ウクライナ戦争で世界のパワーバランスが大きく変貌した

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ウクライナ戦争で世界のパワーバランスが大きく変貌した
世界の混迷、変動性はウクライナ問題だけが原因ではない

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国際経済連携推進センター篇『ウクライナ侵攻と世界』(産経新聞出版)
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 各界専門家が論じるのはウクライナ戦争の混迷の先に見えてきた近未来がある。

 とくにウクライナ戦争で世界のパワーバランスが大きく変貌する環境のなかで、漁夫の利を得たのが中国、不気味な行動を取るのはイラン、そして鵺的な存在としてフランスのNATOにおける孤立、サウジの唯我独尊、イスラエルの独特な動き。北朝鮮が繰り返す核実験とミサイル発射。

尋常ならざるテコ入れをアメリカは台湾になし始め、韓国は大きく外交方針を変えた。ユン大統領は訪米して歓迎されたばかりか議会で演説の機会まで与えられた。

 これだけを列挙しても相当な変化だろう。

 すべてがウクライナ戦争から派生し、世界地図が変わった。

 編者の小島明氏(元日経記者、ボーン賞受賞)が言う。
 「世界の混迷、ボラティリティはウクライナ問題だけではなくコロナ禍、サプライチェーンの分断問題、技術パラダイムの急激な転換、さらに地球環境をめぐる問題などによって増幅されている」(中略)「戦争以前から存在し、進行していた構造的な潮流、変化が加速、増幅されていることも忘れてはならない」

 本論に入る前にダンテ「神曲」の次の詞を心構えとしよう。
 「道徳的危機において中立の立場を取った者のために、地獄で一番熱い場所が用意してある」。

 というわけで、各分野の専門家が長期的視点で今後の国際秩序と各国の選択を探ろうとするのが本書である。

本書の第1章は「加速される国際秩序の流動化」(中西寛、竹内純子)。

第2章「二極化、デカップリングは進むのか」は津上俊哉、丸川知雄らが論じ、

第3章「変わるパワーバランス」は廣瀬陽子、平岩俊司ら。

第4章「それでも中立の立場をとる国々」は高橋和夫ら。

第5章「ロシアは何を誤ったのか」は服部倫卓らが、

そして第6章「CFIEC国際情勢ウェビナー「ウクライナ危機後の米中関係─その変化と展望」(久保文明、高原明生、香田洋二 の鼎談)という構成である。

 評者(宮崎)の最大の関心は「ウクライナ戦争でもっとも裨益した中国」とロシアの関係である。

兄貴分だったプーチンが習近平との立場の交替をどこまで自覚しているか。本当はロシアが中国の台頭を欣快と思ってはいないし、中国も潜在的にはロシアが仮想敵のままであるはずだから。

1991年のソ連解体は「ユーラシアの力の真腔を生んだ」と書き始めるのは「ウクライナ侵攻と中露関係」を担当した廣瀬陽子(慶應大学教授)である。

欧米は旧共産圏諸国を西側の基準をそなえた国にかえようとし、それがロシアの反発を生んだ。ソ連の「裏庭」だった中央アジアイスラム圏には中国が経済投資を餌にがやがやと闖入した。つまり旧ソ連圏のパワーバランスを激変させた。

中露双方は「相手を心底信用せず、決して離れることはないが、軍事同盟の締結などには到らない関係」であり、「お互いの核心的利益、たとえばロシアのクリミア、中国の台湾、香港などには極力コミットしない」。

つまり「戦闘が起きた場合には関与しないというような関係だといえよう」(80p)

ウクライナ戦争で中国は北京五輪開催中だった。それゆえに「泥を塗られた」と習近平は認識した。また中国はウクライナから空母、砕氷船購入のほか小麦・穀物を大量に輸入しており、さらにはウクライナの農地を借り入れて大々的に中国農民を送り込んでいた。
中国にとってロシアは「厄介な存在となった」と廣瀬教授は言う。

一方、中国の軍拡はEU諸国にも認識の変化をもたらした。
22年6月のNATOの「新戦略概念」で「ロシアが最も深刻な脅威」としながらも同時に「中国は体制上の挑戦である」とした。ドイツ、英国、伊太利亜などで中国離れが加速した。

