが、少なくとも国際的武力紛争において
    均衡性原則が慣習国際法であるとしたICRCの理論的根拠の一部については首肯できるも
    のもある。
    しかしながら、第1追加議定書における均衡性(比例性)原則の規定がICRCの解釈どお
    りに国家実行によって確立した慣習国際法であると断言することについてはやや尚早であ
    ると考える。第1追加議定書における均衡性原則の規定が慣習国際法であるということに
    対しては多くの国際法学者によって疑問が呈されており116、例えば、グリーンウッド
    115 Ibid.
    116 Christopher Greenwood, “ Customary Law Status of the 1977 Geneva Protocols”, Astrid
    J.M. Delissen & Gerard J. Tanja (eds.), Humanitarian Law of Armed Conflicts Challenges
    Ahead, Essays in Honour of Frits Kalshoven (Martinus Nijhoff Publishers, 1991),p.109;
    78
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    (Christopher Greenwood)は、確かに第1追加議定書採択以前に均衡性原則の一部が慣習法
    として確立していた面はあるものの、第1追加議定書の均衡性原則の規定は慣習法として
    存在していた規則を超えた詳細な部分まで明文化したことをその理由として挙げている117 118。
    グリーンウッドによれば、第1追加議定書における無差別攻撃の禁止に関する規定は従来
    の慣習法を正確に表した望ましいものであるが、区別原則と均衡性原則に関する第1追加
    議定書の規定はいくつかの含意を有する従来の慣習法の範囲を超えるものであるとされる
    加えて、後述するように、ICRCの『慣習国際人道法』の研究手法については米国務省に
    よって公式な批判がなされていること等、第1追加議定書51条5項(b)とほぼ同文である
    『慣習国際人道法』Rule14における均衡性原則が慣習国際法であるとICRCが明言するこ
    とに対する反論は少なくない。
    2.2.1.1.3 絶対的禁止と相対的禁止
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則は、軍事目標付近に存在する文民や民用物に被
    害を与え得る場合に軍事的必要性と比較衡量した上で過度であるならば禁止されるという
    点において、文民や民用物に付随的損害を与え得る攻撃を絶対的には禁止しているわけで
    はないため、相対的な禁止規定であるといえる。他方、文民を直接攻撃目標とすることは、
    如何なる場合にも認められないため119、相対的ではなく絶対的な禁止規定であるといえる。
    なお、無差別攻撃は、第1追加議定書第51条4項に「軍事目標と文民又は民用物とを区
    別しないで」攻撃することや「特定の軍事目標のみを対象としない攻撃」が絶対的に禁止さ
    れる攻撃方法として挙げられているものの、第51条5項に無差別攻撃の一例として均衡性
    原則が例示されていることから、絶対的禁止と相対的禁止との関係性をやや複雑にしてい
    るといえる。すなわち、武力紛争時における均衡性原則自体は相対的な禁止であるが、それ
    に反する攻撃に該当する場合は無差別攻撃に当たり絶対的に禁止されるという構成をとつ
    ているためである。
    また、民用物についての目標識別に関しては、区別原則の範疇に含まれるが、これについ
    ても絶対的禁止に当たるものと相対的禁止に当たるものとに分けられる。例えば、歴史的建
    造物等の文化財やダム、堤防及び原子力発電所等に対する攻撃は原則として禁止されるも
    のの、例外的に軍事目標として攻撃することが許容される場合がある。以下においては、そ
    れらの絶対的禁止と相対的禁止に関するものを中心に区別原則について概観する。
    Hamutal (Mutal) Esther Shamash, “How Much is Too Much? An Examination of the Princi-
    ple of Jus in Bello Proportionality”, IDF Law Review Vol.2 (2006), p. 7.
    117 Greenwood, supra note 116 p.109.
    118 Ibid.
    119敵対行為に直接参加する文民は、文民としての攻撃からの保護を喪失するために攻撃
    対象となることがある。敵対行為への直接参加に関する詳細については後述する。
    79
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    2.2.1.2 区別原則
    「区別原則(principle of distinction)Jとは、先述のように国際人道法において文民を保護
    するための中核をなす構成要素であり、ICRCの定義によれば、「文民と戦闘員とを、また
    民用物と軍事目標とを区別し、戦闘員及び軍事目標のみを軍事行動の対象とすることを紛
    争当事者に要求するもの」である。区別原則に従って識別された合法的な軍事目標のみを攻
    撃の対象とすることを「軍事目標主義」と呼称することもあるため120、「軍事目標主義」は
    「区別原則」に包摂されるあるいは表裏一体の概念であると解釈される。
    文民及び文民たる住民については、軍隊(民兵隊(militias)、義勇隊(volunteer corps)等を
    含む)に該当しない者として消極的に定義され121、民用物及び軍事目標については第52条
    2項において、「攻撃は、厳格に軍事目標に対するものに限定する。軍事目標は、物につい
    ては、その性質、位置、用途又は使用が軍事活動に効果的に資する物(effective contribution
    to military action)であってその全面的又は部分的な破壊、奪取又は無効化がその時点におけ
    る状況において明確な軍事的利益をもたらすものに限る」122と定義されている。また、攻撃
    は、厳格に軍事目標に対するものに限定するとして、文民及び文民たる住民や民用物を無差
    別に攻撃することを禁止すること等により、それらが攻撃からの保護を受けることも明示
    されている123。これらの規定は、既存の陸戦における慣習国際法を再確認したものとしてー
    般に認識されている124。
    120真山教授は、「軍事目標主義」は攻撃を合法的な目標に限定するという意味しか有さ
    ず、軍事目標主義は目標区別原則の言い換えであるにすぎないと述べる。真山全「海戦法
    規における目標区別原則の新展開(一)」国際法学会編『国際法外交雑誌』第95巻5号
    (1996 年)14 頁。
    121第1追加議定書50条1項は、「文民とは、第3条約第4条A(1)から(3)まで及び(6)並
    びにこの議定書の第43条に規定する部類のいずれにも属しない者をいう」と規定してお
    り、捕虜の定義(第3条約第4条)や軍隊の定義(第1追加議定書43条)に規定する軍
    隊の構成員、民兵隊及び義勇隊等に該当しない者を文民と定義している。また、第1追加
    議定書50条2項は、文民たる住民について、「文民たる住民とは、文民であるすべての者
    から成るものをいう」と規定している;第1追加議定書が文民ではない者を列挙するとい
    う消極的な定義を採用していることは、古典的戦争法下では「戦闘員」の定義に関する議
    論が先行したため同概念が既にある程度確立していたことが影響しているとされる。稲角
    光恵「文民の保護」村瀬信也・真山全編『武力紛争の国際法』(東信堂、2004年)532
    頁。
    122第1追加議定書第52条(民用物の一般的保護)2項。
    123第1追加議定書51条(文民たる住民の保護)4項
    「無差別な攻撃は、禁止する。無差別な攻撃とは、次の攻撃であって、それぞれの場合において、軍事目
    標と文民又は民用物とを区別しないでこれらに打撃を与える性質を有するものをいう。
    (a) 特定の軍事目標のみを対象としない攻撃
    (b) 特定の軍事目標のみを対象とすることのできない戦闘の方法及び手段を用いる攻撃
    (c) この議定書で定める限度を超える影響を及ぼす戦闘の方法及び手段を用いる攻撃」。
    124 Waldemar A. Solf, Protection of Civilians Against the Effects of Hostilities under Cus-
    tomary International Law and under Protocol I, American University Journal of Interna-
    tional Law and Policy, Vol.1, Issue 1(1986), pp.130-131;なお、軍事目標か否かの区別基
    準は「ハーグ陸戦条約及び規則」には明示されなかったが、その後1923年の「空戦に関
    80
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    上記のように区別原則は、「軍事目標主義」や「無差別攻撃の禁止」原則のように、攻撃
    側の戦闘方法を規制することを主な目的とする原則であるといえる125。また、区別原則を確
    実に遵守するためには、適切な偵察や諜報部隊等からの正確な情報が極めて重要であり、こ
    れらの能力に欠けていると区別原則違反となる結果を招くおそれもある126。
    軍事目標の識別基準について、かつては軍事目標を例示列挙する試みがなされている。草
    案に留まった1923年の「空戦に関する規則案(Hague Rules of Aerial Warfare) J127、及び
    1956年にICRCが作成したものの途中で断念した「戦時一般文民の蒙る危険を制限するた
    めの規則案(Draft Rules of the Limitation of the Dangers Incurred by the Civilian Population
    in Time of War)(以下、ICRC規則案)」128がそれである。「空戦に関する規則案」では軍事
    目標の具体例として「軍隊、軍事工作物、軍事建設物又は軍事貯蔵所、兵器弾薬、又は明ら
    かに軍需品の製造に従事する工場であって公知の中枢を構成するもの」等129 130が挙げられて
    いた。これらは、本質的な軍事目標であるといえる。本質的な軍事目標に関しては、まず、
    区別原則によって軍事目標であるか否かを類別し、次に、識別された軍事目標に対する予防
    措置をとった上で、最後に、均衡性原則によって付随的損害が過度であるか否かを評価する
    という手順がとられることが一般的である130。
    他方、「ICRC規則案」においては、本質的な軍事目標の他にも「鉄道、道路、橋のような
    交通網、ラジオ・テレビ施設、電信・電話交換局、戦争遂行に本質的に重要な産業、戦争手
    段の研究•実験•開発施設」といった、通常は民生の目的に使用されるいわゆる混合目標の
    する規則案(未発効)」第24条1項によって「軍事的目標、すなわち、その破壊又はき損
    が明らかに軍事的利益を交戦者に与えるような目標」として、軍事目標に関する規則案が
    示された。しかしながら、この表現によれば攻撃側の主観的評価による軍事的利益さえあ
    ればいかなる攻撃も正当化される危険性があることが指摘され、現在の表現に収束した。
    藤田『前掲書』(注5)112-113頁。
    125他方の害敵手段を規制する規則としては、「不必要な苦痛の禁止(原則)」や大量破壊
    兵器、細菌兵器、化学兵器及び核兵器等の特定の兵器の使用等を禁止する条約等が挙げら
    れる。
    126 Dieter Fleck, The Handbook of International Humanitarian Law, Third Edition (Oxford
    University Press, 2013), p. 444.
    127 「ハーグ空戦規則案」とも訳される。
    128 See ICRC, Draft Rules for the Limitation of Dangers incurred by the Civilian Popula-
    tion in Time of War, 1956 ;「戦時一般文民の蒙る危険を制限するための規則案(Draft Rules
    for the Limitation of Dangers incurred by the Civilian Population in Time of War)」は、20
    か条からなり、ICRCによるコメンタリーも付されている。しかしながら、当該規則案に
    対する諸政府の反応は芳しくなく、結局ICRCはそれ以上の作業をあきらめたとされる。
    藤田『前掲書』(注5)30-31頁。
    129空戦に関する規則案第24条2項
    「右の爆撃は、もっぱら次の目標、すなわち軍隊、軍事工作物、軍事建設物もしくは軍事貯蔵所、兵器弾
    薬(arms, ammunition)もしくは明らかに軍需品(military supplies) 〇製造に従事する工場であって重要かつ
    公知の中心施設(well-known centres)を構成するもの、または軍事目的に使用される連絡路もしくは輸送
    路(lines of communication or transportation)に対して行われ場合に限り、適法とする」。
    130 Roee Ariav, “Hardly the Tadic of Targeting: Missed Opportunities in the ICTY’s
    Gotovina Judgments”, Israel Law Review, Vol.48, Issue 3 (2015), p. 339.
    81
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    広範な例を挙げている131。もっとも、混合目標(鉄道、道路、橋等)は常に軍事目標となる
    わけではなく、ICRC規則案ではそれらが「軍事的に重要な地位(fundamental military im-
    portance)」を占めるときに軍事目標となり得るとしている132。
    結果的に、第1追加議定書においては、ICRC規則案が示していたような軍事目標の例示
    列挙方式は採用されず、その目標が有する「性質、位置、用途又は使用が軍事活動に効果的
    に資する」という目標の機能に基づいて軍事目標が定義された133。しかしながら、例示列挙
    方式を採用しなかったことはICRC規則案で例示された混合目標が軍事目標となることを
    否定するものではなく、混合目標が軍事活動に寄与するのであれば、軍事目標として攻撃す
    ることは合法とされる。また、第1追加議定書では、「礼拝所、家屋その他の住居、学校等」
    が「軍事活動に効果的に資するものとして使用されているか否かについて疑義がある場合」、
    「軍事活動に効果的に資するものとして使用されていない」ことが推定されるという民用
    物推定規定が設けられた134。この規定は、「まず攻撃し、あとで問題を考える(shot first and
    asked questions later)」という多くの武力紛争においてなされてきた実行の危険性から文民
    を保護し135、予防措置をより厳格に適用することを目的として設けられたとされる136。
    礼拝所、家屋その他の住居、学校等は民用物として推定されるが、他にも特別な保護を受
    ける目標として、「文化財(歴史的建造物、芸術品)及び礼拝所」137、「住民の生存に不可欠
    131藤田『前掲書』(注 5)113 頁; ICRC Commentary API, p. 632. para. 2202, n. 3 ;な
    お、軍事目標を直接的に示したものではないが、1954年の「武力紛争の際の文化財の保護
    に関する条約(武力紛争文化財保護条約)」第8条1項(a)においては、「飛行場、放送
    局、国家の防衛上の業務に使用される施設、比較的重要な港湾又は鉄道停車場、幹線道
    路」等を攻撃を受けやすい重要な軍事目標として明示している。
    132 ICRC Commentary API, p. 632. para. 2002, n. 3.
    133当該定義については、2005年に開催された「軍事目標の選定(Targeting Military Ob-
    jectives) 」に関する専門家会議において、ある専門家の「軍事目標を列挙したリストは融
    通が利かず、技術革新の度に更新する必要が生じる」という見解や、参加したすべての専
    門家による「軍事目標のリスト化は、リストに掲げられたすべての物が常時合法な軍事目
    標になるとの誤解を与え、反対に、リストに掲げられていない物は常時保護の対象とな
    り、如何なるときも攻撃してはならないとの誤解に繋がる可能性があることから望ましく
    ない」という合意があったことから、例示列挙方式を採用しなかった当時の決定が適当な
    ものであったとして支持する見解が多いといえる。University Centre for International Hu-
    manitarian Law, Expert Meeting Targeting Military Objectives (2005), p. 8.
    134第1追加議定書第52条(民用物の一般的保護)3項
    「礼拝所、家屋その他の住居、学校等通常民生の目的のために供される物が軍事活動に効果的に資するも
    のとして使用されているか否かについて疑義がある場合には、軍事活動に効果的に資するものとして使用
    されていないと推定される」(下線部筆者)。
    なお、上記の「推定」の概念は、起草過程においてほとんど議論されていないため、事
    実上の推定であるのか法律上の推定であるのかは明らかではない。真山全「陸戦法規にお
    ける目標識別義務一部隊安全確保と民用物保護の対立関係に関するー考察」村瀬信也・真
    山全編『武力紛争の国際法』(東信堂、2004年)327頁。
    135 ICRC Commentary API, p. 637. para. 2030.
    136 Ibid., p. 638. para. 2034.
    137第1追加議定書第53条(文化財及び礼拝所の保護)。
    82
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    な物(食糧、家畜、飲料水施設等)」138、「自然環境」139、「危険な力を内蔵する工作物及び
    施設(ダム、堤防、原子力発電所)」140がある。これらの特別な保護を受ける目標に対する
    攻撃は原則として禁止されるものの、例えば、「住民の生存に不可欠な物」についてはこれ
    らが敵軍隊構成員のみの生命維持手段あるいは軍事行動を直接支援する手段として使用さ
    れる場合141、または自国防衛のため絶対的な軍事的必要性がある場合142、「危険な力を内蔵
    する工作物及び施設」についてはこれらが軍事行動に常時重要かつ直接の支援をし、これら
    への攻撃が唯一の実行可能な手段である場合143には軍事目標となり得る。
    上記のように通常は民生利用されるもののうち特別な保護の対象となる民用物について
    は、原則として軍事目標として攻撃することが禁止されるものの、攻撃することについての
    確固たる軍事的必要性がある場合等には許容されるという点で相対的な攻撃禁止目標であ
    るといえる。したがって、特別な保護の対象となる民用物に対しては軍事的必要性すなわち
    それらの破壊や無効化によって得られる軍事的利益とそれらの破壊等によって生じる一般
    住民等への影響、例えば食糧や飲料水不足による文民の飢餓や放射能汚染による身体的影
    響等との比較衡量によって、軍事目標として攻撃することの合法性が評価されるといえる。
    上記の一般住民への影響を付随的損害と考えるならば、軍事施設等の本質的な軍事目標
    を除く通常民生利用される特別な保護の対象となる民用物を区別原則によって選定する際
    にも均衡性(比例性)原則と同様に付随的損害を考慮する必要があるため、区別原則と均衡
    性(比例性)原則を同時に評価することが要求される。すなわち、区別原則に基づいて目標
    選定を行う際に均衡性(比例性)原則に基づいた評価を合わせて行う必要があるといえる。
    したがって、通常民生利用されるもののうち特別な保護の対象となる民用物については、本
    質的な軍事目標に対する手順とは異なり、思考過程または時系列に関わらず評価する必要
    があるといえる。
    上記のような特定の民用物が相対的な攻撃禁止目標である一方、文民は敵対行為に直接
    参加しない限り(ほとんどの文民がこれに該当する)、軍事目標とはならず絶対的な攻撃禁
    止目標とされる点において上記の民用物よりも十分な保護が与えられているといえる。合
    法的に文民が犠牲となる可能性があるのは、文民が直接軍事目標として攻撃される場合で
    はなく、あくまでも合法的な軍事目標への攻撃から生じる付随的損害としての影響を受け
    る場合に限られる。
    2.2.1.3予防措置
    ICRCが武力紛争法の基本原則として掲げた「予防(原則)」には、攻撃側に要求される
    138第1追加議定書第54条(文民たる住民の生存に不可欠な物の保護)。
    139第1追加議定書第55条(自然環境の保護)。
    140第1追加議定書第56条(危険な力を内蔵する工作物及び施設の保護)。
    141第1追加議定書第54条(文民たる住民の生存に不可欠な物の保護)3項。
    142同条5項。
    143第1追加議定書第56条(危険な力を内蔵する工作物及び施設の保護)2項。
    83
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    攻撃の際の予防措置と被攻撃側に要求される攻撃の影響に対する予防措置の2種類がある。
    上記で述べた区別原則を適切に実施するための措置については、攻撃の際の予防措置であ
    る第1追加議定書第57条2項(a)(i)において定められており144、攻撃の影響に対する予防
    措置は、第1追加議定書第58条に規定がある。
    2.2.1.3.1攻撃の際の予防措置
    攻撃の際の予防措置は、文民や民用物への被害を最小限にするために均衡性(比例性)原
    則とともに用いられる規定であることが「軍事目標の選定(Targeting Military Objectives)J
    に関する国際人道法の専門家会議の際に指摘されている145。
    第1追加議定書第57条2項(a)(i)は、①目標が文民や民用物でなく、②第52条2項に規
    定する軍事目標であって、③特別の保護の対象ではなく、④目標に対する攻撃が禁止されて
    いない、ことを確認するためのすべての実行可能な(everything feasible)予防措置をとるこ
    とを攻撃の計画及び決定者に要求している146。同条2項(a)(ii)では、攻撃の手段及び方法の
    選択の際に、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害及び民用物の損傷を防止又は少なくと
    も最小限に(in any event to minimizing)留めるために、すべての実行可能な予防措置をとる
    ことを要求している147。これらの規定は、文民や軍事目標ではない民用物を適切に保護する
    ことを目的として、攻撃決定者等に区別原則や均衡性原則を遵守するための具体的な措置
    を要求するものである。
    また、先述のように均衡性(比例性)原則の不可分の一部である第57条2項(a)(iii)及び
    同条2項(b)は、軍事的利益に比して過度な付随的被害を引き起こすことが予測される攻撃
    を差し控え148、同様の軍事的利益を得ることのできる軍事目標が複数存在し選択が可能な
    場合には、同条3項により攻撃に伴う文民や民用物への付随的損害が最も小さいことが予
    144真山「前掲論文」(注134) 329頁。•..
    145 Supra note 133, Executive Summary, p. iii.
    146第1追加議定書57条(攻撃の際の予防措置)2項(a) (i)
    「攻撃の目標が文民又は民用物でなく、かつ、第52条2に規定する軍事目標であって特別の保護の対象
    ではないものであること及びその目標に対する攻撃がこの議定書によって禁止されていないことを確認す
    るためのすべての実行可能なこと(everything feasible) J。
    147第1追加議定書57条(攻撃の際の予防措置)2項(a)(ii)
    「攻撃の手段及び方法の選択に当たっては、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷を防
    止し並びに少なくともこれらを最小限に(in any event to minimizing)とどめるため、すべての実行可能な
    予防措置をとること」。
    148第1追加議定書57条2項(a)(iii)
    「予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷
    害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を過度に引き起こすことが予測される攻撃を行う決定を差し
    控える(refrain)こと」。
    84
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    測される目標を攻撃することを義務付けている149。加えて、第57条2項(。では、文民に影
    響を与える攻撃を行う際には、事情の許す限り事前の警告を行うことを要求している150 151。
    攻撃の際の予防措置は、人道の考慮と軍事的必要性とのバランスを保つことを目的とし
    て規定されたものであり、区別原則や均衡性の原則と密接かつ複雑に関連するものである
    151。換言すれば、攻撃の際の予防措置は、区別原則との関係では攻撃決定前に軍事目標であ
    るか否かを再確認することを義務付けるものであり、均衡性原則との関係では事前警告等
    の予防措置をとることによって均衡性の評価基準の敷居を下げるとともに、それでもなお
    付随的損害が過度であると判断される場合には攻撃直前であっても中止又は停止すること
    を義務付けるものであるといえる。そのため、攻撃の際の予防措置は、区別原則や均衡性原
    則のような独立した「原則」として扱われるのではなく、区別原則と均衡性原則に包摂され
    ている評価要素あるいは均衡性を評価する敷居を下げるための一手段として扱われるもの
    であるといえる。すなわち、予防措置は、『ICRC軍事行動ハンドブック』においては「予
    防原則(principle of precaution)Jとして区別原則や均衡性原則と並列に基本原則として扱わ
    れているものの、両原則に比して直接的に違法性が判断される原則というよりは、むしろ区
    別原則及び均衡性原則を評価する際の要素や手段として用いられるべき概念であるといえ
    る。
    これらの攻撃の際の予防措置に関する規定は、区別原則や均衡性(比例性)原則を遵守さ
    せることにより、文民や民用物が犠牲になる確率を減ずる役割を果たすものであるが、条文
    の規定からもわかるとおり「すべての実行可能な」152、「少なくとも最小限に」、「差し控え」、
    「選択が可能な場合には」、「最も小さいことが予測される」、「事情の許さない場合は、この
    149第1追加議定書57条3項
    「同様の軍事的利益を得るため複数の軍事目標の中で選択が可能な場合には(when a choice is possible)、
    選択する目標は、攻撃によって文民の生命及び民用物にもたらされる危険が最小(the least)であることが
    予測される(may be expected)ものでなければならない」。
    150第1追加議定書57条2項(c)
    「文民たる住民に影響を及ぼす攻撃については、効果的な事前の警告を与える。ただし、事情の許さない
    場合は、この限りでない(unless circumstances do not permit) Jo
    151 ICRC Commentary API, pp. 683-685, paras. 2204-2219.
    152 「すべての実行可能な(everything feasible)Jの解釈として、起草過程では、米国、ド
    イッ、トルコが、軍事作戦の成功を含めた「その時点におけるすべての状況(all circum-
    stances at the time)」を考慮して「実施し得る(practicable)」ないし「実際に可能な(prac-
    tically possible)」 の意味であるとしており、第1追加議定書の署名又は批准若しくは加入
    の際においては、多くの西欧諸国(アルジェリア、オーストラリア、オーストリア、ベル
    ギー、カナダ、ドイツ、イタリア、オランダ、ニュージーランド、スペイン、スイス、イ
    ギリス等)が識別は指揮官が得られる情報に依拠してなされるべきであり、そのような情
    報収集は「その時点におけるすべての状況」を考慮して「実施し得る」ないし「実際に可
    能な」ものであればよいとの留保及び解釈宣言を付した。Roberts, supra note19, pp. 499-
    512 ;真山「前掲論文」(注134) 330-331頁。
    85
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    限りでない」等の文言は、絶対的な義務を課すことを示すものではなく、配慮義務あるいは
    努力義務規定に留まることを示唆しているといえる。すなわち、攻撃の際の予防措置は、あ
    る程度攻撃決定者等の裁量に依拠せざるを得ないといえる。
    しかしながら、絶対的な義務を課すものではないとはいえ、攻撃の際の予防措置が画餅に
    過ぎない規定ということではない。例えば、1998年から2000年にかけてのエリトリアと
    エチオピア間の紛争の際、エリトリア・エチオピア請求委員会(Eritrea-Ethiopia Claims Com-
    mission: EECC)は、エリトリアが空爆の際に「すべての実行可能な予防措置」をとらなかっ
    たとして、エリトリアに責任があるとの判断を下した事例や153、後述する国連の報告書にお
    いて、イスラエルによる攻撃の際の予防措置が不十分であったと結論付けた事例等も存在
    する。
    2.2.1.3.2 攻撃の影響に対する予防措置
    攻撃の影響に対する予防措置については、第1追加議定書第58条において、紛争当事国
    は、「実行可能な最大限度まで(to the maximum extent feasible)JAその支配下の文民や民用
    物を軍事目標の近傍から移動させるよう努めること、及び人口の集中している地域に軍事
    目標を置かないようにすること等が規定されており153 154、被攻撃の際に攻撃を受ける側がと
    るべき予防措置(受動的な予防措置)が示されている。
    同条のコメンタリーで述べられているように、本規定は第1追加議定書に含まれている
    敵国の文民の保護のための多くの規定から導かれるコロラリーであるとされている155。す
    なわち、区別原則に従って攻撃側が合法的な軍事目標を選定した場合に被攻撃側に対して
    当該軍事目標内に文民が存在することによる文民の被害を防ぐことや、均衡性(比例性)原
    則に基づいて文民に対する付随的損害が予測される場合に前もって軍事目標付近から文民
    153仲宗根「前掲論文」(注92)1175頁;委員会の報告書では、「(第57条の予防措置は)
    実際に不可能な予防措置を要求しているのではなく、すべての『実行可能な(feasible)』予
    防措置をとることを要求している。しかしながら(エリトリアの)軍事活動の実施方法に
    関して、委員会は重大な懸念を有する」とし、「委員会は、1998年のエリトリアによる空
    爆において、すべての『実行可能な』予防措置がとられたとはいえない」と結論付けてい
    る。See Eritrea Ethiopia Claims Commission, Partial Award Central Front Ethiopia’s Claim
    2, between The Federal Democratic Republic of Ethiopia and The State of Eritrea, The
    Hague, April 28, 2004, paras. 105-113, Available at http://www.pca-
    cpa.org/ET%20Partial%20Award(1)6fbc.pdf?fil_id=147 (last visited Dec. 2016).
    154第1追加議定書第58条(攻撃の影響に対する予防措置)
    「紛争当事者は、実行可能な最大限度まで(to the maximum extent feasible)、次のことを行う。
    (a) 第4条約第49条の規定の適用を妨げることなく、自国の支配の下にある文民たる住民、個々の文
    民及び民用物を軍事目標の近傍から移動させるよう努めること
    (b) 人口の集中している地域又はその付近に軍事目標を設けることを避けること
    (c) 自国の支配の下にある文民たる住民、個々の文民及び民用物を軍事行動から生ずる危険から保護す
    るため、その他の必要な予防措置をとること」。
    155 ICRC Commentary API, p. 692.
    86
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    を遠ざけておくことにより文民の被害を最小限に抑える措置等を要求するものである。
    換言すれば、文民の保護を厚くするために、上述の攻撃の際の予防措置だけではなく、被
    攻撃側が攻撃の影響に対して予防措置をとることによって、両極からの双方向的なアプロ
    ーチを求める規定であるともいえる。
    これらの被攻撃の際の受動的な予防措置は、実行可能な最大限度とられればよいもので
    あり、攻撃の際の予防措置が攻撃決定者等の裁量に依拠せざるを得ないことと同様に、どの
    程度攻撃の影響に対する予防措置をとるかは被攻撃側の裁量次第であるといえる。
    文民被害の局限という観点からは、受動的予防措置が徹底されることが望ましいが、仮に
    被攻撃側が攻撃の影響に対する予防措置をとっていないとしても、攻撃側による区別原則
    の違反や攻撃の際の予防措置を無視した攻撃を許容するものではないとされている156。し
    たがって、被攻撃側によって受動的予防措置がとられているか否かに関わらず、攻撃側は、
    区別原則、均衡性(比例性)原則及び攻撃の際の予防措置を誠実に実施することが要求され
    る。
    2.3 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の展開
    これまで確認してきたように、武力紛争時における均衡性(比例性)原則は、第1追加議
    定書の起草過程において明文化すること自体あるいは文言に関して各国間における議論が
    あったことを想起すると、全会一致で認められた原則であるとは言い難い。加えて、マルテ
    ンス条項、不必要な苦痛の禁止(原則)、区別原則及び予防(原則)といった武力紛争に適
    用される他の基本原則との相関性も複雑であり、また、当該原則が慣習国際法であるか否か
    についても見解が一致していない。
    それにもかかわらず、第1追加議定書による明文化以降、各種条約やマニュアルにおい
    て武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する規定が設けられているものが散見され
    る。しかしながら、均衡性(比例性)原則に関する評価基準等については、それらの条約や
    マニュアルにおいても明確に述べられていない。
    また、設けられた均衡性(比例性)原則が従来の慣習国際法の法典化であるのか、それと
    もあるべき法として新たな規定を設けたものであるのかについても明確にされていない。
    とはいえ、均衡性(比例性)原則が新たな条約やマニュアルに明文化されているという事実
    は、同原則が重要かつ不可欠な規定であることを多くの国家が認めているということに加
    えて、同原則の適用領域や適用対象を拡大することが望ましいということを示唆するもの
    であるといえる。以下では、第1追加議定書による明文化以降の均衡性(比例性)原則の拡
    大傾向を概観する。
    156第1追加議定書第51条8項
    「この条に規定する禁止の違反があったときにおいても、紛争当事者は文民たる住民及び個々の文民に関
    する法的義務(第5?条の予防措置をとる義務を含む。)を免除されない」
    ;藤田『前掲書』(注5)116頁。
    87
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    2.3.1適用領域の拡大
    まず、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の適用される領域に着目し、海戦、空戦、
    サイバー戦の順に関連するマニュアルの規定やコメンタリー等を参照しながら適用領域の
    拡大傾向を概観する。
    2.3.1.1海戦への適用
    第1追加議定書では均衡性原則が陸戦のみに適用されると規定されていたが157、陸戦以
    外の領域にまで適用することが望ましいという見解が示されたのは、海戦における均衡性
    (比例性)原則が最初である。ここでは、多くの国際法学者らによって策定された『サンレ
    モ•マニュアル』の海戦における武力紛争時における均衡性(比例性)原則の記述内容につ
    いて確認する。
    2.3.1.1.1 『サンレモ•マニュアル』の記述内容
    1994年の『海上武力紛争に適用される国際法サンレモ•マニュアル(San Remo Manual on
    International Law Applicable to Armed Conflict at Sea:サンレモ•マニュアル)』は、慣習国
    際法が中心であって曖昧な状況にあった海戦法規について、さらなる理解と発展を促すこ
    とを主要な目的として作成された文書である158。『サンレモ•マニュアル』においては、海
    戦に適用される従来の慣習国際法を明文化することのみならず、第1追加議定書第49条3
    項の規定によって、海戦には適用されないとされる文民や民用物に対する均衡性(比例性)
    原則等の人道の基本原則に関する規定(第1追加議定書第48条〜67条)を海戦にも適用す
    べきという「あるべき法(lex ferenda)」の指針が提言されている。
    海戦には適用除外とされた第1追加議定書における規定を『サンレモ•マニュアル』に採
    用したものとしては、区別原則に関するpara. 39159及び軍事目標に関するpara. 40160がある。
    157第1追加議定書第49条(攻撃の定義及び適用範囲)3項
    「この部の規定は、陸上の文民たる住民、個々の文民又は民用物に影響を及ぼす陸戦、空戦又は海戦につ
    いて適用するものとし、また、陸上の目標に対して海又は空から行われるすべての攻撃についても適用す
    る。もっとも、この部の規定は、海上又は空中の武力紛争の際に適用される国際法の諸規則に影響を及ぼ
    すものではない」。
    とされているため、陸上にいる文民や民用物を洋上から攻撃する場合以外の海戦につい
    ては適用されないものと解釈される。
    158 International Institute of Humanitarian Law, San Remo Manual on International Law
    Applicable to Armed Conflicts at Sea [hereinafter “San Remo Manual’^], Introduction (Cam-
    bridge University Press, 1995), pp. 61-69.
    159『サンレモ•マニュアル』para. 39
    「紛争当事国は、文民または他の保護される者と戦闘員とを、また、民用物または免除される物と軍事目
    標とを、常に区別しなければならない」。
    160『サンレモ•マニュアル』para. 40
    88
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    これらのパラグラフは、陸戦における区別原則に関する規定である第1追加議定書第48条
    及び第52条2項を踏襲したものである。
    均衡性(比例性)原則に関連するパラグラフとしては、以下のものがある。
    『サンレモ•マニュアル』para. 42
    「紛争当事国を拘束する特定の禁止事項のほか、次の戦闘の方法または手段を用いることは、禁止する。
    (a) 性質上、過度の傷害もしくは不必要な苦痛を与えるもの、または
    (b) 次の点で無差別なもの、
    (i)特定の軍事目標に向けられていないか、向けることのできないもの、
    もしくは
    (ii)この文書に示された国際法が要求するように、戦闘の方法または手段の効果を限定することがで
    きないもの」
    『サンレモ•マニュアル』para. 46
    「攻撃については、次の予防措置をとらなければならない。
    (a) 攻撃を計画し、決定しまたは実行する者は、軍事目標でない物が攻撃区域に存在するかどうかを
    確認する際に助けとなる情報を収集するために実行可能なすべての措置をとらなければならない。
    (b) 攻撃を計画し、決定しまたは実行する者は、自己が利用できる情報に照らして、攻撃が軍事目標
    に限定されることを確保するために実行可能なすべてのことを行わなければならない。
    (c) さらに、付随的な死傷もしくは損害を回避しまたは最小限にとどめるために、方法及び手段の選
    択に当たって実行可能なすべての予防措置をとらなければならない。および
    (d) 攻撃全体から予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、過度の付随的な死傷
    または損害を引き起こすことが予測されるならば、攻撃は開始してはならない。付随的な死傷または
    損害が過度となることが明白となった場合には、速やかに攻撃を取り消し、または停止しなければな
    らない」
    前者のpara. 42は、均衡性(比例性)原則と共通の目的を有すると言われることもある
    「不必要な苦痛の禁止(原則)」や「無差別攻撃の禁止」を基にしたパラグラフであり、para.
    42 (b)は第1追加議定書第51条4項を反映している。後者のpara. 46は、攻撃の際の予防
    措置及び均衡性(比例性)原則に関する第1追加議定書第57条2項を反映させた表現とな
    っている。専門家らによる話し合いの結果、para. 46によって攻撃の際の予防措置に関する
    均衡性(比例性)原則の規定を海戦にも適用すべきであることが合意されたものの161、被攻
    「軍事目標は、物については、その性質、位置、用途または使用が軍事活動に効果的に貢献するもので、
    その全面的または部分的な破壊、捕獲または無力化がその時点における状況の下において明確な軍事的利
    益をもたらすものに限られる」。
    161 San Remo Manual, para. 46.1,p.123.
    89
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    撃の際の受動的な予防措置については海戦には不向きであることを理由に採用されなかっ
    た162。とはいえ、上記2つのパラグラフ以外にも『サンレモ•マニュアル』には武力紛争時
    における均衡性(比例性)原則に関するパラグラフが随所にみられ163、参加者らは均衡性(比
    例性)原則を海戦にも適用することの必要性を十分に認識していたといえる。もっとも、海
    戦においては武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する慣習国際法はこれまで存在
    しなかったため164、これらの均衡性(比例性)原則に関する『サンレモ•マニュアル』のパ
    ラグラフはあくまでも「あるべき法(指針)」に留まるのであって、慣習国際法として拘束
    力を有するものではない。
    海戦に適用される武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関するパラグラフの起草段
    階において、一部の参加者は、ドイツが第1次大戦中に英国客船「ルシタニア号(Royal Mail
    Steamer Lusitania)]を撃沈した結果、1198名の乗客と乗組員が死亡した事例を引き合いに
    出し、同船が420万個の小銃弾や1,250個の榴散弾等の貨物を輸送していたことは間違い
    ないが、均衡性(比例性)の原則が適用されるならばこれに反する可能性が高いという見解
    を明らかにした165。しかしながら、第1次大戦以降の海戦に関する国家実行を概観すると、
    162その理由として、海戦の経済戦的性格と軍事努力の支援に商船と民間機を広範に使用
    することを挙げている。Ibid., para. 46.4, p.124.
    163例えば、以下のような規則が挙げられる。
    『サンレモ•マニュアル』para. 51(病院船に関するもの)
    「病院船は、次の場合にのみ最後の手段として攻撃することができる。
    (a) ~(c)省略
    (d)付随的な死傷がまたは損害が、得られるかまたは予期される軍事的利益に対し不釣合でない」
    『サンレモ•マニュアル』para. 52 (攻撃を免除されるその他すべての種類の船舶に関す
    るもの」
    「攻撃を免除されるその他のいずれかの種別の船種が、para. 48の免除の条件のいずれかに違反すると
    き、次の場合にのみ攻撃することができる。
    (a) ~(c)省略
    (d) 付随的な死傷がまたは損害が、得られるかまたは予期される軍事的利益に対し不釣合でない」
    『サンレモ•マニュアル』para.102 (封鎖に関するもの)
    「封鎖の宣言または設定は、次の場合には禁止する。
    (a) 文民たる住民を餓死させること、または、その生存に不可欠な他の物を与えないことを唯一の目的と
    する場合、または
    (b) 封鎖によって期待される具体的かつ直接的な軍事的利益との関連で、文民たる住民への危険が過度と
    なるか、そのように予期される場合」
    『サンレモ•マニュアル』para.106 (作戦区域等に関するもの)
    「交戦国が、そのような区域を例外的措置として設定した場合には、
    (a) 省略
    (b) その区域の範囲、位置および期間ならびに課される措置は、軍事的必要性および比例性の原則によつ
    て厳密に要求されるものを超えてはならない。
    (c) ~(e)省略」。
    164 San Remo Manual, para. 46.4, p.124.
    165 Ibid., para. 46.5, p.124.
    90
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    均衡性(比例性)原則を考慮した結果、文民が乗船した軍艦又は軍事物資等の民用物を搭載
    した軍事目標に該当する商船に対する攻撃を差し控えたという事例は管見の限り皆無であ
    ると考えられる166。また、『サンレモ•マニュアル』自体には拘束力がないため、海戦にお
    ける均衡性(比例性)原則を『サンレモ•マニュアル』に倣って各国が独自に軍マニュアル
    に規則を設けるか、当該原則が慣習国際法として認められない限り、「ルシタニア号」は現
    代においてもなお合法な軍事目標となり得るであろう。
    さらに、海戦においては文民及び民用物のほか自然環境や危険な力を内在する工作物等
    に対する戦時復仇を禁止した第1追加議定書第51条6項等の規定も適用除外であるため、
    海戦における均衡性(比例性)原則が慣習国際法でない以上、戦時復仇として原子力船や海
    中油田等を攻撃することによって生じる付随的損害である文民の死傷や自然環境の破壊も
    違法とはならない可能性が高い167。なお、『サンレモ•マニュアル』においては、「付随的損
    害(付随的死傷)」は「文民その他の被保護者の死亡または傷害、および自然環境もしくは
    それ自体軍事目標ではない物に対する損傷または破壊」(下線部筆者)と定義されており168、
    文民、民用物と並列に自然環境も均衡性(比例性)原則における付随的損害の対象とされて
    いる。
    2.3.1.1.2 米海軍マニュアル(NWP1-14M)の規定
    繰り返し述べているように、『サンレモ•マニュアル』における慣習国際法を明文化した
    ものではない均衡性(比例性)原則等のパラグラフは単なる指針であり、これらの記述内容
    が各国の海軍マニュアル等に採用されなければ遵守すべき義務は生じない。そのため、均衡
    性(比例性)原則に関するパラグラフがどの程度各国海軍に適用されるマニュアルに採用さ
    れているのかを確認することが海戦に均衡性(比例性)原則が適用され得るかを評価する上
    で重要であるといえる。
    まず初めに、米海軍における人道の基本原則に関する規定について概観する。米海軍のマ
    ニュアルNWP1-14Mにおいては、武力紛争に適用される基本原則として「5.3.1軍事的必
    166第2次大戦、イラン・イラク戦争、フォークランド紛争においては、商船に対する攻
    撃は主として復仇あるいは広義の補助艦概念がその法的根拠として用いられた。真山「前
    掲論文」(注71);真山「前掲論文」(注120)参照。
    167第1追加議定書非締約国である米国は、米海軍マニュアルNWP1-14Mにおいて海戦に
    も適用される戦時復仇の規定を設けている。しかしながらその中で列挙されている復仇禁
    止目標は、①捕虜及び被抑留文民、②傷者、病者及び難船者、③占領地文民及び④病院並
    びに衛生用の施設、要員及び設備(病院船、衛生航空機と衛生車両を含む)のみであり、
    さらに「戦時復仇は、敵部隊、占領地にある者を除く、敵国文民及び敵の財産に対し行う
    ことができる」とも規定している。Department of the NAVY, The Commander’s Hand-
    book on the Law of Naval Operations, Edition July2007, NWP1-14M hereinafter “NWP1- 14M”, paras. 6.2.3, 6.2.3.2;したがって米国においては、(被抑留及び占領地にあ
    る者を除く)文民及び民用物並びに自然環境に対する戦時復仇は禁止されていないといえ
    る。
    168 San Remo Manual, para.13.(c).
    91
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    要性の原則(principle of military necessity)J 169 170、「5.3.2 区別原則(principle of distinction)J
    170、「5.3.3均衡性(比例性)原則(principle of proportionality)J及び「5.3.4不必要な苦痛
    の禁止原則(principle of unnecessary suffering)J171の4つを掲げている。均衡性(比例性)
    原則の規定は、以下のとおりである。
    169 NWP1-14M 5.3.1軍事的必要性の原則(principle of military necessity)
    「武力紛争法は、敵対行為の遂行を妨害することを意図するものではない。その目的は、敵対行為という
    暴力(violence)が敵の戦争努力(war efforts)に向けられ、不必要な人の苦痛や物的破壊をもたらさないこと
    を確保することである。軍事的必要性の原則は、軍事目的を達成するために死亡や破壊をもたらす武力が
    適用されることを認めているが、正当な(valid)軍事目標を達成するために必要な苦痛及び破壊に限定する
    ことがその目的である。したがって、時間、人命及び物的資源の最小限の投入による敵の部分的又は全面
    的屈服(submission)という目的に必要でない種類又は程度の武力の使用は禁止される。軍事的必要性の原
    則が武力紛争法により禁止されている他の行為を認めるものではないこと、及び軍事的必要性が武力紛争
    法により明確に禁止されている行為の刑事上の抗弁とはならないことに留意することは重要である。
    軍事的必要性を適用する際、指揮官は攻撃目標が真正な軍事目標であるか、もしそうであればその全面
    的又は部分的な破壊、捕獲若しくは無力化が攻撃の時点における状況下で明白な軍事的利益を構成するか
    を問わなければならない。目標の性質(nature)(例えば、戦闘艦艇及び航空機)、位置(location)(例え
    ば、敵の補給路上の橋梁)、使用(use)(例えば、敵の司令部として使用されている学校)又は用途
    (purpose)(例えば、緊急時に軍用航空機の使用に供するごとく、通常要求される以上の長い滑走路を設
    けている民間空港)が敵の戦争遂行及び継戦能力(war fighting/war sustaining effort)に効果的に貢献して
    おり、その全面的な破壊又は部分的な破壊、捕獲若しくは無力化が攻撃の時点における状況下で明白な
    (definite)軍事的利益を提供する場合には正当な軍事目標となる。用途とは、使用に関連するものである
    が、緊急及び一時的な使用よりもむしろ当該目標の将来的使用の意図、疑い又は可能性に関わるものであ
    る。
    軍事的必要性の原則が、区別原則及び均衡性(比例性)原則に従い敵の戦闘員、部隊及び物資に対して
    圧倒的な戦力をもって充てることをも禁止するものではないことに留意することが重要である」。
    170 NWP1-14M 5.3.2 区別原則(principle of distinction)
    「区別原則とは、戦闘員と文民とを、また、軍事目標と民用物を区別し、文民及び民用物の損害を局限し
    ようとすることに関連している。区別原則の下、指揮官には二つの義務(duties)が課せられる。第1に、
    指揮下の部隊と文民たる住民とを区別しなければならない。戦闘員が制服又は他の識別標章を着用するの
    はこのためである。第2に、攻撃の前に正当な軍事目標と文民又は民用物を区別しなければならない。
    区別原則は、軍事的必要性の原則と相まって、無差別攻撃(indiscriminate attacks)を禁止している。と
    りわけ、特定の軍事目標に指向されない攻撃(例えば、湾岸戦争中のイスラエル及びサウジの都市に対す
    るイラクによるスカッド(SCUD)ミサイル攻撃)、特定の軍事目標に指向できない戦闘の方法又は手段を
    用いる攻撃(例えば、都市の中に別々に選定され得る複数の軍事目標が存在している場合に、都市全部を
    単一の軍事目標と宣言し、爆撃により攻撃すること)又は武力紛争法が要求する限度内に留まり得ないよ
    うな戦闘の方法又は手段を用いる攻撃(例えば、攻撃目標が都市内の小規模な守備隊である場合に都市の
    広範な部分すべてに対して爆撃を加えること)は禁止される」。
    171 NWP1-14M 5.3.4 不必要な苦痛の禁止原則(principle of unnecessary suffering)
    「武力紛争法は、戦闘員に不必要な苦痛をもたらすことを意図した武器、弾薬又は物質の使用を禁止して
    いる。この原則を実地(practice)において適用することが困難であるため、通常は特定の兵器の使用を制
    限又は限定する条約若しくは協定により規定される。国防省(DOD)の政策は、新たな兵器又は兵器シス
    テムを取得する前に権限を有する法律顧問(attorney)が新たな兵器が適用されるすべての国内法、国際合
    意、条約、慣習国際法及び武力紛争法に一致することを確保するために法的検討(legal review)を実施しな
    ければならないことを要求している。この検討は、兵器の使用又は誤用すべての可能性に対応することま
    でを要求するものではないが、指揮官は合法的な兵器又は弾薬がより重大若しくは不必要な苦痛を引き起
    こすように変更されたり、誤用されたりすることがないことを確保しなければならない」。
    92
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    NWP1-14M 5.3.3 均衡性(比例性)原則(principle of proportionality)
    「均衡性(比例性)原則とは、区別原則と直接に関連するものである。区別原則が保護される人及び財
    産に対する損害を最小限にするための攻撃の範囲並びに手段に焦点を当てている一方、均衡性(比例性)
    原則は、攻撃によって引き起こされる文民及び民用物の不可避的(unavoidable)並びに付随的(incidental)損
    害と得られることが予期される軍事的利益を比較することに関連するものである。均衡性(比例性)原則
    は、指揮官に対し文民の死亡及び民用物の損害を含む付随的な被害を得られることが、予期される具体的
    かつ直接の軍事的利益に比して過度となるか否かという均衡性(比例性)の分析(balancing test)を行うよ
    う要求している。武力紛争法における均衡性(比例性)原則は、自衛において使用される均衡性(比例性)
    という用語とは異なっていることに注意せよ」172
    上記のように、米国は、区別原則との関係も含めて、均衡性(比例性)原則を包括的に規
    定しているといえる。また、jus ad heliumとjus in belloにおける“proportionality”を混同し
    ないように文末に付言している点においても、本マニュアル(NWP1-14M)を使用する指揮
    官等に対して誤解を生じさせないよう配慮して作成されていることが看取できる。米海軍
    は、第1追加議定書の非締約国ではあるものの、本来陸戦にしか適用されない第1追加議
    定書の規定や『サンレモ•マニュアル』の均衡性(比例性)原則に関するパラグラフ等を海
    戦にも採用することによって、『サンレモ•マニュアル』の起草者らが目的としていた「各
    国の海軍マニュアルの作成を助長する」173ことを実践した国家であるといえる174。しかしな
    がら、米海軍のマニュアル(NWP1-14M)における文言及びその解釈について、必ずしも第
    1追加議定書や『サンレモ•マニュアル』と一致せず、解釈によっては議論を要する点も散
    見される。この件については本稿第3章において後述する。
    2.3.1.1.3 各国の軍事マニュアルの規定
    次に、米国以外の均衡性(比例性)原則に関する海軍マニュアル等について、ICRC『慣
    習国際人道法』においてまとめられた研究成果を基に概観する。ただし、結論から言えば、
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則が海戦にも適用されることを明確に示すマニュア
    ルを設けている国の数は決して多くはない。
    カナダの軍事マニュアル(The Law of Armed Conflict at the Operational and Tactical lev-
    els)は、陸戦及び海戦に共通する章において、第1追加議定書における攻撃の際の予防措置
    に関する57条2項(a)(iii)と同様の規定を設けた上で175、海戦にも均衡性(比例性)原則及
    172 NWP1-14M, para. 5.3.3.
    173 San Remo Manual, Introduction, p. 62.
    174米国は、区別原則に関する目標選定基準等が海戦に適用されることを現行のマニュア
    ル以前の1987年の作戦教範において表明していたように、『サンレモ•マニュアル』策定
    に先駆けて採用していたものもある。真山「前掲論文」(注71)31-34頁。
    175 Canada, Office of the Judge Advocate General, The Law of Armed Conflict at the Oper-
    ational and Tactical levels,13 August 2001,§ 827.3 (naval warfare).
    93
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    び攻撃の際の予防措置が適用されることを明示している。ギリシャも、カナダと同様の規定
    を置き176、均衡性(比例性)原則等の規定が海戦にも適用されることを明示している。また、
    エクアドルの海軍マニュアルにおいても均衡性(比例性)原則等に関する規定がある177。
    その他、ロシアやイスラエルを含む多くの国が陸戦と海戦を区別せずに武力紛争全般の
    軍事マニュアルとして第1追加議定書における均衡性(比例性)原則に関連した規定を設
    けているものの178、これらのマニュアルには当該原則が海戦に適用される旨の言及はない
    ため、第1追加議定書の規定に従って陸戦にのみ均衡性(比例性)原則が適用されることを
    企図しているものと考えられる。しかしながら、そのような国であっても、第1追加議定書
    の非締約国であるイスラエル、インドネシア及びフィリピンについては179、すべての規定に
    176 Greece, Hellenic Navy General Staff, Directorate A2, International Law Manual, Divi-
    sion IV,1995, Chapter 7, Part 1,§2(c).
    177 ICRCの『慣習国際人道法』によれば、エクアドル海軍マニュアルの規定内容は米海軍
    とほぼ同一であるため、親米政権時に米海軍マニュアルを参照して作成されたマニュアル
    であると推測される。Ecuador, Academia de Guerra Naval, Aspectos Importantes del
    Derecho InternationalMaritimo que Deben Tener Presente los Comandantes de los Bu-
    ques, 1989, §8.1.1, §9.1.2 ;均衡性(比例性)原則以外の武力紛争時の基本原則に関して
    は、フランス、ドイツ及びイギリス等の主要海軍国を含む以下の国が海戦においても区別
    原則等の原則が適用されることを示す規定を置いている。
    カナダ Office of the Judge Advocate General, The Law of Armed Conflict at the Opera-
    tional and Tactical Levels,13 August 2001, Chapter 4, para. 8;フランス Ministere de la
    Defense, Manuel de droit des conflits armes, Direction des Affaires Juridiques, Sous-Direc-
    tion du droit international humanitaire et du droit europeen, Bureau du droit des conflits
    armes, 2001, art. “Objectif Militaire”;ドイツ The Federal Ministry of Defence of the Fed-
    eral Republic of Germany, Humanitarian Law in Armed Conflicts-Manual, VR3, August
    1992, para. 442, 1025;イギリス Ministry of Defence, The Manual of the Law of Armed
    Conflict, 2004, para. 13.26. See ICRC Customary IHL.
    178以下の国家が第1追加議定書における均衡性(比例性)原則に関連した規定を設けて
    いる。オーストラリア Australia’s LOAC Manual (2006);ベルギー Belgium’s Law of War
    Manual (1983);ベニン Benin’s Military Manual(1995);ブルンジ Burundi’s Regulations
    on International Humanitarian Law(2007);カメ ノレーン しameroon’s Instructor’s Manual
    (2006);中央アフリカ The Central African Republic’s Instructor’s Manual (1999);コ ロ
    ンビア Colombia’s Instructors’ Manual (1999);コートジボアール Cote d’Ivoire’s Teach-
    ing Manual (2007);クロアチア Croatia’s LOAC Compendium (1991);ジブチ Djibouti’s
    Manual on International Humanitarian Law (2004);フランス France’s LOAC Manual
    (2001);ドイツ Germany’s Military Manual (1996);ギニア Guinea’s Soldier’s Manual
    (2010);ハンガリー Hungary’s Military Manual (1992);インドネシア Indonesia’s Di-
    rective on Human Rights in Irian Jaya and Maluku (1995);イスラエノレ Israel’s Manual on
    the Rules of Warfare (2006);ケニア Kenya’s LOAC Manual (1997);マダガスカル Mada-
    gascar’s Military Manual (1994) ; メキシコ Mexico’s IHL Guidelines (2009);オランダ
    The Military Manual of the Netherlands (2005);ニュージーランド New Zealand’s Mili-
    tary Manual(1992);ナイジェリア Nigeria’s Military Manual(1994);ペルー Peru’s IHL
    and Human Rights Manual (2010);フィリピン The Philippines’ Joint Circular on Adher-
    ence to IHL and Human Rights (1991);ロシア The Russian Federation’s Regulations on
    the Application of IHL (2001);シェラ・レオネ Sierra Leone’s Instructor Manual(2007);
    南アフリカ South Africa’s LOAC Manual (1996);スペイン Spain’s LOAC Manual
    (2007);スウェーデン Sweden’s IHL Manual (1991);スイス Switzerland’s Basic Military
    Manual(1987);トーゴ Togo’s Military Manual (1996);ウクライナ Ukraine’s IHL Man-
    ual (2004) ;以上、ICRC CustomaryIHL より引用。
    179第1追加議定書の主な非締約国は、アメリカ、イスラエルのほか、インド、インドネ
    94
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    合意しているわけではないものの180、少なくとも陸戦において第1追加議定書の武力紛争
    時における均衡性(比例性)原則を遵守する意思を有していることの証左であるといえる。
    このように、各国のマニュアルを概観した結果、米国やカナダといった一部の国は武力紛
    争時における均衡性(比例性)原則が海戦に適用されることを明示した規定を設けてはいる
    ものの、『サンレモ•マニュアル』に託された期待に反し、多くの国が海戦にも均衡性(比
    例性)原則が適用されることを採用しているとは言い難い状況であるといえる。また、均衡
    性(比例性)原則等の武力紛争に適用される基本原則についての明確な定義や基準等を示し
    ているマニュアルも米海軍のNWP1-14Mを除いては、ほぼ存在しないという状況にある。
    2.3.1.2 空戦への適用
    陸戦、海戦及び空戦という分類は、攻撃又は保護の対象の所在による分類と考えることが
    合理的であり、陸戦法規は陸上、海戦法規は海上、空戦法規は空中に指向される攻撃及びそ
    こにある保護対象の取り扱いを定めるものと捉えられることが一般的である181。すなわち、
    航空機から攻撃を行う際、陸上の軍事目標に指向される場合は陸戦法規が適用され、海上の
    軍事目標に指向される場合は海戦法規が適用される。そのため、厳密に言えば、空戦法規は
    空中にある敵航空機等の目標に指向されるものに限られるといえる。これを便宜上、「狭義
    の空戦法規」と呼称する。
    空戦法規については、未発効ではあるものの1923年に「空戦に関する規則案(Hague Rules
    of Aerial Warfare)」において、当時の空戦に関する慣習国際法をまとめたものが最初の文書
    である182。この「空戦に関する規則案」では、狭義の空戦法規に関する規定として、落下傘
    使用者への攻撃禁止183、敵国航空機等への射撃184、中立国航空機への射撃185といった規定も
    設けられているが、その数は限定されている。「空戦に関する規則案」におけるその他の規
    定としては、航空機による爆撃(aerial bombardment)が軍事目標に対する場合に限り適法と
    シア、イラン、マレーシア、ミャンマー、パキスタン、フィリピン、シンカ、、ポール、スリ
    ララカ、タイ、トルコ等がある。(下線部筆者、なお、下線は均衡性(比例性)原則を軍
    事マニュアルに設けている国である)2016年12月現在、SeeICRC HP, Available at
    https://www.icrc.org/applic/ihl/ihl.nsf/States.xsp?xp_viewStates=XPages_NORMStates-
    Parties&xp_treatySelected=470 (last visited Dec. 2016).
    180イスラエルが第1追加議定書の非締約国である理由は明確ではないが、現在の政策を
    前提とする限り同議定書への参加は困難であると考えられる。樋口一彦「1977年ジュネー
    ヴ諸条約追加議定書への参加をめぐる諸国の態度ーフランスおよび米国の参加拒否を中心
    に」藤田久一ほか編『人権法と人道法の新世紀』(東信堂、2001年)354-355、360頁。
    181真山「前掲論文」(注134) 323-324頁。
    182杉原高嶺ほか『前掲書』(注18) 473頁。
    183空戦に関する規則案第20条(落下傘使用者への攻撃禁止)。
    184空戦に関する規則案第33、34条。
    185空戦に関する規則案第35条(中立国航空機への射撃)。
    95
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    される軍事目標主義の規定186、及び陸上の兵器弾薬工場を含む軍需品の製造工場や軍事目
    的に使用される連絡路や輸送路が軍事目標であること等が挙げられる。その他、航空機の没
    収や搭乗員の捕虜に関する規定を含め、「空戦に関する規則案」全62条中のほとんどが狭
    義の空戦法規の範疇に含まれない規定である。したがって、「空戦に関する規則案」は、武
    カ紛争における航空機に関する多岐にわたる法規全般、すなわち「広義の空戦法規」を規定
    したものと解釈することが適当であろう。そのため、陸•海上にある軍事目標に関する規定
    や衛生航空機等の規定を設けている第1追加議定書や『サンレモ•マニュアル』も広義の空
    戦法規に含まれるといえる。均衡性(比例性)原則に関連するものとして、「空戦に関する
    規則案」に以下の規定がある。
    「空戦に関する規則案」第24条4項
    「陸上軍隊の作戦行動の直近地域においては、都市、町村、住宅又は建物の爆撃は、兵力の集中が重大
    であって、爆撃により文民に与える危険を考慮してもなお爆撃を正当とするのに充分であると推定する理
    由がある場合に限り、適法とする」
    上記のように、「空戦に関する規則案」においては、陸上の軍事目標に向けた爆撃すなわ
    ち広義の空戦法規として言及されているものの、敵国航空機や中立国航空機への攻撃とい
    った空中の目標に対する狭義の空戦に関しては均衡性(比例性)原則に関して特に触れられ
    ていない。そのため、空中にある目標に対する狭義の空戦における均衡性(比例性)原則は、
    少なくともこの当時においては確立していないと解釈される。
    「空戦に関する規則案」以来長い時を経て、2009年に現代の空戦に関する慣習国際法を
    反映した『空戦とミサイル戦に関するマニュアル(Manual on International Law Applicable
    to Air andMissile Warfare:以下、AMWマニュアル)』187がボーテやディンスタインをはじ
    めとする国際法及び各国軍の著名な専門家らによる6年間にわたる会議を重ねて策定され
    た188。『AMWマニュアル』は、『サンレモ•マニュアル』同様にマニュアル自体に法的拘束
    186空戦に関する規則案第24条(爆撃の目標)1項
    「航空機による爆撃(aerial bombardment)は、軍事目標(military objective)、すなわち、その破壊又は毀損
    が明らかに交戦国に軍事的利益(military advantage)を与えるような目標に対して行われた場合に限り、適
    法(legitimate)とする」。
    187 Program on Humanitarian Policy and Conflict Research at Harvard University, Manual
    on International Law Applicable to Air and Missile Warfare [hereinafter “ AMW Manual,
    2009, Available at http://ihlresearch.org/amw/HPCR%20Manual.pdf. (last visited Dec.
    2016).
    188 Ibid., p. iii;その他、国際法学者としては、ハイネグ(W. H. von Heinegg)、カールスホ
    ーフェン(f. Kalshoven)、ロンチッチ(N. Ronzitti)、サンドス(Y. Sandoz)、サッソーリ(M.
    Sassoli)、軍の法律専門家としてはブースビー(H. Boothby)、ヘイズパークス(W. Hays
    Parks)、シュミットら. N. Schmitt)、ワトキン(K. Watkin)等の『サンレモ•マニュアル』
    や『DPH解釈指針』等の起草にも寄与した専門家らが参加した。Commentary on the
    96
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    カはないが、各国のリーカ、、ルアドバイザーや軍の指揮官に対し、空戦とミサイル戦に適用さ
    れる国際法を網羅的に提示しその理解を求めることを目的として作成されたものである189。
    そのため、上述の陸・海上にある目標に関する攻撃のように広義の空戦に関する規則は、第
    1追加議定書や『サンレモ•マニュアル』の記述内容と重複する部分がある。例えば、『AMW
    マニュアル』規則10(a)(攻撃の際の基本原則)は、「基本原則たる区別原則に従って、攻撃
    は軍事目標に対するものに限られる」と規定し、軍事目標は規則1(y)において「その性質、
    位置、用途又は使用が軍事活動に効果的に資する物であって、その全面的又は部分的破壊、
    奪取又は無効化がその時点における状況において明確な軍事的利益をもたらすものに限る」
    とされている。『AMWマニュアル』規則10(a)は、区別原則と軍事目標主義が適用されるこ
    とを示し、規則1(y)は、『サンレモ•マニュアル』同様に190、第1追加議定書第52条項の
    軍事目標の定義をそのまま採用している。『AMWマニュアル』において、均衡性(比例性)
    原則に関する規則は以下のとおり設けられている。
    『AMWマニュアル』規則14
    「予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において付随的損害(collateral damage)191を過度
    に引き起こすことが予測される攻撃は禁止される」
    本規則は、第1追加議定書第51条5項(b)の文言をほぼそのまま採用している。未発効
    であった「空戦に関する規則案」を別にすれば、『AMWマニュアル』の当該規則によって、
    均衡性(比例性)原則が空戦やミサイル戦においても適用すべきであることが明確にされた
    といえる。
    しかしながら、この規則は狭義の空戦である空中の目標に対する攻撃にまで均衡性(比例
    性)原則の領域を拡大することを意図していると解釈できるのであろうか。『AMWマニュ
    アル』規則14のコメンタリーでは、この規則に関する付随的損害の例として「橋梁(bridge)」
    を挙げており、コメントを通じて陸上における軍事目標に関する「軍事的利益」や「過度」
    の評価基準等が述べられているため、本規則は広義の空戦すなわち航空機から陸上の軍事
    目標を攻撃する際の均衡性(比例性)原則を主旨としていると考えられる。当該規則に関す
    る限りでは、「空戦に関する規則案」と同様に、空中にある軍事目標に対する攻撃は均衡性
    (比例性)原則の対象としていないと考えられる。
    HPCR Manual on International Law Applicable to Air and Missile Warfare [hereinafter
    “ Commentary AMW Manual”],Appendix I, 2010, pp. 8-11.
    189 AMWManual,p. iv.
    190 San Remo Manual, para. 40.
    191「付随的損害(collateral damage)」は、用語の定義である規則1⑴において「合法的
    な目標への攻撃によって引き起こされる巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物
    もしくは他の保護された物(other protected objects)の損傷又はこれらの複合した事態」(下
    線部筆者)として、「他の保護された物」が追加された以外は第1追加議定書第51条5項
    (b)の規定がそのまま定義されている。
    97
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    しかしながら、『AMWマニュアル』は、民間旅客機(civilian airliners)に関する規則にお
    いて、民間旅客機は予防措置との関連で特別な保護を受けることを定め192、飛行中又は駐機
    中(either in flight or on the ground)の民間旅客機には安全に運航されていることの推定が
    適用され193、それでも軍事活動に効果的に資することが確実である場合においては以下の
    規則がある。
    『AMWマニュアル』規則68
    「安全に運航しているとみなされる民間旅客機及び航空機は、規則63と65によって194、その保護を喪
    失した場合かつ以下の加重要件を満たす場合にのみ攻撃を受ける」、
    (d) 「予期される軍事的利益との比較において予想される付随的損害が過度でなく、すべての実行可能
    な予防措置がとられた場合」
    上記のように、『AMWマニュアル』規則68においては「飛行中の」民間旅客機及び航空
    機に均衡性(比例性)原則が適用されるべきことを示す規則が設けられている。これにより、
    空中にある軍事目標に対する攻撃等の狭義の空戦においても均衡性(比例性)原則が適用さ
    れることが望ましいことが国際法学者や空戦の専門家によって合意されたといえる195。し
    たがって、陸戦及び海戦に続いて(狭義の)空戦にまで、武力紛争における均衡性(比例性)
    原則が適用されるべきであるとする見解が拡大したと解釈し得る。
    2.3.1.3 サイバー空間への適用
    192『AMWマニュアル』規則58。
    193『AMWマニュアル』規則59。本規則は、第1追加議定書第53条3項において、住居
    や学校が軍事利用されている否か疑義がある場合には軍事利用されていないとする民用物
    推定規定に近い概念であるといえる。
    194『AMWマニュアル』規則63は、民間旅客機が軍事目標とみなされる規則であり、(a)
    軍事目標とみなされる状況で敵の軍事空域に侵入した場合、(b)敵への支援となる敵対行
    為に従事している場合(例:他の航空機への妨害や攻撃、陸上及び海上の人や物への攻
    撃、害敵手段の使用、電子戦の遂行及び敵軍への目標情報の提供)、(c)敵軍隊の軍事活動
    への支援(例:軍隊の輸送、軍事物資の運搬及び敵航空機への給油)、(d)敵の情報収集シ
    ステムへの統合又は支援(例:偵察、早期警戒、監視・指揮•管制及び情報業務の実施)
    (f) その他、軍事活動に効果的に資すること、を行った場合に軍事目標となることを規定
    している。
    規則65は、航空機が安全に運航しているとみなされる保護を喪失する場合を規定してお
    り、検査や識別の拒否や意図的な妨害等がなされた場合には、保護を喪失し軍事目標とな
    る可能性があることを示している。
    195なお、『サンレモ•マニュアル』para. 57にも同様の規則が存在するものの、『AMWマ
    ニュアル』においては「飛行中(in flight)Jという言葉を用いて空中の航空機に均衡性(比
    例性)原則が適用されることが明示されていること、及び『サンレモ•マニュアル』が主
    として海戦の専門家によって合意された海戦に適用される文書であることに対し、『AMW
    マニュアル』は主として空戦の専門家によって合意された空戦に適用される文書であるこ
    とを想起すると、『サンレモ•マニュアル』よりも『AMWマニュアル』の当該規則によっ
    て狭義の空戦における均衡性(比例性)原則の適用が認められたと解釈することが妥当で
    あると考える。
    98
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    1990年代半ば頃からサイバー空間を通じた攻撃が国際的な問題となり、それに関する論
    文等がみられるようになってきた。当時、「サイバー攻撃(cyber attack)Jあるいは「サイバ
    一戦争(cyber warfare) Jという名称は一般的ではなく、シュミット(MichaelN. Schmitt)は
    1999年の論文の中で「コンピュータ•ネットワーク攻撃(computer network attack: CNA)J
    と呼称し、CNAはコンピュータやコンピュータ•ネットワークを用いて混乱(disrupt)、拒
    絶(deny)、機能低下(degrade)及び情報を破壊(destroy)する活動からなる概念であると位置
    付けた196。
    その後、サイバー攻撃は、2007年にエストニアの政府や銀行のサイトがロシア系の人々
    から攻撃を受けたケースや2008年のジョージア(旧グルジア)とロシアの対立の際にジョ
    ージア政府のサイトが多数の攻撃を受けたこと等から一段と注目を浴びることとなった197。
    サイバー攻撃をどのように捉えるかについては未だ議論が収斂していないものの、国際社
    会において一定の共通認識はあるといえる。例えば、2010年にイギリス王立国際問題研究
    所(Royal Institute of International Affairs: RIIA)198 は、サイバー空間を陸・海・空・宇宙199
    に続く第5の戦場(5th battlespace)であるとし、情報や軍事の問題はサイバー空間にまで拡
    大したと報告書に記している200。
    また、NATO諸国は、サイバー攻撃については協調して対処する必要があることから
    2009年から2012年にかけて国際専門家グループ会議や計8回の全体会議を経て、『サイバ
    ー戦争に適用可能な国際法に関するタリン・マニュアル(Tallinn Manual on the International
    Law Applicable to Cyber Warfare:以下、タリン・マニュアル)』を策定した201。『タリン・
    マニュアル』も『サンレモ•マニュアル』及び『AMWマニュアル』と同様に法的拘束力は
    196 Michael N. Schmitt, “Computer network attack and the use of force in international law:
    thoughts on a normative framework.”, HQ USAFA/DFPs, Institute for Information Tech-
    nology Applications, 2354 Fairchild Drive Suite 6L16D, USAF Academy, CO, 80840-6258
    (1999), p. 6.
