尹錫悦を国賓として招いたバイデン 韓国を引き戻すニンジンは…半島波乱の幕開け
https://www.dailyshincho.jp/article/2023/05011701/?all=1
『J・バイデン(Joe Biden)大統領は4月24日から30日まで尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領を国賓として招いた。米中間で揺れる韓国を手元に引き寄せるためだ。ニンジンは「核抑止力の強化」で韓国は食い付いた。韓国観察者の鈴置高史氏は「中国の巻き返しは必至。韓国の国論は割れる」と見て半島の激動を予想する。
【写真】バイデン夫妻と共に朝鮮戦争戦没者墓碑も訪問
米国発の「NCG」
――4月26日の米韓首脳会談はどんな意味を持つのでしょうか。
鈴置:ひとことで言えば、中国との対立が激化する中、米国が韓国の取り込みに出た、ということです。それはある程度、成功しました。
――尹錫悦政権は「親米」ではなかったのですか。
鈴置:ええ、確かに親米を掲げる保守政権です。ところが中国に対しては左派政権と同様に弱腰。「親米従中」というべき存在です。平時なら米国も苦笑いして見逃したでしょうが、今は台湾有事がいつ起きてもおかしくない状況です。そこでグイ、とばかりに韓国を引き戻したのです。
そのテコに使ったのが「核抑止力の強化」です。米韓首脳は共同声明とは別にわざわざ「ワシントン宣言」を発出。米韓が核抑止を議論する「核協議グループ」(NCG=Nuclear Consultative Group)の創設を謳うとともに、米国は核弾頭を搭載したミサイル原潜の韓国への寄港を約束しました。
――NCGは韓国側が要求したと報じられています。
鈴置:最終的にはその形をとりましたが、もともとは米国側のアイデアなのです。バイデン政権は同盟国を繋ぎとめるための方策を専門家に諮問しました。
それに答えたのがC・ヘーゲル(Chuck Hagel)元国防長官らが作成した「Preventing Nuclear Proliferation and Reassuring America’s Allies」(2021年2月10日)です。ポイントは以下です。
・The United States should create an Asian Nuclear Planning Group, bringing Australia, Japan, and South Korea into the US nuclear planning processes and providing a platform for these allies to discuss specific policies associated with US nuclear forces.
この報告書は「米国は核企画グループを作り、豪州、日本、韓国を米国の核戦力に関する政策論議に参加させよ」と答申したのです。要は、NATO(北大西洋条約機構)に準じた手法をアジア太平洋地域にも広げるべきだ、と提言したわけです。
この辺りを詳しく知りたい方は『韓国民主政治の自壊』第4章第2節「保守も左派も核武装に走る」をご覧ください。
中国に忖度、核共有を取り下げ
当時の韓国は「反米親北」の文在寅(ムン・ジェイン)政権でしたから北朝鮮に対抗する核抑止強化策は無視しました。一方、野に下っていた保守は新たな対北対抗策として希望を抱きました。
北朝鮮が着々と核武装を進めるというのに、D・トランプ(Donald Trump)政権が北朝鮮との不毛な対話に乗り出し、米韓合同演習まで止めてしまったからです。
2021年9月22日、大統領候補だった尹錫悦氏は「有事の際、戦術核の再配置と核共有を米国に要求する」と公約しました。保守候補としては当然でした。
尹錫悦氏の言う「核共有」とはNATOで実施している核抑止力の強化を意味します。米国は戦術核をNATO加盟国の一部に配備。ドイツなどの攻撃機にも核爆弾を積んで敵を攻撃する体制を採っています。なお、核の使用に関しては米国が最終的な判断を下しますが、米国は同盟国の意見も聞くことになっています。
話を韓国に戻すと、大統領選の投票日(2022年3月9日)の約1カ月前の2月7日、尹錫悦氏の発言は突然、後退しました。中央日報のインタビューで、以下のように語ったのです。
・北朝鮮の核をそのままにして、我が方も核武装するとか核共有を言いつつ核軍縮しようと主張するのはとても危険だ。北朝鮮が実際に非核化する可能性があろうがなかろうが、強力な経済制裁をして「核を持つようになれば結局、経済は破綻する」ということを示すのが重要だ。
中国の顔色を見たのです。実際、今回のワシントン宣言に対し、発表翌日の4月27日、中国外交部は「地域の平和と安定を破壊する」として「断固反対」を表明しました。
