中国・政治ビジネスの内幕本著者に聞く「コネがすべて」
編集委員 飯野克彦
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB0730A0X00C23A4000000/
『中国の女性実業家・段偉紅氏は2000年代、株式投資や不動産開発などで富を築いた。成功の最大の原動力は温家宝首相(当時)の夫人・張培莉氏との緊密な関係で、温首相が引退してしばらくすると段氏は当局に拘束された。そういった中国のビジネス模様を生々しく描いた書籍が、段氏の前夫でビジネスパートナーだったデズモンド・シャム(沈棟)氏による「レッド・ルーレット」(邦訳は22年に草思社から)である。来日したシャ…
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『来日したシャム氏に、中国の政治とビジネスの関係などを聞いた。
――英語版が出て1年半、「レッド・ルーレット」(以下RR)の販売実績は。
「英語版で6万部ほどと聞いている」
「レッド・ルーレット」著者のデズモンド・シャム氏
――RRには共産党政権の本質に迫るような表現がいくつも出てきます。「中国共産党にはマフィアに似たところがあり、独自のオメルタ(沈黙のおきて)を持っている」「紅い貴族は懲役刑ですみ、平民は頭を打ち抜かれる」「党の主な目的は、革命家たちの息子や娘の利益に奉仕することだ」などです。状況は将来も変わりませんか。
「共産党が政権にある限り変わらない。彼らのDNAだ」
――胡耀邦や趙紫陽のように、開明的で人間性のある指導者も共産党にはいました。今の習近平氏が退けば変わる可能性があるのでは。
「胡と趙は失脚した。彼らがトップだったのはごく短い時間だった。共産党では習氏のような指導者が標準で、胡や趙は例外だ。すでに習氏は胡と趙を合計したより長くトップの座にある。しかもなお、終わりは見えない」
――重慶市のトップだった薄熙来氏の摘発は習氏が言い出した、とあなたは書いています。こうした情報は広く共有されていたのでしょうか。
「そうだ。中国では政治がすべてで、ビジネスに関する会話も政治の話が中心だ。ビジネス会話という表現は適切でない。政治について話すことこそビジネスだ」
――RRには「2005年、党は元国家指導者の家族それぞれに1200万ドルを支給した」とありますが、元国家指導者とは。
「引退した党政治局員のことだ。現金や銀行への振り込みといった形式での支給を意味しているわけでは必ずしもなくて、ボディーガードやドライバーの雇用、医療や介護など様々な面で中国政府が1年間に負担する経費の総額だ。20年近くたった今ではもちろん、一段と膨らんでいるだろう」
――習氏が登場して腐敗は抑え込まれたのでは。
「そうではない。習氏が反腐敗運動を始めた後でも、指導者の親族たちのスキャンダルはいくつも表面化してきた。そして彼らは罰則を受けていない」
――中国大陸の人間関係はベタベタしている、とあなたは書いていますが、段氏がトラブルに陥った後の人々は冷淡です。
「中国はルールベースの社会ではなく、グワンシ(関係=コネ)がすべてを決める。そしてグワンシには機能主義的なところがある」
――段氏の近況は。
「割合に自由なようだ。国内は移動できるらしい。監視され海外には出られないし、資産はほとんど没収されたようだが」
――没収は強制でしたか。
「拘束された状態で、資産を国に渡すという書類を目の前に置かれたとき、それに署名する以外の選択肢はないだろう」
――中国当局が世界各地で展開しているとされる海外警察の存在を感じることは。
「私にとって安全という面で問題なのは確かだ。今回の来日では経由地として香港とドバイを避けた。現在リッチな中国人たちがたくさん日本に滞在しているのは安全だからだ」
――不動産大手のSOHO中国のビジネスモデル、つまり公開入札を通じて不動産を手に入れるビジネスモデルをあなたは評価しています。そういった透明性の高い方向、ルールベースの方向へ中国経済は向かわないのでしょうか。
「中国経済があれほど巨大になった一因は市場に基づく経済運営があったことだ。しかし、経済においても社会においても究極の決定をする力は政治力だ。共産党が支配する限り、ルールベースの社会にはならない。彼らは権力分立に反対し、自由民主主義の価値に反対し、西側の価値に反対し、司法の独立に反対している。司法の独立に反対していて、どうしてルールベースの社会になるのか」
――中国軍が27年にも台湾に侵攻するとの見方があります。
「27年は人民解放軍創設100周年に当たる。一方で習氏は(中国の数え方=数え年で)74歳になる。いまや彼にとって最大の関心事はレガシー(遺産)だ。彼が年をとればとるほど危険は高まる」
――ロシアのプーチン大統領が経済面でレガシーを手にできないのに対し、習氏は「世界一の経済大国」のトップを望める立場にある。習氏には待つという選択もあるのでは。
「中国経済が米国経済をしのぐとは思えない」
Desmond Shum中国名は沈棟(シェン・トン)。1968年上海生まれ。78年に母親に連れられ香港移住。米ウィスコンシン大学卒。北京で知り合った山東省出身の女性実業家・段偉紅氏と2004年に結婚。ビジネス面でもパートナーとなり、中国平安保険への投資や北京空港の保税区の開発事業などで成功した。08年には人民政治協商会議(政協)北京市委員会委員という公職に就いた。15年に段氏と離婚し英国移住。段氏は17年に当局に拘束された。
将来の変化の可能性に布石を
「中国の体制は(中略)もっと透明でオープンなものになると、大多数の人は本当に信じていた」。「レッド・ルーレット」のなかでシャム氏はこう書いている。シャム氏自身、いずれ民主的な政治改革が進むとの希望を抱いた時期があったのである。
それが幻滅に転じたのは、2008年のリーマン・ショックの前後から共産党政権が民間企業への締め付けを急速に強めたからだという。いまやシャム氏は共産党政権に対する断固とした批判者であり、習近平氏が退場した後も政治改革は期待できないと考えていることが、インタビューではひしひしと伝わってきた。
中国共産党政権に対する見方は海外でも急速に厳しくなってきたので、珍しくもない印象を受けるかもしれない。ただ、シャム氏の場合は、共産党政権下で半ばインサイダーとして成功した人物ならではの凄みがある。「ビジネス会話という表現は適切でない。政治について話すことこそビジネスだ」といった指摘からは、一党独裁体制の下でのビジネスの実態が鮮やかに伝わってくる。そうした知見・経験を総括した結果として、共産党政権に絶望した印象なのである。
では、今後、どう中国と向き合っていけばいいのか。シャム氏のようにポスト習近平の時代にも変化は望めないと決めつけるのは、早計だろう。将来の変化の可能性を見込んだ布石も求められる。
[日経ヴェリタス2023年4月16日号]』