日本は生成AI天国か 著作物「学び放題」に危機感も
編集委員 瀬川奈都子
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD072460X00C23A4000000/
※ 『著作権法に現状の規定(30条の4第2号)が設けられたのは、2018年成立の改正法からだ。「情報解析のための権利制限規定」と呼ばれる。機械学習など情報解析を目的とする場合、他人の著作物を自由に利用できるように、著作権者の権利を制限する規定だ。』…。
※ こりゃあ、ワザとだな…。
※ AI開発で、主導権を握る国家戦略、外資を呼び込む成長戦略…。
※ そういうものが、「渦巻いた」規制緩和だったんだろう…。


『米オープンAIの対話型人工知能(AI)「Chat(チャット)GPT」など生成系AIの存在感が高まるなか、様々な課題が浮上している。創作活動への影響もそのひとつだ。特に日本では、AIが膨大な既存コンテンツを学習する「情報解析」に対する著作権法上の規制が、先進国のなかでも飛び抜けて緩い。技術革新を促そうとしたルール作りに落とし穴はなかっただろうか。
著作権者の権利を制限する規定
日本でもチャットGP…
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『日本でもチャットGPTの利用者が急速に増えるなか、開発した米オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)が来日し、10日に岸田文雄首相らと面会。リスクや国際的なルール作りについて意見交換した。プライバシー侵害や誤情報の拡散など様々な懸念が国内外で指摘されているが、特に日本において注目すべきなのが著作権に対するリスクだ。
「日本は機械学習天国」。早稲田大学の上野達弘教授がここ数年、海外での講演で強調してきた点だ。生成系AIは文芸、絵画、音楽など様々な著作物を解析し、新たなコンテンツを生みだす。このAIが学習するための情報解析を著作権者に無許可で行うことを、ほぼ無条件に認めているのが日本の著作権法だ。
著作権法に現状の規定(30条の4第2号)が設けられたのは、2018年成立の改正法からだ。「情報解析のための権利制限規定」と呼ばれる。機械学習など情報解析を目的とする場合、他人の著作物を自由に利用できるように、著作権者の権利を制限する規定だ。
同様の条文は09年の改正法で入っていたが、AIによるディープラーニング(深層学習)などの技術革新に合わせた18年の改正で、「統計的な」解析であるという限定条件が外れたうえ、情報解析を行う他人のために著作物を複製したり、譲渡・公衆送信したりすることも可能になった。
米国では法的紛争も
この規定には一応、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には権利制限が適用されないとのただし書きはある。だが、文化庁が公表した一問一答では「情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が販売されている場合に、そのデータベースを情報解析目的で複製する行為」を不当に害する例としており、一般にネット上で見ることができる個別の著作物の解析には、ほぼ当てはまらないように読める。
そのため、いわゆる生成系AIは、権利者に断ることなく、無料で、様々な著作物を、目的を問わず、学習し放題というのが日本の法制度だ。背景には、検索エンジン含め様々なIT(情報技術)の開発において妨げとならないよう、著作権法の規制を緩めてきたここ十数年の政府の方針がある。上野教授は「日本のAI開発企業にとっては有利な状況ができていた」と指摘する。
同様の権利制限規定は諸外国にもある。だが、日本法ほど幅広い解析を認めてはいない。19年成立の著作権に関する欧州指令は、学術研究目的以外の解析については著作権者が拒否(オプトアウト)できると定める。英国では、知的財産庁が「非営利の研究目的」に限定していた権利制限を営利目的などにも拡大することを22年に公表していたが、23年に入って担当大臣が見送る方向を示唆し始めている。
米ゲッティイメージズは画像生成AIによる著作権侵害などに対して、損害賠償と差し止めを求めた(同社の訴状)
米著作権法には「フェアユース(公正な利用)規定」があり、「著作物の潜在的な市場に悪影響を与えないか」などの4要件を基に、時々の新サービスが合法か違法かを裁判所が判断する。予見可能性が低い代わりに、技術革新がもたらす課題に司法が柔軟に対応できる特徴がある。すでに23年2月、写真・映像販売の米ゲッティイメージズがAI開発の英スタビリティーAIを提訴するなど、法的紛争が起きている。
権利者には戸惑いも
では、著作権者の側はどう考えているのか。スウェーデンのポップグループ「ABBA(アバ)」のメンバーで、著作権協会国際連合(CISAC)会長のビョルン・ウルバース氏は6日、都内で行われた記者会見で生成系AIについて「わくわくする一方、恐ろしくもある。AIが人々に好まれる曲を作れるなら、受け入れる。クリエーターはAIと共存すべきだ」との見解を示した。規制については「AIに学習されると、もうどの著作物が解析されたのか完全に把握することは不可能。議論は難しいものになるだろう」と指摘した。
CISAC会長のビョルン・ウルバース氏(中央)はAIによる作品解析への規制の困難さを指摘する(6日、都内)