    197 Michael N. Schmitt, “The Law of Cyber Warfare: Quo Vadis?”,Stanford Law & Policy
    Review, Vol.25 (2014), p. 269.
    1981920年に創設されたイギリスのシンクタンクであり、所在地の名をとって「チャタ
    ム・ハウス(Chatham House) J と呼ばれることもある。See The Royal Institute of Interna-
    tional Affairs, Available at https://www.chathamhouse.org/About (last visited Dec. 2016).
    199宇宙空間における軍事活動は、「宇宙条約(月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び
    利用における国家活動を律する原則に関する条約)」等によって一部規制されるものもあ
    る。例えば、宇宙条約第4条は核兵器や大量破壊兵器の宇宙空間への配備を禁止し、
    ENMODは第1条において環境改変技術の敵対的使用を禁止するとともに、第2条におい
    て宇宙空間の構造、組成または運動に変更を加える技術が環境改変技術に該当することを
    定義している。しかしながら、宇宙空間における軍事活動等に均衡性(比例性)原則が適
    用されることを明示する条約等は存在しないため、本稿においては特に言及しないものと
    する。
    200 Paul Cornish, David Livingstone, Dave Clemente, and Claire Yorke, On Cyber Warfare,
    A Chatham House Report, November 2010, p. 37, Available at https://www.chatham-
    house.org/sites/files/chathamhouse/public/Research/International%20Secu-
    rity/r1110_cyberwarfare.pdf (last visited Dec. 2016).
    201 Michael N. Schmitt (ed.), Tallinn manual on the international law applicable to cyber
    warfare, [hereinafter “Tallinn Manual”](Cambridge University Press, 2013), pp.16-23.
    99
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    持たないが、サイバー攻撃等に関する法的問題をある程度解明することを目的として作成
    されたマニュアルである202。『タリン・マニュアル』は、Part A (規則1〜19)及びPart B (規
    則20~95)の2部構成からなる文書である。Part Aは、国際サイバーセキュリティ法(inter-
    national cyber security law)を括りとして、国家主権、管轄権及びjus ad heliumの自衛権等
    に関する規則を主とするものであり、Part Bは、サイバー武力紛争法(the law of cyber armed
    conflict)を括りとしてjus in helloに関する規則を主とするものである。均衡性(比例性)原
    則は、Part A及びPart Bの双方において言及されているが、Part Aではjus ad heliumすな
    わち自衛権の必要性・均衡性が主であるため、本稿ではPart Bのjus in helloに関する均衡
    性(比例性)を中心に取り上げる。
    『タリン・マニュアル』Part B規則30は、「サイバー攻撃(cyber-attack)」を「攻撃的で
    あれ守備的であれ、人の死傷又は物の損傷ないし破壊をもたらすことが合理的に予測され
    るサイバー活動」と定義し、均衡性(比例性)原則については以下の規則51で定めている。
    『タリン・マニュアル』規則51均衡性(比例性)(proportionality)
    「予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、巻き添えによる文民の死亡、文民の負傷、
    民用物の損傷又はこれらの複合した事態を過度に引き起こすことが予測されるサイバー攻撃は禁止される」
    これまで確認した均衡性(比例性)原則とほぼ同じ文言を使用していることからも明らか
    なように、規則51は、第1追加議定書第51条5項(b)及び57条2項(iii)の均衡性(比例
    性)原則の規定に基づいている203。本規則によってサイバー攻撃の際にも、通常の戦闘と同
    様に正当な軍事目標に対するサイバー攻撃の付随的損害として文民や民用物に被害が及ぶ
    ような場合には、均衡性(比例性)原則に基づいてその合法性が判断されることが示された
    といえる。しかしながら、サイバー攻撃はミサイル等の害敵手段とは異なり、直接物理的な
    破壊を引き起こすことは通常想定できず、コンピュータの停止や誤作動に伴う2次的ある
    いは間接的な付随的損害に留まると考えられる。そのため、サイバー攻撃と均衡性(比例性)
    原則が直接結び付く具体例は容易には想像し得ない。規則51のコメンタリーでは、サイバ
    ー攻撃が均衡性(比例性)原則の対象となる一例として、全地球位置測定システム(Global
    Positioning System: GPS)を挙げている。同コメンタリーは、GPSが軍事利用される際には
    正当な軍事目標となることを認めた上で、GPSの誘導に頼る商船や民間航空機に過度な付
    随的損害を引き起こすことが予測される攻撃は禁止されるとしている204。
    これに関しては、上空約20,000mにあるGPSの衛星をサイバー攻撃によって破壊又は機
    202ディレクターを務めたシュミット(M. N. Schmitt)をはじめ、ハイネグ(W. H. von Hei-
    negg)、ブースビー(H. Boothby)、ワトキン(K. Watkin)らの『AMWマニュアル』策定に
    携わった国際法学者や軍の専門家も会議に参加した。Tallinn Manual,pp. 6-9 ;また、『タ
    リン・マニュアル』序論(introduction)には、手本として倣った先行者の努力の例として
    『サンレモ・マニュアル』及び『AMWマニュアル』が挙げられている。Ibid., p.16.
    203 Ibid., p.132.
    204 Ibid., p.133.
    100
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    能不全にする結果、当該GPS衛星から距離の離れた航空機や商船への影響を考慮しなけれ
    ばならないのか否かという距離の要素やGPSの破壊や機能不全との時間的な因果関係の要
    素を含めて「付随的損害」の範囲がどこまで含まれるのかという点が問題になると考えられ
    る。この点について、規則51のコメンタリーでは「均衡性(比例性)の計算(proportionality
    calculation)に含まれる付随的損害にはサイバー攻撃を計画、承認、または実行した個人に
    よって予想される一切の間接的影響も含まれる」、「例えばGPS衛星のデータが妨害あるい
    は中断された場合、少なくとも他のナビゲーションの補助や技術が適用されるまでは、短期
    的に当該データに頼る交通システムが事故に巻き込まれることが予想される」、「同様に、特
    定の軍事コンピュータシステムだけでなく、一定数の民間のコンピュータシステムにも拡
    大して影響を及ぼす不正ソフト(malware)を侵入させることを攻撃者が決定した場合、本規
    則が目的とする付随的損害に該当する被害を引き起こすかもしれない」として205、予想され
    るすべての間接的な影響も均衡性(比例性)原則の考慮事項になり得ることを示唆している。
    「サイバー攻撃」に均衡性(比例性)原則が適用されるとする見解は、『タリン・マニュ
    アル』以外にも国家実行として認められている。米国の「サイバー攻撃(CNA)」に関する見
    解は、米国務省のハロルド・コー (Harold H. Koh)法律顧問によって質疑応答の形式で明確
    に述べられている。「サイバー空間における国際法(International Law in Cyberspace)」と題
    した米国務省のホームページにおいて、サイバー攻撃等に関するQ&Aが掲載されており、
    均衡性(比例性)原則に関して、コー米国務省法律顧問は以下のとおり回答している206。
    Question 7:(サイバー)攻撃は、均衡性(比例性)原則を遵守しなければならないか?
    Answer 7:「そのとおり、jus in helloの均衡性(比例性)原則は、武力紛争の文脈においてサイバー攻撃
    にも当てはまる。(中略)サイバー攻撃において、均衡性(比例性)原則は紛争当事者に以下の評価を要求
    する。
    (1) 民間人に影響を及ぼし得る物理的な共通インフラ(ダムや送電網等)を含む軍民両用のインフラに
    対するサイバー兵器(cyber weapons)の効果
    (2) 重要なインフラへの影響から生じる死傷のようにサイバー攻撃(cyber-attack)が引き起こし得る潜
    在的な身体的被害
    (3) 軍事的重要性のない私的または文民のコンピュータのように軍事目標ではないが、軍事目標である
    コンピュータと連携している民用物に対する潜在的な効果
    205 Ibid.
    206 See Harold Hongju Koh, Legal Advisor U.S. Department of State, International Law in
    Cyberspace, USCYBERCOM Inter-Agency Legal Conference, US department of state,18
    September, 2012, Available at http://www.state.gov/ s/l/releases/remarks/ 197924.htm (last
    visited Dec. 2016); Michael N. Schmitt “International Law in Cyberspace: The Koh Speech
    and Tallinn Manual Juxtaposed”, Harvard International Law Journal, Vol.54 (2012), p. 25.
    101
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    上記のように、コー米国務省法律顧問はサイバー攻撃においても均衡性(比例性)原則が
    適用されることを表明し、具体的な考慮事項も例示している。しかしながら、具体例をみて
    も明らかなように均衡性(比例性)原則が適用されるのはサイバー攻撃を通じて影響を受け
    る陸上目標であるダムや送電網あるいは文民やコンピュータ等の民用物であり、厳密に言
    えばサイバー空間における均衡性(比例性)を考慮するのではなく、陸上目標に対する均衡
    性(比例性)を考慮するものであるといえる。したがって、サイバー空間そのものに均衡性
    (比例性)原則が適用されるのではなく、サイバー空間を通じてなされたサイバー攻撃にょ
    って引き起こされた損害に均衡性(比例性)原則が適用されることを明確にしたといえる。
    とはいえ、サイバー攻撃においても均衡性(比例性)原則が適用されることは米国をはじ
    めNATO諸国等に受け入れられており2。7、均衡性(比例性)原則がサイバー攻撃という新
    たな戦闘方法及び手段に適用される原則として認識されるようになったことは均衡性(比
    例性)原則が拡大傾向にあることの証左であるといえる。この背景には、軍事科学技術や情
    報通信技術の進展などの結果、サイバー空間や宇宙空間といった従来の地理的な視点では
    捉えきれない領域における活動が、国家の安全保障や人々の生活の重要な基盤となってき
    たことにより、宇宙、サイバー空間、海洋といった「国際公共財(グローバル・コモンズ)」
    の安定的利用に対するリスクが近年新たな安全保障上の課題となっていることが挙げられ
    る 207 208。
    2.3.2適用対象(自然環境)の拡大
    上記においては、武力紛争時における均衡性(比例性)原則を従来の陸戦だけでなく、海
    戦、空戦、サイバー攻撃にまで適用すべきとする領域の拡大傾向を概観した。ここからは、
    適用の対象を従来の文民及び民用物から明確に自然環境にまで拡大してきた経緯について
    概観する。
    均衡性(比例性)原則の対象が自然環境にまで拡大して適用されることとなった背景には、
    自然環境保護に対する国際世論の変化や戦争の規模や戦闘手段等の変化等によって戦争が
    自然環境に大きな影響を与えることとなったことが挙げられる。就中、ベトナム戦争及び湾
    岸戦争は、マスコミによる報道、自然保護団体の活動及び反戦運動の活発化等の影響によつ
    て大きな転機となったといえる。そのため以下では、自然環境保護に関する条約や世論の変
    遷等を時系列で確認することを軸として、その系譜の中で均衡性(比例性)原則が適用され
    るようになってきた経緯等を検討する。その際、ベトナム戦争及び湾岸戦争を大きな区切り
    として論を進めるとともに、先述の均衡性(比例性)原則の発展の経緯と一部重複する部分
    207例えば、2011年11月にロンドンで行われたサイバー空間に関するロンドン会議にお
    いて、バイデン米副大統領が、既存の国際法の原理•原則は、サイバー空間にも適用され
    るべきとのスピーチを行い、キャメロン英首相やヘーグ英外相も国際的な取り組みが必要
    であること等について話し合いがなされている。外務省HP「サイバー空間に関するロン
    ドン会議について」平成 23 年11月 2 日、Available at http://www.mofa.go.jp/mofaj/an-
    nai/honsho/fuku/yamane/ cyber_1111.html (last visited Dec. 2016).
    208防衛省編『防衛白書』(平成25年度版、2013年)第2章第5節、123頁。
    102
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    については差支えない範囲で省略する。
    2.3.2.I ベトナム戦争以前の自然環境保護
    戦闘の手段や方法に関する規制は、先述の19世紀後半以降の国際文書(「サンクト・ペテ
    ルブルグ宣言」や「ハーグ条約及び規則」等)において表明あるいは慣習国際法として認め
    られてきた209。しかしながら、20世紀前半までの国際文書等において自然環境への配慮が
    明確に示されているものはなく、「ハーグ条約及び規則」におけるマルテンス条項や敵財産
    の保護に関する規定210を援用したとしても、それらを拡大して自然環境保護にまで保護を
    拡大させることには無理があるとされる211。もっとも、第2次大戦以前の国際社会におい
    て平素から自然環境を保護することの重要性が高かったとは想像できず、まして1928年の
    「不戦条約」212以前の戦争が違法ではなかった時代にあっては、政治的•軍事的要求が優先
    されることにより、戦闘において自然環境の保護を考慮する必要性は現在に比して乏しか
    ったものと推測される。
    第2次大戦においては、原子力を用いた環境破壊の例として、広島と長崎への原子力爆
    弾の投下があり、被爆地帯は放射能の影響等により自然環境が破壊され、しばらくのあいだ
    事実上不毛の地となった213。原子力以外の手段による環境破壊の例としては、連合国による
    ルーマニア石油施設の空爆の結果として広範囲にわたる平原の荒廃を生じさせた事例、ド
    イツ及び中国による堤防破壊に伴う洪水により多くの文民の生命や耕作地が失われた事例
    等がある214。上記に挙げた例以外にも第2次大戦は、攻撃兵器の進化、航空機による爆撃及
    び戦術の多様化等によって、かつての武力紛争に比して自然環境を広範囲にわたって破壊
    した戦争であったといえる。しかしながら、第2次大戦において上記のような深刻な環境
    被害があったにもかかわらず、戦後間もなくして採択されたジュネーヴ諸条約の規定にお
    ける保護の対象は傷病者、捕虜あるいは文民が中心であり、自然環境に対してはわずかな配
    慮しか払われず、明確な規定はほとんど設けられなかった215。
    209藤田『前掲書』(注5)83頁。
    210ハーグ陸戦規則第22条
    「交戦者ハ、害敵手段ノ選択二付、無制限ノ権利ヲ有スルモノニ非ス」、
    及び同23条卜
    「戦争ノ必要上万已ムヲ得サル場合ヲ除ク外敵ノ財産ヲ破壊シ又八押収スルコト」。
    211村瀬信也「武力紛争における環境保護」村瀬信也・真山全編『武力紛争の国際法』(東
    信堂、2004年)632頁。
    212「戦争放棄に関する条約(ブリアン・ケロッグ規約)」(1928年採択)。
    213 Michael N. Schmitt, “Green War”,Essays on Law and War at the Fault Lines (T.M.C.
    Asser Press, 2012), p. 369.
    214瀬岡直「戦争法における自然環境の保護一環境変更禁止条約及び第一追加議定書とそ
    の後の展開」『同志社法學』第55巻1号(2003年)192頁。
    215 Schmitt, supra note 213, p. 369.
    103
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    2.3.2.2ベトナム戦争後の自然環境保護
    その後、自然環境保護に対する関心が高まったのは、1969年代後半から1970年代にか
    けてのベトナム戦争における環境破壊が契機であったといえる。関心が高まった要因とし
    ては、ベトナム戦争で用いられたナパーム弾、枯葉剤、降雨作戦等による攻撃によって、土
    壌や森林等に対する環境破壊が深刻化したことが各種メディアを通じて報道されたこと等
    により、国際社会からの批判を浴びたことが挙げられる。
    ベトナム戦争の惨禍を転機として、第2次大戦後には進捗しなかった自然環境の保護に
    関する法制化が漸く進展することとなった。例えば、1976年に国連軍縮会議(Committee of
    the Conference on Disarmament: CCD)により、「環境改変技術敵対的使用禁止条約
    (Convention on the Prohibition of Military or Any Other Hostile Use of Environmental Mod-
    ification Techniques: ENMOD)」216が採択され、1977年には第1追加議定書において武力
    紛争時における自然環境保護に関する2つの規定が置かれることとなった217。以下では、
    ENMODと第1追加議定書の関連規定等について概観する。
    2.3.2.2.1 環境改変技術敵対的使用禁止条約(ENMOD)
    ENMODは、1976年に当時の2大軍事大国であった米ソのイニシアティブにより進めら
    れ、米ソ首脳会談軍縮委員会による議論等を経て採択された条約である218。本条約では、
    「『広範、長期的又は深刻な(widespread, long-term or severe)』効果をもたらすような環境
    改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用」が禁止されるとし(第1条)、「環境改変技術」
    を、自然を意図的に操作することにより地球又は宇宙空間に変更を加える技術であると定
    義した(第2条)。
    上記のように、ENMODは環境改変技術自体を絶対的に禁止しているわけではないもの
    の、「広範、長期的又は深刻な」効果をもたらす環境改変技術の使用を絶対的に禁止してい
    るといえる219。そのため、武力紛争時における均衡性原則のように比較衡量し得る相対的な
    禁止規定ではないとされる220。「環境改変技術」の例としては、地震、津波、ある地域の生
    態的均衡の破壊(upset)、天候パターンの変更、海流の変更等に関する技術が挙げられてい
    る221。ENMODに関しては、地震や津波を生じさせるような兵器等の「環境変更技術はま
    216 Convention on the Prohibition of Military or Any Other Hostile Use of Environmental
    Modification Techniques (ENMOD),10 December 1976, 1108 UNTS 151.
    217 Michael Bothe et al., “International law protecting the environment during armed con-
    flict: gaps and opportunities”, ICRCReview, Vol.92 (2010), p. 572.
    218瀬岡「前掲論文」(注214)195-201頁。
    219当初、ソ連が国連総会に提出した案においては、環境に影響を及ぼす戦闘手段・方法
    を絶対的に禁止しようとするものであったが、議論を経て「広範、長期的又は深刻な」と
    いう3要件が加えられた。3要件が加えられた理由は明らかにされていないが、環境改変
    技術自体を絶対的に禁止することはあまりに理想的であるため、3要件を導入することで
    現実的な路線に軌道修正したものと考えられる。同上。
    220村瀬「前掲論文」(注211)635頁。
    221 CCD/PV. 691 in Report of the Conference of the Committee on Disarmament, Vol. 1,
    General Assembly Official Records, Thirty-First Session, Supplement No.27 (A/31/27), p.
    104
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    ったくのSFの世界のものだとは言えないが、何よりも1条が定める禁止の『しきい』がき
    わめて高いことは本条約の環境保護の役割をほとんど否定する」という批判がある222。
    さらに、本条約で留意すべき点は、禁止の対象があくまでも環境を改変する技術であって、
    通常の攻撃兵器による環境の破壊は適用対象としていないことである。したがって、自然環
    境に対し、「広範、長期的又は深刻な」影響を及ぼすような付随的損害を伴う攻撃であった
    としても、それが通常兵器による攻撃である限り、本条約の適用範囲外に置かれることとな
    る。この点において、ENMODは、当時の軍事大国たる米ソが進展のなかった軍縮交渉か
    ら国際社会の目を逸らすことを目的とした一種のプロパガンダであるとする批判的な見解
    もみられる223。
    また、ENMODは、武力紛争時における自然環境保護を主な目的として採択された初の
    国際条約であるという点において意義を有するものの224、基本的に軍縮条約の系譜に属す
    る性格のものであって、直接的に武力紛争法の規則としての性格を有する条約ではないと
    されている225。この点について、ENMODの禁止内容が不明確であるために実効的基準と
    しては機能し得ず、軍拡競争の抑止には繋がらないという批判もある226。
    2.3.2.2.2第1追加議定書における自然環境の保護に関する規定
    1977年に採択された第1追加議定書は、2度の世界大戦やベトナム戦争において問題と
    なったダムや堤防に対する攻撃、住民の生存に不可欠な物に対する攻撃に関する規定をい
    くつか設けており227、自然環境の保護については、以下の2つの規定を設けている。
    第1追加議定書第35条(基本原則)3項
    「自然環境に対して、広範、長期的かつ深刻な損害を与えることを目的とする又は与えることが予測さ
    れる戦闘の方法及び手段を用いることは、禁止する」
    第1追加議定書第55条(自然環境の保護)1項
    「戦闘においては、自然環境を広範、長期的かつ深刻な損害から保護するために注意を払う。その保護
    には、自然環境に対してそのような損害を与え、それにより住民の健康又は生存を害することを目的とす
    る又は害することが予測される戦闘の方法及び手段の使用の禁止を含む」
    91.
    222松井芳郎『国際環境法の基本原則』(東信堂、2010年)273頁。
    223瀬岡「前掲論文」(注214) 202頁。
    224権南希「武力紛争時における環境保護に関する国際規範の形成一ENMOD、第1追加
    議定書における環境保護関連規定を中心に」『関西大学法学論集』第61巻1号(2011
    年)81頁。
    225村瀬「前掲論文」(注211)635頁。
    226権「前掲論文」(注224) 81頁。
    227住民の生存に不可欠な物の保護については第1追加議定書第54条、ダムや堤防等の危
    険な力を内蔵する工作物及び施設の保護については第56条の規定がある。瀬岡「前掲論
    文」(注214) 203頁。
    105
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    上記の規定に関しては、いくつかの論点がある。まず、上記の2つの条文の差異に関する
    論点について検討する。上記の第35条3項は「自然環境」そのものの保護を目的とするも
    のであり、第55条1項は文民や住民の健康や生存を保証するために「自然環境」を保護す
    ることを目的として起草されたとする点は明らかであるとされる228。その理由として、第35
    条3項が戦闘の方法及び手段等を規定する第3編の中に基本原則として掲げられているの
    に対し、第55条1項は敵対行為の影響からの一般的保護を規定する第4編3章(民用物)
    に置かれていることが挙げられる229。そのため、保護の対象である「自然環境」という用語
    は第1追加議定書と同コメンタリーの中では特に定義されていないものの230、第55条1項
    における「自然環境」には食糧生産のための農業地域、飲料水施設、ダム、堤防及び原子力
    発電所等の民用物が含まれると解釈されるため、第35条3項の「自然環境」そのものより
    も広い概念であると解釈される231。
    これらの解釈を踏まえると、第35条3項は「自然環境」そのものを軍事目標として攻撃
    し損害を与えることを禁止することに対して、第55条1項は文民が生存するためのインフ
    ラ等に影響する農業施設等の「自然環境」に損害を与えることを禁止する規定であるといえ
    る。すなわち、第35条3項は自然環境に「広範、長期的かつ深刻な(widespread, long-term
    and severe)J損害を及ぼす攻撃を絶対的に禁止する規定であることに対して、第55条1項
    は文民に対する付随的損害を衡量することにより攻撃が禁止される場合があるという相対
    的禁止規定であるといえる。
    この解釈によれば、第35条3項は自然環境を軍事目標として直接攻撃することは文民と
    同様に絶対的に禁止されるが、第55条1項は均衡性(比例性)原則に照らして過度でなけ
    れば自然環境に損害を与え得る攻撃も許容されると解釈でき、村瀬信也教授が述べている
    ように自然環境にも武力紛争時における均衡性(比例性)原則が妥当する余地を容認するこ
    とが第55条1項の有意味な解釈として支持されると考えられる232。しかしながら、自然環
    境に均衡性(比例性)原則が適用されることは第1追加議定書の条文やコメンタリーでは
    明確にされておらず、また、第55条1項は「注意を払う」という表現からも配慮義務ある
    いは努力義務に過ぎないと解釈されるため、軍事的必要性を抑制してまで遵守される可能
    性は低いと考えられる。
    上記のように、第1追加議定書においては自然環境に対して、「広範、長期的かつ深刻な」
    損害を与えることを禁止している。この「広範、長期的かつ深刻な」が意味するものは、そ
    れぞれ、損害の距離的範囲、損害が及ぼす時間的範囲、損害の重大性を示していると考えら
    228 ICRC Commentary API, p.414.
    229第1追加議定書第35条3項及び第55条1項の2つの条文がそれぞれ置かれることと
    なった起草過程からの詳細な経緯については、権「前掲論文」(注224) 82-88頁参照。
    230田村恵理子「武力紛争における環境保護の法規制:ジュネーヴ諸条約第1追加議定書
    35条3項および55条を中心に」『法学ジャーナル』第81号(2007年)16頁。
    231同上、17-18 頁。
    232村瀬「前掲論文」(注211)637頁。
    106
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    れるが、第1追加議定書や同議定書のコメンタリーの中でそれらの用語を明確に定義する
    文言は認められない。なお、第35条3項の起草過程において、「長期的」の時間的範囲を
    最低でも20〜30年が必要だとする参加者がいた一方で、そのような期間を明確に示すこと
    は不可能だとする見解もあり233、時間的範囲の基準についてのコンセンサスは得られてい
    ない。もっとも、その基準が仮に20〜30年とされた場合であっても、武力紛争中にそれに
    該当するか否かを現場で判断することはほぼ不可能であり、実際に武力紛争終結後20〜30
    年の時間が経過しなければ正確な結論が得られないといえる。また、「長期的」という時間
    的範囲の基準以外の「広範」、「深刻」の基準について同コメンタリーは沈黙しているため、
    なおさらそれらの基準は曖昧なまま残されているといえる。
    2.3.2.3湾岸戦争後の自然環境保護
    1990-1991年の湾岸戦争において、イラクは過去最大となる約600万〜800万バレルの
    油を放出し、その後600以上の油井の火災を引き起こした233 234。これにより近隣の陸上や海
    洋の生態系を破壊するとともに、インドや中国等に至る広大な地域に大気汚染を引き起こ
    す等、地球規模の環境にも悪影響を及ぼしたとされている235。
    1991年4月、国連安全保障理事会において湾岸戦争の終結に際し、安保理決議687が採
    択され、イラクによるクウェート侵攻の結果として外国の政府、国民及び企業が被った環境
    損害や天然資源の枯渇を含めた損害や損失を賠償する項目が設けられた236。当該決議を根
    拠に、後に国連補償委員会(United Nations Compensation Commission)が設置され237、同
    委員会は、イラクに対し、総額524億ドル相当の補償請求を決定し、イラクの石油の販売
    から得られる収益の一部から2016年11月までに478億ドルを各請求者へと引渡した238。
    上記のように国際社会に与えたインパクトのみならず高額の補償金額が認められたことか
    らも湾岸戦争は、自然環境に多大な影響を及ぼした事例であることは疑いようのない事実
    である。
    しかしながら、イラクの行った環境破壊行為が武力紛争時に適用される国際法の具体的
    な規定に違反していたかについては、必ずしも明確にされていない239。湾岸戦争時には、
    233 ICRC Commentary API, p.417.
    234 International Union for Conservation of Nature and Natural Resources, The 1991 Gulf
    War: Environmental Assessments of IUCN and Collaborators, 1994, p. ix.
    235 Karen Hulme, War Torn Environment: Interpreting the Legal Threshold, International
    Humanitarian Law Series (Martinus Nijhoff, 2004), p.13.
    236 U.N. Doc. S/RES/687, (8 April,1991),para.16.
    237 U.N. Doc. S/RES/692, (20 May,1991),para. 3.
    238 See United Nations Compensation Commission HP, Press Release (1 November, 2016),
    PR/2016/1, Available at http:/ / http://www.uncc.ch/sites/default/files/attach-
    ments/81%20open.pdf (last visited Dec. 2016).
    239安保理決議687では、イラクが責任を負うのは国連憲章や慣習国際法に違反したクウ
    エートへの侵攻の結果生じた環境被害と明言されており、武力紛争法違反とはされていな
    いため、イラクの行為は、武力紛争中の行為に適用される法(jus in beliefの違反ではな
    107
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    ENMODや第1追加議定書といった自然環境保護に関する条約が成立してはいたが、イラ
    クがそれらの条約の当事国ではなかったため直接適用することができなかったことは当然
    であるといえる。ただし、仮にイラクが第1追加議定書の締約国であったとしても「広範、
    長期的かつ深刻な」という曖昧かつ高い敷居により、少なくとも絶対的禁止である第35条
    3項違反にはならないと考えられている240。また、相対的禁止と捉えられる第55条1項の
    規定についても「広範、長期的かつ深刻な」という敷居を越えたか否かについて明らかにさ
    れていない241。もっとも、当時、第1追加議定書第35条3項及び55条1項が慣習国際法
    であったならば、イラクの環境破壊行為に対してもう少し踏み込んだ検討がなされ、将来の
    武力紛争における自然環境の保護に寄与する解釈がなされていた可能性があったであろう。
    その他にも湾岸戦争が国際社会に与えたインパクトは大きく、詳細について本文では割
    愛するが、1992年には、自然環境保護に関する条約等である「リオ宣言」242、「地球温暖化
    く、武力行使に訴えることの合法性(ノhs ad helium)の違反であるといえる。Yoram Din-
    stein, “Protection of the Environment in International Armed Conflict”,Max Pianck Year-
    book of United Nations Law, Vol.5 (2001),p. 548.
    240村瀬「前掲論文」(注211)644頁。
    241他にもイラクの行為が第1追加議定書の敷居を超えなかったとする見解については、
    Henckaerts、Dinstein及びRogersらによって主張されているほか、米国務省の報告書に
    も「第1追加議定書が適用されたとしても、イラクの行為がこうした環境に関する規定
    (第35条3項及び55条)に違反したか否かは疑問である。起草過程において、違反が生
    じたか否かを決定する際の基準の一つは数十年とするのが一般的であった。イラクが起こ
    した損害は、その文言の世俗的な認識からすれば深刻である。しかし、第1追加議定書の
    文言の厳密な法的基準に達しているか否かは明確ではない。第1追加議定書が定める環境
    損害に関する禁止は、通常の作戦に伴う戦場の損害を禁止するよう意図されていなかっ
    た。そして、その禁止は湾岸戦争におけるイラクの行為に適用されないだろう」として、
    特に時間的要件を満たしていないことが示されている。権「前掲論文」(注224)98、
    104 頁;United States, Department of Defense Report to the Congress on the Conduct of
    the Persian Gulf War -Appendix on the Role of the Law of War,10 April 1992, International
    Legal Materials, Vol.31(1992), pp. 636-637.
    242 「環境と開発に関するリオ宣言(リオ宣言)」:
    「リオ宣言」は、1992年6月にリオデジャネイロで開催された国連会議(地球サミッ
    卜)において、地球規模の環境及び開発等を保護すること等を目的とする全27原則から
    なる環境と開発に関する拘束力のない宣言である。同宣言は、基本的に平時の適用を想定
    しているが、第24原則「武力紛争時の環境保護」の項においては、武力紛争時における
    環境保護に関する国際法を尊重し、その発展のために協力しなければならないという原則
    も設けている。
    108
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    防止条約」243、「生物多様性条約」24ん「国連総会決議47/37J 245、等が相次いで採択された。
    なお、自然環境に武力紛争時における均衡性(比例性)原則が適用されることは、第1追
    加議定書においては解釈に依拠していたものの、『サンレモ•マニュアル』(1994年)等の
    各種マニュアル及び「国際刑事裁判所(ICC)規程」(1998年)において明文化されたといえ
    るため、関連規定等について以下検討する。
    2.3.2.3.I 『サンレモ•マニュアル』等における自然環境保護に関する規定
    『サンレモ•マニュアル』の武力紛争時における均衡性(比例性)原則については先述の
    とおりであるが、本マニュアルにおける自然環境の保護に関するパラグラフとして、以下の
    2つがある。
    『サンレモ•マニュアル』para.11
    「紛争当事国は、次のものを含む海域においては、いかなる敵対行動も行わないことを合意するよう奨
    励(encouraged)される。
    (a) 希少(rare)もしくは脆弱な(fragile)生態系、または
    (b) 減少し(depleted)、脅威にさらされ(threatened)もしくは絶滅の危惧のある(endangered)種その他の海
    洋生物の生息地(habitat)」
    『サンレモ•マニュアル』para. 44
    「戦闘の方法及び手段は、国際法の関連規則を考慮しつつ、自然環境(natural environment)に妥当な考慮
    243 「気候変動に関する国際連合枠組条約(地球温暖化防止条約)」:
    リオ宣言と同様に1992年の地球サミットにおいて採択された条約である。拘束力のな
    いリオ宣言を具体化するための条約という位置付けであり、本条約は、温室効果ガスによ
    る地球温暖化が自然の生態系などに悪影響を及ぼすおそれがあることを人類共通の関心事
    であると確認し、現在および将来の気候を保護することを目的としている。締約国会議
    (COP)は毎年開催されており、1997年に京都で開かれた第3回締約国会議(COP3)にお
    いて、温室効果ガスの削減目標を定める「京都議定書」が採択された。
    244 「生物の多様性に関する条約」:
    リオ宣言及び地球温暖化防止条約と同様に1992年の地球サミットにおいて採択された
    条約である。本条約は、地球上の生物の多様性の保全や持続可能であるように利用するこ
    とを目的としている。条約加盟国は、生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とする国
    家戦略または国家計画を作成・実行する義務を負う。
    245国連総会決議47/37 :
    「武力紛争時の環境保護」。国連総会は、1992年に決議47/37において、軍事的必要性
    によって正当化されない環境破壊は現行の国際法に明らかに違反すると述べ、環境保護に
    関する国際法を軍事マニュアルに導入することを含め環境保護規定の遵守のためにすべて
    の措置をとることを呼びかけた。この決議47/37は、湾岸戦争時のイラクによる環境破壊
    に言及しており、湾岸戦争を契機に議論され採択された決議である。また、決議47/37を
    受けて、赤十字国際員会(ICRC)は、数度の専門家会議を通じて起草した指針を1994年に
    国連総会に提出し、「武力紛争時における環境の保護に関する軍事教範および訓令のため
    の指針(Guidelines for Military Manuals and Instructions on the Protection of the Environ-
    ment in Times of Armed Confict」として普及させることに尽力した。U.N. Doc.
    A/RES/47/37 (25 November 1992).
    109
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    (due regard)を払って用いるべきである。軍事的必要性により正当化されず、また、恣意的に(wantonly)行
    われる自然環境に対する損害又は破壊は、禁止する」
    上記のpara.11は、平時に適用される国連海洋法条約第194条5項を反映したものであ
    り246、para. 44は、ENMODや第1追加議定書第35条及び55条を考慮することに加えて、
    湾岸戦争による海洋環境の破壊を踏まえて設けられたパラグラフである247。
    『サンレモ•マニュアル』において慣習国際法を法典化したパラグラフについては、同マ
    ニュアル自体の拘束力というよりも慣習国際法として拘束力が認められる。しかしながら、
    均衡性原則と同様に、海戦における自然環境の保護に関する慣習国際法は存在しないため、
    同マニュアルpara.11及び44はあるべき法の提示に過ぎず拘束力はないといえる。同マニ
    ユアル起草過程において、「海上武力紛争中の自然環境保護を扱う『確立した法(hard law)』
    はほとんど存在しない」という主張が国際法学者らによって認められたとの記述からも248、
    海戦における自然環境の保護に関するパラグラフは新たに設けられたものであることは明
    らかである。
    また、第1追加議定書第35条3項の自然環境を軍事目標とすることを絶対的に禁止する
    規定は海戦にも適用されると考えられるものの、第55条1項における均衡性原則に照らし
    て過度な付随的損害を自然環境に与える攻撃をも制限する相対的な禁止規定は、第49条3
    項の規定により陸上の文民等に影響を及ぼさない限り海戦には適用されない249。そのため、
    『サンレモ•マニュアル』para. 44が海戦において武力紛争時における均衡性原則を自然環
    境に適用することを明確に示した初めての文書であるといえる250。
    『AMWマニュアル』及び『タリン•マニュアル』においては、自然環境保護についての
    規則が以下のとおり設けられている。
    『AMWマニュアル』規則88
    「恣意的(wantonly)に行われる自然環境の破壊は禁止される」
    『AMWマニュアル』規則89
    246 San Remo Manual,p. 83, para. 11.5.
    247 Ibid., pp.119-121, paras. 44.1-10.
    248 Ibid., p.120, para. 44.8.
    249第55条1項は、陸戦及び陸上目標等に適用される敵対行為の影響からの一般的保護を
    規定する第4編1部(第48条〜67条)に置かれており、先述のように第49条3項にょ
    って海洋環境については適用されないものと解釈される。
    250なお、第1追加議定書起草時においては、第49条3項前段における「この部の規定
    は、陸上の文民たる住民(中略)について適用するものとし、陸上の目標に対して、(中
    略)適用する」(下線部筆者)という規定の「陸上の」という文言を削除することも提案
    されていたが、採択の結果(賛成33票、反対35票、棄権4票)僅差で否決された。O.R.
    XIV, CDDH/III/SR.11,p. 86, para.15; ICRC Commentary API, pp. 605-606.
    110
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    「空戦又はミサイル戦を計画し実行する際には、自然環境に対して妥当な考慮(due regard)を払うべき
    である」
    『タリン・マニュアル』規則83 (自然環境の保護)
    「(a)自然環境は民用物であり、民用物としてサイバー攻撃及びその影響からの一般的保護を享受する
    (b)第1追加議定書の締約国は、自然環境に広範、長期的かつ深刻な損害を引き起こすことが意図さ
    れ、又は予測される戦闘の方法及び手段の使用は禁じられる」
    上記の『AMWマニュアル』及び『タリン・マニュアル』の規則についても『サンレモ・
    マニュアル』para. 44と同様に均衡性(比例性)原則を考慮して付随的損害として自然環境
    に影響を及ぼす攻撃方法や手段を禁止する規定であるといえる。なお、『AMWマニュアル』
    及び『タリン・マニュアル』は、次に述べる「icc規程」採択後に策定されたマニュアルで
    あるため、ICC規程第8条2項(b)(iv)の規定も考慮した上で設けられたといえる251。
    2.3.2.3.2 ICC規程における自然環境の保護に関する規定
    1998年に採択、2002年発効した「国際刑事裁判所(ICC)規程」においては、戦争犯罪の
    規定の中に付随的損害として保護されるべき対象として文民及び民用物の他に自然環境を
    加えている。
    ICC規程第8条2項(b)(iv)
    「予期される具体的かつ直接的な軍事的利益全体との比較において、攻撃が、巻き添えによる文民の死亡
    若しくは傷害、民用物の損傷又は自然環境に対する広範、長期的かつ深刻な損害であって、明らかに過度
    となり得るものを引き起こすことを認識しながら故意に攻撃すること」(下線部筆者)
    第8条2項(b)(iv)は、均衡性(比例性)原則に反する攻撃を実施した個人に対し、当該
    行為を戦争犯罪等として責任追及することを定めたものである。本規定は、均衡性(比例性)
    原則を示した第1追加議定書第51条5項(b)や57条2項(a) (iii)における規定と類似してい
    るが、第1追加議定書においては「文民」と「民用物」のみが対象であったことに対し、本
    規定においては「自然環境」が並列的に付随的損害の対象として加えられている。もっとも、
    自然環境保護に関する第1追加議定書第55条1項の規定は、先述のように解釈によって均
    衝性(比例性)原則に基づいた相対的禁止規定であると理解することが可能ではあるが、
    ICC規程第8条2項(b)(iv)は、解釈ではなく明文によって自然環境にも均衡性(比例性)
    原則が適用されることを示したことにより、異論を差し挟む余地が皆無となった点におい
    て進歩的な規定であるといえる。
    また、本規定においてもENMODや第1追加議定書の環境破壊に関する規定の自然環境
    251 CommentaryAMWManual,pp. 206-207.
    111
    【第I部】第2章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及び展開
    に対する「広範、長期的かつ深刻な」損害という文言を採用していることから、第8条2項
    (b)(iv)が上記の条約等の文言の影響を受けていることがわかる252。しかしながら、ICC規
    程のコメンタリーにおいても「広範、長期的かつ深刻な」という用語の説明はなされていな
    い。参考となる評価基準として、例えば、第1追加議定書コメンタリーの「長期的」が20~30
    年とする解釈を援用することも一考ではある。ただし、この解釈を採用した場合、ICCが個
    人の刑事責任を問う組織であることを考慮すると、数十年が経過しないと戦争犯罪として
    訴追することができないという不具合が生じる可能性がある253。
    さらに、本規定においては、明らかに過度となり得るものを引き起こすことを「認識
    (knowledge)しながら故意に(intentionally)」攻撃することが要件とされている。「認識」及
    び「故意」は多分に主観的な要素であるため、第1追加議定書第51条5項(b)の「予測さ
    れる」という文言よりもさらに客観的な判断が困難であり、第8条2項(b)(iv)の違法性が
    問われるための敷居は高いといえる。
    すなわち、第8条2項(b)(iv)においては、「広範、長期的かつ深刻な」という定義や敷居
    が定まっていない損害を引き起こすことが明らかに過度となることを予測ではなく 「認識」
    することが要求され、それを認識した上で行った攻撃が過失ではなく「故意」になされたも
    のであることが要件とされているといえる。したがって、ICC規程第8条2項(b)(iv)違反
    を理由に検察側が個人を訴追しようとする際には、これらの主観的な要素を含む要件を立
    証する必要があるため、慎重にならざるを得ないことが予測される。
    252 ENMODでは、「広範」、「長期的」、「深刻な」という3つの要件を「又は(or)」で結び
    選択的にいずれか一つが満たされていればよいが、第1追加議定書及びicc規程において
    は3つの要件を「かつ(and)」で結んでいるため、すべてが加重的に適用されなければな
    らないという点において差異がある。村瀬「前掲論文」(注211)635-637頁。
    253権南希「環境犯罪としての武力紛争時における環境損害一国際刑事裁判所規程第8条2
    項(b)(iv)の適用における実効性」『国際法研究』第2号(2014年)168頁。
    112
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    【第II部】
    第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    前章においては、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の概要や拡大傾向等について
    概観した。均衡性(比例性)原則が適用される陸戦以外の領域については、未だ各種マニュ
    アルにおいて設けられた指針等に過ぎず、条約等で拘束力が認められているとはいえない
    状況である。しかしながら、実際の戦争による被害から得られた教訓や国際世論の変化等に
    よって、自然環境にまで均衡性(比例性)原則の適用対象が拡大され、拘束力を有する条約
    の制定に至った経緯を踏まえると、将来的に海、空、サイバー空間あるいは宇宙空間等の新
    たな領域にまで均衡性(比例性)原則が適用される条約等が策定される可能性は少なくない
    といえるであろう。
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則は、第1章で概観したように他の国際法平面上
    における均衡性(比例性)原則同様に曖昧であり、評価基準を設けることが困難な原則であ
    る。しかしながら、曖昧であることを理由に武力紛争の当事国が均衡性(比例性)原則を軽
    視することや恣意的に解釈することを看過すれば、無睾の文民の被害者数の増加を抑える
    ことは不可能であろう。そのため、前章で一部言及したように、赤十字国際員会(ICRC)の
    ような人道の考慮を重視する立場にある組織等が中心となって、武力紛争における均衡性
    (比例性)原則を含む、文民被害の局限に繋がる国際人道法の諸規定を明確化する取組みが
    なされている。
    本章においては、そのようなICRC等による取組みを含め、前章では深く言及しなかった
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則の規定から導出される構成要素及びその解釈につ
    いて検討する。その際の手法として、均衡性(比例性)原則に関連のある論点について、「人
    道の考慮(humanitarian considerations)Jを重視する立場の見解と「軍事的必要性(military
    necessity)Jを重視する立場の見解の相違を中心に整理し、武力紛争時における均衡性(比
    例性)原則の曖昧性や評価基準を設けることが困難であるという内在的な論点を抽出する。
    3.1 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素
    まず、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素について検討する。その際の
    根本となる均衡性(比例性)原則の定義として、前章で言及したICRCによる2013年の『軍
    事行動に適用される国際規則ハンドブック(Handbook on International Rules Governing
    Military Operations :以下、ICRC軍事行動ハンドブック)』における以下の定義を用いるこ
    ととする。
    113
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    「均衡性(比例性)原則(principle of proportionality)とは、予期される(anticipated)具体的
    かつ直接的な軍事的利益(concrete and direct military advantage)との比較において、文民の
    死亡、文民の傷害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を過度に(excessive)引き起こす
    ことが予測される(expected)戦闘員及び軍事目標(military objectives)に対する攻撃を禁止
    するものである」1
    上記の定義は、第1追加議定書第51条5項(b)の規定である「予期される具体的かつ直
    接的な軍事的利益との比較において、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損
    傷又はこれらの複合した事態を過度に引き起こすことが予測される攻撃」が第51条4項の
    無差別攻撃に当たり、これを禁止することを包括的に示したものであるといえる。
    なお、当該『ICRC軍事行動ハンドブック』の定義において、第1追加議定書第51条5
    項(b)には言及のない「戦闘員及び軍事目標」という文言が追加されているのは、第1追加
    議定書第48条を踏まえて、戦闘員及び軍事目標に対する攻撃自体は合法であることを強調
    するためであると考えられる。この合法的な軍事目標に対する攻撃から生じる「文民の死亡、
    文民の傷害、民用物の損傷若しくはこれらの複合した事態」すなわち「付随的損害(collateral
    damage/ incidental loss)J 2を生じさせること自体は国際法に反するものではなく、予期さ
    れる軍事的利益に照らして予測される付随的損害が過度となる攻撃を禁止することが均衡
    性(比例性)原則の趣旨であるために「戦闘員及び軍事目標」という文言が追加されたと考
    えられる3。
    上記の『ICRC軍事行動ハンドブック』における均衡性(比例性)原則の構成要素となる
    「予期される」「具体的かつ直接的な軍事的利益」との比較において、「付随的損害」を過度
    に引き起こすことが「予測される」戦闘員及び「軍事目標」に対する攻撃という各用語の解
    釈について『第1追加議定書コメンタリー(Commentary on the Additional Protocols of 8
    June 1977to the Geneva Conventions of 12August 1949)』を中心に、以下検討する。
    1 ICRC, Handbook on International Rules Governing Military Operations hereinafter “ICRC Handbook on Military Operations’^, p. 54, Available at
    https://www.icrc.org/eng/assets/files/publications/icrc-002-0431.pdf (last visited Dec.
    2016).
    2多くの国際法学者や軍のマニュアルにおいて、「文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷
    若しくはこれらの複合した事態」の代わりに「付随的損害」という文言が用いられてい
    る。
    3本稿において第1追加議定書第51条5項(b)の規定を直接の定義として採用しなかった
    理由は、本文に示した理由のほか、第2章で述べたように第1追加議定書では「均衡性
    (proportionality)」という文言の使用を様々な事情を考慮して注意深く避けている一方、
    『ICRC軍事行動ハンドブック』は直接的に「均衡性(比例性)原則」という文言を使用
    しているため誤解を生じるおそれが少ないと考えられる点、及び『ICRC軍事行動ハンド
    ブック』の定義は、第1追加議定書第51条5項(b)のみではなく、『慣習国際人道法』
    Rule14を考慮した「均衡性」原則を示しており、第51条5項(b)の規定のみよりも包括的
    に示されていると考えたためである。
    114
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    3.1.1 「具体的かつ直接的な軍事的利益」
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則が曖昧であるとされる要因はいくつか存在する。
    大きな要因としては、均衡性(比例性)原則の構成要素の具体的な内容やそれらの評価基準
    等が明確にされておらず、通説的な解釈も存在しないことが挙げられる。
    特に「具体的かつ直接的な軍事的利益(concreteand direct military advantage)」という文
    言が曖昧であり定義することが困難であることは、起草時のハンガリーのコメントからも
    理解できるように4、当初から危惧されていたコロラリーであるといえる。『第1追加議定書
    コメンタリー』においても「具体的かつ直接的な軍事的利益」に関する規定は、「議定書策
    定のための外交会議において長い話し合いが行われたが、合意に至ることが困難であった」
    と率直に述べられている5。
    「具体的かつ直接的な軍事的利益」に関して、『第1追加議定書コメンタリー』では「具
    体的かつ直接的(concrete and direct)とは、実質的(substantial)かつ密接に関連(relatively
    close)していなければならず、長時間経過しなければ認識できないような軍事的利益は無視
    されなければならない」6としている。
    しかしながら、「実質的かつ密接に関連」という文言は、「具体的かつ直接的な」という文
    言の単なる言い換えに過ぎず、「具体的かつ直接的な」という文言を詳細に解説しているわ
    けではない。したがって、「具体的かつ直接的な軍事的利益」の内容がコメンタリーにおい
    て明確にされているとは言い難い状況にある。
    3.1.2「予期される(anticipated)」及び「予測される(expected)」
    「具体的かつ直接的な軍事的利益」を修飾する言葉として、「予期される(anticipated)」
    という言葉が用いられている。そのため、具体的かつ直接的な軍事的利益を評価する際には、
    「予期される」という修飾語が意味するところについても理解する必要がある。同様に、予
    期される軍事的利益との比較対象となる「付随的損害」についても「予測される(expected)」
    という修飾語が用いられているため、これについても併せて考慮する必要があるといえる。
    しかしながら、『第1追加議定書コメンタリー』では「予期される」及び「予測される」
    という文言についての意味に関しての言及がなされていないため、どこまでの範囲を予期
    あるいは予測すべきであるのかについては明確にされていない。
    なお、コメンタリーでは「予期される」及び「予測される」という文言の違いに基づく解
    釈の差異についても特に言及されていないため、語義あるいは修辞的な意味での差異はな
    4本稿第2章72頁参照。• .
    5 Y. Sandoz, C. Swinarski, B. Zimmermann (eds.), Commentary on the Additional Protocols
    of 8 June 1977 to the Geneva Conventions of 12 August 1949 [hereinafter “ICRC Commen-
    tary API” ] (ICRC/Martinus Nijhoff, 1987), p. 625, para. 1976.
    6 Ibid, para. 2208.
    115
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    いものと考えられる。すなわち、「予期される」及び「予測される」の両者は、軍事的利益
    及び付随的損害を事前に見積もることの意味として同義で用いられていると考えられる。
    3.1.3 「付随的損害」
    「付随的損害(collateral damage/ incidental loss)」という文言は、合法的な攻撃から生じ
    る文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷若しくはこれらの複合した事態の言い換えであり、
    『第1追加議定書コメンタリー』では“incidental loss ”という文言が用いられている。
    『第1追加議定書コメンタリー』では、「均衡性(比例性)原則(proportionality)は、付随
    的損害(incidental loss)との関連から派生したものであり、攻撃が人や物に付随的な影響(in-
    cidentaleffect )を及ぼすことに関するもの」とし7、攻撃の際は付随的損害を生じさせないよ
    うに、「文民及び民用物の位置(軍事目標との近接性)、地形(地滑り、洪水等)、使用する
    武器の正確性(指向性、誘導能力、射程、弾薬の種類等)、天候(視界、風等)、軍事目標の
    性質(弾薬庫、燃料保管庫、住宅街付近の軍事的重要性のある幹線道路等)、戦闘員の技術
    力(軍事目標に命中しない場合の無差別爆撃)」を総合的に考慮しなければならないとして
    いる8。
    しかしながら、考慮すべき要素は列挙されているものの、それらをどのように評価し攻撃
    の是非を判断するのかという基準等は『第1追加議定書コメンタリー』において明確にさ
    れていない。
    3.1.4 「軍事目標」
    第1追加議定書第52条2項は、「軍事目標は(military objectives)、物については、その
    性質、位置、用途又は使用が軍事活動に効果的に資する物であってその全面的又は部分的な
    破壊、奪取又は無効化がその時点における状況において明確な軍事的利益をもたらすもの
    に限る」と規定している。
    上記の規定は、第1追加議定書の外交会議において採択された、長い間研究の対象であ
    った「軍事目標」の定義である9。しかしながら、『第1追加議定書コメンタリー』において、
    「この規定の文言は、間違いなく役立つ指針となるものであるが、特に、攻撃の実施及び攻
    撃の手段や方法を決定する者にとって常に容易に解釈できるものではない」10と述べられて
    いるように、軍事目標選定の際にはある程度攻撃決定者等の主観に委ねられることをICRC
    も認めているといえる。
    7 Ibid., p. 684, para. 2212.
    8 Ibid., paras. 2212-2213.
    9 Ibid., p. 635, para. 2016.
    10 Ibid.
    116
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    3.2 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の解釈の相違
    上記のように、『第1追加議定書コメンタリー』においては、均衡性(比例性)原則自体
    及びその構成要素について特に詳細に解説しておらず、辛うじて「付随的損害」として考慮
    するべき要素が列挙されてはいるものの、それらの評価や判断に資する具体例や基準等も
    示されていない。したがって、均衡性(比例性)原則に対する解釈や評価基準は、ある程度
    各国家や関連組織等に委ねられているといえる。
    加えて、現在もなお均衡性(比例性)原則に関する議論が収束していない原因の一つに文
    民や民用物の被害を局限しようとするICRCに代表される人道の考慮を重視する立場と戦
    闘の勝利を重視し軍事活動にかかる制約を局限しようとする米国や軍関係者に代表される
    軍事的必要性を重視する立場との見解に乖離があることが挙げられる。文民の保護を優先
    するICRCのような人道の考慮を重視する立場においては、過度でない付随的損害が許容
    されるという概念自体が受け入れられないとの見解に立つ者もいるであろう11〇反対に、軍
    事的必要性を重視する立場においては、戦争での勝利や軍事作戦を成し遂げるためにはあ
    る程度過度の付随的損害はやむを得ないとする見解が主流であると考えられる。
    以下では、主に均衡性(比例性)原則の構成要素等に対するICRCの解釈と米海軍マニュ
    アルの解釈を中心に関連する学説を交えて整理し、均衡性(比例性)原則に内在する曖昧さ
    や不明確性を克明にし、人道の考慮重視派と軍事的必要性重視派の見解の整合がとられて
    いない論点を抽出することとする。
    3.2.1 人道の考慮を重視する立場と軍事的必要性を重視する立場との相違の根幹
    上述の『第1追加議定書コメンタリー』は、ICRCの事務局長(Director General of the
    ICRC Directorate)を務め、追加議定書作成に大きく貢献したピクテ(Jean Pictet)やサンドス
    (Yves Sandoz)らの共著として1987年にICRCによって策定された12。
    また、1996年以来のICRCにおける研究の成果としてまとめられた『慣習国際人道法
    (Customary International Humanitarian Za切』もICRCのリーガルアドバイザーであるへ
    ンカーツ(Jean-Marie Henckaerts)及びICRCの法律顧問を務めた経験のあるドズワルド・
    ベック(Louise Doswald-Beck)の共著として、2005年にICRCから出版されている13。
    11真山全「現代における武力紛争法の諸問題」村瀬信也・真山全編『武力紛争の国際法』
    (東信堂、2004年)17頁。
    12 ICRC Commentary API
    13 Jean-Marie Henckaerts and Louise Doswald-Beck, Customary International Humanitar-
    ian Law, 2 Volumes, Vol. I: Rules, Vol.II: Practice [hereinafter “ICRC Customary IHじ、
    (Cambridge University Press/ ICRC, 2005).
    117
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    上記以外にも2003年から2008年にかけて専門家らを招聘し、数回の会合を経て『国際
    人道法の敵対行為への直接参加の概念に関する解釈指針(Interpretive Guidance on the no-
    tion of Direct Participation in Hostilities under International Humanitarian Law)(以下、
    DPH解釈指針)』がICRCの法律顧問であるメルツァー (Nils Melzer)を中心にまとめられ、
    2009年にICRCから出版されている。
    ICRCは、「武力紛争およびその他暴力の伴う事態によって犠牲を強いられる人々を人道
    的に保護し、必要な援助を提供すること(ensuring humanitarian protection and assistance for
    victims of armed conflict and other situations of violence)」等14を使命とする独立した国際人
    道支援組織である。また、1971年の第1追加議定書起草に際しての赤十字専門家会議にお
    いて、当時のICRC総裁(President)のナヴィル(Marcel Naville)が、「人道法の起草において、
    政府案と外交会議案が接近するにつれ、国家安全保障の要求または軍事的必要性と呼ばれ
    るものが一層顕著になっている。確かに、すべての実行可能な規則はそのことを考慮しなけ
    ればならない」、「しかし、赤十字は全体として、一定の基本的な人道の要請が他のあらゆる
    考慮に優位することも理解させなければならない」15と述べたことを想起すると、上記の『第
    1追加議定書コメンタリー』、『慣習国際人道法』及び『DPH解釈指針』における見解は、
    国際法の解釈において人道の考慮を重視あるいは強化する方向へのバイアスがかかってい
    ることが推測される。
    そのことを示すー例として、2005年に出版された『慣習国際人道法』に関して、2006年
    に米国務省が当時のICRC総裁であるケレンベルカ、、一(Jakob Kellenberger)宛ての書簡(Ini-
    tial response of U.S. to ICRC study on Customary International Humanitarian Law with Il-
    lustrative Comments)において公式に当該研究における手法を批判したことが挙げられる16。
    当該書簡では、ICRCの『慣習国際人道法』の研究における不適切な手法として、以下のよ
    うな点を挙げている。
    -ICRCが慣習国際法と認定した規定の根拠となる国家実行が「広範かつ統一的(extensive and virtually
    uniform)Jという基準を満たしていないこと
    14 See ICRC HP, Mandate and Mission, Available at https:/ / http://www.icrc.org/en/who-we-
    are/mandate (last visited Dec. 2016).
    15 Conference d’experts de la Croix-Rouge, Revue internationale de la Croix-Rouge, tome
    53, No. 628, 1971,p. 223;尋木真也「武力紛争法における軍事的必要性の機能」『早稲田法
    学会誌』第63巻2号(2013年)186頁。
    16米国の批判する詳細な内容については、岩本誠吾「慣習国際人道法を巡る米国と赤十字
    国際委員会との解釈の対立」『世界問題研究所紀要』第23巻(2007年);See U.S. Depart-
    ment of State, Initial response of U.S. to ICRC study on Customary International Humani-
    tarian Law with Illustrative Comments, November 3, 2006, Available at
    http://www.state.gov/s/l/2006/98860.htm (last visited Dec. 2016).
    118
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    •軍のマニュアルは国家の振る舞い(State behavior)や法的信念(〇函ガon ノUi)を示すものであるかもし
    れないが、実際の軍事活動とは異なり国家実行として運用されたものとして評価できないにもかかわら
    ず、ICRCの研究が軍のマニュアルを国家実行として強調しすぎていること
    • ICRCの研究が慣習国際法を認定する際に本来反映されないはずのNGOやICRC自身の声明を過度
    に重視していること
    • ICRCの研究が否定的な実行(特に関連する条約の非当事国によるもの)の重要性を認識しているに
    もかかわらず、重要な事例では十分に重視されていないこと
    • ICRC研究が武力紛争に参加したことがほとんどない国の実行と武力紛争の経験が豊富で苦慮しなが
    らも軍事法制の発展に寄与した国の実行を同一視することによって、特に影響を受ける国(specially af-
    fected States)の実行に妥当な考慮(due regard)を払っていないことI7。
    上記のように、米国は政府として公式にICRCの『慣習国際人道法』に異議を唱えている
    といえる。なお、『慣習国際人道法』の研究手法に対しては、米国のような国家のみならず
    国際法学者からも批判的に評価されることがある。例えば、新井京教授は、ICRCが『慣習
    国際人道法』において、非国際的武力紛争に適用される区別原則が慣習法化したことを示す
    根拠として用いた要素について、①第2追加議定書の起草過程の捉え方に違和感があるこ
    と17 18 19、②非国際的武力紛争に関わる実行が少ないことあるいは国際的武力紛争に関わる実行
    と非国際的武力紛争に関わる実行とが混同されていること19、③非国際的武力紛争における
    区別原則に関する国家実行として重視されているのが各国軍隊の軍事マニュアルであるこ
    と20、④公式の反対実行がないことを慣習法が存在する根拠としていること21、等を挙げ、
    「この研究スタイルには大いに疑問を呈さざるをえない」と批判的に論じている22。
    17 Ibid.
    18新井教授によれば、区別原則は、第2追加議定書の当初のICRC草案に含まれていた規
    定であり、起草過程において最終段階で脱落したことは事実であるが、反乱団体に法的地
    位を与えることになるのではないかとの危惧があったことに加え、第2追加議定書自体が
    採択されなかったかもしれない事実を考慮すると妥当な推論とは言い難いとされる。
    19混同されている例として、新井教授は、「核兵器使用合法性事件」における各国の陳述
    内容とICTYの「クプレスキッチ他事件」第1審判決を挙げている。
    20新井教授は、1992年のドイツ軍マニュアルの記載内容を例として、このマニュアルの
    規定から「すべての国際的武力紛争法規則」を非国際的武力紛争においても遵守するとい
    う法的信念を読み取ることは困難であり、むしろ、国際的武力紛争法規則の幾つかを選別
    的に遵守することを意味していると考えることが妥当であるとする。また、非国際的武力
    紛争のように条約規則の乏しい状況において、曖昧な原則が述べられているに過ぎないの
    であれば、それほど決定的な証拠とは言えないのではないかとも述べられている。
    21新井教授は、ICRCが広範で確立した条約規則の存在が希薄な非国際的武力紛争におい
    て、「ニカラグア事件」で示されたフォーミュラを当てはめようとしていること、及び国
    際的武力紛争である湾岸戦争時の米国の実行を非国際的武力紛争に関わる反対実行の例と
    して挙げていることが国際的武力紛争と非国際的武力紛争の混同であると指摘している。
    22新井京「非国際的武力紛争に適用される国際人道法の慣習法規則一赤十字国際委員会
    『慣習国際人道法』研究の批判的考察」『同志社法學』第60巻7号(2009年)1127-1130
    頁。
    119
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    また、ICRCの成果物に対する批判としては、上記の『慣習国際人道法』以外にも2009
    年に出版された『DPH解釈指針』に対するものも挙げられる。『DPH解釈指針』に対して
    は、シュミット(MichaelN. Schmitt)による批判が顕著である。彼の“The Interpretive Guid-
    ance on the Notion of Direct Participation in Hostilities: A Critical Analysis”と題された論文
    の序論では、「会合の成果物として予定されていたのは合意文書であったが、手続きを進め
    ていくうちにそれが非常に困難であることがわかった」、「最終的な成果物はICRC独自の
    見解を表明(an expression solely of the ICRC’s views)したものとなった」として、『DPH解
    釈指針』がICRC独自の見解であることを批判するとともに23、会合に参加した当事者に断
    りなく『DPH解釈指針』が刊行されたことについても不満が述べられている24。さらに、
    シュミットは、論文の中で繰り返し「『DPH解釈指針』は、軍事的必要性と人道の考慮のバ
    ランスを乱暴に(badly/ wildly)歪めてしまった(distorts/ askew)」と述べ25、結論部分では
    ICRCの功労者らを称えながらも「残念なことに、ICRC及び巻き込まれた専門家の不断の
    努力の賜物である『DPH解釈指針』は、実際に戦争を行う国家にとって支持することので
    きない規範的なパラダイム(normative paradigm)を唱えている」という文で論文を締め括っ
    ている26。シュミットは、かって米空軍に所属していたが、その後、一般大学等において国
    際法教授として教鞭を執り、『タリン・マニュアル』の監修を務める等27、軍事的必要性と人
    道の考慮のバランスを十分に理解していると思われる人物である。その彼も会議に参加し
    た上で、ICRCが策定した『DPH解釈指針』を上記のように批判的に分析していることか
    らも、ICRCが主催し刊行される文書等は、人道の考慮を重視する方向に偏る傾向にあるこ
    とが推測される。
    ICRCの『DPH解釈指針』が策定された目的は、第1追加議定書第51条3項において文
    民は「敵対行為に直接参加していない限り(unless and for such time as they take a direct part
    in hostilities)J直接の攻撃からの保護を受けるとされているものの、近年、文民による敵対
    行為への参加が増加している傾向にあるため、「敵対行為に直接参加していない限り」の意
    23『DPH解釈指針』は、著名な国際法の専門家によって何年にもわたり考察されたもの
    であるが、当該指針の見解はあくまでもICRC独自の見解であることが序文に示されてい
    る。ICRC, Interpretive Guidance on the Notion of Direct Participation in Hostilities under
    International Humanitarian Law (prepared by Nils Melzer) hereinafter “ICRC Interpretive Guidance DPH”, p. 6.
    24 Ibid.
    25 Michael N. Schmitt, The Interpretive Guidance on the Notion of Direct Participation in
    Hostilities: A Critical Analysis”, Harvard National Security Journal, Vol.1(2010), pp. 23,
    38.
    26 Ibid, p. 44.
    27米空軍時代は情報将校及び法務官(JAG)を務め、その後ジョージ・C ・マーシャル欧州
    安全保障研究センタ ー(George C. Marshall European Center for Security Studies)やダラム
    大学(Durham University)において国際法教授として勤務、現在は米海軍大学ストックトン
    センター(Stockton Center for the Study of International Law)において勤務するとともにイ
    ギリスのエクセター・ロースクール(University of Exeter Law School)国際公法教授等を務
    めている。See United States Naval War College HP, Contact Information & Profile, Mi-
    chael N. Schmitt, https://www.usnwc.edu/MichaelSchmitt (last visited Dec. 2016).
