英トラス前首相の悔恨 「知らなかった」財政のリスク

英トラス前首相の悔恨 「知らなかった」財政のリスク
加藤晶也
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA110NV0R10C23A4000000/

 ※ 財政出動は困難…、となれば、残りは「金融政策」のみとなる…。

 ※ それで、「非伝統的緩和政策(異次元緩和、とも言う)」を採れば、日銀の国債保有の増大化、日銀のETF保有の増大化となる…。

 ※ 前者は、「実質上の、日銀の国債引き受けだ!」と言われ、後者は、「実質上の、日銀による日本株の買い入れだ!」と言われることになる…。

 ※ 事程左様に、世の中、「こちら立てれば、あちらが立たず。」だ…。

 ※ さらに残るは、「構造改革」だ…。

 ※ これとて、「デジタル革命!」「DXの推進だ!」と囃し立てたが、進捗はどんなものだったか…。

 ※ 「コロナ直撃!」にもかかわらず、せいぜいが「ハンコの廃止」くらいのものじゃないのか…。

 ※ それでも、「マイナカード」の取得割合は、80%くらいにはなってるようだが…。

『少し、話しにくそうだった。2月に来日した英国のトラス前首相にインタビューした時のことだ。最初は「自由な世界は中国からの深刻な挑戦に直面している」と対中政策を立て板に水のごとく話していた。

首相在任時の経済・財政運営から日本や世界が学ぶべき教訓は何か。話題を変えると天井をいったん見上げて言葉を選びながら答えた。「英国固有の状況に直面した。必ずしも他の国に当てはまるものではない」

トラス氏は今から半…

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『トラス氏は今から半年前、英国史上最短で首相の座から退いた。わずか49日、経済・財政運営を巡る混乱が原因だった。

保守党の党首選で経済成長を最優先に取り組む姿勢を繰り返してきた。就任後、大規模減税や規制緩和を組み合わせた経済政策を公表すると、英国債利回りが急上昇(債券価格は下落)した。財政赤字拡大への懸念から国債が売られたためだ。

英政府は所得税の最高税率引き下げの撤回を表明するなど事態の収拾に動いたが時すでに遅し。保守党内からも辞任論が噴出し退陣に追い込まれた。

トラス氏が言う「英国固有」の状況とは何か。

年金基金が国債などを担保にレバレッジ(てこ)をかける「ライアビリティー・ドリブン・インベストメント(LDI=債務主導投資)」という運用戦略をとっていたことだ。

金利が上昇し大きな損失を出し、取引相手方の金融機関からマージンコール(追加担保の差し入れ要求)を突きつけられた。支払いの現金を捻出するために国債などを売却せざるを得なくなり、売りの連鎖が発生した。

本当に英国だけの事情なのか。混乱のきっかけが財政規律の緩みを見透かされたことという点では日本も対岸の火事とはいえない。日本の国内総生産(GDP)と比べた債務残高の比率は英国よりはるかに大きい。

市場関係者は警鐘を鳴らす。「必ずしも日本ですぐ起きることではないが、市場が群集心理で反応することは常にありうる。財政規律のタガが外れている現状を修正し、財政赤字を減らす努力をしなければいけない」(りそなアセットマネジメントの黒瀬浩一氏)

驚いたのはトラス氏がこの年金基金の運用手法による市場の脆弱さを「知らなかった」と答えたことだ。財務省やイングランド銀行(中央銀行)との間で「明らかなコミュニケーションの問題があった」とも話した。

トラス氏は就任した直後に財務次官を解任したり、イングランド銀行の「役割を見直す」などと言及したりした。互いに不信感が広がっていた。

国のトップと中央銀行、財政当局との信頼関係なくして安定した経済運営は成り立たない。英国から学ぶ点はここにもある。

日本では植田和男氏が9日に新たな日銀総裁に就任し、翌日の10日にはさっそく岸田文雄首相の元を訪れた。鈴木俊一財務相も立ち会い協調を確認した。

インタビューの終盤、トラス氏が発した言葉が耳に残る。

「もし、もう一度時間があったら違った行動を取っていたかもしれない」

財政支出を拡大しつづけても日本では金利は急騰しないか。財政規律の緩みを放置すれば英国のような事態が起きうるのか。財政を巡る議論は国内でも百家争鳴だ。

ただ一つだけ言えることがある。経済・財政運営のやり直しはできない。英国から学ぶ最大の教訓だ。

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深川由起子
早稲田大学政治経済学術院 教授
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分析・考察 (まだ)国際金融市場を擁する国の首相が年金運用の脆弱性を「知らなかった」と言えることを民主主義国家の強みとみるのか、脆弱さとみるのか、と言われれば今は後者が大でしょう。日本でも前政権下で財務省と官邸の関係に問題があったことは首相の回顧録が示すとおり。市場の群衆行動は不安になるとポジよりネガに激しく反応し、潜在的地政学リスクの相手から揺さぶりが来ることも考えられると思います。ばらまき懸念は常に存在するので、リスク情報の共有はしっかりやってもらわないと。
2023年4月17日 8:16いいね
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中空麻奈
BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長
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ひとこと解説 人の噂も75日とはよく言ったもので、トラス政権の失敗を他山の石にしようとする意識が薄れ、日本の財政は防衛、子ども、グリーンに向かい拡大が目される。財政規律を取り戻した上での支出ならまだしも、心配は尽きない。また、トラス政権での失敗の一つに、政府と中央銀行との間のコミュニケーションが指摘されると、日本の政府と日銀間のアコードの存在に意義が見出せるということなのかもしれない。金利が低い間に慣れてしまった財政の弛緩は大問題だと認識を改めたい。6月に向けてアメリカの債務上限問題の浮上を含め、過剰債務問題が中心のリスクになりえることに再度注意である。
2023年4月17日 10:10いいね
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白井さゆり
慶應義塾大学総合政策学部 教授
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ひとこと解説 昨年9月末から10月初めにおきた英国の国債市場の不安定化は、年金基金の投資戦略にあった。問題は年金基金だけでなくファンドを含むノンバンクの存在が大きくなっておりかならずしも十分規制が適用されていないのに、投資実態が十分わかっていないことだ。銀行はリーマンショック以降金融規制が強化されているが、ノンバンクとの連関も高まっており危機が発生するとどのように銀行に波及するかも十分わかっていない。このような認識があるにもかかわらず、世界の金融当局はまだ十分対応しきれていない。英国ではイングランド銀行の介入で混乱が収まった。3月の米国の地域銀行の破綻も原因は異なるが、金利上昇に関連するものだった。
2023年4月17日 8:15いいね
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永浜利広
第一生命経済研究所 首席エコノミスト
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ひとこと解説 当時の英国では、インフレ率が既に+10%台に到達しており、需給ひっ迫によりインフレ率が目標の+2%を大きく超えてしまっていました。
実際、IMFのGDPギャップで比較すると、英国では2022年時点で需要超過になっており、需要超過によりインフレ率が加速していました。
さらに、各国国債の信認を左右するとされる4指標についてG7で比較しても、英国は政府純債務/GDPと政府債務対外債務比率はG7中3番目に低かったものの、基軸通貨国米国に次ぐ経常赤字/GDPが大きい国である上、米国とフランスに次ぐ対外純債務/GDPが高いことからすれば、財政出動は限界だったと言えるでしょう。
2023年4月17日 8:13 』