尹錫悦氏のこのブレに関し日本ではほとんど報じられていませんが、「従中」の証拠となる事実です。『韓国民主政治の自壊』第4章第2節」に詳述してあります。』
『ペロシ事件で激怒した米国
――なぜ、この時期になって後退したのでしょうか。
鈴置:出馬当時、政治家に転じたばかりの尹錫悦氏は確たるブレーンもなく、自分の思い通りに外交を語っていた。しかし、次第に参謀の補佐体制が整うにつれ、韓国外交の主流である伝統的な「米中二股」を基調に公約を打ち出すようになりました。
尹錫悦氏はTHAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)に関しても、選挙戦中は「韓国全土をカバーする体制を作る」と述べていましたが今や、この問題に触れません。文在寅政権が中国と「THAADは拡大しない」と約束しています。外交界の伝統派に中国との約束を破る覚悟はないのです。
当選が決まった後の3月31日、尹錫悦氏のスポークスパーソンが「韓米日の共同訓練は実施しない」と明言しました(「『米国回帰』を掲げながら『従中』を続ける尹錫悦 日米韓の共同軍事訓練を拒否」参照)。
文在寅政権が「韓米日の3カ国同盟には動かない」と中国に約束したのを引き継いだのです。しかし、「親米」を掲げる尹錫悦政権がそれを言ったらおしまいです。左派政権と変わりません。米国から圧力がかかったのでしょう、2022年9月、3カ国の軍事訓練は再開されました。
口先の「親米」とは裏腹の「従中」に米国が激怒したのは訪台したN・ペロシ(Nancy Pelosi)下院議長がその足で――8月3日夜に韓国を訪れた時のことでした。
米下院議長の大統領の継承順位は副大統領に次いで2位ですから、世界のどの国でもトップが迎えます。ところが、尹錫悦大統領は休暇中を理由に面談を拒絶しました。中国から「台湾独立を支持するのか」と睨まれるのを避けたのは明白でした。
保守系紙が8月4日朝刊で批判すると、尹錫悦大統領は急遽予定を変更し、同日に電話で会談しました。同じソウルに居ながらの電話協議ですから、かえって奇妙さが目立ちました。
米国務省が所管するVOA(Voice of America)は「米韓関係に対する侮辱」と尹錫悦政権を非難したうえ「中国にゴマをすったつもりだろうが、怒りは避けられないぞ」と嘲笑しました(「訪韓したペロシとの面談を謝絶した尹錫悦 中国は高笑いし、米国は『侮辱』と怒った」参照)。
CNNに難詰された尹大統領
もっと強烈だったのは、2022年9月25日のCNNの尹錫悦大統領へのインタビュー「South Korean President: North Korea remains an imminent threat」でした。
「Foreign Affairs」の編集長も歴任した有力ジャーナリストのF・ザカリア(Fareed Zakaria)氏が「(米国は)韓国唯一の同盟国だ。(その下院議長に会わないという)決定は奇妙で、普通ではない。本当に休暇でなかったのなら、中国はさぞ満足だろう。これらにどう答えるのか」と厳しく問い詰めました(開始2分37秒から)。これに対し大統領は「ペロシ議長は我々の状況を理解している」と逃げを打ちました。
ザカリア氏は「もし中国が台湾を攻撃したら、台湾を軍事的に支援する米国を韓国は支えるつもりか」と二の矢を放ちました(4分29秒から)。尹錫悦大統領は「台湾有事の際、北朝鮮が韓国を挑発する可能性が高まる。韓国の優先順位は強力な韓米同盟を基盤に北の挑発に対抗することだ」と答えました。
大統領は米国の口頭試問にここでも落第しました。この答は「台湾有事の際、米国を助けるつもりはない」との本心を明かしたと受け止められたからです。CNNインタビューは米韓の亀裂をさらに広げました。
ただ、「従中は許さないぞ」との米国の強い意思を大統領に直接伝える効果はあったと思われます。尹錫悦大統領はザカリア氏の難詰に一切反発せず、困惑の表情を浮かべながら聞いていました。
ペロシ議長との会見を阻止した外交参謀に対する疑念が大統領の胸に浮かんでいるのではないか、と思えるほどしょげかえった表情だったのです。
台湾有事で「泣き面に蜂」
「核共有」に関する尹錫悦政権の姿勢転換が明らかになったのは2023年早々でした。尹錫悦大統領は1月2日付けの朝鮮日報とのインタビュー(韓国語版)で「米国と核に関する共同企画、共同演習を議論しており、米国もかなり積極的だ」と述べました。NATO同様の米国との核共有を検討中と明かしたのです。
――なぜ、今年になって変わったのでしょうか。
鈴置:背景には北朝鮮の核武装の進展があります。加えて「台湾有事」が原因でしょう。この頃から、韓国の保守の間では「見捨てられ」の危機感が高まっていました。