ついでながら廣瀬教授は別の場所で「LGBTとウクライナ侵攻の関連性」を論じていて、これも参考になる。ロシアではLGBTを禁止する法律がある。しかも22年に「反LGBT法」は、より厳しく改正されているのだ。

「伝統的な家族関係を否定する情報から未成年者を保護するため、インターネットや出版でLGBTへの理解をしめすと「プロパガンダ」と見なされ、罰金となる。
つまりプーチンの考えでは、LGBTなんぞは「ロシアの伝統を否定する西側の価値はロシアの安全保障を侵害するという立場」であり、ロシア正教のキリル総司教が戦争を支持しているのは伝統的価値の保護からである。

 ウクライナ問題で、インドは「ロシア寄りだ」とひろく誤解された。

インドは「民主主義」の国なのに、なぜ西側と価値観をともにし、ロシア制裁に動かなかったのか。それはインドが地政学的には大陸国家であって、同時に日米豪とのクアッドに参加する海洋国家である。

このインドの政治的特質を追求するのは伊藤融・防衛大学教授だ。

 西側に驚きの声が拡がったインドのロシア寄り姿勢は制裁に応ぜず、そればかりかロシアから原油を購入し続けた。ところがインドは国連で一貫して棄権票を投じている。ロシアを支援してはいないし、「危険の際の投票説明において、これまでにない不快感をインドがロシアに示した(中略)。二万人以上のウクライナ在住のインド人の安全に影響がおよぶことへの深い懸念を表明した」と伊藤教授は指摘する。

 また日本が一方的に期待するクアッドへのインド加盟だが、「いくらクアッドとの関係を深めようとも、インドの大陸国家としての利益には寄与しないという認識が(モディ政権には)ある」(111p)

 イスラエルの反応は「玉虫色」で「塀の上に座っている」と比喩するのは高原和夫(放送大学名誉教授)だ。

イスラエル国民の15%がロシア語を喋る旧ソ連圏からの移住だが、ウクライナ戦争直後も数万のユダヤ人がイスラエルへ移住した。
イスラエルはウクライナのゼレンスキー大統領がユダヤ人であると知りながらもキエフが懇請したアイアンドームの供与はせず、医療チームを派遣し人道援助に絞り込んでいる。ウクライナとロシアに、まだ数十万のユダヤ人が残留しているからで、評者に言わせればいイスラエルはウクライナ問題で、「玉虫色」ではなく強かに「冷淡」である。

ウクライナのどさくさに紛れて中国がイランとサウジの修好の仲介をしたのも、イスラエルからみれば「ありがた迷惑」で、イラン原子炉空爆のシナリオが実現出来なくなる可能性がでたからだ。

 もっとも敏感に反応し立場を変えたのは韓国である。

 とくに徴用工や慰安婦問題でくすぶるつづけた韓国の姿勢をユン政権がぐるりと向きを変えた。李明博元政権のスタッフが現在ユン政権の安全保障問題を支えていると本書で、平岩俊司(南山大学教授)は指摘する。

 安全保障を米国に依存しておきながら激しい反米活動を北の活動家らと展開してきた前政権と決別し、ユン政権は、経済での過度な中国依存を減らし、米国との軍事同盟を強化させる方針へ舵取りを転換した。その上で訪米し、バイデンから「北の核攻撃があれば、徹底的に報復する」との言質を得た。この韓国の激変を真っ正面から捉えない日本のメディアの感受性の鈍さ!

 本書で平岩教授はウクライナで北朝鮮はロシア支持に回ったのも「他国に対する強権と専横に明け暮れている米国と西側の覇権主義政策に根源がある」と屁理屈を並べて、国連で北朝鮮を擁護してくれたロシアとの関係強化を狙った。中国への牽制が目的でもある。
 北朝鮮は核実験で国際的に孤立しようともロシアと中国が必ず擁護してくれるとしてきたが、小型核を多弾頭化したミサイルを北朝鮮が保有するとなれば、これまでの話と展開はまったく別になる。

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