市場揺らすFRBのトリレンマ 金融・景気より物価を優先
編集委員 大塚節雄
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK051R70V00C23A5000000/



『米連邦準備理事会(FRB)が金融の動揺が続くなかインフレ鎮圧を優先し、市場を揺さぶっている。物価安定に金融安定、景気の軟着陸。直面するのは同時には解決できない3つの課題だ。高インフレ下の利上げがもたらした1980年代の危機は事態収拾に手間取った。今回も市場の混乱は長引く懸念がある。
ファースト・リパブリック・バンク(FRC)の破綻とJPモルガン・チェースによる買収が伝わった2日後、FRBは3日の…
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『ファースト・リパブリック・バンク(FRC)の破綻とJPモルガン・チェースによる買収が伝わった2日後、FRBは3日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で0.25%の利上げを決めた。
2カ月たらずで3つの銀行が破綻する事態。パウエル議長は記者会見で「厳しいストレスの中心には当初から3つの銀行があった。すべてが処理され、全預金も保護された」と語り、FRCの破綻は「区切りをつける重要な一歩」と表明した。
だが動揺は収まらず、著名エコノミストのモハメド・エラリアン氏はツイッターで「FRBの信頼性を損ねた過去数年の不幸な情報発信のリストに加わることを恐れる」と疑問を投げかけた。
5日の米株式市場では売り込まれていた地銀株の一角が急反発したが、空売り規制を巡る思惑で投機筋が一時的にひるんだ面もある。「FRC破綻は銀行危機の終わりではなく、始まりにすぎない」(米コーネル大学のロバート・ホケット教授)との声は根強い。
インフレ抑制に集中したいFRBは金融緩和に転じるつもりはない。利上げ休止を示唆しつつも、状況次第で追加的な引き締めに動く選択肢も残した。利下げに動く可能性は強く否定した。
高い政策金利の維持を基本線とするFRBに対して市場は秋から利下げに転じると予想し、両者はかけ離れたままだ。
金融引き締めの姿勢を保ちながら「データ次第」を決め込むFRBに市場は戸惑うが、当のFRBも袋小路に入り込みつつあるようにみえる。
インフレ抑制と景気の軟着陸の両立に苦しむなか、さらに金融の安定という難題がのしかかった。3つの課題を同時には達成できない状況を指す「トリレンマ」に近い様相を呈している。
「金融の安定と景気の軟着陸」の両立をめざすなら金融緩和への転換が正解だが、高インフレを放置し、一段の経済の混乱を招きかねない。この選択はとれない。
「物価安定と景気の軟着陸」を追求するなかで5日の米雇用統計でみられた景気の底堅さが続くようなら、金融への目配りは難しくなる。「物価安定と金融安定」を模索しようにも、金融動揺が物価に与える影響はゆっくりとしか表れず、結局は景気を犠牲にせざるを得ないかもしれない。
高インフレが急激な利上げにつながり、金融を揺るがしたケースは1980年代にもあった。
国際通貨基金(IMF)のエイドリアン金融資本市場局長は4月に「現在の混乱は80年代の貯蓄金融機関(S&L)危機と84年のコンチネンタル・イリノイ銀行の破綻に至るまでの出来事に似ている」と指摘した。
S&L危機は80年代初頭の第1次と後半の第2次の局面に分かれる。前者はボルカー議長時代のFRBの猛烈な金融引き締めが深く絡む。S&Lは短期の調達金利が急騰する一方で運用は長期固定のため「逆ざや」の拡大に直面した。基本的な構図は現在と似通う。
当時は悪性インフレ鎮圧の最終局面にあり、FRBも引き締めをやめるわけにはいかなかった。
84年5月の米銀7位コンチネンタル・イリノイ銀の破綻は高リスク投資と短期の資金調達への依存があだとなった。インフレの最悪期は過ぎていたが、再燃の兆しを嫌ったボルカーFRBは利上げを再開していた。
破綻を受けて利上げはいったん休止する。市場ではボルカー氏の引き締め路線はここで終わったとの見方も強い。実際には7、8月にも利上げを実施し、インフレの落ち着きを確認しつつ秋から利下げに転じている。
シティグループのエコノミスト、アンドリュー・ホレンホースト氏は「当時、当局は最終的には金融システムへの信頼を回復した」と評価し、「FRBは(処理の)期間中に利上げを続けることもあった」と語る。
それでも80年代は金融の安定を完全に取り戻すのに10年以上かかった。FRBがインフレ鎮圧に集中するためには当時の教訓を生かし、預金保険制度の一段の拡充も含めた抜本的な対応を早期にまとめる必要がある。
そうでないと、FRBはトリレンマにとらわれ続け、FRBの出方を読めない市場は常に不安定さを抱える。市場も折に触れて抜本的な対策を催促する銀行株売りに動き、FRBを脅かすことにもなりかねない。
(編集委員 大塚節雄)
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