苦境のアフリカ、欧州へ大移動 スーダンでドミノ倒しも

苦境のアフリカ、欧州へ大移動 スーダンでドミノ倒しも
編集委員 下田敏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM082IM0Y3A500C2000000/

『食料不安や物価上昇で経済困難に直面するアフリカから欧州への移民が急増している。最短ルートである中央地中海からの不法越境者は前年の4倍に膨らみ、移民の出身国でもコートジボワールやギニアなどが目立って増えてきた。スーダンの軍事衝突が長引き、周辺地域が不安定化すれば、ドミノ倒し的にアフリカからの移動が増大する恐れがある。

移民急増で非常事態宣言

イタリアは4月中旬、地中海を渡る移民が急激に増加したとし…

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『イタリアは4月中旬、地中海を渡る移民が急激に増加したとして6カ月間に及ぶ非常事態を宣言した。移民流入で非常事態宣言が出されたのは、中東・北アフリカで民主化要求運動「アラブの春」が起きた2011年以来だ。メローニ政権は非正規移民に厳格な姿勢で臨んでおり、非常事態宣言によって法的手続きなどを簡略にし、滞在資格がない移民の身元確認や本国送還を迅速化する狙いがあるとみられる。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、今年1〜4月に海路でイタリアに到着した移民は約4万2000人に上り、2018〜20年の年間流入数をすでに上回っている。海を渡る移民は気温の上昇につれて増えるため、イタリアは非常事態宣言という先手を打って移民の流入阻止に動いたとも考えられる。

地中海での「異変」は欧州連合(EU)の国境警備を担う欧州対外国境管理協力機関(フロンテックス)の報告からもうかがえる。アフリカのチュニジアとイタリアを南北につなぐ中央地中海ルートの不法越境者数は今年1〜3月で約2万8000人に上り、前年同期の約4倍に膨らんだ。この間、ほかの主要流入ルートは前年比でほぼ横ばいか減少であり、中央地中海の突出ぶりがわかる。

地中海ルートでは海難事故が多発する(ボートが転覆して救援を待つ移民、イタリア)=AP

これまでは中東や南アジアからの不法越境者が多く、流入経路も、EU非加盟で審査が緩いセルビアなどにいったん入国し、そこから陸路を歩いて加盟国との国境を越える西バルカンルートが主流だった。中央地中海ルートは多くの移民を乗せたボートが転覆するなど海難事故が多発する危険な行程だからだ。

だが、昨年はロシアによるウクライナ侵攻で、両国産の安価な小麦の輸入が難しくなった北アフリカのエジプトやチュニジアからの流入が増え、中央地中海ルートは前年比51%増になった。今年に入ってからの爆発的な増加はアフリカから欧州への移民流入が本格化したためと映る。

移民の出身国の顔ぶれも変わった。国際移住機関(IOM)によると、23年の出身国別の移民数ではエジプトやチュニジアに加え、コートジボワールやギニア、カメルーンなどのアフリカ勢が上位を占めた。22年は内戦が続くシリア、イスラム主義組織タリバンが制圧したアフガニスタンが上位だったが、今年はアフリカ勢がそれらを上回っている。

人口増加に雇用が追いつかず

ルゾフォナ大学(ポルトガル)のテレザ・ヌゲイラ・ピント助教授は「アフリカから欧州への移民流入は今後数十年にわたって増加する可能性が高い。アジアと異なり、アフリカは冷戦後のグローバリゼーションの恩恵を受けられておらず、人口増加に経済成長と就業機会が追いつかない」と語る。

アフリカの人口は右肩上がりで増え続け、国連人口推計によると50年には約24億8500万人と現在の約1.7倍に拡大する。だが産業の高度化は進んでおらず、ナイジェリアでは今でさえ若年層の失業率は約40%と非常に高い。経済成長のポテンシャルは高いが、これだけ急激な人口の伸びに見合うだけの雇用の受け皿は用意できそうにない。

ピント氏は「エチオピアやモロッコなど、いくつかのアフリカの国では、出稼ぎ労働者からの国内送金が援助や投資を上回る対外資金源になっている」と話す。短期的には食料不安や物価上昇で、中長期的には出稼ぎ目的で、アフリカから欧州への人の移動が予想される。

欧州のレストランで働く移民労働者(イタリア、ミラノ)=ロイター

本来、アフリカでは大陸から離れて人が移動することは少ないとされる。総面積が米国と中国とインドの合計よりも広いうえ、国際的な所得水準の低さから海外渡航費用を捻出するのが難しいためだ。通常は経済困難や就業難に直面すると、その国内やアフリカ域内で相対的に豊かな都市部に流入する。

アフリカ内でも移民が問題に

注目されるのは今年2月のチュニジアでの移民排斥の動き。カイス・サイード大統領が国家安全保障会議で「サブサハラ(サハラ砂漠以南)から不法移民の大群が来る状況が続いている」と警告し、取り締まりを強化する方針を示した。この発言がきっかけとなり、チュニジアでは西アフリカなどからの移民に対する人種差別が激しくなった。

チュニジアに滞在する非正規移民の一部は、中央地中海ルートの出発点にあたる同国で働き、渡航費用を稼いでいる。移民排斥への懸念から、西アフリカなどの出身者が一斉に地中海を渡り、欧州への移民流入が急増しているのは確かだろう。

見逃してはならないのはそのチュニジアからも職を求めて欧州に大量の移民が流入していることだ。22年にチュニジアから欧州に流入した移民は約1万8500人と出身国別で第3位の多さだった。経済困難に陥った人たちがアフリカの都市部に流れ込み、法的に保護されていないインフォーマルセクターなどで彼らの低賃金労働が拡大し、その影響で職を失った人々が欧州に流入するという構図が垣間見える。

スーダンの戦闘による難民は80万人を超える可能性がある(スーダンの首都ハルツーム)=ロイター

ドミノ倒しの移民流入を引き起こすのは経済困難ばかりではない。軍と準軍事組織によるスーダンの戦闘が長期化すれば、難民が周辺国にあふれ、新たな移民を生み出しかねない。

UNHCRはスーダンから近隣7カ国に逃れる難民が81万5000人に上る可能性があるとみている。4月15日の戦闘開始以降、すでに10万人以上が国外に逃れたもようだ。ただチャドや中央アフリカなどの近隣国の多くは最貧国で経済的に難民を抱え込む余裕に乏しい。南スーダンは内戦終結後も紛争が絶えず、もともと80万人を超す難民がスーダンに避難していたという状況にある。

気候変動で8600万人が移民に

気候変動の影響も気がかりだ。世界銀行は21年のリポートで「早ければ30年から気候変動で移住を余儀なくされる人が現れ、その数は50年までに2億1600万人に上る」と予測した。特に気候変動に脆弱で、熱波や干ばつ、洪水などが頻発するサブサハラアフリカでは8600万人の移民が発生するとみている。

シリアを中心に182万人が流入した15年の移民危機をきっかけに、EUは国境管理の強化など移民流入対策を厳格にしている。現在は欧州全体(ロシアとベラルーシを除く)で約530万人のウクライナ難民を受け入れているが、これは将来の帰国が前提になっているためだ。スキルが高い人材の受け入れを除き、特に出稼ぎ目的の経済移民については本国送還の方針を強めつつある。

経済困難や地域の不安定さが高まるにつれてアフリカからの移民流入は増え続け、それを抑えようとするEUとのあつれきが生じる。欧州移民問題は解のない難題になりつつある。』