    120
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    味の明確化を図り、区別原則の適切な解釈に寄与することにより文民の保護を確実にする
    ことである28。そのため、『DPH解釈指針』における第1追加議定書の解釈が文民の保護を
    重視する傾向にあることは自明であるといえる。
    しかしながら、それでもなお、人道の考慮寄りであると批判されている具体的な記載内容
    として、例えば、「ある特定の文民の行為が敵対行為への直接参加(Direct Participation in
    Hostilities: DPH)に該当するか否かについて疑義のある場合には、文民の保護に関する一般
    規則が適用されるため、当該行為はDPHに該当しないと推定されなければならない」と解
    釈している点が挙げられる29。『DPH解釈指針』は、この理由として、文民は一般的なカテ
    ゴリーにおいて直接の攻撃から保護されるのであり、例外に関する要件が充足されてはじ
    めて軍事目標となるため、明確にDPHに該当しない場合には保護されるべきであるとして
    いる30。確かに、第1追加議定書第50条1項において、「文民であるか否かについて疑義が
    ある場合には文民とみなす」という規定はあるが、『DPH解釈指針』では文民であるか否か
    について疑義がある場合に加えて、DPHに該当するか否かについて疑義がある場合にも
    DPHではないと推定するように規定している点において人道の考慮を優先した見解に立つ
    ものといえる。
    さらに、『DPH解釈指針』は、軍事目標か否か判断できないグレーゾーンの状況において
    は、攻撃を差し控えることや可能な限り代替手段をとること31、及び文民の行為がDPHに
    該当したとしても直接軍事攻撃を行うのではなく、当該文民を捕捉その他の非致死的手段
    を用いることによって、その文民が引き起こした軍事的脅威や物理的障害を取り除くこと
    を推奨している32。換言すれば、武力紛争の状況下において敵対行為を行う文民に対して、
    軍隊が当該文民を攻撃する代わりに、捕捉(逮捕)することや鎮圧することのような警察権
    の行使(police actions)あるいは法執行(law enforcement)としての物理的強制力を優先的に
    行使することを要求しているといえる。
    28 ICRC Interpretive GuidanceDPH, pp. 4-7.
    29 Ibid., p. 74.
    30 Ibid., p. 75.
    31 Ibid., pp. 74-76.
    32 Ibid., pp.80-81;この点について、パークス(W. Hays Parks)は、法執行の文脈でさえ犯
    人に発砲して死に至らせた警察官が罪に問われたことはなく、ましてや武力紛争の状況に
    おいて殺害よりも逮捕(捕獲)を優先的に要求する国家実行はないと批判している。W.
    Hays Parks, “Part X of The ICRC ‘Direct Participation in Hostilities” Study: No Mandate,
    No Expertise, and Legally Incorrect”, New York University Journal of International Law &
    Politics, Vol.42 (2010), pp. 812-827;河野桂子「アフカ、、ニスタン戦争と付随的損害一武力
    紛争法上の評価」『上智法学論集』第56巻4号(2013年)235頁。;なお、警察権の行使
    や法執行は通常は国の法執行機関によって行使されるが、軍隊によって行使される場合も
    ある。和仁健太郎「国際法における“unit self-defense”の法的性質と意義」『阪大法学』第
    65巻1号(2015年)37頁。
    121
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    上記は一例ではあるが、『DPH解釈指針』では、無睾の文民の保護のみならず敵対行為を
    行う文民に対しても攻撃からの保護を厚くすることにより、第1追加議定書等の解釈に関
    して人道の考慮を最大限に重視する立場をとっていることがうかがえる33。
    上記のようなICRCが主体となって策定した『DPH解釈指針』のようなマニュアルは、
    シュミットが指摘したようにICRC独自の解釈あるいは人道の考慮を重視する立場の解釈
    が強調される傾向にあることは否定できないであろう。他方、ICRCが主体とならずに策定
    された各種マニュアルは、国際法学者だけでなく軍の関係者も起草に多く携わっているた
    め、必ずしも人道の考慮を重視する傾向にあるとは言い切れないと考えられる。
    しかしながら、ICRCが主体でないマニュアルであっても、例えば『サンレモ•マニュア
    ル』の作成を発案したのは国際人道法の理解と適用を促進するNPO(Nonprofit Organiza-
    tion) である「人道法国際研究所(International Institute of Humanitarian Law: IIHL)」であ
    り34、策定に至るまでに専門家らによる計8回のラウンド・テーブルが開かれたが、そのほ
    とんどにおいて各国の赤十字社が協力した35。また、各ラウンド・テーブルにはそれぞれ約
    33他にも『DPH解釈指針』は、「回転扉(revolving door)」という概念を提示し、文民は敵
    対行為に直接参加する場合に限り攻撃からの保護を喪失するのであり、敵対行為をやめた
    時点で再度保護を回復することを提言している。換言すれば、敵対行為に直接従事する度
    に、回転扉のようにくるくると文民が攻撃からの保護を喪失・回復するという概念であ
    る。この概念によれば、軍隊や組織された武装集団(organized armed groups)の構成員でな
    い文民は、自発的•散発的に敵対行為をしている間にのみ軍事目標として被攻撃の可能性
    が生ずるのであり、敵対行為をしていない場合は、攻撃からの保護の対象となる。一方、
    組織された武装集団は、継続的に戦闘任務を負うため、「回転扉」の概念は適用されず、
    軍隊に準じてその構成員であるという理由のみで常に軍事目標となる。文民が組織的・継
    続的に敵対行為を行う場合は、組織された武装集団の構成員と同様に常時軍事目標となる
    としている。ICRC Interpretive GuidanceDPH, pp. 70-73.
    34 See OSCE Network of Think Tanks and Academic Institutions HP, International Insti-
    tute of Humanitarian Law (IIHL), Available at http://osce-network.net/members/institu-
    tions/iihl/ (last visited Dec. 2016).
    35予備的ラウンド・テーブル(1987年):サンレモ(San Remo)
    ピサ大学とシラキュース大学の協力
    専門家ラウンド・テーブル(1988年):マドリッド(Madrid)
    スペイン赤十字社人道法研究センターの協力
    第1回会合(1984年):ボッフム(Bochum)
    ルール大学平和維持法人道法研究会とドイツ赤十字社の協力
    第2回会合(1990年):ツーロン(Toulon)
    ツーロン・バール大学地中海戦略研究所とフランス赤十字社の協力
    第3回会合(1991年):ベルゲン(Bergen)
    ノルウェー海軍戦術学校とノルウェー赤十字社の協力
    第4回会合(1992年):オタワ(Ottawa)
    カナダ国防省とカナダ赤十字社の協力
    第5回会合(1993年):ジュネーヴ(Geneva)
    ICRCの協力
    最終会合(1994年):リヴォルノ( Livorno)
    イタリア海軍大学校の協力
    San Remo Manual, Annex, pp. 45-46.
    122
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    40名が参加し、参加者は各国の国際法の専門家と海軍専門家(部隊運用に関係する者及び
    関係しない者双方を含む)の混成であったものの、現職の軍人の割合は3割程度であった
    36。したがって、人道の考慮を重視する国際法学者と軍事的必要性を重視する軍関係者との
    見解が分かれた場合、最終的に多数決や多数派の見解が採用されることが多いことが予想
    されるが、マニュアル策定のために尽力しているIIHLや赤十字社に対する配慮、及び軍事
    的必要性を重視するのは軍関係者のみであるとは限らないものの、部隊運用に関与する可
    能性のある軍人の数が過半数を超えるものではないため、やはり人道の考慮に重点を置く
    見解を採用する傾向が強いと考えられる。
    ICRCが主体でないマニュアルにおいて人道の考慮に重点を置く見解を採用した例とし
    て、『サンレモ•マニュアル』の軍事目標に関する第1回ラウンド・テーブルにおける議論
    が挙げられる。当該ラウンド・テーブルの特別報告者であったカナダのフェンリック海軍中
    佐(Commander W. J. Fenrick)の起草案においては、伝統的な海戦法やそれまでの海戦にお
    ける国家実行を基に、敵国の「戦闘努力(war-fighting effort)または戦争支援努力(war-sus-
    taining effort)へ統合されている」商船は軍事目標とする案が当初示されていた36 37。敵国商船
    が軍事目標となるか否かに関して、フェンリック中佐の起草案を支持したグループは、過去
    の海戦やイラン・イラク戦争において実際に敵国商船が戦争支援努力に統合された実行が
    あったため、当該国家実行に基づいて敵国商船が軍事目標であると推定することが現実的
    であるとした38。また、軍事的必要性をより重視する参加者は、敵国商船全般が軍事目標と
    類別されれば、交戦規則(rules of engagement: ROE)がより容易に作成できると述べ、原則
    的に敵国商船を合法な軍事目標と認め、例外的に攻撃から免除される基準を作成すること
    を提案した39。
    他方で、人道の考慮を重視する立場の参加者は、イラン・イラク戦争における紛争当事国
    は国際人道法を考慮に入れていなかったためマニュアルの根拠にはできず、また、ラウン
    ド・テーブルの任務は将来の紛争のための規則を作ることであるため過去の国家実行を決
    定的な要素とすべきではないと主張して反論した40。参加者らの激しい議論の末、「戦闘努
    カまたは戦争支援努力へ統合されている」商船という表現では意味が広すぎるという人道
    の考慮を重視する立場寄りの見解が主流となり、結果として第1追加議定書第52条2項の
    36各ラウンド・テーブルの参加者は不明であるが、参加総数57名のうち18名が軍人であ
    り、専門家の関係者やオブザーバー総数95名のうち30名が軍人であった。その他の参加
    者は国際法学者や個人の資格で参加した外務省等の政府関係者であった。Ibid., pp. 47-55.
    37 W. Heintschel v. Heinegg, The Military Objective and the Principle of Distinction the
    Law of Naval Warfare: Reports, Commentaries and Proceedings of the Round- Table of Ex-
    perts on International Humanitarian Law Applicable to Armed Conflicts at Sea, Ruhr-Uni-
    versitat Bochum 10-14 November 1989, UVB – U niversitatsverlag Dr. N. Brockmeyer
    (1991),p.153.
    38 Ibid., p.154.
    39 Ibid,
    40 Ibid., p.155.
    123
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    文言と同様にpara. 60において「軍事活動(military action)に効果的に貢献する」商船とい
    う表現が採用されることとなった41。この表現は、例えば敵国の輸出経済に貢献している敵
    国商船は軍事目標とはならないという点で「戦闘努力または戦争支援努力へ統合されてい
    る」商船という表現よりも狭い意味として捉えられる42。このように、ICRCが主体でない
    国際法学者と海軍専門家のグループによって策定された『サンレモ•マニュアル』であって
    も、軍事的必要性を重視する見解よりも人道の考慮を重視する見解が多数意見とされる傾
    向にあるといえる。
    『AMWマニュアル』43及び『タリン•マニュアル』44も『サンレモ•マニュアル』と同様
    に、ICRCが主体ではなく国際法の専門家と軍の専門家の共同参画により策定されたマニュ
    アルであるが、両マニュアルとも『サンレモ•マニュアル』に倣って策定されていることが
    明示されており45、また、いずれも軍の専門家が過半数を超えていないため、最終的に人道
    の考慮を重視するような解釈に近い文言が採用されたことが推測される。例えば、イスラエ
    ルのテル・アビブ大学名誉教授であるディンスタイン(Yoram Dinstein)は、『DPH解釈指針』
    と同様にICRCがスポンサーとなって努力を傾注した『AMWマニュアル』は成功裏にはま
    とまらず、彼自身を含めた多くの学者がこれに異議を唱えていると批判的に述べている46。
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則の曖昧さや不明確性は、これらの『第1追加議
    定書コメンタリー』及び各種マニュアル等の人道の考慮を重視する傾向がみられる解釈と
    41『サンレモ•マニュアル』para. 60
    「次の行動は、敵国の商船を軍事目標にする。
    (a) 敵国のために戦争行為に従事する。例えば、機雷敷設、機雷掃海、海底電線及びパイプラインの切
    断、中立国商船に対する臨検捜索または他の商船に対する攻撃。
    (b) 敵国軍隊の補助者として行動する。例えば、軍隊の輸送または軍艦に対する補給。
    (c) 敵国の情報収集システムへ統合され、またはそれを支援する。例えば、偵察、早期警戒、監視、ま
    たは指揮•管制•通信に関する任務に従事する。
    (d) 敵国の軍艦または軍用機の護衛の下で航行する。
    (e) 停船命令を拒否し、または臨検、捜索もしくは拿捕に対して積極的に抵抗する。
    (f) 軍艦に損害を与えることができる程度に武装されている。これについては、例えば海賊に対して要
    員を防御するための個人用軽火器および「チャフ」のような純粋な回避システムは除く。または
    (g) その他の方法で軍事活動(military action)に効果的に貢献する。例えば、軍事物資の輸送」(下線部
    筆者)。
    42 Heinegg, supra note 37, p.156.
    43コア・グループをはじめとする起草関係者総数37名のうち、軍人(退役を含む)は15
    名である。Commentary on the HPCR Manual on International Law Applicable to Air and
    Missile Warfare [hereinafter “CommentaryAMWManual”],Appendix I (2010), pp. 8-11.
    44監修者、編集者等をはじめとする起草関係者総数46名のうち、軍人(退役を含む)は
    10 名である。Michael N. Schmitt (ed.), Tallinn manual on the international law applicable
    to cyber warfare, [hereinafter “Tallinn Manual”](Cambridge University Press, 2013), pp.
    6-9.
    45 Commentary AMWManual, Introduction, pp. 1-2; Tallinn Manual, Introduction, p.16.
    46 Yoram Dinstein, “Air and Missile Warfare under International Humanitarian Law”,Mili-
    tary Law and The Law of War Review, Vol. 52(1) (2013), p. 88.
    124
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    それを実際に適用する側である部隊運用に関与する軍関係者等の軍事的必要性を重視する
    立場の解釈との間に乖離があることがその一因であると考えられる。
    3.2.2解釈に乖離のある論点
    以下では、軍事的必要性を重視する立場と人道の考慮を重視する立場との間において、均
    衡性(比例性)原則に関連する論点の解釈に乖離がみられる主要なものを中心に確認する。
    まず、均衡性(比例性)原則の構成要素についての解釈の相違について確認する。
    3.2.2.1 「具体的かつ直接的な軍事的利益」の解釈
    「具体的かつ直接的な軍事的利益(concrete and direct military advantage)Jは、先述のと
    おり『第1追加議定書コメンタリー』において定義や評価基準等が明確に示されていない。
    そのため、軍事的必要性を重視する立場と人道の考慮を重視する立場との間で解釈に隔た
    りがある。
    「具体的かつ直接的な軍事的利益」の解釈に相違がある理由の一つに紛争当事国、指揮官
    及び攻撃決定者等(以下、攻撃決定者等)の「主観」の要素が挙げられる。この点について
    は、『第1追加議定書コメンタリー』において、何が「具体的かつ直接的な軍事的利益」で
    あるかの解釈は、ある程度主観的にならざるを得ず、結局は攻撃決定者等の「常識と誠実さ
    (common sense and good faith)Jに委ねるしかないと述べられているようにICRC自身も認
    めている47。ガーダム(Judith Gardam)も同様に、均衡性(比例性)原則は客観的な評価(ob-
    jective test)によってなされるべきであることが望ましいとしながらも、最終的な評価は攻
    撃決定者等の主観に拠らざるを得ないと述べている48。
    また、シュミットが指摘するように、「具体的かつ直接的な軍事的利益」の解釈は、判断
    を下す攻撃決定者等の社会的又は文化的背景の違いや戦闘様相が優勢であるか劣勢である
    か等によって判断の際の価値観に影響を与える可能性があることも否めないであろう49。し
    たがって、攻撃決定者等のモラルや均衡性(比例性)原則に関する解釈の差異によって同じ
    状況でも異なる意思決定がなされたり、戦局が敗色濃厚である場合や軍事力に圧倒的に差
    がある非対称戦においては戦闘に勝利することを最優先して均衡性(比例性)原則違反に問
    われるおそれのある攻撃であっても敢行されたりする可能性が高いこと等が予想される。
    47 ICRC Commentary API, para. 2208;福田毅「国際人道法における兵器の規制とクラス
    ター弾規制交渉」『レファレンス』平成20年4月号(2006年)46頁。
    48 Judith Gardam, “Proportionality and Force in International Law , American Journal of
    International Law, Vol.87 (1993), p. 407. ………
    49 Michael N. Schmitt, The Principle of Discrimination in 21st Century Warfare”,
    Yale Human Rights and Development Law Journal, Vol.2 (1999), p.157.
    125
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    二つ目に「情報」の要素が挙げられる。この「情報」に関しては、議論の対象となる状況
    がいくつか挙げられる。例えば、利用可能な情報があってもそれを敵の策略あるいは誤情報
    と考えて攻撃決定者等がそれを無視する場合、攻撃決定者等が正反対あるいは矛盾する情
    報を得ていた場合、攻撃決定者等が不十分な情報しか得られていないが時間的猶予がない
    場合、技術的により優れた情報が得られる手段を攻撃決定者等が意図的に用いなかった場
    合等をどのように評価するべきかについての見解は一致していない50。
    なお、第1追加議定書の署名、批准あるいは加入の際、イギリス、カナダ、ドイツをはじ
    めとするいくつかの国は、攻撃決定者等の主観に頼らざるを得ない「具体的かつ直接的な軍
    事的利益」は、当時(at the relevant time)得られていた合理的に利用できる(reasonably avail-
    able )すべての情報(information from all sources)の評価に基づいてなされるもの、と解釈す
    る趣旨の留保又は解釈宣言を付している51。すなわち、その当時得られていたならば均衡性
    (比例性)原則に反するために攻撃を中止せざるを得ないような情報が事後に判明したと
    しても、その当時情報が得られていなかった場合には当該攻撃が合法であると解釈するも
    のであるといえる。この解釈と同様に、2010年の『AMWマニュアルコメンタリー』にお
    いては、「当時」という言葉は、「後になってから判明した事実(hindsight)に基づく分析を明
    確に否定する」ものであるとして52、「均衡性原則では、後になってから判明した事実
    (hindsight)を扱わない」と解釈している53。これらの解釈にしたがえば、当時得られていた
    情報が事実とは異なっていた場合や情報が些少であった場合には、「具体的かつ直接的な軍
    事的利益」の許容される幅が攻撃側にとって有利に振れる可能性がある。
    例えば、ある軍事目標の近傍にアパートがあった場合、当該アパートに多くの住民が残存
    しているという情報が攻撃時に得られていなければ軍事目標に対する攻撃の付随的損害と
    してアパートを破壊したとしても許容され得る一方、多くの住民が残存しているという情
    報を事前に入手していたならば過度な付随的損害となり、均衡性(比例性)原則違反に問わ
    れる可能性が高くなるといえる。換言すれば、攻撃決定者等が正確かつ豊富な情報を入手す
    ることによって、均衡性(比例性)原則をより厳格に評価しなければならず、攻撃を断念す
    ることを余儀なくされるという不合理が生じる可能性があるといえる。ただし、攻撃決定者
    等が意図的に情報を入手しない場合や情報が入手可能であるにもかかわらずそのための努
    50 Alexandra Boivin (Preface by Yves Sandoz), rhe Legal Regime Applicable to Targeting
    Military Objectives in the Context of Contemporary Warfare”, in University Centre for In-
    ternational Humanitarian Law, Research Paper Series, No. 2 (2006), p. 37.
    51イギリスの他に同様の留保(reservations)又は解釈宣言(declarations of understanding/
    interpretative declarations)を付している国としては、アルジェリア、イタリア、オラン
    ダ、オーストリア、カナダ、スイス、スペイン、ドイツ、ベルギーがある。Adam Rob-
    erts, Richard Guelff (eds.), Documents on the Laws of War, 3rd edition (Oxford University
    Press, 2000), pp. 499-512 ; Alon Margalit, The Duty to Investigate Civilian Casualties Dur-
    ing Armed Conflict and Its Implementation in Practice, Yearbook of International Humani-
    tarian Law, Vol.15 (2012), p.192; UK’s declaration para (c), in respect of API.
    52 CommentaryAMWManual,p. 38.
    53 Ibid., p. 91; Margalit, supra note 51, p. 192.
    126
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    力を怠る場合等は、攻撃の際の予防措置を怠ったことにより、均衡性(比例性)原則の不可
    分の一部である第1追加議定書第57条2項(a)(iii)及び同条2項(b)の規定に反することと
    なり、結果として均衡性(比例性)原則違反に問われる可能性はあり得る54 55。
    三つ目の要素として、軍事的利益を「単独」もしくは「全体」のどちらを基に考慮するの
    かという点が挙げられる。この点についても起草過程から各国で見解が分かれており、第1
    追加議定書の署名、批准あるいは加入の際に「情報」の要素と同様にイギリス、カナダ、ド
    イツ等のいくつかの国によって留保又は解釈宣言が付されている。当該留保等の内容は、
    「具体的かつ直接的な軍事的利益」の意味を散発的(isolated)又は特定の(particular)行動に
    ついてではなく、軍事行動全般(as a whole)から予期される利益と捉えるとするものである
    55。第1追加議定書のコメンタリーでは、先述のように「軍事的利益は、実質的かつ密接に
    関連していなければならず、長期間経過しなければ認識できないような軍事的利益は無視
    されねばならない」としており56、明確な評価基準こそ示していないものの、軍事行動全般
    を射程としては捉えていない解釈であることがうかがえる。
    なお、ICC規程第8条2項(b)(iv)の規定においては第1追加議定書と異なり57、「具体的
    かつ直接的な軍事的利益全体(concrete and direct overall military advantage)との比較にお
    いて」(下線部筆者)として、「全体(overall)」という文言が挿入されている。
    この件について、ニュートン(Michael Newton)とメイ(Larry May)は、「ICC規程の条文
    は、広範に受け入れられた国家実行の見解を反映したもの」であり58、「その犯罪の構成要件
    は、米国、中国及びその他の主要な非締約国を含むすべての国家の合意によって採択された
    条約に基づく」ものであると述べている59。すなわち、武力紛争時における均衡性(比例性)
    原則に関連する国家実行や条約等を反映させた結果、icc規程に「全体」という文言が加え
    られたとする解釈であるといえる。
    54もっとも、均衡性(比例性)原則を構成する規定である攻撃の際の予防措置に関する第
    1追加議定書第57条2項(a)(iii)及び同条2項(b)は、配慮義務や努力義務規定に留まるこ
    とが示唆されているため(本稿第2章84-86頁参照)、攻撃決定者が意図的に情報を入手
    しない場合や情報が入手可能であるにもかかわらずそのための努力を怠る場合であっても
    これらの規定に違反しないこともあり得る。
    55 Amichai Cohen, “The Lebanon War and The Application of The Proportionality Princi-
    ple” ,The Hebrew University of Jerusalem Faculty of Law, Research Paper No. 6-07 (2007),
    p.11;河野「前掲論文」(注32) 232頁;同様の留保又は解釈宣言を付している国は、イ
    ギリス、カナダ、ドイツのほ^、、イタリア、オランダ、スペイン、ニュージーランド、ベ
    ルギーがある。Roberts, supra note 51,pp. 499-512.
    56 ICRC Commentary API, p. 684, para. 2209.
    57 ICC規程第8条2項(b)(iv)
    「予期される具体的かつ直接的な軍事的利益全体との比較において、攻撃が、巻き添えによる文民の死
    亡若しくは傷害、民用物の損傷又は自然環境に対する広範、長期的かつ深刻な損害であって、明らかに過
    度となり得るものを引き起こすことを認識しながら故意に攻撃すること」(下線部筆者)。
    58 Michael Newton and Larry May, Proportionality in International Law (Oxford university
    press, 2014), p. 114.
    59 Ibid., p.112.
    127
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    ICC規程に「全体」という文言を入れた経緯に関するICCの準備委員会(Preparatory Com-
    mission) における議論を確認すると「軍事的利益は、攻撃目標と時間的または地理的に関係
    することもあればしないこともある(may or may not be)」とされている60。この解釈によれ
    ば、考慮すべき軍事的利益については、必ずしも時間的または地理的な関連性が要求される
    ものではないことを示しているといえる。この点において、icc規程における軍事的利益
    は、第1追加議定書の軍事的利益よりも広く解釈することが可能である61。もっとも軍事的
    利益の解釈の幅を広げることは、広げた分だけ文民に対する付随的損害が許容される可能
    性も高くなるといえる。
    「全体」についてのICC規程と第1追加議定書との文言の相違に関し、ICRCは『慣習
    国際人道法』において、「ICC規程における犯罪の定義に『全体(overall)』という文言が加
    えられたからといって既存の法を変更するものとして解釈することはできない」62と述べ、
    第1追加議定書のコメンタリーの解釈が継続して適用されるべきであることを強調してい
    る。なお、ICRCは軍事的利益を「全体」として考慮するべきではないと解釈している一方、
    自然環境に対する「広範、長期的かつ深刻」な損害を与えることを絶対的に禁止するという
    解釈を維持している。すなわち、ICRCは、軍事的利益に関しては長期間経過しなければ認
    識できない利益を均衡性(比例性)原則の考慮対象から排除する一方で、付随的損害に関し
    ては長期間経過しなければ認識できない損害を考慮対象としているといえる。ICRCの解釈
    に拠るならば、軍事的利益と付随的損害との間で評価の時間軸に不整合が生じるといえる。
    また、「全体」という言葉に含まれる要素には、時間的な要素以外にも地理的な要素や規
    模、因果関係といった様々な要素が含まれることが考えられる。そのため、同じ付随的損害
    を生じさせた軍事目標に対する攻撃であっても、時間的要素を含めた様々な評価要素を考
    慮した結果、第1追加議定書の基準では均衡性(比例性)原則違反となり、ICC規程の基準
    では均衡性(比例性)原則が許容する付随的損害の範囲内に収まるということが生じ得る。
    すなわち、付随的損害と均衡させる対象が第1追加議定書においては「具体的かつ直接的
    な軍事的利益」であり、icc規程においては「具体的かつ直接的な軍事的利益全体」という
    異なるものであるために、一方では違法ではあるが他方では合法となる可能性がある二重
    の基準が存在することとなる。
    60権南希「環境犯罪としての武力紛争時における環境損害一国際刑事裁判所規程第8条2
    項(b)(iv)の適用における実効性」『国際法研究』第2号(2014年)173-174頁;
    Preparatory Commission for the International Criminal Court, Finalized Draft Text of the
    Elements of Crimes, PCNICC/2000/1/Add. 2 (Jury 2000), Art. 8(2)(b)(iv), p. 24, n. 36.
    61軍事的利益を単一の戦闘から判断するのではなく作戦や戦争全体のそれから判断する場
    合、いかに付随的損害が大であったとしても得られた軍事的利益が戦争の勝利に不可欠で
    あったと抗弁することによって、過度な付随的損害とされることが実際上あり得なくなる
    という批判も生じ得る。真山全「現代における武力紛争法の諸問題」村瀬信也•真山全編
    『武力紛争の国際法』(東信堂、2004年)17頁。
    62 ICRC Customary IHL, Rule 14, Interpretation, 2006.
    128
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    もっとも、icc規程においては重大な罪等を犯した個人を訴追するための裁判規定に基
    づいた評価基準が設けられているため、第1追加議定書における国際人道法の評価基準と
    別個の基準が設けられていても問題はないといえるが、このことが武力紛争時における均
    衡性(比例性)原則の解釈を複雑化させる要因の一つとなっていると考えられる。
    3.2.2.2 「予期される(anticipated)」及び「予測される(expected)」の解釈
    『第1追加議定書コメンタリー』では、「予期される」及び「予測される」という文言に
    ついての言及がなかったため、これらについても解釈に乖離が生じる可能性がある。なお、
    本稿では先述のとおり、両者に語義としての差異はないものと捉えることとし、「予期され
    る」及び「予測される」という文言をそれぞれ軍事的利益及び付随的損害を事前に見積もる
    ことの意味として捉えることとする。
    まず、前者の「予期される(anticipated)」軍事的利益を文脈どおりに解するならば、攻撃
    決定者等が自己の主観によって実際の軍事的利益よりも過大な軍事的利益を見積もった場
    合には、均衡性(比例性)原則の考慮対象とする軍事的利益が大きくなり、その結果許容さ
    れる攻撃の幅も広がることが考えられる。したがって、軍事的利益を攻撃決定者等が誤情報
    に基づいて見積もった場合、攻撃決定者等の錯誤や過失による場合、さらには急迫した状況
    によって攻撃決定者等が的確な判断力を喪失している場合等により、一般的な攻撃決定者
    等が見積もるよりも過大な軍事的利益が得られるものと誤認したならば、許容される付随
    的損害は実際よりも大きくなるため、被害を受ける可能性のある文民の数も過大となる可
    能性がある。
    同様に、後者の「予測される(expected)」付随的損害についても攻撃決定者等の主観に委
    ねられざるを得ないといえる。仮に、攻撃決定者等によって軍事的利益が正確に見積もられ
    たとしても、誤情報等に基づいて実際の付随的損害よりも過小な付随的損害を攻撃決定者
    等が見積もった場合には、通常の攻撃決定者等であれば差し控えるあるいは中止されるべ
    き攻撃が許容されることにより、結果として実際の付随的損害が大きくなり得る。
    過小評価という観点に基づけば、上記のように付随的損害を過小評価した場合には、国際
    社会からの非難を受ける可能性が高いが、一方の軍事的利益を過小評価した場合には国際
    社会から非難を受けることはないであろう。ホランド(Joseph Holland)が指摘するように
    「予測される付随的損害を過小評価することは大抵の場合残虐な事態(gory pictures)を引
    き起こすが、予期される軍事的利益を過小評価することは公には気付かれず単に攻撃機会
    を逸したということにすぎない」63ためである。したがって、軍事的利益との比較において
    付随的損害を過小評価することのないように留意することが攻撃決定者等に要求されると
    いえる。ただし、この場合には国際社会からの非難を受ける可能性はあるとしても、直ちに
    均衡性(比例性)原則に照らして違法であるとまでは言い切れないであろう。なぜなら、「予
    63 Joseph Holland, “Military Objective and Collateral Damage: Their Relationship and Dy-
    namics”, Yearbook of International Humanitarian Law, Vol.7 (2004), p. 48.
    129
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    期される」軍事的利益も「予測される」付随的損害も攻撃決定者等の主観に左右されるため、
    攻撃後、得られた軍事的利益と当該攻撃によって生じた付随的損害との比較によって均衡
    性(比例性)原則の見地からは違法と評価される攻撃であったとしても、攻撃決定の時点で
    見積もられていた軍事的利益あるいは付随的損害のいずれかが実際のそれよりも攻撃決定
    者等の主観によって過大に「予期」あるいは過小に「予測」されていたのであれば、当該攻
    撃は均衡性(比例性)原則に反することとはならない可能性があるためである64。
    また、攻撃前に主観によって見積もっていた軍事的利益または付随的損害が均衡性(比例
    性)原則に反していることを攻撃決定者等が認識していた上で攻撃を敢行したとしても、攻
    撃の結果が外形上均衡性(比例性)原則に違反していない状態であるならば、内部告発等の
    形で攻撃決定者の内面の評価基準が表出しない限り、攻撃決定者等が均衡性(比例性)原則
    に関する違法性を問われることはないであろう。攻撃の結果が客観的に均衡性(比例性)原
    則に反する疑いがあったとしても、均衡性(比例性)原則の評価基準は攻撃決定者等の主観
    に委ねられる面が大きいため、攻撃を決定する段階において軍事的利益を過大にあるいは
    付随的損害を過小に見積もっていたと攻撃決定者等が抗弁することは可能であると考えら
    れる。
    さらには、軍事目標に対する合法的な攻撃を意図していたとしても、主観的には予測でき
    ない機器の故障又は不具合、強風や霧等の悪天候の影響あるいは人為的なミス等により、結
    果的に予測していた付随的損害よりも過度になる状況も生起し得る。このような場合、弾着
    地点の誤差等であれば事前に平均誤差半径、爆風効果及び破片効果等を考慮して付随的損
    害を予測することは可能であるかもしれないが65、予測不可能な機器の故障や人為的ミスに
    よって生じた付随的損害はそれが過度なものであったとしても違法性が問われないことと
    なり得る。
    これらのことから、「予期される」及び「予測される」の基準に従って明らかに均衡性(比
    例性)原則違反となるのは、攻撃決定時において「予期される」軍事的利益よりも「予測さ
    れる」付随的損害が上回っていた場合、かつ、攻撃の結果得られた軍事的利益よりも引き起
    こした付随的損害の方が上回っていた場合のみであろう。その他の場合には、ケース•バイ•
    ケースで評価されることとなり得るが、事後の裁判において攻撃決定者等の主観を立証す
    ることは困難であると考えられる。したがって、被攻撃側や人道の考慮を重視するICRCの
    ような組織が攻撃から生じる付随的損害を最小限にするためにできることは、攻撃側の「常
    識と誠実さ」等のモラルに期待する程度のことしかないと考えられる。
    64仲宗根卓「長期的効果を有する兵器の使用と均衡性の原則ー『予測される(expected)』
    の解釈を中心に」『阪大法学』第59巻6号(2010年)1166頁。
    65平均誤差半径(Circular Error Probability: CEP)とは、ミサイルや爆弾等の射弾散布を測
    る指標であり、広義の命中精度をあらわす用語である。爆風効果や破片効果は計算式を用
    いて攻撃効果を事前に予測するものである。防衛システム研究会編『火器弾薬技術ハンド
    ブック』(防衛技術協会、1990年)181-217頁。
    130
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    3.2.2.3 過度な「付随的損害」の解釈
    「付随的損害(collateral damage)」の範囲にはどこまでの損害が含まれるかという点も均
    衡性(比例性)原則の解釈に乖離が生じる要因の一つである。
    付随的損害の範囲を判定するための目安となり得る要素の一っとして、「距離あるいは地
    理的な要素」が挙げられる。両次大戦やその後の紛争で実施されたような広範囲にわたる絨
    毯爆撃(carpet bombing)は、現在では無差別攻撃を禁止する第1追加議定書第51条4項に
    よって禁止され66、いくつかの軍事目標が近接していたとしてもその間の領域は軍事目標で
    はないため、あくまでも個々の軍事目標を個別に攻撃することが要求されている67。少将時
    代に英陸軍法務部長を務めた経験のあるロジャーズ(A. P. V. Rogers)が指摘するように、無
    差別な攻撃であっても一人の文民の犠牲者も生じない攻撃であれば均衡性(比例性)原則違
    反とはならないため合法とされ得るという見解もあるが68、無差別攻撃は文民を直接攻撃す
    ることに等しく区別原則に反するために文民の犠牲者の有無にかかわらず絶対的に禁止さ
    れるとする見解が一般的である69。
    付随的損害の「距離あるいは地理的な要素」の例として、米空軍の1998年のIntelligence
    Targeting Guideにおいては、「軍事目標が航空機の格納庫であった場合、付随的に(民間
    機も使用する)滑走路や誘導路を穿孔させる可能性があるが、これが付随的損害として許容
    されるか否かは用いる武器が誘導武器であるか否か及び目標の位置やエリア等を勘案して、
    狙った地点からの距離の誤差や被害が生じる可能性を見積った上での決定であったか等を
    被害の規模やその時の状況に基づき、複雑な計算式によって算定される」としている70。実
    際に米国は、2002年以降、独自の付随的損害の算定方法(collateral damage estimation meth-
    odology )を策定及び導入している。その算定方法には、兵器の種類に応じて算定された危険
    区域と最も近くにある民用物との距離の比較から攻撃効果として破片、爆風、デブリの飛散、
    熱風が民用物に影響を及ぼす可能性を検討するものや、周辺地域の人口密度や兵器の種類
    や使用条件に基づいて危険区域面積から想定犠牲者数を算定するもの等がある71。
    66第1追加議定書第51条4項が禁止している無差別攻撃とは、特定の軍事目標のみを対
    象としない攻撃等であって、軍事目標と文民又は民用物とを区別しないでこれらに打撃を
    与える性質のものをいう。
    67 ICRC Commentary API, paras. 1968-1975;第1追加議定書第 51条 5 項(a)。
    68 A.P.V. Rogers, Law on the Battlefield (Manchester University Press, 1996), p. 23.
    69 Yoram Dinstein, The Conduct of Hostilities under the Law of International Armed Con-
    flict, 2nd edition (Cambridge University Press, 2010), p.127.
    70 USAF, Intelligence Targeting Guide (1998), p.180.
    71具体的には、作戦地域周辺の人口密度(1,000平方フィート(1,000sq.ft)当たりの人口)
    を昼夜の別あるいは限定された時間帯ごとに算出し、犠牲者係数(casualty factor)を1.0
    (攻撃地点から円状に描かれた兵器の有効範囲を内円部分と外環に分け、その内円に屋内
    施設がある場合)又は0.25 (攻撃地点から円状に描かれた兵器の有効範囲を内円部分と外
    環に分け、屋内施設が円の外にあり、かつ施設の一部が外環にある場合)のいずれかに決
    定する。これらの要素を元に最終的な犠牲者数算定(casualty estimate: CE)を以下の数式に
    131
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    付随的損害の範囲に関する二つ目の要素として挙げられるのは、損害の「規模」である。
    これは、「過度な(excessive)Jという用語の解釈に関連するものである。ただし、「過度な」
    の基準についてICRCは明らかにしていないだけではなく、第1追加議定書第51条5項の
    コメンタリーでは、例え極めて高い軍事的必要性があったとしても「議定書は大規模な
    (extensive)文民の死傷を引き起こすいかなる攻撃も正当化しない」、「文民の死傷は決して大
    規模(extensive)であってはならない」72として”‘excessive”ではなく “extensive”という言葉
    を用いて絶対的に禁止している。しかしながら、ICRCは「過度な(excessive)Jと同様に「大
    規模な(extensive)」という言葉の定義や具体例も示していない。そのため、ここでいう「大
    規模な」付随的損害には、おそらく損害の程度と範囲の広さという双方の要素が含まれてい
    ると考えられ得るが、どの程度の付随的損害が「大規模な」ものとして違法となるのかが明
    らかにされていない。
    一般的に戦争においては、食糧不足、交通の混乱、外出禁止や停電等の影響によって文民
    の生活が不自由になることは不可避的に付随するものである73。これらのうち、交通の混乱
    や外出禁止等の単に文民の生活を不便にするような影響であれば、損害の程度は小さいと
    いえるため例え広範囲にわたるものであっても「大規模な」付随的損害の要件には該当しな
    いと考えられる。しかしながら、食糧及び水不足による飢餓や停電による入院患者等の死亡
    等の損害の程度が大きいといえる付随的損害がどのくらいの範囲に及ぶ場合に「大規模な」
    付随的損害として絶対的に禁止されるのか否かについては必ずしも明らかではない。まし
    て、戦闘に勝利することを最優先する紛争当事国からすれば、高い軍事的利益があるにもか
    かわらず、定義の明確でない「大規模な」付随的損害を与える可能性があるために戦局が不
    利になることを甘受してまで攻撃を断念するという判断を選択することは容易には想像で
    きない。
    「過度な(excessive)J及び「大規模な(extensive)」に対する解釈については1987年の『第
    1追加議定書コメンタリー』以降、2005年のICRCによる『慣習国際人道法』においても
    明らかにされなかった74。その後、ICRCの関係者も起草に参加した2010年の『AMWマニ
    よって導出するものである。
    CE = ,全面積件x被害面積の割合(%) x人口密度x犠牲者係数(1.0/ 0.25)
    1.000 sq.ft
    See Chairman of The Joint Chiefs of Staff Instruction, CJCSI 3160.01A, Joint Chiefs of Staff
    Instruction: No-Strike and the Collateral Damage Estimation Methodology (2012), Availa-
    ble at https://publicintelligence.net/cjcs-collateral-damage (last visited Dec. 2016); 河野
    「前掲論文」(注32) 243-249頁。
    72 ICRC Commentary API, para. 1980.
    73 Dinstein, supra note 69, p. 135.
    74 Jason D. Wright, “‘Excessive’ ambiguity: analyzing and refining the proportionality stand-
    ard”, ICRC Selected Article on International Humanitarian Law, Vol.94, No. 886 (2012), p.
    837.
    132
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    ユアル』のコメンタリーにおいて、ようやく「過度な(excessive)」と「大規模な(extensive)J
    という用語について言及がなされた。
    『AMWマニュアル』策定のための会議に参加した国際人道法の専門家らは、「過度な
    (excessive) Jに関する概念的な混乱は、“excessive”という言葉が誤解を招きやすいために生
    じる」とし、「“excessive”は、文民の犠牲者数と戦闘不能となった敵戦闘員の数との比較の
    問題ではない」ことを強調した75。また、会議に参加した専門家らは「付随的損害が大規模
    (extensive)であるという事実が、それを必ずしも過度(excessive)にすることではない」、
    「“excessiveness”の概念は絶対的なものではなく、攻撃によって得られる軍事的利益との比
    較によって評価されるものである」、「仮に、予期される軍事的利益が少なければ、予測され
    る付随的損害が過度(excessive)となる可能性は実質的に低いだろう」、「反対に、大規模な
    (extensive)付随的損害は、目標を攻撃することによって得られる軍事的利益が高いならば合
    法なものとして正当化され得る」と述べ76、ICRCによる「大規模な(extensive)J付随的損
    害がいかなる状況においても絶対的に禁止されるとする見解に疑問が呈された77。
    また、核兵器による攻撃は、「大規模な」付随的損害をもたらすことが一般に予想される。
    ICRCの解釈によれば、核兵器の使用は大規模な文民の死傷を引き起こす攻撃となるため、
    絶対的に禁止される害敵手段であると考えられる。しかしながら、jus ad bellumにおける
    法的判断ではあるものの、第1章で述べたように「核兵器使用合法性事件」勧告的意見にお
    ける主文(2)E後段の解釈は自衛の極限状況においてはjus in belloに適用される基本原則に
    反する核兵器による攻撃が合法とされる可能性があることが示唆されたため78、この観点か
    らもICRCによる「大規模な」文民の死傷を引き起こすいかなる攻撃も正当化されないとす
    る解釈の普遍性については疑問が残る。
    ただし、自衛の極限状況に置かれた場合であったとしても、かつて他国の学者等からの非
    難を受けたドイツにおける「戦数(戦時非常事由または交戦条理)」理論79のように、軍事行
    75 CommentaryAMWManual,p. 92.
    76 Ibid.
    77 Wright, supra note 74, p. 838.
    78 「核兵器使用合法性事件」における審理の過程において、洋上の軍艦や疎らに展開する
    陸上部隊のような軍事目標に対して限定的に攻撃することが可能な低出力核兵器(low yield
    nuclear weapon)いわゆる戦術核を用いることで付随的損害を局限することにより、均衡性
    (比例性)原則等の国際人道法に合致した核兵器の使用が可能であるとする見解もあっ
    た。Legality of The Use by A State of Nuclear Weapons in Armed Conflict, Advisory Opin-
    ion of 8 July 1996, ICJReports 1996, para. 91;廣瀬和子「核兵器の使用規制一原爆判決か
    らICJ勧告的意見までの言説分析を通してみられる現代国際法の複合性」村瀬信也・真山
    全編『武力紛争の国際法』(東信堂、2004年)446頁。
    79例えば、ドイツのモイラー(C. Meureu)は、「戦数(Kriegsraison)」を軍事的必要性と同
    義に捉えた上で、実定法規が軍事的必要性を阻害するように作られている場合には、軍事
    的必要性は実定法によって制限を受けず、軍事行動の成功を確保するために必要な軍事的
    措置は戦争法違反とはならないと主張した。坂元教授がウェストレーク(J. Westlake)の表
    現を基に指摘しているように、戦争法規が軍事的必要性と人道的考慮の均衡の上に成り立
    っていることを想起すれば、立法過程での考慮に加えて、適用過程においてさらに軍事的
    必要性を加味する余地はなく、このような法理を認めてしまえば戦争法規の実効性などお
    よそ確保できなくなってしまう可能性が高い。そのため、ドイツ以外の学者によって戦数
    133
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    動の成功を確保するために必要な軍事的措置は戦争法違反とはならないという極端な法理
    は現在受入れられる余地はないため、そのような状況であっても自衛という軍事的利益に
    均衡した規模の付随的損害が許容されるという考え方に依拠することは最低限遵守される
    必要があろう。
    付随的損害の三つ目の要素として挙げられるのは、「時間」的要素である。これに関して
    は、例えば、紛争後に発生する被害であるクラスター弾の戦争残存物(Explosive Remnants
    of War: ERW)80による文民の被害や自然環境に対する長期的影響等も付随的損害として考
    慮しなければならないのかという論点がある。
    ERWの長期的効果を均衡性(比例性)原則の評価要素に加えることが可能だと主張する
    のは、ICRCやヒューマン・ライツ・ウォッチを中心とする文民の保護を重視するNGO
    (Non-Governmental Organization)等が主である。それらのNGO等の主張の根拠としては、
    過去の紛争における実績を踏まえるとERW化するクラスター弾の子弾の効果が予測でき
    ることや第1追加議定書の均衡性(比例性)原則の条項に時間的な制約に関する文言がな
    いこと等が挙げられる81。また、2006年の第3回「特定通常兵器(Certain Conventional Weap-
    ons: CCW)使用禁止制限条約」82再検討会議の最終宣言前文においては、文民に対するERW
    の予測可能な効果(foreseeable effects)が攻撃の際の均衡性(proportionality)及び予防措置に
    関する国際人道法の規則を適用する際に考慮される要因であることが確認(noting)されて
    いる83。しかしながら、ERWの長期的効果を均衡性(比例性)原則の評価要素に加えるこ
    とが可能だと主張する文民の保護を重視するNGO等は、ERWによる効果をいつまで予測
    するべきであるのかという限界を示しているわけではない84。そのため、何十年何百年先の
    効果をも予測しなければならないのかという疑問も生じる85。
    これに対してERWの長期的効果を均衡性の評価要素に加えることを否定する見解を示
    す国際法学者としては、グリーンウッド(Christopher Greenwood)やブースビー(William H.
    Boothby)らがいる。彼らによれば、ERWの即時的・短期的な被害はある程度予測できるた
    の法理は非難され、軍事的必要性の無制限な一般原則化は多くの国際法学者によって否定
    されてきた。坂元茂樹「武力紛争法の特質とその実効性」村瀬信也・真山全編『武力紛争
    の国際法』(東信堂、2004年)36-40頁。
    80 ERWの長期的効果による被害の予測可能性の検討については、仲宗根「前掲論文」
    (注 64)1161-1190 頁参照。
    81同上、1168-1169 頁。
    82 The Convention on Prohibitions or Restrictions on the Use of Certain Conventional
    Weapons Which may be Deemed to be Excessively Injurious or to Have Indiscriminate Ef-
    fects.
    83 仲宗根「前掲論文」(注 64)1169 頁;Third Review Conference of the High Contract-
    ing Parties to the Convention on Prohibitions or Restrictions on the Use of Certain Conven-
    tional Weapons Which may be Deemed to be Excessively Injurious or to Have Indiscrimi-
    nate Effects Final Document Part II, Final Declaration, CCW/CONF.III/11 (Part II), Ge-
    neva, 7-17 November 2006, p. 4.
    84仲宗根「前掲論文」(注64)1180頁。
    85 同上。
    134
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    め考慮され得るが、ERWの長期的リスクは攻撃時には予測不可能な多くの要因によって可
    変し得ることを理由に、長期的な被害は均衡性(比例性)原則の評価において考慮されるべ
    きではないとされる86。
    なお、自然環境に対する長期的効果に関しては既に触れたが87、ERWによる被害や自然
    環境に対する長期的影響等を作戦計画策定時において予防原則に従って考慮するのならば
    ともかく、時間的猶予の少ない攻撃決定時において付随的損害としてどの程度考慮できる
    のかは不明である。実際の戦場において、戦車や航空機または軍艦等に自然環境破壊の長期
    的影響に造詣が深い専門家を乗せていない限り、攻撃決定者を含む一般的な戦闘員にその
    ような知識まで要求することは困難であろう。したがって、ICRCやヒューマン・ライツ・
    ウォッチのような見解が文民等の保護にとって理想的ではあるといえるが、現実的にはグ
    リーンウッドやブースビーの見解のように即時的・短期的な被害の予測に基づく評価基準
    に拠らざるを得ないと考えられる。
    これまで確認したように、付随的損害は「距離」、「規模」及び「時間」的要素を考慮する
    必要があるために、どのような損害が付随的損害に含まれるかという解釈に乖離が生じる
    といえる。特に、距離の要素に関しては、例えば弾薬工場のような軍事目標にどれほど文民
    が近接したら付随的損害として考慮するべきであるのか、あるいは軍事目標内に文民が存
    在する場合には付随的損害として考慮するべきであるのか若しくは区別原則に関連して軍
    事目標としての合法性を考慮するべきであるのかという問題が生じることとなる。
    3.2.2.4 「軍事目標」の解釈
    上記の件に関するものを含め、「軍事目標」の解釈についても軍事的利益を重視する立場
    と人道の考慮を重視する立場の間に大きな隔たりがある。
    軍事目標の解釈に関連する『サンレモ•マニュアル』策定時に議論のあった「戦闘努力
    (war-fighting effort)または戦争支援努力(war-sustaining effort) Jという文言とほぼ同様の表
    現はICRCの『DPH解釈指針』において言及されている。『DPH解釈指針』では、文民が
    攻撃からの保護を喪失するのは、敵対行為への直接参加(DPH)の場合であるとし、「一般的
    な戦争遂行努力(general war effort)及び継戦活動(war sustaining activities)」の場合には
    DPHには該当しないとしている88。文言に多少の差異はあるものの『サンレモ•マニュア
    86 同上、1172-1173 頁; Christopher Greenwood, Legal Issues Regarding Explosive Rem-
    nants of War, CCW/GGE/I/WP.10 (2002), pp. 7-8; William H. Boothby, Cluster Bombs:
    Is There a Case for New Law?, Program on Humanitarian Policy and Conflict Research,
    Harvard University, Occasional Paper Series (2005), p. 30.
    87本稿第2章106-107頁参照。
    88 ICRC Interpretive Guidance DPH, pp. 51-52.
    135
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    ル』策定時に議論された「戦闘努力(war-fighting effort)または戦争支援努力(war-sustaining
    effort)」という幅広い解釈を否定する意味で用いているものといえる。
    『DPH解釈指針』において「一般的な戦争遂行努力(general war effort)Jの例として挙
    げられているのは、「具体的な軍事行動(concrete military operations)の文脈以外での武器及
    び軍需品の設計、生産及び輸送ならびに道路、港、空港、橋梁、鉄道その他インフラの建設
    または改修」であり、「継戦活動(war sustaining activities)Jの例としては、「一般的な戦争
    遂行努力を支援する政治、経済又はメディアに関する活動(政治的プロパガンダ、金融取引、
    農産物又は非軍需品の生産)」が挙げられている89 90 91。『DPH解釈指針』では、これらの「一般
    的な戦争遂行努力及び継戦活動」は突き詰めればDPHに該当する可能性があるとしながら
    も、これらは敵を直接害する意図を有した敵対行為とは異なるため、DPHには該当しない
    「間接参加(indirect participation)」にすぎないものと解釈している90。すなわち、「一般的
    な戦争遂行努力及び継戦活動」は、間接参加であってDPHには該当せず、これらの活動を
    実施していたとしても依然として保護される文民としての地位が保たれるため、軍事目標
    として攻撃してはならないとするのが『DPH解釈指針』における見解である。
    また、『DPH解釈指針』においては、文民の行為がDPHに該当するのは、上記以外にも
    「危害の敷居(threshold of harm)J 91、「直接因果関係(direct causation)J 92及び「交戦者と
    のつながり(belligerent nexus) J 93という3つの要件を加重的(cumulative)に満たした場合で
    あるとされている。先述の「一般的な戦争遂行努力及び継戦活動」の議論は、「直接因果関
    係(direct causation)J要件における論点の一つにすぎないため、さらに他の加重要件を満た
    すか否かを精査して検討する必要がある。したがって、文民の行為がDPHに該当し保護を
    喪失することとなる状況は、すべての要件が充足された極めて限定的な状況においてのみ
    であるといえる。
    人道の考慮を重視するICRCの立場としては、文民が本来有している攻撃からの保護を
    喪失し、攻撃対象となり得る状況を可能な限り減らすことにより、文民の保護を厚くする解
    釈を採用する傾向にあることは当然であろう。しかしながら、先述のシュミットの論文に顕
    89 Ibid.
    90 Ibid.
    91「危害の敷居(threshold of harm)J要件に到達するためには、ある特定の行為が、武力
    紛争当事者の軍事行動(military operations)もしくは軍事能力(military capacity)に不利な影
    響(adversely affect)を及ぼすおそれがあるか、または直接の攻撃から保護される人や物に
    対して、死、傷害もしくは破壊を与えるおそれがあるものでなければならないとされる。
    Ibid. pp. 47-50.
    92 「直接因果関係(direct causation)」の要件が満たされるためには、ある特定の行為と、
    当該行為または当該行為が不可分の一部をなす(constitutes an integral part)協同軍事行動
    (coordinated military operation)のいずれかから生じるおそれのある危害との間に、直接的
    な因果関係の結びつきがなければならないとされる。Ibid., pp. 51-58.
    93 「交戦者とのつながり(belligerent nexus) Jという要件を満たすためには、ある行為
    が、一方の紛争当事者を支援し(support)、かつ他方の当事者を害する(detriment)形で必要
    な危害の敷居(threshold of harm)を直接引き起こす(directly cause)ことが明確に意図(spe-
    cifically designed to)されたものでなければならないとされる。1bid.. pp. 58-64.
    136
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    著なように、軍事的必要性を重視する立場からは『DPH解釈指針』に対する批判的あるい
    は懐疑的な論文や見解がいくつか見られる94。
    軍事目標についての見解に関して、ICRCのような人道の考慮を重視する立場とは対照的
    に、軍事的必要性を重視する立場としては、米海軍マニュアル(NWP1-14M)の規定が挙げ
    られる。
    NWP1-14M 8.2 軍事目標(military objectives)
    「軍事目標のみが攻撃の対象である。軍事目標とは、戦闘員、軍隊の装備品(military equipment)及び施設、
    また、その性質、位置、目的又は使用により敵の戦争遂行能力(war-fighting capability)又は継戦能力(war-
    sustaining capability)に効果的に資する物であって、しかもその全面的若しくは部分的破壊、捕獲又は無力
    化がその攻撃時の状況下において攻撃者にとり明確な軍事的利益をもたらすものをいう。軍事的利益には、
    攻撃部隊の安全を含む様々な要素が含まれ得る(下線部筆者)」95
    94『DPH解釈指針』に対する軍事的必要性を重視する立場からの反論としては、2010年
    のNew York University Journal誌にいくつかの論文が掲載されている。シュミットは、先
    述の The Interpretive Guidance on the Notion of Direct Participation in Hostilities: A Crit-
    ical Analysis”以外にも”Deconstructing Direct Participation in Hostilities: The Constitutive
    Elements”と題した論文の中で、ある人物が文民であるか戦闘員であるか疑義がある場
    合、文民としての地位を推定する義務があることは『DPH解釈指針』におけるICRCの
    解釈と同様に認めているものの、文民が敵対行為に直接参加しているか否かについて疑義
    がある場合には、文民は敵対行為に直接参加しているとみなすべきであるとしてICRCの
    見解に異を唱えている。Michael N. Schmitt, “Deconstructing Direct Participation in Hos-
    tilities: The Constitutive Elements”, New York University Journal of International Law and
    Politics, Vol.42 (2010), pp. 697-739;同誌において、ブースビー空軍准将は、『DPH解釈
    指針』によって示された「回転扉」の概念について反論している。『DPH解釈指針』の
    「回転扉」の概念によれば、自発的•散発的に敵対行為を行う文民は敵対行為を行ってい
    ない限り保護されるため、昼は農民、夜は戦闘員という文民がいたとしても、昼は攻撃の
    対象となることはない。他方、組織された武装集団は、敵対行為を行っていなくとも構成
    員資格のみで常に攻撃対象となる。このことに関して、ブースビーは、紛争当事者が両者
    を区別することは困難であることを踏まえ、自発的•散発的な攻撃が生起し、その攻撃が
    文民によるものか組織された武装集団の構成員によるものか区別がつかない場合、紛争当
    事者が攻撃を控えねばならなくなることを危惧している。また、繰り返し敵対行為に参加
    する文民を基礎とする「回転扉」の概念は、敵対行為を繰り返さない文民を危険に晒すこ
    とになるという見解も示している。Bill Boothby, “And for Such Time as: the Time Dimen-
    sion to Direct Participation in Hostilities”, New York University Journal of International
    Law and Politics, Vol.42 (2010);同じく同誌において、ヘイズ・パークス(Hays Parks) 退
    役大佐は、シュミットと同様に起草時の専門家会合において『DPH解釈指針』の合法的
    軍事目標に対して行使される武力の種類及び程度に関して、人道法によって課される制限
    の記載箇所について極めて批判的な者もおり、必ずしも参加した専門家の全会一致や多数
    意見というものではないことを主張している。W. Hays Parks, “Part IX of the ICRC ‘Di-
    rect Participation in Hostilities” Study: No Mandate, No Expertise, and Legally Incorrect”,
    New York University Journal of International Law and Politics, Vol.42 (2010).
    95 Department of the NAVY, The Commander’s Handbook on the Law of Naval Opera-
    tions, NWP1-14M hereinafter “NWP1-14M”, para. 8.2.
    137
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    上記のように米海軍マニュアルNWP1-14M 8.2は、軍事目標を第1追加議定書及び『サ
    ンレモ•マニュアル』に採用された文言である「軍事活動(military action)Jに効果的に資す
    る物ではなく、ラウンド・テーブルにおけるフェンリック中佐の起草案の文言に近い「戦争
    遂行能力(war-fighting capability)又は継戦能力(war-sustaining capability)」に効果的に資す
    る物としている96。「軍事活動」と「戦争遂行能力又は継戦能力」という表現の違いは、先述
    のように敵国の輸出経済に貢献している敵国商船が軍事目標として攻撃することが合法か
    否かという点を含めその解釈によって大きく異なる。
    上記のNWP1-14M 8.2軍事目標を踏まえて、具体的な軍事目標として同マニュアルは以
    下の規定を置いている。
    NWP1-14M 8.2.5 目標(objects)
    「適切な攻撃目標には、軍事目標としての敵国の軍艦と軍用機だけでなく、陸・海軍の補助船舶、沿岸
    の陸・海軍基地、軍艦の建造・修理施設、軍の補給庫や貯蔵所、石油類貯蔵地区、ドック、港湾施設、港、
    橋梁、飛行場、軍用車両、装甲車両、大砲、弾薬貯蔵庫、部隊集結地・乗船地、通信線その他の軍事行動の
    遂行や支援に用いられる目標が含まれる。山岳隆路(mountain pass)のような地形的特徴及び兵舎、通信・
    指揮・統制施設、司令部の建物、食堂や訓練区域のような陸・海軍の作戦に管理上、人事上の支援を提供す
    る建物や施設も適切な攻撃目標に含まれる。さらに、軍事目的に使用される敵国の通信線、鉄道操車場(rail
    yards)、橋梁、鉄道車両(rolling stock)、はしけ(barges)、運貨船(lighters)、戦争遂行のための製品を生産す
    る産業施設及び発電所も適切な攻撃目標に含まれる。敵国の戦争遂行能力を間接的にではあるが有効に支
    援し、支持する敵国の経済目標もまた攻撃し得る」(下線部筆者)97
    上記のNWP1-14M 8.2.5においては、第1追加議定書や『サンレモ•マニュアル』では
    採用されなかった軍事目標の具体例のリスト化がなされている。NWP1-14M 8.2.5のリス
    卜は、1922年の「空戦に関する規則案」及び1956年の「ICRC規則案」で示された具体的
    96 「能力(capability)」と「努力(effort)」という用語の差異による解釈の違いについては
    不明であるが、『サンレモ•マニュアル』のラウンド・テーブルにおける議論からも「戦
    争遂行能力(war-fighting capability)又は継戦能力(war-sustaining capability)J は、「軍事活
    動 (military action) Jの概念よりも広い意味を持つと解釈される。Heinegg, supra note 37,
    pp.153-157;かつての米海軍マニュアル(NWP9)は、「継戦努力(war-sustaining effort)」と
    いう言葉を使用しており、「継戦努力」には間接的であっても効果的に交戦国の戦闘能力
    を支援し支持する努力がその範囲に入ると述べ、「米国の兵器の生産に使用される原料の
    輸入」、「売上利益が武器弾薬を購入するために交戦国によって用いられる製品輸出」がそ
    の例であることを注釈に示していた。Department of the Navy, Annotated Supplement to
    the Commander’s Handbook on the Law of Naval Operations, NWP9 (Rev. A) (1989), p. 7-
    23, para. 7.4, n. 90, p. 8-12, para. 8.2.2.2, n. 52, Available at
    http://www.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a221855.pdf (last visited Dec. 2016);なお、
    NWP9における注釈がNWP1-14Mにおいて削除された経緯については不明である。
    97 NWP1-14M, para. 8.2.5.
    138
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    なリストよりもさらに詳細な目標を掲げているため、攻撃決定者等が軍事目標を選定する
    際の指針として活用し易いマニュアルであると考えられる。
    しかしながら、先述のように、実際の適用場面において上記のリストに掲げられているす
    ベての物が常時合法的な軍事目標として攻撃決定者等に誤解を生じさせる可能性が皆無で
    ないとは言い切れないであろう。また、ディンスタインが指摘するように、米国が南北戦争
    の際、南部同盟(Confederate)の生綿の売上が武器や弾薬資金に充てられていることを理由
    に南部領域の生綿を破壊した例を考慮すると、今日では原油、コーヒー豆及びバナナ等の輸
    出に大部分を依存している国家の輸出に関連する文民の活動が危険に晒されることが考え
    られる98。米空軍の2014年の教範Air Force Operations & the Zawにおいては、「アフカ、、二
    スタンにおいてタリバンが支配している麻薬関連施設及び貯蔵施設は、これらがタリバン
    の主な資金源となり、武器等の購入費用に充てられていたことを理由に軍事目標に該当す
    る」という具体例を挙げている99。
    これらから判断すると、米国は「軍事活動」に直接関与していない車両、船舶、工場及び
    農場等の施設であっても、敵対国の資金源になっていることが「戦争遂行努力又は継戦能力」
    に資することを根拠として、合法的な軍事目標として攻撃することを許容する可能性が高
    いといえる。上記の例の他にも、例えば、戦場から離れた場所にある民間人が経営している
    力、ソリンスタンドであっても、将来的に軍用車に給油する可能性や軍事施設に燃料を供給
    する可能性がある等の理由を付すことによって、米軍としては正当な軍事目標として攻撃
    することが可能になり得ると考えられる。
    かつて、武力紛争時における文民保護に関するICRCのプロジェクトの論文(ICRC Pro-
    ject on the Protection of the Civilian Population in Armed Conflicts)によって博士号を取得
    したフレック(Dieter Fleck)は、上記の米海軍マニュアル8.2の解釈によれば、ほぼすべて
    の文民の活動が間接的に戦争を継続することに寄与するものとして軍事目標に該当する可
    能性があるため行き過ぎであるとする批判的な見解を述べている100。
    3.2.2.4.I軍事目標の中又は付近にある文民
    これまでの検討からも明らかなように、国際人道法では無睾の文民を攻撃の対象とする
    ことは例外なく絶対的に禁止されているが、区別原則に従って軍事目標に選定された民用
    物(混合目標等)に対しての攻撃は許容されている。ここで、合法的な軍事目標内に明らか
    に文民の労働者等が存在する場合、それを攻撃することが合法か否かという疑問が生じる。
    なぜなら、軍事関連施設等の軍事目標自体に対する攻撃は合法であるが、その攻撃が間接的
    98 Yoram Dinstein, “Legitimate Military Objectives under the Current Jus in Bello”, Inter-
    national Law Studies, V01.78 (2002), pp.145-146.
    99 The United States Air Force Judge Advocate General’s School, Air Force Operations &
    the Law, 3rd ed. (2014), p. 272.
    100 Dieter Fleck, The Handbook of International Humanitarian Law, 3rd Edition (Oxford
    University Press, 2013), p. 443.
    139
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    にではあるが絶対的に禁止される文民に対する攻撃にも該当するためである。この場合、均
    衡性(比例性)原則を考慮に入れるならば、当該施設等の軍事目標を攻撃することで得られ
    る軍事的利益と予測される文民の被害との比較衡量によって攻撃の合法性が評価され得る
    ため、これらの文民を均衡性(比例性)原則の評価対象とすべきか否かが論点となる。
    この件につき、米海軍マニュアルには、軍事目標に関連した特有の項目として、以下のも
    のがある。
    NWP1-14M 8.3.2 軍事目標の中又は付近にある文民(civilians in or on military objectives)
    「武力紛争当事国は、自国の管理下にある文民(同様に、傷者、病者、難船者及び捕虜)を敵による攻撃の
    可能性のある目標付近から移動させるという積極的義務を負う。敵の攻撃から軍事目標を保護するために、
    故意に(deliberate)文民を使用することは禁止される。このような場合においても引き続き、付随的損害の
    概念(concept of collateral damage)の基盤となる均衡性の原則(principle of proportionality)が適用されるが、
    合法的軍事目標の中又は付近にある文民の存在が、当該目標に対する攻撃を排除するものではない。この
    ような軍事目標は合法的な選定目標であり、任務遂行の必要のために破壊され得る。この場合、当該文民
    の死傷が生じたとしても、その責任は彼らを雇用した敵国に帰する。軍艦に乗艦している技術派遣員
    (technical representatives aboard a warship)又は弾薬工場の被雇用者(employees in a munitions factory) 〇
    ような文民の労働者が軍事目標の中若しくは付近に存在することは、軍事目標の地位を変更するものでは
    ない。 これらの文民は、均衡性の検討(proportionality analysis)からは除外され得る。合法的な攻撃を抑止
    するために、文民が自発的にその身を人間の盾として軍事目標の中又は付近に置くことは、軍事目標の地
    位を変更するものではない。このような状況を想定した武力紛争法は十分に発展していないが、当該文民
    は、敵対行為に直接参加しているか、敵の戦争遂行・継戦能力に直接貢献しているとみなされ、均衡性の
    検討(proportionality analysis)からは除外され得る」(下線部筆者)101
    上記のNWP1-14M 8.3.2の規定によれば、米国は、均衡性(比例性)原則自体を否定し
    てはいないものの、「合法的軍事目標の中又は付近にある文民の存在が、当該目標に対する
    攻撃を排除するものではない」とし、「文民の死傷が生じたとしても、その責任は彼らを雇
    用した敵国に帰する」として、攻撃側が均衡性(比例性)原則の評価対象となる付随的損害
    を考慮して攻撃を中止する必要はないとする見解を有しているといえる。
    この軍事目標の中又は付近に存在する文民労働者についての解釈は、国際法学者の間で
    も見解がいくつかに分かれている。最も軍事的必要性を重視していると考えられる見解は、
    かって米国防総省弁護人及び米陸軍法務官(Judge Advocate General: JAG)を務めた経験の
    あるヘイズ・パークス(W. Hays-Parks)によるものである。彼は、5年以上にわたる研究や
    国際法の専門家等との議論を通じて、「弾薬工場内で働く文民は、均衡性(比例性)原則の
    評価において付随的損害として考慮されるべきではない」との見解を表明した102。このパー
    101 NWP1-14M, para. 8.3.2.
    102 W. Hays-Parks, “Air War and the Law of War”,Air Force Law Review, Vol. 32(1)
    140
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    クスの考えに基づくと、弾薬工場で働く文民は「準戦闘員(quasi-combatants)Jというカテ
    ゴリーに分類され、文民としての地位を喪失するために均衡性(比例性)原則の評価対象と
    はならないといえる103。このパークスの見解に対して、ボーテ(Michael Bothe)らは、均衡
    性(比例性)原則を評価する際に合法的な軍事目標内で働く文民を考慮すべきであると反論
    している104。
    ただし、パークスの見解に基づく「準戦闘員」という概念は、その他の軍事的必要性を重
    視していると考えられる国際法学者からも同様に支持されているわけではない。ディンス
    タインは、軍のベースや弾薬工場等で勤務する文民は均衡性(比例性)原則の評価対象とは
    ならないが、それは彼らが準戦闘員として文民の地位を失うためではなく、重要な軍事目標
    内にいることにより被攻撃のリスクを負っているためであるとしている105。ロジャーズも
    ディンスタインと同様に、文民を準戦闘員というカテゴリーに分類することを否定し、弾薬
    工場のような軍事目標は重要な目標であるために工場内で働く多くの文民が犠牲になった
    としても得られる軍事的利益が大きいために均衡し得るとする106 107。ロジャーズの見解は、弾
    薬工場内で働く文民労働者が犠牲になることは結果的に合法であるとするものであるが、
    ディンスタインとは異なり均衡性(比例性)原則における付随的損害として考慮した上で得
    られる軍事的利益が大きいために過度な付随的損害にはならないとする点において異なる。
    軍事的必要性と人道の考慮のバランスがとれていると思われる見解としてはシュミット
    の見解が挙げられる。シュミットの見解は、軍事目標内で働く文民がいた場合、当該目標を
    破壊する必要性との比較において均衡しない付随的損害を生じさせる攻撃は禁止されると
    解釈している点において、均衡性(比例性)原則の評価対象となることを認めるものである。
    シュミットは、第1追加議定書には文民としての保護を奪われることを定めた規定がない
    ため、準戦闘員というカテゴリーに分類することは一般的なjus in helloの精神に反するも
    のであるとして、パークスの見解を否定している。また、シュミットは、「国際人道法にお
    いて均衡性原則の評価において文民の価値を割り引く(discounting)という先例はないが、
    論文等において弾薬工場内の労働者のような状況では言及されているものがある」と述べ、
    軍事目標内で働く文民は通常の文民と比べて扱いは多少異なるが均衡性(比例性)原則の対
    象となるとしている点において、ディンスタインの見解も否定している107。すなわち、「何
    百人さらには何千人の労働者がいたとしても重要な軍事目標に対する攻撃を中断する必要
    (1990), p.174.
