米国の「代理戦争」プランに背を向け始めた台湾世論 背景にウクライナ戦争での不信感

米国の「代理戦争」プランに背を向け始めた台湾世論 背景にウクライナ戦争での不信感https://www.dailyshincho.jp/article/2023/04070602/?all=1

『「中国は意図的に緊張を高めるが、台湾は常に慎重かつ冷静に対処している」

【写真を見る】中国で話題の的となっている“エリート報道官”の現在の変わり果てた姿
 台湾の蔡英文総統は3月30日、米ハドソン研究所がニューヨークで主催した講演会でこのように述べた。蔡氏の訪米に中国が警告していることを念頭に置いた発言だ。

 蔡氏はさらに「台湾海峡の不安定化は世界に深刻な経済・安全保障のリスクをもたらす」と述べ、すべての国に同地域で平和と安定を維持するよう呼びかけた。

 蔡氏は中米グアテマラ、ベリーズ歴訪の経由地として米国を訪れた。

 蔡氏が米国を経由地とするのは今回で7回目だ。前回(2019年7月)はニューヨークとコロラド州デンバーに立ち寄り、米国の上下両院議員らと会談した。

 だが、4年前とは異なり、台湾を巡る米国と中国の対立は激しくなっている。

 昨年8月、ペロシ氏が現職の下院議長として25年ぶりに台湾を訪れ、蔡氏と会談して以降、中国の軍事的威嚇が格段にエスカレートした感が強い。

 台湾を封鎖するように大規模な軍事演習を展開し、中国の戦闘機が台湾海峡の事実上の停戦ライン「中間線」を頻繁に越える事態となっている。

 中国の軍事的攻勢に対し、米国も警戒を強めている。

 米軍幹部は1月下旬「台湾を巡って早ければ2025年にも米国は中国と衝突する可能性がある」と警鐘を鳴らした(1月28日付AFP)。

 このような危機意識を踏まえ、米国は台湾の自衛力強化に本腰を入れ始めている。
ウクライナでも活躍の「州兵」

 オースティン国防長官は3月23日、中台統一を目指す中国への抑止力強化のため「州兵が台湾軍に訓練を実施している」と下院の小委員会で証言した。

 州兵は米国の各州が保有する軍事組織のことだ。英国の植民地時代から存在する民兵組織を起源に持ち、最高司令官は州知事だ(総兵力は約45万人規模)。有事の際は大統領の指揮下に入ることになっており、アフガニスタン戦争などに参加した。

 州兵は冷戦終了後、「北米の安全と繁栄のためのパートナーシップ(SPP)」を通じ、80カ国以上に訓練を行ってきた。米国はSPPを台湾との間で結んでいないが、州兵を活用して訓練内容を充実させる考えだ(3月25日付日本経済新聞)。

 オースティン氏はその理由として、州兵の訓練を受けたウクライナ軍がロシアと効果的に戦っていることを挙げている。

 2014年のロシアによるウクライナ領クリミア半島の併合後、州兵は2万人以上のウクライナ兵を訓練した。米国メディアもその成果を賞賛している。

 1月3日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「ロシアと戦うウクライナ軍は、米国が数十年間にわたって進めてきた『未来歩兵体系』プロジェクトをわずか10ヶ月で習得した」と報じている。

 オースティン氏が「(ウクライナでの成功は)台湾にとって素晴らしい事例になる」と述べたように、米国は台湾有事の際にも「代理戦争プラン(軍事支援は行うが、自国の軍隊を派遣しない)」を適用しようとしていることは明らかだ。

 日本では「米台間の軍事協力が進み、台湾の反中姿勢が強まっている」と考えがちだが、台湾の世論はこの状況をどのように受け止めているのだろうか。』

『台湾民主文化教育財団が3月1日に公表した世論調査結果によれば、60%以上が「米国・中国どちらとも仲良くしなければならない」と回答した。「親米反中」の立場は20%強にとどまった。同財団は「『反中』の主張が弱まっている」としているが、ウクライナ戦争に米国が派兵しなかったことが影響しているという。

 台湾民意基金会が2月21日に公表した世論調査結果によれば、「中国が台湾に侵攻した際、台湾防衛のために米国が派兵すると信じるか」という質問にノーと回答したのは全体の47%で、イエスの43%を上回っている。

 自国の軍隊についても懐疑的だ。「中国が台湾に侵攻した場合、台湾軍の防衛力を信じるか」との問いに「信じない」が47%を超え、「信じる」の45%を上回った。いわゆる「不信派」が多数を占めたのは今回が初めてだ。

 バイデン政権は台湾への武器の引き渡しを加速させる構えだが、ウクライナへの軍事支援で在庫が減り、台湾への武器の引き渡しが滞っている。

「米国製の武器を頼りにウクライナのように戦っても自国の軍隊だけでは勝ち目はなく、中国との対立は避けるべきだ」と多くの台湾国民が感じており、米国の代理戦争プランに背を向け始めているのが実情だ。

 蔡氏が率いる民進党は昨秋の統一地方選挙で大敗したが、「中国を刺激しすぎて社会に混乱を招いた」との反発がその一因だと言われている。

 蔡氏の今回の訪米は来年1月の次期総統選をにらんだものだが、政権奪還を狙う野党・国民党も中国との緊張緩和を望む世論を意識した動きに出ている。

 国民党の馬英九・前総統は3月27日から台湾の総統経験者として初めて訪中した。

 馬氏は3月30日、中国で台湾政策担当トップを務める宋濤氏と会談し、「(中台)両岸の人々は同じ中華民族に属している」と述べ、中国との融和姿勢を強調した。

 民進党は「馬氏は2300万人の台湾人民の立場を代弁することはできない」と反発しているが、前述したとおり、民意は国民党に傾きつつある。

 日本にとっても台湾海峡情勢は死活問題だが、最も求められているのは、揺れ動く台湾の民意を慎重に見極めることではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部 』