台湾有事の際、米国も日本も台湾支援に手一杯になって、韓国を助ける余裕がなくなる。というのに、その隙を狙って北朝鮮が挑発し「第2次朝鮮戦争」が起きる可能性が増すのです(「台湾有事が引き起こす第2次朝鮮戦争 米日の助けなしで韓国軍は国を守れるのか」参照)。
東西センターのD・ロイ(Denny Roy)シニア・フェローは「THE DIPLOMAT」に書いた「South Korea Will Stay Out of a Taiwan Strait War」(3月21日)で鋭い指摘をしています。
・大国と同盟を組む国は正反対の2つの恐怖を抱く。1つは大国に見捨てられ、敵の脅威に単独で立ち向かわねばならない恐れ。もう1つは大国によって望まぬ戦争に巻き込まれることだ。台湾有事はこの2つの危険性を同時に韓国にもたらす可能性があるのだ。
「泣き面に蜂」ということです。米日の助けが見込めない以上、第2次朝鮮戦争で負けないためには「核共有」が必須となったわけです。ところが、バイデン大統領は尹錫悦大統領の「米国と合意」発言を直ちに否定しました。
しかし、尹錫悦大統領はひるみません。1月11日、外交部・国防部の業務報告の席で「[北朝鮮の核]問題がさらに深刻になったら、[米国の]戦術核兵器を配備したり、我々独自の核を持つこともありうる」と語りました。韓国の大統領が公の席で自前の核開発・保有に言及したのです。史上初の事件でした。』
『「核共有」と呼ぶ韓国、否定する米国
――バイデン大統領が否定したのはなぜでしょうか?
鈴置:韓国が望むNATO型の「核共有」は、米国の戦術核を韓国に再配備することが前提ですが、米国にその気はない。韓国に妙な期待を抱かせないよう、クギを刺したのでしょう。
約束していないのに「約束を取り付けた」と言いふらして相手に譲歩を迫るのが韓国外交の常套手段です。バイデン政権もこれを十分に承知しています。
ちなみに4月26日の米韓首脳会談の直後、韓国政府高官が「事実上、米国と核を共有することになった」と説明したところ、米政府高官が直ちに韓国記者団に「これは『核共有』ではない」と明確に否定しています。
今年1月の段階でもバイデン大統領が「核共有」を否定した背景には、「ヘーゲル答申」直後から「従中の韓国を核に関する協議に参加させるべきではない」との意見が米外交界で浮上したこともあるでしょう。なお、それを知った韓国の保守系紙は「このままでは米国に見捨てられる」と国民に訴えました。
また拙著の紹介となって恐縮ですが、米韓での議論については『韓国民主政治の自壊』第4章第2節」の237―240ページをご覧ください。「ヘーゲル答申」と韓国への適用に関して記した日本語の文献がほかには見当たらないのです。
尹錫悦政権が「核共有」を唱えても、韓国に対する米国からの非難攻勢は止まりませんでした。それはあくまで北朝鮮用であって、中国に立ち向かう意図はなかったからです。
米国で朝鮮半島問題の第一人者と見なされるV・チャ(Victor Cha)ジョージ・タウン大学教授が朝鮮日報に「What Can Yoon Do to Promote Freedom and Democracy?」(1月5日、英語版)を寄稿しました。
見出しの「尹錫悦政権は自由と民主主義を発展させるために何をするのか」が示す通り、韓国に「米国側か中国側か」と立ち位置を厳しく問うたのです。チャ教授は「民主主義を守るために大きな声をあげる必要があるのに、その機会を失すれば韓国の恥となる」と言い切りました。
なお、朝鮮日報は翻訳して韓国語版にも載せたのですが、韓国保守を批判する部分を改竄した結果、見出しも含めピンボケな記事になっています(「『言うだけ番長はやめろ』と尹錫悦を叱った米国 広島サミットに招待しても食い逃げされる理由」参照)。
「従中」の韓国に期待するな
米国の韓国への疑いは3月16日の日韓首脳会談の後も変わりませんでした。尹錫悦政権が対日関係の改善に乗り出したからといって、中国に対する弱腰に変わりはなかったからです。米国のアジア専門家は一斉に「従中の韓国には気を許すな」との声を上げました。
日本経済新聞に対し、米ランド研究所のJ・ホーナン(Jeffrey Hornung)上級研究員は次のように語りました。「安全保障どう変わる 日韓首脳会談、有識者の見方 中国念頭の協力は限定的」(3月17日)で読めます。
・韓国にとって中国は敏感で厄介な存在といえる。米国は中国を「脅威」、日本は「挑戦」と位置づける。韓国が公の場で同様の言葉を使う準備はできていない。
・韓国政府の人たちは中国問題の議論をためらう。台湾についても語りたがらない。経済的な結びつきの強さから、対中国を意識した安保協力は限定的になる。少なくとも対北朝鮮ほど早くは進まないはずだ。