    103 Hamutal (Mutal) Esther Shamash, “How Much is Too Much? An Examination of the
    Principle of Jus in Bello Proportionality”, IDF Law Review, Vol.2 (2006), p. 27.
    104 Hays-Parks, supra note 102, p.175.
    105 Dinstein, supra note 69, pp.131,136-137.
    106 Rogers, supra note 68, p.17.
    107 Michael N. Schmitt, “Human Shields in International Humanitarian Law , Columbia
    Journal of Transnational Law, Vol.47 (2009), p. 331.
    141
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    はない」108とするディンスタインの見解とシュミットの見解は大きく異なっているといえ
    る。
    合法的な軍事目標内に文民が存在する状況に関しては、文民労働者が勤務している場合
    だけではなく、NWP1-14M 8.3.2にも言及のあったいわゆる「人間の盾」として文民が存在
    する場合もある。この「人間の盾」についても軍事的必要性を重視する立場と人道の考慮を
    重視する立場の間で解釈に乖離がある。
    3.2.2.4.2 人間の盾
    「人間の盾(human shields) Jは、1980年から1988年のイラン•イラク戦争、1990年か
    ら1991年の湾岸戦争及び2003年の「イラクの自由作戦(Operation Iraqi Freedom)等にお
    いて、イラクが利用した例があるように近年の戦争に特有のものである109。特に圧倒的な軍
    事技術の差がある武力紛争においては、それに劣る国家が武器や兵器の代わりとなる効果
    的な防御手段として人間の盾を用いることが多いとされる110。人間の盾を用いる狙いとし
    ては、攻撃決定者等のモラルに訴えて攻撃を控えさせること、メディアによる攻撃決定者等
    に対するネガ、ディブ・キャンペーンが期待できること及び均衡性(比例性)原則に照らして
    過度な付随的損害を引き起こさせることにより国際人道法違反としての罪を負わせること
    等がある111。
    ディンスタインによると、「人間の盾」は主に3つの形態に分類される。1つ目は、戦闘
    員が文民に強制する場合であり、文民が軍事作戦に同行させられる場合である。2つ目は、
    1つ目と同じく戦闘員が強制するものであるが、文民を移動させるのではなく戦闘員や戦車
    等の軍事目標の付近に留め置いたり、軍隊や大砲等を学校の中庭や文民居住地区に配備し
    たりする場合である。3つ目は、文民が自ら自発的に人間の盾となる場合である112。本稿で
    は、1つ目と2つ目の形態の人間の盾を「強制的な人間の盾」とし、3つ目の形態を「自発
    的な人間の盾」と呼称する113。
    108 Dinstein, supra note 69, p.131.
    109 「人間の盾」は、国際的武力紛争のみならず、レバノンやアフガニスタンにおいてア
    ル・カイーダが用いたことやボスニア・ヘルツェゴヴィナ、エル・サルバドル、ソマリ
    ア、リベリア、シェラ・レオネ及びチェチェン等の内戦(非国際的武力紛争)においても
    一般的になりつつある。Schmitt, supra note 107, pp. 294-296.
    110 Ibid., p. 294.
    111 Ibid., pp. 297-298.
    112 Dinstein, supra note 69, p.153.
    113 ICRCも、「人間の盾(human shields)Jを「自発的な人間の盾(voluntary human
    shields) Jと「強制的な人間の盾(involuntary human shields)」の2種類に分類し、「自発
    的な人間の盾」は、軍事目標を掩護するために自発的かつ意図的に文民が身を挺して物理
    的な障害を作ることを指すとしている。ICRC Interpretive Guidance DPH, p. 57.
    142
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    3.2.2.4.2.1強制的な人間の盾
    先述の米海軍マニュアルNWP1-14M 8.3.2では、弾薬工場等の被雇用者や人間の盾の存
    在が軍事目標としての地位を変更するものではないとし、均衡性(比例性)原則の対象とは
    ならないことを明言している。ハンブルク大学の比較公法や国際関係学の教授であるオー
    ター(Stefan Oeter)も「人間の盾で守られている目標は、均衡性(比例性)原則を考慮に入
    れることはなく、合法的な軍事目標のままである」114として米軍の解釈と同様の見解に立つ
    ている。
    もっとも、人間の盾は合法的な防御手段ではなく、第1追加議定書第51条7項では紛争
    当事者が軍事目標を攻撃から掩護又は軍事行動を掩護することを企図して、文民をいわゆ
    る「強制的な人間の盾」として移動又は配置することを禁止している115。また、第1追加議
    定書第58条(a)は、自国の支配下にある文民等を軍事目標付近から移動させるように努め
    る義務を被攻撃側に課している116。したがって、攻撃側からすれば、NWP1-14M 8.3.2の
    ように軍事目標内あるいは軍事目標付近にいる「人間の盾」は被攻撃側による攻撃の影響に
    対する予防措置の,解怠に帰責性があるとして、付随的損害として考慮する必要はないと抗
    弁することが予想できる。
    しかしながら、被攻撃側が適切な予防措置をとっていなかったとしても攻撃側の攻撃の
    際の予防措置が免除されることはないとする第1追加議定書第51条8項の「(人間の盾を
    含む)この条に規定する禁止の違反があったときにおいても、紛争当事者は文民たる住民及
    び個々の文民に関する法的義務を免除されない」という規定を考慮すると117、一定程度は付
    114 Stefan Oeter, “Methods and Means of Combat,” Dieter Fleck (ed.), The Handbook of
    Humanitarian Law, 3rd ed. (Oxford University Press, 2010), p.177.
    115第1追加議定書第51条7項
    「文民たる住民又は個々の文民の所在又は移動は、特定の地点又は区域が軍事行動の対象とならないよ
    うにするために、特に、軍事目標を攻撃から掩護し又は軍事行動を掩護し、有利にし若しくは妨げること
    を企図して利用してはならない。紛争当事者は、軍事目標を攻撃から掩護し又は軍事行動を掩護すること
    を企図して文民たる住民又は個々の文民の移動を命じてはならない」。
    116第1追加議定書第58条
    「紛争当事者は、実行可能な最大限度まで、次のことを行う。
    (a)第4条約第49条の規定の適用を妨げることなく、自国の支配の下にある文民たる住民、個々の文
    民及び民用物を軍事目標の近傍から移動させるよう努めること」。
    117シュミットは、「第1追加議定書第51条8項の規定は、米国を含む多くの国家によっ
    て軍事マニュアル等に採用されている」と述べている。MichaelN. Schmitt, “Precision at-
    tack and international humanitarian law”,International Review of the Red Cross, No. 859
    (2005), p. 459;イギリスのマニュアルとして、UK Ministry of Defence, UK Manual of the
    Law of Armed Conflict (2004), p. 68 ;米統合軍の2002年のマニュアルでは「目標識別の
    一般制限(General Restrictions on Targeting)」における「軍事目標と民用物の区別の要件
    (Requirement to Distinguish Between Military Targets and Civilian Objects)」の項目にお
    いて以下のとおり規定されている。
    「軍事目標と民用物を区別することは、領域あるいは戦闘地域の法的地位にかかわらず要求される。軍
    事作戦を免れることを目的として軍事目標を保護又は隠すために人間の盾として文民を用いてはならな
    い。敵の動きを妨げるために自宅や避難場所から文民を追い出すことも禁止されている。統合軍は、その
    143
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    随的損害として均衡性(比例性)原則の評価対象として考慮する必要があると考えられる。
    例えば、シュミットは、「人間の盾(shielded with protected civilians)によって守られた軍事
    目標は、攻撃によって予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において付随的
    損害が過度でないとみなされれば攻撃される可能性がある」とした上で、弾薬工場内の労働
    者の場合と同様に「(強制的な)人間の盾」は均衡性(比例性)原則における付随的損害や
    攻撃の際の予防措置の評価において「割り引かれる(be discounted) Jと述べている118。シュ
    ミットは、「割り引かれる」例として、「(強制的な人間の盾に対して)正確性の欠ける武器
    システムを用いて過大な付随的損害が生じたとしても正当化される可能性がある」ことを
    挙げている119。
    他方で、第1追加議定書が「強制的な人間の盾」を禁止しているとはいえ、それに反した
    場合に「強制的な人間の盾」が付随的損害の評価の対象外となるか否かについては第1追
    加議定書や同コメンタリーにおいて明確にされていない。また、「自発的な人間の盾」や弾
    ような状況においても先述の均衡性(比例性)原則を運用する責任を有する。敵が正当な目標に対し違法
    な人間の盾という手段を用いた場合でも、攻撃決定者は軍事的考慮、国際法及び先例に照らして上級指揮
    官に再確認すべきである」(下線部筆者)。
    原文は、“It is necessary to distinguish between military targets and civilian objects regardless of the legal
    status of the territory on or over which combat occurs. Civilians may not be used as human shields in an at-
    tempt to protect, conceal, or render military objects immune from military operations. Neither may civilians
    be forced to leave their homes or shelters to disrupt the movement of an adversary. Joint force responsibili-
    ties during such situations are driven by the principle of proportionality as mentioned above. When an ad-
    versary employs illegal means to shield legitimate targets, the decision to attack should be reviewed by
    higher authority in light of military considerations, international law, and precedent.”
    Joint Chiefs of Staff, Joint doctrine for targeting [hereinafter “Joint doctrine^, Joint Pub-
    lication 3-60,17 January 2002, p. A2-A3;上記の規定は、シュミットが指摘するように第1
    追加議定書第51条8項の規定に沿った解釈であるといえる。しかしながら、2013年に改
    訂された同マニュアルにおいては、上記の同項目が以下のとおり変更されている。
    「軍事目標と民用物・保護対象を区別することは、領域あるいは戦闘地域の法的地位にかかわらず要求
    される。純粋な民用物・保護対象又は地域は故意に標的としてはならない。しかしながら、そのような民
    用物等が軍事目標と同位置に存在又は非常に近接している場所にあるときは、均衡性(比例性)原則に基
    づいて十分な配慮がなされなければならない。さらに、敵が文民や保護対象を軍事目的や戦闘目的で用い
    る場合には、保護対象としての地位を喪失し、攻撃し得る」(下線部筆者)。
    原文は、“It is necessary to distinguish between military targets and civilian/protected objects regardless
    of the legal status of the territory on or over which combat occurs. Purely civilian/protected objects or loca-
    tions may not be intentionally targeted. However, due consideration under the principle of proportionality
    must be taken where such objects or locations are collocated with or are in close proximity to military tar-
    gets. Further, the adversary’s use of a civilian/protected object or location for military or combat purposes
    may result in the loss of protected status, rendering it subject to attack.”
    Joint doctrine, p. A2;上記の改訂版における変更は、2002年度版以降、米国は人間の盾
    を防御の手段として用いる国家等を相手とする紛争が増加したため、2013年度版において
    上級指揮官等に確認しなくとも攻撃することを可能にする規定に改めたものと考えられ
    る。
    118 Schmitt, supra note 107, p. 328.
    119 Schmitt, supra note 117, p. 459.
    144
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    薬工場等の被雇用者である文民についても第1追加議定書や同コメンタリーは、付随的損
    害として均衡性(比例性)原則の考慮対象とするべきか否かについて明らかにしていない。
    3.2.2.4.2.2自発的な人間の盾
    「自発的な人間の盾」に関しては、2005年の「軍事目標選定(Targeting Military Objec-
    tives) 」に関する会議12 0に参加した専門家間において、付随的損害に関する議論の際に見解
    が分かれている。一部の専門家は、武器工場の被雇用者が武器を持って抵抗することよりも
    自発的な「人間の盾」になることによって軍事的な見地から効果的に軍事活動に寄与するた
    めDPHに該当するとの見解を示した120 121。
    この見解は、先述のディンスタインの見解と同様に武器工場の被雇用者を均衡性(比例性)
    原則の評価要素に加える必要はなく、予防措置をとる必要もないとする解釈に近いといえ
    る。シュミットやカナダ軍の法務官(Judge Advocate General: JAG)であったワトキン
    (Kenneth Watkin)も同様に、「自発的な人間の盾」はDPHに該当するため、文民としての
    攻撃からの保護が認められないとする見解に立っている122。一方、専門家の多数意見は「武
    器工場の被雇用者のような自発的な人間の盾は、直接的に暴力を加えるものではないため
    120当該会議は、第1追加議定書において解決されなかった軍関係者と人道を重視する国
    際法学者との見解の相違に基づく既存の国際人道法における曖昧な部分を明確にすること
    を目的として両者間による対話がその解決方法であることを認識してスイス外務省(Swiss
    Federal Department for Foreign Affairs)の協力により、ジュネーヴの国際人道法大学セン
    ター(the University Centre for International Humanitarian Law: UCIHL)が主催したもので
    ある。See Organized by the University Centre for International Humanitarian Law, Tar-
    geting Military Objectives”, Expert Meeting, Geneva Convened at the Centre de Confe-
    rences de Varembe in Geneva, Switzerland 12 May 2005 ;なお、本会議の議長を務めたの
    は『サンレモ•マニュアル』の編者であり、ICRCの『慣習国際人道法』を著した国際人
    道法大学センター部長であるドズワルド・ベック(Louise Doswald-Beck)であり、本会議の
    成果をまとめたのも国際人道法大学センターに属し『第1追加議定書コメンタリー』を編
    集したサンドス(Yves Sandoz)であった。さらには、議長等を除く参加者14名のうち階級
    を有する軍人が1名(Maj. Gen. David Howell, Director of Army Legal Services, United
    Kingdom)であったことや会議に際してはチャタムハウス・ルールが用いられ発言者が不
    明であったことを考慮するとやや人道の考慮に偏向した内容であるかのように誤解を招き
    かねないが、本会議の目的、報告書の内容及び会議において参照した文献を確認すると軍
    事的必要性にも十分配慮した比較的バランスのとれた内容であると考えられる。
    121本会議においてはチャタムハウス・ルールが適用されているため、この見解が誰のも
    のであるかは公表資料を見る限り不明である。
    122 シュミットは、人間の盾が攻撃対象となるか否かはそれが自発的なものであるか否か
    (voluntarily or involuntarily)に委ねられるとし、「自発的な人間の盾」は軍事目標を効果的
    に防御することを企てている(attempting)ことによってDPHに該当するとしている。
    Schmitt, supra note 117, pp. 458-459;ワトキンは、「自発的な人間の盾」はDPHに該当す
    るため付随的損害として考慮されないとしながらも、公的な非難を受ける可能性が高いた
    めに攻撃の決定を下すことが困難であることを述べている。Kenneth Watkin, “Assessing
    Proportionality: Moral Complexity and Legal Rules”, Wolff Heintschel von Heinegg and Mi-
    chael N. Schmitt (eds.), The Conduct of Hostilities in International Humanitarian Law, Vol.
    I (Ashgate, 2012), p.109.
    145
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    DPHに該当しない。(中略)したがって、そのような自発的な人間の盾は他の文民と同様に
    均衡性の評価の要素に加えなければならない」123という見解を示した124。
    その後、2009年のICRC『DPH解釈指針』においては、文民が軍事行動に対する物理的
    な障害を作るために身を挺して「自発的な人間の盾」として軍事目標を掩護する場合であっ
    ても、それ以上に何らかの直接的な敵対行為を行うような場合に初めてDPHに該当すると
    いう見解が示された125 126 127。この見解は、「軍事目標選定」に関する会議における多数意見と同
    様に、単なる「自発的な人間の盾」は、文民によるDPHに該当しないため、それ自体では
    直接の攻撃からの保護を失うことはなく、攻撃対象としてはならないと解釈される。
    他方、『DPH解釈指針』は、弾薬工場等の被雇用者や自発的でない「強制的な人間の盾」
    126に関して、第1追加議定書と同様に国際法学者間でも合意がなされていないことを理由
    に沈黙している。もっとも、軍事目標を掩護する意思のない弾薬工場等の被雇用者又は「強
    制的な人間の盾」が外形上何らかの敵対行為を行っているとみられる状況があったとして
    も、『DPH解釈指針』の見解を踏まえるならば、当該行為が明確に意図(specifically designed
    to)されたものでない限りDPHには該当しないと解釈し得る。
    『DPH解釈指針』においては、軍事目標内にいる直接的な敵対行為を行わない単なる「自
    発的な人間の盾」、弾薬工場等の被雇用者及び「強制的な人間の盾」が均衡性(比例性)原
    則の評価要素となるか否かは必ずしも明確にされていないものの、少なくともICRCや人
    道的考慮を重視する立場寄りの国際法学者からすれば、当然に他の文民と同様に均衡性の
    評価の要素に加えなければならないとする「軍事目標選定」に関する会議の多数意見と同じ
    見解に立つものと考えられる127。
    123 Supra note 120, p. 20.
    124しかしながら、この会議を基にして2006年にサンドス(Yves Sandoz)らによってまと
    められた「現代戦の文脈における軍事目標選定に適用可能な法的レジーム(The LegalRe-
    gime Applicable to Targeting Military Objectives in the Context of Contemporary War-
    fare)」においては、議論のあった「自発的な人間の盾」に関して言及されていない。Alex-
    andra Boivin (Preface by Yves Sandoz), “The Legal Regime Applicable to Targeting Mili-
    tary Objectives in the Context of Contemporary Warfare”, in University Centre for Interna-
    tional Humanitarian Law, Research Paper Series, No. 2 (2006).
    125 ICRC Interpretive Guidance DPH, p. 57.
    126 「強制的な人間の盾」はDPHに該当しないという一般的な合意がなされていたが、い
    かなる状況がDPHに該当する「自発的な人間の盾」にあたるかについて、専門家会合で
    は合意が得られなかった。Ibid, p. 57, n.141.
    127『DPH解釈指針』は、単なる「自発的な人間の盾」が「正当な軍事目標の近傍に自発
    的に存在することで軍事目標に対する攻撃の間、付随的な死または被害を受ける危険を一
    層冒している」(下線部筆者)という見解を表明していることから「自発的な人間の盾」
    が均衡性(比例性)原則の対象となることを示唆しているといえる。Ibid, p. 57 ;また、
    軍関係者であるヘンダーソン(Ian Henderson)は、国際人道法においては文民の種類(class)
    が区別されておらず、さらなる等級(graduation)があるわけでもなく、個々の文民は他の
    すべての文民と同等の「価値(worth)」を有しているといえるため、「強制的な人間の盾」
    は均衡性(比例性)原則の評価において付随的損害として他の文民と等しく考慮されると
    いう見解を示し ている。Ian Henderson, The Contemporary Law of Targeting (Martinus
    Nijhoff Publishers, 2009), p. 215 ;このことからも、なおさら人道的考慮を重視する立場で
    146
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    3.2.2.5 部隊の安全
    「人間の盾」は、軍事目標に関する被攻撃側の予防措置における論点であったことに対し、
    攻撃側の「部隊の安全(security of the force/ force protection)Jが軍事的利益として均衡性
    (比例性)原則の評価要素に加えられるか否かについても国際法学者間において論争の的
    になっている128。例えば、米海軍マニュアルは、付随的損害として以下の規定を設けている。
    NWP1-14M 8.3.1偶発的被害及び付随的損害(incidental injury and collateral damage)
    「合法的軍事目標への攻撃に際し、文民の偶発的被害(incidental injury)及び民用物の付随的損害(collat-
    eraldamage) を生じさせることは違法ではない。しかし、偶発的被害又は付随的損害は攻撃により予期され
    る軍事的利益に照らして過度(excessive)であってはならない。海軍の指揮官は、軍事的及び人道的考慮
    (humanitarian considerations)を払って、文民の死傷や民用物の損害を任務達成(mission accomplishment)
    と部隊の安全(security of the force)と両立する最小限度に抑えるようすべての実行可能な予防措置(all rea-
    sonable precautions)をとらなければならない。個々の場合において指揮官は、指揮官の得られる事実の真
    摯(honest)で合理的な(reasonable)評価に基づいて、偶発的被害と付随的損害が過度となるか否かを判断し
    なければならない。同様に指揮官は、知っているか又は合理的に知り得るべき情報の保護の必要性と任務
    を成功裏に達成する必要性を含むすべての事実に照らして、文民の死傷と損害を軽減するため、合理的に
    可能であれば代替の攻撃手段(alternative method of attack)をとるか否かを決定しなければならない」(下線
    部筆者)
    本規定は、付随的損害という項目であるがそれのみを示しているのではなく、予防措置を
    含めた武力紛争時における均衡性(比例性)原則を包括的に示しているといえる。当該規定
    全般としては第1追加議定書における関連規定と大きな違いはないが、NWP1-14M 8.3.1
    では、文民の死傷及び民用物の付随的損害を均衡させる対象としての軍事的利益を「任務達
    成」と「部隊の安全」としている点において、第1追加議定書よりも拡大的に解釈している
    規定であるといえる。また、先述の軍事目標の項であるNWP1-14M 8.2においても「軍事
    的利益には、攻撃部隊の安全を含む様々な要素が含まれ得る」と規定されていたように、「部
    隊の安全」が軍事的利益に含まれると米国が解釈していることは明白である。
    なお、「部隊の安全」が軍事的利益に含まれるとする見解は、米国特有のものではなく、
    オーストラリアやニュージーランドも第1追加議定書批准の際に米海軍の規定と同様の解
    釈宣言を付している129。もっとも、締約国でない米国にとっては、第1追加議定書における
    あるICRCにおいては、「強制的な人間の盾」が付随的損害として考慮されるべきである
    とする見解に立つことが推測できる。
    128 Ben Clarke, “Proportionality in Armed Conflicts: A Principle in Need of Clarification?”,
    International Humanitarian Legal Studies, Vol.3 (2012), p.102; R. Ziegler and S. Otzari,
    “Do Soldiers’ Lives Matter? A View from Proportionality”, Israel Law Review, Vol.45 (1)
    (2012), p. 53.
    129オーストラリア及びニュージーランドの第1追加議定書第51条5項(b)及び第57条2
    147
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    「具体的かつ直接的な軍事的利益」に「部隊の安全」が含まれると解釈していても問題はな
    いであろう130。
    「任務達成」や「部隊の安全」が運事的利益に含まれるか否かについて、第1追加議定書
    及び同コメンタリーは明確にしていない。ただし、「任務達成」が軍事的利益に含まれるこ
    とについては、「リーバー法典(Lieber Code)」以来の伝統的な規範である軍事的必要性に基
    づくものであり131、また、『ICRC軍事行動ハンドブック』における「正当な軍事目的(他
    の紛争当事者の軍事能力の弱体化)を達成するために必要な手段が許される」という軍事的
    必要性の原則からも導かれるため、ICRCの解釈との皆臨吾はないと考えられる132。
    しかしながら、米国やオーストラリア等が「任務達成」のみならず「部隊の安全」をも軍
    事的利益に含まれることを明確に示している点において、第1追加議定書の見解よりも解
    釈の幅が広がる余地があると考えられる。
    「部隊の安全」が軍事的利益に含まれるとする見解として、ディンスタインは、「部隊の
    安全(force protection)はいかなる攻撃においても考慮し得る合法的なものである」133とした
    上で、「軍の指揮官は、文民や民用物の付随的損害を制限するためにどの程度自軍を危険に
    晒す義務があるのか」という点を均衡性(比例性)原則の論点の一つとして挙げている134。
    その他、オーストラリア空軍大佐であり中東紛争における豪空軍上級法務官を務めたヘン
    項(a)(iii)解釈宣言(declarations of understanding)は、「軍事的利益という用語は、攻撃部隊
    の安全(security of attacking force)を含む様々な考慮事項を包含する」としている。Rob-
    erts, supra note 51,pp. 500, 508.
    130米国が制約を受ける国際人道法の規定は、主として慣習国際法に限られるため、本規
    定自体の文言の適否というよりは本規定に従って実施された攻撃が慣習国際法上の人道の
    諸原則等に反しないか否かで合法性が判断されると考えられる。ちなみに第1追加議定書
    の締約国であるイギリスの軍事マニュアルにおいては、攻撃の手段や方法を選択する際の
    考慮事項として下記のg項において自軍に対するリスクを攻撃決定時に考慮することとし
    ている。
    a. 目標の重要性及び状況の緊急性
    b. 対象とする目標の情報(何をしているか又は何をしそうか、何のために又はいつ用いら
    れるか)
    c. 目標自体の性質(危険な力を内蔵しているか否か等)
    d. どの武器が利用可能か(指向距離、正確性及び効果を及ぼす範囲)
    e. 目標を攻撃する際の正確性に影響する条件(地形、天候、昼夜の別等)
    f. 付随的損害に影響を及ぼす要素(目標の近傍にいるおおよその文民及び民用物、又は彼
    らの居住するその他の保護される目標や地域、又は攻撃の結果生じ得る危険の可能な限り
    での公表等)
    g・様々な選択肢が採れる状況下における自軍に対するリスク(the risks to his own troops
    under the various options open to~him)(下線部筆者) United Kingdom Ministry of De-
    fence, The Manual of the Law of Armed Conflict (Oxford University Press, 2004), pp. 83-
    84, para. 5.32.5.
    131軍事的必要性の概念は、米国の南北戦争時の1863年の「リーバー法典(Lieber Code)」
    第15条の規定が最初であるとされている。Hays-Parks, supra note 102, p.149.
    132 ICRC Handbook on Military Operations, p. 54.
    133 Dinstein, supra note 69, p.141; Robin Geiss, “The Principle of Proportionality: ‘Force
    Protection’ As a Military Advantage”, Israel Law Review, Vol.45 (I) (2012), p. 73.
    134 Dinstein, supra note 69, p. 133.
    148
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    ダーソン(Ian Henderson)135やロジャーズ136 137もディンスタイン同様に「部隊の安全」を軍事
    的利益に含むとする見解を示している。シュミットは、さらに明快に「戦闘員や装備品を失
    わずに再度戦闘に用いることができる攻撃よりも、それらを喪失する攻撃の方が軍事的利
    益にならないことは自明である」ことを根拠として、「戦闘員や装備品の生存及び残存は、
    均衡性原則に関する攻撃の際の軍事的利益の評価において十分考慮される」と述べている
    137。すなわち、戦闘員や装備品の安全を確保しそれらを生存及び残存させること自体が具体
    的かつ直接的な軍事的利益であるといえるため、「部隊の安全」は均衡性(比例性)原則の
    評価要素に加えられるべきであるという見解を示している。
    一方、「部隊の安全」が軍事的利益に含まれることに警鐘を鳴らす見解もある。オーター
    は、「部隊の安全は軍事的利益に該当するかもしれないが、間違いなく均衡性原則を曖昧に
    する」ことに用心するべきであり、「部隊の被害を少なくすることは、付随的損害としての
    文民の犠牲を拡大させることを正当化するものであり、スライディング・スケール(sliding
    scale)の典型例である」と警告する138。ジョージタウン大学教授であり人道法国際研究所
    (IIHL)での講義経験もあるソリス(Gary D Solis)もオーター同様に「部隊の安全は、均衡性
    原則の要件の代替となることはなく」、「部隊の安全は、均衡性原則が無視あるいは軽視され
    ることに繋がるため、具体的かつ直接的な軍事的利益には含まれない」、「さもなければ、圧
    倒的な武器を有した攻撃者がその火力でもって敵対者を全滅させることを認めることとな
    り、多くの文民の付随的損害を招くことになる」と述べている139。
    さらにガーダムは、「部隊の安全」が軍事的利益に含まれることに警鐘を鳴らすだけに留
    まらず、「均衡性原則は、敵対国の文民を保護するために軍の指揮官が自己の部隊を危険に
    晒すというより高いレベルが想定される程度までを対象としていない」として140、「部隊の
    安全」が均衡性(比例性)原則の評価要素に含まれないとする見解を明確に示している。
    上記のように「部隊の安全」を軍事的利益に含むか否かについては、国際法学者間でも議
    論が収束しておらず、通説的な見解も存在しない141。また、人道の考慮を重視する立場であ
    135 Henderson, supra note 127, p. 205.
    136 A. P. V. Rogers, “Zero-casualty warfare”, International Review of the Red Cross, Vol.82,
    No. 837 (2000), p.177.
    137 Schmitt, supra note 117, p. 462.
    138 Stefan Oeter, “Is the Principle of Distinction Outdated?”, Wolff Heintschel von Heinegg
    and Volker Epping (eds.), International Humanitarian Law Facing New Challenges
    (Springer, 2007), p. 58; Geiss, supra note 133, p. 74.
    139 Gary D. Solis, The Law of Armed Conflict: International Humanitarian Law in War
    (Cambridge University Press, 2010), p. 285.
    140 Judith Gardam, “Proportionality as a Restraint on the Use of Force”, Australian Year
    Book of International Law, Vol.20 (1999), p.171.
    141「部隊の安全」の解釈に議論があることについては本文に挙げた以外にも、例えば、
    Ziv BohrerとMark Osielは、部隊の安全と文民の付随的損害についての解釈は主に3つの
    立場に分類されると分析している。1つ目は、Asa KasherとAmos Yadlinのような「文民
    の保護よりも部隊の安全が優先される」とする立場であり、2つ目は、Avishai Margalitと
    Michael Walzerのような「文民の生命は常に軍人の生命よりも優先されなければならな
    い」とする立場であり、3つ目は、David Lubanのような「部隊の安全は、その目的が文
    149
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    るICRCもおそらく「部隊の安全」が軍事的利益に含まれることに警鐘を鳴らすオーターや
    ソリス、さらにはガーダムと同様の見解に立つものと考えられる。このことは、先述のよう
    にICRCが第1追加議定書コメンタリーや関連文書等において明確な見解を示してはいな
    いものの、識別の段階で部隊の安全を含む軍事作戦の成功の要素を持ち込むことは、識別関
    連規定の意義を失わせるという懸念を表明していることからも裏付けられる142。
    なお、「部隊の安全」が軍事的利益に含まれるか否かによって、「攻撃の際の予防措置」の
    観点からは「攻撃の正確性」という要素も均衡性(比例性)原則の評価にとって重要になり
    得る。例えば、航空攻撃を行う際、陸上にある敵の高射砲等からの射程距離以上の高高度か
    ら実施することが「部隊の安全」を確保するためには有利であるが、高度が上がるにつれて
    軍事目標との距離が離隔し視認することが困難となり、風や誤差等の影響も大きくなるこ
    とによって正確に指向することが困難となるため、文民や民用物に対する付随的損害を生
    じさせる可能性も高くなり得る143。仮に、「部隊の安全」が軍事的利益に含まれるのであれ
    ば、高高度からの航空攻撃は「攻撃の正確性」にかかわらず均衡性(比例性)原則に反する
    ことなく、一律に合法的な攻撃とみなされ得る。
    反対に、「部隊の安全」が軍事的利益に含まれないのであれば、低高度に比べて高高度か
    らの航空攻撃は文民や民用物に対する付随的損害が過度になるために均衡性(比例性)原則
    違反となる可能性が高い。しかしながら、高高度からの航空攻撃であっても、精度の高い精
    密誘導ミサイル等を用いる場合は付随的損害を生じさせる可能性が低いため攻撃の際の予
    防措置をとったことを理由に均衡性(比例性)原則違反とはならない可能性がある。一方、
    高高度から攻撃精度の低い旧来の自由落下型爆弾等を用いる場合は均衡性(比例性)原則違
    反となる可能性が高いままであるといえる。すなわち、軍事資金が潤沢な国家は精度の高い
    攻撃手段を用いることにより高高度からの攻撃によって「部隊の安全」が担保される一方、
    軍事資金が欠乏している国家は攻撃精度を高めるために高度を下げてある程度「部隊の安
    全」を犠牲にする必要性が生じ得る。この点において、「攻撃の正確性」の高い軍事資金が
    潤沢な国家は戦局を優位に進められるといえる。
    ただし、軍事資金が潤沢な国家とそうでない国家が同様の攻撃手段をとったことを比較
    した場合、軍事資金が潤沢な国家が精度の高い攻撃手段を使用せずに敢えて精度の低い攻
    撃手段を使用したときは均衡性(比例性)原則違反となり易いことに比し、軍事資金が欠乏
    している国家による精度の低い攻撃は均衡性(比例性)原則違反とはなり難いことが予想さ
    れる。これは、均衡性(比例性)原則とともに用いられる「攻撃の際の予防措置」がすべて
    民の保護とぶっかり合うときは一般的に譲歩しなければならない」とする立場である。Ziv
    Bohrer and Mark Osiel, “Proportionality in Military Force at War’s Multiple Levels: Avert-
    ing Civilian Casualties vs. Safeguarding Soldiers”,Vanderbilt Journal of Transnational Law,
    Vol.46 (2013), pp. 751-752.
    142真山全「陸戦法規における目標識別義務一部隊安全確保と民用物保護の対立的関係に
    関するー考察」村瀬信也・真山全編『武力紛争の国際法』(東信堂、2004年)332頁。
    143 Schmitt, supra note 117, p. 462.
    150
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    の実行可能な予防措置をとることを要求しているために、精度の高い攻撃手段をとること
    が可能か否かという国力の差異に起因する理不尽さを生じさせることにもなり得る。
    3.2.2.6 評価の時期
    均衡性(比例性)原則をどの時点で評価するかについても人道の考慮を重視する立場と軍
    事的必要性を重視する立場の間に議論がある。この論点は、先述の軍事的利益を「単独」も
    しくは「全体」のどちらを基に考慮するのかという点と類似した論点であるが、ここでは軍
    事的利益だけではなく付随的損害も含めた均衡性(比例性)原則の評価時期についての解釈
    の相違点を確認する。
    評価時期の解釈については大きく分けて3つ存在する。1つ目は個々の攻撃ごとに軍事的
    利益と付随的損害を評価するものであり、2つ目はいくつかの攻撃を累積したものを基礎と
    して軍事的利益と付随的損害を評価するもの、いわば戦術レベルで評価するものであり、3
    つ目は一連の戦闘や作戦全体として軍事的利益と付随的損害を評価するもの、いわば戦略
    レベルで評価するものである144。
    他にも戦争全体で均衡性を評価するという考え方もあり得なくもないが、jus ad belliimに
    おける均衡性を考慮に入れるべきか否かという点、及び長期間にわたる攻撃全体について
    均衡性を評価することになる点を考慮するとあまり現実的ではないと考える。もっとも、6
    日間戦争とも称される1967年の第3次中東戦争のように短期間で終了する戦争は、一連の
    戦闘や作戦全体としてjus in belloのみを評価することにより、上記の3つ目のカテゴリー
    で評価されることは可能であろう。
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則の評価時期は、個々の攻撃ごとに評価する方が
    文民の保護の観点からは最も有益である。1回の攻撃が過度な付随的損害を与えるものに該
    当しないのであれば、それがいくつ累積されたとしても均衡性(比例性)原則違反となるこ
    とはない。そのため、個々の攻撃ごとに均衡性を評価するならば、過度な付随的損害を与え
    る攻撃が生起することはないといえる。他方、いくつかの攻撃を累積した場合や一連の戦闘
    や作戦全体で均衡性を評価した場合には、1回の攻撃が過度な付随的損害を与える攻撃であ
    ったとしても、その他の別の攻撃の結果得られた軍事的利益が大きくなるならば、1回の攻
    撃による過度な付随的損害の違法性が阻却され得る。したがって、評価対象となる攻撃回数
    の分母が大きければ大きいほど、均衡性(比例性)原則に反する過度な個々の攻撃の回数や
    不均衡な程度の違法性も治癒されることとなり得る。そのため、軍事的必要性を重視する立
    144 R. G. Wright, “Combating Civilian Casualties: Rules and Balancing in the Developing
    Law of War”,Wake ForestL. Rev., Vol.38 (2003), p.138; Shamash, supra note 103, pp. 21-
    22; Valerie Epps, “Civilian Casualties in Modern Warfare: The Death of the Collateral Dam-
    age Rule , Georgia Journal of International and Comparative Law, Vol.41(2013), p. 338.
    151
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    場の観点からは、大規模な作戦全体で均衡性を評価するように解釈する方が攻撃の合法性
    を主張し易いといえる145。
    上述の評価時期に関する1つ目の解釈の例としては、ガーダムが指摘する「『具体的かつ
    直接的』という文言には、第1追加議定書が累積的な基準よりも個々の攻撃によって均衡性
    (比例性)原則が評価されることを要求していることがうかがえる」という見解が挙げられ
    る146。なお、ICRCは、判断時期に関する見解を直接示してはいないものの、先述のように
    ICC規程第8条2項(b)(iv)における「具体的かつ直接的な軍事的利益全体との比較」にお
    ける「全体」という文言が既存の法を変更するものではないと述べ147、「長期間経過しなけ
    れば認識できないような軍事的利益は無視されなければならない」と解釈していること、及
    びICRCが文民の保護を優先させる組織であることを考慮すると、ガーダムが指摘する見
    解と同様に個々の攻撃ごとに均衡性を評価することを推奨する見解に立つものと考えられ
    る。
    2つ目の見解の例として、ディンスタインは、「敵の一連の軍事目標を破壊するために連
    続的に計画された長期の航空作戦においては、1回の出撃を基に均衡性を判断することは誤
    りである」と述べている148。また、ワトキンも航空機を用いた攻撃は累積的な効果を目的と
    する戦略に基づいた戦術レベルのものが多いため、1回の攻撃で均衡性を評価することは困
    難であるとする149。カナダ海軍法務官を経てICTYの検察局法律顧問となったフェンリッ
    クも「均衡性は個々の砲弾ごと(bullet-by-bullet)又は個々の軍事目標に対する攻撃を基にし
    て常に評価することはできない」と述べ150、複数の攻撃が各個ではなく全体として考慮され
    るべきであるということが一般に認められていることを示唆している151。これらの見解は、
    軍事的利益を散発的又は特定の行動についてではなく、軍事行動全般から予期される利益
    145 Shamash, supra note 103, p. 22.
    146 Ann Van Wynen Thomas & A.J. Thomas, Jr., Legal limits on the use of chemical and bio-
    logical weapons (Southern Methodist University Press, 1970), pp.195-196; Tom J. Farer,
    The Laws of War 25 Years After Nuremberg: International Conciliation (Carnegie Endow-
    ment for International Peace, 1971), pp. 16-17; Judith Gardam, “Proportionality and Force
    in International Law”,American Journal of International Law, Vol.87, No. 3 (1993), p. 407;
    なお、ガーダム自身は、第1追加議定書における均衡性(比例性)原則が要求しているの
    は長期間の累積的なものではなく短期間の攻撃によって評価されることであるとしながら
    も、米軍によるベトナム戦争の実行や多くの国家が散発的(isolated)又は特定の(particular)
    軍事的利益についてではなく、軍事行動全般(as a whole)としての軍事的利益に基づいて均
    衡性(比例性)原則を評価すると成牟釈していることを踏まえて、実行可能な解釈(workable
    interpretation)は後者であるという見解に立っている。Judith Gardam, Necessity, Propor-
    tionality and the Use of Force by States, (Cambridge University Press, 2004), pp. 100-102.
    147本稿第2章128頁参照。
    148 Dinstein, supra note 69, p. 134.
    149 Watkin, supra note 122, pp. 95-101.
    150 William J. Fenrick, “Targeting and Proportionality During the NATO Bombing Cam-
    paign Against Yugoslavia”, European Journal of International Law, Vol.12 (2001),p. 499.
    151 Shamash, supra note 103, p. 22.
    152
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    を意味するという第1追加議定書に対する留保や解釈宣言を付したイギリス等の見解に近
    いものであるといえる。
    3つ目の見解の例としては、米軍の見解が挙げられる。米軍の統合マニュアルである2007
    年のJoint Targetingにおける「均衡性(proportionality)」の項においては、「一般的に、『軍
    事的利益(military advantage )』は戦術的な利益(tactical gains)に限定されるのではなく、戦
    略のすべての文脈(full context of a strategy)に関連するものである」としている152。この見
    解は2015年の米国防省のLaw of War Manual 5.12.5の「予期される具体的かつ直接的な
    軍事的利益(Concrete and Direct Military Advantage Expected to Be Gained)」の項におい
    て、「『軍事的利益』は、目前の戦術的な利益(immediate tactical gains)に限定されるのでは
    なく、戦争戦略のすべての文脈(full context of war strategy)において評価してもよい(maybe
    assessed) J153との見解へと引き継がれている。
    上記の米国のマニュアルに示されているように、米軍は明確に戦術レベルのものだけで
    なく戦略レベルで軍事的利益を捉えるとしている点において、評価時期を最も拡大的に解
    釈しているといえる。米軍のように、得られる軍事的利益を戦略レベルで評価するならば、
    付随的損害も戦略レベルで評価することになるため、結果的に紛争終結時に得られた軍事
    的利益と紛争全体で生じた付随的損害の均衡性を評価することとなる。その場合、最終的な
    勝利という大きな軍事的利益を得るために個々の均衡性(比例性)原則違反となる攻撃の違
    法性が阻却されることも考えられる。
    もちろん、これまで確認したように、米軍のマニュアルは均衡性に関する第1追加議定
    書等における規定を広範にわたって反映させているため、かつてのドイツの戦数理論のよ
    うな極端な法理とは一線を画するものであることは明らかであるが、米軍の上記の解釈は、
    過度な付随的損害を生じさせたほぼ全ての攻撃を正当化する論拠として用いることを可能
    にするものであるといえる。
    3.2.2.7 「明らかに(clearly)」の解釈
    ICC規程第8条2項(b)(iv)における均衡性(比例性)原則は、具体的かつ直接的な軍事
    的利益「全体」という文言が挿入された点において、第1追加議定書と異なる解釈が生じて
    152 原文は、”Generally, ‘military advantage’ is not restricted to tactical gains, but is linked
    to the full context of a strategy”である。U.S. Joint Chiefs of Staff, Joint Publication 3-60,
    Joint Targeting, April13 (2007), E-1. Available at http://www.bits.de/NRANEU/others/jp-
    doctrine/jp3_60(07).pdf (last visited Dec. 2016).
    153 原文は、”‘military advantage” is not restricted to immediate tactical gains, but may be
    assessed in the full context of war strategy”であ る。U.S. Department of Defense, Law of
    War Manual (updated May 2016) (2015), p. 245, para. 5.12.5, Available at
    http://www.defense.gov/Portals/1/Documents/DoD_Law_of_War_Manual-
    June_2015_Updated_May_2016.pdf (last visited Dec. 2016).
    153
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    いることは前述のとおりである。ここでは、均衡性(比例性)原則に関するICC規程と第
    1追加議定書のさらなる違いについて検討する。
    ICC規程第8条2項(b)(iv)後段においては、明らかに過度(clearly excessive)となり得る
    付随的損害を引き起こす攻撃を禁止している。この「明らかに(clearly)」という文言も第1
    追加議定書の均衡性(比例性)原則には明記されていないicc規程によって初めて明示的
    に設けられた文言である。しかしながら、icc規程の当該条文のコメンタリーにおいては
    「明らかに」の意味について言及していないため、この文言が具体的に何を示しているのか
    は不明確である154。
    ただし、ICCが戦争犯罪等の重大な犯罪を行った者を訴追することを目的とする裁判所
    であることを想起すると、過度な付随的損害を引き起こした可能性のある攻撃の関係者す
    ベてを捜査するよりも「明らかに」過度な付随的損害のみを対象とする方がiccの趣旨や
    目的に適っていると考えられる。この件に関してロジャーズは、「明らかに」という言葉は、
    付随的損害が過度であることが明白である場合についてのみ裁判所が関与することを意味
    しているのであり、戦場の指揮官の判断の過ちの場合には裁判所は関与しないことを裏付
    けるものである」と述ベている155 156 157。
    他方、クライヤー(Robert Cryer)は、「明らかに」に関して「犯罪の定義を明確にするとい
    う建前の目的を果たすのではなく、射程の敷居を一層高くし、法に不確実性を与えた」と述
    ベて批判している156。しかしながら、ロジャーズが指摘しているように法解釈としては実質
    的に同じ意味として扱っている国際法学者もいる157。
    なお、米国はICC規程採択以前の1992年、湾岸戦争の最終報告書(Report to Congress
    on the Conduct of the Persian Gulf War)において、「得られる軍事的利益よりも明らかに上
    回る(clearly outweigh)付随的な文民の被害のような弊害を生じる軍事活動は禁止する」と
    して、「明らかに上回る(clearly outweigh) Jという文言を用いて、均衡性(比例性)原則を
    154 「明らかに」に関してicc規程コメンタリーでは、「犯罪の訴追という観点からは付随
    的損害が『明らかに』過度なことは、はなはだしくやっかいな(unduly onerous)ものでは
    ない。『明らかに』という言葉が第1追加議定書に含まれていようといまいが、裁量の程
    度は指揮官次第である」との記述のみであり、「明らかに」が何を意味しているのかにつ
    いては言及していない。Otto Triffterer (ed.), Commentary on the Rome Statute of the In-
    ternational Criminal Court, Observers’Notes, Article by Article. Nomos (Hart Publishing,
    2008), p.197.
    155 Rogers, supra note 136, p. 180.
    156 権「前掲論文」(注 60)173 頁;Robert Cryer, “Of Custom, Treaties, Scholars, and the
    Gavel: The Influence of the International Criminal Tribunals on the ICRC Law Study”,
    Journal of Conflict and Security Law, Vol.11(2006), p. 260.
    157 William J. Fenrick, “Applying IHL Targeting Rules to Practical Situations: Proportional-
    ity and Military Objectives”, Windsor Yearbook of Access to Justice, Vol.27, No. 2 (2009),
    p. 277.
    154
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    実質的に採用していた158 159。米国は、第1追加議定書の均衡性(比例性)原則には示されてい
    ない「明らかに(clearly)」という文言を追加することにより、第1追加議定書における基準
    よりも敷居を高くし、均衡性(比例性)原則違反に問われるおそれのある攻撃を局限するこ
    とを企図していたのではないかと考えられる。
    この「明らかに(clearly)」という文言は、第1章で言及した平時復仇に関する「ナウリラ
    事件」判決における「全く均衡しない復仇(reprisals out of all proportion)JAあるいは対抗
    措置に関する米仏航空業務協定事件における「明らかに不均衡(clearly disproportionate) J
    という文言に近い概念であると考えられる。もちろん、平時復仇や対抗措置における均衡性
    の対象と武力紛争時における均衡性(比例性)原則の均衡の対象は同じではないため、これ
    らの判例の基準を直接武力紛争時における均衡性(比例性)原則に適用することは不可能で
    ある。
    しかしながら、平時復仇や対抗措置の均衡性に関しては、評価基準が曖昧であることを理
    由に裁判所が「全く均衡しない」あるいは「明らかに不均衡」という文言に最終的な着地点
    を見出したことを考慮すると、同じように評価基準が曖昧である武力紛争時における均衡
    性(比例性)原則にも「明らかに不均衡」という基準が将来的に用いられる可能性は決して
    低くはないものと考える。実際に、米国以外にも「明らかに過度(clearly excessive)Jあるい
    は「明らかに不均衡(clearly disproportionate)」な付随的損害を引き起こす攻撃を禁止する
    規定を軍事マニュアルに設けている国家はいくつか存在するため159、これらの国家の実行
    が蓄積されていくことにより「明らかに不均衡」という基準が慣習法化することは十分に考
    えられる。
    3.2.2.8自然環境
    次に、均衡性(比例性)原則に関する軍事的必要性を重視する立場と人道の考慮を重視す
    る立場との間における解釈に差異があるものとして、自然環境に対する武力紛争時におけ
    る均衡性(比例性)原則について検討する。
    自然環境に対する均衡性(比例性)原則は、第2章で確認したように時代とともに重要性
    が高まり、第1追加議定書では解釈によって黙示的に、icc規程では明文によって認めら
    れるようになったといえる。ここでは、軍事的必要性を重視する見解として、米海軍マニュ
    アルにおける規定を中心に自然環境に対する均衡性(比例性)原則について検討する。
    158阿部恵「武力紛争法規における比例性(proportionality)とその変質」『上智法学論集』第
    42 巻1号(1998 年)231頁;United States: Department of Defense Report to Congress
    on the Conduct of the Persian Gulf War 一Appendix on the Role of the Law of War, Inter-
    national Legal Materials, Vol.31(1992), p. 622.
    159軍事マニュアルに「明らかに過度(clearly excessive)」あるいは「明らかに不均衡
    (clearly disproportionate)」という文言を用いている国は、イラク、ウルグアイ、韓国、ジ
    ヨージア、セネガル、ニュージーランド、フィンランド、フランス、ブルンジ、ベルギ
    ー、マリ、南アフリカがある。SeeICRC CustomaryIHL, Rule 14.
    155
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    NWP1-14M 8.4 環境に対する考慮(environmental considerations)
    「合法な軍事目標を攻撃するに際し、自然環境(natural environment)に付随的損害(collateral damage)を与
    えることは違法ではない。しかしながら、指揮官は、任務達成(mission accomplishment)と両立させるため
    に実行可能な範囲において、環境に対する不必要な被害を避ける積極的な義務を有している。この目的の
    ため、かつ、軍事的要求(military requirement)が許容する限度において、戦争の方法と手段は自然環境の
    保護と保存に対する妥当な考慮(due regard)を払って運用されなければならない。任務達成に必要とされず、
    かつ、恣意的に(wantonly)行われる自然環境の破壊は禁止される。それゆえに、指揮官は、合法な軍事目標
    に対する攻撃の結果引き起こされる環境に対する被害を目標選定における判断要素の一つとして考慮しな
    ければならない」(下線部筆者)160。
    本規定においては、第1追加議定書第55条1項及びICC規程第8条2項(b)(iv)の武力
    紛争時における自然環境に対する均衡性(比例性)原則に関する規定との比較において、実
    質的に均衡性(比例性)原則が適用され得るという点においては大きな違いはないといえる。
    しかしながら、NWP1-14M 8.4には「広範、長期的かつ深刻な」という文言がなく、自然
    環境破壊に対する絶対的な禁止規定を設けていないという点において差異がある。自然環
    境破壊に対する絶対的な禁止は、第1追加議定書第35条3項に規定されており160 161、ICRC
    はこれが既に慣習国際法であるとして『慣習国際人道法』において以下のとおり示している。
    『慣習国際人道法』Rule 45
    「自然環境への広範、長期的かつ深刻な損害をもたらすことを意図した、あるいは、かかる損害が予測
    される戦闘の方法または手段を禁止する。自然環境の破壊は、対抗手段として用いてはならない」(下線部
    筆者)。
    ICRCの『慣習国際人道法』Rule 45は、自然環境に「広範、長期的かつ深刻な」損害を
    もたらすことが予測される戦闘の方法や手段は慣習国際法によって禁止されるとしている。
    このRule 45には均衡性の要素が含まれていないと解釈できるため、絶対的禁止を示してい
    ると考えられる。すなわち、ICRCは、自然環境に「広範、長期的かつ深刻な」損害がもた
    らされたならば、均衡性(比例性)原則が適用される余地はないため、当該攻撃の軍事的必
    要性がいかに高い場合であっても慣習国際法に反すると解釈しているといえる。ICRCは、
    このRule 45が慣習国際法である根拠として以下の点を挙げている162。
    160 NWP1-14M, para. 8.4;なお、本規定の末文に「環境保護に対する特別な指針について
    は、NWP-4-11を参照せよ」とあるが、2016年12月現在、NWP1-14Mは閲覧できるも
    のの、NWP-4-11はインターネット上では閲覧不可である。
    161本稿第2章105-107頁参照。
    162 ICRC Customary IHL, Vol.1,pp.152-153.
    156
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    •慣習国際人道法Rule 45と同様の規定が多くの国の軍事マニュアルに明記されていること
    •第1追加議定書の締約国であるか否かにかかわらず多くの国の法律で自然環境に「広範、長期的かつ
    深刻な」損害をもたらすことを禁止していること
    ・いくつかの国がICJの「核兵器使用合法性事件」において第1追加議定書第35条3項及び55条1項
    の規定を慣習国際法と考えていたこと
    ・米国が1991年の湾岸戦争時に適用される国際人道法について「米国の実行は、環境に対する広範、長
    期的かつ深刻な損害となる戦闘手段を含むものではない」163ことをICRCに示したこと
    •第1追加議定書の締約国であるか否かにかかわらず「エコサイド(ecocide)」、「環境の大量破壊(massive
    destruction of the environment)Jもしくは第35条3項及び55条1項の規定に反する行為を犯罪とする
    実行があること
    米国は上記のICRCの自然環境への「広範、長期的かつ深刻な」損害をもたらす攻撃が禁
    止されることが慣習国際法であるとする見解に関して、先述の米国務省が、ICRC委員長に
    宛てた書簡において個別に反論している。反論の内容は、米国は核兵器の使用に関して第1
    追加議定書第35条3項及び55条1項の規定が適用されないことを繰り返し主張している
    ため164、米国の実行を根拠の一つに含めた両規定の慣習法性を否定するものである165。
    また、当該書簡においては、米国以外にもイギリス、ロシア、フランスも同様の意見書を
    ICJに付託した例を挙げ166、米国をはじめとする主要な核保有国が「一貫した反対国」167で
    163 米国が示した手紙の原文は、“U.S. practice does not involve methods of warfare that
    would constitute widespread, long-term and severe damage to the environment” である。
    United States, Letter from the Department of the Army to the legal adviser of the US Army
    forces deployed in the Gulf region; See ICRC Customary IHL, Rule 45. Causing Serious
    Damage to the Natural Environment.
    164米国は、CCW批准に際し、第1追加議定書第35条3項及び第55条1項の規定は締約
    国にしか適用されないことを宣言している。See United States, Statement on Ratification
    of the CCW, Accepting Protocols I & II, Mar. 24,1995; U.S. Department of Defense, Law of
    War Manual (June 2015) (2015), p.354, Available at http://www.defense.gov/Por-
    tals/1/Documents/pubs/Law-of-War-Manual-June-2015.pdf (last visited Dec. 2016).
    165 U.S. Department of State, Initial response of US. to ICRC study on Customary Interna-
    tional Humanitarian Law with Illustrative Comments, November 3 (2006).
    166 See Letter dated June 20, 1995 from the Acting Legal Adviser of the Department of
    State, together with the Written Statement of the Government of the United States, p. 25-
    28; Letter dated June 16,1995 from the Legal Adviser of the Foreign and Commonwealth
    Office of the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland, together with Written
    Statement of the Government of the United Kingdom, p. 40-46; Letter dated June 19, 1995
    from the Ambassador of the Russian Federation, together with Written Statement of the
    Government of Russia, p.10-11; Lettre en date du 20 juin 1995 du Ministre des affaires
    etrangeres de la Republique frangaise, accompaignee de I’expos6 ecrit du Gouvernement de
    la Republique frangaise, p. 31-33.
    167 「一貫した反対国」の法理は、慣習法形成途上から一貫して当該慣習法規則に反対を
    していた国は、たとえその慣習法が成立したとしても、それに拘束されない特別の地位を
    享受すると主張するものである。1951年のICJの「ノルウェー漁業事件」判決の一節をそ
    の一般定式として1950年代後半から学説として言及され始め、国連海洋法条約深海底関
    連規則に執拗に反対していた米国をその具体的適用例として1980年代に支持を拡大し
    157
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    あると主張するとともに、特に影響を受ける国家(specially affected States)の実行が伴わな
    いためRule 45が慣習法として形成されていないと主張されている168。さらに、ICRCが多
    数の国家が環境破壊を処罰する法律を設けていることを根拠としていることに対して16 1709、
    米国はこれらの国内法は軍事的必要性との比較において明らかに過度な環境破壊を禁止し
    ているのであり、均衡性(比例性)原則の存在を否定していることではないと主張している
    170。以上が、米国務省がICRC委員長に宛てた書簡において個別に反論した内容である。
    なお、「核兵器使用合法性事件」におけるICJの見解は、「国家は、合法的な軍事目標を選
    定する際の必要性及び均衡性という評価基準に自然環境に対する考慮を入れるべき(take
    environmental considerations into account)である」、「環境への配慮(respect for the environ-
    ment )は、ある行為が必要性及び均衡性(比例性)原則に従っているか否かを評価するため
    の要素の一つである」と結論付けている171。ただし、ICJは、上記の見解に至る根拠を第1
    追加議定書における自然環境保護に関する規定ではなく、「リオ宣言」第24原則の武力紛
    争時の環境保護から導いている172。「リオ宣言」第24原則は、「各国は、武力紛争時におけ
    る環境保護に関する国際法を尊重し、必要に応じて、そのいっそうの発展のために協力しな
    ければならない」としている。すなわち、「核兵器使用合法性事件」におけるICJの見解は、
    第1追加議定書における自然環境保護に関する禁止規定を慣習国際法と捉えたのではなく、
    「リオ宣言」第24原則の「協力しなければならない」という努力義務規定に近いものと考
    えて導かれたものであるといえる。確かに、「核兵器使用合法性事件」においていくつかの
    国家が第1追加議定書第35条3項及び第55条1項の規定を慣習国際法と考えていたこと
    は事実であるが173、icjが同様に考えて判断を下したのではないという点において、米国が
    主張するように第1追加議定書における自然環境保護に関する規定を慣習国際法であると
    結論付ける根拠としては脆弱であると思われる。
    た。浅田正彦『国際法』(東信堂、2011年)34頁。
    168米国は、ICRCが「一貫した反対国」の法理に懐疑的であると指摘する一方、米国自体
    は当該理論が有効であることを強調している。U.S. Department of State, supra note 165.
    169 ICRCがそのような法を制定している国家として挙げたのは、オーストラリア、アゼル
    バイジャン、ベラルーシ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、カナダ、コロンビア、コンゴ、
    クロアチア、ジョージア、ドイツ、アイルランド、マリ、オランダ、ニュージーランド、
    ノルウェー、スロベニア、スペイン、イギリス、旧ユーゴスラビアである。ICRC Cus-
    tomary IHL, Vol.1,p.152, n. 53.
    170 U.S. Department of State, supra note ‘165.
    171 Legality of The Use by A State of Nuclear Weapons in Armed Conflict, Advisory Opin-
    ion of 8 July 1996, ICJReports 1996, p. 242, para. 30.
    172 「リオ宣言」については、本稿第2章108頁(注242)参照。
    173インド、サモア、ジンバブウェ、ニュージーランドは、国際法が広範、長期的かつ深
    刻な環境損害を及ぼすことを一般的に禁止しているとする見解を示したものの、第1追加
    議定書第35条3項及び第55条1項が慣習国際法であると明示的に言及したのは、ソロモ
    ン諸島、マレーシア及びナウルの3か国のみであるとされる。権南希「武力紛争時におけ
    る環境保護に関する国際規範の形成一ENMOD、第1追加議定書における環境保護関連規
    定を中心に」『関西大学法学論集』第61巻1号(2011年)110-111頁。
    158
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    NWP1-14M 8.4によれば、米国は軍事目標を攻撃する際に環境に対する配慮が必要であ
    ることを認めつつも、その配慮は均衡性(比例性)原則の範囲内で相対的に禁止されるべき
    であり、核兵器使用の場合も含めて絶対的に禁止する規定は許容できないとする見解に立
    つものといえる。そのため、米国の見解は「核兵器使用合法性事件」におけるICJの見解を
    まったく無視しているものではなく、むしろ努力義務を明文化しているという点において
    合致しているものと考えられる。
    米国の反論に示されているように、現在の核保有国にとっては、核兵器の使用が自然環境
    に「広範、長期的かつ深刻な」損害を引き起こす可能性が極めて高いため、「広範、長期的
    かつ深刻な」損害を引き起こす兵器の使用が絶対的に禁止されるというICRCの解釈は受
    け入れ難いであろう。この件に関しては、『AMWマニュアル』作成時にも専門家の間で意
    見が分かれている。自然環境に「広範、長期的かつ深刻な」損害を引き起こすことが予測さ
    れる戦闘の手段や方法は認められないとする見解に対して、一部の専門家は、西側の核保有
    国である米国、イギリス、フランスの3か国が強固に、一貫して、継続的に異議を唱えてい
    ることを忘れてはならないと主張した174。議論の結果、最終的に『AMWマニュアル』にお
    いては、規則88「恣意的に実施される自然環境の破壊は禁止する」及び規則89「空戦又は
    ミサイル戦を計画及び実施する際には、自然環境に十分注意が払われなければならない」と
    いう2つの規定が設けられることとなった175。
    ICRCの見解と米国をはじめとする核保有国等の見解を比較した場合、どちらに正当性が
    あるかを考察することは本稿の射程外ではあるが、第1追加議定書第35条3項及び55条
    1項の2つの自然環境保護に関する規定が慣習国際法であるか否かについては、国連国際法
    委員会(International Law Commission: ILC)においても議論されている。
    第1追加議定書第35条3項及び55条1項の自然環境保護に関する規定が慣習国際法で
    あるか否かについては、ILCにおける「武力紛争に関連する自然環境保護(Protection of the
    environment in relation to armed conflicts)Jという議題の一つとなっており、現在もなお議
    論が重ねられている。近年では、2014年の第66会期においてフェーズ1(平時の義務:
    Peacetime obligations)176及び2015年の第67会期においてフェーズ2 (武力紛争に直接関
    連する自然環境の保護に関する既存の規定の確認及び調査:Identified and examined exist-
    ing rules of armed conflict directly relevant to the protection of the environment in relation
    to armed conflict)177がそれぞれ特別報告者(Special Rapporteur)であるヤコブソン(Marie G.
    174 Yoram Dinstein, “Air and Missile Warfare under International Humanitarian Law”,Mili-
    tary Law and The Law of War Review, Vol. 52(1) (2013), p. 90.
    175 CommentaryAMWManual,pp. 204-207.
    176 See ILC, Sixty-seventh session, Preliminary report on the protection of the environment
    in relation to armed conflicts, Submitted by Marie G. Jacobsson, Special Rapporteur, U.N.
    Doc. A/CN.4/674 and Corr.1(30 May 2014).
