プーチンの「核使用」をいかに抑止するか? 可能性と対応を徹底考察

プーチンの「核使用」をいかに抑止するか? 可能性と対応を徹底考察
https://www.dailyshincho.jp/article/2023/04270605/?all=1

『2022年2月24日のロシアによるウクライナへの全面侵攻の開始から1年余りがたった。これまでいくつかの局面で、プーチン・ロシア大統領が核兵器を使用するのではないかという懸念が伝えられてきた。

 脅しなのか、真剣なのか、その真意は本人にしか知りようはないが、現代欧州政治と国際安全保障が専門で、戦争の推移を注視してきた慶應義塾大学准教授・鶴岡路人氏は、「最終的に核兵器が使われるか否かを決するのは『抑止』であり、それは米国を中心とするNATO(北大西洋条約機構)の役割」と分析する。

 氏の新著『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』から、以下に要点を再編集してみた。

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2022年2月に始まった一方的な侵攻は、「ロシアによる戦争」の次元を超えて欧州全体の問題――「欧州戦争」になった。欧州が結束して武器や弾薬の供与に踏み切った背景や、欧州全域を巻き込んだエネルギー危機の行方は? 欧州の安全保障を専門とする著者がこの大転換の構造を分析し、「ウクライナ後の世界」の課題と日本の選択を探る

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核兵器使用は「抑止」が崩れた時

 ロシアが核兵器を使うのではないかとの懸念が注目を集めている。ロシア軍がウクライナで劣勢になるなか、形勢逆転、あるいは自国に有利な条件をウクライナに押し付けることを狙って核兵器の使用に踏み切るのではないかというのである。

 2022年9月を境にこの問題が一気に注目されるとともに、危機を煽るような言説も増えた。そこで以下では、米国およびNATOとロシアとの間の核抑止という観点から、どのようなときに核兵器が使われてしまうのか、いかなる使用が考えられるのか、そしてそれを避けるためには何が必要なのかなどを、順に検討していきたい。

 端的にいえば、核兵器が使われるのは抑止が崩れたときである。そうならないようにするのが核抑止だ。核抑止の基本は報復の警告であり、この信憑性がすべての鍵を握る。それゆえ、これはウクライナの問題を超え、米国とNATOの課題になる。

 核兵器が使われるのは抑止が崩れたとき、という説明が意味するのは、核兵器使用の有無を決するのはロシア軍とウクライナ軍との間の局地的な戦況の推移ではなく、米国・NATOとロシアとの間の核抑止の成否だということだ。

 ロシアは「核兵器を使った場合に期待できる利益」と「核兵器を使った場合に想定される損失」を天秤にかけ、前者が後者を上回れば、核兵器を使用する可能性が生じるということだ。NATOは、後者が前者よりも大きい状況を維持しようとしている。これが抑止である。

 語弊を恐れずにいえば、それはウクライナがコントロールできる問題ではない。ウクライナが特定の目標を攻撃するか否か、特定の攻撃手段をとるか否かで、ロシアの核使用が決まるわけではないのである。もちろん、ウクライナが一切の攻撃を止めるようなことがあれば、ロシアによる核兵器使用の可能性を下げることはできるだろう。その意味で、ウクライナも影響力を有している。しかし、それはロシアによる核兵器使用の威嚇に完全に屈服した姿である。

NATOとロシアの「抑止合戦」

 別のいい方をすれば、ロシアによる核兵器使用をこれまで阻止しているのは、ウクライナ軍によるロシア占領地域への攻撃の手加減ではなく、核兵器を使えば「破滅的な結果」を招くとする、米国およびNATOによるロシアに対する警告である。つまり、米国とNATOがロシアに対して抑止を効かせてきたのである。それが続く限りロシアは核兵器を使えないが、それが崩れれば核兵器を使用する条件が整うことになる。

 報復の警告によって相手による攻撃を思い止まらせることを、「懲罰的抑止(deterrence by punishment)」という。これをはたらかせるためには、報復手段の保有が必要であり、通常であれば核に対する抑止には核兵器が必要とされる。米国のように、通常兵器による攻撃手段が多数用意されている場合には、通常兵器も懲罰的抑止の手段になることがある。ウクライナはすでに全力でロシアと戦っており、核兵器使用を受けても、ロシアに対する軍事的報復を拡大できる余地はほとんどない。そのため、懲罰的抑止の担い手にはなり得ない。

 他方、核兵器を使用したとしても目的は達成できないと警告するのが「拒否的抑止(deterrence by denial)」である。最もわかりやすい例はミサイル防衛である。発射したミサイルがすべて迎撃されてしまうのであれば、発射する意味がなくなる。それによって攻撃を思い止まるのであれば、拒否的抑止が機能したことになる。

 実際は、懲罰的抑止と拒否的抑止が組み合わさって、抑止として機能することが期待される。NATOも日米同盟もそうである。しかし、ウクライナはどちらの抑止も不可能である。そのため、ロシアの核兵器使用の抑止は、米国とNATOの役割ということになる。


ロシアはどのような状況で使うのか

ウクライナ主要都市と周辺国

ウクライナ主要都市と周辺国。画像は『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』鶴岡路人[著]より(地図製作:株式会社アトリエ・プラン)(他の写真を見る)

 それでは、ロシアはどのような状況で核兵器を使う可能性があるのだろうか。核兵器使用の引き金として指摘されているのは、ロシアが「併合」したと主張するウクライナの東部・南部四州の存在である。

 四州の一方的な「併合」なるものをおこなった結果、それら地域が「ロシア領」だとすれば、領土を守るために核兵器を含めたすべての手段が使われる可能性があるというのである。動員を発表した2022年9月21日の演説でプーチン大統領自身がそれを再度強調し、「それはハッタリではない」と述べた。米国もバイデン大統領が、「彼(プーチン)は冗談をいっているのではない」として、核兵器使用の懸念を深刻に受け止める姿勢を示している。

