ECB総裁「銀行監督を徹底」 AT1債まず株主が損失負担
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR099BL0Z00C23A5000000/

『【ロンドン=南毅郎、大西康平】欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は「可能な限りきめ細かく、徹底した銀行監督を実施する必要がある」と述べ、利上げ継続の前提となる金融システムの安定に取り組む方針を強調した。クレディ・スイス・グループ救済で問題になったAT1債(永久劣後債)は「まず株主が損失を負担する」と語り、無価値にしたスイス当局の対応との違いを明確にした。
「最初の教訓は『バーゼル3』の枠組みを…
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。』
『「最初の教訓は『バーゼル3』の枠組みを徹底的に適用しなければならないことだ」――。ラガルド氏は2008年のリーマン危機後に定めた国際的な資本規制(バーゼル3)と銀行監督の両輪を機能させることが重要だとして、足元の金融不安への対応で単純な規制強化論とは距離をおいた。
ラガルド氏は金融不安の教訓は①バーゼル3の適用②規制対象行の拡大③銀行監督の徹底④ノンバンクの監視強化――だと即答した。欧州を含む主要地域で取り組み、不安払拭へ協調を呼びかけた。
これまでラガルド氏は監督権限を持つユーロ圏の銀行は「強固だ」と訴えてきた。3月には米シリコンバレーバンクの経営破綻に続き、金融大手クレディ・スイス・グループの救済買収が決まった。5月も米地銀ファースト・リパブリック・バンクが経営破綻したが、いずれも米国とスイスが震源地で、現時点でユーロ圏には波及していない。
欧州域内にも変調のリスクは潜む。ラガルド総裁が「創設以来、最も速いスピードでの利上げ」と話す通り、ECBは2022年7月から今月4日の理事会まで、7会合連続で利上げを実施。主要政策金利は3.75%と米金融危機が起きた08年以来の水準に到達し、金融引き締めの効果を見極める重要な時期に入った。
金利上昇が預金と貸出金の利ざやの改善を通じて銀行の収益に寄与してきた半面、債券の含み損や不良債権に備える引当金が膨らみかねない構図は米国に通じる。クレディ・スイスなどの経営不安では、預金流出という古くて新しい問題への対処も課題として浮かび上がった。
ラガルド氏が「きめ細かい銀行監督」の必要性に言及したのは、金融システムの安定がインフレ退治に向けた継続利上げの前提になるためだ。厳しい規制の枠外にある投資ファンドなどのノンバンクをめぐっても「金融安定理事会(FSB)とバーゼル銀行監督委員会は注視すべきだ」と対応を呼びかけた。
世界の金融資産に占めるノンバンクの規模は21年時点で239兆ドル(約3.2京円)とおよそ半分にのぼる。FSBも金融当局にリスク監視の強化を求めており、資金流出など不測の事態を念頭に対応を急ぐ。
クレディ・スイスの救済買収で無価値になったAT1債の取り扱いについては、スイス当局の対応と一線を画す姿勢を鮮明にした。スイス当局はクレディ・スイスが発行した160億スイスフラン(約2.4兆円)規模のAT1債の全額毀損を決め、AT1債の投資家が株主以上に損失を被る異例の対応を取った。
ラガルド氏はユーロ圏の銀行で経営不安が起きた場合には「まず株主が負担するのが順序だ」と明言した。欧州連合(EU)で適用されるルールで「変更の余地はない」とも語り、銀行の破綻処理で株式による損失吸収を優先する考えを強調した。明快なメッセージには、市場の動揺をおさえたいとの意向がにじむ。
AT1債は銀行の財務が悪化した場合に投資家が損失を引き受ける。国際的な金融規制で自己資本として算入できるため欧州勢を中心に発行が進んできた。英バークレイズによると、欧州銀行全体の発行残高は22年時点で約1800億ユーロ(約26兆円)。利回りが1%上昇すると借り換えコストの増加で税引き前利益は0.8%押し下げられるという。
金融不安が高まった3月のECB理事会では一部メンバーから利上げ見送りを求める意見も出た。インフレ率や経済環境、考え方が異なる20カ国のユーロ圏の金融政策を担うECB理事会での合意形成は容易ではない。ラガルド氏は「私のおかげと思いたいが」と冗談を交えながら「ほとんどすべてのケースで、私たちは十分なコンセンサスを形成できたと思う」と政策運営に自信を示した。
ECBは過去の利上げ局面でも危機と重なり、前回の11年当時には欧州債務不安の高まりから一転して利下げを迫られた経緯がある。理事会内では「過去の教訓が思い出される」と急激な利上げには慎重論もある。
ウクライナ危機が長引くなか、インフレの抑制と金融システムの安定をいかに両立するか。ECBが発足してから前例のない試練の克服は「独裁的な中央銀行総裁ではない」というラガルド氏の政策手腕にかかっている。
Christine Lagarde
パリ出身で弁護士の経歴を持つ。仏経済・財政・産業相、国際通貨基金(IMF)専務理事などを歴任。2019年11月から現職。』