    177特別報告者が提出した報告書は、5つの原則案と3つの序文パラグラフ案からなり、
    ILCはこれを基にして起草委員会で話し合うことを決定した。各々の草案については以下
    159
    【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違
    Jacobsson)によって提出された178 。2016年6月、第68会期においてフェーズ3として武 カ紛争終了後に適用される特別関連規則(Rules of particular relevance applicable in post- conflict situations)が提出され‘79、特別報告者による一連の報告が終了した。今後、原則案に 基づいて細部の議論や残余の論点が検討され、最終成果物としてガイドラインが作成され る予定である180。ILCでは、第35条3項及び55条1項の慣習法性とともに非国際的武力 紛争に自然環境保護の規範が存在するか、及び武力紛争下においても平時の自然環境保護 のとおりである。 原則案: Draft principle1(区別原則の検討から導出された原則案): 「自然環境は性質において文民と同様であり、その一部が軍事目標でない限り又は軍事目標となるまで は攻撃の対象としてはならない。自然環境は、適用される国際法、特に国際人道法に従って尊重され保護 される」 Draft principle 2 (予防措置の原則から導出された原則案): 「武力紛争の間、予防措置、区別及び均衡性(比例性)原則並びに軍事的必要性に関する規則 (principles of precautions in attack, distinction and proportionality and the rules on military necessity)を含 む国際人道法の基本原則及び規則は、自然環境に最も強固な保護を与え得る方法によって(in a manner so as to enhance the strongest possible protection of the environment)適用する」 Draft principle 3 (均衡性(比例性)原則から導出された原則案): 「軍事目標の合法性を検討する際に何が必要性及び均衡性(比例性)であるかを評価するときに自然環 境への配慮が考慮されなければならない」 Draft principle 4 (復仇の検討から導出された原則案): 「復仇の手段として自然環境を破壊することは、禁止する」(第1追加議定書第55条2項) Draft principle 5 (世界遺産等に関連する非武装地帯等の検討から導出された原則案): 「国家は、武力紛争の開始前あるいは少なくとも開始時に主要な環境上重要な地域(areas of major eco- logical importance)を非武装地帯(demilitarized zones)として指定することができる」 序文案: 原則の適用範囲(scope of the principles): 「本原則は、武力紛争に関連する自然環境の保護に適用する」 目的(purpose): 「これらの原則は、予防及び回復の手段(preventive and restorative measures)を通じて武力紛争に関連 する自然環境の保護を強めることを目的とする。それらは、武力紛争における自然環境の付随的損害を最 小化することも目的としている」 用語(use of terms):(省略) See ILC, Sixty-seventh session, Second report on the protection of the environment in rela- tion to armed conflicts, Submitted by Marie G. Jacobsson, Special Rapporteur, U.N. Doc. A/CN.4/685 (28 May 2015). 178 See ILC, Summaries of the Work of the International Law Commission (Last up- date: December 16, 2015), http://legal.un.org/ilc/summaries/8_7.shtml (last visited Dec. 2016). 179 See ILC, Sixty-eighth session, Third report on the protection of the environment in rela- tion to armed conflicts, Submitted by Marie G. Jacobsson, Special Rapporteur, U.N. Doc. A/CN.4/700 (3 June 2016). 180国際法委員会研究所「国連国際法委員会第65会期の審議概要」『国際法外交雑誌』第 112 巻 4 号(2010 年)93-94 頁。 160 【第II部】第3章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び解釈の相違 に関する条約等が適用されるのかについても検討されているため、これらの議論の収束も 待たれるところである。 上記のように、第1追加議定書第35条3項及び55条1項の自然環境保護に関する規定 が慣習国際法であるか否かについては、ILCにおいて現在も結論が出ていない状況にある ため、少なくとも慣習国際法であると結論付けるICRCの見解はやや尚早であると考えら れる。 また、第2章において言及したように、自然環境に対する絶対的な禁止となる「広範、長 期的かつ深刻な」損害の基準については第1追加議定書や同コメンタリー及びICC規程の コメンタリーにおいて明確にされておらず、ICRCの『慣習国際人道法』Rule 45のコメン 卜の中においても明確に示されていない。そのため、現実的には攻撃時に自然環境に対する 絶対的禁止規定が遵守されることはあまり想定できず、実際に生起した自然環境に対する 付随的損害が均衡性(比例性)原則の評価基準に従って許容されるか否かの判断が下される と考えられる。 米海軍マニュアルにおける絶対的禁止に関するもの以外の特徴としては、NWP1-14M 8.4 の書き出しが「合法な軍事目標を攻撃するに際し、自然環境に付随的損害を与えることは違 法ではない」から始まっていることが挙げられる。当該規定の構成としては、自然環境に付 随的損害を与えることが違法ではないことを原則として、「任務達成と両立させるために実 行可能な範囲において」、あるいは「軍事的要求が許容する限度において」、「環境に対する 被害を目標選定における判断要素の一つとして考慮しなければならない」としているので あり、それらが実行不能または許容できない限度である場合には、環境に対する被害を考慮 しなくともよいと解釈することが可能である。 この米海軍の解釈は、自然環境に対する均衡性(比例性)原則を黙示的に示しているとさ れる第1追加議定書第55条1項における「戦闘においては、自然環境を広範、長期的かつ 深刻な損害から保護するために注意を払う。その保護には、自然環境(中略)住民の健康又 は生存を害することを目的とする又は害することが予測される戦闘の方法及び手段の使用 の禁止を含む」という規定とは対極のアプローチによるものであるといえる。すなわち、米 海軍の解釈においては、原則として自然環境に付随的損害を与えることが違法ではないと していることに対し、第1追加議定書は、原則として自然環境に付随的損害を与えないよ う注意又は禁止し、均衡性(比例性)原則に照らして過度でない攻撃を例外的に許容してい るといえる。 161 【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的 評価 第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的 評価 前章においては、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素及び関連する要 素についての解釈や評価基準等について、特に赤十字国際委員会(ICRC)等の人道の考慮を 重視する立場の見解と軍事的必要性を重視する立場間で見解に相違のある論点について整 理した。本章においては、解釈に隔たりのある均衡性(比例性)原則の論点について、中 立的な見地から合法性を評価すると考えられる国際裁判所の法的判断や比較的最近の国連 の報告書等における法的評価等を確認し、実際に運用する際の武力紛争時における均衡性 (比例性)原則の適用方法及び評価基準等を考察する。 4.1 国際裁判所等における均衡性(比例性)原則に関連する判例 一般に、国際裁判所は中立かつ公平な手続を経て、法的判断を下す点において判決の正 当性が担保されるといえる。国際裁判所の手続は、国際司法裁判所(ICJ)を例にとると、 「争点となっている問題のいかなる点も明らかにするために裁判所が必要と考える証拠」 を調べることにより事実の確認がなされ1、最終的に国際条約、慣習国際法及び法の一般原 則等に基づいて判決が下される2。そのため、ICJにおいて武力紛争時における均衡性(比 例性)原則の妥当性が争われた場合、問題のいかなる点も明らかにするために、例えばそ の時に攻撃決定者が置かれていた状況や予期されていた軍事的利益、及び攻撃の結果生じ た付随的損害等に関連するあらゆる証拠や証言に基づいて合理的な判断を下す必要がある といえる。したがって、ICJ等の国際裁判所の判例からは、武力紛争時における均衡性 (比例性)原則に関する規定を実際に適用・評価する際に、どのような点が争点となり、 どのような評価基準が用いられるべきか等を読み取ることが期待できる。 シュミット(MichaelN. Schmitt)は、「国際裁判所は国家の権力をある程度抑制し、国際 人道法の一般的な理解に重要な影響を及ぼすものであるが、国家と同じ観点から軍事的必 要性と人道の考慮のバランスを判断しているわけではないことを忘れてはならない」と述 ベている3。すなわち、国際裁判所は、必ずしも国家と同じように軍事的必要性を甚斗酌する わけではないため、人道の考慮寄りの法的判断が下される可能性があることを危惧してい ると考えられる。しかしながら、シュミットの主張の裏を返せば、国際裁判所の位置付け 1国際司法裁判所(ICJ)規則第62条(証拠調べ)。 2その他、補助手段として裁判上の判決及び諸国の最も優秀な国際法学者の学説が用いら れる。また、当事者の合意があれば衡平及び善(ex aequo et bono)に基づいて裁判すること も可能である。国際司法裁判所(ICJ)規程第38条。•. .. 3 Michael N. Schmitt, “Military Necessity and Humanity in International Humanitarian Law: Preserving the Delicate Balance”, Virginia Journal of International Law, Vol.50, No. 4 (2010), p. 838. 162 【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的 評価 は、国家という枠に囚われず軍事的必要性を過度に重視することもないため、仮に、軍事 的必要性を重視するような法的判断が下された場合には人道の考慮を重視する立場が当該 判断に反論することが困難となるため、双方の解釈の乖離を埋めるための役割を果たす可 能性があるともいえる。反対に、人道の考慮を重視するような法的判断が下された場合に は、軍事的必要性を重視する立場がそれに反する主張の正当性を保つことが難しくなり、 結果として国家の正規軍が作戦を計画・実行する際には当該判断をある程度考慮した上で なされる必要が生じるといえる。 国際裁判所の法的判断が及ぶ射程に関しては、国際司法裁判所規程(以下、ICJ規程) によれば、ICJが下した判決は、紛争当事国間で当該事件に関して拘束力を有し4、訴訟に 参加した第3国に対しても判決における解釈は拘束力を有する5。なお、ICJの判決は、従 来の判例を踏襲する傾向があり6 7、判例法とも称される一団の法を形成しているとされる 7。また、icjの判決は主文のみならず、主文を導くために必須である理由付け部分も既判 事項として覇束力を有するため、後の段階で裁判所が異なる判断をしてはならないとされ ている8。したがって、icjの判例を紐解くことは、武力紛争時における均衡性(比例性) 原則の解釈に重要な示唆を与えるものであるといえる。 しかしながら、武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関してICJが法的判断を下 している判例は決して多くはない。jus ad heliumにおける自衛権行使の「必要性•均衡性 (比例性)原則」に関しては、「ニカラグア事件」及び「オイル・プラットフォーム事 件」等の有名な判例があるが9 10 11、武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関連する法的 判断をICJが下した事例は、先述の「核兵器使用合法性事件」においてjus ad heliumの、状 況で武力紛争時における均衡性(比例性)原則に一部触れられている箇所があるものの 10、それ以外の判例は管見の限り見受けられない11。 4 ICJ規程第59条。 5 ICJ規程第63条。 6浅田正彦編『国際法』(東信堂、2011年)365頁。 7杉原高嶺ほか『現代国際法講義〔第4版〕』(有斐閣、2007年)427頁。 8浅田『前掲書』(注6) 365頁。 9本稿第1章35-40頁参照。 10 「核兵器使用合法性事件」において、均衡性(比例性)原則に言及している箇所として は、以下のパラグラフ等が挙げられる。 para. 42 「すべての状況における自衛において、均衡性(比例性)原則そのものが核兵器の使用を除外するもので はないかもしれない。しかし同時に、自衛に関する法の下で均衡した武力行使は、合法的かつ国際人道法 の原則や規則といった武力紛争に適用される法の要求に適合したものでなければならない」。 Legality of The Use hy A State of Nuclear Weapons in Armed Conflict, Advisory Opinion of 8 July 1996, ICJReports 1996, para. 42. 11 「核兵器使用合法性事件」は、均衡性(比例性)原則に言及している部分はあるもの の、厳密に言えばjus ad heliumに関する判断であるため、自衛権行使に関する「必要性・ 均衡性」原則における均衡性(比例性)原則のみに言及していると解釈できる。そのた め、武力紛争時(jus in hello)における均衡性(比例性)原則の判断例として挙げることは 適切ではないかもしれない。その他、いわゆる平時に適用される均衡性(比例性)原則に 163 【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的 評価 他方、国際裁判所の一つである旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判所[International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia :以下、ICTY)においては、武力紛争時にお ける均衡性(比例性)原則に言及している判例が散見される。ただし、ICTYは、ICJとは 異なり国家間の紛争を扱うのではなく、戦争犯罪等に関して個人を訴追・処罰するための 国際刑事裁判所の一つである。 そのため、ICTYの判例が個人ではなく国家に対しても影響を及ぼすのかについて最初 に検討する必要があると考える。検討にあたり、まずICTYが設置された目的や経緯を確 認した上で、第3国に対する拘束力や既判事項としての覇束力等のICJ判決が有する強い 効力と比べ、ICTYの下した判決の効力が国家における武力紛争時における均衡性(比例 性)原則の解釈等にどの程度の影響を及ぼすのかについて検討したい。 4.1.1 ICTYの概要及び判決の効力 ICTYは、安保理決議808及び827に基づき12、1993年に設置されたアド・ホックな国 際刑事裁判所である13。ICTYの目的及び権限は、1991年から92年にかけて旧ユーゴスラ ヴィア領域内で生起した紛争(以下、旧ユーゴ紛争)における国際人道法の重大な違反に ついて責任を負う者を訴追することである14。この国際人道法の重大な違反には、殺人、 拷問のほか、身体に故意に重大な傷害を加えることや軍事的必要性によって正当化されな い民用物の破壊等も含まれる15。ICTYでは、これまで161名の被起訴者に対し151名の 関するicjの判例としては、海洋の境界画定における均衡性(北海大陸棚事件、チュニジ ア・リビア大陸棚事件、リビア・マルタ大陸棚事件、黒海境界画定事件、領土•海洋紛争 (ニカラグア対コロンビア)事件)、対抗措置における均衡性(力、、ブチコボ・ナジマロシ ュ計画事件)、自衛権に関する均衡性(ニカラグア事件、オイル・プラットフォーム事 件)等がある。詳細については本稿第1章参照。 12 U.N. Doc. S/RES/808(22 February, 1993); S/RES/827(25, May, 1993). 13 See United Nations International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia HP, The Tribunal-Establishment, Available at http://www.icty.org/en/about/tribunal/establish- ment (last visited Dec. 2016). 14旧ユーゴスラヴィア国際裁判所(ICTY)規程第1条。 15 ICTY規程第2条(1949年のジュネーヴ諸条約に対する重大な違反行為) 「国際裁判所は、1949年8月12日のジュネーヴ諸条約に対する重大な違反行為、すなわち、関連する ジュネーヴ条約に基づいて保護される者又は財産に対する次の行為を行い又は行うことを命令した者を訴 追する権限を有する。 (a) 殺人 (b) 拷問又は非人道的待遇(生物学的実験を含む。) (c) 身体又は健康に対して故意に重い苦痛を与え又は重大な障害を加えること。 (d) 軍事上の必要によって正当化されない不法かつ恣意的な財産の広範な破壊又は徴発 (e) 捕虜又は文民を強制して敵対する勢力の軍隊で服務させること。 (f) 捕虜又は文民から公正なかつ正式の裁判を受ける権利を奪うこと。 (g) 文民を不法に追放し、移送し又は拘禁すること。 (h) 文民を人質にすること」 ICTY規程第3条(戦争の法規又は慣例に対する違反) 「国際裁判所は、戦争の法規又は慣例に違反した者を訴追する権限を有する。その違反には、次のこと が含まれるが、これらに限定されるものではない。 164 【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的 評価 審議が既に終了しており、10名の第1審公判及び上訴審等が2016年現在も進行中である ICTYの任務や管轄等を定める「旧ユーゴスラヴィア国際裁判所規程(以下、ICTY規 程)」には、直接的に「均衡性(proportionality)」という文言は明記されていないが、ジュ ネーヴ諸条約の重大な違反行為に関するICTY規程第2条の「故意に重い苦痛を与えまた は重大な傷害を加えること」17や「軍事的必要性によって正当化されない不法かつ恣意的 な財産の広範な破壊または徴発」18といった文言が均衡性(比例性)原則違反を包摂して いると考えられる。 ICTYは、ジュネーヴ諸条約の重大な違反行為や戦争犯罪等についての判決を下す国際 刑事裁判所であるが、注意しなければならないことは、全ての国際人道法違反が国際刑事 裁判において有罪であると判断されるわけではないことである。すなわち、国際人道法の 規則が国際刑事裁判の文脈に自動的に適用されるのではなく、国際人道法の下で禁止され ている行為に比べてICTYにおいて有罪とされる行為の方がより基準が高くなるため19、 ICTYにおける法的評価と国際人道法における法的評価を同一視できないことを考慮する 必要があるといえる。 また、通常、武力紛争に適用される国際人道法は、国際的武力紛争においては第1追加 議定書の規定が適用され、非国際的武力紛争においてはジュネーヴ諸条約共通第3条及び 第2追加議定書の規定が適用される。これに関し、ICTYにおける初の審理となった「タ ジッチ事件(Prosecutor v. Dusko 7^?<此)」において被告人側は、旧ユーゴ紛争は非国際的 武力紛争であるため国際的武力紛争にのみ適用される国際人道法は適用されないと主張し たものの、ICTYは「旧ユーゴ紛争は、国内的側面と国際的側面(internal and international aspects)の両面をもつ」と判断した20。換言すれば、旧ユーゴ紛争は具体的な事例によっ (a)無用の苦痛を与えることを目的とする毒性の兵器その他の兵器を使用すること。 (b)都市又は町村の恣意的な破壊を行うこと又は軍事上の必要によって正当化されない惨害をもたらす こと。 (c)手段のいかんを問わず、無防備の町村、住宅又は建物を攻撃し又は砲撃すること。 (d)宗教、慈善及び教育並びに芸術及び学術の用に供する施設、歴史上の記念建造物並びに芸術上及び 学術上の作品を押収し、破壊し又は故意に損傷すること。 (e)公共の又は私有の財産を略奪すること」。 16審議が終了した151名の内訳は、有罪確定81名(刑期終了 55名、移送18名、裁判後 又は服役中死亡7名、移管待ち1名)、無罪放免19名、当事国へ移管13名、死亡または 起訴撤回 36 名、再審議 2 名である。See United Nations International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia HP, Key Figures of the Cases, Updated 23/05/2016, Available at http://www.icty.org/en/cases/key-figures-cases (last visited Dec. 2016). 17 ICTY規程第2条(c)。 18 ICTY規程第2条(d)。 19 Roee Ariav, “Hardly the Tadic of Targeting: Missed Opportunities in the ICTY’s Gotovina Judgments”, Israel Law Review, Vol.48, Issue 3 (2015), pp. 339-340. 20 ICTY, Prosecutor v. Dusko Tadic, (Case No.IT-94-1) [hereinafter “ Tadic Case”], Deci- sion on the Defence Motion for Interlocutory Appeal on Jurisdiction, 2 October 1995, para 165 【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的 評価 て、第1追加議定書が適用される国際的武力紛争である場合とジュネーヴ諸条約共通第3 条及び第2追加議定書が適用される非国際的武力紛争として捉える場合があるといえる 21。また、「タジッチ事件」においてICTYが、「1930年代以降、国際的武力紛争と非国際 的武力紛争との区別が次第に曖昧になっており」、「人道の基本原則を反映した国際人道法 の原則及び規則はすべての武力紛争に広く適用される」と述べていることから 21 22、旧ユー
    ゴ紛争は双方が適用される国際的武力紛争と非国際的武力紛争を併せ持つ武力紛争の面が
    あるともいえる。
    このことは、国際的武力紛争と非国際的武力紛争の双方にハーグ法分野を含めた共通の
    規則が適用されるとする“one-box approach”と称される見解をICTYが一部採用したもの
    と捉えることができる23。なお、“one-box approach”は、ICRCが伝統的に「すべての国際
    人道法が『国際的性質を有しないすべての武力紛争』に適用されるべき」として表明して
    いたように24、人道の考慮を重視する立場からは望ましい見解であるといえる。
    ICTYの判決の効力は、あくまでも国際人道法の重大な違反について有罪判決を受けた
    者に対して刑罰を科すことに過ぎない25。また、「戦争犯罪等を扱う国際刑事裁判所は、明
    快な国際法の規範を施行する(enforcing)ことに最も適しているが、新たな国際法の基準を
    創出する(creating)ものではない」という見解もある26。これらの件につき、シュミット
    77;タジッチ事件において示された国際的武力紛争と非国際的武力紛争の区別となる基準
    の詳細については、松山沙織「旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所による非国際的武力紛争
    の定義とその意義(1)ータジッチ基準にみる烈度要件と組織性要件」『阪大法学』第65巻3
    号(2015年)、松山「旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所による非国際的武力紛争の定義と
    その意義(2・完)ータジッチ基準にみる烈度要件と組織性要件」『阪大法学』第65巻4号
    (2015年)参照。
    21樋口一彦「内戦に適用される国際人道法の違反に対する処罰(二・完)」『琉大法学』第
    59 号(1998 年)163 頁。
    22 Tadic Case, Decision on the Defence Motion for Interlocutory Appeal on Jurisdiction, 2
    October 1995, paras 97, 129.
    23真山全「現代における武力紛争法の諸問題」『武力紛争の国際法』(東信堂、2004年)
    14頁;武力紛争の分類にかかわりなく適用される戦争法の方式を“one-box approach”と呼
    称することに対して、国際的と非国際的の武力紛争を別個に規律する既存の戦争法の枠組
    みを用いて各々で戦争犯罪を特定する方式は“two-box approach”と呼称される。真山全
    「国際刑事裁判所規程と戦争犯罪」『国際法外交雑誌』第98巻5号(1999年)120-121
    頁。
    24 ICRCは、非国際的武力紛争に適用される1949年のジュネーヴ諸条約共通3条の準備
    段階において、すべての国際人道法が国際的性質を有しないすべての武力紛争に適用され
    るべきであるとの立場を表明していた。Jean S. Pictet, CommentaryIIIGeneva Convention
    Relative to The Treatment of Prisoners of War, 1960, pp. 28-31;新井京「非国際的武力紛
    争に適用される国際人道法の慣習法規則一赤十字国際委員会『慣習国際人道法』研究の批
    判的考察」『同志社法學』第60巻7号(2009年)1134-1135頁。
    25 ICTY規程第23条。
    26この見解は、第2次大戦後のニュルンベルク裁判に関して、ラウターパクトが「戦争犯
    罪を罰する任務を託された裁判所が、議論があり難解な戦時国際法の問題を解決すること
    にふさわしい機関であるか否かは疑わしい」と述べていた点が現在においても解消されて
    いないことが論拠となっている。Anthony J. Gaughan, “Collateral Damage and the Laws of
    War: D-Day as a Case Study”, American Journal of Legal History, Vol. 55(3) (2015), p. 284.
    166
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    は、PICTYの判決それ自体に権威的な性質はないものの、国際人道法の解釈や適用に関す
    る法的判断の前例が不足しているために、ICTYは他の国際刑事裁判所に最も影響を及ぼ
    し得る」と述べている27。また、シュミットは、ICTYが「多くの場合長年にわたる国際人
    道法の教義(tenets)を確認しているに過ぎない」と述べる一方で、敵対行為に関する国際
    人道法を細分化すること等により軍事的必要性と人道の考慮のバランスに関してICTYが
    重要な判断を下すことがあると述べている28。
    ICTYの判決は、原則として個人にのみ効力を及ぼすものではあるものの、上記のシュ
    ミットの見解のように、曖昧である武力紛争時における均衡性(比例性)原則等の解釈に
    多くの示唆を与えるものであるといえる。また、ICTYの法的判断に一定の影響力がある
    ことは、実際にICTYの判例が国際法学者の書物等に引用され、国際人道法の不明確な規
    定の解釈の手掛かりや根拠として用いられることがあることもその証左であるといえる。
    なお、ICTYのホームページでは、ICTYのこれまでの功績として、「リーダーに説明責
    任を課すこと(Holding Leaders Accountable)」、「犠牲者に正義をもたらすこと及び発言の
    機会を付与すること(Bringing Justice to Victims and Giving Them a Voice)」及び「数千人
    もの犠牲者に正義をもたらすこと及び発言の機会を付与すること(Bringing Justice to
    Thousands of Victims and Giving Them a Voice)」として、「事実の立証(Establishing the
    Facts)」、「国際法の発展(Developing International Law)」、「法の支配の強化(Strengthening
    the Rule of Law) Jを挙げている29。したがって、ICTY自らもICTYの判決や法的判断が
    国際法の発展や法の支配の強化に繋がっていることを自負しているものと考えられる。
    4.1.2 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関連するICTYの判例
    上記のようなICTYによる判決の効力等を踏まえ、以下では武力紛争時における均衡性
    (比例性)原則の解釈や何らかの示唆を与え得るICTYにおける法的判断を概観する。
    4.1.2.1 クプレスキッチ他事件(Prosecutor v. Zoran Kupreskic et al.
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関連のあるICTYの判例としては、第1章で
    触れた「クプレスキッチ他事件(Prosecutor v. Zoran Kupreskic et al)」がある。本件は、ボ
    スニア・ヘルツェゴヴィナにおける紛争において、1993年4月16日にクロアチア軍が「民
    族浄化(ethnic cleansing)、作戦の一部として、Lasva River ValleyにあるAhmici (中部ボス
    二アの小さな村)の女性と子供を含むイスラム系住民116名を死亡、約24名を負傷させ、
    169の家と2つのモスクを破壊した事件である。この件に関し、当該殺害及び破壊行為等に
    27 Schmitt, supra note 3, p. 817.
    28 Ibid., pp. 817-818.
    29 See United Nations International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia HP,
    Achievements, Available at http://www.icty.org/en/about/tribunal/achievements#bringing
    (last visited Dec. 2016).
    167
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    関与したとされるクロアチア防衛評議会(Hrvatsko vijece obrane; HVO)のクプレスキッチ
    (Zoran Kupreskic)ほか5名がICTYにおいて武力紛争に関する法や規則の重大な違反等に
    ついて問われたものである30。
    本事件の第1審判決において、ICTYは、均衡性(比例性)原則に関して、「軍事目標を
    攻撃する際には均衡性(比例性)原則が常に適用される」とした上で、「コルフ海峡事件」
    等でICJによって示された「人道の基本的考慮(elementary considerations of humanity)J
    は、曖昧な国際法規則の解釈及び適用において、最大限に利用されるべきであることを示し
    た31。
    また、本判例においてICTYは、軍事目標に対する1回の攻撃が文民に付随的損害を生
    起させた場合には既存の国際人道法(第1追加議定書第57条及び58条)違反には当たら
    ないかもしれないが、攻撃を繰り返す場合には、「累積的効果(cumulative effect)」により、
    慣習国際法であるマルテンス条項の理念である「人道の要求(demands of humanity)」に反
    する結果をもたらす可能性があり、国際人道法に合致しない場合があるという見解も示し
    ている32。
    さらに、ICTYは、文民に対する復仇の禁止が慣習国際法であることを示し、その論拠と
    してマルテンス条項の理念である「人道の要求(demands of humanity)」や「公共良心の要
    求(dictates of public conscience)Jが慣習国際法であることを挙げている33。その上で、第1
    章で述べたように仮に文民に対する復仇が合法であるとしても、均衡性(比例性)原則等の
    要件を満たす必要があることも判示している34。
    上記のICTYの見解に従えば、既存の国際人道法における均衡性(比例性)原則の評価で
    は適法あるいはグレーゾーンの範疇に収まる攻撃であっても、「人道の基本的考慮」、「人道
    の要求」及び「公共良心の要求」に反する場合には慣習国際法違反にあたる場合があると解
    釈できる。換言すれば、第1段階として第1追加議定書の武力紛争時における均衡性(比
    30 ICTY, Prosecutor v. Kupreskic et al., (Case No. IT-95-16-T) [hereinafter “Kupreskic et
    al. Case”], Summary of Trial Chamber Judgement,14 January 2000.
    31判決では、「コルフ海峡事件」以外にも、「ニカラグア事件」と「核兵器使用合法性事
    件」を例に挙げている。Kupreskic etal. Case, Judgement of Trial Chamber,14 January
    2000, pp. 205-206, para. 524.
    32ただし、ICTYもマルテンス条項における「人道の諸原則(principles of humanity)」や
    「公共良心の要求(dictates of public conscience)Jが独立した国際法の法源となることまで
    を認めてはおらず、国際人道法の規則が十分に定められていない場合に、最低限のものと
    して言及されるべきものとしている。Kupreskic et al Case, Judgement of Trial Chamber,
    14 January 2000, pp. 206-207, paras. 525-526.
    33 Ibid., p. 211, para. 533.
    34 Ibid., p. 212, para. 535 ;もっとも、この見解はICTYの見解に過ぎず、マルテンス条項
    自体の法的性格については未だ確立した見解はない。しかしながら、マルテンス条項を慣
    習国際法と位置付けた上で、軍事的必要性との均衡性(比例性)を保つ限りにおいて、条
    約や慣習国際法等を解釈する際の指針としての役割を認めるとする見解は国際法学者から
    一定の支持が得られている。江藤淳一『国際法における欠缺補充の法理』(有斐閣、2012
    年)300頁。
    168
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    例性)原則に基づいた評価を実施し、仮にそこで適法あるいはグレーゾーンと判断された攻
    撃であったとしても、第2段階として「人道の基本的考慮」、「人道の要求」及び「公共良心
    の要求」を考慮して当該攻撃の合法性が判断されるといえる。
    本判決においてICTYが示した、①軍事目標を攻撃する際には均衡性(比例性)原則が常
    に適用される、②「コルフ海峡事件」等で示された「人道の基本的考慮」は国際法規則の解
    釈及び適用において最大限に利用される、③マルテンス条項の理念である「人道の要求」及
    び「公共良心の要求」は慣習国際法である、という3点を考慮した場合、「人道の基本的考
    慮」、「人道の要求」及び「公共良心の要求」に基づく諸原則を反映した規則に関連する武力
    紛争時における均衡性(比例性)原則(下線部は以下、「人道の基本原則等を反映した均衡
    性(比例性)原則」と呼称)は常に適用されると解釈できる。すなわち、第1追加議定書の
    締約国であるか否か、あるいは第1追加議定書第51条5項(b)の均衡性(比例性)原則が
    慣習国際法であるか否か、さらには武力紛争が国際的であるか非国際的であるか否かにか
    かわらず、米国やイスラエルのような第1追加議定書の非締約国に対しても人道の基本原
    則等を反映した均衡性(比例性)•原則の評価基準によって攻撃の合法性を評価することが可
    能であるとICTYが解釈しているといえる。
    しかしながら、武力紛争時における均衡性(比例性)原則が曖昧であることと同様に、「人
    道の基本的考慮」、「人道の要求」及び「公共良心の要求」という用語の定義や基準自体も明
    確ではなく曖昧であるため、人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則がどこまで
    の範囲の規則等を含むのかについても不明確であるといえる。
    以上のように、「クプレスキッチ他事件」は、人道の基本原則等を反映した均衡性(比
    例性)原則が武力紛争時に常に考慮されるべきであることを認めた判例であるといえる。
    しかしながら、ICTYは、その具体的な内容についてまで言及しておらず、第1追加議定
    書第51条5項(b)における均衡性(比例性)原則と本件において適用されると解し得る人
    道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則との差異までを明確に示しているとはい
    えない判例であるといえる。
    また、本件においてICTYは、マルテンス条項が慣習国際法であることを根拠として文
    民に対する復仇の禁止が慣習国際法であることを示したが、このことは、ICRCの『慣習
    国際人道法』においてさえ「文民に対する復仇を特別に禁止する慣習法が既に結晶化した
    と結論付けることは困難である」35と述べられているようにICRCの解釈よりも人道の考
    慮を重視した見解であるといえる。この点において、「クプレスキッチ他事件」において
    35 Jean-Marie Henckaerts and Louise Doswald-Beck, Customary International Humanitar-
    ian Law [hereinafter “ICRC Customary IHじゝ Vol. I: Rules (Cambridge University Press/
    ICRC, 2005), p. 523; Schmitt, supra note 3, p. 821.
    169
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    ICTYは、少なくとも軍事的利益を重視する立場に偏重して判断を下しているわけではな
    いことが看取できる。
    4.1.2.2 マルティッチ事件(Prosec〃lor v. Milan Martie)
    2007年の「マルティッチ事件(Prosecutor v. Milan Martie)\ 36は、クロアチア領域内に
    あるクライナ・セルビア人共和国(Republic of Serbian Krajina: RSK)におけるセルビア人自
    治区(Serbian Autonomous Region of Krajina: SAO Krajina)の大統領等を務めていたマルテ
    イッチ(Milan Martie)に関する事件である。1995年5月2日及び3日、クライナ•セルビ
    ア人共和国は、クロアチアの首都ザグレブに無差別とされる砲撃を行い、7名の死者と
    200名の負傷者を生起させた37。この砲撃に関し、命令を下したとされるマルティッチ個
    人が人道に対する罪や文民及び文民居住地域に対する恣意的な攻撃等、ICTY規程第3条
    及び第5条に抵触する可能性のある計19の罪状によって起訴された事件である38。
    本件の第1審においてICTYは、砲撃に用いたM-87 Orkanという兵器に着目し、これ
    が非誘導式のロケットランチャーであり、砲弾には288の子弾(bomblets)を放出するクラ
    スター弾が含まれていたことを確認した。それぞれの子弾はさらに420もの鉄の粒状弾
    (steel pellets)を放っため1発のクラスター弾は約12万発の粒状弾(致死半径10m)を放
    ち相当な範囲に被害を及ぼす兵器であったとされる。また、砲撃したM-87 Orkanは、最
    大射程距離である約50 km離れた地点からクラスター弾を発射しており、距離の誤差やク
    ラスター弾の性質を考慮するとM-87 Orkanは特定の軍事目標を攻撃することが不可能な
    無差別兵器(indiscriminate weapon)であり、これを住民密集地に用いたことが深刻な被害
    を生じさせることとなったと判断した39。
    この無差別攻撃ともいえるM-87 Orkanによる砲撃は、第1追加議定書第51条4項の
    「特定の軍事目標のみを対象としない攻撃」又は「特定の軍事目標のみを対象とすること
    のできない戦闘の方法及び手段を用いる攻撃」に該当することは明白であり、第1追加議
    定書第51条5項(a)の「都市、町村その他の文民又は民用物の集中している地域に位置す
    る多数の軍事目標であって相互に明確に分離された別個のものを単一の軍事目標とみなす
    36 ICTY, Prosecutor v. Milan Martie, (Case No. IT-95-11-R61) [hereinafter ‘“Martie Case”],
    Summary of the Appeal Judgement, 8 October 2008.
    371995年5月2日の攻撃では、ザグレブ空港及び付近の村(PIe§o)のMain Square、商店
    街や学校が警告なしに破壊され、2名の死者と少なくとも160名の重傷者が発生した。5
    月3日の攻撃では、チトー元帥広場(Marshall Tito Square)のクロアチア国立劇場(Croatian
    National Theatre)や児童病院が破壊され、2名の死者と54名の負傷者が発生した。Martie
    Case, Judgement in Trial Chamber,12 June 2007, pp. 7-8, para. 4.
    38罪状は、殺人、文民に対する攻撃、拷問、非人道的待遇、村及び宗教や教育に供する施
    設の破壊、公共または私有財産の略奪を含むICTY規程第3条(戦争の法規または慣例に
    対する違反)に該当するものが9件。迫害、殲滅、殺人、拷問、非人道的行為、国外追
    放を含むICTY規程第5条(人道に対する罪)違反に該当するものが10件の計19件であ
    った。Martie Case, Summary of Judgement in Trial Chamber,12 June 2007.
    39 Ibid.
    170
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    (中略)攻撃」及び第51条5項(b)の武力紛争時における均衡性(比例性)原則そのもの
    に抵触する可能性も高いと考えられる。すなわち、M-87 Orkanによる砲撃は、第1追加
    議定書の重大な違反に該当する可能性が高いものであったといえる。
    しかしながら、ICTYは、この無差別攻撃ともいえるM-87 Orkanによる砲撃をICTY
    規程第2条(ジュネーヴ諸条約の重大な違反行為)の「故意に重い苦痛を与えまたは重大
    な傷害を加えること」や「軍事的必要性によって正当化されない不法かつ恣意的な財産の
    広範な破壊または徴発」に該当するものとして訴追しているわけではない。その理由は必
    ずしも詳述されていないが、おそらくタジッチ事件で示されたようにICTY規程第2条が
    国際的武力紛争にのみ適用される「ジュネーヴ諸条約」の重大な違反行為を対象としてい
    るためであり、非国際的武力紛争には同条の適用がないためであると考えられる40。換言
    すれば、「マルティッチ事件」で争点となったM-87 Orkanによる砲撃は、国際的武力紛争
    とはみなされない非国際的武力紛争においてなされたために、第1追加議定書における国
    際的武力紛争に適用される均衡性(比例性)原則の重大な違反等を直接適用することがで
    きなかったと考えられる41。
    上記の事情を踏まえ、ICTYは、M-87 Orkanによる砲撃が人道に対する罪等を構成す
    るかについて、マルティッチが主張したクロアチアによる5月1日の攻撃(閃光作戦:
    Operation Flash)に対する戦時復仇として正当化されるか否かという観点から検討してい
    る。2007年の第1審判決では、ICTYは文民に対する復仇禁止が慣習法であるか否かに
    ついて触れることなく、「戦時復仇は、他の手段が効果的でない場合に最終手段として用
    いられる」ものであり、「事前に正式な警告が与えられた場合、かつ、相手国に当該違法
    行為をやめさせることができなかった場合にのみ許容され」、「政府や軍の最高機関によつ
    て決定されたものでなければならない」、さらに「復仇行為は、敵対相手の武力紛争法の
    違反行為に均衡(proportionate)したものでなければならない」として42、ICRCの『慣習国
    際人道法』によって示された戦時復仇の要件と同様の基準に依拠して判断した結果、マル
    40 ICTY規程第2条(ジュネーヴ諸条約の重大な違反行為)が非国際的武力紛争に適用さ
    れないことは、ICTY規程及び同コメンタリーでは明確にされていない。しかしながら、
    「タジッチ事件」において、ICTY規程第2条の犯罪はジュネーヴ諸条約の規定に基づい
    て保護される人または財産への侵害に対してのみ訴追されるが、これらの人または財産が
    保護されるのは国際的武力紛争の渦中においてのみであるため、結局、ICTY規程第2条
    は国際的武力紛争において行われた行為にのみ適用されることが示された。Tadic Case,
    Decision on the Defence Motion for Interlocutory Appeal on Jurisdiction, 2 octobre 1995,
    paras 80-81;松山沙織「旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所による非国際的武力紛争の定義
    とその意義(1)ータジッチ基準にみる烈度要件と組織性要件」『阪大法学』第65巻3号
    (2015 年)868 頁。
    41なお、「タジッチ事件」において、ICTYが旧ユーゴ紛争の事象すべてに人道の基本原則
    等を反映した均衡性(比例性)原則が適用されると解釈していると考えられたものの、本
    件において人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則に関する違法性が問われな
    かった理由は、「人道の基本原則等を反映した」の内容を判断することが困難であったこ
    とが推測される。
    42 Marti Case, Judgement in Trial Chamber I,12 June 2007, pp.166-168, paras. 464-468.
    171
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    ティッチが主張した戦時復仇としての正当性が斥けられ、上訴審においても同様に斥けら
    れた。結局、マルティッチは、起訴された罪状のうち16の罪が認定され43、2008年の上
    訴審判決によって、35年の禁固刑が確定した44。
    なお、本稿の射程からは外れるが、このICTYの法的判断によれば、非国際的武力紛争
    においても要件を満たす場合には戦時復仇が許容される場合があり、かつ、当該復仇行為
    が文民に対するものであったとしても、少なくとも非国際的武力紛争においては許容され
    る余地があることを示唆するものであるといえる45。もっとも、非国際的武力紛争におい
    て文民に対する復仇行為が絶対的に禁止されていない可能性があるとはいえ、均衡性を含
    む戦時復仇の要件を満たす必要があるため、文民に対する復仇行為が許容され得る状況は
    実質的に皆無に近いものと推測される。
    上記のように、「マルティッチ事件」は、特定の軍事目標を攻撃することが不可能な無
    差別兵器を住民密集地に用いた事例ではあるが、均衡性(比例性)原則を含むジュネーヴ
    条約等の重大な違反が非国際的武力紛争には適用されないため、慣習国際法であるとされ
    る戦時復仇の要件を用いて当該攻撃の合法性を判断せざるを得なかった事例であると考え
    得る。なお、「クプレスキッチ他事件」におけるICTYの判断では、非国際的武力紛争であ
    っても人道の基本原則等を反映した均衡性・(比例性)原則は慣習国際法として適用される
    といえるが、本件では戦時復仇における均衡性(比例性)原則にしか言及していない点に
    おいて整合が図られていないといえる。
    4.1.2.3 ストウルガー事件(Prosec〃lor v. Pavle Strugar)
    軍事目標や軍事的必要性とともに均衡性(比例性)原則の評価対象である付随的損害に
    言及があったのは、クロアチアのドウブロヴニク(Dubrovnik)の砲撃に関する2005年の
    「ストウルガー事件(Prosecutor v. Pavle Strugar)\である。本件は、1991年12月にユー
    43 See Martie Case, Summary of Judgement in Trial Chamber,12 June 2007.
    44 See Martie Case, Summary of the Appeal Judgement, 8 October 2008.
    451996年のマルティッチ事件規則61手続命令(Review of Indictment Pursuant to Rule 61,
    IT-95-11-R61)の段階においては、ICTYは文民に対する復仇は慣習国際法上禁止されてい
    ると述べていたが、多くの批判を受けたこともあったためか、2007年の判決ではこの見解
    を放棄し、戦時復仇の要件論によって当該砲撃の違法性を判断している。当該判決におい
    ては、本文に示した戦時復仇の要件が示されており、その中の一つに、「復仇は、『人道の
    法則および公共の良心の要求(laws of humanity and dictates of public conscience)』を遵守
    しなければならない」という要件が示されている。そしてこの要件は、「復仇は可能な限
    り(to the extent possible)、文民保護の原則(principle of the protection of the civilian popu-
    lation) ••・に従って行使されなければならない」ことを意味するとの説明が加えられてい
    る。この要件が本当に慣習法上認められているかについては議論の余地のあるところであ
    るが、いずれにしても文民に対する復仇の絶対的な禁止は示されておらず、可能な限り文
    民を保護することのみが求められているといえる。Martie Case, Judgement in Trial Cham-
    ber I, IT-95-11-T,12 June 2007, pp.167-168, para. 467 ;尋木真也「国際人道法における
    敵対行為の規制」〔早稲田大学大学院法学研究科、早稲田大学審査学位論文(博士)〕
    (2014 年)35-36 頁。
    172
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    ゴスラビア人民軍(Jugoslavenska Narodna Armija: JNA)がドウブロヴニクを砲撃した際、
    近隣に7000〜8000人の住民が居住している世界遺産の旧市街(Old Town)の市民2名を死
    亡、2名に重傷を負わせ、祭典宮殿(Festival Palace)等の6つの建造物を破壊し、計116の
    建造物に損傷を与えた罪でJNAのストウルカ、、ーが起訴された事件である46 47。
    本件において弁護側は、建物や乗り物等の通常民用物である物が状況によっては軍事目
    標となることについて述べた上で、「軍の指揮官は多くの場合彼らに提供される軍事目標
    の性質に関する情報が正確であるかを確認する機会がない」というICRCの見解に言及し
    47、「軍の指揮官は攻撃決定に至る際に完全な基準というものを持っていない」48として攻
    撃の正当性を主張した。これに対し、ICTYは、ドウブロヴニク市街地にクロアチア軍が
    いたものの、中世時代に建設された壁によってドウブロヴニクの市街地と明確に区別され
    ていた旧市街からJNAに攻撃を行ったことはなかったことを指摘し、JNAによる攻撃は
    軍事目標に限定されず、旧市街を含む広範な地域に故意かつ無差別に行われ、旧市街への
    攻撃についてはいかなる軍事的必要性もなかったと判示した49 50。
    また、ICTYは、「文民を殺傷する可能性があることを認識しながら攻撃を実施すること
    は、当該攻撃が殺人としての性質を持つ可能性がある」として50、「殺人や殺害の故意
    (mens rea)の要件を十分に満たすような間接的な意図を認める」ことがあることも示唆し
    ている51。このことは、攻撃決定者にいわゆる未必の故意がある場合には、人道に対する
    罪としての文民に対する殺人に該当することがあることを示唆しているといえる。加え
    て、「文民や民用物に対する攻撃の罪は、付随的損害を引き起こすことを認識しつつ故意
    に行われたものとされているが、認識することができなかったとしても軍事的必要性によ
    って文民や民用物が軍事目標とされることはない」と述べ52、軍事的必要性がある場合で
    も文民や民用物が軍事目標とされることはないことを強調した。これらのICTYの判断は
    区別原則に関する評価であるといえる。
    付随的損害についてICTYは、「軍事目標に向けられたものであっても、具体的かつ直接
    的な軍事的利益との比較において文民や民用物に対する付随的損害を過度に引き起こすこ
    とが予測される攻撃を行った者は罪に問われる」、「しかしながら、罪となるのは軍事目標
    に向けた攻撃が付随的損害を引き起こした場合のみであり、本件においてはそのような問
    題は発生していない」と述べ、当該攻撃が付随的損害を引き起こしたか否かについて裁判
    所が判断する必要はないと判示した。すなわち、ICTYは、合法的な軍事目標に向けられ
    46 ICTY, Prosecutor v Pavle Strugar, (Case No. IT-01-42-T) [hereinafter “Strugar Case\
    Judgement in Trial Chamber II, 31 January 2005, pp.135-140, paras. 313-330.
    47 Ibid, p.122, para. 278.
    48 Ibid.
    49 Ibid,
    50 Ibid, p.110, para. 240.
    51 Ibid,
    52 Ibid, p.123, para. 280.
    173
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    た攻撃から生じた付随的損害であれば検討する必要があるが、本件では旧市街という合法
    ではない軍事目標に向けられた攻撃が争点であったために付随的損害に関する法的判断に
    まで至らなかったといえる。
    本件は、均衡性(比例性)原則に関する付随的損害等が争点となる可能性のある事例で
    はあったが、上記の理由によって付随的損害に関する判断がなされなかった。しかしなが
    ら、見方によっては、ICTYが主観に頼るところが大きく基準も明確ではない武力紛争時
    における均衡性(比例性)原則を争点にすることを敢えて回避し、争点を区別原則に関す
    る軍事目標や軍事的必要性という客観的に判断を下し易い原則へと導いたとも考えられ
    る。
    とはいえ、攻撃決定者等が一定の間接的な意図を有している場合には、多分に主観的な
    要素である故意(se刀srea)の要件を満たすことがあると判示している点において、従来の
    法的判断よりも踏み込んだ革新的な判断であったことは評価できる。
    4.1.2.4 ゴトヴィナ他事件(Prosec〃 lor v. Ante Gotovina et al.
    これまでのICTYの判例では、武力紛争時における均衡性(比例性)原則が適用される
    可能性がある事例であっても、直接的に均衡性(比例性)原則について法的判断を下すの
    ではなく、それを回避するかのように戦時復仇や区別原則等の評価基準に基づいて攻撃の
    適法性を判断していたといえる。しかしながら、2011年「ゴトヴィナ他事件(Prosecutor
    v Ante Gotovina etal)」第1審判決においては直接的に均衡性(比例性)原則に言及して
    おり、ICTYが当該判決において初めて武力紛争時における均衡性(比例性)原則を実際
    に適用したと評価されている53。「ゴトヴィナ他事件」の概要は以下のとおりである。
    スレブレニツァの虐殺(Srebrenica genocide)54から数週間後の1995年8月4日、クロア
    チアはセルビア人が支配する地域であるクライナ•セルビア人共和国を奪還するために
    53 Rogier Bartels, “Dealing with The Principle of Proportionality in Armed Conflict in Ret-
    rospect: The Application of The Principle in International Criminal Trials”, Israel Law Re-
    view, Vol. 46(2) (2013), p. 272.
    54旧ユーゴ紛争において、ボスニア•セルビア軍が支配領域を拡大していく中で、ムスリ
    ム人居住区が次第に孤立し飛地となったことにより、そのような飛地が国連安保理によっ
    て安全地域(Safe Area)と指定され、当該地域では国連平和維持活動(Peacekeeping Opera-
    tions: PKO)の国連保護部隊(The United Nations Protection Force: UNPROF〇R)が安全を
    提供することとなった。スレブレニツァ(Srebrenica)におけるUNPROFORとして、それ
    までのカナダ連隊と交代して1994年3月3日にオランダ大隊(約400名)が着任したも
    のの、ボスニア•セルビア軍が当該地域を1995年7月11日に制圧するに至った。これを
    受け、オランダ大隊は退避を決定し、その直後にスレブレニツァ及びその周辺においてボ
    スニア•セルビア軍によるムスリム人に対するジェノサイドが行われ、少なくともムスリ
    ム人男性約7,000人以上が殺害されたことが「スレブレニツァの虐殺」といわれるもので
    ある。藤井京子「国連保護部隊(UNPROFOR)オランダ大隊による行為の帰属一スレブレ
    ニツァ虐殺に関連するNuhanovic’事件とMustafic’-Mujic ‘事件」『NUCB journal of
    economics and information science』第 59 巻1号(2014 年)197-198 頁。
    174
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    「嵐作戦(Operation Storm)」と名付けた大規模な軍事作戦を開始した55。「嵐作戦」にょっ
    てクロアチアはクライナ・セルビア人共和国地域の奪還を果たしたが、この作戦により
    116名の文民を含む526名のセルビア人が犠牲となり、42名の文民を含む211名のクロア
    チア人が犠牲となったとされている56。この「嵐作戦」における指揮官の一人がゴトヴィ
    ナ将軍(General Ante Gotovina)であり、他の2人の指揮官とともに文民の殺害や民用物の
    恣意的な破壊等の罪で起訴された57。
    「嵐作戦」におけるKnin町に対する砲撃作戦において、クロアチア軍は2日間で少な
    くとも900発のロケットや弾薬を発射したが、ゴトヴィナらは、これらのすべての砲撃は
    合法的な軍事目標に実施したものであると主張した58 59。第1審裁判部は、軍人や戦車のよ
    うな移動する軍事目標に関し、それらに対する一部の攻撃は正当化されないものの、合法
    的な攻撃があったことも事実であると判断し、合法的な軍事目標に対する攻撃から生じた
    被害については均衡性(比例性)原則によって合法性が評価されるべきであると判断した
    第1審裁判部は、専門家の分析や目撃者や関係者の証言等を評価した結果、「識別され
    た攻撃目標の半径200 メートル以内の被害は故意になされた攻撃によるものである」と考
    えた60。第1審裁判部は、上記の200 メートルの基準や目撃者等の証言等の膨大な証拠を
    精査し、最終的に、「事前に軍事目標や目標地域として指定していたゴトヴィナらによる
    攻撃命令は、クロアチア軍自身に制約を課すものではなく、文民の居住地を故意に攻撃す
    るものであったといえる」ため、「1995年8月4日と5日のKnin町への攻撃は、町全体
    への無差別な攻撃及び文民や民用物への不法な攻撃であった」と結論付けた61。すなわ
    ち、軍事目標の半径200 メートルよりも外側に生じた被害は許容し得る付随的損害とはい
    えないため、均衡性(比例性)原則に照らして違法な攻撃であったと判断されたといえ
    る。そして、第1審判決ではゴトヴィナに24年の禁固刑が下された62。
    55 Ariav, supra note 19, p. 333.
    56 ICTY, Prosecutor vAnte Gotovina, Ivan Cermak andMladen Markad, (Case No. IT-06-
    90-T) [hereinafter “Gotovina etal Case’], Judgment in Trial Chamber I,15 April 2011,
    para. 1711.
    57他の2人は、Ivan Cermak及びMladen Markacであり、CermakはKnin駐屯部隊指揮
    官(Commander of the Knin Garrison)、Markacは特別警察を担当する内務大臣補佐(Assis-
    tant Minister of Interior)の役職に就いていた。Gotovina etal Case, Judgement Summary,
    15 April 2011;中でもゴトヴィナ将軍が「嵐作戦」における攻撃目標の決定に最も責任を
    有する人物であったとされる。Ariav, supra note19, p. 333, n. 22.
    58 Bartels, supra note 53, p. 287.
    59 Ibid., p. 272.
    60 Gotovina et al. Case, Judgement in Trial Chamber II, 15 April 2011, p. 961, para. 1898.
    61 Ibid., p. 968, para. 1911.
    62 Ibid., p. 1340, paras. 2619-2620.
    175
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    しかしながら、「ゴトヴィナ他事件」上訴裁判部においては、「第1審判決は200 メート
    ル基準(200 Metre Standard)を設けた根拠を明確にしておらず」63、「攻撃を受けた4つの
    町すべてに画一的に200 メートル基準を適用しているわけでもない」64として、明確な評
    価基準もなく均衡性(比例性)原則を評価し無差別攻撃であると結論付けた第1審裁判部
    の手法を否定するとともに第1審判決を覆し、上訴審判決ではゴトヴィナに無罪判決が下
    された65。
    上記の「ゴトヴィナ他事件」第1審判決については、2011年11月にEmory Law School
    で作戦法規に関する専門家らを招集して開催された「国際人道法講習会(the International
    Humanitarian Law Clinic)」において意見交換がなされている66。当該講習会において、専
    門家らは、「ゴトヴィナ他事件」第1審裁判部が攻撃の合法性を評価する際に均衡性(比
    例性)原則に言及しているのは正しいと認めつつも、第1審裁判部が全体的に旧来の均衡
    性(比例性)原則を中心に検討しており、攻撃時における攻撃決定者等の意図や利用可能
    な情報の分析等を十分に考慮していないとの見解を示した67。また、専門家らは、軍事目
    標を攻撃することによって得られる作戦上の影響に関する軍事目標の価値の重要性
    (importance of the target’s value)について第1審裁判部が考慮していないことも指摘して
    いる68。
    上記の見解や指摘を含め、「ゴトヴィナ他事件」第1審判決が明確な理由を示さずに均
    衡性(比例性)原則違反であると判断した点については、軍関係者だけではなく学術界に
    おいても厳しい批判がなされたため69、上訴審で争われたことは妥当であるといえるもの
    の、上訴審判決に関しても均衡性(比例性)原則に深く言及することなく第1審判決を覆
    したことに対する批判もある。この点につき、上訴裁判部が均衡性(比例性)原則に深く
    言及しなかったのは、「武力紛争時における均衡性(比例性)原則を有罪とした判例が国
    際裁判や国内裁判にも存在せず」、「均衡性(比例性)原則に関する実質的な評価要素が欠
    如していたために判断を下すことができなかった」と分析した上で、「(第1審裁判部及び
    上訴裁判部ともに)軍の指揮官の将来における行動の指針を示すことに失敗し、今後の紛
    争において文民が危険に晒される可能性が生じる曖昧さを付与してしまった」と批判的に
    評価する見解がある70。
    63 Gotovina et al. Case, Judgement in Appeals Chamber,16 November 2012, p. 20, para. 58.
    64 Ibid, p. 21,para. 60.
    65 Ibid, pp. 34, 48, paras. 98,136.
    66 Laurie R. Blank, Operational Law Experts Roundtable on the Gotovina Judgment: Mili-
    tary Operations, Battlefield Reality and the Judgment’s Impact on Effective Implementation
    and Enforcement of International Humanitarian Law, Public Law & Legal Theory Research
    Paper Series Research Paper No. 12-186 (2012), p. 2.
    67 Ibid, p.10.
    68 Ibid.
    69 Bartels, supra note 53, p. 272.
    70 Ariav, supra note 19, pp. 347-349.
    176
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    4.1.2.5その他の武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関連するICTYの
    判例
    上記に挙げた判例以外にICTYにおいて均衡性(比例性)原則に言及のあった判例とし
    て、「カ、、リッチ事件(Prosecutor v. Stanislav Galic)]が挙げられる。本件は、1992年から
    1996年まで続いたサライエヴォ包囲(Siege of Sarajevo)に関するものであり、その間、狙
    撃(sniping)及び砲撃(shelling)等により、5,604名の市民を含む14,011名の死者が発生し
    たとされている71。
    本件においてICTYの検察局は、「均衡性(比例性)原則を評価するためには、それぞれ
    の狙撃及び砲撃事件のレベルにおいて具体的かつ直接的な軍事的利益を分析するととも
    に、予防措置がとられていたか否かについても考慮することが要求される」とし、「防御
    側が攻撃の影響に対する予防措置をとっていなかったとしても、攻撃側が区別原則や均衡
    性(比例性)原則の義務から解放されるというわけではない」とする見解を示した72。
    また、「ガリッチ事件」においては、第1追加議定書第51条5項(b)の均衡性(比例
    性)原則や57条2項の攻撃の際の予防措置に関連する均衡性(比例性)原則の規定内容
    について留保を付している国家及びその内容についても言及し73、裁判所が重大な違反行
    為であることを認定するためには、第1追加議定書第85条3項(b)の規定にあるように、
    「文民の過度な死亡若しくは傷害又は民用物の過度な損傷を引き起こすことを知りなが
    ら、文民たる住民又は民用物に影響を及ぼす無差別な攻撃を行うこと」を故意に行ったこ
    とを検察側が証明しなければならないと述べられている74。しかしながら、評価基準に関
    してICTYは、「無差別攻撃に該当し得る攻撃は、文民が実際に軍事目標とされた可能性が
    あることも考慮し、これは利用可能な証拠に基づいてケース・バイ・ケースで判断され
    る」と述べるに留まっている75。換言すれば、本件においてICTYは、故意という主観的
    な要件を証明することが必要であることを認めてはいるものの、主観的要素を証明するた
    めの手段や方法等に関する明確な基準を示しているわけではないといえる。
    71サライエヴォ包囲における死亡者の詳細な人数については、1500名の子供を含む
    12,000名の市民が死亡したとするもの(フランス)、3,000名の子供及び12,000名の市民
    が死亡したとするもの(イギリス)等、各国の報道によって諸説あるが、ノルウェー外務
    省がスポンサーとなって調査した報告書では市民の死亡者数は、本文記載の数字となって
    おり報道ベースの約半数となっている。Andy Wilcoxson, Civilian Death Toll of Sarajevo
    Siege’ Grossly Over-Stated, April1,2010, Available at http://www.slobodan-milose-
    vic.org/news/smorg_rch040110.htm#_ftn3 (last visited Dec. 2016).
    72 ICTY, Prosecutor v. Stanislav Galic, (Case No. IT-98-29-T), Judgement in Trial Cham-
    ber I, 5 December 2003, p. 36, para. 37.
    73 Ibid., para. 58.
    74 Ibid, paras. 59-60.
    75 Ibid.
    177
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    その他、事件の詳細については省略するが、ICTYにおいて均衡性(比例性)原則に言
    及のあった判例として、「ブラスキッチ事件(Prosecutor v. Tihomir Blaskic)] 76、「ミルテ
    イノビッチ他事件(Prosecutor v Milan Milutinovic et al)]77、「ジョルジェビッチ事件
    (Prosecutor v. Vlastimir Dordevic) ] 78等が挙げられる。ICTYは、これらの判例におい
    て、均衡していない武力の行使(disproportionate force)あるいは過度な武力行使(excessive
    force)が用いられた事例であると結論付けたものもあるが、「ゴトヴィナ他事件」第1審判
    決のように当該結論に至った経緯を詳細に示してはいない79。
    上記のようにICTYの判例においては、武力紛争時における均衡性(比例性)原則につ
    いて言及されているものがあるものの、直接的に武力紛争時における均衡性(比例性)原
    則について法的判断を下しているものは「ゴトヴィナ他事件」第1審判決を除きほとんど
    みられない。この理由の一つとしては、「マルティッチ事件」において考察したように、
    均衡性(比例性)原則がICTY規程第2条の国際的武力紛争にのみ適用される「ジュネー
    ヴ諸条約」の重大な違反行為に規定されているために、ほとんどのケースにおいて第1追
    加議定書第51条5項(b)に規定する均衡性(比例性)原則に法的判断を下すことがICTY
    の管轄権を超えてしまう可能性があるためであることが考えられる。
    また、「ゴトヴィナ他事件」から考察されるように、武力紛争時における均衡性(比例
    性)原則に関する判例が過去に存在せず、実質的な評価要素が明確にされていないことか
    ら、均衡性(比例性)原則に反すると考えられる攻撃であっても明確な基準を示すことに
    消極的になることも考えられる。もっとも、「ゴトヴィナ他事件」第1審判決が均衡性
    (比例性)原則に関する明確な基準や証拠を示すことなく攻撃を違法なものとして判断し
    たことに対しては大きな批判を受けたため、なおさら、今後均衡性(比例性)原則に対す
    る評価を下す際には、他の裁判所等への影響等も考慮して明確な基準等を示すことに慎重
    にならざるを得ないであろう。
    4.1.3 『NATO空爆調査委員会最終報告書』
    先述のとおり、ICTYは旧ユーゴスラヴィア領域内で生起した紛争における国際人道法
    の重大な違反について責任を負う者を訴追し判決を下すことを主とする組織であるが、
    NATO軍が1999年に実施した空爆作戦(Operation Allied Force)に関する調査報告書であ
    76 ICTY, Prosecutor v TihomiriBlaskic, (Case No. IT-95-14-A), Judgement in The Ap-
    peals Chamber, 29 July 2004, pp.152-153, paras. 439-441.
    77 ICTY, Prosecutor v Milan Milutinovic et al, (Case No. IT-05-87-T), Judgement in Trial
    Chamber, 26 February 2009, p. 350, para. 920.
    78 ICTY, Prosecutor v Vlastimir Dordevic, (Case No. IT-05-87/1-T), Judgement in Trial
    Chamber II, 23 February 2011, pp. 140, 814-821, paras. 378-379, 2052-2069.
    79 See Rogier Bartels, Prlic et al: The Destruction of the Old Bridge of Mostar and Propor-
    tionality, EJIL: Talk!, July 31 2013, Available at, http://www.ejiltalk.org/prlic-et-al-the-de-
    struction-of-the-old-bridge-of-mostar-and-proportionality/ (last visited Dec. 2016).
    178
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    る『NATO 空爆調査委員会最終報告書(77&/ Report to the Prosecutor by the Committee
    Established to Review the NATO Bombing Campaign Against the Federal Republic of Yu-
    gos/ai)』を2000年に作成している80。これは、ICTY規程第18条1項に「検察官は、
    職権によってまたはあらゆる情報源(政府、国連の機関、政府間組織及び非政府団体)か
    ら(中略)受領しまたは入手した情報を評価し、捜査を進める十分な根拠があるか否かを
    決定する」という規定を根拠にしたものであるとされる81。
    NATOによる空爆作戦(Operation Allied Force)は、1999年3月24日から6月10日ま
    での間、旧ユーゴスラヴィアのコソヴォ(Kosovo)自治州及びヴォイヴォディナ(Vojvodina)
    自治州、セルビア(Serbia)及びモンテネグロ (Montenegro)に対して行われた。当該作戦に
    おいて、攻撃出撃飛行(strike sorties)10,484回を含む、戦闘出撃飛行(combat sorties)が
    38,000回実施され82、NATO側は有人機5機、無人機22機を失ったが戦死者は皆無であ
    ったとされる。旧ユーゴ側は、軍および軍事施設の甚大な損害のほか約500名の民間人が
    死亡し、多くの民間施設が破壊されたものの、軍事史上最も正確で民間人への付随的被害
    が最も少ない空爆作戦であったとされている83。しかしながら、いくつかの空爆において
    国際人道法に反する可能性のある事例がみられたため、ICTYの検察局(Office of Prosecu-
    tion )が評価委員会(committee to assess)を設立し、これらを訴追する必要があるか否かに
    ついて評価したものが『NATO空爆調査委員会最終報告書』である。
    以下では、当該報告書における武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する評価
    及び事例における実際の適用手法等に関して概観する。
    4.1.3.1 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する評価
    評価委員会によってまとめられた『NATO空爆調査委員会最終報告書』の構成は、前段
    部分に「一般的な論点(General Issues)」として、環境被害、劣化ウラン弾、クラスター弾
    及び軍事目標や均衡性(比例性)原則について総論的に記載されており、後段部分に「個
    80 ICTY, Final Report to the Prosecutor by the Committee Established to Review the
    NATO Bombing Campaign against the Federal Republic of Yugoslavia [hereinafter “NATO
    Bombing Campaign Final Report” (2000), para. 52, Available at
    http://www.icty.org/x/ file/About/OTP/otp_report_nato_bombing_en.pdf (last visited Dec.
    2016).
    81 Ibid, para. 3.
    82 See Amnesty International, NATO/ Federal Republic of Yugoslavia ‘Collateral Damage’
    or Unlawful Killings? Violations of the Laws of War by NATO during Operation Allied
    Force (2000), Available at https://www.amnesty.org/en/documents/EUR70/018/2000/en/
    (last visited Dec. 2016).
    83 NATOの統合参謀本部は、「(旧ユーゴスラヴィアへの航空作戦は)歴史上、最も正確
    かつ最も付随的損害の少ない航空作戦であった」と主張している」。Chairman of the Joint
    Chiefs of Staff, Joint Statement on the Kosovo After Action Review, Secretary of Defense
    William S. Cohen and General Henry H. Shelton, before the United States Senate Armed
    Services Committee, 14 October 1999.
    179
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    別事例(Specific Incidents)」として、各論的に個々の事例について検討がなされている。
    前段部分において、武力紛争時における均衡性(比例性)原則については、以下のとおり
    記載されている。
    「均衡性(比例性)原則の主な問題は、当該原則が存在するか否かではなく、それが何を意味し、どの
    ように適用されるかである。合法的な攻撃による破壊の効果と好ましくない付随的損害との関係が均衡す
    るものでなければならないと述べるだけなら簡単である。例えば、難民キャンプ内にいる人が戦闘員のた
    めに靴下を編んでいることのみが軍事的必要性である場合、当該難民キャンプへの砲撃は明らかに禁止さ
    れる。反対に、弾薬の集積場の付近で農民が野原を耕していることを理由として、当該弾薬集積場への空
    爆が禁止されることはない」84
    上記を踏まえた上で、均衡性(比例性)原則を実際に適用する際の評価基準は大部分が
    不明確であると記載されている85。また、均衡性(比例性)原則を適用する際に解決され
    ていない問題として、以下を提示している。
    a・何が軍事的利益と付随的損害に該当する価値に関連するものであるか
    b・何が総合的な評価において含まれ、排除されるのか
    c. 何が時間的あるいは空間的な評価基準であるのか
    d. 攻撃決定者は付随的損害を局限するためにどの程度自軍を危険に晒さなければならないのか86
    評価委員会は、上記の問題はケース・バイ・ケースで判断されなければならず、攻撃決
    定者の背景や価値観によっても異なることが予想されるとしている。また、均衡性(比例
    性)原則に関連する要素の評価は、「分別のある軍の指揮官(reasonable military com-
    mander)」によってなされなければならないとした。
    なお、上記の評価委員会が挙げた均衡性(比例性)原則適用の際の論点については、フ
    エンリック(William J. Fenrick)ら一部の国際法学者が指摘している論点と類似する点があ
    る87。もっとも、フェンリックはカナダ軍の法務官であったが、1994年から2004年まで
    84 NATO Bombing Campaign Final Report, para. 48.
    85 Ibid.
    86 Ibid, para. 49.
    87フェンリック(William J. Fenrick)は、自身の論文において均衡性(比例性)原則を適用
    する際に残されている論点として以下を提示している。
    a・誰がある状況における均衡性(比例性)原則の適用に関する決定を下すべきか
    b. 何が比較され、何が比較の基準であるか
    c. 何が軍事的利益と付随的損害に該当する価値に関連するものであるか
    d・何が総合的な評価において含まれ、排除されるのか
    e. 何が時間的あるいは空間的な評価基準であるのか
    f. 攻撃決定者は付随的損害を局限するためにどの程度自軍を危険に晒さなければならないのか
    180
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    はICTYの検察局法律顧問を務めていたため、評価委員会における均衡性(比例性)原則
    の解釈はフェンリックの見解に近いものであることは自明であるといえる。しかしなが
    ら、ICTY規程第16条2項によれば、ICTYの検察官は「いかなる政府からもまたは他の
    いかなる者からも指示を求め、または受けてはならない」とされていることから88、カナ
    ダを含むNATO諸国からの指示や要望を受けて恣意的に評価したものではないことは明
    らかである。また、『NATO空爆調査委員会最終報告書』は、公平な見地からNATOの空
    爆に関する証拠や証言をもとに訴追の必要性を評価したものであることを考慮すると、軍
    事的必要性及び人道の考慮のいずれかを重視するような偏ったものではなく、国際社会に
    共通して将来的に明らかにしていかなければならない論点であり、攻撃の合法性を判断す
    る際に考慮しなければならないものであるといえる。
    『NATO空爆調査委員会最終報告書』の「一般的な論点(General Issues)Jにおいては、
    自然環境破壊(D amage to the Environment)のトピックを一番目に取り上げており89、武力
    紛争時における自然環境保護に対する関心が高いことが窺える。報告書によれば、NATO
    軍による空爆によって化学工場や石油関連施設に被害が生じた結果、一定程度の自然環境
    破壊が生じたとされている90。
    報告書においては、まず第1追加議定書における自然環境保護に関する規定である第35
    William J. Fenrick, “Applying IHL Targeting Rules to Practical Situations: Proportionality
    and Military Objectives”, Windsor Yearbook of Access to Justice, Vol.27, No. 2 (2009), p.
    279 ;上記のフェンリックが挙げた論点のc.~f・は、ICTY最終報告書におけるa.~d.と全く
    同文である;
    また、イギリスのロジャーズは、攻撃決定者等が考慮すべき要素として以下を提示して
    いる。
    a.目標の重要性及び状況の緊急性
    b・目標に関する情報(例えば、何をしているか又は何をしそうか、何のために又はいつ用いられるか
    等)
    c.どの武器が利用可能か(指向距離、正確性及び効果を及ぼす範囲)
    d・目標を攻撃する際の正確性に影響する条件(地形、天候、昼夜の別等)
    e・付随的損害に影響を及ぼす要素(目標の近傍にいるおおよその文民及び民用物、又は彼らの居住す
    るその他の保護される目標や地域、又は攻撃の結果生じ得る危険の可能な限りでの公表等)
    f・様々な選択肢が採れる状況下における自軍に対するリスク
    A. P. V. Rogers, “Zero-casualty warfare”, International Review of the Red Cross, Vol.82,
    No. 837 (2000), p.176 ;上記f・の自軍に対するリスク(部隊の安全)は、ICTY最終報告
    書d•及びフェンリックのf.と類似した内容であるが、ロジャーズはこれを論点ではなく攻
    撃決定者が考慮すべき要素としている点で異なる。なお、ロジャーズによる上記の考慮要
    素は、イギリスの軍事マニュアルに、ほぼそのまま採用されている。本稿第3章148頁
    (注130)参照。
    88 ICTY規程第16条2項
    「検察官は、国際裁判所とは別個の機関として独立して行動する。検察官は、いかなる政府からもまたは
    他のいかなる者からも指示を求め、または受けてはならない」。
    89 NATO Bombing Campaign Final Report, paras. 15-25.
    90 Ibid., para. 14.
    181
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    条及び第55条1項の「広範、長期的かつ深刻な」という文言等についての検討がなされて
    いる。評価委員会は、第1追加議定書の「広範、長期的かつ深刻な」という基準は累積的な
    要件であることを示し、「長期的」を数か月でなく数年で評価する必要があるとした91。ま
    た、当該報告書においては、第1追加議定書第55条1項が慣習法を反映しており、同条が
    慣習国際法になりつつあると述べられている92。
    しかしながら、それらを踏まえた上で、評価委員会は、利用可能な情報からはNATOの
    空爆に伴う自然環境破壊が第1追加議定書の自然環境に対する「広範、長期的かつ深刻な」
    損害という敷居(threshold)に達していないと判断した93。また、「得られる軍事的利益と自
    然環境への付随的損害の価値を評価することは困難であり」、「均衡性(比例性)原則を適用
    する際には、付随的損害との比較において軍事目標の重要性を評価することが重要である」
    として、「軍事目標が極めて重要であるならば、かなりの程度の自然環境の破壊が正当化さ
    れる」ことが示された94。そして、評価委員会は、「決定的な問題は、どのような種類の自然
    環境破壊が過度であるとみなされ得るのかであるが、残念なことに慣習法の均衡性(比例性)
    原則(customary rule of proportionality)はこれに関する具体的な指針を持ち合わせていない」
    と判示した95。
    さらに、報告書では1998年に採択されたばかりのICC規程第8条2項(b)(iv)における
    「明らかに過度」な自然環境破壊についても言及し、「自然環境の『過度な』破壊という概
    念は不明確であり、NATOの空爆による現在及び将来における実際の自然環境への影響に
    ついては現時点では不明であり推測することも困難である」96として、第1追加議定書、慣
    習国際法及びICC規程のいずれにおいてもNATO空爆における自然環境破壊について捜
    査を開始するべきではないとの判断を下した97。
    上記の『NATO空爆調査委員会最終報告書』における自然環境破壊について下された判
    断から言えることは、第1追加議定書については「広範、長期的かつ深刻な」損害はすべて
    の要件を加重的に満たすことが必要となるため当該敷居を超えるとみなされる攻撃は限定
    的となること、また、慣習法の均衡性(比例性)原則すなわち人道の基本原則等を反映した
    均衡性・(比例性)原則が適用されるとしても具体的な指針を持ち合わせていないために判断
    することが不可能であることが示されたといえる。加えて、ICC規程第8条2項(b)(iv)に
    91 Ibid, para.15.
    92瀬岡直「戦争法における自然環境の保護一環境変更禁止条約及び第一追加議定書とその
    後の展開」『同志社法學』第55巻1号(2003年)234頁。
    93 NATO Bombing Campaign Final Report, para.17.
    94 Ibid, para.19.
    95 Ibid, para. 20.
    96 Paolo Benvenuti, “The ICTY Prosecutor and the Review of the NATO Bombing Cam-
    paign against the Federal Republic of Yugoslavia”, European Journal of International Law,
    Vol.12 No. 3 (2001),p. 511; NATO Bombing Campaign Final Report, para. 23.
