インドネシア、EV立国が招く貿易摩擦 資源禁輸強める

インドネシア、EV立国が招く貿易摩擦 資源禁輸強める
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『インドネシアが天然資源の輸出禁止の動きを強めている。資源を囲い込んで外国から投資を呼び成長につなげる戦略だ。自国産業の育成を優先する姿勢は貿易摩擦を生んでいる。自国第一主義への傾斜は米中対立に起因するとの見方もある。

「インドネシアは閉鎖的ではない。川下産業を構築する投資と協力にオープンだ」。同国のジョコ大統領は16日、ドイツの製造技術の大型見本市「ハノーバーメッセ」で訴えた。電気自動車(EV)…

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『電気自動車(EV)産業の確立に向けた資源の囲い込み策が念頭にある。

ジョコ政権はEVの東南アジアでの生産ハブをめざしている。カギになるのはEV電池の主要材料となるニッケルの囲い込みだ。世界最大の埋蔵国である立場を武器に2020年から未加工鉱石の禁輸に踏み切り、外国の投資を集めてきた。

22年の同国のニッケル関連の輸出額は14年に比べて27倍超の468兆ルピア(約4兆2千億円)に跳ね上がった。未加工の鉱石を輸出するだけでは利益は少ない。製錬から電池や完成車の生産まで川下を育てて付加価値を高め大きなリターンを狙う。

政権はEV生産ハブに向け23年6月にボーキサイト、同年半ばに銅の輸出を禁止する方針だ。鉱石や農水産物を中心に40年までに21品目の資源を禁輸する行程表を準備する。関連する川下産業を育てるために必要な投資を5453億ドル(約73兆円)と見込む。資源を囲って外資を呼び込み、産業と人材の高度化につなげる。

ジョコ氏は「先進国になりたければ、川下産業の育成が鍵だ」と繰り返す。1人当たり国内総生産(GDP)が中程度に達した後、長期に低迷する「中所得国のわな」に陥らずに、独立宣言から100年となる45年までに先進国に加わることをめざす。

世界では新型コロナウイルス禍や米中対立への対応でサプライチェーン(供給網)を再構築する動きが広がる。世界銀行のビジネス環境ランキングではインドネシアはタイやベトナムなど東南アジアのライバルに劣っている。資源の禁輸は「持てる立場」を生かして強引に供給網に加わろうとするものだ。

内向きの政策は他国とのあつれきを生む。欧州連合(EU)はニッケルの禁輸で域内の調達が困難になったとしてインドネシアを世界貿易機関(WTO)に提訴した。WTOが22年11月にEUの主張を認めるとインドネシアは上訴した。禁輸する21品目には埋蔵量で世界10位以内に入る鉱石も多く、市場への影響は小さくない。今後、貿易紛争が広がる可能性がある。

東南アジアを専門とする九州大の相沢伸広准教授は、米中を中心に各国が経済安全保障を優先させることで、自由貿易を支える多国間の枠組みが形骸化しつつあると指摘する。「大国が経済安保の強化で既存のルールを乱用した結果、生産資源の確保に向けた自国第一主義が事実上の新たな国際ルールになりつつある」と語る。

WTOは米国が安保上の理由で18年に鉄鋼やアルミニウムにかけた追加関税を協定違反と判断したが、米国が改めるそぶりはない。インドネシアのバフリル投資相は2月上旬、米国や中国も自国産業の保護策をとっていると訴え「我々は戦うことを恐れない。途上国が先進国になるためにすべきことをしていく」と語った。

インドネシアは22年に主要な先進国や新興国が加わる20カ国・地域(G20)の議長国を務めた。ウクライナ危機で参加国が対立するなか、11月の首脳会議(サミット)で成果文書をまとめた。民間の世論調査では「G20の議長国を務めて国際的な影響力が強まったと考えるか」の問いに、90%近くが「強まった」と回答した。

G20サミットへの評価もあってジョコ氏の支持率は7割を超え、14年の政権発足後の最高水準を記録している。国民の支持を背景に先進国入りに向けた自国第一主義を強める。米中対立を踏まえた経済安保の強化は各国の共通の課題だが、国際ルールを軽視すればインドネシアのような資源大国の強硬策を助長しかねない。

(ジャカルタ=地曳航也)

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高橋徹
日本経済新聞社 編集委員・論説委員
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分析・考察 インドネシアに限ったことではありませんが、資源大国も製造業の育成を目指してきたものの、商品市況が上向くと手っ取り早く貿易収支が改善するため、工業化が中途半端になりがちでした。いわゆる「資源国のワナ」です。インドネシアは2003年に原油の純輸入国に転じ、天然ガスも早晩そうなります。脱炭素の潮流で石炭輸出の先行きも明るくはありません。虎の子のニッケルを戦略的に使い、産業育成につなげようという試みですが、他の素材・部品のすそ野が心もとないのがどう影響するのでしょうか。
2023年4月20日 9:03 』