著作権法に詳しい池村聡弁護士のもとには「これまでクリエーターにお金を払って依頼していたイラストやテキストなどの作成を、生成系AIを活用して節約したいという相談が複数来ている」。その一方でクリエーターからは「機械学習されたくないが、どうしたらいいか」との相談も寄せられている。便利な創作ツールとして期待が高まるものの、危機感を持つ権利者も一定数いるようだ。
急速な技術の進展に、日本国内の権利者団体は戸惑いを隠さない。作家や翻訳家などで構成する日本文芸家協会の平井彰司・事務局長は「チャットGPTの手軽さ、普及のスピードは予想外。3カ月後はどうなっているか技術革新が読めない」と話す。
日本写真著作権協会の棚井文雄・常務理事は「例えば不道徳な思想だけが前面に出た生成物が、学習された素材と共に広まることがあれば、学習元の作品やその著作者に不名誉なレッテルを貼られかねない」と問題点を挙げ、「AIの学習に利用した著作物や、制作プロセスを公開する義務を制作者に負わせるような規制も考えられる」と主張する。
クリエーターへの還元に前向きな議論を
また、人間よりはるかに高い生産性で「作品」を生成することが可能なAIが、人間のクリエーターを萎縮させる懸念も指摘されている。AIを利用できる者(開発者、所有者など)が情報を独占すると、外見上は人間によるものかAIによるものか見分けがつかない大量の生成物があふれる。
本来、純粋にAIのみで生成されたものには著作権はないが、何らかの手を打たないと人間による創作を縛りかねない。池村弁護士は「AI生成物であることを明記するよう義務付けることでクリエーターの保護に役立つのでは」とみる。
ただ、池村弁護士は「生成したものが学習元の作品の著作権を侵害した場合は、現行法でも保護される。情報解析について規制を強めるよりも、まずはクローリング(自動プログラムなどによる情報収集)を防ぐなど権利者側が技術的に自衛したり、侵害を発見しやすくする技術を開発したりすることの方が現実的ではないか」とも指摘する。
関連する著作権法改正を議論した当時、ここまでの技術革新を予想していた人は少ないだろう。だが、期せずして日本の著作権法は国際的にみても最も生成系AIに有利な法制となった。いたずらにAI開発の足をひっぱるのではなく、クリエーターにも恩恵が還元される仕組みづくりを官民で探るのが得策だ。
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暦本純一
東京大学情報学環教授/ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長・SonyCSL京都ディレクター
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別の視点 「生成系AIは、権利者に断ることなく、無料で、様々な著作物を、目的を問わず、学習できる」という日本法制度の立場は、AIを「人間」に置き換えると納得できるという点で、AIと人間を近いものと解釈しているといえるかもしれません。他人の著作物を全く見たり読んだりしていない画家や作家がいないように、あるゆる創作者は過去の遺産に学びます。また、写真技術の導入は、当時すでに名を成していた画家からは反対されましたが、物心ついたときから写真があった、いわば「写真ネィティブ世代」が印象派を作りました。という意味では、生成AIネィティブ世代の登場をとても楽しみにしています。
2023年4月13日 11:21 (2023年4月13日 11:29更新)
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福井健策
骨董通り法律事務所 代表パートナー/弁護士
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分析・考察 充実した解説ですね。現行ルールの把握も極めて正確でしょう。
ちょうど他紙でもAIと著作権の大型記事があり、そちらでコメントをしましたが、Adobeのように許諾を得たコンテンツだけをAIに学習させ、対価還元をめざすモデルは、今後確実に拡大すると予想します。
一方で、事前許諾ではどうしても進まない研究開発はあり、そこではAI学習を認める現在の規定が必要です。大事なのは、どういう場合が「著作権者の利益を不当に害する場合」であって、著作権法が許容するAI学習の枠外となるか。そのガイドライン作りでしょう。例えば一定の営利利用では権利者によるオプトアウト(学習からの除外)を認める、などが考えられそうです。
2023年4月13日 9:25いいね
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浅川直輝のアバター
浅川直輝
日経BP 「日経コンピュータ」編集長
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別の視点写真技術の登場に伴い、肖像画など写実的な絵画の需要が低下して職業画家に打撃を与えた一方で、より芸術性の高い印象派が勃興しました。それと同じく、イラストを生成するAIの登場によって、個々のクリエイターが生む付加価値の方向性が変化するのは避けられないでしょう。
クリエイターによる付加価値のうち、いわゆる「画風」はクリエイターのアイデンティティーとも言える要素です。生成AIによる画風の盗用については、当面は「アイデアの盗用」と同様、著作権法ではなくレピュテーション(評判)リスクの問題として、社会全体で一定の統制を利かせる必要がありそうです。
2023年4月13日 6:41 』