    97 Ibid,, para. 25.
    182
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    おける「明らかに過度」な自然環境破壊については評価基準等が不明確であるために評価す
    ることが困難であることが示されたといえる。
    本件に関わらず、自然環境保護に関する均衡性(比例性)原則についてはケース・バイ・
    ケースで判断せざるを得ないと考えられるが、少なくともある攻撃が自然環境保護に関す
    る国際法違反であることを明確に判断することは困難であり、捜査を開始したとしても立
    証することが容易ではないことが本件において露呈されたといえるであろう。
    『NATO空爆調査委員会最終報告書』の前段部分が一般論として評価委員会の見解を述
    べているのに対し、後段部分においては、5つの個別の事例を挙げ各個に攻撃の合法性及
    び捜査対象とすべきか否かを評価している98。以下では、特に武力紛争時における均衡性
    (比例性)原則との関連性が高いと考えられる3つの事例を取り上げて概観する。
    4.1.3.2 グルデリツァ峡谷(Grdelica Gorge)における列車への攻撃
    『NATO空爆調査委員会最終報告書』において取り上げられた各個の事例の1つとし
    て、「橋梁(bridge)」に関する区別原則や列車に乗車していた文民の付随的損害に関する評
    価を下した「1999年4月12日のグルデリツァ峡谷における文民乗車列車への攻撃(The
    Attack on a Civilian Passenger Train at the Grdelica Gorge on 12/4/99)」がヾある。
    当該事例は、1999年4月12日、東部セルビアのグルデリツァ(Grdelica)峡谷と南モラ
    ヴァ(Juzna Morava)川にかけられたレスコヴァツ(Leskovac)鉄橋に対し、NATO軍の航空
    機が2発のレーザー誘導弾を発射し、その時に橋梁(鉄橋)を渡っていた5両編成の列車
    に被害を与えた事例である99。正確な被害者数は、報告書によって差異があるため不明で
    あるが、少なくとも10名の死者と15名の文民負傷者が発生したとされている100。
    この件について、ハムレ(John Hamre)米国防副長官は、「我々のミサイルが鉄橋に狙い
    をつけたときに列車が丁度到達してしまったのであり、我々は決して列車の破壊や乗客を
    死傷させることを望んでいたわけではない。我々は鉄橋を破壊することを望んでいただけ
    であり、この出来事を遺憾に思う」と述べ、列車を攻撃したことが故意ではなかったこと
    を弁明した101。NATOのクラーク(Wesley Clark)欧州連合軍最高司令官は、記者会見にお
    いてさらに詳細に以下のとおり述べている。
    98本文で取り上げた3つの事例以外の2つは、「1999年5月7日の中国大使館への攻撃
    (The Attack on the Chinese Embassy on 7/5/99)」及び「1999 年 5 月13 日の Korisa 村へ
    の攻撃(The Attack on Korisa Village on 13/5/99)」である。前者は、誤情報に基づいて攻
    撃したことが論点であり、後者は人間の盾に関するものが主要な論点であるが、いずれも
    ICTYとして捜査すべき対象ではないと結論付けられている。1bid., paras. 80-89.
    99 Ibid., para. 58.
    100 Ibid.
    101 Ibid., para. 59.
    183
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    「この出来事は、セルビアの統合通信ネットワークの一部である鉄橋を攻撃することを命ぜられたパイ
    ロットが鉄橋を視認できない数マイル離れた航空機からミサイルを発射した事例である。私が当該作戦に
    直接従事するアヴィアーノ軍(Aviano)に語ったように、パイロットは指示された鉄橋の攻撃ポイントを食
    入るように凝視し続け、弾着まで正に一秒を切った瞬間突然スクリーンに動く光が入ってきたのであり、
    それが列車だったのである。不幸にも、ミサイルがロックされ目標に向かっていたために、その時点でミ
    サイルを無力化することは彼にはもはや不可能であった。この出来事は、パイロットにとっても乗組員に
    とっても我々全員にとっても非常に悔やまれる残念な出来事であった。我々は間違いなく付随的損害
    (collateral damage)が生起することを望んではいなかった。パイロットの任務は鉄橋を破壊することであ
    ったが、鉄橋には命中せずに列車に当たったことが判明した。鉄橋は比較的長い橋であり、パイロットは
    まだ任務を遂行しなければならないと思ったため、彼は旋回して再度鉄橋に狙いを定めた。パイロット
    は、列車が来た方向とは反対の鉄橋の端に狙いを定めたものの、ミサイルが近接した時には鉄橋が煙幕で
    覆われており、命中する寸前に第一撃の衝撃により列車の一部が鉄橋を通過するように前方に押し出され
    てしまうという予測不能な(uncanny)出来事によって、鉄橋の反対側を攻撃したことが列車に追加被害を
    引き起こすこととなってしまった」102
    クラーク司令官は上記のとおり弁明し、当該航空機のコックピットの録画映像(gun
    camera video)を見せながら順を追って解説を加えた103。
    上記のクラーク司令官の弁明を武力紛争に適用される基本原則ごとに整理すると、区別
    原則に関しては、橋梁(鉄橋)がセルビアの統合通信ネットワークの一部となっていたた
    め合法な軍事目標であり、均衡性(比例性)原則に関しては、1発目は突然列車が視界に
    入ってきたため、2発目は予期できない列車の動きにより生じた予測することが不可能で
    あった付随的損害であるため均衡性(比例性)原則違反とはならず、予防措置に関して
    は、1発目は無力化することが既に不可能であったために不可抗力であり、2発目は鉄橋
    の反対端を狙ったことにより実行可能な予防措置をとったという見解に立っているものと
    考えられる。
    上記のクラーク司令官等による弁明や関連する資料等に基づき、評価委員会は以下のと
    おり判断した。
    102 Ibid.
    103 Ibid.;当該映像に関し、ドイツのウエンツ(Ekkehard Wenz)によって、技術的観点から
    実際よりも早く流され、判断するための時間的余裕がもう少しあったのではないかという
    疑問や当該航空機(F15E Strike Eagle)の乗組員は2名でありパイロットではなく武器管制
    官(Weapons Systems Officer: WSO)が攻撃を決定するのではないかという疑問点が呈され
    たものの、ICTYはこの疑問点について、高速で飛行する航空機において同時に様々な作
    業を実施するパイロットとwsoのどちらであっても判断する時間的余裕は少なく、仮に
    列車を意図的に狙うとしてもそれが不可能であると判断した。Ibid., paras. 60-61.
    184
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    「橋梁(鉄橋)が合法的な軍事目標であることは委員会としての意見である104。列車の乗客は故意に目
    標とされたのではない。パイロット若しくは武器管制官(Weapons Systems Officer: WSO)いずれかのミサ
    イル管制者は、鉄橋を狙って発射した1発目のミサイルが飛翔中の極めて短時間に列車が近づいていたこ
    とを認識できなかった。2発目が鉄橋に向けて発射されたとき、列車は約50mの長さの鉄橋上にあった。
    委員会の見解では、1発目の攻撃に関する資料は捜査開始の十分な根拠にはならない。2発目の攻撃につ
    いては、パイロット若しくはWSOによる無分別な(recklessness)ものであったか否かに関して委員会の見
    解は分かれた。委員会は、当初、規定に従って捜査の開始に合意してはいたものの105、結果的に本件につ
    いては捜査すべきでないと判断した。指揮官の責任については、指揮系統の上司にあたる者の刑事責任を
    問うための捜査が必要であると結論付ける資料は存在しない、というのが委員会の見解である。利用可能
    な資料に基づいた委員会の意見としては、グルデリツァ(Grdelica)峡谷における列車への攻撃は、検察局
    (Office of the Prosecutor)によって捜査されるべきではないというものである」106
    104 「橋梁」が軍事目標となるか否かについては、国際法学者間でも見解が異なってお
    り、ボーテ(Michael Bothe)は、通橋することにより前線に物品が補給されることが確実な
    場合に限り、橋梁が攻撃対象になり得ると述べている。Michael Bothe, “The Protection of
    the Civilian Population and NATO Bombing on Yugoslavia: Comments on a Report to the
    Prosecutor of the ICTY”,European Journal of International Law, Vol.12 (2001),p. 534;
    これに対し、ディンスタイン(Yoram Dinstein)は、橋梁を破壊することは、軍隊や軍需品
    の輸送を妨害するのに効果的であるため、軍事目標であるか否かを判断するに際して、必
    ずしも仕向地が前線である必要はないと反論している。また、橋梁はそれ自体で軍事目標
    となるのではなく、学校と同様にもっぱら実際の状況次第で軍事目標になるとするハンプ、
    ソン(Francoise Hampson)やカールスホーフェン(Frits Kalshoven)らの見解に対しても、デ
    インスタインは、橋梁を学校に例えるのはまやかし(meretricious)であるとして異を唱えて
    いる。ディンスタインによれば、学校は、軍事利用されるという例外的な状況によっての
    み軍事目標となる一方、橋梁は、通常(その性質、位置、用途又は使用によって)軍事目
    標とみなされ、軍事利用される可能性すらない例外的な状況においてのみ、軍事目標とし
    ての地位を喪失すると述べられている。Francoise Hampson, “Proportionality and Neces-
    sity in the Gulf War”,R. Gutman, D. Rieff (eds.), Crimes of War: What the Public Should
    Know(W. W. Norton & Company, 1999), pp. 45-49; Frits Kalshoven, Constraints on the
    Waging of War (ICRC, 1987), pp. 100-101; Yoram Dinstein, “Legitimate Military Objec-
    tives Under The Current Jus In Bello”,Naval War College International Law Studies,
    V01.78 (2002), p.151;なお、橋梁が軍事目標として許容されるか否かに関しては、1999
    年5月30日にセルビアにあるヴァルヴァリン(Varvarin)橋への空爆による付随的損害とし
    てドイツ連邦共和国に慰謝料を要求したドイツの国内裁判においても争われている。ドイ
    ツ連邦最高裁は、「武力紛争の場合、橋梁は真つ先に潜在的軍事目標とされる。問題の橋
    梁(ヴァルヴァリン橋)は、たしかに幹線交通路ではないが、コソヴォに達する道路網の
    一つであった。それゆえ、当該橋梁は他の優先的に利用される交通路が破壊された場合、
    少なくとも小規模の部隊と物資をコソヴォへ輸送することに潜在的に適していた。したが
    って、この観点においても、万一を考えて橋梁を軍事目標リストに採用することを恣意的
    (willkurlich)かつ全く不当な(Vollig unvertretbar)ものとみなすことはできない」として、
    橋梁の軍事目標としての合法性を肯定している。山手治之「NATOユーゴ空爆被害者の
    対独損害賠償請求訴訟(2)ードイツ国内裁判所のヴァルヴァリン事件判決」『立命館法学』
    第 314 号(2007 年)251頁。
    105 See NATO Bombing Campaign Final Report, para. 5.
    106 Ibid., para. 62.
    185
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    上記の評価委員会による見解は、1発目については当然に、2発目の攻撃についてもク
    ラーク司令官等の弁明を概ね認めた上で、捜査の対象とはならないことを示しているとい
    える。均衡性(比例性)原則に関しては、攻撃決定者が予測していなかった列車の動きに
    より生じた付随的損害であったことが認められたため、考慮の対象とはされなかったとい
    える。すなわち、列車の動きを予測できなかったという攻撃決定者の主観的要素が評価委
    員会によって客観的に認められたことにより均衡性(比例性)原則違反に問われなかった
    といえる。評価委員会が客観的に判断した根拠として、高速で飛行する航空機のパイロッ
    卜やwsoには時間的余裕が少ないことを挙げたように107、攻撃決定者等がその時に置か
    れている状況は重要な評価要素であるといえる。また、この『NATO空爆調査委員会最終
    報告書』の見解によれば、『AMWマニュアル』において示された「後になってから判明し
    た事実に基づいて判断されるべきではない」108という解釈が適用されたといえる。
    これらのことから、評価委員会は人道の考慮に偏重することなく、軍事作戦における特
    性や能力的な限界も均衡性(比例性)原則等の評価基準として十分考慮していると考えら
    れる109。
    4.1.3.3 ジャコヴィツァ護送団(Djakovica Convoy)への攻撃
    次に、『NATO空爆調査委員会最終報告書』において取り上げられた事例として、空爆
    時の高度と区別原則に関する評価を下した「1999年4月14日のジャコヴィツァ護送団へ
    の攻撃(The Attack on the Djakovica Convoy on 14/4/99)」がある。
    当該事例は、1999年4月14日、コソヴォのジャコヴィツァ(Djakovica)からプリズレン
    (Prizren)まで続く街道において、多くの女性、子供及び老人を含むアルバニア避難民の護
    送団がNATO軍による攻撃を受けた事例である。最初の攻撃では移動中の1,000名以上
    の避難民が空爆を受け12名の文民が犠牲となり、護送団を離れ付近の民家等に救助を求
    めようとした人々もいたが彼らも標的とされ、さらに7名の犠牲者が生じた。その後も
    NATOによる空爆は継続され、トレーラー付きのトラクターが破壊されたことにより乗っ
    ていた20名の避難民も犠牲となった。結果的に、本事例において70から75名が死亡
    し、およそ100名が負傷したとされている110。
    107 Ibid., paras. 60-61.
    108本稿第3章126頁参照。
    109この件に関する評価委員会の見解に対し、人道の考慮を最優先するアムネスティ・イ
    ンターナショナルは、パイロットが文民の犠牲者の発生に関係なく橋梁を破壊することを
    任務として認識していたことを理由として均衡性(比例性)原則の要件に違反している可
    能性があったとして批判的な見解を示している。Judith Gardam, Necessity, Proportionality
    and the Use of Force by States (Cambridge University Press, 2004), p.120; Amnesty Inter-
    national, supra note 82, p. 33.
    110 NATO Bombing Campaign Final Report, para. 63.
    186
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    NATO側は、ユーゴスラビア特殊警察部隊(Yugoslav Special Police Forces)が民族浄化
    作戦を当該地域で実施するという情報を事前に入手しており、ジャコヴィツァからプリズ
    レンまでの街道はユーゴスラビア陸軍と特殊警察部隊の重要な兵站ルートとなっていたこ
    とが当該空爆の理由であったと述べた。また、NATO軍の攻撃目標には、軍や特殊警察部
    隊の輸送隊のほか、民族浄化作戦として民間人の家に火をつけようとする者も含まれてい
    た。攻撃の際、NATO軍のパイロットは、15,000フィート(約5 km)の高度から肉眼で
    目標を確認したと主張している111。また、NATO軍は、空爆時の高度においては、肉眼に
    よって大きさ、形、色等を含めて軍用車両と認識し得る特徴がみられたほか、セルビア軍
    が民間車両を利用することがあるという情報もあったこと等を挙げて弁明した111 112。
    本件に関して、評価委員会は、「文民が故意に攻撃されたのではない」との見解を示す
    とともに、「陸上の対空部隊から攻撃を受けない高度から作戦を行うことは違法なことで
    はないが、高高度から輸送団が軍用車両であるか民間車両であるか区別することは困難で
    ある」との見解を示した113。さらに、「低高度の場合は早い段階で軍事目標を確認できる
    メリットはあるが、本件では搭乗員や指揮官が予防措置違反として訴追するほどまで無分
    別な(recklessness)高度であったとはいえない」として、本件が訴追の対象として捜査され
    るべきではないとの結論に至った114。
    本件は、肉眼では目標を確認することが困難な高高度から攻撃を実施し、結果として軍
    事目標ではない文民を攻撃したことにより文民の犠牲者が生じた事案である。国際人道法
    に関しては、軍事目標ではない文民を攻撃したことにより区別原則違反、又は均衡性(比
    例性)原則の不可分の一部である攻撃の際の予防措置違反に問われる可能性があったと考
    えられる。評価委員会が示したように、低高度からの攻撃であれば目標の識別が容易であ
    り区別原則違反あるいは予防措置違反に問われる可能性は少なくなるといえる。しかしな
    がら、低高度においては、陸上にある対空砲からの射程圏に入ることにより部隊の安全が
    確保できないこととなる。すなわち、攻撃側にとって、国際人道法の遵守と部隊の安全の
    確保という共に達成すべき目的がトレードオフの関係になるジレンマが生じるといえる。
    本件は、均衡性(比例性)原則の一つである攻撃の際の予防措置に言及することによ
    り、部隊の安全をどの程度軍事的利益に含めるかという武力紛争時における均衡性(比例
    性)原則に影響を及ぼす要素について評価を下したものといえる。もっとも、本件におい
    て15,000フィートという高度からの攻撃が予防措置違反に問われないと判断されたからと
    いって、他のケースにおいてもこの高度がすべて違法とならないと解釈し得るものではな
    い。本件とは異なるケースにおける状況や事前の情報の有無等の様々な要素によって、ケ
    111 Ibid., para. 64.
    112 Ibid., para. 67.
    113 Ibid., para. 69.
    114 Ibid., para. 70.
    187
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    ース・バイ・ケースで15,000フィートの高度からの攻撃が国際人道法違反となることは十
    分にあり得る。このことは、本件の後の5月7日にNATO軍が目標識別に関する交戦規
    則(rules of engagement: ROE)を変更し、8,000フィートまで高度を下げて文民がいないこ
    とを肉眼で確認し、再度15,000フィートまで高度を上げるようにパイロットに要求したこ
    とからも理解できるように115、NATO軍も十分認識しているといえる。
    4.1.3.4 セルビアのラジオ・テレビ局(RTS)への攻撃
    『NATO空爆調査委員会最終報告書』において、区別原則及び均衡性(比例性)原則に
    関する評価を下した事例として「1999年4月23日のベオグラードにおけるセルビアのラ
    ジオ・テレビ局への攻撃(The Attack on the RTS (Radio Televisija Srbije) in Belgrade on
    23/4/99)」がある。
    当該事例は、1999年4月23日、ベオグラード中心部にある国営放送局である
    RTS(Radio Televisija Srbije: Serbian Radio and TV Station)に対し NATO 軍が意図的に空
    爆した事例である。ミサイルはRTSの入り口付近に命中し、正確な犠牲者数は不明である
    が10名から17名が犠牲になったとされる116。
    本事例においては、①テレビ局が合法的な軍事目標であるのか否か、②合法な軍事目標
    であるならば、テレビ局の破壊という軍事的利益に均衡する文民の犠牲者数はどのくらい
    か、という2つの論点が挙げられた117。換言すれば、区別原則に関する論点が上記①であ
    り、均衡性(比例性)原則に関する論点が上記②であるといえる。
    ①の区別原則に関して、NATO軍は、当該RTSというテレビ局が軍用と民用の二重用
    途(dual use)に用いられており、軍の指揮・統制・通信機能であるC3 (Command, Control
    and Communications)の一部として重要な役割を果たしていたために合法的な軍事目標で
    あったと公式に発表した118。また、NATO軍は、「我々は、セルビアの文民を目標とした
    のではなく、ミロシェビッチ大統領(President Milosevic)個人を標的にしたのでもない。
    我々は、軍と治安部隊の運用に供される指揮・統制システムを攻撃したのである」と弁明
    した上で、RTSがミロシェビッチ大統領による統制の基盤となるプロパガンダを流す重要
    な役割を果たしていたことについても言及した119。
    これらのNATO軍の見解に対し、評価委員会は、「政府のプロパガンダを途絶させるこ
    とは文民や軍隊の士気を喪失させることに寄与するが、それだけを理由に民間施設を攻撃
    115 Amnesty International, supra note 82, p.17.
    116 NATO Bombing Campaign Final Report, para. 71.
    117 Ibid., para. 75; Andreas Laursen, “NATO, the War Over Kosovo, and the ICTY Investi-
    gation”, American University International Law Review, Vol.17, No. 4 (2002), p. 779-780.
    118 NATO Bombing Campaign Final Report, paras. 72-73.
    119 Ibid., para. 74.
    188
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    することは第1追加議定書の『軍事活動に効果的に資する物』や『明確な軍事的利益』の
    要件を満たすものではない」として120、プロパガンダを途絶させることだけが目的である
    場合には、テレビ局が合法的な軍事目標となる可能性が低いことを示した。その上で、
    「NATO軍がプロパガンダを途絶させることを狙いとしてRTSを軍事目標としたこと
    は、セルビア軍の指揮・統制システムを不能にするという第1の目的に付随したものであ
    る」と述べ121、テレビ局等の施設は旧ユーゴ軍に統合された重要な指揮・統制システムで
    あり、軍事的観点からは戦略的な通信ネットワークに不可欠な部分を構成していたとの評
    価を下している122。すなわち、評価委員会は、RTSが軍民両用に使われていたテレビ局で
    はあるが軍事的な通信手段として重要な役割を果たしていたことを理由に軍事目標として
    合法であると解釈し、NATO軍による空爆が正当なものであったと判断したといえる。
    上記のように、本件では①の区別原則の論点に関して、テレビ局のような通常民間使用
    に供される施設であっても軍の通信手段を担っていた場合には合法的な軍事目標となるこ
    とを示したといえる。なお、テレビ局のような施設が合法的な軍事目標となり得ることに
    関しては、第3章で述べた米海軍マニュアルNWP1-14M 8.2.5の軍事目標のリストにおけ
    る「••・軍事目的に使用される敵国の通信線(中略)も適切な攻撃目標に含まれる」という
    記述にあるように、米軍(NATO軍)はテレビ局が敵国の通信に使用されていたために合
    法的な軍事目標であると考えていたといえる。また、第2章で述べた1956年の「ICRC規
    則案」においても「ラジオ・テレビ施設、電信・電話交換局」等の通常は民生の目的に使
    用されるいわゆる混合目標が「軍事的に重要な地位」を占めるときには軍事目標となり得
    ることが明記されていたように、当該規則案が最終的には採用されなかったとはいえ人道
    の考慮を重視するICRCでさえも一定の場合にはテレビ局が軍事目標となることを認めて
    いるといえる。したがって、テレビ局が合法的な軍事目標となるという見解は、本件によ
    って新たに解釈が加えられたのではなく、従来から存在する解釈を実際の事例において評
    価したものであるといえる。
    他方、②の均衡性(比例性)原則について評価委員会は、証言や証拠に多少矛盾する点
    があったものの、RTSが攻撃される前に西側の報道関係者がテレビ局から退避する指示を
    受けていたことや旧ユーゴ側がRTSに対する空爆が差し迫っていたことを認識していたに
    もかかわらず被攻撃の際の予防措置を怠ったこと等を挙げ、「文民の犠牲者が多かったこ
    とは残念であるが、明確に不均衡であったとはいえない」との判断を下した123。この評価
    120しかしながら、ルワンダにおけるジェノサイドを誘発させたRadio Milles CoIIinesに類
    似したプロパガンダがなされていたのであれば、破壊が正当化されることも評価委員会は
    示唆している。Ibid., para. 76.
    121 Ibid.
    122 Ibid., para. 78.
    123 Ibid., para. 77.
    189
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    委員会の判断は、NATO軍による「付随的損害を避けるためにすべての実行可能な予防措
    置をとった」という主張を受け入れた形の判断であるといえる。
    したがって、本件における②の均衡性(比例性)原則の論点に関する評価は、攻撃時に
    利用可能な情報に基づいて実行可能な予防措置がとられていたために合法な攻撃であると
    判断したものといえる。ただし、評価委員会は、第1追加議定書第57条2項(iii)の均衡性
    (比例性)原則の不可分の一部である攻撃の際の予防措置がとられていたことを合法性の
    根拠としてはいるものの、軍事的利益と付随的損害との均衡性すなわちRTSに対する攻撃
    から得られる軍事的利益と10数名の文民の付随的損害とを直接的に評価した結果を示し
    てはいない。このことは、人道の考慮を重視するアムネスティ•インターナショナルが
    「NATOのRTSへの空爆は深夜の約3時間のテレビ放送を妨害することを目的として文
    民を殺害したものであり、これが均衡性(比例性)原則に従っているとは到底考えられな
    い」との批判的な主張内容を論駁し得るものではないといえる124。しかしながら、当該ア
    ムネスティ•インターナショナルの主張はプロパガンダ放送との比較のみに注目したもの
    であって、RTS等が軍に統合されたC3システムであった場合の軍事的利益とを比較した
    ものではない。したがって、NATO軍が攻撃決定時において軍のC3機能を担っている
    RTSを破壊することが軍事的利益になると信じていたならば、アムネスティ•インターナ
    ショナルは、その事実の如何にかかわらず、C3機能を破壊することによる軍事的利益と
    文民・民用物の付随的損害とを比較衡量することによって付随的損害が過度であったと主
    張すべきであったと考えられる。
    先述のように、評価委員会は、報告に至るまでの分析及び空爆時に利用可能であった情
    報等を考慮して、結果的にNATO軍による空爆が「明確に不均衡であったとはいえな
    い」との判断を下し、「セルビアのテレビ・ラジオ局の空爆に関する捜査を開始しないこ
    とを進言する」という結論を下した125。しかしながら、結論に至るまでの軍事的利益と文
    民の付随的損害に関する評価基準等については『NATO空爆調査委員会最終報告書』にお
    いて詳細は明らかにされていない。
    以上が、武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する評価委員会による法的評価
    である。上記のように、『NATO空爆調査委員会最終報告書』においては、NATOによる
    空爆が明確に武力紛争時における均衡性(比例性)原則に違反するために捜査を開始する
    という結論に至ったものはなかった。これに関連して、ボーテが『NATO空爆調査委員会
    最終報告書』は、第1追加議定書の均衡性(比例性)原則を限定的に評価し過ぎており、
    「軍事的利益と付随的損害を評価する過程における報告書の価値体系(value system)に関す
    124 Amnesty International, supra note 82, p.49; Laursen, supra note 117, p. 791.
    125 NATO Bombing Campaign Final Report, para. 79.
    190
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    る見解は極めて疑わしい」126と評価していることを考慮すると、当該報告書の内容は均衡
    性(比例性)原則に関する違法性の評価基準を局限している点において軍事的必要性を重
    視する立場にやや有利な見解であったと考えられる。
    他方、グリーンウッド(Christopher Greenwood)のように、「評価委員会の報告書及びそ
    の結論に対して、(NATOに寛大(lenient)過ぎる等の)多くの批判が寄せられている」
    が、「それらの批判は誤解に基づくものである」、「報告書が示したことは、現在の武カ行
    使が他の分野(other walks of life)では一般的になっている法的な精密な調査(legal scrutiny)
    から逃れられないということである」、さらに「報告書は、ICTYによって設立された評価
    委員会のような機関が公平かつ賢明な方法で規則を適用することができるということも示
    した」と評価する見解もみられる127。
    さらに別の見方をすれば、評価委員会が武力紛争時における均衡性(比例性)原則につ
    いての明確な評価基準を設けることが難しく、実際に法的判断を下すことが困難であった
    ことの顕れであると解釈することも可能であろう。当該報告書においては、武力紛争時に
    おける均衡性(比例性)原則に言及しながらも、論点を武力紛争時における均衡性(比例
    性)原則自体の評価基準に求めることを避け、評価基準がある程度明確になっている武力
    紛争時における区別原則や均衡性(比例性)原則の不可分の一部である予防措置がとられ
    ていたか否か等に転化せざるを得なかったのではないかとも考えられる。
    4.2イスラエル最高裁「標的殺害(Targeted killing)J事件における均衡性(比例性)
    原則に関する法的評価
    均衡性(比例性)原則に関連する法的判断を下したその他の判例として、国際裁判所で
    はなく国内裁判所の判例ではあるが2006年の「標的殺害(Targeted killing)J事件イスラ
    エル最高裁判決がある。本件は、ICRCの『DPH解釈指針』に一部引用されているよう
    に、国際人道法において現在明らかにされていない論点の解釈において重要な事例である
    といえる。また、『DPH解釈指針』をまとめたICRCの法律顧問であるメルツァー (Nils
    Melzer)は、イスラエル最高裁が国際人権法を考慮せず、慣習国際法を中心に法的判断を下
    していること等について一部批判しているものの、本判決における均衡性(比例性)原則
    等128に関する考察は現在議論されている国際人道法の問題を明らかにすることに寄与する
    称賛すべき内容であったと評価している。
    126 Bothe, supra note 104, p. 531.
    127 Christopher Greenwood, “The Applicability of International Humanitarian Law and the
    Law of Neutrality to the Kosovo Campaign”, International Law Studies, Vol.78 (2002), p.
    62.
    128均衡性(比例性)原則以外には、敵対行為への直接参加概念や不法戦闘員(unlawful/
    illegal combatants)に関して裁判所が考察している点が挙げられる。
    191
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    イスラエル最高裁による「標的殺害」事件は、イスラエルが対テロ戦争において、2000
    年以降テロ攻撃に対処することを意図した防護活動の一環として採用した、テロ組織の構
    成員を殺害する「標的阻止政策(policy of targeted frustration)Jと呼ばれる政策の合法性が
    争われた事件である129。
    イスラエル最高裁は「標的殺害」事件において、第1追加議定書第51条5項(b)等に規
    定されている均衡性(比例性)原則が武力紛争に関する国際法にとって重要であり、慣習
    的な性質(customary character)を有することを認めている129 130。しかしながら、イスラエル
    最高裁は、申立人が主張したように第1追加議定書における均衡性(比例性)原則がイス
    ラエルをも拘束する慣習国際法であるとまでは断言せず、「武力紛争時における均衡性
    は、まず我が国の憲法が要求する狭義の(stricto senso)均衡性、すなわち軍事目標と文民の
    損傷との間の適切な均衡性に注目すべき」としながらも、「武力紛争法は、より広い意味
    での理論的な均衡性(比例性)原則の不可分の一部である追加要素を含むものであり、ー
    般に多くの国家が国内法で規定しているように均衡性についての包括的な公式宣言
    (doctrine)がなされている場合に法的判断に適するか否かが検討されるべきである」131と
    判示した。
    また、イスラエル最高裁は、「戦闘員とテロリストに損害を与えることによって得られ
    る軍事的利益と無睾の文民にもたらされる付随的損害は均衡したものでなければならな
    い」と判示し、その例として、「戦闘員や文民を玄関先から狙う戦闘員やテロリスト狙撃
    手に向けた射撃は、たとえ無睾の隣人や通行人に危害が及んだとしても許容される」、「し
    かしながら、もしその建物が空爆され多数の住民及び通行人に損害が及ぶような場合には
    付随的損害として許容されない」と述べている132。その上で、上記の2つの両極端な例の
    間に複雑で難解な事例が存在するため、事例ごとに慎重に検討する必要があるとの判断を
    下している133。
    結論として、イスラエル最高裁は、「均衡性(比例性)原則は明確な基準ではなく、時
    として、その要件を満たす方法は多数存在する」、「均衡性の領域は作り上げられるもので
    129イスラエルの標的殺害政策は、2度にわたりイスラエル最高裁に提訴されている。1つ
    は2002年1月29日に国会議員のモハンマド•バラク氏によるものであるが、これに対し
    て最高裁は司法審査にふさわしくないとして却下した。本件は、2002年1月24日にイス
    ラエルの人権団体(イスラエル拷問防止公共委員会:Public Committee against Torture in
    Israel)及びパレスチナの人権団体(人権及び環境保護のパレスチナ団体:Palestinian So-
    ciety for the Protection of Human Rights and the Environment)の合同で標的殺害政策の中
    止及びその履行を一時停止する仮保全命令を求める申立書を提出した件につき、判決が出
    されたものである。Israel High Court of Justice, The Public Committee against Torture et
    al.v. the Government of Israel et al, (HCJ 769/02), Judgement of 13 December 2006, para.
    2.
    130 Ibid., para. 42.
    131 Ibid., para. 44.
    132 Ibid., para. 46.
    133 Ibid.
    192
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    あり、裁判所はその領域の境界を定めるだけであって、当該境界の範囲内に収まる事例を
    決心するのは行政部門(executive branch)の役割である」134と判示している。
    本判決は、イスラエルの国内裁判所の法的判断ではあるが、イスラエルが直面している
    テロとの戦いに関する政策やテロリストの国際法上の位置付け等について最高裁判所が判
    断を下しているという点において重要であるといえる。特に、第1追加議定書の非締約国
    であるイスラエルが武力紛争時における均衡性(比例性)原則を国際法において重要であ
    ることを認め、憲法の要求する範囲において拘束されることを判示していることは、イス
    ラエルが武力紛争時における均衡性(比例性)原則を遵守する法的信念を有している証左
    であるといえる。
    もっとも、米国のように軍事マニュアル等で均衡性(比例性)原則に関する詳細な規定
    を設けている国以外は、イスラエルのように国内裁判所で法的判断が示されない限り、当
    該国において武力紛争時における均衡性(比例性)原則が適用されるのか否かさえ不明確
    なままであるといえる。ただし、均衡性(比例性)原則が適用されることを認めたイスラ
    エルであっても、その詳細な評価基準等についてまで必ずしも明確に示したわけではな
    い。
    とはいえ、イスラエルにおいては、狙撃手の存在する建物の玄関先に向けた射撃にょっ
    て文民に付随的損害が及ぶことは合法であり、当該建物自体を空爆し多くの文民に付随的
    損害が及ぶことは違法であるとする均衡性(比例性)原則が許容される上限と下限の枠を
    設けている点において、他の国家に比して一応の評価基準が示されたといえる。例えば、
    玄関先よりも少し範囲を拡大して1フロア等を攻撃することによって生じる付随的損害は
    建物全体を空爆する場合よりも許容される可能性があり、建物全体を空爆した場合であっ
    ても多くの文民ではなく最低限の文民の犠牲者が生じた場合であれば許容される可能性が
    残されているといえる。
    イスラエル最高裁が示した極端な例である上限と下限の範囲内の付随的損害を生じる攻
    撃を決定する「行政部門(executive branch)Jとは、イスラエル最高裁のリブリン副長官
    (Vice President E. Rivlin)の個別意見の見解によれば、実際に攻撃を実施する軍の指揮官や
    攻撃決定者がこれに該当するものと解される135。ただし、裁判所が敢えて「行政部門」と
    いう言葉を用いていることには、純粋な司法判断とは異なる政治的な判断が加わることが
    134 Ibid., para. 58.
    135リブリン副長官(Vice President E. Rivlin)は個別意見において、「均衡性(比例性)原則
    は、言葉で表すのは簡単であるが実行の際に困難が伴うものである。緊迫した状況下にあ
    り、限られた情報量で事前に決心することは困難かつ複雑になり得る。容易には比べるこ
    とができない価値観や特質を考慮しなければならないこともあるだろう」と述べ、「軍事
    専門的な判断は行政部門(executive branch)の責任であり、裁判所はその事件に適用される
    規範的体系を考慮して、分別のある軍の指揮官(reasonable military commander)であれば
    実際に行われた判断を行ったか否かを問うであろう」。と述べており、判決でいう行政部
    門が軍の指揮官であることを示唆している。Ibid, para. 6.
    193
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    あることも含意されているものと考えられる。このことは、判決の結論部分においてキケ
    ロ(Cicero)の過去の格言である「戦争の間、法は沈黙する」という概念が現代にはもはや
    通用せず、イスラエルが武力紛争法を含む国際法を遵守する国家であることを強調しなが
    らも136、「問題は、テロから我が国を護ることが可能か否かではなく如何にして対処する
    かであり、そこでは安全保障上の必要性と個人の権利との間の均衡性(balance)が要求され
    る」、「均衡性は、安全保障に従事する人々に重い負担を課しており、効果的な手段すべて
    が合法となるのではなく、目的が手段を正当化することもない」、「軍隊は法の規則に従っ
    て行動を命ぜられるが、現行法に従って当不当を判断しなければならない裁判官にとって
    も均衡は重い負担となる」と述べ、判断が困難な状況にあっても政府の合法性を保持する
    ことは裁判官の義務であると述べていることから解釈し得る137。
    イスラエル最高裁は、本判決によってイスラエルによる「標的殺害」政策が均衡性(比
    例性)原則の要件等を満たすならば違法とはならないとの判断を下したといえる138。しか
    しながら、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の評価基準については、玄関先から
    攻撃しようとする戦闘員等に対する射撃から生じた通行人等に対する付随的損害は許容さ
    れ得るという下限と、玄関先から攻撃しようとする戦闘員等に対して建物自体を空爆し多
    数の住民等に損害が及ぶような付随的損害は許容されないという上限が示されたに過ぎ
    ず、明確な基準が示されたとはいえない。
    ただし、この判決内容については、先述のようにICRCのメルツァーが称賛すべき内容
    であると評価していることからも、人道の考慮を重視する立場であるICRCにとっても首
    肯できる内容であったと言い得るであろう。したがって、イスラエル最高裁が示したよう
    に、確実に均衡性(比例性)原則違反となる上限の基準を定め、それよりも軽微であると
    考えられる事例についてはケース・バイ・ケースで合法性を判断するという手法は、人道
    の考慮重視派と軍事的必要性重視派の双方に受け入れられる可能性が高く、実効性の高い
    基準を示した法的判断であったといえる。
    4.3国連機関による均衡性(比例性)原則に関する法的評価
    次に、裁判所による法的判断ではないが、加盟国に何らかの影響を及ぼし得るとともに
    法的評価に関して一定の公平性が期待できる国連機関における均衡性(比例性)原則の評
    価等に関する文書を概観する。
    136 Ibid., paras. 61-62.
    137 Ibid., para. 63.
    138判決では、テロリストを不法戦闘員という戦闘員と文民のいずれにも属さない第3の
    分類として扱うのではなく、敵対行為に直接参加する限り保護を喪失する文民とみなした
    上で、敵対行為に直接参加しているか否かが曖昧な場合には、①十分に根拠のある情報、
    ②より損害の少ない害敵手段がある場合の攻撃禁止、③攻撃後の遡及的調査の実施、④均
    衡性(比例性)原則の要件の充足、という条件を満たすならば許容されると判示した。
    Ibid, paras. 38-40, 60.
    194
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    4.3.1 2006年のレバノン紛争(第2次レバノン戦争)に関する報告書
    2006年のレバノン紛争は、第2次レバノン戦争(Second Lebanon War)とも称されるイ
    スラエルとレバノン間の紛争である139。2006年のレバノン紛争が生起した原因については
    歴史的な経緯が複雑であるため、詳細については先行研究に譲ることとし140、本稿では発
    端となった経緯について簡略的に触れるのみとする。
    2000年5月、イスラエルは1982年の第1次レバノン戦争(First Lebanon War)以来南レ
    バノンに駐留させていたイスラエル軍を撤退させた。その後、2006年前半にはイスラエル
    と敵対するシーア派組織であるヒズボラ(Hezbollah)がレバノン政府及び議会において2名
    の大臣と14名の議席を有する勢力となっており、イランからの支援も受けて軍備を増強
    したためイスラエル軍との緊張が高まっていた141。2006年7月12日、ヒズボラはイスラ
    エルの国境警備隊を攻撃及び越境侵入し、これにより8名のイスラエル兵が死亡し、2名
    が捕虜としてレバノンに移送された142。さらに、ヒズボラはイスラエル軍の拠点とイスラ
    エル北部の村を攻撃し、2名のイスラエル文民が死亡したことに端を発して敵対行為がエ
    スカレートし、イスラエル軍が南レバノン等に陸上作戦、航空攻撃、砲撃及びロケット攻
    撃を実施する紛争へと発展した143。当該紛争の間、イスラエル軍は15,000回以上の作戦を
    実施し約100,000発の砲撃を実施するとともに約30,000名の陸軍をレバノン領域に展開
    させた144。
    第2次レバノン戦争における正確な犠牲者数は定かではないが、数百名(250から800
    名の間)145のヒズボラ及び数百名以上のレバノン市民(文民、兵士、警官等)が死亡し、
    約4,500名のレバノン人が負傷したとされている。他方、イスラエルの兵士及び文民の死
    者は43名であり、負傷者は約4,000名であったとされる146。
    1391982年にイスラエルがレバノンに侵攻したものと区別するために、1982年のものを第
    1次レバノン戦争(First Lebanon War)と呼称し、2006年のものを第2次レバノン戦争と呼
    称することがある。Andreas Zimmermann, The Second Lebanon War: Jus ad helium, jus in
    hello and the Issue of Proportionality, Max Planck Yearbook of United Nations Law Online,
    Vol. 11 (2007).
    140 See Iain Scobbie, “Lebanon 2006 , Elizabeth Wilmshurst (ed.), International Law and
    the Classification of Conflict (Oxford University Press, 2012), pp. 387-395.
    141 Ibid., p. 388.
    142 Ibid., p. 390.
    143 Ibid., pp. 390-391.
    144 Amichai Cohen, “The Lebanon War and the Application of the Proportionality Princi-
    ple”, Hebrew University International Law Research Paper, No. 6-07 (2007), p. 5.
    145 250名はヒズボラ側の発表であり、800名はイスラエル側が発表した数字である。
    Ibid., p. 6.
    146 BBC news, “Middle East Crisis: Facts and Figures”, 31 August 2006, Available at
    http://news.bbc.co.Uk/2/hi/middle_east/5257128.stm (last visited Dec. 2016).
    195
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    第2次レバノン戦争における人道法及び人権法の遵守状況等に関して、国連総会決議
    60/251に基づき14?、国連人権理事会(United Nations Human Rights Council: UNHRC)に
    よって設立されたハイレベル調査委員会(high-level commission of inquiry)によって147 148、
    『人権理事会決議に基づくレバノン調査委員会報告書(R以?。rr of the Commission of In-
    quiry on Lebanon pursuant to Human Rights Council resolution)(以下、第 2 次レノヾノン
    戦争報告書)』が作成された149。
    第2次レバノン戦争の発端となった事象に関しては、ヒズボラがレバノンの正規軍では
    ないために国際的武力紛争であるとはいえず、ヒズボラという武装組織とイスラエル軍間
    の非国際的武力紛争として捉えられる。しかしながら、『第2次レバノン戦争報告書』に
    おいては、①ヒズボラがレバノン国内において合法的に認められた政党でありレバノン政
    府や議会の一部を構成していること、②南レバノンに正規のレバノン軍が存在せず、実質
    的にヒズボラがレバノン領土の一部について防衛任務を担っていたこと、③イスラエルが
    2006年7月13日以降、レバノン全域及びレバノン正規軍に対して直接あるいは間接的に
    攻撃を実施したこと、等の事情を踏まえて、第2次レバノン戦争が国際的武力紛争として
    の性質を有することが示唆されている150。
    ただし、第2次レバノン戦争が国際的武力紛争としての性質を有するとした場合であっ
    たとしても、イスラエルは第1追加議定書の締約国ではないため、適用される国際法は両
    国が当事国である条約規定のほか151、国際人道法及び国際人権法の規則のうち慣習法と認
    められるものに過ぎないといえる。
    『第2次レバノン戦争報告書』によると、第2次レバノン戦争において破壊されたの
    は、「道路、橋梁に加え、ベイルート国際空港、港湾、上下水道施設、電力関連施設、カ、’
    ソリンスタンド、商業施設、学校、病院及び個人宅のようなレバノン市民のインフラの大
    部分」であった152。レバノン政府の発表によると「30,000軒の家が破壊され、109の橋梁
    と137の道路が損傷を受け、2つの病院を含む?8の健康関連施設が深刻な影響を受け、
    空港•港湾等の32の重要施設が攻撃の影響を受けた」とされている153。
    147 U.N. Doc. A/RES/60/251(3 April 2006).
    148 U.N. Doc. A/HRC/RES/S-2/1(13 November 2006).
    149 Report of the Commission of Inquiry on Lebanon pursuant to Human Rights Council
    Resolution S-2/1, [hereinafter l, Report of Lebanon War] U.N. Doc. A/HRC/3/2 (23 No-
    vember 2006).
    150 Ibid., pp. 21-26, paras. 50-74.
    151イスラエルは、ジュネーヴ諸条約の当事国であるが、第1•第2追加議定書の当事国で
    はない。しかしながら、特定通常兵器使用禁止制限条約及び同議定書の当事国である。レ
    バノンは、ジュネーヴ諸条約及び第1•第2追加議定書の当事国であるが、特定通常兵器
    使用禁止制限条約及び同議定書の当事国ではない。Ibid., p. 24, paras. 65-66.
    152 Ibid., p. 26, para. 76.
    153 Ibid.
    196
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    個別の攻撃に関する合法性について、『第2次レバノン戦争報告書』はいくつかの事例
    を取り上げている。例えば、2006年7月30日に生起したレバノンのQana村にある3階
    建ての建物に対するイスラエル空軍による空爆が挙げられる。当該空爆の結果、17名の子
    供を含む29名の文民が死亡したとされており、空爆当日に開かれた安保理の緊急会合を
    経て国連総長による非難声明も出された事案である154。
    この件に関しイスラエル空軍は記者会見において、「7月12日以降、Qana村及びその
    周辺から150発以上のロケットが発射されたことが確認されており、住民はこの地域から
    の避難勧告を何度も受けているはずである」と述べ、「イスラエル軍は当該建物には文民
    居住者はおらず、テロリストの隠れ家として用いられているという情報に基づいて作戦を
    実施した」と報告している155。
    結果的に文民への付随的損害が発生したものの、上記のイスラエル空軍による主張が真
    実であるならば、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の評価基準の解釈の一つであ
    る「当時得られていた合理的に利用できるすべての情報の評価に基づいて」攻撃を実施し
    たといえる。また、イスラエル外務省が退避勧告に用いたリーフレットの例を公表したよ
    うに156、イスラエル軍は航空機から投下したリーフレット、電話及び大音量拡声器等の手
    段を用いて攻撃対象となる村の住民等に警告したとされている。したがって、効果的であ
    ったか否かは別として、イスラエル軍は文民の付随的損害を防ぐための実行可能な予防措
    置をとっていたため、第1追加議定書第57条に基づく攻撃の際の予防措置を実施してい
    たといえる。これらのイスラエル軍による実行は、慣習法上の均衡性(比例性)原則のみ
    に従ったものではなく、第1追加議定書に規定されている内容の武力紛争時における均衡
    性(比例性)原則に従ってなされたものであると考えられる。換言すれば、第1追加議定
    154 Ibid., p. 30, para. 98.
    155 Ibid., p. 30, para. 99.
    156イスラエル軍が攻撃を予定した地域から退避することをレバノン市民に警告したリー
    フレットの文面として以下のとおり、イスラエル外務省の公式ウェブサイトによって示さ
    れた。
    「レバノ ン市民に告ぐ(To the people of Lebanon)
    以下の指令に注目せよ!!(Pay attention to these instructions!!)
    イスラエル軍は、イスラエルに対してロケットを発射した地域全体に対する活動を強化し、重爆撃を実
    施する予定である。(The IDF will intensify its activities and will heavily bomb the entire area from which
    rockets are being launched against the State of Israel.)
    これらの地域に留まる者全員が生命の危機に晒される! (Anyone present in these areas is endangering his
    life!)
    さらに、Litani川の南方を走行するあらゆるピックアップ・トラック及びトラックはロケットや武器を運
    搬している疑いにより爆撃され得る。(In addition, any pickup truck or truck travelling south of the Litani
    River will be suspected of transporting rockets and weapons and may be bombed.)
    ピックアップ・トラックやトラックで走行する者は誰もが生命の危機に晒されることを認識すべきであ
    る。(You must know that anyone travelling in a pickup truck or truck is endangering his life.)
    イスラエル国(The State of Israel.)J (英文の太字下線強調部は原文のまま)
    Ibid, p. 39, para. 150.
    197
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    書の非締約国であるイスラエルは、第1追加議定書の均衡性(比例性)原則の規定を慣習
    国際法として認めているとまでは言い切れないものの、第1追加議定書に規定されている
    均衡性(比例性)原則を一定程度遵守する意思は有していると考えられる。
    一方、武装組織であるヒズボラ側が文民を直接軍事目標として攻撃したことは明らかで
    あったとされるため、非国際的武力紛争において文民に対する戦時復仇が禁止されていな
    いならばイスラエル側は戦時復仇を根拠にして攻撃の正当性を主張することが可能であっ
    たとする見解もあるが、イスラエル政府は戦時復仇に言及することを拒否したとされてい
    る157。
    『第2次レバノン戦争報告書』は、上記のイスラエル空軍の主張に対して、「イスラエ
    ル軍は退避勧告を実施したと述べているが、Qana村や脱出ルートに対する継続的な空爆
    によって地元住民は足がすくんでしまったために逃げ出せなかったことは明らかである」
    とし、「当該退避勧告は、国際人道法が要求する効果的な(effective)ものであったとして考
    慮することはできない」と判断した158。また、『第2次レバノン戦争報告書』では、後の
    調査に基づき「問題となっている3階建の建物が被攻撃時あるいはそれ以前にもヒズボラ
    のミサイル発射地点として用いられたという情報はなく、合法的な軍事目標であったとは
    いえない」と判断している159。
    『第2次レバノン戦争報告書』の見解は、均衡性(比例性)原則の不可分の一部である
    予防措置に関しては、イスラエルが攻撃の際の予防措置をとったこと自体は認めたもの
    の、それが有効に機能しなかったために第1追加議定書における均衡性(比例性)原則違
    反であるとするものであり、区別原則に関しては、均衡性(比例性)原則としての軍事的
    利益に該当するか否かに関係なく、後の調査に基づいて判明した事実に照らした結果、区
    別原則違反であると結論付けたものであるといえる。すなわち、報告書の見解は、イスラ
    エルの攻撃が第1追加議定書第57条の攻撃の際の予防措置の要件を満たさないこと160、
    及び第52条2項の軍事目標に照らして区別原則違反であると判断したものであるといえ
    る。
    しかしながら、前述のようにイスラエルは第1追加議定書の非締約国であるため、これ
    らの第1追加議定書の規定が慣習国際法でない限りイスラエルの攻撃が国際人道法違反で
    あるとみなされることはないはずである。前述のように区別原則及びICTYが示した人道
    の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則は、慣習国際法としてイスラエルにも適用
    157 Cohen, supra note 144, pp. 20-21.
    158 Report of Lebanon War, p. 30, para.101.
    159 Ibid., p. 30, para. 102.
    160第1追加議定書第57条2項(c)は、「文民たる住民に影響を及ぼす攻撃については、効
    果的な(effective)事前の警告を与える。ただし、事情の許さない場合はこの限りではない
    (unless circumstances do not permit)」と規定している。イスラエルの事前の警告は結果的
    に「効果的」ではなかったかもしれないが、本規定は締約国でないイスラエルには当然に
    適用されるものではない。また、報告書では「事情の許さない場合はこの限りではない」
    という但し書きについて詳細な検討をせずに判断を下している。
    198
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    される可能性はあるが、第1追加議定書第57条等の規定がこれに含まれるか否かについ
    ては、前章までに確認したとおり明確にされてはいない。
    また、『第2次レバノン戦争報告書』においては、後の調査に基づいた結果判明した事
    実に照らした上でイスラエルによる空爆が区別原則違反であると結論付けられたが、仮に
    当該3階建ての建物が過去にミサイル発射地点として利用されていたならば、合法な攻撃
    として認められる可能性があったといえる。先述の『AMWマニュアルコメンタリー』に
    おける「均衡性(比例性)原則では、後になってから判明した事実(hindsight)を扱わな
    い」161という解釈に基づいた場合、イスラエル軍が攻撃決定時に3階建ての建物を破壊す
    ることによって得られる「具体的かつ直接的な軍事的利益」が付随的損害よりも大きいと
    予期していたならば、その当時にミサイル発射地点として利用されていたか否かにかかわ
    らず均衡性(比例性)原則の観点からは合法となり得るためである。しかしながら、住居
    のような通常民生利用される建物への攻撃に対する合法性を検討する場合、まず、区別原
    則違反であるか否かについての検討がなされた上で、均衡性(比例性)原則違反であるか
    否かについての検討がなされるという手順を踏むことが本事例によって明らかにされたと
    いえる。
    上記のように、2006年7月30日に生起したQana村の事例からは、第1追加議定書第
    57条の攻撃の際の予防措置の要件がイスラエルに適用されるか否かについての論点は残さ
    れているものの、航空機から投下したリーフレット、電話及び大音量拡声器等の手段を用
    いて退避勧告を実施した場合であっても、実質的に住民が退避できない状況に置かれてい
    るならば攻撃の際の予防措置における「効果的な」という要件を満たさないという判断が
    下されたことは、今後の国家実行に少なからず影響を及ぼすものであると考える。
    『第2次レバノン戦争報告書』における個別の攻撃に関する事例の2つ目として、
    Jiyyeh発電所に対する空爆が挙げられる。Jiyyeh発電所は、ベイルートの南方約30 kmの海
    岸沿いに位置しており、イスラエル空軍による2度の空爆によって燃料タンクから10,000
    から15,000トンの燃料が地中海東部に流出したとされる。流出した燃料は、10 km幅の油
    膜をレバノン沿岸の3分の2にあたる170 kmの長さで覆うこととなり、レバノン及びシリ
    ア沿岸に重大な被害を引き起こした162。また、化学プラント等の破壊により、アスベスト
    や塩化化合物のような有害物質が地面に浸透したことによって、地下及び地表の水源を汚
    染し健康面や耕作地の肥沃度に深刻な影響をもたらしたとされる163。
    『第2次レバノン戦争報告書』では、第1追加議定書第35条3項及び第55条1項の規
    定を引用して自然環境に対する「広範、長期的かつ深刻な」影響を及ぼす害敵手段が禁止
    161 Commentary AMWManual,p. 91.
    162 Report of Lebanon War, pp. 51-52, paras. 209-212.
    163 Ibid., p. 52, para. 213.
    199
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    されると述べ、これらの規定がICJの「核兵器使用合法性事件」及びICRCの『慣習国際
    人道法』によって慣習国際法であることが示されているため、すべての紛争当事者はあら
    ゆる手段を用いて自然環境への「広範、長期的かつ深刻な」影響を避けるために努めなけ
    ればならないとした164。
    そして、『第2次レバノン戦争報告書』は、イスラエルがJiyyeh発電所への攻撃によっ
    て軍事的利益を得たかもしれないが、「イスラエルは発電所のような施設を攻撃する際に
    自然環境や健康に対して十分考慮することによって攻撃の合法性を評価するという国際法
    上の義務に違反した」との判断を下した165。
    しかしながら、これまで検討したように、第1追加議定書第35条3項及び第55条1項
    における「広範、長期的かつ深刻な」という文言の評価基準が明確ではないことに加え、
    イスラエルは第1追加議定書の非締約国であるためこれらの規定を直接的に遵守すべき義
    務はない。また、「核兵器使用合法性事件」においてicjによって示されたのは、「リオ宣
    言」第24原則から導かれた「国家は、(中略)評価基準に自然環境に対する考慮を入れる
    べき(take environmental considerations into account)」という努力義務規定であって、第1
    追加議定書の規定が慣習国際法であるとするものではない。加えて、ICRCの『慣習国際
    人道法』Rule 45によって示された「自然環境に『広範、長期的かつ深刻な』損害をもた
    らすことが予測される戦闘の方法や手段は慣習国際法によって禁止される」という規則が
    慣習国際法であるとする見解に対しては米国による反論がなされているように、未だ慣習
    法として確立した規則ではないといえる。
    したがって、『第2次レバノン戦争報告書』がイスラエルによるJiyyeh発電所への攻撃
    が国際法上の義務に違反したと判断した根拠は、国際人道法の具体的な条約規定の違反で
    あるのか又は慣習国際法であればどのような規定に違反したのかが示されていない点にお
    いて曖昧な点が残されているといえる。また、仮に、第1追加議定書第35条3項及び第
    55条1項の規定が慣習国際法であるとした場合であっても、諮問委員会は「広範、長期的
    かつ深刻な」影響についての基準を示しておらず、Jiyyeh発電所への攻撃によって得られ
    た軍事的利益と燃料の流出等による付随的損害との均衡性を検討することなく攻撃の合法
    性を評価している点において、軍事的必要性を重視する立場から反論されることが予想さ
    れる。
    もっとも、『第2次レバノン戦争報告書』は、元々国連人権理事会が第2次レバノン戦
    争における人道法及び人権法の遵守状況等に関して調査することが目的であったため、完
    全に中立な立場からの見解というよりはむしろ人道及び人権の考慮を重視した結論に偏ら
    ざるを得ないことが推測される。しかしながら、第2次レバノン戦争において文民の犠牲
    164 Ibid., p. 53, paras. 216-217.
    165 Ibid., p. 53, paras. 219-220.
    200
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    者が多数生じたことは事実であり、アムネスティ・インターナショナル(Amnesty Interna-
    tiona l)は独自の調査報告書を作成し166、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights
    Watch)はイスラエルがクラスター弾を使用したことを非難する等167、人道・人権NGO等
    によるイスラエルやヒズボラに対する厳しい批判の声が上がっている。
    4.3.2 2009年の国連環境計画(UNEP)による『武力紛争時における自然環境保護』
    自然環境の保護に関する均衡性(比例性)原則については、国連環境計画(United Na-
    tions Environment Programme: UNEP)が2009年に作成した文書である『武力紛争時にお
    ける自然環境保護(Prolec々カg the Environment During Armed Conflict)』においても言及
    されている。当該文書は、武力紛争時における自然環境の保護に関する国際法を網羅及
    び分析するためのものであり、UNEPと環境法研究所(Environmental Law Institute)が共
    同して作成したものである168 169。
    『武力紛争時における自然環境保護』における均衡性(比例性)原則の項目では、過度
    な付随的損害の例として「ある一つの重要でない目標のために、村全体を破壊すること又
    は森全体を焼き払うこと等は軍事的利益に比して均衡しない戦略であると考えられる」と
    し、1990年から1991年の湾岸戦争における原油流出に基づく損害もその例であるとして
    いる169。
    また、『武力紛争時における自然環境保護』においては、自然環境保護に関する国際法
    の慣習法性に関して、「1949年のジュネーヴ諸条約については広範に批准されており、そ
    の多くの規定が慣習国際法の不可分の一部として考えられているが、第1及び第2追加議
    定書に関しては状況が少し異なる」と前置きし、「実際に多くの国が追加議定書の締約国
    ではなく、結果的に湾岸戦争を含む近年の多くの国際的武力紛争において両追加議定書は
    正式には適用されない」としている170。そして、「第1追加議定書の慣習法性については
    不明確な部分が残されてはいるものの、いくつかの国家は第1追加議定書の多くの規定が
    慣習国際法を反映したものであると認識している」と述べ、ICRCによる『慣習国際人道
    法』における自然環境保護の規定について言及している。
    166 Amnesty International, Israel/Lebanon-Deliberate Destruction or Collateral Damage?
    Israeli Attacks on Civilian Infrastructure, (AI Index: MDE 18/007/2006), 22 August 2006,
    Available at https://www.amnesty.org/en/documents/MDE18/007/2006/en/ (last visited
    Dec. 2016).
    167 Human Rights Watch, Israeli Cluster Munitions Hit Civilians in Lebanon 一Israel Must
    Not Use Indiscriminate Weapons, 24 July 2006, Available at
    https://www.hrw.org/news/2006/07/24/israeli-cluster-munitions-hit-civilians-lebanon
    (last visited Dec. 2016).
    168 United Nations Environment Programme(UNEP), Protecting the Environment During
    Armed Conflict, [hereinafter “UNEP Protecting the Environment” (2009), Available at
    http://postconflict.unep.ch/publications/int_law.pdf (last visited Dec. 2016).
    169 Ibid., p.13;湾岸戦争における環境被害については、本稿第2章107-108頁参照。
    170 UNEP Protecting the Environment, p. 20.
    201
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    『武力紛争時における自然環境保護』は、結論部分において、「自然環境に関する国際
    人道法には解決しなければならない多くの重大なギャップや難問が残されて」おり、「広
    範な国によって受け入れられていない条約規定の多くは、それらが慣習国際法として認め
    られない限り、全ての国家に普遍的に適用されない」と述べられている171。
    上記の『武力紛争時における自然環境保護』の記述によれば、いくつかの国家を除いた
    多くの国家は、少なくとも自然環境保護に関する第1追加議定書の規定が慣習国際法では
    ないという認識であるといえる。換言すれば、ICRCが『慣習国際人道法』において示し
    た自然環境保護に関する規則は、全ての国家によって支持されているのではなく、いくつ
    かの国によってしか支持されていないといえる。したがって、UNEP及び環境法研究所に
    よる『武力紛争時における自然環境保護』においては、第1追加議定書の自然環境保護に
    関する規定は慣習国際法ではないため、普遍的にすべての国家に適用されるものではない
    とする見解を示しているといえる。
    先述の『第2次レバノン戦争報告書』においては、第1追加議定書第35条3項及び第
    55条1項の規定が慣習国際法であることを前提として、すべての紛争当事者が自然環境へ
    の「広範、長期的かつ深刻な」影響を避けるために努めなければならないと結論付けたこ
    とに対し、上記のUNEP及び環境法研究所による『武力紛争時における自然環境保護』に
    おいては、第1追加議定書の自然環境保護に関する規定は慣習国際法ではないと結論付け
    ている。
    このことは、同じ国連の機関であっても自然環境保護に関する条約規定の慣習法性につ
    いての解釈には差異があり、必ずしも統一的な見解が存在することではないことの証左で
    あるといえる。国連機関の間においても自然環境保護に関する規定を含む武力紛争時にお
    ける均衡性(比例性)原則の解釈が分かれるのであるならば、人道の考慮を重視する立場
    と軍事的必要性を重視する立場間において統一的な解釈を導き出すことはなおさら困難で
    あると考えられる。
    4.3.3 2008年及び2014年のカ、、ザ紛争に関する報告書
    イスラエルがパレスチナ自治区のカ、、ザ地区を統治するイスラム原理主義組織であるハマ
    ス(Hamas)に対して主として実施した2008年及び2014年の攻撃についても、各々報告書
    が作成されている。
    4.3.3.12008年のカ、、ザ紛争に関する『ゴールドストーン報告書』
    イスラエルとハマス(Hamas)の間では、2008年6月から半年間にわたり停戦協定が結ば
    れていたが、断続的に衝突が続いていた。同年12月、エジプトの仲介の下、停戦延長の
    171 Ibid., p. 28.
    202
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    交渉がなされたが、ハマス側はイスラエルがガザ地区の封鎖解除に応じないことを理由に
    延長を拒否したため12月19日失効した172 173。その後、両者間の衝突がエスカレートし
    2008年12月27日、イスラエル空軍がガザ地区全土に大規模な空爆作戦を開始した結
    果、約3週間で子どもや女性を含む民間人等1400名余りの人々が死亡したとされている
    173。また、食糧、水、建設資材などに関係する非軍事施設も多数破壊されたことにより、
    文民たる住民の生存に不可欠な物に対する影響も深刻であることが推測された。特に、文
    民の被害については、第2次レバノン戦争時と同様にアムネスティ・インターナショナル
    やヒューマン・ライツ・ウォッチ等の人道•人権NGOが強く非難した174。
    そのため、第2次レバノン戦争と同様に国連人権理事会(United Nations Human Rights
    Council: UNHRC)の委任に基づいて、ゴールドストーン判事(Justice Richard Goldstone)
    率いる国連ガ、、ザ紛争事実調査団(United Nations Fact Finding Mission on the Gaza Con-
    flict )が現地調査を中心に国際人道•人権法違反に関する調査を実施し、2009年9月15
    日、『ゴールドストーン報告書(Goldstone Re〇rt』175 176を国連人権理事会に提出した176。
    172 Report of the United Nations Fact Finding Mission on the Gaza Conflict, Human Rights
    in Palestine and Other Occupied Arab Territories [hereinafter “ Goldstone Report],(15
    September 2009), pp. 62-71, paras. 223-267, Available at http://image.guard-
    ian.co.uk/sys-files/Guardian/documents/2009/09/15/UNFFMGCReport.pdf (last visited
    Dec. 2016).
    173 Ibid., p. 406, paras. 1885.
    174 Amnesty International, Operation Cast Lead’ 22 Days of Death and Destruction
    (Amnesty International Publications, 2009); Human Rights Watch, Rain of Fire: Israels
    Unlawful Use of White Phosphorus in Gaza (2009), Available at https://www.hrw.org/re-
    port/2009/03/25/ (last visited Dec. 2016); Human Rights Watch, Precisely Wrong: Gaza
    Civilians Killed by Israeli Drone launched Missiles (2009), Available at
    https://www.hrw.org/report/2009/06/30/precisely-wrong/gaza-civilians-killed-israeli-
    drone-launched-missiles (last visited Dec. 2016); Human Rights Watch, White Flag Deaths:
    Killings of Palestinian Civilians During Operation Cast Lead (2009), Available at
    https://www.hrw.org/news/2009/08/13/israel-investigate-white-flag-shootings-gaza-civil-
    ians (last visited Dec. 2016); Human Rights Watch, Rockets from Gaza, Harm to Civilians
    from Palestinian Armed Groups’ Rocket Attacks (2009), Available at
    https://www.hrw.org/report/2009/08/06/rockets-gaza/harm-civilians-palestinian-armed-
    groups-rocket-attacks (last visited Dec. 2016); Human Rights Watch, I Lost Everything’
    Israel’s Unlawful Destruction of Property During Operation Cast Lead (2010), Available at
    https://www.hrw.org/report/2010/05/13/i-lost-everything/israels-unlawful-destruction-
    property-during-operation-cast-lead (last visited Dec. 2016); Michael N. Schmitt, “Investi-
    gating Violations of International Law in Armed Conflict”,Harvard National Security Jour-
    nal ,Vol.2 (2011),p. 31.
    175 Goldstone Report, supra note 172.
    176『ゴールドストーン報告書』を元に2009年9月25日『ガザ紛争国連調査委員会報告
    書ーパレスチナ及びその他の被占領アラブ地域の人権(Report of the United Nations Fact
    Finding Mission on the Gaza Conflict, Human Rights in Palestine and Other Occupied Arab
    Territories)』が作成された。Report of the United Nations Fact Finding Mission on the
    Gaza Conflict, Human Rights in Palestine and Other Occupied Arab Territories, U.N. Doc.
    A/HRC/12/48, (25 September 2009).
