仏大統領発言で露呈した対中政策の迷走 「本音」裏目に
欧州総局長 赤川省吾、パリ支局 北松円香
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR21AVF0R20C23A4000000/
『フランスのマクロン大統領の台湾を巡る発言が波紋を呼んでいる。台湾有事の際に欧州は対米追従せず、事態を静観すべきだとの考えを繰り返しているからだ。なぜ不用意な発言が飛び出すのか。外交大国としての自負と、フランス社会に根強い米国への対抗意識が背景にある。
騒ぎの発端は4月上旬の訪中からの帰路に機中で応じたインタビュー。台湾有事について仏紙などに「米国のペースと中国の過剰反応に欧州が合わせる」のは「…
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『台湾有事について仏紙などに「米国のペースと中国の過剰反応に欧州が合わせる」のは「最悪」と語った。
その後のバイデン米大統領との電話協議でも温度差が浮き彫りになった。米ホワイトハウスは声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」に言及したが、仏大統領府は「航行の自由を含む国際法を支持」としただけで、「台湾」の名指しは避けた。
ドゴール主義の遺産
タイミングは悪い。国賓として訪中したマクロン氏は、大勢の仏財界人を同行し、習近平(シー・ジンピン)国家主席から異例の厚遇を受けた。
中国に取り込まれた――。そんな受け止めが欧米で広がり、マクロン氏は集中砲火を浴びる。「米中のどちらに付くか明確にしないなら、ウクライナ問題は欧州が自力で対応しろ」。米共和党のルビオ上院議員はツイッターに投稿した。
もっともマクロン氏は中国に乗せられたのではなく、本音を正直に語っただけと周囲はみる。
マクロン氏の持論は「欧州の自立」。欧州統合は米中ロなどの大国に対抗するための政策だと考えている。そこには英米などアングロサクソン諸国と距離を置き、欧州の利益を追求するドゴール主義のレガシー(遺産)がにじむ。
外交大国としての強烈なプライドもある。核保有国かつ国連安保理の常任理事国のフランス。米中とは同格との潜在意識がある。
フランスでは年金改革に反対する抗議デモが激化している=ロイター
仏国内では年金改革への反対運動が激しさを増す。世論の目をそらすため、外交大国であることを誇示し、国民の自尊心をくすぐろうとした、との見方も欧州外交筋にある。
真意は「第3の道」
マクロン氏の真意は「米国にも中国にも影響されない第3の道を探る」ことにあり、「対米追従せず」だけを強調したのではない。訪仏した台湾立法院の蔡其昌副院長は日本経済新聞に「台湾とフランスの関係に変化が生じたとは感じない」と平静を装う。
それでも対中批判を手控え、嫌米を印象づける発言は、強権に傾く中国に関するメッセージとして正しかったのか疑問が残る。
いまは民主主義陣営の結束が問われる局面だ。「米国と距離を置き、中国に近づくとの解釈を否定する必要」があるとオリビエ・カディク仏上院議員(外交・国防担当)は日本経済新聞に語った。
フランスは欧州のなかでいち早くインド太平洋戦略を打ち出した。にもかかわらず、「中国政策は(方針が)不明瞭」とフランス国際関係研究所(IFRI)で中国研究を統括するマルク・ジュリエンヌ氏は指摘する。経済的利益を優先するのではないかとの疑念を生む。
フランス海軍はインド太平洋で活動するケースが目立つ(2019年、シンガポール)=ロイター
仏海軍は最近、フリゲート艦を台湾周辺に送り、中国をけん制した。大統領発言と整合性がとれておらず、仏政府内で対中政策が一元化されていない実情をさらけ出した。
危うい米欧の溝
しかもマクロン氏の失言は今回が初めてではない。2019年、「北大西洋条約機構(NATO)は脳死」と語って物議をかもした。米国から離れ、欧州が自立すべきだという当時の発想は今回にも通じる。米欧に溝があるとみた強権国家が勢いづけば危うい。
外交で得点を稼ごうとしたマクロン氏の言動は皮肉にもフランス外交の弱みになりつつある。「発言は注目されるが、欧州全体を動かす力はない」。ある欧州の政府高官は、そう見る。
マクロン氏の言葉とは裏腹に台湾有事になれば欧州連合(EU)は対中経済制裁に踏み切る可能性が高い。台湾への武器供与も考えられる。欧州の多くの国が「欧州の自立」という思想でマクロン氏に共鳴するものの、米中のどちらが重要かは明らかだ。
「ナチスから解放し、東西ドイツの統一を後押しした」ことでドイツは米国に恩義を感じる。東欧は対ロシア防衛で米国の軍事力を必要とする。一方、中国への警戒心はじわじわ強まっている。中国の駐仏大使がフランスのテレビ番組で旧ソ連国の主権に疑問を呈した際は、バルト3国が猛反発した。
フランスは「インド太平洋に領土を持ち、軍を常駐させるEUで唯一の国家」と公言する。ならば極東安保に積極的にかかわるべきではないのか。大統領の言葉の重みが疑われる事態となればフランスとしても欧州としても取り返しのつかぬことになる。』