 核兵器の使用は、軍事的目的の達成と政治的・心理的目的の達成に大別可能である。前者は戦況を好転させる、あるいはより現実的には劣勢を挽回するためのものといえる。例えば冷戦期のNATOは、通常兵器においてソ連側に対して劣位にあると考えたため、ソ連が地上侵攻してきた際には、核地雷などを含む小型のいわゆる戦術核・非戦略核を用いて、ソ連の進攻を止める計画を立てていた。これは典型的な軍事目的の使用であり、先述の「拒否的抑止」に通じる。

 ロシアの場合、仮に本土(国際的に認められた領域内)に攻め込まれた場合には、そうした状況が生じる。劣勢を挽回するための核使用である。しかし、ウクライナがロシアに対して地上侵攻をおこなう可能性は限りなくゼロに近い。

 それに対して、政治的・心理的目的の場合、ウクライナによる抵抗継続の意思とNATO諸国のウクライナ支援継続の意思を挫くことが目指される。これらが実現すれば、戦況が好転するのみならず、ロシアにとって有利な条件で戦争を終結に導ける可能性も開けてくる。ロシアが公式に発表したことはなく、専門家の間でも論争が続いているが、これは「エスカレーション抑止(escalate to deescalate)」と呼ばれるものである。地域紛争においても核兵器を使用することで、敵の継戦意思を挫くということであり、その背後には、核兵器を使えば、敵は怖気付くはずだという想定が存在する。

 しかし、核兵器による攻撃を受けてもウクライナの継戦意思が弱まらないとすれば、ウクライナを屈服させるというロシアの目的達成は妨げられるため、これは拒否的抑止として捉えることも可能だ。ただし、それが効果を発揮するためには、ロシアがそのように認識する必要がある。「ウクライナは屈服するだろう」と思われてしまっては、拒否的抑止にならない。「迎撃ミサイルはどうせ当たらないだろう」と認識されてしまう場合と同じ構図だ。

 そのうえで、ロシアによる核兵器の実際の使い方については、専門家の間でも見解が分かれている。軍事目的を考えるのであれば、ウクライナ軍部隊への攻撃が考えられるものの、地上部隊を核兵器で壊滅させるのは容易ではない。さらに、自軍や自国領土だと主張する地域への放射能の影響も考慮する必要がある。

 他方で、政治的・心理的目的を重視するのであれば、海上やほぼ無人の場所で核弾頭を爆発させるといった示威行為(シグナリング)に限定するという選択肢も考えられる。これを「実験」と主張する可能性もあるだろう。あるいは、逆のケースとして、ウクライナに最大限の衝撃を与えることを目的に大都市を大型の核兵器(戦略核)で狙う可能性も排除できない。

アメリカの言う「破滅的な結果」とは?

バイデン米大統領

バイデン米大統領は「彼らがおこなうことの度合いによって我々の対応が決まる」と述べている (出典:ホワイトハウス公式flickrより)(他の写真を見る)

 ロシアによる核兵器使用への対応として米国政府は、サリヴァン(Jake Sullivan)国家安全保障問題担当大統領補佐官やブリンケン(Antony Blinken)国務長官らが、「破滅的な結果」を招くと警告している。ただし、ロシアに「破滅的な結果」をもたらす決定を下すことは、米国にとっても容易ではない。というのも、バイデン政権は二つのリスクを天秤にかけなければならないからである。それは、「強い対応をすることによって、ロシアからのさらなる報復を招くリスク」と、「弱い対応をすることによって、核の脅しに弱い米国という評価が生じ、米国や同盟国への将来の脅威が拡大するリスク」である。

 では、米国はどのような対応をすることが考えられるのか。バイデン大統領は「彼らがおこなうことの度合いによって我々の対応が決まる」と述べている。大規模な核攻撃で多くの民間人が犠牲になるような場合と、示威的な爆発にとどまり、犠牲者がほぼ出ないような場合で、実際の対応が異なるのは当然だろう。

 ただし、米露間での核の応酬というエスカレーションを防ぐ必要性は厳然として存在するし、米国は、核兵器に頼らずとも、通常兵器でかなりの攻撃をおこなうことができる。現実問題として、核兵器による報復の準備、そしてそれを支持する政府内外の基盤がないとすれば、核による報復という警告の信憑性を確保することは難しくなる。そうすれば、ロシアに対する米国による抑止メッセージの根幹が揺らいでしまう。

2022年2月に始まった一方的な侵攻は、「ロシアによる戦争」の次元を超えて欧州全体の問題――「欧州戦争」になった。欧州が結束して武器や弾薬の供与に踏み切った背景や、欧州全域を巻き込んだエネルギー危機の行方は? 欧州の安全保障を専門とする著者がこの大転換の構造を分析し、「ウクライナ後の世界」の課題と日本の選択を探る

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 抑止の成否を決するのは軍事能力とともに、あるいはそれ以上に政治面での認識や計算である。米国とNATOによるロシアに対する警告の信憑性に影響を及ぼす要素の一つは、戦争のエスカレーションに対するNATO諸国の側での懸念と、それに基づく、強い対応への反対論・消極論だ。これが強まれば強まるほど、ロシアにとっては、核兵器を使用した際の報復リスクが、少なくとも政治的な計算としては低下することになる。

 そうなれば、「核兵器を使えば戦争を有利に進められる、ないし勝利できる」という計算が成立してしまう。核兵器使用で期待されるロシアにとっての利益が、リスクやコストを上回るということだ。これを徹底的に避けるのが米国とNATOによる抑止であり、真価が問われている。

※『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』から一部を再編集。

デイリー新潮編集部 』