    203
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    『ゴールドストーン報告書』の内容としては、イスラエル及びハマス双方の行為が戦争
    犯罪に相当することを結論付けるとともに、人道に対する罪に該当する可能性があること
    を指摘するものであった。
    『ゴールドストーン報告書』における具体的な事例としては、イスラエルが実施した
    「キャスト・レッド作戦(Operation Cast Lead)J177の一環としてなされたカ、、ザ警察本部及
    び警察署への攻撃が挙げられる。当該攻撃によって殺害された警察官の数は合計約100名
    以上であるとされている178。調査団は、聞き込み調査等の結果、力、、ザの警察がカ、、ザ政府軍
    に全体的に「編入した(incorporated)」という不確かな情報に基づいてイスラエル軍が警察
    本部等に対する攻撃を実施したという結論に至った179。
    『ゴールドストーン報告書』では、法執行機関である警察官に対しての攻撃が許容され
    る状況として、①警察官が敵対行為に直接参加(DPH)することにより通常の文民が有する
    攻撃からの保護を喪失する場合、②警察全体が武装集団に編入された場合あるいは警察官
    個人が武装集団にも属している場合、及び③正当な軍事目標に対する攻撃の付随的損害と
    して警察官が被害を受ける場合を挙げている180。調査の結果、イスラエルによる攻撃まで
    の間に警察官が敵対行為に直接参加(D PH)した事実がないことは確認されたものの、力、’ザ
    警察の一部の者が同時にal-Qassam Brigadesやその他のパレスチナ武装集団の一員であり
    戦闘員であったことが確認された181 182。
    そのため、『ゴールドストーン報告書』では、武装集団に属する警察官個人への攻撃は
    許容されるとしても警察全体が軍事目標となることはなく、その他の警察官を殺害するこ
    とが許容されるか否かは武力紛争時における均衡性(比例性)原則の問題であるとした
    182。均衡性(比例性)原則の評価について報告書は、イスラエルによる攻撃は「予期され
    る具体的な軍事的利益(すなわち、パレスチナ武装集団の構成員である警察官の殺害)と
    文民の生命の喪失(すなわち、その他の警察官の殺害及びその場に居合わせた文民や近隣
    住民の不可避的な殺害)間のバランス」が慣習国際法上の均衡性(比例性)原則に照らし
    て違法なものであったと結論付けた183。
    177 “Cast Lead”を和訳すれば、「鋳造された鉛」あるいは「投げられた鉛」と訳すことがで
    きるが、報道等では「キャスト・レッド」作戦とそのまま呼称されるものが多いため、和
    訳せずに当該標記とした。なお、一部の報道記事によっては「キャスト・リード」作戦と
    呼称するものもみられるが、鉛を意味する“lead ”の発音は「レッド」であるため、本稿で
    は「キャスト・レッド」とした。
    178調査団による現地調査では99人の警察官と9人の文民であるが、カ、’ザ当局の発表では
    248名の警察官が殺害されたとしている。また、オペレーションを通じて殺害されたカ、’ザ
    の警察官を含む治安部隊は345人に上るとされている。Goldstone Report, p.129, para.
    422.
    179 Ibid., p.130, para. 425.
    180 Ibid., pp.131-132, para. 429.
    181 Ibid., p.133, para. 434.
    182 Ibid., pp.132-133, paras. 430-434.
    183 Ibid., pp.133-134, para. 435.
    204
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    この『ゴールドストーン報告書』において、均衡性(比例性)原則を評価するにあたっ
    て軍事的利益(武装集団の構成員である警察官の殺害)と付随的損害(他の警察官や文民
    の殺害)を比較衡量している点については問題ないであろう。しかしながら、報告書で
    は、実際に何人の警察官が武装集団に属していたかを示していないため、両者をどのよう
    に比較した上で均衡性(比例性)原則違反であると判断したのかという点を説明していな
    いといえる。
    また、報告書では慣習国際法上の均衡性(比例性)原則に照らして違法であると結論付
    けているが、前述のように第1追加議定書における均衡性(比例性)原則が慣習国際法で
    あるということについては未だ確立された見解ではなく、ICTYにおいて人道の基本原則
    等を反映した均衡性(比例性)原則が非国際的武力紛争にも適用される慣習国際法である
    ことが示唆された程度である。繰り返し述べているように、イスラエルが第1追加議定書
    の締約国ではないため、報告書においてはイスラエルの国際人道法違反の論拠として均衡
    性(比例性)原則が慣習国際法であると述べる必要があったと考えられるものの、議論の
    的になっている論点について詳細な検討を加えることなく結論付けているといえる。
    上記の点を含めて、『ゴールドストーン報告書』に対しては、米国等の多くの国家から
    軍事的必要性と人道の考慮のバランスがとられていないという批判がなされている184。実
    際に2009年11月、米国下院では、『ゴールドストーン報告書』をイスラエルに対する
    「救い難いほどの偏見に満ちており、さらなる考慮や合法性に値しない(irredeemably bi-
    ased and unworthy of further consideration or legitimacy) J ものと評価し、 344 票対 36 票
    という圧倒的多数で否決されている185。
    また、『ゴールドストーン報告書』に基づいた国連人権理事会からの要請に応じる形で
    当事国であるイスラエルも『2008年12月27日一2009年1月29日のカ、、ザにおける軍事
    行動の事実及び法的側面(7^e Operation in Gaza 27December 2008 -18January 2009Fac-
    tual and Legal舛pects)』と題した調査書を2010年1月に国連に提出した186。当該調査書
    の内容は、カ、、ザ紛争におけるイスラエルの「キャスト・レッド作戦」の目的や方針及び実
    際に生起した個々の事象における詳細な調査等に基づいてイスラエル軍の攻撃の正当性を
    主張するものであり、『ゴールドストーン報告書』に対するイスラエル側の反論を唱えた
    ものであるといえる。当該イスラエルの調査書では、ハマスによる国際人道法の重大な違
    反行為がなされたこと、特に女性や子供を含む自国民を人間の盾として利用したことを挙
    184 Schmitt, supra note 3, pp. 825-826.
    185 Stephen Zunes, rhe Gaza War, Congress and International Humanitarian Law”,Middle
    East Policy Council, Spring (2010), Vol. XVII, Number 1,Available at
    http://mepc.org/journal/middle-east-policy-archives/gaza-war-congress-and-international-
    humanitarian-law?print (last visited Dec. 2016).
    186 The State of Israel, The Operation in Gaza 27December 2008-18January 2009 Factual
    and Legal Aspects (2009).
    205
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    げ187、それらに対してもイスラエル軍は第2次レバノン戦争時に実施したようなラジオ放
    送、リーフレット、電話及び大音量拡声器等の手段を用いて可能な限りの攻撃の際の予防
    措置をとったことを強調している188。また、本来イスラエルが遵守する必要のない国際人
    道法の規則や文民犠牲者の保護に重点を置いていることの証左として、「国際人道法では
    厳密に要求されていないが、イスラエル軍は極めて正確な空爆(surgical aerial strikes)を実
    施するために精密誘導弾を全体の80%に用いた」こと等を挙げている189。
    なお、上記のイスラエルによる調査書は、国連人権理事会によって国際人道法及び国際
    人権法違反として申し立てられた件を調査し、イスラエルが説明責任を果たすために作成
    されたものである。このような国家の説明責任は、「市民的及び政治的権利に関する国際
    規約(International Covenant on Civil and Political Rights Accountability :自由権規約)」
    第2条190や「ジュネーヴ第1条約」第49条191、「ジュネーヴ第2条約」第50条192、「ジュ
    ネーヴ第3条約」第129条193、「ジュネーヴ第4条約」第146条194、「国連事務総長報告書
    (Report of the Secretary-General) “Compilation of Guidelines on The Form and Content of
    Reports to be Submitted by States Parties to The International Human Rights Treaties”」195
    187 Ibid., pp. 52-76.
    188イスラエルの調査書によれば、約165,000件の電話による警告、力、、ザ地域における
    2,500,000枚のリーフレットの投下及び回数は不明であるが「屋根を打つための軽度な武
    器を用いた警告射撃(wa“i?g shots from light weapons that hit the roofs)」を実施したとさ
    れる。Ibid., pp. 95-100.
    189 Ibid., p. 97, para. 255.
    190自由権規約第2条(締約国の実施義務)
    「1、2 (省略)
    3この規約の各締約国は、次のことを約束する。
    (a) この規約において認められる権利又は自由を侵害された者が、公的資格で行動する者によりその侵
    害が行われた場合にも、効果的な救済措置を受けることを確保すること。
    (b) 救済措置を求める者の権利が権限のある司法上、行政上若しくは立法上の機関又は国の法制で定め
    る他の権限のある機関によって決定されることを確保すること及び司法上の救済措置の可能性を発展
    させること。
    (c)救済措置が与えられる場合に権限のある機関によって執行されることを確保すること」。
    191ジュネーヴ第1条約第49条(罰則)
    「締約国は、次条に定義するこの条約に対する重大な違反行為のーを行い、又は行うことを命じた者に対
    する有効な刑罰を定めるため必要な立法を行うことを約束する。
    各締約国は、前記の重大な違反行為を行い、又は行うことを命じた疑のある者を捜査する義務を負うも
    のとし、また、その者の国籍のいかんを問わず、自国の裁判所に対して公訴を提起しなければならない。
    各締約国は、また、希望する場合には、自国の法令の規定に従って、その者を他の関係締約国の裁判のた
    め引き渡すことができる。但し、前記の関係締約国が事件について一応充分な証拠を示した場合に限る。
    各締約国は、この条約の規定に違反する行為で次条に定義する重大な違反行為以外のものを防止するた
    め必要な措置を執らなければならない。
    被告人は、すべての場合において、捕虜の待遇に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約第
    百五条以下に定めるところよりも不利でない正当な裁判及び防ぎよの保障を享有する」。
    192ジュネーヴ第1条約第49条に同じ。
    193同上。
    194 同上。
    195 U.N. Doc. HRI/GEN/2/Rev.6 (3 June 2009), Chapter I, para.9
    206
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    等がその根拠であるとされている。また、ICRC、アムネスティ・インターナショナル、
    ヒューマン・ライツ・ウォッチ等の人道・人権NGOからの要請又は圧力への対応、及び
    国際社会に対する弁明といった側面も動機付けの一部になっていると考えられる。
    上記のイスラエルによる調査に対し、2010年4月、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、
    「紛争後1年以上経ても、(イスラエル及びハマス側の)両者とも戦争犯罪の重大な違反
    の調査や犯罪者の処罰を行っていない」として非難した196。また、2010年9月及び2011
    年3月、国連人権理事会及び国連総会は、イスラエルによる調査書は国際標準に従ってい
    ない独立性の欠如した不十分な調査に基づくものであるとの評価を下した197 198。それらを受
    け、イスラエルにおいてその後、事実調査評価機構(Fact-Finding Assessment Mechanism:
    FFA mechanism)が設けられている198。
    「締約国は、条約機関に対する報告書を作成するプロセスを確認すべきである。それは、国際義務の履
    行という側面だけではなく、その国が人権保護の裁判権を有するという政策の立案や履行の目的として信
    用を得ることにも繋がるためである。
    このような報告書を作成するプロセスは各締約国にとって以下のような機会を提供する。
    (a) 国家が国際人権法に関連する規則について、調和のとれた国内法と政策に基づき包括的な再調査とい
    う手段を実施すること
    (b) 一般的な人権の促進という文脈において、条約を施行する権限の享受についての進捗状況を監視する
    こと
    (c) 条約を履行する際の問題点や欠点の確認、及び
    (d) これらの目的の達成のために適切な方策の作成及び発展」
    原文は、“States parties should see the process of preparing their reports for the treaty bodies not only as an
    aspect of the fulfilment of their international obligations, but also as an opportunity to take stock of the
    state of human rights protection within their jurisdiction for the purpose of policy planning and implemen-
    tation. The report preparation process thus offers an occasion for each State party to:
    (a) Conduct a comprehensive review of the measures it has taken to harmonize national law and policy
    with the provisions of the relevant international human rights treaties to which it is a party;
    (b) Monitor progress made in promoting the enjoyment of the rights set forth in the
    treaties in the context of the promotion of human rights in general;
    (c) Identify problems and shortcomings in its approach to the implementation of the
    treaties; and
    (d) Plan and develop appropriate policies to achieve these goals” である。
    196 See Human Rights Watch, Turning a Blind Eye: Impunity for Laws-of-War Violations
    during the Gaza War (2010), available at http://www.hrw.org/node/89575 (last visited Dec.
    2016); Michael N. Schmitt, “Investigating Violations of International Law in Armed Con-
    flict”,Harvard National Security Journal, Vol. 2 (2011),p. 31.
    197 Report of the Committee of independent experts in international humanitarian and hu-
    man rights laws to monitor and assess any domestic, legal or other proceedings undertaken
    by both the Government of Israel and the Palestinian side, in the light of General Assembly
    resolution 64/254, including the independence, effectiveness, genuineness of these invest –
    gations and their conformity with international standards, U.N. Doc. A/HRC/15/50 (23
    September 2010); Report of the Committee of Independent Experts in International Hu-
    manitarian and Human Rights Law established Pursuant to Council Resolution 13/9, U.N.
    Doc. A/HRC/16/24 (18 March 2011).
    198 Sharon WeiU and Valentina Azarova, “The 2014 Gaza War: reflections on jus ad bellum,
    jus in bello, and accountability”,The War Report: Armed Conflict in 2014, A. Bellel (ed.)
    (Oxford University Press, 2015), pp. 384-385.
    207
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    4.3.3.2 2014年のカ、、ザ紛争に関する『2014年カ、、ザ紛争報告書』
    2007年以来、イスラエルによるカ、’ザ地区の封鎖は継続されており、カ、’ザ地区の経済を逼
    迫させるとともにパレスチナ人の人権に厳しい制約を課すものであったため、状況が悪化
    することが予想されていた199。そのような中、2014年6月12日、イスラエルの10代の
    少年3名が誘拐され残虐に殺害されたことに対する報復として、イスラエル側が7月2日
    にパレスチナ人の16歳の少年を生きたまま燃やすという残忍な方法で殺害したことに端
    を発して、東エルサレム(East Jerusalem)を含むウェストバンク(West Bank)において緊張
    感が増し反パレスチナの論調が急激に高まるとともに、抗議活動や武力衝突がパレスチナ
    とイスラエル軍間にまで拡大した200。
    2014年7月7日にイスラエル当局は、「境界防衛作戦(Operation Protective Edge) Jを
    開始し、イスラム原理主義組織であるハマス(Hamas)を主な目標としてカ、’ザ地区等に対す
    る空爆を実施した。作戦初期の空爆の後、7月17日、イスラエル軍は地上戦を展開し、8
    月26日にイスラエル軍とパレスチナ武装組織は無条件停戦の合意に至った201。
    当該紛争による犠牲者は、7月31日には既にパレスチナ側の死者数が1,442名に上り、
    これまでの最多であった2008年末から2009年にかけて3週間実施されたイスラエル軍の
    攻撃による死者数を上回ったことが報道され202、最終的な死者数は2,251名(うち文民
    1,462名)にまで上ったとされている203。
    2014 年 7 月 23 日、国連人権理事会(United Nations Human Rights Council: UNHRC)
    は、カ、’ザ地区等における国際人道法及び国際人権法違反を緊急調査するためにシャバス
    (William Schabas)を長とする調査委員会を立ち上げた。その調査結果として、2015年6
    月に『2014年のカ、’ザ紛争調査委員会調査結果詳細報告書(R<冬»orl of the detailed findings of
    the Commission of Inquiry on the 2014 Gaza Conflict)(以下、2014 年カ、’ザ紛争報告書)』
    が作成された。
    『2014年カ、’ザ紛争報告書』によると、イスラエル軍は、空爆の際に「力、’ザ地区の文民を
    保護するために国際人道法が要求していることよりも厳格な予防措置をとった」ことを繰
    り返し主張し、イスラエル軍がとった予防措置は、「目標となる建物の住民や近隣住民へ
    の警告のための電話、携帯電話やスマートフォンへのテキストメッセージ(text messages)
    の送信、大音量拡声器によるアナウンス、近隣住民へのリーフレットの投下、ラジオ放
    送、建物の屋根に向けた小規模な警告射撃及び文民発見時の空爆の中断」等であったとさ
    199 Report of the independent commission of inquiy established pursuant to Human Rights
    Council resolution S-21/1 [hereinafter “Report of 2014 Gaza Conflict\ U.N. Doc. A/
    /HRC/29/52 (24 June 2015), p. 5, para.15.
    200 Ibid., pp. 5-6, paras. 17-18.
    201 Ibid., p.6, para.19.
    202 AFPBB News,「力、’ザ地区の死者数、過去最悪の1442人に」(2014年8月1日13時11
    分配信)、Available at http://www.afpbb.com/articles/-/3022061 (last visited Dec. 2016).
    203 Report of 2014 Gaza Conflict, p.154, para. 574.
    208
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    れる204。これらのイスラエル軍による予防措置については、2006年の第2次レバノン戦争
    や2008年のカ、、ザ紛争において実施した予防措置が第1追加議定書の要件を満たしていな
    いと判断されたことを教訓にして、建物の屋根に向けた警告射撃等を徹底することによっ
    て有効な予防措置と認められることを企図したものであると考えられる。なお、イスラエ
    ルによれば屋根を打っための軽度な武器を用いた警告射撃は、2008年のカ、、ザ紛争において
    も実施したとされている205。
    イスラエルの公式発表では、特に建物の屋根に向けた小規模な警告射撃を“roof-knock/
    knocking”と呼称し、当該作戦において文民の保護に非常に効果的であったと述べられてい
    る206。しかしながら、調査委員会が現地において住民等からインタビューをした結果、調
    査対象とされた被害を受けた建物のうち“roof-knock/ knocking”による事前警告を受けたと
    回答したのは15件中3件であり、残りの12件は事前警告を受けていないと回答した207。
    上記の他、報告書では、“roof-knock/ knocking”による警告は、高層建築物の下層階に住む
    文民には気付かれないこと、気付いたとしても屋外の攻撃によって逃げ場がないこと、高
    齢者や乳幼児にとって数分間で避難することが困難であること等を理由として、効果が不
    十分であると評価した208。最終的に、『2014年カ、’ザ紛争報告書』は、イスラエル軍による
    予防措置について以下のとおり結論付けた。
    「これらの限定的な効果しかない予防措置は、作戦の初期に断念されてしまったに違いない、そうでなけ
    れば多くの建物が住民と共に完全に破壊されることはなかったであろう。イスラエル軍がすべての実行可
    能な攻撃の際の予防措置の義務を完全に実施しなかったことは、増え続ける文民の死傷者数が物語ってお
    り、これらの予防措置について再調査の必要がないことは明らかである」209
    上記のように、『2014年カ、’ザ紛争報告書』は、文民の死傷者数が多いことを主な理由と
    して、イスラエル軍による攻撃の際の予防措置が不十分であり要件を満たさないものであ
    ると判断したといえる。
    一方、イスラエルは、2008年のカ、’ザ紛争時と同様に今回の紛争についても『2014年の
    力、’ザ紛争:事実及び法的側面(Zfte 2014 Gaza Conflict: Factual and Legal Aspects)』と題し
    た調査書を2015年5月に作成し、「境界防衛作戦(Operation Protective Edge)」の分析や
    204 Ibid., pp. 64, 71,paras. 231, 257.
    205イスラエルによれば2008年のカ、’ザ紛争においても屋根を打っための軽度な武器を用い
    た警告射撃を実施していたとされるが、当時はまだ“ roof-knock/ knocking”という呼称はな
    く、斜体で“ warning shots from light weapons that hit the roofs, と表記されていた。The
    State of Israel, The Operation in Gaza 27 December 2008-18 January 2009 Factual and
    Legal Aspects (2009), p.100, para. 264.
    206 Report of 2014 Gaza Conflict, p. 65, para. 235.
    207 Ibid., pp. 57-58, para. 214.
    208 Ibid., pp. 65-67, paras. 236-239.
    209 Ibid., p. 67, para. 242.
    209
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    法的妥当性等について公表している210。なお、当該調査書は、前回のカ、、ザ紛争後に新たに
    設けられた独立性の高い事実調査評価機構(FFA mechanism)が調査した結果を踏まえたも
    のである211。
    当該調査書においては、特に、「武力紛争法違反の申し立てに関するイスラエルの調査
    (Israel’s Investigation of Alleged Violations of the Law of Armed Conflict)\ と い う項目を設
    け、『2014年カ、、ザ紛争報告書』において国際人道法違反等について指摘された点について
    以下のように反論している。
    「ハマス当局は、イスラエル軍の警告を無視し避難しないことを文民に勧めたが、イスラエル軍はその
    ようなアドバイスにしたがった文民を自発的な人間の盾とみなして合法な攻撃目標とみなすことはなかっ
    た。イスラエル軍はそのような文民を均衡性(比例性)原則の評価において割り引いて(discount)考える
    こともなかった」212
    「多岐にわたる軍事作戦において、一つの建物が被害を受けた理由を明確に示す証拠を提供することが
    困難なこともある。イスラエル軍は軍事目標しか標的としないが、建造物が軍事目的に利用された痕跡を
    裁判の証拠として攻撃後に利用できることは稀である。そのような証拠は、攻撃によってほとんどの場合
    破壊され、あるいは時間があればテロ組織によって除去されてしまうであろう。したがって、軍事利用さ
    れていたという裁判上の証拠を収集することが不可能であることは珍しいことではない。ほとんどの軍隊
    がそうであるように、残念ながらイスラエル軍も情報源や入手方法を危険に晒すことなくすべての攻撃に
    ついての詳細な根拠を公開することはできない。武力紛争法には、そのような情報の公開を要求すること
    や義務付けることが含まれていない」213
    上記の人間の盾に関するイスラエルの見解は、文民によって守られた軍事目標は均衡性
    (比例性)原則の評価の際に「割り引かれる(be discounted)\と主張していたシュミット
    の見解よりも国際人道法を厳格に捉えた解釈であるといえる。また、区別原則について、
    イスラエルは、攻撃の正当性を主張するとともに攻撃決定の根拠となった証拠を提示する
    ことが困難な理由について言及している。
    イスラエルによる国家の説明責任に関しては、『2014年カ”ザ紛争報告書』においても
    「説明責任(Accountability)」として一つの章を構成し、イスラエル及びパレスチナ側の説
    明責任の根拠や国内における調査体制、訴追制度及び国際人道法に関する立法状況等につ
    210 The State of Israel, The 2014 Gaza Conflict: Factual and Legal Aspects (2015), Available
    at http://mfa.gov.iI/ProtectiveEdge/…/2014GazaConflictFuIIReport.pdf (last visited Dec.
    2016).
    211 Ibid., pp. 224-226.
    212 Report of 2014 Gaza Conflict, p.105, para. 400.
    213 Ibid., pp. 58-59, para. 215.
    210
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    いて多くのページが割かれている214。『2014年カ、、ザ紛争報告書』においては、「近年、イス
    ラエルは国際標準に準拠した調査体制の構築に向けて注目に値する措置を講じている」と
    してイスラエルによる説明責任を果たす取組みを評価している215。
    しかしながら、当該報告書では、「イスラエルから提供された資料を含めて各事例を調
    査した結果、軍事目標と判断するには不十分な情報に基づいて攻撃したことが認められ
    る」、「イスラエルが機密にかかわる詳細な情報を公開できないというジレンマを抱えてい
    ることは委員会も承知しているが、情報保障の考慮が国際法上の義務を免れることにはな
    らない」、「攻撃の正当性を評価するためにイスラエルが必要な証拠を提出する義務は依然
    として残されており、真実が明かされることによって犠牲者を救済することになる」とし
    て216、イスラエルに公開できない情報があることを甚斗酌しつつも、いくつかのイスラエル
    の攻撃が国際人道法違反に当たると判断している。また、『2014年カ、、ザ紛争報告書』は、
    「イスラエル軍が住居用のビルに攻撃したこと、人口密集地の広範囲に影響を及ぼす大砲
    やその他の爆発性兵器を用いたこと、力、、ザ地区ほぼ全域を破壊したこと等は、個々の軍人
    が作戦計画に従って実施したものと考えられるが、作戦計画そのものが武力紛争法に違反
    していた可能性がある」217として作戦計画を立案した者の責任についても言及している。
    他方、本報告書は、ハマス等のパレスチナ側の国際人道法及び国際人権法違反についても
    指摘している218。
    上記の報告書の内容から言えることは、『2014年カ、’ザ紛争報告書』においては、イスラ
    エルが実施した予防措置、特に“roof-knock/ knocking”に関しては調査した15件中3件し
    か実施されなかったこと等を理由に効果が不十分であったと結論付けられたが、そもそも
    調査した建物は死傷者が多く発生した建物であったため、“roof-knock/ knocking”による事
    前警告を受けて無事に避難できた文民の数を評価対象としたものではないといえる。すな
    わち、イスラエル軍の予防措置が効果的であったか否かを評価するのであれば、“roof-
    knock/ knocking”等の事前警告によって付随的損害を免れた人数と“roof-knock/ knocking”
    等が効果的でなく残念ながら犠牲となってしまった人数を比較衡量して検証すべきである
    と考えられるが、当該報告書においては犠牲者が生じた事例のみに焦点を当てて評価して
    いるといえる。
    また、そもそも第1追加議定書第57条2項の予防措置に関する「具体的かつ直接的な
    軍事的利益」等の均衡性(比例性)原則に基づいて違法な攻撃であったと評価される可能
    性があったとしても、第1追加議定書の規定はイスラエルには直接適用されないため、慣
    214『2014年カ、’ザ紛争報告書』全185頁中の20頁分を占めており、概要2頁、イスラエ
    ル14頁、パレスチナ3頁及び評価1頁の構成となっている。
    215 Ibid., p.163, para. 608.
    216 Ibid., pp.181-182, para. 669.
    217 Ibid., p.182, para. 671.
    218 Ibid., p.182, paras. 673-674.
    211
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    習法であるとされる人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則に照らしてイスラ
    エルの攻撃が違法であったことを『2014年カ、、ザ紛争報告書』は明確に示していないといえ
    る。
    しかしながら、2014年のカ、、ザ紛争において1,462名という多数の文民が犠牲になったと
    いう厳然たる事実に鑑みると、イスラエルの予防措置等についての主張を無条件に受け入
    れることは困難であり、『2014年カ、’ザ紛争報告書』において文民の死傷者数を主な理由と
    してイスラエル軍による攻撃の際の予防措置が不十分であり要件を満たさないものである
    と判断を下したことに一定の合理性が認められるといえる。
    4.4 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的評価から導
    出される考察
    ICTYにおける訴追手続きを概観した結果、文民や民用物に対する付随的損害が大きく
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則に抵触すると考えられる事例であっても、武力
    紛争時における均衡性(比例性)原則そのものの合法性を直接扱った判例はほぼみられな
    かった219。「クプレスキッチ他事件」及び「マルティッチ事件」においては、武力紛争時
    における均衡性(比例性)原則を評価する代わりに、文民を直接攻撃の対象とすることが
    戦時復仇として認められるか否かという論点及び戦時復仇の均衡性に基づいて合法性を判
    断するというアプローチを採用したものといえる。また、ICTYの『NATO空爆調査委員
    会最終報告書』においては、武力紛争時又は戦時復仇における均衡性(比例性)原則では
    なく、区別原則に反するか否かを検討することによって、攻撃の合法性を判断するアプロ
    ーチを採用する事例が多くみられる。
    ICTYにおいて武力紛争時における均衡性(比例性)原則の合法性自体が論点とならな
    かった理由としては、非国際的武力紛争の場合においては第1追加議定書に規定する均衡
    性(比例性)原則に対する違反を直接適用することができないことが挙げられる。しかし
    ながら、「クプレスキッチ他事件」において、人道の基本原則等を反映した均衡性(比例
    性)原則であれば非国際的武力紛争においても適用することが可能であることが示された
    にもかかわらず、これに抵触する可能性がある事例においても論点とされていない。
    このことは、人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則とはどのようなもので
    あるかを明確にできないことがその理由の一つとして挙げられる。さらには、均衡性(比
    例性)原則が多分に攻撃決定者等の主観に頼るものであり、裁判手続きを通じて立証する
    ことが困難であることも別の理由として考えられる。仮に、客観的に均衡性(比例性)原
    219真山教授は、ICTYにおいて、ある行為規範では違法ではなかった行為を別の行為規範
    に乗り換えて判断する方法(適用規則乗り換え)がとられていることを例に挙げ、特に、
    過度ではない付随的損害であったものを主観的要素の解釈で区別原則違反として判断する
    ことにより、許容される付随的損害の範囲をいくらか狭めることがあることを問題点とし
    て指摘している。真山全「武力紛争法の展開の方向性とその評価ー付随的損害の扱いを中
    心に」(2016年度世界法学会研究大会報告資料、2016年5月14日)5頁。
    212
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    則に反するとみられる事例であったとしても、本人尋問等において攻撃決定者等が軍事的
    利益を多くあるいは付随的損害を少なく見積もっていたと主張した場合、あるいは意図的
    又は恣意的ではなく当時得られていた情報に基づいて攻撃の決定を下したと主張した場合
    には、ICTY検察局がそれを覆すことを可能にする客観的な証拠によって違法性を立証す
    ることが必要になる。そのため、国際人道法違反や戦争犯罪で訴追しようとする場合に
    は、第1追加議定書の武力紛争時における均衡性(比例性)原則又は人道の基本原則等を
    反映した均衡性(比例性)原則違反で立証することを避け、戦時復仇や区別原則のような
    比較的立証することが容易な国際人道法の原則違反を用いるのではないかと考えられる。
    したがって、武力紛争時における均衡性(比例性)原則あるいは人道の基本原則等を反
    映した均衡性(比例性)原則は、攻撃決定者等に事前の抑止力として作用することは期待
    できるが、実際に過度な付随的損害を生じさせる攻撃が生起してしまった場合にはその違
    法性を事後に争うことが困難な規定であるといえる。
    ICTYは、第1追加議定書に規定する武力紛争時における均衡性(比例性)原則が慣習
    国際法であるとまでは明言していないが、先述のように人道の基本原則等を反映した均衡
    性(比例性)原則は慣習国際法であるとする見解に立っているといえる。当該見解は、イ
    スラエル最高裁が「標的殺害」事件において、武力紛争時における均衡性(比例性)原則
    が国際法にとって重要であり、憲法の要求する範囲において拘束されると判示したことか
    らも、第1追加議定書非締約国であるイスラエルが一定程度武力紛争時における均衡性
    (比例性)原則が慣習国際法であると解釈していることと矛盾しないといえる。
    『第2次レバノン戦争報告書』では、イスラエルが攻撃の際の予防措置のような第1追
    加議定書に規定する武力紛争時における均衡性(比例性)原則を遵守する意思があること
    が示された。結果的に、イスラエルによる当該予防措置は、効果的でなかったことを理由
    に違法性の阻却事由とはなり得なかったものの、人権理事会に対する報告書の性質が人道
    及び人権の考慮を重視したものである可能性を考慮した場合、イスラエルによる当該予防
    措置は第1追加議定書非締約国による実行として将来的に評価され得るものであると考え
    られる。
    『ゴールドストーン報告書』及び『2014年カ、、ザ紛争報告書』は、『第2次レバノン戦争
    報告書』と同様に国連人権理事会が設立した調査委員会の現地調査の結果に基づくもので
    あり、人道や人権に配慮した結論となっているといえる。国連人権理事会の任務として、
    「重大かつ組織的な侵害を含む、人権侵害の事態に取り組み、それについて勧告すべき」
    ことが挙げられるため220、国際人道法や国際人権法を厳粛に評価することによって各国の
    人権侵害を防止することは自明であるといえる。
    220 「人権理事会創設決議」第 3 項;U.N. Doc. A/RES/60/251(3 April 2006).
    213
    【第II部】第4章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則に関する国家実行及び法的
    評価
    他方、自然環境保護に関する均衡性(比例性)原則のような第1追加議定書の規定は、
    国連人権理事会に対する報告書では慣習国際法であるとされているものの、UNEPが作成
    した文書においては慣習国際法ではないとされている。いずれの国連機関であっても、
    各々の機関の趣旨及び目的に沿った見解があって然るべきであると考えられる。しかしな
    がら、第1追加議定書第35条3項及び第51条1項の規定は、本稿第3章で述べたよう
    に、国連国際法委員会(ILC)において現在もその慣習法性に関する議論が継続中であるた
    め、同じ国連の機関ではあるものの国際法の解釈に関してはILCの解釈が通説的な見解で
    あると考えられる。すなわち、UNEPが示したように自然環境保護に関する均衡性(比例
    性)原則のような第1追加議定書の規定は、現時点ではイスラエルのような第1追加議定
    書非締約国に効力が及ばないといえる。
    214
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    本章においては、前章までに確認及び考察した事項を基に、武力紛争時における均衡性
    (比例性)原則が現在において機能しているのか、また、機能しているならばそれが何故に
    機能し得るのかという点について法的側面及び実効的な側面から考察する。また、第4章
    の考察を踏まえて、武力紛争時における文民及び民用物の保護や自然環境の保護にどの程
    度影響を及ぼし得るのかについて考察する。
    5.! 国際法平面から導出される考察
    第1章において概観したように国際法平面において均衡性(比例性)原則という用語は
    いくつかの分野で用いられている。ここでは、武力紛争時における均衡性(比例性)原則自
    体について言及する前に国際法全体における均衡性(比例性)原則と武力紛争時における均
    衡性(比例性)原則との類似点及び関連性等が見出せるか否かについて考察する。類似点や
    関連性を見出す理由としては、国際法全体に適用される均衡性(比例性)原則が武力紛争時
    における均衡性(比例性)原則との比較において何らかの類似点及び関連性を有するならば、
    直接的ではないとしても武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現在における解釈や将
    来的な発展の可能性等についても影響を及ぼし得ると考えられるためである。
    5.1.! 国際法全般における均衡性(比例性)原則との類似点及び関連性
    海洋境界画定事件における均衡性(比例性)は、1969年の「北海大陸棚事件」において
    衡平の原則を確保するために不公平を是正するための一要素として位置付けられたことを
    嗜矢として、「チュニジア・リビア大陸棚事件」以降は一般「原則」のように扱われるよう
    になり、近年では2009年の「黒海境界画定事件」で示されたように海洋の境界画定に必須
    の原則となりつつあるといえる。
    この点は、第2章において述べたように、均衡性(比例性)原則に通じる不必要な苦痛の
    禁止が1899年及び1907年の「ハーグ陸戦条約及び規則」において明文化されたことを嘴
    矢として、1977年の第1追加議定書において現在の武力紛争時における均衡性(比例性)
    原則が明文化されるとともに基本「原則」として確立し、2000年のICTY「クプレスキッチ
    他事件」において軍事目標を攻撃する際には均衡性(比例性)原則が常に適用されると判断
    されたこと、及び議論はあるものの2005年のICRCの『慣習国際人道法』において武力紛
    争時における均衡性(比例性)原則が慣習国際法になったと主張されるまでに至った経緯と
    類似しているといえる。
    また、海洋境界画定における均衡性(比例性)の位置付けや評価基準が曖昧であったため
    に、icjにおいて「均衡性テスト」のような評価の概念が用いられ評価基準の精緻化が図ら
    れること等によって、裁判官の主観で判断することを回避するための方策がとられつっあ
    215
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    ることも、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の評価基準と同様の経緯を辿っている
    といえる。
    もっとも、海洋の境界画定における均衡性は、地理的状況等に基づく不公平を是正するこ
    とを主な目的とするものであり、武力紛争時における均衡性(比例性)原則は、軍事的必要
    性と人道の考慮のバランスをとることにより付随的損害を最小限に抑えることが主な目的
    である。しかしながら、双方の均衡性の目的に差異はあるものの、均衡性(比例性)原則を
    適用することにより国家間の争いの衡平な解決を企図し国際社会の安定に寄与するという
    点において、両分野における均衡性(比例性)原則の位置付けやベクトルの向きには共通点
    があるといえる。
    対抗措置(平時復仇)における均衡性(比例性)原則の評価基準は、1928年の「ナウリ
    ラ事件」における「おおよそ均衡した」ものであればよく、「全く均衡しない」復仇が違法
    であるという基準が1978年の「米仏航空業務協定事件」まで踏襲されてきたといえる。そ
    の後、1997年の「カ、、ブチコボ♦ナジマロシュ計画事件」において、「ナウリラ事件」の評価
    基準を踏まえた上で、一般国際法上の原則に配慮した形の要件が提示されたように、対抗措
    置(平時復仇)における均衡性(比例性)原則の評価基準は国際社会に受入れられ易い形で
    発展してきたとみることができる。国際裁判所等が対抗措置(平時復仇)における均衡性(比
    例性)原則を曖昧なままにせず、「全く均衡しない」という基準の精緻化を図ってきた状況
    については、ICRC等によって評価基準等の明確化が推進されている武力紛争時における均
    衡性(比例性)原則の状況との類似点が見出せる。
    上記のように、国際法全般における均衡性(比例性)原則と武力紛争時における均衡性(比
    例性)原則とを比較した結果、その究極的な目的が「異なる利益の調整機能」を果たすとい
    う点において共通している面があるといえる。「異なる利益の調整機能」は、均衡性(比例
    性)原則が有する最も根本的かつ基本的な機能であり、国際社会に比較的受け入れられ易い
    ものでもあるといえる。均衡性(比例性)原則が武力紛争に関するもののような特定の分野
    のみならず、国際法平面全般に広く用いられることになってきつつあることは、価値または
    権利の調整が必要とされる分野が従前に比して増加したことがその要因の一つとなってい
    ると考えられる。
    5.1.2 jus ad bellumにおける均衡性(比例性)原則との類似点及び関連性
    jus ad belumの「必要性•均衡性原則」における均衡性原則については、1994年の「核
    兵器使用合法性事件」において、jus in belloすなわち武力紛争時における均衡性(比例性)
    原則をも考慮するべきことが示された。この点において、武力紛争時における均衡性(比例
    性)原則は、jus ad bellumの「必要性•均衡性原則」における均衡性原則の一部に含まれる
    可能性があるといえる。
    216
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    また、jus ad heliumの「必要性•均衡性原則」における均衡性原則は、武力紛争時におけ
    る均衡性(比例性)原則の構成要素となり得るか否かについて議論のある「部隊の安全
    (security of the force/ force protection)J にも関連する。例えば、ニュートン(Michael New-
    ton) とメイ(Larry May)は、「すべての軍事作戦には、個人又は部隊に対する脅威がつきもの
    であり」、「個人の自衛(individual self-defense)又は部隊の自衛(unit self-defense)が早急に求
    められる場合」において、「文民や民用物に対する付随的損害に関する情報を得る機会がな
    い時には」、「武力紛争時における均衡性(比例性)原則の評価基準を精査する必要がない」
    との見解を述べている1。ニュートンとメイによる上記の見解は、緊急時に武力紛争時にお
    ける均衡性(比例性)原則の要件が緩和されるべきであるとの主張ではなく、個人の自衛と
    部隊の自衛という固有の権利に基づいて合法性を評価するべきものであるといえる。すな
    わち、武力紛争時においても個人の自衛と部隊の自衛という固有の権利が保護の対象とな
    るため、過度な付随的損害を与える攻撃であっても武力紛争時における均衡性(比例性)原
    則違反とはならず国際法上合法となる可能性があることを示唆しているといえる。
    なお、上記の見解は通説ではないことに加え、「部隊の自衛(unit self-defense)」と「部隊
    の安全(security of the force/ force protection) Jという概念に多少の差異があると思われる
    ものの、武力紛争時における均衡性(比例性)原則は、jus ad heliumの「必要性•均衡性原
    則」における均衡性原則や個人の自衛と部隊の自衛といった固有の権利と完全に切り離し
    て考慮されるのではなく、状況によっては相互補完的に適用されることもあり得るといえ
    る。
    5.1.3 他のjus in heloにおける均衡性(比例性)原則との類似点及び関連性
    戦時復仇における均衡性(比例性)原則は、上述の1928年の「ナウリラ事件」における
    「おおよそ均衡した」ものであればよく、「全く均衡しない」復仇が違法であるという基準
    が現在もなお維持されているといえる。このことは、ICTYにおける2000年の「クプレス
    キッチ他事件」において「ナウリラ事件」の4要件に類似した原則が示され、戦時復仇が均
    衝性(比例性)原則の制限を受けるとしながらもその評価基準が明確に示されていないこと
    がその証左であるといえる。同様に、ICTYの2007年の「マルティッチ事件」においては、
    戦時復仇における均衡性(比例性)原則の評価基準が明確に示されることなく、要件を満た
    していないことを理由に戦時復仇として認められないとする判断が下されている。
    上記のように、現状では、戦時復仇における均衡性(比例性)原則の評価基準は依然とし
    て曖昧なままであるといえるが、ICTYのような国際裁判所等が積極的に戦時復仇における
    均衡性(比例性)原則に関する法的判断を下す傾向にある現状から推測すると、将来的には
    同原則の評価基準の精緻化が図られる可能性はあるものと考えられる。
    1 Michael Newton and Larry May, Proportionality in International Law (Oxford university
    press, 2014), p. 291.
    217
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    封鎖における均衡性(比例性)原則は、伝統的な規則や慣習国際法から導かれた概念では
    なく、1994年の『サンレモ•マニュアル』において新設されたものであるため、同原則の
    慣習法性や拘束力の有無については明らかではない。また、『サンレモ•マニュアル』para.
    102において「具体的かつ直接的な軍事的利益との関連で、文民たる住民への危険が過度と
    なるか、そのように期待される場合」の封鎖が禁止されるとして、武力紛争時における均衡
    性(比例性)原則と類似した文言が用いられてはいるものの、当該パラグラフは第1追加議
    定書第54条1項における住民の飢餓の禁止を受けて設けられたものであるとされる2。し
    たがって、封鎖における均衡性(比例性)原則は、封鎖を絶対的に禁止するのではなく相対
    的に禁止するという点において、均衡性(比例性)原則に用いられている文言に類似したも
    のであると考えられるものの、封鎖における均衡性(比例性)原則と武力紛争時における均
    衝性(比例性)原則との関連性は希薄であるといえる。しかしながら、従来存在しなかった
    国際法分野にも均衡性(比例性)原則に準じた規則が設けられたことは、国際法平面におい
    て均衡性(比例性)原則の概念が拡大傾向にあることを示す一例であるといえる。
    5.2 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の展開状況から導出される考察
    第2章においては、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の起源、概要及びその後の
    展開状況を確認した。その結果、「ハーグ法」が主であり軍事的必要性が重要視されていた
    時代から、1949年のジュネーヴ諸条約による「ジュネーヴ法」が出現したことを分水嶺と
    して、時代を経るごとに人道の考慮を優先させるパラダイムへとシフトし、現代においては
    均衡性(比例性)原則を含む武力紛争時に適用される基本原則が確立し、各種条約やマニュ
    アルに導入されるようになった経緯が確認できた。ここでは、上記の展開状況から導出され
    る武力紛争時における均衡性(比例性)原則の意義について考察する。
    5.2.1 将来における新たな領域、対象への適用可能性
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則の適用領域は、『サンレモ•マニュアル』、『AMW
    マニュアル』及び『タリン•マニュアル』等により、陸、海、空及びサイバー空間へと拡大
    する傾向にあり、適用対象は、『ICC規程』第8条2項(b)(iv)によって、文民及び民用物の
    みならず自然環境にまで拡大する傾向にあることを確認した。
    適用領域における拡大傾向については、各種マニュアルの規則や起草過程の際の国際法
    学者や軍の専門家による合意等に依拠するものであり、必ずしもすべての国家が遵守すべ
    き義務として法的信念を有しているとまでは言い切れない。しかしながら、時代の変化に伴
    い安全保障の観点等から「国際公共財(グローバル・コモンズ)」としての海やサイバー空
    間等を保護する必要性が高まってきており、国際的な関心が寄せられている分野であるこ
    とには間違いないといえる。
    2 Louise Doswald-Beck (ed.), San Remo Manual on International Law Applicable to Armed
    Conflict at Sea (Cambridge University Press, 1995), p.179.
    218
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    また、地球規模で自然環境保護に取り組もうとする国際社会や世論の後押し等があった
    ことによって、icc規程において結実した自然環境保護に関する武力紛争時における均衡
    性(比例性)原則が明文化されたことからも明らかなように、将来的に均衡性(比例性)原
    則が適用される領域や対象はさらに拡大することが予想される。
    例えば、サイバー攻撃が将来どのように発展するかは不明であるが、現時点における『タ
    リン•マニュアル』の規則、特に武力紛争時における均衡性(比例性)原則の規則によって
    制限がかけられていることやマルテンス条項から導出された第1追加議定書第36条の新た
    な兵器に対する制約のために、未知のサイバー攻撃に対しても国際社会から非難を浴びる
    ことが予想される。将来的にはサイバー攻撃から生じる付随的損害のみならず、サイバー空
    間内における付随的損害という概念も出現するかもしれないが、『タリン•マニュアル』に
    おける均衡性(比例性)原則がサイバー空間内にも適用される可能性があるということにょ
    り、同原則の存在が一定の抑止力に繋がるといえるであろう。
    上記のサイバー空間内における付随的損害のように、現時点では想像できない領域(南極、
    月、宇宙等)であっても、これまでの均衡性(比例性)原則の展開状況を考慮すると文民・
    民用物及び自然環境に対する付随的損害が生じる可能性があることが予想されるならば、
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則を採り入れた規則が今後設けられる可能性が高い
    と考えられる。
    均衡性(比例性)原則の適用対象である自然環境に関しては、地球規模での国際協力にょ
    ってしか解決し得ないものもあるため、自然環境保護に関する条約等の規定が曖昧である
    場合は特に国際社会に受入れられ易いといえる。例えば、「気候変動に関する国際連合枠組
    条約」のようないわゆる枠組条約は、早急な温暖化対策を求める島血與国等の立場と石油等の
    化石燃料の利用制限に反対するエネルギー輸出国等との立場間における妥協の結果、曖昧
    なー般的原則を掲げたものであったために、世界のほとんどの国が批准できたとされる3。
    枠組条約同様に、自然環境保護についての均衡性(比例性)原則も不明瞭であり曖昧である
    が故に法典化が進んできた面があるといえる。
    また、現在のところ自然環境については、第1追加議定書第35条3項における解釈であ
    る「自然環境そのもの」及び第55条1項における解釈である住民の健康又は生存を害する
    ような「食糧生産のための農業地域、飲料水施設、ダム、堤防及び原子力発電所等」が保護
    の対象として解釈されているといえる。しかしながら、これまでの武力紛争時における均衡
    性(比例性)原則の拡大傾向を考慮に入れるならば、例えば、地形・地質、生態系、自然景
    3 「枠組条約」は、不明瞭な表現が多用され曖昧であった一般的原則を掲げたものであれ
    ば合意や批准が容易であるものの、一般的内容を超えて具体的に国家の義務を規定する国
    際合意については、その合意も批准も困難となることが多いとされる。中西寛『国際政治
    とは何か一地球社会における人間と秩序』(中公新書、2003年)199頁;自然環境保護に
    ついての均衡性(比例性)原則においても、詳細な基準を設けようとする場合には合意が
    困難となることが予想される。
    219
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    観、生物多様性のような評価基準を満たすことによって世界自然遺産に登録されている地
    域等についても保護の対象として解釈することや、観光業が主要な収入源である国家等に
    ついては自然環境の価値をより重視する等の解釈を付与することや新たな規則が設けられ
    ることも考えられる。また、絶滅の危機に瀕している生態系に対するような付随的損害は、
    「広範、長期的かつ深刻な」損害のうちの「深刻な」環境損害の条件を満たすとする見解が
    あるように4、「広範、長期的かつ深刻な」損害の範囲も現在は不明確であるが、将来的には
    拡大的に解釈される可能性が高いものと考えられる。
    5.2.2慣習国際法としての結晶化
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則が第1追加議定書の非締約国や非国際的武力
    紛争を含むすべての紛争に等しく適用されるためには、同原則が慣習国際法であるか一般
    国際法として広く認められていなければならない5。
    藤田教授によれば、国際人道法の諸規則を一般国際法としての軌道に乗せるためのべク
    トルはこれまで慣習国際法のみであったが、「相次ぐ条約の作成」という他のベクトル、す
    なわち、「条約から条約へと現代化し、変化の条件に対応し、かつ経験に照らして進歩する
    人道法規範の発達のパターン」があるとされる6。その上で、「時間の経過とともに参加国の
    輪が拡大するにつれ、規範全体として(個別規範のいくつかではなく)新文書は唯一の引証
    基準として(いうなら法的信念として)法的環境を仕上げる」ことがあるとされる7。後者
    のベクトルである「相次ぐ条約の作成」の可能性に関して、武力紛争時における均衡性(比
    例性)原則は第1追加議定書において明文化され、その後の「特定通常兵器使用禁止制限条
    約(Convention on Certain Conventional Weapons: CCW)」議定書 II、ICTY 規程、ICC 規
    程及び条約ではないが各種マニュアル等に反映されているといえる。しかしながら、第1追
    加議定書の均衡性(比例性)原則に関連する規定については、イギリス、カナダ、ドイツを
    はじめとするいくつかの国が留保や解釈宣言を付しているほか、米国やイスラエルのよう
    な軍事大国が第1追加議定書の規範全てを受け入れていないという現状においては、第1
    追加議定書が唯一の引証基準であるとは言えず、武力紛争時における均衡性(比例性)原則
    が一般国際法であるとは言い切れないであろう。
    他方、前者のベクトルである慣習国際法であるか否かについては、先述のとおり既に
    ICRCの『慣習国際人道法』rule14において均衡性(比例性)原則が国際的武力紛争及び非
    4権南希「武力紛争時における環境保護に関する国際規範の形成一ENMO D、第1追加議
    定書における環境保護関連規定を中心に」『関西大学法学論集』第61巻1号(2011年)
    96頁。
    5 「一般国際法(general international law)」は、国際社会における多数の国家に妥当する
    ものであり、「慣習(普遍的)国際法(universal international law)Jは、国際社会全般に妥
    当するものとされるが、場合によっては「一般国際法」と「慣習(普遍的)国際法」をと
    もに「一般国際法」と呼ぶこともある。田畑茂二郎『国際法講義上〔新版〕』(有信堂高
    文社、1982年)33頁。
    6藤田久一『新版国際人道法』(有信堂高文社、1993年)249頁。
    7同上。
    220
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    国際的武力紛争の双方に適用される慣習国際法であるとされている。この『慣習国際人道法』
    におけるICRCの研究手法に対しては、第3章で述べたように2006年の米国務省による書
    簡において米国から異議が唱えられている。ただし、米国務省による指摘は『慣習国際人道
    法』全体の研究手法に対するものが主であり、いくつかのRuleについては個別に批判して
    いるものの、その個別批判の規則に均衡性(比例性)原則を示すRule14は含まれていない
    8。また、米国務省による『慣習国際人道法』の研究手法に対する指摘の内容が、広範かつ
    統一的な国家実行という基準を満たしていないこと、実際の軍事活動ではなく軍のマニュ
    アルを国家実行として強調していること、第1追加議定書非締約国による否定的な実行を
    重視していないこと等であったことを想起すると、武力紛争時における均衡性(比例性)原
    則が慣習国際法であるか否かを明らかにするためには近年の国家実行を再評価する必要が
    あると考える。これまで検討してきたように、マルテンス条項が慣習国際法として確立され
    てきた経緯を踏まえると、武力紛争時における均衡性(比例性)原則についても同様の経緯
    を辿る可能性は高いものと考えられる。
    5.3 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の役割及び意義
    第1追加議定書等の国際人道法の規定を正しく解釈するためには、起草時の議事録や条
    文規定のコメンタリーにあたることは重要である。しかしながら、第1追加議定書作成時
    においては、「人間の盾」のような位置付けが曖昧なグレーゾーンともいえる存在や精密誘
    導ミサイル等の新たに開発された害敵手段を考慮することなく作成及び解釈されているた
    め、均衡性(比例性)原則に基づいて評価する際にも軍事的必要性と人道の考慮が適切に均
    衡するように関連規定を改めて精査する必要があるといえる。 *
    8米国務省の書簡において、個別的に批判している『慣習国際人道法』のRuleは以下の4
    つである。
    Rule 31
    「人道的救済要員は、尊重され、かつ、保護されなければならない“Humanitarian relief personnel must
    be respected and protected”」
    Rule 45
    「自然環境に広範、長期的かつ深刻な損害を引き起こすことが意図され、又は予測される戦闘の方法及び
    手段は禁止される’The use of methods or means of warfare that are intended, or may be expected, to cause
    widespread, long-term and severe damage to the natural environment is prohibited”」
    Rule 78
    「人体内で爆発する弾丸の対人使用は、禁止される“The anti-personnel use of bullets which explode
    within the human body is prohibited”」
    Rule 157
    「国家は、戦争犯罪について自国の国内裁判所に普遍的管轄権を付与する権利を有する“States have the
    right to vest universal jurisdiction in their national courts over war crimes”」
    U.S. Department of State, Initial response of US. to ICRC study on Customary Interna-
    tional Humanitarian Law with Illustrative Comments, November 3 (2006), Available at
    http://www.state.gov/s/l/2006/98860.htm (last visited Dec. 2016).
    221
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    第3章においては、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の関連規定や構成要素の解
    釈において、人道の考慮を重視する立場と軍事的必要性を重視する立場の間に乖離がある
    ことを確認した。その解釈の乖離を踏まえて、第4章で概観したように実際の事例等に均
    衡性(比例性)原則を適用する際の手法や問題点等から導出された結果に基づき、武力紛争
    時における均衡性(比例性)原則の役割及び意義について考察する。
    5.3.1 文民犠牲者の局限
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則の第1の目的は、その起源に鑑みると文民及び
    民用物に対する過度な付随的損害を引き起こす攻撃を禁止することである。したがって、均
    衡性(比例性)原則が機能しているか否かを評価する際に重要な論拠となるのは、文民犠牲
    者や民用物の破壊等の実数であるといえる。しかしながら、文民とともに保護の対象の一つ
    である民用物に関しては、軍民両用物のような混合目標のように合法的な標的として破壊
    されたものもその数に含まれるため、単純に破壊された建物の数や民間車両数等を付随的
    損害として考えることができないので定量的な比較衡量という観点からは参考にはならな
    いといえる。他方、文民を保護することの帰結として、文民が居住する家屋や学校等の保護
    にも繋がるといえるため、文民に対して武力紛争時における均衡性(比例性)原則が機能す
    るならば民用物にとっても間接的に機能するといえる。そのため、以下では文民犠牲者数の
    みに着目して検討することとする。
    紛争における実際の文民犠牲者数は、均衡性(比例性)原則が文民保護に寄与しているか
    否かの評価要素の一つになると考えられるが、紛争の規模や期間等によって犠牲者数が増
    減することはもちろん、人道法の基本原則には均衡性(比例性)原則以外にも区別原則等の
    基本原則があることに加え、それらの原則が遵守されたか否かは直接数字には表れない。ま
    た、精密誘導ミサイル等の害敵手段の性能の向上等により、それらの使用の有無によっても
    文民犠牲者数に影響を及ぼすといえるため、文民犠牲者数のみを根拠として均衡性(比例性)
    原則自体が有効であるか否かという結論を一概に見出すことはできないといえる。
    ただし、第4章において概観したように近年の紛争においては、従前に比してある程度
    均衡性(比例性)原則が遵守されているという紛争当事国(米軍を含むNATO軍、イスラ
    エル軍等)の実行を踏まえるならば、文民犠牲者数は一応の指針になると考えられる。この
    ことは、旧ユーゴへの空爆についてNATO軍の統合参謀本部が「歴史上、最も正確かつ最
    も付随的損害の少ない航空作戦であった」と主張していることからも裏付けられる9。
    上記のNATO軍による旧ユーゴ空爆における文民の犠牲者数は、調査した機関等のそれ
    ぞれの視座によって異なるが10、人道NGOであるヒューマン•ライツ•ウォッチによると
    9 Secretary of Defense William S. Cohen and General Henry H. Shelton, Chairman of the
    Joint Chiefs of Staff, Joint Statement on the Kosovo After Action Review, before the United
    States Senate Armed Services Committee, 14 October 1999.
    10ペンタゴンの発表では78日間のNATO空爆作戦で死亡した文民はほとんどなかった
    (so few)とされ、旧ユーゴ政府はNATO空爆作戦によって5,000名の文民が死亡したと反
    222
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    78日間にわたる空爆によって少なくとも489名、多ければ528名の文民が死亡したとされ
    る11。なお、旧ユーゴ紛争を通じた旧ユーゴ軍に起因する文民の死者数は、ICTYの分析に
    基づけば約10,000名であるとされる12。
    予防措置等がとられ均衡性(比例性)原則が遵守されていたとされるNATO空爆による
    文民の死者数を約500名と考えた場合、旧ユーゴ軍による死者数の約10,000名と比較して
    これが多いのか否かを評価することは単純なことではない。しかしながら、NATOが空爆
    に使用した爆弾の総トン数が6,303トンであるとされており13、これをパークスの研究によ
    る主な過去の空爆における爆弾の総トン数と文民犠牲者を比較してみると14、以下のとおり
    となる。
    対象都市 (Target) 年月 (Dates) 爆弾総トン数 (Bomb Ton- nage) 文民死者数 (Civilian Deaths) 総トン数に対する 文民死者の割合 (Deaths per Ton of Bombs)
    ゲルニカ (Guernica) 1937年4月 40.5トン 1,654 名 40.83
    ハンブルク (Hamburg) 1943年7月 5,128トン 42,600 名 8.03
    レムシャイト (Remscheid) 1943年7月 860トン 1,120 名 1.30
    ダルムシュタット (Darmstadt) 1944年11月 979トン 8,433 名 8.61
    ドレスデン (Dresden) 1945年2月 7,100トン 25,000 名 3.52
    東京 (Tokyo) 1945年3月 1,655トン 83,793 名 50.33
    大阪 (Osaka) 1945年3月 1,732トン 3,988 名 2.30
    (W. Hays-Parks, “Air War and the Law of War”,Air Force Law Review, Vol. 32(1), 1990, p.154, n. 459 から抜粋)
    コソヴォ (Kosovo) 1999年5月 6,303トン 500名 0.079
    論している。See Elizabeth Becker, Rights Group Says NATO Killed 500 Civilians in Ko-
    sovo War, Feb. 7 (2000), Available at http://www.nytimes.com/2000/02/07/world/rights-
    group-says-nato-killed-500-civilians-in-kosovo-war.html (last visited Dec. 2016).
    11 See Human Rights Watch, Civilian Deaths in The NATO Air Campaign, Civilian Deaths
    as a Result of Attacks, Vol.12, Number 1(D) (2000), Available at https://www.hrw.org/re-
    ports/2000/nato/Natbm200-01.htm#P230_56819 (last visited Dec. 2016).
    12 Patrick Ball, Wendy Betts, Fritz Scheuren, Jana Dudukovich, and Jana Asher, “Killings
    and Refugee Flow in Kosovo March-June 1999”,A Report to the International Criminal Tri-
    bunal for the Former Yugoslavia, American Association for the Advancement of Science
    (2002), p. 6.
    13 Anthony H. Cordesman, “The Lessons and Non-Lessons of the Air and Missile Campaign
    in Kosovo,”,Center for Strategic & International Studies (Revised August 2000) (2003) p.
    43; William J. Fenrick, “Targeting and Proportionality During the NATO Bombing Cam-
    paign Against Yugoslavia , European Journal of International Law, Vol.12 (2001),p. 489.
    14 W. Hays-Parks, “Air War and the Law of War”,Air Force Law Review, Vol.32 (1)
    (1990), p.154, n. 459.
    223
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    コソヴォを除く上記のデータは、パークスの研究によるものなので多少恣意的な数字で
    ある可能性は否めないが、少なくとも武力紛争時における均衡性(比例性)原則が明文化さ
    れていなかった第2次大戦頃の空爆に比べ、投下した爆弾等の総量すなわち空爆の規模と
    文民の死者数を比較した場合、文民の死者及び割合が減少していることは明らかである。空
    爆の規模に対して死者数や割合が減少した理由としては、先述のように様々な要因が考え
    られるが、NATO軍統合参謀本部が自負しているように予防措置を含む均衡性(比例性)
    原則が遵守されていることもその要因に含まれているといえよう。
    ここで注意すべきなのは、上記の数字はあくまでもNATO軍によるコソヴォ空爆という
    一連の事例に焦点を当てたものであるという点である。序章で述べたように、近年の武力紛
    争における死傷者数に占める文民の割合については増加傾向にあり、必ずしも文民の死傷
    者が減少しているわけではないため、すべての武力紛争において均衡性(比例性)原則が文
    民の保護に寄与していると断言することはできない。ただし、NATO軍が実施した空爆が
    均衡性(比例性)原則違反の罪等でICTYによって捜査されるべきではないと判断されたこ
    とを考慮するならば、少なくともコソヴォ空爆に関しては均衡性(比例性)原則を適切に遵
    守した攻撃の手段や方法がとられたということができる。したがって、他の武力紛争におい
    ては均衡性(比例性)原則が遵守されているか否かが明確ではないが、多数の文民犠牲者が
    発生した2008年及び2014年のカ、、ザ紛争においては国連人権理事会がイスラエルとハマス
    の双方が均衡性(比例性)原則を含む国際人道法に違反したと評価したことを考慮すると、
    力、、ザ紛争においては双方の均衡性(比例性)原則違反等によって多くの文民の死傷者が生起
    したと考えられる。換言すれば、NATO軍のコソヴォ空爆のように均衡性(比例性)原則
    が適切に遵守されたならば文民の死傷者は局限できるといえる。
    上記のことから、武力紛争時における均衡性(比例性)原則は、適切に遵守された場合に
    は文民の保護に寄与し得るといえる。すなわち、適切に遵守されるならば現代において武力
    紛争時における均衡性(比例性)原則は実際に機能し得るといえる。しかしながら、前章ま
    で確認してきたように武力紛争時における均衡性(比例性)原則の評価基準が曖昧であるに
    もかかわらず何故機能し得るのか、また、実際にどのような影響を及ぼしているのか等につ
    いての疑問は依然として明確であるとは言えないため、第3章及び第4章の内容を踏まえ
    て以下考察する。
    5.3.1.!柔軟な適用
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則が慣習国際法として結晶化しつつあるのは、先
    述のとおりである。第1追加議定書の締約国は、2016年現在174か国であり15、イギリス、
    15締約国174か国のほか、3か国(イラン、パキスタン、米国)が署名している。See
    ICRC, Treaties, States Parties and Commentaries, Protocol Additional to the Geneva
    Conventions of 12 August 1949, and relating to the Protection of Victims of International
    Armed Conflicts (Protocol I), 8 June 1977.
    224
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    カナダ、ドイツをはじめとするいくつかの国は均衡性(比例性)原則に関連する規定につい
    て留保及び解釈宣言を付しているものの、多くの国家によって第1追加議定書における均
    衡性(比例性)原則が概ね許容されているといえる。
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則が概ね受け入れられている理由としては、曖昧
    である評価基準に敢えて留保や解釈宣言を付さなくとも、第4章で概観したように、そも
    そも国際裁判所等によって同原則に違反したと評価される可能性が少ないことが挙げられ
    る。特に、国家間紛争が生起する可能性の少ない国家にとっては、文民・民用物の保護及び
    自然環境の保護に資するという大義名分を有した均衡性(比例性)原則を受け入れることに
    よって、人道及び人権や自然環境保護を重視する国家であるということを国際的にアピー
    ルすることにも繋がるため、同原則に反対するメリットがないともいえる。すなわち、武力
    紛争時における均衡性(比例性)原則は、「美辞麗句かつ道徳的な言い回し」ともいえるマ
    ルテンス条項のように曖昧かつ不明確な内容であるが故に、多くの国家に受け入れられ易
    い概念であるといえる。
    ただし、均衡性(比例性)原則が曖昧であるが故に広く受け入れられているとはいえ、そ
    れだけでは実効性が伴う規定であるとは言い難い。そのため、ICRCのような人道の考慮を
    重視する立場にある組織や国際法学者は、文民の保護をより厚くするために均衡性(比例性)
    原則を明確にしようとする努力を行っていることは先述のとおりである。
    しかしながら、国際法学者によっては、均衡性(比例性)原則を曖昧なままにすべきであ
    ると主張する者もいる。このような主張は、明確に違法な攻撃とみなされる可能性が少なく
    なるといえるため、軍事的必要性を重視する立場からは支持され易い主張であると考えら
    れるものの、当該主張は必ずしも軍事的必要性を重視する立場による国際法学者には限ら
    れない。例えば、人道法国際研究所(International Institute of Humanitarian Law: IIHL)にお
    ける指導実績もある国際人道法や国際人権法学者であるハンプソン(Frangoise Hampson)
    は、「均衡性(比例性)原則を標準化することは、文民を保護するという軍の指揮官の義務
    を共通した最も低いレベルにまで落とすこととなり、文民の生命の価値を最低限度に落と
    し込むことになる」16と述べている。このことは、均衡性(比例性)原則が曖昧なままであ
    るならば、軍の攻撃決定者等が均衡性(比例性)原則違反に問われることを恐れて、一般的
    に想定される基準以上の制約を自らに課すことが期待できるという考えに基づいていると
    いえる。換言すれば、均衡性(比例性)原則に明確な基準を設けた場合、違法とされる基準
    のラインを超えさえしなければ文民に対する付随的損害が許容されると解釈されることに
    よって、曖昧なままであれば実施されなかった攻撃が実施される可能性が高まると考えら
    16 Hamutal (Mutal) Esther Shamash, “How Much is Too Much? An Examination of the
    Principle of Jus in Bello Proportionality”, IDF Law Review, Vol.2 (2006), p. 42; Frangoise J.
    Hampson, “Means and Methods of Warfare in the Conflict in the Gulf”, The Gulf War
    1990-91 in International and English Law, P. Rowe (ed.) (Routledge, 1993), p. 95.