韓国が反中同盟に入るなどと安易に期待してはならぬ――と岸田文雄首相と日本人を諭したのです。
先ほど引用したロイ氏の「South Korea Will Stay Out of a Taiwan Strait War」も、実はそれを訴えるのが主眼の記事です。「台湾有事にも知らぬ顔の韓国」という見出しからして分かります。
ジャーナリストのM・フルコ(Matthew Fulco)氏が「The Japan Times」に載せた「Why South Korea still handles China with kid gloves」(3月29日)も「腫れもののように中国を扱う韓国」と揶揄した見出しを付けています。
幼馴染の外交司令塔を更迭
――波状攻撃ですね。
鈴置:これだけ非難されれば、尹錫悦大統領も「中国に立ち向かわない限り、米国から見捨てられる」と悟ったはずです。大統領は人事で大ナタを振るいました。
3月29日、大統領室の金聖翰(キム・ソンハン)国家安保室長を事実上、更迭しました。外交の司令塔であるうえ尹錫悦大統領の小学校以来の知己で、外交の指南役と見なされてきました。
学者出身で外交部には政治任命で所属したことがあるだけですが、伝統的な「米中二股」派です。尹錫悦氏にしてみれば、この信頼していた指南役こそが、ザカリア氏から公開の場で難詰される原因を作ったのです。
金聖翰室長は米韓首脳会談を実現するため、米韓を往復していました。国賓訪問が決まり、4月26日の会談まで1カ月を切った時点での更迭は異様でした。米中二股派が安保室長のままでは米国から信頼を勝ち取れず、譲歩も引き出せないと大統領は覚悟したのでしょう。
金聖翰氏の更迭後、外交の司令塔は安保室の金泰孝(キム・テヒョ)第1次長が担っていると韓国メディアは報じています。金泰孝氏は米国との同盟を最優先する確固たる親米派です(「尹錫悦、外交チームを突然『粛清』 レディー・ガガ?日韓関係?米韓首脳会談の直前、飛ぶ憶測」参照)。
――尹錫悦大統領は決断力がありますね。
鈴置:もちろん、大統領個人の資質もありますが、背に腹は代えられなかったというのが実情と思います。米国から国を挙げて「米中どちらの味方なのか」と問い詰められる。「親米」の旗を掲げた以上、「従中」と見なされる「二股」はもうできない。このままではバイデン大統領と会っても土産も貰えず、政権が失速しかねない――。そんな厳しい現状に突き当たったのですから。』
『「日本並み」の台湾支持
尹錫悦大統領はさらなる決断を下しました。4月19日、ロイターとの単独会見でウクライナへの兵器提供を示唆したうえ、台湾海峡での力による現状変更に反対すると語ったのです。いずれも従来の韓国政府の外交路線を踏み越えるもので、大騒ぎになりました。
西側はウクライナに砲弾を送ってきましたが冷戦後、生産能力を落としていたため供給が限界に達した。そこで現在も能力を維持する韓国に期待が集まり、米国が繰り返し供給を要請しています。
台湾海峡については、韓国はこれまで「平和と安定を望む」との表現に留めていた。それを「力による現状変更に反対」と日本と同水準に引き上げたのです。
ロイターの「Exclusive: South Korea’s Yoon opens door for possible military aid to Ukraine」(4月19日、英語版)から、それぞれの発言を以下に引用します。
・If there is a situation the international community cannot condone, such as any large-scale attack on civilians, massacre or serious violation of the laws of war, it might be difficult for us to insist only on humanitarian or financial support.
・After all, these tensions occurred because of the attempts to change the status quo by force, and we together with the international community absolutely oppose such a change.
ロシア・中国政府は厳重抗議。国内からも「中ロをわざわざ敵に回す必要はない」との批判が相次ぎました。予想された内外の批判をものとせず、尹錫悦大統領が発言したのは「韓国は米国側に立つ」との姿勢を明確に打ち出す必要があったからでしょう。
韓国からの輸入に嫌がらせ?の中国
――なぜ、この時になって?