    225
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    れる。すなわち、均衡性(比例性)原則が曖昧なままである方が文民の保護にとっては望ま
    しいとする考え方であるといえる。
    上記の見解は、NATO軍のコソヴォ空爆において15,000フィートの高高度からの目標識
    別が違法ではないと判断されたものの、その後NATO軍が予防措置として8,000フィート
    まで降下して軍事目標であるか否かを確認する義務を課したことや、2008年のカ、、ザ紛争に
    おいては均衡性(比例性)原則すべてが遵守されていたとは言えないものの、イスラエル軍
    が正確な爆撃を実施するために精密誘導弾を全体の80%に用いたと主張したこと等を想起
    すると説得力のある見解であるといえる。
    また、上記の見解によれば、均衡性(比例性)原則の評価基準の明確化が進められた結果、
    仮にICRC等の人道の考慮を重視する立場の見解が歩み寄る形で軍事的必要性を重視する
    立場の見解に近づけた基準を設けた場合、軍の作戦計画立案者や攻撃決定者等はその基準
    の限界までの付随的損害を与える攻撃を許容する作戦計画を策定するであろう。おそらく
    ICRCのような人道の考慮を重視する立場にある組織や国際法学者も共通してそのような
    懸念を有しているため、ICRCの見解が紛争において現実的な適用が困難であることを認識
    しつつも、第1追加議定書等の規定を文民•民用物の保護に資するように最大限に解釈し、
    文民保護を確保するために最も有利となる見解を維持し続けているものと考えられる。し
    たがって、ICRC等の人道の考慮を重視する立場が均衡性(比例性)原則の評価基準の精緻
    化を図る場合には、軍事的必要性を重視する立場の見解に迎合することは考えられず、譲歩
    する可能性もほぼ皆無であると考えられる。すなわち、均衡性(比例性)原則の評価基準の
    明確化を進めるためには、軍事的必要性を重視する立場の見解を人道の考慮を重視する立
    場の見解に近づける以外に解決策はないものと考えられる。そのため、今後も両者の解釈の
    乖離が縮まる可能性は少なく、現状のような平行線のまま推移するものと考えられる。
    とはいえ、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の評価基準が曖昧なままであっても、
    むしろそれによって評価基準を明確に定めた場合よりも文民の保護にとって効果的である
    場合もあるといえるため、均衡性(比例性)原則が曖昧であること自体が文民保護等の機能
    を失わせることとはならないといえる。すなわち、武力紛争時における均衡性(比例性)原
    則は、評価基準が明確化された場合であっても曖昧なままであったとしても、同原則が紛争
    において柔軟に適用されることにより実際に機能し得るといえる。
    5.3.1.2国際世論という評価基準
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則が機能している理由は、各国家が同原則につい
    ての法的義務を遵守しようとする遵法精神に基づくもののみであるとは限られない。例え
    ば、戦時復仇という制度があるために第2次大戦時に毒ガスの使用が躊躇われたことや第1
    次大戦中に米国人128名が犠牲となったドイツ軍による「ルシタニア号」の撃沈が引き金
    226
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    となって米国内で反ドイツの機運が高まり米国の参戦に繋がったとされる教訓のように17、
    自国がとった行動に対する相手国や国際社会からの反応を恐れての不作為あるいは消極的
    姿勢の反射的効果として均衡性(比例性)原則違反とならない行動がとられることもあり得
    る。現代においては、特に、国際社会からの反応すなわち国際世論を考慮して武力紛争時に
    おける均衡性(比例性)原則が結果的に遵守されることがあるといえる。
    1993年の藤田教授の著書である『新版国際人道法』において、「今日の武力紛争におけ
    る人道法の重大な違反に対する国際世論の非難や、それを反映した国連の決議などが、かな
    りの程度人道法の実効性を高めていることは否定しえない」、「このようにみるならば、現代
    国際社会において人道法体系の一般的不遵守を結論づけえないどころか、歴史上のどの時
    代よりもいっそう高い実効性を認めることができる」と述べられている18。これが著された
    当時から20年以上経過した現在においては、マスメディアが伝える武力紛争における文民
    の死傷や民用物の損傷に関する映像や記事は、通信及びデジタル技術等の発展により、過去
    よりも迅速かつ広範に伝達することが可能となっている。特に、藤田教授による上掲書から
    2年後の1995年のマイクロソフト社Windows95の販売開始により、インターネットの個
    人利用は飛躍的に普及し、世界中の人々が瞬時に必要な情報を入手することが可能になる
    とともに、マスメディアによる映像や記事の内容によって武力紛争に対する国際世論が従
    前に比して容易に形成されるようになったといえる。
    このようなマスメディアが武力紛争に与える効果は「CNN効果(effect)」あるいは「CNN
    要素(factor)と呼称される19。いわゆるCNN効果やCNN要素は、例えば、断片的にクロー
    ズアップされた子供や女性の犠牲者の映像や記事が国際的な規模で報道された場合、法的
    基準による違法性よりも人道的基準による違法性の方が国際社会からの非難の対象となり
    易い傾向にあるとされる20。すなわち、仮にある攻撃が均衡性(比例性)原則に適合した合
    171915年の英国商船「ルシタニア号」撃沈による死者は1198名であり、米国人はその内
    の128名であった。これに対し米国民は激怒したが、当時のウィルソン(Woodrow Wil-
    son )大統領は、戦争準備ができていなかったこともあり、当初はドイツに抗議文を送付す
    ることに留めていた。しかしながら、ドイツにおいて「ルシタニア号」撃沈を祝う記念メ
    ダルが発行されたこと等から、米国内で反ドイツの機運が高まり、2年後の1917年に孤立
    主義をとっていた米国は正式にドイツに宣戦布告したとされる。A.A. Hoehling, The Last
    Voyage of the Lusitania (Madison Books, 1996);拙稿「海戦における文民保護等の考慮」
    『海幹校戦略研究』第4巻1号(2014年)124頁。
    18藤田久一『新版国際人道法』(有信堂高文社、1993年)64頁。
    19シュミットは“CNN effect”、ロジャーズは“CNN factor”と呼称しているが、これらはほ
    ぼ同義で用いているものとみられる。 MichaelN. Schmitt, “Human Shields in Interna-
    tional Humanitarian Law”,Israel Yearbook on Human Rights, Vol.38 (2009), p. 42; A. P. V.
    Rogers, “Zero-casualty warfare”, International Review of the Red Cross, Vol.82, No. 837
    (2000), p.169.
    20 Schmitt, supra note19, p. 42 ;近年は、報道機関間の競争が激しく、紛争を取材するレ
    ポーター達は専門知識のないまま、状況を理解する時間も余裕もなく、広く浅く紛争をカ
    バーする傾向があるとされる。また、新聞の売り上げやニュースの視聴率を考慮して感情
    的な反応をそそるために、紛争の政治的な側面よりも人道的な側面を取り上げることによ
    り、紛争そのものよりも紛争から生じる難民等の悲惨な状態が注目を浴びる傾向にあると
    227
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    法なものであったとしても、評価要素となる軍事的必要性は機密事項に抵触する可能性が
    あるために映像や記事では公表されず、文民の犠牲者が生じたというー側面だけが映像や
    記事によって注目を浴びることにより、均衡性(比例性)原則の俎上において当不当が判断
    されることはなく、当該攻撃が不当であるかのように国際世論が形成される可能性が高い
    といえる。
    他方、敵対国よりも軍事力の劣る紛争当事国が意図的にCNN効果やCNN要素を利用す
    ることによって自国に有利な国際世論を形成することにより、軍事的に優位に立つ相手国
    を委縮させることによって均衡性(比例性)原則の観点からは合法とされる攻撃を控えさせ
    ることも考えられる。実際にイラクは、2003年以来のイラク戦争において米国を主体とす
    る有志連合(coalition)に対して文民密集地から攻撃しては逃亡するという“shoot and scoot”
    戦術をとることにより、有志連合からの反撃による文民に対する付随的損害が公的又は国
    際世論に否定的な影響を与えることを期待していたとされる21。
    上記のCNN効果やCNN要素といったマスメディアの報道等による文民犠牲者の映像や
    記事が与える影響は、従前に比して武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素に
    さらに制約的な要素を付加したとみることができる。そのことを示す顕著な例として、2009
    年5月のファラー州で生起したアフガン住民誤爆事件を受けて22、同年7月に国際治安支援
    部隊(International Security Assistance Force: ISAF)司令官マクリスタル米陸軍大将(General
    Stanley McChrystal)が新たな「戦術指令(Tactical Directive)Jを出したことが挙げられる。
    当該「戦術指令」においては、「ISAFの戦略目標(strategic goal)はアフガニスタンの脅威と
    なる敵の打倒にある」が、「戦術的に勝ったとしても、文民の犠牲者や過度の損害を引き起
    こし、人々から疎んじられる(alienating)ことによって戦略的に敗れるような勝利の罠(trap
    of winning)に陥ることは避けなければならない」とし、「タリバンは軍事的に我々を打ち負
    かすことはないが、我々自身が自滅する可能性がある」と述べられている23。その上で、「戦
    される。ヴァージル•ホーキンス(Virgil Hawkins)「メディアと紛争一CNN要素の表裏
    (Media and Conflict: The CNN Factor and its Other Side)J『国際公共政策研究』第 5 巻1
    号(2000 年)258-259 頁。
    21 Michael N. Schmitt, “ 21st Century Conflict: Can the Law Survive?”, Melbourne Journal
    of International Law, Vol.8 (2007), pp. 469-470.
    22 2009年5月に米軍が実施したファラー州のバラ•バルク(Bala Baluk)への空爆におい
    て、国連とアフガニスタン独立人権委員会の調査において民間人80名が死亡したと報告
    された。当初は交戦の際に文民が負傷しただけであるとしていた米国側は、これを受けて
    文民26名以上が死亡したと報告したとされる。この件を含め、ヒューマン•ライツ•ウ
    オッチは、米軍及びNATO軍によるアフカ、、ニスタン文民の死傷者に関する戦闘後の報告
    には誤報が多く、文民死者数に関する政府報告は実際よりはるかに少ない数となっている
    上、誤報の訂正も非常に遅いとして非難している。See Human Rights Watch, Afghanistan:
    Investigate Any Newly Disclosed Civilian Casualty Incidents, 26 July 2010 7:45PM edt.,
    Available at https://www.hrw.org/news/2010/07/26/afghanistan-investigate-any-newly-
    disclosed-civilian-casualty-incidents (last visited Dec. 2016).
    23 See NATO/ ISAF, Tactical Directive, 6 July 2009, Available at
    http://www.nato.int/isaf/docu/official_texts/Tactical_Directive_090706.pdf (last visited
    228
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    術指令」においては付随的損害をもたらし得る文民居住地区への近接航空支援を制限する
    等、国際人道法が許容する均衡性(比例性)原則の基準よりも厳しい制限を課している。文
    民の犠牲者を最小限にするという方針は、2010年に改訂された「戦術指令」においても踏
    襲されていることに加え24、マクリスタル司令官の後任であるペトレアス米陸軍大将
    (General David Petraeus)は、「あらゆるアフガニスタン文民の死は、我々の正当性(cause)
    を失わせ」、「戦術的な勝利は、戦略的勝利の妨げ(setbacks)になる可能性がある」と述べて
    いる25。
    上記の戦術的に勝っても戦略的に勝つことにはならないという言葉に端的に表されてい
    るように、紛争当事国(特に軍事的優位に立つ側)がとる作戦においては、国際人道法を遵
    守するだけでは足りず、現地の人々や国際社会から非難を受けるおそれのない作戦をとら
    なければならないことが要求されるようになったといえる。換言すれば、作戦計画に基づい
    た攻撃が均衡性(比例性)原則に反するものであればもちろん、均衡性(比例性)原則を遵
    守した攻撃であった場合にも国際社会の受け取り方によっては非難される可能性があり、
    その場合には、国際人道法違反とはならなくとも戦略的には敗北することを意味するとい
    える。
    国際世論や国際社会の反応は、藤田教授自身が認めているように条約上の明示になじま
    ないものではあるものの、軍事的利益が主観的な「常識と誠実さ(common sense and good
    faith)」に基づいて判断される均衡性(比例性)原則に影響を与えるものであるといえる。
    すなわち、現在では、均衡性(比例性)原則が要求する「常識と誠実さ」は、攻撃決定者等
    の個人的な内面に基づく評価基準に依拠するだけではなく、CNN効果やCNN要素のよう
    なマスメディアの取り上げ方及び批判的な国際世論が形成される可能性も加味した上で判
    断を下さなければならなくなったといえる。したがって、「常識と誠実さ」に基づく純然た
    る軍事的必要性と付随的損害だけを比較すればよいという解釈は既に過去のものとなりっ
    っあり、現在、均衡性(比例性)原則において均衡させなければならない対象は、一方は既
    存の軍事的必要性であり、他方は既存の付随的損害に加えて国際社会の世論も追加された
    と認識すべきであるといえる。換言すれば、攻撃側は、軍事的必要性が付随的損害に比べて
    過度でないと判断した攻撃の際にも、当該攻撃がCNN効果やCNN要素に基づく国際社会
    からの非難に耐え得るか否かという評価基準を検討しなければならなくなったといえる。
    Dec. 2016).
    24 Center for Civilians in Conflict, Civilian Harm Tracking: Analysis of ISAFEfforts in Af-
    ghanistan (2014), p. 6, Available at http:/ / civiliansinconflict.org/uploads/files/publica-
    tions/ISAF_Civilian_Harm_Tracking.pdf (last visited Dec. 2016).
    25 See Headquarters, International Security Assistance Force, General Petraeus Issues Up-
    dated Tactical Directive: Emphasizes ‘Disciplined Use of Force’ 2010-08-CA-004, Available
    at http://www.rs.nato.int/article/isaf-releases/general-petraeus-issues-updated-tactical-di-
    rective-emphasizes-disciplined-use-of-force.html (last visited Dec. 2016).
    229
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    そして、この評価基準は情報伝達技術の発達に伴い、常にその時点の現在において歴史上の
    どの時代よりも厳しい基準が適用されると考えなければならないであろう。
    また、国際世論に影響を与える要素における過去と現在の差異は、上記のようなCNN効
    果やCNN要素のみではない。第4章のNATO軍によるコソヴォ空爆時のグルデリツァ峡
    谷(Grdelica Gorge)における列車への攻撃の合法性の事例において確認できたように、現在
    は攻撃決定時の状況等が克明に記録されるという「攻撃決定の透明性」が完備されていると
    いう点も挙げられる。この点につき、攻撃決定に関与した関係者の証言等が重要な要素であ
    った過去に比べて、現代においては攻撃決定者等の曖昧な記憶や偽証等が看過される余地
    はなくなったといえる。
    ただし、このことは攻撃決定者等にとって必ずしも不利に働くものではない。サッソーリ
    (Marco Sassoli)によれば、均衡性(比例性)原則の評価に資する攻撃決定時の記録を公表す
    ることは、国際世論に好影響を与えることになるとされる26。例えば、グルデリツァ峡谷に
    おける攻撃についての記者会見においては、司令官が攻撃した航空機のコックピットの録
    画映像(gun camera video)を見せながら時間ごとの判断状況を説明したことを踏まえて、評
    価委員会が高速で飛行する航空機においては判断に関する時間的余裕が少ないと評価した
    ことによってICTYが捜査しないことを決定したように、均衡性(比例性)原則に違反する
    攻撃ではないことを補強するための証拠にもなり得るといえる。
    攻撃決定の透明性については、録画映像のほかにもGPSの位置情報の記録やメール及び
    チャットのような攻撃に関する意思決定等の記録に加え、スマートフォンによる被害現場
    のリアルタイムな中継等もすべてが透明性の要素となり得る。そして、現代においては、そ
    れらの要素を証拠として国際裁判等において均衡性(比例性)原則や区別原則等の合法性が
    評価されることとなったといえる。しかしながら、自己の攻撃の合法性を有利に働かせるた
    めに、少しでも上記のような証拠を改ざん及び隠ぺいしたりすると国際世論に対して悪影
    響を及ぼすことがある。上述のグルデリツァ峡谷における攻撃の録画映像については、実際
    のスピードよりも3倍の速さで流されたとしてNATOが事実を歪曲したのではないかと批
    判する一部の報道があったこと等により、NATOの広報官は、「スピードが速まった映像は、
    人為的なものではなく技術的な現象によって生じた」ものであり、「正規のスピードであっ
    ても結果は同じである」と弁明せざるを得なかったことが挙げられる27。すなわち、映像を
    流すスピードのような、従来であれば単純なミスとして看過されていたような要素であっ
    26 Marco Sassoli, “Targeting: Scope and Utility of the Concept of ‘Military Objectives’ for
    the Protection of Civilians in Contemporary Armed Conflicts”, D. Wippman and M. Evan-
    gelista (eds.), New Wars, New Laws? Applying Laws of War in 21st Century Conflicts
    (Brill/ Nijhoff, 2005), pp. 204-205; Ben Clarke, “Proportionality in Armed Conflicts: A
    Principle in Need of Clarification?”, International Humanitarian Legal Studies, Vol.3
    (2012), p.111.
    27 See BBC News, NATO missile video ‘no distortion, 7 January 2000, 19:10 GMT, Availa-
    ble at http://news.bbc.co.Uk/2/hi/europe/594800.stm (last visited Dec. 2016).
    230
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    ても、国際社会や世論に対して悪い印象を持たれることのないように誠実かつ正確な対応
    が求められるようになってきているといえる。
    上記のように、現代においては、CNN効果及びCNN要素あるいは攻撃決定の透明性と
    いった国際世論に影響を及ぼす要素が過去に比べて重要視されるとともに偽ることが許さ
    れなくなっている。その結果、均衡性(比例性)原則の構成要素である軍事的利益における
    主観的な「常識と誠実さ」は、通常求められているものよりも過剰に遵守される傾向にある
    といえる。このことは、純粋な遵法精神に基づくというよりも、国際世論を味方につけるこ
    とによって攻撃の正当性を補強するという動機付けによるものであるといえるが、結果的
    に武力紛争時における均衡性(比例性)原則が機能することに寄与するという点において好
    ましいものであるといえる。すなわち、現代においては、法的な側面から均衡性(比例性)
    原則が遵守されるだけではなく、実効的な側面から均衡性(比例性)原則を過剰に遵守する
    必要性が生じているとみることができる。
    5.3.1.3既存の国際人道法の欠缺補充
    第4章において概観及び考察したように、近年においては、米国やイスラエルのような
    第1追加議定書非締約国であっても武力紛争時における均衡性(比例性)原則が適用され
    ることを実質的に認めていると考えられる実行が増加している。
    このことは、米国やイスラエルのような国家が上述の国際世論を味方につけることによ
    って攻撃の正当性を補強するとの考えに基づき実行的に遵守されているという面もあるが、
    ICRC、アムネスティ・インターナショナル及びヒューマン・ライツ・ウォッチ等の人道・
    人権NGO等による圧力もその要素の一つとなっているといえる。人道・人権NGO等にょ
    る国連人権理事会(United Nations Human Rights Council: UNHRC)への働きかけにより、
    最終的に『ゴールドストーン報告書』や『2014年カ、、ザ紛争報告書』が作成されたことはそ
    の一例である。
    上記のことは、米国やイスラエルのような第1追加議定書非締約国に対しては、第1追
    加議定書による均衡性(比例性)原則の規定が及ばないという既存の国際法の欠缺を補充す
    ることに繋がることであるともいえる。以下では、現代において武力紛争の主要なアクター
    となることが多い米国とイスラエルに着目して、両国に武力紛争時における均衡性(比例性)
    原則が機能し得るか否かについて考察する。
    5.3.1.3.1米国における遵守の趨勢
    米国については、第3章において言及したように2002年以降、独自の付随的損害算定法
    (collateral damage estimation methodology)を取り入れ当該文書を公開している等、積極的
    に均衡性(比例性)原則の評価要素を作戦計画等に組み込み、文民犠牲者を減少させる努力
    231
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    を積み重ねている国家であるといえる。しかしながら、米軍マニュアルにおける均衡性(比
    例性)原則や区別原則等の解釈がICRC等の人道の考慮を重視する立場の解釈とは乖離し
    ているために、批判を受けることがあるのも先述のとおりである。ただし、米軍マニュアル
    の解釈がICRC等の解釈と乖離しているとしても、それが直ちに過度な付随的損害を生起
    させる攻撃を米軍が実施することに繋がるということではない。
    この件に関連する見解として、シュミットは、第1追加議定書第56条の危険な力を内蔵
    する工作物及び施設の保護の規定を例に挙げ、均衡性(比例性)原則等に従っていたとして
    もダム、堤防及び原子力発電所に対する攻撃が認められないとする規定は、過度に人道の考
    慮に重きを置くものであり、均衡性(比例性)原則や予防原則の存在意義を蔑にするもので
    あると述べている28。この見解を踏まえると、米軍マニュアルは軍事目標として絶対的に攻
    撃することを禁止するという第1追加議定書の規定をそのまま受け入れられないこと示唆
    しているといえる。ただし、NATO軍によるコソヴォ空爆時のように、米国は、まず区別
    原則に基づいてICRC等の解釈とは異なる、すなわちICRC等からすれば合法とは認めら
    れない目標を選定した場合においても、次の段階として米軍又はNATO軍のマニュアルや
    交戦規則(rules of engagement: ROE)等によって均衡性(比例性)原則に基づいた制限をか
    けることによって過度な付随的損害を生じさせるような攻撃を禁止することを可能ならし
    めるとする見解に立つものと考えられる。そのため、米軍のマニュアルにおいては、ダムや
    堤防及び自然環境等に対しては区別原則に拠るのではなく均衡性(比例性)原則の評価基準
    によって合法性を判断すべきであるために、それらに対する攻撃を絶対的に禁止する規定
    を置くことは不必要であるとする見解に立っているものといえる。
    軍民両用物のような混合目標に関しては、例えば、NWP1-14M 8.2の軍事目標の規定に
    おいて、第1追加議定書よりも解釈の幅が広い「戦争遂行努力又は継戦能力」に効果的に資
    する目標を軍事目標として攻撃することを可能としているため、区別原則のみを考慮した
    場合、第1次大戦時のルシタニア号のように小銃弾等の軍事物資を輸送する商船は依然と
    して米国にとっては合法的な軍事目標となるといえる。しかしながら、当該商船を攻撃する
    ことの結果として多くの文民被害者を生起させるような場合、NWP1-14M 5.3.3の均衡性
    (比例性)原則に抵触するために攻撃することは禁止されるといえる。したがって、現代に
    おいて米国が当時のルシタニア号のような目標を攻撃することはないと考えられる。
    これに対し、第1追加議定書の文言を採用した人道の考慮をやや重視していると考えら
    れる『サンレモ•マニュアル』para. 40によれば、ルシタニア号のような商船が「軍事活動
    に効果的に貢献するもの」に明確に該当するとまではいえず、その「破壊、捕獲または無力
    化がその時点における状況の下において明確な軍事的利益をもたらす」ことにも該当しな
    28 Michael N. Schmitt, “Military Necessity and Humanity in International Humanitarian
    Law: Preserving the Delicate Balance”, Virginia Journal of International Law, Vol.50, No. 4
    (2010), p. 813.
    232
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    いといえるため、区別原則又は目標識別の段階で違法な軍事目標となることにより、均衡性
    (比例性)原則を検討する以前に攻撃することが禁止されるといえる。もっとも、仮に、区
    別原則によって軍事目標として選定された場合においても『サンレモ•マニュアル』para.
    46の「攻撃全体から予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、過度の
    付随的な死傷または損害を引き起こすことが予測されるならば、攻撃は開始してはならな
    い」というパラグラフにより攻撃することが禁止される。すなわち、区別原則に基づくもの
    であるか均衡性(比例性)原則に基づくものであるかの差異はあるとしても、現代において
    ルシタニア号を攻撃することは、『サンレモ•マニュアル』のパラグラフを遵守するならば
    禁止されるといえる。
    他方、米国以外の第1追加議定書の非締約国、例えばならず者国家のような均衡性(比例
    性)原則を遵守するか否かが危うい国家が陸戦か海戦かを問わず、「戦争遂行努力又は継戦
    能力」に効果的に資する目標を軍事目標として攻撃することを可能にするマニュアルを設
    けていたとした場合、均衡性(比例性)原則の制約がなければ、多くの文民を犠牲にする攻
    撃が実施される可能性が高いといえる。
    また、第1追加議定書の締約国であっても、海戦のみに着目した場合、第1追加議定書
    の区別原則や均衡性(比例性)原則が適用除外となるために、『サンレモ•マニュアル』に
    倣った軍のマニュアル等を各国が独自に設けない限り、紛争当事国に対する制約とはなら
    ないことが問題であるといえる。すなわち、均衡性(比例性)原則を軍マニュアルに設けて
    いない米国以外の国家にとっては29、当時のルシタニア号のような目標に対する攻撃を禁止
    する法的枠組みがないために、必ずしも同船を攻撃することが現在も明確に禁止されてい
    るわけではない点が問題であるといえる。
    上記を勘案すると、米国は「戦争遂行努力又は継戦能力」に資する目標を軍事目標として
    広く捉えてはいるものの、陸戦・海戦を問わず、均衡性(比例性)原則をマニュアルに採り
    入れることによって制約を課し、過度な付随的損害を与える軍事目標に対する攻撃を陸戦・
    海戦ともに禁止している国家であるといえる。
    上記のように、米国は物的目標に対する攻撃の絶対的禁止を否定し、軍事目標として合法
    となる対象を広く捉えてはいるものの、軍事マニュアルにおける均衡性(比例性)原則によ
    って攻撃することが許容される軍事目標をかなりの程度まで狭めているといえる。一方、米
    国以外の第1追加議定書締約国は、第1追加議定書の関連規定によって物的目標に対する
    絶対的禁止を許容しているとはいえるものの、均衡性(比例性)原則に関する軍事マニュア
    ルが米国ほど整備されていない場合には、海戦において文民が多数乗船した商船に対する
    29 2016年12月時点で均衡性(比例性)原則に関する規定を海軍マニュアルに採用してい
    る国は、米国、カナダ、ギリシャ及びエクアドルのみである。本稿第2章91-95頁参照。
    233
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    攻撃が禁止されない等、結果的に米国よりも合法的に攻撃できる軍事目標の数は多くなる
    といえる。
    第1追加議定書非締約国である米国によるアプローチと第1追加議定書締約国であって
    も均衡性(比例性)原則の規定を設けていない米国以外の国によるアプローチのどちらが適
    切であるかについては客観的な評価を下すことは困難であるが、第1次大戦時のルシタ二
    ア号のような目標を攻撃することが許容されるか否かという文民保護の視座においては、
    少なくとも米国のアプローチの方が望ましいのではないかと考えられる。
    ただし、上記の米国のアプローチが望ましいという見解は、あくまでも米国によって均衡
    性(比例性)原則が適切に遵守されることを前提条件とした上での見解である。現状におい
    ては、米軍のマニュアルや交戦規則(ROE)等によって、一応は均衡性(比例性)原則が適切
    に遵守されることが推定されるとしても、その遵守が今後も継続されることまで担保され
    ているとは言い切れない。米国が第1追加議定書のような条約ではなく、軍のマニュアル
    やROEのような国際法の枠外にあるものを均衡性(比例性)原則の拠り所としているとい
    う現状においては、従来の方針を改めようとする新たな大統領等の出現によって変革を余
    儀なくされる可能性があるためである。したがって、将来的に国際社会の批判を受けても戦
    争に勝利することを最優先させるような偏った考え方の大統領等が従前の政策を極端に変
    更した場合、現在の国際法レジームではそれを縛るものはなく、米国が国益を優先するあま
    りに均衡性(比例性)原則を無視あるいは軽視する可能性も否定できないといえる。換言す
    れば、米国の政治•外交方針や米国内の世論の変化等によって、米当局による武力紛争時に
    おける均衡性(比例性)原則に関する現在の制約は、いつでも覆される可能性があるといえ
    る。
    上記のような懸念を払しょくするためには、米国が第1追加議定書の締約国となること
    により法的拘束力を有した条約上の法規範を受け入れることが最も望ましいといえるが、
    第3章において概観したように現在及び近い将来であってもあまり期待はできないといえ
    る。その点において、ICTYにおいて示された慣習国際法であるといえる人道の基本原則等
    を反映した均衡性(比例性)原則の果たす役割の重要性が増すものと考えられる。この人道
    の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則は、米国が1992年の湾岸戦争の最終報告書
    において、得られる軍事的利益よりも「明らかに上回る(clearly outweigh) J付随的な文民の
    被害のような弊害を生じる軍事活動は禁止するとしていたことや予防措置等が適切にとら
    れていたとされるコソヴォ空爆における実行等を考慮すると、米国もこれを慣習国際法と
    して受け入れているといえる。
    したがって、今後、人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則を慣習国際法とし
    て国際社会に明確に認知されるとともに、その射程や内容についても精緻化が図られてい
    くことにより、米国に対する上記の懸念が解消されていくものと考えられる。
    234
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    5.3.1.3.2 イスラエルにおける遵守の趨勢
    米国とは異なりイスラエルにおいては、軍のマニュアル等が公表されていないため、イス
    ラエルにおける均衡性(比例性)原則に対する見解は他の国家実行等を通じて確認する必要
    がある。
    イスラエル最高裁の「標的殺害」事件判決においては、第4章において確認したように、
    武力紛争時における均衡’性(比例性)原則が国際法において重要であることを認め、イスラ
    エルの憲法の範囲内において拘束されると判示したことにより、第1追加議定書の非締約
    国であるイスラエルが武力紛争時における均衡性(比例性)原則を一定程度は遵守する法的
    信念を有しているものと考察した。
    また、2006年以降のイスラエル軍の実行を概観すると、第2次レバノン戦争における航
    空機から投下したリーフレット、電話及び大音量拡声器等による退避勧告に始まり、2014
    年のカ、、ザ紛争における携帯電話やスマートフォンへのテキストメッセージの送信、大音量
    拡声器によるアナウンス、近隣住民へのリーフレットの投下、ラジオ放送、建物の屋根に向
    けた小規模な警告射撃(roof-knock/ knocking)に至るまで、均衡性(比例性)原則の不可分
    の一部である予防措置を拡大する方向へと発展させながら実施してきたといえる30。
    上記のことを考慮すると、『ゴールドストーン報告書』及び『2014年カザ紛争報告書』に
    おけるイスラエルの国際人道法の合法性に関する法的評価はともかく、第1追加議定書の
    非締約国であるイスラエルが第1追加議定書における均衡性(比例性)原則を遵守しよう
    とする意思については、第2次レバノン戦争時以来、年々強固になってきているといえる
    であろう。
    30予防措置に関して、かつての第2次大戦時におけるノルマンディー上陸作戦(D-Day)の
    空爆においては、フランス及びベルギーの文民が少なくとも12,000人死亡したとされ、そ
    の多くは駅(railway center)に対する空爆の結果であるとされている。その際、駅への空爆
    の前に米国やイギリス等の同盟国がフランスの文民に対し、最低2 km以上離れるように警
    告するリーフレットを落としたことが予防措置として認められたか否かは、歴史家や軍の
    専門家らによる近年の研究においても定かではないとされる。Anthony J. Gaughan, “Col-
    lateral Damage and the Laws of War: D-Day as a Case Study , American Journal of Legal
    History, Vol. 55(3) (2015), pp. 236, 269;もっとも、当時は武力紛争時における均衡性(比
    例性)原則が明文化されておらず基準も現在よりもさらに曖昧であったため、第2次大戦
    当時に当該攻撃が国際法違反に問われる可能性は低いであろう。しかしながら、現代の均
    衡性(比例性)原則の基準に照らしてD-Dayの空爆が過度な付随的損害とみなされるか
    否かについて研究及び分析した結果でさえも見解が一致していない点において、予防措置
    に対する評価が困難であることが示唆される。したがって、どのような措置を講じれば予
    防措置として認められるのかという点については、D-Dayから70年経った現在において
    も明らかにされていないといえる。ただし、12,000人の死者を生起させた空爆が均衡性
    (比例性)原則に違反しないとする見解があることを考慮すると、少なくともリーフレッ
    トの投下が予防措置として認められる可能性はあるといえる。とはいえ、予防措置として
    講じられた措置が効果的であったか否かは、ケース•バイ•ケースで評価せざるを得ない
    ため、リーフレットを何時間又は何日前にどの程度投下する必要があるというような明確
    な評価基準を設けることはやはり困難であるといえるであろう。
    235
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    ただし、イスラエルによる「(ハマスの指示に従って非難しなかった文民を)自発的な人
    間の盾とみなして合法な攻撃目標とみなすことはなかった」、「イスラエル軍はそのような
    文民を均衡性(比例性)原則の評価において割り引いて考えることもなかった」との主張が
    『2014年カ、、ザ紛争報告書』において文民犠牲者数が多いことを理由に受け入れられなかっ
    たことは事実である。また、『ゴールドストーン報告書』及び『2014年カ、、ザ紛争報告書』に
    おいては、イスラエルが国際標準に準拠した調査体制の構築に向けて注目に値する措置を
    講じていると評価されている一方で、予防措置を含む均衡性(比例性)原則の遵守に関する
    イスラエルの主張はほとんど受け入れられなかったといえる。したがって、イスラエルにお
    ける均衡性(比例性)原則についての詳細な評価基準は明らかではないが、少なくともイス
    ラエルが公式に発表している均衡性(比例性)原則に関する主張の信憑性については疑わし
    い面があるといえる。
    イスラエル出身の国際法学者であるディンスタイン(Yoram Dinstein)は、弾薬工場のよう
    な軍事目標内に「何百人さらには何千人の労働者がいたとしても重要な軍事目標に対する
    攻撃を中断する必要はない」と述べており31、同じくイスラエル出身の国際法学者であるコ
    ーヘン(Amichai Cohen)は、「もし、イスラエル軍が敵対国による人間の盾という状況に直
    面したら、文民を害するとしても武力行使における均衡性(比例性)原則の基準を下方修正
    することを許容するであろう」、「これはイスラエルが均衡性(比例性)原則の拡大的な解釈
    を選択しているものとして合法性を主張することを意味する」と述べている32。もっとも、
    彼らがイスラエル出身であり、イスラエルの大学で教鞭を執っているという理由のみで上
    記の見解がイスラエル政府やイスラエル軍の見解と同様であるとは言い切れない33。しかし
    ながら、『ゴールドストーン報告書』や『2014年カ、’ザ紛争報告書』において、イスラエルが
    均衡性(比例性)原則を採用しているにもかかわらず文民犠牲者数が多い点を指摘されてい
    ることやアムネスティ•インターナショナル及びヒューマン•ライツ•ウォッチによる独自
    の調査報告書等の内容に鑑みると、イスラエル政府やイスラエル軍の見解が彼らの見解と
    大幅にかけ離れていることは想像し難いと考えられる。
    31 Yoram Dinstein, The Conduct of Hostilities under the Law of International Armed Con-
    flict, 2nd edition (Cambridge University Press, 2010), p.131.
    32 Amichai Cohen, “The Lebanon War and The Application of The Proportionality Princi-
    ple”, The Hebrew University of Jerusalem Faculty of Law, Research Paper, No. 6-07 (2007),
    p. 21.
    33ディンスタイン(Yoram Dinstein)は、イスラエルのTel Aviv Universityの学部長、総長
    を経て名誉教授となっており、コーヘン(Amichai Cohen)は、イスラエルのHebrew Uni-
    versity of Jerusalemを卒業後、現在はイスラエルのOno Academic Collegeの法学部長を務
    めている。
    236
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    ただし、現状においては必ずしも実行が伴っているとは言い切れないものの、少なくとも
    イスラエルが武力紛争時における均衡性(比例性)原則を重視するという法的信念を有して
    いるという事実は、今後イスラエルが関与する紛争が生起した場合において同原則のさら
    なる遵守が期待できるものと考えられる。その論拠の一つとして、先述のように、2008年
    のカ、、ザ紛争の際に国家の説明責任等に基づいて作成したイスラエルの調査書が国連人権理
    事会や国連総会によって国際標準に従っていないと判断されたことを受けて、イスラエル
    が事実調査評価機構(FFA mechanism)という独立した評価機関を設けるとともに、2014年
    のカ、、ザ紛争においては“roof-knock/ knocking”等の予防措置を徹底したにもかかわらず、な
    お、それらが不十分であると判断されたことが挙げられる。上記の判断内容を受けて、おそ
    らくイスラエル当局にとっても、現代においては国連人権理事会に委任された調査団のみ
    ならず、人道・人権NGO等によってなされた綿密な調査や分析に基づいて明らかにされた
    被害等の事実に対しては、いかなる弁明や誕弁も通じないことが痛感できたものと考えら
    れる。
    したがって、イスラエルに武力紛争時における均衡性(比例性)原則を厳格に遵守させる
    ためには、国際世論というよりもアムネスティ・インターナショナルやヒューマン•ライツ・
    ウォッチ等の人道・人権NGOによる国連人権理事会への働きかけや独自の調査結果等の
    公表等が重要な役割を果たすものと考えられる。
    5.3.2 武力紛争時における自然環境保護
    これまで検討してきたように、自然環境保護については、ベトナム戦争や湾岸戦争の教訓
    から、平時及び武力紛争時に適用される自然環境の保護に関する条約等がいくつか採択さ
    れてきた。武力紛争時に適用される自然環境の保護に関する条約としては、環境改変技術敵
    対的使用禁止条約(ENMOD)、第1追加議定書及びICC規程等があるものの、これらの規
    定が適用されるための敷居は高く、その基準も不明確である点は現在もなお解消されてい
    ないといえる。特に、絶対的禁止規定であるとされるENMOD第1条や第1追加議定書第
    35条3項は、先述のように適用対象となる場合が極めて限定的であるといえる。
    しかしながら、「(1970年代以降)国際法における環境分野の規範は急激な成長を成し遂
    げており、このような発展が関連する法体制の解釈においても影響を与えるという事実を
    踏まえると、定式の敷居をより柔軟に解釈する必要性は認めなければならない」というボー
    テ(Michael Bothe)の指摘を思料すると34、上記の環境に関する条約等の起草時における議論
    や解釈に必ずしも拘泥することはないといえる。
    34 Michael Bothe, rhe Protection of the Environment in Times of Armed Conflict, Legal
    Rules, Uncertainty, Deficiencies, and Possible Developments”, German Yearbook of Inter-
    national Law, Vol.34 (1991),p. 51;権「前掲論文」(注 4) 97 頁。
    237
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    上記の観点からは、第1追加議定書第55条1項において黙示的に、ICC規程第8条2項
    (b)(iv)においては明示的に、自然環境に対する付随的損害に対しても均衡性(比例性)原則
    が適用されることとなったことは大きな意義がある。なぜなら、ENMOD第1条や第1追
    加議定書第35条3項のような自然環境そのものに「広範、長期的かつ深刻な」損害を与え
    るような攻撃の絶対的禁止は、構成要素となる用語の定義等が不明確であるために適用さ
    れるための敷居が高いだけではなく、加重要件を満たさなければならないことにより柔軟
    に解釈し得るとしても解釈の幅が制限されるため実質的に機能することが期待できないた
    めである。
    一方、第1追加議定書第55条1項やICC規程第8条2項(b)(iv)のような自然環境への
    付随的損害に関する相対的禁止規定は、「広範、長期的かつ深刻な」という要件はあるもの
    の、農業地域、飲料水施設、ダム等を含む付随的に自然環境に影響を及ぼす可能性のあるす
    ベての攻撃や行為が均衡性(比例性)原則の対象となるといえるため、これらの攻撃や行為
    について相対的禁止規定の解釈が柔軟になされることにより、効果的に機能する可能性も
    高くなるといえるためである。
    ただし、自然環境に対する均衡性(比例性)原則が柔軟に解釈し得るとしても、先述の
    『NATO空爆調査委員会最終報告書』においては、NATO軍による空爆によって一定程度
    の自然環境破壊が生起したと認められたものの、相対的禁止であるとされる第1追加議定
    書第55条1項については「広範、長期的かつ深刻な」という累積的な要件を満たしていな
    いことを理由に、ICC規程第8条2項(b)(iv)における「明らかに過度」という均衡性(比
    例性)原則については、将来における実際の自然環境への影響については現時点では不明で
    あり推測することも困難であると判断された。したがって、文民及び民用物に対する均衡性
    (比例性)原則の評価基準が曖昧であったことと同様に、自然環境に対する均衡性(比例性)
    原則についてもやはり明確な基準を設けることが困難であることに変わりはないといえる。
    さらに、シュミットが指摘するように、自然環境についても文民や民用物と同様に均衡性
    (比例性)原則を適用して攻撃決定者等が付随的損害を考慮する場合、自然環境の破壊と文
    民の死傷という価値の異なる対象をどのように評価すべきであるかという問題や35 36、「広範、
    長期的かつ深刻な」損害を評価するために自然環境に関する知識が現場の攻撃決定者等に
    どの程度要求されるのかといった問題も挙げられる36。
    しかしながら、先述のように武力紛争時における均衡性(比例性)原則の評価基準が曖昧
    なままであっても、むしろそれによって評価基準を明確に定めた場合よりも文民の保護に
    35 Michael N. Schmitt, “Green War”,Essays on Law and War at the Fault Lines (T.M.C.
    Asser Press, 2012), pp. 420-421.
    36シュミットは、環境への影響を考慮する際は、東京で蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐
    を引き起こすようないわゆる「バタフライ効果(Lorenz/ Butterfly Effect)Jのような際限の
    ない影響までは考慮に入れる必要はないとしながらも、どれだけ環境に影響を及ぼすかを
    認識及び考慮し、どこまで自然環境への影響の知識が均衡性(比例性)の評価の際に求め
    られるかについて問題を提起している。Ibid, p. 424.
    238
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    とって効果的であるとする見解があったことを想起すると、自然環境に対しても同様のこ
    とがいえるであろう。すなわち、自然環境に対する均衡性(比例性)原則の評価基準が不明
    確であるとしても、当該規定の存在自体によって当該規定が存在しない場合よりも自然環
    境に対する付随的損害を及ぼす戦闘方法や手段が自重されることに繋がるといえる。その
    ため、武力紛争時における均衡性(比例性)原則は、自然環境保護についても柔軟に適用さ
    れることによって現実的に機能し得るといえる。
    また、国際世論という評価基準も文民や民用物と同様に自然環境保護についても重要な
    役割を果たすといえる。例えば、湾岸戦争時のペルシャ湾における原油流出の際、油にまみ
    れた海鳥の写真がTIME誌の表紙を飾ったことや油井から上がる炎や煙等の映像が国際的
    に報道されたことによるCNN効果は絶大であったと考えられる。このCNN効果の影響も
    あり、イラクに対して各国から強い非難が浴びせられたものの、その非難の内容は法的なも
    のではなく、政治的あるいは非科学的なものが多かったとされる37。湾岸戦争における原油
    の流出や油井への放火等は、イラク側からすれば多国籍軍の海からのクウェート上陸を阻
    止するためであり、具体的かつ直接的な軍事的必要性に基づくものであったとする見方も
    ある38。しかしながら、CNN効果等によって、原油流出等の軍事的必要性が均衡性(比例
    性)原則の直接的な評価の俎上に上がるよりも先にイラクに対する批判的な国際世論が形
    成されたため、結果的に自然環境破壊に対する法的根拠が不明確なままであっても国連総
    会においてほぼすべての国家がイラクの有責性を認め39、多額の補償金がイラクに課せられ
    たことに影響を及ぼしたといえるであろう。
    もっとも、繰り返し述べているように、第1追加議定書第35条3項及び第55条1項の
    自然環境保護に関する規定が慣習国際法であるか否かについては、米国等からの反論があ
    ることやILCにおいて現在も結論が出ていない状況にあるため、現時点ではICRCが主張
    するような慣習国際法であるとは言い切れない。そのため、湾岸戦争時のイラクのような第
    1追加議定書の非締約国には40、自然環境保護に関する規定が直接適用されないことも先述
    のとおりである。しかし、そうであったとしても、『第2次レバノン戦争報告書』において、
    第1追加議定書の非締約国であるイスラエルがJi yyeh発電所を攻撃した際に「自然環境」
    37瀬岡直「戦争法における自然環境の保護一環境変更禁止条約及び第一追加議定書とその
    後の展開」『同志社法學』第55巻1号(2003年)218頁。
    38村瀬信也「武力紛争における環境保護」『武力紛争の国際法』(東信堂、2004年)644
    頁。
    39湾岸戦争における環境破壊をめぐる議論は、1991年の国連総会第46会期と1992年の
    第47会期においてなされ、議論に参加したほとんどすべての国家は、イラクの行為が均
    衡性(比例性)原則に違反する点において一致していた。瀬岡「前掲論文」(注37)220
    頁。
    40イラクは、湾岸戦争後の2010年4月に第1追加議定書の締約国となっている。See
    ICRC, Protocol Additional to the Geneva Conventions of 12 August 1949, and relating to
    the Protection of Victims of International Armed Conflicts (Protocol I), State parties, 8 June
    1977.
    239
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    や「健康」に対して十分考慮することによって攻撃の合法性を評価するという国際法上の義
    務に違反したという判断が下されたことは、決して意味をなさないものではないであろう。
    なぜなら、慣習国際法であるとされる人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則に
    は、自然環境自体への攻撃の禁止が含まれていないとしても、少なくとも自然環境に対する
    付随的損害によって「住民の健康又は生存を害する」攻撃の禁止が含まれる可能性があるた
    めである。住民の健康等が人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則に含まれるな
    らば、慣習国際法としてイスラエル等の第1追加議定書非締約国に対しても拘束力が及ぶ
    といえる。
    おそらく、第1追加議定書の自然環境保護に関する規定が慣習国際法であることに否定
    的な見解を有する立場であっても、人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則が慣
    習国際法であって、これに自然環境への付随的損害として「住民の健康又は生存を害する」
    攻撃が含まれるとする見解には首肯できるのではないかと考えられる。第1追加議定書非
    締約国であり、同議定書に規定する自然環境保護に関する規定が慣習国際法であることに
    公式に異議を唱えている米国であっても、NWP1-14M 8.4の規定等において自然環境に対
    する不必要な付随的損害を避けることを義務付けているとともに他の国家実行に鑑みても
    41、自然環境に対する均衡性(比例性)原則としての相対的禁止義務については受入れてい
    ると考えられるためである。
    したがって、武力紛争時に自然環境が保護されることにとって重要な規定は、慣習国際法
    であることに議論があり適用されるための敷居も高い絶対的禁止規定ではなく、慣習国際
    法である可能性が比較的高い自然環境への付随的損害によって「住民の健康又は生存を害
    する」攻撃を禁止する相対的禁止規定であるといえる。すなわち、武力紛争時の自然環境保
    護をすべての国家に対して遵守させるための鍵を握っているのは、武力紛争時における均
    衡性(比例性)原則であるといえよう。
    41米国は、湾岸戦争におけるイラクの行為について、「ペルシャ湾への意図的な原油流出
    及びクウェート油井の焼損は、ジュネーヴ第4条約及びハーグ陸戦規則における軍事的必
    要性なき財産の破壊の禁止の重大な違反を構成した。こうした行為は、正当な軍事目標に
    向けられたものではない軍事活動、並びに直接的な軍事的利益に関して明らかに過度に付
    随的な文民の死亡や損害を生じさせることが予想されうる軍事活動を禁止する慣習国際法
    にも違反した」と述べ、意図的な原油流出及び油井の焼損は軍事的利益に関して明らかに
    過度な付随的損害にあたり、これが慣習国際法であることを明らかにしているといえる。
    瀬岡「前掲論文」(注37)220頁。
    240
    【第II部】第5章 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意義
    終章
    最後に、本稿の第5章までを振り返り簡略にまとめるとともに、蛇足ではあるが、武力紛
    争時における均衡性(比例性)原則について残されていると考えられる今後の課題について
    若干の付言をして本稿の結びとしたい。
    本稿のまとめ
    ここまで、現代において武力紛争時における均衡性(比例性)原則は実際に機能してい
    るのか、また、機能しているならば武力紛争時において文民の保護等にどのような影響を
    及ぼしているのかについて考察し、武力紛争時における均衡性(比例性)原則の現代的意
    義として整理した。
    結論を端的に言うと、武力紛争時における均衡性(比例性)原則が適切に遵守される場
    合には実際に機能し得るものであり、文民の犠牲者を局限することに寄与するものである
    といえる。また、その反射的効果として民用物の保護にも繋がるといえる。
    ただし、適切に遵守される場合という条件は、一筋縄ではいかない厄介なものである。
    武力紛争時における均衡性(比例性)原則の構成要素は攻撃決定者等の主観に基づくもの
    が多いため、均衡性(比例性)原則を実際に遵守しているか否かの判断は当該攻撃決定者
    等の属する国家に委ねられざるを得ないが、適切に遵守していると主張する国家が存在す
    る場合、その主張を否定することも評価基準が曖昧であるが故に困難となり得る。
    また、第1追加議定書における均衡性(比例性)原則のすべてが慣習国際法であるとま
    ではいえないものの、人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則は本稿の考察に
    基づけば慣習国際法であるといえる。そのため、第1追加議定書の非締約国に対してもー
    定の武力紛争時における均衡性(比例性)原則が適用され得る。しかしながら、人道の基
    本原則等を反映した均衡性(比例性)原則の射程や評価基準についても、やはり明確にさ
    れていないため、適切に遵守されているか否かを客観的に判断することは同様に困難であ
    るといえる。すなわち、ある攻撃によって文民や民用物に対する付随的損害が既に生じて
    しまった場合には、事後に当該攻撃が均衡性(比例性)原則を適切に遵守したものか否か
    についての客観的な法的判断を下すことは困難であるといえる。
    したがって、武力紛争時における均衡性(比例性)原則は、攻撃後の評価基準として機
    能することよりも、作戦計画の策定時又は攻撃決定時における抑止的効果として機能する
    ことの方がより効果的であり文民や民用物の保護にとって有意義であるといえる。
    241
    【終章】
    本稿において、特に抑止的効果として、武力紛争時における均衡性(比例性)原則が遵
    守されるための動機付けとなる要因として考察されたものとしては、以下の3点が挙げら
    れる。
    ① 武力紛争時における均衡性(比例性)原則の評価基準の敷居が不明確であるために
    その幅の広い敷居を超えないよう安全策を採ることにより明確な基準が存在しなく
    とも慎重な判断がとられるという「柔軟な適用」が可能であること
    ② 法的な遵守義務だけではなく国際社会から非難を浴びることによる不利益を被りた
    くないという「国際世論という評価基準」を現代においては一層考慮しなければな
    らなくなったこと
    ③ 第1追加議定書の非締約国である米国やイスラエルにとっても「既存の国際人道法
    の欠缺補充」の役割を担うものとして、武力紛争時における均衡性(比例性)原則
    が国家の説明責任等の観点から現在は無視し得ないものとなっていること
    上記3つの要因によって、現代においては、武力紛争時における均衡性(比例性)原則
    が遵守され、特に抑止的効果として文民や民用物の保護に対して実際に機能し得るといえ
    る。
    自然環境の保護に関しては、ENMODや第1追加議定書第35条3項のような自然環境
    そのものに対する絶対的禁止規定は違法とされる敷居が高すぎるために実際に機能するこ
    とが期待できない。そのため、現状において、武力紛争時に実際に機能し得る条約は相対
    的な禁止規定である第1追加議定書第55条1項及びICC規程第8条2項(b)(iv)における
    自然環境に対する武力紛争時における均衡性(比例性)原則であるといえる。ただし、こ
    れらの条約の非締約国にも機能し得るのは、慣習国際法であるとされる人道の基本原則等
    を反映した均衡性(比例性)原則のみである。もっとも、本稿で考察したように第1追加
    議定書第55条1項及びICC規程第8条2項(b)(iv)の規定の評価基準が明確に示された判
    例等はなく、人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則についても自然環境に対
    する付随的損害に関してどの程度適用され得るのかは現時点において不明である。しかし
    ながら、文民や民用物の保護のように、少なくとも作戦計画の策定時又は攻撃決定時にお
    ける抑止力として、人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則が自然環境の保護
    についても機能することは間違いないであろう。基準が明確でない自然環境の保護に関し
    ても、上述の3つの要因は、武力紛争時における均衡性(比例性)原則を遵守するための
    動機付けの要因となり得るためである。
    242
    【終章】
    上記を踏まえて、現代は武力紛争時における均衡性(比例性)原則が文民•民用物や自
    然環境の保護にとって要となる役割を担っていると結論付けたことが、第5章までを通じ
    ての論理的帰結である。
    ただし、現状において、武力紛争時における均衡性(比例性)原則が適切に遵守される
    場合には実際に機能し得ると結論付けたものの、必ずしも現状のままで良いということで
    はなく、いくつかの解決すべき課題も残されていると考える。
    今後の課題
    これまでの考察を踏まえて、今後の課題として考えられる論点等についての筆者の現時
    点における見解を以下に付言する。
    区別原則の評価基準や予防措置等との関係性の明確化
    本稿において言及したように、均衡性(比例性)原則は区別原則や予防措置と密接に関
    連するものである。区別原則については、均衡性(比例性)原則ほど曖昧な基準ではない
    といえるものの、未だ解釈に乖離のある論点が存在する。例えば、米国による目標選定基
    準の「戦争遂行努力又は継戦能力」と第1追加議定書における「軍事活動に効果的に資す
    る」という文言の翻肯吾、敵対行為への直接参加(DPH)の解釈及びそれに伴う弾薬工場で働
    く文民や人間の盾についての解釈の翻直吾等が挙げられる。これらの区別原則における解釈
    の翻肯吾は、合法的な軍事目標として攻撃することが認められるのか、あるいは付随的損害
    として均衡性(比例性)原則の評価の対象として考慮するべきであるのかという点におい
    て、均衡性(比例性)原則に直接影響を及ぼす要素となり得るため、権威のある統一的な
    解釈がなされることが望まれる。
    また、予防措置に関しても『ICRC軍事行動ハンドブック』においては「予防原則
    (principle of precaution)」として均衡性(比例性)原則や区別原則と同様に原則の一っと
    して扱われていること等、均衡性(比例性)原則や区別原則との関係性についての解釈は
    一様ではない。本稿においては、「予防措置」を区別原則と均衡性(比例性)原則に包含
    されている評価要素あるいは均衡性を評価する敷居を下げるための一手段としての位置付
    けとして扱ったが、当該位置付けはあくまでも個人的な見解であるため、予防措置が「原
    則」であるのか否かも含めて予防措置と均衡性(比例性)原則や区別原則との関係性につ
    いての通説的な解釈が望まれる。
    上記のように区別原則の目標選定基準や予防措置等との関係性についての解釈等につい
    ての議論が収斂していないことについて憂慮されるものの、これに関して朗報といえるの
    は、現在、ジュネーヴ諸条約等のコメンタリーの改訂版がICRCのヘンカーツ(Jean-
    Marie Henckaerts)らによって策定中であることである。改訂の主な理由は、第2次大戦の
    243
    【終章】
    実行に基づいて策定された1952年のジュネーヴ諸条約のコメンタリーから60年以上が経
    過した今日において、ジュネーヴ諸条約の解釈や妥当性を再確認することにより、現代の
    武力紛争における文民の保護等に効果的に資するためであるとされる1。2016年3月に
    は、既にジュネーヴ第1条約のコメンタリーの改訂版が公表されている2。現在のところ、
    ICRCのホームページ等においては今後の予定が公開されていないが、いずれ第1追加議
    定書のコメンタリーも改訂される見込みである3。
    もっとも、第1追加議定書コメンタリーが改訂されたとしても、ICRCが中心となって
    策定されることが予想されることから、その内容は人道の考慮を重視する立場寄りになる
    可能性が高いと考えられる。しかしながら、近年の国家実行や軍事的必要性を重視する立
    場の見解を十分考慮に入れた上でコメンタリーが改訂されることにより、現在、解釈に乖
    離がある論点等についての説得力のある解釈が加えられ、区別原則の評価基準等の明確化
    が図られることによって、両者が首肯し得る内容となることに期待したい。
    人道の考慮重視派と軍事的必要性重視派間の互譲
    上述のように、軍事的必要性を重視する立場の見解と人道の考慮を重視する立場の見解
    の乖離は、第1追加議定書コメンタリーの改訂によって区別原則や予防措置に関する限り
    においては、ある程度縮まることに期待が持てるものの、武力紛争時における均衡性(比例
    性)原則については大幅に縮まる可能性は少ないものと考えられる。本文でも述べたように、
    均衡性(比例性)原則についての明確な評価基準を設けた場合、軍の作戦計画立案者や攻撃
    決定者等はその基準の限界までの付随的損害を与える攻撃を許容する作戦計画を立案する
    可能性が高く、結果的に文民等の保護には繋がらない可能性が高いためである。そのため、
    均衡性(比例性)原則の評価基準の明確化については今後も平行線を辿るものと考えられる。
    しかしながら、全てではないとしても一定の基準については両者が互いに譲ることで妥
    結を図る方がよいと考えられる。その1つとして、米国が湾岸戦争時に採用していた「軍事
    的利益を『明らかに上回る(clearly outweigh) J付随的な文民の被害の禁止」における「明ら
    かに上回る」の基準を明確にすることが挙げられる。これは「明らかに上回る」基準以下の
    1 See ICRC, Updated Commentaries bring fresh insights on continued relevance of Geneva
    Conventions, Article,17 March 2016, Available at https://www.icrc.org/en/document/up-
    dated-commentaries-first-geneva-convention (last visited Dec. 2016).
    2 See ICRC, Convention (I) for the Amelioration of the Condition of the Wounded and Sick
    in Armed Forces in the Field,12 August 1949, Available at https://ihl-data-
    bases.icrc.org/ihl/full/GCI-commentary (last visited Dec. 2016).
    3筆者も参加した2015年4月にバンコクで開かれたタイ海軍とICRC共催の「第2回海
    上における国際人道法地域ワークショップ(2nd Regional Workshop on the Law of Armed
    Conflict at Sea)」において、ハイネグ(W. H. von Heinegg)教授は、2016年以降毎年1つ
    ずつジュネーヴ諸条約等のコメンタリーの改訂版を出す予定(2016年:第1条約、2017
    年:第2条約、2018年:第3条約、2019年:第4条約、2020年:第1追加議定書、
    2021年:第2追加議定書)である旨を参加者にアナウンスした。改訂作業が順調に進め
    ば、2020年には第1追加議定書コメンタリーの改訂版が公表される見込みである。
    244
    【終章】
    攻撃を合法とすることによりその基準に達する限界までの攻撃を許容するというものでは
    なく、基準を「明らかに上回る」ものを均衡性(比例性)原則違反とし、その基準に至らな
    い攻撃はケース・バイ・ケースで違法性を評価するというものである。言うなれば、イスラ
    エル最高裁が「標的殺害」事件において示したような均衡性(比例性)原則の領域の境界を
    定めて、その境界の範囲内に収まる事例をケース・バイ・ケースで判断するという見解の精
    緻化を図ることである。合法と違法を明確に区分する境目となる基準を設けることは困難
    であるが、ケース・バイ・ケースから明確な違法となる上限の基準を設けることについては
    両者が互譲できるのではないかと考えられる。
    また、「明らかに上回る(clearly outweigh)」基準を明確にすることにより、ICC規程第8
    条2項(b)(iv)における「明らかに過度(clearly excessive) Jの基準との整合性が図られ得る
    というメリットもある。本稿では、第1追加議定書における基準とicc規程における基準
    との差異が武力紛争時における均衡性(比例性)原則を複雑にし、同原則に対する理解を阻
    害する一因として導出した。この点につき、均衡性(比例性)原則違反にあたる攻撃や行為
    のうち、軍事的利益を「明らかに上回る」付随的損害を与えるものを「明らかに過度」の基
    準に該当するものとしてicc規程における訴追対象とし、それ以外は従来どおりケース・
    バイ・ケースで違法性を判断すると整理することによって、二重基準の解消に繋がり均衡性
    (比例性)原則のさらなる理解に寄与するのではないかと考える。
    両者が互譲すべきである2つ目の点は、ICTYによって示唆された人道の基本原則等を反
    映した均衡性(比例性)原則を慣習国際法として認めること、及びその射程や内容について
    の精緻化を図ることである。人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則が慣習国際
    法であることが明確にされることにより、今まで以上に米国やイスラエル等の第1追加議
    定書非締約国において遵守されることが期待できることに加えて、自然環境の保護に関し
    てもより効果が期待できるためである。もちろん、射程や内容を明確にすることについては
    困難が予想されるが、少なくとも慣習国際法であると認めること自体については軍事的必
    要性を重視する立場と人道の考慮を重視する立場の両者にとって、受入れられるのではな
    いかと考えられる。
    また、上記のような「明らかに上回る」や「明らかに過度」の基準を超える攻撃や行為に
    ついては禁止されるというような規定であれば、人道の基本原則等を反映した均衡性(比例
    性)原則に含まれるものとして慣習国際法として受け入れられ易いものと考えられる。
    履行確保の担保(非対称戦における均衡性(比例性)原則の問題点)
    コソヴォ空爆時におけるNATO軍や米軍のように、比較的に軍事予算が潤沢な「持て
    る国(haves)」であれば、無人偵察機や偵察衛星の解析等の軍事技術に伴う高度な情報収集
    能力を有するため、適切な軍事目標の識別や付随的損害の見積もりを算出する可能性が高
    いことが予測される。一方、軍事技術や情報収集能力が乏しい「持たざる国(have-nots)」
    245
    【終章】
    の場合、攻撃時の判断材料となる情報等が少ないために誤った判断を下してしまうおそれ
    が比較的高いといえる4。さらには、攻撃の際にも「持てる国」は、十分に訓練された隊員
    が精密誘導武器等を用いることにより、文民居住地区の格納庫にある航空機のような軍事
    目標であっても正確に指向し、被害を極限することが期待できるが、「持たざる国」の場
    合のそれは比較的期待できず、軍事目標以外に攻撃することや軍事目標に対するものであ
    っても過度な付随的損害が生起する可能性が高いといえる。
    近年の紛争を見る限り、空爆においては、「持てる国」が「持たざる国」の領域に対し
    て実施することが多いため、「持たざる国」の誤判断や不正確な攻撃が文民等の被害に繋
    がる可能性は少ないといえる。しかしながら、地上戦においては「持たざる国」が「持て
    る国」の領域に対して行う攻撃によって、軍事目標以外へ攻撃する可能性や軍事目標に対
    する攻撃による文民等の付随的損害が過度になること、さらには「持たざる国」の領域内
    にいる自国民に対しても被害が及ぶ可能性が高いといえる。特に、軍事的に劣勢な「持た
    ざる国」の場合は、戦闘の勝利に固執することにより、攻撃時に得られていた情報が過少
    であったことや隊員の練度不足等を抗弁することによって、恣意的に均衡性(比例性)原
    則の規定を濫用する可能性がある。また、「常識と誠実さ」に基づくことなく、自国民等
    を人間の盾として軍事目標に配置することや意図的に文民居住地域から攻撃を行うこと等
    により、自国民を犠牲にする可能性の高い戦術をとることも多いといえる。したがって、
    「持てる国」と「持たざる国」との間において地上戦を行う場合、「持てる国」の領域に
    いる文民や民用物が被害に遭う蓋然性が高まるとともに、「持たざる国」の領域にいる文
    民や民用物が被害に遭う蓋然性も高まるといえる。
    もっとも、軍事予算や軍事技術の差異等による攻撃の正確性や攻撃決定者等の「常識と
    誠実さ」が遵守されるか否か等は、国際人道法に包摂されていると考えられるものの、如
    何にして「持たざる国」に対して均衡性(比例性)原則の履行を促し、「常識と誠実さ」
    の遵守を徹底させるかについては簡単に答えが出せるものではない。
    現状においては、紛争中であれば戦時復仇、紛争後であれば個人に対する戦争犯罪の処
    罰や国家に対する賠償責任等によって国際人道法の履行を確保するための手段がある。し
    かしながら、ならず者国家や自爆テロを行うような非国家主体との非対称戦においては、
    それらの履行確保の手段がどの程度効果的であるのかは未知数である。それでもなお、
    「持てる国」と「持たざる国」又は非国家主体の間には同一の均衡性(比例性)原則等の
    国際人道法の規則等が平等に適用されるのである。
    したがって、「持たざる国」又は非国家主体が均衡性(比例性)原則の規定を恣意的に
    濫用することを防ぎ、人間の盾による防御手段等を採らせないようにするためには、少な
    4 Michael N. Schmitt, “The Principle of Discrimination in 21st Century Warfare”, The Con-
    duct of hostilities in international humanitarian law, Vol.1 (Ashgate Publishing Limited,
    2012), pp. 33-38.
    246
    【終章】
    くとも事後に「持てる国」と「持たざる国」の攻撃の違法性を評価する際、同一の均衡性
    (比例性)原則の基準によって判断するだけではなく、「割り引いて」考慮すること等の
    何らかの評価尺度を設けることが必要になるのではないかと思われる。
    おわりに
    以上が今後解決すべき課題として、筆者が現在考えているものである。
    なお、本稿は、均衡性(比例性)原則の非国際的武力紛争における慣習法性の項や旧ユ
    ーゴ紛争の事例等において一部非国際的武力紛争に言及しているものの、基本的には国際
    的武力紛争における均衡性(比例性)原則を研究対象としたものである。したがって、近
    年増加しつつある内乱や内戦等の非国際的武力紛争については、若干の判例を除き、本稿
    における研究の射程外である。
    しかしながら、非国際的武力紛争については、2016年現在も続いているシリア内戦にお
    ける文民の状況等に鑑みると、今後さらなる国際人道法のあり方等に関する検討が求めら
    れると考えられる。シリア内戦は、2016年10月現在、世界遺産に登録されたシリア最大
    の都市アレッポ(Aleppo)に対するシリア政府とロシアによる空爆によって総計500名以上
    (4分の1以上が子供)が死亡し、2,000名以上が負傷したとされている5。さらには、数
    か月にわたってアレッポ市民25万人を包囲し、第1及び第2追加議定書においても禁止
    されている住民の飢餓を戦闘の方法として利用すること等によって国際的な非難を浴びて
    いる6。
    現時点においては、非国際的武力紛争において、第1追加議定書の均衡性(比例性)原
    則等の国際人道法規則の適用がないため、シリア内戦のような非国際的武力紛争において
    はジュネーヴ諸条約共通第3条及び第2追加議定書しか効力は及ばない。しかしながら、
    本稿で述べた人道の基本原則等を反映した均衡性(比例性)原則がシリア内戦を含めた非
    国際的武力紛争においても適用され得るならば、文民等の保護にとって大きな役割を果た
    すといえる。そのため、均衡性(比例性)原則を含む国際的武力紛争における国際人道法
    の規則や原則が非国際的武力紛争においても導入されるという「国際人道法の人道化」が
    どの程度認められ得るのかといった観点からの研究も今後進めていきたいと考えている。
    5 AFPBB News, 「シリア・アレッポ、空爆の死者500人に食料備蓄も危機的」(2016年
    10 月 21日15:54 配信)、Available at http://www.afpbb.com/articles/-
    /3105172?utm_source=yahoo&utm_medium=news (last visited Dec. 2016).
    6 AFPBB News,「シリア政府は『飢餓を兵器として利用』米政府高官が非難」(2016年10
    月 29 日14:19 配信)、Available at http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161029-
    00000024-jij_afp-int (last visited Dec. 2016);住民を飢餓の状態に置くことが禁止される
    ことについては、第1追加議定書第54条及び第2追加議定書第14条に規定がある。
    247
    謝 辞
    本博士論文は、筆者が横浜国立大学国際社会科学府国際経済法学専攻博士後期課程在
    学中における研究をまとめたものである。
    本研究を進めるにあたり公私にわたって多くのご指導とご鞭握を賜りました責任指導教
    員である本学の柳赫秀教授に心より感謝致します。また、多角的な視座からのご指導及び
    ご助言を頂いた指導教員である本学の荒木一郎教授、小池治教授にも深く感謝致します。
    先生方による授業やゼミを含め在学中に得られた知識や人脈は必ずや生涯の財産となると
    確信しております。三年間本当にありがとうございました。
    また、本論文の本審査委員を務めて下さった専修大学森川幸一教授、関西大学権南希
    准教授におかれましては、お忙しい中原稿をご精読頂くとともに多くのご助言を頂き深く
    感謝しております。
    加えて、筆者の神戸大学博士前期課程時に指導教員であった同志社大学坂元茂樹教授
    には学会等でお会いする度に激励のお言葉を頂戴するとともに、本論文のテーマに関連す
    る論文等を多数著されている大阪大学真山全教授にも鋭いご指摘や的確な参考文献を提
    示して頂く等、大変お世話になりました。厚く御礼申し上げます。
    上記の先生方のほかにも、本論文を曲がりなりにも書き上げることができたのは、本学
    の掛江朋子准教授や現在英国留学中の本吉祐樹さんをはじめとする柳•荒木ゼミ生の皆さ
    んと議論及び研究活動を共にし、切磁琢磨することにより、論文作成のモチベーションを
    維持することができたことも大きいと思います。本学外の方からも、本論文に欠かせない
    希少な資料のご提供や報告資料のご指導を頂いたこと等、多くの方々のお力添えによって
    ここまで到達することができたものと顧みております。お世話になった皆様ありがとうご
    ざいました。
    また、多大なご迷惑をお掛けするにもかかわらず研究のための機会や時間を快く与えて
    下さった職場の上司や同僚にも心から感謝いたします。一刻も早く研究で培った成果を還
    元できるように努めたいと思いますので今後ともよろしくお願い申し上げます。
    最後に、ここ数年、十分な家族サービスができなかった中、常に温かくサポート及び応
    援してくれた妻と二人の娘に感謝します。ありがとう。
    248
    主要参考文献
    主要参考文献
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