鈴置:ちょうどこの時、韓国の実務陣がワシントンに入って首脳会談を巡り米側と駆け引きを繰り広げていました。その援護射撃が目的だったと思われます。
交渉過程は明らかになっていませんが、韓国側とすればNCGを創設するだけでなく、戦術核の再配備と韓国軍による核兵器の運用も実現したかったのではないでしょうか。そうしてこそ、NATO並みの「核共有」を勝ち取ったと胸を張れるのですから。
――米国は韓国をつなぎとめておけるのでしょうか。
鈴置:分かりません。中国が巻き返すのは確実だからです。中国共産党の対外宣伝メディア「Global Times」は4月29日、「もし韓国が中国、ロシア、北朝鮮の警告を無視し、この地域での『拡大抑止』のための米国の命令を実行した場合、韓国は中国、ロシア、北朝鮮の報復に直面する可能性が高い、と専門家は述べた」と威嚇しました。
「Yoon’s overwhelming pro-US policy could become nightmare for S. Korea, with losses to outweigh gains, experts say」という長い見出しの記事です。
ソウル新聞は「[単独]中国、『韓国からの輸入貨物検査を強化せよ』」(4月28日、韓国語)で「4月25日、中国の関税当局が各地域の下部機関に対し『韓国から輸入した貨物の検査を強化せよ』との指示を出した」と報じました。
この記事によると、韓国企業の被害は確認されていないものの「通常3-4日の通関手続きが3-4週間に伸びる」と予想されています。
2017年3月に在韓米軍基地にTHAADが配備された時も同様の報復措置が発動され、賞味期限が短い食品業界で損害が出た、とこの記事は書いています。尹錫悦大統領の「台湾海峡発言」が引き金だったのだろうと解説しましたが、「核抑止力の強化」が油を注ぐのは確実です。
文在寅前大統領は4月27日、韓国で開かれたシンポジウムに「朝鮮半島非核化のためには中国やロシアと協力する必要がある」と訴えるメッセージを寄せました。尹錫悦政権の外交を米国一辺倒と批判したのです。今後、中国の威嚇や経済的報復が本格化すれば、左派が呼応して政権批判の声を高めるのは間違いありません。
ちなみに左派系紙、ハンギョレの4月27日の社説の見出しは「米国一辺倒で米中競争の最前線に立った尹大統領」(韓国語版)でした。
「自前の核」を放棄させられた
――保守系紙の社説は?
鈴置:中央日報の「核抑止強化『ワシントン宣言』…最初の共同文書実行が重要だ=韓国」(4月27日、日本語版)は今回合意した「核抑止力強化」を素直に評価しました。
朝鮮日報の「韓米核協議グループを創設、『韓国の核の足かせ』は強化された」(4月27日、韓国語版)と、東亜日報の「韓米両国首脳『拡大抑止の信頼強化』、まずはNCG常設機構化から」(4月28日、日本語版)はNCG創設を評価しましたが、手放しでは喜びませんでした。
両紙共に、韓国が獲得した「核抑止力強化」がNATO式「核共有」の水準には及びも付かないことと、韓国がNPT(核拡散防止条約)の順守を約束することで自前の核武装を放棄させられたことを嘆きました。
「自分の核」が必要だと唱えてきた朝鮮日報は「米国にうまく丸め込まれた」ことがよほど悔しかったのでしょう。社説を以下の文章で結んでいます。
・ワシントン宣言を見れば、北朝鮮の核無力化よりは韓国の核開発をより憂慮するということのようだ。韓米同盟は我が国の安保の礎石として、今後も変えることができない。一方、我々を守るのは究極的には我々自身しかいないという事実を忘れてはならない。
1年で核武装は可能
――米国の核の傘を信じ切ってはいけない、ということですね。
鈴置:そういうことでしょう。尹錫悦大統領も4月28日、ハーバード大学で演説した際に独自の核開発に関し質問を受けました。
東亜日報の「尹大統領『1年以内に核武装可能…ワシントン宣言、NATOより実効性がある』」(4月29日、韓国語)によると、尹錫悦大統領は「決意すれば1年で核武装は可能だ」と述べた後、「ただ、核は単純に技術の問題ではない。政治や経済と複雑に絡み合う」と一応は核武装を否定しました。衣の下の鎧をチラリと見せた感があります。
鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『韓国民主政治の自壊』『米韓同盟消滅』(ともに新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
デイリー新潮編集部 』